Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第6話「炎の少女、水の少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺気により沸騰した大気が弾け、周囲に拡散する。

 

 意志の弱い者は存在する事すら許されぬ世界。

 

 そう、ここは既に「戦場」だった。

 

 ナーリスは第七位永遠神剣《陽炎》を手に、エレンを睨む。

 

 対するエレンも第五位永遠神剣《流泉》を持って対峙する。

 

《どーする?》

 

 一方、いち早く避難したレンは、成り行きを見守りながらは1人、ポツンと離れた場所で立っている。

 

「どーするもこーするも、」

 

 どーしろと?

 

 溜息に言葉を載せて返事を返す。

 

 何と言うか、どう考えても言って止まるとは思えない。それくらい2人の殺気は、極まっていた。

 

 ナーリスはあの通りの性格だし、エレンも、一見冷静そうに見えて、その実はナーリス以上に熱しやすい気がするのは、恐らく気のせいではないだろう。

 

「まあ、あまり酷いようなら僕が割って入って止める事にするよ。それ以外では、なるべく動きたくない」

 

 案を提示すると言うよりも、諦めに近い形で言葉を吐くレン。

 

 正直、今のレンはまだ完調とは言い難い。それに「脱獄」から既に幾日か経ってる。もし追っ手が近くに居たら、そろそろ感付かれる可能性すらある。その為にも、なるべく不用意な戦闘は避けたい所であった。

 

 次の瞬間だった。

 

 張り詰めていた空気が、爆ぜるような音と供に突風となって吹きすさぶ。

 

 舞い上がる風は地吹雪となって、レンの視界を一時的に塞ぐ。

 

 息も止まりそうな状況の中、それでも感覚は2人の動きを完璧に捉えて追随する。

 

 互いに神剣を持つ2人の少女は、地鳴りと供に地を駆け出した。

 

「ハッ!!」

 

 振り抜かれる《陽炎》の切っ先がエレンの顎を掠めるように迫る。

 

 見た目からして《流泉》よりも軽い《陽炎》の攻撃は早い。確実にワンテンポは先に、ナーリスの方が攻撃動作に入れる。

 

 対するエレンはその間合いを見切って急停止、とっさに回避する。

 

 僅かに鼻先を掠める切っ先を冷静に見やりながら、エレンは反撃の手を構築し始める。

 

「チッ!?」

 

 僅かに泳ぐナーリスの体。そこに僅かな隙が生まれる。

 

 しかし《流泉》の巨大さを思えば、この程度の隙に付け込むのは不可能と思われる。

 

「フッ」

 

 ほくそ笑むエレン。

 

 次の瞬間、弾くような蹴り上げがナーリスを襲う。

 

「わっ!?」

 

 そのまま宙天高く跳びはねるのではと思えるほどの、鋭い蹴り上げが迫ってくる。

 

 女の細足とは言え、永遠神剣の能力で強化されている上に鎧を着込んでいる為、下手をすれば大岩をも砕ける可能性がある。

 

 とっさに後退するナーリス。だが後退した端から、エレンが攻め込んで来る。

 

 その間エレンは、大剣を一切振るわずに蹴りのみで戦っている。

 

 その疾風の如き蹴りは、しかしナーリスに反撃の間を与えずに攻め込む。

 

 その様子を傍で見ているレンは、密かに溜息を吐いた。

 

『小回りの利かない大剣の弱点を補う為に、蹴り技を併用して隙を作らないか。上手いね』

《さて、これをどう切り抜ける?》

 

 2人? の暢気な感想を横に、戦いはヒートアップする。

 

 徐々に後退して行くナーリス。

 

 だが、やがては追い詰められて逃げ場を無くす。

 

「ッ!?」

「貰ったぞ!!」

 

 そこで初めて、エレンの《流泉》が動く。

 

 強化された身体能力を持ってしても振るい切れないその質量を、全膂力を持ってフルスイングする。

 

 迫る大質量の刃は、ほとんど「斬る」と言うよりも「押し潰す」に近い物がある。

 

 華奢なナーリスの体など、触れた瞬間に消滅しそうである。

 

 だが、

 

