大地が謳う詩

 

 

 

第46話「最後の切り札」

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・う、ん・・・・・・」

 

 軽い呻き声と共に、セツナは瞼を開く。

 

 同時に飛び込んできた少女の顔が、涙に濡れている事はすぐに判った。

 

「ネリー・・・・・・」

「セツナ、良かった・・・」

 

 涙を拭いながら、ネリーは満面の笑顔を浮かべる。

 

 必死に回復魔法を掛け続けていたのだろう、2人の周囲には暖かいマナがたゆたっているのが判る。

 

「良かった・・・・・・セツナ、全然起きないから、もう、駄目なんじゃないかって・・・・・・」

 

 伸ばす手で、ネリーの頬をそっと撫でる。

 

 その手に重ねられる、小さな手。

 

 相次ぐ戦いで傷付きながらも、柔らかい感触をセツナへと伝えてくる。

 

 ゆっくりと身を起こすセツナ。

 

 ネリーはそれを、慌てて支える。

 

「駄目だよ、まだ無理しちゃ、」

「判ってる、だが・・・・・・」

 

 戦いはまだ、終わっていない。《法皇》テムオリンに《統べし聖剣》シュンの2大エターナルに加え、神殿の外には多くのエターナルミニオンが残っている。それらを殲滅させない限り、この戦いは終わったとは言えない。

 

 ゆっくりと、体を立ち上がらせる。

 

 重い。

 

 まるで自分の体では無いかのように、壮絶なまでのダルみが襲ってくる。

 

 それを辛うじて押さえ込み、よろける足を踏みしめて立ち上がる。

 

 そんなセツナの状況を察したネリーが、すぐに脇から支えてくる。

 

 激しいマナのぶつかり合いや、時折聞こえて来る轟音が、仲間達が今だに戦っている事を伝えてくる。

 

 行かねばならない。たとえこの身が最早戦えぬとしても、この戦争の結末を見届けなくてはならない。

 

 そして、歩き出そうとした時だった。

 

「お見事です。」

 

 空間に溶け込むようなへばり付く声が、2人の鼓膜に飛び込んできた。

 

 とっさに身構える2人。

 

 優れた聴覚は、音の振動がした方角を正確に割り出して視線を誘導する。

 

 投げかける視線の先、

 

 淀むような闇の中に、

 

 浮かぶ生首が笑いかけていた。

 

 思わず絶句する2人。

 

 顔の半分は崩れ、首から下は存在していないが、それは間違いなく、

 

「ハーレイブ・・・・・・」

 

 先程まで刃を交えていた怨敵に間違いなかった。

 

「そんなに警戒されなくても、さすがにこれ以上は何も出来ませんよ。」

 

 そう言って、崩れた顔で笑みを浮かべてくる。

 

 だがそれでも、2人は自分達の神剣を取り出し、いつでも攻撃できるように準備する。

 

 それ程までに、この男の事は信用ならなかった。今この状態で襲い掛かってきたとしても、2人は何ら不思議には思わない。

 

 そんな2人に構わず、ハーレイブは先を続ける。

 

「まあ、今回の敗北が正直痛かったのは確かですね。これで私の計画は、確実に数百年は停滞してしまうでしょう。」

 

 痛恨の一事であるはずなのに、ハーレイブは淡々と話す。

 

 その口元に浮かべられた笑みは、相変わらず不気味に閃いている。

 

「しかしまあ、私としても収穫が全く無かったわけでは無いので、今回の戦いはそこそこ有意義な物ではありましたよ。」

「どう言う意味だ?」

 

 自身の野望は潰え、その身は粉砕され、この上まだ、何かメリットがあったと言うのだろうか?

