大地が謳う詩

 

 

 

第42話「強剣士」

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、セツナは前に出る。

 

 待ち受ける先に佇むタキオスを真っ直ぐに睨みつけ、その足取りはたゆむ事無く雪原を踏みしめる。

 

 対峙するのはこれで3度目。かつての戦いでは辛うじてセツナが勝利を得たが、それも危うい、薄氷を踏むような勝利でしかない。1歩間違えばセツナがマナの塵となっていてもおかしくはなかった。ましてか今回は前2回より更に条件が悪い。

 

 1対1ではまず勝つ見込みは無い。勝機があるとすれば唯1つ。

 

「ユウト・・・まだ行けるか?」

 

 傍らでアセリアを抱くユウトに声を掛ける。

 

 ユウト自身、今までタキオスを抑えていたわけだからそれなりに消耗しているようだが、それでもまだ、動けないほどではないようだ。

 

「ああ。勿論だ。けど、」

 

 その視線は腕の中にあるアセリアに向けられる。

 

 タキオスの一撃をまともに喰らったアセリアは、ひどい外傷を負っている。どう見てもまともに体が動けるとは思えない。まして戦闘など、語るまでも無い話であった。

 

 だがそれでもなお、アセリアはその身を立ち上がらせようとする。

 

「アセリア・・・」

「まだ・・・・・・まだ、大丈夫。」

「無理をするな。」

 

 そんなアセリアに、セツナは諭すように言う。

 

「戦いはここで終わるわけじゃない。今は下がって傷を癒せ。」

 

 なおも食い下がろうとするアセリアだが、これ以上戦えない事は誰あろうアセリア自身がよく判っている。

 

 重い足取りで立ち上がると、《永遠》を鞘に収める。

 

「セツナ。」

 

 そんなアセリアに肩を貸しながら、ユウトはセツナに振り返る。

 

「アセリアを置いたらすぐ戻ってくる。それまで持たせてくれ。」

 

 ユウトの言葉に無言のまま頷くと、去っていく2人の足音を聞きながらタキオスに対峙する。

 

 右手に持った《絆》を無行の位に下げ、ゆっくりとした足取りで間合いの中へと入る。

 

「・・・・・・・・・・・・辛そうだな。」

 

 一連の流れを無言で見守っていたタキオスが、ようやく口を開いた。

 

 重々しい口調からは、ようやく対決に決着を着けられる歓喜と同時に、セツナ自身の消耗振りに落胆した色が見受けられる。

 

 そんなタキオスの言葉に対し、セツナは鼻で笑う。

 

「そんな訳があるか。どうやらお前の目はどうやら節穴のようだな。そんなんで俺を倒せるのか?」

 

 虚勢を張る。

 

 実際の話、肉体的にはとうに現界を越え、今のセツナは立っているのもやっとの状態である。それを並外れた精神力が律し、辛うじて「普通」に見せているだけである。

 

 それがタキオスには判るのだろう。セツナの虚勢に笑みを返すと、手にした《無我》を持ち上げた。

 

「そんな状態では、一撃で終わってしまうぞ。」

 

 言葉と同時に、大気のマナが凝縮するのを感じる。

 

 周囲のマナはタキオスの求めに応じてオーラフォトンを形成し始める。それが一定量に達した時、タキオスは《無我》の切っ先をセツナに向けた。

 

「受け取れ、《無我》よ。」

 

 それは水が流れるように筋を作ると、ゆっくりとセツナに向けて流れ出す。

 

 ゆっくりと、自身の体を暖かいマナが満たしていくのが判った。

 

 病によって罅割れた体ではあるが、それでも一時凌ぎにはなるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・ハイペリアにはこんな諺がある。」

 

 やがて、体全体にオーラフォトンが行き渡ると、セツナはゆっくりと口を開いた。

 

「『敵に塩を送る』。自らの首を絞める事になるぞ、タキオス。」

「フッ、それもまた、一興よ。」

 

 不敵に笑うタキオスを見て、セツナは思い出す。今対峙しているエターナルが、とんでもなくレベルの高いバトルジャンキーである事を。

 

「そうか、なら、遠慮はいらんな。」

 

 そう言って《絆》を片手正眼に構える。

 

 対してタキオスも、《無我》を八双に構えた。

 

 吹雪が吹く中、2人の剣士が向かい合う。

 

 実力はほぼ伯仲。ただし、あくまで毛色の違う剣の使い手である為、一概に片付ける事はできない。

 

 吹雪が一瞬途絶える。

 

 次の瞬間、

 

「「行くぞ!!」」

 

 同時に叫び、互いに斬り込んだ。

 

 セツナは白虎を起動、60倍まで加速すると一気に距離を詰める。

 

 対してタキオスは、全ての膂力を使って《無我》を叩き付ける。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 大気を切り裂いて迫る《無我》。

 

 60倍の知覚速度を持ってしても、その迫る質量はかなりのスピードを誇っている。

 

 対してセツナは跳躍しつつ体を捻り独楽のように回転させ斬撃を回避、タキオスの頭上まで上昇しつつ同時にその懐の中に入り込む。

 

「喰らえ!!」

 

 回転の勢いも加えて叩き込まれる刃。

 

 しかし、

 

「甘いわ!!」

 

 タキオスはセツナの剣先を見切り、僅かに体を傾かせて回避する。

 

 舌打ちするセツナ。同時に体は不必要に流れ、無防備な体勢を晒す。

 

 その隙を、タキオスは見逃さない。

 

 振り上げられる刃は、再びセツナに向かう。

 

 対するセツナは、空中にある為回避は出来ない。

 

「朱雀、起動!!」

 

 とっさに白虎を解除、朱雀を呼び出して自身の体を構成するマナ濃度を改変、タキオスの攻撃を透過させようとする。

 

 しかし、完全に透過可能な濃度になる前に、タキオスの攻撃は襲ってきた。

 

「ぬんっ!!」

 

 振り抜かれる刃。

 

 セツナはとっさに朱雀を諦め、《絆》を立てて防御するがその勢いまでは殺せない。

 

 そのまま大きく吹き飛ばされるセツナ。

 

「クッ!?」

 

 とっさに体勢を入れ替え、雪原に足を着く。

 

