Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第7話「雪の城」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方以降の雪割亭は、正に戦場である。

 

 発掘現場から戻ってきた作業員達の貪欲な胃袋と、覚めやらぬ熱気に支配された酒場は外の寒さを完全にシャットアウトしていた。

 

「うおーい、ナーリス、ピエール3つ追加だ!!」

「なんの、こっちは5つだ!!」

「レン、料理まだか!?」

「こっちのオーダー頼むレン!!」

 

 筋骨隆々な男達が力一杯叫ぶだけで、壁と言う壁が軋みを上げる。

 

 そんな中をナーリスと、臨時ウェイトレス・・・もとい、ウェイターとなったレンが走り回っている。

 

「ごめんねレン君、ほんとにもう」

「いや、良いよナーリス」

 

 走り回っている2人は、既に汗だくになっている。

 

 いつもの事とは言え、ある意味で常軌を逸しているとしか思えない。

 

 作業員達に言わせれば、これは命の洗濯との事。日々極寒の中、命がけで作業する彼等にとって、ここが最大のストレス発散の場なのだ。

 

「はいよ、12番テーブル、オーダー上がったよ!!」

「はい!!」

 

 メヴィーナから料理を受け取り、休む間もなく再び厨房から出て行く。

 

 力を抑えて人間の振りをしている今のレンにとっては、それなりに重労働だった。

 

「はい、定食2つ、お待ちどうさま」

「おうレンありがとよ。だいぶ仕事にも慣れてきたみたいだな」

「このままここに就職したらどうだ、ウェイトレスとしてさ」

「そうそう、良いんじゃねえか」

 

 逆巻く笑い声。

 

 既に完全に酔いが回っており、作業員達のテンションはひたすら高い。

 

 対してレンも、愛想笑いを浮かべて話を合わせる。

 

 いつの時代でも、たとえ世界が変わっても酔っ払いと言う人種に変化は無い。レン自身、それ程酒を嗜む方ではない為そう思うのかもしれないが。

 

 その時、階段から見慣れた人影が下りてくる所が見えた。

 

「あれ、ユウトさん?」

「や」

 

 片手を上げて挨拶するユウトは、外に出る為に厚着をしている。と言う事は今から出かけるのだろう。

 

 どうやらまた調査に行くのだろうと言う事は推察できた。

 

「お出かけですか、こんな時間から?」

 

 事情は知っているが、それでも知らない振りして白々しく尋ねるレン。

 

 勿論、ユウトはレンの事を知らないので受け答えも普通になる。

 

「ああ、どうしても今日中にやっておきたい事があってね」

 

 少しバツが悪そうに答える。

 

 アセリアの不調は、ここに来て更に悪化しており、今では介添え無しでは起き上がるのも難しくなっている。その彼女を残して行くことを、ユウトは不安に思っているのだろう。

 

 その考えは正しく、ユウトはレンに頼み込むようにして告げた。

 

「悪いんだが、手が空いたらアセリアに何か持って行ってやってくれないか? 軽い物で良いよ。食欲無いみたいだし」

「判りました」

 

 それじゃ。と言うと、ユウトはフードを被って外へ出て行く。

 

 その背中を僅かに鋭い眼差しで見送ってから、レンはユウトの頼みを伝えるべく厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 ノックをするくぐもった返事が聞こえ、ややあって内側からドアが開いた。

 

 出てきたのはロミナである。どうやら、ずっと診ていてくれたらしい。

 

「レンお兄ちゃん?」

「アセリアさんの食事持ってきたけど、食べれそう?」

「う〜ん、どうだろ?」

 

 歯切れ悪く答え、2人はベッドに伏すアセリアを見る。

 

 さほど苦しそうにはしていないが、それでも衰弱しているであろう事は見ただけで判る。心なしか、初めに来た頃よりも痩せたようにさえ思えた。

 

 取り合えず、中に運んで机の上に置く。

 

「アセリアさん?」

「・・・・・・ん」

 

 レンが入ってきた事で、起きたのかも知れない。声に応じて、アセリアは僅かに目を開く。

 

「ユウトさんに言われて食事持ってきたんですけど、食べれますか?」

「・・・・・・いらない」

 