「そう来るのは、」

 

 体を沈める。

 

「お見通し!!」

 

 間一髪の所で《流泉》の刃は、ナーリスの頭上を掠める。

 

 今度はこっちの番である。

 

 その質量故に、今度はエレンの体が流れる。

 

 対するナーリスは体を沈み込ませた不自然な体勢ながら、今だに攻撃態勢は保持している。

 

 身を屈めた状態から跳躍。初動の勢いに乗せて蹴りを放つ。

 

「フッ!?」

 

 それを後退しながら回避するエレン。

 

 だが次の瞬間、勢いで振り上げた《陽炎》の刀身に炎が纏われる。

 

「喰らえ!!」

 

 柄を両手で持ち、降下しつつ斬り付ける。

 

「させるか!!」

 

 対してエレンも《流泉》にオーラフォトンを込め振り上げる。その刀身には、何かの膜のような物が取り巻いているのが見えた。

 

 ぶつかり合う両者の刃。

 

 《陽炎》の刀身を覆う炎と《流泉》の刀身を覆う水の幕が互いにぶつかり合い、相容れぬ2つの力が対消滅を起こす。

 

 次の瞬間、反発するプラスとマイナスのエネルギーが互いに弾けて水蒸気爆発を起こした。

 

「うっ!?」

「クッ!?」

 

 顔を顰めながらも後退し、降下範囲から逃れるナーリスとエレン。

 

 ちなみに傍で見ていた能天気少年も被害を食らっているが、両者とも全く気にしない。

 

 距離が詰まった事で、両者再び接近戦にシフトする。

 

 ただし今度は、エレンも《流泉》を振るってくる。ナーリスの《陽炎》のような俊敏さは無いが一撃必殺の重さがあり、その衝撃だけでもナーリスを吹き飛ばすには充分な威力がある。

 

 その脳天からの一撃を紙一重で回避、ナーリスはエレンの懐に飛び込む。

 

「この距離なら!!」

 

 大剣は振るえないはず。後はこちらの優位な間合いを維持すれば勝ちは動かないはず。

 

 《陽炎》の切っ先がエレンの胴に迫り、

 

「・・・・・・甘いな」

 

 すり抜けた。

 

 いや、体は何か水のような物になってナーリスの剣を受け流している。

 

「うっ?」

「私に普通の物理攻撃は通用しない。忘れたか?」

 

 エレンの《流泉》の特殊能力の1つで、体の任意の部分を液状に変える事で物理攻撃を受け流す事ができるのだ。もっともせいぜい掌大の大きさしか変換できない為、使い手は薄いのだが、一瞬の判断が明暗を分ける高速戦闘に置いては、充分な威力を持つ。

 

「貰ったぞ。少々のダメージは許容しろ」

 

 冷徹に言い放つと同時に、エレンは《流泉》を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 その戦いは、マナの振動に伝わってカイネルの城にまで伝わってきた。

 

「やれやれ」

 

 遥か彼方にも拘らず伝わってくる衝撃の大きさに苦笑しつつ、カイネルは手にしたカップを傾ける。

 

 その落ち着いた態度は、いかにもこの事態を予測していたと言わんばかりである。

 

「まあ、あの2人だからな」

 

 諦めなのか苦笑なのか判らない言葉は、この部屋の唯一の相席者のみが反応する。

 

「良いのか? 止めなくて」

 

 壁に寄りかかって腕を組んでいるタウラスは、低い声で尋ねる。

 

 ここで茶飲み話でもと思ったのだが、その前に遠くで2人が激突する気配を察知した為、自然、話題はそちらへと流れた。

 

 《千里》のジュリアは戦地から戻らず《寂寥》のレイチェルは朝から何処かに出掛けている為、この城に残っているエターナルはタウラスのみである。

 

 もっとも戦闘狂のレイチェルの事。恐らく今頃は、2人の戦闘を近場で観察(観戦)している事だろうが。

 

「良いんだよ。この程度の事は昔からやっているし」

 

 そう言ってカイネルは、懐かしむように遠くに視線を送る。

 

