陽は昇る。

 

 神代の時代より、飽く事無く繰り返されてきた普遍の行為。それが例え、特別な日の朝であったとしても、変わる事は無い。

 

 山から吹き降ろされる風が、前髪を揺らす。

 

 その風に乗って、微かに運ばれてくる殺気。

 

 かつては聖地として崇められた山は、今や異世界からの侵略者達の手に落ち、魔の山と化している。

 

 見上げる瞳に、山頂は映らず、ただ分厚い雲のみが視界を閉ざす。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、背中の刀に触れる。

 

 そこに確かに存在する《それ》は、人を捨ててまで得た力。

 

 あの時は、確かに思った。

 

 全てを護れるなら、その護るべき全てをこの手の内より捨て去っても良い、と。

 

 そして、実際に捨て去った。

 

 だが、捨て去ってもなお、捨て切れない物があった。

 

 そして自分はこの地に立つ。

 

 その、捨て切れなかった物を手に、

 

 全ての戦いに、決着を着ける為に。

 

「どうしたの?」

 

 傍らに立つ少女から、訝るような声が上がった。

 

 少し深く考え込んでいたのか、語り掛けられるまで思考が停止していたようだ。

 

 呼ばれて、セツナは傍らに目を向ける。

 

 直視すれば目が眩むほどの光を持つ少女。いっそ、手にしなければ良かったと後悔を呼び起こす程の輝きを放つ、蒼き宝玉。

 

 一度は確かに捨て去った。自身の身を裂くような想いと共に。

 

だが、2人が互いに寄せる愛は、あらゆる障害と、運命をも超越し、再び引き合わせた。

 

 もう、離さない。そう、心に誓う。

 

 例えこの身が、否、魂が朽ちようとも。

 

 繋いだこの手は、決して離さない。

 

「いや、何でもない。」

 

 フッと、笑みを浮かべ、背中から刀を抜く。

 

 それは、今語るべき事ではないし、語らなければ少女に伝わらない事でもない。

 

 彼女も神剣を展開する。

 

「行くぞ。」

「うん。」

 

 静かに告げる声に、少女もまた静かに頷く。

 

 裏切りを決意した旅立ちの時、2人の間に言葉が無かったのと同様、決戦に赴く今もまた、交わされる言葉は少ない。

 

 その短い交錯が、決戦の鐘となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が謳う詩

 

 

 

第40話「希望への進撃」

 

 

 

 

 

 

 時は満ちた。

 

 引き絞られた矢は、標的に向けて直進する以外に選択肢を持たない。

 

 旧ソーン・リーム領ニーハスに集結したラキオス王国軍はついに、全ての悲劇の元凶であるロウ・エターナルとの決戦に臨むべく、キハノレに向けて進軍を開始した。

 

 進撃路は単純。ニーハスを進発後、忘却の森を抜け、ロウ・エターナル達が最初の拠点にしていると思われるソスラスを攻略。そのまま、峻厳な巡礼者の道をひたすら北上し、最奥部キハノレに総攻撃を掛けると言う物だった。

 

 その編成は、以下の通りとなる。

 

 

 

 先鋒左翼

 

《聖賢者》ユウト

 

《永遠》のアセリア

 

 

 

 先鋒右翼

 

《黒衣の死神》セツナ

 

《愛を謳う天使》ネリー

 

 

 

本隊

 

《因果》のコウイン

 

《時詠》のトキミ

 

《献身》のエスペリア

 

《熱病》のセリア

 

《月光》のファーレーン

 

《赤光》のヒミカ

 

《大樹》のハリオン

 

《消沈》のナナルゥ

 

《理念》のオルファリル

 

《曙光》のニムントール

 

以下37名

 

 

 

独立遊撃部隊

 

《空虚》のキョウコ

 

《冥加》のウルカ

 

《失望》のヘリオン

 

《孤独》のシアー

 

《怨恨》のルル

 

 

 

 見ての通りエターナルを中心とした布陣を行っている。これは、エターナルミニオンと互角以上に戦えるのはエターナル5人のみであり、それらに遊撃性を持たせる事で、万が一ロウ・エターナルと遭遇した場合でも、素早い対応が可能なようにしたのである。トキミが本隊に組み込まれたのも、不意の遭遇戦に備えると言う理由からだった。

 

 その最大戦力であるエターナルの内、80パーセントに当たる4人を攻撃第一波に配置、敵戦力、及びその陣形に穴を開ける。その後、本隊が総攻撃を敢行、殲滅すると言うプロセスが取られる。

 

 ヴァルキリーズはネリーが先鋒軍に組み込まれた為、1人減り5人編成となっている。しかし彼女達の戦闘力、速力は群を抜いており、本隊支援用の部隊として期待されていた。

 

 進撃路として、本隊は基本的に巡礼者の道を進む事になるが、その他の部隊、先鋒両翼、及び遊撃部隊は街道から外れた道を警戒しつつ進む事になった。

 

 対するロウ・エターナル軍は、大部隊を持ってソスラスに展開、磐石の態勢を持って、ラキオス軍を迎え撃つ構えを見せていた。

 

 

 

 押し寄せるエターナルミニオンの大軍。

 

 予想はしていた事だが、やはり敵はソスラスの手前、忘却の森に多数のミニオンを配置し、ラキオス軍を待ち受けていた。

 

 木立を潜り抜けながら、4種の色をしたミニオン達が向かってくる。

 

 それを迎え撃つのは、4人の若きエターナル達。いずれも多くの戦場を駆け抜け、一騎当千の実力と神にも匹敵する能力を備えた少年達である。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 向かってくる青ミニオンの攻撃を、体を沈み込ませるようにしてかわすと、ユウトは《聖賢》を横薙ぎに斬り付ける。

 

 相手の動きを見つつ、巧みに自分の体を安全圏に置き、必殺の攻撃を繰り出す。

 

