戦って来た。

 

 この命が擦り切れるまで。

 

 戦って戦って、ここまで来た。

 

 かつてその12翼は、味方にとって希望の象徴であった。

 

 しかし今、その翼は見るからに黒く変色している。

 

 味方を失い、かつての仲間を斬り、いつしか少年の背にある翼は朱に染まり、どす黒く変色していた。

 

 黄昏の丘。

 

 味方の全てを失い、追い詰められた少年は、ここで待っていた。

 

 自分という禍き存在を断ち切る者を

 

 やがて、堆く詰まれた屍の山を踏み越えて、待っていた存在が姿を現しす。

 

 手にした槍は返り血に染まり、瞳は悲しみとも怒りとも付かない色に染まっている。

 

「・・・・・・・・・・・・来たんだ」

 

 待ち侘びた調子の少年の声。

 

 対して男は、幾分苦味を含んで口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・何故だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第18話「希望への篝火を燈せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕と静寂。そして沈黙。

 

 あまりにも重たく、あまりにも突拍子の無い事実に、暫し誰も言葉を告げられずにいる。

 

 硬直したまま、視線だけが見知った少年へと向けられる。

 

 純白の12翼を持つその少年を前にして、あらゆる事象が意味を失ったかのように時の流れを止めている。

 

「どう言う、事かな?」

 

 初めに自らの時を取り戻したのは、ナーリスだった。

 

 言っている事の意味は判る。だが、理解が追いつかない。

 

 レンが、邪神? 4000万年前の戦い?

 

 あらゆる事が、混乱を呼び込んでいた。

 

「レン君が、」

「言った通りだよ」

 

 ナーリスの言葉を遮り、レンは淡々と告げた。

 

 その瞳はいつに無く真剣で、疑問や虚偽の進入を頑なに拒んでいる。

 

「僕は4000万年前に起きた創世記戦争で、あなた達の先祖と一緒に戦った邪神。唯一神との戦いに敗れ、無限回廊の闇の中に幽閉されていた存在だよ」

「馬鹿な!!」

 

 叫んだのはカイネルだった。

 

 その顔も驚愕に彩られ、俄かには信じられない様子がありありと伺われる。

 

「一体、何の証拠があってそのような事を言う!?」

 

 突然現れて驚いたのは事実。こうして向かい合うだけで、肌を直接炙られると感じるほど強大な力を、目の前の翼を持つエターナルが有しているのも判る。

 

 だがそれだけで自分が長き年月を掛けて来た計画を否定される謂れは無い。この誇りに掛けても。

 

 そんなカイネルの瞳を正面から見据え、レンは応える。

 

「証拠は、あなた達が持っている永遠神剣ですよ」

「何?」

 

 思わず自分の《迅雷》を見るカイネル。

 

「《陽炎》、《迅雷》、それに《流泉》に《大牙》。それらはみんな、かつての僕の仲間達が持っていた神剣だよ。あの戦いの時にね」

 

 僅かに郷愁の念が混じった声は、ただ事実のみを告げる。

 

 そんなレンを、ナーリスとカイネルは呆然とした瞳で見据える。

 

 まだ完全には疑いは晴れない。

 

 だが、そのレンの堂々とした態度が、否定する余地を封じていた。

 

「それが本当だとして、」

 

 ナーリスは解けぬ疑問を取り合えず、レンに尋ねた。

 

「どうして、今まで黙っていたの?」

 

 そこが納得行かなかった。

 

 ナーリスがレンに、邪神と、それに纏わる一族の話をしたのはもう大分前の話だ。その間レンがなぜ黙っていたのか?

 

「どうして・・・・・・」

 

 今にも泣き出しそうな顔で、ナーリスはたどたどしく言葉を紡いでいく。

 

 返す言葉を見つけられずにいるレンに、ナーリスは詰め寄る。

 

「どうして、何も言ってくれなかったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「レン君!!」

 

 黙るレンに、苛立つナーリス。

 

 ややあって、重々しく口を開いた。

 

「・・・・・・この大陸の人達は、僕のせいでこんな生活を余儀なくされた。それが、僕には、」

 

 申し訳ない、か、耐えられない、か。

 

 レン自身、一瞬後には続く言葉を忘れてしまった。

 

 言い終える前に、ナーリスの平手がレンの頬を打ったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない光景であった。

 

 神にも等しい力を持つエターナルを、永遠神剣を失い、今や全くの無力と化した少女が叩いたのだ。

 

 その無謀としか言いようが無い行動に、レンは元よりカイネルすら唖然として少女を見守る。

 

 無論、レンにとっては蚊に刺された程度の痛みしか感じない。

 

 だが肉体的な痛みよりも、心の痛みの方が遥かに大きかった。

 

「ナー・・・・・・リス?」

 

 呆然とした瞳を向けるレンに、ナーリスは涙を浮かべた瞳を向ける。

 

「ふざけた事言わないでよ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 当然の叱責だと思った。自分の過去の罪で、4000万年過ぎた今尚、彼女達に労苦を強いているのだから。

 

 項垂れるレン。

 

 だがナーリスの怒りのベクトルは、レンの予想とは全く違う方向を向いていた。

 

「ねえレン君、あたしって、そんな薄情に見える?」

「え?」

「そんな大昔の、誰も覚えていないような事を告白されて友達を恨むような、そんな馬鹿な女に見える訳?」

 

 友達だと思っていた。仲間だと、

 

 その仲間が、今の今まで一番重要な事を隠していた。それが、ナーリスには哀しくもあり、憤りの元となっていた。

 

 レンがそれに対して何か言おうとする。

 

だがその前に、その細い体をナーリスは抱き寄せた。

 

「ナーリス?」

「あたしはエターナルとかじゃないからさ、昔の戦争の事は知らないし、そこでレン君や、あたし達の先祖がどんな気持ちで戦ったのかも判らない。それが結果的に、こんな状況になってる事も理解してる。けどさ、別にそんな事でレン君を軽蔑するような、嫌な人間じゃないつもりだよ」

「・・・・・・・・・・・・ごめん」

 

 謝る言葉は、素直に口を突いた。

 

 結局4000万年前も、そして現在この時も、自分は自分の周りにいる人達を苦しめただけに終わってしまった。

 

 そっと体を離す。

 

 それを待っていたように、今度はカイネルが口を開いた。

 

「君の言っている事が、真実だとしよう」

 

 神妙な口調と、縋るような視線が絡み合い、微妙なバランスで均衡を保っている。

 

 自分が人生を掛けて追い求めてきた理想が、成就直前になってヒョッコリ現れたのであるから、カイネルとしてはどう対して良いのか判らないのが本音なのだろう。

 

 否定する事ができず、さりとて素直に肯定する気にもなれず、

 

 しかしそれでも、自分の撒いた種の結果を収穫したかった。

 

「どうか我々を救って欲しい。我々は4000万年の長きに渡って艱難辛苦に耐え、この極寒の地で生きてきたのだ。今こそその力で我々を救い、間違った歴史を正してくれ」

「カイネル・・・・・・」

 

 そんな幼馴染の様子を、ナーリスは呆然と見つめる。

 

 カイネルにとっての悲願。邪神を復活させ、この大陸の住人を救うと言う理想が、今や手の届く所まで来ているのだ。必死にもなろうというものである。

 

