薪を火にくべる。

 

 同時に、残っていた湿気によって激しく火花が飛び散った。

 

「おい、入れるのは乾いた木だけって言ってるだろ?」

「あ、ごめん、つい」

 

 少女的な顔に笑みを浮かべ、少年は謝る。

 

 その顔を見ながら、男は溜息を吐いた。

 

 この世界で戦い続けて数年。

 

 肉体的にはともかく、精神的にはだいぶ参ってきていた。

 

 いかに一騎当千の実力を持っていても、たった2人で世界は救えない。

 

 ただ戦に負けるくらいだったら良い。どの道この身は、不老不死を得ているのだから。いくら敗れても、そうそうな事で滅びる事は無い。

 

 しかし、本来なら救うべき存在であるはずの民からも迫害された事がある。それがきつかった。

 

 彼等は既に諦めているのだ。現状を受け入れ、僅かでも滅びまで時間を延ばそうと足掻く者達にとって、帝国の軍勢に逆らい続ける自分達の存在は邪魔以外の何者でもないだろう。

 

 聞けばどこかの世界で、帝国に対抗する為に解放軍が組織されたとか。

 

 自分達は今、決断の岐路に立たされているのだろう。

 

 このままこの世界を見捨てる事無く、絶望的な戦いを続けるか。それとも、禍根の根を立つ僅かな可能性に掛けて解放軍に参加するか。

 

 チラッと目をやる相棒の少年は、能天気そうな顔をして食事の準備をしている。

 

 その顔を見て、もう一度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wing Of Evil Deity

 

 

 

 

 

第5話「遥かなる残滓」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜間にはあれだけうるさくなる酒場も、昼間は静寂の住処と化している。

 

 一心にテーブルを拭くナーリスの背を見ながら、レンもまた彼女と同じような動きをしている。

 

 いくらここの親子の好意があるとは言え、甘えてばかり居て良い訳がない。そこでレンは、空き時間にはこうして店の手伝いをする事にしたのだ。

 

「レン君、そっち終わったら厨房の掃除お願いして良いかい?」

「あ、はい。判りました」

 

 メヴィーナの頼みを聞き、手を早めるレン。

 

 そんなレンの姿を見て、テーブルの向かいに立ったナーリスはクスリと笑う。

 

「でも助かるな。レン君が手伝ってくれるとすごく楽だよ」

「そう?」

「そうだよ。今までほとんど母さんと私だけでやってたんだから」

 

 手にした布巾が木製のテーブルをスムーズに掛けていく。

 

 さして広くも無い店だが、それでも2人だけで切り盛りするのはなかなか大変なのだろう。

 

 事実、昼間は良いとして、夜になったなら傍で見ているレンですら目が回りそうな物がある。

 

「ロミナはまだ小さいから、あんまり力仕事とかは任せられないしさ」

「でもほら、結局僕はナーリス達にお世話になってるし」

「ああ、それは全然気にしないで良いってば」

 

 そう言ってナーリスは呆れたように手を振る。この会話も、既に何度も繰り返された物だった。未だに金銭の事を気にしているこの少女顔の少年の律儀さに、ナーリスもメヴィーナも最早苦笑を返す以上の反応を知らなかった。

 

 聞いた話によると、メヴィーナが今回のように無一文の人間を止めるのは今に始まった事では無いらしい。地元では人当たりの良い肝っ玉母さんで通っているメヴィーナは、困っている人間を見過す事はできないのだ。

 

「ふーん」

 

 納得し得ない頷きと共に、テーブルを拭き続ける。

 

「ま、それもこんな時期にってのは珍しいんだけどね。それも二組ともなればもう、天文学的な確率になるんじゃないかな?」

 

 冬のこの時期にこの地方を訪れる旅人は、まず皆無と言って良い。それが二組である事から考えれば、ナーリスの言葉は決して誇張ではない。

 

 溜息交じりのナーリスの言葉に、レンは苦笑する。

 

 しかしふと、話題を変えようと口を開いた。

 

「そう言えば、どうですか、あの人達は?」

「どうって?」

 

