「……う…むぅ」

閉じた瞼に、刺すような刺激。
どうやら、もう朝らしい。
目覚ましはまだなっていないようだが、まぁたまには勝利の余韻を味わうのもいいだろう。
そう思い俺は欠伸を一つし、目を開けた。



―――― 何故か目の前に幼い少女の顔があった。









希望を刃に乗せて
−有限世界−










背筋に冷や汗が伝い、全身にだらだらと嫌な汗が流れる。

(落ち着け、おちつけ、もちつけ……俺はロではなかったはず、だから連れ込んだということはありえないわけで、でも実際に同じ布団に寝ているわけで……)

落ち着けといいながら、どんどん思考の渦に嵌っていく俺。
混乱しているため、目の前の少女が眼を開けたことにすら気がつかなかった。

「……ん、ふみ……あ、おはようございます」

少女が、完全に眼を覚まし何事もないように挨拶をしてきた。
俺と少女の眼がばっちりあった。

「………」
「……?」

―――― ズザザッ!!

体のバネだけで飛び起き、窓際まで一足で後退する。
少女は上半身を起こして、ぱちくりと眼を瞬いている。

「いかがしました?マスター」

(っ!!?マスター!!マスターですとっ!?それはあれか、喫茶店の店長とかじゃなくて、ご主人様とかのことディスカ!!?)

俺は、そんなやばい嗜好を持っていたのかとずーーんと効果音がなりそうなほど落ち込んだ。
そんな俺の落ち込み具合を見て、少女はとてとてといった感じで近づき、俺の前でしゃがみこんだ。

「マスター大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」

少女が心配そうに覗き込んでくる。
ちょっとその献身的な態度にぐらっときたが、慌てて首を振ってその考えを振り払った。

「い、いや大丈夫だ。……それより君は?」
「あ、失礼しました。私は永遠神剣第四位『信念』です」
「えいえんしんけんだいよんいしんねん?」
「はい。永く遠いで永遠、神の剣の神剣。第四位とはそのまま四番目のことで、私の名前が『信念』です」

(…永遠神剣?第四位っていうのは位のことかな、それにしても信念って名前も妙だな)

次々に浮かんでくる疑問を、目の前の少女にぶつけることにした。

「神剣って言うけど君は人間じゃないか」
「それは私の能力で、周囲のマナを集め展開することによって擬似的に肉体を作っているんです」
「は?」

少女の言っていることがまったくわからず、間抜けな表情のまま呆然とする。

「実際にお見せしたほうが早いですね」

お手を失礼します。
そういって少女は俺の手を取った。

「っ!?」

次の瞬間、少女の体が光りを発し始めた。
眩しくて、とても眼を開けていられない。
俺は空いている手を翳し、光が収まるのを待った。

光りは一定量まで上がると、一気に霧散していった。
そして完全に収まった後、俺の手にズシリとした感触。

「これはあのときの!?」

そこにあったのは黒塗りの日本刀……
そこで昨夜の出来事が、津波のように蘇ってきた。
見知らぬ場所、美しい少女……そして剣戟。
混乱していて気づかなかったが、俺が寝ていた部屋も自分の部屋ではない。
どこか西洋風の、まるで中世の城のような内装だった。

『お分かりになりましたか?マスター』

少女との戦いを思い出していた俺の頭の中に、少女の声が響いた。
それは文字通り、聞こえたではなくて頭の中に直接響いたようだった

「……本当に剣。だったのか?」
『はい、そうです。マスター』

再び頭に声が響く。
そろそろ、認めなくてはならない。
ここは俺たちの常識がまったく通じない―― 異世界だということを……

『ご理解いただけたようですね』
「ああ、ここまで非現実的なことが連続で起きると認めざるを得ないな…」

これでも俺は適応能力は高いと自負している。
ここが異世界というなら、考える前にしなければいけないことがある。

「……教えてくれ。ここがどこで、どんな世界なのか」
『はい、ではお聞きください。この世界のことをお話ししましょう』





















「つまり、この世界はエーテルという便利なエネルギーが存在し、エーテルはマナという物質を変換して作り出す。しかしマナは総量が決まっていてそのため、世界各地で奪い合う戦いが起こっている。そしてその戦いで戦うのは人ではなく、スピリットと呼ばれる少女たちで、スピリットは所謂奴隷みたいなもの。また、スピリットは必ず永遠神剣と呼ばれる絶大な力を持つ武器を持ち、人では決してかなわない力を持っている」
「そのとおりです」
「んで、俺はエトランジェと呼ばれる者で、異世界から召喚された永遠神剣を操れる唯一の人間。エトランジェは総じてスピリットより強い力を持つ、そして君が俺の永遠神剣で位は第四位、名前を『信念』という……こんなところかな?」
「はい、完璧です。さすがですね」

