健一の苦悩始まる?

 

 

 

 

 

 

 

 

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「♪・♪♪・・♪」

転写は上機嫌に鼻歌を歌いながら、料理を作っている。

 

健一はキッチンの真後ろにあるテーブルに突っ伏して、沈んでいた。

 

 

 

 

 

親は、転写の居候を一も二もなく了承した。

そして、ニヤニヤと笑いながら

 

「それじゃあ、お2人だけで・・・ごゆっくり・・・。」

などと意味ありげに言われて、すぐ近くにある空き部屋を借りて本当に2人っきりにしてしまったのだ。

 

 

薄情な親である。

 

実の息子である健一の気も知らないで、一体何を考えているのだろう?

 

この時ばかりは、両親を怨んだ。

 

 

 

ここは、オンボロアパートなので安いし、何より人も少ない。

 

 

健一は余りにも予想外の展開に、しばらく放心状態から立ち直れなかった。

 

この危険な少女と2人っきり・・・。

 

それは、沈みもする。

 

何をされるか、分かったものではない。

 

まだ出会って少ししか経ってないが、目の前の少女の力の程は肌で感じ取れる。

それに比べて、自分は運動神経すらゼロ。

到底逆らえるはずがなかった。

 

それに引き換え、転写は上機嫌そのものだ。

 

それはそうだろう。

居候が叶っただけでも嬉しいのに、その上2人っきりとなると・・・。

 

「さ、健一。できたわよ。私の手作りを誰かに食べさせるなんて、初めてのことなんだから光栄に思ってよね。」

 

「え?つまりそれって・・・。」

健一は不安になる。

 

「料理は人並みにできるつもりよ。悪い方向に捉えないでよ。」

 

「で、でも!誰かに味見・・・してもらったことがないってことでしょ!?それを僕に食べさせるの?」

 

「健一、私は人間じゃないけど・・・一応女の子なのよ?食べてから文句言ってよね。」

転写は、軽く健一を睨む。

 

「わ、分かった!分かったから、変なことしないでよね!?」

 

「変なことって・・・何か私のこと誤解してるでしょ!?怒るわよ?」

 

「ごめんごめん。ただすぐに、あれを迫ってくるからさ。」

 

「何言ってるのよ。キスは恋の終着点でしょ?」

 

「ズレてる・・・。」

思わず口に出してしまう。

 

「さてと。それじゃ、あなたを強制的に私の虜にして差し上げようかしら?」

そう言いながら、歩み寄ってくる。

 

「分かった、悪かったから。訂正する!訂正するよ!」

 

「転写様ー。」

窓の外から、転写を呼ぶ声がする。

健一にとっては、思わぬ助け舟だ。

 

「あ、待って。今開けるから。」

 

ガラガラ・・・

 

「持ってきましたよー。」

そう言って入ってきた妖精は、何やらその手にドサドサと少女漫画を積み上げている。

 

「え?それは?・・・少女漫画に興味あるの?」

 

「ないわよ。」

キッパリと否定する。

 

「はい?」

そんな健一には取り合わずに、妖精から少女漫画を受け取るとテーブルの上に置いて、早速読み漁り始めた。

 

「いやあの、興味ないなら何で読んでるの?」

どうも、この転写にはついていけない所がある。

人間じゃないからか?

 

すると、転写は真剣な表情で答える。

 

「ないけど、私には必要だからよ。ほら、私って気の遠くなるような長い年月を生きてきたけど、

人に恋をしたのはあなたが初めてなのよ。だから、恋愛に関しては全くの無知なのよね。

だから、どうすれば恋が実るのか、その勉強をね・・・。」

 

「しょ・・・少女漫画で・・・?」

健一には、目の前で繰り広げられる茶番?が信じられなかった。

 

「恋って言ったら、少女漫画が十八番なんじゃないの?私も良く知らないけど、他に思いつかなかったから。」

 