 

「まずセツナ君、あなたはもう2度と、普通に戦う事はできないでしょう。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 息を飲む。

 

「当然ですね。そのボロボロの体に極度の消耗、加えて莫大な量のダメージの蓄積。あなたの体は、最早どんな回復魔法を用いたとしても全快する事は無いでしょう。」

「セツナ・・・・・・」

 

 不安そうに見上げてくるネリー。

 

 そんなネリーも、ハーレイブの術中から逃れられた訳ではなかった。

 

「それにネリーさんもです。」

「え?」

「あなたの体は、一度《闇の人形》として私の支配下に置かれました。あの魔法は一度掛かると、どれだけ綺麗に除去した心算でも、私のダークフォトンが種のように体の中に残ります。その種は静かに、ゆっくりと成長を続け、やがて芽吹く頃にはあなたの体を完全に乗っ取り、再びその身を《闇の人形》へと堕とすでしょう。」

「そんな・・・・・・」

 

 顔面蒼白になるネリー。

 

 それは正に、時限爆弾を体の中に抱えているようなものだ。

 

 その絶望に満ちた表情を見て、ハーレイブは更に笑みを濃くする。

 

「つまり、あなた方は私をこの世界から追い出す代わりに、とんでもない代償を支払ってしまったと言うわけですよ!!」

 

 笑みはやがて大きくなり、高笑いへと変えていく。

 

 《冥界の賢者》ハーレイブ。4000万年の時を生き延びた闇の王は、狡猾な罠を張りその中に2人を貶めたのだった。

 

 更に闇に響く、笑い声。

 

 だがそれも、唐突に止む。

 

 浮かぶ生首の前に立ったセツナが手にした刀を一閃、ハーレイブの顔面を真っ二つに切り捨てる。

 

 それを最後に、ハーレイブの首は黒い煙となって闇の中へ融けていった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 後に残ったのは、セツナとネリーの2人のみ。

 

 2人の脳裏には、先程のハーレイブの言葉が否応無しに蘇って来る。

 

 片や、怨敵を倒す代償に戦う力を失った少年。

 

 片や、その身に呪詛を受け、やがては闇に堕ちる事を運命付けられた少女。

 

 2人が背負う事になった十字架は、あまりにも重かった。

 

「・・・・・・行こう。」

 

 やがて、その運命から顔を背けるように、セツナのほうから口を開いた。

 

「もう、ここには何も無い。」

「でもセツナ!!」

 

 奇妙なまでに冷静なセツナに対し、ネリーは声を上げる。

 

 2人の歩む先に、光は無い。この空間よりもなお暗い闇が、口を開けて待ち構えている。

 

 そっと歩み寄るセツナ、その手はネリーの頬を優しく撫でる。

 

「大丈夫だ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 優しく微笑みかけるセツナに、ネリーは不安そうな顔を向ける。

 

「お前がまた闇に堕ちると言うのなら、その時はまた、俺が救い出してやる。それがたとえ、何度でもだ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ネリーは無言のまま、優しく笑いかけるセツナに抱きついた。

 

 その耳元には、今なお遠くの方で響く剣戟が聞こえてきていた。

 

 

 

 

 

 

 迫る緋色の光は6。真っ直ぐに指向して向かってくる。

 

 ユウトをしてその攻撃をかわす事ができたのは、彼がエターナルとして高い身体能力を有していたからに他ならない。

 

「オォォォ!!」

 

 素早く《聖賢》を振りかざし、6本の刃を弾く。

 

 対峙する《統べし聖剣》シュンは、その身にオーラフォトンを蓄えつつ、次の攻撃の算段を行っている。

 

 そこへ、《時果》を構えたトキミが切り込んでいく。

 

 その身に宿る時読みの力からは既にリミッターが外され、この空間で起こるあらゆる事象がトキミの支配下に置かれている。

 

「決めます!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 対するシュンも障壁を展開して迎え撃つ。

 

 ぶつかり合う刃と障壁。

 

「クッ!?」

 

 その光景に、トキミは思わず唇を噛む。

 

 最適な瞬間に最大の攻撃を叩き込む、回避不能な必殺の一撃だと言うのに、シュンは障壁を持って迎え撃ってきたのだ。

 

『まさか、この短期間でここまで成長していたなんて。』

 

 舌を巻かざるを得ない。

 

 かつて、トキミは生まれたばかりの《統べし聖剣》シュンと対峙した事がある。その時はまだ、トキミのほうが力は上だったのだが、今はユウト、アセリア、トキミの3人で掛かっていると言うのに、シュンは互角の戦いを演じているのだ。

 

 その時、

 

「トキミ、下がれ!!」

 

 ユウトの鋭い声が響く。

 

 同時に、ユウトのオーラフォトンが急速に増加していくのが判る。

 

「ハッ!!」

 