 そこへ、地鳴りを響かせながらタキオスが迫る。

 

 振り下ろされる刃。

 

 その刃を見据え、セツナは全膂力を持って《絆》を振り上げる。

 

「むっ!?」

 

 完全に力が振り切る前に捌いた為、何とかやり過ごす事に成功する。

 

 思わずよろけるタキオス。

 

 そこへすかさず、セツナは《絆》の剣先を向けて突き入れる。

 

 タキオスの障壁は並みの攻撃では突き破れない事は先刻承知。既にその刀身にはオーラフォトンが纏われ、切れ味を増している。

 

「ハァァァ!!」

 

 突き出される刃はタキオスの腹部を目指す。

 

 その剣先と障壁のダークフォトンがぶつかり合い、激しくスパークを起こす。

 

 だが、障壁はなおも厚く、それ以上切っ先は一寸たりとも前に進まない。

 

「クッ!?」

「オォォォ!!」

 

 動きを止めたセツナに振り下ろされるタキオスの刃。

 

 やむなくセツナは、一時後退してタキオスの斬撃を回避した。

 

『これでも駄目か・・・・・・』

 

 心の中で舌を巻きながら、セツナは構えを直す。

 

 やはり、通常の攻撃ではこの男には掠り傷1つ負わせる事は出来ないようだ。

 

 現在、セツナの持つ技の中でタキオスの障壁を確実に破る事のできる技は2つ。クロスブレード・オーバーキルと空破絶衝の太刀のみである。しかし、どちらも決め手とはなりえない。タキオスを倒すにはもう一手、要素が必要だ。

 

『加えて・・・・・・』

 

 タキオスは、前2回の戦いよりも明らかにその力を増している。

 

先の戦いでは力で攻めてくるタキオスに対して、セツナは速さで対抗する事ができた。にも拘らず今回は、タキオスはセツナのスピードに追随してきている。まだ僅かだがセツナの方が優速ではあるが、前回ほどの圧倒的なスピード差は既に無くなっていた。

 

『これが、歴戦のロウ・エターナルの実力か。』

 

 いかに第二位の永遠神剣を持とうが、いかに7つの理の1つを得ようが、生まれたてのエターナルが敵う相手ではないと言う事だ。

 

 とは言え、それで「はい、そうですか」と諦めてやるわけにもいかない。

 

「考えはまとまったか?」

 

 尋ねてくるタキオス。

 

 対するセツナは笑みで返しながら、左手でもう1本の《絆》を構える。

 

「さあな。」

 

 構えられた二刀を持って、タキオスを睨む。

 

「白虎、朱雀!!」

 

 60倍の速度で地を駆けると同時に、自身のマナ濃度を改変、タキオスの攻撃に対する備えとする。

 

「行くぞ!!」

 

 一瞬で間合いをゼロまで持って行き、両手の刀を振るう。

 

 並の人間では知覚する事すら不可能な動きである。

 

 対するタキオスは、その並外れた戦士の勘と鍛え抜いた四肢で持ってセツナに追随する。

 

 先んじたのはタキオス。その強大なる刃が轟音を上げて振り下ろされる。

 

 斬撃は確実にセツナの体を捉えた。

 

 しかし、白虎と併せて天空を舞う炎の鳳をその身に宿したセツナにその斬撃は届かない。

 

 透過し虚しく雪原を削る《無我》の刃。

 

 その瞬間、死神は目を光らせる。

 

 同時に朱雀を解除、残った白虎をフルドライブ、その力を両の腕に集中させる。

 

「食らえタキオス!!」

 

 120倍の速度で振るわれる斬撃は、障壁と真っ向からぶつかり合う。

 

 再度のスパークが目を射る。

 

 だが、それでも構わず、セツナは強引に押し込む。

 

 渾身の力と120倍の速力をそのまま威力へ上乗せした一撃は、放った腕が折れんばかりの勢いを持って障壁を切り裂き、タキオスの両肩へと食い込んだ。

 

 そのまま更に押し込もうとするセツナ。

 

 しかし、

 

「まだだ!!」

 

 ようやくセツナの動きに追いついたタキオスがとっさに《無我》を放し、両腕を振り上げる。

 

「クッ!?」

 

 勢いで弾き飛ばされるセツナ。

 

 とっさに空中で跳躍、体勢を入れ替えて着地する。

 

 そして再び構えようとした瞬間、

 

 目を見張った。

 

 既にタキオスは、眼前にいる。

 

 その大上段に構えられた《無我》の刃は、真っ直ぐにセツナに振り下ろされようとしている。

 

 玄武は? 間に合わない。回避、それも無理。

 

 迷う間に、リミットはゼロを差す。

 

 次の瞬間、大剣はその脳天目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「とんだ、敗北でしたね。」

 

 闇の中に立つ男は、目の前の幼女に語りかける。

 

 その顔には常に湛えられた余裕の笑みは無く、凍てつく刃のように鋭い眼差しがあるだけである。

 

 召集可能な全戦力で持って、迫るラキオス軍に決戦を挑んだロウ・エターナル軍であったが、その結果は散々たるものであった。

 

 確かに吹雪を突いた奇襲攻撃のお陰で、途中までは戦況を優位に進める事ができた。

 

 しかし、まさかと言える《鮮烈》のキリスの参戦により、戦局は一気に逆転されてしまった。

 

 脱出に成功したミニオンの数は、出撃時のせいぜい5分の1程度。これでは最早、戦線の構築はおろか、作戦の立案すら困難である。

 

 《忠節の騎士》アーネリアは討ち取られ、キハノレに戻った戦力は出撃時の4分の1にも満たなかった。

 

「どうするんです?」

 

 ハーレイブの質問に、テムオリンはなおもそのあどけない余裕の表情を崩そうとしない。

 

 秩序の永遠者の中にあってその人在りとまで言われた名将、《法皇》テムオリンと言えど、残存の戦力のみで逆転の策を練るのは難しい。

 

 もう間もなくラキオス軍はキハノレに雪崩れ込んでくるだろう。そして、手持ちの戦力でそれを防ぎ切る事は不可能。数だけならまだ自分達が優勢だが、そんな物が当てにならない事は、これまでのラキオス軍の戦い振りを見ていれば火を見るより明らかだろう。

