スピリット隊の朝は早い。
7時には全員が揃って朝食を食べる。
それがスピリット隊の日課だった。
そう”だった”のだ。

その日課をぶち壊している本人は、7時を回った今でも布団の中で眠っていた。

「マスター、そろそろ時間ですよ?早く起きないとまたティリアさんに怒られてしまいますよ?」

シーネがゆさゆさと、揺するが弘樹はいまだに起きる気配がない。
そのとき、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
その音はだんだんと近づいてきて、やがて部屋の前で止まった。

「お兄ちゃん、おっきろーーー!!」

―――― ドスン!!

「ぐぇっ!!?」

静かな館に弘樹の悲鳴が響き渡る。
ここ数ヶ月で、この館の名物となった新たな日課である。











希望を刃に乗せて
-騒がしき日々-










「まったくあなたは……いい加減時間通り起きてきてください」

館のリビングで、全員が少々遅れた朝食を取っていた。

「俺にしてみたら、自然に起きることが出来るそっちのほうが不思議でならないな」
「それは、あなたがだらしないだけです!!仮にもスピリット隊の一員なんですから、時間はしっかり守ってください」

さっきから俺にぶつぶつ文句を言っているのは、ティリア・ブルースピリット。
スピリット隊の隊長で、何を隠そう俺と殺し合いを演じたあのときの少女だ。

「ま、まぁまぁヒロキ様は違う世界からきたんだから、勝手が違うのは仕方ないでしょ」

そういってフォローしてくれるのは、隊長補佐のリア・ブラックスピリット。
何かと世話を焼いてくれるので、俺としては非常に助かっている。

「そうはいいますが、ヒロキ様がこの館に来てすでに2ヶ月です。そろそろ慣れてもおかしくありません」
「だよねー。お兄ちゃんはただ寝ぼすけなだけだと思うなぁ」

そんな失礼なことをのたまうのは、リリス・ブルースピリット。
隊最年少で、いつも元気に走り回っているが、いささか元気すぎる感も否めない。

「リリスぅ。それはないんじゃないか?」
「そ、そうですよ。一昨日だって夜遅くまでお勉強していたみたいですし…」

少々どもりながらも助け船を出してくれたのが、メイミー・グリーンスピリット。
控えめな性格ながら、ティリアに攻められる俺をいつも助けてくれる可愛いやつだ。

「……なぜメイミーさんがそのようなことを知っているのですか?」

と、さり気に突っ込みを入れるのが、フローリス・レッドスピリット。
暗いというよりはどこかズレた性格だが、料理がうまく今朝の朝食もフローリスが作ったものだろう。

俺たち6人が、今王都の防衛に付いているスピリット隊である。
一応主力部隊とはなっているが、彼女たちを見る限りそんな雰囲気はまるでない。

「そ、そそそそそれは!?夜に偶然眼が覚めて、偶然水を飲みにいったら、偶然ヒロキ様の部屋のドアが開いていたので、偶然見てしまっただけですっ」

偶然の部分にやけに力を入れて言い切るメイミー。
その言葉に、それまで大人しく朝食を食べていたシーネが――

「あぁ、一昨日の神剣の反応はメイミーさんだったのですか、でもおかしいですね。あのときは確かマスターがねるまでずっともがが」
「きゃあー!きゃあーー!!きゃわーーー!!!」

メイミーは突然シーネの口を塞ぎ奇声を上げたかと思うと、目を白黒させているシーネの手を取りキッチンの方へ走り去っていった。

「…どうしたんだ、あれ?」
「……気にしないであげてください。それよりも、私たちは軍隊なのですから時間は厳守でお願いします」
「わかった、わかった。努力するさ」
「…努力ではなく結果で示して欲しいものです」

言いたいことだけを言って、ご馳走様と手を合わせさっさと自室の方へ戻っていってしまった。
ちなみにいただきますとご馳走様の習慣は、食事毎にする俺を見たリリスが真似を始めて、いつの間にか全員に浸透していたという過去がある。

「あ、あのティリアは少し厳しいところがありまして、決して悪気があって言っている訳では……」
「わかってるって、ティリアは隊長だからああいってるわけで、本心から俺を叱りたいってわけじゃないだろうしな」

俺の機嫌が悪くなっていないことがわかったのか、リアはほっとした顔で食事を再開した。
朝食を食べ終わった俺は、手早く食器を纏め席を立った。

「ごちそうさんっと、今日の飯もうまかったぞ、フロー」
「…ありがとうございます」

相変わらずぼーっしながらも、手と口はしっかりと動かしているフローリスに一声かけると、俺は食器を持ってキッチンのほうへ向かった。
キッチンの中には、顔を付き合わせて何かを話している二人。
勿論、シーネとメイミーだ。

「…お前らいつまでも何してるんだ?」
「ひゃあ!?ひひひひヒロキ様!!?いえいえいえいえ、何もしてないですっ」
「え?ですが、メイミーさんは先程から私に、マスターの前ではもがっ」
「ひゃああ!?どうしてすぐ言おうとするんですかぁ!!?」

何やら盛り上がっている二人に付き合いきれんと、脇を抜け食器を流しに入れる。

「んじゃ、俺は部屋に戻ってるから、いつまでも遊んでないで早く飯食えよ」
「はい、分かりました。すぐに食べてきます」
「ま、まだ私の話しがぁぁぁ……」

縋り付くメイミーを引きずりながら、リビングに戻っていくシーネ。
さすがに神剣なだけあって力では、メイミーに止められるものではない。

「…なんだかなぁ…」

そう呟き、俺はさっさと自室へ引き上げた。





















「やぁっ!!」
「はっ!!」

―――― キィン!!