 とっさに繰り出される刃を弾き、トキミは一足で距離を置いた。

 

 それと同時に、ユウトは魔法の詠唱に入る。

 

「マナよ、光の奔流となれ。彼の者を包み、究極の破壊を与えよ!!」

 

 白色のオーラフォトンがユウトの掌に集中され、解き放たれる瞬間を待ちわびる。

 

 ほぼ同時に、シュンも自身のオーラフォトンを高めていく。

 

「集えマナよ、僕に従い、敵を爆炎で包み込め!!」

 

 こちらは黒い色で空間を染め上げていく。

 

 後から詠唱したにも拘らず、オーラフォトンの収束率はシュンの方が早い。

 

 両者のオーラフォトンは空間を逆巻き、ただその場に存在するだけで消滅しそうなほどの破壊力を内に秘める。

 

 それを、ほぼ同時に解き放つ。

 

「オーラフォトン・ノヴァ!!」

「オーラフォトン・ブレイク!!」

 

 白と黒の閃光が空間を走る。

 

 そのぶつかり合いが衝撃波を生み、旋風が周囲を襲う。

 

 その光景を見ていたアセリアとトキミがとっさにその場に伏せるくらいであるから、その威力、推して知るべしである。

 

 空間内でオーラフォトンが対消滅し、マナが弾け飛ぶ。

 

 魔法を放った2人のエターナルは、その場に変わらず立ち続ける。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ユウトは額に滲む汗もそのままに、シュンを睨む。

 

 《統べし聖剣》シュン。

 

 かつて1人の少女を巡って、自分を敵視していた少年。

 

 佳織を盲目的に愛し、ついにはその精神を《世界》に乗っ取られてしまった少年。

 

 今のシュンに、かつての面影は無い。ただひたすらに、この世界の崩壊を望むロウ・エターナルがそこにいるだけである。

 

 終わりにしなければならない。もう、こんな事は。

 

「ユウト。」

 

 その傍らに、純白の6翼を従えたアセリアが降り立つ。

 

 この世で誰よりも信頼し、そして愛する少女は、手にした《永遠》を構え、いつでも斬り掛かれる準備をしている。

 

 その姿を見て、ユウトは頷いた。

 

「決めるぞ、アセリア。」

「ん。」

 

 短く頷くアセリア。

 

 全ていつも通り。この少女が共に戦ってくれるから、ユウトは疲れを知らずに戦う事ができる。

 

 ほぼ同時に、シュンも右腕に融合した剣を構える。

 

「行くぞ、死の世界を見せてやる。貴様等にはさぞ、似合いだろうさ!!」

 

 同時に地を蹴る、斬り込んで来る。

 

 対するユウトは、スッと息を吐き、シュンを見据える。

 

 既に戦術は決まっている。自分とアセリア、2人の能力を計算し、最大の攻撃を行う。そうしないと、今のシュンには勝てない。

 

「・・・・・・マナよ、オーラへと変われ。」

 

 朗々と紡がれる言葉がマナを組み上げ、魔法を構成する要素を作っていく。

 

 同時にアセリアも6翼を広げ、疾走の構えを取る。

 

「・・・・・・我等に宿り、永久に通ずる活力を与えよ!!」

 

 マナが次元に反応し、門を開く。

 

 そこから流れ出たマナがアセリアの上に降り注いでいく。

 

「エターナル!!」

 

 時空を越えて召還されたマナが、アセリアに直接活力を与えていく。

 

 爆発的に漲る力がアセリアの中で活性する。

 

 同時にアセリアは、6翼を羽ばたかせて疾走する。

 

 これが、最後。本当に、最後の攻撃である。

 

 ほぼ同時に、シュンもアセリアに狙いを定めて向かってくる。

 

 右腕に融合した剣が不気味に鳴動し、その存在感を誇示している。

 

 対するアセリアは、シュンに向けて急降下すると同時に剣を繰り出す。

 

 《永遠》の刀身にオーラフォトンが集中し、それを爆発させるタイミングを待っている。

 

 交錯する一瞬。

 

 だが、アセリアの方が一瞬速い。

 

 振り抜かれる蒼き刃。

 

 光は奔流と化し、《統べし聖剣》を斬り裂く。

 

「エタニティ・リムーバー!!」

 

