ひどく、後味の悪い戦いだった。

 

 今回の任務は、反乱地域の制圧。

 

 と言えば多少は聞こえは良いが、要するに無抵抗の住民を殺す事にあった。

 

 彼等は王の命に従わず、反乱軍を匿っていた罪であった。しかし彼等は、全く抵抗できない非武装の民でしかなかった。

 

 それを蹂躙したのだ。他でもない、自分達が。

 

 噛み締める度に、苦い物が込み上げてくる気がした。

 

 これでは帝国がやった事と、一体何が違うというのだ?

 

 既に戦場だった街は瓦礫の山と化し、生きとし生ける物、その全てが灰燼と化している。

 

 見上げる空。

 

 その頂より降り注ぐ雫は神の癒しか、死んで行った者の咽びか?

 

 ただ、ひとつだけ言える。

 

 きっと、これからも反乱は続く事だろう。

 

 そして自分達はその度に、

 

 不愉快な仕事をさせられる事になるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第11話「過去への贖罪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げる蒼き視線は、困惑と不安がない交ぜになって投げかけられている。

 

「妊・・・娠・・・・・・わた・・・し、が?」

 

 言葉の意味が判らないかのようにたどたどしく反芻するアセリア。

 

 もっとも、口にした当のレイチェルも、自分の言葉の意味を図りかねていた。

 

 エターナルが妊娠する。

 

 極めて異常とも言えるこの事態に、現実感の平行が崩れる気がした。

 

 確かにエターナルは生殖機能を有している。理論上、女性型のエターナルは妊娠する事も可能となっている。しかしそれは、天文学より尚低いと言われる確率の元に語られており、エターナルの有史上、自らの子供を妊娠して出産したと言う記録は存在しない。

 

 遥か太古からの歴史を保管していると言う、噂に高き「記憶の書庫」に行けば何らかの記録が残されている可能性が高いが、あそこは「移ろいの迷宮」に守られており簡単に行けるような場所ではない。

 

「妊娠・・・・・・私とユウトの・・・赤ちゃん」

 

 一方で、徐々に冷静さを取り戻してきたアセリアは、戸惑いながらも恍惚とした表情を浮かべている。その手は自分の腹に当てられ、感触を確かめるようにさすっていく。

 

 アセリアの腹はまだ目立って膨れてはいない。だが腹が大きくなり始めるのは、妊娠の最終段階が近くなってからである。と言う事は、まだ出産までは1ヶ月以上あると見て良いだろう。

 

 レイチェルはそっと、アセリアの肩を押してベッドに横たわらせる。

 

「ほら、起きてないで、今は体を休めなさい。お腹の子に障るわよ」

「う、うん・・・」

 

 子供の事を引き合いに出されてようやく少し素直になったアセリアは、言われるままにベッドに身を預ける。

 

 そんな様子を見ながらもレイチェルが少し複雑な顔をしている事には、自分でも気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 折りしも吹雪は止み、淡い月明かりが雪を照らし出している。

 

 幻惑の光に導かれるように、駆ける影は3つ。

 

 いずれも速度を落とさず雪原を走る。

 

 先頭はユウト、それに続いてレンとナーリスが駆ける。

 

 これから行うのは、事実上の決戦となるだろう。恐らく今度は、城の兵士達も相手にする事になるはずだ。

 

 一般の兵士が相手なら、エターナル2人で充分相手が出来る。

 

 だが問題なのは、相手方にいる3人のロウ・エターナルだ。それらを相手にするのには、やはり力不足な感が否めない。

 

 その時だった。

 

 走る視線の先で、オーラフォトンの輝きが膨らむのを感じた。

 

 急停止するユウト、

 

 ややあって、後ろの2人も足を止めた。

 

「来たな」

「ですね」

 

 頷きつつ、神剣を出して構える2人。遅れるようにしてナーリスも、《陽炎》を抜いて構えた。

 

 緊迫した時間。

 

 どれほどの間をそうしていただろう?