『信念』から聞いたことを、自分なりにまとめ消化する。
思ったとおり、ここは俺の常識はまったく通じないようだ。

ふぅと溜息を一つ吐き、ソファーに身を沈める。
学校では頭のいいほうで通っていたが、さすがにこれほど詰め込むのはひさびさで、脳が疲れたと訴えてくる。
ちなみに『信念』は最初に会ったときと同じように少女の姿になっている。
彼女曰く「剣の姿はあまり好きではありません」とのことらしい。

「なぁ、『信念』」
「はい?」

目の前に座った『信念』はちょこんと首を傾げる。
その少女の姿は、あの黒塗りの刀からは想像できない。

「『信念』って剣の銘みたいなものだよな」
「はい、概ねですがその解釈で間違いないと思います」
「じゃあさ、その格好のときって名前ないのか?」
「え?」

きょとんとした顔で俺を見つめてくる。
どこか小動物めいた表情に、俺は笑みを漏らした。

「剣の名前が『信念』なら、その格好のときの名前もあったほうがいいだろ?」
「あ、いえ…それは……」

『信念』が戸惑ったような声を上げる。
先程までの落ち着いた雰囲気とは違い、こちらは年相応に思えた。

「……シーネなんてどうだ?」
「え?」
「だから名前さ。『信念』からとってシーネ、どうかな?」
「シーネ……」

ゆっくりと、『信念』が繰り返す。
その表情は、いまだ戸惑っているようだがそれでもどことなく嬉しそうだった。

「あの……ありがとうございます。とても嬉しいです」

そういって『信念』改めシーネはとても嬉しそうに微笑んだ。
噛み締めるように名前を何度も呼ぶシーネを見て、孤児院の子供たちのことを思い出した。

(そういや、沙希とかが心配してるだろうな。しかもいつ帰れるかわからないだろうし……親父がいるから何とでもなるだろうけど、早く戻る方法見つけなきゃな)

―――― コンコン

元の世界のことを考えていると、ノックの音が聞こえてきた。
そこで今更のように思い出したが、俺は昨夜少女と死闘を繰り広げた後気絶させられて連れてこられたのだ。
部屋こそ客室のようではあったが、ほとんど誘拐と変わらない状況である。

キィと軽い音を立て開くドアを見つめたまま身構える。

「”眼を覚ましましたか”」

予想通り、そこから入ってきたのは昨日の少女。
剣は抜いていないものの、腰にはしっかりと納められていた。
シーネの話しだと、スピリットと神剣は一心同体。
剣を携帯しているのは不思議ではないかもしれないが、だからといって安心できるものではない。

「”そんなに身構えないでください。あなたに危害を加えるつもりはありません”」
「……相変わらず何を言ってるのかさっぱりわからん…」

法則のまったく見出せない言葉の羅列。
少女の表情から見るに、どうやら危害を加えるつもりはないように思える。

「マスター、彼女は危害を加えるつもりがないと言ってます」
「あ、そっか。シーネは言葉が分かるのか、なら通訳頼める?」
「はい、お任せください」

頼られたが嬉しいのか、誇らしそうに胸を張る。

「じゃあ、俺をどうするつもりなんだ?」
「”マスターは、私たちをどうするのかと聞いています”」

シーネがさっそく少女に向かって、話し始める。
何を言っているのかはわからないが、先程の少女の言葉と響きが似ているような気がした。

「”あぁ、あなたは言葉がわかるのですね、それはよかった。……あなたたちをどうするかは、すみませんが私には答えられません”」
「彼女は答えられないそうです」
「答えられない、か」

それはつまり知ってはいるが言えないということか。
まぁスピリットが奴隷階級のようなものと聞いたからこの答えは予想できたことではある。

「じゃあ誰に聞けば答えてくれるんだ?」
「”誰にお聞きすればよろしいですか?”」
「”今から女王陛下のところへお連れしますので、そこでお聞きください”」
「女王様のところに案内していただけるそうです。そこでお聞きくださいと」

女王ときたか…
どうやら俺の存在―― というかエトランジェという存在は、俺が思っていたよりも大きいもののようだ。

(……まぁ、ここで渋っていても自体は好転しないか)

