大地が謳う詩

 

 

 

第39話「聖賢者の剣」

 

 

 

 

 

 

 マナ供給の安定化に伴い、決戦に向けた準備は俄かにピッチを上げられていた。

 

 既に、前線基地になる予定のソーン・リーム最南端の町ニーハスには順次物資が輸送され、それをエスペリアに指揮されたスピリット隊が交代で護衛に就いていた。

 

 王都防衛戦、マロリガン奪還作戦と辛くも連戦で勝利を収めたラキオス王国軍ではあるが、敵はなおも本拠地であるソーン・リームに大多数の部隊を温存していると見られている。決して、予断の許される状況ではない。スピリット隊も各小隊単位で猛訓練が行われ、機運も高まりつつあった。

 

 書類に目を通しながら、セツナは決戦時の作戦行動について頭の中でシュミレートしていく。

 

 溜息を吐く。

 

 これは本来、客員将軍の仕事ではなく、総司令官か参謀長、もしくはスピリット隊副隊長の仕事になるのだが、何の巡り会わせか今はセツナの仕事になっていた。

 

 それだけではない。物資の輸送状況監督、訓練状況の把握、部隊編成、作戦立案など、ようするに参謀長時代とほとんど変わらない仕事内容を押し付けられていた。

 

『これと言うのも・・・・・・』

 

 痛む頭を押さえ、その脳裏にはアッサリ自分の正体を暴露してくれた彼女さんの顔を思い浮かべる。

 

「セツナはね、ここのサンボーチョーだったんだよ!!」

 

 純粋に、嬉しそうに、果てしなく無邪気に、

 

 ネリーはセツナが最優先で隠し通そうと思っていた事柄をぶちまけてくれた。

 

 もう一度、溜息を吐いた。

 

 お陰でこの有様だ。

 

 取り合えず出来るなら、と言う理由で大量に雑務を押し付けられてその処理に追われていた。

 

 とは言えさすがは慣れたもの。山のように押し付けられた書類を的確にかつ、手際良くセツナは裁いていく。その手腕にはコウインや、かつて副官であったセリアも賞賛したほどであった。

 

『戦機は、熟しつつある。』

 

 決戦の時は近かった。

 

 敵の主要戦力であるエターナルは全部で7人。

 

 《水月の双剣》メダリオは緒戦でセツナが倒した為、残りは、

 

《統べし聖剣》シュン

 

《法皇》テムオリン

 

《黒き刃》タキオス

 

《業火》のントゥシトラ

 

《不浄》のミトセマール

 

《忠節の騎士》アーネリア

 

 そして、《冥界の賢者》ハーレイブ

 

 対してこちらは、

 

《時詠》のトキミ

 

《愛を謳う天使》ネリー

 

 そして《黒衣の死神》セツナ

 

 戦力比は7対3。今だに倍以上の開きがある。

 

 まともにぶつかっては勝機は無い。

 

 希望があるとすれば、今だに姿を現さない残る2人の援軍だ。

 

 既にその2人と言うのが、ユウトとアセリアだと言うことは、トキミから聞いていた。

 

『・・・・・・早く帰って来い。』

 

 その想いは、今、必死にこちらに向かっているであろう戦友に向けられる。

 

『あの時と同じ事は、もう御免だ。』

 

 あの時、とは、対マロリガン戦の決戦時を差している。

 

 あの時、ユウト、アセリア不在のまま決戦に臨んだラキオス軍は、マロリガン軍に多大な苦戦を強いられ、セツナ自身、危うくコウインとキョウコを殺さざるを得なくなるところであった。

 

 奇しくもあの時と、状況があまりにも似通っている。セツナとしても、一抹の不安を拭い切れずに居た。

 

 その時、会議室のドアが開いた。

 

 視線をそちらに向けると、コウインとキョウコが入ってくるのが見える。

 

 2人は今は訓練を行っている予定のはずである。それがここに居ると言うことは、恐らくひと段落したので上がってきたのだろう。

 

