男は鎮座する。

 

 ここは、「どこでもない空間」。

 

 どこでもないが故に、

 

 どこへでも行ける。

 

 そんな曖昧な、狭間にある場所。

 

 目の前に浮かぶ杖が、光を吸い取って淡く光る。

 

 その口より、低い声で読経のような声が漏れ聞こえる。

 

 男は目を瞑り、ひたすらに願う。

 

 徐々に光を帯びるその体からは、世界その物にも匹敵し得る力が溢れ出す。

 

 やがて、ゆっくりと目を見開く。

 

 翳したその手に、集約される光。

 

「・・・・・・・・・・・・開け、異界の扉。」

 

 囁くように、漏れ聞こえた言葉。

 

 同時に、光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が謳う詩

 

 

 

第41話「JOKER」

 

 

 

 

 

 

 剣戟の音が、耳障りなほどはっきりと戦場で重奏を奏でる。

 

 そこかしこで起こる血風が、スクリーンと化した吹雪の中より渦を巻き、視界を朱に染め行く。

 

 通常の60倍の速度で地を駆けながら、セツナは自身に向けて放たれるオーラフォトンによって形成された槍を、右手に持った《絆》で的確に裁いていく。

 

 高速で飛んでくる槍だが、セツナの動体視力と身体能力を持ってすれば決して捌けないレベルではない。

 

 弾かれた槍は全て砕け、マナの塵へと返っていく。

 

 それを確認する間もなく、セツナは不断に位置を変えながら走り続ける。

 

 だが、槍の数は多い。しかも、執拗にセツナを追いかけてくる。いかに60倍の速度を持ってしても、捌ききれない。

 

 ついに数発が、セツナの迎撃をすり抜けてまっしぐらに飛んでくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに跳躍、着弾の爆発から逃れるセツナ。

 

 吹き上げられた地吹雪が、折からの豪雪と融合して更に視界を遮る。

 

 だが、相手の攻撃はそこで留まらない。

 

 空中ではセツナが身動き取れないことを見越し、既に次の手を打っていたのだ。

 

 体勢を整える間もなく、地上から真っ直ぐに伸びる閃光の色は漆黒。

 

「ッ!?」

 

 自分の能力ならば、斬り裂く事は容易い。だが、それを行うにはあまりに時間が足りない。

 

「玄武!!」

 

 並列で呼び出した玄武が、セツナの前面に障壁を張り巡らせる。

 

 だが、完全な展開を終える前に閃光はセツナの体を貫いた。

 

「グッ!?」

 

 肌を焼く閃光に息を詰まらせながら、それでもセツナは身を捩って攻撃を回避する。だがそこへ更に攻撃が加わり、セツナは空中でバランスを大きく崩す。

 

 錐揉みするように墜落するセツナ。

 

そのまま地上に激突する前に体勢を入れ替え、白き大地に着地する。

 

 だが、今のセツナの立場は追われる獣である。となると、当然この動きも相手は予想していた事だろう。

 

 一瞬視界の中で何かが歪んだかと思うと、次の瞬間真一文字に閃光が走る。

 

 全く容赦の無い一撃が、セツナの首を目指して向けて放たれる。

 

「クッ!?」

 

 バク宙の要領で宙に舞い、辛うじて間合いを取って着地。同時に、前髪が一房、地に落ちる。

 

 対して、斬撃を放った緋色の髪を持つ女剣士は、忌々しげにセツナを睨む。

 

 自身の剣がかわされた事が頭に来たのだろう。その視線だけでセツナを刺し殺そうとしているほどの殺気が感じられる。

 

 対するセツナも、両手の刀を掲げて女剣士と対峙する。

 

 睨みあったまま1歩も退かず、一触即発の両者。

 

 その時だった。

 

 パチ・・・・・・パチ・・・・パチ・・・パチパチパチパチパチパチ

 

 殺気と共に場を圧する静寂を外側から破るように、弾く音がする。

 

 かつて、そう、この男と初めて対峙した時も、確かこんな感じだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま廻らす首。

 

 その視界の中に、予想通りの人物が立っている。

 

「お久しぶりですね、セツナ君。」

 

 《冥界の賢者》ハーレイブは、その顔に不気味なほど満面な笑みを浮かべてセツナを見ていた。

 

 

 

 視界いっぱいの猛吹雪が、進撃するラキオス軍の行く手を阻むかのように吹き荒れている。

 

 ソスラスの戦いに勝利したラキオス軍は、その余勢を駆って巡礼者の道を北上、一路キハノレを目指す。戦闘終了から僅か2日。いかに勢いがラキオス側にあるとは言え、その進軍はあまりにも急に過ぎた。

 

当初の予定では慎重を期し、ソスラスを後方拠点にしながら徐々に進軍していくと言う物だったはずである。だが、様々な方面から検討を重ねた結果セツナ達が出した結論は、電撃的なキハノレ侵攻だった。

 

 性急な決断を下した裏にはいくつかの理由があった。

 

 ソスラスとその手前、忘却の森でラキオス軍が倒したエターナルミニオンの数は数百にも及び、更に敵主戦力であるエターナルも2人討ち取る事に成功した。この事から現状一時的にせよ、ロウ・エターナル側の予備兵力が底を突いている可能性が高い事。それを踏まえた上で両軍の戦力差を天秤に掛ければ、決して手の届かない相手ではない。

 

 また、逡巡はこの際、度し難い危機を迎える事になりかねない。既に、ラキオス本国にあってマナの観測を続けているヨーティア達の報告から、多くのマナがキハノレに集中し始めているのは判っている。それに呼応するように、皆の永遠神剣も悲鳴のような共鳴を始めた事からも、タイムリミットが近付いてきている事は明らかだった。加えて、時間が経てばロウ・エターナル側は戦力の回復を図る可能性がある。そうなると、勝機は確実に遠のいてしまう。

 

 それらを踏まえた結果、セツナ達は断を下した。キハノレに向けて進軍すると。

 

 この世界の、未来を賭けた進撃。

 

 たとえ自分達が、虫けらのように矮小な存在であったとしても、

 

 滅ぼされても仕方が無いような、愚か者の群れであったとしても、

 

 この世界の人間は、迫る崩壊に対して「NO」を突き付けたのだ。

 

 それらの、全ての想いを剣に代え、ラキオス軍は進んだ。

 

 だが、ここで誰もが予測できなかった事態に見舞われる事となった。

 

 セツナ達の予想通り、度重なる敗北で戦力的に苦しくなり始めたロウ・エターナル側は、《統べし聖剣》シュンを除く全戦力を持って、ラキオス軍を迎撃する為にキハノレより出撃してきたのだ。

 

 吹雪の中、予想外の全面会敵に虚を突かれたラキオス軍の陣形は大きく乱れた。

 

統制が取れず、なおかつ敵が主力を繰り出してきている現状でまともにぶつかれば全滅もあり得る。

 

そこでラキオス軍側は、エターナル数名が前線に立ち迎撃する一方で、早急なる陣形の再編を迫られていた。

 

 

 

 降りしきる猛吹雪が視界を塞ぐのにも構わず、ネリーは従えた12個の球体からオーラの槍を撃ち続ける。

 

 エターナルミニオン達は、白いベールの中から滲み出るように次々と表れてくる。

 

 いかに遠距離戦闘が可能なネリーでも照準を目視に頼っている以上、見えない敵に対しては有効な手立てを持ち得ない。必然的に敵との間合いは狭まる事となる。

 

「クッ!?」

 