 

 彼等は常に劣勢の状況を戦い抜き、不可能と思われた戦局逆転を成し遂げてきた。そんな彼等を前にして、多少の数の差などあって無きに等しいだろう。ましてか、今やエターナルの数でも逆転されている。トータルでの戦力比は、完全にラキオスに傾いていると言って良かった。

 

「まだ、勝機はあります。」

 

 それでもテムオリンは、今だ諦めの色を見せない。

 

「このキハノレに篭城し、マナが規定量に達するのを待ちます。そうすればこちらの勝ち。収支は黒字になりますわ。幸いにして、彼等は今だにタキオスに抑えられています。その間に防衛の準備を進めるとしましょう。」

「まあ、それが妥当、と言うよりも、それ以外に取るべき手段は無いでしょうね。」

 

 揶揄するような口調で、ハーレイブは答える。

 

 確かに勝機はまだ失われていない。今テムオリンが語ったやり方なら、最終的な勝利は自分達の物となるだろう。

 

 だがそれは、同時に最後の手段となる。これに敗れれば、ロウ・エターナルの敗北は確定する。

 

「問題があるとすれば、敵エターナル達の動きです。これを抑える事さえできれば、後は数で盛り返す事は充分に可能です。」

「成る程。」

 

 さすがはテムオリン。この劣勢の状況下にあっても、敵の弱点を的確に見抜いていく。

 

 敵は戦闘の大半をエターナルに依存している。ならば、そのエターナルの排除、無力化に成功すれば、後はタイムリミットまで充分時間が稼げると言うわけである。

 

 彼女の言う通り、まだ充分に勝算はある。

 

「ならば、私も1つ、戦術面での策を披露いたしましょう。」

 

 そう言って、ハーレイブはようやくその口元に笑みを浮かべた。

 

 ただし、その色は常に余裕に満ちたものではなく、見た者の背筋を凍らせるような残忍な物であったが。

 

 

 

 

 

 

 タキオスの一撃を、セツナは辛うじて刃で受け止める。

 

 しかし、当然の如く存在するウェイトの差は一時の凌ぎを吹き飛ばし、セツナの小柄な体を弾く。

 

「グアッ!?」

 

 限界に近い体は真っ二つに裂けんほどの悲鳴を上げて、雪原を転がる。

 

 起き上がろうとして、失敗する。

 

 体に力が入らない。

 

「クッ・・・・・・」

 

 それでも、断裂寸前の体に鞭打って立ち上がる。

 

 病魔は容赦なくセツナの体を侵食している。既にその身に昔日の体力は無く、掠り傷1つでも瀕死の重傷になりかねないだろう。

 

 だがそれでも、セツナはここで倒れるわけには行かない。

 

 セツナの計算では、この城砦の如きロウ・エターナルを倒せる可能性があるとすれば、それはただ1つ。

 

 その策を行う舞台が整うまで、セツナは倒れるわけにはいかないのだ。

 

 両手の《絆》を掲げ、構える。

 

 それを見てタキオスはにやりと笑うと、やはり対抗するように《無我》を構える。

 

 その時だった。

 

「セツナ!!」

 

 背後から、凛とした声が発せられる。

 

 その声に、セツナは自分の口元が自然と綻ぶのを感じた。

 

 振り返らずとも判る。誰が来たかぐらいは。

 

 白銀の大剣を従えた少年は、戦友を気遣うようにその傍らに立つ。

 

「大丈夫か?」

「何とかな。」

 

 答える内にも息が上がる。だがそれと同時に、自身の中の闘争本能にも火が入るのが判った。

 

 これで、舞台は整った。

 

「後は俺がやるから、セツナは下がって、」

「馬鹿を言うな。」

 

 ユウトの気遣いを、しかしセツナはあっさりと却下する。

 

 その内にはオーラフォトンが燃え、滾る炎は周囲を圧する。

 

 ここで自分が退いたら、何の為に踏ん張ったのか判らない。

 

 セツナは何も、ユウトが戻るまでの時間稼ぎの為にタキオスの相手をしたわけではない。最終的な勝利を得る為には、自分と言うピースが必要不可欠なのだ。

 

「2人で掛かるぞ。」

 

 その策が、セツナの口より出でた。

 

 これがセツナの作戦。

 

 タキオスを相手に1人で勝利を得る可能性は、限り無くゼロに近い。セツナは病魔と併せて消耗も激しく、ユウトも消耗こそ少ないものの、勝利を得るには僅かに足りない。ならばその2つを掛け合わせればいい。その相乗効果により必ずやタキオスを打ち破れるはずだ。

 

「俺は、構わんぞ。」

 

 タキオスはと言うと、いよいよ闘志も最高潮に達しているように腕を振るう。

 

 手にした《無我》も歓喜に打ち震え、唸りを上げる。

 

 対するは2人の若きエターナル。

 

 片や7つの理の1つ、友情を司る永遠神剣《絆》に魅入られし少年、《黒衣の死神》セツナ。

 

 片や偉大なる13本の内、知恵を司る永遠神剣《聖賢》に認められた少年、《聖賢者》ユウト。

 

 2人はこれまで共に戦ってきた。

 

 だが奇妙な事に、開戦からこれまで2人が同時に同じ敵を相手にした事は一度としてない。

 

 それは単なる偶然だったのか、それとも互いに信頼するが故にあえて背中を預けて別々の敵に当たった結果なのか、

 

 記録に残らず、また2人も取り立ててコメントする事がない為、事実を推し量る事はできない。

 

 だがこの時、記録に残せる限り初めて、2人が肩を並べて剣を構えた。

 

「「行くぞ!!」」

 

 セツナとユウトは同時に地を蹴る。

 

 合計で3本の剣を振りかざし、一気に間合いを詰める。

 

 対するタキオスも地を蹴る。

 

 地を圧するほどの存在感が、怒涛の如き勢いで迫ってくる。

 

 その光景は存在感と相まって、山が突進してくるようなものだ。

 

 セツナとユウトは互いに視線を交わすと、同時に左右に分かれる。

 

 そこへ振り下ろされる刃は地に着いた瞬間、大気を切り裂き雪原を割る。

 

 舞う粉雪。

 

