第七話 暴走事件
目が覚めて背筋を伸ばしつつ窓を確認すると、すでに朝だった。
昨日ほど早くは起きれなかったものの、一応しっかりと目覚めたようだ。
ベッドからおりてリビングルームへと向かうと、ルリニアがお茶を飲んでいた。
毎日リビングルームで見かけるため、本当にだらけているように見えるのは気のせいだろうか、とカナギは思った。
「おはよ〜」
「おはよう」
カナギは深く考えないことにして椅子に座る。
するとフィーリアが食事を運んできた。
「カナギ様も来られましたね」
「うん、一番遅かったわね」
こうして食事を終えると、ユニルがいないことが気になった。
「あのさ、今日はユニルは一緒に食事をしないんだね」
「ユニは今日地域の巡回があるから夜までは帰れないわよ」
「なるほどね。忙しそうだなぁ」
総隊長だけにやることが多いんだろう、とカナギは素直に感心した。
実際帰ってくるのが夜になったりするくらいなので、相当なものなのだろう。
「だからこそユニル様に信頼が集まるのです」
フィーリアがお茶のポットをもって、話に入ってきた。
そしてカナギとルリニアのカップに注ぐと、自分も椅子に座った。
「確かに自分が率先して苦労を引き受けていれば信頼は集まるだろうね」
「昔から大変なことを全て自分から立候補してこなすほどの方でしたからね」
「そーそー判断力も抜群でスピリット最年少で総隊長に任命されていたくらいよ」
この兵舎にいる時の姿からは、全く想像もできないことであった。
それだけこの二人には心を許している証拠だろう。
特にルリニアにはありのままの姿で接しているのではと、カナギは思った。
「よく考えてみればユニルが真面目にやっている姿と少ししか見たことがないね」
「あー・・・そういえばカナギ様はこっちのほうのユニルばかり見ていたからね」
「兵舎に戻ると真面目で明るい方ですね」
一応カナギは真面目なユニルは何度か見たことがあったが、兵舎で見る時間のほうが長い。
その差は相当な落差があった。
特にルリニアの前で見るユニルは、真面目な総隊長というイメージは全て消し飛ぶ。
まるで妹に苦労する姉のような姿だった。
「ユニル、ルリニア、フィーリアの順番か・・・」
「なんのこと?」
「姉妹っぽいから長女次女三女っていう感覚で考えてみた」
「あー・・・」
それだけでルリニアは理解したようだ。
フィーリアは理解できないようで首をかしげる。
「ユニルが長女で私が次女でフィアが末っ子ということよ。カナギ様の感性では」
「なるほど・・・」
「ただ面白かっただけだからあまり気にしなくていいよ」
そして話しているうちに時間が過ぎていく。
午前中は三人とも自分のやることをやった。
昼食の時間にもなって昼食を終えると、ルリニアはでかけていった。
「そういえばさ。ルリニアっていったいどこに出かけているんだろうね」
「訓練所ではないのですか?」
「行くと思う?」
「どうでしょう・・・」
さすがにフィーリアも自信がないようだった。
「後をつけてみることにしようか」
「でも個人的な用事に対しては・・・」
「気になるし」
「はぁ・・・・・」
はっきりと言い切られてしまったフィーリアは何も言えなかった。
二人は先に出て行ったルリニアの後を追う。
見失わないように隠れつつも追いかけていく。
しばらく追いかけていくと、一つの普通の家よりは少し大きめの家に入っていった。
「フィーリア、ここっていったいどこ?」
「あの・・・カナギ様、帰りましょう」
「は?」
いきなり心苦しそうなフィーリアの顔に、カナギは少し動揺した。
ここにはそこまで重要な秘密があるのかと、少し気になった。
「ここは・・・戦災孤児院です」
「えっ・・・」
「ルリニアさんがここに通っていたなんて私も知りませんでした・・・」
フィーリアは驚いたような後をつけたことを後悔したような、罪悪感に満ちた顔をしている。
だがカナギはフィーリアの手を引く。
