佳織と仙人様
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時間にして丁度悠人達がマロリガン戦にて、壊滅的な打撃を受けた頃…。
「お兄ちゃん・・・大丈夫かな・・・。」
佳織は、義兄の身を案じながら窓の外を眺める。
「何とか・・・お兄ちゃんの所に帰りたい。」
フオ・・・ン・・・
その途端、佳織の背後で突如風が巻き起こった。
「何!?」
窓や扉が開いてるわけでもないのに、佳織は思わず戸惑ってしまう。
そしてその風の渦の中心から、風を纏うようにして一人の少女が唐突に姿を現した!
「ご、ごめんなさい!か、匿わせてや!!」
自分と同じくらい小柄な体格のその少女はそう言うと、酷く慌てた様子で取り合えずベッドの後ろへと身を隠す。
「え・・・えと・・・あの・・・。」
何が何だか良く分からない。
取り合えず分かった事は、突如現れたこの少女は何かから隠れようとしているという事だけ。
あまりに突然の事に佳織は戸惑うが、ここは日本の常識が一切通用しないファンタズマゴリア。
こういう事態も起こりうるのかもしれない。
ただ、状況説明を自分にも分かるように要求する権利くらいあるだろう。
「あの・・・あなたは?」
当然の疑問。
「わ、私?私は・・・。」
そう言う小柄な体格の少女をしげしげと見る佳織。
相当な美少女だ。
たぶん、佳織も彼女ほど容姿が綺麗に整った女性を見た事はなかろう。
髪や瞳の色は、綺麗なエメラレルドグリーンという幻想的な色が、更に彼女の美しさを引き立たせている。
グリーンスピリットだろうか?
「リオット・グリーンスピリット。私を知ってる人は皆、風の妖精って呼んでるんやけど・・・。」
その少女は、乱れた髪をサッサッと綺麗に整えると、ハキハキとした調子で名乗った。
明るいというよりは、優しそうな雰囲気を纏った少女だ。
口調や声音からも、それが伝わってくる。
それでいて、佳織と同じようにやや内気そうな空気も持っている、なんとも不思議な少女だった。
「ご、ごめんね。いきなり押しかけてしもうて・・・。」
ちょっと、訛りのある話し方だ。
「な、何があったんですか?」
「ちょ・・・ちょっと、い・・・苛められてしもて・・・。」
エヘヘと笑う。
その笑顔はとても綺麗で、辛そうな印象は欠片も受けない。
何と言うか・・・一緒にいるだけで、心が晴れ晴れとしてくるかのような・・・その場に佇むだけで人が集まってきそうな、そんな少女だ。
「そ、そうなんですか・・・。」
佳織は何と応えたら良いのか分からない。
「え、えと・・・しばらく匿わせてくれへん?そうしてくれると助かるんやけど・・・。」
ニッコリと笑いかける。
その笑顔を向けられてなお断れる者は、そうはいないだろう。
わざとじゃないのだから、なおさらだった。
「は、はい・・・。私は・・・別に・・・。」
佳織がそう言い掛けた時だった。
「リオット!そこにいるんでしょう?私から隠れようとしても無駄なのですよー?」
そんな少女の声が、外から届いてきた。
最後の方の声のトーンを下げ、残酷そうな響きを持っている。
この声の持ち主が、リオットを苛めている張本人だろう。
その証拠に、リオットの肩がビクついたのを佳織は見逃さなかった。
だが、リオットは優しい調子の笑顔を佳織に向けて、逆に佳織が怯えてしまわないように『心配ない』と元気付ける。
その目には、突然押しかけてしまったお詫びの気持ちも含まれている。
そんなリオットに、佳織は一瞬で心引かれてしまった。
コン・・・コン・・・
部屋の扉がゆっくりとした調子でノックされる。
リオットへの恐怖をあおっているのだ。
リオットは、一切の反応を示さない。
じっと成り行きを見守っている。
ギィ・・・
扉がゆっくりと開かれる。
相当意地悪そうな性格である。
そして、部屋へと入って来たその女性を見て、佳織は思わず声をあげそうになった。
似た人物をラキオスでも何度か見かけた事がある。
その姿は・・・ヘリオン・・・を丁度グラマーな大人の姿にしたかのような感じ・・・だった。
「ベッドの後ろに隠れても無駄ですよー?」
「さ・・・サリオン・・・さん・・・。」
リオットはできるだけ平静を装っている。
サリオンは、ニイッと邪悪な笑みを浮かべる。
