大地が謳う詩

 

 

 

第44話「再生からの援軍」

 

 

 

 

 

 

 空間のあちこちから、火花が弾けるような音が聞こえてくる。

 

 大気中のマナが、殺気に反応して破裂しているのだ。

 

 《黒衣の死神》セツナは、自身の持つ殺気を惜しげもなく最大限に放出しながら、前方に立つ2つの人影を睨みつける。

 

 1人は、この戦争初期からの怨敵、ニュートラリティ・エターナル《冥界の賢者》ハーレイブ。

 

 対峙するのはこれで、7度目。そのほとんどがエターナル対エトランジェという立場だったとは言え、セツナは今だに一度もこの男に勝てた事は無い。

 

 相変わらず持って付けた様な笑みを浮かべる金髪碧眼の青年は、セツナの放つ殺気を心地良い物として受け止めている。

 

 初めて戦った時は、文字通り手も足も出せなかった。だが今は、セツナも同じエターナル。両者に決定的な差異は無い。

 

 そして今1人、

 

 虚ろな瞳に、乾いたような笑みを口元に浮かべた少女。普段着慣れていないゴシックロリータ調のドレスと灰色に変色した髪が、大いなる違和感を孕んでその場に存在している。

 

 ニュートラリティ・エターナル《愛を謳う天使》ネリー。

 

 今までこの背を預けて戦って来た戦友であり、恋人であり、ユウトをして「セツナにとっては世界よりも重い」と言わしめた少女。

 

 その少女が今、怨敵の手にあってセツナと対峙している。

 

『取り戻す。何としても。』

 

 そう心の中で呟くセツナに呼応し、なお一層空間にスパークが走る。

 

「良い殺気です。」

 

 セツナの殺気を真っ向から受け止め、それでもなお、ハーレイブは笑みを浮かべて見せた。

 

「これでようやく、私とあなたは対等の実力をもって対峙できた訳だ。」

 

 その口調は、どこか楽しんでいるような口調が伺える。

 

 いや、初めて対峙した頃から、この男は明らかに状況を楽しんでいた。必死で戦い、血反吐を吐きながら己の大事な物を守る為に戦う全ての存在を、一歩下がった場所から見据え、ほくそ笑んでいたのだ、この男は。

 

 この男を一言で表すなら、傍観者、或いは観戦者か?

 

 彼のロウ・エターナル達でさえ、己が目的の為に全力で戦っていたのに対し、この男はそれらを嘲笑いながら見ていたに過ぎないのだ。

 

 《絆》を握る右手に、力を込める。

 

 それに併せるように、ハーレイブはスッと手にした杖を掲げる。

 

 それが、開戦の合図となった。

 

 間髪入れずに、ネリーの周囲に展開した12個の《純潔》から、セツナに向けて光の槍が放たれる。

 

「ッ!?」

 

 認識と同時に、セツナは大きく跳躍する。

 

 ハーレイブによって操られたネリーは、その神剣までも支配下に置かれ、セツナに攻撃する事ができるようだ。

 

 ネリーは素早く照準を修正し、正確にセツナに狙いを付けて来る。

 

 上空に向けて放たれる光槍。

 

 全てが直撃コースを辿る。

 

 だが、それが標的を捉える事は無い。

 

 その前に、空中で身を翻すセツナ。

 

 すり抜けられた光槍は、空しく床を叩く。

 

 着地と同時に、その身に白虎を宿し、一気に間合いを詰めに掛かる。

 

《狙いは1つ。ハーレイブの首を取るのみ。さすれば、小娘の意識も元に戻るはずじゃ!!》

「ああ!!」

 

 《絆》の助言に、セツナは足を止めずに頷く。

 

 呪術を解くには術者を倒すのがセオリーであり、解呪への最短の近道である。いかにハーレイブが強大な黒魔法を操ろうと、そのセオリーの枠からは逃れられないはずだ。

 

 ネリーを助け、同時にハーレイブも倒す。下手をすれば「二兎を追う者〜」の天然色見本になりかねないが、それでも間違った選択とは言い切れない。

 

 跳躍と同時に立ち尽くすネリーの頭上を抜け、その後方に着地、目の前に立つハーレイブへと襲い掛かった。

 

 繰り出される二刀の刃。

 

 60倍に加速させた剣は、唸りすら切り裂いて白衣の青年へと迫る。

 

しかし《冥界の賢者》を捉えられない。

 

 その前に振るわれた杖によって、2本いっぺんに弾かれる。

 

「チッ!?」

 

 衝撃と共に流れる体をどうにか抑え、舌打ちしつつ距離を取ろうとするセツナ。

 

 だが、その前にハーレイブは動いた。

 

 その掌にオーラフォトンを集中させつつ、ゆっくりとセツナに向ける。

 

「高貴なる黒き閃光を持ちて全てを呑み込み、混沌たる闇を持ちて染め上げよ。」

 

 迸るスパークが、閃光となりて駆け抜ける。

 

「ノーブル・ケイオス!!」

 

 放たれた閃光は、まっすぐにセツナを貫かんと伸びる。

 

 とてもではないが、安全圏まで退避する事が困難であると感じたセツナは、射程外までの後退を諦めると、その場で《絆》を構える。

 

 その刀身に込められたオーラフォトンが、鋭く輝く。

 

 次の瞬間、迫る閃光に対して振り抜かれる。

 

「蒼竜閃!!」

 

 速度に特化した剣は、迫る閃光をあり得ない速度で真っ二つに斬り裂く。

 

 開ける視界。

 

 同時に駆け出そうと、疾走体勢に入るセツナ。

 

 しかし、その出鼻を挫かれる。

 

 閃光が解け、視界が晴れた先にある小さな影。

 

 その髪の毛同様、色素が抜け落ちたような灰色の翼を広げたネリーが、両脇に12個の球体を従えて、攻撃態勢を整えていた。

 

 同時に放たれる12本の槍。

 

 照準は正確、速度は高速。遠距離攻撃としては申し分ない一撃である。

 

 対して迎撃する側にも、余念が無い。

 

 通常の60倍の速度を保ちつつ、両手の刀で向かってくる槍を打ち落とす。

 

 文字通り、光の速度で突き進む槍だが、今のセツナにとってはそれすら遅く感じる。

 

 道を開き、駆けるセツナ。

 

 だが、そのせいで脇に僅かな隙が生じる。

 

 そこへ、一気に間合いを詰める《冥界の賢者》。

 

「隙だらけですよ、セツナ君。」

 

 落ち着き払った声と共に、振り抜かれる《冥府》の一撃。

 

 その攻撃がセツナの脇を直撃し、大きく吹き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

 脇腹から走る激痛が骨を浸透し、内臓まで伝達する。

 

 病魔によって罅割れた体が衝撃を吸収しきれず、軋みを上げるのが判った。

 

 それでもどうにか、壁に叩き付けられる前に体勢を入れ替え、床に足を着く。

 

 だがそこへすかさず、オーラフォトンで編み上げられた巨大な顎がセツナを呑み込まんと牙を剥き出してくる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに跳躍しつつ回避するセツナ。

 

 そこへ今度は、入れ替わりに前に出たネリーが立ち塞がる。

 

 まさに息を尽かさぬ連携攻撃で、2人はセツナを追い立てる。

 

 その両手に集められたオーラフォトンがマイナスの魔法力を放出し始める。

 

「クッ!?」

 

 ネリーの意図を察したセツナは、とっさに右の《絆》を鞘に収め、残った左の《絆》の峰に手を当てて目の前に水平に掲げる。

 

 やがて、目の前でネリーが召還した吹雪が巨大な、白銀の鳳を形成する。

 

 フリージング・フェニックス。

 