「よう。」

 

 セツナの姿を見つけると、コウインが手を上げて挨拶してくる。

 

 対してセツナはと言うと、視線だけで挨拶を返す。

 

 そのセツナの態度から、相手が不機嫌だと察したのだろう。コウインは苦笑しつつ横に並んだ。

 

「いやあ、悪いなあ。何か、お前1人に仕事押し付けちまって。」

「そう言うなら、半分くらいは自分でやれ。」

 

 素っ気無くセツナは返す。

 

 既に、自分の素性はなし崩し的に知られてしまっている。もちろん、ハイペリアで同じ学校のクラスメイトだった事まで全て。

 

 そのせいか、2人の態度は以前より更に馴れ馴れしくなった気がする。

 

「まあ、そう言うなって。俺達がやるより、お前がやった方が正確なんだし。」

「そうそう、世の中適材適所って言うじゃん。」

「自分で言うな自分で・・・」

 

 セツナは溜息を吐くと、持っていた書類をテーブルの上に投げ出した。

 

 内心、この国の行く末には大いに不安がある所ではあるが、いずれは旅立つこの身で心配する事は無意味の極みである為、その議題に関しては既に考える事を放棄していた。

 

「で、冗談はこれくらいにして、だ。どうだ、何とかなりそうか?」

 

 隣の席に座ったコウインは、話題を切り替えて話し掛ける。

 

 セツナとしても、これ以上下らない話を続ける事の無意味さを感じていた為、その話に乗る事にした。

 

「そうだな・・・・・・」

 

 呟きながら、山積みされた書類の中から資料を1つ取り出す。

 

「南部穀倉地帯の村に帳簿外の蓄えがあったのは助かった。おかげで戦時物資の不足が解消されたし、輸送の手間も大幅に省かれた。戦時物資分のエーテルは装置を介して既にニーハスに送り始めている。そっちの方は数日中で完了するだろう。」

 

 帳簿外の蓄え。これはすなわち、農村の住民が違法に物資を蓄えていた事を意味している。

 

 本来であるならば、このような事は許されない。見つけ次第厳罰に処される事となるだろうが、今回は話が違う。この予想外の蓄えが、前線の物資不足を解消する一助となっていた為、特別な恩赦が下されるよう、既にレスティーナに上申されていた。

 

「今回の作戦は、恐らくそれほど長くは掛からない。勝つにしろ負けるにしろ、な。なら、今回見付かった分だけで充分に賄える筈だ。」

「確かにな。」

 

 ニーハス北に広がる忘却の森が恐らく最初の激戦区になるのではと、セツナは考えていた。

 

 基本的な作戦としてはやはり、エターナルを中心として陣形を組み、コウイン以下のスピリット隊にはサポートに徹してもらうと言うのがベストだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 今回の戦いに際して、セツナが用意した切り札は2枚。

 

 だがこれは、セツナとしてもできれば最後まで使わずに済ませたいところであった。

 

 切り札は切り所が肝心と言うのは、戦略上の定石である。切り所を誤れば、確実に味方に不利を呼び込む事になる。故にセツナは、この諸刃の剣とも言うべき切り札の使用には、慎重を期そうと考えていた。

 

 と、その時。

 

「?」

 

 考え事をしている隙に、いつの間にかキョウコが間近まで顔を近付けていた。

 

「何をしている?」

「いやね、こうしてみると、すっごい不思議よね〜」

 

 妙に感心したような口調で、キョウコは言う。

 

「あたし達にはあんたの記憶は無いのに、あんたにはあたし達の記憶があるなんてさ。」

「確かにな。」

 

 セツナも、苦笑気味に答えた。

 

 自分の中でのみ生き続ける記憶は、彼女達の物と大きな食い違いを見せている。それは既に事象の彼方に忘却され、戻る事は決してない。

 

 違和感はある。

 

 だが、キョウコも、そしてコウインも、かつてのエトランジェ時代と変わらない態度で接し続けてくれている。それはセツナとしてはありがたい事であり、再来当初よりもその違和感が薄まっているのが判った。

