今は昔、

 

 「神世の代」

 

 あるいは、「創世記」

 

と呼ばれた時代があった。

 

 「至高の一振り」と呼ばれた唯一の永遠神剣が砕け散り、

 

無数の世界と生命が生まれ出でる中にあって、

 

 人も生物も、世の平和を謳歌しつつ、日々を暮らしていた。

 

 うつし世に具現化した楽園。

 

 争乱の灰燼に失われし理想郷。

 

 その中で全ての生命は、つつがなく平和を謳歌していた。

 

 争いも無く、そもそもその存在すら理解し得ないまま、無垢な心のままで。

 

 そう《彼》が、その姿を現すまで。

 

 圧倒的な力と絶望に彩られた意思を携えたその存在は、生まればかりで今だに戦う術を知らない多くの世界を蹂躙し、あらゆる生命を炎の中に放り込んで切り従えて行った。

 

 やがて、多くの世界をその膝下に従えた彼を、人々は王と称し、彼の元に、有史最初の「帝国」が築き上げられた。

 

 他者が抗えないほど圧倒的な力と、文字通りの不老不死の生命を持つ王の支配は永久と思われるほど続き、人々はその圧制の下で生きながらにして地獄へと突き落とされていった。

 

 そう、後の世に「7理の永遠者」と呼ばれる7人が現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が謳う詩

 

 

 

第45話「失われる剣を持ちて」

 

 

 

 

 

 

《オルファス達が滅ぼしたはずであったが、まさか、生きておったとは・・・・・・》

 

 かつての契約者達が繰り広げた戦いを思い起こし、《絆》は軽く舌打ちする。

 

 今も記憶に残る、壮絶な戦い。

 

 人々の願いの下に生まれ、希望を背に負った7つの永遠神剣と、その繰り手達。

 

 多重次元世界を支配する王との戦い。

 

 それは、想像を絶する激しい戦いであったであろう。

 

 もう終わったと思った戦い。

 

 もう終わったと思った悪夢。

 

 それが再び現実に今、目の前に存在していた。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、立ち尽くす。

 

 目の前の男は、確かにハーレイブであった。

 

 だが今、セツナの目の前にいる人物は何者か?

 

 圧倒的とさえ思えるその存在感は、セツナをして圧倒している。

 

 湧き上がる衝動を抑えようと、鼓動がその速度を増す。

 

 本能が告げる。

 

『こいつはヤバイ。』

『こいつを相手にするのはよせ。』

 

 だが、その場を一歩も動く事はできない。

 

 冷や汗が、額から零れ落ちる。

 

 先程の、《絆》の言葉が思い出される。

 

 かつて、多重世界を席巻した存在。

 

 最強最悪を謳われたエターナル。

 

 4000万年の長きを生き延びて来た闇の王。

 

 刀を握る手にも、汗が滲む。

 

 果たして、勝てるのか? 今の自分で、この余命いくばくも無い体で?

 

 と、

 

 コートの袖に、何かが引っ掛かるのを感じる。

 

 巡らす視線に映る、最愛の少女。

 

 コートを掴む手はギュッと握られ、その事がネリーの不安を如実に表している。

 

 彼女もまた、自分と同じ物を感じているのだ。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 か細い声が、鼓膜を射る。

 

 無理も無い。ネリーは先程まで、ハーレイブの支配下にあったのだ。多少荒療治で自我を取り戻させたが、その影響がまだ体の中に残っているのだろう。ハーレイブの放つ存在感に当てられて、足が竦んでしまっているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フッと、笑う。

 

 同時に、つい先程までハーレイブに射すくめられていた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 自分が、何を恐れると言うのだ。

 

 自分は、この小さな少女を守ると誓った。

 

 その為なら、この命など惜しくないとさえ思っている。

 

 ならば、

 

『恐れる物など、何も無い。』

 

 静かに呟き、眦を上げる。

 

 その手が、そっとネリーの頭に添えられる。

 

 見上げてくる、蒼い瞳。

 

 笑い掛け、セツナは前に出る。

 

 初めから、答は決まっていた。

 

 たとえ奴の存在が、自分の力を上回ろうと、

 

 たとえ奴が、その昔究極の存在であったとしても、

 

 そんな物は、自分の足を止め得る要素にはなりえない。

 

 左手が、もう1本の《絆》を抜く。

 

 手加減はしない。それをして、勝てる相手でない事は百も承知している。

 

 逡巡も、威力偵察もこの際抜き。最強の攻撃で持って、片を付ける。

 

「ほう・・・・・・」

 

 その様子を見ていたハーレイブが、感嘆の声を上げた。

 

 どうやらセツナの目論見を看破したらしく、興味深げな視線を送ってくる。

 

「なるほど、良い選択です。どうやら君には、潜在的に戦う術を感じ取る資質があるようですね。」

 

 そう言いながら、ハーレイブは《冥府》にマナを注いで行く。

 

 その中で精製される、暗黒の光、ダークフォトン。

 

 《冥界の賢者》は、その真名に相応しい力を空間に顕現させる。

 

 同時にセツナも白虎と青龍を起動、フルドライブに持っていく。

 

 己が内で咆哮を上げ、猛り狂う2頭の神獣。

 

 そこから吐き出される膨大な量のオーラフォトンに体中の回路が軋みを上げ、内臓と言う内臓が悲鳴を上げる。

 

 それを精神力で押さえ、《絆》を掲げるように構える。

 

 対してハーレイブも、ゆっくりと《冥府》を掲げる。

 

 次の瞬間、セツナは一気に駆ける。

 

 爆ぜる空気を押しのけ、間合いを詰める。

 

 ハーレイブは魔法攻撃に長けている。ならば、距離を置いておくのはこちらが不利。一気にクロスレンジで片を付けるのだ。

 

 120倍の時間の流れの中で、最適な動きを選択する。

 

 クロスブレード・オーバーキル。

 

 1秒間の内に放たれる超高速240連撃。

 

 メダリオを、アーネリアを、タキオスを葬ってきたセツナ最強の必殺技。

 

 その高速斬撃が、ハーレイブへと迫る。

 

 最強の攻撃を仕掛ける事で、自分と相手との差を測る。未知の力を持つ相手に対しては、有効な手段ではある。

 

 これで片が付けば良し。駄目でも、ある程度のダメージは望めるはず。

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 放たれる斬撃。

 

 360度全方位から迫る閃光。

 

 あらゆる物を斬り裂く、死の軌跡。

 

 空気の分子すら振動を止めた世界にあって、ただその音のみが世界を斬り裂く。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 ガキンッ

 

 

 

 

 

 金属的異音と共に、受け止められた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 長い沈黙。

 

 ただし、セツナのそれは絶句である。

 

 受け止めたのは、ハーレイブの手にある《冥府》。

 

 その柄が、2本の刃をしっかりと受け止めていた。

 

 次の瞬間、

 

「ハァァァッ!!」

 

 一閃と共に振りぬかれる。

 

 弾き飛ばされたセツナは、そのまま背中から床に叩き付けられて転がった。

 

「セツナ!!」

 

 慌てて駆け寄るネリー。

 

 彼女自身、まさかセツナが最強の一撃を放って敗れるとは思っていなかった為、その表情は驚愕に支配されている。

 

 ネリーに支えられて身を起こすセツナ。

 

 その顔も、今だに何が起こったのか、理解が追いついていない。

 

 自分の剣は確かにハーレイブを捉えた。少なくとも、セツナ自身はそう確信した。

 

 これまでの戦闘結果から見て、クロスブレード・オーバーキルを完全に防ぐ事はほぼ不可能なはず。

 