 対してレンは哀しげな瞳をカイネルに向けた後、

 

「・・・・・・無理ですよ」

 

 力無く、首を横に振った。

 

「僕に、そんな力はありません」

「馬鹿な!!」

 

 そんな言葉でカイネルが納得するはずもない。

 

 必死の形相で詰め寄る。

 

「あなたは4000万年前の創世記戦争で唯一神に逆らい、我々の先祖と一緒に戦ったのだろう。ならば、」

「僕があの時唯一神に逆らったのは、」

 

 カイネルの言葉を遮って、レンは言う。

 

「自分達の都合で、多くの世界の、それも罪の無い人々を根絶やしにしようとする、そんな彼のやり方が気に入らなかったからです」

 

 告げるレンの脳裏には、4000万年前のあの日の事が、鮮明に思い出せる。

 

 ノア作戦と命名されたその作戦は、前線にいたレンの全く与り知らない場所で実行された。

 

 大規模な神剣魔法を行使し、反乱が起こった辺境世界郡を一気に水没させ、そこに住む人々もろとも反乱軍を壊滅させようと言う作戦は確かに成功を収め、反乱軍の主力部隊は文字通り全滅した。

 

 しかしその報せを自分の陣で聞かされた時、レンの中で、それまで抱えていた何か大切な物が、音を立てて壊れていくのを感じた。

 

 自分達は帝国の圧制から世界中の民を救う為に剣を取った。その為に戦ったはずだ。

 

 なのに、今自分達がやっている事は、かつて帝国がやっていた事と、何処がどう違うと言うのだ?

 

 最早レンは、唯一神や仲間達の為に剣を取る事はできなかった。

 

「そんな・・・・・・」

 

 全てを聞き終えたカイネルは、ガックリと膝を突いた。

 

「では、では私は、今まで一体何の為に、こんな事をしてきたと言うのだ? 私がして来た事は、一体・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に対する応えは、レンも、ナーリスも持ち合わせていない。

 

 項垂れるカイネルを見下ろす2人。

 

 だが応えは、意外な方向からもたらされた。

 

「無駄・・・だったのですよ・・・・・・」

 

 途切れそうなか細い声。

 

 反応して振り返る先には、ボロボロに傷ついた少女と、それを支えて歩く青年の姿があった。

 

「エレン!!」

「ユウトさん!!」

 

 既に立つ力をも失ったエレンは、ユウトの肩に持たれてようやく歩いていた。

 

 その体からは絶えず金色のマナが流れ出し、その余命が幾ばくも無い事を如実に語っていた。

 

「入り口の所に倒れていたから連れて来たんだ。どうやら、あんたに話があるらしい」

 

 そう言うとユウトはエレンをカイネルの前まで連れて行き、そこで下ろした。

 

 生命力の全てが流れ出てしまった体は座る事すらできずに、カイネルの前で横たわる。

 

「エレン!!」

 

 そんなエレンの体を抱き起こすカイネル。

 

「これは一体、どうした事だ?」

「カイネル様、この度の事は全て、ロウ・エターナル達と騎士長ゼノンの謀でした。彼等は初めから邪神を復活させる気も、この大陸を残す気も無かったのです」

「何だと?」

 

 エレンは今にも消え入りそうな口調で、全てを語っていく。

 

 ロウ・エターナルの企み。エターナルにする事を条件に、ゼノンが彼等の陰謀に協力した事。そしてそれを知った自分を謀殺しに掛かった事。

 

 それら全てを言い終えた後、エレンの体の崩壊は急激に加速していく。

 

「どうやら、お別れのようです、カイネル様・・・・・・最後までお傍に仕える事のできない不甲斐無いわたしを、どうか・・・お許しください・・・・・・」

「エレン!!」

 

 その体を強く揺するが、エレンの意識が急沈していくのを防ぐ事はできない。

 

「駄目だ、行くなエレン!!」

 

 カイネルの必死の叫びも、既に届いているのかどうか怪しい。

 

「お前が行ってしまったら、この先誰が、私を支えてくれると言うんだ!?」

 

 その言葉を聞いて僅かに意識が戻ったのか、エレンは微笑を浮かべる。

 

「ナーリスが・・・います・・・・・・彼女なら、きっと・・・あなた様を拒みは、しないでしょう・・・・・・」

 

 そう言ってから、ナーリスの方を見る。

 

 ナーリスも、自分の頬を伝う涙を止める事が出来なかった。

 

 既に見えていない目でその姿を見て、エレンはかつての幼馴染に笑いかける。

 

「ナーリス・・・・・・カイネル様を・・・頼む・・・お前なら、」

「馬鹿!! そんな事言わないでよ!!」

 

 そう言って、ナーリスもエレンに縋りつく。

 

 その視線はレンとユウトを交互に見詰めるが、2人とも揃って首を横に振る。

 

 最早、どんな回復魔法でもエレンを蘇生させる事はできない。エレンの体には生命力も、それを維持する意思も残されていない。ここまで這って来れたのは、まさに彼女の持つ気力の成せる技であった。

 

「何あんた1人でどっか行こうとしてるのよ!? あたし達3人で幼馴染でしょ。あんたが居なくなったら寂しいじゃない!!」

 

 ナーリスの剣幕を笑って受け流すエレン。

 

 そして、

 

「ごめんね、カイネル・・・ナーリス・・・・・・」

 

 最後の力を振り絞って2人の手を取り、重ね合わせる。

 

「2人・・・とも・・・わた・・・・・・の、ぶん・・・も・・・・・・生きて・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、エレンの体の輪郭が崩れる。

 

 カイネルの腕から重みが消え、ただ空気の感触だけが残る。

 

 かつてエレンだった光の粒子が、ゆっくりと天へ上っていく。

 

 その様をナーリスとカイネルは見守る。

 

 その手は互いに強く握り締められ、これまでの蟠りが全てエレンと共に昇華してしまったようだ。

 

 実際間違いではないだろう。エレンは自分の命と引き換えに、ナーリスとカイネルの間にあった障害を取り除いていったのだ。

 

 その姿を哀悼の意と共に見守る2人のエターナル。

 

 だが幻想の中でも、時間は過ぎていく。それも、致命的なレベルで。

 

「さて、」

 

 その事にいち早く気付き行動を起こしたのは、この中で一番最後に現れて諸々の事情に対する感慨が、他の者よりやや薄いユウトだった。

 

 その手には既に《聖賢》が握られている。

 

「あとはあれを破壊するだけだな」

 

 視線の先にある祭壇。その中にある破断の宝珠は、不気味な鳴動と共に光り輝いている。

 

 聞く限りでは宝珠自体の破壊は不可能かもしれないが、祭壇は一種の命令送信装置、つまりロウ・エターナルが打ち込んだ「世界を破壊する」と言う命令を宝珠に伝える発信機の役割を果たしているはずなので、これを破壊すれば全てが終わるはずだ。

 

 その様子を、レン、ナーリス、カイネルの3人が見守る。

 

 カイネルも真相を聞かされた以上、反対するような事はなかった。ただ一瞬だけ、寂しそうな視線を祭壇に向けて、ナーリスの手を強く握り締めた。

 

 ユウトは《聖賢》を構えて祭壇に歩み寄り、

 

 その進路を人影が遮った。

 

「さ・・・させねえぜ・・・・・・」

 

