2人は互いに剣を交えながら、一歩も退かずにぶつかり合う。

 

 少年は背中の12翼を羽ばたかせて加速、一気に相手に斬り掛かる。

 

「クッ!?」

 

 その圧倒的とも言える力の差を前にして、相手は顔を歪める。

 

 正直、全力を解放した少年がここまで強いとは思わなかったのだろう。一気に追い詰められて行く。

 

「クソッ!?」

 

 どうにか払い除ける。

 

 しかし、一息吐く暇すらない。

 

放たれる矢が、唸りを上げて迫る。

 

「チッ!?」

 

 払い除けようとして、失敗した。

 

 衝撃にバランスが崩れる。

 

 そこへ翼を羽ばたかせ、斬り込む少年。

 

 幾多の世界を巡り、数多の時間を越え、ようやく怨敵を追い詰めたのだ。

 

 必ず、ここで仕留めてみせる。

 

 相手の体は、そのまま地面に叩きつけられた。

 

 ややあって、少年も地面に降り立つ。

 

「いや、参った参った・・・・・・」

 

 直前で衝撃を殺したのだろう、ややぎこちない動きをしながらも身を起こす。

 

 対して少年はとどめを刺すべく、ゆっくりと歩み寄る。

 

「これで最後です。覚悟してください」

 

 死神の死刑宣告。

 

 だが、あくまで冷静に口を開く。

 

「良いだろう。だがな、もう流れは止められねえぞ」

「そんな事は無いです。あなたを止めれば不安要素は消える。そうすればまた、」

「無理だな」

 

 少年の言葉を、一言で切って捨てる。

 

「あんたはもう気付いているはずだ。動き出した世界は止められない。人々が求めている物は支配でも統治でもない。自由なんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「あんたはそれを、誰よりも気付いているはずだ」

 

 首筋に刃を突きつけても、その言葉は止まらない。

 

「黙れ・・・・・・」

「現実に目を向けろよ。確かにあんたらは帝国を倒し、平和をもたらした。だが帝国の支配は長く続きすぎた。だからこそ、もはや世界中の人間が、誰かに上から押さえつけられるのを拒否しようとする」

「黙れ」

「もう、1人の指導者が全ての世界を統治する時代は終わったんだよ」

「黙れ!!」

 

 振り上げた刃は、殺気を孕んで振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第13話「因縁、時を越えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来るのは数100年振りであろう。

 

 できれば2度と来ない事を祈っていた。

 

 もっともそれは、向こうも同じであろうが。

 

 辺境世界の更に外れ、鬱蒼とした森が全土を覆う世界。

 

 こんな辺鄙な場所に居を構える者など、エターナル星の数おれど、そいつ1人くらいの物だろう。

 

 扉の前に立ち、深呼吸する。

 

 森の中に思い出したように立つ掘っ立て小屋は、どう見ても医者の家には見えない。

 

 意を決して、扉を開く。

 

 一体何年の間開いていなかったのか、耳障りな異音と供に扉は内側に開く。

 

 同時に長い年月と供に堆積した埃が、周囲を舞って咽返った。

 

 その視界の先に、薄汚れた白衣の背中が見える。

 

 こちらが入って来た事はとっくに判っているはずだが、その背中は振り返る気配が無い。

 

 その背後まで歩いて行き、立ち止まった。

 

「久しぶりね、藪医者」

「・・・・・・・・・・・・お前か、クソガキ」

 

 互いに甚だ礼儀を欠く挨拶と供に、非友好的な視線が交された。

 

 

 

 

 

 周囲の惨状を見ながら、レイチェルは溜息を吐いた。

 

「まったく、何なのよこれは。一体、どれくらい掃除してない訳?」

「うるせぇ放っとけ、俺の家で俺が何してようと俺の勝手だ」

 

 悪態を返した男は40代中盤ほどに見える痩身の男性で、背中の外見同様かなり薄汚れた格好をしている。よれよれの白衣によれよれの服にボサボサの髪、靴など半ば破れている。

 

 既に9割方燃え尽きた煙草を、今だに未練たらしく口に咥えているこの男の名はフェルゼン。これでもかなりの長い時間を生きてきたエターナルで、あらゆる世界の医療に精通した所謂「エターナルの医者」である。

 

もっとも、ここでこうして隠れ住んでいる事から察する通り人間嫌いである為、その存在を知る者は非常に少ない。

 