 にも拘らず、ハーレイブは一撃でそれを防ぎきってしまった。

 

 そのハーレイブの額から、一筋、黒い液体が流れ出る。

 

 それを指で拭ってから、意外そうな視線を向けてきた。

 

「ほう、防ぎきれませんでしたか。さすがはセツナ君です。」

 

 どうやら先程のクロスブレード・オーバーキルは完全に防がれたわけではなく、僅かながらハーレイブの体を掠めていたらしい。

 

 ハーレイブの口がスッと、釣りあがる。

 

 まるで、楽しくて仕方が無いと言った感じの顔と共に、手にした杖が再び掲げられる。

 

「良いでしょう、合格ですセツナ君。」

「何?」

 

 突然の物言いに、訝るセツナ。

 

 そんなセツナを他所に、ハーレイブは再びダークフォトンを集め始める。

 

 一体、何が「合格」だと言うのだ。

 

 その疑問を読み取ったように、ハーレイブが口を開く。

 

「魔王を宿したこの身に、わずかひと太刀とは言え浴びせる事ができたあなたに、敬意を表して、これをお見せしましょう。」

 

 そう言うと同時に、室内に風が巻き始める。

 

 風はハーレイブを中心に吹き荒れる。

 

 とっさに顔を覆って耐える、セツナとネリー。

 

 そんな中で確かに感じることの出来る、禍々しい息吹。

 

 まるで「あの世」がこの場に現出したかのような圧迫感と共に、その存在は広がっていく。

 

 僅かに目を開けてみる。

 

 風は徐々に収束していく。

 

 そんな中で、一際の存在感の放つ《それ》は、ハーレイブの手の中にある。

 

 《冥府》が、形を変えている。

 

 先程まで杖だったそれは、今は明らかに違う姿を見せている。

 

 金の装飾の入った柄に漆黒色をした直刃の刀身、その身には見渡す壁と同じ、幾何学的な模様が入っている。

 

 剣だ。

 

 タキオスのそれに比べれば、肉厚、刀身長、刃幅、どれをとっても半分以下ではあるが、確かに剣である。

 

「どうです?」

 

 驚くセツナ達の反応を楽しむように、ハーレイブは口を開いた。

 

「これが《冥府》の真の姿です。私自身が普段の体でこの状態に戻せば、その負荷に耐え切れないでしょうが、この体ならば問題はありませんね。」

 

 普段の杖の状態は、この有り余る力を押さえ込む為の仮の姿でしかない。この状態で放出されるダークフォトンは尋常ではなく、契約者であるハーレイブの体すら蒸発させてしまうからだ。

 

 だが今、ハーレイブはその身を魔王の依り代とし、強化してある為、その膨大な量のダークフォトンの放出にも耐えられるのだ。言わば魔王という存在はハーレイブにとって、この剣を使う為の手段でしかない。

 

「フム。」

 

 ハーレイブは頷くと、軽く剣を振るってみる。

 

 次の瞬間、何かの衝撃波がセツナとネリーの横を駆け抜けていく。

 

 その一瞬後には、2人の後方にあった壁が見えない力によって弾け飛んだ。

 

 ハーレイブの立ち位置から壁までは、数100メートルからの距離がある。

 

 今のはダークフォトンが込められていた訳でもなく、単に剣を振るっただけの空気振動である。それだけで、後方の壁が吹き飛んでしまった。

 

「久しぶりにこの姿になったので、調整が少し甘いですね。ひょっとしたら、やりすぎてしまうかもしれません。」

 

 そう言って、剣を構える。

 

「光栄に思ってください。この姿は、テムオリン達はおろか、アーネリアにすら見せた事は無いのですから。」

 

 来る。

 

 直感が告げた瞬間、セツナとネリーは同時に動いた。

 

 ネリーが翼をはためかせて上空に、セツナは地を駆けて疾走する。

 

 対するハーレイブは、出足を挫かれて一瞬対応に遅れる。

 

「ハッ!!」

 

 そこへ斬り込むセツナ。

 

 両手の剣を巧みに繰り出し、四方からハーレイブを包囲するように攻撃を繰り出す。

 

 対するハーレイブも、ワンテンポ遅れて剣を繰り出す。

 

 だが遅れたとは言え、その一撃は凄まじく重い。

 

「クッ!?」

 

 ただ無造作に横に払っただけだと言うのに、それだけでセツナの体は横に流れる。

 

 すぐに返される刃は、防刃加工のコートを紙よりも簡単に斬り裂く。

 

 辛うじて体には届いていないものの、下に着ているラキオス軍軍装まで切り裂かれる。

 

「クッ!?」

 

 これ以上の攻撃を許すわけには行かない。

 

 セツナは前に出る。

 

 幸いと言うべきか、刀身の長さは《絆》の方が短い。と言う事は、懐に飛び込めれば、こちらの方が有利と言う事になる。

 

 繰り出される斬撃に対し身を捩って回避し、セツナはハーレイブの懐に飛び込む。

 

「喰らえ!!」

 

 がら空きになったハーレイブの胴に、横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 

「雷竜閃!!」

 

 放たれる斬撃。

 

 一点に威力を集中させた一撃。

 

 しかし、その威力はハーレイブが突き出した掌によって防がれる。

 

「クッ!?」

 

 勿論、ただ素手で止めている訳ではない。その掌にダークフォトンを集中させ、障壁を張っているのだ。恐らく、初めに空破絶衝の太刀を受け止めたのも同様のやり方によるものだろう。

 

 次の瞬間、ほぼゼロの距離で放たれるハーレイブの斬撃。

 

「グッ!?」

 

 とっさに身を引き回避を試みるセツナ。

 

 だが、あまりに接近し過ぎたために、完全に間合いの外に逃げる前にハーレイブの攻撃が胸を掠めていく。

 

「どうしました? 動きが鈍いですよ、セツナ君!!」

 

 逃れようとするセツナに、追撃を掛けるセツナ。

 

 胸部への一撃で、僅かに動きが緩慢になっているセツナに、ハーレイブの斬撃をかわしきるだけの力は残されていない。

 

 禍々しいまでの殺気とオーラフォトンを込められた刃が、セツナへと迫る。

 

 直撃コース。

 

 致命傷を避けうる可能性は高いが、確実にダメージは負う。

「クッ!?」

 

 覚悟を決めて、その後の行動の検討に入るセツナ。

 

 だが、

 

 その眼前に飛来する12本の光槍。

 

 その存在を察知し、とっさに後退するハーレイブ。

 

 それを追撃しながら、砲撃するネリー。

 

 上空から降るような砲撃を繰り返す。

 

 その翼は、操られていた時の灰色ではない。翼も、そして髪と瞳も、彼女本来の純粋な愛を顕す薄桃色に染まっている。

 

 再び放たれる一斉砲撃。

 

 その狙いは正確。

 

 ハーレイブもまた、それを確実に回避しながら後退していく。

 

 だが、ここが室内である以上、いつまでも後退し続ける事はできない。やがては、その背中に壁を受ける事になる。

 

 それこそが、ネリーの待っていた状況である。

 

 12個の《純潔》を飛ばし、ハーレイブを包囲するように配置、オーラフォトンを充填して砲撃体勢を整える。

 

 既に背後に壁があり、それ以上後退する事のできないハーレイブを、12個の輝く球体が包囲する。

 

「行け!!」

 

 解放と同時に射出、12本の光槍がハーレイブを目指す。

 

 対するハーレイブは、それ以上後退する事はできない。

 

 ゆっくりと剣を構えると、その刀身にオーラフォトンを集中させていく。

 

 そこへ迫る、光槍。

 