「いや、少女漫画を参考にするのはどうかと思うよ。女の子に聞いてみたりとかするのが、一番確実だと思うけど・・・。」

 

「私にこの世界の人間の少女に友達なんかいると思う?」

 

「それは・・・。」

 

「今、真剣に取り組んでるから邪魔しないでもらえる?」

転写は、まるでマジックのようにその手にメモ帳と鉛筆を取り出すと、何かを書き写し始めた。

 

健一は、転写が一体何の少女漫画を参考にしてるのか、非常に気になってつい覗いてしまう。

 

その少女漫画に起こっている出来事が、直接自分の身に降りかかってくることになるのだ。

気にもなるというもの。

 

「うっ!」

思わず、声に出てしまう。

 

少女漫画だけあって、かなり熱い、熱すぎる。

ドキドキの展開も盛りだくさん。

健一にはとても耐えられそうになかった。

 

転写が何をメモっているのか、ついメモ帳にも目がいってしまう。

 

「いっ!」

 

 

 

“好きな子の通ってる学校に転校するのが王道!”だの

 

“大衆の面前でお弁当箱を渡せば好感度アップ!”だの、

 

“添い寝”や“キスのタイミング”なんかもいろいろと書き出している!

 

 

 

一瞬で頭がパニック状態になった健一は、転写の性格を忘れて次の瞬間、やってはならない事をしてしまった!

 

躊躇なく転写の手から、少女漫画とメモ帳を奪い取ると、ヤケクソのように漫画もメモ帳もビリビリに破り捨ててしまう。

残りの漫画も窓の外に放り捨ててしまった。

 

やってしまった後で、自分の犯した所為に気付く。

その時には、全てが手遅れだった。

 

転写は呆けていたが、我に返るとゆっくりと椅子から立ち上がって、微笑を浮かべながら健一に迫ってくる。

ただし目の奥はキレている。

 

健一は我が身に迫る危機に気付く。

 

・・・終わったかもしれない・・・。

 

だが、健一は最後まで悪あがきをする道を選ぶ。

転写に捕まるまいと、逃走を開始。

 

 

自分の寝室に飛び込んで、鍵を閉める。

無駄だと悟りつつも・・・。

 

鍵を閉めて振り返ると、そこにはやはり転写が立っていた。

 

急いで鍵を開けようとするも、身体が動かなかった。

まるで金縛りにでもあったかのように動かない。

 

「は・・・ははは・・・や・・・やめ・・・。」

転写はゆっくりと歩み寄ってくる。

恐ろしいまでの威圧感を感じる。

 

転写がすぐ傍まで近づいてきた。

 

「ねぇ、健一・・・。」

 

「はは・・・。」

もはや言葉にならない。

転写は片手を健一の頬に添えてくる。

 

「あんな乱暴なことして。優しくて大人しいあなたが魅力的なのにね。それを裏切ると、どういうことになるか。ちょーっと、教育が必要かしら?」

 

「な、何をするつもりなの?や、やめてよ・・・。ぼ・・・僕は・・・自分の身の為に・・・。」

 

「言い訳はいいから・・・。」

 

 

 

 

 

「うわーーーーーーーーー!」

その日、男の悲鳴が辺りに木霊したと言う。

 

健一が何をされたのか・・・それはご想像にお任せしよう。

 

ただ、その後で目を剥いたまま気絶した健一がベッドで寝かされたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、突然ですがここで転校生を紹介しまーす。」

そう気の良さそうな男性教師が口にした途端、教室内が騒然となる。

 

「えーっと、空野転写さんです。どうぞ。」

 

「変な名前ーー。」

 

「強しと良い勝負じゃねぇか。」

ドッと笑いが起こるなか、転写が教室に入ってくる。

 

場の空気とは対照的に健一は沈んでいた。

 

っていうか、早速名前をバカにされている。

 