 

 やがて静寂の雪原を破る小さな足音と供に、こちらに向かって歩いてくる人影がある事に気付いた。

 

 人形のような可憐な容姿に、子供の体躯を持つ少女。

 

 ロウ・エターナル《千里》のジュリアは、数10メートルの距離を置いて、3人と向かい合った。

 

「ようこそ、と言っておこうか、カオス・エターナルの諸君」

「お前は!!」

 

 ユウトの目の前でアセリアを攫っていった少女を前にして、平静で居られるはずも無い。

 

 激高しかけるユウト。その背後に立つレンとナーリスは、慌てて抑えに掛かる。

 

 だがここまで来た以上激高に意味が無い事を感じている為、ユウトもいきなり斬り掛かるような真似はしない。

 

 そんなユウトの様子をつまらなそうに一瞥してから、ジュリアは言葉を続ける。

 

「ここより先は領主カイネル様の城である。許可無き者を通す事はかなわん。引き取られよ」

 

 あくまで慇懃に対応するジュリア。

 

 対してナーリスが、焦れたように一歩、前に出る。

 

「何がカイネルの城よ。あんた達がそこで何をしようとしているのか、あたし達はみんな知ってるんだからね!!」

 

 前に出て叫ぶナーリス。

 

「この世界を崩壊させて第一位の永遠神剣に吸収させる事が目的。カイネルの奴に協力する気が無い事は判ってるのよ!!」

「ほう?」

 

 自分達の目的を暴露されたと言うのに、ジュリアには慌てた様子は無い。

 

「それで、それがどうしたと言うのだ?」

 

 その言葉と供に、ジュリアの背後からもう1人の人物が現れる。

 

 整った顔立ちの背の高い青年は、ジュリアの横に立って3人を見る。

 

「カイネル・・・・・・」

 

 突然の出現に、思わず戸惑う。

 

 まさかこの時点でカイネルが姿を現すとは思っても見なかった。しかも、普段なら傍らに控えているはずのエレンの姿も無く、護衛の兵士も見当たらない。

 

 しかしそんな事には一切拘らず、カイネルは悠然と佇む。

 

「君は1つ、勘違いをしている。ナーリス」

「勘違い?」

 

 警戒を解かず、それでも訳が判らず問い返すナーリス。

 

「私は子供の頃から数々の文献を読み漁り、遥かな過去に起こった大戦の事を事細かに調べ上げた。そして、ついに邪神が封印されている場所の事を思い至る事に成功した」

 

 確かに、子供の頃からカイネルはその手の本を読み漁り、時には出入り禁止を言い渡されていた書庫にまで勝手に入り、付き合ったナーリスとエレンも揃って大人達に叱られる、などと言う事もあった。

 

 その研究の成果が、今この状況にあるのだろう。

 

「邪神の、封印場所?」

「そうだ。長年の研究の結果、邪神はこの世界にすぐ隣接する『無限回廊』と言う場所に封印されている。とこしえの闇の底にあると言われるその牢獄を破る為には、莫大なエネルギーを必要としている事も判った」

 

 一端切ってから、カイネルは言った。

 

「そう、それこそ世界を壊せるくらいの力でないと破れないと言う事が判った」

「まさか・・・・・・」

 

 ようやくカイネルの思惑を悟り、同時に顔面が蒼白となる。

 

 そんなナーリスに構わず、カイネルは先を続ける。

 

「私は邪神を復活させるエネルギーを必要とした。ロウ・エターナルはこの世界を崩壊させたかった。両者の利害が一致したからこそ、この協力関係が成り立ったと言うわけさ」

「そんなカイネル、じゃあ、あんたは・・・・・・」

 

 ロウ・エターナルの目論見を知っていて、それでもなおかつ手を貸していたと言うのか。

 

「待ってください!!」

 

 今度はレンが前に出た。

 

 カイネルの言いたい事は判ったが、それでも、どうしても容認できないことがひとつあった。

 