 しゃべるのも億劫そうに答えるアセリア。その様子を見ながら、レンとロミナは困った顔で見合わせる。

 

「でもさ、アセリアお姉ちゃん。食べないと体、良くならないよ?」

「・・・・・・食べたくない」

 

 取り付く島も無くそう言って、顔を料理から逸らした。どうやら、匂いを嗅ぐのもイヤらしい。

 

「困ったな」

 

 呟きながらレンは、意識を内に沈める。

 

『これって、どう言う事なんだろう?』

《さあ・・・》

 

 相棒と揃って首を傾げる。

 

 レン自身、エターナルがこんな状態になっているのは見た事が無い。負傷して衰弱すると言うなら判るが、これは明らかに違う。

 

 まるで重病人のようなアセリアは、起きているのも億劫そうで、すぐに目が閉じて行く。

 

「でもさほらアセリアお姉ちゃん、せめてジュースだけでも飲もうよ」

 

 そう言うとロミナは木のコップに入ったジュースを差し出す。

 

 それに反応したように、アセリアは薄っすらと目を開ける。

 

 その鼻先にあるジュース。

 

「ん、飲む」

 

 少しだけ食欲が戻ったのか、もそもそと身を起こしコップを手に取る。

 

 それはメヴィーナが食欲を促進させる為に作ってくれた、レフィナという刺激のある味の実を絞ったジュースにアルコールを一滴垂らした物だった。

 

 食欲は無くとも相当空腹だったらしく、アセリアはレフィナジュースを一気に飲み干した。

 

「ん、美味しい」

 

 空になったコップを返し、満足そうに呟く。

 

 それを見て、レンとロミナは顔を見合わせてホッと息を吐く。食欲があると言う事は、体調も戻ってきていると言う事だろう。

 

「もう一杯、欲しい」

 

 その言葉に、クスリと笑う。

 

「判りました、貰ってきますね」

 

 そう言うとレンは、コップを持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白いスクリーンは、かつての戦場を思わせる。

 

 かつて歩んできた道、

 

 熱い青春時代を、アセリアや仲間達と供に駆け抜けたあの場所へと戻ったような感覚を覚える。

 

「ここか」

 

 降りしきる雪を踏み締めた先に現れた、黒々とした城。この地方を治める領主、カイネルの居城である。

 

 その前にユウトは立っていた。

 

 ここ数日間の調査で、マナの流れが一定の法則に従ってこの地方、特にこの城の周辺に集まっている事は判っている。

 

循環しないマナの流れは今はまだ大した量では無いが、このまま行けば間違いなく危険域に達する。

 

 ユウトの予想が正しければ、こここそがロウ・エターナル達の拠点に間違いないだろう。

 

 しかし、

 

 ユウトは足を止める。

 

 中には何人のロウ・エターナルが存在するのか判らない。対してユウトは1人。

 

 あの頃、初めて戦場に立った頃と比べれば、ユウトの実力は既に次元が違うレベルに達している。しかしそれでも複数の敵が一度に攻めてきたら、どこまで戦えるか自信が無かった。

 

『アセリア・・・・・・』

 

 今床に臥せっている妻を思う。

 

 せめて彼女が居てくれたなら、このような気持ちにはならなかったろう。たとえ万の敵と対峙したとしても、恐れるべき物は何も無いはずだった。

 

 だが、

 

 高い壁の前に立つ。

 

 彼女が戦う力を失った以上、ユウトがその分も戦わねばならない。

 

「行くか」

 

 ユウトは頷くと、一足飛びに跳躍した。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと開かれる目は、鋭敏に研ぎ澄まされた感覚と供に満たされる闇を映す。

 

 城内に張り巡らした五感は、その存在を即座にキャッチした。

 

「・・・・・・来たか、《聖賢者》ユウト」

 

 いずれにせよ早い段階で、この場所が嗅ぎつけられる事は判っていた事だ。もっとも、予想していたよりもだいぶ早かった事は素直に認めるが。

 

 ゆっくりと重い腰を上げる。

 

 歓迎の準備は既にできている。カイネルから許可も取っていた。

 

 最大の邪魔者を消す千載一遇のチャンスを逃す心算はなかった。

 

 

 

 

 

 洗い物の最後の一枚を籠に入れ、ようやく今日の仕事は終了となった。

 

