第3話 行動開始!
―翌日
秋也の部屋
窓から朝日が差し込む。
「……んん」
秋也はゆっくりと目を開けた。
そして、
「夢オチか!?」
勢いよく起き上がった。
【いい加減諦めたらどうですか?】
「…………チッ」
大きな舌打ちの後、秋也は部屋の中を見回した。
そこはやはり自分の部屋ではなく、寝泊りをするためにあてがわれたものだった。
話は昨夜、一時的に《真理》の力を借りることで言葉の問題を解決した所まで遡る。
秋也に話しかけてきた男は店の主人だった。
秋也が「自分はこの町に着いたばかりだ」という事を伝えたところ、「今は隣国からの行商人が町に来ているので宿を取るのは難しい」と、男は自分の店の2階 ‐居住スペースとして使われている- に泊まるよう言ってくれたのだった。
あまりも都合が良すぎるので秋也は少し考えたが、今自分が何をすべきなのかさえハッキリとしない状況であったし、何より‘都合が良い’のは確かなので他の事はあまり深く考えないことに決めた。
秋也は手早く服を着替えると洗面所で顔を洗い、また部屋に戻ってきた。
そして再びベッドに横になり、大きく深呼吸をした。
「《真理》」
【はい?】
「これが現実で、最初に君が言った事が本当だと認めよう。その上で聞きたい。どうすれば元の世界に帰れる?」
【また秋也にとって突飛な話になりますが、いいですか?】
秋也は何も言わずに頷いた。
【方法はいくつかありますが、どれも最終的には‘門’をくぐって世界を渡ることになります】
「‘門’?」
【あくまでも便宜上そう呼んでいるだけです。あなたのいた世界とここのように次元を隔てた世界同士の間にある、壁に開いた穴とでも考えてください】
「で、その穴を開ける方法は?」
【帰るための方法は4つ。まずは秋也がこの世界へ来た時のように開いた門をくぐる事。2つ目は比較的近くにできた門を引き寄せる事。3つ目は次元の境目が薄くなっている部分を自分で切り開き、門とする事。最後は無理矢理次元の壁に穴を開けること。以上です】
「具体的にはどの方法で帰るんだ?」
【……】
「どうした?」
【今私が話した順に難易度が上がるとともに確実な方法となりますが、その分大きな‘力’が必要になります。そして今の私達にはただ門をくぐる以外に手段はありません】
「……一応聞くが、それの開く場所や時間が分かったりは…?」
【しません】
秋也は大きくため息をつくと目を閉じて黙り込み、ベッドの上でゴロゴロしながら話の内容を頭の中で繰り返す。
それから急に起き上がったかと思うと、腕を組んだまま動かなくなった。
しばらく経ってようやく秋也が目を開けた。
「まだいくつか聞きたい」
【どうぞ】
「‘今の私達には’と言ったな。つまり将来的には自分で門をこじ開けられるだけの力が手に入る可能性がある、と解釈しても?」
《真理》は何も言わなかったが、秋也には彼女がしっかりと頷くような意思を感じた。
「もう1つ。今、私‘達’に力が足りない原因は俺にもあるのか?」
【ええ。と言うより、それが最も大きな理由です。私は秋也をパートナーに選びました。その結果、私の力の大部分は秋也に委ねられ、あなたの意思によって行使されます。ですが秋也は何の訓練もしていなければ、力の手繰り方さえ知りません。これは解りますね?】
秋也は黙って頷いた。
【とにかく、帰るには時間がかかるとだけ言っておきます。その間に秋也が何をしようと構いませんが、力を使いこなすための訓練だけはしてもらいますよ】
「わかった」
秋也はベッドから降りると、おもむろに部屋を出た。
【何をするんですか?】
「必要な事を」
秋也はそれだけ言うと階段を下り始めた。
1階、つまり酒場に入るとすでに男がいて掃除をしていた。
彼は秋也に気が付くと手を止め、その大柄な体格に似合った笑顔を浮かべた。
「よく眠れたか? っ言っても、もう昼近いけどな」
また何て言ってるのか解らん。
「どうした? 夕べの客がうるさくて眠れなかったのか?」