「そんな事をしたら、この大陸や世界に住む人々は皆、崩壊に巻き込まれて消滅してしまうんですよ。あなたはそれでも良いんですか!?」

 

 邪神を復活させて何をしようというのかは判らないが、それでもそれが一番気になった。

 

 対してカイネルは、まるで哀れむかのような瞳をレンに向ける。

 

「お嬢さん」

「おじょっ・・・」

「あなたもエターナルだと聞いているが、この気持ちは人間にしか判らないよ」

「・・・・・・どう言う意味です?」

「人間と言うのはね、限りある命を脆弱な肉体に押し込んだ存在でしかない。しかるに我々の先祖は、邪神を奉じ唯一神に逆らったと言う理由だけで、この極寒の地に流刑にされた。以来2万周期、我々の先祖は、この地獄の中を生き抜き、耐えてきた」

 

 そうか、あれからそんなに経っていたのか。

 

 次の瞬間、カイネルの目がグワッと見開かれてレンを睨んだ。

 

「もうたくさんだ。我々はもう、充分以上に罰を受けた。これ以上を神が望むと尚言い張るのなら、我々はその神にすら刃を向けよう!!」

「・・・・・・その為の、邪神復活ですか?」

「そうだ。邪神を復活させ、全ての世界に宣戦布告する。過去の歴史が間違った物であるなら、今、ここから新たに、正しい歴史を刻む為に戦うまでだ!!」

 

 言い放つカイネル。しかしその瞳は相変わらず澄んでおり、決して彼が自己陶酔に浸った狂信者の類では無い事が伺えた。

 

「既にこの大陸には一定の結界を張り、崩壊に巻き込まれないように処置を施した。後は邪神を解放し、我等の戦列に加えるのみ。それで戦う準備は整う」

 

 抜き放たれる《迅雷》の切っ先は、まっすぐに向けられる。

 

 その視線はゆっくり巡らされ、ナーリスを向く。

 

「その為に、何としても君の力が必要なのだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「私と一緒に来てくれ、ナーリス」

 

 差し伸べられる手。

 

 かつて供に握って眠った事もあるその手は、あの頃とは比べ物にならない程大きく成長していた。

 

 だが同時に、どうしようもない乾いた感覚がナーリスを包み込もうとしていた。

 

「・・・・・・そっか」

 

 カイネルが必要としていたのは自分じゃなくて自分の力だった。

 

 そんな言葉が、胸の奥から湧いてくる気がした。

 

 そして、

 

「ごめん、カイネル」

 

 謝罪と供に決意の言葉が、空気に浮かび上がる。

 

「あたしはやっぱり、あんたの元には行けない」

 

 合わせるように構えられる《陽炎》。その切っ先には既に炎が纏われ、戦機が立ち上ろうとしていた。

 

「だから・・・絶対に、ここであんたを止めてみせる」

 

 決意の言葉と共に、炎が踊る。

 

「そうか・・・・・・」

 

 対してカイネルの口からは、諦めの言葉が漏れた。

 

 同時に、手にした《迅雷》の刀身からは、カイネルの理想に共鳴するように雷光が迸る。

 

「ならば、仕方ない」

 

 共に歩めないのなら、その存在を脅威と断じる以外に無い。

 

 その瞳には、哀れみと供に寂寥感が漂っていた。

 

「君を、この場で斬る」

 

 それが、開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩きながら、レイチェルは定まらぬ思考を持て余していた。

 

 エターナルが妊娠する。

 

 何ともおかしな事態になりつつあるようだ。

 

 子供を宿し産むと言う行為は、女性ならば誰もが一度は夢に見るであろう。

 

 だがエターナルとなった女は、永遠の命と神にも等しい力と引き換えにしてその権利の大半を放棄してしまう。

 

 そんな中で彼女、アセリアは異例中の異例と言えた。

 

 定まらぬ視線のまま歩いていると、急に周囲が喧騒に包まれ始めたのに気付く。

 

 兵士達が慌しく駆け回り、レイチェルの脇を抜けて行く。

 

「彼等が、来たのね」

 

