「ん・・・ク、アァ!?」

 

 身体に走る電撃が、飛びそうになる意識を無理やり現世に引き戻す。

 

 逃れようにも、四肢はリング状の物体に拘束され、全く身動きが取れない。両腕を左右に伸ばし、足を揃えて空中に浮くその姿は、まるで罪人の磔を髣髴させる。

 

 先程から微弱な電流がそのリングから流れ、絶えずネリーの身体に刺激を与え続けている。

 

 その為意識を集中できず、《純潔》を呼び出すことも出来ない。もっとも、捕まった時点で神剣とのリンクは断たれ、意識のチャンネルが繋がらなくなっているのだが。

 

 とにかく、ここでこうしている事はできない。

 

 ハーレイブは自分を人質にして、セツナとの戦いで何らかの枷を嵌めようとしている事はネリーにも理解できた。

 

 あのセツナが、たかが人質を取られたぐらいで怯むとも思えないが、同時にハーレイブもそんな単調な罠を張るとは思えない。

 

 何をするのか判らないから得体の知れない。それがハーレイブの最も恐ろしい所である。

 

『何とか・・・し・・・ないと・・・・・・』

 

 何としてもセツナがここに来る前に脱出して、少しでも戦闘での負担を軽くしなければならない。それでなくてもセツナの身体はいつ壊れてもおかしくない状態なのだ。

 

 だが、

 

「く・・・アァ・・・グッ・・・・・・」

 

 絶えず流れてくる電流の陵辱により、既に四肢の機能を麻痺させられ、ネリーの意識も朦朧とし始めていた。

 

 感覚はとうに剥奪され、自分の体なのに全くといって良いほど言う事を聞いてくれなかった。

 

「無駄な足掻きはやめなさい。」

 

 まだ辛うじて機能している聴覚に、自分を攫った存在の声が響いてきた。

 

 ほとんど動かない首をゆっくり持ち上げて見る先に、金髪碧眼の青年が歩いてくるのが見えた。

 

「ハ・・・レイブ・・・・・・」

 

 せめてもの抵抗とばかりに、精一杯の力で睨みつける。

 

 そんなネリーの眼光を笑みで受け止め、ハーレイブは先を続ける。

 

「もう間もなく、あなたの愛しいセツナ君がここにやって来ます。それまでは、おとなしくしている方が無難ですよ。何しろその拘束具は内側から圧力を掛けても絶対に解けない仕組みになっていますから。」

 

 つまり、これに拘束されている人間は外部から助けてもらわない限り身動きが取れないと言う訳だ。

 

「それに、今あなたに逃げられては困るんですよね。何しろ、セツナ君と戦う時にはあなたにも協力してもらうのですから。」

「グッ・・・アッ!」

 

 誰が、と叫ぼうとするが、最早発声機能も麻痺させられていた為、くぐもった声が漏れるだけであった。

 

 そんなネリーの額に、ハーレイブはそっと手を当てる。

 

「さて、ではそろそろお眠りなさい。目覚めた時、あなたは私の言う事しか聞かない忠実な僕と化しているのです。」

 

 ゆっくりと、ネリーの意識は暗転していく。

 

「さあ、ゆっくりとお眠りなさい。麗しき《闇の人形》よ。」

 

 囁くハーレイブの言葉も、徐々に小さくなっていく。

 

『セツナ・・・・・・』

 

 最後に愛しい恋人の名を呟くと、ネリーの意識は完全に刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第43話「頂上対決」

 

 

 

 

 

 

 怒涛の如く流れる勢いを、素手で止める事は不可能である。

 

 先の会戦で勝利を得たラキオス軍は、その余勢を駆ってキハノレへと攻めかかった。

 

 対するロウ・エターナル側はタキオス、アーネリア両エターナルを初め、戦力の大半を喪失した為、野戦を諦め、篭城戦に徹せざるを得なかった。

 

 《法皇》テムオリンは、残された戦力を全て掻き集めて防衛戦を展開する。

 

 目的はただ1つ、時間稼ぎである。

 

 防戦に徹して時間を稼ぎ、マナが既定の量に達するのを待つ。そうなれば、仮に戦闘で敗北しても最終的な勝利はロウ・エターナルの物となる。

 

 全ての問題は時間である。

 

 開戦前は確実かと思われたロウ・エターナルの勝利は、既に天秤の上に存在する危うい物に変わっている。

 

 その貴重な時間を稼ぎ出すために、テムオリンはあらゆる手を尽くした。

 

 まずキハノレの町に、残ったエターナルミニオンを全て配置、更に自ら前線指揮に当たり、ラキオス軍を迎え撃つ。中立からの参戦者である《冥界の賢者》ハーレイブは遊撃任務に当たって敵戦力の残減に努め、切り札である《統べし聖剣》シュンは、永遠神剣《再生》の下で最終防衛ラインを形成する。

 

 生き残るのはこの世界か、それとも自分達か。

 

 今、最後の決戦の幕が、斬って落とされた。

 

 

 

「いっけェェェェェェ!!」

 

 キョウコは己が手の内に溜め込んだオーラフォトンを紫電に変えて、前方に向けて解き放つ。

 

 降りしきる猛吹雪は、ここに来てなお、その勢力を強めている。

 

 全ての生命が虐殺され、廃墟の街と化したキハノレを舞台に、ラキオス王国軍とロウ・エターナル軍は激突した。

 

 ここに至るまでの激戦でラキオス軍は、既に出撃時の半数近くの兵力が脱落した。対するロウ・エターナル軍、エターナルミニオンは、相次ぐ消耗戦で戦力が減じたとは言え、今だに300以上の戦力を保持している。

 

 その戦力差は、エターナルの援護無しでは到底抗し切れるものではない。

 

 それを承知で、コウイン達は迫る大軍の前に立ちはだかった。

 

 かなり無謀な賭けではあった。いかに精鋭揃いのラキオス軍とは言え、基本的な戦闘能力はエターナルミニオンに及ばない。それでもなお、彼等は踏み留まって戦わねばならなかった。

 

 勿論、エターナル4人も市街戦に加われば、彼等の負担はゼロに等しいほど減少するだろう。

 

 だがそれはできない。なぜか?