「奥さんは?」

「さあな。100年くらい前に出てった。今頃どこで何やってんだか」

 

 レイチェルは昔任務で大怪我を負い、完全消滅の危機に晒された折に治療を受けた時の顔馴染みであった。

 

「それで・・・・・・」

 

 気だるげに顔を上げながら、フェルゼンは口を開いた。

 

「秩序の永遠者が今日は何の用だ? 俺は忙しいんだ。さっさと帰れ」

 

 いきなりこれである。取り付く島どころか、板切れすら見当たらない。

 

 それでも帰りを待つ皆の為、レイチェルは前に踏み出す。

 

「あんたに、診て貰いたい患者がいる」

「断る、邪魔だ、帰れ」

 

 それっきり、再び背中を向けるフェルゼン。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 レイチェルは机の脇に回って詰め寄る。

 

「重病なの。あんたにしか頼めないのよ」

「あーそりゃゴシューショーサマ。死んだら丁重に弔ってやってくれ」

 

 とても医者とは思えない台詞を平然と吐く。

 

 眉を顰めるレイチェル。

 

 万事につけて、この男はこの調子である。レイチェルが治療を依頼した時も高額な報酬といくつかの貴重なサンプルデータを材料に、ようやく承諾を取り付けたのだ。

 

 だが今回、レイチェルにも策があった。それも、この男なら確実に食い付いてきそうな策が。

 

「その娘、妊娠してるの。お腹の中に子供がいるの」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フェルゼンは最早完全に興味を無くし、振り向きすらしない。

 

 机の上にある、レイチェルでは意味が全く判らない資料を読み耽っている。

 

 そんなフェルゼンに、レイチェルは囁くように告げた。

 

「・・・・・・・・・・・・その子の両親がエターナルだったとしたら、どうする?」

 

 ピタッと動きが止まったのを、レイチェルは見逃さなかった。

 

 思わず心の中でガッツポーズを取る。どうやら、食い付いたようだ。

 

「・・・・・・おいクソガキ、吹かし扱いてんじゃねえぞ。そんな事ある訳ねえだろ」

「そうね、普通なら考えられない。でも間違いないわ」

 

 ようやく話を聞く気になったのか、フェルゼンは咥えた煙草を灰皿に押し付けて向き直った。

 

「馬鹿言うんじゃねぇ。エターナル同士での交配で胎児が定着する確率を知らねぇのかよ?」

「正確には知らないけど、かなり低い事は知ってる」

 

 そこでレイチェルは笑みを浮かべる。

 

「でも、ゼロじゃないんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・まあな」

 

 苦々しく頷くフェルゼン。

 

 あと一押しだな。

 

 そんな事を考えながら、レイチェルは先を続ける。

 

「両親はエターナル、これは間違いないわ。そして多分、赤ん坊もエターナルよ」

「何でそう言い切れる?」

「オーラフォトンを使う所を見たわ。それも、かなり強力だった」

 

 次第にフェルゼンの瞳に、生気のような光が宿っていくのを感じる。今頃、リスクと利益の天秤が頭の中で盛んに上下している事だろう。

 

 既にチェックメイトへの道は開かれた。そう感じたレイチェルは最後の一押しをする。

 

「どうする? こんな機会滅多に、ううん、もう多分生きてる内には無いでしょうね」

 

 フェルゼンという男は、医者と言うよりもどちらかと言えば研究者に近い性格をしている。その事を過去の経験から知っていたレイチェルは、美味しそうな研究ネタを振ったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 どうやら利益の天秤を傾かせる事に成功したようだ。

 

「その依頼受けてやる。それで、どんな状況なのか説明しろ」

「判った」

 

 レイチェルは手短に説明して行く。

 

 初めは黙って聞いていたフェルゼンだったが、やがてその表情が徐々に険しくなっていく。

 

「・・・・・・・・・・・・そいつはヤバイな」

「どう、あんたなら何とかできる?」

「手助けする事ならできる。だが結局のところ出産ってのは母親が自分で乗り越えなきゃならん部分が大きい。そこに加えてこの状況だろ。俺が手を加えたとしても、成功率は5割を切るだろうな」

 

 5割。つまり半分以上の確率で失敗する可能性が高いと言う事だ。

 

 この傲岸な男をして、成功率5割以下と言わしめる程の難産である。レイチェルは今更ながら、背筋が寒くなってきた。

 