 元々両手用の剣に慣れた戦い方をするユウトにとって、多少の武器の違いは苦にはならない。

 

 カウンター気味に繰り出された剣は、青ミニオンの体を胴切りにする。

 

 ブルー、ブラックなど、比較的素早い動きが可能なミニオンでも、今のユウトの動きに追いつくのは至難の技である。

 

 加えてユウトは、大出力のオーラフォトンを利用した様々な神剣魔法を得意としており、今現在ラキオス軍に加担しているエターナル達の中では最も攻防のバランスに秀でていると言えた。

 

 その神剣魔法を使い、自身の身体能力を強化しているのだ。

 

 その横では、アセリアも新たに自分の分身となった《永遠》を振るい、湧き出るようにして現れる敵を斬り倒していく。

 

 アセリアはエターナルになった際、元々1対2枚だったウィング・ハイロゥが、3対6枚に変化している。その姿は伝説に謳われる織天使にも匹敵する神々しさを持っていた。

 

 緑ミニオンの槍が、三方からアセリアに繰り出される。

 

「ん!?」

 

 瞬時に、その3名に視線を走らせるアセリア。

 

 更に、上方からは漆黒のウィング・ハイロゥを広げた黒ミニオンが居合いの体勢で急降下してくる。

 

 完全に包囲されたアセリア。

 

 だが、

 

「ティヤァァァァァァ!!」

 

 迫る3本の槍をいなすと同時に、体を独楽のように回転させる。

 

 弾かれた3体の緑ミニオンは、大きく体勢を崩してのけぞる。

 

 次の瞬間、回転で得た運動エネルギーをそのまま《永遠》の刀身に乗せ、3体のミニオンをほぼ同時に斬り捨てる。

 

 そこへ、息を吐かせる暇も無く降下してくる黒ミニオン。

 

 対するアセリアは、斬撃の直後の硬直ですぐには動けない。

 

 迫る、黒ミニオンの刃。

 

 しかし、

 

「ハァァァ!!」

 

 腕の力と体の反動を利用して剣を引き戻すと、そのままアセリアは黒ミニオンを斬り捨てた。

 

「弱い・・・」

 

 短く呟くアセリア。

 

 エターナルとなった彼女の前に、エターナルミニオン如きいくら掛かって来ても物の数には入らない。

 

 その背後では、既にユウトが神剣魔法の詠唱に入っている。

 

 大気のマナがユウトの詠唱に呼応し、ざわめくように収束していく。

 

 その体内にあるマナがオーラフォトンに変換され、外部に顕現する。

 

「マナよ、光の奔流となれ。彼の物共を包み、究極の破壊を与えよ!!」

 

 顕現したオーラフォトンは収束し、白い光を帯びる。

 

 その光は、迫るミニオン達を繁る木立ごと包んでいく。

 

「下がれ、アセリア!!」

 

 ユウトの言葉と同時に、アセリアは6翼をはためかせて後方に飛び退る。

 

 次の瞬間、ユウトは収束させたオーラフォトンを一気に解放した。

 

「オーラフォトン・ノヴァ!!」

 

 限界ギリギリまで収束したオーラフォトンは、詠唱のキーを受けて解放され、炸裂する。

 

 周囲の空間をも巻き込んだ爆発は、対象となったミニオン達を燃やしつつ、その勢力を拡大していく。

 

 放ったユウトですら、その光量の前に直視できず、腕を上げて視界をガードする。

 

 その効果範囲は、半径数100メートルにも及び、その内部にいたミニオン達は例外無く吹き飛ばされた。

 

 やがて光も晴れ、目を開いたとき、ユウトの視界は一変していた。

 

「・・・・・・すごい。」

 

 傍らに降り立ったアセリアが、感嘆の呟きを漏らした。

 

 ユウトの魔法は、周囲の敵を一掃するだけに留まらず、森をも吹き飛ばして周囲の地形を激変させていた。

 

「ユウト・・・やり過ぎ・・・」

「あ、ああ。」

 

 冷や汗混じりに頷く。

 

 気のせいだろうか、心なしかアセリアのユウトを見る目が白い気がする。

 

 まあ、それも無理からぬ事であろう。ユウトの魔法は周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばし、更に隕石落下時のようなクレーターまで作ってしまっているとあっては、弁明の余地は無かった。

 

 ユウト自身、まさか自分の魔法の威力がここまで向上しているとは思っても見なかった。契約した時、《聖賢》から《求め》などと一緒にするなと言われたが、今まさに、その言葉を実感していた。下手をすれば、ハイペリアにおける核にも匹敵しうる力を、ユウトは手にしたのだ。

 

「少し、慎重にならないとな。」

 

 ハイペリアの人間は核と言う巨大な力を持つ反面、一歩間違えばその力で自滅の道を歩みかねない。ならば、その力を持つ自分も、慎重にならねばならないだろう。

 

 ユウトは《聖賢》を鞘に収めた。

 

 予定外ではあったが、こちら側の敵を一掃する事ができた。ソスラスまでの間に、まだどれだけの敵が配置されているかは判らないが、当面の敵襲は無いと見て間違い無いだろう。

 

『それにしても、』

 

 ユウトは、アセリアに見せないように苦笑する。

 

 彼女も、大分変わったものである。初めての頃は、作戦を無視して真っ先に敵陣に斬り込んで行き、何度もこちらの肝を冷やしてくれた。その性格には散々悩まされたものである。そして、今も根本の部分でそれは変わっていない。

 

 だが、

 

「ユウト、次に行こう。」

 

 静かに告げ、手を差し伸べる。

 

 少なくとも今は、自分と歩調を合わせて歩いてくれる。それがユウトには嬉しかった。

 

 ユウトは頷くと、最愛の少女の手を取る。

 

 篭手越しでも伝わってくる温もりが、戦いで疲弊したユウトの心を少しずつ癒していく。。

 