 幼馴染として同じ時を過ごした2人の少女。あの頃から何かに付けて喧嘩の絶えなかった2人を仲裁する役は、いつも自分だった。

 

 無くしてしまった戻らぬ物を悲しむかのようなその瞳は、一瞬後には綺麗に消え去ってタウラスに向けられる。

 

「それで、計画のほうはどうなってる?」

「順調だ。既にマナ充填も始めている。だが、さすがに必要量が膨大すぎる。完了には1ヶ月以上掛かるだろう」

「構わないさ。この計画に10年の歳月を掛けたんだ。今更1ヶ月くらい、どうって事ないさ」

 

 カップを掲げるように持ち上げる。

 

「後の憂いがあるとすれば、それは彼女の存在だけだ」

 

 そう言うと、薄い唇に笑みを湛えた。

 

 だが軽い表情とは裏腹に決意の色が湛えられたその瞳には、何者にも侵す事を許さぬ信念の炎が宿っている。

 

 10年。

 

 そう、10年もの歳月を掛けて周到に準備したのだ。今更、流れ出した川をとめる事は出来ない。

 

 それがたとえエターナルであろうと、そして、彼女であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレンの刃がナーリスに振り下ろされようとするその瞬間、

 

 戦いの様子を少し離れた場所から見据える影があった。

 

「下位永遠神剣同士の戦いにしては、なかなか纏まってるほうかな?」

 

 吹きすさぶオーラフォトンに緋色のコートの裾を靡かせながら、レイチェルは呟く。

 

 カイネルとエレンの会話を聞き、念の為後をつけて来たのだが、それがこのような事態になるとは。いや、カイネルとエレン本人は何となくこうなる事を予測していた感じだった。

 

 見ていて飽きない程度には、2人の戦いには興味が持てた。

 

 エレンの戦い方は一定の剣術を基礎としながらも、それを独自に改良を進め、弱点をなくす方向で纏めている。一方でナーリスの剣術は完全に我流ながら、それでも一定の型にとらわれていない為、戦いにおける重要な要素の1つ「先読み」が難しい。加えて神剣の加護を活かした身体能力をフルに活かし、大振りながら隙を感じさせない攻めをしてくる。

 

 どちらも未完成ながら、先が楽しみな剣をしていた。

 

「《陽炎》のナーリスね。カイネル達以外にも、こんな面白い存在がいるなんて。色々、任務は受けてみるもんだわ」

 

 嬉しそうに呟く。

 

 戦闘狂を自認するレイチェルとしては、割って入りたいと言う欲求を抑えるのに必死である。まあ、レイチェルが割って入れば勝負など一瞬で決着してしまうだろうが。

 

 正にその瞬間、エレンの大剣が振り下ろされる。

 

「お?」

 

 身を乗り出すレイチェル。

 

 その視界の中で、

 

 

 

 

 

 炎が弾ける。

 

 衝撃で弾き飛ばされたのはエレン。

 

 身に纏わり付く爆炎から逃れて跳躍する。

 

 とっさに障壁を展開したらしく、ダメージは軽微に留まっている。

 

 しかし、

 

「相変わらず無茶な。至近距離で攻撃魔法など、」

「そっちこそ忘れてんじゃないの?」

 

 一転、攻勢に出るナーリス。

 

 《陽炎》の刀身には炎が纏われ、一気に勝負を付ける意思が手に取るように判る。

 

「あたしが、これくらいの無茶は平気でやるって事!!」

 

 繰り出される刃を紙一重で避けるエレン。

 

 しかしその顔には、緊迫した状況であるにも拘らず僅かに笑みが浮かべられている。

 

 もっとも、それをナーリスに気付かれるような事は無いが。

 

「そうだったな。お前は昔から猪馬鹿だった」

「な、何よそれ!? 猪って!?」

 

 振るわれるエレンの攻撃を弾きつつ、威力に押されて後退するナーリス。

 

「前に出るしか能が無い馬鹿って事だ」

 

 そこへすかさず、エレンは追撃を掛ける。

 

「くぬー言わせておけば、ローストにしてやる!!」

 

 体勢を立て直したナーリスも、即座に反撃に出た。

 

 そして、

 