 

「ねえねえ、あんたが居た世界では、あたしはどんな感じだった?」

 

 興味があるのだろう。キョウコがやや興奮した調子で尋ねてくる。

 

 確かに、彼女達の記憶に無い「朝倉刹那」と言う要素が加わった世界がどんな物なのか、語ってみるのも面白いかもしれない。

 

「そうだな・・・・・・」

 

 セツナは少し考えてから、口を開いた。

 

 

 

 あれは、エトランジェとして召還される半年ほど前だったような気がする。

 

 クラス内でよく見られる光景として、席替え、修学旅行、自由研究の班分け時に、数人の人間があぶれてしまうと言う事がある。

 

 何を隠そうセツナも、そうしていつもあぶれてしまう顔触れの1人だった。

 

 苛めを受けていたわけではない。

 

 ただその素っ気無い態度から、クラスメイト達から忌避されていた。

 

 もっとも、率先してそれをやっていたセツナからすれば、特に気にする程の事でもなかったのだが。

 

 その日は、体育の授業で3ON3のバスケットボールをする事になった。

 

 男女混合で行われる体育。コウインとキョウコは当然ユウトと組むかと思われた。しかしその日、理由は忘れてしまったがユウトが休みを取り、空きが出来ていた。

 

 悩んだ末にコウインは、1人壁に寄りかかっていたセツナに声を掛けた。

 

 この事はセツナは表情にこそ出さなかったが、内心で軽く驚いていた。いつもは最後の最後まであぶれると言うのに、今日に限って向こうから仲間に入れようなどと言う物好きが現れるとは思ってもみなかった。

 

 試合が始まった。

 

 コウインは文武両道で大抵の事はそつなくこなす方だし、キョウコも学力はともかく運動部に入っているのでスポーツ関係に関しては抜群だった。

 

 ルールは先に6点以上先取した方が勝ち。それで次の班と交代と言う流れである。

 

 セツナたちの個々人の持ち前の技量で先に4点を先取、勝利へ向けてリーチを掛けた。

 

 しかし、相手チームも執念とチームワークによる反撃で4点を取り返し、勝負はラスト2点争いにもつれ込んだ。

 

 とそこへ、それまで持ち前の素早さで相手チームのガードを潜り抜けてきたキョウコが、2人に囲まれて身動きが取れなくなった。

 

 焦るキョウコ。このままでは、遠からずボールを奪われてしまうだろう。

 

 と、そこへ、相手の頭の影からパス待ちをしていたセツナの姿が見えた。

 

 迷わず、キョウコはセツナへとパスを回す。

 

 一方、回されたセツナは、相手チーム3人のうち2人がキョウコのガードに付いていた為、悠々とセンターラインを突破、相手ゴールへと迫る。

 

 ゴールしたにはコウインと、相手チームの残る1人が陣取っている。

 

 バスケット部に所属していると言うその相手は、セツナよりも目線分背が高い。「高さ」の勝負では、セツナに勝機は無いだろう。

 

 セツナは一瞬チラッと、コウインに目線を向けた。

 

 伝わったかどうかは知らないが、セツナは自身の射程距離ギリギリで足を止めると、ジャンプシュートを放った。

 

 放物線を描いて飛ぶボール。

 

 しかし、ボールは空しく弾かれ、横に転がる。

 

 そこへ、すかさずコウインがリバウンド。ボールをキャッチすると同時に放ち、今度は見事にゴールの中へ吸い込まれていった。

 

 

 

「と、言うような事があったな。」

「「へえ〜」」

 

 セツナの説明に、2人は感心したように声を上げた。

 

「知ってたコウイン?」

「おいおい、知る訳無いだろ。」

 

 呆れ気味に答えるコウイン。

 

 彼等からしてみたら、今の話はほとんど良く出来た作り話に聞こえた事だろう。だがセツナにとっては、確かにあった過去の話だった。

 

