振るわれる槍は、一撃で数体の敵を薙ぎ払う。

 

 に踊り込み振るう斬撃は、容赦ない打撃力を持って敵陣を切り裂いていく。

 

 しかし、

 

《南側、敵軍が攻勢を開始しました!!》

《駄目です。戦線を支えきれません!!》

 

 次々と入ってくる報告に、思わず眉を顰めた。

 

 解放軍に入り、少しはまともな戦いができるかとも踏んでいたのだが、帝国軍が本格的に参戦して来た今、その戦線は徐々に押し戻されている。

 

 既に軍内部には、裏切り者すら出始めているとの事だ。

 

 解放軍の崩壊は近い。

 

 仰ぐ天は、一層暗く感じる。

 

 結局の所自分達と言う存在は、風の前に散る花よりもなおも儚い存在でしかないのだ。

 

 その時、

 

《伏せて!!》

 

 聞き覚えのある声。

 

 認識するよりも早く、体が動く。

 

 次の瞬間、衝撃波が頭上を駆け抜ける。

 

「おぉ!?」

 

 思わず巻き込まれそうになる程の一撃は、一瞬にして周囲に居た魔獣の群れを消し飛ばした。

 

「・・・・・・・・・・・・おいおい」

 

 呆れ気味に顔を上げ、抗議の声を発する。

 

「私のタイミングが遅れていたらどうする心算だったんだ?」

「大丈夫、その時は痛みを感じる前に消してあげるから」

 

 胸倉を掴まれながらも、少年は態度を変えずに答える。

 

 とは言え、裏を返せばそれくらい信頼してくれているという事なのだろう。

 

 多分。

 

 見渡せば、周囲に居た敵は一掃されている。

 

 これがこの少年の一撃によって生み出された光景だという事が判っているだけに、頼もしさと同時に背筋が凍るような恐ろしさを感じる。

 

 そんな男の様子を気にせずに、少年は先に立って歩き出す。

 

「ほら、行こうよ。まだ敵は残ってるんだし」

 

 そう告げる少年。

 

 釣られるように、男も苦笑して続く。

 

 今は良い。

 

 今はこの相棒たる少年の力を、自分が何よりも信じていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第8話「太古からの呼び声」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、説明してもらおうかな?」

 

 椅子に腰掛けながら、ユウトは慎重に話を始める。

 

 相手は未知の能力を持つエターナル。一時的に共闘したとは言え、油断は出来ない。

 

 閉店した酒場内は静まり返り、2人以外に動く影は無い。

 

 2人のエターナルは対面に座り、淡い光の中で対峙している。

 

「えっと・・・」

 

 レンはややどもりながら、ユウトの顔を見る。

 

 失敗した。

 

 いずればれるかもしれないと言うのは予想していた事だが、それがこうも早いとは。

 

 考えてみれば、あそこでユウトを援護する理由は・・・・・・まあ、あったな。あそこで援護に入らずに見過せば、ユウトは強制退去になっていた可能性が高い。そうなると、この世界でロウ・エターナルに対抗可能なエターナルはレン1人になってしまっただろう。

 

 現状レンとしては、この世界が崩壊されると聊か困る。今の所「看守」達はレンの脱獄には気付いていないようだが、不用意に神剣の力を解放したりすれば遠からずばれてしまう。しかし放っておくと上記のような事態になってしまう可能性が高いと判断した為、不毛な事は百も承知な上でユウトを助けに入らざるを得なかった。

 

「お前は、エターナルだな?」

 

 ズバリ確信を、いきなり突いてくるユウト。

 

 対してレンは目を逸らしながら、

 

「えっと、ナンノコトデスカ〜、て言ったら、」

「通ると思うか?」

「・・・・・・・・・・・・いえ」

 

 あっさり撃沈。

 

 まあ、これはさすがに冗談なのだが。

 

 仕方なく、レンは頷いた。

 

「ええ、そうです。僕はエターナルですよ」

 

 まあ、ユウトの言う通り今更隠し立てする事に意味は無いだろう。

 

 それに本当にロウ・エターナル達がこの世界の崩壊を狙っているなら、正体を明かして協力体制を築いた方が、今後都合が良いだろう。

 

「そう言うユウトさんは、カオス・エターナルなんですか?」

「ああ」

 

 頷いて、ユウトは先を続けた。

 

「俺とアセリアはカオス・エターナルだ。この世界にはマナの異常な流れを追ってきた」

「異常な流れって言うと、この世界には他の世界からもマナが流れ込んでるって言うんですか?」

 

 俄かには信じ難い事だった。

 

 それには空間を繋ぐ門を恒久的に固定し、マナの流れを一定方向に指向させなければならない。相当高い技術力とマナやオーラフォトンの知識が必要になってくる。もっとも、知識として得たロウ・エターナルの持つ技術力ならば、それも可能かもしれないが。

 

「俺達はこの世界に来るまで、ロウ・エターナルが築いたそれらの拠点を潰しながらやって来た。そうしてこの世界にやって来て、ここが一連のマナ流の中心である事を確信したよ」

「じゃあ、この世界が、崩壊の基点と言う訳ですか?」

 

 この世界のみではなく他の世界からもマナが流れ込んでいるとなると、事態はレンが想像していたよりも深刻である可能性が高い。もしその状態で崩壊現象を起こしたなら、被害はこの世界のみならず周辺世界にも及ぶ事だろう。

 

「ここに辿り着くまで、100年近い時間が掛かったが、ようやく奴等を追い詰める事ができた」

 

 握るユウトの拳にも、力が篭る。

 

 100年。永遠を生きる事ができるエターナルからすれば、何でもない時間である。しかしだからと言って、時間的な感覚が短くなるわけではない。100年と言う時間は、ユウト達にとって、途方も無く長い時間に感じた事だろう。

 

