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序章 すべてのハジマリ、日常との別れ
第1話 平凡な日常
―西暦2008年12月8日 AM8:20
校門手前数十メートル
学校に辿り着くためには直前にある坂道を避けて通ることは出来ない。
そしてこの坂が生徒達の通学時、唯一にして最大の障害となっていた。
急、なのだ。
故に遅刻ギリギリの生徒達はそれを元気に駆け上がる。
ちなみに、澤村秋也には走ろうとする気配がまるでない。
他の生徒達を見送りながらのんびりと歩いている。
さらに言えば、走ることでさらに冷たく感じる空気が嫌だった。
それでなくともマフラーで口元まで覆い、手をポケットに突っ込み、ニット帽まで被る‘完全武装’をしていた。
朝のHRが始まるまであと10分。歩きながらため息をついた。
「毎朝のことだってのは分かってる。でも、なぁ…」
秋也は文句を言うが、もちろん誰にというわけではない。
でも、言わずにはいられなかった。
ふと後ろから数人が走ってくるのに気が付いて秋也が振り返ると、
「待ってくれ。そろそろ体力の限界が」
小柄な少女をおぶった少年 -高嶺悠人‐ が前を走る二人に声をかけた。
「ほら悠! もう少しだから頑張んなさい。ここまで来て遅刻なんてイヤだからね」
先を走る少女 ‐岬今日子‐ は悠人に喝を入れる。
が、スピードを緩める気配はない。
「そうだぞ悠人。自分で佳織ちゃんをおぶってくって言ったんだからな」
長身で短髪の少年 ‐碧光陰‐ が急ぐように手でジェスチャーを送る。
こちらも同じく、スピードを緩める気はないらしい。
「おにいちゃん、無理しなくてもいいよ?」
控えめながらも心配そうに声をかけるのは悠人の背に乗る、妙な帽子を被った少女 ‐高嶺 佳織‐だった。
彼らは大体行動をともにしているため、特に何がというわけではないがそれなりに目立つ存在だった。
「いや、ここまで来たんだ。あともう少し」
悠人は最後の力を振り絞るように、わずかにスピードを上げた。
そうして騒がしく秋也の横を通り過ぎていった。
秋也は彼らの背中を見送ると、ポケットから懐中時計を取り出した。
少し古びた時計は遅刻ギリギリの時間を指していた。
確かにヤバそうだ。ま、遅刻したら遅刻したでいいか。
あくびをしただけで変わらないペースのまま歩き続けた。
―同日 AM8:27
教室
何とか時間までに教室に入った秋也は自分の席へと向かった。
「おはよう」
席についた秋也は後ろで窓の外を見ていた少年 ‐秋月瞬‐ に声をかけた。
瞬はチラリと秋也を見ると、また視線を窓の外へと向けた。
相変わらずか。
何者をも寄せ付けない振る舞い。
故に、瞬は校内でも孤立していた。
そして瞬の側にいる事が多い秋也と親しく接する人間もまた少なかった。
HRが終わり、1限目が始まるまでの僅かな時間を各々に過ごしている。
秋也が頬杖をついてボーっとしていると1人の少年が近づいてきた。
「おはよう。アキ」
例外その1、和泉遥。
いつの間にか秋也に絡むようになり、秋也も最初は面倒くさいと無視したりもしたが、今では周りから‘大体いつも一緒’という風に思われる仲になってしまった。
普段からテンションの高い遥が時折暴走しようものなら無言の空気によって秋也にツッコミが要請される事も多く、結構いいコンビだったりする。
「おはよう!」
遥は黙ったままの秋也の顔を軽く覗き込んだ。
秋也は眼鏡の奥で半分ほど閉じた、気だるそうな目で視線だけを向けると鼻で笑った。
「おはよぅ」
「なんだよ、朝からテンション低いな」
「別に。いつも通りだ…それに、遥みたいな俺なんて嫌だろう?」
「まぁ確かに……いや待て。それはオレが嫌って事か?」
秋也は何も答えずにもう一度遥の顔を見てから窓へ向き、軽く溜め息をついた。
「人の話しを聞けー」
言葉に迫力はまるでなく、遥自身特に腹を立てている様子はなかった。
「それはお前だ、和泉」
後ろからの声に驚いて遥が振り返ると教師が立っていた。
「朝から元気なのは結構。だが授業は自分の席で受けてくれ」
「うーす」
遥は速やかに自分の席に戻って行った。
―西暦2008年 12月 10日 PM1:00
廊下
