―――― ときは満ちた

―――― この運命の交差、迎えるため幾時の周期が訪れただろうか

―――― 長かった

―――― ……長かった

―――― さぁ、終焉の序曲を奏でよう

―――― すべては我が思いの通りに

―――― 世界を有るべき姿へ

―――― 全てを原初へ

―――― ときは………満ちた









希望を刃に乗せて
-prologue-











「ふぁ〜……」

突っ伏していた腕を、突き上げ俺―― 澄川弘樹は背筋をほぐした。
周りを見回すと、集団で喋る学生に鞄を持ちさっさと帰ろうとする学生。
どこにでもある放課後の風景だ。

「むぅ……放課後か」

俺の記憶ではさっき昼飯を食べたばかりだと思ったが、どうやら即効で熟睡していたらしい。
五時間目と六時間目の休み時間さえ記憶にないと、我ながら恐れ入る。

「なーにが、むぅ……放課後か、よっ!!」

自分の行動に苦笑していた俺の肩を、強い衝撃が襲った。
……こんなことをしてくるのは俺の交友関係の中で一人しかいない。

「…何するんだよ、今日子」

振り返るとそこには予想通り、針金でも仕込んでいるのかと思うほど物理法則を無視した髪形の少女がいた。

「何って、あきれてんのよ。昼ご飯食べ終わった後すぐに寝たと思ったら、こっちがいくら呼んでも起きないし、かと思えば放課後のチャイムが鳴ると同時に起き出す。そんな都合のいい耳をしてるあんたにね」

む、そういわれれば至極自分が白状に思えてくる……
が、しかし、それには正当な訳が有るという訳で

「俺が、学校で惰眠を貪る理由なんて知ってるだろ。なぁ、悠人、光陰」

今日子の後ろから、二人に同意を求める。

「バイトで夜遅いんだろ。もう何十回と聞いてるよ」
「そうそう、いい加減今日子もその三歩あるけば忘れる鳥頭をどうにかぶっ!!」

―― スパーーン!!

光陰が言い終わる前に、今日子の白い聖剣(※ハリセン)の一撃が脳天に決まる。

(……相変わらず、あれってどっから出してるんだろう…)

「私だって、そんなこと覚えてるわよ!!ただ……そう、ノリよ、ノリ!!」
「ノリで叩かれるほうは非常に迷惑なんだが……」
「何?」
「イエ、ナンデモアリマセン」

間髪いれず、全面降伏する俺。
情けないと思うなかれ、やつの形相は冬眠後の熊にも勝る。

「…なんか、そこはかとなくむかつくこと考えてない?」
「(ブンブンブンブン!!)」

(…加えて直感が、ニュー○イプ並なのだから始末に終えん……)

「それにしても、本当に大丈夫か?最近、学校じゃ寝てるところしか見てないぞ」

光陰が心配そうな顔で、見てくる。
まぁ、最近は少しオーバーワークだったことは認めるが…

「最近、ホームのほうがやばくてな。ちび共のこともあるし…」



ホームというのは、俺が世話になっている孤児院のことだ。
五歳のとき孤児院の入り口で倒れているところを発見され、そのまま住まわせてもらっている。
所謂捨て子というやつなのだろうが、如何せんその前の記憶がないため悲壮感すら持ちようがない。
そんなわけで、世話になっている孤児院へお礼の意味も籠めて日々バイトに精を出しているわけだ。



そんな俺の生い立ちを思い返しているとき、腕時計のアラームが鳴り響いた。

「おっと、バイトの時間だ。んじゃ、俺は行くわ」

あまり中身の入っていない鞄を手に取り、立ち上がる。

「あんまり無理はするなよ」
「そうそう、無理して体壊したら笑い話にもならないんだから」
「……俺も人のことは言えないけど、限界は弁えろよ」

それぞれの言葉で気遣ってくれる三人にありがとと感謝をし、俺は教室を後にした。





















「ふぅ、寒い寒い」

バイトの帰り道を、俺は体を震わせながら歩いていた。
暦上は冬真っ只中、最近は暖かい日が続いていたとはいえ、夜になればやはりそれなりに寒い。

(……さっさと帰って、暖まろう。)