 自分達の計画を止める為に。そして、彼女を取り戻す為に。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、立ち尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残念ですが、お腹のお子さんは・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

『今後、彼女は・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『可愛そうに、まだ若いのに・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『フンッ、とんだ疫病神だよ・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『済まない、もう君とは・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『とんだ不幸を持ち込んでくれた物だな・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『我が家の恥だ・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

『出て行け、役立たず!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!?」

 

 思わず頭を抱え、耳を塞ぐ。

 

 エターナルとなり、人としての全てを捨て去った。

 

 忘れ去った。

 

 その、はずだったと言うのに。

 

 膝から力が抜け、その場へと座り込む。

 

 忌まわしい記憶と供に、嘔吐感が込み上げる。

 

 荒い息のまま、壁に手を付いて立ち上がる。

 

 平衡感覚を失った足はまるで言う事を聞いてくれず、辛うじて倒れないようにするだけで精一杯だった。

 

『イヤ・・・イヤ・・・・・思い出したくない・・・・・・・・・・・・もう、やめて・・・・・・・・・・・・』

 

 動悸が激しくなり、胸を押さえる。

 

 悪寒が急激に広まり、思わず肩を強く抱きしめる。

 

 胸の奥に、徐々に広がっていく黒い染み。

 

 蘇った過去のトラウマは、容赦無くレイチェルを蝕んでいく。

 

 なぜ、こんな事になった?

 

 なぜ、自分は今、こんな事で苦しまねばならない?

 

「・・・・・・あの女」

 

 幽鬼のように、言葉を搾り出す。

 

 脳裏に浮かぶ、蒼い髪を持つ少女。

 

 自分のトラウマを掘り起こした存在。

 

 その姿、全てがレイチェルに呪縛となって降り注いでいた。

 

「そうだ・・・・・・あの女さえ、いなければ・・・・・・・・・・・・」

 

 まるでうわ言のような声と供に、レイチェルはフラフラと歩き出した。

 

 

 

 

 

「援護します!!」

 

 鋭い言葉と供に、手にした弓から矢を放つレン。

 

 同時にユウトは、《聖賢》を翳して斬り込む。

 

 相手はジュリア。まずはこのエターナルを排除しない事には先に進めないだろう。

 

 放たれる矢は、駆けるユウトを追い越してジュリアへと迫る。

 

 しかしその矢は、命中前にジュリアが蜘蛛の巣のように張り出した糸によって防がれる。

 

「クッ!!」

 

 はじける矢の光を見ながら、それでも渾身の力で斬り付けるユウトの剣。

 

 しかしそれも、ジュリアに届く事は無い。

 

 ジュリアは全く動かず、ただオーラフォトンを通した糸で持って攻撃を捌いていく。

 

 不敵な笑みと供に、一斉に鎌首を持ち上げる無数の糸。

 

 その全てが、2人のエターナルを指向している。

 

「行くぞ」

 

 迸り弾ける糸が、一斉に飛び掛ってくる。

 

 銀に光る全ての糸が、鋭い刃と化す。

 

 見る間に周囲の木々が、まるでバターか何かを切るように、滑らかな断面を残して切り裂かれていく。

 

 その糸の軌跡を目で追う事は難しい。僅かに月光に反射して、光が瞬く様が見える程度である。

 

「チッ!?」

 

 それでも、鋭敏な感覚が辛うじて、ユウトに追随する力を与えて来る。

 

 オーラフォトンを込めた刀身で弾きながら、後退するユウト。

 

 レンも刀を取り出し、自分に向かって来る糸を払い落として行く。

 

 だが糸はそれこそ無数に存在し、次から次へと2人に向かってくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに払い除けるのを諦めると、ユウトは自分とレンの周囲に障壁を展開する。

 

 障壁に弾かれ、進路を変える糸。

 

 無数の手数によって相手を切り裂くのが斬糸と呼ばれる武器の特性である。その切れ味は、熟練すると日本刀すら上回るとされるが、さすがに硬強度の物を貫く威力を持たせる事はできない。

