振り下ろした刃は、見覚えのある槍によって止められた。

 

 別に驚きはしない。彼らならきっと、自分の行動を止めに入るだろうと言う予感があった。

 

 とは言えこれで、少年の目論みは失敗に終わった。

 

 ノア作戦の影響で回復しきっていない今なら、王を討ち取る事も容易いと思ったのだが、その考えは他ならぬかつての相棒の手によって阻止されてしまった。

 

「・・・・・・どう言う心算だ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 男の質問に、少年は答えない。

 

 ただ次の一手のみを、静かに模索する。

 

「どう言う心算かと聞いている!?」

 

 声を荒げる男の槍を弾きながら、少年は後退した。

 

「どうもこうも無いよ」

 

 刃の切っ先を、男に向けた。

 

 その背から光が漏れ、ゆっくりと純白の12翼が開いていく。

 

「もう、あなた達のやり方にはついて行けないって事。ただ、それだけの話だよ」

 

 静かに告げると同時に、剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

 

第17話「告げられるその真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況はそれでもどうにか、進んでいた。

 

 秒を追う毎に、苦悶を増していくアセリアを見やりながら、それでもメヴィーナはかつての経験者として新たな母親になろうとしている少女を励ます。

 

「ほら、もう少しだから、がんばりな!!」

 

 その声が聞こえているのか、あるいは既に聞こえていないのか、アセリアは口に含んだ布の奥からくぐもった呻きを返すのみである。

 

 その女性のみが経験し得る痛みを知っているだけに、メヴィーナには励ます以上の事をしてやれる余地はない。

 

 一方で、出産を補助する立場にあるフェルゼンもまた、徐々に増大する負担に耐えていた。

 

 時間を追う毎に、アセリアの中から湧き上がってくるオーラフォトンの量が増大していくのが判る。

 

 何と言う力だ。

 

 フェルゼン自身、かつては戦場で勇を振るった事もある為、エターナルとしての力には多少の自信があった。

 

 しかし赤ん坊である為力の制御が全く出来ないのであろうが、この子はそのフェルゼンすら圧倒していた。

 

 飛びそうになる意識を、頭を振って引き戻す。

 

 額から流れる汗を、拭う余裕すら無い。既にアセリアよりも先に、フェルゼンが限界だった。

 

 だがそれでも、目の前で必死に戦っている母親を無視して自分1人が戦線離脱と洒落込む訳には行かなかった。

 

 腹を据えるか。

 

 口の中で独り言を呟くと、気合を入れ直す。

 

 経験と計算から言えばあと1〜2時間。

 

 それくらいが正念場だった。

 

 

 

 

 

 2人のエターナルと3人の神剣使いは、互いに祭壇を挟んで向かい合う。

 

 既にその戦場はマナによって汚染しつくされ、呼吸すらも困難となりつつある。

 

 それでも5人は、その生き地獄とも言うべき中にあって平然と佇む。

 

「・・・・・・来たんだね」

 

 哀しげに、そして諦念を混ぜてカイネルが口を開いた。

 

 その言葉を前にして、ナーリスが前に出る。

 

「ええ、あんたの愚行を止めにね」

 

 抜き放たれた《陽炎》の切っ先を3人に向ける。

 

「カイネル、お願いだから、こんな馬鹿な事はやめて。仮に邪神なんか復活できたって、それであたし達の何が変わるって言うの?」

「今まで虐げられてきた惨めな歴史と、これから連綿と続く苦難の未来がだ。私達は何としても、ここで間違った歴史を取り戻さなくてはならない」

 

 静かだが力強い口調が、ナーリスを圧倒する。

 

 信念の有無だけで、人にはこうまで圧倒的な差が出るものなのだろうか?

 

 しかしそれでも、ナーリスは心に生じた怯みを抑えて前に出る。

 

「でも、それで無関係な人達を殺してしまうなんて、絶対に間違ってる!!」

「私は何も、自分が正しいなどと思った事は、この10年で一度も無い。後世の人間に大罪人と罵られようとも、我が子供達に未来と希望を託せるならば、この身が100度、地獄の業火に焼かれようとも後悔は無い」

「カイネル・・・・・・」

 

 かつての幼馴染の尋常でない信念を前にして、ナーリスは絶句を禁じえない。

 

 そんなナーリスに、カイネルは語り始めた。

 

「全ては約4000万年前。神々の戦った戦争で、私たちの一族は邪神が率いる軍に加わった。それが全ての間違いの始まりであったとするならば確かにそうだろう。だがそれ以後、これほど長きに渡って不当な扱いを受けねばならない理由は無いはずだ」

 

 カイネルが放つオーラフォトンに反応し、腰の《迅雷》が僅かにスパークを放っている。

 

 その様に怯えるように《陽炎》も明滅を繰り返す。

 

「我等に罪があると言うのなら、今の今まで我等を不当に、この極寒の世界に幽閉し続けた唯一神にも罪があると言えるだろう。故に私は、その負債を一気に返そうとしているだけだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 最早、この幼馴染の青年が言葉では止まらない所まで行ってしまった事を、ナーリスはしっかりと感じていた。

 

 残る手段は1つ。実力を持ってその目を覚まさせてやる以外に手立ては無い。

 

「レン君」

 

 傍らで成り行きを見守っていたエターナルの少年に声を掛ける。

 