 刃がシュンを袈裟懸けに斬り、同時に剣の軌跡に沿って、空間も同時に斬り裂かれる。

 

「がっ!?」

 

 信じられない物を見るかのように、シュンは己の体に刻まれた傷を眺める。

 

 同時にその体は端から徐々にほつれ、空間の裂け目へと吸い込まれていく。

 

 徐々に崩れていくシュンの姿。

 

 その様子を眺めながら、ユウトは哀しげな瞳でそれを見送る。

 

 間違っても、仲が良かった訳ではない。それどころか、憎んでさえいた。

 

 だがそれでも、これを素直に喜べるほど、ユウトの心は乾いていなかった。

 

「じゃあな、シュン。」

 

 かつて佳織を愛し、それ故に人生を狂わせてしまった少年に、ユウトはそっと別れの言葉を送った。

 

 その傍らに降り立つ。アセリア。

 

 背後から、トキミが駆け寄ってくるのが判る。

 

 同時に、胸のうちに湧き上がってくる物があるのを感じる。

 

 そう、自分達は、勝ったのだ。

 

 全てのロウ・エターナルはこの世界から追放された。後はマナの流れが自然に戻るのを待つだけである。

 

 ユウトの肩に、そっと手が添えられる。

 

 振り返る先、篭手越しに手を置いたアセリアの姿がある。

 

「ん、ユウト、お疲れ。」

「ああ、アセリアもな。」

 

 微笑みあう2人。

 

 多くの者達の活躍と、それに数倍する者達の犠牲の上に、ようやくこの世界は救われたのだ。

 

 だが、まだ終わっていなかった。

 

「こ、これは!?」

 

 半ば悲鳴に近いトキミの声に、ユウトとアセリアは振り返る。

 

 その視界の先には顔面蒼白になって立ち尽くすトキミ、更にその先には、なおも鳴動を続ける永遠神剣《再生》の姿がある。

 

「おい、どう言う事だ? 奴等を倒したら暴走は止まるんじゃなかったのか?」

 

 そう言う前提で戦って来た訳だし、それがラキオス軍の戦略目標であったはずだ。

 

 だが、目の前にある再生はなおもマナを吸い上げ続け、今すぐに爆発してもおかしくはない。

 

「まさか・・・・・・でも、そんな・・・・・・」

 

 蒼白な顔のまま、トキミは呻くように呟いた。

 

「どうしたんだ、トキミ?」

 

 尋ねるユウト。

 

 その時だった。

 

「ユウト!!」

 

 背後から声を掛けられ、振り返る。

 

 そこにはふら付きながらも、こちらに向かって歩いてくるセツナと、それを支えながら歩いてくるネリーの姿があった。

 

「セツナ、ネリー、無事だったか。」

「何とかな、ハーレイブも倒しておいた。」

 

 そう言ってユウトの傍らに立つと、《再生》を見上げる。

 

「何があったんだ? シュンやテムオリンは倒したんじゃないのか?」

「それが、俺にも、」

「遅かったんです。」

 

 ユウトの言葉を遮るようにして、トキミが口を開いた。

 

「私達が《統べし聖剣》シュンを倒した時には、最早、ほとんどのマナが《再生》に注ぎ込まれた後だったんです。後は、放って置いても自然に暴走し、この世界を消滅させてしまうでしょう。」

「そんな!?」

 

 トキミの説明に、一同は目を剥く。

 

 それでは、これまでやってきた事は全て無駄になってしまうのか? 命懸けでここまで来て、その結果がこれだとでも言うのか?

 

 ユウトの顔が焦燥に駆られ、ネリーが悔しそうに唇を噛む。無表情に見えるアセリアの顔にも、悔しさが滲んでいるかのようだ。

 

「せめて、オルファが覚醒していたら、何とかできたのですが・・・」

「オルファ?」

「はい。オルファの本当の名前はリュトリアム。《再生の炎》リュトリアムと言い、スピリット達の母胎にする為に《法皇》テムオリンが作り出した、永遠神剣《再生》の本来の主です。」

 

 トキミは、この戦いが始まる前の事を説明した。

 

 テムオリンの作戦を知ったトキミは、それを妨害する為に部隊を率いてロウ・エターナルの拠点を強襲、リュトリアムの奪取に成功。同時にそのリュトリアムを護る存在として《黒の守護者》であるウルカを産み出した。