 それでも、

 

「充分よ。手を貸して」

 

 ここは5割以下の確率を嘆くのではなく、取り合えず成功率を5割まで上げれた事を喜ぶべきだろう。この男以外の医者では、間違い無くコンマを切っている。

 

「判った。そうと決まったらグズグズ出来ねえな。よっしゃクソガキ、資料と必要な道具は全部持ってくから、探すの手伝え」

「えー、それくらい普段から纏めておきなさいよ。アンタ医者でしょ」

「うるせぇな。苦手なんだよそう言うの」

 

 かくして槍騎士の導きの元、世にも胡散臭い医者が忘れ去られた大地へ導かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り合えずアセリアの容態が落ち着いた事もあり、この場はユウトに任せて一同は解散と言う事になった。

 

 洗面器の水を替えユウトの分の食事を運んでから、レンもようやく一息ついた。

 

 いろいろあった1日だった。

 

 新たな敵エターナルの存在。

 

 敵将カイネルの思惑。

 

 レイチェルの寝返り。

 

 そして、アセリアの妊娠発覚。

 

 はっきり言って、かなり疲れた。

 

 もうこのまま、部屋に戻って今日は寝てしまおう。

 

 そう思った時、食堂の中に誰かいる事に気付いた。

 

「ナーリス?」

「あ、レン君。お疲れ様」

 

 酷くやつれたような声から察するに、ナーリスも相当疲れていることが伺えた。

 

 無理も無い。永遠神剣を持っているだけのただの人間に過ぎない彼女が、エターナル同士の戦いに巻き込まれたのだ。心身ともに衰弱の際に達している事だろう。

 

「大丈夫?」

「うん、ちょっときつい、かな」

 

 そう言って浮かべる笑顔にも力が無い。

 

 その隣に腰掛けて、レンはナーリスに向いた。

 

「仕方ないよ。あんな戦いに巻き込まれたんだし」

「ううん」

 

 レンの言葉に、ナーリスは首を横に振った。

 

 他に考える事が? そう思った時、ナーリスの方から口を開いた。

 

「カイネルの事、考えてたの」

「カイネルさんの事?」

「あいつが言ってた事。あいつはこの大陸に住む人達の想いを背負って戦ってるって。なら、あいつを止めようとしているあたしがしている事は間違ってるのかなって・・・・・・」

 

 遥か昔、この世界に流されてからカイネルやナーリスの祖先が苦労を重ねてきた事は聞いている。

 

 邪神を奉じたが故に、極寒のこの地へと幽閉され、何世代にも渡って苦難を積み重ねてきた。

 

 そして今、カイネルという革命者が現れ、その歴史を打破しようとしていた。

 

そう言う観点に立てば、確かにカイネルのやっている事は正しいのだろう。

 

 しかし、

 

「それは少し、穿った見方なんじゃないかな?」

「え?」

「確かにカイネルさんの言う通り、この大陸に住む人達が辛苦に喘いできたと言う歴史は事実だし、それを助けようとするカイネルさんの行いは、一見正しく見えるかもしれないね」

「じゃあ、やっぱり、」

「でもそれは、一方の側から見た意見でしかないと、僕は思うよ」

 

 身を乗り出そうとするナーリスを制して、レンはそう断じた。

 

 更にこの少年にしては珍しく、少し珍しく淡々とした口調で話し始めた。

 

「例えばカイネルさんの計画だと、この大陸の人は助かるかもしれない。でもこの世界のほかの土地にはまだ、多くの人々が住んでいる。その多くの人達を犠牲にして、自分達だけ助かるって言うのは、僕は間違っていると思うな」

「それは・・・でもそれじゃあ、あたし達はこれからも未来永劫、このまま雪の中で過ごしていかなきゃいけないの? 先祖が犯した、訳も判らない罪のせいで?」

 

 必死といっても過言で無いほどのナーリスの言葉。

 

 それを聞きながら、レンはフッと笑った。

 

「そうだね。この件は僕が口出しすべきじゃない」

「え?」

「僕はこの土地の人間じゃないし、それにユウトさんやアセリアさん、それとは逆にレイチェルさん達みたいに何かの使命があってここに居るわけでもない。たまたま通りすがって手を貸しているだけの、ただのお節介に過ぎない。そんな僕が、君に何を言う資格なんて無いのかもね」