「だったら入ってしまったほうがいいさ。確かにプライベートまで付き合うのは悪いけどこのバツが悪いままよりマシさ」
「あの・・・」
足取りの重いフィーリアの手を引きつつ、カナギは孤児院のドアを開ける。
「こんにちは」
挨拶をして周囲を見回すと、ルリニアが子供の中にいながらきょとんとしていた。
「か・・・カナギ様!?フィア!?なんで二人共ここに!!」
「まことに心苦しいながらも君の後をつけさせてもらったよ」
笑みを浮かべるカナギに対して、ルリニアは本気で驚いていた。
すると奥から中年のおばさんがやってきた。
「おやおや・・・ルリちゃんの友達かい?」
「そういうことにさせてください」
「違うでしょ!カナギ様は私のところのお客様!」
「他人行儀だね。そう思わないかフィーリア」
そう言ってフィーリアのほうを振り向くと苦笑していた。
そして知られたからには、ルリニアは観念しなければいけなかった。
カナギは一応話を聞くために、おばさんと共に奥へと行く。
フィーリアはルリニアと一緒に子供の中に残してきた。
少し広い部屋で二人は椅子に腰掛ける。
「ふふ・・・ルリちゃんのところのお客様とはね」
「まあ短い付き合いだけどルリニアのこういう姿は初めて知ったよ。フィーリアは長い付き合いのはずなのに知らなかったみたいだね」
「最初は三年前の話だったかしら・・・ここの子供を送り続けてくれたのよ。
今は時間が空いたらできるだけ来てくれるから子供達とも本当に仲が良いわね」
しみじみと語るおばさんの声は優しそうなものであった。
「でもルリちゃんはいつもこう言うのよ。
『この子達の両親を守れなかった責任もあるしできるだけ寂しい思いをさせたくないから』って」
「普段からは全く想像できないねぇ・・・」
「いつもは明るい良い子みたいね。子供達の前でもそうよ」
「さすがにあの子達には普段のルリニアの姿は教えられないだろうね。戦争中の姿はもっと教えられないだろうけど」
戦争はどちらかの家族を奪うような形になっている。
それだけは紛れもない事実であり、誰も否定できない。
スピリットは家族というものは存在しないとはいっても、フィーリア達を見ていると家族の繋がりのように見えた。
「あんた・・・お客様ということであれば軍人なんだろう?」
「半分は間違いではないよ」
「あの子だけは絶対に守ってあげられないだろうか・・・あの子がいなくなったらここの子供達がまた寂しい思いをしてしまう」
戦争に絶対というものは存在しない。
根底から覆されることもある完全な現実世界。
だがおばさんの顔は、本当にルリニアを心配している顔である。
まるで実の娘を思うかのような姿だ。
「本当は失礼な言い方だとは思っているけど聞きたい。ルリニアをスピリットだとわかっているんだよね?」
「はい・・・子供達はまだその意味がわかっていないだろうけど私にとってはスピリットだろうが関係ない。あの子達の姉だよ」
スピリットと人間の確執が大きい中で、ここまでルリニアを信じられるこのおばさんの気持ちを本物だと理解した。
考えてみれば、フィーリアもルリニアも町では確執を超えたところで生活をしていることがわかる。
何故スピリットと人間の間に確執ができてしまったのか。
それは歴史が証明しているようなものである。
作られた戦闘兵であるスピリットという名前だけが一人歩きすれば、当然のことであった。
実際はフィーリア達のように、人間以上に暖かさを持った存在がいるというのに。
「カナギ様、マリーさん、クッキーが焼けましたのでどうですか?」
「ああ、今行くよ」
フィーリアが二人に声をかけた後にまた戻っていく。
「おばさん、できる限りのことはするさ。ただそれだけしか言えない」
「ありがとう・・・」
二人は子供達のところに戻った。
大勢いる子供達は何人いるのかすらわからない。
さすがに子供はお菓子が好きなようで、クッキーは取り合いになっている。
子供の世話からしつけまでしているルリニアとフィーリアの姿は、微笑ましく見えた。