「良いなあ、バスケ。久々にやってみたい。」

「だな、ここに来てもう2年だし、腕鈍ってるだろうな。」

 

 遠い目をする2人。

 

 そんな2人を見て、セツナは立ち上がった。

 

「やってみるか?」

 

 その顔には、僅かに笑みが浮かべられていた。

 

 

 

 ふと、レスティーナは手を止める。

 

 手元で決済待ちの書類から顔を上げ、窓の外に目を向ける。

 

 何やら、騒がしい。

 

 立ち上がると窓を開くと、下を見下ろしてみた。

 

「・・・・・・何かしら?」

 

 見るとスピリット隊の面々が集まって、何やら走り回っているのが見えた。よく見れば、何かボールのような物を蹴っているのが見えた。

 

 どの顔にも、遠目にも判る程の笑顔がある。

 

「・・・・・・楽しそうね。」

 

 少女達が走り回る様を見て、レスティーナはポツリと呟く。

 

 興味は次第に、悪戯心へと変わっていく。

 

 そっとドアに駆け寄ると、廊下に誰も居ない事を確認してから、ドアに鍵を掛けた。

 

 

 

 結局、バスケットではなくサッカーになってしまった。

 

 理由は簡単、ゴールを用意する事ができなかったためだ。

 

 ボールは年少組が遊びに使う物があったのだが、さすがにあんな特殊な形のゴールを用意する事はできなかった。

 

 そこで、急遽サッカーに変更になったわけである。これなら、ゴールは槍を適当な間隔を空けて地面に突き立てれば即席で完成してしまう。

 

 残留するスピリット達にも声を掛けてチームを作りザッとルールを説明すると、早速始める事となった。

 

 初めは皆、戸惑い勝ちであった。

 

 しかし、元々戦う為に鍛えた体である。コツさえ掴めばアッと言う間に並みの高校生サッカー選手並みにはできるようになった。

 

 今も、ボールをゲットしたヒミカがドリブルしながら切り込んでいく。

 

 それに立ちはだかるように、緑色の陰が躍り出る。

 

「行かせませんよ〜」

 

 ハリオンが両手を広げながら通せんぼの構えを取る。

 

 しかし、ヒミカはボールを保持しまたままあっさりとハリオンを抜き去った。

 

 後ろの方から「あら〜」と言う声が聞こえて来るが、気にしない。ただ一心にゴールへと目指す。

 

「ほらほら、行くわよ!!」

 

 何気にノッているヒミカ。ボールを蹴りながら相手陣地へと攻め込んでいく。

 

 そしてついに、その足は相手ゴールを射程圏内に捉える。

 

「貰った!!」

 

 遠距離戦闘に特化されたレッドスピリットのヒミカ。彼女自身は切り込み隊長を努める事もしばしばだが、決してそれが不得手と言う訳ではない。

 

 その瞳は既に、鷹の目の如く敵ゴールを捉えている。

 

 そして、勝利へ向けて足を大きく振りかぶり、

 

 

 

 スカッ

 

 

 

 見事に空振った。

 

 いつの間に接近したのか、音も無く忍び寄ったナナルゥに、ボールは渡っていた。

 

 足を振り切った勢いで背中から転倒するヒミカ。

 

 それが、周囲の爆笑を呼ぶ。

 

 対してナナルゥに渡ったボールは、前線のキョウコへと渡り、更にディフェンスを回避しつつ、逆サイドに待機していたネリーにパスが回される。

 

「へへ〜、くーるに決めるんだから!!」

 

 対峙するように立つのは、常の喧嘩友達、オルファ。

 

 ネリーよりも更に小さい体を精一杯広げてこの友達であるエターナルに向かっていく。

 

「絶対行かせないんだから!!」

 

 火の玉のような勢いでネリーに突っ込んでいく。

 

「必殺、オルファアタァァァァァァック!!」

 

 オルファの体が、タックル気味にネリーに迫る。

 

 と、次の瞬間、

 

「よっと!!」

 