「さあさあ、リオットさん。あなたのあーんな事やこーんな事を皆にバラされたくなかったら、こっちに来るのです・・・。」
スッと手を差し伸べてくるサリオン。
だが、リオットはその手を受け取らない。
そう、だからこの娘(リオット)は苛めがいがあるのだ。
通常は、ここで弱気な雰囲気でヘコヘコと怯えた調子で従った者が、
苛められっ子への第一歩を踏み出すものだが、サリオンの場合はその全く真逆だ。
サリオンの場合は、苛められる性格をしていなくても、こうして苛められる可能性があるから皆恐れている。
それは分かっているのだが、ここで怯えた調子をサリオンに見せるのは、リオットとしての女のプライドに反する。
そして、そんなリオットの内心すらも既に読み取っているサリオンは、それを上手く利用して苛めているのだ。
「そう、それなら仕方ないですねー。あなたの108の恥ずかしい話を皆さんに発表しちゃいましょう♪」
「ひゃ・・・108っ個もあるん!?」
さすがのリオットもこれには驚く。
普通ならハッタリだが、サリオンの場合はハッタリでは済まない。
バカにして痛い目を見た者を何人も見てきている。
「ですから、リオットちゃんは安心してその娘と談笑でもしていて良いのです。」
ついに“ちゃん”付け。
「あ・・・あの!」
ついに我慢ならなくなった佳織が、恐る恐る口を開いた。
「なんですかー?」
「そういうの・・・良くないと思います!」
「あら、どうしてそう思うんですかー?これは取引なのです。
私との取引に応じるか応じないかで、運命が分かれるんですよー。言わばこれは一種の遊びなのです。」
「リオットさん・・・こ、困って・・・ますよ?」
リオットが思わず佳織を見て、何かを言いたげに口を開こうとして・・・できなかった。
佳織の名前を聞いていないので、名前を呟けなかったのだ。
「それなら、代わりにあなたが私と来ますかー?それでも私は構いませんよ?」
そう言いながら、サリオンはどことなく見下したかのような笑みを浮かべながら、佳織を値踏みするかのように上から下までじっくりと観察。
リオットには分かる。
佳織が苛めがいがあるか、そうでないか・・・それを佳織の次の一言で計るつもりだ。
ここで、「私が身代わりに行きます!」とか友情めいた事を言えば、もうお終いである。
あまりにも危険すぎる状況だった。
「わ、私が・・・。」
佳織が意気込む・・・。
サリオンの目が光る。
佳織を苛められっ子という泥沼から救い出すには今しかなかった。
「待った待った待ったーーーー!!!」
大声をあげながら手をブンブンと振って両者をストップさせて、うやむやにしてしまおうという考えだ。
「何ですか・・・せっかくもう少しで面白くなりそうだったのに・・・クスン・・・。」
サリオンが残念がる。
取り合えず・・・セーフ・・・だろう。
だが、目は付けられたかもしれない。
まだ油断はできない。
「分かったから・・・私が行くから・・・サリオン。」
リオットがサリオンの前へと進み出る。
「今日は素直ですねー。まあ、いいですよ。さあさあ、リオットさん。お楽しみの時間ですよー。」
今度は“さん”付けである。
からかっているのだ。
だが、リオットは自身を落ち着かせようと己の胸に手を当てながら、サリオンに歩み寄る。
佳織はその時初めて気付いた。
リオットはその小柄な体格にはあまりに不釣合い過ぎる、見た事もない程の巨乳の持ち主だったのだ。
(良いなあ・・・。)
こんな状況で、そんな嫉妬を懐いた自分を佳織は恥じた。
「サリオン・・・。」
ボソリと呟くリオット。
彼女は思い出した。
一度スイッチの入った彼女を元に戻す方法が、たった一つだけある事を・・・。
リリィが良くやってるあれである。
「ごめんなさい!!」
ゴォン!!
鈍い音が、辺りに響く。
「きゃうぅぅぅぅーーー!!!」
続いて女性の悲鳴。
リオットが勢い良く謝って、サリオンの脳天に拳を打ち下ろしたのだ。
佳織は突然の事に頭がついて来ないのか、ポカンとしている。
「ヒィィーーーン、痛いですよ。酷いですよー。」
サリオンが涙眼になりながら、文句を垂れる。
何だか、サリオンと呼ばれている女性の纏っている雰囲気が、苛めっ子から苛められっ子に豹変。
二重人格なのだろうか?
