“転写”登場!

 

 

 

 

 

 

 

 

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宇宙の一部を切り取ってきたかのような空間に、1つの祭壇のようなものがある。

 

その祭壇のような所に、光の球体が1つフワフワと浮かんでいた。

 

薄い光の球体の中心に、1人の少女がまるで封印されているかのように祭壇の中心に漂っている。

光の球体の表面には、何かの映像が映し出されていた。

 

「なるほど、ここが地球って世界なのねー。」

その少女は、髪をサッと撫でる。

その映像には、地球が映し出されているらしい。

 

エジプトのピラミッド、モアイ像などいろいろな映像を映し出して楽しんでいる。

 

「それじゃあ、最後に一際変わった文明を持つという“日本”って名の国を・・・。」

そう呟いて、少女は日本を映し出した。

映し出されたのは、大都会のど真ん中。

 

「おかしいわね。神社とか言うものが、あるはずなんだけど・・・。」

噂に聞いていた日本の神社だとか言うものを探して、映像を流して様々な場所を映し出す少女。

 

「それらしいものはないわねー。時代が変わったのかしら?」

いろいろな映像を送っていく少女。

 

やっと見つけた!と思ったら、パッとしないちっぽけなものばかり・・・。

 

「やっぱりないわね。もういいか・・・。」

そう言って、地球に見切りをつけようと思った少女だったがピタッと、とある場面を映し出した状態のまま止まる。

 

その場面を食い入るように見つめる少女。

映し出されているのは、一人の少年。

 

少女は、その少年をアップにして映し出す。

 

顔が火照っていくのが分かる。

目が放せない・・・。

 

 

 

初恋だった・・・。

そして、一目惚れだった・・・。

 

 

 

少年が静かに公園のベンチに腰を下ろしている姿が、グッと来てしまったのだ。

 

「私が・・・人間の男性に・・・。」

 

ドックン・・・ドックン・・・

 

胸が高鳴るのが分かる。

 

頭を振って忘れようとするも、頭に引っ付いて離れない。

 

少女は、その少年を眺める。

少年は静かにベンチで本を読んでいた。

 

なかなか大人しそうで、誰かを守るというよりは守られる立場がピッタリ当てはまりそうな少年である。

頼るよりは、頼られる方が好きな彼女には好きなタイプど真ん中かもしれない。

 

“大人しそう”なのも、正反対っぽい性格である彼女にはお好みの性格である。

まあ、今の所憶測に過ぎないが・・・。

 

ふと、彼の声を聞いてみたくなり、ただ写すだけだった映像に音声を入れる。

途端に臨場感が増す。

 

だが、少年は一言も発さずに、ただ黙々と本を読み続けている。

 

やはりその姿一つ一つにグッと来てしまう。

まさに好みのタイプと言う奴だろう。

 

少女は、その少年を食い入るように目つめる。

 

 

 

すると、少年の座ってるベンチの真後ろの茂みから、

 

ガサガサッ

 

と何かが動く。

 

ビクッ

 

静かだった公園で急に物音がしたためか、少年がビックリして振り返る。

そこから飛び出してきたのは、一匹の猫だった。

 

『な、何だ・・・猫か・・・。脅かさないでよ。』

 

 

 

やはり彼女が睨んだ通りの性格だ。

 

高鳴る鼓動を必死で抑える。

 

可愛い系の動物が好きなその少年は、猫をそっと撫で始めた。

 

 

その様子をずっと見ていた少女は、ただ見ているだけでは飽き足らなくなり、実際に会ってみたくなった。

思い立ったらすぐ実行に移さなきゃ気が済まない少女は、早速行動に移った。

 

ブァァーーーーーン

 

これまでは奥行き感のある2D映像だったのだが、その映像が見る間に立体感を増していき、自分の世界を埋め尽くしていく。

まるでその特殊世界が、映像に侵食されていくように見える。

映像に映し出された世界へと入り込む類の瞬間移動の技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カアーーーーーーーーッ!!

 

本を読んでいた少年の周辺が、突然強烈な光に包まれる!

 

「な、何だ?うっ!」

慌てて手で目を覆う。

目が潰されるかと思うほど眩い光だ。

 

「一体・・・何が・・・。」

通りの人も、突然のことにその場から逃げていくのが分かる。

 

少年も我に返ると、椅子から立ち上がって逃走を開始しようとした。

その時だ!