 振り下ろされた青ミニオンの剣を障壁で弾きつつ、素早く《純潔》を1個引き寄せ砲撃、青ミニオンの胸を撃ち抜く。

 

 胸に穴の開いた青ミニオンは一瞬体を震わせ、次の瞬間手にした剣ごとマナの塵へと返っていく。

 

 先程からこの調子。接近戦闘能力を持たない今のネリーには、ひどく窮屈な戦いが続いていた。

 

 上空は乱気流が飛び交い、空中戦能力が否応無く阻害されている為、地上での戦闘が余儀なくされている。その条件は敵も同じなのだが、遭遇戦と言う特殊条件化では、遠距離戦闘よりも接近戦闘の方が有利なのである。

 

 加えて猛吹雪と言うのが問題であった。

 

 周囲1メートルを見渡す事すら困難を要するこの吹雪は、同時に大気を激しく攪拌して気配察知を困難な物にしている。

 

 ネリーの魔法はマイナス系のオーラフォトン、つまり冷却系の物が多い為、本来ならこうした状況下では使えば最も効力を発揮するはずなのだが、先述した視界不明瞭の為に大出力の神剣魔法は味方をも巻き込む危険性を孕む為、使用を控えるように《純潔》から言われている。

 

 つまり、フリージング・フェニックスやアブソリュート・ミーティアと言った高威力神剣魔法が悉く使えない事を意味していた。

 

「ッ」

 

 萎えそうになる気持ちに活を入れ、再び《純潔》にオーラフォトンを充填する。

 

 薄桃色の翼を羽ばたかせ吹雪を攪拌、ネリーの華奢な体を急上昇させる。

 

 とにかく、時間を稼がねばならない。本隊が体勢を立て直すまでにはまだ暫く時間がある。その間敵主力を抑えて置けるのは、ネリーだけである。

 

 その時、吹雪を突いて3つの影が躍り出てきた。

 

 色は青、黒、緑。

 

 通常を遥かに上回るスピードで、ネリーとの間合いを詰めてくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに6個の《純潔》から砲撃、正確無比軌道を描いて飛翔する光の槍は、確実にエターナルミニオンの胸を貫くかと思われた。

 

 しかし、

 

「えェ!?」

 

 思わず目を見開く。

 

 3体のミニオンは、それぞれ身を捩るようにして体勢を変えると、ネリーの砲撃を悉くかわして見せたのだ。

 

「クッ、そんな!!」

 

 あり得ない。エターナルが渾身を込めた攻撃を、ミニオンが回避するなど。

 

 だが、そのあり得ない事が現実に目の前で起きていた。

 

 更に、残り6個の球体から立て続けに砲撃が繰り出される。

 

 しかし、それも相手を掠る事は無い。

 

 ネリーの砲撃をかわしきったミニオンは一気に間合いを詰め、それぞれの刃を繰り出す。

 

「クッ!?」

 

 とっさに身を翻し、刃の応酬から逃れるネリー。

 

 しかしかわしきれなかった一撃が、ロングスカートの裾を斬り裂く。

 

「クッ、行け!!」

 

 命令を送ると同時に《純潔》を、ミニオン達を包囲するように飛ばし一斉砲撃を加える。

 

 12方向から繰り出される光の槍に、標的は成す術も無く串刺しにされるはずであった。

 

 しかし、3体のミニオンはネリーの攻撃を空中に跳び上がり回避、再びその間合いを詰めてくる。

 

 ネリーは知る由も無かったが、その3体は特にマナを多めに使って作り出された強化エターナルミニオンで、その能力は下手をするとエターナルにすら届きかねない物があった。

 

 それでも普段のネリーならば、この程度の敵など苦も無く撃退できただろう。しかし、猛吹雪で視界が塞がれて正確な砲撃が出来ない上に、上位魔法の大半を封じられてしまっている現状では、この苦戦は必然と言えた。

 

 3本の刃を、障壁で弾くと同時に再び距離を取ろうとするネリー。

 

 しかし3体のミニオンは絶えずネリーの至近に張り付き、決して逃そうとしない。

 

『クッ、せめて・・・せめて剣があれば、こんな奴等なんか!!』

 

 近接戦闘のできない自身の能力が、この時ばかりは歯がゆくて仕方が無かった。

 

 

 

 振るわれる重厚な刃を、アセリアは《永遠》を振るう事で辛うじて逸らす。

 

「クゥッ!?」

 

 その細い腕に多大な負荷が掛かる。

 

 今にも折れそうな衝撃を辛うじて弾き返しながら、それでも反撃の隙をその眼の内に伺う。

 

 そのアセリアを援護するように、背後から数条の閃光が駆け抜ける。

 

 マナを物質化して顕現した閃光は、光の刃と化して空間を切り裂いて飛ぶ。

 

 ユウトは立て続けにオーラフォトンを斉射。放たれた閃光は真っ直ぐに標的に向かう。

 

 対峙する相手は《黒き刃》タキオス。

 

 先のハイペリアでの戦いでは、全力を出してひと太刀浴びせるのが精一杯であった。だが、今度は自身もエターナル。基本的な条件は互いに変わらない。

 

 しかし、

 

「ぬるい!!」

 

 かち上げる一閃は、斬り掛かるアセリアの体を弾き飛ばし、ユウトの放った閃光を掻き消す。

 

「クッ!!」

 

 ユウトは唇を噛み、アセリアはどうにか空中で体勢を整える。

 

 そこへ、タキオスの剛剣が振り下ろされる。

 

 振り下ろされた剣圧だけで、大気が歪む様が見える。

 

「ぐぅ!?」

「んゥ!?」

 

 唸る大気を前にして、ユウトは元より空中にあったアセリアですらバランスを崩す。

 

 そこへ再び、タキオスが斬り込んで来る。

 

「おォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろされる《無我》。

 

 バランスが崩れたままのユウトに、それをかわす術は無い。

 

『まずいっ!?』

 

 目はしっかりと迫る刃を捉えていると言うのに、体はとっさの事で動こうとしない。

 

 絶望を孕んだ殺気が、容赦無くユウトの頭上に迫る。

 

 とっさに《聖賢》をかざして耐えようとするが、そんな物ではあの剛剣を防ぎ得ないのは明白である。

 

 次の瞬間、

 

「ティヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 横合いから飛んできたアセリアが、全体重を掛けた一撃でタキオスの剣先を逸らす。

 

 捨て身に近いアセリアの一撃に、さしものタキオスも虚を突かれた。

 

「ぬうっ!?」

 

 若干よろめくタキオス。だが、巨山の如き体のバランスを崩すには至らない。

 

 そこへ、体勢を立て直したユウトの鋭い突きが繰り出される。

 

 それを難なく弾きながら、タキオスは空いた手でユウトに殴りかかる。

 

「うっ!?」

 

 拳だけでユウトの顔面ほどもあるそれを、辛うじて後退しつつ回避、《聖賢》を正眼に構える。

 

 その横に、6翼を従えたアセリアが舞い降り、《永遠》を構える。

 

 元々のアセリアの剣であった《存在》の情報を取り込んだ為だろうか、《永遠》の形状は《存在》のそれによく似ている。

 

 対するタキオスも、《無我》を正眼に構える。

 

「・・・・・・腕を上げたな。」

 

 その口元には、笑みを浮かべている。

 

 かつてのユウトとアセリアは、本気を出したタキオスの前には赤子にも等しい存在であった。

 

 だが今、ようやっと対等に渡り合えるだけの実力を持って、タキオスの前に立っていた。

 

「ああ、お前を倒す為にな。」

 