 それに対し、黒き刀身を振り抜く。

 

 旋風を巻くような衝撃波がハーレイブを中心に起こり、迫る光槍を一撃の下に粉砕してのける。

 

 一瞬で砕け散る、12本の光槍。

 

 だがその間に、ネリーは全ての準備を終える。

 

 掌に集めたオーラフォトンをマイナス反転させ、急速に周囲の温度を下げていく。

 

「マナよ、我に従え。漆黒の断崖より大いなる羽ばたきを持ちて、蒼天に舞え!!」

 

 凍気が大きく広がり、白銀の翼を広げる。

 

 光り輝く氷河の不死鳥は、主の仇敵をその双眸で睨み据える。

 

 その羽ばたきだけで、壁や床が氷結していく。

 

 対するハーレイブは、手にした剣を正眼のように構えてネリーと対峙する。

 

「フリージング・フェニックス!!」

 

 羽ばたきが一気に増し、銀色の翼が尾を引いて駆け抜ける。

 

 対するハーレイブは、スッと左手を前に突き出す。

 

 その掌には、やはりダークフォトンが込められている。

 

 激しくぶつかり合う、障壁と不死鳥。

 

 そのぶつかり合いが激しくスパークを呼び、室内を光に満たす。

 

 だが、

 

「フッ」

 

 短く、笑みを浮かべるハーレイブ。

 

 次の瞬間、白銀の不死鳥はハーレイブの手によって握りつぶされる。

 

「そんな・・・・・・」

 

 構造を維持できず四散していくフェニックスを、呆然と眺めるネリー。

 

 だが、その一瞬の隙に動く影がある。

 

 右の《絆》を両手で構えたセツナは、ハーレイブの注意が上に向いている隙に地上を駆け、再びその間合いを詰めていた。

 

 間合いに入ると同時に白虎をフルドライブ、120倍で流れる時間の中でセツナの剣はハーレイブを捉える。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 高速で振るわれる剣。

 

 ハーレイブはネリーのフリージングフェニックスに対応した直後であり、今ならば攻撃を当てる事も可能であると判断しての攻撃である。

 

 だが、

 

「遅い。」

 

 低い呟きが聞こえた瞬間、セツナの剣はハーレイブの剣によって防がれていた。

 

「なっ!?」

 

 絶対に、防御の間に合うタイミングではなかった。

 

 だがセツナの剣は、ハーレイブの剣によって防がれている。

 

「フッ」

 

 そのまま押し返すハーレイブ。

 

 攻勢失敗を悟り、セツナも床を蹴って後退する。

 

 追撃に備えて、セツナは身構える。

 

 それに併せて、ネリーも《純潔》を従えて降りて来る。こちらも、いつでも砲撃できるようにオーラフォトンを充填してある。

 

 そんな2人を見据え、しかしハーレイブは追撃を掛けずにその場に立ち尽くしている。

 

 まるで、2人が揃うのを待っていたかのように、余裕の態度で剣を下げている。

 

「さてと、」

 

 そう言いながら、ゆっくり剣を持ち上げる。

 

「そろそろ、私の方からも仕掛けさせてもらいましょうか。」

 

 その言葉と共に、セツナとネリーは一気に緊張の度合いを増す。

 

 今まで2人の攻撃を、まるで児戯のようにあしらっていたハーレイブが、自ら攻撃を仕掛けてくる。

 

 一体どのような攻撃が来るのか、全く予想できない。

 

 頭上に掲げられる剣。

 

 2人の視線が収束する中、

 

 ゆっくりと、それが始まる。

 

 その刀身を中心に、ゆっくりと闇が侵食していく。

 

 広がる闇はしかし、拡散する前に収束していく。その刀身に。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を、2人は呆然とした瞳で眺めている。

 

 あの剣は闇を食っているのだ。それも、膨大な量を。

 

 それらを全て、内でダークフォトンへと変えていく。

 

 そこでセツナは気付く。剣に吸収された闇の全てが、別の世界から流れ込んできていることに。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 悪寒が走る。

 

 あれは、何か良くない物だと、直感が盛んに警報を鳴らしている。垂れ流される力も、その送り元も。

 

 やがて、膨大な量のダークフォトンを吸収し終えた剣が、禍々しい存在感を湛え、構えられる。

 

「フム、まあ、こんな物でしょう。」

 

 集まった力を満足げに眺めながら、ハーレイブは頷いた。

 

 ゆっくりと、切っ先を2人へと向ける。

 

 ただそれだけで、背筋が凍るようだ。

 

 漏れ出たダークフォトンが場を威圧し、2人を締め付ける。

 

「この技に銘はありません。ただ、古来より多くの冥界の民が持つ願いを込めて、こう呼ばれています。」

 

 ゆっくりと振り上げられる剣。

 

 同時にセツナとネリーは、障壁を展開すべくオーラフォトンを展開する。

 

 次の瞬間、凶気と見まがわんばかりの力と共に、剣は振り下ろされた。

 

「天壊!!」

 

 解き放たれる漆黒の風は、ただひたすらに負の要素を孕んだ禍き烈風。

 

 この世のあらゆる物を否定する、死の光。

 

 対する若き2人のエターナルは、決死の思いで障壁を張り巡らせる。

 

「玄武、フルドライブ!!」

「オーラフォトン・バリア!!」

 

 二重に展開される防御障壁。

 

 そこに、ありったけのオーラフォトンを注ぎ込む。

 

 そこへぶつかる、漆黒の閃風。

 

 そして、

 

 まるで何事も無かったかのように2枚の障壁を噛み砕き、2人のエターナルを蹂躙した。

 

「キャァァァァァァ!?」

「クッ!?」

 

 悲鳴を上げるネリーに、顔を顰めるセツナ。

 

 熱い。

 

 灼熱と言う言葉すらぬるま湯の海で溺死しそうなほどの熱量が、2人を容赦なく包み込む。

 

 いや、熱いだけではない。まるで、内側から熱が侵食するかのような感覚に支配される。

 

 まるで、地獄の業火のような印象さえある。

 

『そう・・・か。そう言う事か・・・・・・』

 

 身を焼く漆黒の風に耐えながら、セツナはようやくこの力の正体に思い至る。

 

 奴の、

 

 ハーレイブの真名は《冥界の賢者》。

 

 恐らくこの力は、冥界の負の力を凝縮した物なのだ。

 

 異世界から丸ごとそっくり召還した力。それならば、これ程の威力があっても不思議ではない。

 

 だが、思考するのもそこまでだった。

 

 次の瞬間、圧倒的な力を持って、漆黒は2人を押し潰した。

 

 

 

 

 

 

「ふう。」

 

 狂風の過ぎ去った戦場にあって、1人立つ黒き賢者は深く溜息を吐いた。

 

 感慨深げに、自身の手にある剣を見る。

 

 思った以上にチャージに時間が掛かった上に、自分が描いたエネルギー量には遠く及ばなかった。同じエターナルを相手にするならば別段問題は無いが、それでも往年時のものに比べれば、確実に次元が劣る。

 

「やはり、復活の際に時間を掛け過ぎたのがまずかったですね。」

 

 1人で呟いてから、前方に視線を向ける。

 

 自分の技を放った攻撃の影響で、煙が視界を塞いでいる。

 

 しかし、その奥から漏れ出てくる2つの気配を、鋭敏な感覚は確実に察知している。

 

 大ダメージを負ったのは間違いないだろうが、2人はまだ生きている。

 

 やがて煙も晴れ、その中から2人の人影が現れる。

 

 セツナは膝を突くように座り込み、こちらに背中を向けている。

 

