第2話 What do you believe?
―神聖サーギオス帝国 帝都サーギオス 城内 中庭
叫び声を聞いた人々が集まっていた。
凄惨な光景を目にし、ある者は息を呑み、またある者は目を背けた。
そんな中に異質な者が存在していた。
光の柱と共に現れ、この場にはあまりにも不釣合いな、整った顔の少年。
瞬はただ立ち尽くしていた。
しかし兵士達が瞬を取り押さえようと近づけば、錯乱したように暴れ、振り払った。
それはしばらく続いていたが、やがて肉体的にも精神的にも限界に達し、瞬は気を失ってその場に倒れてしまった。
恐る恐ると兵士達が彼に近づいていく。
その様子を何人かの、見るからに身分の高そうな男達が見ていた。
「一体何者なのだ? あやつは」
1人が瞬の様子を見ながら誰一人答えを持ち得ない問を口にした。
「ハッキリとは分からん」
別の男が律儀にもその問いに答え、一呼吸置いてから続けた。
「だが、ここはあんな少年が1人で入ってこられるような所ではない。それに先程、兵から突然の閃光を見たとも聞いている。あるいは…」
「…エトランジェ」
誰かがつぶやく。
途端にざわめきが起こった。
エトランジェ…表向きは勇者として語り継がれている存在。
しかし実際は建国の礎を築いた英雄であると同時に、滅亡の危機へと追いやった張本人。
故にそれを知る、一部の人間にとってその名はタブーであった。
「彼が何者かなど、どうでもいい事ではありませんか?」
不意に、緊張感をそぐような声が響き渡る。
そこにいた全員が声のほうを向くと、いつの間にか1人の男が立っていた。
名はソーマ=ル=ソーマ。
底が、というよりもそれ以前に何を考えているのかさえ、他人には理解できない男だった。
人目を引くことはあっても、人を惹くことはない。
しかしその功績は決して無視できるものではないため、かなりの地位についていた。
無論、それを好ましく思うものは少ない。
「何が言いたいのだ?」
男は嫌悪感を隠すことなく尋ねる。
ソーマはまるで気にするでもなく兵士に抱えられた瞬を、そして落ちていた真紅の剣 ‐永遠神剣《誓い》‐ を指差した。
「あの少年は《誓い》を抜いた。問題は‘声’を聞いたのか、ということでしょう? もしそうなら、早々にその力を使いこなせるようになってもらわねば困りますからねぇ」
そして不敵な笑みを浮かべる。
「待て、ソーマ。確かに一度はエトランジェがアレを振るった。だが、本来は聖ヨトの頃より王家に伝わる宝剣にして我らが皇帝の証。何処の誰とも知れぬ者の手に再び委ねるのか?」
その言葉に周りの者たちも頷いていた。
誰もがその意見に賛成らしいが、ソーマは全く意に介さない様子で続ける。
「伝承の通りならば他にもエトランジェもがいるはずです。いくら私の部隊でも、エトランジェの相手が務まる自信はありませんよ。それに…」
一旦言葉を止め、下らないといった風に鼻で笑った。
「《誓い》を握るべきはすでに絶えた皇帝などではなく、その力を振るうに値する者ではないですか?」
‘自身が無い’という割には余裕のある様子のソーマだったが、仮にも世界最強と謳われる国で1、2を争う部隊を率いる男の言葉が軽く聞こえるはずが無かった。
特に、己の保身しか考えぬ者達には…。
「ソ、ソーマがそこまで言うのであれば、とりあえずあの者は牢に入れておこう。また暴れられては困る」
急に慌てた1人が兵士を呼び寄せる。
「私は、目が覚めて自分が牢にいたらこの上なく不愉快ですがねぇ」
ソーマはわざと周りに聞こえる声で言う。
瞬は城の中でも特に豪奢に造られた部屋へと運ばれていった。
―同じ頃
森の中
【あなたに最低限知っておいて欲しい事はこれぐらいですね。それ以外の事はいずれお話しましょう】
秋也に‘声’をかけてきた光の羽根 –永遠神剣《真理》- はそう言って話を終えた。
内容は3点。
1.自身と同じく‘永遠神剣’と呼ばれる存在について。
2.ここが秋也のいた世界とは次元を異にする世界であるという事。
3.そしてこの世界において秋也はエトランジェと呼ばれ、神剣を手に戦う者とされている事。
秋也はというと、突然目の前に現れた《真理》にただ言葉を失うしかなかったが、
【今、あなたが置かれている状況を教えてあげましょうか?】
そう言われてわずかに冷静さを取り戻したものの、結局は得体の知れない奴による、理解どころか想像さえも超えた話を追うだけで精一杯だった。
【何か質問は?】
「……」
【大丈夫ですか?】
「……少し…時間をくれ」
絞り出すようにそれだけ言うと、秋也は組んだ手を額に当てて自問自答を始めた。
Q1.たった今聞いた話を信じられるか?