「事情は判りました。それではあの城に、何か手掛かりがある事は間違い無いんですね?」

「ああ。マナの流れは城内へ続いている。俺の見立てじゃあ、恐らく地下に何かあると思うんだ」

「地下ですか・・・・・・」

 

 しかし地下となると、容易に事は進まなくなる。強引に行こうとすれば先程の二の舞になるだろう。

 

 どうするのかと考えていると、ユウトは自信ありげに笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だ。そこら辺の事は考えてある。だから、お前にも協力して欲しいんだ」

「良いですよ。僕に出来る事なら」

 

 二つ返事で了承するレン。

 

 取り合えず、作戦開始は明朝と言う事になり、今日のところは2人共部屋に戻って休む事にした。

 

 ただ、2人共、厨房の奥で息を殺して聞き耳を立てている存在がいた事には、最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純白の雪原は今や、血風と叫喚の巷と化していた。

 

 降りしきる吹雪に混じり、乱れ飛ぶ緋色は一面に広がり、さながら赤い壁を連想させる。

 

 その殺戮劇を演出した存在は、足元に倒れ伏す屍の山を、侮蔑を込めた瞳で睨み据える。

 

 僅か一瞬。その一瞬の内に、軍勢の半数が肉塊すら残さずに消滅してしまった。

 

「フンッ、この程度で私に挑もうとは、笑わせてくれる」

 

 純白の防寒着に身を包んだ金髪の少女は、せせら笑う声と供に告げる。

 

 いっそ可愛らしいと表現しても良い容姿からは想像できぬほど、凄惨な殺気がその身より発せられている。

 

 第一撃から辛うじて生き残った兵士達が、遠巻きに少女を眺めている。

 

 圧倒的。

 

 仮に全軍を傾けたとしても、彼等は少女に毛ほどの傷を負わせる事も叶わないだろう。

 

 そんな彼等の前で、少女は右手を掲げる。

 

 傍から見れば、何でもないような動作。

 

 だが次の瞬間、残った兵士達は1人の例外も無く、一斉にその首を刎ねられ、地面に躯を転がした。

 

 その様子を確認してから、少女は面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

「何とも呆気無い。これでは私が来るまでもなかったのではないか?」

 

 問い掛けるような少女の言葉に、背後の吹雪の中から現れた影が答えた。

 

「いや、うちの柔な兵士達じゃ、連中には敵わねえだろうから、あんたに来てもらったのは正解だったよ」

 

 タウラスほどではないが、それでも人間としてはかなり大柄な部類に入る男が現れた。

 

 男は足の爪先で死体を小突きながら続けた。

 

「こいつらは伝説じゃあ、俺達を監視する獄吏の一族だったって話だ。だからこそ、今まで俺達よりも強い武力があった」

「人間としての武力など、逆立ちしても私達には敵わぬ。お前達を流罪にした者達とは、そんな事も判らぬ間抜けだったのか?」

「さてな。だが、これでカイネルの言う『条件』ってのはあら方整った訳だ」

 

 今より太古の昔、伝説にある邪神を奉じた罪により追放された一族。その一族を監視する者達が今、地に倒れ伏して息絶えた。よって、彼等を縛る物は、今この現代においては何者も存在しえない事になった。

 

「っと、そう言えば、そのカイネルから何か来てたな」

 

 男の言葉に反応し、少女も広げられた書状に見入る。

 

 その目が、徐々に愉悦に変わっていくのを、男は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 ユウトが示した作戦とは、何の事は無い。いたってシンプルな潜入捜査だった。

 

 夜の内は人気が絶える城内も、昼は逆に使用人達が行き交っている。その喧騒こそが、逆に隠れ蓑になるのではと踏んだのだ。

 

 人目があっては、ロウ・エターナル達も大っぴらには動き辛いはず。うまく行けば、今日中には任務が達成できるかもしれなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・よし」

 

 城内でも目立たない執事服に着替え終え、ユウトは周囲を伺う。

 

 在り合わせの調達である為、多少サイズが遭わないが気になるほどではない。

 

胸元のネクタイを結び直しながら周囲の様子を伺うが、幸い人影は無く、今ならフリーハンドで動けるはずだ。

 

「今の内だ。行こう」

 

 そう言って、着替えにまごついているレンを急かす。

 

「あの、ユウトさん・・・・・・」

 

 いつに無く低い声、と言うより落ち込んでいるような声が聞こえてくる。

 

 そんなユウトに、レンは怒りを抑えるような声で告げる。

 

「潜入ってのは悪くないと思います。昼間に忍び込むってのも、この際敵の盲点を突ける可能性を考慮すれば賛同できます。でも、」

 

 一拍置いて、レンは言った。

 

 その、悲痛な叫びを。

 

「何で僕がこんな格好しなくちゃいけないんですか!?」

 

 目に血涙すら浮かべそうな勢いで、ユウトに詰め寄るレン。

 

 その格好は、紺のブラウスにスカート、白いエプロンを身に付け、頭にはご丁寧にヘッドドレスまで付けている。

 

 まさに典型的な「メイドさん」の格好だった。

 

「しょうがないだろ、お前に合う服それしかなかったんだから」

 

 かなり似合っている。とはさすがにユウトも言わなかった。可哀想だから。

 

 実際、童顔な上に女顔のレンがメイド服を着れば、誰がどう見ても男には見えないだろう。

 

「う〜〜〜」

 

 確かに、衣裳部屋にあった予備の執事服は、どれも大人用の物ばかりで、小柄なレンが着ればダボついてしまった。

 

 他に選択肢が無いのは理解している。

 

 しかし、

 

「納得が行きません」

 

 ボソッと言うレンの言葉を、丁重に無視するユウト。

 

 恨めしい目をしても、それが事実である以上仕方が無い。

 

「ほら行くぞ。時間がないんだから」

 

 潜入には成功したものの、時間は有限である。

 

 渋るレンの首根っこを引っ張って、ユウトは探索を開始した。

 

