「エトランジェ『信念』のヒロキよ、ここに」
「はっ」謁見の間で、俺は大勢の大臣たちの前でアズマリアに傅く。
…それは、いよいよそのときが来たということに他ならない。「エトランジェ・ヒロキに命じます。直ちに東端ランサに赴き、攻勢を強めたダーツィの猛威から我が国を守護するのです！！」
「はっ、我が剣はイースペリアと共に！！源たるマナに賭けて、必ずやダーツィを追い払って見せましょう！！」『信念』を垂直に立て、高らかに宣言する。
黒く光る『信念』の刀身が、まるで俺の心を移しているようだった……
希望を刃に乗せて
-戦うということ…-
命令から翌日。
俺はティリアたち、主力部隊と共にランサへ向けて旅立った。
行程は順調で、俺たちは二週間後にランサの土を踏むこととなった。
「ダーツィがここランサを攻めるには、このヒエムナからの街道沿いしかありえません。そこで私たちはここに陣を敷き正面決戦を敢行します」ティリアが壁に貼られた地図を指差しながら、他のスピリットへ作戦を伝える。
その姿は、スピリット隊隊長というだけあって実に堂々としたものだった。「ダーツィのスピリットの数は定かではありませんが、少なくとも私たちよりは少数であるという見解で一致しています。単体ではなく、常に二人以上のチームで行動し、数的有利に進めればこちらの勝利は揺るぎません！！」
そう高らかに宣言すると、目の前のスピリットたちは目に見えて安堵の表情を浮かべる。
「それでは、作戦行動に移る前に一つだけ報告しなければならないことがあります。今までは秘匿とされていましたが、我が軍に本日からエトランジェが参戦します」
その言葉に、ざわざわと動揺が広がっていく。
伝説の存在エトランジェ。
そんなものが実際に現れ、あまつさえ自分たちの陣営に参加するというのだから、まさに寝耳に水だろう。「ヒロキ様、こちらへ」
自分の横へ先導するティリアの指示に従い、俺は僅かに高くなっている壇上に上がった。
全員が、困惑や疑惑、畏怖などのさまざまな目で俺を見てくる。
俺はその視線をぐっと耐え、『信念』を抜き放ち天に突き上げた。「俺は永遠神剣第四位『信念』の主、エトランジェ・ヒロキだ！！」
曇り空から漏れた僅かな光りを反射し、『信念』が鈍く光る。
漏れる『信念』の力を感じ取ったのか、数人がごくりと唾を飲み込んだ。「今回、君たちと共に戦うことになった。よろしく頼む！！」
そういって刀を翻し、ゆっくりと鞘に納める。
カシンという音が、この静かな空間に響き渡る。
全員が呆然と俺を見つめていたが、やがてぱらぱらと拍車が起こり、それはたちまち歓声となって広まった。「マナの加護は私たちと共にある！！総員戦闘準備！！」
ティリアの号令とともに、全員がばっとそれぞれの仕事をこなすべく走り始める。
俺は緊張からか、近くの椅子に座り込んだ。「お疲れ様です」
「ああ、あんなもんでよかったのか？」
「ええ、上出来です。これで彼女たちの士気も高まったことでしょう」そういって、俺にお茶を差し出すティリア。
なんてことはない、さっきのは実は全部士気をあげるための演出だったのだ。
緊張で固まった体を弛緩させながら、俺は乾いたのどを潤した。「お兄ちゃん、かっこよかったよー！！」
―――― ドン！！バシャ！！
「あっちぃぃーー！！」
突然背後から飛び掛られたリリスに対応できなく、思いっきりお茶を顔へぶちまけてしまった。
「ああ、ヒロキ様大丈夫ですか！？」
すかさずリアが水で濡らしたタオルを差し出してくる。
俺はそれを慌てて受け取ると、急いで顔を拭った。
飲みやすいように、若干温めにしてあったらしく大事にはならなかったが、リリスはティリアに絞られたらしくしょんぼりしていた。「お兄ちゃん、ごめんなさい……」
