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第二話 未来へ


朝早くに起きたカナギはでかける準備をしつつ国の資料などについてファーレーンに頼んだ。

そして用意してもらった資料は歴史書である。

カナギにとってはほしかった資料の一つであった。

「なるほどね・・・」

目的地に向かいつつ本を読んだところ一応国の成り立ちなどが書いてあるものの記憶に響きそうな言葉は全くないようだ。

ただ今おかれている状況が少しだけ理解できたというだけである。

「これはもっと資料が必要かもしれないな」

カナギはこれからのことを考えるとため息が出た。

ネリーとシアーは疑問に満ちた顔をしてカナギの顔を覗き込んでいる。

カナギはそれに気がつくと表情を戻す。

そしてしばらく歩いていくと町が見えてきた。

「あの町がエルスサーオなのかな?」

「うん、ユート様は今もうちょっと先にいるみたいだね」

「まあ僕達の役目は守りらしいからしばらく会うことはないだろうね」

カナギに与えられた役目はエルスサーオの守りだけであって進行ではない。

そのため一度全軍が戻ることでもなければ会うことはないだろう。

一度話してみたい相手ではあったもののその機会は遠すぎるのだ。

「なにか・・・おかしくないか?」

気がつくとエルスサーオの東の入り口からは火の手があがっている。

それは尋常ではないことを意味していた。

「ネリー、シアー、急ごう」

「うん」

「うん・・・」

カナギ達は急いで町の東の入り口へと向かう。

するとそこではすでに戦いが繰り広げられていた。

それを見てカナギが腰に携えた剣を鞘から引き抜くとネリーとシアーも剣を構えた。

「いいか!僕達の相手はあくまでもスピリットだ。他の相手は警備兵に任せる」

「うん!」

「うん」

「ネリーは牽制、シアーは後方で敵の神剣の力を抑えてくれ。僕は突撃をする」

カナギは自分でも何故瞬時にこのような判断ができてはっきりと言葉に出すことが出来るかわからなかった。

しかし今は疑問に思っているときではない。

ネリーはウイングハイロゥを広げると一気に敵のスピリットに向かって飛び出していく。

赤い髪のスピリッツと剣を合わせた瞬間、カナギは一気に走り右からそのスピリットを剣で切り裂いた。

それに気がついた他のスピリット達はカナギ達に狙いを定めた。

「炎よ・・・」

「アイスバニッシャー!」

敵のスピリットが神剣の力を解放しようとしたところでシアーがその力を封じる。

その隙が出来た瞬間をカナギは見逃さず剣で切り裂いた。

だがカナギが体勢が整わないうちに次に別のスピリットがカナギに向かって剣を振りかざしてくる。

「なっ!?」

剣で受け止めた瞬間、『バキィィィン!!』という音がしてカナギの剣が折れる。

カナギの剣は普通の金属製の剣であったため神剣と比べると遥かに強度が低いことを意味している結果であった。

そのため普通に受け止めれば剣が折れ、運が悪ければ剣が折れるどころか自分も斬られるところだった。

だが一応のためにと剣はもう一本腰に携えていたため折れた剣を捨て、右手に折れていない剣を持つ。

「普通に戦うこともできないのか」

周囲を見るとカナギは三人のスピリットに囲まれていた。

ネリーとシアーのほうも自分のほうで手一杯という感じでカナギの援護をする余裕はない。

「ここでやられるわけには・・・いかないか」

カナギは意を決すると中央にいたスピリットに向かって走り出す。

両サイドにいたスピリットが剣を振りかざしてくるがそれを潜り抜けるかのようにして避ける。

そして右のほうのスピリットを剣で切り裂いた。そして左のほうにいたスピリットには蹴りを放つ。

その隙に乗じて中央にいたスピリットが剣を振りかざしてきた。

避ける体勢も剣で受ける体勢もまだ整っていない。

やられると思った次の瞬間であった。

光の盾のようなものが自分の前に現れ、相手の剣を弾き返す。

「なんだ・・・?いや、そんなことを言っている場合じゃない」

動揺する余裕もなくカナギは一気に間合いを詰めると中央にいたスピリットも剣で切り裂いた。

そして蹴りを放っただけで致命傷でないスピリットも剣で切り裂く。

まるで戦い慣れた存在のような動きであった。

「なんなんだ・・・いったい。なんで僕はこんなことができるんだ・・・・・」

目の前でマナの塵と化すスピリット達。

それを見て罪悪感が沸いてきた。

それだけではなく何故ここまでできるかわからない自分への恐怖も沸いてきた。

だが、ネリーとシアーの必死に戦っている姿が眼に入り正気に戻る。

「今は・・・こんなことを気にしている場合じゃないな」

しばらく戦いを繰り広げ、数時間が経過したところで戦闘は終了した。

味方を見ても無傷のものはいない。

カナギ達の相手はスピリットを中心としていたが兵士達同士の交戦もあり、周囲には血の跡が残っている。

それを確認したところでカナギは自分の肩にかすり傷程度だが傷ができているのを見た。

これは自分が人間であるということの実感を持てる証拠であった。

「どうしたの?」

シアーが話しかけてきてカナギは正気を取り戻す。

立ちすくんだまま動かないので心配になって話しかけてきたようだ。

「ああ・・・戦争ってこんなものなんだなって実感できたんだよ」

「ふ〜ん・・・」

ネリーは周囲の事後処理を言われるがままに手伝っていた。

見た目ではわからないほどの力があるようで瓦礫などを動かしている。

スピリットは普通の兵士より遥かに強いということを実感させられる時であった。

カナギはそれを見てやっと気がついたことであったがカナギ達が来るまで敵のスピリットは誰もやられていなかったのである。