 言いながらユウトは、ジリジリと間合いを詰めていく。

 

 それに対しタキオスは構えを変え、上段に大きく振りかぶる。

 

「よかろう、全力を持って応えてやる。」

 

 その言葉と同時に、周囲の大気が圧縮されるような感覚に陥る。

 

 黒く変色したマナが、逆巻く煙のように《無我》の刀身へと吸収されていく。

 

「ッ、行くぞ、アセリア!!」

「ん!!」

 

 タキオスの技に尋常ならざる物を感じたユウトとアセリアも、オーラフォトンを全開にして斬り込む。

 

 次の瞬間、

 

 唸る大気を切り裂いて《無我》が振り下ろされる。

 

「受けよ!!」

 

 その切っ先よりダークフォトンが迸り、2人を飲み込まんと襲い掛かる。

 

 異空を斬り裂く剣は、触れただけで致命傷となる。

 

「「クッ!!」」

 

 対抗するように、同時に剣を繰り出すユウトとアセリア。

 

 しかし、全力を解放したタキオスの前では、2人の力を持ってしても留める事はできない。

 

 2人のオーラフォトンは一瞬で弾かれ霧散、同時に黒き斬撃が迫る。

 

「ユウト、掴まれ!!」

 

 とっさに叫びつつ、アセリアは低空を飛びながらユウトの体を掻っ攫う。

 

 一瞬反応の遅れたユウトも、すぐにアセリアの手を掴む。同時にアセリアは高度を上げ、辛うじてタキオスの斬撃をやり過ごした。

 

 だが、

 

「まだまだ!!」

 

 タキオスは膝をたわめて跳躍、その巨体が宙に舞う。

 

「なっ!?」

 

 全く予期し得なかったその行動に、思わずユウトは息を飲む。

 

 そこへ振り下ろされる《無我》。

 

「クッ!?」

 

 ユウトはとっさにアセリアの手を振りほどくと、その反動を利用して空中で飛び退く。

 

 間一髪、2人の間をタキオスの斬撃が駆け抜ける。もしユウトの判断があと半瞬遅かったら、2人の体は確実に真っ二つにされていた事だろう。

 

 大地を揺するかのような音を立て、着地するタキオス。ややあって、ユウトとアセリアも大地に降り立つ。

 

 次の瞬間、

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 2人は同時にタキオスに向けて斬り掛かる。

 

 左右からの同速同時攻撃。いかにタキオスと言えど、捌ける物ではない。このタイミングなら、確実にどちらかの剣は入るはずだ。

 

 しかし、

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 気合と共に、その全身から放出されるダークフォトン。まるで台風の目のような状態になったタキオスは、全方位へ衝撃波を放つ。

 

 その気合だけで、接近しようとしていたユウトとアセリアは元来た方向へ弾き返された。

 

「クッ!?」

「ん!?」

 

 辛うじて体勢を取り戻したユウトとアセリアは、油断無く剣を構えてタキオスを見る。

 

 対するタキオスは、そんな2人を余裕の篭った眼差しで見返す。

 

 強い。

 

 2人の有力なエターナルを相手にしてもなお、タキオスの優勢は崩れない。

 

 一方のユウトとアセリアも、辛うじてだがタキオスの剛剣に着いていっている。

 

 互いを生涯の伴侶と認めた2人は、息の合った連携でタキオスに対抗する。その相乗効果が、圧倒的な戦力差を埋め、辛うじて追随を可能にしていた。

 

 両者、互いに譲らずに、再び剣を向け合った。

 

 

 

「陣形の再編を急げ! ヴァルキリーズは右翼の支援を!!」

 

 自身も《因果》を振るいながら、コウインは矢継ぎ早に指示を下していく。

 

 一時の後退に意味は無い。ここで持ち堪えなければ、後はズルズルと敗北への道を転がり落ちていってしまう。

 

 幸いな事にエターナル達の奮戦によって、戦線は辛うじて維持されている。だがそれも、あくまで敵エターナルを抑えると言う事に成功しているだけで、他のエターナルミニオン達の進行を抑えるにはいたっていない。

 

「コウイン、あたし達はこっちに!!」

 

 キョウコの声と共に、ヴァルキリーズが駆け去っていくのが判る。

 

 さすがは自他共に認める精鋭部隊だけあって、いち早く再編成を済ませたようだ。エターナル達も本隊も手が離せない現状で、これほど頼もしい存在は居ない。

 

「頼むぜキョウコ、暫く時間を稼いでくれよ。」

 

 言いながら《因果》を一閃、迫ってきた黒ミニオンを一刀両断にする。

 

 そこへ今度は、吹雪の向こうでマナが急速に集中していくのを感じる。

 

「まずい!!」

 

 舌打ちしつつコウインも、とっさに詠唱を始める。

 

 視界は相変わらず効かない。

 

 しかしエトランジェとしての鋭敏な感覚は、そのベールの向こうに潜む赤ミニオン達の存在を確実に捉えていた。

 

 弾けるマナ。

 

 同時に放たれる、莫大な量の炎。

 

 純白のベールを貫いて、真っ直ぐに迫ってくる赤い嵐。

 

「やらせるかよ!!」

 

 間一髪、障壁の展開が間に合う。

 

 凶暴な牙さながらに迫る炎。迎え撃つ堅牢な障壁。

 

「グッ!?」

 

 想像を絶する熱量に、コウインは障壁越しにも自分の体が焼かれる想いだった。

 

 しかし、負けるわけにはいかない。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共にその身に宿るオーラフォトンを全開にして、炎を弾き返す。

 

 弾き返った炎は、そのまま放ったミニオン達に襲い掛かり、その身を燃やして行くのが判った。

 

「こんな所で、負けてられるかよ。」

 

 肩で息をしながらも、コウインはその口元を歪めて笑みを見せる。かつて、全エトランジェ中最強の防御力を誇った腕前は健在である。

 

 その脳裏に浮かぶのは、今、必死に前線を支えているであろう5人のエターナル達だった。

 

『頼むぜ、みんな。』

 

 心の中で呟くと同時に、再び《因果》を構える。

 

 迫る敵の大軍を前に、コウインは1歩も引かぬ構えを見せた。

 

 

 

 トキミの斬撃が、テムオリンを捉える。

 

 来るべき未来を詠み取り、正確な場所へと攻撃を繰り出す。

 

 一瞬の攻撃。

 

 しかし、それが白き《法皇》を捉える事は無い。

 

 その姿が歪んだ次の瞬間には、テムオリンの姿はトキミの間合いの外にある。

 

 とは言え、トキミとて歴戦のカオス・エターナル。相手が物理法則を無視してくるなら、自身もそれを超越してみせる。

 

「そこ!!」

 

 懐から数枚の札を取り出すと、出現したテムオリンに向けて放つ。

 

 対するテムオリンも、余裕の表情のまま手を翳し、その内よりダークフォトンの槍を作り出して射出、トキミが投げた札を迎撃する。

 

 両者の中間地点でぶつかり合ったそれらは、爆発を引き起こし、両者の視界を暫しの間塞ぐ。

 

 テムオリンは、既に数周期を生きる老獪のエターナルであるのに対し、トキミが生きた時間は今だ半周期でしかない。しかしそれでも、その経験の差を埋めてこの時の巫女が《法皇》と伍する事ができるのは、トキミの持つ未来視の力がテムオリンの先手を打つ事ができるからに他ならない。

 

「ハッ!!」

 

 爆炎を突いて、トキミが仕掛ける。

 

 紙型で自身の分身を3体呼び出しテムオリンを包囲、同時に攻撃を仕掛ける。

 