しゅんと謝る彼女に、怒るよりも苦笑が漏れてその頭を撫でた。
「あ……」
「反省したんだろ、ならいいさ。今度から、よく見てから飛びついてくれよ」
「う、うん！！えへへ〜」落ち込んだ顔から一変、幸せそうに笑うリリスに、ハイペリアの妹たちがだぶった。
（そうだよな…リリスだってあいつらと変わらない年なのに戦っている。……それが普通なんだろうけど、納得できるものじゃないよな）
そんなことを思っていると、リリスに説教を一通り終わらせ、部下の報告を聞きに言ってたティリアが戻ってきた。
「ヒロキ様、出発の準備が整いました。私たちはこれよりランサから約５キロ北方で陣を構えます」
ティリアの言葉を聞き、表情を引き締める。
……とうとう初陣のときはきた。
予想以上にダーツィの侵攻は早く、俺たちが陣を敷き終わる前に衝突することになってしまった。
しかも情報部のミスか敵の数は多く、軽く俺たちの3倍近くのスピリットが投入されていた。
当然情報とまったく違う状況にこちらは浮き足だし、それぞれが味方と分断されるという事態に陥っていた。「くっ、相変わらず情報部はいい加減な情報しか遣さないですね……正面突破をかけます！！私とリアが切り込み、フローが神剣魔法で援護！！リリスとメイミーとヒロキ様はフローの護衛を頼みます！！」
そういって、敵の青スピリットへ切りかかるティリア。
重いその一撃を耐え切れず、体勢を崩したところで、リアの『夕刻』がその胴を薙いだ。
重い一撃で敵の余裕を奪い、その間を縫ってリアが確実に仕留める。
長い間ともにいることで培われた二人の、必勝の戦闘スタイルだった。「…熱く燃ゆる炎のマナよ。我が声に応じ、彼のものたちに灼熱の雨を降らせよっ！フレイムシャワー！！」
フローリスの放った神剣魔法が、広範囲の敵スピリットを金色のマナへと還した。
その顔にはいつものぼーっとした雰囲気はなく、一人の戦士の顔をしてただ前を見つめていた。「はぁぁぁ！！」
「甘いよっ！！」みんなの戦いに眼を奪われていた俺の横で、いつの間に接近してきたのか黒スピリットが間合いを詰めていた。
それをリリスが『激流』を振り払い上げる。「そこですっ！！」
刀が完全に浮いて無防備な黒スピリットの体を、メイミーの『落葉』が一突きにした。
がふっと血を吐き倒れ伏す黒スピリット。
しかし次の瞬間には、その血ですらもマナの霧となって掻き消えていく。そんな光景に俺はというと……
ただ震えるようにして『信念』を構えるだけだった。
覚悟をした……そう思ったつもりだったが、いざその場に立ってみると、手が震えまったく動けないのだ。「お兄ちゃん、前！！？」
その声に慌てて俯いていた視線を上げると、そこには俺に向けて一直線に向かってくる青スピリットが。
「くっ！？」
―――― ガキィィン！！
甲高い音を立てて火花を散らす俺の『信念』と相手の永遠神剣。
ぎりぎりと迫る刃に恐怖を感じ、俺は我武者羅に振り払った。「っあ！？」
しかし、型は滅茶苦茶だったとはいえ仮にもエトランジェの力。
目の前の青スピリットは、予想もしなかった力に剣は大きく弾かれ、無防備な姿を晒してしまう。（―― っ今！！？）
好機と思い、振り払った剣を腰溜めに構え、突きの体勢を取った。
このまま打ち出せば勝ち、そんなときに俺は見てしまった。
――― 恐怖に歪む敵の青スピリットの表情を……その顔を見た途端、体が硬直してしまう。
……その隙が命取りだった。「たぁぁぁっ！！？」
「しまっ―― ！！？」気づいたときには既に手遅れ、大上段に振りかぶられた剣は、袈裟切りに俺の体を両断するにたる太刀筋だった。