「ま、良いんだけどね。派手にやってくれてもさ」

 

 1人間近で見ているレンは、溜息混じりに感想を漏らす。

 

 その体は半ば雪に埋もれ、上下逆さまに転がっている。

 

「でも、もう少し回りの被害と一般人の安全を考えてやってくれないかな?」

 

 台詞の後半部分には著しく疑問を抱かずにはいれないが、それでも確かに周囲の被害は馬鹿に出来なくなりつつあった。

 

《そんな馬鹿な事言ってる場合じゃないよ。気付いてる?》

「ん、まあね」

 

 内なる声に応えつつ、密かに感覚を研ぎ澄ます。

 

 戦っている2人とレン。

 

 それ以外にもう1人、この場にあって監視している人物が居る。

 

「よく気配を隠しているけど、これはエターナルだね」

《さすがにこれだけ近いと、隠形も薄れるか》

 

 反動を付けて起き上がる。

 

 被っていた雪を払い除けて、もう一度感覚を研ぎ澄ます。

 

 相手の大まかな位置。それを特定し、その上で自分に有利な戦場を設定するのだ。

 

 幸いにして2人はなおも絶賛熱闘中で、レンの存在は完全に因果地平の彼方である。今ならノーマークで動けるはずだ。

 

「ちょっと探ってみますか」

 

 そう言うと気配を消しながら、足早にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 《寂寥》を肩に担ぎながら、レイチェルはフッと溜息を吐いた。

 

 2人の戦闘はなおもヒートアップして行く。

 

 だが、

 

「どうも腑に落ちないね、あの2人」

 

 殺気も充分、オーラフォトンは完全に致死量放出されている。

 

 にも関らず、2人の動きにはどこか違和感がある。何と言うか、とどめをさせる瞬間が幾度かあったが、2人共それを見逃している。いや、とどめを刺す瞬間に僅かに動きを鈍らせている。その間に相手は危機を脱していると言う寸法だ。

 

 見ていてじれったくなってくる。

 

 実力が拮抗した戦いと言うのは見応えもあるが、互いに手心を加えながらの戦いなど、無様以外の何者でもない。

 

「・・・・・・さてさて、互いに殺すのを躊躇してんのか、まあ、昨日のカイネルの言葉からも予想は出来るんだけど」

 

 エレンとナーリスとカイネル。どうにもこの3人を繋ぐ、見えざる糸が存在しているように思える。

 

 《寂寥》を握る掌に力を込める。

 

 試してみるか。どうせあの2人が消えたところで、こちらの計画自体には何の影響もないはずだ。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 殺気と供に飛来する何かが、頬を掠める。

 

「ッ!?」

 

 とっさにその場から身を翻す。

 

 そこへ追撃の2撃、3撃が来る。

 

「チッ!?」

 

 額を正確に狙った攻撃を《寂寥》で払い除ける。

 

 今のは危なかった。狙いの正確性、速度、威力供に並では無い。まともに喰らったら、この世界からの強制退去は確実だっただろう。

 

 間違いなくミニオンを越え、エターナルレベルの力を持ったスナイパーだ。

 

「しかし、誰!?」

 

 エターナルクラスの敵。すぐに思い当たったのは、先日の偵察でであったユウトとアセリアだが、その考えはすぐに頭の中で否定した。

 

 毛色が違う。あの2人の戦い方とは、少し違う気がする。

 

 しかし《聖賢者》ユウト、《永遠》のアセリア以外のカオス・エターナルがこの世界に入り込んでいるなどと言う話は聞いてないが。

 

 なおも飛んでくる攻撃を払い除ける。

 

 そこでようやく、攻撃してくる物体の正体に気付いた。

 

 それは高密度に圧縮されて物質化されたオーラフォトンの矢だ。これを喰らえば、内蔵されたオーラフォトンが爆発し、相手の存在情報にダメージを与える仕組みなのだろう。

 

「となると、相手の獲物は弓か・・・・・・」

 

 遠距離武器に対するセオリーとして、距離を詰めてしまえば有利なのだが。

 

 問題なのは狙撃ポイントが何処かと言う事である。

 

「・・・・・・やって見るか」

 