 味方である時はその威力、視覚効果からこの上なく頼もしい姿であったのに、いざ敵に回ると、禍々しさが孕んでセツナを睨みつけている。

 

 その巨大な銀の翼が、セツナ目掛けて解き放たれる。

 

「玄武、フルドライブ!!」

 

 その前面に張り出される、最高強度の障壁。

 

 いかにネリーの強力な魔法とは言え、この障壁を突き破るのは不可能であるはずだ。

 

 そう思った瞬間、視界の端にハーレイブの姿が浮かぶ。

 

 その手には、恐らくオーラフォトンで組み上げたであろう光の弓矢が握られている。

 

 音も無く放たれる光の矢。

 

 その鏃は玄武の障壁に突き当たり、

 

 そして貫通した。

 

「なっ!?」

 

 次の瞬間、矢の中に内蔵されたエネルギーが暴発。莫大な衝撃となって障壁を吹き飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 吹き飛ばされそうになるのを、辛うじて堪えるセツナ。

 

 だがそのせいで、完全に初動が遅れる結果となった。

 

間髪入れずにネリーが放ったフリージング・フェニックスが迫ってくる。

 

 障壁を失い、避ける時間もない。

 

 それでもセツナは、僅かでもダメージを減らそうと身を翻そうと試みるがしかし、白銀のフェニックスはその前に、巨大な翼でセツナの体を包み込んだ。

 

「グッ!?」

 

 突撃する鳳凰は、衝突の威力だけでも相当な物がある。

 

 その衝撃でセツナの手から吹き飛ばされ、床に転がる《絆》。

 

 絶対零度を遥かに凌駕する気温を前にしては、いかにエターナルの魔法防御と言えど、猛吹雪の前の戸板一枚にも及ばない。

 

 瞬時に氷結していくセツナの体。

 

 腕が、足が、体が、急速凍結にも拘らず、自分のどの部位が凍り付いているのか、まるでスローモーションのように認識できる。

 

 セツナはエトランジェ時代から、防御はほぼ玄武に依存していたきらいがある。その為それを破られると、後は敵の攻撃を防ぐ手段は無い。

 

 右足が、右腕が凍りに覆われ、その動きを止めている。

 

 それでも、辛うじて半身の氷結で済んでいた。更に幸いな事に、氷が覆っているのは体の表面のみであり、皮膚の内部までは浸透していない。いかにネリーの誇るマイナス系神剣魔法でも、セツナを完全に凍りつかせるには至らなかったようだ。

 

 だがそれらの事実は、さして戦局の逆転には帰依し得ない。

 

 半身が氷に覆われ、なおかつその末端は床を完全に覆っている。要するに今のセツナは、氷像の中に体半分埋め込まれているようなものであった。

 

それでもセツナは、なおも戦意の失わぬ瞳で2人を睨みつける。

 

「迂闊でしたね、セツナ君。」

 

 そんなセツナに、ハーレイブは語りかける。

 

 動けぬセツナを見据え、勝者の余裕と共に言葉を紡ぐ。

 

 実際、この状況下にあってはセツナに反撃の手段は無い。左の《絆》は数メートル先まで飛ばされて手が届かない。右の《絆》は背中の鞘に収まったままだが、右半身が凍ってしまったために抜く事が出来ない。

 

 反撃の手段は、完全に失われていた。

 

「いかに高い硬度を誇る防御魔法でも、威力を一点に集中させた一撃ならば、突破する事は容易です。」

 

 玄武は空間を覆うと言う特性上、どうしてもオーラフォトンを広範囲に散らす必要が出てくる。そうなると、どうしても層が薄くなりがちである。そこへ、先程のように一点に威力を集中させた攻撃を受けると脆い一面があった。

 

「クッ・・・・・・」

 

 どれだけ身を捩っても、凍りついた半身は動かない。

 

ハーレイブの脇に、灰色の翼を畳んだネリーが降り立つ。

 

 相変わらずその瞳は虚ろに見開かれ、口元には乾いた笑みが浮かべられている。黒いドレスが、その要素と絡み合い、ますます持って人形めいた印象を作り出している。

 

 この上なく忌々しい事だが、ハーレイブの命名した《闇の人形》と言うイメージがそのまま具現化してそこにあった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 しかも操り人形と化しても、ネリーの攻撃力には聊かも衰えが見られない。

 

 その砲撃は正確無比であり、攻撃力においても言わずもがな、この通りセツナを行動不能に追い込んでしまっていた。

 

 第1級の実力を誇るエターナル2人を相手にしては、いかにセツナと言えど勝ち目は無い。加えてこの身は、長時間の戦闘に耐えられないと来ている。

 

『八方塞だな・・・・・・』

 

 氷に覆われているにも拘らず、額から汗が落ちるのを感じた。

 

 負けるかもしれない。

 

 この戦争全般を通して、セツナはあまり弱気になると言う場面は無かったが、この時初めて、セツナの脳裏にそんな言葉が過ぎった。

 

「さて、」

 

 最早勝利を確信したハーレイブは、ゆっくりと、ネリーの肩に手をやる。

 

「そろそろ、終わりにしましょう。」

 

 そう言って出した手には、いつの間にか見慣れないナイフが握られている。

 

 刀身が光り輝くナイフからは、先程の弓矢と同様、オーラフォトンが滲み出ている。恐らく、形が違うだけで同じ技法で作られた武器なのだろう。

 

 そのナイフをネリーの手に渡すと、ゆっくりとセツナの方を向く。

 

「せめてもの慈悲です、とどめは彼女に刺させて上げましょう。」

 

 恐らくあれが体に突き刺さり先程玄武を解除された時のように暴発すれば、今のセツナなどひとたまりも無いだろう。

 

 だが、そんな事は問題ではない。

 

 セツナはハーレイブを睨みつける。

 

 ハーレイブの言った「最高の絶望」を与える。とは、つまりこう言う事だったのだ。

 

 セツナのとどめをネリーに刺させる。これ程陰湿で、なおかつ効果的に精神ダメージを与えられるやり方は他に無いだろう。

 

『そうは・・・行くか!!』

 

 何とか逃れようと身を捩り、あるいは氷を砕こうと試みる。

 

 だが、どれ程力を入れても、凍りついた半身は動こうとしない。

 

 その間にも、ネリーの手にしたナイフはゆっくりとセツナへと向けられる。

 

 セツナの無駄な努力を嘲笑いながら、ハーレイブは自身の策謀に酔いしれる。

 

「さあ、これで終わりですセツナ君、最後は、恋人の手で逝きなさい!!」

 

 舞台掛かった口調と共に、ハーレイブの手がサッと振られる。

 

 だが、

 

 どうした事か、ネリーの体はその場から動こうとしない。

 

 その身は完全にハーレイブの支配化に置かれ、決して逆らう事はできないはず。

 

 にも拘らず、ネリーは繰り主の意思に反してまったく動こうとしない。

 

 訝るハーレイブ。

 

 よく見るとその体は小刻みに震え、まるで何かを堪えているかのようだ。

 

 やがてその口から、呻くような言葉が漏れてくる。

 

「う・・・・・・あっ・・・あっ・・・・・・せ、つな、」

「ッ!?」

 

 か細いながらもしっかりと空間を振るわせる意思の篭った声。

 

 少女が示す、精一杯の抵抗の証が聞こえてくる。

 

 図らずもセツナとハーレイブは、同様に驚愕の瞳でネリーを見る。

 

 その中で、ネリーは必死に言葉を紡ぎだす。

 

「い・・・・・・や・・・だ・・・・・・た、たす、けて・・・・・・せつ・・・・・・な」

「チッ!!」

 

 舌打ちすると同時に、ハーレイブはネリーの頭に掌を置く。

 