 スクリーンと化した地吹雪を突いて、2人はタキオスに襲い掛かった。

 

 セツナが右でユウトが左。

 

 同時に振られる斬撃。

 

 だがタキオスは冷静に、《無我》を水平に倒す。

 

「ぬんっ!!」

 

 振りぬかれた鉄板の如き刃は、一撃で3本の刃を弾く。

 

「チッ!?」

「クッ!?」

 

 体勢を崩しながらも2人は後退、そのまま体勢を立て直そうとする。

 

 その前に斬り込むタキオス。

 

「玄武、起動!!」

 

 その前面に障壁を張り巡らし、タキオスの突撃を阻みに掛かる。

 

 対して、そのまま《無我》を振り切るタキオス。

 

 セツナの張った障壁は展開する時間が短かった事もあって、一瞬で切り裂かれ霧散する。

 

「クッ!!」

 

 セツナに向けて振り下ろされる刃は、圧倒的質量を持って叩き潰さんと迫る。

 

 対するセツナは両手の絆を頭上で交差させ、タキオスの剣戟を受け止める。

 

「グアッ!?」

 

 まるでそのまま押しつぶそうとするかのような衝撃に、さしものセツナも表情を歪ませる。

 

 そのまま押し切ろうとするタキオス。

 

 だがその前に、セツナの背後から数条の閃光が駆ける。

 

 閃光が弾け、タキオスは一瞬怯む。

 

「ッ!?」

 

 その隙を突き、セツナはタキオスの剣を弾き返す。

 

「ハッ!!」

 

 セツナはそのまま、よろめくタキオスの体を踏み台にして飛び上がる。

 

 同時にその身に白虎を宿しフルドライブ、腕にその力を集中する。

 

「喰らえタキオス!!」

 

 右の《絆》を鞘に戻し、残った左の刀を両手で持つ。

 

 その眼下には、まだ体勢を崩したままのタキオスの姿がある。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 自由落下に併せて、刃は通常の120倍の加速で持って振り下ろされる。

 

 タイミングは必殺。確実にその刃はタキオスを斬り裂くかと思われた。

 

 だが、

 

「甘い!!」

 

 タキオスの剛剣が振り上げられ、技を弾くと同時にセツナの体ごと吹き飛ばす。

 

「セツナ!?」

 

 視界の端で錐揉みするセツナの姿に、思わず声を上げるユウト。

 

 セツナはそのまま受身も取れずに、背中から雪原に叩き付けられた。

 

「セツナ、大丈夫か!?」

 

 慌てて駆け寄るユウト。

 

 セツナはゆっくりと身を起こしながら頷く。

 

『だが・・・・・・』

 

 溜息混じりに、左手に握った《絆》を見る。

 

 まさか120倍速の剣をカウンターで返されるとは思わなかった。これでもう、間違っても飛閃絶影の太刀は通用しないだろう。

 

 セツナはそっと、右手の《絆》に手を伸ばす。

 

『・・・・・・ここで・・・切り札を切るか?』

 

 今回の戦いに際し、用意した切り札は2枚。その内、戦術単位で使用可能な物は1つ。

 

 それを使えば、確実にこの場を切り抜ける事ができる。

 

 だが、

 

 セツナは自身の考えに首を振ると、黙って右手を放す。

 

 切らなくても良い状況で切り札を切るなど愚の骨頂。何より、そんな物無くても勝てる。

 

 再び剣を構える3者。

 

 ユウトとセツナは、再び雪原を蹴る。

 

 対するタキオスも、足を肩幅に広げると、《無我》を大上段に構える。

 

 だが、

 

 向かってくるユウトは突如足を止め、両手で印を組み、周囲のマナを取り込み始めた。

 

「マナよ、我が求めに応じよ。オーラとなりて刃の力となれ。」

 

 詠唱と同時に、その手の内にはオーラフォトンが溢れ始める。

 

「ぬっ?」

 

 警戒するように目を細めるタキオス。その間にユウトは、詠唱を完了させる。

 

「インスパイア!!」

 

 弾けた光は、流れるような動きでユウトとセツナを包み込む。

 

 活力が一気に戻り、刃にオーラの光が灯る。

 

 セツナは白虎をフルドライブ起動、その加速部位を足に集中させる。

 

 同時に《絆》を右手1本で持ち弓を引くように構え、左手は照準用に前方へと突き出す。

 

 駆ける足は雪原を抉り、体その物が空を切る閃光と化す。

 

「クッ!?」

 

 突然のセツナの加速に、タキオスは《無我》を振り下ろしに掛かる。

 

 だが、遅い。その時には既に、セツナはタキオスを自身の間合いに捉えている。

 

「空破絶衝の太刀!!」

 

 引き絞られた弓は、零の距離で放たれる。

 

振り下ろされる剣の下を駆け抜け、その切っ先がタキオスを目指す。

 

 その胸元へ向けて、切っ先が突き込まれる。

 

 対するタキオスは、その身に恒常的に纏いし絶対防御の障壁で持って迎え撃つ。

 

 だがユウトの援護に加えて、セツナが編み出した対障壁用特化型スキルによる攻撃である。いかに恒常的に張られている障壁と言えど、耐えられる物ではない。

 

 激しい音とスパークを撒き散らしながら、セツナの剣はタキオスの障壁を突き破った。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 加速は留まらず、そのままタキオスに突き出される。

 

 対してタキオス。防御不能と見るや、その巨躯を僅かに傾かせて回避に掛かる。

 

 だが、その前にセツナは襲い掛かった。

 

 切っ先は体を傾かせたタキオスの右肩に突き刺さる。

 

「グオッ!?」

 

 突進力をそのまま威力に変換した一撃の威力は、瞬間的にはクロスブレード・オーバーキルをも上回る。

 

 タキオスの巨体は勢いで宙に浮き上がり、後方に大きく吹き飛ばされた。

 

「ッ!!」

 

 短く息を吐き、ブレーキを掛けるセツナ。

 

 同時に、断裂しそうなほどの痛みが全身を襲う。

 

「グッ・・・・・・」

 

 込み上げそうになる呻きをどうにか飲み込む。

 

「やったか?」

「判らん。」

 

 ユウトの問いに、前方を凝視する。

 