「わかった。案内してくれ」
「”案内をお願いしたいそうです”」
「”わかりました。こちらへどうぞ”」

少女が言い終わった後、部屋を出て行く。
ついてこいということだろう。
俺とシーネは、少女を追い部屋を後にした。




















豪奢な広々とした部屋。
中央には赤い絨毯が敷かれ、その先にはこれまた豪華な椅子に少女が座っていた。
まず間違いなく、その少女が女王なのだろうが、如何せん想像していた女王とはまったく違う。
俺の想像では眼光鋭い初老の女性をイメージしていたのだが、目の前の少女は俺と同じくらいか若干上くらいにしか見えなかった。

「”そなたが、エトランジェか?”」

女王が威厳に満ちた声で言う、がやはり俺にはまったく意味が分からない。

「(シーネ返事を頼む、重要なことだけ俺に教えてくれ)」
「(はい、わかりました)」

耳打ちすると、シーネはすぐに頷き女王と話し始める。

「”そのとおりです。彼はエトランジェ、ヒロキ。私は永遠神剣第四位『信念』です”」
「”……永遠神剣とな?”」

シーネの言葉を聞き、眼に見えてうろたえる周りの人々。
おそらくは大臣とかそんな役職の人たちだろう。
……なにかまずいことでも言ったのだろうか…
生憎、言葉の分からない俺は、ただその様子を窺うことしかできない。

「”静まれ!!上位の永遠神剣は明確な自我を持つものもあるという。彼のものの言葉を信ずるなら、位はあの『求め』と同位。それほどの力を秘めているのなら、己が姿を持つこともできよう”」

女王が一喝すると、まるで波が広がるようにざわめきが治まっていく。
さすが女王、見た目は幼いが貫禄というものが十分にある。
全員が静まったのを確認すると女王は再び俺たちのほうに目を向けた。

「”さて、そなたたちに聞こう。我が国イースペリアは敵国に囲まれた小国であり、そのため常に侵略の脅威に晒されている。故に今は少しでも戦力を必要としている。そこで、伝承に伝わるエトランジェであるそなたに、是非力を貸していただきたい。無論これは嘆願であって強制はしない。しかし力を貸していただけるなら、生活は保障しよう”」

長い言葉を言い終わると、返答はといった感じで俺を見てくる。
どうやら、何か要求されたらしい。
そう予測していると、横のシーネが耳打ちをしてきた。

「(どうやら、私たちに力を貸して欲しいそうです。この国は周りが敵だらけなので、少しでも守る力が欲しいと……要求に応じた場合生活は保障してくれるともいっています)」

俺の予想とほぼ同じようなことをシーネが伝えてくる。
まぁさっきのシーネの説明などを聞いていれば、自ずとこの要求は予想できたものだが。

(……でもそれって、敵を倒さなきゃいけないってことだよな…)

異世界で何の助力もなく生活することは難しい。
いや、はっきり言って不可能に近いだろう。
ならば、この要求は渡りに船といったところだが、それは必然的に俺も戦争にでなければならなくなるということ。
戦争に出れば当然敵を倒さなきゃいけないわけで、日本に生まれ育った俺に即答できるものではなかった。

しかしここで断れば、俺に残された道は死だろう。
ひょっとしたら誰かに助けてもらえる可能性もないこともないが、さすがにそんな希望的観測に頼ることはできない。

(…そうだ、俺は死にたくない。こんなわけの分からないところに放り出されて、ただ一人死んでくなんて真っ平ごめんだ)

……自分が生きるために、他人を犠牲すること…そうこれはしかたないことなんだ。
そう自分に深く言い聞かせ、俺は女王の要求を承諾した。



―――― イースペリアのエトランジェ、『信念』のヒロキ誕生の瞬間だった。
















こんにちわ、緋雷です。
永遠のアセリア二次小説、希望を刃に乗せて第1話、お読みいただきありがとうございます。

今回は若干短めですが、区切り上ここで切ったほうがすんなり行くので切らせていただきました。
次回からは、女王やスピリットたちも本格的に登場しますが……ここで問題が!!
私は永遠のアセリアはPC版のゲームしかやっていません。
しかも設定資料集や、ビジュアルファンブックなどもありません。

だから女王の名前が設定上存在するのかどうかまったくわからないのです。
ただ、私が読んだ小説の中で、アズマリアという名前が多数あったので、これが名前なのかなっと勝手に予測をつけて掲載することにしていただきました。

もし「いや、設定上はこんな名前だよ」とか「それは俺が考えた名前なんだから勝手につけるんじゃねぇぇぇ!!」という人がおりましたら、メールまたは掲示板などでお知らせください。すぐに訂正いたします。

それではまたお会いする日まで、さようなら〜