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第三話 その国はイースペリア


カナギは歴史書で見た地図を思い浮かべながら歩いている。

方向は太陽と月から割り出しているため簡単には迷うことはない。

食べ物に関しては何故かあるサバイバル能力で木の実や動物などを捕らえたもので不自由はなかった。

「なんか本当に僕の記憶喪失って都合がいいね」

カナギは自分でもあきれるばかりであった。

生活能力がたくましいのだが自分に知識があるというより直感で全てがわかっているような不思議な気分である。

そして川があれば剣で木の枝を削り、糸はつる草を細くして作り、針は木の枝を細工して針を作る。

その結果釣りができるのだ。

重りは石を使い、餌は川の石の近くにいる虫を使うことができる。

食料にだけは不自由せずに旅は続いた。

森を中心に通っているため国境の関所などには引っかからないのが唯一の救いである。

そして何日か歩いたその時であった。

川で釣りをしていると近くで剣をあわせるような音が聞こえてくる。

この近くでも戦争が起こっているのだろうかとカナギは疑問に思った。

その瞬間であった。

いきなり炎が放たれてきたがカナギは瞬時に反応して炎を避ける。

「なんだ?」

と、炎が来た方向を確認しようとしたその時である。

先ほどまで使っていた釣竿が先ほどの炎によって焼かれていた。

今回の釣竿は苦労して作った会心の作であったため少しショックを隠せなかった。

少しむかついた雰囲気のままカナギは炎の放たれた方向へと歩いていく。

「誰だ・・・?僕の竿を焼いたのは」

小さく独り言を呟きながら確認すると一人のスピリットが三人のスピリットに囲まれている。

一人のほうは歴史書を見たことでブラックスピリットということが確認できた。

そして三人のほうはブルースピリット、グリーンスピリット、レッドスピリットであった。

これを見たカナギは三人のほうが釣竿を焼いた犯人だということに核心が持てた。

炎を放てるのはレッドスピリットだけだからだ。

「そこのレッドスピリット!僕の釣竿をどうしてくれるんだ!」

かなり間の抜けたような発言をしてその場に出てきたカナギに一同は一瞬動揺した。

しかしその瞬間をブラックスピリットは見逃さなかった。

一瞬にしてグリーンスピリットの胴体を切り裂いたのである。

「う・・・」

動揺から目の覚めたブルースピリットとレッドスピリットはブラックスピリットに向き直る。

そしてレッドスピリットが炎を放とうとしたその瞬間であった。

瞬時に間合いを詰めたカナギはレッドスピリットを肩から右斜めに向かって剣を振りかざし切り裂く。

それに反応したブルースピリットはカナギのほうへと剣を振りかざしてくる。

だがカナギは剣を避けるとカウンターのようにして下から剣を振り上げブルースピリットを切り裂いた。

今までのようにスピリットを殺すという罪悪感はあるものの前より酷くはなかった。

心の中で少しずつ割り切れてきたことが理解できた。

カナギが剣を鞘に納めてブラックスピリットを確認すると呆然と立ち尽くしていた。

それは普通の人間がスピリットを簡単に倒してしまったことの驚愕であった。

「全く、森を火事にするようなマネだけは謹んで欲しいね」

「は・・はい、申し訳ありません」

カナギはマナの塵になったレッドスピリットに言い放った言葉であったが目の前のブラックスピリットが反応して頭を下げた。

「いや、君のことじゃないんだけど」

「あ、そうでしたか・・・」

自分のことではないと知ったブラックスピリットを見てカナギは少しあきれたが

知らない人間に対しても礼儀を心得ているというのは少しは感心した。

だがブラックスピリットは少し出したかのようにはっとした。

「あ・・・私はブラックスピリットのフィーリアと言う者です。御助力感謝致します」

「気にしなくていいよ。僕は釣竿を焼かれて少し気がたっていただけさ」

「それはお気の毒でした。失礼ですがここで!」

そういうとフィーリアと名乗ったブラックスピリットはウイングハイロゥを広げると空を飛んだ。

「ん〜・・・あれはただ事じゃないってことだね」

気になったカナギはその後を追いかけるようにして走る。

少し飛んだところでフィーリアが着地したその場所では

グリーンスピリットが一人でグリーンスピリットとブルースピリットと戦っている。

「ルリニアさん、お待たせしました」

「フィア!あなたまさか一人で三人を倒したの?」

「話は後です。御助力します」

その瞬間であった。

フィーリアは目にも留まらない速さで間合いを詰めると一気にグリーンスピリットに剣を振りかざす。