 

「待って、逃げないで。私はあなたを傷つけたりしない!」

透き通るような綺麗な声が辺りに響く。

 

少年は思わずその場に立ち止まる。

その途端、光はあっさりと晴れていった。

 

「え!?」

少年は頭の思考回路が停止する。

 

誰もいなかったはずのその公園に、しかもとびきりの美少女が自分の目の前に佇んでいたのだ。

 

「君は?」

 

「私?私は、永遠神剣第1位・転写。転写って呼んで。」

 

「永遠神剣?・・・第1位?転写?」

少年には伝わらない。

 

一体、この娘は何を言っているのだろう?

 

バカにされてるようには見えないが・・・。

 

「あっと、いきなりそんなこと言われても分からないか・・・。んとね、それじゃあ私の名前は・・・名前・・・名前・・・。」

 

(自分の名前を考え出した・・・?)

何か突っ込んで欲しいのだろうか?

 

だが、少年は黙って少女の次の言葉を待つ。

 

 

 

今まで、人間の・・・しかもこの国の名前に合わせて考えるなど、想像もしていなかった。

 

「あ、えと・・・何か事情があるんでしょ?無理に名乗らなくていいから。」

 

「そう、それじゃ今は何も聞かずに、“転写”って呼んでくれる?」

 

「え、えーと・・・転写・・・さん?僕に何か用かな?君は一体何者なんだい?」

 

「“さん”はつけなくていいから。」

 

「え、でも・・・。」

 

「いいから。」

 

「は、はあ・・・それじゃ・・・転写・・・先ほどの質問なんだけど・・・。」

 

「その前にあなたの名前を教えてくれない?」

 

「・・・・・・。」

 

「ひょっとして、怪しんでる?私を?」

軽く睨む。

半ば冗談のつもりだった。

 

「あっ、ご・・・ごめん・・・。だって・・・。」

途端に慌て出す少年。

 

・・・優柔不断・・・。

少年に新たな称号がついた。

 

これは、この先苦労させられるかもしれない。

 

「名前を教えてくれない?」

微笑を浮かべながら、一歩前に踏み出してズイと迫る。

 

この手の男は、押し切られると弱い。

伊達に長く生きてない。

ついでに、可愛らしさもアピール。

 

「えっと・・・仁藤健一だけど・・・。でも、何で僕の名前を?」

 

「あなたに惚れたから。」

あっけらかんと言ってのける“転写”。

男1人くらい、自分の魅惑の力で落とせる自信がある。

 

だが、その言葉を聞いて健一が警戒心を強めた。

健一が一歩引く。

 

「え?どうしたのよ?」

 

「君も・・・僕をからかうの?」

 

「え?え?」

転写は状況が掴めない。

 

健一は惚れただの好きだのと、軽々しく言う女は信用できなかった。

男たらしだとしか思えない、気の強い少女ばかりに追いかけられ続けていた健一にしてみれば、当然のことだった。

 

「いっぱいいるよ、口だけの人なんて・・・。そうやって“好きだ!”って言って追い掛け回して来るくせに、

やがては飽きて僕のことなんか見向きもしなくなる。そんな人ばっかりだ。君がそのうちの1人じゃない証拠はどこにもないよ?」

 

「な、何でそうなるのよ!?私は口先だけの女じゃないわ!そんな連中と一緒にしないで!」

何事も第一印象が大事だという。

その第一印象が最悪のものになってしまったとあらば、この先挽回は厳しくなってしまうだろう。

 

自然と焦ってくる。

 

「どうかな?皆最初はそう言うんだよ。お弁当なんか渡してきたりしてさ。

やがては、僕の方から話しかけても、冷たい返事しか返ってこなくなるのがオチだ。

僕はそれをずっと繰り返してきた。恥をかくのはもうたくさんだ。」

 

「私はあなたに恥なんかかかせない!絶対裏切らないから!」

 

「それじゃあ僕にこっ酷く振られても、同じことが言えるかな?手酷く振られたら、薄っぺらい愛なんかすぐ冷める。」

 

ゴクッ

 

転写が唾を飲む。

 

