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第一話 記憶のないエトランジェ


暗闇の中で誰かの呼ぶ声が聞こえる。

その声が誰かなんて僕には分からない。

でもその声は優しく僕を呼ぶ。

その声はいったいなんなのかはわからない。

けどその声に導かれるまま僕は目を覚ました。

目を覚ましたらそこは森の中。

周囲を見回しても木々が生い茂るだけでわからない。

その瞬間であった。

「くふふふっ・・・」

女性の声のようなものが聞こえてその方向へと歩いていく。

次の瞬間であった。

青い髪をした女性が現れる。

「あの・・・」

声をかけようとしたその時であった。

いきなり女性は剣のようなものを手に持ち振りかざしてくる。

だがその剣の動きが見切れたのか体が反応して後ろに飛んで避けることが出来た。

体勢を立て直すと女性と向き合う。

顔は笑っているがそれは獲物を見つけたような笑みだ。

殺されるという意識が強まり、恐怖が体を支配するような感覚になる。

しかし恐怖に体が支配されているというのに何故か心の中では死ぬという意識が全く生まれなかった。

女性は次々に剣を振りかざしてくるが僕は全ての剣を避けつつ体勢をすぐに整える。

だが四回目にサイドステップをして避けたその時に木の枝に足を取られてその場に膝をつく。

殺されると思ったその瞬間、

「ううぅ・・・・」

「くっ・・・・」
体が即座に反応したのか白刃取りのような形で剣を受け止めていた。

女性が動揺している姿を見て一気に剣を横に傾けると女性はバランスを崩す。

その隙を見て剣を放すと一気に女性の腹部に肘うちを放つ。

追い討ちとばかりに倒れる瞬間に蹴りを放った。

女性は意識を失うとその場に倒れた。

「なになにっ!?」

いきなり離れた場所から声が聞こえてくる。

そして姿を現したのはまだ十代の中盤かそれ以下くらいの少女だった。

だが服装は先ほど切りかかってきた女性の服と似ている。

髪も同じように青いが後ろの方を紐でしばっていた。

「どうしたの・・・?」

「ん〜よくわかんない」

少女についてくるようにして姿を現したのはセミロングの青い髪をした少女であった。

見た感じでは同じくらいの年齢に見える。

「ねえねえ。この倒れている人を倒したのあなた?」

「ああ・・・そういうことになるのかな」

「凄い凄い〜」

「すご〜い」

いきなり拍子抜けしてしまった。

ロングの髪の少女に相槌を打つかのようにセミロングの髪の少女が話している。

素直に感心しているだけで緊張感など全くない。

「多分エトランジェだね〜」

「だね〜」

「エトランジェ・・・?」

聞いたことのない言葉に少し気になっていたがロングの髪の女の子は僕の手を掴む。

「王様のところ、ネリー達が案内してあげる」

「シアーも・・・」

「あ・・ああ・・・」

状況がよくわからなかったが連れられるままに歩いていく。

すると城下町についた。

活気があって賑わっているが物々しい雰囲気がある。

だが今までで気がついたことがあった。

それはここのことを何一つ知らない。

それどころかここがどこなのかすらわからないのだ。

「あら・・・ネリー、シアーどうしたのですか?」

「ファーレーン、お買い物?」

「お買い物〜?」

ネリーとシアーの放しかけた先には仮面をつけた人が立っていた。

手には紙袋を持っていることから何かの買い物をしてきたことがわかる。

「はい、今日の食事の材料の買出しです」

「今日のごはんは?」

「ごはんは〜?」

「それは・・・その前にそちらの方はどなたですか?」

ファーレーンはネリーとシアーの連れてきた僕が気になっているようだ。

「エトランジェ〜」

「エトランジェ〜」

二人で順番に言った瞬間、ファーレーンは硬直した。

この二人とは違い、動揺しているようだ。

「え・・・エトランジェですか!?」

「うん」

「うん〜」

二人がそう返事をするとファーレーンは僕に向かって頭を下げる。

「はじめまして、私はスピリット隊のファーレーンです」

「いや、僕はエトランジェという意味すらわからないんだけど・・・」

「えっ・・・ネリー、シアー。まだ王様には謁見を済ませていないのですか?」

「今からだよ」

「だよ〜」

この反応からエトランジェというのが特別な存在であることが分かる。

「ネリー、シアー・・・それでは私が謁見を願い出ますのでこの袋をお願いします」

「は〜い」

「は〜い」

ネリーは笑顔で袋を受け取ると僕に向かって手をふる。

そしてネリーとシアーはどこかにいってしまった。

「またね〜」

言葉の意味がよくわからなかったが僕はファーレーンと二人になった。

「それでは御案内します」

ファーレーンに連れられて城へと向かう。

城は巨大で広く、途中で衛兵に呼び止められたがファーレーンは顔が知れているらしく素直に通してもらえた。

その時に衛兵がファーレーンから何かを聞くとは先に走っていった。

そして赤い絨毯の引かれた豪華に広間に通された。

「お忙しいところを失礼します」

「うむ、知らせは聞いている。エトランジェだそうだな」

全く意味が不可解な言葉ではあったがその言葉で繋がっているため何も言わずに様子を見ることにした。

「それでは我が国のために戦ってもらうとしようか。先のエトランジェと同じようにな」

「待ってくれ!僕はエトランジェなんて知らない。それに・・・」

そういえばと思って今は言葉に詰まった。

自分の中にここのことどころか自分が何者かすらわからなかった。

つまりは記憶がない。

ただ覚えているのは暗闇の中から聞こえてきた僕を呼ぶ声だけ。

「僕は自分が何者かすらわからないんだ!」

その言葉を言い放った瞬間であった。

激しい頭痛に襲われて視界がゆがむ。