しかしシールドのようなもので弾かれた。

だが素早く剣を戻すと連続で剣を振りかざす。

するとシールドは何かが砕けるかのような音がして消滅し、フィーリアの剣閃によってグリーンスピリットは切り裂かれた。

ルリニアのほうはブルースピリットの剣を必死にシールドで防御している。

その時であった。

一瞬のうちにフィーリアはルリニアの近くまで戻るとブルースピリットも切り裂く。

速さだけであればカナギよりも上に見えるほどであった。

戦っていたスピリットがマナの塵になると二人はようやく安心するかのようにしてため息をついた。

「大丈夫ですか?」

「うん、平気よ。でも三人に追われていたあなたのほうが大丈夫ではないような気がするけど」

「私のほうは通りすがりの方に御助力をしていただけましたのでなんとかなりました」

「今どきそんなお人好しがいるなんて珍しいわね」

「お人好しで悪かったね」

ルリニアが笑おうとしたところでカナギが茂みの中から姿を現した。

先ほどの戦いを見ていただけであったがそうまで言われて引っ込んでいる主義でもない。

「先ほどはお礼もできずに失礼致しました・・・」

フィーリアが丁寧に頭を下げるがルリニアは驚いていた。

「ね・・・ねえ・・・この人・・・・・人間なのにスピリットと戦えるの?」

「そのようですね」

「そのようですねってフィア・・・これは大変なことよ」

確かに普通の人間がスピリットと戦えるとしたら大変に思われてもいい。

むしろルリニアの驚きのほうが自然であった。

「大変でも私の恩人ですよ。失礼があってはいけません」

フィーリアのほうは実力よりも礼儀のほうが先行しているようだ。

「まあどうでもいいとだと思って忘れてほしい。僕は旅をしているだけだから」

「いいえ。お礼だけはさせていただきたいと思います。私達の兵舎に御足労願えませんか?」

カナギとしては戦争に巻き込まれるのだけは勘弁であったがここまで言われては断り辛かった。

断ったら罪悪感に満ち溢れたような目で見られるような気がしたからだ。

「わかった」

「それでは私達の兵舎へ御案内します」

フィーリアに連れられるようにしてカナギは歩いていく。

そしてとある町へと入った。

来る途中に受けた説明ではこの町はイースペリアという国とサルドバルドという国の境目に当たるロンドという名前の町である。

そしてカナギは兵舎に着くとリビングルームへと通された。

その時、一人のブルースピリットがやってきた。

「フィーリア、戻ったのね」

「ユニル様、ただいま戻りました」

フィーリアが深々とお辞儀をするとユニルはカナギのほうを見る。

「なるほど・・・エトランジェ様ですか」

「はい、その通りです」

一目見ただけでカナギをエトランジェということをユニルは見抜いた。

神剣もないというのにわかったことにカナギは驚いたがユニルは頭を下げる。

「突然の御無礼をお許しください。私はイースペリアスピリット隊総隊長ユニル=ブルースピリットと申します」

「いや、無礼も何にもないけどね。僕はカナギ」

いきなりの自己紹介であったがカナギは動揺もなかった。

「失礼ですが一つお聞きします。情報部から伝わったことですが

 数日前にラキオスからエトランジェが一人消えたということですがもしやカナギ様のことではありませんか?」

「御明察。戦争利用しかされない立場に嫌気が差して逃げ出しただけさ」

ユニルは納得したかのように言葉を止めた。

そして少し考えると口を開く。

「もしよろしければイースペリアに留まっていただけないでしょうか?王に上奏し、客人としてお招きしたいと思います」

条件としては良いものであることは間違いない。

だがカナギは裏を考えてみた。

考えた裏というのは他国にエトランジェを渡したくないという思惑。

そして戦争参加を強制しないとはいっても恩を売っておけば強制しなくても参加してくれるだろうというものだった。

疑いすぎることは確かにいけないことであるが信じすぎることは危険だということは肌で実感している。

しかし行く当てもなく、記憶を取り戻すための情報を得られないままよりはマシである。

強制されるようであればまた逃げ出せば良いという考え方だった。

「まずはそれが本当かどうか確かめさせてもらうよ。本当だったら受けることにする」

「それでは御案内します」

ユニルは先にドアをあけて外に出る。

「失礼します」

カナギを持ち上げるかのような形になるとウイングハイロゥを広げて空を飛んだ。

「重いと思うんだけど大丈夫かな?」

「ブラックスピリットであれば長距離の飛行は難しいですが私達ブルースピリットは長距離の飛行に優れています。