 その時だった。

 

 僅かに離れた場所で、轟音と振動が起こるのを感じた。

 

 振り返る先に、白銀の不死鳥が飛ぶのが見えた。

 

 不死鳥の翼は雄雄しく広げられて空中を舞う。

 

その内に捉えられたミニオン達が一掃され、ただの1体の例外無く金色の塵となって上空より降り注いだ。

 

「あれは、ネリーか。」

「うん、すごい。」

 

 白銀の不死鳥は大きく旋回すると、その高度を落としていく。

 

 今度は、地上の敵を標的にするようだ。

 

「よし、行こう!!」

「ん!!」

 

 2人は頷き合うと、再びソスラスに向けて進軍を再開した。

 

 

 

 地上から、空中から、並み居る敵が押し寄せてくる。

 

 その上空を、薄桃色の燐粉を蒔きながら飛ぶ影がある。

 

 全速力で飛ぶ。

 

 かつてとは比べ物にならないくらいの加速力が体を捉え、一瞬、戦場であると言う事実を忘れさせてくれるほどの爽快感が体を包む。

 

 敵との距離が一気に詰まり、視界を埋めんばかりの規模で青と黒の大軍が迫ってくる。

 

 射程距離まで、後数メートル。

 

 背中の翼を大きく羽ばたかせ、風を受けて急停止。同時に体を空中に固定、砲撃体勢を整える。

 

 従えた12個の球体が光を帯びる。

 

 迫る敵軍。

 

 その大軍に向けて、力を解放する。

 

「オーラフォトン・バースト!!」

 

 解き放たれた12条の光の槍が、向かってくるミニオン達に飛ぶ。

 

 今にもネリーに向けて斬り掛かろうとしていたミニオン達は、カウンター気味の砲撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 ネリーは、そこで手を緩めない。

 

「まだまだ!!」

 

 更に砲撃を続け、向かってくるミニオン達の接近を許さない。

 

 先手を打たれ、混乱に陥ったミニオン達に、ネリーの容赦ない攻撃は続く。

 

 それでも、個々の判断で体勢を立て直したミニオン達の中には、神剣を翳してネリーに切り込もうとする物もいる。

 

 だが、彼女達が間合いに入る前に、ネリーの砲撃に捉えられ、撃ち抜かれていく。

 

 永遠神剣が《静寂》から《純潔》に変わってから、ネリーは1対1の戦闘よりも1対多数の戦闘法の方が得意となっていた。武器の進化の最大の特徴が「射程距離」にあるならば、ネリーのこの変化は進化の過程を正確になぞらえた結果とも言える。

 

 このミニオン達は、遊撃隊としてラキオス王国軍の本隊を攻撃しようとしていた部隊である。

 

 数100近いミニオンに襲撃されれば、本隊は負けないまでも相当な被害を免れ得ない。その為、ネリーが先回りをして迎撃に当たったのだ。

 

 一部のミニオン達は低空を進んでネリーの砲撃を避け、その迎撃網をすり抜けようとする。

 

 いかにネリーが1対多数の戦闘をこなせるとしても、一瞬で100近いミニオンを消滅させられるわけではない。その攻撃にも、どうしても隙間ができてしまう。特に、低空と言うのはよくよく見落としがちであり、そこをつけばネリーの攻撃範囲をすり抜ける事も不可能ではない。

 

 だが、それは判断としては最低の部類だった。

 

 低空よりすり抜けようとするミニオン達の間を、突如として縦横に閃光が駆け抜ける。

 

 間近でそれをやられたミニオン達からすれば、何が起こったのか知覚する事もできなかった事だろう。次の瞬間には彼女達全てが、マナの塵となって飛び散った。

 

 一拍置いて、鬱蒼とした森の中から漆黒の影が空中に躍り出る。

 

 木立を足場にしながら跳躍を繰り返し、低空に舞い降りたミニオン、またはネリーの砲撃に押されて紛れ込んだ者を確実に切り裂いていく。

 

 両手に掲げた刀が駆け抜ける度、ミニオン達は悲鳴を上げる事も許されずに消滅していく。

 

 セツナには空中戦能力は無い。また、ネリーのような高度な遠距離攻撃能力も持たない。白虎の能力をフルに活かしても、カバーできる制空圏はたかが知れている。

 

 そこでセツナは、高空域の迎撃をネリーに任せ、自身は低空をカバーすると言う二段構えの作戦を立てた。

 

 空中から迫る敵の大半はネリーが迎撃し、その撃ち漏らしをセツナが討つ。これが、2人の迎撃パターンだった。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 繁る木立を足掛かりにして、セツナは空中を駆ける。

 

 倍率60倍まで加速された剣の前では、エターナルミニオンの動きなど止まっているようなものである。

 

 もちろん、地上の敵も逃さない。ネリーが空中を引き受ける以上、セツナは地上担当となる。

 

 空中を跳ぶ一瞬、

 

 セツナとネリーの視線は交差する。

 

 互いの口にある微笑。

 

 次の瞬間には、セツナの姿は樹海の中に沈む。

 

 それを確認してから、ネリーは前を見る。

 

 かつて、自分はセツナにとってお荷物以外の何物でもなかった。

 

 だが今は違う。

 

 セツナは語った。セツナの力は、全てが自分から離れても、その全てを守り抜く為に得た力だと。

 

 ならばネリーのこの力は、セツナと並び立つ為に得た力だ。

 

 セツナと一緒に戦う為、

 

 セツナを護る為、

 

 セツナを、1人にしない為、

 

 その為に、少女は力を手にしたのだ。

 

 その時だった。

 

 突如、空を飛ぶネリーの前方に、それまでとは比較にならないほど巨大な炎の塊が出現した。

 

「クッ!?」

 

 急ブレーキで制動を掛けるネリー。しかし、あまりにスピードが付き過ぎていた為、すぐに停止する事ができない。

 