 

 既にタイムリミットまで、あと僅かとなりつつあった。

 

 キハノレに集中したマナが、猛り狂っている。

 

 もう間もなく、全てのマナがこのキハノレ、いや、永遠神剣《再生》に集中されてしまう。そうなったらアウトだ。この世界は崩壊し、全てが無に帰してしまう。

 

 そうなる前に手を打たねばならない。

 

 その為の作戦がこれ。コウイン以下の全軍を持ってエターナルミニオンを押さえ、エターナル達が敵陣へ突入、残るロウ・エターナル達を掃討し《再生》の暴走を止める。すなわち、一点突破、敵陣突入による指令系統の破壊。これあるのみであった。

 

 この作戦案は、当初からセツナによってコウインに提出されていた。

 

 しかしコウインはもとより提出したセツナですら、この作戦の実行には懐疑的であった。

 

 この作戦の骨子は、敵の侵攻を阻む主力部隊と、敵陣に突入する精鋭部隊との相互の役割分担が最重要の課題となる。だが今回の場合、壁役となるコウイン達が、どこまで持ち堪えられるか保障できないという問題があった。

 

 しかし、一時の戦術的勝利に固執して戦略的敗北を喫するのを看過する事はできない。

 

 かくして、大きな波乱と別れの予感を携えたまま、作戦は決行された。

 

 4人のエターナルを中心に陣形を組んだラキオス軍は、キハノレの入り口である中央門を突破後、一気に戦場を駆け抜ける。

 

 両側から襲い来るエターナルミニオンを薙ぎ払い弾き飛ばし駆け抜ける。ただひたすらに、その手に希望を掴み取るために。

 

 そして現在、見事にエターナル4人が、ロウ・エターナル達の拠点になっている神殿内部に突入を確認した後、コウイン達はその場にて回頭し、群がってくるエターナルミニオンの大軍を迎え撃った。

 

 キョウコの電撃に薙ぎ払われ、敵の前線が崩れる。

 

 そこへ、ウルカを先頭にしたヴァルキリーズが突入を図る。

 

 たちまちの内に起こる乱戦が、敵味方をない交ぜにしていく。こうなると、大出力の神剣魔法は役に立たない。後は接近戦あるにみである。

 

「コウイン、あたしは前線に行く。あんたはここで踏ん張って!!」

 

 攻撃力の高いキョウコが前に出て、防御力に秀でたコウインが最終防衛ラインを形成する。接近戦を挑むと、敵に包囲される可能性も高くなるのだが、火力でも劣っている以上遠距離戦闘での勝ち目は薄い。よって、危険を承知で接近戦に賭けるしかなかった。

 

 既にエスペリアに率いられた部隊も、ヴァルキリーズに続いて突入している。キョウコもそれに続くべく、駆け出そうとする。

 

「キョウコ!!」

 

 その背後から、コウインが呼び止める。

 

 振り返るキョウコに、コウインはいつになく真剣な目を向けてくる。

 

「死ぬなよ。」

「あんたもね。」

 

 互いに笑みを見せる。そして片方は前線へ、片方はその場にて阻止線を形成する。

 

 そこへ斬り込んで来るミニオンが3体。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 分厚い刃が一閃した瞬間、襲い掛かってきたエターナルミニオンは金色の霧へと還っていく。

 

「ここは行かせねえぜ。」

 

 凄みのある笑みは、それだけでエターナルミニオンを圧倒する。

 

 できれば、死にたくは無いと思う。ここまで戦い抜いたのだ。未練もある。その為の努力も惜しむ心算は無い。いかに圧倒的不利な状況下にあっても決して諦めない。それこそがラキオス軍最大の強みである。

 

「さあ、来いよ。今なら念仏は無料サービス中だぜ!!」

 

 凄惨な台詞を吐く神職の息子は、挑発するようにエターナルミニオンを手招きした。

 

 

 

 

 

 

 幾何学模様が眩暈にも似た視覚を提供してくる。

 

 時折聞こえてくる轟音のみが、味方の生存を伝える唯一の手段であった。

 

 コウイン達と別れたユウト、アセリア、トキミ、キリスのエターナル4名は、薄暗い廊下をひた走っている。

 

 後ろ髪が引かれない訳ではない。特に、長く肩を並べて戦ってきたユウトとアセリアにはその心が強い。

 

 だが、これが作戦であるある以上、信じて前に進むしかない。

 

 今ひとつ、ユウトには不安な要素がある。

 

 誰あろう、別行動を取っているセツナの事だった。

 

 彼を行かせたのはユウト自身だが、それでも不安は残る。

 

 ああなったセツナを無理に止める事は、自殺行為に等しい事はこれまでの経験で知っているし、何よりセツナ自身の実力は知っている。

 

 だが、トキミに説明されたセツナの体調が気に掛かっていた。

 

『早まるなよ、セツナ。』

 

 トキミの話では、既にセツナの身体は戦える状態ではないらしい。それでもセツナをして限界を越えさせる理由が、敵の手に囚われた少女にそれだけの想いを抱いているからに他ならない。

 

 ネリーはセツナにとって、自分の命よりも、否、あるいはこの世界そのものよりも大切な存在なのだ。

 

 それが判っているからこそ、ユウトは彼を行かせたのだ。それが結果的に、セツナを失う可能性を示唆されながらも、止める事が出来なかった。

 

「心配か?」

 

 不意に、声を掛けられた。

 

 振り返ると、いつの間にかユウトに併走していた《鮮烈》のキリスが語り掛けてきていた。

 

「いや、そんなんじゃない。」

 

 必死でごまかした心算だが、それでもその試みは成功したかどうか疑わしい。

 

 逸れに気づいたかどうかは判らないが、キリスはそれ以上追求せずに先を続けた。

 

「自分が信頼して行かせたんだ。もっと自信を持てよ。お前自身の決断にな。」

「判ってる。それに、」

「それに?」

 

 尋ねられたユウトは、見た目も実年齢も年長のエターナル相手に胸を張って応える。

 

「あいつが負ける姿って言うのは、ちょっと想像できない。」

 

 無論、セツナとてこれまで無敗で来た訳では無い。殊に、これから戦おうとしているハーレイブには幾度と無く辛酸を舐めさせられた事は聞いている。

 

 だがそれでも、ここ一番という時には必ず勝ってくれる。そう思わせてくれるだけの格が、セツナにはあった。

 

「そうか。」

 

 満足したように頷くと、キリスは再び前方を凝視した。

 

 4人はあらゆる要素に不安を残しながらも、幾何学模様の廊下を駆け抜ける。

 

 テムオリンは残る全兵力を市街戦に振り分けたらしく、神殿内部に入った後は全く敵の抵抗が無い。

 

 これはこちらとしても好都合であった。これで心置きなく、エターナル同士の戦いに専念できるというものであった。

 

 その時だった。

 

 突然視界が開け、広い空間に出る。

 

 そこで4人は申し合わせたように、足を止めた。

 