 レンは頷くと、その手に弓を取り出した。

 

 まず第一義的に祭壇を破壊する。それが作戦の基本方針である。それさえ成れば、勝利条件は満たされるのだ。カイネルやロウ・エターナルの事はその後で考えれば良い。

 

 それぞれの得物を構える2人。

 

 だが、

 

「させん!!」

 

 こちらが考える事は向こう、特にロウ・エターナルでも部類の戦略家に数えられる《逆鱗》のタウラスにとっては容易く見通す事が出来た。

 

 一足の跳躍で降り立つ前には、弓を構えた少年。

 

「クッ!?」

 

 とっさに矢を放とうとするが、その前にタウラスの腕が虚空を薙いだ。

 

 次の瞬間、目の前に広がる異空間。

 

「あっ」

 

 短い声と共に、少年は歪められた光景の中に飲み込まれていく。

 

 やがてそれが完全に消失した時、目の前にはレンも、そしてタウラスの姿も存在しなかった。

 

「レン君!!」

 

 声を掛けるが、当然その場に無い者の返事もまた無い。

 

 この場にあっての最大の戦力は異空に呑み込まれ、手の届かない場所へ連れ去られてしまった。

 

「クッ!?」

 

 軽く舌打ちすると同時に、手元の剣に炎を煌かせるナーリス。

 

 次の瞬間、地下室を燃やし尽くさんとする炎が一点に凝縮し、火球を形成する。

 

 その迅速な攻撃を前にゼノンも、そしてカイネルもとっさに対応できない。

 

「イッケェェェェェェ!!」

 

 気合充分な叫びと共に放たれる炎の標的はカイネルでもゼノンでもない。

 

 彼等の前に鎮座する、破滅を呼ぶ祭壇。

 

 地下室に生じた小規模な太陽は標的に向けて真っ直ぐに飛翔し、

 

 そして掻き消された。

 

「なっ!?」

「無駄だよ」

 

 静かに、カイネルが告げた。

 

 まるで哀れむかのような口調は、真実のみをただ伝える。

 

「当然、その祭壇には相応の防御結界が張られている。エターナルクラスの力でないと傷も付けられないほど強力な物がね。勿論、私やゼノンの力を持ってしても破壊する事は不可能だ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ナーリスは唇を噛んだ。

 

 初めレンが連れ去られた時、敵は単にこちらの戦力を削ぎに掛かったのだと判断した。しかし実際は違った。彼等の目的は、初めからこちらのエターナルをこの場から引き離す事にあったのだ。これでこちらは事実上、祭壇の即時破壊は不可能となった。

 

 レンはタウラスに連れ去られ、ユウトはレイチェルと交戦中。

 

 これでは当初の想定と逆。仮にナーリスがカイネルとゼノンの排除に成功したとしても、祭壇が破壊できなければ作戦目的が達せずに戦略的敗北を喫してしまうのは必定であった。

 

 しかしそんなナーリスの想いを他所に、2人の神剣使いが動く。

 

 身を硬くし、緊張するナーリス。

 

「始める前に、1つ聞いておきたい。エレンはどうした?」

「え?」

 

 突然の質問と今1人の幼馴染の登場に、とっさに意図を理解できないナーリス。

 

「知らないわよ。あんたと一緒に居たんじゃなかったの?」

 

 緊張のあまり感じなかったが、ナーリスは今の今までエレンがこの場に居ない事を疑問には思っていなかった。あるいは、カイネルを含めて幼馴染とは戦いたくないという願望が精神に作用し、意識野の外に追い出していたのかもしれない。

 

 対してカイネルは、そんなナーリスの反応に対し1つの溜息と共に全てを諦念の彼方へ追いやった。

 

 そうか。エレンは人知れず逝ったか。

 

 エレンを害したのはナーリス達ではないし、彼の部下たる兵士達はその全員が大なり小なり傷こそ負っているものの、エターナルたちの奮戦で生きながらえている事など、神ならぬカイネルには推察のしようがなかった。

 

 ゆっくりと《迅雷》を抜き放つ。

 

 同時に傍らのゼノンも《大牙》を構える。

 

「判った。では、始めよう」

 

 厳かに、それでいて確たる決意の名の下に、開戦のベルは鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吸い込まれるような感覚と共にレンは、自分が別の空間へ引き込まれた事を悟った。

 

「・・・・・・やられた」

 

 こちらが祭壇破壊を目論んでいるのと同様、敵がそれを防衛するのを第一に考えているであろう事は想定してしかるべきだった。

 

 身を起こし、周囲に目を走らせる。

 

 一面に広がる闇の中に瞬く星々が視界を覆っている。

 

 どうやら足を付く事が出来る辺り、通常の亜空間ではなく、何か後天的に人の手によって作られた空間である事が推察できる。

 

 しかし、今問題すべきはこの空間の構成要素ではない。

 

 これでは当分の間、レンは外の戦況に干渉できない事が確定したようなものだ。

 

「まずったな・・・・・・」

 

 軽い舌打ちと共に繰り出された言葉には、多分な苦味が込み上げて来るのを感じた。

 

 とにかく、何とか戻らないと。

 

 そう思い立った時だった。

 

「行かせると思うか?」

 

太く低い声を前にして、レンの体は硬直を余儀なくされる。

 

 重々しい足音と共に、巨大な影が向かってくるのを感じた。

 

