運命というものは、往々にしてままならないことばかりだ。
多く見えて、実は少ない選択肢。
自分のことが周囲によって決められる事態。
実際に道を選べることがまれで、そのほとんどが見せ掛けだけの一本道である。
ならば、今はこの状況に流されよう。
―――― たとえ他者を犠牲にしようとも、自分が生きるために……
希望を刃に乗せて
−イースペリアの女王様−
あの謁見の間での出来事から、すでに2ヶ月が経過した。
俺はシーネに、この世界の言葉や文字、常識、歴史などを教わりながら日々を過ごしていた。
その間に、国境付近でダーツィ大公国と小競り合いがあったらしいが、とりあえず王都イースペリアは平和そのものだった。
イースペリア城内スピリット隊第1詰め所。
その自室で、俺はソファーに座り寛いでいた。
横にはシーネも座っており、一心不乱に何か本を読んでいる。
何を呼んでいるのか気になり、上体を倒して背表紙を覗き見る。『魔法のお薬100選〜恋の妙薬から大量虐殺の劇薬まで〜』
………そうだ、俺はまだ字が読めなかったんだ!!
そういうことにしといてくれ!!それじゃなかったらきっと間違って読んだんだ、うん!!本のタイトルは忘却の彼方、時の迷宮へと放り込み、俺は少しの間ぼーっとすることにした。
女王の要求を承諾したことによって、俺は正式にイースペリアのスピリット隊に組み込まれることになった。
とは言うものの、いくらエトランジェとはいえ新米の俺に、いきなり実戦に放り込まれることもなく、日々訓練と勉強の日々を送っていた。
勉強していくうちにわかったことだが、どうやらこのイースペリアはスピリットの差別というものが、それほど露骨ではないらしい。
休日もあるし、僅かだが給金も支給される。
この館も王城内の施設としてみれば簡素だが、一般的に見れば十分立派である。
他の国では家畜などと呼ばれたり、お金すら持てない国があるらしいのだから、この国に飛ばされた俺は幸運だったと言えよう。
それもこれも、女王であるアズマリアの政策のおかげだ。
アズマリアは、スピリットが虐げられるのをよく思っていないらしく、いろいろと可能な限り便宜を図ってくれていた。(アズマリアといえば、あの時は笑わせてもらったなぁ)
俺は、初めてアズマリアに呼ばれた日のことを思い返した。
召喚されてから1週間後の昼。俺は一つの扉の前にいた。
目の前の部屋は女王の執務室。
俺のようなやつには一生縁のない場所だと思っていたが、人生とはわからないものである。
なんと俺は、女王個人に呼ばれたのである。朝の訓練に向かう途中、王城の中庭を歩いていたら突然現れて――
「正午に私の執務室まで来てください」
それだけ言って、さっさと歩いていってしまったのだ。
当然俺は突然の事態に固まってしまい、膝をつけようとした中腰のまましばし呆然とすることになる。
そんなわけで、約束の正午。
俺は執務室まで足を運んだわけだが……(……何のようだろうか…)
呼ばれる用件がまったく思い浮かばなかった。
何かまずいことをしたわけでもないし、かといって俺の戦闘配備の命令なら謁見の間で行うのが当然だろう。(…ま、悩んでてもわかるものじゃないか)
そう結論付けて、俺は扉をノックした。
―――― コンコン
「はい、どなたでしょうか?」
「スピリット隊所属エトランジェヒロキです」
「お入りなさい」
「失礼します」執務室に入ると、正面に女王が何やら書類と格闘していた。
俺の方をついと一瞥すると、目の前のソファーを向いて「少し、そこのソファーにかけていてください」
そういって、再び書類に眼を落とす。
俺は言われたとおりソファーへ座り、周りを見た。
さすがは王城の執務室、どれも高そうなものばかりだ。
あれいくらくらいかな、などと思っていると、ひとまず区切りがついたのか女王が目の前のソファーへ腰を下ろした。「それで、なんの御用でしょう?」
場違いな雰囲気に居心地の悪さを感じた俺は、さっさと用事を終わらせようと話しを促した。
なのに、目の前の女王は目を丸め唖然としている。「?……どうしました?」
「あ、いえ……随分と聖ヨト語が流暢なのですね。驚きました」
「あぁ、シーネ……私の永遠神剣の『信念』に教わったんです」
「なるほど……それにしても、召喚されてまだ1週間ほどしか経っていないのに、それだけ話せるのは素晴らしいです」そういって、女王はふわりと微笑んだ。
この前の謁見の間での凛とした雰囲気とは正反対の優しい笑みだ。
俺はそのギャップに、少しドギマギしてしまった。「い、いや……頭は悪くないと思うし…そ、それにこの先言葉が分からないようじゃ不便だからな」
しどろもどろに言う俺に、しかし女王は依然と笑みを浮かべたまま見つめてくる。
「ふふ、やっと普通に話してくれましたね」
「え?」
「入ってきたときからガチガチでしたよ」……まじか。
自分では平静を装ってたつもりだったが、どうやら見事に失敗していたようだ。「失礼しました。以後気をつけます」
「あ、いえ……出来れば普段どおりでお願いします」
「は?」普段どおりってことは敬語は無しでということか?