 そこは周囲数100メートル程の円形をした広間で、天井はドーム状になっている以外は、これまで同様幾何学模様が壁一面を占める、何の変哲も無い場所であった。

 

 だが4人が足を止めたのは、この空間を警戒したからではない。

 

 その空間の端、視界の向こう側で待ち受ける存在を感知したからである。

 

 頭の先から爪先まで白で統一した出で立ちをした幼女。

 

 そのあどけない外面の裏に、老獪な権謀術数を秘めたロウ・エターナルの指導者。

 

 《法皇》テムオリンは、万全の体勢を持って一同を待ち構えていた。

 

「遅かったですわね、皆さん。」

 

 鈴が鳴るような涼やかさの中に、どこか金属をこすり合わせたような不快感を感じさせる声が、放れていても鼓膜を刺激する。

 

「まったく、あなた達もしつこいですわね。このような事をしても所詮は無駄な足掻きだというのに。」

「それが私達、混沌の永遠者の使命だからです。」

 

 トキミが前に出て、凛然と言い放つ。

 

 それに併せて、両翼を固めるユウトとアセリアがそれぞれ神剣を構える。

 

 そんな姿を前にしてしかし、テムオリンは余裕と共に溜息を吐き出す。

 

「まったく、ただの退屈凌ぎのお遊びだというのに面白みが無い応えですね。やはり、歳は取りたくないものですわね。」

 

 その言葉に、トキミはスパークの如く反応する。

 

「な!? あなたの方がどう考えても私よりも2周期はおばさんでしょうが!!」

「歳の数を周期数で数えるようになってはおしまいですわよ。」

「う、ぐぐぐぐぐぐ・・・」

 

 どうにもレベルの低い言い合いになりつつある。

 

 安い挑発と知りつつも、それに乗らずにはおれない辺り、トキミがテムオリンに敵わない事を示唆している。

 

 そんなトキミを無視してテムオリンは、1人好奇の視線で眺めているキリスへ目を向けた。

 

「あなたがこの戦いに間に合ったのは、大きすぎる誤算でしたわね。」

「ん、何だ、もう終わりなのか?」

 

 先程までの掛け合いを面白そうに見ていたキリスは、さも残念だといわんばかりに口を開いた。

 

「おかげでこちらは、相当計画に修正を加えねばならなくなりましたわ。」

「こっちも契約だからな。手は抜けないさ。」

 

 ぬけぬけと言い放つキリス。

 

 そんなキリスとテムオリンの間に、トキミが身体を割り込ませる。

 

「そんなくだらない事を言っている場合では無いでしょう。さっさと倒して先に進みますよ!!」

 

 そう言い放ち《時詠》を構えるトキミ。併せて、ユウトとアセリアも前に出る。

 

 だが、

 

「まあ待て。」

 

 いつの間に前に回ったのか、キリスが3人を制する。

 

「ここは俺に任せて、お前等は先に進め。」

「え?」

「あいつの相手は、俺がする。」

 

 そう言い放って、手にした《鮮烈》を構える。

 

「しかし、」

「時間が無いんだろ。早く行って暴走を止めろ。そうすれば、こっちの勝ちだ。」

 

 先を促すキリス。

 

 だが、

 

「そう簡単に、行かせると思っていますの?」

「さあな。」

 

 テムオリンの問いに即座に答えると同時に、放たれる閃光は先程まで彼女が居た場所を直撃する。

 

「行け!!」

 

 叫びと共に、弾かれたように駆け出す3人。

 

 その背後に出現する白き《法皇》。

 

「あらあら、背中ががら空きですわよ。」

 

 その手の内に集まるダークフォトン。

 

 だがその背後に、

 

「お前がな。」

 

 短い声と共に出現するキリス。

 

 振るわれる杖は、しかしテムオリンを捉えるには至らない。

 

 かつてセツナすら翻弄した短距離空間転移は、キリスの攻撃を空振らせる。

 

 しかし、

 

「そこだ!!」

 

 出現と同時に振るわれる杖の一閃を、テムオリンは手にした《秩序》で弾く。

 

「クッ!?」

「舐めるなよ。お前に出来る事が俺には出来ないとでも思ったか?」

 

 キリスもテムオリンと同じ短距離空間転移を使い、その移動速度に追いついたのだ。

 

「やりますわね。さすがは『中立最強』と言った所ですわ。」

「天下に名だたる《法皇》に褒められるとは、光栄の極みだね!!」

 

 言い放つと同時に、テムオリンの小さな身体を弾き飛ばす。

 

「喰らえ!!」

 

 相手の体勢が整わない内に、その掌からマシンガンの如き勢いで光弾が次々と放たれる。

 

 対するテムオリンは、自身の前に障壁を張り巡らせてキリスの攻撃を防ぐ。

 

「甘いですわよ。」

 

 一閃される腕より、光の刃が形成される。

 

 それはこの狭い空間を真っ二つに切り裂いて、キリスへと迫る。

 

 だが、

 

「どうかな!?」

 

 唐竹割のように振り下ろされた腕は、テムオリンの攻撃を切り裂いて消滅させる。

 

 そこへ、空間転移で距離を詰めたテムオリンが《秩序》を振るってくる。

 

 ダークフォトンを込めた杖は、それだけで致命傷を負いかねない凶器と化す。

 

 キリスはとっさに後退してかわす。

 

 そこへ、

 

「お逝きなさい!!」

 

 テムオリンの背後の空間が歪み、出現した5本の永遠神剣が矢となってキリスへ向かう。

 

「チッ!?」

 

 対するキリスは空間転移を行ってその場から離脱、回避する。

 

 しかし、

 

「逃がしません!!」

 

 テムオリンはキリスの出現位置を正確に読み取り、そこへ神剣を誘導する。

 

 対して、

 

「ハッ!!」

 

 キリスは腕にオーラフォトンを込めて一閃、飛んでくる神剣を弾く。

 

 弾かれる5本の神剣。

 

 だが、それも一瞬の事。次の瞬間には再び刃をキリスへ向けてくる。

 

「しつこい!!」

 

 手に再びオーラフォトンを込めて一閃、飛んでくる神剣を弾いていく。

 

 今度は功を奏したのか、弾かれた神剣は全て床に突き立って停止した。

 

 そこへ再び、今度は6本の神剣が迫る。

 

 対するキリスも手早く周囲のマナに呼びかけると、光の槍を6本作り撃ち放った。

 

 両者は空間の中央付近でぶつかり合うと、激しく爆発を起こして消滅した。

 

「ハッ!!」

 