 王都イースペリアまでは人の足であれば四日はかかりますが私であれば一日で行くことが出来ます」

「それは凄いものだね」

歴史書にはさすがにそこまで詳しいことは載っていなかったためカナギは関心するばかりであった。

スピリットの表面的な実力差はわかっても細かいところまではスピリット個人の違いが大きいのである。

ユニルは総隊長を任されているだけあってそれだけの実力があるということなのだ。

そして日が落ちかけた時に王都イースペリアに到着した。

ふわりとゆっくりとした着地をしてユニルはカナギを降ろした。

「お疲れ様」

「いえ、それでは王の間へと案内します」

そしてユニルと一緒に城の入り口に歩いていく。

途中の番兵はユニルの顔を見ると敬礼をして通した。

王の間に行くとそこには若い女王が座っていた。

「ユニル=ブルースピリット。失礼ながらイースペリア女王に上奏申し上げます」

「うむ」

「この方は情報部より寄せられたラキオスから抜け、旅に入っていたエトランジェのカナギ様です。

 我が国の客人として招きたいと思いますが女王の判断をお願いします」

女王は少し考えると口を開いた。

「ラキオスがこのことについて何か言ってくるということはないだろうな?」

「情報部から寄せられたものは裏の情報と言っても過言ではありません。

 すなわち周囲に口止めをし、エトランジェに相応の扱いをせず逃げられたという事実を隠していることは間違いないでしょう。

 そのためラキオスはカナギ様については公表することが出来ないため我が国のエトランジェと宣言し、

 公表することによってラキオスの言葉を封じることが出来ます」

「なるほど」

「ですがカナギ様には我々は相応の客人としての礼を持って扱いをすることによって風評を味方につけることができます。

 そしてエトランジェという名前はこの国にとって大きな希望となるでしょう」

カナギは黙ってきいているだけであったがユニルの考えていることはカナギ自身のことだけでなく周囲のことも含めている。

結果的にカナギは完全に保護されるが客人としての自己を失うことなく自由を失うわけではないのだ。

もし戦争強制をするようではなく客人としてではなく兵士として扱っていると批判を受けることは必至である。

「カナギ殿、我が国の客人として滞在を願えるだろうか?できる限りのもてなしをしよう」

カナギは内心、女王の言葉に驚いた。

ラキオスの王と違い、スピリットの声に耳を傾け、カナギに対しては命令ではなく頼んできた。

これは断りにくいといった困ることになる。

「受けましょう。ですが条件がいくつかあります」

「申してくれ」

「一つ、僕が記憶を失っているので記憶の手がかりを手に入れるため書庫などの調査の自由が欲しい。

 二つ、戦争に関しては国からの強制力を持たない自由意志からの参加のみに限定すること。

 三つ、王都でのもてなしはいらない、スピリット隊兵舎に居を設け、衣食住の保障をしてほしい」

「ほう・・・王都でのもてなしではなくスピリット隊兵舎に行くというのか?」

「さすがに食事の分だけは働かせていただくつもりです。そのために選ぶ場所は僕にはそこしかありません」

戦争に参加するのは嫌いであったが恩を受けてそのままというのは気分が悪い。

ユニルの策にはまったような気分ではあったが確かに譲れない話だった。

女王としてみればエトランジェが戦いに参加するのであればこれほど心強いことはない。

「それでは兵に伝達しよう。よろしく願う」

「よろしくお願いします」

「今日はこの城の客間にて休んでくれ。明日にでもユニル=ブルースピリットに送らせる。

 戦争に関しては軍務司令とスピリット隊総隊長に任せてあるため何かあればユニル=ブルースピリットに聞いてほしい」

「重ね重ねの御好意感謝します」

そう言うとカナギとユニルは王の間を後にした。

「堂々としていましたね」

「ラキオスの王様でもうなれたよ。人格者としての差のおかげっていうのもあったけどね」

「ふふ・・・イースペリア女王は変わり者ですが良い方です。私のようなスピリットの言葉でも耳を傾けていただけます」

「ラキオス王なんて絶対にそんなことはないだろうね」

普通に笑っているユニルを見るとスピリットも人間も同じような存在のように思えてくる。

立場が保障されるこの国が居心地が良い国になるかもしれないのだ。

カナギとしては少しだけ安心することが出来た。

ユニルと別れると客間へと通される。

そして書庫に少し入ると食事をし、部屋に戻ると次の日を待った。




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