「うわぁ!?」

 

 目の前に炎が迫る。

 

 だがその前に、空中に飛び上がったセツナがその腕に抱えるようにしてネリーを拾い、そのまま炎の勢力圏まで退避した。

 

 セツナはネリーを抱えたまま地に降り立つ。

 

 それと同時に、追撃が来る。

 

 無数に枝分かれした鞭が、着地地点を囲むように襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 セツナに抱えられた状態のままのネリーは素早く《純潔》を5個引き寄せて砲撃、迫る鞭を撃ち抜いた。

 

 そのできた穴から、セツナは素早く跳び上がり脱出する。

 

「逃がさないよ!!」

 

 絡み付くような声と共に、鞭はそれ自体が意思を持っているかのような自在さで、空中にあるセツナ達に追いすがる。

 

 対してネリーは、四方からしつこく接近してくる鞭の先端に砲撃を加えて打ち砕いていく。

 

 そこへ、群がるように発生する炎。

 

 まさに息も尽かさぬ連続攻撃がセツナとネリーを追い詰める。

 

 セツナは白虎を身に宿して入るが、ネリーを腕に抱えたままであるため、その速度は通常より鈍りがちである。

 

 そこへ迫る炎。

 

「クッ!?」

 

 迫る炎に対しセツナは白虎を解除、代わって玄武を呼び起こして障壁を張り防ぐ。

 

 元々牽制が目的だったのだろう。障壁に当たった炎はすぐに掻き消える。

 

 そこを見計らって、セツナは地上へと降り立った。

 

「怪我は無いか、ネリー。」

「うん、大丈夫。」

 

 頷くネリーを地面に下しながら、油断無く《絆》を構え直す。

 

 権能2つを同時起動できるといっても、それはあくまで2本の刀を持った場合のみ。刀1本では従来どおり1つの権能しか操れない。そこが、エターナル《黒衣の死神》の弱点とも言える。

 

 セツナはスッと、刀を八双に構える。

 

「来るぞ。」

「うん。」

 

 頷くネリー。

 

 次の瞬間、炎が木立を燃やし尽くしながら襲ってくる。

 

「「ッ!?」」

 

 同時に地を蹴る2人。

 

 ネリーが空中に、セツナが真横に走った。

 

 

 

 

 

 

「始まりましたねぇ。」

 

 どこか、人事のような声が空間に響く。

 

 いや実際、根本的な意味で人事なのだろう。この男から見れば。

 

 顔に掛かる金髪を気にせず、ハーレイブは大気を伝わってくる気配を感じる。

 

 彼自身が中立と言う立場である以上、この戦いを深く考えている訳ではない。負ければとっとと逃げるだけだし、勝てば報酬を貰って次の世界へ行くだけ。別段、この世界が生き残ろうが崩壊しようが、究極的な意味ではどうでも良いのである。

 

 そう言う意味では、テムオリンに通じる物がある。彼女もまた、かつてクラウスがセツナに語った通り、あまりひとつの戦場に拘らない方である。もっともテムオリンの立場から言えば、戦略上の収支と言う物がある為、そう簡単に捨て去る訳にもいかないのだが。

 

「ソスラスには既にントゥシトラとミトセマールを向かわせましたわ。そちらの方はどうなっておりますの?」

 

 全身白ずくめの幼女、テムオリンからの問い掛けに、ハーレイブは顔を上げる。

 

 その目の前に浮かぶ《冥府》が怪しく光り、着々と準備が整えられつつある事を示している。

 

「こちらの準備も完了しています。ご命令とあらば、いつでも。」

 

 おどけた調子で答えるハーレイブ。

 

 その手にした《冥府》もまた、迫る戦いへの歓喜に震えるようにマナを振動させる。

 

 敵に新たなエターナルが4人も加わるなど、さすがのテムオリンも予測の範囲外であった。その為、当初よりも大幅に予定を繰り上げ、早い段階での総攻撃を企図していた。戦力的に勝っているとは言え、ロウ・エターナル側としても決して余裕があるわけではないのだ。

 

「期待していますわよ。あなたには高い報酬を払っているのですから。」

 

 皮肉とも取れる、いや、実際皮肉以外の何物でもない言葉を最後に、テムオリンはスッと姿を消した。

 

 変わって入ってきたのは、腰まで達する緋色の髪を持つ女だった。

 

 アーネリアはハーレイブのすぐ背後まで来るとその場で立ち止まり、口を開いた。

 

「よろしいのですか?」

「何がです?」

 

 腹心の登場に口元を綻ばせつつ、ハーレイブは振り返る。

 

 対照的にアーネリアの顔は、渋面に顰められている。

 

「この戦い、当初の見立てよりも大分不利な要素が増えてきております。これ以上、この戦場に加担するのは危険かと思われます。」

 

 当初の予想では、脅威となり得るエターナルはトキミ1人のはずであった。それが今では、敵方のエターナルはトキミを含めて5人となっている。例えそのうちの4人が若輩の部類に入るとは言え、決して油断できる物ではない。

 

 ましてかその内の1人は、かねてからハーレイブが目を付けていた少年である。人の身であった頃より不遜にもハーレイブに刃を向け、あまつさえ幾度かはその体に傷を付けるという愚かしき行為に及んだ者である。

 

 ハーレイブに仕える騎士である彼女には、ハーレイブを無傷で守り通す義務があった。例え、己が身をマナと塵と化しても、それは果たさねばならない責務である。

 

 対してハーレイブは、そんなアーネリアの態度がさも可笑しかったかのように笑みを見せる。

 

「良いですかアーネリア。勝てる戦いばかりに参加していては、私達の立場と言う物が無いでしょう。このように、両者の戦力が拮抗している状況を勝利に導いてこそ、我々のように中立の永遠者の立場があるのですよ。」