 計算違いだった。この段になって、ネリーが自我を取り戻すなど。

 

「やはり、第二位のエターナルを完全に支配化に置くには時間が足り無すぎたか。」

 

 そう言うと同時に、掌を介して再びネリーの中にオーラフォトンを注ぎ込んでいく。

 

「クッ・・・・・・ア・・・アァ・・・・・・グッ・・・・・・」

 

 何とか堪えようと、その口からくぐもった悲鳴が漏れる。

 

 しかし、そんな抵抗など意に介さず、ハーレイブのオーラフォトンはネリーの体内を侵食していく。

 

「無駄ですよ。一度この魔法に侵されれば、最早抵抗する事は不可能です。」

 

 淡々と告げながら、最後に残ったネリーの理性をも侵食していく。

 

 やがて、再びネリーの表情が虚無へと変わっていく。

 

「せ・・・つ・・・な・・・・・・せ・・・・・・・・・・・・つ・・・・・・・・・・・・」

 

 一滴、完全に虚無に落ちた瞳から涙が零れる。

 

 それを最後に、再びネリーは《闇の人形》と化した。

 

「ネリー・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなネリーを、セツナは静かに見詰める。

 

 間違いない。ネリーは今もあそこで、必死に戦っている。自身を支配するハーレイブの呪縛から逃れようとして。

 

 そんなセツナを見て、ハーレイブはやれやれと言った感じに肩を竦めた。

 

「まあ、ちょっとした手違いはありましたが、問題はありません。彼女を完全に支配下に置くのは、君を排除してからゆっくりとすれば良いのですから。」

 

 改めて構え直されるナイフ。

 

 死刑執行の再開。

 

 結局の所ネリーの抵抗も、セツナの死亡時刻を僅かに遅らせたに過ぎない。

 

 どうにかしなくてはならない。ネリーが必死で戦っていると言うのに、自分がこんな所で身動きできずに居るわけにはいかない。

 

 だが、自身の半身を覆う氷は今だにビクともしない。

 

 そんなセツナを嘲笑いながら、ハーレイブはサッと手を振り上げる。

 

「さあ、今度こそ死になさい、セツナ君!!」

 

 同時に、ナイフを突き出したままネリーが駆ける。

 

『駄目だ!?』

 

 到底、間に合いそうもない。

 

 セツナは死を覚悟して、両の瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 目の前に立つ青ミニオンはようやくの思いで倒したルルは、休む間もなく次の敵へと向かう。

 

 類稀なる機動力を武器とする少女は、この最終決戦の場にあって持って生まれた才能を十全に発揮し、向かってくる剣戟をすり抜けながら黒き疾風と化して刃を振るう。

 

 倒した敵は今ので3人目。彼女のこれまでの戦績と比較すれば少ない数ではあるが、それでも能力的に上回る敵を相手に善戦していると言うべきか。

 

 しかし、それもいつまで続くか判らない。機動力が高いと言う事は、反面、消耗も激しい事を意味する。加えてルルはかつて、サーギオス帝国軍の特殊部隊に所属していたとは言え、まだまだ成長が始まったばかりの少女である。当然の如く、体力面でも劣っていると言わざるを得なかった。

 

 振り下ろされる刀をかわしざまに、ルルは相手に対して蹴りを入れる。

 

 相手にダメージを与えるのが目的ではない。ルルのような小さい身体で蹴り技を使ってもさしたるダメージは期待できない。それよりも、蹴りの反動を利用して相手から距離を取るのだ。

 

 着地と同時に《怨恨》の柄を握り疾走、間合いに入った瞬間鞘走らせる。

 

「星火燎原の太刀!!」

 

 放たれる奥義はしかし、最速の少女を持ってしても相手を上回る事は出来ない。

 

 その切っ先が相手の胸を掠めたものの、ダメージは微少に留まる。

 

 しかし、ここまではルルとて計算の内、本命はここからである。

 

「殺った!!」

 

 気合と共に方向転換した《怨恨》の切っ先を突き込む。

 

 狙い通り、切っ先は相手の胸を貫いて鮮血を撒き散らす。

 

 相手より機動力で勝るルルだからこそ、可能となった戦術である。

 

 だが、安心するのはまだ早かった。

 

 動きを止めたルルの横から赤ミニオンが現れ、神剣魔法の準備をしている。その詠唱は間もなく完成し、溢れ出した炎が襲ってくるだろう。

 

「クッ!?」

 

 すぐに行動しようとするルル。

 

 だが、黒ミニオンに刺さった《怨恨》を抜く事が出来ない。見ると、瀕死の際にある黒ミニオンが、最後の足掻きとばかりに、己の胸に刺さった《怨恨》の刃を握って放さない。

 

 その口元には凄惨な笑みを浮かべ、道連れの存在に歓喜している。

 

 その一瞬の隙に、赤ミニオンは神剣魔法を完成させる。

 

『駄目、間に合わない!?』

 

 最後の瞬間を予期して目を瞑るルル。

 

 そこへ迸る炎。

 

 しかし、

 

「危ない!!」

 

 聞き覚えのある声が、聞き覚えの無いニュアンスで放たれ、同時に割り込んだ影がルルを包むはずだった炎を遮った。

 

 ゆっくりと目を開けるルル。

 

 そこには、おさげ髪のグリーンスピリットが全身に火傷を負いながらも、手にした槍を赤ミニオンに突き刺していた。

 

「ハリオン!!」

 

 自身を助けた存在の名を呼ぶ。

 

 その向こう側で、赤ミニオンが崩れ落ちる。

 

 それを見届けた後、ハリオンはゆっくりと振り返った。

 

「ルルさん、大丈夫でしたか〜?」

 

 いつもと変わらぬ口調で気遣ってくるハリオン。その様子が身に受けた重傷との差異を生み、あまりに痛々しい。

 

 膝を突くハリオン。その手から《大樹》が零れ落ちる。

 

「ハリオン!!」

 

 慌てて駆け寄るルル。

 

 近くで見るとより判る。その傷が決して浅くない事を。

 

「ハリオン、しっかりして。すぐ、エスペリア呼んで来るから!!」

 

 目に一杯涙を浮かべながら、それでも何とかハリオンを救おうとするルル。

 

その頬を、ハリオンはそっと撫でる。

 

「大丈夫ですよ〜、そんなに慌てなくても〜、私は死にませんから〜」

 

 ニッコリ微笑む。

 

「だって私は〜、みんなのお姉さんですから〜」

「・・・・・・・・・・・・そうだよ。」

 

 ポツリと呟くルル。

 

「お姉さんが死んじゃったら、誰がみんなの面倒見るの?」

 

 仲間を失い、祖国さえ失い、ラキオスにその身を預ける事となったルルにとって、面倒を見てくれたハリオンは、正に母のような存在であった。そのハリオンを失う事は、ルルにとっては我が身を切り裂かれる事と同義なのである。

 

「ですよね〜、それに、まだやりたい事もありますし〜」

「やりたい事?」

 

 問い返すルルに、ハリオンは笑顔のままで続ける。

 

「はい〜、この戦争が終わったら〜、どこかにお家を借りて〜、お菓子屋さんをやろうと思っているんですよ〜」

「お菓子屋さん・・・・・・」

 

 その脳裏に、以前食べさせてもらったハリオンのお菓子が思い浮かばれる。

 

 そんなルルに、ハリオンは驚くような事を言った。

 

「良かったら〜、ルルさんもいっしょに来ませんか?」

「え?」

 

 ルルは驚き、目を見開いた。

 

正直な話、今までは戦後の事まで考えていなかったのだ。と言うより、考える事が出来なかった。帝国に生まれ、娼館で育ち、日々教わる事と言えば戦う術と生きる為に男を相手にする技のみだったルルにとって、そもそも「戦後」と言うイメージを浮かべる事すら出来なかった。