 こらす視界の先から現れる巨躯の男。

 

 その身より発せられる殺気と共に見れば、倍にも見えるその体は、華奢なレンと比して5倍は大きくなる。

 

 《逆鱗》のタウラス。

 

 その身には既に全身鎧が覆われ、万全の戦闘体勢を示していた。

 

「貴様を元の空間に戻すわけにはいかん。ここで消滅してもらうぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 告げられる宣戦文に、レンは無言のまま刀を創り出して構える。

 

 過去2度、ぶつかった際には相手に対して有効打を浴びせる事はできなかった。

 

 しかし今、この男を倒さない限り、この空間を脱する事は叶わない。

 

 勝てるか? 果たして・・・・・・

 

 逡巡の間を与えられたのは、僅かに一瞬。

 

 思考は突進によって中断させられた。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 鉄塊がそのまま突進してくるような質量感に、思わず怯むレン。

 

 その間にタウラスは、自分の間合いの中にレンを捉えてしまう。

 

 振るわれる剛拳。

 

 一瞬にして空間その物が叩き潰されたかのような感覚とともに、レンの前をタウラスの腕が通過していく。

 

 間一髪。下手をすれば自失したまま致命傷を食らう所だった。

 

 一足の後退と共に、手にした刀で斬りかかる。

 

 しかし姿勢に無理がある為、タウラスの腕の前に呆気なく弾かれる。

 

「温い!!」

 

 フルフェイスマスクの奥から発せられた叫びと共に、タウラスはラッシュのように拳打の嵐を浴びせてくる。

 

 その隙の無い打撃の嵐を前に、レンは堪らず大きく後退する。

 

 しかし同時に、追撃を断つ為の罠を仕掛ける事も忘れない。

 

 後退したレンを追おうとしたタウラスの腕に、1本の鎖が延びて絡まった。

 

 鎖は床から伸びており、それがレンの置き土産である事は疑いない。

 

「フンッ」

 

 タウラスは鼻をひとつ鳴らすと、あっさりと鎖を引きちぎった。

 

 まるでヌードルか何かを千切るようなその様子に、思わずレンは浮かびかけた苦笑を呑み込んだ。

 

 自分で言うのも何だが、通常状態のレンはハッキリ言って弱い。まともなぶつかり合いになったら、どうにか第三位クラスのエターナルと互角に持っていけるかどうかと言った感じである。それでもその多彩な武装と、それを使いこなせる技量、そして生来の小賢しさが融合して、どうにか強敵と伍するだけの戦闘を展開している。しかしタウラスは、第三位の中でも特に強い部類に入るだろう。加えて防御を主体とした堅実なバトルスタイルを持っている為、レンの微弱な攻撃力では破れない。

 

 要するにレンにとって、タウラスのような相手が一番戦いにくいのだ。

 

『通常の攻め手じゃ無理。なら!!』

 

 レンは空いた左手を掲げ、中に手槍を取り出して構える。

 

 タウラスが攻撃の動作へ移行する。

 

 しかし、レンの方が速い。

 

「ハッ!!」

 

 振り抜く腕と共に、投げ放たれる手槍。

 

 真っ直ぐに飛ぶ手槍。

 

 それを払い除けようと腕を振り上げるタウラス。

 

 しかしその直前にレンは、槍を自爆させる。

 

 内包されたオーラフォトンが、起爆指令を受けて炸裂する。

 

「ぬっ!?」

 

 ダメージは無い。

 

 しかし、一時的に視界が塞がれるタウラス。

 

 その間に距離を詰めるレン。

 

「これで!!」

 

 振り抜かれる刀。

 

 しかし、

 

 刃は鎧に弾かれて通らない。

 

「無駄だ!!」

 

 カウンターとして繰り出される拳。

 

 レンはとっさに刀を投げ捨てると、背後へ宙返りして回避した。

 

《刀じゃ駄目だね》

 

 心の内からの言葉に、レンは無言で頷く。

 

 日本刀は特性上「斬る」事に特化している為、その刃は軽く薄い。よってタウラスの鎧のような板金鎧には相性が悪い。

 

「何かもっと、他の武器を・・・」

 

 思案する暇は無い。

 

 その前に突っ込んでくるタウラス。

 

 対してレンは、今は空手。とっさに対抗する手段が無い。

 

「ッ!?」

 

 空間に手を伸ばし、マナを介してイメージを注ぎ込む。

 

 眼前に出現する盾。普通に考えればレンの細腕で支えきれるような物ではないが、レンはそれを片手で掲げる。

 

 そこへぶつかる、タウラスの拳。

 

 盾は一瞬で罅が入る。

 

「うわっ!?」

 

 とっさに手を離そうとするが、衝撃はその前に襲ってくる。

 

 強烈な衝撃と共に、レンの体は紙のように吹き飛ばされる。同時に仮初の盾も、木っ端微塵に粉砕される。

 

「無駄だ」

 

 倒れ伏したレンを見やりながら、タウラスが告げる。

 

 どうにか身を起こす。

 

 大丈夫、このくらいでへばるほど柔な生活をしてきた心算はない。

 

 切れた口から溢れ出る血を拭い、立ち上がる。

 

『さて、どうしようか?』

 

 そもそも、通常の武装ではタウラスの鎧を貫く事は難しい。

 