そして少しずつ意識が失われてその場に倒れた。


気がつくとベッドの上に寝ていた。

どこの家かわからないベッドで寝ているのは不思議な気分ではあったが王の間のことについては鮮明に覚えていた。

「いったい・・・なんだったんだ」

一応エトランジェという存在についてはわかった。

だが記憶がないというのも共通することなのだろうかと疑問になる。

するとドアをノックする音が聞こえてきてドアが開く。

「起きたみたいだね〜」

「だね〜」

ドアから姿を現したのはネリーとシアーだった。

またとはこの言葉の意味だったのだろうかと納得した。

外を見るとすでに暗くなっている。

かなり長い時間気を失っていたことが分かった。

「心配をかけたみたいだね」

「うん、でも何もなくてよかった」

「よかった〜」

ただ喜んでいる二人を見て少し安心感がわく。

確かに記憶がないというのは大変なことだが焦っても仕方がないことを理解した。

少し落ち着いたところで僕は疑問に思っていたことを聞くことにした。

「あのさ、僕の前に来たっていうエトランジェの人について聞きたいんだけどいいかな?」

「うん、いいよ。ユート様のことだね」

「うん〜」

「ユート?そんな名前なのか。その人はどんな人なのかな?」

名前について聞き覚えすらなかったが一応気になった。

「えっと頑張りやで強い人だよ」

「だよ〜」

「そうなんだ・・・変な聞き方で悪いけど何も覚えていなかったりそんな様子はなかったかな?」

変な質問とは思いつつも聞いたところネリーとシアーは首をかしげている。

言い方がまずかったことはわかるがこれ以上の言い方が思いつかなかった。

「妹がいるっていっていたよね?」

「ね〜」

この一言でユートと呼ばれている人は記憶を失っていないことがわかった。

妹がいるということだけでも記憶があるという証明だからだ。

僕には兄弟どころか親の名前すらわからない。

ただ一つだけ知っていることを除いては何も分からない。

「カナギ・・・」

「カナギ?」

「ああ、僕の名前だよ。夢の中でそう呼ばれていた」

夢の中で呼ばれていた名前が僕の名前とそう判断するしかなかった。

ただ一つの記憶の手がかりであることには間違いない。

そしてあの声のことも。

するとファーレーンがドアを開けて中に入ってくる。

「エトランジェ様、目覚められましたか?」

「カナギだよ」

「だよ〜」

「どういうことですか?」

「僕の名前だよ。僕の名前はカナギ。唯一覚えていること」

記憶というより呼ばれただけという意味であったが唯一の手がかりである。

この名前こそが自分を確立する唯一の言葉でもあった。

一応ファーレーンは納得して地図を広げる。

「急なことですが御報告致します。明日にこの地にあるエルスサーオに向かって移動をお願いします」

確かに急なことであったため理解が出来なかった。

だがファーレーンは丁寧に地図を指差して説明した。

そのためエルスサーオという町があるということは理解できた。

「僕に戦争に参加しろっていうことなのかな?」

「はい・・・」

ファーレーンは罪悪感を感じているような声での返事であった。

できれば戦いには巻き込みたくないという優しさは伝わってくる。

しかし命令であれば絶対の兵士であるためきかなければいけないのだろう。

心遣いはあっても自分の判断ではどうしようもないということだ。

「わかった」

「ネリー、シアーをお付けします。私は国境警備があるため別となります・・・」

「えっ?カナギと一緒にいていいの?」

「いいの〜?」

「しっかりとお世話をするのですよ」

「は〜い」

「は〜い」

素直なこの二人を見ていると戦争に行くという雰囲気など一切なかった。

だが結局のところこの二人も兵士なのだろう。

考えながらも丁寧にお辞儀をして退室するファーレーンを見送った。

考えている僕にネリーとシアーが顔を覗き込んでくる。

心配そうに見ているようだ。

「二人共、明日は早いみたいだ。そろそろ休んだほうがいいんじゃないかな?」

「うん」

「うん〜」

素直に頷いて二人はドアのほうに歩いていく。

「おやすみ〜」

「おやすみ〜」

二人とも心配はなくなったかのように笑顔で部屋から出て行った。

そして僕は一人で考え始める。

スピリットとは兵士のようだが女性ばかりのようだ。

そして異世界から来たとされるエトランジェという人種。

この世界のこと。

自分が誰なのか。

考えることは山ほどあった。

まずは情報を色々整理することからはじめなければいけない。

「まずはこの国がラキオスと呼ばれている。そしてここではスピリットと呼ばれる女性の兵士がいるということか」

ネリーやシアーもスピリットであるということは間違いなさそうだ。

ファーレーンは自分で名乗っていたため間違いはない。

「次に僕はエトランジェと呼ばれているということ。そしてこの国にはもう一人エトランジェがいてユートという名前だったか」

異世界から来た人間のことをエトランジェとこの国の人間は言っている。

この国には僕の他にユートというエトランジェがいてすでに戦争に参加しているようだ。

実力や人柄においても信頼されていることはネリー達の口ぶりから想像できる。

あとはこの世界のことと自分が誰かについては今は整理できないとわかった。

両方とも考えるには情報が少なすぎる。

気にならないわけではないが今考えても無意味であることは事実だった。

今は考える必要があることがはっきりしただけ少しは心境的には気が楽になった。

「急がずに少しずつ・・・というわけか」

今はできるだけ休んでおくしかできない。

そう考えて今は眠りについた。




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