 タキオスが吹き飛ばされた地点では雪煙が上がり、視界が効かなくなっている。その向こう側がどうなっているか、窺い知る事はできない。

 

 だが、手応えはあったと確信している。

 

 セツナの剣は確実にタキオスを捉えその身を抉った。

 

 常人なら塵も残さず吹き飛ばせるだけの威力があったはず。

 

 そう、常人なら。

 

 やがて、雪煙がゆっくりと晴れる。

 

 その中から、

 

重々しい存在感と共に現れる、

 

 《黒き刃》タキオス。

 

「チィッ!?」

 

 無傷、と言うわけではない。その腕には大きく傷を負い、傷口からは黒い煙が立ち上っている。

 

 だがその表情からはなおも余裕の色が消えず、手にした《無我》は変わらず構えられている。

 

「なかなか、やるな。」

 

 まるでこちらの攻撃など蚊ほどの痛痒も感じていないかのように、タキオスはゆっくりと近付いてくる。

 

 対するセツナとユウトも、身じろぎしつつタキオスを睨みつける。

 

 あれだけの攻撃を加えても掠り傷を負わせるのがやっとだった事に、セツナは自身の計算が徐々に崩れつつある事を感じていた。

 

 そんな2人を前にして、タキオスは《無我》を大きく振りかぶる。

 

「ならば俺も、全力を持って、応えねばなるまい。」

 

 そう言い放つと同時に、周囲のマナを急速に吸い上げ、ダークフォトンへと変えていく。

 

 《無我》の刀身へと集まったそれは、莫大な力を刃へと変換し、禍々しい外観を露にしていく。

 

 何度か見た事があるその技は間違い無く、あの空間をも斬り裂く斬撃だろう。

 

 一度喰らえば、その性質故に防御は一切不可能。存在情報の全てを粉砕されてマナの塵と化してしまう。シンプルゆえに信頼性が高く、なおかつ計り知れない効果を持つ技である。

 

周囲のマナは悲鳴を上げるほど軋み、大気が締め付けられる。

 

 その場に在るだけで分解しそうなほどの強烈なプレッシャーに襲われる。

 

「クッ!?」

 

 とにかく、この場ではまともな迎撃などできはしない。

 

 そう思って立ち上がろうとした時だった。

 

「ッ!?」

 

 体の内から湧き上がる激痛が、全身を斬り裂く。

 

 立ち上げかけた膝が再び地面を突いた。

 

 込み上げる物を吐き出すように、咳き込むと、手袋越しの掌に赤い物が付着していた。

 

「セツナ、何やってるんだ下がれ!!」

 

 状況を把握できていないユウトは、膝を突いたままのセツナに不審を感じながらも叫ぶ。

 

 しかし、今のセツナは思うように体が動かない。指先1つ動かすだけでも激痛が走りそうだった。

 

 そうしている内に、タキオスの攻撃準備が完了する。

 

 その刀身に込められたダークフォトンが、不気味な鳴動を持ってセツナを睨む。

 

「クッ!!」

 

 セツナの身に何か異変が起こったと理解したユウトは、オーラフォトンを集中させながら前に出る。

 

 とにかく、あの凄まじい一撃を相殺しない事にはセツナを助ける事はできない。

 

「マナよ光の奔流となれ。かの者を包み、究極の破壊を与えよ!!」

 

 詠唱と共に解き放たれる、最強の神剣魔法。

 

「オーラフォトン・ノヴァ!!」

 

 生じた光は、今にも剣を振り下ろさんとしているタキオスを包み込む。

 

 それとほぼ同時に、タキオスは剣を振り下ろし、その切っ先よりダークフォトンが迸る。

 

「クッ!!」

 

 それでもユウトが放ったオーラフォトン・ノヴァは、一瞬だけタキオスの剣を鈍らせる。

 

 その間にユウトは、片膝を突いたままのセツナに駆け寄り抱き起こす。

 

「大丈夫かセツナ!?」

「あ、ああ。」

 

 掠れそうな声で返事をするセツナ。

 

 だが、肩を貸したユウトは思わず愕然とした。

 

 その、あまりの軽さに。

 

 加えて、衣服越しでもセツナの体が異様な熱を帯びているのが判った。

 

 だが、今は逡巡している場合ではない。この場はまだ、タキオスの斬撃や自分の魔法の効果範囲内である。

 

 セツナの肩を抱えると、一気に跳躍してその場から離脱するユウト。

 

 間一髪の所で、自身が放ったオーラフォトン・ノヴァの閃光が、それまで2人が居た場所を飲み込んだ。

 

 白き閃光は大気を吹き散らし、大地を分子レベルまで噛み砕き、解体していく。

 

 その様子を、セツナとユウトは少し離れた場所で見詰める。

 

「・・・・・・仕留めたか?」

「・・・いや、無理だと思う。」

 

 タキオスを倒すには到底出力が足らない。その事は魔法を放ったユウト自身が一番よく判っていた。

 

 外側からいくら打撃を加えたとしても、障壁に威力を削られてタキオス本体へのダメージは微小になってしまう。タキオスを倒すなら、やはりまずあの障壁を無力化する必要があった。

 

 その時、

 

「グッ、ガハッ!!」

 

 咳込むと同時に、セツナの口中より鮮血が迸った。

 

 目にも鮮やかな朱が純白の雪原に舞い、そこから金色の煙が立ち上る。

 

「セツナ、お前、それ!?」

「・・・何でもない。」

 

 口元を拭いながら乱暴に応えるセツナ。

 

 だが、誰がどう見ても異常な光景であった。

 

「何でもないわけ無いだろう。一体どうしたんだよ!?」

 

 事前に説明が無かったせいもあり、その光景を目の当たりにしたユウトの衝撃も大きい。

 

 限界だった。

 

 先程にタキオスに回復してもらってから僅か数十分。たったそれだけの時間さえ、今のセツナには持ち堪える事ができないのだ。

 

「とにかく、後は俺が何とかするから、お前は休め。」

「・・・・・・・・・・・・いや。」

 

 ユウトの言葉に首を振りながら、セツナは立ち上がる。

 

 その視界の先、白き閃光が埋め尽くす雪原の中で、何か黒い影が蠢くのが見えた。

 