「はあ、疲れた」

 

 大きく息を吐き、レンは頭のバンダナを外す。

 

 腰まで達する長い白髪が、窮屈な布から解放されて解けた。

 

「お疲れレン。明日の準備はあたしとナーリスでやっとくから、あんたはもう上がって良いよ」

「はい、じゃあお疲れ様です」

 

 メヴィーナに挨拶して、レンは自室へと上がっていく。

 

 今日の分の仕事は完了した。

 

 そしてここからが、本来の仕事となる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 窓を開ける。

 

 折りしも降り出した猛吹雪が舞い込み、室温は急激に低下する。

 

 顔に掛かる雪を払おうともせず、レンは無言のまま窓の外を見詰める。

 

《良いんだね?》

 

 尋ねてくる声もそれなりに硬く、柄にも無く緊張している事が伺えた。

 

《ここで行動を起こせば、もう後に戻る事はできない。それが判っていて、前に進むんだね?》

「どのみち、もう後戻りなんか出来ないよ」

 

 フッと笑う。

 

 そう、目覚めた瞬間既に、自分は運命と言う寓話に再び繰み込まれてしまったのだ。

 

 そこから抜け出す事は、最早叶わない。

 

 ならば、己が内に秘めた翼を信じて前に進まねばならない。

 

《判った。なら僕から言う事は、もう何も無いよ》

 

 供に行こう。地獄の果てまでも。

 

 降りしきる吹雪の中、少年は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の中という物はどれも複雑で、一朝一夕で目的地に辿り着くと言う事はまず在り得ない。

 

 それが初めて来る城なら尚更である。

 

 よってユウトの調査方針は自然、怪しい部屋を虱潰しに当っていくと言う、地道な物となる。

 

 幾つめかの部屋で空振りに終わった後、ユウトは溜息を吐いた。

 

「ここも違う、か」

 

 何も今日1日で何らかの手掛かりが見付かるとは、さすがにユウトも思っていない。

 

見付かるまで粘る心算ではいる。しかし、潜入者と言う立場を考えれば、そう何度も、こうして忍び込めるとは思えなかった。

 

 足を止めて考えてみる。

 

 もし敵がかつてのファンタズマゴリアにおける戦いのように、マナを何らかのアイテムに集めて爆破する心算ならば、それなりに大きな施設が必要になるはずである。

 

 この城は確かに広い。しかし果たして、それ程大規模な儀式を展開できるだけのスペースを確保した部屋が存在するだろうか? 仮に存在するとしても、そう言う物は大抵、社交的な意味合いの持つ部屋である為、そう言う事に使うには都合が悪いはずだ。

 

 となると、答えは自ずと絞られてくる。

 

 条件は2つ。儀式に必要な面積と、人目に付き難い場所。

 

「・・・・・・あと可能性があるとすれば、地下、か」

 

 地下ならば広く掘れば大きな機材を置く事もできるし、儀式に必要な広さを取る事も出来る。何より、誰かに気付かれる可能性も格段に低くなる

 

 暫し黙考してみる。

 

 この城に何かあるのは間違い無いのだ。

 

 このまま地上部分を探すのは簡単だ。だが、それが成果を上げる可能性は低いように思える。

 

 ならばいっそ地下への入り口を見付けて、そこを重点的に探した方が効率的なような気がする。

 

 そう考えて腰を上げた時だった。

 

「ご名答、さすがは混沌の永遠者、《聖賢者》ユウトだ」

 

 太く、低い声。

 

 ユウトは弾かれるように振り向く。

 

 その視線の先、廊下の端に立つ筋骨隆々の大男。

 

「ッ」

 

 一目で判る。

 

 それが、自分と同じであると。

 

 漲る緊張に強張る頬。

 

 一歩前に出る大男。

 

 ユウトと大男の位置関係は廊下の端と端。にも拘らず、その一歩のみでユウトは相手の存在が大きくなったようにさえ感じた。

 

「俺は秩序の永遠者ロウ・エターナル、永遠神剣第三位《逆鱗》の主、タウラス」

 

 構えられる、両腕。

 

 その腕にある手甲。恐らくこれが《逆鱗》。

 

「行くぞ」

 