因みに空野というのは、転写が適当に考えた偽名だ。

 

転写は教卓の前に立つと自己紹介を始める。

 

「空野転写です。よろしくお願いします。」

軽く頭を下げる。

 

「おいおい、かなり可愛いじゃんか。」

 

「後で携帯の番号教えて!」

男どもからその手の会話が乱れ飛ぶ。

 

だが、転写は興味なしといった風に、テキパキと話を先へと進める。

 

「えーっと、それじゃあ転写さんの席は・・・っと・・・。」

調度、空の席が隅の方にあった。

 

「あ、あれを使ってくれるかな?」

 

「はーーい。」

転写は教卓を降りて、その空の席へと向かう。

 

途中真後ろの席に座っている健一と、すれ違い様にニコリと微笑んで手を軽く振っておく。

健一は目を合わせない。

 

その様子に場の空気が、再び騒然となって健一は冷たい視線を送りつけられる。

 

それを見て、強しは警戒感を強める。

 

利奈は、どこかで見た顔だなーと思いつつ転写を訝しげに見つめているうちに、つい昨日自分に無礼を働いたあの女だと気付く。

 

「あ、あの女は!?」

利奈は勢い良く立ち上がる。

 

「な、何故あなたがこんなところにいらっしゃいますの!?」

机と椅子を動かしている転写が、声のした方を向く。

 

「あら、あなたは・・・。昨日の公園の・・・。お久しぶりね。」

 

「何が、久しぶりですのよ!健一に近づくんじゃないですわよ!?」

キーキー叫びたてる利奈を無視して、転写は何とたまたま隣が空いていた健一の隣へと机と椅子を持っていった!

 

「ちょ・・・ちょっと・・・転写?」

健一が思わぬ事態に慌てる。

 

クラスからは、ますます温度の低い視線を浴びせられる。

 

「これからよろしくね♪」

ニコリと笑いかける。

 

そのうち、疲労が元で病気になるのではないだろうか?

そんなことをふと考える。

 

 

 

 

 

それからは悲惨だった。

 

転写は授業中だろうが、お構いなしに健一の肩を抱いてきたり、ピトッとくっ付いてきたり、話しかけてきたり・・・。

その度に、周りから冷たい視線が飛んでくるのだが、転写は気にしない。

 

 

 

とうとう我慢できなくなった先生が、コツコツと転写の席の傍までやってくる。

 

「オホン!君、えーと・・・。」

 

「空野転写よ。名前くらい覚えてよね。」

 

「そんなことよりも、空野さん。君は授業中だというのに一体何をしとるのだね!?

他の子の迷惑になるばかりか、先生の話を聞かずして君は一体何しに学校に来とるんだね?」

 

「健一と恋仲になりに。わざわざ、あなたの話を聞きに来る物好きなんているわけないじゃない?」

はっきりと言い切る転写。

 

先生の頭から湯気が出始める。

 

「学校には、勉強をしに来るもんだ!バッカもーーーーーん!!!」

先生のげんこつが、転写の頭を狙って振り下ろされる。

キレるとところ構わず、げんこつが降ってくることで有名な先生だ。

 

だが転写は、それをパシッと受け止める。

 

「何?これで私を殴れるとでも思ったの?」

受け止めた拳を乱暴に放る。

 

先生がよろける。

 

ブッチン!!

 

先生の頭から、確かにそんな音が聞こえてきたような気がした。

 

「空野!!健一といちゃつく暇があるなら、勉強をせんか!!勉強を!!」

 

「あの、別にいちゃついてなんかモガモゴ・・・。」

健一は否定しようとボソボソと言葉を紡ぐも、転写に口を塞がれる。

 

「する必要なんかないから、いちゃついてるんじゃない。低レベルな内容だし、

あなたの教え方と来たら教科書を生徒に読ませて、ダラダラと心理描写を黒板に書くだけ・・・。

大人しく聞いてると眠くて眠くて仕方がないわ。」

 