…いやそれはいろいろとまずいだろう……「もちろん、謁見の間などではある程度”見せる”ことは必要ですが、この執務室くらいは普通にお話しください」
「あー……理由を聞いてもいいですか?」
「……そうですね、いきなりでは不躾でした。それでは私の話しを聞いてください」女王の話しはこうだった。
彼女の母親、つまり前女王は生まれつき体が弱かったらしく、彼女を産むと同時に命を引き取ったらしい。
王家の直系は彼女だけ、女王が国を統治するという国柄のため王も王位にはつけない。
そのため、王位継承権を持つものは生まれたばかりの彼女だけとなったらしい。
「…なるほど、まさに女王になるべくなったというわけか……けど、それがなんで俺が溜め口を話す理由に繋がるんだ?」
「それは……」顔を俯けながらごにょごにょと何かを言うが、如何せん声が小さくてまったく聞き取れない。
「あー、ごめんよく聞き取れない」
「で、ですから、私はこの年になっても同年代の異性と対等に話したことが無いのです!!」
「は?」
「同じ女性の友人ならおりますが、同年代の異性となると誰も彼もが私に取り入ろうと、媚び諂うのです。……だから、その……私も男性と普通に話してみたいわけで……」頬を染めながらつんつんと人差し指を付き合わせる仕草は、威厳とは程遠く年相応の少女のものだった。
「―― っぷ、あはははははは!!」
「なっ―― !!わ、笑うとは何事ですか!?私は真剣に悩んでいるというのに!!?」顔を真っ赤に染めながら、がーっと怒る彼女は、怖いというより微笑ましい。
俺は目尻に溜まった涙を払いながら、しかし口からは噛み殺せない笑いが漏れていた。「くくっ…いやーあまりにも可愛らしい悩みだったんでついね」
「かわっ―― !?し、失礼ですね!!あなたはレディに対する配慮が欠けております!!」
「まぁそうかもな。俺って友達には遠慮ない性格だから、そういうのはないかも」
「かもではありません!!まったくあなたは―― え?」俺の言葉の意味に気づいたのか、きょとんとした顔でこちらを見てくる。
「―― 友達?」
「そ、友達。だから配慮が足りないのは勘弁してくれよ 」そういっておどける俺。
女王はしばらく呆然としていたが、やがて花が咲くように微笑んだ。「ふふ、そうですね。友人の言うことです、多少は多めに見ましょう」
「ありがと、じゃあ新しい友達に質問」
「なんですか?」
「名前なんていうの?」がくっと女王の肩が落ちる。
こらこら、女性はそんなことしちゃいけないぞ。「……あなたは、そんなことも知らずに私と話していたのですか?」
「こっちにきてから、聖ヨト語に社会の仕組み、歴史などなど覚えることが多すぎて個人までは詰めきれないよ」
「…まぁいいでしょう。私の名前はアズマリア。アズマリア・セイラス・イースペリアです」
「アズマリア、ね。よし、覚えた」そういって、アズマリアにサムズアップをしてみせる。
それを見ると、アズマリアの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。「あ、あなたは!?いきなり何をするのですかっ!?」
「あ、いや…これって俺の世界じゃばっちりとかって意味なんだけど……こっちじゃ違うのか?」
「え、ええこちらではその……」顔をりんごのように染めて、俯くアズマリア。
…そんなにまずいことだったのだろうか。「と、とにかく!!他の方の前ではくれぐれもしないように、いいですね!?」
なんとも言えぬ、アズマリアの迫力にコクコクと首を振る。
そのとき壁の時計がゴーンゴーンと音をたてる。「あら、もうこんな時間ですか」
俺も釣られて時計を見ると、もうすぐ午後の訓練が始まる時間になっていた。
「やべ、俺そろそろ行かないと訓練に遅れる」
「そうですか、私のほうもそろそろ執務にかからねばなりませんね」そういって俺は入り口へ、アズマリアは机へ腰を掛ける。
「今日はとても楽しかったです。またいつでもいらしてくださいね」
「あぁ、暇を見つけて遊びに来るさ」お互いに笑い合って、俺は執務室を後にした。
などということがあって、アズマリアとは表向きには主従、裏では友人といったスタンスで付き合っている。
公務では威厳に満ちた態度を取っているが、実際には少々夢見がちなで不意打ちには滅法弱いという普通の少女だ。(今度、差し入れでも持っていくかな)
そんなことを考えていると、さっきまで隣で本を読んでいたシーネがいつの間にかいなくなっていた。
「あれ?シーネのやつどこいったん――」
―――― ドカァァァァン!!!
突如、館に爆発音が響き渡った。
下から突き上げるような振動。
どうやら一階で何かが起こったらしい。
バンっと乱暴に扉を開け放ち、大急ぎで一階へと駆け下りる。一階につくと、リビングのほうからモクモクと黒い煙が上がっていた。
ドアのところから中を窺うと、煙はどうやら隣接したキッチンのほうから漂ってくるようだ。俺は恐る恐るキッチンに近づき覗き込む。
「……何やってんだ、シーネ」
そこには、顔を真っ黒にしながら座り込んでいるシーネがいた。
「うぅ〜マスタぁ〜」
ひしっと俺にすがり付いてくるシーネ。
…どうでもいいが、服は洗濯しなきゃならんな…「それで、一体どうしたんだ?」
「それが、お鍋を火に掛けていたら急に爆発してしまって……」そこで、俺は思い出した。
先程、シーネは何を読んでいたのかを…「……何を作っていた…?」
「え!?そ、それは……えへへ〜」ひとまず誤魔化すシーネに一発天誅を食らわし、2時間かけて後片付けをさせるのだった。
聖ヨト暦328年チーニの月赤みっつ、まだまだイースペリアは平和そのものだった。
こんにちは、緋雷です。 今回は女王アズマリアさんをメインに据えたお話しでした。
なんか途中からアズマリアが勝手に動き始めて、こんな性格になってしまいました。
まぁ、これはこれでいい気もしますが、キャラを制御できないようではまだまだですね。精進します。次回はイースペリアのスピリットの面々が出てきます。
原作キャラはしばらく出てこないと思われますのであしからず。(だって2年前だし……)それではまたお会いしましょう。