そう思い、少しだけ歩く速度を速めた。
―――― そのとき



―――― リィィン



どこかで、澄んだ鈴のような音が聞こえた気がした。
不思議に思い辺りを見回すが、そんな音を立てるようなものは周囲にはない。



―――― リィィン



…今度ははっきりと聞こえた。
音はどうやら、横の石段の上から聞こえてくるらしい。

「……神木、神社」

鳥居に書かれた文字を読み取る。
いつもの通り道だが、初めてこの神社の名前を知った気がする。



―――― リィィン



まるで俺を急かすように音が鳴る。

(…なんだか、この音を聞いていると意識が朦朧として、きた…よう……な………)



―――― リィィン



朦朧としたまま、体が勝手に音のするほうへと動き出す。
動きは緩慢だが、確実に境内へと近づいていた。



―――― リィィン



……そして、俺は境内へとたどり着いた。
そこには何もなく、伽藍とした光景が広がっているが、音だけは何もない空間から聞こえてくる。



―――― 時はきた



突然、音の変わりに声が聞こえてきた。
その声は、若い男のようで、幼い少女のようで、しわがれた老人のような判別のつかない声だった。



―――― 我が子よ、己が指名を従事するがいい



「……は、い」

勝手に言葉が漏れる。
しかし、俺の意識は既に無いに等しく、そのことに疑問すら抱くことができない。



―――― 行くがよい、愚者が住まう世界へ



その声が言い終わると同時に、光が立ち上る。
ゆっくりと、光に向かって歩き出す体に反し、俺は完全に意識を失った。





















「……う…っ……ここは…」

俺が眼を覚ましたとき、まったく見覚えの無いところにいた。
木々が生い茂り、葉の間から月明かりが辺りを照らしていた。

「どこだ?」

辺りを見回すが、木以外に見えるものは何も無かった。

「俺どうしたんだっけ……たしかバイトの帰り道に……」

(変な音が聞こえてきて、それが神木神社の境内のほうから聞こえてくることに気づいたんだ。)

そこまで思い出し首を傾げる。
何故かその後のことが記憶になかった。
境内を歩いていた気もするが、まるで靄がかかったかのように、まったく思い出せなかった。

「……まぁ、どっちにしてもこんなところで倒れてるわけないか」

辺りの木々は、少なくとも街では見たこともないものだった。
ならば、ここは俺の知っている街ではないということになる。

「……ん?」

そこまで考えて、ふと気がついた。
暑い……いや正確には暖かいのだ。
さっきまでは冬だったが、今は春か初夏と思えるほど暖かい。

「なんてこった。ひょっとして、日本ですらないのか?」

もう、ありえないことだらけだった。
思い出せない記憶、見たことのない場所、日本とは違う気候。
問題がありすぎて、痛む頭を押さえようと手を上げて―――― ズシリとした感覚に気づいた。

「…刀?」

それは、俗に日本刀と呼ばれる武器だった。

「なんでこんなものを……」

鞘から抜いてみると、イメージにあった日本刀とは違い刀身が真っ黒だった。
軽くひゅっと振ってみると、足元の草が数本断ち切れた。

「本物……だよな?」

じっと見てみるが、刀身は鈍く光り、模造刀ではないということが見て取れる。

「なんでこんなもん持ってるんだろうな」

刀を鞘に納め、再び考え込もうとしたそのとき――

―――― ガサッ

「っ!!」

近くの茂みが音を立てた。
ばっと飛ぶように後退して、茂みから身を離す。

「”…だれですか”」

茂みから現れたのは少女。
美をつけてもいい美しい容姿に、染めただけでは絶対に出せないだろう青い髪。
そして、髪よりもなお深い瑠璃色の瞳。
俺は、その少女に不覚にも目を奪われた。

「”何者だ?まさかダーツィのスパイか!?”」

少女が聞いたこともない言葉を発する。
そこでようやく我に返った。

「あ…いや……なんていってるのかな?」

少女に何か言おうと思うが、如何せんまったく聞いたことのない言葉。
英語ですらまともに話すのも難しいのに、それ以外となるともうお手上げだ。
どうしようかと迷っている俺を、不審に思ったのか少女は声を張り上げた。