昼休み。
昼食を終え、瞬を探していた秋也は、丁度その瞬と悠人が何やら言い合いをしているところに出くわした。
何の躊躇もせずに2人の間に割って入る。
こんなことが出来る人間はそう多くない。
「何のつもりだ? 澤村」
邪魔だ。
瞬の目はそう語っていた。
「もうすぐ昼休みも終わるし、教室に戻ろう」
秋也は笑顔で瞬の腕を掴む。
しかし、
「それならお前1人で戻ればいい」
すぐに振り払われてしまった。
似たようなパターンを幾度と無く繰り返してきた。
まったく……飽きないねぇ2人共。まぁ、俺も同じなんだけどさ。
秋也は振り返り悠人を見て溜め息をついた。
「秋月先輩……もう…言ってください」
控えめだが、ハッキリとした声が聞こえた。
声の主はいつの間にか悠人の隣に立っていた、高嶺佳織。
そして悠人は俯いたまま黙っていた。
「もう教室に戻らなくちゃいけないから……」
「そうか。佳織がそう言うなら、僕は退こう。貴重な時間をコイツのために無駄にする事もない」
瞬は悠人を一瞥する。
「佳織……僕はいつでも待っているよ」
それだけ言って悠人の横をすり抜け、去っていった。
俺の言うことは全然聞かないくせに。いや、さすがと言うべきかな?
秋也はその背中が廊下の角に消えるのを見届けてから視線を佳織へと移した。
いつも思うが、弱そうに見えても兄貴なんかよりずっとしっかりしてる。落ち着いているし、瞬に堂々と‘もう行ってくれ’、だしな。
しばらく佳織を見ていたがいつの間にか自分を軽く睨んでいる悠人の視線に気付き、わざと自分の視線を合わせてから呆れたようにため息をついた。
「…何か? 睨まれても痛くはないから別に構わないけど、もう少し瞬の前で落ち着いていられないのか? キミは」
「そういうことはアイツに言え。突っかかって来るのはいつも向こうだろ」
「それはもう諦めた。だから今度はキミに言ってみただけだ。あと、瞬がいなくなったからって僕に当たらないでくれるかな?」
早く説教が終わるのを待つ子供のように面倒くさそうな顔をしながら、秋也は悠人から視線を外した。
「何だと」
瞬と対峙した時のように少しずつ悠人の声が荒くなっていく。
佳織が声をかけようとした時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「ただ咆えるだけじゃ何も解決しない。少しは妹を見習うんだな、高嶺悠人クン」
それだけ吐き捨てると、何も言えなくなってしまった悠人を尻目に教室へと戻っていった。
―西暦2008年 12月 12日 PM12:35
またも昼休み。
秋也は今日の昼食場所を探すべく、彼の体格からすると小さめな弁当の包みを持って教室を出た。
直前の授業の後半を眠って過ごしたため、あくびをしながら廊下を歩いていると、
「一緒に昼メシ食おーぜ、アキ!」
後ろから誰かが抱き付いてきた。
「!?」
突然の襲撃に秋也は少し前のめったが、すぐに体勢を立て直して、自分の首に回された腕の主を見た。
「とりあえず放せ、遥。ウゼぇ。それに‘アキ’っつーなって」
「オレにもそっちで呼ばせてくれー。俺たち友達じゃ…っと」
遥は突然言葉を切った。
その視線は前方に向けられていた。
秋也がその先を追うと、整った顔立ちに、快活そうな大きな瞳が印象的な少女が立っていた。
「オレ行くわ」
遥はあっさりと秋也を開放してどこかへ言ってしまった。
秋也はそれを呆然と眺めた後、少女 ‐瀬川ゆき‐ に向き直った。
「何か用ですか? 瀬川先輩」
明らかに声のトーンが下がる。
「先輩言うな。それに敬語も」
例外その2、瀬川ゆき。
秋也達よりもひとつ上の学年だが、彼にとっては校内で唯一自分が素でいられる相手であるため一緒にいる事が多い。
普段色々と‘隠し’ながら生活をしている秋也は人目のある所ではあまり会いたくなかったが、それを一度も口にした事はない。
「怒るなよ、ゆき。で、何の用だ?」
「お昼、アキと一緒にって思ったんだけど」
言いながら自分の弁当の包みを顔の高さまで持ち上げた。
「……」
「イヤ?」
「いやいや。お供しますよ」
「よし、ついて来い」
2人は並んで廊下を歩き出した。
昼食を終えた2人は残った休み時間を過ごすために屋上へやって来た。