「それは、そうなのですが・・・・・・」

 

 アーネリアは顔を背ける。

 

 確かに、ハーレイブの言っている事は正論である。

 

 ニュートラリティ・エターナルとは、言わば傭兵である。カオスやロウに限らず、報酬しだいではあらゆる陣営に力を貸し、永遠世界を渡り歩く存在だ。何かの目的の為、あるいは、ただ報酬を得る為、その理由は様々である。

 

ただ、共通して言える事は、莫大な報酬を得たいのなら、名を売らねばならないという事だった。

 

 多くのニュートラリティ・エターナル達は、そう言った争乱に巻き込まれる事を嫌い、表には出ずにひっそり生きている場合が多い。だが、ハーレイブのように、自ら望んで争乱に身を投じる者も中にはいるのだ。

 

「大丈夫ですよ。」

「あ・・・・・・」

 

 声を上げる間もなく、アーネリアの顎はハーレイブの指でクイッと持ち上げられる。

 

「私は、あなたの力を信じていますからね。必ずや、勝利は私達の物となるでしょう。」

「・・・・・・はい。」

 

 それは、アーネリアにとっては魔法の言葉に等しかった。

 

 彼女にとってハーレイブの言葉は絶対であり、彼が勝つと言えば、自分達の勝利は不動の物となるのだ。

 

 そう言うとハーレイブは、ゆっくりと顔を近づける。

 

 対するアーネリアは、目が潤み、まるで何かをねだるような顔となる。

 

ハーレイブはアーネリアの唇に、自分のそれを重ねた。

 

「ん・・・・・・」

 

 くぐもった声と共に、口付けを受け入れるアーネリア。

 

 2人にとって習慣となっている、決戦前の儀式。

 

 王は死地へ赴く騎士へ祝福を施し、騎士は王から祝福を受け入れ死地へ赴く。

 

 ややあって、唇を離す。同時に踵を返して歩き出す。

 

「参りましょう。」

「ハッ。」

 

 やや上気した顔のまま、アーネリアはハーレイブに従う。

 

 忠実な騎士の存在を背に感じながら、ハーレイブの意識はこれから自分の前に立ちはだかるであろう少年に向けられていた。

 

 黒衣を身に纏い、2振りの刀を操る死神。その身を病魔に蝕まれながらも、前進を止めようとしない少年に、一種敬意にも似た感情を覚える。

 

 果たして最後に会ってから、彼がどれだけの力を身につけたのか。

 

 これから戦場に向かうというのに、自身が妙に心が浮き立っている事に気付き、ハーレイブは思わず苦笑した。

 

 

 

 吹き上がる炎が、足元を舐める。

 

 だが、それがネリーを捉える事は無い。

 

 狂ったように大気を焼く炎も、槍衾のように放たれる焔も、全て天空を華麗に舞う天使を捉えられず、空しく消滅する。

 

「ン、ンキュゥゥゥ・・・・・・」

 

 ントゥシトラの声が苛立ったように響く。

 

 現出される炎が、一気に空間を満たす。

 

 ネリーは薄桃色のウィング・ハイロゥを広げて急停止、体を空中に固定すると同時に周囲に《純潔》を従え、砲撃体勢を整える。

 

 対してントゥシトラも、その巨大なる単眼を輝かせ、魔法を詠唱する。

 

「いっけェェェ、オーラフォトン・バースト!!」

 

 込められるだけのオーラフォトンを預け、放つ。

 

 放たれる12本の光槍。

 

 命中の直前、空中で身を捻るントゥシトラ。

 

 ネリーの放った閃光は、後僅かの所で回避された。

 

 人語を解さぬその脳裏には、目の前の薄桃色の少女に対する憎悪が、ありありと感じる事ができる。先のマロリガン戦以来の激突に、ントゥシトラの精神は猛り狂う。

 

 油断があったとは言えミトセマールと2人掛かりでも、生まれたてのエターナル相手に敗北。生まれてこの方、これ程の屈辱を感じた事は無かった。

 

「フシュルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 雄叫びと共に空中に現出する炎。

 

 灼熱の温度を宿す塊が一気に枝分かれし、包み込むようにネリーに襲い掛かった。

 

「ッ!?」

 

 翼を羽ばたかせ、上昇をかけるネリー。

 

 しかし炎は、しつこくネリーを追い掛ける。その数は12。先程から続いているネリーの攻撃を、そのままそっくりやり返した感じである。

 

 お前にできる以上の事が自分にはできる。そのような対抗の意思が無言の口から伝わってくるかのようだ。

 

 《純潔》を従えて急旋回するネリー。

 

 だが、炎槍はどこまでも追いかけてくる。

 

 次の瞬間、空中に黒い影が踊り、炎槍を斬り裂く。

 

「フシュゥゥゥ!?」

 

 突然の乱入者に目を剥くントゥシトラ。

 

 その目の前に降り立つセツナ。

 

 構えた刀を掲げ、地を蹴る。

 

「駆け抜けろ・・・・・・」

 

 低く呟くと同時に、その姿はントゥシトラの前面に現れる。同時に最加速。一気に120倍まで吊り上げる。

 

 世界の全てが時間を止め、セツナ1人が静寂の世界の住人となる。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 繰り出される刃が、閃光と化して斜めに駆け抜ける。

 

 痛みを感じる前に傷口が開く。

 

 既にントゥシトラの血液が灼熱の温度を宿している事は知っている。その奔流が体を包む前に、セツナはそこを飛びのく。

 

 着地と同時に、視界の時間が元に戻る。

 

「ンキュゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 悲鳴と共に鮮血が、ントゥシトラの体から吹き出す。

 

 一歩間違えば致命傷になりかねないほどのダメージに、ントゥシトラは思わず後退する。

 

「逃がすか・・・」

 

 セツナは柄を右手で長く持ち、同時に左手を照準用として突き出し、弓を引くようにして構える。

 