佳織は咄嗟にそう思った。
だが、二重人格ではない。
サリオンは、これで1つの人格なのである。
ようは、変り者なのだ。
「い・・・今までで一番効きました・・・。」
頭を抱えて蹲るサリオン。
「ふぅ・・・。」
リオットが溜息をつく。
これで、サリオンに入ったスイッチを切った。
サリオンがヨロヨロと立ち上がると、扉の方へとフラフラと歩いていく。
「え・・・えーと・・・しゅ・・・シュンジ様にでも、い・・・言いつけて・・・やりますからね・・・。」
ヨロリラといった調子で、立ち去って行った。
「い・・・今のは・・・?」
一人取り残されている佳織。
「あ、えと・・・あれは、サリオン・・・って言うんや。おかしくなってくと、今みたいにすると元に戻るんやで。」
「え・・・えーっと・・・二重人格・・・なんですか?」
語尾が小さくなる佳織。
「ううん、そうじゃないんや。変り者・・・やから・・・。」
「そ、そうなんですか・・・。」
そうして、無言の沈黙がしばし流れる。
「えっと、ごめんなさい。急に押しかけてしもうて。もう出て行くから。」
突然、リオットがペコリと頭を下げる。
やはり、ちょっと常識を弁えてなかった事は否めない。
「あ、えと・・・良かったら、お話・・・していきませんか?」
佳織は、そう彼女に誘いかけてみる。
何となく、友達になれそうな・・・そんな気がする。
「私で・・・ええの?」
「うん♪」
佳織がニッコリと笑う。
「それじゃあ、何の話しよっか。」
リオットが、佳織でさえも思わず見とれてしまうほどの綺麗な笑顔を浮かべる
「えっとね・・・。」
そう言われると、返って思いつかない。
「それじゃあ、取り合えず私の事をちょっと紹介しようかな・・・。その後で・・・えーっと・・・。」
ここに来て、佳織の名前を知らない事に気付く。
「あ、えと・・・佳織です。高嶺佳織。」
「その後で、佳織・・・ちゃんって呼んでええ?」
「あ、はい。私もリオットちゃんって、呼ばせてください。」
「それじゃあ、佳織ちゃん。私はね・・・どこの部隊にも所属しないちょっと特殊なスピリットなんや。」
そう言いながら、彼女は懐から永遠神剣であろう、小型の杖を取り出した。
杖の頭の部分は睡蓮のように花開いて、その中心に碧がかった綺麗な青色の水晶のようなものが浮かんでいる。
「これが、私の永遠神剣。本当は、他人に見せたら怒られるんやけど、佳織ちゃんは特別。」
そう言って、またまた綺麗な笑顔を浮かべる。
でもこの世界では、永遠神剣あってこそのスピリットなのに、コソコソ隠す必要などあるのだろうか?
そんな疑問が脳裏をかすめるも、口に出す事はできなかった。
「っ!!?」
その時、佳織は気付いた。
リオットが寂しそうな、まるで永遠の孤独を湛えているかのような瞳で、その永遠神剣を見つめている事に…。
その瞳はあまりにも寂しそうで、なおかつ何かの決意・覚悟を固めているかのような強い意思を秘めている。
一度見たら、とても忘れられるようなものではないだろう。
と、リオットがフッと顔をあげた。
「っと、私について紹介できるのは・・・この辺りやろか・・・。ごめんね、かなり中途半端で。
何だか話さないほうが、返って良かったかもしれへんな・・・。」
それでもこれだけしか話せないって事は、かなりの重要機密なのかもしれない。
キレものなら、リオットがこの国にとってどういう立場にあるのか、一連のやりとりですぐに悟れるだろう。
人々に虐げられているスピリットだが、そうでない特殊なスピリットも極少数だがいたのである。
まあ、それでも肩身が狭い事には変わりないが、少なくとも他のスピリット達より遥かに重宝されている。
サリオンに至っては、その特殊?な性格をフルに活かして、人間ですらも上手くやり込めている。
「あ、良いですよ。それじゃあ、今度は私が住んでた世界についてお話しますね。」
「あ、ハイペリア・・・って呼ばれてる所から来たんやろ?私、ちょっと興味があるんや。ねぇ、どんな所なん?」
ワクワクした調子で、佳織にせまるリオット。
佳織はちょっと得意になって、話始めた。
「こんびに?そこに行きさえすれば、いつでも好きな物が手に入るん?」
「えと・・・何でもというわけではないけど・・・大体のものは手に入るよ。」
いつの間にか、敬語が取れている。
すっかり打ち解けたようだ。
「ええなー・・・。ハイペリアって、便利な所なんやなー。私も行ってみたいな・・・。」