 その腕の中には、薄桃色の少女を抱いている。

 

 それを見て、ハーレイブはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 あの状況下にあって、セツナがネリーを庇うである事は充分に予測できた。だからこそ、わざわざ自分の最大の一撃を使って見せたのだ。

 

「いかがです。かつて、多重世界を制した冥界の剣は?」

 

 本来であるならば、全力で放てば星すら砕けるほどの威力を持つ攻撃なのだが、創世記戦争で7理の永遠者達に敗れ、この身は辛うじて逃れる事に成功したものの、その命すら危うきに至って、この身は眠りに付かざるを得なかった。

 

 それから約4000万年の時が過ぎ、ようやく目覚めたものの、かつての力はほとんど失われたままになっていた。

 

 対してセツナはその腕に抱いたネリーを解放し、向き直る。

 

 とっさに庇ったお陰でネリーは、さすがに無傷ではないものの軽微な傷を負っただけで済んでいる。

 

 一方でセツナはと言うと、そのダメージは深刻である。

 

 表面的なダメージもさることながら、被害は体内にも浸透しており、体内の各組織を侵食している。

 

 ただでさえ病魔に侵された体は、息をするだけでも激痛が走った。

 

「フム。」

 

 その様子を見て、ハーレイブは満足そうに頷く。

 

 これでセツナは、ほとんどまともに戦う事は出来ないだろう。

 

 ここまで自分の予想が見事に的中してくれると、爽快な気分になってくる。

 

『気が変わりました。これなら、誘ってみる価値はありますね・・・・・・』

 

 別段、あれで限界であったと言うわけではない。多少無理をすれば、2人一緒に葬れる程度の力は発揮する事ができたのだが、それでも、並みのエターナルならば消滅していたとしてもおかしくは無い。それにすら耐え切ったことでハーレイブの中では、セツナに対する殺意と興味のバランスが、大きく傾こうとしていた。

 

 ここでアッサリ殺すのは、至極簡単。

 

 だが、ハーレイブの中で、それでは惜しいと言う考えが芽生え始めていた。

 

 ここで彼等を取り込めれば、自分の野望の為に役に立つかもしれないと言う考えが浮かび始めていた。

 

 そしてそれこそが、ハーレイブがアーネリアの撤退進言を退け、この地に留まった最大の理由だった。

 

 睨み付けてくる2人の視線を無視して、ハーレイブは床に剣を突き立てた。

 

「・・・・・・何の心算だ?」

 

 突然の行動に、セツナは戸惑いがちに尋ねる。

 

 圧倒的有利な状況にあるハーレイブが、今剣を置く理由が理解できなかった。

 

 対してハーレイブは、そんな2人に悠然と手を広げて歩み寄る。

 

「まあ、そう思われるのも無理はありませんね。何しろ、今の私なら、それこそ小指の先一つでも、あなた方にとどめを刺せるのですから。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 事実であるだけに、言い返すことが出来ない。

 

 だが、ならば一体、何を意図してハーレイブはこのような行動を起こしたと言うのか?

 

 その疑問に答えるように、ハーレイブは語りだした。

 

「どうです、私の仲間になりませんか?」

「・・・・・・何?」

 

 あまりに突拍子の無い申し出にセツナも、ネリーも、思わず顔を見合わせる。

 

 対してハーレイブは常の余裕を保ったまま、それでいて至極真面目な口調で続ける。

 

「私は中立の永遠者です。本来であるなら、このような戦いなど、私にとってはどうでも良いのですよ。」

 

 それは前から感じていた事であるし、恐らくは他のニュートラリティ・エターナル、例えばキリスなども、究極的に言えば似たような意見を持っているだろう。

 

「私が目指す物、それは、現在あるカオスやロウ等のエターナル組織を遥かに上回る規模を誇る組織、いえ、あまたのエターナル達を中心とした強大な国家の建設にあります。その為の人材は、いくらあっても足りません。」

 

 そう言って、手を差し伸べてくる。

 

「どうです、セツナ君、ネリーさん、あなた方2人、この計画に参加して私を助けてはくれませんかね?」

 

 このハーレイブの言葉に、2人は思わず息を飲んだ。

 

 エターナルと言う不老不死の生命力と、神にも例えられる強大な戦力を背景とした国家建設。もし実現するならば、それは歴史上最大かつ最強の国家となりうるだろう。

 

 そして、それはつまり、

 

「おまえがかつて、創世記にやった事と同じ事を現代でやろうと言う訳か?」

「まあ、そうなりますね。」

 

 かつて多重世界を制した帝国の再建。それこそが、ハーレイブの悲願だった。

 

「私がテムオリンの要請を受けて今回の戦いに参加したのも、その為の人材探しが目的でした。そして私は、その中で最高の人材を見付けるに至りました。」

 

 そう言って、2人を差す。

 

「かつて私を滅ぼした《7理の永遠者》の後継者達であり、強力な力を持つエターナルであるあなた方ならば、私としても心から歓迎しますよ。」

 

 必要とあれば、敵であったとしても手を差し伸べる。

 

 勿論、ただ無償で手を差し伸べているわけではない。その背後に突き立てられた剣が無言の存在感を醸し出し、2人を威圧していた。

 

「そして・・・再び力の無い者達を蹂躙し、恐怖で縛り付けるような世界にしようと言うわけか。」

「いけませんか?」

 

 事も無げに、ハーレイブは問い返す。

 

「力と言う物は、所詮、自助努力によって得られる物です。自身の身を守りたいのなら、相手よりも強い力を持つように努力すれば良い。それを怠った者から消えていきます。それは、あなた方がこの世界でやってきた事でしょう?」

 

 確かに、セツナ達ラキオス王国軍は、大陸統一の名の下に他国を侵略し、多くの犠牲者の山を築いてきた。たとえそれが、この世界を救う為に必要な措置であったとしても、決して許される事では無いだろう。

 

「この世界を救う為に必要な事であるから、あなたの家族を殺しました。申し訳ないが諦めてくれ。」

 

 そう言われて納得する人間など、いる訳がない。

 

 どのような美辞麗句を並べ立てた所で、戦争は言い訳する理由のある殺人でしかない。

 

 そして、そんな事はとうにセツナ自身も判りきっていた事だ。

 

 だからこそ、言える。

 

「そうか、ならばこの話は無しだ。」

 

 低い声。しかし、セツナはキッパリと言い放った。

 

「・・・・・・なぜ?」

 

 一方でハーレイブの声もまた、必要以上に低い。

 

 そんなハーレイブを、セツナは真っ直ぐに見据えて言い放つ。

 

「お前と俺とじゃ、根本的に歩む道が違う。」

「そうでしょうか? 両者の間にあるのは、せいぜい持っている『規模』の差くらいだと思いますよ。」

 

 ハーレイブも言い募る。

 

「レスティーナ女王はこの大陸を守ると言う大義の元に殺戮を行った。私は自分の国を興す為に殺戮を行う。両者に差があるように見えるのは、前者がそれを『理想』と言う虚飾によって汚い部分を覆い、大衆には見えないようにしているからと言うだけです。根本的には何も変わりません。事実上そこにある差は『その行為によって、どれだけの人間が死ぬ事になるか』と言う点だけでしょう。」

「お前とレスティーナが違う、なんて青臭い事を言う気は無い。お前の言う通り、やってる事は同じ殺戮であり、レスティーナが言っている事に偽善が混じっているのもまた、事実だ。」

「ならば、私達が手を携える事に、何の障害もないはずです。」

 

 そう言って、再び手を差し伸べてくる。

 

 それに対してセツナは、その口元に笑顔を浮かべて言った。

 