 突き出された切っ先の照準は、まっすぐにントゥシトラに向く。

 

 しかし次の瞬間、無数の細長い物体が腕に巻きつく。

 

「ッ!?」

 

 目を見開く。

 

 その目には、腕に幾重にも巻き付いた鞭がある。

 

「調子に乗るんじゃ、ないよ!!」

 

 セツナの腕を捉えたミトセマールは、手にした《不浄》を力任せに振り回す。

 

 その膂力は凄まじく、捉えられたままのセツナは大きく振り回される。

 

「セツナ!!」

 

 即座に援護に入ろうとするネリー。だが、その前に丸い影が躍る。

 

 炎が、空中に現れる。

 

「うわっ!?」

 

 踊る炎に肌が焼かれる感覚がネリーを襲う。直接触れる前に、どうにか上昇して炎の範囲外に逃れた。

 

 だが、炎は徐々にその勢力圏を増し、ネリーを追い詰めていく。

 

 転じて地上に目を向ければ、セツナが足を踏ん張り、ミトセマールの鞭に辛うじて耐えていた。

 

 何度も叩き付けられた体からは、僅かではあるがマナの塵が立ち上っている。さすがに防刃加工のコートのお陰でダメージは最低限に抑えられてはいるが、このままではダメージが蓄積されていく一方である。

 

「ならば!!」

 

 セツナは左手で鞭を掴み、自身に引き寄せると同時に駆ける。

 

 鞭は数ある武具の中で最も変幻自在な特性を持つ。それ故に完全に使いこなす事は困難で、熟練しない者が振るえば最悪、敵よりも自分が傷付く事になりかねない。

 

 数100年に渡って同じ武器を使い続けるミトセマールにそのような事はないだろう。だが実力が伯仲である事をその上記の要素を踏まえて考慮すれば、付け入る隙はあるはずだ。

 

 距離を詰め、ミトセマールに斬り掛かるセツナ。

 

 しかし、

 

「甘いよ!!」

 

 接近するセツナの前に、緑色の球体が出現する。

 

 標的を飲み込み租借する事でマナを吸収するこの神剣魔法が相手では、いかな防御も通用しない。仮に障壁を張ったとしても、その障壁ごとマナを吸収されてしまうだろう。と言う事は、仮に玄武を使ったとしても単なる時間稼ぎにしかなり得ないと言う事だ。

 

「ッ!?」

 

 とっさに掴んでいた鞭を放すと、白虎を起動して後退、更に上空へ逃れた。

 

 だが、

 

「逃がさないよ!!」

 

 放した鞭が突然枝分かれし、セツナの体を包み込むように伸びる。

 

「しまっ・・・・・・」

 

 気付いた瞬間には既に手遅れ。伸びた鞭は大きくしなり、セツナを地面に叩きつけた。

 

 全身の骨が地面に叩き付けられたショックで軋み、内蔵が悲鳴を上げる。

 

 だが、それでは留まらない。

 

「まだまだ行くよ、どこまで耐え切れるかね!?」

 

 嘲笑と共に、再びセツナの体を叩き付けた。

 

 

 

 炎槍と光槍が空中でぶつかり合う。

 

 互いにプラスのエネルギーを宿したそれらは、空中でぶつかり弾ける。

 

 ネリーとントゥシトラは、互いの視界を射る閃光に目を庇いつつ、それが収まると同時に互いに前に出た。

 

「オーラフォトン・バースト!!」

「フシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 再び放たれる光と炎。

 

 しかし、今度は先程までとは違った。

 

 ネリーの《純潔》の数は12個。と言う事は、どんなにがんばっても一度に撃てる光槍の数は12発に限られる。

 

 それを見越してントゥシトラは、倍の24本の炎槍を繰り出してきた。

 

 相殺できたのは半分の12本のみ。残る半分は、まっすぐにネリーに向かってくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさにシールドで防ぎながら、なおかつ自分自身も移動して回避に掛かるネリー。

 

 しかし、それが罠だった。

 

 回避に夢中になるあまりネリーは、炎の出元の存在を失念してしまっていた。

 

 その体躯からは想像できないような素早い動きで、ントゥシトラはネリーの前方に回りこんだ。ネリーがその存在に気付いた時には、既に遅い。

 

 鍵爪が繰り出される。

 

 防御は間に合わない。

 

 認識よりも先に、体に異物が食い込む嫌な感触が来る。

 

「あうっ!?」

 

 腹部をントゥシトラの爪に抉られ、ネリーは悲鳴を上げる。

 

 そこへ、ントゥシトラの目が輝きを増す。再び、魔法の詠唱に入ったのだ。

 

 それに気付いたネリーも、傷口を押さえながら後退、すぐに魔法を詠唱しようとする。

 

 だが、追い討ちを掛けるように、何かがネリーの体に掛かった。

 

 液状のそれは空中を飛び、ネリーの体にかかる。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 その付着した箇所に、凄まじいまでの痛みが走る。その正体は、灼熱の温度を宿したントゥシトラの血液だった。ントゥシトラは、逃げようとするネリーに、自らの血を浴びせたのだ。

 

 皮膚が溶け、肉が侵食される。

 

 それだけでも大ダメージだが、ントゥシトラの狙いは別の所にあった。

 

「あ!?」

 

 熱さと痛みに耐えネリーが目を開いた瞬間、それに気付いた。

 

 ントゥシトラの魔法は詠唱が完了している。そして自分の体には、奴の血がベットリと付いている。

 

 その意図を理解した瞬間、炎がネリーを包み込むように襲う。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 出現した炎は肌を焼く血に引火し、更に燃え上がる。

 

 いかにエターナルの魔法防御力でも、この炎を完全に防ぎ切る事は不可能だろう。

 