 

 だが、そんな乏しい知識を糧に、考えてみる。

 

 街でよく見かけるような小さくとも、華のあるお菓子屋。

 

 毎日のように、味と匂いに釣られてやってくる客。

 

 その対応に追われながらも、自分が作ったお菓子を買いに来てくれる客に笑顔で応えるハリオン。

 

 そしてその傍らで、やはり笑顔を浮かべている、自分。

 

・・・・・・・・・・・・悪くない。

 

 もしそんな未来が本当に来るのならば、あえてこの剣を置いても良いかもしれなかった。

 

「うん、そうだね。きっと・・・きっと楽しいだろうね。」

 

 応えるルル。

 

 その耳に、こちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

 

「だから・・・・・・だから・・・・・・」

 

 倒れているハリオンをそのままに、俯き加減に立ち上がるルル。

 

 飛び掛ってくる青ミニオン。

 

 振り向き様に一閃される《怨恨》が、その胴を薙いだ。

 

「この人は、絶対にやらせない!!」

 

 鬼気迫る程の気迫で、波のように押し寄せるエターナルミニオンに対峙する。

 

 そこへ、10近い刃が一斉に繰り出される。

 

 だが今度は、ルルは一切足を動かさず、その場に留まって剣を振るい続ける。

 

 自分の足元にはハリオンが居る。彼女を守る為には、その場を動く訳にはいかない。大切な人を守る為に、最速の少女は大地に根を張らねばならなかった。

 

 やがてその小さな身体を、無数の刃が貫いた。

 

 

 

 重い。

 

 剣を振るう腕が、これほど重いとは思いもよらなかった。

 

「しっかりして、もうすぐ他のみんなと合流できるから!!」

 

 群がってくる敵の攻撃を《熱病》で弾きながら、セリアは肩を貸して歩くウルカを叱咤する。

 

 その更に横では、シアーが《孤独》を手に奮戦している所であった。

 

 ついぞ1時間程前の話である。

 

 戦術行動のミスから敵中に孤立してしまったセリアとシアーを救出するべく、敵の包囲を突破したウルカが駆けつけた。

 

 見事合流を果たした3人だったが、全てが旨く行くほど事態は甘くなかった。

 

 脱出を図ったウルカが背中から敵に斬られ、行動不能に陥ってしまったのだ。

 

 そのウルカを肩に担ぎ、セリアは味方との合流を急ぐべく、敵陣の中央突破を図っていた。

 

「セリア殿、済まぬ。助けに来た身で逆にこのような事になろうとは。」

 

 背中の傷は深く、息を吐くだけで全身に激痛が走る。

 

 それでもウルカは担いでくれるセリアの負担を軽減する為に、掛ける体重を少しでも軽減しようとしている。

 

「良いわよ、元はといえば私がミスしたのが悪かったんだし。」

 

 答えるセリアの声にも罪悪感が篭る。

 

 だが差し当たり、後悔や反省は何ら建設的な結果を生みはしない。そう言った事は、取り合えず生き残ってからにすべきだろう。

 

 周囲を見回せば、どこも敵だらけ、味方の気配すら感じる事は出来ない。また、仮に味方が近くに居たとしても、これ程の大軍に包囲されたこちらを救援に来る余裕は無いだろう。

 

 その時、横合いから3人目掛けて青ミニオンが斬り掛かって来る。

 

「駄目!!」

 

 とっさに、フリーハンドのシアーが迎撃する為に前に出る。

 

 斬り合う事数合。

 

 これまで多くの激戦を潜り抜け、精鋭と呼んでも差支えが無いほどに成長を見せたシアーは、エターナルミニオン相手に一歩も退かずに剣を交える。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 振りぬかれる刃が、青ミニオンを胴薙ぎに切り裂いた。

 

 断末魔の悲鳴を残して消えていく青ミニオン。

 

 その姿に、シアーはホッと息を吐いた。

 

 その瞬間だった、左肩に激痛が走ったのは。

 

「アグッ!?」

 

 その肩に突き刺さった刃は、勢いのままにシアーの小さな身体を弾き飛ばす。

 

「シアー!!」

「シアー殿!!」

 

 思わず叫ぶ2人。

 

 だがシアーは、とっさにウィング・ハイロゥを広げて大気を捉え、地面に激突する寸前に体勢を立て直した。

 

「大丈、夫・・・・・・」

 

 肩の傷を押さえながら、それでも闘志を失わない小さな少女は、手にした《孤独》を構え直す。

 

 そんな妹分の姿を、セリアは感慨深げに見詰める。

 

 シアーは、本当に強くなったと思う。まだ戦争が始まって間もない頃は、自分やネリーの後ろで震えているだけだったと言うのに。それがこんなにも頼もしく成長するとは思わなかった。

 

 だが、感慨に耽る余裕を与えるほど、現実は甘くは無かった。

 

 そんな3人を取り囲むように、エターナルミニオンの数は徐々に増えていく。視界に捉えられるだけでも、その数は10体を下らない。

 

 ウルカもシアーも傷付いた今、この人数を斬り抜けるのは不可能に近い。

 

「・・・・・・これまで、かしらね?」

 

 自嘲気味に笑いながらも、《熱病》を構え直すセリア。

 

 そんなセリアの肩から、半ば無理やりウルカが離れる。

 

「ウルカ?」

「ここまでで結構です。」

 

 そう言いうと、傷付いた身を引き摺りながら《冥加》を構える。

 

 その瞳には一切の雑念が廃され、達観した聖者のような高潔さが滲み出ている。

 

 その瞳が、スッと閉じられる。

 

「手前は、帝国に捨てられラキオスに拾われて以来、自分の生きる意味と言う物を考えていました。」

 

 ゆっくりと前に出るウルカ。

 

 その脳裏には、これまで駆け抜けてきた戦場に思いが馳せられる。

 

 帝国を裏切りかつての仲間達に刃を向ける日々は、ウルカにとっては想像を絶する辛苦に満ちていた。その心の傷は、帝国戦争が終結した今も、ウルカを蝕んでいた。しかし、

 

「仲間を裏切り、かつて妹と呼んだ者を手に掛け、それでもなお生き恥を晒し続けてきた理由が、今ここにありまする。」

 

 ゆっくりと《冥加》を抜く。

 

「今ここで死し、持ってこの身を護国の魔と化す事こそ、我が使命・・・・・・」

 

 その切っ先にはマナの輝きが溢れ、死に行く者の魂に呼応する。

 

 夜の祝福を受け、この世で最も闇に愛されし少女は今、己が生きてきた意味を見出し、吼える。

 

「ラキオス王国軍特殊部隊ヴァルキリーズが副隊長、《漆黒の翼》ウルカ、参る!!」

 

 広げられし黒翼は、かつて大陸中を震撼させた畏怖の証。

 

 傷付いてなお衰えぬ剣技は、反撃の間も与えずにミニオンを斬り裂く。

 

 その後姿を見送りながらセリアは、何事かを決意してそっと口を開いた。

 

「シアー・・・・・・」

「何?」

 

 左肩の傷を押さえながら、シアーは振り返る。

 

 そして見た。

 

 かつて、見た事も無いほど悲壮な表情をしたセリアの姿を。

 

「私が今から突破口を開くから、あなたは他のみんなと合流しなさい。」

「・・・え?」

 

 言わんとする事は理解できた。

 

 だが、それをするとなるとセリアは、

 

「でも・・・」

「良いから。」

 

 言い募ろうとするシアーの機先を制して、セリアは言った。

 