 

「よしっ!!」

 

 相手の攻撃が鈍った一瞬の隙を突き、剣を構え直すユウト。この隙に自分の間合いに一足飛びで接近しようと言うのだ。

 

 しかし、

 

「それで防いだつもりか?」

 

 空間に響くジュリアの声。

 

 次の瞬間、2人の足元が一斉にざわめく。

 

「下!?」

「跳べ!!」

 

 ユウトの声に反応し、跳躍する2人。

 

 その一瞬後、地面を潜って障壁を突破した糸が2人の立っていた空間を制圧する。

 

「無駄だ。我が戦場においては、どこに身を隠そうと意味は無い」

 

 瞬時に敵の場所を把握する索敵能力。そしてその場所を一気に制圧する圧倒的な物量。糸の1本1本が永遠神剣である以上、1撃喰らっただけでも相当なダメージは避けられない。

 

 高まるオーラフォトンが、一気に膨れ上がる。

 

 空中にあって、レンは弓につがえた矢にオーラフォトンを込めて放つ。

 

 唸る矢が、目標を目指して真っ直ぐに飛ぶ。

 

 まともに命中すれば、内蔵されたオーラフォトンが炸裂し致死量のダメージを相手に負わせる事も不可能ではない。

 

 しかし、その横合いから伸びてきた糸がレンの矢を弾く。

 

 矢のように真っ直ぐに高速飛翔する物体は正面からの衝撃には強いが、側面からは意外と脆い。

 

 そのまま進路を大きく外れた矢は、目標を逸れて地面に落ちた。

 

「クッ!?」

 

 攻撃が失敗し、そのまま地面に着地するレン。

 

 そこへ再び糸が嵐のように襲い掛かる。

 

 とっさに手に握った刀で払い除けるレン。同時に地面にオーラフォトンを展開、そこから鎖を現出、ジュリアに向かって伸ばす。

 

 しかしその鎖もジュリアの体に届く前に全て絡め取られ、一瞬の内に砕かれて粉々になる。

 

「駄目だ・・・・・・」

《同質の攻撃じゃ埒が明かないよ。もっと大出力の攻撃じゃないと》

「大出力、か・・・・・・」

 

 契約した永遠神剣の言葉を反芻しつつ、視線はジュリアに向ける。

 

 今はユウトがどうにか間合いに入ろうとしているが、やはり張り巡らされた糸に阻まれ前に進めないでいた。

 

「さて、どうしようか?」

 

 溜息とも取れる呟きながら、レンは次の一手を練り始めた。

 

 

 

 

 

 その部屋の前まで来ると、そっと押して扉を開く。

 

 中に居る人影は2つ。1人はベッドの上、そしてもう1人は世話係のメイド。

 

「いかがなさいました、レイチェル様?」

 

 先程も来ていたので、さほど警戒もしていないのだろう。何気ない感じに声を掛けるメイド。

 

 しかし次の瞬間、その目前にレイチェルの姿が現れた。

 

 声すら、上げる暇は無かった。

 

 メイドの鳩尾にめり込む、レイチェルの拳。

 

 くず折れる体を支え、ゆっくりと床に横たえる。

 

「・・・・・・何の、つもりだ?」

 

 ベッドの上にいるアセリアは身じろぎしつつ、レイチェルを見る。どうやら多少動ける程度には回復したようだ。

 

 だが、どう見ても戦闘は無理。第一、彼女の永遠神剣はこの場には無い。

 

 殺気を満たした瞳が、アセリアを睨み付ける。

 

 そう、この女。自分にトラウマを思い出させたこの女さえいなければ、

 

「・・・・・・・・・・・・顕現せよ」

 

 空間に門が開き、《寂寥》がその手に握られる。

 

 幽鬼のような足取りでベッドに近付く。

 

 アセリアは身動きすらせず、レイチェルを見上げている。

 

 その喉元に向けて、

 

 殺気の篭った刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

第11話「過去への贖罪」