 

 だが、反撃に出たロウ・エターナル達の前にカオス側の部隊は壊滅、《黒の守護者》もテムオリンに奪われるに至った。そこでトキミはリュトリアムをテムオリンの目から隠す為に偽りの人格を作り出し、ラキオスへ送ったのだった。

 

「そうだったのか、でも、」

「もう、遅い。」

 

 アセリアがポツリと言った言葉は、絶望への落下を加速させる。

 

 今から神殿の外へオルファを迎えに行ったとしても、戻ってくる前に時間切れになる可能性が高い。加えて、あれだけ圧倒的な戦力差である。オルファが無事で居られると言う保障すらなかった。

 

 これで、全ての道は閉ざされた。

 

 そう思った時だった。

 

「事情は判った。」

 

 それまで黙って聞いていたセツナが、口を開いた。

 

「だが、諦めるのはまだ早い。」

「セツナ?」

 

 よろける足を踏みしめて、セツナは前に出る。

 

「俺に、考えがある。」

「本当か!?」

 

 身を乗り出すユウト。

 

 それに対し、セツナは黙って頷く。

 

 そこへ、

 

《やれやれ。》

 

 溜息にも似た、《絆》の声が聞こえて来た。

 

《数周期に1度しか使えぬ、わらわの切り札を今ここで使うか。贅沢な男よの。》

 

 苦笑交じりの声に、セツナも苦笑で返す。

 

 どのみち、ここでこの世界が崩壊すれば全てが水泡に帰す事は《絆》にも判っている。全て判って言っているのだ。

 

「《絆》の力を使えば、一時的にだがこの場にあるマナの全てを俺の支配下に置く事ができる。そうすれば、マナの流れを正常に戻すこともできるはずだ。」

「そんな事ができるのですか?」

 

 サラッと言ったが、その実はかなりとんでもない事を口にしたのものである。

 

 本来マナの流れを制御する権限は、世界側に帰属している。セツナの説明は、その制御権を、一時的に強奪すると言うものだった。いかに第二位の永遠神剣を持つエターナルとは言え、完全にその権利と能力を逸脱している。

 

「勿論、簡単に出来る事ではない。使用するに当たって、いくつかクリアしなければならない条件がある。」

 

 代償の無い奇跡は存在しない。それ程大それた魔法を使うのだから、当然の如くペナルティも存在する。

 

「まず1つ。この魔法は、1度使えば向こう数周期は使えなくなる。」

「当然ですね。」

 

 予想していた事なのだろう、先を促しながらトキミが頷く。

 

「2つ目。この魔法は、必ず世界の中心で使わねばならない。」

「世界の中心って言うと、」

「ここですね。」

 

 そう言ってトキミが、《再生》を指差す。

 

 ここがファンタズマゴリアの中心地。逆を言えば、ここに辿り着かねば発動できない為、セツナは今まで使わずにいたのだ。

 

「そして3つ目、これが問題なんだが、この魔法を使うには第三位以上の剣位を持つ存在5人以上、つまり、エターナル5人以上の承認が必要だ。」

「5人・・・・・・」

 

 ユウトは周りを見回す。

 

 承認と言う事は、当然、魔法を使うセツナは含まないのだから、残るは、

 

 トキミ、アセリア、ネリー、そして自分・・・・・・・・・・・・

 

「おい、4人しかいないぞ!?」

 

 見え掛けた希望が、再び闇に呑まれていくのを感じた。

 

 これでは、魔法の発動条件を満たせない。

 

 その時だった。

 

「そこで、俺の出番って訳か。」

 

 極めて軽い口調が、しかし確固たる印象を持って空間を震わした。

 

 振り返る一同。

 

 そこには、ボロボロの外套を纏った赤毛の青年が立っていた。

 

「よっ」

 

 片手を上げるキリス。

 

 別れる前と比べると、その身は襤褸布の如く引き摺られている事が、テムオリンとの激戦を思わせた。

 

「随分、狙ったようなタイミングだな。」

「だったら、結構楽なんだけどな。」

 

 セツナの皮肉交じりの言葉に、そう言って肩を竦めるキリス。それほどまでの傷を負ってもなお、余裕の態度は崩れない。

 