 対してテムオリンは異界の扉を開くと、蒐集した永遠神剣を4本呼び出し、向かってくるトキミに向けて撃ち出す。

 

 1本、

 

 2本、

 

 そして3本の神剣は、そのまま目標を貫いて引き裂く。

 

 しかし残り1本は、トキミが手にした《時詠》によって弾かれる。

 

「そこですわ。」

 

 標的を見定めたテムオリンは短い声と共に短距離転移、一瞬で距離を詰めると手にした《秩序》でトキミに襲い掛かる。

 

 オーラフォトンを込められた《秩序》は、大気にある分子を分解しながらトキミへと迫る。

 

 しかし、

 

「フッ!!」

 

 短い息と共に、トキミの指が印を切る。

 

 同時に両者の周囲を形成する風景が一気に歪み、一瞬の後にはテムオリンは転移前の位置に戻っていた。

 

「・・・・・・相変わらず、厄介な能力ですわね。」

「そっちこそ、フラフラフラフラと、少々目障りです。」

 

 互いに若干の苛立ちを込めた、言葉の応酬が交わる。

 

 トキミは迫るテムオリンの攻撃に対し、僅かに時間を巻き戻す事で攻撃を「無かった事」にし、その事実を持って回避したのだ。

 

 テムオリンはそのつぶらな瞳でトキミを見据えると、手にした《秩序》をシャランと鳴らす。

 

 次の瞬間その頭上に門が出現し、中から無数の永遠神剣が現れる。

 

「クッ!!」

 

 対してトキミも《時詠》を構え、迎え撃つ。

 

「お逝きなさい。」

 

 囁くような言葉と共に、何百と言う数の永遠神剣がトキミに向けて放たれた。

 

 

 

 未来の情景を歪めて、光速の剣がセツナに襲い掛かる。

 

 対してセツナも、一瞬だけ白虎をフルドライブ起動、本来なら間に合わない防御を辛うじて間に合わせる。

 

 だが、

 

「まだ!!」

 

 アーネリアの鋭い蹴りが迫る。

 

 その蹴りはセツナの胸を強打、大きく吹き飛ばす。

 

「グッ!?」

 

 両足を地に着けてブレーキを掛けるが、それでも地面の雪を撒き散らしながら数十メートル後退する。

 

 動きを止めるセツナ。

 

 そこへ狙いを澄まし、黒き閃光が真っ直ぐに伸びてくる。

 

「クッ!!」

 

 対してセツナも《絆》の刀身にオーラフォトンを伝わらせると迫る閃光に振り抜き、斬り裂く。

 

 だが、攻撃はそこで止まらない。

 

 技後の硬直で、セツナはすぐに動けない。

 

そこへオーラフォトンで作られた槍が降り注ぐ。

 

「グッ!?」

 

 玄武を呼び出すだけの時間は無い。

 

 とっさに身を捩って回避しようとするが、1発が左肩に、1発が左足に命中し鮮血を迸らせる。

 

 体を刺す激痛に、動きを止めるセツナ。

 

 そこへ、剣を翳したアーネリアが迫る。

 

 1撃目、胴を薙ぐようにして放たれた剣を、セツナは後退する事でかわす。

 

 2撃目、唐竹割のように繰り出された剣を、刀で弾く。

 

 次の瞬間、逆風のように摺り上げられたアーネリアの剣が、下からセツナに迫る。

 

 4次元に干渉し本来在るべき未来を捻じ曲げ、加速させるほどの剣。前2撃のブラフにより視力が遅い動きに成らされている所もあり、通常の状態でかわす事は困難に近い。

 

 その剣がセツナを切り裂き、

 

 透過した。

 

「何ッ!?」

 

 目を見開くアーネリア。

 

 その視界にあるセツナの左手は、もう1本の刀を握っている。

 

 とっさに左の《絆》を抜いたセツナは、朱雀を呼び出して自身を構成するマナ濃度を改変、アーネリアの剣を透過させたのだ。

 

「ハッ!!」

 

 一瞬の隙を突き、前に出るセツナ。

 

 両手に翳した刀は上方と左方向から、同時にアーネリアに襲い掛かる。

 

 フルドライブを掛け、120倍の速度で襲い来る2本の剣の前に、後方に跳躍する事でアーネリアは回避する。

 

 だが、その着地前にセツナは動く。

 

 今にも地面に地が着きそうなアーネリアに向けて、セツナの鋭い突きが迫る。

 

「クッ!?」

 

 かわす事は不可能。払い除けるだけの余裕も無い。

 

 真っ直ぐに高速で迫るセツナの突きは、アーネリアに右目に向かう。

 

 しかし、

 

「おっと、それは、まだ早いですよ。」

 

 軽い口調と共に、セツナの右手から《絆》が弾き飛ばされる。

 

「クッ!?」

 

 弾かれた衝撃で、右手首が痺れを起こす。

 

 アーネリアを守るように舞い降りたハーレイブは、連続して掌から光弾を放ちセツナの攻撃してくる。

 

 対してセツナは左手の《絆》だけで、ほぼゼロの距離から放たれる光弾を裁きながら後退、距離を置こうとする。

 

 だが、

 

「逃がしませんよ。」

 

 セツナが充分に距離を置く前に、ハーレイブは周囲のマナに呼びかけて巨大な牙を作り出す。

 

「ブラッディ・デスイーター!!」

 

 巨大な牙がセツナを噛み砕かんと、その口を広げて迫ってくる。

 

 対してセツナは足を止めると、《絆》を両手で構えて白虎をフルドライブ加速、加速部位を両腕に集中、牙を迎え撃つ。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 今にもセツナに食いつかんとする、巨大な牙。

 

 対して放たれた高速剣はそれを一刀両断にし、マナの塵へと霧散させる。

 

 しかし、その霧散した塵の影から今度はアーネリアが斬り込んでくる。

 

「クッ!?」

 

 大出力魔法を目晦ましにした見事な連携に、セツナは舌打ちしつつ剣を振るって迎え撃つ。

 

 放たれるアーネリアの光速剣を辛うじて弾きながら後退するセツナ。

 

 そこへ再び、ハーレイブが放った光弾の嵐が雨霰と降り注ぐ。

 

 とっさに雪原に転がって、その攻撃を回避するセツナ。

 

 ハーレイブとアーネリアの連携は、剣士と魔術師と言う組み合わせの基本形と言えた。

 

 すなわち、剣士であるアーネリアが前線に出て対象の足止めを行い、その間に魔術師であるハーレイブが後方から隙を伺って攻撃する。そこには一切の隙が存在せず、セツナは一方的に攻められ続ける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながらセツナは、落ちていた《絆》の片割れを拾い上げ、アーネリアの剣を弾くと同時に左の刀で胴薙ぎを繰り出す。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 風を切るような音と共に、ハーレイブの手にある《冥府》が唸りを上げ、セツナの顔面を強打した。

 

「グアッ!?」

 

 オーラフォトンをも込められたその一撃でセツナは大きく吹き飛ばされ、深く降り積もった雪に体を沈ませる。

 

 地面から舞い上がった雪が、暫しの間両者の視界を遮る。

 

 物理的に視覚を断たれたハーレイブ達も、暫しその場にあって地吹雪が静まるのを待つ。

 

 その間に、セツナは立ち上がって体勢を立て直す。

 

 徐々に追い詰められつつあるのは判っている。だが、何とかあの連携を崩さない事にはセツナに勝機は無い。

 

 高まり始めた動悸に、思わず手は胸に伸びる。

 