俺はコマ送りのように迫る剣を、どこか他人事のように見つめていた。
そのとき視界に青いものがよぎる―――――― ザシュウッ！！！
鮮血がぱっと待った。
確実に致命傷、なのに俺に痛みはなかった。「お、兄ちゃ、ん……大じょ、うぶ？」
視界いっぱいにリリスの顔。
リリスは俺に覆いかぶさるようにしていた。「り、リリスぅぅーーーーーー！！！？？」
ばっと体勢を入れ替えリリスを抱きかかえる。
背中を切られたため、こちらから傷口は見えないが、間違いなく致命傷。
少し動くだけでも激痛が走るだろうに、なのに……っ！！「え、へへ……お兄、ちゃんが平気そう、でよか、った……」
リリスは俺を安心させるように微笑んだ。
それは今にも消え去りそうな弱々しい微笑だった。（俺が…俺が躊躇ったからリリスがっ！！！）
自責の念に苛まれたとき、声が聞こえた。
―――― そうだ、汝のせいだ「俺の、せい……」
―――― 汝の甘さによってあの妖精は命を落とす
「リリスが、死ぬ？」
―――― あの妖精は最早助かるまい。他ならぬ汝のせいでな
「ぁ…ぁぁあああっ」
―――― 憎いか？大切なものを奪うものが憎いか！？
「憎い！！リリスを、みんなを殺そうとするやつが憎いっ！！！」
―――― ならば憎め！！全てを憎み、全てを破壊し、己が怒りを力に変えよ！！！
「おぉぉぉぉぉぉっ！！！？」気合と共に俺を中心にして、オーラフォトンの嵐が吹き荒れる。
止めを刺そうと神剣を振り被っていた青スピリットを吹き飛ばし、なおもその密度を高めていった。「お前たちがっ！！お前たちがぁぁぁぁ！！？」
一つの暴風と化した俺は、敵スピリットの中へと飛び込み剣を振るう。
一振りで何十というスピリットが千切れ飛び、マナへと還った。「うわぁぁぁぁぁっ！！！？」
それでも俺は止まらず、戦場全てを蹂躙していった――――
ぽつぽつ、っと頬に当たる水の感触。
ついっと空を見上げると、空がどんよりと曇り雨が降っていた。「……敵、敵はどこだ……」
僅かな間だけ空を見上げた俺は、『信念』を引きずるようにして歩きだした。
まだ…まだ敵はいる……そんな強迫観念に囚われて―――――― トン
微かな振動と何かに包み込まれる暖かさ。
緩慢な動きで後ろを見ると、青い髪が見えた。「―― もう終わりました。敵はいません、私たちの勝ちです。リリスも一命を取り留めました。ですから、もうおやめください……」
その声はティリアのものだった。
ティリアは涙声で抱きつき、俺を包み込んだ。「……そうか、よかっ……た………」
リリスの無事。
そのことを聞き、俺はバタリと倒れこんだ。
ティリアが何か叫びながら覗き込んでいるが、その声は俺には既に聞こえなかった。（とにかく……今は、つかれ……た………）
そして、俺の意識は闇に飲まれた。
聖ヨト暦328年アソクの月赤いつつ、この日イースペリア最東端ランサにおいて大きな戦いがあった。
後に『ランサの悲劇』と呼ばれるその戦いは、イースペリア、ダーツィともに全滅に近い被害をだした。
特にダーツィはこの機に、イースペリアを掌握するつもりで整えた部隊を全て投入しての全滅である。
後世の学者はこの事実に驚愕し、ありとあらゆる文献を調べた。
しかし、具体的な内容を記されているものは………ただ一つとしてなかった。
こんにちは、緋雷です。 今回は宣言どおり暗い話しになってしまいました……
ですが、弘樹の心理描写はわりとうまくいったと思うのですが、いかがだったでしょう？
覚悟をしたつもりでも、いざその場に立つと思うように動けない。
そんな微妙な心情が伝われば幸いです。さて次回は、ランサの戦いから数日後、輸送されたイースペリアで話しは始まります。
それではまたお会いしましょう！！