転写はあくびをしてみせる。

 

因みに今は、国語の時間。

 

「ならば、空野は授業に参加せんでもええ!その代わり、健一の邪魔はするな!!」

 

「その必要もないわね。あまりにもくだらなすぎて、黒板だってノートに書き写させてないし。あなたの授業を受けるだけ時間の無駄じゃない?」

 

「空野!!貴様に授業の何が分かる!!」

 

「何なら、あなたの代わりに私が教卓に立って授業を進めてみせようかしら?」

 

 

 

転写は先生を無視して教卓に立つと、黒板にビッシリと埋め尽くされている文字軍を黒板消しで全部消してしまう。

 

「さあ、皆。今聞いたことは全部忘れて、一からやり直すわよ?」

 

シーーーーーーン

 

誰からも反応はない。

皆呆けている。

 

「私が代わりに教えるから。まずは、このお話を段落ごとに区切ってくれるかな?その後で、大事なポイントだけに絞って解説していくから。」

そう言ってから、転写は席を回り始める。

 

生徒はしばらく放心した後、皆こぞって転写の言う通りに段落ごとに区切っていく。

 

「皆だいぶできたようね。はい、大体は正解。これは、簡単だもんね。一応正解を言っておくと・・・。」

転写の教え方は非常に上手かった。

どうすれば生徒が集中してくれるかとか、良く計算してスムーズに授業を進めていく。

 

分かりにくい所は、特に時間をかけて分かりやすく解説していく。

 

これこそが、あるべき授業だ。

 

 

 

授業終了も5分前になった頃だ。

 

「これが将来何の役に立つのか、それは私には分からないけど、生徒にとって大事なのは試験かしらね。

誰が問題を作るのか分からないけど、プロが作るのならここの所は確実に出されると思っておいて。

後ここと、この主人公の心情変化の部分が出しやすいかな。」

 

生徒達は、試験と聞いて今まで以上に集中して転写が言った部分をマークしていく。

 

「後、分からない所があったら聞くから、質問のある生徒は手を上げてみて。」

誰もいなかった。

それぐらい転写の教え方は完璧だった。

 

「そう、それじゃ今日の授業はここまでかしらね。」

そう言って、立場をなくした先生に顔を向ける。

 

「どうだったかしら、私の授業は?あなたとはレベルが違うと思うけど?」

 

「ま、まあまあ・・・だ。私の方が上手いとは思うが・・・。」

認めたくはない、自分とは桁が違うなどと・・・。

 

明日から先生として、顔を出せなくなる。

 

「授業ってのは、適当に教えれば良いってものじゃないのよ。これを参考に、あなたも精進するのね。」

そう言い捨てて、転写は席へと戻っていく。

 

 

そこには、関心した顔で出迎える健一がいた。

 

「凄いよ、転写・・・。君がこんなにも教えるのが上手だったなんて。」

 

「そ、そう?ま、まあ私は・・・随分長いこと生きてきたから・・・大したことないよ・・・。」

好きな人に褒められて、照れる転写。

 

何とか、動揺を誤魔化すようにキョロキョロした後で、放心状態の先生に目を留める。

 

「先生、早く授業を終わらせてください。」

見下した笑みを向けて、バカにしたような口調で言ってやる。

 

「うぐっ、くっ・・・き・・・今日の授業はこれで終わりだ!」

先生は逃げるように教室を出る。

 

ドッと、生徒の笑い声が先生の背中に突き刺さる。

 

健一は笑えなかった。

 

あれだけコケにされて、次から大丈夫なのだろうか?

