第四話 求めた居場所
朝早くからカナギは書庫を調べてみると興味深いものがいくつかあった。
その本を全て纏めると持ちきれないほどの量になってしまったため城の兵士にその本を頼んだ。
着くまでに四日かかってしまうが贅沢は言っていられない。
一冊だけ手に持ってユニルにまたロンドまで連れて行ってもらった。
「本来であればもう少し安全な町のほうが良いのですが本当に私達の守備をする町でよろしいのですか?」
「ユニルやフィーリアのような見知った人がいたほうが気苦労がないからね」
「なるほど」
二人は兵舎に入り、リビングルームに行くとそこにはルリニアとフィーリアがティータイムをしていた。
だがカナギとユニルを見るとルリニアは手を振って挨拶をして、フィーリアは立ち上がって頭を下げた。
「おかえり」
「おかえりなさい」
「二人共、今日から一人仲間が増えるわよ。客人のカナギ様」
二人はカナギを見て頭を下げる。
「フィーリア=ブラックスピリットです。改めてよろしくお願いします」
「ルリニア=グリーンスピリットです。よろしくお願いします」
「一応知っているとは思うけど僕はカナギ、よろしく。
しばらくここにいさせてもらうことになったからあんまり堅苦しくしなくていいよ」
二人はそれで仲間ということに納得できた。
だがユニルは少し納得できないことがあったため口を開く。
「一応客人なので二人共最低限の礼儀を持ちなさい。フィーリアは大丈夫でしょうけどルリニア、わかっているわね」
「はい」
「はーい。ユニったら神経質なんだから」
「あなたがおおらかすぎなのよ」
「いひゃいいひゃい」
ユニルはルリニアの頬をつまむと伸ばし始める。
やわらかいらしく結構伸びているがルリニア本人は痛がっているようだ。
少し伸ばされて離されていたが、つままれて赤くなった頬をルリニアは押さえていた。
「ユニ総隊長の本性をカナギ様に公開中・・・」
「そんなことを言う口はどの口かしら?」
「ひー!」
二人のあまりに仲の良さそうな風景にカナギは少し笑みがこぼれた。
そこにフィーリアが近寄ってくる。
「先日は助けていただいたのにお礼も出来ず申し訳ありませんでした。あの時はありがとうございます」
「ひょうひょう、ひょのこひょにひゅいふぇひぃたひょきにはわひゃひほほどろいひゃよ」
口を伸ばされてたまま言っているルリニアの言葉はわけがわからなかったがユニルは理解したようだ。
ユニルはルリニアの口から手を離す。
「どういうこと?」
「一瞬のうちにスピリットを倒すなんて並大抵のことではないよね。しかも神剣がないのに」
「不思議としか言いようがないわね」
ユニルは考えてみたが全く分からなかった。
エトランジェだからという一言で解決するには難しすぎる問題である。
神剣がないということはそこまでに大きな意味を示していた。
「まーまー考えすぎると老けるのが早くなるよ」
「また伸ばされたい?」
「ご・・・御辞退します・・・」
「ふぅ・・・ルリニアはこの通りだし私は忙しいからフィーリア、あなたにカナギ様のことはお任せするわね」
「はい、わかりました」
この言葉の意味がカナギにはよくわからなくて首をかしげた。
するとフィーリアはカナギに向かって頭を下げる。
「私がカナギ様の身の回りのお世話をさせていただきます。なんでもお申し付けください」
なるほどとカナギは納得したがそれはいいのかと内心疑問になった。
普通であればフィーリアほど見た目が可愛い女の子にいきなりこの言葉をクラッとくるかもしれない。
だがカナギはあきれるやらなんとやらという意識だった。
「まああまり堅苦しく考えない範囲でよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「カナギ様、その子は身の回りの大抵のことはなんでもできるから気軽に言ってください」
「そーそーフィアはユニと違って洗い物の時にお皿を落としたりしないもんね」
「この間夕食を消し炭にしたのは誰だったかしら?」
ルリニアにぎろっと怖い視線を向けるユニルに退くようにしてルリニアは視線を逸らす。
「気苦労が耐えないんだね。君は」
「はぁ・・・」
カナギの言葉にフィーリアは困ったような表情になる。
「それではカナギ様のお部屋に御案内します」
「ああ、頼むよ」
カナギはフィーリアについていった。
そして一つの部屋に通される。
「この部屋がカナギ様のお部屋となります。何か困るようなことがあればこのベルでお呼びください」
「これね」
カナギは部屋の机の上にあるベルを見る。
これで呼ぶなんてまるでメイドを付けられたような気分になった。
「この兵舎にいる時にはいつでも駆けつけます」
「わかった」
「ただ、夕食の買出しなどの時にはいませんのでそれは御了承ください」
「それは仕方がないさ」
一つ一つ丁寧に説明するフィーリアに少しあきれるカナギであった。
堅苦しくしなくていいと言っているのにこうでは元々こういう性格だということがよくわかる。