 夜に見たときもそうだったが、この城はやはり広い。ある程度当りを付けて探っていかないと、決して答えには辿り着けないだろう。

 

「・・・・・・それで、どうするんです?」

 

 格好については既に諦めたレンは、それでもヒラヒラするスカートを煩わしく思いながらユウトに続く。

 

「大規模で重要な儀式を密かに行うスペースが必要だから、当然、その入り口は普通の人間には簡単には判らないような場所でなくちゃいけないはずだ。そうなると、候補は大分絞られてくるだろ?」

「と言うと、当主専用の区画とか?」

「まあ、そんな感じだな」

 

 そう言いながら足は、昨日は入る事が出来なかった当主専用区画へと向かっていく。

 

 ここに入る事ができるのは、カイネルの側近と専用の使用人達のみである。

 

 扉を開いて、中へと入る。

 

 視界にはいくつか扉があり、さらに奥へと続いているのが判った。

 

「ここからは慎重にな」

「判ってます」

 

 ロウ・エターナルがいる可能性もあるし、そうでなくても本物の使用人に出会ってしまったら、それだけで大騒ぎになる。

 

 誰にも見付からない事。これがこのミッションの勝利条件である。

 

 既に怪しい雰囲気を醸し出している執事とメイドは、慎重に自分達の気配を殺しながら進んでいく。

 

 1つ1つの部屋を慎重に調べながら候補を潰し、やがて1つの大きな扉の前に立った。

 

「ここは?」

 

区画の一番奥に存在するその扉は、一見何に変哲も無いただの扉にさえ見える。

 

 しかし、これが区画最後の扉である以上、何らかの成果が欲しい所であった。

 

「さあな、取り合えず調べてみるしかないだろ」

 

 そう言ってユウトが取っ手に手を掛けた瞬間であった。

 

「そこで何をしている!?」

 

 突然の背後からの声、

 

 2人はビクッと肩を震わせると、身構えながら振り返った。

 

 そして、

 

「曲者だ〜出会え〜」

 

 妙に気の抜ける掛け声を、目の前のメイドが叫んでいた。

 

 その顔には悪戯成功を示す笑みが湛えられ、2人の反応を楽しんでいるのが判った。

 

「・・・な、ナーリス?」

「ヤッホ」

 

 屈託無く手を振るナーリスの姿に、2人は一気に脱力するのがわかった。

 

 彼女の格好もレンと同じメイド服であるが、手に持った《陽炎》が死ぬ程違和感を発していた。

 

「『ヤッホ』じゃないでしょ、こんな所で何やってんの!?」

「それはこっちの台詞よ。2人してこんな所でコソコソして」

 

 そう言ってから、レンの格好に目をやり、

 

「・・・・・・・・・・・・プッ」

「あ〜〜〜笑った!! 今、鼻で笑った!!」

「いや〜レン君にそっち系の趣味があったなんて、オネーサンビックリだよ」

「いや、その言葉いかにもワザとらしいから!! ってか、オネーサンって何っ!?」

「取り合えず落ち着け」

 

 何となく取り返しのつかない方向に話が進みそうな気がした為、ユウトは2人の間に入って話を中断させると、改めてナーリスに向き直った。

 

「ナーリス。すまないが俺達には遊んでいる時間が無い。もし君が邪魔すると言うのなら、」

「どうするの?」

 

 不穏な気配を感じ取り、身構えるナーリス。

 

 その手は無意識の内に《陽炎》へと伸び、いつでも抜けるようにする。

 

 とは言え、ナーリスもそれなりに武を齧る者である。既に目の前の男と自分の間には、どうしようもない格の差が存在している事を理解していた。

 

 戦ったら勝ち目は無い。

 

 そんなナーリスに、ユウトは諭すように穏やかに告げる。

 

「寄宿先の娘さんに手荒な真似をするのは心苦しいがな」

 

 いざとなったら力ずくで。と言う言葉を言外に潜ませる。

 

 その手に永遠神剣は無い。しかしユウトなら、それこそ指先だけでナーリスを無力化できるだろう。

 

 レンが固唾を呑んで見守る中。

 

「別に、そんな脅しがなくったて、どうこうする気はありませんよ」

 

 サバサバした調子で言うと、ナーリスは肩を竦めた。

 

 そのあまりにあっさりした態度に一瞬表紙が抜ける思いだったが、同時に敵意が無い事を理解して、レンもユウトも警戒心を解いた。

 

「その代わり、あたしも同行するわよ」

 

 代わりに切り出す条件を断固とした口調で告げた。

 

 途端に2人の顔色が変わる。

 

「それは駄目だ」

「そうだよ。ここからはかなり危険なんだから」

 

 左右から説得を試みるユウトとレン。

 

 しかしナーリスは、そんな2人を見やりながら全く動じようとしない。

 

「だって、2人共地下の入り口が知りたいんでしょ。あたし知ってるけど?」

「本当か? て言うか、何で俺達が地下を探りたい事を知ってる?」

「昨夜、2人が酒場で話してるの聞いちゃった」

 

 ユウトは自分の迂闊さに思わず舌打ちしたくなった。敵エターナルの接近を警戒し外にばかり気を配っていたのが仇になったようだ。遠くを見て足元見ずとはこの事だ。

 

「・・・・・・まあ良い」

 

 事この段になって、今更後悔しても遅い。こうなった以上、一緒に来てもらった方が安全だろう。

 

「ただし、絶対に無茶をするな。危ないと思ったら、俺かレンの後ろに下がるんだ」

「ユウトさんはともかく、レン君の後ろにですか?」

 

 ナーリスはレンの正体も実力も知らない。加えてこの貫禄の無さである。侮られても仕方が無かった。

 

 しかし今、それを説明している暇は無い。ユウトとしては自分の中で最善の策を取る以外に無かった。

 

「とにかく、判ったな」

「は〜い」

 