 ニヤリと笑う

 

 どのみち、煮え切らない戦闘にイライラしていた所だ。ここらで憂さ晴らしをするには丁度良い。

 

同時に、隠れていた茂みから一速で飛び出す。

 

 途端に激しさを増す矢の攻撃。

 

 その軌道を冷静に見据えながら、オーラフォトンを展開する。

 

「マナよ、大地の息吹きよ!! 我が声の遠きに応え、我を神の定めた摂理より解き放ちたまえ!!」

 

 迫る矢。

 

 次の瞬間、レイチェルは地を蹴り、その体は弾かれたように上昇する。

 

「アクセル・フィールド!!」

 

 在り得ないほどの運動能力と加速力を持って、その体は地を蹴る。

 

 同時に研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、スナイパーの存在と居場所を感知する。

 

「そこだ!!」

 

 伸縮自在の大身槍《寂寥》の柄が一気に伸び、謎のスナイパーを目指す。

 

 レイチェルの腕ほどもあるその刃を見上げるスナイパー。

 

 構えているのは弓。

 

 やはりと思うと同時に、距離を詰めた事で勝利を確信する。

 

 次の瞬間、スナイパーは身を翻して飛び上がる。

 

「貰ったわよ!!」

 

 飛び上がった事で、スナイパーの位置はレイチェルに接近している。加えて空中にある為、とっさの身動きが取れないはず。

 

 振るわれる《寂寥》。

 

 しかし、

 

「フッ」

 

 空気を震わす僅かな笑みと供に振るわれる斬撃により、レイチェルの槍は弾かれた。

 

「チッ!?」

 

 運動加速している事で、空中ではバランスが悪い。今の一撃で後退を余儀なくされる。

 

 やむなく地面に着地し、《寂寥》を構え直す。

 

『防御障壁、いつの間に?』

 

 その眼前に降り立つスナイパー。

 

 しかし、その手にあるのは、

 

「刀!?」

 

 独特の反りの入った細身の刃に、白銀に浮かぶ波紋。間違い無く日本刀と呼ばれる武器だ。

 

 呻くレイチェル。

 

 こいつがスナイパーのはずだ。気配も先程の狙撃の時と同じである。それに、先程までは間違い無く弓を持っていた。

 

 だが今、スナイパーが持っているのは刀。そもそも、弓はどこに行った?

 

 《寂寥》を通して伝わってくる感覚は、間違い無くあの刀が永遠神剣である事。では一体、自分は何を間違った?

 

 油断無く槍を構えながらも、レイチェルの頭は混乱を極める。

 

 対してスナイパーは、ゆったりと刀を無行の位に下ろしている。

 

 その全身は砂色の外套で覆われ、表情を窺い知る事はできない。だが、その視線と殺気は、いつでもレイチェルに斬り掛かれるだけの量に満たされている。

 

 次の瞬間、スナイパーは刀を掲げた。

 

『来る!?』

 

 《寂寥》を構えるレイチェル。

 

 そこへスナイパーは斬り掛かった。

 

 鋭い刃の一撃。

 

 レイチェルはとっさに《寂寥》の柄で防ぐ。

 

『速さはある』

 

 捌きながら、冷静に相手の動きを追う。

 

『だが所詮はスナイパー、威力が軽いわね。やはり接近戦は不慣れか?』

 

 スナイパーの体勢が崩れる。

 

 チャンス。

 

 と思った瞬間、無手だったはずのスナイパーの左手に、何か光る物が現れた。

 

 それは小太刀、否、もっと短い、匕首のような物だ。

 

 突き込まれる刃。

 

 とっさに身を翻して回避、刃はコートのベルトを掠めるに留まった。

 

『何、今一体、何があったの?』

 

 一瞬前まで、スナイパーの左手には確かに何も無かった。だが今は確かに、ナイフ程度の小さな刀がある。

 

 反転の魔法かとも思ったが、それも違う。

 

 様々な武器を空間の裏側に秘匿して携帯する反転の魔法は、エターナル内で広く使われている初歩的かつポピュラーな魔法だが、いくつかある制限の1つとして、必ずキーとなる言葉を言わねばならないと言う物がある。無詠唱での発動は出来ないのだ。

 

 今、スナイパーは確かに何もしゃべってはいなかった筈。ならばどうやって匕首を取り出したのか?