「だが、たとえ偽善でも俺はそれが好きでね。だからこそ、俺はレスティーナの元で命懸けで戦って来た。それはレスティーナの掲げる偽善が、常に民衆のための偽善だったからだ。それをお前は、平然と弱い物を犠牲にすると言い放った。」

 

 セツナはそう言うと、《絆》の切っ先をハーレイブに向け、

 

「お前の理想では、俺は動かない。お前の作る世界の中で、俺を生かす事は出来ない。」

 

 決然と言い放つ。

 

「交渉決裂だ、《冥界の賢者》ハーレイブ。」

 

 対してハーレイブは、

 

 ゆっくりと溜息を吐く。

 

 予想はしていた事だ。

 

 この死神を飼う事は、出来ないのだと。

 

 だがそれでも、殺すには惜しいと思った。

 

「仕方ありませんね。」

 

 そう言って、視線をセツナの背後に佇む天使の少女に向ける。

 

「あなたはどうです、ネリーさん?」

「え?」

 

 突然話を振られ、ネリーは顔を上げる。

 

「私の話を、受けてくれませんかね?」

「ヤダ。」

 

 即答するネリー。

 

 勿論、この回答も予想の内。そもそもセツナがNOと言った事に、彼女がYESを出す訳が無かった。

 

 だからこそ、その為のカードも用意してある。

 

「そうですね、ではこうしましょう。」

 

 そのカードを、彼女の前で捲ってみせる。

 

「もし、あなたが協力してくれると約束するのなら、セツナ君の体を治す為の方法を教えて上げましょう。それも、今、この場ですぐに。」

「え?」

 

 驚いて顔を上げるネリー。

 

 彼女自身、セツナの病状は聞いて知っている。

 

 存在情報の欠損による、構成マナの流出とそれに伴う激痛。トキミの話では、今までそう言った事例は存在せず、治療法さえままならない病気らしい。

 

 だがハーレイブは、事も無げにそれを治すと言ってのけた。

 

「不思議では無いでしょう? わたしはかつて多くの世界を従えた存在ですよ。もっとも、その頃の力はほとんど失ってしまいましたが、まだ多くの知識は私の中にあります。その中に、その症状に対する治療法は存在します。それを今から、教えて差し上げても良いですよ。」

「う・・・・・・・・・・・・」

 

 ネリーの中で、心が揺れ始める。

 

 不治とさえ言われた、セツナの病気を治す手段が存在する。

 

 それも、今、目の前に。

 

 自分がここで首を縦に振れば、その治療法が手に入るのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 迷うネリーに、ハーレイブはなおも言い募る。

 

「加えて、私がこれ以上、この世界に干渉するような事はしません。ロウ・エターナルとも手を切りましょう。更に、私の国が出来た後も、この世界には一切手を付けません。どうです?」

 

 破格の条件と言えた。

 

 今ここでセツナやネリーを取り込めたとしても、ロウ・エターナルを裏切ると言う行為はすなわち、契約違反を意味する。中立の永遠者とロウ、カオスを初めとする多くのエターナル達との関係は全て、契約によって成り立っている。ハーレイブはその契約を破棄すると言っているのだ。それはニュートラリティ・エターナルとして生きていく上で、致命的とも言える事である。今後、少なくともロウ・エターナル側から仕事の依頼が成されなくなる可能性もあるし、何か危機的状況に陥ったとしても、ロウ側からの救援は望めないかもしれないのだ。

 

「どうです?」

 

 セツナの治療法と、この世界の安全。今のネリーからすれば、喉から手が出るほど欲しい物であろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・ない。」

 

 ポツリと呟く言葉。

 

 ゆっくりと顔を上げるネリー。

 

 そこにある表情は、彼女の恋人と同じく、決意と不退転の意思に満ち溢れている。

 

「セツナが・・・・・・いない。」

 

 セツナは助けたい。この世界も救いたい。その想いは、間違っていない。だが、

 

「セツナが居ない世界なんて、あたしはいらない!!」

 

 セツナが否定した世界に、セツナが、彼女の望む存在がいる訳が無いのだ。

 

そんな物はいらない。だからこそ、ネリーは己の全存在を持ってハーレイブを否定する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人を、冷めた目で見詰めるハーレイブ。

 

 彼としては、破格の条件を2人に提示したつもりでいた。にも拘らず、2人はそれを否定してのけた。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 自分も相当、見縊られた物である。ここまで足蹴にされて、黙っている事は、己の沽券にすら関る。

 

「・・・・・・良いでしょう。」

 

 思い知らさねばならない。この世全てを司る王に逆らったと言う事実を。そして、自分達の身の程と言うものを。

 

「私に従わないと言うのなら、その身に価値はありません。」

 

 背後に突き立てた剣を引き抜き、一閃する。

 

 その瞳には再び殺気が溢れ返り、空間を徐々に侵食していく。

 

 2人の間に緊張が走る。

 

 その殺気が、一気に爆ぜた。

 

「死になさい!!」

 

 

 

 

 

 

 圧倒的な質量を誇る攻撃が、来る。

 

「ハッ!!」

 

 対してセツナは、真正面から、逃げずに向かっていく。

 

 先程の天壊の一撃は、セツナに致命傷をもたらしている。こうして立って、剣を振るっていること自体が既に奇跡だ。

 

 対して戦闘開始からこれまで、ハーレイブはダメージらしいダメージを受けていない。

 

 それが決定的な差である事は、戦闘再開後すぐに現れ始めた。

 

「クッ!?」

 

 徐々に押され始めるセツナ。

 

 それを見て、ハーレイブはほくそ笑む。

 

「いかに7理の永遠者とは言え、たった2人で何が出来るというのです?」

 

 嘲りと共に、剣が奔る。

 

 大きく吹き飛ぶセツナ。

 

 辛うじて体勢を取り戻し足を付くが、そこへ更に、ハーレイブが斬り込んで来る。

 

「私に逆らった事を後悔しながら死んでいきなさい!!」

 

 振るわれる斬撃は、セツナを捉える。

 

 刃は漆黒のコートを切り裂き、セツナの体を刻む。

 

「グッ!?」

 

 舞い散る鮮血を見ながら、それでもセツナは闘志を緩めない。

 

 体力は呼吸するごとに失われていくが、なおも瞳に標的を見据え、剣はなお一層鋭さを増す。

 

 そこへ、援護するようにネリーの砲撃が加わる。

 

 12個の球体はハーレイブを包囲して、一斉砲撃。光の槍を飛ばす。

 

 それらの攻撃を、掌に張った障壁で防ぐハーレイブ。

 

「無駄です!!」

 

 振るわれる斬撃より放たれる衝撃波が、上空のネリーを直撃する。

 

 その一撃でバランスを崩し、床へ向かって錐揉みするネリー。

 

「ッ!?」

 

 それでも何とか墜落寸前にバランスを取り戻す。

 

「まだ!!」

 

 再び12個の《純潔》に指令を送り、一斉に砲撃する。

 

 再び迫る光槍。

 

 だが、着弾の一瞬前にハーレイブは包囲を抜け、砲撃を回避する。

 

 その隙に、斬り込むセツナ。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 放たれる斬撃。

 

 だが、対するハーレイブは防御すらしない。

 

 全て、体を僅かに傾ける事で鋭い斬撃を回避していく。

 

「遅いですよ!!」

 

 空の左手が、セツナの額を掴む。

 

「グッ!?」

 

 とっさに外そうとするセツナ。

 

 だがハーレイブは、凄まじい握力でセツナの頭を握り潰しに掛かる。

 

「放せ!!」

 