「ふぅー・・・。」

健一は軽く溜息をつく。

 

「ま、そういうのは好きじゃないからしないけど、僕の容姿と性格だけ見て言い寄ってきたのならそれは偽りの恋だから。

皆それだけの理由で近づいてくる人ばかりだからね。」

 

今度は転写が溜息をついた。

 

「あのさー、上位の永遠神剣たる私をそんな下等な連中と一緒にしないでくれる?はっきり言って心外なんだけど?」

 

「さっきから、永遠神剣って・・・一体何のことなの?」

 

「まあ、健一にも分かりやすく説明するなら、意思を持った剣ってとこかしら。そして、永遠神剣は例外なく絶対的な力を秘めているわ。」

早速呼び捨てにされた。

健一は、こういうタイプの女性は特に苦手である。

やはり礼儀正しい女性でないと、健一は駄目だ。

 

しかし、1つ気になる事が・・・。

 

「意思を持った剣?」

 

「あっと、何も剣だけに限らないけど、とりあえずそう覚えておいて。」

とてもじゃないが、信じられない。

 

だが、一応この場は話を合わせておこう。

 

押し問答は苦手なのだ。

 

「なるほど、そういうものがこの世にあったんだね。やっぱり世の中は広いや。」

軽く笑う。愛想笑いという奴に似ている。

それを冷ややかな目で見つめる転写。

 

「信じてないわね?」

声の調子だけは穏やか。

 

「いや、信じてるって。嘘を言っているようにも思えないし・・・。」

健一は図星を指されても慌てない。

心の言葉を隠すのには自信がある。

 

だが、転写には通じなかった。

永遠神剣第1位の名は伊達じゃない。

 

「健一、嘘をつくのなら人を選んだ方が良いよ?人間と永遠神剣は違う。

永遠神剣は大抵、動けない代わりに人間と契約を結んで、自らの絶対的な力を契約者に貸し与えて“足”を手に入れる。

人間は自由に動けるけど、力はない。だから契約が成り立つのよ、ここまでは分かる?」

 

「何が・・・言いたいの?」

気のせいだろうか、彼女の“人間”という言葉を、幾らか見下しているように聞こえたのは・・・?

 

だが、この先自分にとって気持ちの良い言葉は飛び出してこないだろう。

それだけは分かる。

 

健一は気の弱いところはあるが、自分の意思だけははっきりさせるよう、中学生の頃から癖をつけている。

 

転写がフッと微笑む。

そのあまりに綺麗過ぎる笑顔が癪に障る。

 

「でもね、健一。それなら、自由に動ける永遠神剣が存在したら・・・人間と永遠神剣は対等かしら?

答えは否よね。永遠神剣は絶対的な力を持ってるけど、人間は持っていない。

それに加えて永遠神剣が自由に動けたら、自然と優劣はつく・・・っ!!?」

 

そこまでしゃべってからハッとなって、慌てて口を閉ざす。

初恋の、しかも片思いの相手に素の自分を曝け出してしまった!

 

人間に対して、人間を見下すような発言をして気持ち良く感じるだろうか?

「うん、君の言いたい事は分かった。ようは、人間嫌いな人なんだね。」

 

「え、えと・・・そうじゃなくて・・・その・・・何て言ったら良いか・・・。一般論・・・じゃなくて・・・ある人の受け売り・・・でもないな・・・えーーっと・・・。」

とっさに上手い言い訳が出てこない。

 

「おーーい、健一か?」

その時横から、明るい少年の声が聞こえてきた。

 

「強し!」

健一が親友の名を呼んで駆け寄る。

健一が呼び捨てにできる数少ない人物の1人だ。

 

「その人と何を話してたんだ?」

強しは、顎でしゃくる。

 

「ああ、大したことじゃないよ。ここが・・・ちょっと・・・・・・。」

後半部分を小声で言いながら、頭をトントンと叩く。

 

健一は強しの前でなら、もっと元気な少年に変身できる。

 

「そうは、見えないけどな。」

 

人は見かけによらないんだよ。」

 

「聞こえてるんだけど・・・。」

“転写”が少し寂しそうに口を開く。

1位の永遠神剣である彼女の耳に、この近距離でのヒソヒソ話が聞こえないはずがない。

 