「私の家をリオットちゃんにも見せてあげられたら良かったのに・・・。」
「あ、気にしなくてええよ。佳織ちゃんも・・・早く帰れたらええのにね・・・。」
「うん・・・。早く、お兄ちゃんと一緒に帰りたい・・・。」
「お兄ちゃん?佳織ちゃんには、お兄ちゃんがいたん?」
自分に義兄がいる事は、既に知っているのかと思っていたのだが、違ったようだ。
「うん。今、ラキオスで隊長さんをやってるの。」
「あ、求めのユート・・・やったっけ?」
エトランジェを呼び捨てにするスピリットを、ひょっとしたら佳織は初めてみたのかもしれない。
他のスピリットと違って、待遇が甘いのだろう。
それもあるのか、今のリオットの目は活き活きと輝いていて綺麗だ。
「彼が、佳織ちゃんのお兄ちゃんやったんか・・・。あ、だとすると・・・私・・・いつか・・・戦わないといけないかもしれへん・・・。」
「あ・・・。」
忘れてた。
義兄は、サーギオスで倒すべき敵である事を・・・。
「そんな顔する事ないで。私が前衛に立って戦う事は、まずないから。」
はっきりと言い切るリオット。
「ただ・・・敵として・・・会う事になる・・・って・・・その事だけ・・・忘れんといて。」
寂しそうな微笑を浮かべるリオット。
せっかく友達になれたのに、サーギオスのスピリットというだけで、その義兄と殺し合いをしなければならない時が来るかもしれないのだ。
言わば、本来は佳織にとっても敵なのである。
その事実を知って、なお自分を受け入れるか否か。
それは佳織自身に決める権利があろう。
「リオット・・・ちゃん・・・。」
だが佳織は少し前に、“ウルカ”を受け入れた。
リオットだけ受け入れない道理はない。
佳織がその事を言おうとしたその時!
「っ!!?」
リオットの表情が豹変する。
じっと鋭い目で、戸口を見つめたまま動かない。
「あの・・・どうしたの?」
あまりに唐突の事に、佳織は酷く落ち着かない気分になる。
「ごめん、佳織ちゃん!!また来るから!!」
「え、あの・・・。」
フオオォォォオオオオーーーーーン・・・
酷く慌てた様子でリオットはそう言うと、彼女の周りを風が舞い始めた。
その風が、幻想的かつ美しい音色の効果音を奏でる。
杖を真っ直ぐに立てているその姿は・・・佳織の目には、まるで仙人かなにかのように見えたという・・・。
後に付けられたあだ名が『仙人様』であり、彼女を知るスピリット達にもそう呼ばれるようになる。
佳織がそんな事を考えてる間に、リオットは風と共に姿を消した。
(何だったんだろう・・・。)
佳織には、何がどうなっているのか良く分からない。
唐突に姿を現して、唐突に消えていった。
まるで風そのものだ。
バンッ!!
リオットが姿を消すと同時に、何者かが戸を乱暴に開け放った。
「秋月・・・先輩・・・?」
まさか、このタイミングで彼が姿を現すとは思わなかった。
「佳織・・・大丈夫だったかい?」
瞬はやや興奮気味のようだ。
「え?何が・・・ですか?」
「たった今まで、ここに神剣の気配がしてたモンでね。何者かが、佳織の部屋に侵入してるんじゃないかって、気が気じゃなかったよ。」
そう言いながら、瞬は早足で佳織に歩み寄る。
佳織は、思わず数歩引いてしまう。
「怖かったかい?一体、誰がここに来てたんだい?言ってごらん。佳織に怖い思いをさせた不届きな奴を僕が始末しといてあげるから。」
そうか・・・だから、リオットは慌てて逃げ出したのである。
佳織の部屋に侵入していたと、瞬にバレたらただじゃすまない。
「あの・・・私は、大丈夫ですから。」
リオットの名前を出すわけにはいかない。
「口止めでもされてるのかい?僕がいれば、絶対に大丈夫だ。ここに残ってる神剣の気配を追えば、犯人がすぐに分かるから。
見ててごらん。今の僕が、どれだけ凄い力を手に入れたか、見せてあげるから。あいつとは違うんだ。」
最後を少し強調する瞬。
瞬にとっては、自分の力を佳織に証明する絶好の機会だ。
そして、長年待ちわびていた事でもある。
スムーズに犯人を追って、圧倒的な力で抹殺しさえすれば、それをきっかけにして佳織は自分を見直すだろうと信じて疑わない。
これをきっかけに、良い方向へと転がっていく事間違いなしである。
だが、佳織にとってはとんでもない話だった。
このままでは、リオットが殺されてしまう。
何も悪い事をしていないのに・・・。