「だが、これで、条件は揃ったんだろ。」

 

 エターナルは5人。そして、この地は再生の剣の真下。つまり、世界の中心地。全ての条件は、誂たように、今、この地に集った。

 

「ああ、早速始めよう。」

 

 頷くとセツナは、背中から両方の《絆》を抜き放つ。

 

 既に周囲の空間にマナが猛り始めている。これ以上、1秒たりとも無駄には出来なかった。

 

 セツナは2本の刀を無行の位に下げると、そのままスッと前に出る。

 

「魔法自体は俺が全部執り行う。みんなはただ、この世界が助かるように、心の底から祈ってくれ。」

 

 そう言ってセツナは1人1人の顔を順繰りに見ていく。

 

 それぞれの頷き方で返す一同。

 

 それを確認してから、セツナはスッと目を閉じた。

 

 溢れるマナによって空気が淀み、むせ返るような重苦しさの中、セツナはゆっくりと、己の中をオーラフォトンで満たしていく。

 

 それを、背後に従って見守る5人のエターナル達。

 

 その心の中では、ただ一心に、この世界の行く末のみが案じられる。

 

 やがて、変化が起き始めた。

 

 5本の神剣が、ひとりでに輝き始めたのだ。

 

《聖賢》が、《永遠》が、《純潔》が、《時詠》が、《鮮烈》が、それぞれ契約者の意思を無視して輝き始める。

 

 その光が徐々に輪を作り、エターナル達を基点にして広がっていく。

 

 光が音を生み、空間に反響する。

 

 その中で、セツナはゆっくりと詩文を詠み始める。

 

「我、友情を司る永遠神剣《絆》の主、名はセツナ。大地の精霊たるマナに乞う。この一時、この場にて御身の心を開き、その力の一端を我に示し給え。」

 

 光が螺旋を描き、セツナを取り囲むようにして輝く。

 

「中天に座する聖上は、全てを護り、全てを司る。」

 

 低い声で紡がれる詩文は、それでも空間に響いていく。

 

「我は想う。汝が心に映る鏡面に輝ける姿見は、時の衆の空蝉なり。」

 

 反響がその音階を上げ、耳に響いてくる。

 

 だが中央に立つ6人は、微動だにせずにその場に立つ。

 

 そんな中でセツナは、両手の刀をスッと掲げ、その刃を擦り合わせる。

 

「今、全ての誓約の名の下に、汝の姿をこの場へと顕せ!!」

 

 光が一気に爆ぜ、空間を満たす。

 

 音は既に、人の可聴領域を超えて鳴り響いている。

 

 視覚と聴覚が満たされた中で、セツナはその名を詠んだ。

 

「麒麟、召還!!」

 

 

 

《・・・・・・な・・・・・・つな・・・・・・セツナ・・・・・・起きなよ、セツナ。》

「・・・・・・・え?」

 

 目を開く。

 

 するとそこには、

 

「これは?」

《ここは、世界を形成するマナの中。今、異常の中にあったマナの流れが、ゆっくりと元の状態に戻りつつあるんだよ。》

 

 問い掛ける声に、応える声。

 

 聞いた事のあるその声に、セツナは振り返る。

 

「お前は・・・・・・」

 

 やがて、視界の一部が晴れていく。

 

 その場にいる、人では無い者。

 

 いつからそこにいたのか、まるでセツナが気付くのを待っていたようにゆったりとその場に存在している。

 

 龍のような首に、馬のような四肢を持ち、その体は金色の毛で輝いている。

 

 一種、神々しさを感じさせる雰囲気ながら、それでいてどこか親しみ易そうな顔をしているように感じた。

 

「《麒麟》・・・・・・」

 

 そうそれは、陰陽道における中央を守護する黄龍にして、セツナのかつての永遠神剣、《麒麟》である。

 

《お別れ、言いに来たよ。》

 

 その口からまず最初に発せられた別れの言葉。

 

 だが、予想していたセツナは黙ってそれを受け入れる。

 

「そうか。」

 

 第四位永遠神剣《麒麟》。この長きに渡る戦いを共に戦って来た、最大の戦友もまた、誓約に則り、セツナの中から消えようとしていた。

 