 息も絶え絶え、その身からは金色の塵を迸らせながら立っているのは、先程ナーリスが倒したはずのゼノンであった。

 

 既に瀕死である事は言うまでもなく、その体は輪郭からして崩れ始めている。

 

「ゼノン、この裏切り者が!!」

 

 口火を切ったのは、カイネルだった。

 

「今更貴様如きが何をしようというのだ!!」

「どきなさいよ。早くしないと世界が!!」

 

 ナーリスも続いて口を開くが、ゼノンは全く意に介さずに、口元に笑みを浮かべて立ち尽くしている。

 

「こんな・・・・・・こんな・・・・・・」

 

 呪詛を吐くような歪んだ口から、どす黒い感情がにじみ出る。

 

「こんな終わり方は、認めねえ・・・・・・」

 

 思わず息を呑む一同を前に、ゼノンは薄笑いを浮かべて睨んでいる。

 

「今更お前程度の奴が何をしようってんだ?」

 

 侮るような口調ながら、それでも油断無く《聖賢》を構えてユウトが前に出る。

 

 ユウト自身、今日の戦いでかなり消耗しているが、それでもエターナルですらないゼノンに遅れを取る事は万に一つもあり得ない。加えてこの場にはレンとカイネルもいる。ハッキリ言ってゼノンの勝機は、全くの掛け値無しにゼロだった。

 

 いかに瀕死とは言え、ゼノンとてその事に気付かないはずがない。

 

 だがゼノンはあくまで余裕を崩さずにいる。

 

「確かに・・・・・・俺じゃあ・・・・・・お前等には・・・敵わねえ・・・・・・」

 

 言っている傍から包囲網を狭める一同。

 

 しかし、次の瞬間、ゼノンは信じられない行動に出た。

 

「だがな!!」

 

 腕を伸ばす。

 

 自身の背後に向かって。

 

「俺にはまだ、これがある!!」

 

 先にある祭壇、その中にある破断の宝珠に向けて。

 

 思わず息を呑む一同。

 

 対してゼノンは狂ったように叫ぶ。

 

「力だ!! 力が欲しい!! 全部を全部、ぶち壊せるだけの力がよ!!」

「よせ!!」

 

 叫ぶユウト。

 

 今、祭壇の中は溢れかえるマナの奔流に満たされている。そんな中に手を突っ込めば、ゼノン自身ただでは済まない。

 

 事実、僅かに残っていたゼノンの体は、猛るマナを浴びて急速に劣化していく。

 

 腕が消え、肩が消え、体が消えていく。

 

 だが同時に、目を疑うような事が起こった。

 

 それまで禍々しいながらも輝きを放っていた宝珠が、毒々しいまでの闇色に染まっていく。

 

 それに伴い発せられる光も黒く変色していく。

 

「これは一体・・・・・・」

 

 唖然とする一同を他所に、完全に音階を踏み外したゼノンの狂笑が地下室に響き渡る。

 

「これだ!! これが力だ!! これこそ力だ!!」

 

 既にその体は原型を留めていない。生じた闇に呑み込まれ同化している。

 

 だが闇の中で何かの気配が急速に成長しているのが判る。

 

 レンは無言のまま弓を取り出す。

 

 どうにも嫌な予感がする。

 

 と思った瞬間、闇の中から出し抜けに延びてくる物がある。

 

「クッ!!」

 

 とっさにそれを斬り払うユウト。

 

 だが植物の蔦を思わせるそれは、後から後から湧いて出てくる。

 

 レンもとっさに矢を放ち迎撃していくが、それでも手数は追いつかない。

 

 そうしている内に闇の中の気配は急速に拡大し、闇もその勢力を拡大していく。

 

「クッ、キリが無い!!」

 

 弓での迎撃が追いつかず、刀を抜いたレンが叫ぶ。

 

 そうしている内にも、闇の手が間近まで迫ってくる。

 

 狭い室内には既に、4人が逃げる場所は存在していない。唯一の出入り口も闇に覆われてしまっている。

 

「レン!!」

 

 迫り来る蔦に剣を振るいながら、ユウトが叫ぶ。

 

「脱出するぞ。頼めるか!?」

「了解です!!」

 

 応えると弓を取り出すレン。

 

 と、同時に振り上げた。

 

 狙うのは天井。脱出口を作るのだ。

 

 放たれる矢は真っ直ぐに天井へ伸び、そこをちょうど円形に貫く。その穴は綺麗に地上まで繋がっているようだ。

 

 まず、退路確保の為にユウトが天井の穴に飛び込む。続いて、ナーリスを抱えたカイネルが飛び出す。

 

 最後にレンが12翼を広げて飛び立った時、闇は脱出口の入り口をのぞいて、地下室全体を呑み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部からの破壊に耐えられず、城が崩壊していく。

 

 折りしも降り出した吹雪の中、崩れていく城を見つめる。

 

 どうにか脱出する事はできたが、一同はその様を呆然としたまま見据えている。

 

 誰もが口を開けず見守る中、不気味に鳴動する音と気配だけが急速に拡大して行くのがわかる。

 

「一体、何が起こるのだ?」

 

 震える声で呟くカイネル。そのカイネルに寄り添うナーリスも、不安に身を震わせている。

 

 一方で2人のエターナル、レンとユウトは厳しい眼差しで、残骸と化していく城を睨んでいる。

 

 この後何が起こるのかは、正確に予知する事はできない。だが間違い無く、ロクでも無い事が起こる事だけは想像できた。

 

 城の外壁が、内側から押し破られ、先程地下室で襲ってきた触手群が顔を出し始める。

 

 緊張が増す中、零れ出た闇の中から何かが這い出してくるのが判った。

 

 次の瞬間響き渡る、この世の物とは思えない咆哮。

 

 思わず耳を塞ぐ一同の目の前に、地下室から這い上がって来る物がある。

 

 その奇怪さ、不気味さ、

 

 果たしてどう表現すれば良いのか?

 

 あえて言うなら、植物と鰐の奇形融合と言って良い。体は巨大な大樹を思わせ、その顔は巨大な鰐。その全高は200〜300メートルはありそうな巨体である。

 

「あ・・・あ・・・あ・・・・・・」

 

 思わず腰砕けになりそうなナーリスを、カイネルが支える。

 

「あれは一体、何なんだ!?」

 

 不気味な咆哮と共に、今にも進行を開始しそうな魔獣を前にして、さしものユウトも息を呑む。

 

 あんな物は見た事が無い。龍なら何度か見た事があるが、それとも明らかに違う。グロテスクさでは数段上を行っている。

 

「多分、」

 

 レンは魔獣を凝視しながら口を開いた。

 

「ゼノンが最後に破断の宝珠に込めたコマンドが働いた結果だと思います」

 

 あの時ゼノンは、力が欲しいと願った。その結果生まれたのが、あの魔獣なのだ。

 

「破断の宝珠は莫大な力を秘めている事から、それを持つ者の願いを確実に成就させます。その為に、太古の昔からその存在を巡って争われ、多くの血が流れてきたんです」

 

 レンは苦い思い出を噛み締めるように言った。

 

 かつて、創世記戦争の折にレンも使った事がある。

 

 その時反乱軍を率いるレンが破断の宝珠を使用した結果、1つの世界が完全に消滅した。そこにいた、かつての同胞達と一緒に。

 