それは絶対に嫌だった。
「あの、秋月先輩。本当に何でもありませんから。追わないであげてください。」
「そうかい。佳織がそう言うなら、僕はもう何も言わないよ。ただ、何かあったらすぐに僕に相談するんだよ。
今の僕は、金も権力も力もある。何でも佳織にしてやれるんだよ。」
だが、佳織の意見をいつ何時も優先させたい瞬は、意外にもあっさり引いてくれた。
「あ・・・ありがとう・・・ございます・・・。でも・・・本当に私は大丈夫ですから・・・。」
「そう、ここに来て僕に足りない物は全て手に入った。後は、あいつが死んで佳織が目を覚ましてくれるのを待つばかりだ。
はははははははははは・・・。」
瞬が心底楽しそうに笑う。
その笑い声を佳織は奮える体で、ただただ見ているしかなかった。
(お兄ちゃん・・・。)
「あ、危なかった・・・。」
サーギオス城内の、とある人気のない廊下でリオットは安堵の息を吐く。
「いきなり、“誓い”の気配が迫ってくるんやもん。焦るよ・・・。」
そして、辺りをキョロキョロと見回して、再び安堵の息を吐こうとした時だ!
『なーに、瞬如きにビビッてるのよ?』
突如、頭の中に響いてくる謎の声。
「っ!!?」
リオットは、これ以上ないくらい驚愕する。
『私達は、普通のスピリットとは違う。通常よりも、遥かに強大な力を持っている。』
謎の声が、容赦のない言葉をリオットに叩きつけてくる。
神剣の声とはまた違う。
その声はリオットの声そのものだが、あまりにも邪悪な雰囲気だ。
「そ、そんな事・・・。うくっ!」
頭を苦しそうに、必死で手で押さえながら否定するリオット。
『あーあー、誤魔化さない。誤魔化さない。あなたは私、私はあなた。
私が考えてる事はあなたに筒抜けなように、あなたの考えてる事も私には手に取るように伝わってくる。
私達はエトランジェ如きに後れを取るような、軟弱なスピリットじゃない。違うの?』
「黙って!聞きたくない!」
リオットと声自体は全く同じなのだが、何だか聞いてるだけで虫唾・怖気が走って来るかのような気色の悪い感じが、鮮明に伝わってくる。
それが、頭の中に直接響いてくるのだから堪ったものじゃない。
精神的に良くない。
頭をブンブンと振って、その謎の声を追い払おうとするリオット。
だが、謎の声は一切の容赦がない。
『あなた、自分が邪な心を欠片も持っていないとでも思ってるの?知的生命体にそんな例外はあり得ない。
誰もが、邪な心を隠し持って生きている。それを抑えられるか否か。善悪はそこで分かれてくるわ。』
「そんな事言ってないやん!私だって・・・た・・・多少は・・・。」
認めたくはないけれど、嘘はつけない。
自分だって、少しくらい持っている。
『あなた常日頃から思ってるわよ?何で、格下の人間なんかに頭を下げなければならないのか?
神剣すらも持っていない、下等種族に偉そうに指図されて生きなければならないのか?
スピリット皆が立ち上がれば、立場を逆転させてやる事くらい楽にできるのに・・・って。』
「・・・・・・。」
リオットは、何も反論できない。
それは・・・確かに思わなかった日がないと言えば嘘になる。
けれど・・・
「そ・・・そんな事!表にしなければ、何の関係もないやんか!」
事実上の肯定。
『そう?私から言わせれば、何でそれを隠してまで人間に従って生きるのか、そっちの方が理解できないんだけど?』
「あんたには、分からない。それは、争いや憎しみしか生まないもんや。」
『瞬に対してもそう。私達は、特別なスピリット。エトランジェに後れは取らない。
瞬だって、私達の力を持ってすれば倒せない相手じゃないわ。
彼が私達に倒された時の人間達の慌てふためき様、想像しただけでゾクゾクして来ない?』
『その話、わらわも興味があるぞ。』
もう1つの謎の声が、それに参入してくる。
「“風神”!!」
リオットは、その名を叫ぶ。
滅多に表に出てくる事のない、リオットの永遠神剣の名前。
こちらも邪悪な雰囲気では、謎の声や“誓い”にも劣っていない。
――ややこしい為、発言キャラの名前を載せます。――
風神『なかなか面白そうではないか。余興程度に丁度良い。“誓い”は、もはや目障りだ。
わらわが“誓い”に取って代わって、この大陸を動かしてみるのもまた面白い。』
謎の声『あらあら、それもなかなか面白そうじゃない、風神。
そうすると、私が必然的にこの大陸の支配権を握る事になるのかしら?