A.NO。「ハイソウデスカ」と信じられる幸せな奴がいるなら、その幸せを俺に分けてくれ。いらねーけど。
Q2.では目の前にいるやたらファンタジーな存在とそいつの話を否定し、かつ現在の状況を端的に説明できる客観的根拠があるか?
A.これもNO。否定の理由は‘信じられない’のみ。状況はよく分からん。つーかありえねぇ、こんな事。
Q3.そもそもこれは現実か?
A.真っ先にNOと言いたい。でも現実とは思えないのに身体の感覚は妙にリアルだ。夢、だよな? 今更だけど。
秋也は顔を上げると真っ直ぐに《真理》を見た。
「俺はこれからどうすればいい?」
【思ったよりも冷静なんですね】
《真理》はどこか嬉しそうな声で答えた。
「別にそういうわけじゃない。これでも結構テンパってるんだ。でも、だからって大騒ぎしても意味は無い。それだけだ」
大体、今の俺は夢と現実の区別さえまともにつかない位だからな。
【ちゃんと受け答えできてるじゃないですか。大丈夫ですよ】
「それはどーも。で、結局俺はどうしたらいい?」
【とりあえずココから南に行った所にラースという町があるのでそこへ行きましょう。それから…】
「何だ?」
秋也は立ち上がりながら尋ねた。
【あなたには私のマスターになってもらいます】
「ますたー、と言うと?」
【要するに、‘私のパートナーになる’という事です】
「相棒ね。まぁいいか。何にでもなってやるよ」
【では】
《真理》、つまり光の羽根はふわりと秋也に吸い込まれて消えた。
秋也は自分の身体を確かめるようにしばらく眺めたり、触ったりした後にポツリと言った。
「それだけ?」
案外ショボいな。
【はい。改めてよろしくお願いします…えっと】
「澤村秋也だ。呼び方は気にしない」
【それなら秋也、と】
「わかった。こちらこそよろしく《真理》」
―ラースの町
秋也たちは町に入ったものの、すでにほとんどの家に明かりは点っていなかった。
そんなに遅くないよな?
時計を取り出してみたが、時間はまだ10時前だった。
とりあえず町中を探し回ってようやく見つけた建物には看板が付いていたが、何を意味するものなのかは分からなかった。
だからすぐに扉を開けるようなことはせずに少し考え込んだ。
何かの店か? 人が寝静まる時間帯という事を考えると…大体想像はつくが何でもいいか、この際。
秋也は扉を開けて中に入った。
そこは酒場だった。
しかし秋也のよく知るおしゃれなバーといった雰囲気はカケラもなく、一言で言うならば‘男たちの溜まり場’だった。
秋也が呆然と立ち尽くしていると一人の大柄な男が近づいてきた。
「いらっしゃい。初めてみる顔だが、歓迎するぜ」
全く理解できない言葉に秋也はまたしてもフリーズするしかなかった。
to be continued
あとがき
瞬にスポットを当てているとはいえ、すでにソーマが登場しました。
あと色々説明っぽい事書いてますが、あくまでも僕個人の解釈であり勝手につけた設定なので、気になったらツッコんでください。
ちなみに本編以外の資料(小説とか)は一切ないのでそれ以上の設定等は知りません、あしからず。