「じゃあさ、健一・・・。」

転写が歩み寄ってくる。

 

その瞳は涙で潤んでいる。

女の武器、乙女の涙という奴だ。

 

この手の男は、こういうのに弱い。

つまり偽りの涙である。

 

「証明してみせるから。私の気持ちが本物だってこと・・・。」

健一は反論できない。

 

逆に強しは、警戒感を懐く。

健一の弱点など、周りには周知の事実だ。

この女がそれを知っている可能性もなくはない。

 

「ね・・・お願い・・・健一・・・。」

甘い声と、潤んだ瞳、微笑で健一に迫る。

驚くほど可愛らしい。

 

大抵の男は、これ一発で撃沈するだろう。

 

「つ・・・強し・・・助けて・・・。僕は・・・こういうのに・・・。」

そう、そうなのだ。

健一はこういうのに弱い。

 

「負けるな、健一!耐えろ!それは乙女の罠という奴だ!」

転写の色気に参ってるわけではない。

むしろ、“断られたらこの世の終わり!”みたいな顔で迫られると大抵負けてしまう。

 

我ながら情けないとは思う。

 

「乙女の罠とは、酷い言い草ね。私は本気よ、偽りじゃない。」

転写は、ますます健一に近寄ってくる。

その飛びぬけて可愛らしい顔が、すぐ目の前にある。

 

幾ら健一が色気には強いからといって、これ以上はヤバイ!

 

「健一・・・私を拒絶すると・・・。」

そう言って、健一の頬に手を添える。

 

「は・・・ははは・・・。」

健一が渇いた笑いを漏らす。

 

それに危機感を感じた強しは、次の瞬間、健一の手を引いて強引にその場から逃走を開始。

 

後一秒遅かったら、事態はどう転んでいたか分からない。

 

「あ・・・逃げられた・・・。」

健一の逃走方向を黙って見送る。

 

「ふふふ・・・。」

不吉にクスクス笑う転写。

スッと掌を上に向けて目の前に近づける。

 

ポウ・・・

 

そこから、光が漏れ出したかと思うと、神話なんかに出てくるような妖精が一匹出現した。

 

「あっ、転写様。ご用は何でしゅか?」

 

「あなたに頼みたいことがあるのよ。」

そう言って転写は、逃走していく健一を指差す。

その後姿は、既に遠くなっているが転写にははっきりと見える。

 

「あれを追ってくれる?あ、姿は見せないでね♪」

 

「転写様、人の後をコソコソつけるのは、良い趣味ではありましぇんよ?」

 

「このままだと、私の初恋が終わっちゃうじゃない。早くしなさい。」

だが転写は耳を貸さない。

 

「わ、分かりました。」

その言葉に弾かれたかのように、大急ぎで後を追っていく妖精。

因みに妖精は、自身が姿を見せたい相手にしか見ることはできないから見つかる心配はまずない。

 

 

 

転写にはあの妖精の他にも、数え切れないほどの僕を抱えている。

 

それは妖精から、果てはある世界一つを丸ごと維持するかのような強大な精霊や神を大勢従えている。

それらの神々のほとんどは、転写が造り出した存在だ。

それぐらいの力を転写は持っているのである。

 

 

 

「さてと・・・。」

転写は腰に片手を当てる。

そして、後ろを振り向く。

 

「さっきから、その木の後ろでコソコソとこちらの様子を窺ってたわね。それで隠れてるつもりなのかしら?出てきなさい。」

 

「言われなくても、出て行きますわよ。そこのあなた、さっき健一にキスしようとしてたでしょ!?」

 

ガサッ

 

そこから1人の少女が現れた。

 

いかにも“お嬢様”といった風体だが、とびきりの美人というわけではない。

 

どちらかと言うと、ブス、その言葉がピッタリと当てはまる女の子だった。

 

「くっ・・・クスクス・・・。」

その顔を見た途端、思わず吹き出す転写。

 

「な、何が可笑しいんですの!?」

顔を真っ赤にして怒り出す女の子。

 

「だ・・・だって・・・あなたのその顔・・・く・・・くく・・・。」

笑いを堪えるもついに耐え切れなくなって、笑い出す転写。

 

「きぃーーーーー!!よくも笑ってくれましたわね!?野郎ども、やっておしまい!!」

 

ザザザッ

 

その途端、黒服に身を包んだ数人の男達が、少女の前に現れた。

 

護衛・・・だろうか?