それ自体はどうでもいいけど、“法”という名の束縛から逃れた無法者の世界がどうなっていくのか興味があるのよね。』
どの世界も法があるからこそ、秩序が保たれている。
それを全て取り払ってみたら、それはそれで世界がどうなっていくのか面白そうである。
謎の声はそう言っているのだ。
リオット「もう、止め!!」
リオットが叫ぶ。
同時に攻め立てられて、気が狂いそうだ。
風神『はははははは、言い得て妙だ。それでは、もう一人のリオット・・・いや、裏の人格よ。今後お主はどうしたい?』
裏のリオット『・・・・・・。』
風神『・・・と、今のは失言だったかな・・・。前言撤回しよう・・・。ところで、お主は今後どうしたいのだ?』
裏のリオット『そうねー、ただ体内に眠ってるのも飽きて来ちゃったのよね。そろそろこの体の主導権を握る頃かなーと・・・。』
風神『お主ならそう言うと思った。わらわも、お主が表に出てきてくれると、今後何かとやり易い。
表のリオットよ。体を裏人格に回してやってくれぬか?お主はもう用済みなのだよ?』
裏のリオット(ま・・・いっか・・・。今更だし・・・。)
裏の人格がそんな事を考える一方で、激しい口論は続いていた。
リオット「断る!この身体は私のものや!他の誰の物でもない!」
裏のリオット『なーにが、この身体は私のものよ!・・・よ。』
裏の人格が吐き捨てるように言う。
裏のリオット『相変わらず、強情ね。少しは、ただ体内に眠り続けてるしかない、私の身にもなってくれたって良いじゃない?』
リオット「冗談じゃない!あんたに体を預けると、何されるか分からないやんか!」
裏のリオット『そんな事言われたって・・・。スピリットって、所詮殺戮の兵器でしょ?それを真っ当するだけの話じゃない。』
リオット「あんたに都合のええように、話を持ってってるだけや!」
裏のリオット『へー、そう言うこと言う?あなたも可愛げからは、程遠い性格してるのよ?
あなたは私、私はあなた。あなたも心の奥底では、殺戮を渇望しているのよ?
さっきの佳織とか言う小娘と話をしていた時だって、あなたニコニコした笑顔という仮面の下にはどんな素顔を隠していたのかしら?』
リオット「や・・・止め・・・。」
その先は口にしないで!
そう言おうと思ったが、裏人格は気持ちの悪い言葉遣いで容赦のない言葉を続ける。
裏のリオット『「ああ・・・何て羨ましい。ハイペリアって素敵な所ねー。
何で、私はこんな世界なんかに生まれて戦いを強制させられているのに、この娘ったらハイペリアに人間として生まれて来たってだけで、
こんなにも美味しい夢のような生活を送ってきたのかしらって。」』
これは、佳織が“ハイペリア”の良い所を熱く語って聞かせた結果である。
自分の世界の嫌な部分は話したくないものだ。
それは佳織とて例外ではなかった。
裏のリオット『「私は、こんな生活を強いられているのに、この娘は・・・。憎い・・・憎いわー・・・。いっその事、殺してやりたいくら・・・。」』
リオット「止めてーーーー!!」
気持ち悪い口調で語り聞かせる裏人格を、大声を挙げて何とか言葉を飲み込ませようと試みる。
裏のリオット『どう?そんな憎い憎い佳織・・・私があなたの望み通り、制裁を加えてきてあげるから。
さ、私に体を寄越しなさい。さあさあさあさあさあ!』
風神『リオットよ。たまには、裏人格に体を預けてみたらどうだ?案外、気持ちの良いものかもしれぬぞ。
表のおまえと違って、裏人格は己の心に素直だからな。おまえが心の奥底で渇望して止まない、血と血で大地を洗う世界を体現させてもらえるぞ?』
裏のリオットは禁句を連発してくる風神に殺意が沸いてくるも、表には出さない。
風神も気付かない振りを決め込む。