 低く告げられる開戦のベル。

 

 構えるユウト。

 

 しかし、

 

「ヌオォォォォォォ!!」

 

 振り抜かれる拳。

 

 次の瞬間、衝撃波がユウトに襲い掛かった。

 

「グッ!?」

 

 とっさのガードも間に合わない。

 

 ユウトの体は背後にあった壁を砕き、そのまま極寒の大気へと叩き付けられた。

 

 錐揉み状に吹き飛ばされるユウト。

 

「クッ、顕現せよ!!」

 

 反転の呪文を唱え、次元の狭間から《聖賢》を抜き放つ。

 

 体を叩く吹雪に構わずオーラフォトンを展開、《聖賢》を正眼に構える。

 

 そこへユウトが空けた穴から、タウラスが躍り出る。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 降下と同時に拳を叩き付けて来る。

 

 とっさに身を翻すユウト。

 

 標的を捉え損ねたタウラスの拳はそのまま中庭の地面を叩き、直径数メートル大のクレーターを形成する。

 

『何だこの攻撃は!?』

 

 回避しながらも、身の内でオーラフォトンを高めるユウト。

 

 タウラスの攻撃は、普通の打撃では無い。先程の廊下は、端から端まで100メートルはあった。その距離を超越して打撃を与え、なおかつ壁を破ってユウトの体を屋外に放り投げたのだ。

 

 だが、考えはそこで中断される。

 

 空中にあって体勢を立て直そうとしているユウトに向かって、タウラスが突っ込んでくる。

 

「クッ、守ったら負ける!!」

 

 ここは攻めるのが良策と判断するユウト。

 

 《聖賢》の刀身にオーラフォトンを伝わせ、一気に斬り込む。

 

 すり上げるようにして振るわれる斬撃。

 

 だが、

 

「まだだ!!」

 

 タウラスは手甲で打ち落とす。

 

 《聖賢》の厚い刃を苦も無く打ち落とした手甲には、傷1つ付いていない。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 そのまま拳を振り上げるタウラス。

 

 対してユウトは《聖賢》を立てて迎え撃つ。

 

 張り巡らされる障壁。

 

 そこへぶつかる拳。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 急造の障壁が悲鳴を上げるのが判った。

 

 次の瞬間、ガラスが砕けるように障壁は消滅し、タウラスの拳がユウトの顔面を目指す。

 

「クッ!?」

 

 とっさに《聖賢》の刃で受けるユウト。

 

 だが衝撃までは殺しきれず、ユウトの体は雪を舞い上げながら大きく後退した。

 

『強い・・・・・・』

 

 一筋、外気を押して流れ落ちる冷や汗を感じながらユウトは呟いた。

 

 派手さは無いが、接近戦闘に置いては隙の無い攻撃をしてくる。こうした相手は、得てして戦いにくい物がある。

 

『さて、どう攻める?』

 

 《聖賢》を正眼に構えながら、ユウトは自身の次の手を模索し始めた。

 

 

 

 

 

 2大エターナルが激突する振動は、マナの伝達によって城の内部にまで伝わっていた。

 

 その衝撃に身を預けながら、カイネルはグラスを満たすアルコールを眺める。

 

 振動は水面に波紋を立て、赤い液体が手の内で揺れている。

 

「宜しいのですか?」

 

 傍らに控えるエレンが尋ねる。

 

 あれほどの出力でぶつかり合ったら、城の方もただでは済まないだろう。

 

 だがカイネルは、眉1つ動かさずに状況に任せている。

 

「構わないよ。どうやらタウラスも本気を出しているわけでは無さそうだし」

 

 それに、と口に出さずに続ける。

 

 既に計画はスタートしている。もし計画が完遂されるなら、カイネルにとってこの城は毛ほどの価値も無くなる。

 

「全ては、過去。我等が受けし屈辱を晴らさんが為に」

 

 呪詛のような呟きと供に、グラスに揺れる液体を飲み干した。

 

 

 

 

 

 互いのオーラフォトンがぶつかり合うたびに、空間が悲鳴を上げるのが判った。

 

 振るわれる斬撃は、一撃であらゆる生物を消滅させ得るほどの力を秘めている。

 

 対してユウトは、今だに一撃もタウラスに有効打を当てられずにいる。

 