 

バキボキと拳を鳴らして、転写と対峙している。

 

「へぇーーー、私とやるつもりなんだ・・・。」

不敵な笑みを浮かべる転写。

 

 

 

当然、その戦いは一瞬にして決着がついた。

どちらが勝ったのか、それはもはや語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼイゼイ・・・ハアハア・・・。」

健一は膝に手をついて、肩で荒い息をしていた。

 

「おいおい、健一。まだ100メートルちょっとぐらいしか走ってないぞ?」

 

「そ・・・そんなこと言われたって・・・もう・・・ゼイゼイ・・・走れないものは・・・ハアハア・・・走れないんだ・・・。」

もうしゃべるのも苦しそうだ。

 

「健一は、生まれつき身体が丈夫じゃないからな。それにしても、さっきのあの娘・・・あれで諦めるかな?」

 

「ふ・・・不吉なこと言わないでよ・・・。」

 

「それにしても、何で健一に言い寄ってきたんだ?あの娘と何かあったのか?」

 

「い、いや・・・何も・・・。知らない人だよ・・・。急に・・・現れたんだ・・・。」

健一もだいぶ呼吸が落ち着いてきたようだ。

 

「ちょっと・・・精神がやられちゃってるみたいで、変なことばっかり言うんだよ・・・。」

 

「精神異常者か?頭でも打ったのか、そいつ?」

 

「さ、さあ・・・。悪い人には見えないようにも思うんだけど、どっちにしても僕の苦手なタイプで・・・。」

 

「ようするに押しが強い女性ってことか?」

 

「そういうこと・・・。」

 

「さ、早いとこ行こうぜ?」

 

「そうだね・・・。」

健一が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強しは、健一を家まで送っていった。

 

健一の家はボロアパートの4階だ。

 

「なあ、健一。自分の家くらい持ったらどうだ?」

強しは、健一の部屋の前で何気なく呟いた。

 

「お父さんが首を縦に振らないんだよ。」

 

「そうかー、健一の親父は頭が固いからな。」

その言葉を聞き流しながら、健一は鍵を取り出してドアの鍵を開ける。

 

カチャ

 

そして、ドアを開けようとしたその時だ。

 

「へぇー、ここが健一の家なんだ。随分と古臭いのねー。」

背後から、唐突に少女の声が・・・。

 

「「うわっ!!」」

2人して驚きの声をあげる。

そこには、転写が当然のように立っていた。

 

さっきまで、誰もいなかったはずのそこに・・・。

 

「あっ・・・あっ・・・あっ・・・。」

健一の身体が震える。

知られたくない人物に家を知られてしまった・・・。

 

頭の中が真っ白になる。

 

「ま、私から逃げられるなんて思わないことね。」

片手を腰に当てる転写。

 

「それよりも・・・さっきはよくも私を精神異常者扱いしてくれたわね?」

不敵に微笑む。だが、その目には妙な威圧感が込められている。

 

「き、聞いてたの!?いつ!?どこで!?」

 

「公園から。」

さも当然と言うように転写は言う。

 

「どんな耳してんだよ!?」

強しが突っ込んでくる。

 

「永遠神剣だから。そうじゃなかったら、現に今、どうやって健一の家をつきとめたのよ?」

 

「それは・・・。」

 

「まだ、信じきっていない顔ね。まあそのうちに、私の力を披露してあげるから。」

 

「と、とにかく!もう帰ってくれないか?」

健一がうんざりしたように声をあげる。

 

ちょっとショックを受ける転写。

 

「そんな悲しいこと言わないで。それに・・・。」

 

「それに?」

 

「私にはさ、住む家がないのよ。」

 

爆弾発言投下!