 あの鎧はそれ自体が永遠神剣である。となると、あれを破壊するには、神剣破壊が可能な程の力が必要となる。そしてそれが容易ではない事は、今更考えるまでも無い。

 

 とは言え神剣複製を行っても、効果の程は高が知れている。

 

 逡巡が顔に浮かぶ。

 

 それを見透かしたように、タウラスが動く。

 

 右腕を溜めに構え、空間その物を凝縮していく。

 

 空間を捻じ曲げ圧縮する事で密度を上昇、強烈な打撃力として撃ち放つ技。

 

 並みの防御では防ぐ事ができない。

 

 次の瞬間、撃ち放たれる。

 

 間を置かずに直撃する。

 

「グアッ!?」

 

 激烈な衝撃の前に、レンの体は吹き飛ばされる。

 

 下手をすると飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ止め、その手から鎖を伸ばしていく。

 

「ん!?」

 

 自分の腕に巻きつけられた鎖を見やり、タウラスは思わず目を見張る。

 

 対してレンは、急速に鎖を巻き戻して体に勢いを付ける。その反対の手には刺突剣、レイピアが握られる。

 

 ただのレイピアではない。その刀身、特に切っ先部分はレン自身のオーラフォトンによって強化されている。

 

 一点突破。刃先が僅かでも鎧の表層を突破できれば、タウラスの体を内部から破壊する事も不可能ではない。

 

 突撃の勢いに加え、一点突破での攻撃。

 

「これなら!!」

 

 必ず貫ける。

 

 意思と想いを通すように、レンはレイピアを突き出す。

 

 対してタウラスは障壁を張らず、ただ腕を眼前で交差させる。

 

 突き込まれる刃。迎え撃つ手甲。

 

 激しくスパークするオーラフォトンが、亜空間を白色に染める。

 

「クッ!!」

「ぬぅ!!」

 

 なおもレイピアを突き入れようとするレン。

 

 だが次の瞬間、レイピアの刀身はガラスのように砕け散った。

 

 後に残るのは、唇を噛むレンと無傷のタウラス。

 

「・・・・・・無駄だったな」

 

 ゆっくりと腕を下ろしながら、タウラスは言った。

 

「所詮、貴様の力はこの程度だ。せめてこの場に《聖賢者》がいれば話は違ったのだろうがな」

 

 レン1人ではタウラスには勝てない。言下に、そう語っていた。

 

 一方でレンも、顎に滴り落ちる汗を指先で弾く。成る程。これは確かに勝てそうも無い。

 

 「今のまま」では。

 

 再び拳を構えるタウラス。

 

「もう諦めろ。貴様もエターナルなら知っていよう。今この場で消滅しても、暫く経てば別の空間で情報を元に、その体は再構築される。よって、何も心配する必要は無い。痛みも、感じる間を与えないから安心しろ」

 

 事実上の降伏勧告。いや、敗北宣告。

 

 既にタウラスの中では勝利は確定的であるようだ。

 

 対してレンはスッと目を閉じる。

 

 意識は自らの深層部分。

 

 彼の者が座する場所へと降りて行く。

 

 見えてくる巨大な門。

 

 差し込まれた閂に、そっと手を置く。

 

「光陵たる地に眠る、大いなる人の御霊よ、光幕の下にその身を埋めし翼よ、今こそ光より出で、我が命に従え」

 

 閂の隙間より、光が漏れる。

 

 その光から目を背けることなく、レンは立ち尽くす。

 

「我こそは、天空の覇者!!」

 

 閂が光に押されて弾け飛ぶ。

 

「開・錠!!」

 

 次の瞬間、現実世界において、レンの体から光が発せられる。

 

 そのかつて無いまでに強大な力を内包した光を前に、タウラスは一瞬次の動作をためらう。

 

「これは一体!?」

 

 呻くタウラスを前にして、ゆっくりと瞳を開くレン。

 

 その口が静かに、言葉を紡ぎ出す。

 

「見せてあげるよ。4000万年前、唯一神にただ1人逆らった邪神の力を」

 

 

 

 

 

 異空間において永遠者同士の熾烈な戦いが開幕した頃、現実世界においては人間同士の戦いが幕を上げていた。

 

 狭い地下室が炎と電撃に覆われ、その中を3つの人影が舞っている。

 

「クッ!?」

 

 迫るカイネルの斬撃を払い除け、ナーリスはそのまま自分の体を安全地帯に逃そうとする。

 

 しかしその逃げ道を、ゼノンが巧みに塞いで来るのを見て、舌打ちする。

 

 1対2と言う状況は、思った以上に負担が大きい。

 

 逃げる事に専念すれば、暫くは致命傷を負う事も無いだろうが、それでもいつまで逃げ続ける事が出来るか。

 

 ここが地下室である以上、いずれは追い詰められる事は自明の理である。

 

「オラァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ゼノンが《大牙》を振るうと同時に床が波立ち、ナーリスに襲い掛かってくる。

 

「ハッ!!」

 

 刀身に纏った炎を開放、迫る土砂に向けて撃ち放つ。

 

 激突する土砂と炎。

 

 質量とエネルギーのぶつかり合いは、互いを呑み込まんとするかの如く視界を覆う。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 ナーリスは更にマナを吸収、刀身へ送り込んで炎を強化する。

 

 地下室全体を覆うかと思う程の炎が一点に収束し、土砂を焼き尽くしていく。

 