 その一瞬を見極め、キリスは間合いを詰めた。

 

 繰り出される腕は、正確にテムオリンの首筋を狙う。

 

 だが、

 

「遅いですわ。」

 

 テムオリンは迫るキリスの腕を《秩序》で弾くと、逆にその身体に押し付けるように掌を翳す。

 

「喰らいなさい。」

 

 掌に集まったダークフォトンを解放、叩き付ける。

 

「チッ!?」

 

 キリスはとっさに防御の姿勢を取りつつ、距離を開ける。

 

 至近距離でテムオリンの魔法を受けたにも拘らずキリスは無傷のまま立っているところを見ると、魔法防御も相当な物なのだろう。

 

「・・・・・・さすがに、簡単には喰らってくれねえか。」

「当然ですわ。」

 

 皮肉っぽく笑みを浮かべるキリスに対し、テムオリンも微笑で返した。

 

 どちらも魔術師型のエターナルである為、魔法に対する防御は完璧と言える。後はどちらが先に綻びを生じるかと言う問題があるのみである。

 

「チッ」

 

 舌打ちするキリス。

 

「あまり、好みの展開じゃねえな。」

 

 ジリジリと推移する戦局と言う物は、彼の性格には合わない物だった。

 

 対するテムオリンからすれば、時間稼ぎという当初の目的が果たせる以上、決して望まぬ展開とはいえない。

 

「そう言わず、お付き合い願いますわ。」

 

 呟くと同時に掌にダークフォトンを集中させる。

 

 膨張を続けるそれは、あっという間に都市ひとつを平らげられるだけの規模にまで達する。

 

「悪ぃが、ロリは趣味じゃねえんだよ。」

 

 そう言い放つと、キリスもオーラフォトンを集中させ始める。

 

 それをまともに解き放てば、この大陸の4分の1は一瞬で吹き飛んでしまいそうな規模である。

 

 それを同時に解放する。

 

 ぶつかり合う黒き閃光と白き閃光が、空間内に爆風をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 セツナが神殿内に突入したのは、ラキオス軍の総攻撃開始直前だった。

 

 幸か不幸か、これまで単独行動を取る事が多かったせいか、穏形にはある程度の自信がついてしまった。

 

 街の警備に就いていたエターナルミニオンは、セツナの存在に全く気付かなかった。

 

 とは言えそのあまりの多さに、潜入まで時間が掛かったのは事実である。

 

「フム。」

 

 セツナは少し納得したように頷いた。

 

 これまでの戦果から逆算すると、テムオリンはどうやら残る全戦力を市街戦に振り向けたらしい。となると、神殿内はほぼ蛻の殻に等しいだろうと読んでいたのだが、

 

「どうやら、当たりらしい。」

 

 内部には全くと言って良いほど、敵の気配が無い。

 

 それでいて、まるで手招きをするかのような気配を感じる。

 

 肌を直接とろ火で炙られているような不快な感覚は、間違いなく怨敵が放つ気配だろう。

 

 誘っているのだ。こちらが頭に血を上らせている事を見越して、誘導しようとしている。

 

 十中八九、この行く手には何らかの罠が待ち構えているはずだ。

 

 だが、

 

『それが、どうした?』

 

 心の中で呟く。

 

 そんな物、今のセツナには何の障害にもなりはしない。罠があるなら、罠ごと噛み砕いてやるまでの話である。

 

《セツナよ。》

 

 そんなセツナに、共にある存在から声が掛かる。

 

 普段の泰然自若とした声音とは程遠い音の中には、僅かながら警戒する色が混じっている。

 

「何だ《絆》?」

 

 歩く足を止めずに、セツナは尋ねる。

 

《注意せよ、わらわの直感が正しければ、あのハーレイブとか言う者、只者では無いぞえ。》

「そんな事は言われなくても判っている。」

 

 素っ気無い口調で応じるセツナ。

 

 あの男が普通でない事は、王都で初めて会った時から知っている。そんな事は今更驚くには値しない。

 

 だが《絆》は、なおも警戒色の強い声音で嗜めてくる。

 

《そうではない、あ奴の気配、なぜか妙に引っ掛かる物があるのじゃ。まるで、その場に存在するだけで不快感を感じさせるような、因縁めいたものを感じる。》

「どういう意味だ?」

《判らぬ。わらわの記憶には、あのような輩はおらぬはずなのじゃが・・・・・・》

 

 要領を得ない《絆》の説明に、セツナも訝る。とは言え、この普段から妙に傲岸な所がある相棒がわざわざ警鐘を鳴らしてきているのだ。注意しておくに越した事は無いだろう。

 

 そう考えながら歩いていると、ひときわ広い場所に出た。

 

 どうやら神殿内部に似たような空間がたくさんあるらしく、奇しくもその場の造りはキリスとテムオリンが対決している場所と同じような構造をしていた。

 

 その中央に、

 

「え!?」

 

 床に倒れる少女が居る。

 

見間違えるはずも無いそれは、自身が追ってきた少女の姿だった。

 

 その瞬間、それまで脳裏を占めていた罠への警戒心など、霧散の如く消え去り、ただ目の前の少女の事で頭が一杯になった。

 

「ネリー!!」

 

 駆け寄るセツナ。

 

 抱き起こすと手に伝わる華奢な感触。眠るように閉じられた瞳は、間違いなくネリーだった。

 

「ネリー、しっかりしろ!!」

 

 この時セツナには、この娘が本物のネリーなのかとか、これはハーレイブの罠なのではないかと言う疑問が浮かぶ事は、一切無かった。

 

 ただ目の前に、愛おしい少女が倒れているから駆け寄って抱き上げた。それ以外には思考が働かなかった。

 

 やがて、微かな呻きと共にネリーは瞼を開く。

 

「起きたか、ネリー?」

「セ・・・・・・ツナ?」

 

 弱々しい声で最愛の男の名を呼ぶ少女。

 

「セツナ・・・・・・助けに、来てくれたの?」

「ああ、無事でよかった。」

 

 その身体を、しっかりと抱きしめるセツナ。

 

「そう・・・・・・」

 

 慈しむように、ネリーの手はセツナの胸に当てられた。

 

「ありがとう・・・・・・セツナ。」

 

 次の瞬間、掌から迸った光の槍はセツナの胸を貫いた。

 

 

 

 両者一歩も退かずぶつかり合うキリスとテムオリンの戦いは、周囲の空間を破壊しながら白熱を帯びる。

 

 テムオリンの小さな手が、サッと掲げられる。

 

 《法皇》の背後に出現した巨大な門により空間が歪み、その中から無数の刃が出現する。

 