 

 でもね、

 

 レンの笑顔が、少し曇ったような気がした。

 

「その気持ちは判るかな。僕も昔、同じような理由で仲間と剣を交えた事があったから」

「え、そ、そうなの?」

 

 意外な言葉に、思わずナーリスは腰を浮かし掛けた。

 

 エターナルとしてはどうかは知らないが、人間としては半天然ボケ風味の女の子にしか見えないレンに、そんな修羅の過去があったなど、ちょっと想像できなかった。

 

「僕のいた国で大規模な内乱があってね。仲間達は皆、反乱軍を根絶やしにしてしまう事を考えたんだ。でも僕はそれを容認できなかった。だから僕はみんなを裏切って反乱軍の側についたんだ」

「は、はあ・・・・・・」

 

 腐ってもエターナル。その歩んできた人生は、決して平坦では無いということだ。

 

 それに今のレンの話は、どこか自分達が置かれている状況と似ている気がした。

 

「何が正しいか、なんて結局の所判らないし、ひょっとしたらそんな物は存在しないのかもしれない。少なくとも僕は長く生きてて、宇宙全てに通じる絶対の真理何て物は、まだ見た事が無い。だから人は『正しい事』じゃなくて『信じる事』にこそ、全力を傾けるべきなんだと思うよ」

 

 それこそが人の持つ絶対の欲望の1つ「自由」であり、本能であるとレンは考えた。

 

 と、そこまで言った時、急にナーリスが笑い出した。

 

「ど、どうしたの?」

「い、いや、だって、」

 

 笑いを噛み殺しながら、ナーリスは続ける。

 

「何だかレン君が、初めて年上に見えたから。それが可笑しくて」

「・・・失礼な」

 

 レンとナーリスの実際の年齢差は、相当な物がある。もっとも普段の言動からそれを察する事は難しく、ある意味ナーリスの言葉は正当な評価と言える。

 

「でもまあ、」

 

 ようやく笑いを堪えて、ナーリスが言った。

 

「そっか。『正しい事』じゃなくて『信じる事』か」

 

 カイネルが信じるのは、この大陸に住む人々の未来を手に入れる事。

 

 ならば自分が信じる事は、きっとカイネル達を止める事なんだろう。

 

 レンはふと、テーブルの端に立てかけてある《陽炎》に目をやった。

 

「・・・・・・その剣を持つ人なら、どんな困難に立ち当たっても決して挫けない。僕はそう信じているよ」

「え?」

 

 言っている意味が判らず、キョトンとするナーリス。

 

 向ける瞳に、映る《陽炎》。

 

 何事かを聞き返そうとした、その時だった。

 

「お待たせ」

 

 扉が開き、愛用のコートに付いた雪を払いながら、レイチェルが入ってきた。

 

 その姿を見て、レンとナーリスは弾かれたように立ち上がって駆け寄る。

 

「レイチェルさん!!」

「どうでした、医者は?」

「うんバッチリ。ちょっと胡散臭いけど、腕は確かよ」

 

 そう言って背後に目をやる。

 

 その向ける視線、暗がりの中からぬっと現れる中年の男。

 

「ケッ、胡散臭いは余計だっての」

 

 そう言って入ってくるボロボロの防寒着を纏ったフェルゼン。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 レンは己が目を見開いたまま硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フム・・・・・・」

 

 脈を取り、腹部触診、網膜検査による体調検査を経て、フェルゼンは自身の持つデータと突き合せて行く。

 

 マナによって存在を構成しているエターナルが、その胎内に子を宿し、なおかつその子供までエターナルと言う事態は古今東西あらゆる記録に明記された事は無く、これまで培ってきたあらゆるデータが全て紙くずに成り果ててしまっている。

 

 しかしフェルゼン自身、長い時間を生き、あらゆる世界の医療に携わってきた医者である。その経験と技術を総動員して、現状において何が起こっているのかを分析して行く。

 

「成る程な」

「判ったのか?」

「ああ、大体の事はな」

 

 身を乗り出すユウト。

 

 今この場にいるのはアセリアとフェルゼンを除けば、ユウト1人だけである。他の皆は、気を利かせて外に出ていた。

 