 息が、徐々に上がり始めていた。

 

 この体を蝕む病魔は、一会戦毎にセツナの命を削っていく。今、こうしている間にもセツナは死へとゆっくり落ちていっているのだ。

 

 やがて、地吹雪が晴れる。

 

 その彼方から、ゆっくりと歩いてくる2人のエターナルの姿が映る。

 

 対してセツナは、両手の刀を掲げるように構えて迎え撃つ。

 

 そんなセツナを見て、ハーレイブはその口元に笑みを浮かべる。

 

「辛そうですね。」

 

 声音に含まれる色は、嘲りと憐憫。

 

 その言葉を無視して、セツナは構え続ける。

 

「そのボロボロの体で、よくぞそこまで私達と戦えるものです。正直、君にはエトランジェだった頃から驚かされてばかりです。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ハーレイブの言葉に対し、セツナは無言を貫き通す。

 

 如何なる手段を用いたのか、ハーレイブはセツナの病の事を感付いている。

 

 だが、そのような事は今更驚くには値しない。この男が常識の範疇から大きく外れている事くらい、とうに判りきっている事だ。

 

 そんなセツナに対し、ハーレイブは笑みを浮かべつつ掌を翳す。

 

「できればもう少し、君との戦いを堪能したかったのですが、立場上そうもいかないもので。」

 

 翳した掌に溢れるオーラフォトン。それに合わせて、アーネリアも《忠節》を掲げて前に出る。

 

「そろそろ、消えてください。セツナ君。」

 

 言い放つと同時に、掌より黒い閃光が放たれる。

 

 同時に地を蹴ったアーネリアが一気に間合いを詰めてセツナに迫る。

 

「・・・・・・生憎だが、」

 

 言いながら、自身の内に白き虎を顕現させる。

 

「こちらも立場上、そう簡単に諦めるわけにはいかないんでな。」

 

 次の瞬間、60倍に流れる時間を利用してセツナは自身の体を進行方向に向かって錐揉みさせてハーレイブの閃光を回避、更にこの急加速を計算に入れていなかったアーネリアの懐に飛び込む。

 

「クッ!?」

 

 とっさに弾こうとするアーネリア。

 

 だが、斬撃と見せかけたセツナは更に一歩踏み込み、柄尻を繰り出す。

 

「チッ!?」

 

 タイミングを外されたアーネリアは、セツナの攻撃を辛うじて回避しつつ後退するが、その為にバランスが崩れ、次の動作がとっさに起こせない。

 

その間に、セツナはアーネリアの懐まで踏み込む。

 

 両手からの高速剣。

 

 数10の斬撃に対し、アーネリアも光速剣で対抗する。

 

 火花と共に、弾ける3本の永遠神剣。

 

 そこへ、アーネリアの後方からハーレイブの援護射撃が入る。

 

 黒い閃光が、真っ直ぐにセツナへと伸びる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに身を翻すセツナ。

 

 そこへ再び、アーネリアからの嵐のような連続攻撃がセツナを襲う。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ両手の《絆》で弾きながら後退。仕切り直しを図る。

 

 襲い来る猛吹雪が、再び互いの視界を遮る。

 

 この猛吹雪に加え、キハノレから溢れ始めたマナが感覚を阻害し、周囲の気配を更に探りづらくなってきている。

 

 ネリーは、ユウトは、アセリアは、みんなは無事なのか?

 

 今はそれを願いつつ、この窮状をしのぐ為に戦うしかなかった。

 

 

 

 戦況は、確実にロウ・エターナル側に傾きつつあった。

 

 予想外の遭遇戦であった上に、ほぼ全軍を投入しての奇襲攻撃。加えて吹雪のせいで集団戦闘の要とも言うべきネリーは能力の大半を封じられてしまっている。

 

 頼みのエターナル達も、それぞれの相手に拘束されて身動きが取れなくなっている。

 

 そうした状況の中、エターナルミニオン達は徐々にその間合いを詰めて来る。

 

 対するラキオス軍は、猛吹雪に阻害されて今だに陣形の再編ができずに居る。

 

 焦る状況の中必死に戦線を支えるエターナル達も、徐々にだが確実に消耗しつつあった。

 

 

 

 降り注ぐ数100の刃に対し、未来視は鮮明なビジョンで持って迎え撃つ。

 

「ハッ!!」

 

 刃の嵐を避けるべく、トキミは身を翻す。更に、命中コースにある刃を《時詠》で弾きながら、その場より跳ぶ。

 

 だが刃は、更にトキミを追いかけてくる。

 

「逃がしませんわよ。」

 

 幼女の声は、この猛吹雪の中にあっても鼓膜に突き刺さる。

 

 同時に、体に激痛が走った。

 

「あぐっ!?」

 

 確認する間もなく、トキミの体は空中でバランスを失って落下する。

 

 命中したのは3発。いずれも致命傷は避けたものの、傷自体は深い。

 

 落下するトキミ。

 

 どうにかバランスを取り戻そうと、体勢を入れ替える。

 

 だがそこへ、致命的とも言える一撃が放たれた。

 

 胸に1本、別の永遠神剣が突き刺さる。

 

「クッ!?」

 

 口の中から鮮血が溢れる。

 

 とどめに等しい一撃の前に、トキミは自身の力が大きく失われていくのが判った。

 

 衝撃と共にトキミは、雪原に背中から叩き付けられた。

 

「クッ・・・・・・グッ・・・・・・」

 

 起き上がろうとするが果たせず、そのまま地面に倒れ込む。

 

『は・・・早く・・・立たなければ・・・・・・』

 

 急激に失われていく力を掻き集めて、どうにか身を起こそうとする。

 

 宿敵はすぐそこにいる。戦いはまだ終わっていない。早く立ち上がって、戦わねばならない。

 

 急く気持ちが、トキミを突き動かす。

 

 だが、戦神は無情にもトキミを突き放す。

 

 起き上がろうとする胸に、《法皇》の杖が振り下ろされた。

 

「グッ!?」

 

 先の攻撃を受けた傷が鮮血を噴き出す。

 

 トキミは辛うじて悲鳴を飲み込んだ。この宿敵の前では、無様な姿を見せられない。その想いが、辛うじてトキミの気力を奮い起こす。

 

「あらあら、随分とがんばりますわね。」

 

 そんなトキミの無駄な努力を嘲笑うかのようにテムオリンは、突きつけた《秩序》をねじり込む。

 

「クッ・・・あ、あああ・・・・・・」

 

 くぐもった悲鳴が、トキミの口より漏れる。

 

 辛うじて保っていた力が、全身から抜けていくのが判る。

 

「あなたはよくがんばりましたわ、トキミさん。でもそろそろ消えてくださいね。」

 

 囁くような言葉と共に、胸に突き付けられた《秩序》にダークフォトンが集中していくのが判る。テムオリンはとどめの一撃を放つつもりなのだ。

 

 だがそれを判っていてもなお、トキミにはどうする事もできない。

 

 既に体に力が入らず、《時詠》を振り上げることすら叶わない。

 

 その視界の中で、爆発的に膨らむダークフォトン。

 

 その力を防ぐ手立ては、今のトキミには無い。

 

「それでは、御機嫌ようトキミさん。縁があったらまたお会いいたしましょう。」

 

 そう囁くと同時に、振り上げられる《秩序》。

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《うまくよけろよ、トキミ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞く者に鮮烈な印象を与える、鋭いまでの声。

 

 その声が、トキミのテムオリンの、そして、戦場にあるあらゆる存在の鼓膜を直撃する。

 