 その全てがキリスを指向し、今にも襲い掛からんと牙を研いでいる。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちすると同時に、その指が素早く宙に五芒星を描く。

 

「五天制する煌の焔よ、天の輝き、地の温もり、人の喜び、捧げし大地の精霊の御名において、その存在を一時この場へと顕せ!!」

 

 キリスの詠唱完了と、テムオリンの斉射はほぼ同時だった。

 

 描かれた五芒星は光を受けて広がり、両者の間の空間を遮断する。

 

「五芒星方陣!!」

 

 セツナの玄武を遥かに上回る、強靭な障壁が出現する。

 

 そこへぶつかる、永遠神剣による一斉掃射。

 

 キリスの防御魔法は、恐らくエターナルの中でもトップクラスを誇る物であり、タキオスのそれを除けば、この世界において間違いなく最硬と言って良かった。

 

 だがそれでも、テムオリンの一斉掃射の前には、徐々に綻びが生じ始める。

 

「クッ!!」

 

 歯噛みしつつ、ありったけの魔法力を込めるキリス。

 

 だが5枚の障壁は徐々に削られ、罅割れていく。

 

 延々と続く攻撃の前に、1つ、また1つと消滅していく。最早、破られるのは時間の問題であった。

 

「チッ!?」

 

 ついに、最後の1枚も砕け散る。

 

 その瞬間、キリスは大きく跳躍して射点から逃れる。

 

 半瞬置いて、キリスが今まで居た場所を直撃する刃の群れ。

 

 その時には既に、キリスは空中に逃れていた。

 

 だが、

 

「逃がしませんわよ。」

 

 キリスの移動場所を正確に把握していたテムオリンが、その間合いの内に捉えている。

 

 その手には、自身の背丈の倍はあろうかと言う片刃剣型の永遠神剣が握られている。

 

「しつこいぜ!!」

 

 振られる刃を《鮮烈》で防ぐキリス。

 

 そこへ今度は《秩序》による攻撃が来る。

 

 対するキリスは、とっさに空中で身を捩らせる。

 

「クッ!?」

 

 間一髪のところで、テムオリンの攻撃はキリスの外套を掠めるに留まった。

 

 そこへ再び、テムオリンは斬撃を繰り出してくる。

 

「調子に、乗んなよ!!」

 

 言い放つと同時に右腕を強化し、迫る刃に繰り出す。

 

 キリスの腕は強化によって、低位永遠神剣を上回る切れ味を持たせる事が出来る。

 

 その一撃によって、テムオリンの手から片刃剣は弾き飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 弾かれた衝撃で、思わず体勢を崩すテムオリン。

 

 そこを逃さずキリスは、今度は足を強化して鋭い蹴りを繰り出す。

 

 その一撃がテムオリンの身体を捉え、床に向けて蹴り飛ばす。

 

「まだまだ!!」

 

 一旦《鮮烈》を放し、その両手に膨大な量のオーラフォトンを生み出す。

 

 その視界の先には、なおも落下を続けるテムオリンの姿。

 

「七夜天を舞う空の軌跡よ、明けの明星、宵の明星、頂より堕天せし光輝を持ちて、地を砕く御霊を我に示せ!!」

 

 手に集まったオーラフォトンが枝分かれし、降りしきる流星のように地へと向かう。否、その全てが放物線を描くように軌道修正して、落下するテムオリンを直撃するコースを取る。

 

「織天星竜!!」

 

 解放されたオーラフォトンの流星は、テムオリンの小さな身体を捉え炸裂していく。

 

 その現象はテムオリンが完全に墜落しても続き、容赦ない殺戮劇を演出していく。

 

 狂乱の場に大気は歪み、壁や床が粉砕されて破片が周囲に舞い散る。

 

 必殺の攻撃を連続して繰り出す様は、セツナのクロスブレード・オーバーキルに通じる物がある。が、その威力においては桁が、否、次元が違う。

 

 落ちてくる《鮮烈》を空中で掴むと、そのまま自由落下して床に着地する。

 

「・・・・・・どうだ?」

 

 手応えはあった。

 

 キリスの人生で、今まであの魔法を喰らって無傷でいれた存在は皆無である。よしんば仕留められなくても、相当なダメージを与えられたと自負している。

 

 しかし、

 

「やってくれますわね。」

 

 晴れぬ粉塵の中から、涼やかな声が響いてくる。

 

 その声に、キリスは額に汗が滲むのを感じる。

 

 やがて晴れる煙の中より、全く無傷の《法皇》が姿を現した。

 

「やれやれ・・・・・・」

 

 冷や汗をごまかすように、溜息を吐く。

 

 かなり自信のある一撃だったと言うのに、まさかまったくの無傷とは思わなかった。

 

「かなり、傷付いたぞ。」

 

 口を尖らせて呟く。

 

 対するテムオリンは、微笑を浮かべる。

 

「さて、ではこちらの番ですわ。」

 

 そう言って、《秩序》を翳す。

 

 一方のキリスは、攻め手に迷っていた。

 

 さすがはロウ・エターナルの現指導者である《法皇》テムオリンだ。魔法力では向こうに一日の長があると見るべきだろう。守りに徹すれば戦えない相手ではないが、純粋な力比べではまず敵わないだろう。

 

 もっとも、それは魔法戦での話で、接近戦ならばまだキリスに分があると見た。その線で攻めれば、勝機を見出すことも不可能では無いだろう。

 

 もっともその事は既にテムオリンも気付いているらしく、容易には接近させてくれない。先程のは言わば僥倖に近かったのだが、あれで仕留められなかったのは痛かった。

 

『だが・・・・・・』

 

 その一方で、冷静に現状を分析する。

 

 長い目で見ればこの硬直は、決して不利な要素ばかりではない。

 

 ここでロウ・エターナルの最強戦力であるテムオリンを拘束できれば、先に進んだ3人は戦いやすくなるだろう。《統べし聖剣》とやらがどの程度の物かは知らないが、あの3人で掛かって討ち損じると言う事は無いだろう。

 

 そんな事を考えているうちに、テムオリンは魔法の詠唱を完了する。

 

「さあ、行きますわよ。」

 

 そう囁いた瞬間、テムオリンの手にある《秩序》が掲げられる。

 

「ッ!?」

 

 併せてキリスも短距離転移で移動する。

 

 だが、

 

「甘いですわ。」

 

 解き放たれたダークフォトンは、テムオリンを中心に360度全方位へと放たれた。

 

 この狭い空間にあってその攻撃には、死角と言う物は存在しない。

 