 次の瞬間、閃光は内部から弾けるように崩壊する。

 

 解き放たれた衝撃が360度全方位に放たれ、セツナ達の体にも叩きつけられる。

 

 その中心よりゆっくりと歩いてくるタキオスの姿がある。

 

 無傷、ではさすがにないが、それでもほとんどダメージを負っているようには見えない。

 

『やはり、やるしかないか。』

 

 口元の血糊を拭いながら、セツナはタキオスを睨みつける。

 

 対するタキオスも、そんなセツナを睨み、その口元に笑みを見せる。

 

「そろそろ、幕と行こうではないか。」

 

 言いながら、ゆっくりと《無我》を持ち上げる。

 

「どうやら、テムオリン様も、無事に撤退を終えたようだ。ここでの俺の役目は、終わったと見て良いだろう。後は、貴様達の首を、手土産にするのみ。」

「・・・・・・やれるのかよ?」

 

 言ってる傍から呼吸が上がるのが判った。

 

 消耗があまりにも激しい。

 

 自分にできる攻撃は、どう低く見積もっても後1回が限界だろう。

 

 その1回で、何としても勝機を掴み取らねばならない。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 そんなセツナに、ユウトは声を掛ける。

 

 だがセツナは無言のまま、ユウトに一瞥だけくれる。

 

 その瞳の奥底にある光の色は信頼。

 

 俺はお前を信じている。だから、お前も俺を信じろ。

 

 セツナの瞳は、そう語っていた。

 

「・・・・・・判った。」

 

 それ以上は、何も言う事は出来なかった。

 

 ユウトの言葉で、セツナを止める事は出来ない。

 

 ならば自分は、この友の持つ力を信じるだけだ。

 

 一歩下がった位置で立ち止まるユウト。

 

 それを確認してから、セツナは右の《絆》を抜き放ち二刀に構える。

 

 対するタキオスも、《無我》を構え、前に出る。

 

 その刀身には再びダークフォトンが収束し始め、闇色の刃を形成して行くのが判る。

 

「・・・・・・・・・・・・やはり、その技か。」

 

 既に予期していた事だ。

 

 タキオスほどの実力者ともなると、己が絶対の自信を持つ戦術と言う物が必ず作られてくる。恐らく、あの空間をも斬り裂く剛剣がそれなのだろう。

 

「そうだ。2つも3つも技を持つ必要は無い。ただ1つを究極に鍛え上げてこそ、必殺となるのだ。」

「・・・・・・成る程。」

 

 セツナはフッと笑った。

 

「良いだろう、なら俺は、お前に『選択肢』の持つ強さを見せてやる。」

 

 静かな余裕を湛えた言葉と共に、その身の内に白虎と青龍を呼び出す。

 

 タキオスが空間断絶を使ってくる以上、セツナの決め手は彼の持つ最強の技、クロスブレード・オーバーキル以外には考えられない。

 

 とは言え、既にセツナはアーネリア相手にこの技を使っており、この消耗し切った体で果たしてもう一度使えるかどうか、不安が残る所であった。

 

 先述した通り、セツナはどうがんばっても後1回の攻撃が限度。対してタキオスはまだ充分に余力を残しており、仮にこの攻撃が失敗したとしても、すぐさま反撃に転じることができる。

 

 状況はセツナにとって極めて不利。

 

 にも拘らずここまで余裕を湛えている所を見ると、先程の「選択肢」とやらに余程の自信を持っているのだろう。

 

「行くぞ。」

 

 低い声で告げるタキオス。

 

 手にした刀身には、軽く周囲を薙ぎ払えるだけのダークフォトンが集まっている。

 

 これを喰らえば、今のセツナなど一瞬で粉砕されるだろう。

 

 対して既にセツナも、白虎と青龍をフルドライブ起動し、120倍で流れる時間の中にある。

 

 次の瞬間、

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 大気を唸らせる雄叫びと共に、振り下ろされる《無我》。

 

 その刀身より迸る漆黒の刃は、空間を断ち異空をも斬り裂く。

 

 同時に、セツナも最後の力を振り絞って地を駆ける。

 

 両側から繰り出される《絆》の刃。

 

 繰り出される斬撃は、360度全方位からタキオスに襲い掛かる。

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 一撃必殺と超高速240連撃。

 

 まったく毛色の違う2種類の剣が、空間を中にしてぶつかり合う。

 

 セツナは判っている。

 

 これが最後の1撃である事。

 

 故に、渾身の力を振り絞る。

 

 対するタキオスも、言い知れぬ悪寒に後押しされて剣を振るう。

 

 この若きエターナルの体は、病魔に蝕まれている。その侵食は体の内部を侵し、既に手の施しようも無いはず。ならば、放っておいても野垂れ死ぬだろう。わざわざ自分が手を下す必然性も無い。

 

 だが、これまでタキオスが戦場で培ってきた百戦錬磨の勘が告げている。

 

 こいつは危険だ、と。

 

 こいつを見逃せば、必ずやテムオリンの、ひいてはロウ・エターナル全体にとって禍根になる。

 

 今ここで、確実に、自分の手でとどめを刺さねばならない。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 両者一歩も譲らず、己が剣を振るう。

 

 次の瞬間、甲高い異音が鳴り響いた。

 

 同時に不可視の閃光と化したセツナの剣は、タキオスの斬撃が描く軌跡を一瞬で切り裂いた。

 

「ぬっ!?」

 

 驚愕するタキオス。

 

 セツナの剣は、異空をも斬り裂いたのだ。

 

 そのまま、残る全ての力を振り絞るかのように、斬撃をタキオスへ叩き込む。

 

 しかしタキオスには、まだ恒常的に張られている絶対防御の障壁が存在する。これを打ち破らない事には、セツナの勝利はあり得ない。

 

 剣戟と障壁が激しくぶつかり合い、視界を射るスパークとなって弾け飛ぶ。

 

 セツナとタキオス。

 

 両者は互いに一歩も引かない。

 

 やがて、その拮抗も終焉を迎える時が来た。

 

 鉄壁かと思われたタキオスの障壁に僅かな歪みが生じ始め、それが巨大な亀裂へと変わっていく。

 