「また、会えるか?」

《どうかな?》

 

 《麒麟》は、少し笑ったように言う。

 

《君も知っての通り、あたしの力はあまりに特殊だから。使えば間違いなく、味方に勝利をもたらしてしまう禁断の魔法。それが、あたし。だからこそ、『絆』が生まれた時、あたしを含む5つの権能が、可能な限りの誓約を設けたの。》

 

 使えるのは数周期に1度。具体的には定められてはいないが、5周期から6周期は見なければならないと思われる。

 

《あのオルファスですら、あたしを使ったのはその生涯の中で、結局一回きりだった。だから、不可能では無いんだろうけど、あたし達がまた会える可能性は、極めて低いと思う。》

「そうか。」

 

 そっと、頬に伸ばされる手。

 

 その手にじゃれ付くように、《麒麟》は顔を寄せてくる。

 

《この2年間、君と一緒にいられて、楽しかったよ。》

「俺もだ。とても、楽しかった。」

 

 この2年間、共に戦場を駆け抜けた日々は、たとえその道が分かたれても、互いの中に消えることは無い。

 

 スッと、《麒麟》は首をかしげて、セツナの胸に顔を寄せてくる。

 

「《麒麟》?」

《あたしから、最後の手向けを君に送るよ。》

 

 そこから生まれた光が、ゆっくりとセツナの中に入っていく。

 

 同時に、体の中で欠けていた部分を補うように、マナが充填されていくのがわかった。

 

《ちょっとね、流れを元に戻す時にちょろまかしちゃったけど、これくらいは許してもらえるよね。》

 

 もし《麒麟》が人なら、今頃舌を出している事だろう。

 

 《麒麟》は、マナの流れを元の状態に修正する前に、僅かだけ自分の手元に残しておき、それを今、セツナの体の中に注ぎ込んだのだ。

 

《残念だけど、あたしの力でも君の体を治してあげる事はできない。でも、それだけのマナがあって、暫く戦いから身を引いていれば、そうそう死ぬような事は無いはずだよ。その間に治療法が判れば、君は助かるはず。》

 

 言っている傍から、その金色の体は空気に溶けるようにスウッと消え始める。

 

「《麒麟》・・・・・・」

《これでお別れだね、セツナ。》

 

 ゆっくりと紡がれる言葉も、徐々に聞き取れなくなっていく。

 

《さようなら、セツナ。》

 

 足から順に、その姿を消していく。

 

 そんな《麒麟》に対して、セツナはフッと笑みを見せる。

 

「違うだろ《麒麟》。」

《え?》

「こう言う時の挨拶は、『またな』って言うんだよ。」

 

 一瞬キョトンとした《麒麟》だが、すぐに可笑しそうな声と共に口を開いた。

 

《うん。またね、セツナ!》

「ああ、またな《麒麟》。」

 

 それと同時に、この白い空間も徐々に薄れて行った。

 

 

 

 変化は、劇的だった。

 

 淀んでいた空気が流動を始めたマナと共に解放され、一気に外側へ向けて流れ出した。

 

 世界規模に匹敵するマナの量が流れ出し、「本来元ある場所」へと戻っていく。

 

 それと同時に、ロウ・エターナルが不正召還したエターナルミニオン達も一斉にその姿を崩し、金色のマナとなって消え去っていく。

 

 マナの塵が一斉に天に昇っていく様は、哀しい光景であるにも関らず一種荘厳で、その場に居た者達の視線を一様に惹きつける。

 

 恐らく今、麓からキハノレを遠望すれば、金色の龍が天に昇っていくような様が見て取れた事だろう。

 

 キョウコは、自身の目の前で死の門がその口を閉じていく光景を目撃した。

 

 その全身を切り裂かれ、頼みの永遠神剣も弾き飛ばされて手元に無い。

 

 目の前に立った青ミニオンが、剣を振り下ろす。

 

 迫る死を形にした刃を前にして、目を閉じるキョウコ。

 

 だが、当然来るはずの痛みはいつまで経っても訪れない。

 

 恐る恐る目を開けるキョウコ。

 

 その視界の中で、青ミニオンは剣をキョウコの鼻先に突きつけたまま、その動きを停止していた。

 

「ど、どうなってんの?」

 

 困惑のまま投げかけられる疑問。

 