「クッ!?」

 

 自分に飛んでくるダークフォトンの槍だけを、正確に弾き飛ばすキリス。

 

 だが、攻撃はそこでは終わらない。

 

 周囲の壁にぶち当たった他の槍も、まるで意思があるかのように進行方向を変えてキリスへ向かってくる。まるで、黒いレーザー光線が反射して向かってくるようである。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、それらの攻撃を弾いていくキリス。

 

 だが空間中にばら撒かれた槍の数は、恐らくは万では効かないであろう。いかにキリスでも、それら全てを叩き落す事は不可能である。辛うじて正中線に沿った人体急所は死守しているものの、腕や足には細かい傷が徐々に増えていく。

 

『クソッ、このままじゃ拙いな。』

 

 心の中で毒突きながら、静かにオーラフォトンを溜め込む。

 

 なおも続く漆黒の槍の嵐は、容赦なくキリスに襲い掛かる。

 

 対するキリスは地に降り立つと、右手を胸の前に掲げる。

 

 そこへ降り注ぐ、漆黒の槍の群れ。

 

 それを見てキリスは、溜め込んだオーラフォトンと共に腕を振り抜く。

 

 先頭集団の槍はその一撃で消滅、

 

第二陣も衝撃を受けて吹き飛ばされる、

 

第三陣は余波によって進路を逸らされる。

 

 一撃で数千からの槍を消し飛ばしたキリスの腕は、見事の一言に尽きるだろう。

 

 だが、彼のその攻撃力をもってしても、テムオリンには一歩及ばなかった。

 

 迫る第四陣を前にして、キリスはただ無防備に身体を晒すしかなかった。

 

「クッ!?」

 

 最後の足掻きとして、僅かに身体をずらして軌道から逸らそうとする。

 

 だが、無駄だった。

 

 次の瞬間、数百からなる槍がキリスの身体を直撃した。

 

「グッ!?」

 

 身体を貫く衝撃に、キリスは歯を食いしばって耐える。

 

 その一撃一撃がキリスの身体を食い千切り、破壊していく。

 

 更に、テムオリンは攻撃の手を緩めない。

 

 手にした《秩序》の先をキリスに向けて、ダークフォトンを集中させる。

 

 対するキリスは、攻撃を喰らった直後で動作が遅れる。

 

「消えなさい。」

 

 放たれる黒き閃光が、真っ直ぐにキリスへと伸びていく。

 

 空間にある、あらゆる要素を切り裂きながら迫る閃光を前にしてキリスは、

 

「・・・・・・チッ。」

 

 舌打ちしつつ、眺める事しか出来なかった。

 

 次の瞬間、閃光がキリスを直撃した。

 

 轟音が神殿を揺るがし、空間を更に破壊する。

 

 後に立つのは《法皇》テムオリンただ1人。

 

「手応えは、ありましたわ。」

 

 その口元に、会心の笑みを浮かべる。

 

 いかに《鮮烈》のキリスといえど、ダメージを負った状態でテムオリンの攻撃をまともに受けたのだ。無事で済むはずがない。

 

 これで、ラキオス側のの最強戦力は討ち取った。残る脅威は、せいぜいトキミくらいのものだろう。残る4人のうち、1人は既にこちらの手にあり、1人は半死半生。そして残った2人くらいなら、テムオリン1人で充分あしらえる自信があった。

 

「さてと、行くとし致しますか。勝利をより確実とする為に。」

 

 既にこの世界の未来は確定されたも同然である。

 

 そう思ったときだった。

 

「おいおい、勝利の美酒には、ちょっとばかり早いんじゃないのか?」

 

 飄々とした声が、空間内に響く。

 

 ハッとして振り返る。

 

 その視界の先には、満身創痍ながら今だに戦意を失っていないキリスが立っていた。

 

「まさか、あれに耐え切った?」

「けっこう、きついがな。」

 

 そう言ってからキリスは、僅かに左手の反応が鈍いのに気付いた。

 

 どうやら、折れているらしい。

 

「やれやれ。」

 

 自嘲気味に笑う。どうやらこれで、まともに戦う事は不可能になってしまったらしい。

 

 それに気付き、テムオリンも笑みを浮かべた。

 

「これ以上、無駄な抵抗はお止しなさい。どうせもう、なにもかも手遅れですわよ。」

「そうとは限らねえだろ。先に行ったトキミ達が暴走を止めれば、こちらの勝ちだ。」

 

 なおも強気に言い放つキリスだが、今となってはそれが唯一の希望でもある。

 

 だがテムオリンは、そのキリスの言葉をあっさり否定してのけた。

 

「そうは行きませんわよ。わたくしがなぜ、《統べし聖剣》シュン1人を最後の守りとして残したとお思いですの?」

「・・・・・何?」

 

 テムオリンの自身たっぷりの言葉に、キリスは訝った。

 

 《統べし聖剣》シュンがどれだけ強力な存在だろうと、3人ものエターナルを相手にして勝機があるとは思えない。ましてかその内の1人は百戦錬磨の《時詠》のトキミだ。

 

 だが同時に《法皇》テムオリンと言うロウ・エターナルは、分の悪い賭けはしないと言う事を思い出す。

 

 となると、

 

「まさか・・・・・・」

 

 ある考えに思い至り、キリスは呻きを漏らす。

 

 ここには今、世界中からマナが集まっている。その目的が、世界の破壊だけでないとすれば、

 

「ご名答ですわ。」

 

 テムオリンは謳い上げるように言った。

 

 対照的に、キリスはやや表情を歪める。

 

 つまりテムオリンは、シュンを早期に戦力化する為に、作戦遂行に支障が無いギリギリの線でマナを削り、余剰分全てをシュンを成長させる為に使っていたのだ。

 

「今の《統べし聖剣》シュンなら、例えあの3人が相手だとしても負けないでしょう。どのみち、こちらの勝ちは動きませんわ。」

 

 自信たっぷりに言い放つテムオリン。

 

 対してキリスは、折れた左腕を押さえ、

 

「・・・・・・・・・・・・どうかな?」

 

 なおも鮮烈な笑みをもって応えた。

 

「1つ教えてやるテムオリン、正義ってのは、最後には必ず勝つと決まってるんだぜ。」

 

 その問答に一瞬呆気に取られたテムオリンだが、すぐに嘲笑を浮かべる。

 

「何を言い出すかと思えば、寄りにも寄って正義と来ましたか。」

 

 最早先が見えたこの戦いで、キリスに出来る事はテムオリンをなるべく長くひきつけて時間を稼ぐ以外にない。それが判っているから、テムオリンは無駄なあがきに付き合う事にした。