「何だと!?」

 

 ゼノンは思わず唸る。

 

 まさかナーリスが、ここまでの力を発揮するとは思わなかったのだろう。

 

 一気に押し込むナーリス。

 

 土砂が炭と化し、炎がゼノンに迫る。

 

「チッ!?」

 

 とっさに障壁を張ろうとするゼノン。

 

 そこへ、カイネルが放った電撃が割り込んでくる。

 

 空気を焦がす炎は、それでも電撃と衝撃に阻まれて突破を果たせない。

 

「クッ!?」

 

 霧散する炎。

 

 その中より、カイネルが斬り込んで来る。

 

 とっさに繰り出す刃が、カイネルの剣とぶつかり合う。

 

 炎と電撃が互いの肌を焦がし、目をホワイトアウトに追い込む。

 

「ハァッ!!」

 

 短いが鋭い声と共に、カイネルはナーリスの剣を擦り上げる。

 

「あっ!?」

 

 無防備に晒される胴目掛けて、振り下ろされるカイネルの剣。

 

 とっさにナーリスは、目の前の空間に障壁を張り巡らす。

 

 しかしとっさに張った障壁はいかにも粗雑で、カイネルの剣を防ぐにはどう考えても弱すぎた。

 

 刃によって切り裂かれた不可視の壁は、構造を維持できずに霧散。鋭い痛みがナーリスの頬を掠めた。

 

「ッ!?」

 

 滴り落ちる血が金色のマナに変わっていく様を見ながら、それでも瞳はカイネルから逸らさない。

 

 だが、その時、

 

 背後から突然衝撃を喰らい、思わず膝が砕ける。

 

 そのまま前のめりになろうとする所を、髪を掴まれて引き起こされる。

 

「おっと、まだ倒れるには早いぜ」

 

 いつの間にか背後に回りこんだタウラスが、ナーリスの髪を掴んで引き起こしている。

 

 先程の打撃は首筋に受けたのだろう。脳髄に直接ダメージが響き、意識が朦朧とする。

 

 捻り上げられた首が絞まり、呼吸がうまく出来ない。

 

「ナーリス」

 

 そんなナーリスに、カイネルはゆっくりと語り掛ける。

 

「もうやめるんだ、ナーリス。君1人では私達2人には敵わない。頼みのエターナルもここには来られない。君たちの勝機は既に去ったんだ」

「カイ・・・ネル・・・」

 

 うっすらと目を開き、瞳はかつての幼馴染に向けられる。

 

「さあ、ここで共に待とうじゃないか。邪神が復活する、その歴史的一瞬をね」

「ッ」

 

 その目の前で、祭壇に納められた破断の宝珠が不気味な鳴動を始めている。

 

 それは例えるなら、空気を限界まで入れてパンパンに膨らました風船だ。あとは僅かな衝撃だけで破裂してもおかしくない。

 

この宝珠が破裂すれば内包するエネルギーが流れ出し、周辺世界を巻き込んで多くの人間が消滅する。

 

「・・・・・・」

 

 消えようとする意識を引き戻し、強引に覚醒する。

 

 体に反動を付けると同時に振り子のように振るい、強烈な後ろ蹴りをゼノンの膝に叩き込んだ。

 

「グアッ!?」

 

 いかに強化したとは言え、不自然な体勢で放った少女の蹴りでは大したダメージを与える事はできない。しかしそれでも、とっさの事でゼノンは掴んだナーリスの髪を放してしまう。

 

 距離を取ると同時に、《陽炎》を構えるナーリス。

 

「ナーリス!!」

 

 なおも抵抗を止めようとしない少女の姿を見て、カイネルは声を上げる。

 

 だがナーリスは、不退転の意思を持ってカイネルと対峙する。

 

 その手にある《陽炎》が、主の闘志に反応して炎を上げる。

 

 かつてレンは語った。この剣を持つ者なら、たとえどんな困難に立ち当たっても、決して挫けない、と。

 

 ならばナーリスも、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 

 きっとレンも、そしてユウトも諦めていないはずだ。そして彼等ならきっと、この状況を打開してくれるはず。

 

 ならば今は、自分に出来る事をするまで。

 

「行くわよ!!」

 

 ダメージの残る体は、走るだけで視界が揺れる。

 

 それでもナーリスは、1歩1歩踏みしめて駆ける。

 

「このっ、舐めるな!!」

 

 迎え撃つゼノンも手にした斧、《大牙》を振り翳す。

 

 剣と斧の激突は、互いの属性も相まって空間を切り裂いていく。

 

 ナーリスが炎を投げつければ、ゼノンは岩の壁を作って防ぐ。

 

 ゼノンが豪風の如き勢いで刃を振り翳せば、ナーリスが距離を取って回避する。

 

 2人の一進一退の攻防は、互いに決定打を欠くまま続けられる。

 

 だが次第に、ナーリスの方が押し始めた。

 

 この様子には戦っているゼノンも、そして傍らで見ているカイネルも目を剥いた。

 

 同じ神剣使いである以上、条件は五分、否、ゼノンの《大牙》は第五位、ナーリスの《陽炎》は第七位である事を考慮すれば、条件はゼノンの方が有利。加えてナーリスはただの一般人であるのに対し、ゼノンは騎士団長も勤める生粋の軍人である。

 