 

「は?」

健一も強しもポカンとする。

 

「だからさ、居候・・・させてくれない?」

言いたいことは、物怖じせずにはっきりと口にするタイプらしい。

 

くどいようだが、健一はそういう女性は苦手だ。

 

尻に敷かれること間違いなしである。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って!その話を信じろと!?親は?家族は?」

健一が少し興奮する。

 

これは、とんでもない話だ。

 

「だから、永遠神剣にそんなものないって。」

 

「さっきから、永遠神剣って。一体君は何なのさ?僕をどうしたいの?」

 

「別にどうもしないわよ。ただ私に落とされて欲しいだけ♪」

色っぽく微笑んでくる。

 

「お・・・落とすって・・・。」

 

「後、永遠神剣についてはさっき説明したと思うけど?」

説明したか?

と思う健一である。

 

転写は説明したつもりでも、こちらには全く伝わっていない。

 

「うーーん、どうしたら信じてもらえるかな?あ、そうだ♪」

ピーーと自分の手を指でなぞる。

 

すると彼女の手がパックリと裂けた!

ギョッとなる2人。

 

 

 

自分で自分の手を傷つけるとは、ますます危なくなってきたのでは?

いや、そもそも指をなぞっただけでプリンを切るかのように、綺麗に避けるとは・・・彼女は一体?

 

 

 

「ほら♪」

パックリと避けた掌を2人に見せる転写。

だが、2人はそれを見ても反応を示さない。

 

「良く見てよ、血が出てないでしょ?」

 

「「あっ!?」」

 

「私は永遠神剣だから、外見上は人間そのものだけど中身は何ら変わらないのよ。

剣が真っ二つになっても、血が出ないのと一緒。因みに・・・。」

 

避けた部分から光が漏れ出したかと思うと、一瞬にして傷口が塞がってしまった!

 

「とはいっても、普通に食事を取ることはできるわよ。

その場合、身体に入った食物は“マナ”ってものに代わって、私の力の一部分になるけどね。

不老不死だし、何百年間食事を摂取しなくても痩せ衰えることなく生きていけるわ。」

 

人を殺したりすることで、マナを摂取することもできるとは言わなかった。

そんなことを言ったら、大変なことになる。

 

「これで私が人間とは違うって信じてもらえたかしら?」

2人はまだ固まったままだ。

 

無理もない。

この世界は、永遠神剣とは馴染みのないものなのだから・・・。

 

「でも、それは形上だけ。私の心は人間と一緒。恋をしたりすることもできる。」

甘い声を出し、乙女の瞳を作って健一に迫ってくる。

 

「ストップ!!」

強しが強い声で、2人の間割り込んで健一を救う。

 

「とにかく!居候には他を当ってくれないかな?健一にとって、君は危険すぎる。

2人っきりになってしまったら、健一は君の手から逃れられない。それじゃあ、居候は無理だ!」

 

「あなたには関係ないでしょ?とりあえずお家に帰んなさい。」

 

ブオン・・・

 

突然、何もない空間に2メートルほどのブラックホールのような穴ができる。

その穴の向こうには、強しの家が見える。

 

転写は、穴の方に軽く手を振る。

すると強しの身体が吹っ飛ばされて、穴の中へと吸い込まれていってしまった!

 

強しを飲み込んだ途端、穴は一瞬にして、まるで初めから何もなかったかのように掻き消えてしまった。

当然強しの姿もない。

 

「強し!」

大事な救世主を、あっという間に失った健一は愕然とする。

 

「大丈夫よ、家に送っただけだから。記憶を読み取って、彼の家に正確に送り届けておいてあげたから心配はいらないわ。」

 

「っ!!?」

健一は転写から後ずさって、距離を取る。

あまりにも危険すぎる状況だ。

 

周りには、自分と転写の他には誰もいない・・・。

健一は、一瞬にして逃走経路を決めると脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 

「だから、私からは逃れられないって♪」

残念、そこは既に転写に回り込まれてしまっていた!

 

背後は調度、袋小路になっている。

絶体絶命だった。

 

かくなる上は!!

家に逃げ込むしかない!

 

健一は素早く行動を取った。

 

ガチャバタン!