 浮かべられた微笑は、シアーを安心させるように柔らかい。

 

「私はもう、充分に生きたわ。でも、あなたの人生はこれからでしょう。」

 

 そのような事を口にするが、セリアとて今だに20歳に達していない。だがそれでも、自分かシアーかと問われれば、生き残るのはシアーであるべきだと思った。

 

「そうね、あなたに1つお願いするわ。」

 

 なおも渋ろうとするシアーに、言って聞かせる。

 

「ネリーが戻ってきたら伝えて頂戴。『今まであなたと暮らせて幸せだった。今度は、あなたが幸せを掴み取りなさい』って。」

「セリア・・・・・・」

 

 それ以上、セリアは何も言わなかった。

 

 ただ黙ってシアーに背を向け、手にした《熱病》を構え、ウルカに続いて敵陣へと斬り込んで行った。

 

 その後姿を、シアーは涙混じりに見守るしかなかった。

 

 

 

 この戦い、この2人ほど敵を斬った者も居ないだろう。

 

 コウインとキョウコは、互いに背中を預けながら包囲する敵に対峙している。

 

 既に両者とも、オーラフォトンは残り僅かとなっている。

 

 キョウコは既に神剣魔法を放つ事はできない。コウインも、障壁を張るだけの力は残されていない。

 

 だがそれでも2人はその手にした刃を血に染めて、修羅の如く戦場を駆け抜ける。

 

「よう、何人斬った?」

「さあ、20人くらいまでは数えたけど、もう忘れた。」

 

 互いに疲労の色は濃い。

 

 だが、マロリガン軍に居たの頃から肩を並べて戦い続けて来た2人は、それでも不敵な笑みを浮かべて包囲網を形成するエターナルミニオンの大軍を見据える。

 

 対するエターナルミニオンも、この2人がラキオス軍の最重要戦力と認識して、何としても叩き潰すべく重厚な包囲陣を敷いていた。

 

 やれやれ、この世界は最後まで、随分と楽しませてくれるよな。

 

 コウインは、内心でそう呟く。

 

 もともとハイペリアに居た頃は、学業、スポーツ共に万能で、将来的には実家の寺を継ぐ事が決まっており、まさに敷かれたレールの上を順調に走っていた。その為コウインは、自身の過ごす日常を、どこか冷めた目で見据えていた。

 

だが、このファンタズマゴリアに来て、自分の全力を掛けるに値する日々に追われるようになった。

 

 楽しかった。正に、これまでに無いくらいの新鮮さがコウインの冷めた心に陽を差してくれたかのようだった。

 

 だが、コウイン1人では、果たしてこれ程の充足感を得られただろうか?

 

『違うな。』

 

 コウインは否定する。

 

 全ては、今、背中を守ってくれている少女が居てくれたからこそ、今これだけ満ち足りた想いが味わえるのだ。

 

 岬今日子。

 

 コウインの記憶から欠落した者も含めて、この世界に同時召還されたエトランジェ6人の内の最後の1人。

 

 そして、

 

「なあ、キョウコ。」

「な、何?」

 

 妙に改まった口調のコウインに、キョウコは一瞬、この場が戦場であることも忘れて問い返す。

 

 対してコウインは、あくまで落ち着いた口調のまま続けた。

 

「この戦いが終わったら、お前に話したい事がある。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キョウコは、割と周囲の人間に対して気を配る事はできるが、そう言う人間にありがちな典型として、自分自身の事に関してはやや鈍い傾向がある。

 

 だがそんなキョウコをしても、この状況下で語られる言葉の意味に気付かない程、鈍感ではない。もっとも、気付いた理由としては、その胸に秘めた想いがコウインと同様であったと言う事もあるのだろう。

 

「・・・・・・ちゃんと、生き残って、全部終わったら、聞く。」

 

 振り返らずに答える。

 

 何となく、今振り返ると理性が吹き飛んでしまいそうな気がした。

 

 そんなキョウコには何も答えず、コウインはフッと笑う。

 

 次の瞬間、2人を包囲していた輪が一気にその圧力を増した。

 

 まるで、一息に2人を押しつぶさんとする勢いで。

 

 

 

 

 

 

 迫るナイフを前にして、セツナはしっかりと目を瞑る。

 

 最早、かわす事も防ぐ事も不可能。

 

 あれを喰らえば、今の自分は確実に死に至るだろう。この病魔に侵された体は、既にそこまで衰弱しているのだ。

 

『ネリー・・・・・・』

 

 今、自分へと刃を向けて迫る愛おしい少女に瞳と想いを向ける。

 

『済まん・・・助けてやれなくて。だが、』

 

 セツナはほんの僅かだが、今のネリーに一縷の希望を見出していた。

 

 先程ネリーは、ハーレイブの呪縛に対して僅かなりとも抗って見せた。

 

 ネリーは強い娘だ。彼女なら、決してハーレイブに屈したりしないだろう。そして、いつの日か完全に自由を取り戻せるはずだ。

 

 残念なのはその場に自分が居てやれない事だが、いずれ朽ちるこの身ならば、却ってこの場で倒れるほうがネリーの為かもしれない。そのとどめが彼の自身の手によるものである事を、むしろ幸運と思うべきではなかろうか。

 

 達観した想いと共に、セツナは当然来るべき衝撃と、その後に続く激痛に備えた。

 

 だが、

 

 異音が響く。

 

 同時に、来るべき衝撃がいつまで経っても訪れない事に気付き、不審に思った。

 

「何が・・・・・・」

 

 ゆっくりと目を見開く。

 

 そして、

 

「・・・・・・え?」

 

 眩い光に、一瞬目が眩んだ。

 

「な、何が?」

 

 目を細め、光を凝視する。

 

 一体何が起きたのか?

 

 その光の向こう側で、ナイフを取り落としたネリーが、相変わらず無表情のまま立ち尽くしていた。

 

 そして、気付いた。

 

 その光の中、

 

自分の目の前に、

 

 裸身の女性が、背を向けて立っている事に気が付いた。

 

 背はスラリと高い。

 

 四肢はまるで俊足の動物を思わせる程、バランスの取れた長さを持っている。

 

 流れるような蒼い髪が、風も無いのにたゆたっている。

 

 そしてその手には、先程ネリーのフリージング・フェニックスで弾き飛ばされた《絆》が握られていた。

 

 その鍔元に象嵌された蒼い宝珠は、まるで歓喜に震えるように光り輝いている。

 

 当然だ。

 

 なぜなら、それは元々「彼女」の剣なのだから。

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは、その後姿に見覚えがあった。

 

 まさか、と思う反面。どこか納得している面もある。

 

 ここは再生の剣の膝元。

 

 ならば「彼女の魂」がここに居たとしても、何ら不思議は無かった。

 

「助けに・・・・・・来てくれたのか?」

 

 その声に応えるように、女性はゆっくりと振り返る。

 

 溢れかえるような光に隠れその顔を直視することは出来なかったが。それでも判る。

 

 彼女は今も、あの鮮烈な印象の残る笑みをその口元に浮かべているはずだ。

 

『何やってるんだい。あたしが惚れた男が、こんな所で立ち止まってるんじゃないよ。』

 

 何となくそう言われている気がして、セツナの顔には自然と苦笑が漏れた。

 

 その女性の手にした《絆》が、セツナに向けて振られる。

 

 高速で振りぬかれる剣。

 

 かつて対峙した時と同様に冴え渡る剣技は、今見ても舞のように美しい。

 

 次の瞬間、セツナを拘束していた氷が切り裂かれて弾け飛ぶ。

 

 拘束が解かれ一瞬よろけながらも、辛うじて両の足を大地に着く。

 

 かつてのライバルであった女に、これ以上の醜態は見せられなかった。

 