男は秋也が黙ったまま自分を見ているので心配そうに声をかけた。
『頼む』
秋也が声を発することなく《真理》に呼びかけると、自然と相手の言葉の意味が理解できると共に自身も相手と同じ言葉を話し始めた。
「いえ、昨夜はありがとうございました」
「ま、気にするなよ。ここが片付いたらメシにしよう」
「手伝います」
やがて食事も終わり、男の淹れたお茶を飲みながら一服していると、突然秋也が頭を下げた。
「図々しいお願いなのは分かっていますが、もうしばらくここに置いてはもらえないでしょうか?」
「いいぞ」
「は?」
当然断られることを予想していた秋也は顔を上げ、大袈裟になり過ぎないように驚いた顔をする。
「何だよ、その顔は。頼んできたのはお前の方だろう」
「それはそうですが…本当にいいんですか?」
「ああ。この時期は行商人の行き来が多いから客も増える。で、いつも人を雇うんだが…今年はまだでな。だからここで働くなら置いてやってもいい」
「もちろん、それぐらいの事なら」
秋也は笑顔を浮かべた。
「…それにアンタ、訳ありだろ?」
男の言葉にほんの一瞬だけ秋也の周りの空気が変わったが、すぐにまた笑顔で、
「そう見えますか?」
サラリと答える。
男は腕を組むと不敵な笑みを浮かべた。
「こういう商売をしてると、な。旅をするには荷物が少なすぎるし、その見慣れない格好。何よりちゃんと礼は言うくせに、まだ一度も名乗ろうとしない。そういう奴は大概人に言えない事情がある奴さ」
秋也は何も言わずに肩をすくめた。
とんでもねぇオッサンに捕まったかな?
そして挑戦的な笑みを浮かべる。
「それでもここにいていいと?」
「俺とこの店に厄介事が持ち込まれない限りは構わん」
「…改めてお世話になります。俺はしゅ…」
秋也が名乗ろうとしたのを男が手で制する。
「今更名乗れとは言わんさ。俺の好きに呼ばせてもらうし、俺もお前に名乗らない。それでいいだろ?」
「わかりました。ではご自由に」
秋也は何でもないような顔をするのが精一杯だった。
―数日後 昼
サーギオス城内 瞬の部屋
この数日、帝国の上層部の人間達は瞬の今後の処遇についての話し合いや、他国にも現れたかもしれないエトランジェの情報を集めるための準備に追われていた。
無論、ふかふかのベッドの中で眠り続けている瞬はそんな事など知るよしはなかった。
部屋には瞬の世話を言い渡された侍女と見張りの兵士がいた。
「どうして私が…大体、寝てるだけの相手に世話も何もないじゃない。そう思いません?」
侍女は兵士に愚痴を言いながら簡単な部屋の掃除をしていた。
寝ているとはいえエトランジェのそばにいるにもかかわらず、彼女達はいたって普通だった。
「それにしても誰なんですか? 私、聞いていませんけど」
遠慮がちに瞬の顔を覗き込みながら兵士に尋ねる。
部屋にいる者はもちろん、ごく一部以外の人間は誰も瞬の正体と、彼が現れた夜の惨劇を知らない。
またその事実を知る兵士達はすでに別の町の警護として、首都を追い出されるように離れていた。
「それは俺達も聞いていない。ただ礼を失する事の無いようにと言われている。つまりはそれだけの方だという事だろう」
そんなやり取りの中、瞬が唐突に目を開いた。
侍女は驚いて数歩後ずさったが、すぐに姿勢を正して礼をした。
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「……」
ゆっくりと体を起こした瞬は自分の居場所を確認するように部屋の中を見回す。
「水でもお持ちしましょうか?」
瞬は何も言わないままベッドから降りると扉へと向かって歩き出した。
「目覚めても部屋からは出ないようにとの事です。どうかご了承を」
2人の兵士が瞬の前に立ちふさがる。
「……だ」
「は?」
「邪魔だ」
瞬は自分よりも大柄な2人の胸ぐらを掴むと、軽々と床に叩きつけた。
突然の出来事に呆然としている侍女には目もくれず部屋の外に出て行く。
城の中庭。
瞬の前にはあの夜と同じように《誓い》があった。