「しかも今、魔獣は宝珠その物も体内に取り込んでいます。複数世界から抽出したマナをその内部に取り込んだ、破断の宝珠その物をです」

 

 その言葉に、誰もが沈黙し戦慄した。

 

 それはまさに、無限の力を持っているに等しいのだ。

 

 だが、

 

「やるしかない」

 

 力強く言ったのは、カイネルだった。

 

 ここは彼の世界。彼が治める領内である。それを守る義務が、彼にはあるのだろう。

 

 不退転の意思を示すカイネルに、レンとユウトは頷く。

 

 何としても止めてみせる。全力をかけて。

 

 レンはナーリスに向き直った。

 

「僕達はあいつを止めに行くから、ナーリスは街に戻ってみんなに事情を話して」

「レン君」

「全力でとめるけど、もし万が一と言う事もあり得るからね」

 

 その時は街の人間には逃げてもらわないといけない。

 

 ナーリスに背を向けるとレンは、純白の12翼を広げる。

 

 勇壮と荘厳と禍々しさが同居したその姿に、魅入るナーリス。

 

 その脇を固めるように、ユウトとカイネルがそれぞれの神剣を手に続く。

 

「行きましょう!!」

 

 今、最後の戦いのベルが鳴った。

 

 

 

 

 

 不気味な咆哮と共に動き出す魔獣。恐らく植物で言うと根に当たる部分が足の役割を果たしているらしく、うねるように動かしながらゆっくりと進んでいる。

 

 どこに進んでいるのか、何を目指しているのか、それすら定まらぬように進んでいく。

 

 植物と鰐を融合したグロテスクな姿は、見る者に不快感を与えて止まない。

 

 その魔獣の存在を許さないように、天空から降り注ぐ光が魔獣の体を直撃した。

 

 衝突と同時に爆発。その一撃を前に魔獣はたじろく。

 

「行かせない!!」

 

 弓を構えたレンが、凛とした口調で言い放つ。

 

 広げられた12翼を羽ばたかせ、一気に接近していく。

 

 手にはした武器は弓から刀に持ち替えられている。

 

 このまま魔獣本体へ斬り込むのだ。

 

 だが接近するレンの存在に気付いた魔獣は蔦の触手を展開して、その進行を阻もうとする。

 

「ハッ!!」

 

 その蔦を切り払うレン。

 

 そこへ、もう1つの影が躍り込む。

 

 《聖賢》を構えたユウトが、無防備になった魔獣に斬りかかった。

 

 鋭い剣閃が魔獣の体に食い込み、一気に切り裂く。

 

「やったか!!」

 

 まず一撃。

 

 そう思った時だった。

 

 ユウトの一撃によって付けられた傷が急速に塞がっていく。

 

 その凄まじい再生力を前に、思わず舌を打つ。

 

 そこへ今度は、その身に雷を纏ったカイネルが突っ込んでいく。

 

「これで!!」

 

 撃ち放たれる雷光の一撃。

 

 第四位の神剣魔法ながら、その枠を遥かに上回る一撃は、触手を数本纏めて断ち切り、魔獣の本体を直撃する。

 

 一瞬、雷光が魔獣の体を駆け抜け、その巨体が痙攣を繰り返す。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 魔獣は何事も無いかのように、再び進行を開始する。

 

「クッ!」

 

 とっさに斬り込もうと、刀を掲げるレン。

 

 しかしその目前に、触手の群れが集結する。

 

 その先端に、

 

 突然「口」が現れる。

 

「なっ!?」

 

 食虫植物を思わせるその口から、光が漏れ出し始める。

 

 とっさに急ブレーキ、翼を羽ばたかせて急上昇する。

 

 一瞬の間を置いて、足元を閃光が駆け抜けていった。

 

 見ると、他の触手も一斉に口を開いて閃光を放っており、その間を縫うようにユウトとカイネルが回避に努めているのが見える。

 

「クッ!!」

 

 レンは弓を取り出すと高速で矢を放ち、群がる触手を撃ち落していく。

 

 しかし触手は次から次へと姿を現し、口を開いて砲撃してくる。

 

 攻撃の速度も威力もレンが上。しかし手数は圧倒的に触手の方が多い。

 

「レン!!」

 

 とっさに援護しようと、ユウトもオーラフォトン・ビームを放つが、やはり押し返すには至らない。そもそも、この触手に限界などあるのだろうか? もし無限に湧いて出るとすれば、こうして撃ち合っているのは単なる時間の無駄と言う事になる。

 

 その事にいち早く気付いたカイネルは、《迅雷》を手に触手を切り払いながら前へ進んでいく。

 

 人の身でありながら、異形の敵を相手にして1歩も引かずに全身を続ける。

 

 だが、拙速な行動にはやはり無理があった。

 

 四方から包囲するように、触手が迫ってくる。

 

 それに気付いた瞬間には、既に回避が不可能な距離まで迫っている。

 

「クッ!?」

 

 ダメージを覚悟した瞬間、

 

 矢の如き速さで駆け寄った2つの陰が、迫る触手を1つ残らず払い除けた。

 

「大丈夫ですか?」

「無理はするな」

 

 カイネルの脇を固めて、レンとユウトが言う。

 

「すまない」

 

 短く謝ると、闘志の衰えぬ瞳で《迅雷》を構え直す。

 

 その目前で天に向かって吼える魔獣。

 

 内部にあるエネルギーは更に膨張を進めているようで、今にも爆発しそうな勢いである。

 

「・・・・・・守っている余裕は、無さそうですね」

「ああ」

 

 疲労の濃いユウトが、それでも眦を上げて睨みつける。

 

 ユウトに残された力は後僅か。その僅かな力で、果たして突破口を開けるか?

 

 《聖賢》を強く握る。

 

 やるしかない。このままこいつの進行を許せば、妊娠中で動けないアセリアにまで害が及ぶ。

 

 それだけは許さない。

 

 主の気迫に剣が答え、スッと光を増す。

 

「レン、俺が突破口を開く。とどめを頼めるか」

「任せてください」

 

 簡潔に頷く。

 

 同時に、ユウトの中にあるオーラフォトンが一気に《聖賢》に向かって収束を始める。

 

 半端な一撃では、奴の体表にかすり傷を負わせるのが精一杯。全力を遥かに超える一撃で吹き飛ばすのだ。

 

 発せられる光が急激に拡大し、視界を白く染め上げる。

 

 隣に居るレンとカイネルにすらユウトの輪郭はぼやけ、直視する事が出来ない。

 

 振り翳される《聖賢》。

 

 その様は、民衆を鼓舞し、希望と栄光の象徴と称えられた古代の王を髣髴とさせる。

 

 その光にたじろいたように一瞬、魔獣の動きが鈍る。

 

 その瞬間、ユウトは剣を振り下ろした。

 

「インフィニティ・レヴォリューション!!」

 

 振り下ろされる切っ先より放たれる閃光の衝撃。高圧縮されたオーラフォトンが奔流と化す。

 

 進路上にある物は、触手であろうと大地であろうと区別無く薙ぎ払っていく。

 

 その光の進撃を前にして、無事で居られる物など存在しない。

 

 全ての触手を薙ぎ払い、光は魔獣へと到達する。

 

 咆哮を上げる魔獣。

 

 体液が飛び散り、その巨体が一気にひしゃげる。

 