「まず、こうなるに至った経緯だが、恐らく性交の際に、お前さんの精に混じってマナも彼女の胎内に放出されたんだろう。それが子宮内において彼女自身のマナと交じり合った。通常の人間なら精子と卵子の配合によって子供が出来るんだが、お前さん達の場合はその混合されたマナも一緒に交じり合ったお陰で妊娠と言う経過に至った事が推察される。まあ、他人の色に染まったマナってのは、そうそうな事じゃ混ざったりしないんだが、どうやら今回は例外中の例外が起きたみたいだな」

「それじゃあ、」

「ああ、間違いねぇ。彼女は妊娠してるよ」

 

 身を乗り出すユウトに、フェルゼンはキッパリと告げた。

 

 エターナル同士の交配による妊娠。それが起こり得たのは、果たして神の気まぐれか、はたまた、当人たちが引き起こした奇跡か。

 

 しかし現実は、間違い無く未来への道を示していた。

 

「ユウト・・・・・・」

 

 会話を聞いていたアセリアも、嬉しそうにこちらを向く。

 

 その手をしっかりと握るユウト。こちらの顔も、嬉しさに満ち溢れている。

 

 だが対照的に、フェルゼンは緊張した面持ちを崩そうとしない。

 

「だが、まだ喜ぶのは早い。ここで問題になってくるのが、母体の衰弱だ。俺はこいつを、母子同士の反発が原因なんじゃないかと見ている」

「反発?」

「ああ。どれだけ血を分けた子供でも、究極的に言うと体の中にいる限りは母体にとっては異物に過ぎない。それもお前等の子供はただの子供じゃない。クソガキに聞いたが、相当な力を持っているって話だ。そんなもんが腹の中にあって、母体が無事に済むわけがない。つまり母子同士のオーラフォトンが母体の中でぶつかり合ってるわけだ」

 

 つまり要約するとこうだ。

 

 お腹の中にいる子供もエターナルである以上、強力なオーラフォトンを持っている。しかもまだ制御が利かない為、ほとんど垂れ流しに近い形になっている。そのオーラフォトンが母親であるアセリアのオーラフォトンを無理やり押さえ込んでいるのだ。自然、アセリアもまた無意識の内に対抗してオーラフォトンを放出し、結果的に消耗を重ねて行く。それが長く続いた為、アセリアは体力的にも消耗しつくしてしまったと言うわけだ。

 

「このままじゃ母体か胎児か、どっちかがやばい。母親のオーラフォトンが強まれば胎児が衰弱するし、胎児のほうが強まれば母体が衰弱しちまう」

「それじゃあ、どうするんだ?」

 

 アセリアか、それともお腹の子か。

 

 どちらも無事であって欲しい。

 

 しかしそれでも、どちらかを選ばねばならないのか?

 

「重要なのはバランスだ。両者のオーラフォトンを均等に、それも出産に支障が無いレベルに抑えながら、ゆっくりと予定日まで持っていく。手間が掛かるし面倒だが、方法はこれしかないだろう」

「具体的には、どうするんだ?」

「神剣魔法の応用だな。よくあるだろ、相手のオーラフォトン展開を阻害して能力低下を狙うようなやつ。あれの術式をいじくって、対象にダメージが無いように調整すれば何とかなるかもしれん」

 

 僅かでもバランスが崩れれば、元の木阿弥となり兼ねない危うい作業となる。

 

 だが僅かでも確率がプラスになるなら、その可能性に賭けるしかない。

 

「判った。それで頼む」

「よっしゃ。術式の改定は俺が行うから、お前さんは使えそうな魔法の選定をやってくれ」

 

 ここに来る前、アセリアの衰弱を傍で見ていて、何も出来ない自分が酷くもどかしかった。

 

 しかし今、ようやく何とかなりそうな気がし始めていた。

 

 

 

 

 

 吹雪は、いつの間にか止んで、上空には欠けた月が昇っていた。

 

 風の無い夜の元、1人立ち尽くし見上げる。

 

 因縁。

 

 例えどれだけ逃げようと、

 

 どれだけの時を無為に重ねようと、

 

 自ら侵した大罪からは、逃れられないと言う事か。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 誰かが近付いてくる足音がした。

 

 振り返らずとも判る。今の自分に用がある者など、1人しかいない。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか」

 

 煙草の煙を吐きながら、フェルゼンが口を開いた。

 

「こんな所であんたに会えるとは思わなかったよ」

「それは僕の台詞ですよ」

 

 殺気を込めた視線は、既に臨戦態勢にある。

 

