言い伝えによると、
後の世に「7理の永遠者」の内に数えられ、闇を払いこの世に光をもたらした2人の出会いは、幻想的な泉の辺で巡り合い、互いの宿命を感じて手を取り合った。とあるが、
ぶつかり合う2つのエネルギーが周囲に拡散され、周囲の大地が割れる。
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
少年は刀を振り上げ、切り込む。
それに対して返される、神速の槍。
「クッ!?」
それでも少年の勢いを殺す事はできず、槍を持つ男は大きく吹き飛ばされて背中から地面に着く。
対して、少年は追撃を掛けない。
見れば少年の体もボロボロで、いかにも立っているのがやっとと言う風情である。
「ど、どうだ!?」
それでも、勝ち誇ったように叫ぶ少年。
対して男も、渾身の力を込めて上体を起こす。
「フッ、なかなかやるではないか。少し、見直したぞ」
「いや、あなたはかなり期待外れだったから」
少年の憎まれ口に、男の導火線が激しく燃え盛る。
体に活力が湧き上がり、一足に立ち上がる。
「・・・・・・上等だ。その減らず口、二度と叩けぬようにしてやる」
「フンッ、寝言はマナの塵になってから言いなよ」
最早互いに、戦っている理由が何だったかすら覚えていない。
ただ目の前に居るこいつをギャフンと言わせないと気が済まない。
そんなくだらない矜持を掛けてぶつかり合う。
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
「オォォォォォォォォォォォォ!!」
互いにボロボロになりながら、それでも有り余る力が周囲を薙ぎ払っていった。
・・・・・・・・・・・・
まあ、現実はこんな物である。
Wing Of Evil Deity
第3話「雪原に踊る幻獣」
1
まるで宝石のような、朱色に輝く瞳がゆっくりと開かれた。
息を呑む。
目を開くとますますその少女的な顔立ちが際立つ。だがこの人物が男である事は、先ほど自分自身で図らずも確認してしまった。
「・・・・・・えっと、」
鈴が鳴るような声が鼓膜を刺激した。
ますます疑いたくなる彼の性別を取り敢えず頭の隅に追いやって、ナーリスは身を乗り出した。
「大丈夫? どこか痛む所無い?」
「いえ、それより、」
周囲を見回しながら、少年は口を開く。
「ここって、どこですか?」
有り触れているが当然の質問が、その口から発せられた。
「ここはリセンベルの街にある宿屋よ。君はこの近くの山の中で倒れていたの。覚えてない?」
「・・・・・・・・・・・・」
黙って首を振る少年。
無理も無い。雪の中あんな風に倒れているなど普通ではない。ひょっとしたら、記憶に欠損があるのかもしれない。
「ね、自分の名前、言える?」
この時点で判らなければ、完全にアウトだ。だが少年は自信を持った瞳で振り向いた。
「僕、レンって言います」
「そっか、レン君って言うのか」
レンは布団から腕を出すと、ゆっくりと掌を開閉してみる。
問題は無い。長時間雪の中に居た割には、指の先までスムーズに動く。
その光景に違和感を感じつつも、ナーリスは今自分がすべき事に頭を回す。
「そうだ、お腹空いてない?」
言われて気付く。自分の腹が大号泣している事に。
ナーリスに気付かれないように、そっと苦笑を漏らす。それはそうだろう、あれだけ長い間眠っていれば。
「少し・・・・・・」
消え入るような言葉を聞き、ナーリスは微笑を浮かべた。
「ちょっと待ってて。何か持ってくるから。」
そう言うとナーリスは立ち上がり、部屋を出て行く。
そう言えばナーリスが先程、ここが宿屋だと言っていたのをレンは思い出す。と言う事は、厨房で何か作ってきてくれるのだろう。
その背中がドアの向こうに消えた後、レンはスッと目を閉じる。
ゆっくりと精神を集中し、心を無に持っていく。
己の中にある《モノ》へと、その意識のチャンネルを繋ぐ。
「・・・・・・・・・・・・さて」