「な!? これは、」

 

 何事かを口に仕掛けたテムオリン。

 

 その頭上に、

 

 突如として光が降り注ぐ。

 

 とっさに身を翻すテムオリン。同時に自由を取り戻したトキミも、雪原を転がって光柱をよける。

 

「こ、これは・・・・・・」

 

 呻く口調が、トキミの口より漏れる。

 

 そんなトキミの驚愕をまるで面白がるかのように、光柱は次々と降り注ぐ。

 

 狙われたテムオリンは、短距離転移を繰り返しながら辛うじて回避していく。

 

 だが、光柱はテムオリンのみを狙ったわけでは無い。

 

 同じような光景が降りしきる猛吹雪を切り裂いて、戦場全体で巻き起こっている。

 

 今にもラキオス軍に攻撃を掛けようとしていたエターナルミニオン達の頭上にも容赦なく降り注ぎ、吹き飛ばしていく。

 

「ぬう!?」

 

 自身に降り注ぐ光の柱を押しやりながら、タキオスは呻く。

 

「これは一体、どういう事なのだ?」

 

 重々しいその声にも、戸惑いを感じる事ができる。

 

 エターナルクラスなら、辛うじて回避、防御が可能となっている。しかし、エターナルミニオンの防御力やスピードではこの攻撃を回避する事は難しい。

 

一撃で数体のエターナルミニオン達が吹き飛ばされて行くのが見える。

 

 圧倒的。

 

 まさしく、その言葉こそが今の光景に相応しい。

 

 天から降り注ぐ光は、圧倒的な力で持ってエターナルミニオン達を吹き飛ばしていく。

 

 抗う事は許されない。

 

 その意思を持つ事すら許されない。

 

 およそ、人の意思で現出するには手に余るほどの強大な力である。

 

 しかもその光は、まるで狙いを澄ましたかのようにラキオス軍を避けて降り注ぐのが判った。

 

 傷付いた体を引きずりながら、トキミは身を起こした。

 

 ついぞ数分前まで吹きすさんでいた吹雪は、今やピタリとその鳴りを潜めている。不必要とさえ思える徹底的な破壊は、周囲の地形を一変させ、天候すら吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 そして何より、あの攻撃直前に聞いた声、

 

「まさか・・・・・・」

 

 その脳裏にあるひとつの仮定が、急速に現実味を帯びて形を成す。

 

 やがて光の柱は止み、代わって天へ上る光の塵がそこかしこで現れる。

 

 胸の傷を抑え、振り返る。

 

 その視界の先、

 

 地形が激変した雪原の上、

 

ゆっくりと歩く人影がある。

 

 ボロボロの外套を羽織り、歪な形の杖を手にしている。

 

 ボサボサの赤い髪と鋭いまでの眼光は、目にした者に強烈な印象となって記憶に焼き付けるほどの鮮烈さを滲み出している。

 

 その身より発せられる気配は場を支配し、空気の振動すら彼の者の前では呼吸を止めるであろう。

 

 曰く、「中立最強」。

 

 男は、トキミの前で足を止める。

 

「よう。」

 

 気さくな声と共に、片手を上げて挨拶をする。

 

 そのあまりにも当たり前のような行動に、トキミの口から思わず苦笑が漏れた。

 

「《鮮烈》の、キリス・・・・・・」

 

 自身の名を囁かれ男、キリスは口の端を吊り上げて笑みを見せる。

 

「間に合ったようで何よりだ。突貫工事で構築した門だからうまく繋がるかどうか不安だったがな。」

「ッ、自分で門をこじ開けたんですか!?」

 

 まあな、と笑うキリスの顔を、トキミは呆れ気味に見る。

 

 あの、ハイペリアでの戦の後、セツナとネリーを送り返す為に、自身が用意しておいた門を使ってしまったキリスはハイペリアに足止めされてしまい、以後はこの戦いに干渉する事はできないであろうとされていた。

 

 しかしこの男は、強引な力技によってその問題を解決してしまった。

 

 門と言う物は世界側の存在情報によって構成されており、いかにエターナルの力をもってしても自在に開閉できるわけではない。できてせいぜい、近くに存在する門を、魔術的、科学的等何らかの技術を用いて固定開門する程度である。

 

 それを事もあろうに、本来開くはずの無い場所の門を無理やりこじ開けてハイペリアから渡って来たと言うのだ。

 

「常識外にも程がありますよ。」

「そう褒めるな、っと、」

 

 おどけるように言い掛けて、トキミの傷がかなり深い事を見て取ったキリスは、その傷跡に掌を翳すと、口の中で何事か呟く。

 

 やがて掌に集まったオーラフォトンがトキミの中に直接流れ込み、内部から癒していく。

 

 だが、それを黙って見過すほど《法皇》はお人好しではない。

 

「させませんわ。」

 

 翳した《秩序》にダークフォトンを集め、それを解き放つ。

 

 漆黒の槍と化したダークフォトンは、立ち尽くすキリスとトキミに襲い掛かる。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キリスは無言のまま振り向きもせずに、空いた片手を掲げる。

 

 次の瞬間、テムオリンの放った槍はキリスの手によって弾かれ霧散する。

 

「なっ!?」

 

 その光景に、トキミは目を剥いた。

 

 キリスはトキミの回復と、テムオリンへの防御と言う2つの魔法を同時に操って見せたのだ。

 

 当の本人は、何でもないと言うような顔をトキミに見せている。

 

 一方でテムオリンはと言うと、その様子を比較的冷静な目で見詰めている。

 

『さすがは《鮮烈》のキリス。一筋縄ではいかないようですわね。』

 

 戦って負けるという事はあり得ないだろうが、自身も大ダメージを負う事は免れない。既にキリスの攻撃で戦力の大半を喪失し、戦線の維持すら難しくなっている。

 

 つまりこの常識外れの男は、たった数分に満たぬ戦闘時間で、1人で戦況を覆してしまったのだ。

 

 現状ではあまりにも不利。ここは一度退却しキハノレで護りを固め、再起を帰す方が得策と見るべきだろう。

 

 意を決すると、テムオリンは自身の神剣を媒体に、全軍に撤退命令を飛ばした。

 

 

 

 戦場の空気が、変わりつつあった。

 

 今まで一方的に攻勢を掛けていたロウ・エターナル側が、今や散り散りになって後退しつつある。

 

 それに伴いようやく再編を終えたラキオス軍も、各戦線で巻き返しを始めている。

 

 その気配は、僅かに離れた場所でセツナとぶつかっていたハーレイブ達にも感じる事ができた。

 

「これまで、ですかね。」

 

 セツナの攻撃を障壁で弾きながら、ハーレイブは自嘲気味に呟いた。

 

 キリスの参戦により、今や戦況は完全にラキオス側に傾いている。味方のエターナルミニオンは、陣形を大きく崩され、反撃を開始したラキオス軍の前に、戦線崩壊しつつある。

 

 どうやら自分は、判断を誤ってしまったのだと言う事を悟る。事この段に至っては、ロウ・エターナル側の勝率は急速に減少しつつあった。

 

『ここは、早めに身を引くのが得策ですかね。』

 

 この決断は、別段珍しい物ではない。元々傭兵としての参戦に過ぎないハーレイブやアーネリアからすれば、与した勢力の最終的な勝敗などどうでも良いのだ。それよりも、無理に長居しすぎて最悪、強制退去と言う形になる方がよっぽど痛い。そうなると、この世界から放逐された後、存在を再構成するのに莫大な量のマナが必要となる。そうなる前に退去すべきだった。

 