 その腕をピンポイントで狙撃するネリー。

 

 だが、その前にハーレイブはセツナの体を大きく振り回し、ネリーに向けて投げつける。

 

「セツナ!!」

 

 とっさに受け止めようとするネリー。

 

 だが投げた際の勢いは凄まじく、そのまま2人は、もつれ合うようにして壁に向かって叩き付けられる。

 

「ッ!!」

 

 セツナはとっさに体勢を入れ替えると、ネリーの体を抱えて壁に着地する。

 

 更にハーレイブは、攻撃の手を緩めない。

 

 その掌に集めたダークフォトンを解放、2人に向けて投げつける。

 

 対して、いち早く体勢を立て直し、玄武を召還して障壁を張るセツナ。

 

 そこへぶつかる、ダークフォトンの塊。

 

 ハーレイブにすれば軽く放っただけなのかもしれないが、それでもセツナには腕が焼けそうなほどの衝撃を感じる。

 

「クッ・・・・・・」

 

 オーラフォトンの障壁と、ダークフォトンの塊がぶつかり合い、衝撃が室内を満たす。

 

 それでも辛うじて、セツナの障壁はハーレイブのダークフォトンを退ける。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まずい。

 

 セツナは流れ落ちる汗を拭おうともせず、前方に立つハーレイブを睨む。

 

 彼我の戦力差はあまりにも隔絶している。ネリーはもとより、セツナの攻撃ですら、掠らせる事もできないとは。

 

『・・・・・・だが、』

 

 セツナは心の中で呟く。

 

 数回の打ち合いを経てようやくだが、セツナはあのハーレイブの障壁の正体を見抜きつつあった。

 

 何の事は無い。初めこそ、何か特殊な防御方かと疑っていたが、それは本当に単なる壁に過ぎないのだ。そこには単に、エネルギー量の違いがあるだけである。

 

 ならば話は簡単。ようはそれ以上のエネルギーを持って突き破れば良いのだ。

 

「ネリー。」

「何?」

 

 答えるネリーも、肩で息をし始めている。限界は近い。

 

 ここで決めないと、もう後が無かった。

 

「俺に考えがある。奴の足を少しで良いから止めてくれ。」

「うん、判った。」

 

 頷くと同時に、2人は視線をハーレイブに向ける。

 

 それと同時に、ハーレイブも剣を振りかざした。

 

「行くぞ!!」

 

 叫ぶと同時に、セツナは再び斬り込む。

 

 同時にネリーも薄桃色の翼をはためかせ、上空に舞いあがる。

 

 ハーレイブに斬り込むセツナ。

 

 だがセツナの渾身の斬撃を、ハーレイブは軽くあしらう。

 

「どうしましたセツナ君、動きが鈍いですよ。そろそろ、限界ですかね?」

「ハッ」

 

 精一杯の虚勢として、ハーレイブの言葉を鼻で笑い飛ばす。

 

「消耗しているのはお前も同じのはず。なら、まだ勝機は失われていない!!」

「・・・・・・愚かな。」

 

 振るわれる斬撃は、いともアッサリとセツナを弾き飛ばす。

 

「グッ!?」

 

 床に打ち付けられながらも、セツナはどうにか受身を取ろうとする。

 

 そこへ、今度はハーレイブのほうから斬り込む。

 

「たとえそうであったとしても、今の私なら素手でも充分あなたを八つ裂きに出来るのですよ。」

 

 セツナが体勢を立て直す前に、ハーレイブは斬り掛かる。

 

 高速で振るわれる斬撃は、たとえ白虎を使ったとしても、セツナには到達し得ないスピードである。

 

 閃光すら切り裂きかねない剣は、立ち上がりかけたセツナの体を一瞬で切り刻む。

 

「グッ!?」

 

 全身から噴き出す鮮血。

 

 体の中のマナ流出が加速され、剣を持つ手に力が入らなくなる。

 

『まだだ!!』

 

 萎えそうになる精神を奮い起こし、再び立ち上がる。

 

 何としてもこいつだけは、ここで倒さねばならない。

 

 最後の力を振り絞り、セツナは剣を繰り出す。

 

 たとえ勝率が1パーセントに満たなかったとしても、

 

 たとえこの場で、この身が失われたとしても、

 

 この男の野望だけは、この場で食い止めてみせる。

 

 振るわれる刃に気迫のオーラが宿り、ハーレイブの剣を跳ね上げる。

 

 一瞬、ほんの一瞬、ハーレイブの体が無防備に伸び、この戦いが始まって以来、初めて隙が生まれる。

 

 そして、セツナが待っていたのは、まさにその一瞬の隙であった。

 

「今だ、ネリー!!」

 

 全てを賭けて、セツナは叫ぶ。

 

 そして上空では、薄桃色の天使が、全ての準備を終えて待機していた。

 

「マナよ、オーラへと変われ。氷河の王より全てを与えられし我に変わりて、」

 

 詠唱と共に室内の空気は急速にその温度を下げて、掲げられた掌に生じた氷塊は、徐々にその大きさを増していく。

 

 手加減は出来ない。ありったけのオーラフォトンを込める。

 

 空気は一気に凝結し、白銀色の流星は硬度を上げる。

 

「全てを、撃ち貫け!!」

 

 氷塊が加速し、一気に流れる。

 

「アブソリュート・ミーティア!!」

 

 対するハーレイブは、左掌を真っ直ぐに前に向ける。

 

 そこに生じる障壁が急速にその勢力を増し、氷塊の前に盾を作り出す。

 

 その瞬間、ネリーの放った氷塊が一瞬で、その構造を保てずに崩壊する。

 

「まだ判りませんか?」

 

 降りしきる氷塊は、更に砕け、ダイヤモンドダストを伴って闇の空間に煌きを残す。

 

 その光の中で、勝ち誇ったように語るハーレイブ。

 

「あなた方が何をしようが最早、決して私を倒す事など不可能なのですよ。」

「どうかな?」

 

 即座に返される、低い声。

 

 同時に、先程まで目の前に居たはずのセツナの姿が無い事に気付く。

 

 とっさに見回すハーレイブ。

 

 次の瞬間、その胸の前で刃が交差される。

 

「なっ!?」

 

 自分のすぐ後ろでオーラフォトンが高まりつつあるのを感じる。

 

 ネリーが魔法を放っている隙にハーレイブの背後に回りこんだセツナが、ハーレイブを羽交い絞めにするようにして、両手に持った剣を交差させている。

 

 その刃を満たしていく、オーラフォトン。

 

「普通に放っても、回避されるか防がれるだけだろう。だが、ゼロの距離から放てばどうかな?」

「・・・・・・無謀な。」

 

 確かにこれなら、ハーレイブを倒す事も出来るかもしれない。だが同時に、この体勢から技を放てばセツナもまた、ダメージを負う事になるだろう。

 

「死なばもろとも。俺と一緒に地獄を味わえ、ハーレイブ!!」

 

 高まるオーラフォトンが、一気に収束していく。

 

 光が室内を満たす。

 

 それが解き放たれ、解放する。

 

 しかし、

 

 訪れるはずの、オーラフォトンの閃光がいつまで経っても訪れない。

 

「なっ・・・・・・」

 

 絶句するセツナ。

 

 同時に完全に必殺のタイミングを外され、ハーレイブは反撃に出る。

 

 セツナの拘束を振り解き、そのまま肘で殴り飛ばす。

 

「グアッ!?」

 

 大きく吹き飛び、床に這い蹲るセツナ。

 

 それを見下ろすハーレイブ。

 