 ネリーはウィング・ハイロゥを広げて、ボールを保持したままオルファの頭上を飛び越える。

 

「ええ!?」

 

 唖然とするオルファ。

 

 その頭上から放たれたシュートは、地面に刺さった2本の槍の間、即席のゴールの中に入っていった。

 

「やったぁぁぁ!!」

 

 ガッツポーズを取るネリー。

 

 それに対し、

 

「ネリー反則。」

 

 審判役をしていたセツナが無情にも宣告した。

 

「ええ〜、何で〜!?」

「当たり前だ馬鹿。魔法やらハイロゥやらを使うのは禁止だと初めに言ったはずだ。」

 

 涙目で抗議してくるネリーの頭を叩きながら、セツナは溜息を吐いた。

 

 何の為に、エターナルでパワーバランスを崩しかねない自分が審判をやっていると思っているのだ?

 

 その時だった。

 

「楽しそうだね。」

 

 不意に、後ろから声を掛けられる。

 

「あたしも仲間に入れてよ。」

 

 振り返るセツナ。

 

 そして、一気に脱力した。

 

 そこにはレムリアに変装したレスティーナの姿があった。

 

 毎度思う。何で髪型と服装を変えて化粧を落としただけなのに、誰もこいつが女王だと気付かないのだ?

 

 多分、誰もこんな場所で女王が、こんな阿呆な事をしているとは考えないだろう。かくも恐ろしきは、人の先入観と言ったところか?

 

「ねえねえ、良いでしょ?」

「別に構わんが・・・・・・」

 

 痛む頭を押さえつつ、セツナは言う。

 

「その格好でやるのは、倫理上やめた方がいいぞ。」

 

 そう言うと、セツナはレムリアの服を指差す。

 

 レムリアの服は、普段お忍びで外出するときと同様、白いワンピースである。そしてミニスカートの裾からは健康的な太腿が見えている。

 

「あ・・・」

 

 自身の失敗に気付き、レムリアは赤面する。

 

 しかし、

 

「いや、一緒にやろうじゃないか!!」

 

 突然現れたコウインがレムリアの肩に手を置いて言う。

 

「え? え?」

 

 突然のコウインの出現に戸惑うレムリア。

 

 そんなレムリアに構わず、コウインは主張する。

 

「日々の戦いで疲れきった兵士達の心を癒すには、君のような存在が必要不可欠だ。さあ、一緒に、」

 

ドゴスッ

 

 全てを言い終える前に、右からキョウコのハリセンが、左からはセツナの右コークスクリューがコウインの顔面に決まり、コウインの顔は両側から万力か何かで押しつぶされたようにへこむ。

 

 紫電を纏った伝家の宝刀と、永遠者の容赦無い一撃を同時に受け、そのまま地面に沈む、ラキオス王国軍総司令官。

 

「と言う訳で、こういう馬鹿がいるから危険なの。」

 

 キョウコが諭すように、レムリアに言った。

 

 周囲には、興味が湧いたらしい正規軍兵士達も集まってきている。スピリット達が穿いている、比較的長めのスカートならともかく、レムリアのミニスカートでは、ちょっと足を振っただけで下着が丸見えになってしまう。

 

「そ、そうだね。やっぱり、またの機会にするよ。」

「そうした方が無難だ。」

 

 そう言ってセツナは、話を締め括った。

 

 

 

 

 

 

 初めてのサッカーは白熱を帯び、いつの間にか場内に居た大半の人間が噂を聞きつけて見に集まってきた。

 

 後半からはセツナもコウインと審判を交代して参戦、久しぶりに戦いとは違う事で汗を流した。

 

 中には見ているだけではつまらないと想ったのだろう。正規軍兵士達もそれぞれチームを組んで、見よう見真似でボールを蹴り始めた。

 

 良い事だと思う。

 

 ほんの1年前までは、こんな光景は絶対に見られなかっただろう。人間とスピリットが共に遊ぶなどと言う光景は。

 