 幸いな事に、今自分達の前に居るのはセツナ1人。彼の攻撃をどうにか凌ぐ事さえできれば、逃げる道も開けるだろう。この世界を脱出する為の門も確保済み。この戦場を離脱する事さえできれば、後はどうとでもなるだろう。

 

「アーネリア、今回は遺憾ながらここまでです。」

「同感です。これ以上この場にいる事によって生じるメリットは、皆無であると思われます。」

 

 張り巡らした障壁の外でなおもセツナの攻撃が続くが、それでも突き破られるには至らない。退くなら今の内だった。

 

「私が殿を勤めます。ハーレイブ様はお早く。」

「判りました。」

 

 そう言って、ハーレイブが頷いた時だった。

 

 突然、

 

 障壁の外で莫大なエネルギーが膨らむのを感じた。

 

「何ッ!?」

 

 目を向けるその先で、両手に刀を構えた《黒衣の死神》が1人。

 

 まるで小規模な暴風を思わせる程に膨らんだオーラフォトンは、その両腕に集約される。

 

「まずい!?」

 

 それを感じ取ったハーレイブは、急いで障壁を強化しようとする。

 

 しかし、遅かった。

 

 振るわれる斬撃の数は合計240。通常の120倍の速度で繰り出された斬撃は、短期未来予測によって最適化され、その1撃1撃が必殺となって不必要な殺戮劇を戦場に演出する。

 

 一瞬で破られるハーレイブの障壁。その後から襲い来る死の旋風は、あらゆる情報構成元素を切り刻みながらハーレイブへと迫る。

 

 しかし、

 

「ダメェェェェェェ!!」

 

 その前に立ちはだかる、緋色の髪の女剣士。

 

 驚いたように、目を見開くハーレイブ。

 

 対してアーネリアは迫る斬撃を前にして両手を広げ、真っ直ぐに睨み返す。

 

「アーネリア!!」

「やらせない、ハーレイブ様は!!」

 

 最早、止められない。

 

 斬撃の暴風は、アーネリアの細い体を縦横に切り刻み、襤褸屑のように吹き飛ばした。

 

 

 

 何体、返り討ちにしただろう。既にそれすら判らない。

 

 《純潔》を従えたまま、ネリーは低空を逃げ回る。

 

 能力を強化されたエターナルミニオンと言えど、冷静に戦えば決して圧倒できない相手ではない。

 

「行っけ!!」

 

 12個の《純潔》の内、3個から砲撃させる。

 

 対して迫るミニオンは2体、赤と緑である。

 

 砲撃として放たれたオーラフォトンの槍を、2体のミニオンは巧みに跳躍して回避する。

 

 真っ直ぐにしか飛べない槍は、それに追随できるだけのスピードと動体視力を持ってすれば決して回避できないわけではない。

 

 何も無い空間を空しく駆け抜ける3本の槍。

 

 だが、それこそがネリーの狙いであった。

 

「そこー!!」

 

 気合と共に6個の球体を飛ばし、標的にした2体のミニオンを包囲。

 

 何事か気付いたミニオンはすぐに回避を起こそうとするが、既に遅い。

 

 次の瞬間、包囲した6個の球体から内側に向けて光の槍が射出される。スピード、タイミング的に回避は不可能。

 

 次の瞬間、6本の槍は狙い違わずミニオンを貫き、その仮初の命を奪った。

 

 だが、そこでネリーの攻撃は止まらない。

 

 すぐに全ての《純潔》を引き寄せて左右に展開、オーラフォトンを充填する。

 

 対して、迫る6体のミニオン達。

 

 回避の隙は、与えない。

 

「行け、オーラフォトン・バースト!!」

 

 放たれる12の閃光。

 

 しかも全て微妙にタイミングをずらし、視覚を狂わせると同時に回避を困難な物にしている。

 

 次々と命中し、ミニオン達をマナの塵へと帰していく。

 

 この戦闘で、ネリー自身急速に成長しつつある。既にこれまでのような単純な戦闘方法だけでなく、自身の能力を最大限に活かし切り、最適な攻撃手段を確立しようとしていた。

 

 だが1体だけ、ネリーの砲撃を回避して向かってく青ミニオンが居る。

 

「まずっ!?」

 

 すぐに薄桃色の翼を羽ばたかせ、距離を置こうとする。

 

 だが、その必要は無かった。

 

 突如、横合いから蒼い疾風が駆け抜ける。

 

 一拍の間を置いて、絶叫と共に大気に溶けていくミニオン。

 

「大丈夫だった?」

 

 晴れる吹雪の中から囁かれる、清き声。

 

 そして笑い掛けて来る、蒼き少女。

 

「シアー!!」

 

 妹の来援に、ネリーは目を輝かせる。

 

 戦線が前進し、彼女達も追いついて来たのである。

 

 その後ろから、ヴァルキリーズの面々も姿を現す。

 

 紫電を一閃し、周囲に残ったミニオン達を一掃したキョウコが、ネリーに笑みを見せる。

 

「待たせたわねネリー、さあ、反撃開始よ!!」

 

 周囲のマナが喝采を上げ、高らかに謳い上げるのを感じる。

 

 ネリーも精一杯頷くと、突撃するキョウコに続いた。

 

 

 

 ハーレイブの見ている前で、彼の従者であり愛人である女が鮮血を迸らせて宙を舞う。

 

 その体を落着の直前で受け止めるハーレイブ。

 

 ハーレイブの腕に抱かれたアーネリアの体からは既にマナの塵が飛び、今にも消えようとしている。

 

「は・・・ハーレイブ・・・様・・・・・・」

 

 絞り出す声は掠れ、聞き取るのも困難となる。

 

 だがそれでも、愛おしい主君を真っ直ぐ見据え、切れ切れに言葉を紡ぐ。

 

「申・・・し・・・訳ありません・・・・・・お、お先に・・・失礼し・・・ます・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・ハー・・・レイブ様も・・・お、お早く・・・・・・」

 

 その言葉にハーレイブは、フッと笑みを浮かべる。

 

 そっとアーネリアを横たえると、《冥府》を手に立ち上がる。

 

「後は任せなさい、アーネリア。悪いようにはしませんよ。」

「ハーレイブ様・・・・・・な、何を!?」

 

 声を発する口より鮮血が飛ぶ。

 

 伸ばされた手は、しかし愛おしい人へは届かない。

 

「ハーレイブ様!! ハー・・・レイブ・・・様・・・・・・」

 

 最早声さえも、雪原の幻想の如く溶けていく。

 

 伸ばした手の指先から崩れながら、《忠節の騎士》がこの世界で最後に見た物は、いとしい人の微笑だった。

 

 愛おしい騎士が消えるのを見届けてから、ハーレイブはゆっくりと振り返る。

 

 その視界の先に佇む、《黒衣の死神》。

 

 だが、振り返ったハーレイブの顔を見て、セツナは思わず息を飲んだ。

 

 常に余裕を湛え、妖しげな微笑を崩さなかったハーレイブ。

 

 その表情が今、大きく崩れていた。

 

 ハッキリと判るその表情の色は『怒り』。

 

 今、ハーレイブは、全ての余裕をかなぐり捨ててセツナと対峙していた。

 

「やってくれましたね、セツナ君。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一言一言の言葉からオーラフォトンを発しているかのように、セツナにぶつかってくる。

 

 その言葉を受けながら、セツナは立ち尽くす。

 

 前半の攻防に加え先程のクロスブレード・オーバーキルのせいで、既にセツナの体力はレッドゾーンを差していた。今ここで戦えば、セツナの負けは目に見えている。

 