「惜しかったですね。しかし、今の傷付いたあなたの体では、必要量のオーラフォトンを溜める事が出来なかったようですね。」

 

 予想していたよりもチャージに時間が掛かり、それが結果的にセツナの考えていた攻撃のタイミングに間に合わなかったのだ。

 

 その目の前で、ハーレイブが剣を振り上げる。

 

「終わりです。」

 

 告げられる死の宣告。

 

 だが次の瞬間、

 

 勝利を確信するハーレイブ、

 

 その背後で、

 

 薄桃色の翼が踊った。

 

「ネリー!!」

 

 その体から、光が溢れている。

 

 彼女とて、消耗が激しい身。

 

 それを押しての、特攻であった。

 

『判ってる。』

 

 心の中で頷くネリー。

 

 先程、セツナが何をやろうとしたのか判っている。何度か訓練の時にやって見せてもらったから間違い無い。後はそれが自分にも出来るかどうかだが、それも問題ない。やり方は聞いているし、すごく簡単だった。

 

ネリーの両腕が光を帯びて輝く。先程のセツナのそれを大きく上回るオーラフォトンが、両腕へと集中する。

 

 熱い。

 

 今まで感じた事も無いような熱さが、両腕から滲み出てくる。

 

 その腕を、目の前で交差させる。

 

 視界の先に映るセツナが、何かを叫んだような気がしたが、もうそれも耳には入らない。

 

 振り向くハーレイブ。

 

 だが、もう遅い。

 

「オーラフォトン・クロス!!」

 

 振り抜かれる腕。

 

 軌跡は十字を描いてハーレイブに刻まれる。

 

 オーラフォトンの最大放出。ネリーが持つ全てのオーラフォトンが、空間で爆ぜてハーレイブを直撃した。

 

「クッ!?」

 

 とっさに障壁を張り巡らせるハーレイブ。

 

 だが、ネリーのオーラフォトンはそれすら貫いて、ハーレイブを吹き飛ばした。

 

 だが同時に、破局も訪れる。

 

 自身の持つオーラフォトンの全てを腕から直接、それも一気に放出したのだ。そんな事をして、ただで済むはずが無い。

 

「アァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 腕の神経、筋、骨が焼き付き、想像を絶する激痛がネリーを襲った。

 

 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、視線をハーレイブに送る。

 

 ネリーの一撃をまともに受け、大きく吹き飛んだハーレイブは壁に叩き付けられる光景が見えた。

 

 それを見て改心の笑みを浮かべるネリー。

 

 そのまま、体はゆっくりと傾いて行き、

 

 横から伸びた腕に抱き止められた。

 

「馬鹿!! 何て無茶をしたんだお前は!!」

 

 耳元で怒鳴る声が恋人のそれと判り、ネリーは嬉しそうに微笑んだ。

 

 ネリーの腕は、どうやら折れてはいないようだ。あまりの激痛に、放出の瞬間、無意識の内に一瞬力を緩めたのだろう。だがそれでも、表面は火傷のように赤く爛れ、暫くは使い物になりそうになかった。

 

「せ・・・セツナ・・・」

 

 伸ばされる手、それをセツナはしっかりと握る。

 

 重度の傷を負い、弱々しく震える手。

 

 その手を握って、セツナはネリーに優しく笑い掛ける。

 

「よくやった。お前は、本当に良くやったよ。」

 

 今にも泣きそうな顔をするセツナに、ネリーは嬉しそうに笑う。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 初めて、本当の意味でセツナの役に立てた。そう感じる事の出来たネリーは、本当に嬉しそうに笑う。

 

 その時、2人の背後で人が動く気配があった。

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれましたね。」

 

 ネリーの一撃をまともに受け、ボロボロに傷付いたハーレイブが、そこに立っていた。

 

 その全身からダークフォトンが滲み出し、殺気も露に2人を睨んでいる。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 自分の渾身の一撃でも倒れない相手に、ネリーの顔が絶望感に支配されていく。

 

 対してセツナは、フッと笑みを浮かべる。

 

 それは、何かを決意したような、あるいは達観したような落ち着いた、

 

そう、あまりにも落ち着きすぎた顔だった。

 

「セツナ?」

 

 恋人のそんな姿に一抹の不安を覚えたネリーは、何とか身を起こそうとするが、セツナはそれをそっと制する。

 

「セツナ・・・・・・」

「良いから、お前はもう休んでいろ。」

 

 そう言ってセツナは、ネリーに優しく微笑む。

 

「セツナ、まさか・・・・・・」

 

 その笑顔が、更にネリーの不安を煽る。

 

 立ち上がるセツナ。

 

「良いんだ、ネリー。」

 

 ネリーに背を向けながら、ゆっくりと口を開く。

 

「お前の万分の一で良い。俺に勇気があったなら・・・・・・」

 

 2本の刀を、力を込めて握る。

 

「初めから、あの程度の敵に苦戦する事は無かったんだ。」

 

 ゆっくりと歩き出す。

 

 怨敵の元へ、

 

 最後の決戦に向けて。

 

「お別れの挨拶は済みましたか?」

 

 それを待っていたように、ハーレイブは口を開く。

 

 ネリーの一撃を受けて、こちらも無傷ではない。相当なダメージを負い、消耗も激しい。

 

 だがそれでも、セツナのダメージに比べれば遥かに軽微である。

 

「これで最後だ、ハーレイブ。」

 

 両の刀を下げたまま、セツナは告げる。

 

 その存在は既に不安定になりつつあり、今すぐに消滅してもおかしくはない。

 

 それでもセツナは、不退転の意思と闘志で持って、ハーレイブと対峙した。

 

「結構、しかし、先程も言いました。」

 

 ハーレイブも、剣を構える。

 

「最早何をしようが、あなたの力で私を倒す事は不可能なのですよ。」

 

 対してセツナも、両手の刀を掲げる。

 

「そうか、なら、」

 

 静かに紡がれる言葉。

 

 その体から、徐々に光が漏れ始める。

 

「試してみろ!!」

 

 光が、一気に膨らむ。

 

 あまりの光量に、目を晦ませるハーレイブ。

 

 その中で、セツナはついに、ここまで温存していた切り札を切る。

 

「朱雀、フルドライブ!!」

 

 その体内にあるマナの流れが、リミッターを外されて一気に加速する。

 

 ポンプから水を吸い上げるように勢いを増すマナは、そのまま急速にオーラフォトンに転化されていく。

 

「行くぞ!!」

 

 同時に地を蹴るセツナ。

 

 対するハーレイブも、剣を構えて迎え撃つ。

 

「何度やっても同じ事です。あなたの剣が私に届く事は、」

 

 言葉を、最後まで続ける事はできなかった。

 

 次の瞬間には、ハーレイブの背後に出現するセツナ。

 

 その剣は振りかぶられ、既に攻撃態勢にある。

 

「クッ!?」

 

 とっさに前方に飛ぶことによって、セツナの攻撃を回避するハーレイブ。

 

 だが、

 

「ハッ!!」

 

 その前に一気に間合いを詰め、セツナは更に斬り込んで来る。

 

 それを辛うじて、剣で弾くハーレイブ。

 

 だが次の瞬間には、もう一方の刀がハーレイブに迫っている。

 

『これは一体、何だと言うのだ!?』

 

 突然のセツナのスピードアップに戸惑うハーレイブ。

 

 否、上がっているのはスピードだけではない。攻撃の威力も、放出されるオーラフォトンの量も、先程まで死に掛けていたとは思えないほどの上昇率である。

 

『クッ、どうやらセツナ君のこの力は、何かを削ってようやく発揮しているようですね。』

 