他に人はいない。
12月の半ばにこんな場所へ来る者がいないのは当然で、寒さが苦手な秋也はわざわざニット帽まで被っていた。
しかし、他に誰もいない場所を選んで来ているのは秋也自身なのだから文句は言えなかった。
「随分仲良くなったんだね」
秋也の隣に腰を下ろしながらゆきが言った。
「仲良く?」
「あの遥って人。1年ぐらい前だっけ? 最初に声かけてきたの」
「それ位になるかな?」
秋也はゆきの方を向いて首をかしげながら答えた。
「もう知ってるの? コレとか」
そう言いながらゆきは秋也の眼鏡を外した。
秋也は少し驚いた顔を見せたが、何も言わずに辺りを見回し、やはり誰もいないことを確認してからいつも眠そうに半分閉じたような目をスッと開いた。
たったそれだけの事で、彼を取り巻いていたぬるい空気が一瞬で凛としたものへと変わる。
秋也は本来、中性的でキレイな顔をしている。
特にその目元 ‐瞳は切れ長で睫毛も長い‐ がよりその性別を判りにくいものにしていて、背は高いがほっそりとした体型や肩まで伸びた黒髪のせいで今はやや女性的な印象の方が強い。
普段目つきや眼鏡のせいで周りから‘ボーっとした奴’というイメージを持たれている秋也と比べると、‘変装’よりも‘別人’と言った方が正確なほどだった。
「…ったく。不意打ちすんなよ」
怒っている風ではないが、軽くゆきを睨んだ。
それから軽く笑うと、
「たぶん何も知らない、と思う」
言葉を発する事さえ煩わしそうに感じられた秋也の口調は、淡々としたものへと変わる。
「そっか。じゃあ、まだ誘われてるの?」
「たまにな。部の1年がだれてきたとか俺にグチってた時、‘あと半年か’って言った後、すげー何か言いたそうに俺のこと見てたからな」
「それだけ欲しいんでしょ。一途に愛されてるじゃん」
ゆきは意地悪そうな笑みを浮かべて秋也の見た。
秋也はきょとん、とした顔を見せたがすぐに声を上げて笑い出した。
ひとしきり笑ってから、
「あのしつこさを‘一途’か」
と言葉を発してからもまだ笑いが収まらず、ククッと笑い続けていた。
「そんなに笑わないでよ」
「悪い。でもゆきらしいなと思って…っと、そろそろ時間だ。戻ろう」
秋也は立ち上がる。
ゆきはその場から動かずに秋也の顔をジっと見つめていた。
「どうした?」
「大事にしなきゃ、ダメだよ」
呟くようではあったが、ハッキリと秋也に聞こえるように言った。
「何を?」
ゆきが秋也をよく知っているように、秋也もまたゆきの事をよく理解している。
だからゆきが何を言いたいのか予想はできていたが、それでも秋也はあえて尋ねた。
「‘遥’。そうじゃなくてもアキは友達いないんだから」
「その原因は俺だけじゃないような気もするが、まぁ否定はしないさ」
秋也は肩をすくめた。
「それに……あたしがココにいる時間だってもうないんだよ?」
訴えかけるようなゆきの瞳はわずかに涙ぐんでいた。
「ゆき……大丈夫。アイツは大事な友達で、俺はそのためにココへ来たんだから」
秋也は優しそうに笑いかけるとゆきの頭を撫でた。
「でも、心配してくれてありがとう」
「……うん」
ゆきは少し恥ずかしそうに俯いた。
―日常。
―それは何気ない‘今日’の繰り返し。
―明日が今日になり、明後日もまた今日になる。
―だから終わりが見えない。
―でも……
to be continued…
あとがき
いきなり長くてスイマセン、ハルです。
いちから書き直してみました。
非常に遅筆ですが、他のSSのついでにでも読んでいただければ幸いです。
ちなみに、軽く秋也+その他2名のオリキャラの簡単なデータを。
澤村 秋也
身長:183cm 体重:64kg
皮肉屋(確信犯)、周りからは何を考えているのか解らない。
特技:平気(本気)で嘘をつける。
和泉 遥
身長:178cm 体重:68kg
テンション高、皆コイツのペースにのまれていく。
特技:不思議と周りに人が集まる(1人でいることがほとんど無い)。
瀬川 ゆき
身長:158cm 体重:48kg
サッパリとした性格、人気高し(主に同性)。
特技:秋也のことを一番理解している。
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