どちらも性格が悪すぎである。
裏のリオット『うっふふふふ、佳織を殺ったらどうなるかしらね?』
リオット「そんなの・・・お兄さんが悲しむに決まってるやん。」
そう、佳織の死は兄に絶望を突きつけるのと同じ事だ。
佳織の兄への期待は、凄い物があった。
それだけ、2人の絆は相当なものがあるのだろう。
裏のリオット『その怒りの矛先は、佳織を殺害した犯人へと向かうでしょうね。“求め”の所持者だけでなく、あの“誓い”のシュンも・・・。』
リオット「・・・・・・。」
もはや会話するのも疲れてきた。
それでも裏人格は、言葉を続ける。
裏のリオット『でも、安心しなさい。私が人知れずこっそりと、殺っといてあげるから。その後は、どうなるでしょうねー。』
そして、再び気持ちの悪い口調になる。
裏のリオット『「ああ、佳織が何者かに殺された♪でも、犯人が分からない!どうして!何故!犯人はどこなのよン!!」』
リオットは、頭を激しく振ってその鳴り止まない声を何とか頭の中から追い出そうとするが無駄だった。
何と言うか・・・話してるだけで、虫唾が走ってくる性質を持った声音だ。
裏のリオット『ああ、戦う理由を失いし両者は、惨めにもお互いに責任を擦り付け合うのでした♪めでたし、めでたし♪』
風神『はははははは、裏のリオットよ。そなたは昔話でも作り出す素質があるのではないか?そんな伝説もまた良い。』
裏のリオット『でしょでしょ。何者かに殺された佳織、ただでさえ仲の悪い“求め”と“誓い”の所持者に、突然命を落とした佳織。
両者が、その怒りの矛先をお互いに向け合って、くたばるまで周りを巻き込んで戦い続ける。史上最高の伝説のでっきあっがりーー♪』
リオット「さ・・・最低・・・。」
思わず、口に出てしまう。
裏のリオット『あらあら?私はあなた、あなたは私。あなたのもう1つの人格であり、1つの心を共有している。
あなたは、その心を懸命に覆い隠して生きてるけど、私はそれに忠実なだけ。
私はあなたの本能みたいなものなのよ?つまり私が思ってる事は、あなたも心の奥底で思ってる事になるの。分かる?』
最後のセリフは、バカにした口調で言ってやる。
裏のリオット『さあさ、私に全て任せておきなさい。あなたの心を覆い隠してる仮面を剥ぎ取ってあげるから。
ああ、今宵は血の海と化すであろう・・・ってね♪』
リオットは、頭の髪の毛を残らず毟り取ってやりたい感触に曝される。
そしてそんなリオットに対して、2人して止めにも近い、一言を放つ。
両者『さあ、体を明け渡せ(しなさい)!!』
瞬間、頭の中がバラバラにされたかのような、激痛が脳内を駆け巡った!!
リオット「いやああぁぁあああーーーーー!!!」
廊下には、苦しみもがく一人のスピリット。
あまりに物凄い悲鳴に、周りの人達は迷惑そうな表情をしながらも近づいては来ない。
「あ・・・ああ!!や・・・止め・・・。」
必死になって、体を掻き毟って暴れ続けるリオット。
ダンッ!!
壁に拳を思い切り叩きつけて、脳内に迸る激痛に耐え続ける。
裏のリオット『強情さは相変わらずね、呆れた・・・。』
冷酷に言い放つ裏人格。
風神『本当に煩わしい、表人格めが・・・。』
風神が邪悪に毒づく。
リオット「くぅ・・・うぅぅ!!」
あまりの激痛に、意識が薄っすらと遠のいてきた・・・。
リオット「こ・・・このままじゃ・・・。」
グッと、“風神”(神剣)を構えるリオット。
裏のリオット『何するつもりなの?悪あがきも・・・まさか!!?』
最初は、見下したような口調で口を開くも、とある可能性に思い当たって酷く狼狽する裏人格。
そして、それは風神とて同じだったようだ。
風神『おのれ!』
グサアッッッ!!!
リオットが・・・自分の腕に・・・神剣を突き刺したのだ!!