 不承不承と頷くナーリス。もっとも、納得していないのは火を見るよりも明らかなのだが。

 

「それで、君が知ってる地下への入り口ってのは?」

「あそこよ」

 

 そう言ってナーリスが指差したのは、さっきまで2人が入ろうとしている扉だった。

 

「この先には当主の屋内菜園場があるの。地下への入り口は、確かそこにあったはずよ」

「そうか、当主の趣味の部屋なら、必要な人間以外は入れない。まさに理想的って訳だ」

 

 ユウトは指を鳴らした。やはり、予想は正しかったようだ。

 

「でも、ナーリスは何でそんなに詳しいの?」

「ん〜、実はあたしさ、子供の頃はこの城に住んでたんだ。母さんが城のメイド長やっててね」

 

 それは驚きの事実だった。

 

 と言うか、意外な所に解へ至る鍵が落ちていたことに今更気付き、ユウトは苦笑せざるを得なかった。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 レンは先頭に立つと、扉に手を掛けてゆっくりと押して行く。

 

 それに続く2人。

 

 やがて視界が開け、そこには長い廊下が存在した。

 

 その廊下を抜けた先に、更にもう1枚扉がある。恐らくあれが、菜園場の入り口なのだろう。

 

 だが、その前に立つ『門番』の存在を無視して通る事はできそうになかった。

 

 廊下の中ほど、中央に立つ女性。手には大身槍を持ち、漆黒のスーツに緋色のコートを纏ったエターナルは、3人の来訪に対して笑顔を持って応じた。勿論、その下に殺気を満たしながら。

 

「《寂寥》のレイチェル!?」

「そんな、感付かれた、何で?」

「いや、あれだけ騒げばバレるだろ」

 

 驚愕するレンとナーリスに、呆れ気味に突っ込みを入れるユウト。既にこれあるを予期していたらしく、手には《聖賢》が握られている。

 

「ようこそ。昨夜に続いて2日に渡る来訪には、当主カイネル様もいたく感服していらっしゃるわ」

 

 慇懃にそう言いながら、手にした槍の穂先を3人に向ける。

 

「あなた達には最高のもてなしを。そう言われてるからね」

 

 殺気にオーラフォトンが反応し、廊下内がスパークを起こす。

 

 対してユウトは、一歩前に出る。執事服の胸元にあるネクタイを緩めながら、意識はゆっくりと臨戦態勢まで上昇して行くのが判った。

 

「レン、俺があいつを押さえておくから、先に行って儀式の確認を頼む。ナーリスは案内してやってくれ」

 

 構えられる《聖賢》の刀身からも、オーラフォトンが迸っている。

 

「判りました」

 

 頷くと、動きにくいスカートの裾を摘みながら走り出す。その後から続くナーリス。

 

 一応、レイチェルが仕掛けてくる事を警戒していたのだが、2人が通り抜ける間、レイチェルは1歩も動こうとしなかった。

 

 訝るユウト。

 

 対してレイチェルの双眸は、真っ直ぐにユウトにのみ向けられている。

 

「意外だな。後を追わないのか?」

「背中向けた瞬間バッサリってのは、ちょっとごめん被りたいからね。それに、」

 

 剣呑な雰囲気の中に、僅かに歓喜の気が混じった気がした。

 

 その証拠に、レイチェルの瞳が輝いている。あれは、欲しかった玩具を与えられた子供の目だ。

 

 ふと訝るユウト。

 

 あの目、どこかで見た事があるような気がしてならなかった。

 

「あんたとは一度、心行くまで刃を交えてみたいと思っていたんだ」

 

 あの街道での初めての対峙の時、

 

 否

 

 もっと前、かの《黒き刃》タキオスを破った剣士の名を聞いた時から、思い描いていた1つの決闘の形。

 

 それが今、時空を越えてこの雪の世界にて顕現しようとしていた。

 

 そしてユウトもまた納得する。

 

 今のレイチェルの目は、かつて対峙した時のタキオスと同質のそれだと。

 

「秩序の永遠者ロウ・エターナル、永遠神剣第三位《寂寥》の主、レイチェル。一手お相手願いたい」

 

 古式の堂々とした名乗りが、これが一種の儀式である事を物語っている。

 

「混沌の永遠者カオス・エターナル、永遠神剣第二位《聖賢》が主、《聖賢者》ユウト、お相手する」

 

 ユウトもまた、胸を張って名乗る。

 

「「いざ!!」」

 

 2人のエターナルは、同時に床を蹴った。

 

 

 

 

 

 中に入ると、痛いほどの緑が全面を満たしていた。

 

「うわっ」

 

 思わず声を上げてしまうほど、その部屋は外とのギャップに満ちていた。

 

 そもそも常冬のこの地方において、これだけの植物を育て、維持するのは、想像を絶するほどの気力と労力が必要だっただろう。

 

 緑だけではない。色とりどりの花も顔を見せ、極彩色を周囲に広げている。

 

 供に見上げているナーリスも、半ば呆れたように溜息を吐く。

 

「はあ、久しぶりに入ったけど、相変わらずすごいわね」

「入った事あるの?」

 

 ここは当主専用区画であるから、たとえ子供の頃のナーリスであっても簡単には入れないはずだ。

 

 だがナーリスは、話をはぐらかすようにそっぽを向いた。どうやら、あまり触れられたくない話題のようだ。

 

「さ、そんな事より、地下への入り口はこっちよ」

 

 そう言いながらナーリスは、重そうな鉢をどかそうとしている。それを見てレンも、慌てて駆け寄り手伝う。

 

 どうやら、何らかの仕掛けになっていたらしいその鉢は、動かすと重々しい音と供に床の扉が開いていった。

 

 ありていに言って、2人の足元が。

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 メイド服姿の2人の少女(1人は少年)は、もつれ合うようにバランスを崩して現れた階段を転がっていく。

 