 

『外套から取り出した・・・・・・違う、そんな動きはしていなかったはず。』

 

 判らないが、未知の能力である事には違いない。

 

 《寂寥》を構える。

 

 スイッチが入った。ここからは本気モードで行く。

 

 対してスナイパーも、匕首を仕舞って刀を正眼に構えた。

 

 だが両者とも、その刃が交えられる事はなかった。

 

 まさに両者が動こうとした瞬間、彼方でオーラフォトンが炸裂する音がした。

 

「・・・・・・どうやら、向こうの方は勝負があったようね。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 興ざめしたように槍を下すレイチェル。殺気とオーラフォトンも、綺麗サッパリ消え去っていた。

 

 対してスナイパーの方は、相変わらず刀の切っ先をレイチェルに向けている。

 

 だがレイチェルは、構わず背を向けた。

 

 興醒め。まさにその言葉通り、熱するのも早ければ冷めるのも早いようだ。

 

「これ以上あんたとやり合う理由は無いわね。もっともあんたのせいで、探りたかった事の半分しか判らなかったけどね」

 

 まったく、偵察要員としての沽券に関ると言う物である。

 

 一方でスナイパーの方も、追ってくる気配は無い。警戒はしているようだが、切っ先は下げられている。

 

 それを見て、レイチェルはニッと笑った。

 

「まあ、また機会があったら会おうね」

 

 そう言うと同時に跳躍、次の瞬間には、その姿は風に吹かれるように掻き消えていた。

 

 後には1人、スナイパーだけが立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 砕け散るような破砕音が、戦場に鳴り響く。

 

 同時に立ち尽くす両者の内、片方が仰向けに倒れ込んだ。

 

「・・・ど、どうよ、勝ったわよ」

「クッ、馬鹿な・・・・・・」

 

 エレンが悔しそうに呻く脇で、ナーリスは勝ち鬨を上げる。

 

 もっとも、こちらもそれを素直に喜ぶには少々、いや、かなりボロボロである。

 

 足腰はまともに立たず、《陽炎》を杖代わりにしてようやく立っている感じだ。

 

「と、とにかく、あたしの勝ちよ。尻尾巻いてあの馬鹿の所へ帰りなさい」

「グッ・・・・・・」

 

 悔しいが、敗者に語る言は無し。

 

 エレンに出来る事は、這い蹲って勝者の侮蔑を受けるのみだった。

 

 対してナーリスは、よろけるような足で倒れるエレンに近付く。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・たまにはうちの店に顔出しなさいよね。あの馬鹿も一緒にさ」

 

 それだけ言うと、エレンを置いて背中を向けた。

 

 その目の前に、少女顔の少年が笑顔で待っていた。

 

「お疲れ様です」

「あ、レン君」

 

 その存在を今の今まで綺麗に忘れていたナーリスは、驚き顔を作る。

 

「今までどこに居たの?」

「いや、まあ、隠れてました」

「・・・・・・ふうん」

 

 やや呆れ顔ながら取り合えず納得するナーリス。

 

 しかしすぐに気持ちを切り替えて、笑顔を作った。

 

「ま、いっか。それじゃあ、疲れたし帰ろ」

「そうですね」

 

 そう言って歩き出すナーリス。

 

 その後ろから着いていきながら、レンは悟られないようにそっと思案顔を作る。

 

 ロウ・エターナルにカオス・エターナル。

 

 この宇宙を実質二分する2つのエターナル組織が、なぜこのような何も無い世界を戦場に選んだのかと言う疑惑が、否応無く首をもたげて来る。

 

『これは・・・少し調べてみた方が良いかもね』

 

 密かに呟いた。

 

 

 

 

 

 それはさて置き、

 

 

 

 

 

「そう言えば、あたし達って何しに来たんだっけ?」

「確か、薬を、取りに?」

「・・・・・・あ」

 

 

 

 

 

 

第6話「炎の少女、氷の少女」     おわり