 ユウトの一撃は触手を薙ぎ払っただけではなく、魔獣の本体にも深刻なダメージを与える事に成功した。

 

 その気を逃さず、レンが飛び立つ。

 

 その背中の12翼を羽ばたかせ一気に上昇、剣を取り出して構える。

 

 両刃によって形成されたその剣は華美な造りであり、その造形を間近で見れば心奪われる事だろう。

 

 しかし実はこの剣、刃引きされており、切れ味に関しては全くのゼロである。

 

 この剣はレンがとある魔法を使う時の儀式用、あるいはチャージ用の剣で、剣その物に攻撃力は求めなかったのである。

 

 その剣に光が集中していく。

 

 ユウトのインフィニティ・レヴォリューションと光景が似ているが、レンの方は、その体を中心として、12翼一枚一枚から光が伸びている。

 

 高まるオーラフォトン。

 

 一方の魔獣はユウトの攻撃のダメージが未だに残っており、動くに動けない。

 

 その光の中でレンは、魔獣を見下ろす。

 

「受けよ、闇夜切り裂く天空の剣!!」

 

 振り下ろされる光の剣。

 

 同時に光が迸る。

 

「ライトバースト・インパルス!!」

 

 閃光は一気に駆け抜ける。

 

 ユウトのインフィニティ・レヴォリューションほど派手さも威力も無いが、それでも大ダメージを追った魔獣にとどめを刺すには充分な威力を秘めている。

 

 閃光が命中した瞬間、魔獣の首が光と熱によって溶け、更にそれは胴体部分にまで波及していく。

 

 手応えはあった。

 

 光が晴れた時、魔獣の巨体は半分以上が吹き飛ばされ、無惨な骸を晒していた。

 

「やったか・・・・・・」

 

 顎に流れ落ちる汗を拭いながら、ユウトが呟いた。

 

 さすがに息が上がっている。あの技は1日に2回も使えるような類の代物ではない。それを無理やり使ったのだから、こうなるのは当然である。

 

 だが、これで、

 

 視線を向ける魔獣は、その体の大半を吹き飛ばされてピクリとも動かない。これで全て終わったはずだ。

 

 残心を解き、息を抜こうとした。その時だった。

 

 魔獣の体から、奇妙な唸りが上がり始める。

 

「な、何だ!?」

 

 下ろしかけた剣を再び構える。

 

 隣に立つカイネルも異常を察して《迅雷》を構えていた。

 

 爆発的に膨らむエネルギー。

 

 失った箇所を補うように、急速に体組織を再構成していく。

 

「馬鹿な!?」

 

 こちらは全力で攻撃を放ったと言うのに、敵はそれすら上回る回復力を見せようとしている。

 

 再生される前に切り込もうとするユウト。

 

 しかし、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 視界が歪み、平衡感覚があやふやになる。

 

 どうにか足に力を入れて踏み止まるが、それでも視界に起きた縦揺れは収まらない。

 

 ジュリアとの戦闘、レイチェルとの一騎打ち、そしてこの魔獣との戦いと、回復も無しに立て続けに激戦をこなした為、既にユウトの限界は近かった。

 

 再び蠢動を始める触手の群れ。

 

 上空に居るレンもその事に気付き、刀を構える。

 

 だが、

 

 次の瞬間、まるで倍速映像を見るかのように、消滅した魔獣の首が一気に再生した。

 

「は、早い!?」

 

 目を剥くユウト。

 

 その見ている前で、開かれた巨大な顎が発光を始めた。

 

 まずい。

 

 と思った瞬間には、閃光が発せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナーリスは、街へと戻る道をひた走っていた。

 

 《陽炎》を失ったナーリスに出来る事は、最早何も無い。あるとすればレンに言われた通り、この危機を街の人達に伝える事だけだ。

 

 息が上がる。

 

 ここに来て疲労が一気に押し寄せたらしく、体がまるで軋むようだ。加えて今まで《陽炎》の加護を受けて身体能力を強化していた事もあり、その反動で必要以上に体が重く感じるのだ。

 

 だがそれでも、ナーリスは走らねばならない。

 

 今自分に出来る、最善の事をする為に。

 

 その時だった。

 

 出し抜けに、背後で閃光が奔るのが見えた。

 

「ッ!?」

 

 思わず足を止めて振り返る。

 

 閃光は尚も空を染め、ナーリスの目を射る。

 

 あそこでは今も、3人が強大な魔獣を相手に戦闘を繰り広げている。

 

 戻りたい。

 

 戻って一緒に戦いたい。

 

 だが、感情を理性が押さえ付ける。

 

 駄目だ。自分があそこに行っても、出来る事は何も無い。彼等の足を引っ張るだけだ。

 

 だがもしかしたら今あそこで、レンが、ユウトが、そしてカイネルが傷付いているかもしれない。

 

 自分には戦う力が無い。だがそれでも、彼等の手当てぐらいはしてやれるはずなのに。

 

 だが崖っぷちギリギリのところで、ナーリスは思い止まる。

 

 自分には自分の役割があるのだ。

 

 そうしている内に、再び閃光が迸った。今度は、先程よりも大きい。

 

 次の瞬間ナーリスは、理性の戒めを振り切って元来た道を駆け出した。

 

 

 

 

 

 迸る閃光を前にして、

 

 ユウトはとっさに動くことが出来ない。

 

 頭では判っているのだ。だが、消耗が激しいその身は言う事を聞いてくれない。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつも、その瞳はしっかりと前を見据え、脳は常に次の戦術を模索する。

 

 いかなる状況であろうと、必ず逆転の目はある。それを信じて諦めない者に、必ず勝利の女神は微笑むのだ。

 

 次の瞬間、脇から延びた手がユウトの体を支えて飛ぶ。

 

「お前は・・・」

 

 その姿を見て、ユウトは一瞬呆気に取られた。

 

 ユウトを支えていたのは、先程まで彼の隣に居たカイネルだったのだ。

 

 数刻前まで敵として刃を交える関係にあった男の行動に、思わずユウトも感慨深く言葉を失う。

 

「別に、不思議な事でもあるまい。事がこの段に及んだ以上、私達は既に同士と呼んでも差し支えは無いと思うが?」

「そうだな」

 

 魔獣の一撃は凄まじく、周囲の雪原は見渡す限り焦土と化し、一切の生命が根こそぎ奪い去られていた。これがもし、リセンベルの街に降り注いだところを想像すると、背筋が寒くなってくる

 

 カイネルの言葉に苦笑を返しつつ魔獣に向けたユウトの目には、そこへ突っ込んでいくレンの姿が見えた。

 

 右手にはいつもの刀を握り、左手には身の丈よりも大きいクレイモアが握られている。

 

 本来なら両手で扱うべきクレイモアを片手で軽々と振りながら、レンは襲ってくる触手を切り払っていく。

 

 だがそれでも、無限に湧いてくる触手の数に圧倒され押し戻されていく。

 

「クッ!?」

 

 向かってきた触手を切り払い、翼を羽ばたかせて上昇、安全圏まで退避する。

 

 同時に空間のマナに呼びかけ、神剣魔法を発動する。

 

「ストレイト・ランサー、展開!!」

 

 空間に一斉に浮かび上がる、無数の槍。

 

 あたかも軍勢を指揮する馬上の将軍のように、レンは剣を振り翳す。

 