 

「『中立最強』と異名を取るエターナルとも思えない世迷言ですわね。」

「・・・中立最強、ね。」

 

 呟くキリスの言葉は、自嘲気味に響く。

 

「そんな言葉は所詮まやかしさ。」

「アッサリしてますわね?」

 

 意外な感じで返すテムオリンに、キリスは肩を竦める。

 

「考えても見ろよ、俺より強い奴なんて探せばいくらでも居る。」

 

 キリスが最強と呼べるのは、あくまでニュートラリティ・エターナルの中でのみ。それも、存在を確認されている者達の中でという条件に限られる。現状、ニュートラリティ・エターナルと呼ばれる者達の大半が隠棲し争乱を避けて隠れ暮らしている事を考慮すれば、その中にキリス以上の存在が居たとしてもおかしくは無い。

 

「・・・・・・ローガス、ミューギィ、ルシィマ、トークォ、ヴェンデッタ・・・カオスとロウだけでも、俺より強い奴がこれだけ存在する。勿論テムオリン、お前自身も含めてな。」

 

 スッと、無事な右腕を前に出す。

 

 その瞳には笑みが宿り、鋭い眼光を持って《法皇》を睨み付けた。

 

「俺は御山の大将を気取る気はねえよ。」

 

 その指を一度弾く。

 

 次の瞬間、

 

「えっ!?」

 

 思わずテムオリンは目を剥いた。

 

 空間一杯、テムオリンを包囲するように無数の光の球が浮かんでいる。

 

 それらは全てキリスのオーラフォトンで満たされ、激発の瞬間を待ちわびていた。

 

「馬鹿な!?」

「悪ィな。お前が勝利の杯を傾けてる隙に、準備は済ませた。」

 

 そこで気付く。この光11つが、それぞれ小規模な門なのだと言う事に。

 

 キリスは右手を掲げる。

 

 これが最後の反撃のチャンスだ。ここで、決める。

 

「天を制するはあまねく輝き・・・・・・」

 

 紡がれる言葉が、詠唱となる。

 

「人の世の野望、欲望、希望、絶望、いと小さき光の筋に、振るい給う剣は雷光・・・・・・」

 

 朗々と語られる言葉を前に、オーラフォトンは高まる。

 

「天空の門に聞こし召す神々の詩、聖上の御身に果を与えん。」

 

 そこでようやく、キリスの使おうとしている魔法が尋常では無い事に気付き、テムオリンは行動を起こす。

 

「空虚なる泉に映る人の身に、降り注ぐ光は夢幻、されど現実は刃を持って応え給う・・・・・・」

 

 急速に《秩序》に集中していくダークフォトン。だが、キリスが使おうとしている魔法に比べると、微小な量に過ぎない。

 

「あまたの人の持つ宿業を、界の誓約を持ちて断ち切らん。」

 

 キリスの目が見開かれる。

 

 来ると判っていても、テムオリンにはどうする事もできない。

 

 次の瞬間、空間に浮かぶ数万の門が一斉に開き、輝きを増した。

 

「ライトニング・ディメンション!!」

 

 その中から一斉に放たれる雷光が、一瞬で駆け抜けてテムオリンを直撃する。

 

「クッ!?」

 

 とっさに集めたダークフォトンを防御に回すテムオリン。

 

 だが、そのような物で防ぎ得るほど生易しいものではない。

 

 あらゆる時空から召還した雷は、当代最高の魔術師と言っても過言では無い《法皇》テムオリンの魔法障壁を一合も待たずに切り裂き、その小さな身体を直撃した。

 

 1つの世界では決して到達し得ない量のエネルギーを直撃され、テムオリンの身体は文字通り引き裂かれた。

 

 やがて、役目を終えた門が次々と消えて行く。

 

 そこにただ1人立ち尽くす、《鮮烈》のキリス。

 

 否、立つ人影ならもう1つ存在する。

 

 ただし、顔の右半分と下半身全て、杖を持たぬ右腕を失い、そこから黒い煙を吐き出し続けながら宙に浮いている状態を「立っている」と称する事が出来ればの話であるが。

 

「・・・・・・やれやれ。」

 

 キリスは、今度こそ溜息を吐いた。

 

「今ので即死に持ち込めないとは、さすがに沽券に関るってもんだ。」

「・・・・・・これだけ派手にやらかしておいて、言いたい事はそれだけですの?」

 

 こちらも呆れ気味に応じるテムオリン。

 

 確かに、自分の体を半分吹き飛ばした人間に不満タラタラにされては、呆れてしまうと言うものだ。

 

「馬鹿言うな。お前ならその状態からでも完全再生が可能だろうが。」

 

 そう言うとキリスは、《鮮烈》を構えてテムオリンに向ける。

 

 対するテムオリンは《秩序》を下げたまま、キリスを見ている。

 

 確かにテムオリンの魔法力と蓄えたマナを持ってすれば、現状からの逆転は充分に可能である。

 

 しかし、

 

「やめておきますわ。」

 

 あっさりと敗北宣言する《法皇》。

 

「さすがにここまで吹き飛ばされた身体を再生するとなると疲れますし。それに、そのような事しなくても、こちらの勝ちは動かないでしょうから。」

 

 そう言っている内にも、テムオリンの身体は徐々に薄れていく。

 

「この場はわたくしの負け、と言う事で引き下がらせていただきます。」

「そうか・・・・・・」

 

 そう言ってキリスは、相手に気付かれないようにそっと溜息を吐いた。

 

 何しろ、今ので魔法力の大半を消費してしまい、これ以上テムオリンと戦う事は不可能であった。

 

「それにしても、さすがは『中立最強』と謳われたエターナルですわ。まさか、曲がりなりにもわたくしを退けるとは思いませんでしたわ。こちら側に来たくなったら、いつでも言ってくださいね。」

 

 その言葉を最後に、テムオリンの身体は黒い煙となって消えていった。

 

 それを確認した後、

 

「ふう・・・・・・」

 

 キリスはその場に、大の字になって寝転がった。

 

「疲れた・・・・・・・・・・・・」

 

 恥も外聞も無く、弱音が漏れた。

 

 他の場所での戦況が気になるところではあるが、今は少し眠りたい心境であった。

 

「・・・・・・そう言や、あいつはどうしたかな?」

 

 その脳裏には、キハノレに入る前に判れた黒衣の少年が思い浮かばれた。

 

 あのボロボロの体で、果たしてまともに戦えるのかどうか、不安な所ではある。

 