自分があの先生だったら、次からこの教室に来るのにはかなりの勇気がいる。

 

それはあの先生とて、きっと同じだ。

他人事ながら、心配だった。

 

「どうしたの、健一。1人だけ暗い顔して。」

転写が声をかける。

 

「転写、ちょっと言い過ぎたんじゃないかな?」

 

「事実でしょ?私とあの教師、2人いたら健一だったらどっちの授業を受けるのよ?」

 

「それは・・・。」

確かに、下手糞な授業を受けて損するのは自分だ。

 

どちらの教えを受けるのかと問われれば、健一も迷わず転写を選ぶ。

 

「そういうこと、別に無理にあの先生を庇う必要はないわよ。優しいのが健一のいいとこといえばそうなんだけど、でも大丈夫。

後でタップリと私好みの色に染めてあげるから。」

 

色っぽく微笑んでくる。

 

「わ、私好みって!?」

 

「それはお楽しみにとっておきましょう。次の授業は?」

 

「えーっと・・・数学・・・だね。」

 

「どんな先生なのかしら?」

大して興味はないが、話題作りにと話を持ちかける。

 

「そ、そのうち分かるよ・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数学の先生も散々だった。

 

例題をまず先生がやって見せて、後は問題集をプリントしたものを配って、放置。

 

分からないことがあったら、手を上げるという方式だから楽なものだ。

 

「この学校にはロクな先生がいないのね。ご愁傷様。」

転写がぼやく。

 

教室は静かなので(その先生は短気な上、キレると怖いので生徒から恐れられているため。)そのセリフは、先生の耳にも届く。

 

「そこのおまえ!」

 

「・・・私?」

転写が自分を指差して言う。

 

「そう、おまえだよ!?先生の教え方に何か文句があるのか!?」

厳しい目で睨んでくる。

 

生徒達は、“また始まるぞ”という風に下を向いて、我関せず、とでも言わんばかりだ。

 

彼に泣かされた生徒はいっぱいいる、嫌われ者の教師だ。

 

「あるわよ、山ほど。何、この教え方?あなたやる気あるの?これじゃあ、家で親にでも教えてもらう方がマシじゃない?」

先生が椅子から立ち上がって、転写の方へ物凄い剣幕で迫ってくる。

 

健一はできるだけ先生の顔を見ないようにするので必死なのに、転写と来たらまるで平気な顔をしている。

 

先生が転写の長い髪をグイッと引っ張り上げる。

転写は払いのけようとはしない。

 

「先生の教え方に文句があるなら、廊下に出ろ!ほら!!」

髪の毛を手で引っ掴んで、転写をズルズルと引きずろうとする。

 

「女の子の髪の毛を引っ張るなんて、どういう神経してるのよあなた?」

転写は微笑んでいるが、目の奥は笑っていない。

 

健一には何となく分かる。

 

ヤバイ・・・。

 

だが、先生に声をかける勇気は出なかった。

 

「後で幾らでも聞いてやる!とりあえず邪魔だから、廊下に出とけ!」

 

「今なら見逃してあげるから、手を離してくれない?」

 

「黙れ!!」

転写がズルズルと引きづられるようにして、先生と一緒に廊下に出て行く。

 

ピシャン!!

 

凄い音を立てて戸が閉まる。

 

生徒達は2人の様子が気になるらしく、彼らが消えていった方をチラチラと横目で見ている。

 

重苦しい沈黙が辺りを支配する。

 

皆、転写の悲鳴は今か今かと待つ。

 

だが、健一と利奈と強しは先生の身を案じた。

転写には尋常じゃない何かがあることくらい、彼女と少しでも接した事があるなら肌で感じ取れる。

 

 

 

 

 

その頃、廊下では転写がピンピンした様子で手をパンパンとはたいていた。

傍には先生が転がっている。

 

物音も悲鳴も立てずに先生をのしてしまったのだ。

 

「これくらいで済んで感謝するのね。昔の私だったら、問答無用で殺してるわよ?