 ユウトとアセリア。実力は判らないが、恐らくはレンと同じエターナルである2人。アセリアの方は相変わらず調子が悪いらしく、部屋から出る事はあまり無い。そしてユウトの方は何か用事があるらしく、昼間は何処かへ出掛ける事が多かった。

 

「ユウトさんはまた今朝から出掛けてる。アセリアさんにはロミナが着いてるよ。」

 

 一体ユウトは、何の目的を持って動いてるのか? 彼の正体を知るレンとしては、その目的が気になる所だった。どうやらレンを追って来たようではないと言うのは判っているが。

 

 収集した情報を統合し解析した結果、思い当たる節が2つほどヒットした。

 

 検索した情報によると、今エターナルの勢力には巨大な組織が2つ存在している。

 

 ロウとカオス。

 

 事実上宇宙を二分するとまで言われているこの2つの組織。恐らく2人は、そのどちらか一方に属しているのでは無いかと思う。その過程から考えると、2人が現れた目的も自ずと予想が出来る。

 

「世界を《至高の一振り》に回帰するか、それとも今のまま存続するか、ね」

 

 ナーリスに聞かれないようにそっと呟く。

 

 今のレンがどちらに着くかと言えば、恐らくカオス側のほうだろうと思う。折角目覚めたのだ。もっと色々な物を見て回りたいしいろんな物に会ってみたい。だからこそ、世界の崩壊を望むロウ・エターナルの理念には賛同できなかった。

 

 もっともこれはあくまで「2人がロウかカオスどちらかの陣営である」事が前提であり、もしこれが崩れた場合、対応策を一から練り直す必要が出てくるのだが。

 

 その時階段が軋む音がして、2階から降りてくる影があった。

 

「お姉ちゃん、まだ駄目だよ」

「大丈夫だ。少し、起きていたい」

 

 フラフラの足取りで歩いてくるアセリアと、困り顔でついて来るロミナが見えた。

 

 慌ててナーリスも駆け寄り、支えながらゆっくりと階段を下りてくる。

 

 どう見ても不調の極みに見えるアセリアは、1人では立つ事も困難であるらしい。

 

「あまり、無理しないでください」

「大丈夫だ、これくらい」

 

 元々そう言うしゃべり方なのか、それとも衰弱のせいなのか、アセリアの言葉はひどく聞き取りにくい。

 

 ナーリスはアセリアを椅子に座らせると、厨房の方へ走っていく。

 

 厨房に先回りして水を汲んできたロミナは、苦しげに息を吐くアセリアの顔を見詰めている。

 

「大丈夫?」

「ん、ダイジョブ、だ」

 

 渡された水を飲みながら、苦しそうに答えるアセリア。

 

 全然大丈夫そうでは無い声で答えながら、アセリアの手はロミナの頭を撫でる。

 

 その様子をつぶさに眺めながら、レンはフッと声をひそめる。

 

『どう思う、あれ?』

《さて、単に戦闘で衰弱したのか、それとも他に何か理由があるのか、見た目からじゃ判別は難しいかも》

 

 確かに、見た目のみでは情報が足りなさ過ぎる。

 

 ユウトならば何か思い当たる節があるのかもしれないが、生憎今は居ない。仮に居たとしてもエターナルの存在に関るような事を漏らすとは思えなかった。あくまで今のレンは「たまたま相宿になった旅人」と言う設定になっているのだから。

 

 そこへナーリスが戻ってきた。手には湯気の立つマグカップを持っている。

 

「はい、ホットミルクです。熱いから気を付けて飲んでくださいね」

「済まない。」

 

 アセリアはマグカップを受け取り、口に持っていく。

 

 しかし、

 

「熱ッ」

「大丈夫ですか? 少し冷ましましょう」

 

 そう言ってマグカップを机の上に置きなおす。

 

「美味しいな」

「でしょう、うちの母さんの特製なんですよ」

「ん、前にエスペリアが作ってくれたのみたいに美味しい」

 

 そう告げるアセリアの顔には、僅かに微笑が浮かべられている。エスペリアと言うのが誰かは判らないが、きっとアセリアにとってはとても大切な人なのだろう。

 