つまり普通の兵士達では手を付けられないほどの強さということなのだ。

そしてカナギ自身はそのスピリットより数段上の実力を持っているということなのだ。

事後処理が終わって三人はスピリット専用の兵舎に行くが待機命令を伝えられた。

食事をすぐに終わらせ、割り当てられた部屋に行くがカナギとしては腑に落ちなかった。

実力としては遥かにスピリットのほうが上だと言うのに実際に命令されているのはスピリット達である。

「いったいどういうことなんだ」

考えつつも歴史書に目を通していると気になる記述がいくつもあった。

だがカナギの記憶に引っかかるものは全く出てこない。

自分が別の世界から来た者であることをはっきりと教えられているような気分だった。

「大変大変ー!」

いきなりドアが開き、ネリーが部屋に駆け込んでくる。

「どうした?」

「また敵がきたよ!」

「そういえばここは最前線だったか」

カナギは剣を携えるとネリーと一緒に兵舎を飛び出した。

今回も先ほどと同じくらいの数の敵がこの町に向かって攻めてきた。

このような攻勢が何度も行われ、合計一日のうちに四度も戦闘に入りカナギはくたくたになっている。

「僕は・・・一日のうちに何人のスピリットを斬ったんだ」

ベッドにうつぶせになりながらカナギは疑問に思っていた。

スピリットは全てネリーやシアーと同じような存在。

人とそれほど変わらないように見える。

それなのに戦いになると殺さなければいけなくなる敵となるのだ。

必死な時だけ忘れることが出来るが心が痛くないはずが無かった。

悩みつつもそのまま眠りにつく。


次の日、朝から町が攻められてまた防衛をしなければいけない。

全く心の休まる暇すらなかった。

スピリット隊がいなくなれば敵は引き上げるがそのスピリット隊と戦えるのはスピリットだけ。

つまりはネリーやシアーのような存在の他にはカナギしかいないのだ。

「せいっ!」

カナギは通常の剣では簡単に折られるということを完全に知り、まともに神剣を受けようとはしない。

受け流すか避けるといった方法を重点とした。

避けるか受け流した瞬間は必ず相手は体勢を崩すため隙が多く出来る。

その結果、スピリットよりも高い実力を発揮しているのである。

「これじゃあ・・・体が持たないな」

ネリーやシアーも戦いにはよく参加をしているが疲れを見せている。

だが二人は全く文句すら言わずに参加をしているのだ。

「二人共大丈夫か?」

「うん、平気」

「へーき」

「二人共凄いね・・・」

二人の強さにカナギは感心するばかりであった。

自分より小さい体をしているのに辛さを全く見せないのである。

カナギには少し焦りがあった。

戦いに明け暮れるだけであったこのままでは全く記憶への手がかりさえ見つけられない。

だがここにいる限りは戦い勝たなければ先へと進むことが出来ないのである。

そう考えながら何日かが過ぎていった。


ある日、朝から交戦がなく平和に目覚めることができた。

そう考えていたときであった。

「カナギ様ー」

いきなりドアを開けてネリーが駆け込んできた。

いつものようにいきなり交戦かと思いきや別の言葉が放たれた。

「ユート様がリモドアの町についたからしばらく休めるよ」

「ああ、わかった」

やっと休戦できるというのはカナギにとって嬉しい知らせであった。

連戦によって疲れていたが一番響いていたのは心の疲れである。

自分が殺したスピリット達が頭から離れないのである。

そして戦争にいたことで全くと言っていいほど記憶への手がかりを掴むことなどできなかった。

用意してもらった歴史書を読む時間が精一杯で他のことなど気も体もまわらなかったのである。

だがカナギはここで思った。

必ずここから先に同じく戦争が起きる。

今は少しの間だけの休戦であった何度も死地に向かわせられるだろう。

記憶のないまま兵士として扱われ続け、運が悪ければ戦死ということもありえる。

そんなことだけは絶対になりたくないのだ。

「あのさ・・・ネリー」

「なに?」

「少し厨房を勝手に借りるよ」

「うん」

カナギは何を思ったのか厨房へと向かった。

そして数時間経過すると沢山のクッキーが盛られている皿を食堂に持ってきた。

その匂いにつられたのかネリーとシアーがやってくる。

「いい匂い〜」

「しばらく疲れているようだったからね」

カナギは自分でも少し驚いていた。

何故自分がこのようなものを作れるかということもわからない。

だが今はこの二人が喜ぶ顔を見ることが出来たということだけで満足であった。

二人は瞬く間にクッキーを平らげるとご満悦の顔であった。

そしてその夜のことである。

「悪いとは思っているんだけどね・・・」

カナギは紙に伝言を書いた。

内容は

『ネリーとシアーには悪いとは思っている。

 でも僕は記憶を失い、未来まで失いたくない。

 記憶を取り戻す当てはないけどなんとか探してみたいと思う。

 今までお世話になったね。

 ありがとう              カナギ』

と書かれていた。

歴史書もそっと机の上に置く。

そして物音を立てないようにしてカナギは兵舎を後にした。

夜の闇が先の未来を見せてくれるかのような光を見せてくれる。

こうしてカナギはエルスサーオの町を後にした。


後にカナギを起こそうとやってきたネリーはその手紙に驚愕した。

大騒ぎしつつネリーはシアーにもその手紙を見せた。

二人の目には涙が浮かび上がっていたという。

その報告はラキオスにとっても一部にしか伝わらなかったことであるが大きな波紋があがったという。




 

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