 やがて、狭い踊り場の上で壁にぶつかって停止する。

 

「あっはは、ごめん。床が開く場所が何処か忘れてた」

「勘弁してよ」

 

 もつれ合ったままバツが悪そうに笑うナーリスと、溜息を吐くレン。

 

 取り合えずそのままでいるのも何なので、起き上がって状況を確認する。

 

 相当騒いでしまった事に気が付いて舌打ちするが、どの道もう敵にはこちらの侵入はばれているはずなので気にする必要は無いだろうと、むしろ開き直る事にした。もっとも、半ば事後の諦めに近い感は否みようも無いが。

 

 階段はそれなりに狭く、人が並んで歩くにはギリギリである。加えて、何度か踊り場を挟んで折られている為、奥を見通す事はできそうに無い。

 

「この先に少し大きな部屋があるの。多分、そこがそうだと思う」

 

 そう言うとナーリスは、先頭に立って歩き出す。

 

 ここまで来ればレンが先頭の方が良いのだが、この際言っても聞かないだろうと思うので、レンは最大限に警戒しながら後に続く事にした。

 

 

 

 

 

 剣と槍の対決の場合、その戦闘の様相は必然的に間合いの削り合いとなる。

 

 距離を置いてある分にはレイチェルのほうが有利だが、一旦距離を詰めてしまえば勝機はユウトの物となる。

 

 いかにして自らの間合いを維持するか、あるいは奪い取るかが勝敗の鍵となった。

 

「ハッ!!」

 

 狭い廊下一杯に、枝分かれした《寂寥》の刃が迫ってくる。

 

 これも《寂寥》の持つ能力の1つである。

 

 最大で20まで穂先が分裂する槍、《寂寥》の攻撃は、この狭い室内においては実質弾幕射撃に等しい効果を得られる。

 

 対してユウトは冷静に、自らに向かって来る穂先のみを見据える。

 

「ハッ!!」

 

 振るわれる《聖賢》の刃は、3本の穂先を叩き落して僅かに突破口を開く。

 

 その穴に飛び込むユウト。

 

 対してレイチェルは、残った刃を急激にカーブさせて背後からユウトを刺し抜きに掛かる。

 

 その刃がユウトに当るかと思われた瞬間、

 

 ユウトは全速で壁を駆け上がり穂先を回避、そのまま距離を詰めて行く。

 

「チッ!?」

 

 それでも、レイチェルが穂先を巻き戻す方が速い。

 

 襲い来る《寂寥》の穂先は、壁を走るユウトを狙う。

 

 しかしユウトは、再びトリッキーな動きで回避してのける。

 

 今度は天井を駆け、一気にレイチェルに斬り込んだ。

 

「貰ったぞ!!」

 

 振るわれる斬撃。

 

 対して、後退して回避するレイチェル。

 

 《聖賢》の切っ先は、僅かな差で空を切った。

 

 ユウトの技後硬直を利用して、レイチェルはオーラフォトンを放出、神剣魔法を発動する。

 

「アクセル・フィールド!!」

 

 周囲の物理法則が書き換えられ、時間が加速する。

 

 視界の中でスローに動くユウト。今やアドバンテージはレイチェルに移った。

 

 密かにほくそ笑む。

 

 しかしその笑みは、自身の勝利を確信しているからではない。

 

 この状況でユウトがどんな手を打ってくるのか? それが楽しみで仕方ないのだ。

 

 振り下ろされる槍。

 

 だが次の瞬間、ユウトが身を翻す。

 

 振るわれる穂先は空しく床を叩き、敷石を飛び散らせる。

 

 その中にあって、2人のエターナルは互いを見据えて向かい合う。

 

 幾たびの修羅場を潜り抜け、ユウトは既に一人前の戦士へと成長を遂げていた。もうかつての、危うさを感じさせる姿はどこにも無かった。

 

 視界が晴れると同時に、2人は再び斬り結んだ。

 

 

 

 

 

 そこは、本当に広い空間だった。

 

 四方100メートル近くある空間は中央に祭壇を設けられ、そこから伸びる紐を伝って、光が吸収されていく。

 

 レンは瞬時に理解した。あれは、この世界全体から集められたマナだという事。

 

 そしてこの祭壇は、マナを集める為の媒体なのだろう。

 

 その中央に目を向けた時、

 

「これは!?」

 

 レンは驚愕で目を見開いた。

 

 虹色に光る宝珠が、祭壇の中央に安置されている。光は全て、その中へと吸収されていくのが判った。

 

「どうしたのレン君?」

 

 尋ねるナーリスの言葉にも答えず、レンは宝珠を見据え続ける。

 

 その脳裏に浮かぶ、昔の記憶。

 

 リフレインは同時に、レンの危機感を呼び起こす。

 

 こんな物があってはいけない。こんな物があっては、戦乱を呼び込むだけだ。

 

 そう思った瞬間には、手には刀が出現していた。

 

「レン君、その剣・・・・・・」

 

 それが自分の持つ剣と同種の存在と悟り、唖然とするナーリス。

 

 そんな彼女を無視して、レンは宝珠に向かって斬り掛かる。

 

「レン君!!」

 

 ナーリスが静止するように叫ぶが無視する。今のレンには、問題の宝珠以外の物は見えていなかった。

 

 ロウ・エターナルが何を企んでいるかなど、この際関係ない。こんな物がここにあるというだけで、レンの精神は千々に乱れる思いだった。

 

 宝珠その物を傷付ける事は不可能だろう。しかし祭壇を破壊して、儀式を中断させる事は可能なはずだ。

 

 振り下ろされる刃。

 

 しかしその斬撃は、横合いから襲い掛かってきた衝撃によって吹き飛ばされた。

 

「レン君!!」

 

 壁際まで吹き飛ばされるレンの姿を見て、思わず駆け寄ろうとするナーリス。

 

 しかし、その前に突然現れた大柄な人影が、行く手を遮る。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、腰の《陽炎》を抜こうとするナーリス。