 そんなセツナに、女は黙って手にした《絆》を差し出してくる。

 

 それを受け取るセツナ。

 

『戦え・・・・・・』

『・・・・・・ああ』

 

 両者は心の中で頷き合う。

 

 女はセツナの首に腕を回し、その唇を重ねてくる。

 

 かつて、女の今際の際にセツナがしてやったのと同じ行為を、今度は女のほうからセツナにして来た。

 

 すると、彼女の体を形成する光が徐々に解け、セツナの体の中へと吸い込まれていく。

 

 その光はセツナの消耗を仮初に補い、活力を回復させていく。

 

 最後にもう一度女性は笑みを浮かべると、ゆっくりと消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 後に残るのは、蒼い宝珠を象嵌された《絆》を手に、立ち尽くすセツナがあるのみ。

 

 その体には活力が溢れ、罅割れた体から漏れ出している。

 

 人の魂とは、それだけのマナを内包しているのだ。

 

 想い、剣、そして魂。

 

 セツナは彼女から多くの物を貰った。

 

 故に、

 

『この戦い、負けるわけにはいかない。』

 

 再び闘志の篭った瞳と共に、手にした《絆》を構え直す。

 

 そんなセツナを見て、ハーレイブは手を打ち鳴らす。

 

「好かれていますね、セツナ君。」

 

 かつての部下の出現は、彼自身に軽い驚愕を与えていた。

 

「まさか『彼女』が、死してなお、君を助けに来るとは。」

 

 その瞳は、まっすぐにセツナに向けられ、微笑む。

 

「結構。再び闘志が戻ったようですね。それでなくては、絶望も与え甲斐が無いと言うものです。」

 

 同時に、灰色の翼を広げてネリーが駆ける。

 

 左右に展開した《純潔》から光の槍が放たれる。

 

 対してセツナは大きく跳躍、今度は躊躇わずにネリーに斬り掛かった。

 

「む?」

 

 その光景をハーレイブは、訝るように見据えた。

 

 つい先程までセツナが採っていた戦術とは、明らかに異なる。

 

 先程までのセツナはネリーを助ける事ばかりを念頭に置き、彼女を傷付けまいとして大雑把な動作に終始していた。その為、その隙にいくらでも捻じ込む事が出来たのだ。

 

 だが今、セツナは躊躇わずネリーを攻撃して見せた。

 

 セツナは確かに、目的の為なら手段を選ばない非情な面を持っているが、事が自分の大切な物に向かう場合はその限りでない事は、これまでの戦いからも明らかである。

 

 だとするならば、今のセツナの行動は明らかにデータ上にある「《黒衣の死神》セツナ」とは異なっている。

 

『切り捨てた? いや、一体、何を考えている、セツナ君?』

 

 不完全とは言え、自分の魔法がそんな簡単に解けるとは思えない。ならば、何か隠し玉を用意していると見るべきか?

 

 その視界の先で、セツナの斬撃を上昇してかわすネリーの姿がある。

 

 だが、セツナは慌てない。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 溜め込むような気合に呼応し、大気が《絆》の刃に呼応する。

 

 形成された刃を、一閃と共に解き放つ。

 

「鳴竜閃!!」

 

 放たれた風の刃は、まっすぐにネリーに向かう。

 

 その高速の一撃を、辛うじて回避するネリー。

 

 同時に12個の球体を展開、下方へ向けて一斉砲撃を行う。

 

 その嵐を駆けながら、手にした剣で切り払うセツナ。

 

 その様子を、ハーレイブは冷静に分析する。

 

 セツナは地上にあり、ネリーは空中にある。

 

 この差は既に、両者の戦力差に等しい。

 

 直接的な戦闘力ならば、セツナのほうがネリーよりも上だろう。だが、ネリーにはセツナには無い翼がある。このまま上空から砲撃を続ければ、勝てないまでも負ける事は無い。勿論、セツナの身体能力と跳躍力を持ってすれば、限定的ながら空中戦を仕掛ける事は可能である。しかしそれでも、空中ではネリーの方が有利と言える。

 

加えてセツナの体の事を考えれば、持久戦は確実に自分達に有利だった。

 

 勢いを増すネリーの砲撃。

 

 その嵐のような攻撃の前に抗し切れないと判断したセツナは、ついに足を止めて防御に専念し始める。

 

 おかしな点があるとすれば1つ。セツナが玄武や朱雀と言った、防御系の神剣魔法を使っていない事だった。それらを使えば、あの程度の攻撃を喰らう事は無いというのに、セツナは頑なに、手にした剣でネリーの攻撃を弾き続ける。

 

 ハーレイブは顎に手を置き、思考する。

 

 考えが正しければ、そこにこそセツナの狙う物があるように思える。

 

 恐らくセツナは、何らかの策の為に余力を温存しているのだ。

 

『・・・さて、何を企んでいる事やら。』

 

 お手並み拝見とばかりに、ハーレイブはその場で腕を組む。

 

 ネリーは翼をはためかせ空中に体を固定、同時に大量のマナをオーラフォトンに集中させていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ネリーが何か、大掛かりな魔法を使うと察したセツナは、自身もそれに対抗すべくオーラフォトンを高める。

 

 両手で持った《絆》に、オーラフォトンを集中させていく。

 

 今がチャンス。ここで、決める。

 

 まずはネリーを取り戻す。ハーレイブの相手はそれからだ。

 

 当初の予定と違うが、問題は無い。

 

 ハーレイブの魔法は、恐らくネリーの体を侵す事はできても魂を侵すまでには至らなかったようだ。その証拠が、先程一瞬だけ見せた自我の回復だ。

 

 ネリーの自我は、恐らくまだ体の中で戦っている。

 

 ならば、それを信じるのみ。ようは簡単。ネリーの体を覆っているオーラフォトンを、それ以上の力で吹き飛ばしてやれば良いのだ。

 

 ネリーの頭上で大気が収束していく。

 

 室内の気温が急激に下がり、壁、床、天井が氷で覆い尽くされる。

 

同時に空中に生み出されていく、巨大な氷塊。

 

 アブソリュート・ミーティア。

 

 かつてネリーが一度だけ使い、《業火》のントゥシトラをこの世界から葬った魔法である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を持つ腕に、力を込める。

 

 ネリー最強の魔法に対抗するには、こちらもそれなりの攻撃でなくてはならない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 睨みあう両者。

 

 まさか、このような形で対峙する事になろうとは、夢にも思わなかった。

 

 いつも、自分の後をチョコチョコとついて来て鬱陶しかった少女。

 

 戦場にあっては足手まといで、お荷物以外の何物でもなかった少女。

 

 いつしか惹かれあい、愛し合うようになった少女。

 

『取り戻す、この命に賭けて。』

 

 殺気が閃光を伴い、双眸を射る。

 

 次の瞬間、

 

 その小さな腕が振られると同時に、氷塊がゆっくりと降下を始める。

 

 同時に、セツナも地を蹴って跳躍、氷塊に向かっていく。

 

 その腕に集中された《白虎》をフルドライブ、腕と視覚速度のみを通常の120倍まで加速する。

 

 迫る氷塊に、その剣を振り下ろす。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 マナをマイナス反転させる事で組み上げられた巨大な氷塊と、オーラフォトンを纏った光速の剣がぶつかり合う。

 

 絶対零度の数百倍の凍気によって編み上げられた氷は、凄まじい硬度を持って死神の剣を迎え撃つ。

 

 対するセツナも、一歩も退かない。

 

 決して退かない。

 

 この剣が、愛おしい少女に届くまでは。

 

「は、ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 軋む腕に、更にオーラフォトンを叩き込む。

 

 口から鮮血が零れるが、そんな物は気にしない。

 

 体が腕を起点にして崩壊しようとするのを、精神力で繋ぎ止める。

 

 退かない!!