まあ夜間、周りに誰もいない状況だったら私も自重できたか自身がないけど・・・。

この世界だと人殺しは大罪みたいだから、健一と一緒に暮らしていくと決めた以上、この世界のルールにはできる限り従うつもりよ。」

 

転写はブラックホールのような空間を作り出すと、そこに先生を放り込む。

 

「ま、保健室に送ってくぐらいしてあげるわよ。授業の方は、私に任せて安心して寝てなさい。」

 

 

 

 

 

数学の時間も転写は、上手に授業を進めていく。

 

人に物を教える才能があるらしかった。

いや、転写の場合才能はそれだけに留まらないかもしれない。

 

そして、3時間目は先生が突然の欠席で自習だった。

 

プリントがとりあえず配布されたものの、誰もしない。

3時間目は、生徒達の遊びの時間に費やされた。

 

「さあさ、健一。私とイチャイチャしましょ?」

転写が両手を広げてくる。

 

一歩引く健一。

 

「て、転写・・・。プリントをやりたいんだけど・・・。」

何とかしようと、とりあえず言ってみる健一。

 

「そんなの後々。いざとなったら、私が助けてあげるから。」

転写が両手を広げたまま迫ってくる。

 

健一がドタバタと逃げ出す。

 

後を追う転写。

 

「ちょっと、あなた。いい加減におし!」

利奈が立ちはだかる。

 

「健一も困ってらっしゃいますわ。迷惑だってよ、あなた?」

 

「何、あなた?ブスは引っ込んでてもらえません?」

転写が肩を竦める。

 

「ぶ、ぶぶぶぶぶぶぶ・・・ブス?私のことブスって言いましたわね!?」

 

「だって本当のことじゃない。私が人の顔見ただけで吹き出したのは、あなたが初めてよ?」

 

「きぃーーーーーー!!もう・・・もう勘弁なりませんわ!覚悟をおし!」

手を振り回しながら突進してくる利奈。

それをヒョイヒョイと身軽にかわしていく転写。

 

周りの生徒達は、笑いを必死に堪えている。

 

その間に健一は、教室から逃げるように出て行ってしまう。

 

「あ、待ってよ健一!」

転写も利奈を放って、後を追う。

 

「敵前逃亡で、私の不戦勝といたしますわよ!よろしいんですの!?」

利奈がキーキー騒ぐが、転写はもう相手にしていない。

 

 

 

 

 

健一は疲労が限界に達し、保健室で数学の先生と一緒に寝ていた。

 

転写は保健室に来るなり、保険の先生を外に放り出して健一と2人っきりの状況を作り出そうとする(数学の先生については、見て見ぬフリ)。

 

「彼氏の看病か・・・。まさか、こんなに早く体験できるとはね。」

 

「君のせいでもあるんだよ・・・。」

健一はもう、口を開くのも疲れるといった様子だ。

 

「本当に健一は体が弱いのね。ま、それでこそ頼られがいがあるってものよ。私は強い男よりも、守りがいのある男が好みだから。」

 

「君に守られなきゃならないほど、弱いとは思ってないけど・・・。」

 

「本当に?こんなに平和な世界、そうそうないわよ?戦争の地域に放り出されても同じことが言えるかしら?」

 

「そんなことまで考える必要はないよ。この平和を大事にすれば、戦争に怯える必要もないんだから。」

 

「それはそうだけど・・・。殺し屋に襲われるとか、命の危険に晒されるとか、そう言った時に私の出番が・・・。」

転写がワクワクしてきたように、顔を輝かせる。

 

「えーっと・・・期待してる所悪いんだけど、そんな可能性はほとんどゼロだと思うよ。あまりそういうのは期待しない方がいいと思う。」

 

「・・・・・・。」

転写は言葉を失う。

 

「この際だから、はっきり言ってもいいかな?あ、君を拒絶するとか言う意味じゃないから・・・。

それに関しては、自分でもまだ良く分からないから、答えは保留にしといて。

僕が言いたいのは、この国で君のその強大な力は使う当てがないって事。

君ほどの人なら、2日もいれば分かると思うけど・・・。」

 