「射出!!」

 

 一斉に奔る槍の大群。

 

 一撃一撃の威力も低く、命中率も弓に比べれば雲泥の差がある。

 

 それでも触手の「数」に対抗する為には有効だろうと踏んで、使用に踏み切った。

 

 案の定、放たれたストレイト・ランサーは、レンに向かって群がる触手を撃ち抜き弾き飛ばしていく。

 

 開いた空間へ飛び込むレン。

 

 手にした刀を投げ捨て、クレイモアを両手で構える。

 

 闇雲に狙って吹き飛ばしても、先程のように再生されるだけ。

 

「なら、これで、」

 

 どうだ。とばかりに剣を突き立てたのは、魔獣の胴体部分。

 

 これだけの巨大な質量だ。必ずどこかに中心となるコアが存在するはず。それを叩かない限り、こいつはどんなダメージを何度食らっても再生してくるだろう。

 

 先程首を吹き飛ばしたが、効果は無かった。ならばコアは、胴体部分にある可能性が高い。

 

 クレイモアを柄元まで魔獣の胴体に突き入れ、そのまま手を離して、自身は離れる。

 

 掲げる掌が、突き刺さった剣に指令を送る。

 

「弾けろ!!」

 

 次の瞬間、剣に内包されたマナが一気に活性化、出口を求めて猛り狂う。

 

 それが限界に達した瞬間、マナが引火、剣その物が一種の爆弾となって魔獣の一部を吹き飛ばした。

 

 威力的には先程のライトバースト・インパルスやユウトのインフィニティ・レヴォリューションより更に劣る。魔獣の巨体からすれば、まさに掠り傷程度のダメージでしかない。

 

 しかしレンの瞳は確実に、撃抜くべき標的を捉えていた。

 

「あれか・・・・・・」

 

 魔獣のコア。それはレンが予想していた物で間違い無かった。

 

 破断の宝珠。

 

 この戦いの発端となった、無限の力を生み出すマナの塊が魔獣に力を与え続けているのだ。

 

 山一つ分に匹敵する巨大なマナ結晶を何周期も掛けて圧縮した結晶体を砕く事は、困難と言うより不可能に近い。だがそれでも、やらなければならない。

 

 弓を取り出して構える。

 

 その時だった。

 

 魔獣の口が開き、先程のように発光を始める。

 

「あっ!?」

 

 まずい。まさかあれほどの攻撃を連続発射可能とは思わなかった。

 

 とっさに障壁を張ろうとするが、間に合わない。

 

 迸る閃光。

 

 だがその前に、遮るように立つ影。

 

「やらせるかよ!!」

 

 既に限界を迎えているはずのユウトが、それでも力を振り絞って障壁を張っている。

 

 そこへぶつかる、光の奔流。

 

 ユウトの残り僅かなオーラフォトンで生み出した障壁は軋みを上げる。

 

 だがそれでもユウトは、限界を超えて更にもう1つ、魔法を行使する。

 

「マナよ、光の奔流となれ。彼の者を包み、究極の破壊を与えよ!!」

 

 命すら削る勢いで詠唱。生じた光を残さず魔獣に叩き付けた。

 

「オーラフォトン・ノヴァ!!」

 

 既にインフィニティ・レヴォリューションを撃つだけの体力もオーラフォトンも残っていない。事実上これがユウトの最後の、そして最大の一撃となる。

 

 しかし魂をも込めたような一撃でも、一時的に魔獣の力を押し返すのが精一杯であった。

 

「クッ!!」

 

 レンは舌打ちすると、全ての力を失い立っているのもやっとの状態になったユウトを抱えて飛ぶ。

 

 やがて一瞬の間を置いて、2人が居た場所を閃光が呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 どうにかカイネルの居る場所まで後退してきたレンは、そこでユウトを下ろした。

 

 魔獣はといえば、変わらずに雄たけびを上げている。

 

 レンの攻撃もユウトの最後の一撃も、結局は何の効果も無いまま終わってしまった。

 

「大丈夫ですか、ユウトさん?」

「ああ、何とかな」

 

 そうは言ったものの、ユウトの息は荒い。今すぐに倒れてもおかしくは無い状態だ。

 

「何で、あんな無茶を」

 

 助けてもらった事には感謝するが、ユウトの行動はあまりにも無謀に見えた。

 

 そんなレンの抗議に対しフッと笑うと、ユウトは木の幹に疲れた体を預けた。

 

「・・・・・・俺には、とある友人がいてな」

 

 まるで懐かしむように、ユウトは語り出した。

 

「そいつは、とことん不器用で、普段は素っ気無い振りをしているしているくせに、本当は心の奥底で誰よりもみんなの事を考えている。そういう奴だった」

 

 レンとカイネルは、黙ってユウトの言葉を聞いている。

 

「そいつは戦い方まで不器用でな。いの一番に最も危険な戦場に飛び込んで行って、自分の大事な物を守る為にボロボロに傷付くまで戦って帰ってくる事もよくあった」

「ユウトさん・・・」

「判るか? 俺達に今必要なのは、多分そういう戦い方なんだと思う」

 

 ユウトにはユウトの思いがあって、この場に立っている。その思いが先程の無謀な攻撃に繋がっていると言う事か。

 

「そうですか」

 

 レンは納得して頷いてから、それでも抗議の意味を込めて真紅の瞳を向ける。

 

「でも、これ以上無茶しないでください。ユウトさんに何かあったら、僕はアセリアさんに向ける顔がありません」

「そうだな。すまない」

 

 そう言って苦笑する。

 

 話が纏まったところで、

 

「さて、これからどうする?」

 

 カイネルが切り出した。

 

 魔獣はなおも咆哮を続け、その速度はゆっくりながら進行を続けている。

 

 エターナル2人の猛攻を受けたにも関わらず、魔獣はダメージを受けた様子も無い。傷口も綺麗に塞がっていた。

 

「どうしましょう?」

 

 レンも途方に暮れたように唱和する。

 

 実はレンは、まだ全てのカードを切ったわけではない。まだいくつか、隠し玉を持ってはいる。しかしこれ以上はまさしくジョーカー級であり、レン自身、太古の昔から滅多に使わないようにしてきた物だ。

 

 正直、使いたくは無い。使えばただでは済まない可能性が高いが、しかし既に選べる選択肢の幅は狭くなってきている。

 

 ユウト同様、レンも消耗が蓄積してきている。この姿も、いつまで維持できるか判らない。

 

 あと一撃。それに賭けるしかない。

 

 意を決する。

 

 出し惜しみをしている場合でない事は、最早考えるまでも無い。

 

「カイネルさん、まだ行けますか?」

「無論だ」

 

 かつてレンと共に戦った騎士の末裔に当たる青年は、力強く頷く。

 

 次いでレンは、ユウトに目を向ける。

 

「少しきついが、援護くらいならできるさ」

 

 そう言って、こちらは力無く、それでもしっかりした足取りで立ち上がる。

 

 まだまだ、闘志は衰えていない。

 

 しかし、既に戦端を開いた頃に比べて勝機は遠のいている。

 

 敵のウィークポイントは掴んでいるのだから、あとはそこを突けば良いだけ。だが今となっては、それが可能かどうか。

 

 その時だった。

 

 3人の背後の茂みが鳴り、そこから人影が飛び出してくる。

 

「みんな無事!?」

 

 飛び出してくるなり第一声を発するその人物に、一同は目を丸くした。

 

「ナーリス!?」

 

 まさか、なぜ彼女がここに?