 

 退かない!!

 

 退かない!!

 

 退かない!!

 

 退かない!!

 

 退かない!!

 

 届け!!

 

 届け!!

 

 届け!!

 

 届け!!

 

 届け!!

 

 届け!!

 

 ただ一心に念じ、剣を押し出す。

 

 その想いに答え、ジリジリと前に進んでいく《絆》の刃。

 

 軽い音が、空間内に響く。

 

 同時に白銀のキャンバスに広がる、巨大な亀裂。

 

 一気に広がったそれは、次の瞬間その構造をも侵食して芯に至る。

 

 次の瞬間、内包したマイナスのオーラフォトンと共に、氷塊は砕け散る。

 

 四散する氷の塊。

 

 それらを巧みに避け、同時に足場にしながら蹴り上げてセツナは上昇していく。

 

 目指すは、愛しい少女の居る高度。

 

 まだ終わっていない。

 

 終わりにするのは、彼女を取り戻してからだ。

 

 手にした《絆》には、既に莫大な量のオーラフォトンが集中されている。

 

 その脳裏には、死してまで援軍に来てくれた女性の顔が浮かぶ。

 

 セツナの記憶の中にあるその女はいつも、風に靡く蒼い髪の下に、妖艶な笑みを見せて自分を誘っている。

 

 かつて敵国にあって、何度も自分の前に立ちはだかった女。

 

 その立場を越え、自分に愛を囁いた女。

 

 最後の戦いで、自分で腕の中で逝った女。

 

 そして死してなお、自分を愛してくれている女。

 

『・・・・・・頼む・・・俺に、力を!!』

 

 同時に《絆》を峰に返す。

 

 跳躍の現界に達した時、ついに死神は、天使を己が間合いに捉えた。

 

 目の前にはネリーが居る。

 

 先程の氷塊の四散のせいで、今は動きを止めている。

 

 相変わらずの無表情。

 

 ただ呆然とした虚無の瞳で、目の前にいるセツナを見詰めている。

 

 今がチャンスだった。

 

 己が持つ全てを振り絞るように、セツナは《絆》を振るう。

 

「目覚めろ、ネリー!!」

 

 繰り出される《絆》の峰。

 

 同時にその刀身から放たれる、大量のオーラフォトンの光。

 

 薄暗い室内を眩く照らし出し、あらゆる闇を吹き飛ばす。

 

 同様にネリーの体を取り巻く、彼女を操るオーラフォトンにも干渉していく。

 

 賭けであった。

 

 これ以上時間をかける事は、大局的に見てもマイナスでしかない。しかし、ハーレイブに攻撃する事も、ネリーの存在が邪魔で効果的では無い。

 

 これが最後の賭け。これで駄目なら、セツナは一生ネリーを取り戻す事はできないだろう。

 

 刀身がネリーの胸を強打し、弾き飛ばした。

 

「キャァァァ!?」

 

 悲鳴と共にバランスを失い、落下していくネリー。

 

 セツナはとっさに手近な氷塊を蹴ると、落下するネリーを追いかける。

 

「ネリー!!」

 

 伸ばす手。

 

 だが、

 

「させませんよ!!」

 

 その真横に、突如としてハーレイブが現れる。

 

 その手には既にオーラフォトンが集められ、セツナを攻撃する態勢にある。

 

「せっかくここまでお膳立てして作り上げた《闇の人形》を、そう簡単に手放す訳にはいきません!!」

「クッ!?」

 

 飛行手段を持たないセツナに、空中での急激な動作はできない。

 

 このまま、ハーレイブの攻撃を喰らうか。

 

 そう思った時だった。

 

 突然、四方からハーレイブに光の槍が迫る。

 

「なっ!?」

 

 とっさに、手にしたオーラフォトンで槍を弾くハーレイブ。

 

 光の槍は、舞い散る氷塊を巧みに避けながら、執拗にハーレイブを攻撃してくる。

 

「クッ!?」

 

 堪らず後退するハーレイブ。

 

 同時にセツナは、伸ばした手でネリーの体をしっかりと掴み取る。

 

 再び、この手の中に戻ってくる少女の柔らかい感触。

 

 その感触を確かめるゆとりも無く、セツナは迫る床に地を付けた。

 

「ネリー・・・・・・」

 

 恐る恐る、腕の中で目を閉じる少女に声を掛ける。

 

 ネリーを取り巻くオーラフォトンを、自分のオーラフォトンで吹き飛ばすと言う力技は、とっさに思い付いた物だが、旨く行くかどうかは運試しに近い。加えていくら峰に返したとは言え力の加減を誤れば、それだけでネリーに致命傷を与えかねない。かと言って力を絞り過ぎれば効果は望めない。その為、力の設定には慎重を期した心算だった。

 

 やがて、

 

 セツナの見ている前で、

 

「・・・・・・ん・・・んみゅ・・・・・・・・・・・」

 

 寝起きのような軽い呻きと共に、ネリーがゆっくりと目を開く。

 

 同時にその髪も、灰色から本来の色である蒼へと戻っていく。服だけは相変わらずゴシックロリータ調ドレスだったが、それ以外の物は、絵の具が落ちるように原色へと戻っていく。

 

「・・・・・・・・・・・セツナ?」

 

 その口から自分の名前が呼ばれた時、セツナは破顔した。

 

 ようやく、愛おしい少女をこの手に取り戻したのだ。

 

「ネリー!!」

 

 抱く腕に、思わず力を込める。

 

「ちょっ・・・・・・セツナ、痛い。」

 

 ネリーが小さく抗議の声を上げるが、そんな物は気にしない。

 

「良かった・・・・・・本当に・・・・・・」

「うん・・・・・・セツナ・・・ありがとう。」

 

 ネリーも微少を浮かべ、セツナの背に手を回した。

 

 取り戻した。この手に、一番大切なものを。

 

 両腕に伝わってくる、柔らかく暖かい感触が、その想いを肯定していた。

 

 一方で、そんな恋人達の抱擁を、冷めた目で見詰めている影もある。

 

 ハーレイブは、最早その顔に笑みを浮かべる事すら忘れていた。

 

 苛立っていた。

 

 いつもそうだ。

 

 エトランジェであった頃から、セツナは自分の予想を常に上回ってくれた。

 

 ラキオスでも、サルドバルトでも、ハイペリアでも、サーギオスでも、そしてここキハノレでも。

 

 自分がセツナを抑えている心算でいて、いつの間にか自分が抑えられる側に回っている。セツナとハーレイブの戦いは、常にそんな感じであった。

 

 これこそ、自分達の持つ因縁の成せる業だろう。

 

『いや、違いますね。』

 

 因縁と言う点では間違いではない。だがそれは、自分とセツナのではない。どちらかと言えば、自分と、あの神剣、《絆》との因縁かもしれなかった。

 

 フッと笑う。

 

 良いだろう。ならばその忌まわしき因縁、ここできっぱりと断ち切ろうではないか。

 

 スッと、前に出る。

 

 その気配を察し、恋人達は抱擁を止めて向き直る。

 

 まだ戦いが終わっていない事を察したのだろう。両者の瞳には、既に闘志の炎が灯っている。

 

 それを前にしてハーレイブは、常の笑みは無く、それでも余裕に満ちた態度で語りだす。

 

「さすがですね、セツナ君。まさか、あなたがここまでやってくれるとは、思いも寄りませんでしたよ。正直、この戦いはネリーさんを取り戻された時点で私の負けですね。さすがの私でも、現状のあなた達に勝てるとは思いません。」

 