 にも拘らず、ナーリスの鋭い剣筋は徐々にゼノンを追い詰めていく。

 

 ナーリス自身、今の状況には戸惑いを感じていた。

 

 体が羽のように軽い。剣がいつに無く鋭く奔る気がする。

 

 ナーリスは気付いていなかったが、それはここ数日レンと行った特訓の成果であった。

 

 何しろ神に匹敵する能力を持つ存在と剣を併せていたのである。結局その差は毛の先程も埋まる事はなかったが、それでも無自覚の内にポテンシャルは上昇していた。

 

 鋭い剣を前にして、ゼノンは後退を繰り返す。

 

 その足はもつれ、斧を持つ手も覚束なくなる。

 

「この、小娘が!!」

 

 ほとんど自棄に近い台詞と共に、腕を振るう。

 

 だが、

 

 岩をも粉砕する豪腕とその手にある斧に手応えが無い。

 

 見ると、視界の下に身を屈めたナーリスがいる。

 

 そこは完全に射程内。しかも緋色の刀身には炎が纏われている。

 

「これで終わりよ!!」

 

 必殺の気合と共に振り上げられる《陽炎》。

 

 対してゼノンは、半瞬の自失から脱すると同時に、手にした《大牙》を振るう。

 

 交錯する剣と斧。

 

 互いに相手を粉砕するに足るだけのオーラフォトンを内包している。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 閃光と爆炎が同時に起き、地下室全体がホワイトアウト、同時に衝撃波が四方に散る。

 

 生きる物全てを薙ぎ払ってもおかしくない状況の中で、

 

 カイネルは1人、地に足をつけて微動だにしないまま衝撃の中心を見据えている。

 

 やがて視界が回復し、2人の影が見えてくる。

 

 立ち尽くす影は2つ。

 

 ゼノンの振り下ろした《大牙》は、虚しく地面を抉っており、その胸には緋色の刀身が突き刺さっている。

 

 そしてナーリスの手には、刀身を半ばから失った《陽炎》が握られていた。

 

 崩れ落ちるゼノン。

 

 対してナーリスは荒い息のまま、刀身を失った剣を呆然と見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その変化は神の化身か、

 

 あるいは悪魔の顕現か、

 

 光の中から現れ出でた少年の背中には、12枚の純白の翼が出現していた。

 

 ゆっくりと目を見開くレン。

 

 その視界の先にいる板金鎧を纏ったタウラスは、その瞳を見ただけで一歩たじろく。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 タウラスが呻いたのは、何もその姿に驚愕したからではない。

 

 レンが発するオーラフォトンの量が、先程とは比べ物にならないくらい上昇している。

 

 その力は凄まじく、その気にさえなれば呼吸をするように世界を滅ぼす事ができるだろう。

 

 まさか、これ程の力を隠し持っていようとは夢にも思わなかった。

 

「覚悟は良いですか?」

 

 告げられる言葉と共に、その手には刀が出現する。

 

 淡い光を発する12翼はゆっくりと広がり、亜空間その物を圧していく。

 

「元セフィロ王国軍第1近衛騎士団長、《天舞》のレン。押して参ります」

 

 静かな宣誓。

 

 羽ばたく12翼。

 

 次の瞬間、レンの体は急加速し、タウラスの懐へと飛び込む。

 

「ぬっ!?」

 

 振り翳される刀に、腕を振り上げて防ぐタウラス。

 

 しかし次の瞬間、今までに無いくらいの強い衝撃に襲われ、体が後退する。

 

「これは一体!?」

 

 鎧を破られてはいないが、防いだ腕がしびれるくらいの衝撃が伝わってくる。明らかに、先程までのひ弱な攻撃とは次元が違う。

 

 視界の先に立つレンは、刀を右手に持ち、切っ先をタウラスに向けて弓を引くように構えている。

 

「・・・・・・面白い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フルフェイスの向こうで笑みを浮かべるタウラス。

 

 ならばこちらも本気で行こうではないか。

 

 次の瞬間、タウラスは弾かれたように跳躍、一気にレンとの間合いを詰めに掛かる。

 

 対するレンも、刀を構え直して迎え撃つ。

 

「喰らえ!!」

 

 距離が詰まると同時に振るわれる拳打の嵐。

 

 対抗するように繰り出される斬撃は、それらに対応するように不規則に動き、威力を相殺していく。

 

 封印されし12翼。

 

 レンの力の大半を宿したこの姿は、普段は心の奥底、深層意識の中に眠り厳重に封印されている。その為、普段のレンは本来の実力の2割も出せないようになっている。それはかつてレンが、ほとんど無意識の内に放った力で世界をひとつ荒廃させてしまったという苦い記憶に起因している。

 

 しかしその封印が解かれた今、レンは何の気兼ねも無しに全力を振るう事が出来る。

 

「ハァァァ!!」

 

 懐に飛び込むと同時に、逆袈裟に刀を振り上げるレン。

 

 タウラスはとっさに後退するが、あまりのスピードを前にして完全なる回避は不可能であった。

 

「ヌゥッ!?」

 

 鎧の胸部が、斜めに切り裂かれる。

 

 永遠神剣であるこの鎧を、まるで意に介していない切れ味。

 

 《天舞》と言ったか? やつの永遠神剣。

 

 聞き覚えがある気がした。

 