 セツナの間合いから逃れながら、ハーレイブはこの状況を冷静に分析していく。

 

 しかし、今やパワーバランスは完全に逆転し、セツナは徐々にハーレイブを追い詰めていく。

 

 ハーレイブの予想は正しかった。そして、これこそが本来の朱雀の使い方でもあった。

 

 《絆》の権能である朱雀は、自分の体を構成するマナを任意に操作し、濃度を改変して敵の攻撃を透過させると言うやり方を、セツナはこれまでしてきた。だが、それは朱雀の能力のほんの余技に過ぎず、単にそれが一番効率が良いと言う理由からに過ぎない。

 

 本来の用法は体内のマナを自在に操り、必要に応じて振り分ける事にある。

 

 これは本来、使用可能なオーラフォトンが底を突いた場合の緊急措置的な意味合いの強い方法である。当然であろう、比喩でも何でもなく、文字通り自分の体を削って燃料にしているのだから。エターナルの高い構成マナ量を持ってしても、正気の沙汰ではない。だが同時に、自分の現界すら越えて力を振るう事が出来、莫大な攻撃力を実現可能とする。

 

 だからこそ、セツナはこの権能を「切り札」と言う位置付けに置いた。一度きりしか使えない、最強の攻撃を可能とする魔法。反面、使えば自分もただでは済まない魔法。

 

 間合いに入った瞬間、セツナは両の剣を超高速で振るう。

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 本来の剣速を遥かに上回る攻撃は、既に自身でも測定不能な数の斬撃を叩き込む。

 

「クッ!?」

 

 対するハーレイブも剣で弾こうとするが、全てを弾く事はできず、その体を2本の刃で切り裂かれる。

 

 傷口からどす黒い煙を吐き出しながらハーレイブは、焦りという名の水が、徐々に足元を浸していくのがわかった。

 

 死戦。

 

 今のセツナの戦い方は、正にそれだ。

 

 己の死すら眼中に置かず、全ての力を振り絞って剣を振るう姿がそこにある。

 

 攻撃力、速力共に、既にハーレイブを凌駕し、苦し紛れに放った攻撃も、分厚い障壁の前に弾かれる。

 

「ええい!!」

 

 このままでは負ける。

 

 それを感じ取るとハーレイブは一気に距離を取り、ダークフォトンのチャージを始める。

 

 こうなったら、天壊を使って一撃で薙ぎ払うしかない。

 

 そう考えた瞬間だった。

 

 何かの閃光が、目の前を縦に走ったと思った。

 

 やや間を置いて、一抱えほどの物体が床に落ちる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、瞬時に悟った。

 

 右腕が、無い。

 

 肘から上、数センチの所で奇妙なほど滑らかな断面を残して消滅している。そして失われた先は、手にした剣と共に床に転がっていた。

 

 そこでようやく気付く、一瞬の間を置かず距離を詰めたセツナが、刀を振り切った状態で目の前に立っているのに。その剣によって、右腕を斬り落とされたのだ。

 

「クッ!?」

 

 傷口を押さえて後退するハーレイブ。

 

 対してセツナも、その瞳を鋭く光らせる。

 

 奴は今、武器を失った。とどめを刺すなら、今がチャンスだ。

 

 ここで最後の一撃を放てば、確実に勝てる。

 

 だがここに至るまでにセツナが払った代償も、決して小さくは無い。

 

 既に消耗しつくした体を更に削って使ったのだ。まるで壊れたバケツから水が漏れていくように、力が失われていくのが判った。

 

 歪む視界。

 

 平衡感覚はとうに失われ、自分が立っているのか転がっているのかすら定かでは無い。

 

『あと・・・一撃・・・・・・一撃で良い・・・・・・』

 

 手にした刃に最後のオーラフォトンを込める。

 

 この一撃をくわえれば、さしものハーレイブとてただでは済まない筈だ。

 

『あと・・・・・・一撃だけ・・・・・・』

 

 だが、そこが限界だった。

 

 既に視界は半ば閉ざされ、足からも力が失われていく。

 

 駄目だと判っていても、セツナにはどうする事もできない。

 

 そのまま前のめりに倒れるセツナ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、僅かに残った視界の中に踊り込んだ影が、セツナの体を支えて立つ。

 

「え?」

 

 思わず、閉じ掛けた目が見開かれる。

 

 そこには、青い髪の少女が自分を支えながら必死に立っている姿が見えた。

 

「ネリー?」

「大丈夫。」

 

 そう言って、ネリーは笑いかけてくる。

 

「セツナには、あたしがついてるから!!」

 

 その腕は、先程の攻撃のダメージが今だに残っている。だがその傷付いた腕で、ネリーは必死に、愛する少年の体を支える。

 

 頷きあう2人。

 

 同時に視線は、ハーレイブに向けられる。

 

 手にした刃には、残されたマナを全て注ぎ込んだオーラフォトンが込められている。

 

 同時に駆ける2人。その切っ先は、まっすぐにハーレイブへ向けられる。

 

 向かってくる2人に対し、ハーレイブはとっさに、落ちている自分の剣を拾おうとする。

 

 だが、その時には既に、2人の姿は目の前に迫っていた。

 

「消えろハーレイブ、俺達が居る限りお前の野望は決して成就する事は無い。たとえお前が百度復活したとしても、百度俺達がお前の前に立ちはだかる!!」

 

 迫る刃。

 

 対するハーレイブには、最早打つ手は無かった。

 

 同時に2人は、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 

「「ロスト・セイバー!!」」

 

 振り下ろされた2本の刃はハーレイブの肩に食い込む。

 

 次の瞬間、内部に充填されたオーラフォトンが一気に解放され、外側へと弾け飛んだ。

 

 奔流と化した光は、室内を満たす。

 

 その光の中でセツナは、怨敵の体が崩れていくのを確認した。

 

『・・・・・・終わったな。』

 

 この戦いで、常に自分の前に立ち続けた最強の敵を、セツナはついに倒したのだ。

 

 フッと、笑う。

 

 次の瞬間、限界を超えて引き伸ばされていたセツナの意識は、刈り取られるように暗転した。

 

 

 

 

 

 

 まるで、夢を見ているような感覚が、全身を包んでいる。

 

 気が付くとセツナは、どことも知れぬ草原の中に立っていた。

 

 黄昏に照らされたように金色の野において立ち尽くしている。

 

 一体、どれ程の時をそうしていたのか、自分でも見当が付かなかった。

 

 不意に、自分の目の前に誰かが立っている事に気付いた。

 

 光に当てられて輝く白き裸身に、長く蒼い髪が風にたゆたって揺れている。

 

「お前か。」

 

 声を掛けると、その女性はニッコリ微笑んだ。

 

 その背後に、扉がある事に気付いた。

 

 唐突に悟る。彼女が、自分に別れを言いに来たのだと言う事に。

 

 女性はそっと、セツナの頬を撫でる。

 

 かつて対峙した時は、決してこのような事をする仲ではなかった。

 

 女性はセツナの感触を確かめるように一度だけ、そっと唇を重ねると、そのまま背を向けて背後の扉に向かっていく。

 

「・・・・・・またな。」

 

 掛けられる声に、女性は振り返らずに手を上げて答えると、そのまま扉の中へと消えていく。

 

 恐らく、これが最後。きっとこの先、セツナと彼女の人生が交わる事は無いだろう。

 

 だからこそ、セツナは万感の思いを込めて、その名を口にした。

 

「ありがとう・・・・・・・・・・・・カチュア。」

 

 その言葉と共に、セツナの視界はゆっくりと融けていった。

 

 

 

 

第45話「失われる剣を持ちて」     おわり