 ネリーを操る事でオーラフォトンの大半を消費したハーレイブと、今だに余力を残しているセツナとネリーでは、確かに前者に勝機は薄いだろう。

 

 そんなハーレイブに、セツナはさっと《絆》の切っ先を向ける。

 

「負けを認めたのなら、さっさとこの世界から出て行け。この世界は、お前が居て良い場所ではない。」

 

 そう言いながら、いつでもハーレイブに斬りかかれるように準備する。

 

 だが、

 

 そこでようやく、ハーレイブは笑みを浮かべた。

 

 凄惨で、残忍な色を湛えた笑みに、ネリーも、そしてセツナも気圧され後ずさる。

 

「出て行く? まさか。」

 

 手にした《冥府》を、床に付ける。

 

 その足元に、徐々に広がる巨大な闇。

 

「まだ最後の切り札が残っていると言うのに、なぜここで退かねばならないのです?」

 

 それは、これまで何度も見てきた。ハーレイブが魔界から魔物を召還する時に使っていた門である。

 

 その時、

 

《む、あの門は・・・・・・》

 

 それまで戦いに集中する為に沈黙していた《絆》が、驚愕するように声を上げる。

 

「どうした?」

 

 問い掛けるセツナ。

 

 だがそれに答える前に、開いた門の中から巨大なダークフォトンが漏れ始める。

 

 同時にハーレイブは、朗々と詠唱を始める。

 

「冥界の座所におわす高貴なる闇の御霊よ、我が魂を糧とし、我が願いを贄とし、天上を覆う光の帯を呑み付くさんと欲する我が求めに応じ給え・・・・・・」

 

 低い声で囁かれる詠唱は、室内を徐々に圧迫していく。

 

 溢れ出たダークフォトンは、ゆっくりとハーレイブを包み込んでいく。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 震えるような声で、セツナを見るネリー。彼女にも、状況が最悪となりつつあるのが判るようだ。

 

 セツナは頷く。

 

 ハーレイブは何をしようとしているかは判らないが、ならばそれが発動する前に叩けば良いだけだ。

 

 右手に長く持った《絆》を、弓を引くように構える。

 

 その切っ先を真っ直ぐに、闇の中に居るハーレイブに向ける。

 

 オーラフォトンを纏った刀身は、標的を貫かんと睨み見据える。

 

 同時に白虎の力を足に集中させてフルドライブ、床を蹴って疾走する。

 

「空破絶衝の太刀!!」

 

 放たれる神速の突き。

 

 大気すら粉砕して駆けぬけるセツナ。

 

《よせ、やめよセツナ!!》

 

 《絆》の警告をも無視して、セツナは剣を繰り出す。

 

 だが、

 

「フッ」

 

 短く聞こえた笑い声と共に、闇の中から突き出てきた腕が、《絆》の刀身を掴み取った。

 

「なっ!?」

 

 取り巻く闇よりも暗い色をしたその腕は、明らかにハーレイブのものではない。

 

 だが、その腕は《絆》の刀身を掴んでは放さない。

 

 素手で第二位永遠神剣の刀身を掴み取れる存在など、果たしてこの世に存在し得るのだろうか?

 

 次の瞬間、取り巻く闇が晴れ、中からハーレイブが現れる。

 

 白い法衣と痩身の体躯はこれまでと同様である。

 

 しかし、その腕は黒く節くれ立ち、禍々しい雰囲気を持っている。その双眸は切れ込まれ、赤く充血している。先程まで黄金の輝きを放っていた髪は、闇を吸収したような漆黒に変わっている。

 

 手にした《冥府》からも、禍々しい闇色の気配が漂っている。

 

 違う。

 

 これは明らかに、先程までのハーレイブとは雰囲気が異なる。

 

「フム。」

 

 自分の体を眺め渡しながら、ハーレイブは頷く。

 

「久しぶりにやりましたが、なかなかに満足の行く結果です。どうやら、旨く融合できたようですね。」

 

 そう言うと同時に、腕試しをするように《絆》を持つ腕を軽く振るった。

 

「なっ!?」

 

 それだけでセツナの体は空中に舞い上げられる。

 

 本当に軽く、まるで頭上の蝿を追い払おうとしたかのような行為だったにも拘らず、セツナの体は空中高く弾き飛ばされた。

 

 それでもセツナは空中でバランスを取り戻し、体勢を入れ替える。

 

 しかし、

 

「どこを見ているんです?」

 

 静かな声が、横合いから聞こえてくる。

 

 振り返る、隙すらなく顔面を殴られて吹き飛ばされるセツナ。

 

 その衝撃のまま、壁にぶち当たる。

 

「セツナ!!」

 

 一連の様子を地上で見ていたネリーが、慌ててセツナに駆け寄る。

 

 対するセツナはと言うと、直前で辛うじて衝撃を殺すことに成功した為、派手に吹き飛ばされた割には、見た目ほどのダメージを受けては居なかった。

 

「セツナ、大丈夫?」

「ああ・・・・・・だが、あれは一体何だ?」

 

 急激にその力を増したハーレイブに、セツナは訳が判らず困惑する。

 

 そんな2人の前に、ハーレイブはゆっくりと下りてくる。

 

 ハーレイブは先程、これを「切り札」と呼んだ。ならば、それ相応の物である事は間違い無い。

 

《魔王じゃ。》

 

 迷うセツナに、《絆》が語り掛けた。

 

「魔王?」

 

 言われて、ハーレイブは確かに魔王クラスの存在をも召還できる事を思い出した。だが、多少の見た目の差こそあれ、あれがハーレイブ本人である事は先の交戦から判っている。それが魔王だと言うのは、どういう意味なのだろう?

 

 ますます訳が判らなくなってきたセツナに、《絆》は説明を続ける。

 

《良いか、魔王という存在は例え召還の契約を成したとしても、そう簡単に全ての力を操れるわけではない。個人の裁量で振るえる力などたかが知れている。例え召還主が第二位のエターナルであったとしても、多少の程度の差こそあれ、それが変わるわけではない。》

 

 確かに、その説明には思い当たる節がある。

 

 かつてハイペリアでの戦いの折、ネリーはハーレイブが召還した破壊の魔王アスモデウスを撃破している。いかに渾身の力を振り絞ったとは言え、スピリットの身で勝てる相手ではなかったのは確かである。にも関らず勝てたと言う事は、

 

「召還が、限定的な物に留まっていたせいか?」

《その通りじゃ。召還したのは魔王の力のごく一部。恐らく、全体の1パーセントにも満たなかったのであろう。だからこそ、小娘でも勝つ事が出来たのじゃ。》

 

 ならば、魔王の召還などリスクが高いだけでメリットはほとんど無いかと言えば、決してそのような事は無い。

 

 空気中で燃える炎が風の前に吹き消されるのであれば、その炎を飲み込んで自らの糧とすればよい。

 

 その答こそが、今のハーレイブの姿だった。

 

 魔王を召還して使役するのではなく、その力を我が身に宿し直接振るう事で、本来の自分の力と相まって、その力は無限の相乗効果によって増大する。それが、今のハーレイブの姿であった。

 

《気を付けよセツナ。あ奴はやはり、わらわが思ったおった通り、ただのエターナルではなかった。》

「どう言う、意味だ?」

 

 《絆》の言葉の中に不穏な空気を感じ問い返すセツナ。

 

 それに対して《絆》は太古から眠る怨念の封印を解くかのように、ゆっくりと告げた。

 

《あ奴はその昔、創世記戦争の御世に、多くの次元と世界を席巻した帝国の王。当代、否、史上最強最悪を名実共に謳われたエターナルじゃ。》

 

 驚愕の事実が、その場の空気を支配した。

 

 

 

第44話「再生からの援軍」     終わり