【待っとったよ、お前様】
ゆったりとした、品のある口調で《誓い》は瞬に語りかけた。
「人が寝てる間にゴチャゴチャと…おかげで退屈はしなかったよ」
瞬はたっぷりと皮肉を込めて答えた。
【そんな事を言うために、今一度妾の前に立ったのかや? 妾の聞きたい言葉はただひとつじゃ】
《誓い》はその態度を変えることなく瞬の意思を問う。
「…どうせくだらない毎日に退屈していたんだ。それに佳織さえいるならどこだって構わない。お前の望み通り、世界を手に入れてやるよ」
【お前様とカオリのための世界…それがお前様の‘誓い’かや?】
「僕と佳織のための世界? ……悪くないな。そうだ、それなら佳織も悠人じゃなくて僕の側にいるのが一番いいって解るはずだ。僕は創ってみせる。佳織が幸せになれる世界を!」
瞬は再び《誓い》に手を伸ばした。
秋也が部屋を出たことに気付いた男はスピリットを連れて《誓い》のもとへと走っていた。
「あれ程ヤツを部屋から出すなと言っただろう!」
隣を走る兵士に怒鳴るが、そんな事で苛立ちは消えない。
少々息を切らしながらようやく辿り着くと、そこには最初に見た時とはまるで別人の瞬が立っていた。
その手には《誓い》が握られている。
「それはお前が気安く触れていいものではない!」
男の怒声を合図にしたかのようにスピリット達が瞬を取り囲む。
そんな様子にも瞬は顔色ひとつ変わらないどころか、うっすらと笑みさえ浮かべていた。
そして《誓い》を男に向けた。
「なら聞こう。今この世界で、僕よりもコイツを握るのに相応しい奴がいるのか?」
瞬の言葉に呼応するようにオーラの光が瞬を包んだ。
男はもちろん、それ以上にスピリット達が最大級の警戒をする。
「お前達に興味はない。従うなら好きに生きればいい。…でも僕のジャマをするなら容赦はしない。さぁ、選べ」
さらにオーラの輝きが増していった。
―同日 夕方
マロリガン共和国
ベッドには穏やかな寝息を立てて今日子が眠っていた。
今は落ち着いているが、永遠神剣《空虚》を手にしてから彼女は時折発作のように苦しむようになってしまった。
その隣には光陰が座っていた。
どうしてこんな事に?
そんな事はもう何度も考えたし、それが無意味だということも分かりきっていたが、それでも今日子を前にしてしまうと何もできない自分への苛立ちと共に考えてしまう。
コン、コン
ノックの音が聞こえたが、光陰の返事を待つことなくドアが開き、1人の兵士が入って来る。
「閣下がお呼びだ。すぐに来てくれ。お前だけでいいそうだ」
兵士は言いながら光陰に手招きをした。
光陰は自分を指差し、次に今日子を指差すと兵士は首を横に振った。
俺だけでいいって事か。今日子がこの状態なら当然か…。
《因果》の力を使えば言葉を理解するなど容易な事だが、光陰は必要以上に力を使うことをしなかった。
すぐに立ち上がり、兵士と共に部屋を出る。
とにかく自分がするべき事はすでに決まっていた。
残りの神剣、《求め》と《誓い》を倒す事。
誰がその持ち主なのかはハッキリとは分かっていない。
もしかしたら自分が知っている人物…悠人かもしれない。
そうあって欲しくないと思うと同時に、心のどこかではそれを望んでいる自分がいた。
どうなるかは分からない。でも、覚悟は決めなきゃな。
やがて見覚えのある部屋に入ると、予想通りの人物が椅子に座っていた。
―1人はまだ目覚めず、1人は剣さえ持たない。
―しかし4人は動き始めた。
―カギを握るのは確定した未来では今ここにいないはずの男。
―きっと違う答えを導き出してくれるはず。
―願わくば、それが全てを救う…いや、私の望む結末とならん事を。
to be continued
あとがき
話が進まない!
1話分が短い上に色々書いてるので当然といえば当然なのですが…。
まぁ最後に書いた通り、本編なら悠人君はまだ目覚めてないので全体として話も動かないんですよね。
とりあえずもう1話だけ書いたら、秋也にも動いてもらうつもりでいます。