瞼を開く。
可憐な瞳はしかし、外界に視線を向けていない。
その口が、ゆっくりと開かれる。
「起きてるよね?」
《勿論、君が起きる前からね》
懐かしさと共に頼もしさを感じるその声は、今も変わらず自分の中にあった。
その声を聞くと同時に、レンは溜息を吐いた。
「まったく、もう少し抜ける方向を選んで欲しかったな。お陰で酷い目にあったよ」
《無茶言わないでよ。方向感覚だってあやふやだったし。それに、これだけ時間が経っちゃえば、手持ちの情報なんて、紙切れ程の価値も無いよ》
咎める様なレンの言葉に、拗ねる口調の返事が返る。
その様に苦笑しつつ、レンは口調を和らげる。
「ま、何にしても無事でよかったよ」
《お互いね》
互いに再会の挨拶を交わした後、レンは会話の本題へと入る。
「それで、実際の所ここはどこなの?」
《さて・・・それが問題なんだけど・・・・・・》
その言葉に、相手は口調を曇らせる。
その意味を、レンは即座に理解した。
あまりにも自分達が眠っていた時間が長過ぎた為、情報の取得と解析が追いついていないだろう。
《位置的には、無限回廊からさほど離れてはいないんだろうけど、さっきも言ったけど、僕が持っている情報は文字通り何の役にも立たないからね。基本情報の取得から始めないといけない関係から、もう暫く掛かると思う。今、世界側にアクセスして必要な情報を貰っている所だから、もう少し待ってくれるかな》
「急いでね。もし僕達が目覚めている事が知れれば、必ず彼等が姿を現すはず。そうなったら今の僕じゃ、多分勝ち目は無い」
焦っているわけではない。だが、今の状態で戦うのは御免被りたかった。
視線を、窓の外へ向ける。
そこにある吹雪は、僅か数メートル先をも見通せぬほど吹き荒れていた
2
雪の中を歩くのは慣れている、と言うより本来なら苦にもならないはずであった。
しかし、これは完全に予想外だった。
積もった雪は1歩進む毎に足に圧し掛かり、まるで亡者が掴みかかるような感覚を与えてくる。
降りしきる吹雪は、それを更に加算させて行くようだ。
「大丈夫か、アセリア?」
「ん、心配無い」
半歩下がって歩くアセリアもまた、辛そうだ。
あるいはやはり彼女の能力ならば、雲の上を飛んでいく事ができるかもしれないと思い掛けたが、逆にこの吹雪の前に墜落してしまうかもしれないと、先程思い直したところだった。
船長が気を利かせて防寒着を回してくれたのが、せめてもの幸いであった。これが無かったら凍えていたかもしれなかった。今はその上からオーラフォトンで体の周囲に幕を張って、何とか寒さを凌いでいる。
「しかし酷いな。予想以上だ」
幕で寒さを防いでも、行軍の困難さだけは解消できない。それに、流石にそこまでやれば消費率も馬鹿にはならなくなる。
降りしきる吹雪は視界を塞ぎ、疲労の加重を更に促進する。
本当にこの先に人間は住んでいるのだろうか? 地図の上で街があるのは間違いないのだが、この状況では疑いたくなる。
「うっ!?」
背後からの呻きに振り返ると、アセリアが雪に足を取られて転んでいた。
「大丈夫か?」
慌てて駆け寄り抱き起こす。
「すまない、ユウト」
雪を払ってやりながら触れる彼女の体はあまりにも細く、これだけではとても、戦場を駆ける凛然とした女剣士の面影は無い。ただか弱く、愛おしい少女がそこにいるだけだった。
「多分、もうすぐ街に着く。それまでがんばろうぜ」
「ん」
頷くアセリアの手を取り、今度は転ばないように手を繋いで歩き出した。
「へえ、あれが、ねえ」
吹雪のスクリーンの向こう側にある影を見据え、女はほくそ笑む。
標的は何も知らないまま、細い街道をゆっくりと歩いている。整備されていない道はさず歩きにくいらしく歩みは遅い。
とは言え、
「あ、あたしも寒ッ!?」
吹雪は容赦無く服の隙間から吹き込み、体温を奪っていく。このまま数分突っ立って居たらこちらが凍えてしまうかもしれない。