 少し冷ましてから、再び飲み始めるアセリアを、3人はそれぞれ眺めながら作業をしている。

 

 それから暫くした頃だった。

 

 厨房で仕込みをしていたメヴィーナが、少し困ったような顔で出て来た。

 

「いやー、まいったよ」

「どしたのママ?」

 

 手を止めて一同は、メヴィーナを見る。

 

「いやね、街外れに居るクレイスの爺さんから薬取りに来てくれって頼まれてたんだけど、すっかり忘れてたよ。」

 

 発掘作業者が多いこの街では、生傷を負う人間が絶えない。その為どの家でも傷薬は必需品となっていた。

 

 特に街外れに住む偏屈な医者が作る傷薬は即効性も高く、作業者の間でも人気が高い。その為店でも、その薬が常備薬として置かれていたのだが、

 

「まずいんじゃない、早く取って来ないと皆来ちゃうよ」

 

 日に4、5人は、必ず傷をこさえてくる者がいる。その為、傷薬は必須となるのだ。

 

 それらの作業員達は大抵、この場で傷の治療をした後に飲み始める。しかし傷の手当が出来ないとそのまま飲まないで自分達の家に帰ってしまう為、雪割亭としては利益が落ち込んでしまうのだ。

 

「ナーリス、あんたちょっと行って、取って来てくれないかい?」

「良いよ。すぐだろうし」

 

 気さくに返事をする娘を見ながら、メヴィーナはレンに向き直った。

 

「レン、悪いんだけど、あんたも行っとくれよ。最近は、何かと物騒だからね」

「え、でも、厨房の掃除は?」

「ああ、そっちの方は今度で良いよ」

 

 取り合えず、娘の安全の方が重要なのだろう。

 

 だが当の娘はと言うと、その言葉には賛同しかねるようだ。

 

「え、レン君と一緒に行くの?」

 

 露骨、と言う程ではないが、それでも不満げな顔を向けてくる。

 

 ナーリス自身、武術の面にはかなり自信がある為、この反応はある意味当然と言える。

 

 しかも、それだけではない。

 

「レン君じゃ、ちょっと護衛にはならないんじゃないかな?」

 

 レンはこの間、乱入してきた兵士にノされると言う醜態を演じている。その為、体力面での信頼度は著しく低かった。加えてナーリスよりも華奢な体と少女のような容貌は、どう見ても「強そう」には見えない。

 

 しかしそれでも、娘を案じる母は自分の意見を押し通す。

 

「そんな事言ってないで、万が一の保険って奴だよ」

「ま、良いけど」

 

 イマイチ納得が行かないが、不承不承ながら頷くナーリス。

 

 まあ、万が一の時は囮(餌)くらいにはなると考えているのかもしれない。

 

 そんな彼女の様子に、レンはただ苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイネルの日課は、室内菜園上にある花の世話をする事である。

 

 床に置かれた鉢のみならず、壁や天井にも蔓が延び、そこから色鮮やかな花が咲き誇っている。それらは無秩序に咲いている訳ではなく、一定の法則に従って剪定されていることから考えても、ここの管理が容易では無い事は想像できる。

 

 この万年雪に閉ざされた大地で、自然の草花が育つ事は在り得ない。だからカイネルは、たまにやってくる行商人から花の苗を買い、育成方を習い、長い年月をコツコツと地道な努力をしながら少しずつ室内で育つ花を増やしてきた。

 

 水差しの口から流れ落ちる水の様子を眺めながら、カイネルは振り返らずに尋ねる。

 

「そうか、北方の軍が動き出したか。思ったよりも早かったな」

「はい、どうやら、こちらの準備が整う前に叩いてしまおうと言う算段のようです」

 

 エレンとしてはカイネルのプライベート中にこのような無粋な報告は控えたかったのだが、何分急を要する事態である為、こうして心苦しいのを押して来た次第であった。

 

 もっとも当のカイネルはというと、そのような気兼ねは無く報告を聞いている。

 

「問題なかろう、あちらにはジュリア殿も行っている。万に一つも負ける事など在り得ないさ」

 

 そう言ってから、カイネルはエレンに向き直る。

 

「それよりエレン、どうだい最近、彼女の様子は?」

 