 対応は呼吸一つ分遅れ、タウラスの攻撃は易々と間合いの内側まで入ってくる。

 

「クッ!?」

 

 剛風を纏った拳を辛うじて回避、距離を保ちつつ構え直す。

 

 ユウトの中で焦りが、僅かながら蓄積され始める。

 

 そもそも、武器の進化は射程距離に比例している。

 

 素手より剣、剣より槍、槍より弓、弓より銃、銃より砲、と言った具合に。これは、力の弱い人間が達人級の者と互角以上に戦う為に辿った必然と言える。判りやすく言うと、素手で武を極めた達人の人間がいても、子供が放った1発の銃弾には敵わないと言う事である。

 

 だがこれを逆説的に考えれば、達人であればあるほど、武器は短い方が有利と言う事になる。

 

 武器を持つと言う事は攻撃力が上がる反面、それだけ腕に掛かる加重も増える事を意味する。具体的には反動や遠心力の上昇となってそれらは現れるが、素手の場合にはこれらの要素と無縁となる。何しろ武器は日常的に最も使っている物なのだから。

 

 仮にユウトとタウラスの実力が伯仲しているなら、距離を詰めるだけユウトの方が不利という事になる。

 

『どうする?』

 

 この狭い空間では、大出力の神剣魔法も使えない。完全に攻め手に困ってしまった。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 低い声で尋ねてくるタウラス。

 

構えられたその拳には、オーラフォトンが集中し始める。

 

 対してユウトは《聖賢》を正眼に構えたまま、次の戦術を模索して息を呑む。

 

「来ないのなら、こちらから行くぞ」

 

 その言葉と供に、圧縮される大気。

 

 吹雪の流れが歪み、空白のような空間が現出し始める。

 

 オーラフォトンを拳に乗せて打ち出すのだろうか?

 

『・・・・・・・・・・・・いや』

 

 込み上げる不安と供に、ユウトは己の考えを否定する。

 

 空間が、歪んでいる。

 

 タウラスの拳を中心として。

 

「何だ、あれは!?」

 

 鍛え上げられた直感は、事態を把握するよりも早く障壁を展開する。

 

 振り抜かれるタウラスの拳。

 

 凝縮された衝撃は、一瞬の内に駆け抜けて障壁を直撃する。

 

「グアッ!?」

 

 ハンマーで殴られたような衝撃は一瞬でユウトの障壁を砕き、その体を吹き飛ばす。

 

 全身を激痛が駆け抜け、ユウトの意識は飛び掛ける。

 

 それを辛うじて繋ぎ止め、ユウトは地に足を着く。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 消えぬ激痛の前に、思わず膝を突いた。

 

 そのユウトを、ゆっくりと見下ろすタウラス。

 

「良く耐えたな。あれを2発も喰らって尚、意識のある奴は久しぶりに見たぞ」

 

 言いながら、拳を振り上げる。

 

 その拳には既にオーラフォトンが纏われ、凶器と化している。

 

「お前の存在は脅威だ。ここで消えてもらうぞ」

「クッ」

 

 舌打ちしながら見上げるユウト。

 

 徐々に感覚は戻って来ているが、それでもまだ体は動かない。

 

「心配するな。あの女もすぐに、お前の元へ送り返してやる」

 

 オーラフォトンが臨界に達する。

 

 その瞬間だった。

 

 高速で飛来した物体が、タウラスの拳を弾いた。

 

「ぬっ!?」

 

 とっさにガードしたのでダメージは無い。

 

 だが、この局面で新手が現れたというのか?

 

 そこへ再び飛来する矢。

 

 しかも1本や2本ではない、10本、20本と乱れ撃ちに近い形で飛来してくる。

 

 そう言えば、レイチェルが謎のスナイパーと交戦したと言う報告をして来た。ならばこの攻撃の相手は、そのスナイパーである可能性が高い。

 

 レイチェルに続いて自分にまで攻撃を仕掛けてきた所を見ると、相手はやはりカオス・エターナルか?