こんな事なら格好付けないで、もう少し厚着をしてくるべきだったかと、今更ながら後悔する。
「こ、これは、早い所済まして帰ろ」
そう独り言を呟くと、大きく跳躍した。
まるで吹きすさぶ風雪を散らすように、それはユウト達の前に降り立った。
白一色に染め上げられたスクリーンに絵の具を垂らすように、違和感を振りまくそれが自分達と同じ存在だと気付く。
女性だという事はすぐに気付いた。外見は20前後だろうが、それが何の基準にも成り得ない事は今更語るまでも無い。
赤いコートの下に、洋喪服のような軽めの黒い衣装に身を包んだその女性は、挑発的な笑みをこちらに向けている。
「・・・・・・・・・・・・誰だ?」
自分達の前に立ちはだかる女性。その存在に心当たりはあるが、儀礼的な意味合いも込めてユウトは尋ねた。
「誰だ、ねえ・・・」
対して女性は、揶揄するように反芻する。
「そう言うあんた達こそ、誰なのかな?」
「何?」
「知ってるかい? この季節、この土地を訪れる旅人は居ない。居るとすれば、それは以下の3つの理由に限られる」
言いながら高まる殺気に、ユウトとアセリアの意識は戦闘レベルまで高められる。
ここまで惜しげもなく発散される殺気を前にして、なおもこの女が敵で無いと思える程暢気な場所に身を置いてきた心算は無い。
「余程の死にたがりか、余程の変人か、あるいは、余程の事情があるのか?」
そう言いながら、右手を水平に伸ばす。
高まるオーラフォトンが掌に集中していくのが判る。
「さて、御託はこれくらいにしようよ。いい加減寒くなってきたから、そろそろ体動かしたいしね」
そう言うと、掌のオーラフォトンが弾ける。
「顕現せよ」
反転のキーが囁かれ、門が開く。
中から取り出される、長い得物。
女はそれを頭上で数回転させると、切っ先をユウト達に向けた。
「槍?」
細身の女には不釣合いな重量武器が、違和感とアンバランスの混合を果たしてその場へと姿を現す。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったね」
思い出したように言う。
「あたしは秩序の永遠者、ロウ・エターナル。永遠神剣第三位《寂寥》の主、レイチェル。以後、よろしく」
振りかざされる槍。
来る、と思った瞬間にはユウトの口が紡がれる。
「顕現せよ!!」
振るわれる穂先。
迫る刃がユウトの胸を抉らんと迫る。
だが、その前に光が出現する。
主を守る騎士の如く立ちはだかるその光は、穂先の突き入れをそのまま弾き返す。
ユウトは光を手に取ると、体を押し出す勢いのままに腕を振りぬく。
「おっ!?」
弾かれた穂先のバランスを保ちつつ、レイチェルは後退する。
振りかざした槍の重量に負ける事無く、その穂先は相変わらずまっすぐにユウトを指向する。
しかしその瞳は、軽い驚きに満ちていた。
ユウトの手の中にある物、それは数千年の時を共に戦い続けてきたもう1つの相棒であり半身。ユウト自身が戦うと決めた決意の象徴である。
白銀色の大剣は、吹雪を押し返すほどの光を発してレイチェルを睨んでいる。
驚きはやがて、歓喜へ変わる。
まさかこれ程早く会えるとは、思っても見なかった。
「へえ。もしかして、あんたが噂の《聖賢者》ユウトって訳?」
かつて、ロウ・エターナル盟主《法皇》テムオリン率いる精鋭部隊を退けたカオス期待の新星。それが今、目の前に立っていた。
「これは、予想以上に楽しめそうだね」
油断無く槍を構えながら、楽しげに口元を歪めた。
「はいよ、熱いから気を付けて食べな」
差し出された器を手に取り、スプーンで少し混ぜてみる。
スープ状の食べ物からは、食欲をそそられる匂いが立ち上っている。
「ありがとうございます」
受け取り、一口頬張る。
「熱っ」
口中に広がる熱さ、それに続いてまろやかな食感と味がゆっくり広がっていく。
「ほらほら、だから気を付けなって言ったろ」
呆れたように苦笑しながらメヴィーナは、懲りずにスープをかき込むレンを見守る。