 

「街に行ったのではなかったのか!?」

 

 他の2人よりも早く、カイネルが駆け寄って問い詰めるように尋ねる。

 

 実際、カイネルは焦燥にも似た感情を抱いていた。

 

 危険な目に合わせたくないと思って戦場から遠ざけたと言うのに、その彼女が自分の意思でノコノコ戻って来るとは。

 

「ごめん、でもみんなの事が心配で・・・」

「見ての通り、皆無事だ。だから早く君は戻るんだ」

 

 急かすように背中を押すカイネル。

 

「でも・・・・・・」

「私はエレンを失った。この上、君まで無為に失う事には耐えられない」

「・・・・・・カイネル」

「頼む。この場は必ず私達が抑える。だから君は、街の者達を連れて早く逃げてくれ」

 

 かつての、まだ自分達を幼馴染として互いを認めていた頃のように、真摯な言葉でナーリスを諭すカイネル。

 

 その静かな、それでいて強い言葉を前に、ナーリスは頷きを返そうとした。

 

 だが、

 

「待って」

 

 その手をレンが掴んだ。

 

 遮る言葉と行動に、ナーリスは動きを止めて振り返る。そんな彼女に、レンは縋るように寄る。

 

「・・・・・・手伝って欲しいんだナーリス」

「え?」

 

 その言葉に、3人とも耳を疑った。

 

「ちょっと待つんだ」

 

 真っ先に反応したのはカイネルだった。

 

「彼女にはもう神剣はないのだぞ。それをどうしようと言うのだ?」

「その通りだ。ここは俺達だけで何とかした方が良い」

 

 ユウトもカイネルに同意する。

 

 戦えない者を置いておけるほど、戦場は既に余裕がなくなってきている。そんな場所にナーリスを留め置く事は危険極まりない行為である。

 

 一分一秒でも早くナーリスを遠ざけたい2人を差し置いてレンは、ナーリスを真っ直ぐ見詰めて言う。

 

「ナーリス。僕は前に言ったよね。《陽炎》の剣を持つ者なら、例えどんな困難に突き当たっても、決して挫けないって」

「でもレン君、《陽炎》はもう・・・」

 

 折れてしまった。

 

 哀しげに呟くナーリス。

 

 そんなナーリスに、ニッコリと微笑みかけるレン。

 

「大丈夫」

「え?」

「君が戦う意思を失わない限り、剣はきっと応えてくれるよ。ほら、」

 

 そう言うとレンは、虚空に手を翳す。

 

 その手に集まっていく、マナの光。

 

 光が形を成し、やがて収束する。

 

 その中から現れる、一振りの剣。

 

「これって!?」

 

 驚きの声を上げるナーリス。

 

 握り慣れた柄に、適度な全長、そして緋色の刀身。

 

「《陽炎》!?」

 

 地下室の戦いで失われたはずの愛刀がそこにあった。

 

 神剣複製。

 

 レンの持つ魔法の1つで、一度見た永遠神剣を複製する事が可能となる。もっとも、諸々の制約が大き過ぎるため、レン自身は滅多に使う事が無い。しかしナーリスの《陽炎》は第七位という、神剣の中でも低位に位置している為、完全に能力を再現しつつ長時間の現界が可能となる。

 

 剣を差し出すレン。

 

「戦って、ナーリス」

 

 促されるまま、複製された《陽炎》を手に取る。

 

 かつて握っていた時と同じ感触、そして力強い息吹が掌に伝わってくる。

 

 構える。

 

 戦意が、否が上にも高まる。

 

 まだ、戦える。

 

 自分にはまだ、出来る事がある。

 

 その想いは、ナーリスを奮い立たせるのに充分だった。

 

「行こう、これが最後だ!!」

 

 レンの言葉に、一同は頷く。

 

 次の瞬間、4つの影が魔獣へと飛び掛った。

 

 

 

 

 

 先陣を切ったのはナーリスだった。

 

 まるで今まで戦えなかった戦意を全てぶつけるように、緋色の刀身を翳して切り込む。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ナーリスの意思に応え、紅蓮を迸らせる《陽炎》。

 

 たとえその現界が仮初であったとしても、かつての自分の主と共に前へと進んでいく。

 

 群がる触手を炎で薙ぎ払うナーリス。

 

 その横に立ったカイネルも、雷光を振るって触手を寄せ付けない。

 

 その視線が、ナーリスとぶつかり合う。

 

 2人同時に、少し照れくさそうに笑みを浮かべた。

 

 つい先程まで、互いにぶつかり合う事だけが解へと至る道だと信じていた2人。

 

 だが今2人は、同じ目標に向かって剣を振るっている。

 

 これは、先に逝ったエレンがもたらしてくれた物だ。彼女が居てくれたから、2人はともに戦う道を選ぶ事が出来た。

 

 彼女の為にも、この戦い、決して負けられない。あんな魔獣に、良いようにはさせない。

 

 炎と雷の競演は続く。

 

 だが、そんな彼女たちの奮戦を持ってしても、触手全てを叩き落せるわけではない。

 

 2人の迎撃を掻い潜った触手の群れが、一斉に襲い掛かってくる。

 

 だがその触手は結局、標的を捉えるには至らない。

 

 その前に駆け抜けた閃光が、全てを一瞬で切り伏せた。

 

「舐めるな!!」

 

 着地したユウトが呟く。

 

「たとえ限界を迎えても、まだ剣を振るう事は出来る!!」

 

 今だ衰えぬ剣閃は、群がろうとする触手の存在を許さず、切り伏せていく。

 

 魔獣の注意を自分たちに引き付け、同時に抵抗力を削ぐ。

 

 最後の切り札を行使する為の前提条件を整える為、3人は各々の剣を振るう。

 

 そして、

 

 彼等の上空を、その切り札を持つ少年が駆け抜けていく。

 

 12翼を広げたレンは、凶悪な表情を持つ魔獣目掛けてまっしぐらに飛翔する。

 

 触手の大半は、地上にあるユウト達が引き受けてくれている為、レンに向かって来る物はほとんど無い。

 

 魔獣本体を目指しながら、レンは思う。

 

 もし、4000万年前の戦いで自分が唯一神に反逆などしなかったのなら、今日のこの戦いは起きなかったのだろうか?