そこでいきなり一人の女の子が、カナギに向かって口を開いた。
「ねえお兄さんはルリお姉ちゃんとフィアお姉ちゃんのどちらが好きなの?」
その一言でカナギは動きが止まる。
周囲を見ると、期待に満ちた子供の視線と動きの止まっているルリニアとフィーリアの姿が見えた。
ここは冗談で流すか爽やかに対応するか、カナギは考える。
そこで答えは決まった。
「二人共好きっていうのはダメかな?」
ある意味爽やかに返したといってもよかった。
だがそれで納得する子供達ではなかった。
「だって結婚できるのは一人だけなんでしょ?どっちか選ばないと・・・」
この一言はカナギにとって致命的だった。
ここで冗談に走ればルリニアではないが、ユニルの制裁を受けることになりそうだ。
一瞬『選べないから二人がいいんだよ』という言葉が頭に浮かんだが、却下である。
子供の教育に悪いということを、肌で感じることができるほどの答えだったからだ。
しかし次に頭に浮かんだ言葉はもっと最悪であった。
「君・・・男というのはだね・・・えいのぐぁ!!?」
全部言い切る前に『ガァン!!ドガァ!!』という音がして、カナギは吹っ飛んで壁に衝突して目を回している。
それを子供達は不思議そうな顔をして見ている。
「なかなかやるじゃないフィア・・・」
「何か嫌な予感がしましたので・・・」
カナギを吹っ飛ばしたのは、フィーリアとルリニアであった。
二人の神剣の打撃を受けて、吹っ飛ばされたのである。
本気ではないものの、見切りに優れていなければ致命傷になってもおかしくない一撃であった。
「最後まで言っていないのに・・・」
目覚めてからカナギは、最後まで言っていないのに殴られたことを不満に思っていた。
しかし最後まで言っていたとしたら、フィーリアはともかくルリニアは本気になっていたかもしれない。
「なんか予想できたわよ・・・」
「ルリお姉ちゃんこのお兄さんはなんて言おうとしたの?」
「そっそれは・・・」
いつも調子付いているルリニアも子供にはかなわないようだ。
だからといって、カナギの言葉が予想できてもその言葉を出すわけにはいかない。
かといって、こういう常識に疎いフィーリアに任せるというのも無理な話である。
「つまりカナギ様は・・・永遠に私のことが好きってね」
その瞬間、今度はルリニアに向かって放たれる殺気があった。
「ルリニアさん・・・何故そのような適当なことを言うのですか・・・・・」
「なっなんでフィアが怒っているのよ!」
「私にもわかりませんがルリニアさんの言った言葉・・・否定していただかないと・・・」
普段は温厚なはずのフィーリアがここまで怒りをあらわに見せるのは、年にあるかどうかである。
その分だけルリニアには恐怖に感じた。
「さあ、ここでお立会い。グリーンスピリットとブラックスピリットの対決だよ」
『パンパン』と手を叩きながらカナギは子供達を誘導して二人の姿を劇の見学ような形に招いた。
「カナギ様もそこで遊ばないでよ!」
「訂正していただかなければ欠片の力が・・・」
「ちょっと本気!?」
「大丈夫です。ルリニアさんなら回復の力がありますから・・・」
「斬られたら痛いわよ!」
さすがにこれ以上はまずい、と思ったカナギは二人の間に立つ。
「二人共そこまで。さすがにここを破壊するわけにいかないからね」
「実は私もそうしたいのですが・・・不思議と欠片の力が止められません・・・・」
「えっ・・・」
「えー!?」
「二人共逃げてくださーい!」
その瞬間、フィーリアの永遠神剣【欠片】から光が放出される。
少しして光がきえた。
「こ・・・こういう時にも役に立つものなんだね」
「あ・・・あはは・・・・・カナギ様の力もなければ危なかったかも」
二人がシールドを張ったおかげで、周囲に被害は全く無く落ち着いた。
建物も人も無傷であったことが幸いだろう。
力を放出しその場に座り込んでしまったフィーリアにカナギは近寄っていく。