尋常でない空腹具合は、食べても食べても収まりそうにない。自然、食べるスピードも速くなってしまう。
「まだまだたくさんあるから、ゆっくり食べな」
「すみません」
「なに、良いって事さ。どの道、これから仕事帰りの連中が押し寄せてきて目一杯食っていくんだ。その為に少し余計に作ってあるのさ」
そう言って闊達に笑うメヴィーナ。ナーリスの母親でこの宿屋兼酒場「雪割亭」の主人である女性にとって、料理とは趣味の領域でもある。それ故に日々の研究も怠っていなかった。
「すごく、美味しいです」
「そうかい、良かったよ、口に合うようで」
そのまま暫くは、無言のままかき込む。
ある事に気が付いたのは、あら方食べ終わった後だった。
「あ、」
今まで考えていなかった事に想いが至り、食べる手を止めた。
「ん、どうしたんだい?」
「あの僕、お金、持ってないんですけど?」
上目遣いに告白する。
今のレンは、文句無しに文無し状態である。このように好待遇を受けても、先立つ物が無い以上、謝礼を払う事はできない。
一瞬キョトンとするメヴィーナ。そのような言葉は予想してなかったのだろう、呆気に取られている。
申し訳無さそうに恐縮するレン。
しかし次の瞬間、レンの危惧は大笑で返された。
「え?」
今度はレンが呆気に取られる番だった。
対してメヴィーナは、そんなレンの肩を豪快に叩きながら言った。
「行き倒れにそんな物、最初から期待してないよ」
「え、いや、でも、」
「どうせこの時期は旅人も来なくて暇なんだ。ナーリスから聞いたけどあんた、行くトコ無いんだろ? 気の済むまで居ても良いよ」
微笑むメヴィーナの顔を、まじまじと見詰めるレン。
久しく感じていなかった温もりが、凍てついた自分の心を包み込んでいるような気がした。
「ありがとう・・・ございます・・・・・・」
後は、言葉にならなかった。
暫くして、食べ終わった器を持ってメヴィーナは器を持って出て行った。
それを見送ってから、レンはベッドから身を起こす。
体は既に立ち上がる事ができる段階まで回復を見ていた。もっとも、まだ歩くだけで精一杯であるが。もう1日も休めば、通常と変わらない状態まで回復するだろう。
そのまま、軋む体を引き摺って窓際まで歩く。
視界に広がる猛吹雪は、探査能力を極度に鈍らせて知覚能力を低下させている。
だが、それを圧してなお、感覚に鋭く伝わってくる物がある。
「・・・・・・どれくらいだと思う?」
《・・・2、いや、3かな。でも、間違い無いよ》
己が内にある存在から答えが返る。
その吹雪の向こう側、目に見えぬ視界の先で、何かとてつもなく強大な存在がぶつかり合う気配がする。
「エターナル?」
《うん。どこの連中か知らないけど、また派手にやってるみたい》
ぼやくような言葉に頷くレンの視線は、真っ直ぐに吹雪の向こう側に向けられている。
この吹雪の向こう側で戦っているエターナル。そのどちらか一方が、自分を追ってきた者である可能性がある。
いや、
すぐにその考えを否定した。
理由は、あまりにも時間が短過ぎると言う点。自分達が「脱獄」してから、まだ数日しか経っていない。その間に感知される可能性は皆無に近いだろう。
と言う事は、どこか別の組織の者達が争っているのだろう。
「まったく、迷惑な話だなあ」
ぼやくような言葉は、吹雪の音の中に消えていった。
3
五月雨のような突きの嵐。
その攻撃を、螺旋を描く白銀光が遮る。
尋常ではない程の攻撃に、しかしユウトは寸分の遅れも無く追随する。
「チィッ!!」
レイチェルは舌打ちすると同時に《寂寥》の穂先を摺り上げる。
刃が《聖賢》を捉え、そのままユウトの胴ががら空きになる。
貰った。
確信と共に繰り出される刃。
一瞬で繰り出される突きの数は10。ほぼ同時に同速で繰り出される槍は、残像すら引き摺っており、ユウトの視覚では実数より確実に倍に見える事だろう。
回避、防御はほぼ不可能。
しかし、