 

 しかしその前に、腕を捻り上げられてしまった。

 

「あ、グッ・・・・・・」

 

 折れる一歩手前まで間接に圧力が掛かり、腕が悲鳴を上げる。

 

 その時だった。

 

「おいおい、彼女は私の客人だ。手荒な真似をされては困る」

 

 澄んだ声音が地下室に響き渡り、同時に腕に掛かった圧力から解放された。

 

 荒い息のまま見上げる先に立つ、見覚えのある青年。

 

「カイネル・・・・・・」

「久しぶりだねナーリス。君の方から来てくれるとは、実に好都合だったよ」

 

 旧友を懐かしむような瞳と声がナーリスに向けられる。

 

 しかし当のナーリスは、忌々しい物でも見るように瞳を逸らした。

 

「何を今更」

 

 向けられる言葉もまた、辛らつな要素を含む。

 

 そのやり取りを見ながら、レンは傷付いた体を起こす。

 

 どうやら今のやり取りからして2人は面識があり、そしてかつてはそこそこ深い仲であったことが伺えた。

 

 考えてみればナーリスは、当主しか知り得ない地下通路の入り口を知っており、その詳細も熟知していた。それだけの事を知っていて、「昔城に住んでいた」だけではいかにも説明不足であった。

 

 そんなレンと、脇に下がったタウラスの前で2人の問答はヒートアップして行く。

 

「あたしはね、あんたの下らない妄想に付き合うのは、もう金輪際ごめんなの」

「妄想、ね。どうやら君はまだ、私が目指す物の本質を理解していないようだ」

 

 穏やかな口調だが、この手の人種によくある自己陶酔感や演劇口調が無い。その瞳にも濁った感は無く、よくある救世主タイプの人間ではない事が判る。更に口調が一応整然としている事から見ても、狂信者の類でもないらしい。

 

「遥か太古の昔、私達の祖先が受けた屈辱と苦しみ。そして今尚続く理不尽な罰。そこから抜け出すためならば、私は何でもする心算だ。たとえそれが、悪魔に魂を売り渡す結果に繋がるとしてもね」

 

 静かな口調の中に篭る断固たる響き。

 

 遥か昔。

 

 邪神を奉じたが故に今尚続けられる、苦しみの日々。

 

 どうやらこの計画、主体となっているのはロウ・エターナルのようだが、発端はカイネルのようだ。

 

「それで、こんな物を作ったって訳?」

 

 祭壇を指して問うナーリス。

 

 対してカイネルは、その祭壇に手を掛けながら答えた。

 

「その通り。これさえあれば、私達の悲願が叶うんだ」

 

 ナーリスに向き直る。

 

 その手に、いつの間にか剣を握って。

 

『あの剣は・・・・・・』

 

 またしても見覚えのある剣の登場に、思わず呻くレン。

 

 銀の装飾の入った剣を抜きながら、カイネルは言葉を紡ぐ。

 

「その邪魔をする要素は、排除されねばならない。悪いんだけど君達には、計画終了までこの城で大人しくしていてもらうよ」

 

 次の瞬間、静観していたタウラスが動いた。

 

 両手の手甲にオーラフォトンを込め、ナーリスに殴りかかる。

 

「いけない!!」

 

 エターナルでないナーリスがあんな物を喰らってはただでは済まない。

 

 レンは両手を掲げると、指の間に1本ずつ、計8本のナイフを握ってタウラスに向かって投げつけた。

 

「ぬっ!?」

 

 とっさに動きを止め、ナイフを払い落とすタウラス。

 

 その隙にレンは立ち上がり、刀を出して構えた。

 

「貴様、昨夜のエターナルだな。まさか女だったとは」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まさかこの格好で「男です」とは言えない。と言うより、この場合告白したほうが恥ずかしい気がしたので、あえて黙っている事にした。

 

 ただ迸る殺気を刃に乗せて、一言。

 

「行きます」

 

 両者は同時に動いた。

 

 その様子を傍目で眺めながら、ナーリスとカイネルも対峙する。

 

「ほう、どうやら彼女もエターナルらしいね」

「え、えっと〜」

 

 さすがにこれには、ナーリスも苦笑せざるを得ない。

 

 とは言え、エターナル。レンも、そしてユウトもそうらしいのだが、一体何の事を言っているのか、今だにその名称しか知らないナーリスには理解できなかった。

 

 だがそれ以上、思考する事は許されなかった。

 

 永遠神剣第四位《迅雷》。

 

 ナーリスの《陽炎》よりも更に強力な神剣の切っ先を、カイネルは向けてくる。

 

「ナーリス、これは警告だ」

 

 その内に、徐々にオーラフォトンが満たされていく。

 

「私に従うんだナーリス。これ以上邪魔をすると言うなら、例え君でも容赦しない」

 

 本気になったカイネル。その様を初めて目にして、ナーリスは自然と手が震えてくるのを感じた。

 

 それでも、恐怖を噛み殺して《陽炎》を抜き放つ。

 

「煩いわね。この際だからはっきり言うけどあたしはあんたの、そう言う何でも自分の思い通りになると思っている性格が、昔から大ッ嫌いだったのよ」

 

 炎を纏った緋色の刀身が、地下を明るく染め上げる。

 

 その様を見ながら、カイネルはナーリスに判らないようにそっと笑みを浮かべた。

 

 やはり彼女は良い。こうでなくてはナーリスではない。

 

 

 

 

 

 狭い地下と言う事もあり、互いに全力で戦う事ができない。

 

 それでも、接近戦に長じたタウラスのほうに分があると言える。

 

「喰らえ」

 

 低い言葉と供に繰り出される猛ラッシュ。

 

 それらを、辛うじて自分の間合いを維持しながら捌いて行くレン。

 

 とは言え、一撃一撃の重さを前に、刀を握る両腕が悲鳴を上げ、徐々に痺れてくるのが判る。

 