 その隙を見逃さず、セツナは渾身の一撃を叩き込む。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 気合と共に放たれた一刀は、障壁が示す最後の抵抗を押し返し、切り裂いた。

 

 ついにセツナは、

 

 タキオスの剣を破り、

 

 その障壁をも斬り裂いた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 技を終えたセツナは、その場で動きを止める。

 

 そこが、限界だった。

 

 タキオスと言う鉄壁の如き存在とぶつかり合い、死力を尽くした攻撃はしかし、ついにその標的を捉えるには至らなかった。

 

 対してタキオスは先述した通り、今だに余力を残している。

 

 そして、自身の前に佇む力尽きた死神を見下ろしていた。

 

「勝負、あったな。」

 

 感慨と共に呟く。

 

 ラセリオ攻防戦での出会いから、通算する事3度目の激突。

 

 やはり、初めて会った時の勘は正しかった。この若きエターナルは、タキオスの心を満足させてくれるだけの奮戦を見せてくれた。

 

「終わりだ。」

 

 振り上げられる刃。

 

 せめてもの手向け、苦しまぬように1撃で終わらせる事が、この少年への礼儀と言うものだろう。

 

 その時だった、

 

「・・・・・・・・・・・・それはどうかな?」

 

 低い声と共に、仰ぎ見たセツナの口元に浮かぶ不敵な笑み。

 

 それは、自身の勝利を確信した者のみが浮かべる事のできる光景。

 

「何?」

 

 動きを止めるタキオス。

 

 そこで気付いた。

 

 自分達の遥か頭上、

 

 雲間から僅かに見える太陽に隠れて、

 

 剣を振り上げた影がある事に。

 

 その者が翳すオーラフォトンは分厚い雲を跳ね除け、吹雪を散らして地上に光をもたらす。

 

「《聖賢者》・・・ユウト・・・・・・」

 

 呆然とした声で呟くタキオス。

 

 自身の体に限界が近い事も、例えクロスブレード・オーバーキルを使ったとしてもタキオスを倒すには至らないであろう事も先刻承知。

 

 セツナの狙いは初めからここにあった。

 

 セツナは語った。タキオスの「唯一無二の技」を前に、自分は「選択肢の力」で持って立ち向かうと。選択肢とはすなわち、持ちえる手札の数の事に他ならない。相手が接近戦で来るなら自身は遠距離から削り、遠距離で来るなら接近戦で断ち、力で敵わなければ速さで翻弄し、直接攻撃が効かなければ魔法で攻める。そして、1人で駄目なら2人で掛かる。

 

 セツナは自身の全力を振り絞って障壁を突き破り、無防備になったタキオスにユウトがとどめを刺す。これが2人の作戦だった。仕掛ける前にユウトを遠ざけて見せたのはその為の布石。全ては「ユウトは戦力外」とタキオスに思い込ませる為の策略だった。

 

 そして今、剣も破られ障壁も失ったタキオスが目の前に立ち尽くしている。

 

 そこへ、この一刀を持って勝敗を決すべく、ユウトが斬り掛かった。

 

「コネクティドウィル!!」

 

 いかにタキオスが頑健な体を有しているとは言え、生身の状態でオーラフォトンを纏った永遠神剣の刀身に耐えられる訳は無い。

 

 次の瞬間、ユウトの剣はタキオスの体に深々と食い込んだ。

 

 ユウトはそのまま、勢いに任せて《聖賢》を振り抜く。

 

「グオォォォォォォ!?」

 

 体を縦斬り裂く刃の衝撃に、タキオスは思わず唸りを上げる。

 

 それでも、宿敵達に膝を屈するのを拒むかのように、タキオスは倒れるのを拒否して立ち続ける。

 

 だが、既に誰がどう見ても、その体には動く力は残されておらず、傷口からはどす黒い煙が立ち上っているのが見える。

 

 勝敗は、決した。

 

 

 

 雪原の上に降り立つユウト。

 

 その傍らには、全ての力を出し尽くして膝を突くセツナの姿がある。

 

「大丈夫か、セツナ?」

「・・・・・・何とかな。」

 

 本当に、何とか勝てた。

 

否、何とか生き残る事ができた。

 

 最早、回復無しでは立つ事すら叶わないだろう。だがそれでも、セツナはまだ倒れる事は許されない。

 

 宿敵の退場を、見届けるまでは。

 

「・・・・・・さすがだ。」

 

 瀕死の重傷を負ってなお、タキオスは常の余裕を崩さぬまま口を開く。あるいは、エターナルとして長く生きて来たが為に、こうして敗北の土を味わう事も珍しくないのかもしれない。いずれにしても、驚嘆すべき肉体と精神だ。

 

「今回はどうやら、俺の負けのようだ。」

「どうかな。」

 

 タキオスの言葉に、ユウトは乾いた返事を返す。

 

 その後を受けてセツナが口を開いた。

 

「仮に1対1だったら、俺達はどちらもお前に勝てなかっただろう。そう言う意味では、素直に喜べんさ。」

 

 勝利を拾えたのは2人の実力故ではなく、策略と、若干の運が重なった産物に過ぎない。事実、もう一度同じやり方でタキオスと戦えと言われれば、セツナもユウトも即座に拒否するだろう。

 

「だが、勝ちは勝ちだ。」

「ああ、だから、先に進ませてもらう。」

 

 それが勝者の権利であり義務。

 

 そこに躊躇いを挟む意思も、謂れも存在しない。敗者へ敬意を示す為にも、勝者は常に歩み続けなくてはならないのだ。

 

 やがて、2人が見ている目の前で、タキオスの巨躯が陽炎のように揺らぎ始める。

 

「これまでだな。」

「ああ、達者でな。」

 

 口を突いてはみたものの、どうにもその言葉は相応しくないような気がした。

 

 どうやらタキオスも同感だったらしく、フッと笑う。

 

「お前達もな。また、今度会ったその時は、再び、剣を交えようではないか。」

「「絶対に御免被る。」」

 

 最後の言葉は、奇しくも2人同じ台詞になった。

 

 その言葉を最後に、戦いに満足したタキオスは空気に溶けるように消えていった。

 

 既に、他のエターナルミニオン達も撤収したらしく、周囲に喧騒は無い。

 