「”怪しいですね……あなたを城へ連行します!!”」

少女が距離を詰めてくる。
その雰囲気は、お世辞にも好意的とは思えなかった。

「ちょ、ちょっとまってくれ!?何を言ってるのかわからないんだって!!」

両手を突き出して待ったをかける。
思いが通じたのか少女は、俺に近づくのを止めた。

(……あれ?なんかとまったというより固まったっていう感じだ。)

少女の視線は俺の手をじっと見ている。

―― その手には握りっぱなしだった一振りの日本刀が

「”……永遠神剣?―― スピリット!?いえ、まさかエトランジェ!?”」

ばっと身を離すと、少女は構えを取る。
そこで気づいたが、少女の手には身の丈の半分以上もある両刃の西洋刀が握られていた。

「け、剣!?な、なんでそんなもの持ってるんだ!?って俺もか……いや、今はそういう問題じゃなくって!!」

パニック状態に陥った俺を尻目に、少女はゆっくり体制を落としていった。

「”伝承に残るエトランジェ……その力はスピリットとは比べ物にならないと聞きます。是が否でもイースペリアに来てもらいます!!”」

何かを宣告するように少女が叫ぶと、一気に俺に向かって駆け出してきた。

「は、はやいっ!?」

弾丸の如く迫る少女を、俺は転がるようにして回避した。

「っ!?なんて早さだ!!人間業じゃ……っ!!」

ぼやきながら、体制を立て直そうとする俺の目に、すでに剣を振りかぶっている少女が映った。

(あ、こりゃ死んだかな)

人事のように、振り降ろされる剣を見つめながらそう思った。



―――― リィィン



途端、どこかから何か聞こえた気がした。
頭が冴えるような感覚。
そして、まるで自分の意思ではないような、死んではならないという思いが浮かんだ。

「っ!!?」

―――― ガキィィン!!?

次の瞬間俺は刀を抜き、少女の剣を弾き返していた。

「”―― くっ!?一撃が重い!!これがエトランジェの力!?”」

少女が弾かれた勢いのまま、間合いを開け構える。
対して、俺も剣先を相手に向け正眼の構えを取る。
まるで、俺ではないように体が動く。

俺と少女は睨み合ったまま動かない。
まるで、先に動いたほうが負けと言わんばかりに、じりじりと間合いだけを詰める。

「”はっ!!”」

先に動いたのは少女だった。
耐え切れないように、一足で間合いを詰め上段から力任せに剣を振り下ろす。
動きは単純だが、その速さはまるで雷のようで人の限界を超えているとしか思えない速度だった。
普段の俺だったら、まったく反応できないでただ切り伏せられていただろう。

そう、普段の俺だったら――――

―――― キィン!!

俺は少女の剣に刀身を合わせ、滑らすようにして捌く。
力の方向を曲げられ、少女の体が流れる。

「”しまった!!?”」

少女の顔が驚愕に歪む。
その隙の大きさに、否がおうにも最悪の結末を予想しただろう。
俺は、そのことに一切の感情も出さず、刃を返し少女の首を両断しようと刃を奔らせた。

―――― ドクン!!

―― がぁっ!?」

突如心臓が…いや体全体が悲鳴を上げた。
その痛みと同時に、妙な感覚が薄れていく。

(俺…は何を……少女を本気で殺そうとした……?)

自分のやろうとしたことに呆然と立ち尽くす。

「”―― そこっ!!”」

俺の豹変に一瞬だけ、怪訝な表情を浮かべたがすぐに顔を引き締め、柄を俺の腹部に叩き込んだ。
ぐぅっとくぐもった声を上げ、俺は再び意識を失った。
















初めまして、緋雷と申します。
無謀にも永遠のアセリア二次小説なんぞを始めてしまいました!!
アセリアの壮大な世界観を崩すことなく、且つ自分の中で昇華させた作品をつくりたいと思いますので、読んでいただいた皆さんには温かい眼で見守っていただけたらなぁと思っております。

頑張って執筆しますので、どうぞよろしくお願いします!!