 次の瞬間、青ミニオンの体は砕けるように崩壊し、金色の塵へと変化する。

 

 その青ミニオンだけではない。そこかしこで、エターナル・ミニオン達が次々と砕け散っていく。

 

「これって・・・」

「どうやら、終わったみたいだね。」

 

 その疑問に対する答が、背後から投げられた。

 

 振り返る先に居る存在に、知らずに顔が綻んだ。

 

「コウイン!!」

 

 先程まで背中を預けて戦っていた戦友もまた、この激戦を生き残っていたのだ。

 

「あいつら、どうやら、やってくれたみたいだな。」

 

 「あいつら」が、誰を指すのか悟り、キョウコも笑顔で頷く。

 

「そうね。ほんと、よくやってくれたわよ。」

 

 その脳裏の中に、6人それぞれの、エターナル達の顔が浮かんだ。

 

 その2人の見ている先で、こちらに向かってくる影がある事に気付いた。

 

 緑色のおさげ髪をした少女は、その背に別の少女を背負って歩いてきている。

 

「ハリオン、無事だったか?」

「はい〜、お陰さまで〜」

 

 相変わらずの間延びした口調が、どこか安心感を誘ってくる。

 

 と、キョウコの視線が、ハリオンの背中にある少女に向けられた。

 

「ルル?」

 

 ハリオンを護る為に戦い続けた少女は、自身が命懸けで守り抜いた存在の背で、両の目を閉じている。

 

 死んだように動かないルルに、キョウコは一瞬いやな予感に駆られるが、そんなキョウコを察したのか、ハリオンがニッコリ微笑む。

 

「ちょっと、疲れちゃったみたいです〜、この子は、頑張り屋さんですから〜」

「大丈夫なの?」

「はい〜、回復魔法も掛けてあげましたから〜、このまましばらく寝かせてあげたいと思います〜」

 

 見ると、そこかしこで金色の霧を掻き分けて、仲間達が姿を現し始める。

 

 向こうから、ウルカとセリアが互いに肩を貸し合いながら歩いてくるのが見える。

 

 その姿を見つけて、走っていくシアーの姿がある。

 

 エスペリアは、壁に寄りかかって休んでいるオルファを介抱しているようだ。

 

 目を転じれば、ナナルゥとヒミカ、ヘリオンが手分けして負傷者の救護と、その指揮を行っている。

 

 ファーレーンとニムントールは互いに背を預けて座り込んでいる。2人共疲労の色が濃く、暫く見ているとそのまま寝息を立て始めた。

 

 皆、生き残ったのだ。あの激戦を。

 

 思わず、落涙しそうになる。

 

 そんなキョウコの頭を、コウインがポンッと叩く。

 

「お前も、お疲れさん。」

 

 そう言って、笑いかけてくる。

 

「こう言う時はよ、多分、我慢なんかしなくても良いんだぜ。」

 

 その笑顔が何だか、とても尊いように見えたから、

 

 キョウコはそのままコウインに飛び付いた。

 

 

 

 セツナは、ゆっくりと目を開く。

 

 先程と比べて、明らかに体が軽い。《麒麟》が気を使って残してくれたマナによって、失われた構成マナが回復したお陰だろう。

 

 ゆっくりと、掌を開閉してみる。

 

 支障は無い。恐らく《麒麟》の言った通り、今後、何事も無く平穏に過ごしていれば、すぐに死ぬと言う事は無いだろう。

 

『だが・・・・・・』

 

 問題は何も解決していない。この身を蝕む病は今も変わらず存在している。そしてもし、再びハーレイブのような敵と対峙した時、自分には恐らく、戦う力は残されていないだろう。

 

 フッと笑い、振り返る。

 

 そこには、共に戦ったエターナル達の姿がある。

 

 ユウトが、アセリアが、トキミが、キリスが、そして、ネリーが、

 

それぞれに笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 自分は1人では無い。彼らと共にある限り、自分は再び立ち上がる事が出来るだろう。

 

 それに応えるように、セツナも笑みを返した。

 

「さあ、帰ろう。みんなが、待ってる。」

 

 それは、本当に嬉しそうな、心から浮かんだ笑顔だった。

 

 

 

 

 

第46話「最後の切り札」     おわり