 

「ハアハアゼイゼイ・・・」

家に逃げ込んで、大急ぎで扉を閉める。

 

「た・・・助かった・・・。」

 

「誰から?」

 

ガチャン

 

誰かの手によって、家の鍵が閉められる。

 

健一の背中には、家の扉の感触が当っている。

 

転写が健一のすぐ目の前に立っていた。

 

「健一との鬼ごっこもここまでか。相手が悪かったわね。」

健一がその場にへたり込む。

 

「何も、あなたの意思を無視しようってわけじゃないわ。落ち着いて話したかっただけだから、悪い方向に誤解しないでよね。」

 

「僕は・・・年頃の女性と一つ屋根の下で生活するのには反対だ。」

健一が力なく答える。

 

「もう、しっかりしてよね。これじゃ、まるで私が悪役みたいじゃない。

幾らあなたと一緒にいたからって、あなたに嫌われたら本末転倒じゃない。違うかしら?」

 

そう言いながら、健一をやや強引に立たせる。

 

「それにご両親と一緒に住んでるんでしょ?親の前で変なマネしないからさ、約束する!」

転写がいつもの一途な目ではなく、真剣な表情で迫ってくる。

裏はなさそうだ。

 

健一は己の意思の弱さを呪いたくなった。

何で自分はいつもこうなんだろう、と思いながらも転写の真剣な表情を前に、正面きって断ることができなかった。

 

つくづく損な性格である。

 

そう思いながら口を開いた。

 

「分かったよ。親に聞いてみるから、今日の所は引いてくれないかな?」

 

「本当に聞いてくれるの?嘘じゃないでしょうね!?」

転写が再度確認するかのように聞いてくる。

 

「ああ、あまり期待しないでね。」

そう言っておく。

 

いざと言う際の言い訳に使うためだ。

それに自分も口だけで、結局は聞く気が起こらない可能性もある。

 

それを知ってか知らずか、転写は期待に満ちた表情でコクンと頷いた。

 

「やっぱり、私の睨んだとおり優しいところがあるのね。さすが、私が惚れただけあるわ。」

転写がクスクス笑う。

 

「それじゃ、私の方は良い返事を期待してるからね。」

 

「いや、だから期待しないでって・・・。」

 

「乗り気じゃなさそうね。」

軽く睨む。

 

「い、いやだって、僕自身は反対なわけだし・・・。」

「ま、親に断られたのなら居候は諦めるけど、真面目に聞かなかったら、その時は・・・。」

そう言って、転写は健一の頬に手を添える。

そうして、顔をそっと近づけていく。

 

彼女の整った可愛らしい唇に、何やら危機感を感じたのか、背筋がぞっと寒くなる。

健一は固まって動けなくなる。

 

そんな健一には、お構いなしに顔を近づけていく転写。

 

少しでも動けば、唇に当ってしまいそうなほど近づいたところで、急に転写は顔を離す。

 

「なーんてね、冗談よ冗談。ただあなたを強制的に私の虜にしてあげることぐらい、私にとっては朝飯前だから、それを忘れないで。

まあ、強制ってのは好きじゃないから、あなたが不誠実なことをしない限りは、そんなことしないから。

それじゃ、また明日会いに来るからその時に返事を聞かせて。」

 

転写が何の前触れもなく、フッと姿を消した。

 

「ああ、そうそう。私を欺こうなんて、あまり考えない方がいいわよ?」

最後にそう言い残していった。

 

健一は、玄関に1人取り残された。

 

「・・・もう、こうなったらお父さんとお母さんに委ねるしかない。お父さん、お母さん、反対してくれるって信じてるからね・・・。」

苦手なタイプの年頃の女性と1つ屋根の下・・・。

絶対に反対である。

 

ただ、健一は転写にしっかりと脅されているため、いい加減な対応は取れない。

 

あの目は本気だった。

 

良くは分からないが、人智を超えた力を彼女は持っているらしかった。

もし、親に聞かなかったり、例え聞いても説得を試みる努力をしなければ明日、自分はどうなるか分からない。

あの少女に逆らえるとは、とても思えなかった。

 

だが、健一は嫌な予感が耐えなかった。

何を隠そう、健一は運のない少年だった・・・。

 

 

 

 

 

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あとがき

 

 

 

 

 

 

とりあえず、こんな感じの小説です。

何話目で舞台がガラリと変わるのかは分かりませんが、早めにフーナを登場させたいのでそれほど時間はかけない予定です。

 

更新は、虹色の輝きを優先させるつもりですので時間がかかるかと思います。

この小説の感想等お待ちしています。

今後の参考にもさせて頂きますので・・・。

 

どうか末永くお付き合いの程を・・・。