「お仕置き」
「あっ・・・」
拳を落とすようにして、カナギはフィーリアの頭を叩いた。
少し痛かったのか、フィーリアは叩かれた頭を押さえる。
「もう少しで私達はハイペリアに行くところだったからそれくらいでは足りないわね」
「申し訳ありません・・・」
フィーリアは申し訳なさそうにしているが、自分にも何故操りきれなかったのかがわからなかった。
この【フィーリアと欠片の暴走事件】以外は特に大騒ぎはなく、三人は夕方まで子供達の相手をした。
兵舎に帰るとすでに周囲は暗くなっている。
帰り道で食材はしっかりと購入しておいたので、フィーリアは奥に行くと料理の準備に入った。
カナギとルリニアはリビングルームでくつろいでいる。
「さすがに子供は元気が有り余っているね」
「私としては力が有り余っていたフィーリアのほうが疲れたわよ」
ため息をつきながら、ルリニアは机に突っ伏している。
「でもあのフィーリアが怒るなんていうのも珍しい光景を見たような気がしたね」
「そーそー私も長い付き合いだけどフィアが怒った姿なんて二回しか見たことがないわよ」
「一回目はどんなときだった?」
「ん〜五年前にフィアの食事を私が食べちゃった時ね」
「それくらいでも怒りそうにはないと思うけど」
「それがその時には何故か怒って怖い思いをしたわよ」
ルリニアにもさっぱりわからない原因であった。
そう話しているうちに、ユニルがリビングルームにやってきた。
「珍しいわね。まだ夕食の準備ができていなかったの?」
「ああ、さっき帰ってきたばかりだからね」
カナギは今日あったことをユニルに話した。
するとユニルは呆れ顔になった。
「それについてはルリニア、あなたが無神経過ぎるのよ。すぐに訂正しておくべきだったわ」
「でもあの時のフィアは怖すぎて何を言っていいかわからなくて・・・戦争より怖かったわね」
「ならルリニア、何故フィーリアが怒ったか教えてほしい?」
ルリニアはうんうんと頷いた。
だがちらっと厨房から聞こえる音に、ユニルは気がつくた。
「今はフィーリアに聞こえるかもしれないから今度ね」
「はーい、納得できないけど」
こうして夕食も終えるとカナギは部屋に戻った。
ベッドに横になっているとノックをする音が聞こえて、ドアが開くとユニルが入ってきた。
「失礼します」
「どうしたのかな?」
急なことだったため、カナギは驚いて起き上がる。
ユニルは部屋にあった椅子に座った。
なにやら複雑な顔で、カナギのほうを見ている。
「言い難いことでしたがカナギ様には知っておいていただかなければいけないといけないことです」
「ほうほう」
「フィーリアのことですがあの子は感情表現がとても苦手なのです。そのため今回のようなことなってしまい申しわけありません」
ユニルは椅子から立ち上がると、深く頭を下げる。
「いや、あれはあれでなんとかなったから別に気にしていないよ」
「基本的な原因はルリニアにあるのですが・・・根本的にはカナギ様が大きく関わっていると考えても良いでしょう」
「は?」
ルリニアがからかったので暴走したというのに、何故カナギのせいなのかが全くわからなかった。
「フィーリアは実はとても強い自我を持っています。ですがそのために自分を押さえつけている傾向があります」
「あーあー・・・つまりは怒りたい時も必死で我慢してるってことね」
「そうです。そのためいつ爆発するかもわかりません。今回のこともそれが大きく関わっているでしょう」
こればかりは、カナギは全く気がつかなかった。
ルリニアも気がついていなかったため、このような事態になってしまったのだろう。
「わかった。でも意識しすぎると話しにくいから頭に留めつついつもの通りにしておくよ」
「はい、理解していただきありがとうございます」
「いつも苦労しているね。お疲れ様」
ユニルは話が終わると、カナギの部屋を去っていった。
そして今まであった出来事を整理しつつ、カナギは眠りに入った。