ユニルやルリニアとは大違いの印象であった。
そういえばと思い出してみればフィーリアだけ全員に敬称をつけていたのである。
「それでは早速ですが買出しに行ってきます。ごゆっくりおくつろぎください」
「ああ、お疲れ様」
頭を下げるとフィーリアはカナギの部屋を後にした。
カナギは本を机の上に置くとリビングルームのほうに歩いていく。
するとリビングルームにはルリニアがいた。
「フィアの説明は終わったみたいね」
「一つ一つ丁寧だからわかりやすいんだけど元々なのか堅苦しいね」
「ふふっ、だってフィーリアを教育した人が礼儀正しい人だったからね。もうちょっとくだけてくれるといい子なんだけど」
ルリニアは一番くだけた性格をしているようで話しやすいように思えた。
だが少し気になったことがあった。
椅子に座るとカナギは口を開く。
「まさかとは思うんだけどスピリットでも年齢があるのかな?」
「ん〜まあフィアはここでは一番若くてで私が真ん中、一番年上がユニ。まあユニはこの国の中では最高齢のスピリットだけどね」
「へ〜・・・そこまで差があるのか」
「そう、フィアが生まれて十七年、私が十八、ユニは二十一」
「ユニルとはえらい離れているんだね」
「言い方としてはよく生き抜いてきたっていう言い方ね。この国だって戦争はあるから」
ルリニアの言い方は的を得ている。
スピリットは戦争には必ず参加しなければいけない。
そして敵国にもスピリット隊は存在する。
スピリット同士の戦いになると個人の実力で生き抜けるかが決定するため、長く生きることは難しいだろう。
二十一年間戦争のある国で生きるというのは、スピリットにとっては実力と運を意味しているのかもしれない。
「それでカナギ様はなんでここに来ることにしたの?安全な王都でお客様できるのに」
「言ったら面白くないから当ててみなよ」
「ん〜・・・私に一目惚れ!?そうだったら困っちゃうな〜」
照れたように笑うルリニアを見てカナギは気がついた。
やはりスピリットも人間と全く変わらない存在であるということ。
「残念ながら違うよ。タダ飯食らうのが嫌なだけさ」
「私は沢山残念だよ〜冗談だけどね。でも命がけで食事の恩を返すの?」
「いや、あとは少しでも見知った人がいたほうが気楽なだけっていうのもある。先にフィーリアや君やユニルに会ったことだしね」
「なるほどね」
カナギの言葉に納得してルリニアは頷いた。
「でも変なえらそうな人でなくて安心したよ。カナギ様って話しやすいしね」
「ならもっとえらそうにしたほうがいいかな?もっと礼儀正しくしろとかね」
「あははっ!まるでユニみたいな言い方」
素直に笑っているルリニアを見ているとやはり普通の人間と違和感が全くなかった。
自分が意識しすぎているだけなのかとカナギはため息をつきそうになる。
その時であった。
ドアが開く音がしてユニルがリビングルームにやってきた。
「おかえりユニ」
「おかえり」
「ただいま・・・カナギ様!?ルリニアが御無礼をしませんでしたか?」
「いきなり酷いわね。私の信用はなし?」
いきなりのユニルの発言にルリニアは納得できないようであった。
「まあまあ、わからないことがあってルリニアに聞いたら色々なことを教えてもらったよ」
「そうでしたか」
ユニルは安心して肩をなでおろす。
「そうそう・・・カナギ様、ユニったらいつも私を信用してくれないの。こんないたいけで従順な私を」
「あなたが戦争以外で信用できるようなことをしたことがほとんどないからよ」
「なんのことかな?」
「あなたが失敗した料理・・・フィーリアが作り直したわね?つい最近のことよ」
「うっ・・・」
「あなたが掃除当番をサボった時・・・フィーリアが代わりに全部していたわね」
「うう・・・」
「あなたが洗濯物を干したまま居眠りをしていた時に雨が降って急いで取り込んだのはフィーリアだったわね」
「ぅぅ・・・・・」
今更ながらこの二人の上下関係を理解したがカナギは疑問になったことがあった。
「全部フィーリアが後始末していたのか・・・」
素直な感想であった。
一番年下ということだけでなく全ての苦労まで引き受けているように思えてしまった。
そしてこのように突っ込んでいるのはユニルであるがユニルが後始末をしているわけではない。
それなのに二人に対して敬意を払っているフィーリアに感心してしまった。
「ただいま戻りました」
大きな袋を持ってフィーリアが帰ってきた。
だがルリニアががっくりと落ち込んでいる姿を見て立ち止まった。
「ルリニアさん、何かありましたか?」
「この子に自分の過ちを教えただけよ」
ユニルが説明したがフィーリアはよくわからなかった。
「それは大変ですね。それでは夕食の支度がありますので失礼します」
理解できるできない以前に夕食の支度という仕事があるためフィーリアは厨房へと向かった。
「勝手に落ち込んでいるこの子はほうっておいて・・・カナギ様、一手お願いします。実力を見せていただきたいと思います」
「ああ、いいよ」