 

 そうしている内に、更に矢が飛来する。

 

 それを迎撃しようと拳を振り上げた瞬間、

 

 空気を弾くような音と供に命中直前だった矢が弾け、そこから眩しい光が零れた。

 

「目晦まし!?」

 

 とっさに視界をガードして、光を防ぐタウラス。

 

 だが、その腕に何かが絡みつく感触があった。

 

 僅かに開けた視界が、鎖に巻きつかれた腕を映し出す。

 

 同時に、腕を大きく引っ張られる。

 

 鎖に絡まれた左腕は、著しく自由を阻害されている。

 

 そしてその鎖のもう片方の端を掴む、砂色の外套を着込んだ人影。空いている方の手には、刀が握られている。

 

 煌く白刃。

 

 鎖の巻き戻しも利用した、鋭い一撃である。

 

 しかしタウラスは、冷静に対処する。

 

 自由の利く右腕で刀を防御、同時に鎖が撓んだ事である程度動くようになった左腕を振り上げ、襲撃者に一撃食らわした。

 

 腹部を殴打され、雪の上を転がる襲撃者。

 

「フンッ」

 

 その姿を見下ろし、タウラスは鼻を鳴らした。

 

 奇襲を掛けてきた事は良い、接近戦でのセンスも、こちらが相手の能力を理解していない事を考慮すれば上出来に近い。

 

 しかし近接攻撃における威力が致命的なまでに軽い。それでは並みのエターナルならともかく、タウラスの防御を抜く事は難しいだろう。

 

 だが、襲撃者を撃退した一瞬、タウラスはもう1人の敵を僅かに意識の外に置いてしまった。

 

 下から来る、突き上げるような衝動。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 先程の衝撃から立ち直ったユウトが、渾身の一撃で振り上げる。

 

「クッ!?」

 

 最早防御は間に合わない。

 

 のけぞるようにして回避を試みるタウラス。

 

 その体を、《聖賢》の切っ先が僅かに掠めて行く。

 

 実質的なダメージは無い。

 

 だが、今のユウトにはそれで充分であった。

 

 今回は、初動から完全に敵のペースだった事もあり、戦場の設定から何から、全て出遅れた感がある。ここは一度退いて、体勢を立て直すのが得策だろう。

 

 警戒しつつ後退。そのまま距離を置く。

 

 その時視界の端に、先程自分を救ってくれた人物が倒れているのが見えた。

 

 このまま捨て置く事は出来ない。彼乃至彼女の正体と目的も気になる所であるし、何より、助けてもらった恩義がある。

 

 ユウトは一足の跳躍でその人物の傍らに降り立つと、そのまま抱え上げる。

 

 意外なほど華奢な感触が腕に伝わってくる。体重もかなり軽いようで、ほとんど重さを感じない。

 

 ユウトはそのままもう一度跳躍、城壁を飛び越えて外へと逃走した。

 

 タウラスは、その背中をただ見送る。

 

 追う必要は無かった。

 

 どの道ここが嗅ぎつけられた以上、彼等は再びここにやって来る。決着はその時着ければ良いだろう。このまま暫く攻めてこないのなら尚良し。その間に計画を進めるだけの話であった。

 

 

 

 

 

 追撃を振り切ったと判断した時点で、ユウトは足を止めた。

 

 とにかく、今回は失敗だった。敵の本拠地を突き止めたまでは良かったが、そこでは当然、敵が待ち構えているであろう事は予測してしかるべきだった。いや、勿論予測はしていたが、それでもなおかつ地の利と言う要素を軽視していた事は否めなかった。

 

 チラッと、地面に座り込んでいる人物に目を移す。

 

 この人が助けてくれなかったら、自分はこの世界から強制退去させられていたのは確実だった。

 

「悪い、助かったよ」

 

 返事は無いが、意識はあるらしく僅かに反応する。

 

 一体誰なのか? 自分やアセリア、ロウ・エターナル達以外に、この世界に入り込んだエターナルが存在したのだろうか?

 

 その時突風が吹いて、砂色のフードを跳ね飛ばした。

 

 そこから零れ落ちる、長い白髪。

 

 少女人形を思わせる可憐な顔に、ルビーのような深紅の瞳。

 

「こ、こんばんはユウトさん」

 

 相変わらず能天気なレンの言葉に、ユウトは僅かに眩暈を覚えた。

 

 

 

 

 

第7話「雪の城」     おわり