 よほど気に障る質問なのかもしれない。

 

 「彼女」と言うのが誰を指す言葉なのか察し、エレンは僅かに肩を震わせる。が、すぐに顔を上げ答える。

 

「はい、相変わらずとの事です。先日も、狼藉した兵士を返り討ちにしたとか」

「ふむ、それはいけないな」

 

 カイネルの目が、スッと細まる。

 

 長い年月を傍に仕えてきたエレンには、それが若干の苛立ちを込めた色だと言う事はすぐに判った。ままならない事が起こる時に見せる、カイネルの癖の1つである。

 

 ただ今回は、その苛立ちのベクトルがエレンの予想した物とは違っていた為、次の言葉には内心で呻きを漏らした。

 

「仮にも私に直接仕える兵士が、そのようなモラルの低い事では困る。これは、少し綱紀を引き締めねばならないかもしれないな」

「・・・ハッ」

 

 頷きながら、エレンは気付かれないようにそっと溜息を吐いた。

 

 その僅かな所作からエレンの内情を感じ取ったかのように、カイネルは微笑を浮かべて先を続ける。

 

「そんな事より、彼女だ」

 

 今は昔。カイネルとエレン、かつて2人にとって共通の友人であったある少女に再び想いが向く。

 

「あの計画、あれにはどうしても彼女の存在も必要になってくる。何としても発動までにこちら側に引き入れておきたい所だ」

「・・・・・・・宜しければ、私が行って『説得』して参りましょうか?」

 

 そう告げるエレンの瞳は、僅かながら鋭い光を発する。

 

 僅かに化学変化するだけで殺気に変換されるその光は、ここにはいない誰かに向けられている。

 

 そんな彼女の様子を眺めながら、カイネルはフッと笑う。

 

「さて、君も、それに彼女もそれなりに血が上り易いからね。どうしたものか」

「それは・・・・・・」

 

 否定できないだけに、言い返す言葉も無い。

 

 対してカイネルは、そんなエレンの様子を可笑しげに眺めてから言った。これ以上この、忠義心溢れる少女騎士をからかうのも悪い。とでも考えたのかもしれない。

 

「まあ良いさ。他に話を通せる者も居ない事だし。この件は君に任せるよ。」

「ハッ

 

 頭を下げるエレン。

 

 そんな君臣のやり取りを、影から息を潜めて見詰める事があるのには気付いていない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸いにして今日は雪は降っておらず、穏やかな風のみが周囲を駆け抜けていた。

 

 踏み締める新雪の感触が、足裏を優しくくすぐる。

 

 その白く舗装された街中を、レンとナーリスは並んで歩いていく。

 

 防寒用の厚いコートを着込み、レンもこの土地柄に合わせたような格好をしている。ただナーリスの腰に《陽炎》が下げられている事だけが2人の相違点だった。

 

「こうして見ると、結構活気があったりするんだね」

「まあね、これでも街道の街だし」

 

 道の真ん中に街を作れば嫌でも人は集まる。それはたとえ、このような土地でも変わる事は無かった。そしてその地政学こそが、ここでの人々の生活を支えているのだろう。

 

 見渡せば、周囲には露天が連なっている。

 

 どの店も自分の店の主も声を大にし、道行く人に商品を売り込んでいる。

 

 ふと、レンはナーリスの腰に下げられた剣に目をやる。

 

 色覚に鮮やかに映える緋色の刀身は、今は鞘に収まって拝む事はできない。

 

 永遠神剣第七位「陽炎」

 

 その名は既にナーリス自身から聞いていた。

 

 そしてその名前こそが、この少女顔の少年をして最も驚愕させた。

 

「ん、どうしたのレン君?」

 

 不躾なレンの視線に訝るナーリスは、その視線の先が自分の腰の辺りに来ていると判った瞬間、顔を上気させる。

 

「ちょ、ちょっと、どこ見てるのよ!?」

「ち、違うよ」

 

慌てて否定するが、一度蒙った濡れ衣はなかなか晴れない。

 

仕方なく咳払いをすると、口を開いた。

 

「たださ、その剣がちょっと気になってね」

「え? 《陽炎》が?」

 