 ネリーは氷や水と言ったマイナス系の魔法を得意としており、逆にプラスのエネルギーを操るントゥシトラとはひどく相性が悪い。その事を先の戦いで知ったントゥシトラは、己の血をガソリン代わりに使って炎を増幅したのだった。

 

 薄桃色の天使は、地獄の業火の中に包まれていった。

 

 

 

 鞭を引き戻す。

 

 自身の前に倒れ伏すセツナに目を向け、ミトセマールは満足げに笑みを浮かべた。

 

「さすがはエターナル、まあ、持った方だろうねえ。」

 

 セツナを地面に叩きつけた回数は20を越えている。ミトセマールとしては、その半分くらいで力尽きるであろうと踏んでいたので、意外ではあった。

 

「さてと、それじゃあとどめと行こうか。」

 

 そう言って、ゆっくりと歩を進める。

 

 手にした《不浄》にダークフォトンを込め、振り上げる。

 

「そう言やアンタ、メダリオの奴をやったんだってね。まあ、あんな雑魚がどうなろうと構わないんだけど、ついでに敵討ちもしといてやるよ。」

 

 そう言った時、空中に炎が踊るのが見えた。

 

 その炎の規模は凄まじく、中に生物がいればまず助からないだろう。

 

「あらあら、ントゥシトラの奴もやってるねえ。そう言えばあの小娘、あんたの女なんだって? あんたを殺した後、あの小娘はあたしのペットにしてたっぷりと可愛がってあげるから安心しなよ。」

 

 そう言うと同時に鞭を振り下ろす。

 

 ダークフォトンを込められた鞭が、倒れ伏すセツナに向かう。

 

 しかし、触れただけであらゆる物を破壊できるほどの威力を秘めたその鞭は、標的を捉える事は無かった。

 

「フッ!!」

 

 短く息を吐くと同時に、セツナは両腕で地面を弾き、その反動だけで空中に飛び上がってミトセマールの鞭をかわした。

 

「何ッ!?」

 

 突然のセツナの動きに、ミトセマールは呻いた。

 

 さっきまで瀕死の重傷を負っていたと言うのに、それを感じさせないほど俊敏な動きである。

 

「この野郎、20回全部受身を取ってたってのかい!?」

 

 振るわれる鞭は枝分かれし、再びセツナを捉えようとする。

 

 だが、

 

「無駄だ。」

 

 セツナは飛んでくる鞭の先を、全て紙一重でかわしていく。

 

 蒼き龍王をその身に宿したセツナに、この程度のスピードと数の攻撃などに当たる訳がない。

 

 そして、一瞬の隙を突いて駆ける。同時に青龍を解除、白虎を呼び出す。

 

 60倍に流れる時間は、鞭の動きをあっという間に停止させる。

 

 その間に間合いを詰め、同時にフルドライブ、《絆》を大きく振りかぶる。

 

「寝ろ。」

 

 低い声と共に、刃は振り下ろされた。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 刃は斜めに振り下ろされ、ミトセマールの体を斬り裂く。

 

 同時に白虎を解除。時は再び動き出す。

 

「ウギィィィィィィィィィィィィッ!?」

 

 悲鳴が上がり、ミトセマールの顔は苦悶に歪む。

 

 傷口は一気に黒い煙を帯び、マナの塵へと変わって行く。

 

「お・・・のれ・・・よくも・・・・・・よ・・・く・・・・・・」

 

 せめて一太刀と言わんばかりに鞭を振り上げるミトセマール。

 

 しかし、それが限界だった。

 

「も・・・・・・・・・・・・」

 

 急速に劣化していく体。

 

 そのままボロボロと崩れ、大気中へ溶けて消えていった。

 

 それを見届けた後、セツナは上空に目を転じた。

 

 

 

「あ・・・つつつつつつ・・・・・・」

 

 全身に纏わり付いた炎を、どうにかマナをマイナスのオーラフォトンに転換して払い落としたネリーだが、その負ったダメージはあまりに大きい。

 

 これまでのように空気中で炎を浴びたのならまだしも、可燃物を体にぶつけられてそれを燃やされたのだ。本来ならそのまま火達磨になってもおかしくないところだ。

 

 12個の球体が、ネリーを守るように展開する。

 

 その球体には既にオーラフォトンが充填され、砲撃体勢を整えている。

 

 生まれ変わったネリーのバトルスタイルは砲撃戦主体。そしてントゥシトラの能力も遠距離戦闘。奇しくも遠距離戦闘主体同士の対決となる。

 

 だが一撃の威力においてはほぼ互角。技巧においては確実にントゥシトラの方が上である。総じて戦えばネリーが撃ち負けるのは目に見えている。

 

『一発勝負、これしかない!!』

 

 周囲のマナに呼び掛け、オーラフォトンを集中する。

 

 大気のマナが急激に温度を失い、凍てついていく。

 

 それに対するントゥシトラもその瞳を輝かせて、魔法の詠唱に入る。

 

 ネリーの周囲と比較するように、ントゥシトラの周辺の空気は急速に高まっていく。

 

 両者は空間を圧して互いに鬩ぎあい、隙あらば対峙する空間を侵食しようとする。

 

「マナよ、我に従え。漆黒の断崖より大いなる羽ばたきを持ちて、蒼天に舞え!!」

 

 オーラフォトンが急速に形を作り、巨大な翼が大気を攪拌して羽ばたく。

 

 同時に詠唱を完了したントゥシトラの瞳も輝く。

 

 次の瞬間、巨大な目より収束された炎がレーザー光線のように放たれた。

 

 中心温度では太陽のそれに匹敵するであろう光線は、真っ直ぐにネリーへと向かう。

 

 同時にネリーも、氷河の翼を解き放つ。

 

「フリージング・フェニックス!!」

 

 白銀の不死鳥は大きく翼を羽ばたかせると、レーザー光線に真っ向から対抗するかのように突撃していく。

 