 だがその答えを考察するよりも早く、目の前で12翼が羽ばたく。

 

 振り翳される白刃。

 

 対してタウラスは手甲部で受け、流していく。

 

 しかしレンの体は不必要に流れる事無く、しっかりと足を踏みしめて剣を繰り出す。

 

「ハッ!!」

 

 タウラスも負けてはいない。

 

 速さでは敵わないと見るや、攻撃を威力重視に切り替え一撃必殺を狙う。

 

 空間を薙ぎ払うかのような一撃をレンに向けて放つ。

 

「ッ!?」

 

 対してレンはとっさにタウラスの間合いから後退、間一髪で豪拳を回避する。

 

 衝撃を浴びて、レンの前髪が数本断ち切られるが、その瞳は瞬きひとつせずにタウラスを睨む。

 

「ストレイトランサー、展開」

 

 言葉にオーラフォトンが乗って流れ、周囲の大気が反応する。

 

 周囲のマナがざわめく。

 

 着地するレン。

 

 同時に周囲には、数10に及ぶ光の槍が姿を現す。

 

 かつてジュリアに対して使った時に比べて、展開速度も、そして威力も段違いである。

 

「射出」

 

 次の瞬間、全ての槍が一点目指して駆け出す。

 

 着弾地点に立つタウラス。

 

 その鎧には先程のレンの攻撃によって切れ込みが入っている。今この攻撃を喰らえば、大ダメージは免れないはずだ。

 

 しかし、

 

 タウラスは大地を踏み締めると、半身を引いて飛んでくる無数の槍を見据える。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 空間が歪み、その拳へと収束する。

 

 打ち放たれる、見えざる質量。

 

 その砲撃の如き拳圧は、向かってくる無数の槍を一撃の下に払い除けた。

 

 構造を維持できずに、マナの塵へと解けていく槍。

 

 その間隙を突いてレンが斬り掛かる。

 

 対してタウラスは、大技を打った直後で身動きが取れない。

 

 とっさに、頭上で腕をクロスさせてレンの剣を防ぐ。

 

 互いのオーラフォトンが弾け飛び、同時に体も押し流される。

 

 翼を広げて衝撃を殺すレン。

 

 そして顔を上げた瞬間、再び拳を構えるタウラスの姿が映った。

 

 既にその拳には空間が凝縮され、凶暴な牙をむき出している。

 

 対してレンは刀を仕舞うと、代わって弓を取り出し構える。

 

「喰らえ!!」

 

 打ち放たれる拳圧に対抗して、レンも矢を放つ。

 

 拳圧と矢。

 

 等距離でぶつかり合った2つは、互いに猛るエネルギーをその場で開放し、爆風を周囲に吹き散らす。

 

 威力は互角。

 

 だが、レンの動きはそこで止まらなかった。

 

 目にも映らぬスピードで、その腕が動く。

 

 一息の内に放つ、13発の矢。

 

 タウラスが気付いた瞬間には、既に矢の嵐は目前まで迫っていた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに払い除けようと腕を振り翳す。

 

 1本目は防いだ。

 

 2本目も辛うじて弾いた。

 

 しかし3本目以降を防ぐ事はできなかった。

 

 残った11本の矢が、容赦無くタウラスの四肢を貫く。

 

 《逆鱗》の存在など頭から無視し、その上から貫いてタウラスの体にダメージを与えていた。

 

「グゥ・・・」

 

 膝を突くタウラス。

 

 何とか急所は全てガードしたものの、その体には稲穂のように矢が乱立し、既に足も腕も動けぬほどのダメージを受けていた。

 

「・・・・・・馬鹿な」

 

 あの翼。あれが出た瞬間から、レンの力は急激に上昇した。

 

 一体あれは、

 

 そこまで考えた時、記憶の中にある知識と目の前の少年の姿とが溶け合い、本来の色を視界に映し出した。

 

 それはかつて、何気ない資料を流し読みにした時に載っていた。

 

 2万周期前に、こことは違う別の世界を舞台に起きた大戦争。

 

 その戦いで闇の帝王を討ち果たし、永遠世界に平和を齎した英雄。

 

 7つの理を司る永遠神剣を持つ7人のエターナル。

 

 そのうちの1つ、「自由」

 

 永遠神剣第二位《天舞》の主。その名は、レン。

 

 手にした刀が、急速に光を吸収していく。

 

 タウラスを見据えるレンの真紅の瞳は、可憐な容姿を持つ少年に似つかわしくない殺気によって満たされている。

 

 その姿に、歴戦のロウ・エターナルであるタウラスすら、思わず息を呑んだ。

 

「終わりです」

 

 低い声で告げられる死刑宣告。

 

 純白の12翼が広げられ、一気に空間を駆け抜ける。

 

 間合いに入った瞬間、刀を振り下ろす。

 

 迸る光。

 

 軌跡を描く斬撃が、とどめの一撃を演出する。

 

 次の瞬間、空間と共にタウラスの体は引き裂かれた。

 

 

 

 

 

 気が落ち着くと同時に、徐々に自我も回復し始めた。

 

「あ・・・・・・」

 

 短い呟きの後に見た物は、手の中にある愛刀。

 

 物心付いた頃から常に自分と共にあった緋色の剣は刀身が無惨に砕け、半ばから折れていた。

 

「・・・・・・《陽炎》」

 

 急速に、光が失われていく。

 