「ハッ!!」

 

 とっさに壁を蹴って上空で宙返りをうち、タウラスの背後を取る。

 

 横なぎに繰り出される刃。

 

 しかしタウラスは冷静に刀の軌跡を見定め、手甲で弾く。

 

「チッ!?」

 

 押し戻される刃に舌打ちしつつ、後退して構え直す。

 

 純粋な接近戦では勝ち目が薄い。何とか距離を置いて、

 

 そう思った瞬間、タウラスの拳がレンの頬を掠める。

 

「わっ!?」

 

 とっさに飛び退くレン。

 

 その一瞬の隙に、タウラスはオーラフォトンを凝縮して行く。

 

『いや、違う』

 

 見るのは昨夜に続いて2度目。ようやく、この技の正体が掴めて来た。

 

 タウラスはオーラフォトンを使い空間その物を圧縮し、高密度化して打ち出しているのだ。その一撃は、正に砲撃のような威力で持って襲い掛かってくる。しかも遠当てのような要領で遠距離攻撃も可能なようだ。

 

「喰らえ!!」

 

 打ち出される衝撃。

 

 対してレンは、障壁を張って迎え撃つ。

 

 しかし

 

『防ぎ・・・きれない!?』

 

 一瞬と待たずに障壁は打ち破られ、ほとんど威力が削がれないまま衝撃はレンを直撃、吹き飛ばす。

 

 タウラスとて重要な施設がある手前、出力をある程度抑えているはずである。にも拘らずこの威力である。

 

『あと1発喰らったら、まずい』

 

 何としても、その前に極めるのだ。

 

 一瞬で良い。奴の動きを止めるのだ。そうすれば、勝機はレンの方に来る筈。

 

 近付いてくるタウラス。

 

 その眼前に、レンはオーラフォトンを展開する。

 

「我が身を縛るは天空の縛鎖!!」

 

 詠唱に反応し、タウラスを囲む床が一斉に輝く。

 

 そこから伸びる無数の鎖が、タウラスの巨体を拘束して行く。

 

「これは!?」

 

 突然の出来事に、思わず目を剥くタウラス。

 

 その身は既に、幾重にも取り巻いた鎖によって身動きが叶わなくなっている。

 

 対してレンは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「かつて魔獣1000体を縛り、我が軍に勝利をもたらした魔法です。そう簡単には解けませんよ」

 

 そう告げながら、手には弓矢を持って構える。

 

 狙い通り。後はこの一撃で極めるのみ。

 

 引き絞る弓矢。

 

 対してタウラスは、その様子を冷静に見据える。

 

 対峙するエターナル、確かレンとか呼ばれていただろうか? 神剣の形状は相変わらず不明だが、どうやらその能力は、空間から様々な武器を取り出す事にあるらしい。その威力がどの程度か判らないが、それでも色々な面で汎用性が高いのは事実だ。

 

 両腕に力を込める。

 

 オーラフォトンで編まれた鎖は思いの外硬く、タウラスの体を縛り上げている。

 

 だが、

 

「オォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 地に響くような唸りと供に、体中のオーラフォトンが膨張する。

 

 それと同時に鎖も、次々とほつれて行く。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちするレン。どうやら魔獣1000体よりも、エターナル1人の方が強いらしい。

 

 解き放たれる矢。

 

 唸りを上げて飛ぶ一矢は、それだけでエターナル級の存在をも屠れるだけの威力を乗せてある。

 

 だが次の瞬間、タウラスを縛っていた鎖が一斉に弾け飛んだ。

 

 同時に矢が命中する。

 

 閃光に満たされる地下室。

 

 それが晴れた瞬間。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その場には、無傷のタウラスが立っていた。

 

 眼前でクロスさせていた腕を解く。

 

 その姿は、先程とは全く違う物になっていた。

 

「これが、《逆鱗》の真の姿だ」

 

 黒褐色に光る全身鎧に身を包み、タウラスは言った。

 

 普段は恐らく、手甲の状態となってオーラフォトンの出力を抑えているのだ。そして全開にすると鎧の形になるのだろう。肩や膝、頭部からは大振りな棘が突き出し、いかにも禍々しい外見を見せている。

 

 完全に防御主体の永遠神剣。レンのバトルスタイルにおいて、これ程やりにくい相手はそうはいないだろう。

 

 状況は控えめに言っても良くない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 チラッと眺める先にある祭壇。あの元凶とも言うべき存在をこの場に残しては行きたくなかった。

 

 出来るなら破壊。無理でも足止めくらいはしたい所であった。

 

 だが、それを許すほどタウラスというエターナルは甘くなかった。

 

「どうした、来ないならこちらから行くぞ」

 

 拳を構えるタウラス。

 

 次の瞬間、その巨体はレンの目の前に現れる。

 

『は、速い!?』

 

 防御は間に合わない。そもそもタウラスの攻撃力を前に、レンの防御障壁は無力に等しい。

 

 振り抜かれる拳はレンの顔面を直撃、そのまま殴り飛ばした。

 

「レン君!!」

 

 吹き飛ばされたレンの姿に、一瞬気が削がれるナーリス。

 

 その隙を、カイネルは見逃さない。

 

「余所見をしている暇があるのかな、ナーリス?」

 

 迸る一線より雷鳴が奔り、ナーリスの体を直撃した。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 電流が各神経を侵し、体の自由を一気に奪い去る。

 

 そのままナーリスの体は、冷たい床へと倒れ伏した。

 

「ダメージ自体は小さいはずだ。もっとも、いかに君でも数時間は身動きが取れないだろうけどね」

 

 確かにカイネルの言う通りダメージは少ないが、体は指先に至るまで全く動かない。どうやら、こちらを捕縛する事が目的だったようだ。

 

 倒れ伏したナーリスを下に見ながら、カイネルはエターナル同士の戦いに目を向ける。

 