 一瞬キョトンとしてから、ナーリスは愛刀を鞘ごと抜いた。

 

「随分手入れが行き届いてるよね」

「そりゃあ、ね。何たって自分の半身みたいなものだし」

 

 朗らかに言うナーリス。

 

 その言葉に、レンは僅かに目を細めた。

 

『当たり前だろ。何たってこいつは俺自身だぜ』

 

 頭に浮かんだ他人の言葉を即座に振り払い、ナーリスの手にある神剣に目をやった。

 

「そっか」

 

 現在の情景と記憶の中にあるヴィジョンの奇妙な一致に、レンは思わず胸の中が熱くなる想いに囚われる。

 

 すると不意に、ナーリスが口を開いた。

 

「この大陸は別名『忘れ去られた大地』って呼ばれてるの」

「忘れ去られた大地?」

 

 反芻するレンに頷くナーリス。

 

 あまり、耳に聞こえの良い名称ではない。

 

 現在の状況を見る限り「忘れられてる」訳ではないようだが、その命名者がいかなる意図で名付けたのか、現在を生きるレンには測りようが無かった。

 

「私達の先祖は、元は別の世界から移住してきた異界人だって言われてるの」

 

 振り向くナーリスの瞳は、どこか寂しげに光っているように見えたのは、あるいはレンの見間違いであろうか?

 

 しかしすぐに元に戻り、ナーリスは先を続ける。

 

「何で、移住してきたと思う?」

「さあ?」

 

 首を傾げる。ナーリスはなぜ、急にこんな話をし始めたのだろう?

 

「言い伝えでは、大罪を犯して流刑されたって言う話」

「流刑?」

「笑っちゃうでしょ。世界から追い出されなきゃならないほどの罪って、一体何なんだろう?」

 

 そう言いながらナーリスは、腰に戻した《陽炎》に手を掛ける。

 

 主の心痛を気遣うかのように、剣は僅かに緋色の光を発している。

 

「あたしもね、子供の頃は、そんなの単なる御伽噺なんじゃないかって思ってた。でも、この子の声が聞こえるようになってからは違ったの」

「全部、真実だったの?」

 

 レンの言葉に、頷くナーリス。

 

「たくさんの悲劇があって、たくさんの悲しみがあって、そう言う時代を、この子は生きてきたの。」

 

 そう言って《陽炎》の柄を優しく撫でる。

 

「あの、ナーリス、ひとつ良いですか?」

「何かな?」

 

 レンにはどうしても確かめねばならない事があった。

 

 そうそれはこの間、ナーリスの《陽炎》を見た時から思っていた事。

 

「流刑にされた理由って、何ですか? あなた方はなぜ、こんな場所で暮らさなくちゃいけないんですか?」

 

 時の彼方に埋もれたはずの記憶の中から、亡霊の如く湧き出た戦禍の残滓。

 

 遥かなときを超えてなお、朽ちる事の無い無形の楔。

 

「何でも、先祖が敬っていた邪神が、神に反逆したかららしいわよ。そこら辺の記憶は忘れたんだか消されたんだかして、残ってないらしいんだけどね」

 

 その言葉にレンは、頭を鈍器で殴られたような感覚を覚えた。

 

 まさか、と思った。

 

 間違いであってくれとも思った。

 

 だが運命は、否、この身に刻まれた呪いは、決してレンを許しはしなかったようだ。

 

 そんなレンの様子に気付かず、ナーリスは笑いながら続ける。

 

「ま、そんな古臭い事今更気にしてる奴は、あたしみたいに神剣持ってるか、余程の馬鹿しかいないんだろうけどね。って、どしたのレン君?」

「あ、べ、別に・・・・・・」

 

 ハッと我に返り、いつの間にか立ち止まっていた事に気付いて慌てて追いかける。

 

 誤算だった。まさか、このような地に降り立ってしまうとは。

 

 自分の運命を呪いつつ、ナーリスと並ぶレン。

 

 その時だった。

 

「随分だな、ナーリス。太古の屈辱と現在の苦痛を僅かでも減らそうと奔走している者達を馬鹿呼ばわりか?」

 