「オーラフォトン・バリア!!」
とっさに張り巡らせた障壁に魔法力を注ぎ込み強化、ユウトはレイチェルの刺突をやり過ごす。
「やる、けど!!」
更に追撃の手を打とうとするレイチェル。
しかしその前に、ユウトは次の一手を刻んでいた。
障壁型に編んだオーラフォトンを解き、そのままレイチェルに指向させる。
気付いた瞬間には、既に射出されている。
「オーラフォトン・ビーム!!」
閃光と化したオーラフォトンがレイチェルを襲う。
対するレイチェルはとっさに後退しつつ、両手の中にある《寂寥》を旋回させる。
迸る閃光は、《寂寥》の柄に阻まれて突進力を失う。
だがユウトも、その事は予想済み。動きを止めたレイチェルの懐に向けて斬り込む。
「ハァァァ!!」
肩に担ぐように振り被った《聖賢》を、突進の勢いを上乗せして振り下ろす。
しかし、
「甘い!!」
含む笑いを乗せた言葉と共に、レイチェルは棒高跳びの要領で《寂寥》を地面に突き立て、そのまま中天に舞いあがった。
それを見上げるユウト。
その状態から、レイチェルは降る様な突きを繰り出す。
足場の無い空中で曲芸のように舞いながら攻撃。まさに、驚嘆すべき技量である。
「クッ!?」
とっさにその場から飛び退き、ユウトはその攻撃を回避する。
その間にレイチェルは着地、振り向き様に《寂寥》を振り回す。
槍の長さを最大限に活かし、遠心力を上乗せした一撃。
ここで下がって回避する事は簡単。しかし相手の方が間合いが遠い以上、ここで下がれば再び斬り込むまで相手のレンジで戦う事を強要されてしまう。その前にユウトは、別の選択を決断する。
すなわち、踏み込む。
振り抜かれる刃は、レイチェルに向かって横一閃に振られる。
「チッ!?」
迫る刃を見据えるレイチェル。
とっさに攻撃を諦めると、突進するユウトとほぼ同速で後退。攻撃タイミングをずらす事で攻撃を空振らせる。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
再び間合いが開き、互いに無言のまま睨み合う。
思い出したように、両者の間に吹きすさぶ吹雪。
互いに、既に悟っている。相手が本気ではない事を。
「ユウト・・・・・・」
その様子を、少し離れた場所からアセリアが見守る。
彼女は、ユウトから戦闘行動を禁止されていた。原因は何度もユウトが指摘している通り、原因不明の体調不良であった。それはアセリアの卓抜した戦闘能力を極度に劣化させ、往年の力を削ぎ取っていた。
戦う夫の後姿を見て、何も出来ない自分の体に歯痒さを感じる。
だが、だからと言って気を緩める気は無い。いざとなったらユウトの言い付けを破って割って入るくらいの考えは持っていた。
そのアセリアの視界の中で、2人のエターナルはなおも殺気と殺気をぶつけ合って対峙している。
その時、レイチェルはフッと笑う。
その笑顔を見る間にも、ユウトは油断無く《聖賢》を正眼に構える。
「やるわね、さすがは《聖賢者》ユウト。タキオス様を退けただけの事はあるわ」
「タキオス・・・・・・お前は、あいつの配下なのか?」
かつての宿敵の名前を聞き、ユウトの緊張感は一気に上がる。
「直属って訳じゃないわ。けど、ああ言う性格の人だから、ロウ内では信奉者が結構居るのよ。あたしもその1人って訳」
武人気質、戦闘狂、ロウ・エターナル《黒き刃》タキオスの判り易く、なおかつ弱点を一切排除した巌の如き武力と精神は、武の道を志す者の1つの到達点と言える。自然、そう言う精神を信奉する者も出てくると言う事だろう。
はっきり言ってユウト自身も、勝てたのは奇跡だとすら思っている。
《寂寥》を高く構え、ゆっくりとレイチェルは前に出る。
仕掛ける気なのだろう。その身の内でオーラフォトンが激しく燃え盛っているのが判る。
対するユウトは相手の出方を伺うべく、即座に防御に転じられるように準備する。
「さて、」
面白がるように、レイチェルは呟く。