「あちらも、どうやら決着が着きそうだね」

 

 カイネルの言う通り、レンもまた追い詰められていた。

 

 先程の一撃は辛うじて衝撃を逃がす事に成功したものの、その後も一方的に攻められる結果となった。

 

 今のレンの攻撃手段では、タウラスに対して有効打を打つ事は難しいのだ。

 

『どうする・・・切れるカードが無い・・・・・・』

 

 タウラスに対して、レンはあまりにも無力に近い。加えてナーリスも戦闘不能に陥った今、逆転の手はありそうになかった。

 

 撤退。

 

 口惜しいが、今はそれしかないだろう。

 

『仕方が無い』

 

 身の内に残ったオーラフォトンを掻き集める。

 

 その動きに気付いたタウラスが、そうはさせじと向かって来る。

 

 だが、今度はレンの方が速い。

 

「マナよ、我が声に応えよ。我が自由の一端と引き換えに、我が怨敵の目を奪え!!」

 

 オーラフォトンが薄く延ばされ放出されていく。

 

 狭い室内においてはあっという間に満たされる。

 

「ステルス・ミスト!!」

 

 詠唱完了と同時に、室内を満たしたオーラフォトンが一気に白く変色し霧状になる。

 

 その霧はタウラスやカイネルの視界を妨げるだけではなく、その感覚すら一時的に閉鎖して知覚能力を断つ神剣魔法である。この霧の中で自在に動けるのは魔法の操者、つまりレンのみと言う事になる。

 

 放出型と言う形の為、普通なら長く維持する事はできないが、今回は地下室と言う閉塞空間での魔法行使だった為、通常よりも長い時間維持する事ができるはず。その間にナーリスを連れて脱出するしかない。

 

 感覚を奪われ動きを止めたタウラス達の脇を抜け、ナーリスに駆け寄って抱き起こす。

 

「ナーリス、しっかりして!?」

「れ、レン君、これ?」

 

 自身も目を一時的に塞がれている為戸惑っているのだろう。ナーリスがうろたえた声を上げる。

 

「僕の魔法だよ。さあ、この霧が晴れる前に脱出するよ。立てる?」

「ちょっと・・・無理みたい」

 

 カイネルの攻撃を喰らったナーリスは、立つどころか全身の感覚が無い。

 

 レンは仕方なく、ナーリスに肩を貸して担ぐ。

 

 一瞬その目は、中央に鎮座する祭壇に向けられた。

 

 今なら、あるいは邪魔が入らずにあれを破壊できるかもしれない。だが、その後の脱出の事を考えれば、そんな事をしている暇は無いだろう。

 

「行こう」

 

 そう言うと、階段に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 両者、決定打を奪えないまま悪戯に応酬を繰り返す。

 

 ユウトとレイチェルは、互いに切っ先を向けながら次の手を模索している。

 

「楽しいわね《聖賢者》ユウト。やっぱアンタは、あたしが思った通りの奴だったよ」

「別に俺は楽しくないんだけどな」

 

 愉悦交じりのレイチェルの言葉に、ユウトは淡白に返す。

 

 とは言え、両者ともだいぶ消耗している。恐らく次の一撃が最後になるだろう。

 

 永遠神剣を構える両者。

 

 しかし、次の瞬間だった。

 

 ユウトの背後にある扉が開き、中からレンとナーリスが飛び出してきた。

 

「ユウトさん、一時撤退です!!」

 

 見ればレンはボロボロ、ナーリスもレンに肩を貸してもらってようやく立っている感じである。

 

 どうやら、これ以上留まる事は不利に繋がるようだ。

 

「判った!」

 

 頷くと同時に構えを解く。

 

 しかし、

 

「逃がすと思う!?」

 

 槍を振りかざして向かって来るレイチェル。

 

「思わないな」

 

 対してユウトも冷静に見据え、《聖賢》の刀身を壁に叩き付けた。

 

 オーラフォトンにより切れ味を強化された刃は、壁をチーズのように滑らかな断面を残して斬り裂く。

 

 そこから吹き込む吹雪を隠れ蓑に、素早く脱出するレンとナーリス。

 

 続いてユウトも脱出に掛かる。

 

「待て!!」

 

 《寂寥》の穂先が伸び、ユウトに襲い掛かってくる。

 

 しかしユウトはとっさに障壁を張ってレイチェルの攻撃を防ぐと、自身も吹雪の中に身を躍らせた。

 

「・・・・・・・・・・・・逃がしたか」

 

 若干の舌打ちと供に呟く。

 

 しかしこれで、こちらの手の内はカオス側にも知れたはず。と言う事は、近いうちに必ずまた来るはず。

 

「待ってるわよ、ユウト」

 

 まるで恋焦がれる相手に告げるように、レイチェルは呟いた。

 

 

 

 

 

「それで、どうだった?」

 

 今だに動けずにいるナーリスを岩の上に下ろし、レンは尋ねてきたユウトに向き直る。

 

 既にここは城からだいぶ離れており、追っ手が掛かる心配も無いと判断して一同は足を止めていた。

 

 向き直るレンの表情はどこか硬い。普段の能天気な風は無く、なぜか怯えた感じがする。

 

「ここでは、落ち着いて話せません。雪割亭に戻ってからでいいですか?」

「・・・構わないが」

 

 さすがにユウトも怪訝な顔でレンを覗き込むが、レンはそれ以上この件に口を開こうとはしなかった。

 

「判った。その件は後だ。じゃあ、これ以上ここにいるのもまずいだろうから、帰るとしよう」

「・・・・・・そうですね」

 

 レンとユウトは頷き合うと、ナーリスに肩を貸して歩き出した。

 

 

 

 

 

 だがこの時、この場の誰1人として気付いていなかった。

 

 別の脅威が、自分達に迫っている事を。

 

 

 

 

 

第8話「太古からの呼び声」