 やがて鼓動が消えるように輝きを失った時、それまで感じていた力強い息吹も徐々に聞こえなくなり、そして途絶えた。

 

「《陽炎》? 《陽炎》!?」

 

 応えはない。

 

 剣が今、死んだのだ。やがてその身も、ボロボロと崩れて光に散って行った。

 

 同時に、背後に倒れていたゼノンの体も金色の光に包まれていく。

 

 どうやら、相打ちのようだ。

 

 結局ゼノンは、自らの欲望とロウ・エターナル達が巡らした策謀に翻弄された末に生き急いだ結果となった。

 

 だが、これは間違っても勝利とは言えないだろう。そう呼ぶには、あまりにも大きすぎる犠牲であった。それに、

 

「よくがんばった」

 

 それまで静観を決め込んでいたカイネルが、静かに告げた。

 

 彼を倒せない限り、勝利とは言えないだろう。

 

 カイネルに向き直るナーリス。

 

 しかし最早、彼女に戦う術はない。頼みの永遠神剣は砕け、いまやナーリスはただの一般人に過ぎない。

 

 対してそんなナーリスに対して、カイネルは既に戦闘する意思が無いように剣を下ろした。

 

「何を!?」

 

 その姿に激高するナーリスに対し、カイネルはあくまで穏やかに話す。

 

「これ以上の戦闘は無意味だろう」

 

 ナーリスに祭壇の破壊は出来ない。そして彼女は、戦う力をも失った。

 

 既にこの場にあって無力となったナーリスを相手に剣を振るう理由は、カイネルには無かった。

 

 スッと手を伸ばし、幼馴染の少女を誘う。

 

「さあ、共に待とうじゃないか。我が一族が辛苦を脱する、歴史的一瞬を」

 

 謳い上げるような口調に応えるように、祭壇に収められた破断の宝珠は鳴動を増していく。

 

 だが、

 

「まだよ!!」

 

 叫ぶと同時に、床を蹴って走る。

 

 剣を失った手で、ナーリスはカイネルに殴り掛かる。

 

 まだだ、まだ終わっていない。

 

 その想いが、ナーリスを前に進ませる。

 

 しかし、既に一般人に過ぎないナーリスの細腕では、神剣使いであるカイネルを捉える事はできない。

 

 その腕は、直前で掴まれる。

 

「もう止すんだ。これ以上は見苦しいだけだぞ」

「クッ」

 

 決して強くは無いが、それでも確固たる力を持って拘束してくる。

 

 振り解こうとするが、ビクともしない。

 

 そうしている間にも、無情に刻まれていくタイムリミット。

 

 宝珠の輝きは急速に増していく。

 

 その時だった。

 

 軋むような異音と共に空間が裂け、異空との間に門が強引に刻まれる。

 

 その中から転がり出てくる影。

 

「ぐ・・・お・・・ォォォォォォォォォォォォ」

 

 転がると同時に、苦悶の唸りが耳を打つ。

 

 その姿を見て、カイネルは目を剥いた。

 

「タウラス!!」

 

 それは間違い無く、先程まで圧倒的な威容と共に異空間へと去ったはずのタウラスだった。

 

 しかしその体はボロボロに傷付き、今にも消滅しそうなほど消耗していた。

 

 と、思っている傍からその体は金色の塵に包まれていく。

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

 タウラスのこの姿は、すなわち彼の敗北を意味する。

 

 負けたと言うのか。あの、タウラスが。

 

 その疑問に答えるように、再び門が開いて人影が躍り出てくる。

 

「どうやら、間に合ったようだね」

 

 純白に染め上げられた12翼を広げた一種荘厳なその姿に、ナーリスもカイネルも思わず目を奪われる。

 

「レン君!!」

 

 それが見知った少年だと判ると、ナーリスは更に驚きの声を上げた。

 

 これが、あの頼りなかったレンだと言うのか?

 

 思わず迫り来る時間も忘れ、見入ってしまう。

 

 そんな2人の前に、ゆっくりと降り立つレン。

 

「レン君、その姿は・・・・・・」

 

 唖然とするナーリスに微笑みかけて、レンは口を開いた。

 

「ナーリス、それにカイネルさん。実は僕、みんなにずっと黙ってた事があるんだ」

 

 特に言う必要は無いと思っていたし、レン自身、若干の後ろめたさもあった為、できれば言わずに済まそうと思っていた事。

 

 しかし状況がこうまで推移してしまった今、最早黙っている事はレンの中にある良心が許さなかった。

 

「カイネルさん、もう、こんな事はしなくて良いんですよ」

「どういう事だ? 時間稼ぎの類なら応じないぞ」

 

 カイネルの言葉に、レンは黙って首を振る。

 

 そう言う事じゃない。そもそも彼の考えは前提からして間違っていたのだ。

 

「こんな事をして、邪神を復活させる必要は無いって言いたいんです」

 

 ますます意味が判らない。それはナーリスも同様らしく、訝りの視線をレンに送ってくる。

 

 そんな2人を前にして、太古の昔から自分に掛けられた罪業をゆっくりと読み上げる。

 

「だって、4000万年前の戦いであなた達の先祖が奉じた邪神って言うのはね、」

 

 一拍の決心と共に、言い放った。

 

「僕なんだよ」

 

 

 

 

 

第17話「告げられるその真実」     終わり