ユニルの真剣な目を見てカナギは断ることが出来なかった。
二人は庭に行くと刃のとがれていない練習用の剣を持つ。
本来訓練では専用の訓練所があるが実力を見るだけということなので簡単に済ませようという考えであった。
そのため近くて広い庭を選んだのである。
二人は三歩ほどお互いに距離をあけると剣を構える。
「では・・・いきます!」
その瞬間、ユニルが飛び出してきた。
一瞬にして間合いを詰めると剣を振りかざしてくる。
「うっ・・・」
カナギは少し動揺しつつもその剣閃を避けるがいきなり横斬りの剣閃が放たれた来る。
それは『バキィィィン!!』という金属音と共に自分の剣で受け止めた。
「さすがですね」
「今の剣は・・・間違いなく僕が戦ったスピリットの中で一番速かったよ」
「それは光栄です」
紛れもなく今まで戦ったスピリットの中では一番強いと肌で実感した。
しかも速いだけでなく一撃が重く威力があることを受け止めた時に知った。
神剣を使われていたら剣ごと斬られていたただろう。
ユニルは間合いを広げる。
カナギはユニルの動きを一撃離脱戦法と理解した。
敵は一撃で倒し、その瞬間に下がって態勢を整える。
数々の死地を潜り抜けてきた戦法としては一番堅実なものである。
「私のあの一撃を止めた方は少数ですよ」
「それは光栄だね」
「ふふ・・・ですがカナギ様には余裕を感じます。一度見た剣は通じないと言っているように」
ユニルの考えは的を得ていた。
カナギが一番得意としているのは見切りである。
そのため一撃受け止めて、生き残ることが出来れば次では相手を捕らえる。
そういう戦法であった。
「なら・・・次を捕らえるのは私としましょう」
「さて・・・どうかな」
なんとも言えない緊張感が二人の間に流れる。
その瞬間、ユニルが飛び出した。
先ほどと同じように一気に剣を振り下ろす。
カナギはそれを横に動いて避けると、下から剣を持ち上げるようにして振り上げる。
そして剣はユニルの首の近くで止まった。
「引き分け・・・なのかな?」
「そのようですね」
よく見るとユニルの剣はカナギの胴の近くで止まっていた。
先ほど振り下ろした剣は地面に当たる前に跳ね上げられてカナギの胴体を捕らえていたのである。
お互いに剣をおろすとため息をつく。
「カナギ様の実力は相当なものと知りました。これから訓練を手伝っていただいてもいいですか?」
「毎日は無理だけど気が向いたらでいいならね」
「はい、ありがとうございます」
カナギとしては内心冷や冷やしている。
ユニルの実力が尋常ではないことは理解していた。
本来戦場ではユニルは神剣であるもののカナギは普通の鉄製の剣である。
その武器の差も考えると勝てる気がしなかった。
そして二人は少し話を続けるとリビングルームへと戻った。
するとそこには豪勢な食事が並んでいた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様〜」
フィーリアとルリニアが出迎えてくれた。
ルリニアの気分はすでに回復したようだ。
「今日は随分張り切ったようね」
「はい、カナギ様がいらしていますので少し腕をふるってみました」
少し笑いながら言ったユニルに対してフィーリアは笑顔で答える。
そして四人での食事が始まる。
「へぇ〜・・・フィーリアってこんなに料理が上手いんだね」
「そ・・・そんなことはありませんよ。ユニル様も上手ですよ」
「私でもフィーリアにはかなわないわよ。なんでも頑張りやのあなたにはね」
ユニルにはっきり言われてフィーリアは恥ずかしくなって顔を赤くする。
こうしてつつがなく食事は終わった。
これだけ楽しい食事はカナギにとっては久しぶりだった。
そして部屋に行くとカナギは椅子に座ると本に目を通す。
「遺跡とかそういうものは関係ないのかな」
今回は調査されている遺跡の本であった。
その記録が記憶に響くかどうか試してみたが全くその様子はない。
と、その時であった。
ドアをノックする音が聞こえてからドアが開く。
「失礼します」
中に入ってきたのはフィーリアであった。
「どうしたの?」
「夜の付き添いが必要かと・・・」
カナギは一瞬固まった。
記憶云々以前に脳内がパニックを引き起こしていた。
そしてパズルが完成するかのように正気を取り戻した。
「それ多分フィーリアが考えたことじゃないでしょ?」
「はっはい、ルリニアさんに教わりました」
カナギは何故か凄く納得してしまった。
そして立ち上がる。
「そのことについてユニルに話して判断を仰いでもらえないか?僕から言えることではないからね」
「はい、わかりました」
そういうとフィーリアはカナギの部屋を後にする。
「真面目で素直過ぎるっていうのもこういう欠点があるのか」
今更ながらフィーリアの欠点について気がついたような気分であった。
少し時間がしてからドタドタと走る音がしてから
「みにゃー!!?」
という声が響いたという。
最後の最後まで騒がしく一日の幕が閉じた。