 突然の背後からの声に、2人は身を翻す。

 

 そこに立つ、鎧を着込んだ少女。

 

その手には巨大な大剣が握られている。ナーリスの《陽炎》も、彼女が持てば相当アンバランス感があったが、その少女が持つ剣は、そこに更に輪を掛けて大きい。最早まともに振れるのかどうかさえ疑問だ。

 

「えっと、あの?」

 

 お知り合い? と尋ねる前にナーリスはレンの前に出た。

 

「下がって、レン君」

 

 言いながら、手は《陽炎》の柄に掛かる。

 

 既に瞳に満たされた殺気は、激発の瞬間を心待ちにしている。

 

 対して相手の少女はただ静に、ゆったりした調子でこちらに向かって歩いてくる。

 

「相変わらず血の気の多い。我が主も、お前のその性格には嘆いていたぞ」

「うっさいわね。わざわざそんな下らない事言いに来たのエレン?」

 

 オロオロするレンの脇で、ナーリスの感情は勝手にヒートアップして行く。

 

 エレンはスッと足を止める。

 

「まさか・・・・・・」

 

 そんなに暇では無い。

 

「主が、お前を所望だ」

「あたしを?」

 

 眉を顰めるナーリスに、手を差し伸べるエレン。

 

 伸ばされる手が、ゆっくりとナーリスに向けられる。

 

 冷たい光を宿した瞳は、炎の少女を凍てつく吹雪で包みながら告げる。

 

「さあ、私と供に来い。全ては、そこから始まるのだ」

「イ・ヤ」

 

 キッパリと即答するナーリス。ご丁寧に舌まで出している。

 

 ピタリと動きを止めるエレン。

 

 瞳に映る冷気に殺気が篭る。

 

 その殺気に拍車を掛けるように、ナーリスは更に続ける。

 

「だいたいね、人迎えに来るのに『家来』を遣すって言う根性が気に食わないわね。あたしに用があるんなら自分で来いって、あの馬鹿に伝えときなさいよ。」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 スッと半身、前に出るエレン。

 

 既に場には充分な量の殺気が満たされ、きっかけさえあればいつでも暴発する事になる。

 

 既にナーリスの手も、腰の《陽炎》を握っている。

 

「要求拒否な上、我が主への侮辱。いくらお前でも許さんぞナーリス」

「許さなきゃ、どうだってのよ?」

 

 何かこの2人、因縁でもあるのだろうか? 仲は無茶苦茶悪そうだけど。

 

 完全に蚊帳の外に置かれたレンは、そんな事を考える。

 

 と、

 

《阿呆な事考えてないでさ、よく見なよ、あの子の剣》

「え?」

 

 言われて、エレンの持つ大剣に目をやる。

 

 一見無骨なだけの大剣。とても少女の細腕で振れるとは思えない。

 

 だが、どこか懐かしみを覚えるような気がした。

 

『あれってもしかして、《流泉》?』

《みたい、だね。》

 

 またしても因縁ある名前の登場に、レンは最早頭を抱えたくなった。

 

 そんなレンの方に、エレンが視線を向けてくる。

 

「そこの小娘、下がるが良い。今からこの馬鹿女を叩き伏せなければならない」

「だ、誰が馬鹿女よ!?」

「・・・・・・否定する所はそこなんだ? いや、まあ良いけど」

 

 嘆き混じりのレンの言葉は、呆気無く無視される。

 

 鞘からゆっくり引き抜かれる、緋色の刀身。

 

 切っ先は真っ直ぐに、エレンに向けられる。

 

「さっきの馬鹿発言、取りえさせてやるわ!!」

「出来るものならやってみろ。ふん縛ってででもカイネル様の下へ連れ帰ってやる」

 

 緊迫が増す戦場。

 

 既にエレンは、出発前にカイネルに言われた事を綺麗サッパリ、忘却のゴミ箱に捨て去っていた。

 

 そして、

 

『あ〜、何か雲行き、怪しくなってきてない?』

《ま〜なるようになるさ》

『そんな能天気な』

 

 能天気な2人は完全に忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

第5話「遥かなる残滓」     おわり