 

 考えてみても、答えは出ない。

 

 あの時自分がやらなくても、いずれ誰かが同じ事をしただろうと思う。だいいち、今回の戦いの発端はロウ・エターナルの計画にある以上、レンの過去の行動とは無関係のようにも思える。

 

 ただ、これだけは言える。

 

 自分の行動のせいで、ナーリスやカイネル、そして彼女達の先祖が長きに渡って苦難の道を歩んできた事。これだけは否定のしようも無い。

 

 だからこそ、レンは飛ぶ。

 

その悲劇の歴史に終止符を打つ為に。

 

 その手に刀を取り出して握る。

 

 最早ワンチャンス。それを逃せば勝機は無い。

 

 その時、魔獣の巨大な口が三度開く。同時に、口腔内が発光を始める。

 

 狙うのは、自分に向かってくるレン。一撃の下に葬ろうと言う算段らしい。

 

 対してレンも刀を構える。

 

 だが、その心の内には若干の焦りがある。自分にはもう余裕が無い。次の一撃で正真正銘最後である。

 

 だが、その射程距離までは、まだもう少しあるのだ。

 

 ここでジョーカーを切る事はできる。だが、今のままでは仕損じる可能性もまたある。

 

 逡巡しかけた、その時、

 

「頭上げて、レン君!!」

 

 下から発せられる鋭い言葉。

 

 言われるままに反応し、高度を上げるレン。

 

 その瞬間を逃さず、ナーリスは特大の火球を作り上げて放つ。

 

 駆け抜ける火球は、狙い違わず魔獣の口内を直撃する。

 

 次の瞬間、レンの目の前で大爆発が起こる。

 

その一撃により、魔獣の顔は口の周りが大きく吹き飛ばされ、無惨な姿を晒している。

 

 ナーリスの力だけではこうは行かなかっただろう。だが砲撃のチャージ中だった事が災いし、集中させたエネルギーが火球に反応して誘爆を引き起こしたのだ。

 

 予想不可能な事態に、さしもの魔獣もうろたえたように動きを止める。

 

「今だ!!」

 

 レンは一気にフル加速、魔獣に最接近する。

 

 それを見守る、地上にある3人。

 

「レン」

 

 感慨深く、ユウトが、

 

「レン!!」

 

 期待を込めてカイネルが、

 

「レン君!!」

 

 万感の想いを込めてナーリスが見詰める。

 

 手にした刀に残ったオーラフォトンを全て注ぎ込み、構える。

 

 一個の太陽が誕生したと思えるほどの目が眩む光を振り翳す。

 

「我が剣は、星をも薙ぎ払う一撃!!」

 

 それはかつて、世界を1つ、一撃の下に荒廃させた剣。

 

 レンをして、その威力に恐怖を抱かせ、厳に使用を戒めている剣。

 

「必殺!!」

 

 今この瞬間、レンは戒めを破りジョーカーを切る。

 

「星断の太刀!!」

 

 振り下ろされる刃。

 

 迸る閃光。

 

 瞬く光が、星々の煌きを髣髴させる。

 

 空間その物を薙ぎ払う一撃を前にしては、あらゆる防御が無意味と化す。

 

 斬撃は一瞬で大地を焼き、駆け抜ける。

 

 魔獣の巨体は裂け、一気に両断される。

 

 そして、その中の核。破断の宝珠に達する。

 

 次の瞬間、宝珠は真っ二つに切り裂かれ、砕け散る。

 

 それと同時に、魔獣の体も金色の塵に変わって行く。

 

 徐々にその姿を消していく魔獣。

 

 その光景を見て、

 

「・・・・・・勝・・・った?」

 

 ナーリスがポツリと呟く。

 

 それを肯定するように、マナの塵が流れる早さが加速、一気に魔獣が消えて行く。

 

 最早、疑いようも無かった。

 

「勝った・・・・・・勝ったよ!!」

「あ・・・ああ・・・・・・」

 

 あれほど凶悪な魔獣を、ついに討ち果たしたのだ。

 

 ナーリスは、未だに信じられないといった顔をしているカイネルの手を取り、跳ね回っている。

 

 その横に立ったユウトが、苦笑を浮かべて息を吐いている。

 

 そんな彼等の前に、12翼を広げたレンがゆっくりと舞い降りてくる。

 

 全てを出し尽くしたその体は疲れ切っているが、それでも表情には笑顔がある。

 

 地上まであと1メートル程となった頃だろうか?

 

 レンの背中を覆っていた12翼が、光の粒子となって弾ける。

 

 限界だったのだ。

 

 役目を終えた翼は消え、形成していたマナもまた塵となって散っていく。

 

 そして、

 

 翼を失ったレンの体は1メートルの高さから落下する。

 

「と!? ととっ!?」

 

 大した高さではないとは言え突然だった為、レンはバランスを崩す。

 

 それでもどうにかバランスを取り戻し、レンは雪原に足を付く。

 

 だが、そこまでだった。

 

「レン君!!」

「わっ!?」

 

 次の瞬間、その首にナーリスが飛びついた。

 

「な、ナーリス!?」

 

 とうとう支えきれず、レンはそのまま雪原に倒れ込んだ。

 

 そんなレンに構わず、ナーリスはまくし立てる。

 

「やったよレン君!! あたし達勝ったよ!!」

「そ、そうだね・・・」

 

 やや引き気味に答えるレン。

 

 その視界の向こうで、顔を見合わせながら肩を竦めているユウトとカイネルの姿も見える。

 

 いや、そんな所で意気投合してないで助けて欲しい。

 

 そう言おうとした矢先、

 

 レンは急激に起こった、その変化に気付いた。

 

 

 

 

 

 そして、決戦に終止符が打たれたその頃、もう1つの戦いも終わりを告げようとしていた。

 

 しじまを切り裂くように、赤ん坊の泣き声が響く。

 

 生命誕生を宣言する、高らかな象徴。

 

 ベッドの上に横たわるアセリアは、疲弊しきって荒い息を吐いている。

 

「良くがんばったね」

 

 と、こちらも疲弊の際にあるメヴィーナが言う。

 

 そしてその手には、

 

 たった今産まれたばかりの、

 

 赤ん坊が抱かれていた。

 

「ほら、元気な女の子だよ」

 

 自らの存在を主張するように元気いっぱいに泣き声を上げる赤ん坊は、誕生前の無数のトラブルなど知らぬげな姿を見せている。

 

「あか・・・ちゃん・・・・・・わたしと・・・ユウトの・・・・・・」

 

 今にも消えてしまいそうな意識を総動員して、ようやく産まれた我が子を慈しむ目でアセリアは見詰める。

 

 目はまだ開かれておらず、顔は皺くちゃ。しかし、僅かに生えた髪は蒼く、間違い無くアセリアの子供である事を示していた。

 

 その横に座ったフェルゼンは、一仕事の後の一服をと思って煙草を取り出し、すぐに母子の健康を思って引っ込めた。さすがにそれくらいの倫理観は持ち合わせているようだ。

 

 赤ん坊はすぐさま産湯に入れ、その体を綺麗に洗っていく。

 

 その時だった。

 

「た、大変だよ!!」

 

 突然扉が開き、ロミナが駆け込んできた。

 

 彼女は産まれた赤ん坊にすら気付かないほど慌てふためき、何かを訴えようとしている。

 

「あ、あの、あのね!!」

「落ち着きな、一体どうしたいんだい!?」

「と、とにかく、窓!! 窓!!」

 

 要領を得ない。フェルゼンもナーリスも、そしてアセリアですら怪訝な顔をしつつ、それでも手持ち無沙汰だったフェルゼンが窓を開いた。

 

 そこには、

 

「これは!?」

 

 信じられない光景が広がっていた。

 

 本来なら白一色であるはずの光景。

 

 その光景が急速に解凍し、その下から緑の光景が広がっていく。

 

 同時に気温も緩やかに上昇して行くのが判る。

 

 木々や地面には緑が萌え、今にも鳥の囀りが聞こえて来そうだった。

 

 その光景に、誰もが唖然とする中。

 

 誕生したばかりの女の子の泣き声だけが元気にこだましていた。

 

 

 

 

 

第18話「希望への篝火を燈せ」     終わり