右から襲ってくる細身の白刃を『信念』で受ける。

「そこですっ」
「っ!?シーネ、形状変化、双刀!!」
『はい、マスター』

間を縫うように左から襲ってきた槍を、双刀にした左の『信念』で受け止める。
しかし、それぞれ片手で受けているため、徐々に押されていく。

「くぅぅぅっ!!おりゃあああ!!!」

このままでは不利と判断し、力に任せて両方の武器を跳ね飛ばす。
それと同時に、足首の力だけで大きく跳躍し間合いを開ける。
仕切りなおしとばかりに、互いが得物を構え隙を窺う。

(あっちは二人、こっちは一人。このままじゃジリ貧だな……ならばっ!!)

「形状変化、戦斧!!」

指示と同時に、双刀がみるみるうちに長大な戦斧へと変わる。
二人はそのことに警戒したのか、構えをいつでも飛びかかれるように変える、が

「はぁぁぁぁっ!!?」
「「!?」」

そこで二人の顔が驚きに変わる。
それはそうだろう。
10m程も離れている距離で、思いっきり戦斧を振りかぶったのだから――
困惑している二人を尻目に、俺は振り上げた戦斧を地面を抉るように振り下ろした。

―――― ズガァァァッ!!

「「えぇぇっ!!?」」

抉るようにして振り下ろされた戦斧は、地面を浅く削りとりその刀身に石を載せて打ち出した。
高速で打ち出された礫は、致命傷にはならないものの決して無視できるものではない。
二人は最小の動きで、直撃コースの石だけを捌く。
人間では避けることすら困難であろう礫も、スピリットにかかればたいした障害とはなりえない。
しかし、俺にはその一瞬の隙だけで十分だった。
体勢を地面に付けるほどすれすれに倒し、一気に間合いを詰める。

「よーし、これで最後っ!!―― あっ」
「ふぅ…―― えっ?」

石を捌き終わって気が緩んだところに、ひたりと白刃が触れる。

「俺の勝ちだな」

双刀に変えた『信念』を突きつけニヤリと笑い、俺は勝利を宣言した。











「あ〜あ、また負けちゃったかぁ」

そういって、リリスは『激流』を地面に刺し寝転がった。

「はぁはぁ……ヒロキ様は強すぎですぅ」

相手をしていたもう一人、メイミーは『落葉』に縋るようにしてへたり込む。

「強いというよりは出鱈目といった感じですね」
「…確かに、先程の攻撃は大変奇抜なものでした」

そこで俺たちの訓練を見ていた他の三人が歩み寄ってくる。
この三人にはそれぞれの位置から、俺たちの訓練の評価を頼んでいたのだ。

「”兵は詭道なり”だ」
「?なんですかそれは?」
「俺の世界での兵法の言葉さ。戦いとはつまるところ騙し合いであり、如何にして相手の意表を付くかが勝利の近道ってことさ」

確か孫子辺りの言葉だったかな、とおぼろげながら思い出した。

「なるほど、”兵は詭道なり”ですか。勉強になります」

コクコクとリアが首を振る。
純粋に人の意見を取り入れることができるのは、リアの長所だと思う。

「でも実際、2ヶ月でこれほどまで成長するとは思いませんでした。エトランジェとは皆これほどの力を持っているのでしょうか?」
「さぁ、どうだろ?俺って前の世界でも運動神経よかったから、そのおかげもあるかもね」

珍しく褒めるティリアにそう返す。
ティリアは少し考える素振りを見せると、ぽつりと言った。

「…これなら、思ったよりも早い実戦投入になるかもしれませんね……」
「………」

それは俺に聞かせるための言葉ではなく、何かを決断するかのように、本当に小さい声でぽつりと漏らした。

(実戦、か……)

この国のエトランジェになったときに覚悟していたことだが、いざそのときが身近に迫ったことを知ると、自然暗い気持ちになってしまう。
俺は自分の手を見つめ、硬く握りこんだ。
この手が血に染まる、そのときは案外遠くないかもしれない。
殺す覚悟……いや生きる覚悟を持たなければならない時期にきたのだ。
俺は他人のために自分を犠牲にできるような聖人君主じゃない。
だから、生きるためには戦うしかないんだ。

俺はもう一度硬く…硬く手を握りこんだ。
―― 剣を握るその手を、しっかりと確かめるように……






聖ヨト暦328年チーニの月黒ふたつ、平和の終わりは………近い。

















こんばんわ、緋雷です。

今回はイースペリアのスピリット隊を主軸に据えたお話しでした。
当然、スピリット隊は全員オリジナルになるわけですが、ちょっとラキオスのスピリットに似ているのも若干いた気もします。
まぁでもあれだけ個性があるキャラが多いと、少しのかぶりはしかたがないのではと言い訳してみたいところなのですよ、はい……

まぁそんなわけで、今回までは明るめの話しでしたが、次回はシリアス風味です。


いよいよ、実戦に投入されることになった弘樹。
生きるために殺す決断をした彼に、現実が襲い掛かる。
振るえぬ手に挫ける心、そして倒れ伏す仲間たち。

その果てに彼は何を見て、何を思うのか。
そして再び聞こえる謎の声。
この声の目的はなんなのか、そして弘樹との関係は!?
次回、戦うということ…

「俺の…俺のせいだ……」


というわけで次回予告っぽく入れてみました。
というわけで、楽しまれているかどうかは不安ですが、次回もお楽しみにっ!!