 その緊張は、手にした《絆》にも伝わっているだろう。

 

 息苦しそうな声と共に警告が送られてくる。

 

《気を付けよセツナ。あ奴、何やら面妖なるぞ。》

『・・・・・・・・・・・・』

 

 しかし、今のセツナにはその警告に答える余裕すらない。

 

《何じゃ、あ奴は・・・・・・なぜここまでの存在感を発する事ができる。このわらわが、気圧されておるわ。》

 

 もし《絆》が人間であるなら、今頃冷や汗を流している事だろう。

 

 セツナとて同じ心境である。

 

 もし今ハーレイブが向かってきたら、一合と持たないだろう。

 

 だが、そんな瀕死のセツナを前にして、ハーレイブは踵を返して背を向ける。

 

「・・・・・・どういう心算だ?」

 

 問い掛けるセツナの言葉にも、ハーレイブは振り返らない。

 

 ただ、背中越しに告げる。

 

「キハノレに来なさい。君には最高の絶望を持って迎えてあげましょう。」

 

 それだけ言うと、ハーレイブは再び始まった吹雪の中へとその身を沈めていった。

 

 それを見届けた後、セツナは両手の《絆》を鞘に戻した。

 

 何はともあれ、これでまた1人、敵のエターナルを討ち取った。加えて、吹雪の向こうから微かに伝わってくる気配が、各戦線でもラキオス軍が反撃に転じているのが判った。

 

 今回の勝利は大きいはずだ。既に敵には、軍事拠点は存在しない。今回の戦いで戦力の大半を失ったロウ・エターナル側に残された手段は、丸裸になったキハノレに篭城をしつつ、永遠神剣《再生》が崩壊するまで時間を稼ぐ意外に勝機は無いはずだ。

 

今、勝率の天秤は僅かずつラキオス側に傾き始めたと見てもいいだろう。

 

『もう、すぐだな。』

 

 もうすぐ、全ての戦いが終わる。そうすれば、この世界に平和な時代が来るのだ。

 

 心の中でそっと呟くセツナ。

 

 だが感慨に耽るには、まだ僅かばかり早かった。

 

 突然の轟音と、地鳴りが響き渡る。それと同時に締め付けるようなマナの振動が大気を振るわせる。

 

「なっ!?」

 

 揺れる大地に足を取られそうになるのを、必死に堪える。

 

「な、何だ?」

 

 なおも鳴動を続けるマナが、尋常では無い事態を告げてくる。

 

 意を決すると、セツナは雪原の上を駆け出した。

 

 

 

 黒き刃が迸る。

 

 その身はまるで難攻不落の城砦の如く、ユウト達の前に立ちはだかる。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 大地すら振るわせる雄叫びに、鼓膜が悲鳴を上げるのが判る。

 

「行かせん、行かせんぞ。貴様等をテムオリン様の御前には!!」

 

 振るわれる《無我》は旋風を巻き起こし、大気を粉砕する。

 

 対峙する2人のエターナルは、息を上がらせながら剣を構える。

 

 既に数10合に及ぶ激突はしかし、その全てが弾かれて、タキオスにダメージを与えるには至っていない。

 

 他のエターナルやミニオンは撤退したと言うのに、タキオスだけはこの場に踏みとどまって剣を振るい続けている。

 

 どうやら、殿としてこちらの追撃を断つ心算のようだ。

 

「ん!!」

 

 口を真一文字に結ぶと同時に、アセリアは6翼を一杯に広げる。

 

 ユウトにはとっさに理解できる。アセリアは自身の最大戦速に賭けて突撃する心算なのだ。

 

『なら!!』

 

 素早く、自身の立ち居地を確保する。

 

 掌に集めたオーラフォトンを物質化、射出の為に照準を行う。

 

 対するタキオスも、《無我》を振り上げて迎え撃つ。

 

「行け、オーラフォトン・ビーム!!」

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ユウトが掌から閃光を放つと同時に、アセリアは全速力で突撃を始める。

 

 対するタキオスも、全ての膂力を振るって、手にした大剣を振りぬく。

 

 迸る閃光は、真っ直ぐにタキオスへ伸びる。

 

 だが、その恒常的に纏ったダークフォトンの衣は、ユウトの魔法をけんもほろろに弾き、霧散させる。

 

 だが、そんな事は先刻承知。ユウトの狙いはタキオスが剣を振り下ろすタイミングを僅か半テンポ遅らせる事にある。

 

 そしてアセリアにとっては、その半テンポの間があれば充分だった。

 

 轟音と共に振り下ろされる刃。

 

 その下を、蒼き天使は全速力で駆け抜け、斬り上げる。

 

「ティヤァァァァァァ!!」

 

 スピードをそのまま威力に変換した一撃。

 

 さしもの、タキオスの障壁も、悲鳴を上げて歪みを生じる。

 

 次の瞬間、《永遠》の刃は闇の衣を切り裂き、タキオスの体に斬撃を叩き込む。

 

 手応えは、あった。

 

「よし!!」

 

 喝采を上げるユウト。

 

 その視界の中で、体から黒い煙を立ち上らせるタキオスの姿がある。

 

 ユウトとアセリアの連携攻撃が、ついに会心の一撃を加えたのだ。

 

 しかし、

 

「まだまだァァァ!!」

 

 雄叫びと共に、タキオスの拳が振るわれる。

 

 大気を唸らせて振るわれた拳は、そのまま滞空中のアセリアを直撃する。

 

「ウアァァァァァァ!?」

 

 衝撃で、体の骨がきしむのを感じた瞬間、アセリアの意識は暗転する。

 

 6翼の織天使は、白き羽を散らしながら地へと墜ちる。

 

「アセリア!!」

 

 自身の伴侶の名を叫び、ユウトは駆ける。

 

 落着の直前に膝を撓めて、その体を受け止める。

 

「アセリア、しっかりしろ!!」

 

 必死に揺さぶるその手に、僅かに感じる身じろぎが、少女の生存を伝えてくる。

 

 だが、ユウトにはそれを喜んでいる暇は無い。

 

 視界の端で、大きく剣を振りかぶる《黒き刃》の姿がある。

 

 同時に収束していくマナが、必死に危険信号を発しているのが判る。

 

「クッ!?」

 

 肌で感じる。今あれを喰らえば、自分はともかくアセリアは助からない。かと言って、安全圏まで逃げている時間は無い。

 

 結論を出したユウトは、全力で周囲のマナを取り込み始める。

 

 障壁を張り巡らし、防御力を高める。

 

 これで防ぎきれるかどうかは判らない。だが、やるしかない。

 

 だが、その時だった。

 

 大気を圧するように降りかかってきていたタキオスの殺気が、フッと和らいだ気がした。

 

 いや、違う。和らいだのではない。この場は相変わらず、タキオスの殺気によって満たされている。だが、その向けられる対象が違っているのだ。

 

「・・・・・・現れたか。」

 

 低い声で呟かれるタキオスの言葉とその殺気は、ユウトの背後へと向けられている。

 

 振り返るその先。

 

 その場に佇み、殺気を受け止める存在。

 

「《黒衣の死神》・・・・・・」

「決着を着けるぞ、タキオス。」

 

 送られる殺気に、自身も殺気を持って応えるセツナ。

 

 背の鞘からゆっくりと抜き放たれる、直刃の刀。

 

 対するタキオスも、改めて剣を構え直す。

 

 キハノレ手前遭遇戦。

 

 今、その最後の幕が上がった。

 

 

 

 

第41話「JOKER」