 最大限の警戒をしたまま、レンは振り返った。

 

「元S級指定広域時空犯罪者にして革命思想家、《空白》のフェルゼン」

 

 長きの時を経て対峙する両雄。

 

 その因縁の深さは、既に運命と言う名の大樹にビッシリと蔦を張り、侵食しようとしている。

 

 両者は微動だにせずに睨み合う。

 

 鋭い視線。普段温厚なレンがこのような目をするのは、非常に珍しいかもしれない。

 

 対してフェルゼンは、全く意に介さずにレンの脇に立つ。

 

 そんなフェルゼンを不快げに睨みながら、レンは口を開く。

 

「・・・・・・今度は何を企んでるんです?」

「別に、何も」

 

 気の抜けた調子で答えるフェルゼン。

 

 だがレンは、警戒を解こうとしない。

 

 この男は信用できない。かつて対峙した時からそうだった。僅かでも油断すれば、必ず寝首を掻かれる。

 

 そんなレンの視線に、やや辟易するフェルゼン。

 

「本当に、俺はもう何もする気は無い。そもそもセフィロが崩壊し、各々の世界がそれぞれの意思で動き始めた事で、俺の目的はほぼ達成されたんだ。今ここに居るのは、歯牙無い世捨て人の医者だよ。まあ、もっとも、」

 

 「セフィロ」という名前を聞いた瞬間、レンの顔に一瞬のスパークが起こる。

 

 それを見逃さなかったフェルゼンの口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。

 

「そのセフィロ崩壊の直接の引き金を引いたのが、あんただってのは大した皮肉だがな」

「ッ!?」

 

 レンが激発するのに、一瞬の刹那も必要としなかった。

 

 オーラフォトンが周囲のマナと反応してその掌に刀を召還、そのままフェルゼンの喉元に突き付けた。

 

 首の皮一枚、僅かに食い込んだ所で止まる刃。

 

「・・・・・・・・・・・・ここで僕と一戦交えますか? 塵になるのがご希望なら喜んでお手伝いしますよ」

「・・・・・・・・・・・・いや、」

 

 冷や汗交じりのまま、フェルゼンは刃を脇に避けた。

 

 レンの放つ殺気は圧力を増している。まるでこのまま、フェルゼンを絞め殺そうと意図しているかのようだ。

 

「冗談だよ。ガチであんたと戦って勝てない事は4000万年前に嫌っつうほど味わったからな」

 

 レンが刃を消すのを見て、ホッと息を吐いた。

 

 まったく、少しは落ち着いたと思ったが、この気の短さは相変わらずのようだ。そんな事を考えながら、話を続けるフェルゼン。

 

「あれから4000万年、あんたも随分長い間眠っていたよな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 放っておけと言わんばかりに、レンは視線を逸らす。

 

「おお、そうそう、」

 

 対してフェルゼンは、構わず続ける。

 

 元々他人の事をあまり気にしない性格である為、レンの態度にも気を使う様子は見えない。

 

 しかしその口から放たれる話題は、先程とは様相を異にしている。

 

「ずっと眠ってたんじゃ、あんたは知らないだろ」

「・・・・・・何を?」

 

 フェルゼンはニッと笑って言った。

 

 そして、爆弾を放るように衝撃的な発言を投げた。

 

「闇の帝王が復活してるぜ」

「ッ!?」

 

 全身に悪寒が走った。

 

 その名を聞くだけで、全身総毛立つ。

 

 「その」存在は、レンに、否、自分達にとってあまりにも大き過ぎる物だった。

 

「馬鹿な・・・あいつは確かに僕が・・・・・・」

「死んでなかったんだよ。どうやらあんた達との戦いを生き延びて、ずっと再起のチャンスを待ってたようだ。既に同じように復活した『友情』と『愛』が交戦したって話だ」

「・・・・・・・・・・・・《絆》と《純潔》も復活してるわけだ」

 

 忌々しげにフェルゼンを睨みながら、レンは呟いた。

 

 どうやら予想以上に、事態は逼迫していたようだ。

 

 レンにとっては忌むべき名。

 

 既に歴史の彼方へと埋もれ、その名を知る者は少ない。

 

 あらゆる世界、数多の歴史の原初たるその名。

 

「『創世記戦争』の再開は、もう目前まで迫っている」

 

 

 

 

 

第13話「因縁、時を越えて」     おわり