裏のリオット『ぐああぁぁあああーーー!!』
今度は、裏のリオットが苦しみもがきだした。
痛みは表も裏も共通のはずなのに、表の方のリオットは表情を歪めるだけで悲鳴は全くあげない。
元来、強い性格なのだ。
裏のリオット『が・・・ああ!』
散々、己を苦しめてきた裏人格自身が今度は苦しんでいる。
リオット「また・・・私の中で眠ってて・・・。」
裏のリオット『く・・・う・・・。』
裏人格の意思が小さくなっていく。
こうする事で、裏人格を一時的に沈める事ができるのだ。
裏のリオット『あなたは・・・固いわ・・・。もう少し、己の心に身を任せて生きても誰も文句は言わないのに・・・。』
だんだん裏人格の声が小さくなっていき、やがて消えていった。
風神『く・・・己・・・。せっかく・・・わらわの野望を成就する時が来たかと思ったのだが・・・。』
それに伴って、風神もまた眠りについた。
風神は、裏人格が起きている時でないと目覚めないのだ。
リオット「・・・私は・・・あなた達とは違う・・・。違うんや・・・。」
ドクドクと絶え間なく流れ落ちていく、大量の血を片手で抑えながら、ヨロヨロとその場を立ち去って行った・・・。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
リオット・グリーンスピリット
綺麗なエメラルドグリーンの髪と瞳を持つ。髪の長さは、大体お尻の辺りまで。
小柄な体格からは想像もつかないほど、立派に発達した胸が特徴。
性格は、元気かつ優しい性格だが、やや引っ込み思案な面もある。
ちょっとした事でも責任を感じるタイプで、思わず応援したくなる雰囲気を纏っている。
彼女が前衛で戦う事は、まずないらしい。風の妖精と呼ばれていたが、佳織と出会う事によって“仙人様”と呼ばれるように・・・。
因みに、発達しすぎた“それ”に、仲間や人間の女性達から散々弄られた過去があり、
自分の胸にはトラウマ状態になってしまっており、彼女の前でその類の話は禁句である。
裏の人格と風神の両者に長年苦しめられ続けるばかりか、心の奥底に己自身の邪悪な意思を秘めつつもそれを懸命に抑え込んで、
自分らしさを失わなよう必死で耐え続けている、何とも健気なスピリット。
リオットの永遠神剣?位:風神 契約者・リオットグリーンスピリット
名前・位・能力、共に帝国側が厳重に伏せており、外に漏らす事はない。
いや、それ所かリオットの存在そのものすら、重要な国家機密に指定されてしまっており、他国にその存在は一切知られていない。
人格は、女性で第一人称はわらわ。形状は杖で見た目は綺麗だが、“誓い”にも匹敵する程の邪悪な意思を秘めており、とても危険な永遠神剣。
裏のリオット
リオットのもう1つの人格。つまり二重人格者で、とあるきっかけで表裏が交代する仕組みになっている。
現在、体の支配権は表のリオットが握っている。とてつもなく邪悪で、そして気持ち悪い性格の持ち主。
風神とは波長こそ合うものの、それがイコール仲が良いに結びつく事はなく、信頼関係などは欠片もない。
なお“裏の人格”は、どうやら禁句らしい。
登場しました・・・“仙人様”が・・・。
かなり個性の強いキャラクターの誕生です。
何となく関西弁にしてみようとした所…普段、関西弁など使わないホークネスにとって、これが意外と難しかったりする。
(突っ込みは保留にしてやってください:汗)
裏のリオットが、“裏人格”と呼ばれるのを嫌う件に関してですが、これにも理由があるんですよ…。
彼女のような性格のキャラでも、拘り・意地・プライドみたいなものがある、という事です。
そして、表のリオットが抱える“悲しき宿命”と、迫りつつある“運命の選択”がそこにあります。
その時、表のリオットがどういう選択をしてどういう行動を取るのか?
……それはまだはっきりとは、決まってなかったりする…(おい!)。
そして、“風神”。
最初は、裏人格の猛攻に耐え続ける表人格を支えるタイプにしようかと思ったんですが、巡り巡ってこうなりました。
因みに、特別なスピリットという位置づけですが、これも本作オリジナル設定が入ります。
何卒、ご理解の程をお願いいたします。
ああ・・・次回は本編を書くみたいな事を臭わせておいて、ついつい番外編を設けてしまいました・・・。
ですが、マロリガン戦が終了する前に、今回のお話はどうしても入れておきたかったもので・・・。
次に書きたい番外編ですか?
それはもう決まってます。
次回の番外編の主人公は…リエラ…ですかね…。
彼女の持つ、意外と可愛い一面を出せればと思います。
楽しみにしておいてくださると、ホークネスとしては幸いです。
は!?
番外編はいいから、いい加減本編を書け!?
もちろんですとも!
リエラを主役にした番外編は、本編がある程度進んだら……する予定です。