「ただ遣り合うって言うのも芸が無い話だし、そろそろ決め手の1つでも見せてもらおっかな?」
その体に集ったオーラフォトンが《寂寥》へと注がれて行く。
来る、と知覚する前にユウトは予め用意しておいた障壁を緊急展開する。
しかし、
「行け!!」
鋭い声と共に、オーラフォトンが弾ける。
次の瞬間、ユウトが張り巡らした障壁が貫かれる。
だが、レイチェルは全く動いていない。
《寂寥》の穂先が勝手に伸びて、ユウトに襲い掛かったのだ。
「チィッ!?」
とっさに《聖賢》を振るって、その穂先を逸らすユウト。
しかし、
「あら良いの、避けちゃっても?」
意味深なその言葉。
次の瞬間、《寂寥》の穂先は、急激にしなる。
否、まるで鎌首を持ち上げる大蛇のように曲がりくねり、その穂先は標的を睨み据える。
その先に立つ、
アセリアを指向して。
次の瞬間、穂先は一気に駆ける。
吹雪を断ち割り、立ち尽くすアセリアに向けて。
「け、顕現せよ!!」
慌てて、その手に《永遠》を取り出すアセリア。
不調であっても、戦士としての勘までは鈍らせている心算は無い。
振り払うように斬り上げる蒼き刃。
辛うじて防御が間に合い、《寂寥》の穂先を振り払う。
しかし、その勢いに押されてアセリアの体は雪原に転がる。
「あうっ!?」
雪の中に倒れ、動きを止めるアセリア。
そこへ追撃を掛けるべく、更に狙いを定める《寂寥》。
再び疾走する穂先。今度は、アセリアは身を起こす事すら叶わない。
だが次の瞬間、疾走する穂先よりも速くユウトがその前に立ちはだかる。
振るわれる白銀の大剣は、アセリアに迫る凶刃を容赦なく振り払う。
「ユウト・・・・・・」
自分を庇って立つユウトの姿に、アセリアは僅かに微笑を浮かべる。
「・・・・・・へえ」
そんなユウトの様子を見て、レイチェルは面白そうに笑みを浮かべた。
今の動き、確かに自分の槍より速かった。
情報によれば《聖賢者》ユウトはバランス型の戦闘スタイルを持っており、どこかに一芸秀でていると言う訳ではないとの事だ。とすると今の動きから察するに、かなりの高次元でその実力は纏まっている可能性がある。
だが、そんな思考とは他所に、目の前に立つユウトの中で殺気が爆発的に膨らむ。
どうやら、逆鱗に触れてしまったらしい。
その身より発せられるオーラフォトンが溢れ出し、周囲の吹雪を融解させる。
「・・・・・・まだ、やるのか?」
底冷えするような声と共に、ユウトはレイチェルを睨む。
これ以上戦いを長引かせる気は無い。まだ続けると言うのなら、一撃で終わらせる心算だった。
それを見てレイチェルはフッと笑う。
同時にその身を取り巻く殺気も消失し、オーラフォトンを霧散させる。
「やめやめ」
サバサバした口調で告げる。
だがユウトは相変わらずユウトは最大限に警戒したまま、レイチェルを睨んでいる。今レイチェルが一瞬でも戦闘意志を見せれば、ユウトは容赦無く斬り掛かるだろう。
しかしレイチェルは、自分に交戦する意思が無い事を証明するように背を向ける。
「今日はこれで終わり。どのみち偵察の心算だったんだから」
そう言うと、《寂寥》を肩に担いで歩き出す。
なおもその背を睨み付けるユウト。
対して肩越しに振り返るレイチェル。
「続きはまた今度、ね」
言いながら視線は、ユウトの後ろに倒れるアセリアを見る。
「そっちの彼女も、もう少しがんばって見せてよね」
それだけ言うと立ち尽くす2人を捨て置き、そのまま吹雪の中へと消えていった。
その姿が完全に見えなくなってから、ユウトはようやく緊張を解いた。
「大丈夫かアセリア」
《聖賢》を納め、アセリアを抱き起こす。
「すまない・・・・・・」
無表情の中にも、役立たずになってしまった自分に対する苛立ちとユウトへの申し訳なさが滲み出る。
そんなアセリアに、ユウトは優しく笑いかける。
「気にすんなって」
その笑顔が、今のアセリアには何よりも痛かった。
それが判っているだけに、ユウトもまた辛かった。
第3話「雪原に踊る幻獣」