「・・・死ぬんじゃねえぞ。そんな事になったら、お前を召還した俺の責任って事になっちまうじゃねえか。」

 

 その言葉を最後に、キリスの意識は急速に沈下して行った。

 

 

 

 

 

 

 セツナは己の胸に開いた穴を、信じられないような顔で見詰めた後、その視線は腕の中に居るネリーへと向けられる。

 

 その少女の顔は、鋭く吊り上げられた口元が笑みを形成し、目は虚ろのままセツナを見詰めている。

 

「アハ・・・アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 その口元より漏れるけたたましい笑い声。

 

 次の瞬間ネリーは、呆然とするセツナの腕の中を抜け出して、大きく後方に跳躍した。

 

 その様をセツナは、ただ見送る事しかできない。

 

 そして、

 

「よくやりました、ネリー。」

 

 その言葉と共に空間は歪み、開いた門の中から現れる白い法衣を纏った青年。

 

 その手は、傍らに立つネリーの髪をゆっくりと撫でる。

 

 一方でネリーはと言うと、相変わらず奇妙な笑みを浮かべたままセツナを見詰めている。

 

「無様ですね、セツナ君。」

「ハーレイブ・・・貴様・・・・・・」

 

 言葉を発しようとして、その口から鮮血が零れた。

 

 胸に開いた傷は胸を貫通し内蔵を切り裂いて、背中まで抜けている。控えめに表現しても致命傷と言って良かった。流れ出る血が、絶えず床に零れ落ちて、金色のマナへと変わっていく。

 

「・・・・・・貴様・・・・・・ネリーに何をした?」

 

 まるで人形のように成り果てた恋人の姿に、セツナは歯噛みする。

 

初めセツナは、このネリーは偽者なのでは無いかと疑った。だが、自分の持つあらゆる感覚が、その考えを否定している。

 

 あれは間違いなく《愛を謳う天使》ネリー本人である。誰が間違っても、恋人であるセツナが見間違えるはずが無かった。

 

一体どのような魔法を用いれば、第二位の永遠神剣を持つエターナルをここまで完璧に支配下に置く事ができると言うのか。

 

「言ったでしょう。君には最高の絶望を持って迎えると。」

 

 ハーレイブの手は、ネリーの細い顎をなぞる。

 

「私の持つオーラフォトンで彼女の中を侵食し、あらゆる感覚をこちらの支配下に置いているのですよ。いかに優れた力を持つエターナルでも、自分の内側から侵食されては抗いようもありませんからね。ましてか彼女はエターナルとしては生まれたばかりです。操るのに、それほど手間は掛かりませんでしたよ。」

 

 得意げに笑みを浮かべると、その手より溢れた闇がネリーの身体を包み込む。

 

 それが晴れた時、ネリーの服装は一変していた。

 

 これまで着ていたラキオス軍の軍装やエターナルとしての証である胸当てとロングスカートは無く、変わって黒を基調として、所々にリボンをあしらった、所謂ゴシックロリータ調のドレスへと変わっていた。その髪はまるで色素が抜け落ちたかのような灰色へと変わり、やはり黒く大きなリボンで束ねられている。

 

「名付けて、《闇の人形》。いかがです、セツナ君?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに、これは強烈だった。

 

 かつてセツナはソーマ・ル・ソーマの手によって、目の前でネリーを陵辱された事があったが、今回の衝撃はそれすら上回っている。

 

 何と言ってもショックだったのは、あの笑い方だった。

 

 かつてセツナも、ネリーの陽の光を髣髴させる裏表の無い笑顔に惹かれたものである。

 

 しかし今のネリーの笑顔は、形容すると「ケラケラケラケラ」と言った乾いた軽い印象を見る者に与えている。断じて、本来のネリーはこのような笑い方をする少女ではない。それだけでも、ネリーと言う少女の持つキャラクター性やパーソナリティと言った物を、根底から破壊し尽くすかのようだった。

 

 まさに、精神を内面から削り取るような策略。「最高の絶望を与える」と言うハーレイブの言葉は、決して誇張ではない。

 

 セツナはそのまま膝を突く。

 

 そんなセツナに向けて、ハーレイブはゆっくりと前にである。

 

「さて、君とも長い付き合いですが、そろそろそれも終わりにしましょう。」

 

 掲げた杖に集中されるオーラフォトンが、セツナへと向けられる。

 

「絶望の海で、溺れ死になさい!!」

 

 勝ち誇り、勝利宣言をするハーレイブ。

 

 対してセツナは顔を上げる。

 

 その口元に、

 

 凄惨な笑みを浮かべて。

 

 次の瞬間、セツナの体は内側から輝いたと思うと、弾けるように崩壊した。

 

「なっ!?」

 

 驚いたのはハーレイブである。

 

 自分はまだ何もしていないと言うのに、対象が先に消滅してしまったのである。

 

「一体、何が起こったと言うのです?」

 

 訳が判らず、手元にあるオーラフォトンを霧散させるハーレイブ。

 

 その耳元に、ゆっくりと近付いてくる足音が聞こえてきた。

 

 振り仰ぐ視界の先、

 

 通路の奥の闇の中から、

 

 現れる《黒衣の死神》。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、再び杖を構えるハーレイブ。

 

 対するセツナは、余裕を持った態度で足を止める。

 

「こんな事だろうと思ったよ。」

「・・・・・・成る程、先程のはオーラフォトンを利用して作った擬態と言うわけですか。」

 

 セツナは、ハーレイブが確実に何らかの罠を仕掛けてくるであろう事を予測し、予め身代わりを用意しておいたのだ。

 

「どこで、気付きました?」

「最初から。お前がネリーを連れ去った時点である程度は予想がついていた。」

 

 わざわざネリーを連れ去ったと言う事は、ハーレイブの目的は彼女を利用する事にあると考えたセツナは、可能性の高いパターンを想定してみた。

 

 想定したパターンは人質、洗脳、生贄の3つ。

 

 まず、人質などと言うぬるい策を使うとは思えないので、残るは何らかの儀式の生贄に供するか、あるいは洗脳してセツナを襲わせるかのどちらかだろうと考えていた。その内生贄は、魔王クラスの存在とも契約してるハーレイブからすれば、行うことによって生じるメリットが少ないと考えた為、消去法で洗脳が残ったと言うわけである。

 

「・・・・・・・・・・・・さて。」

 

 セツナは、背中から《絆》を抜き放って構えた。

 

「全力で行く。絶望は、お前がしろ。」

 

 冷然と、最後の戦いのホイッスルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

第43話「頂上対決」     おわり