「健一、守りたいの意味はそう言う意味合いが強いけど、

まあ私をもっと頼って欲しいって意味でもあるのよ?言葉では言いにくいけど・・・。」

 

「頼る・・・か・・・。」

健一は言葉に詰まる。

 

転写の恋は偽りなんかじゃない。

それは、何となくだけど分かったような気がした。

彼女の目は、真っ直ぐだ。

 

だが、人間の健一から見たら、転写の存在は強大すぎた。

こうしていても、彼女の力の程はビシビシと伝わってきて、恐怖さえ感じる。

 

最初はこの感覚が何なのか分からなかったけど、彼女の力を知った者なら誰しも感じるだろう。

人間の自分が、彼女の力を受け入れるのは困難だろう。

 

だが、今それを転写に言えはしなかった。

 

「ま、いいじゃない。どっちにしても私の気持ちは変わらないわけだし・・・。」

転写は一旦間をおく。

 

「ねぇ、健一。私達の世界を見せてあげようか?」

突然のことだった。

 

「私達の世界って?」

 

「この世界以外にも様々な世界が存在するのよ。永遠神剣と呼ばれる存在が、表舞台に立ってる世界だっていっぱいある。

この世界に至っては、永遠神剣の存在すら知られていないわけだし・・・。」

 

「え、遠慮しとくよ・・・。僕にはこの世界以外では、暮らしていけそうにないからさ・・・。」

 

「私がいれば大丈夫。自分で言うのもなんだけど、いかに私が凄い存在か・・・。

永遠神剣が公になってればなってる世界ほど、よりそれが鮮明に分かるから。」

 

「い、いいよいいよ。僕はこの世界で暮らしていきたいからさ。せっかくだけど・・・。」

 

「そう、残念ね。私としては大真面目に提案してるから、違う世界が見たくなったらいつでも言ってよね。」

その時、隣のベッドで何かが動く気配がする。

数学の先生が起きたのだろう。

 

ベッドからモソモソと這い出してきて、ドタバタと保健室から出て行こうとする。

 

途中、転写と眼が合う。

 

「あら、目が覚めたの?おはよう。」

健一に見えないように、見下した笑みを先生にぶつけてやる。

 

「おまえは!先生に対して、よくもあんなこと・・・。」

今にも掴み掛りそうな勢いだ。

 

「やめなさいよ、健一が怯えるでしょ?」

そう言いながら、掌を見せる。

 

それを見て何かを思い出したのか、青い顔をしながら転がるように保健室を出て行く。

 

「な、何かあったの?」

 

「健一は気にしなくていいのよ。本当に大したことじゃないから。」

 

 

 

 

 

“健一、転写と2人だけで保健室でイチャイチャ”

 

 

 

この噂は、あっという間に広まった。

 

そしてこれをきっかけに、事態は大きく動き出すのである。

 

 

 

 

 

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あとがき

 

 

 

 

 

 

まずは一言。

展開に詰まった・・・。

フーナが登場した辺りからの、物語展開がどうも思い浮かばない。

 

いや、それでもアイデア等は幾つか浮かんでるのですが、それを上手く形にできないというか、思うように組み立てられないと言うか・・・。

 

最後だけは決まってるんですよ。

・・・大体・・・。

 

“転写”がいるから、終盤でも物語が盛り上がらないんじゃないか!?

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それももうしっかり考えてあります。

 

ご心配には及びません。

 

やはり終盤は盛り上げるだけ盛り上げないと・・・。

この物語のクライマックスは、今までにないというくらい最高に盛り上がるつもりです。

 

 

どこまでそれが皆さんに伝わるかは分かりませんが、なにぶん素人の書く小説ですので、暖かい気持ちで読んでくださると幸いです。

 

がんばって完結へと向けて物語を導くつもりですので、どうか応援をよろしくお願いします。