 先の激突では正面からぶつかり、ネリーが勝利した。

 

 状況はそれと同じ。閃光と化した炎と吹雪の不死鳥がぶつかり合う。

 

 だが、あの時のントゥシトラは本気を出していなかったのに対し、今度は全力でぶつかってきている。

 

 いかに7つの理を司る神剣の主であろうと、今のネリーでは実力においてントゥシトラに遠く及ばない。

 

 次の瞬間、閃光は不死鳥を貫く。

 

 収束された炎と大きく拡散された吹雪では、前者の方が威力的に高いのは通りである。

 

 首を吹き飛ばされ、四散する白銀の翼。閃光はそのまま、繰り主へと向けて伸びる。

 

「クッ!?」

 

 驚愕に顔を染めるネリー。

 

 だが、

 

「玄武、起動!!」

 

 一瞬にして前面に張り巡らされた障壁により、炎の閃光は命中直前に防ぎ止められている。

 

 その障壁越しにも、灼熱地獄のような熱さが伝わってくる。

 

 だがそれでも、ネリーの心は抱擁にも似た温もりを感じる。

 

 それは、最愛の人が自分を護ってくれているのだから。

 

「玄武、フルドライブ!!」

 

 同時にセツナはもう片方の《絆》を抜き放つ。

 

 振りぬかれた刃と共に、障壁がもう一箇所に展開される。

 

 それはントゥシトラの周辺。

 

 なおもネリーに追撃を掛けようとするントゥシトラの周囲に展開された障壁は、その動きを封じて閉じ込める。

 

「今だ、ネリー!!」

 

 セツナに促されるまま、ネリーは周囲のマナを急速に取り込んでオーラフォトンを展開する。

 

 炎の王が不可視の檻を破ろうともがく。

 

それを前に、ネリーの周囲で急速に気温が下がっていく。

 

「マナよ、オーラへと変われ。氷河の王より全てを与えられし、我に変わりて、」

 

 その急速な気温低下は、少し離れた場所で結界維持を行っているセツナの場所にまで波及してきている。

 

「全てを撃ち貫け!!」

 

 短い気合と共に、天高く打ち上げられる冷気を帯びたオーラフォトン。

 

 輝きは、天頂より降り注ぐ。

 

「アブソリュート・ミーティア!!」

 

 流星と化した氷塊は、その物が巨大な刃となってントゥシトラに迫る。

 

「ン、ンキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 一瞬にして最大出力の炎が出現する。

 

 結界に囚われたントゥシトラの周囲は、太陽の如く輝く。

 

自身の身を焼く事も構わずに全エネルギーを解放、一気に脱出を図る。

 

「クッ!?」

 

 玄武が張り巡らした障壁は内部から膨張するように破裂、崩壊する。

 

 すぐさま、脱出しようとするントゥシトラ。

 

 だが、既に遅かった。

 

 ネリーが作り出した氷河の流星は、終末速度のエネルギーをそのまま破壊力に変えてントゥシトラの体を貫く。

 

 断末魔の雄叫びを上げるントゥシトラ。

 

 そのまま灼熱の血液を噴き出しながら、ゆっくりと黒い煙を吐き出しながら消滅していく。

 

 それを見届けた後、

 

 セツナは糸が切れるように、その場で膝を突いた。

 

 激しい眩暈と共に、膝から力が抜けていくのが判る。

 

 戦っている間は気を張っていた為何とか持ち堪えたが、戦いが終わって気が抜けた瞬間これである。何とかミトセマールを破る事はできたものの、セツナ自身の体にもダメージが着実に蓄積されていた。

 

「セツナ!!」

 

 その様子を見て取ったネリーは、慌てて傍らに舞い降りる。

 

 セツナ自身、作戦上先陣を切ったものの無理を重ねての出撃である。その体はいつ何時、限界が来てもおかしくはなかった。

 

 駆け寄って、その肩を掴む。

 

「セツナ、大丈夫? 今、回復するからね。」

 

 そう言うと同時に、ネリーは周囲のマナを集めようとする。

 

 だが、

 

「いや、大丈夫だ。」

「大丈夫って・・・」

 

 全然大丈夫に見えない。

 

 だが、そんなネリーの不安を振り払うようにセツナは立ち上がると、手にした《絆》を鞘に収めた。

 

「セツナ・・・・・・」

「大丈夫だ。」

 

 もう一度そう言って、笑みを見せるが、なおもネリーの不安は拭えない。

 

 そんな2人の耳に、多数の足音が聞こえて来る。

 

 後方から追随していた本隊が、ようやく追いついて来たのだった。

 

 崩れ落ちそうになるセツナの体を、ネリーは横から支え込む。

 

「無理しちゃってさ。」

 

 そう言って、悪戯っぽく微笑むネリー。

 

 対してセツナは、そんなネリーの言葉に仏頂面を向けながらも、事実であるだけに何も言い返さずに黙り込むしかなかった。

 

 だがその表情とは裏腹に、心に浮かんだ笑みを見せまいと必死になっていた。

 

 エターナルになる時に誓った、自分1人で全てを守り抜くという誓いは、既にセツナにとってはどうでも良くなりつつあった。

 

 自分は1人ではない。その傍らには、ネリーがいる。彼女が支えてくれるから、どんな困難な道であっても歩いていく事ができる。例えそれが、数多の針生い茂る茨の道であったとしても、ネリーと一緒に居れば戦い抜く事ができる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと見詰める掌を、ゆっくりと開閉させる。

 

 違和感はある。しかし、

 

『俺はまだ、戦える。』

 

 心の中の呟き。

 

 それが聞こえたのか、セツナの掌に、ネリーの小さな手が重ねられる。

 

 驚いて向ける視線に、笑顔を向けられるネリーの笑顔。

 

 今度は躊躇せず、セツナも微笑み返した。

 

 

 

第40話「希望への進撃」     おわり