 戦いは、ラキオスの勝利に終わったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・道が、開いたな。」

「ああ。」

 

 セツナの言葉に、ユウトは頷いた。

 

 今回の勝利により、戦力の大半を失ったロウ・エターナル達には、最早余力は残されていない。確実に、次の戦いで最後になるだろう。

 

 そして、残る敵も最早限られている。

 

 この戦いが始まるまで霧中にあった勝利への道が、今、僅かずつだが仄見えてきていた。

 

 その時、

 

「セツナァ!!」

 

 彼方から、聞き慣れた声が飛び込んでくる。

 

 目を向けると、白銀の雪原を転がるように走ってくる人影がある。

 

「ネリー・・・・・・」

 

 愛しい少女の姿に、セツナは口元を綻ばせる。

 

 今回も生き残る事ができた。

 

 そしてまた、彼女を抱き締める事ができる。

 

 命の残り火が少ないセツナにとっては、それはかけがえの無い物となりつつあった。

 

 やがて、ネリーの体はその輪郭がはっきり判る程の距離まで近付く。

 

 いつものようにセツナに飛びつこうとして、

 

 突如、背後から現れた腕がその体を捕らえた。

 

「なっ!?」

 

 セツナも、ユウトも、そして当のネリーも絶句した。

 

 空間から現れた腕はしっかりとネリーの小さな体を捕らえ、その動きを封じる。

 

「せ、セツナ!!」

 

 必死にもがき、ネリーはその腕をセツナに伸ばそうとするが、拘束は決して緩む事がない。

 

「ネリー!!」

 

 立ち上がろうとして、失敗した。既に、セツナにはそれだけの力すら残されていない。

 

 そのセツナの目の前で、絶望が虎口を露にする。

 

 純白の法衣に身を包んだ、金髪碧眼の容姿。

 

 不気味なほどの存在感と共にある、怨敵たるエターナル。

 

「ハーレイブ、貴様!!」

 

 叫ぶが、今のセツナにはどうする事もできない。

 

 そんなセツナに、ハーレイブは嘲笑を投げかける。

 

「言ったでしょう、君には最高の絶望を持って迎えると。」

 

 最早隠そうともしない敵意が、声に乗ってセツナに投げられる。

 

 セツナは渾身の力を持って立ち上がろうとするが、それでも体は動かない。

 

 そんなセツナに、ハーレイブは言葉を紡ぐ。

 

「待っていますよキハノレで。彼女を救いたいのなら、這ってでも追って来なさい。」

「セツナ!!」

 

 どうにか拘束を逃れる事ができたネリーの左腕が、セツナに向かって伸ばされる。

 

 その手を掴み取ろうと、セツナも手を伸ばす。

 

 しかし、触れようとした希望は覆い尽くす闇によって閉ざされる。

 

 2人の姿が、開いた門の中へと消えて行く。

 

「セツナァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 叫ぶネリーの声が徐々に薄れ、そして完全に消え去る。

 

 後に残るのは白銀の雪原と、激戦の傷跡。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、伸ばした手を戻す。

 

 またしても、愛する女を奪われてしまった。

 

 あの男に、

 

「セツナ・・・・・・・・・・・・」

 

 ユウトは、そんなセツナを労わるように声を掛ける。

 

 あまりに一瞬の事であった為、傍らで見ていたユウトも動く事ができなかった。

 

 そこへ、背後から走ってくる足音があるのに気付く。

 

 振り返るとトキミやアセリア、キリスと言った仲間達が走ってくるのが見えた。

 

「ユウトさん、セツナさん、何があったんですか?」

 

 トキミが急き込んで尋ねてくる。タキオスが倒されてから数瞬の間に何事かあったらしいと言うのを感じたのだろう。

 

「実は・・・・・・」

 

 ユウトが事の次第をかいつまんで説明する。

 

 それを聞くとも無しに聞いていたセツナは、ゆっくりと手を握り締める。

 

 血が滲むような痛みが、掌に鈍痛を与える。

 

 その痛みが、僅かずつ体に活力を戻していく。

 

 ハーレイブはキハノレに来いと言った。

 

 行ってやろうではないか。ただし、そこで絶望を味わうのは自分ではなく奴自身だ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 渾身の力を込めて、立ち上がる。

 

 先程まで体を支配していた倦怠感が嘘のように消えている。

 

 相変わらず激痛は体を支配しているが、それでも歩けないほどではない。

 

「ユウト、回復を頼む。」

 

 怒りにより、頭がスッとクリアになる。

 

 その鋭い瞳には、最早他の事は映っていない。自分の事も、この世界の事も、仲間達の事も。

 

 ただひたすらに、怨敵を討ち果たし恋人を救い出す事意外、眼中には無かった。

 

「待てよ、お前そんな体で、1人で行くつもりなのか?」

「そうですよ、それにセツナさん、あなたの体はもう!!」

 

 それを見ていたコウインとトキミが思わず身を乗り出して静止に掛かる。

 

 だが、それを制する手があった。

 

 誰あろう、先程まで一緒に戦っていたユウトだった。

 

「判った、準備するから少し待ってくれ。」

「・・・・・・済まん。」

 

 そう言うとユウトは、神剣魔法の準備に取り掛かる。

 

 そんなユウトに、トキミ達は抗議の視線を向ける。

 

「おいおい、1人で行くなんて無理だろ。」

「そうですよ、ユウトさん!!」

 

 だが、ユウトは黙って首を横に振る。

 

「行かせてやろう。」

「しかし、」

「こういう奴なんだよ。セツナにとっては多分、自分の命すら武器の1つに過ぎないんだ。」

 

 目的の為なら、平気で自分の命を消耗する事ができる。それで最大の効果を上げられるなら、躊躇う理由なぞ存在し得ない。

 

 考えてみればセツナはこれまで、常に自分から虎口へと飛び込み、仲間達の為に道を切り開いてきた。常に肩を並べて戦ってきたユウトだからこそ、判る事だった。

 

 だからこそ言える、言葉では決して、セツナを止める事は出来ない、と。

 

 やがて、回復を終えたセツナは、ゆっくりと歩き出す。

 

 怨敵との最終決戦を目指して、その足は北へと向けられた。

 

 

 

第42話「強剣士」     終わり