 即席コートから戻ってきたセツナは、額に浮かんでいた汗を拭いながらそんな事を考えた。

 

「お疲れ様、はい、これ。」

 

 それを待っていたかのように、水の入ったカップが差し出される。

 

 見ると、差し出していたのはレムリアだった。どうやら直接参加できない為、応援する側に回ったらしい。

 

「皆、楽しそうだね。」

 

 セツナと同じ感想を抱いたのだろう、レムリアが微笑みを浮かべながら呟く。

 

 だが、どこか寂しそうにしているところを見ると、やはり自分で参加できなかった事がつまらないのだろう。

 

「・・・・・・次は、一緒にできると良いな?」

「う、うん。」

 

 図星を突かれて、ややどもりながら返事をするレムリア。

 

 その様子を見て、セツナは苦笑を浮かべる。

 

 サッカーの方はどうやら勝負がついたらしく、勝ったほうのチームが喝采を上げているのが見える。

 

 人も、スピリットも、エトランジェも、エターナルも、皆一緒になって笑いあい、はしゃいでいる。

 

 数年後、この光景は大陸中どこででも見られるようになるだろう。

 

 それがレスティーナの理想。それが、この大陸のあるべき姿だった。

 

「さて、」

 

 セツナはカップの中身を飲み干し、立ち上がる。

 

 楽しい時間という物はあっという間に過ぎ去る物で、既に日は傾き始めている。

 

「そろそろお開きと行こう。各々、仕事も残っている事だしな。」

 

 セツナがそう言った時だった。

 

「ッ!?」

 

 唐突に、

 

 突如として、

 

 それは、

 

 空間を圧して現れる。

 

 圧倒的な力を持って、

 

 出現と同時に、全てを押し潰していく。

 

「これは!?」

 

 とっさに感じる。

 

 かつて無いほど、強大な力を有する存在意が、現れようとしている事を。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちすると、セツナはレムリアをかばうように前に出る。

 

 スピリットや他の兵士達も異変に気付いたのだろう。すぐに散開して防衛体制を取っていく。

 

「これは、何事です?」

 

 レムリアの口調が、女王のそれになっている。

 

 事態が容易ならざる物である事を、彼女も感じているのだ。

 

「下がれ、レスティーナ。」

 

 レムリアを背にしながら、セツナは前に出る。

 

 空間に流れ出る力の量は圧倒的で、現れし者の強大さを物語っている。

 

「・・・顕現しろ。」

 

 低い呟きと共に、セツナの右脇に光る空間が現れる。

 

 その空間から現れた光の粒子がセツナを包み込む。

 

 着ていた軍装の上から漆黒のロングコートが纏われ、更にその背には2本の刀が納められた鞘が装着される。

 

 《黒衣の死神》セツナは、右肩にある刀を抜くと、正眼に構える。

 

「顕現せよ!!」

 

 同時に、横合いから凛とした声が響く。

 

 その声に導かれるように、声の主を薄桃色の光が包み込む。

 

 髪と瞳、そして背中にある1対の翼に薄桃色の光が宿り、ウェストを覆うロングスカートが翻る。羽飾りのあしらったブレストアーマーが装着され、主に従うように12個の球体が浮かぶ。

 

 《愛を謳う天使》ネリーも、恋人に続くように戦闘態勢を整えた。

 

 やがて、

 

 黄昏に染まる緋色き光の中、

 

 《それ》は現界する。

 

 白い髪に白い法衣。

 

 全身白ずくめの幼女。

 

 しかしその小さな体躯から発せられる存在感は、対峙するセツナをも押しつぶさんとする力を内包している。

 

 幼女はゆっくりと、その目を開く。

 

 そのつぶらな瞳の中に秘めた闇が、セツナを見据える。

 

「直接会うのは初めてですわね。《黒衣の死神》セツナ、それに、《愛を謳う天使》ネリーでしたわね。」

 

 鈴が鳴るような高い声。だが、その中には老成した響きが篭り、アンバランスな不快感を聞く者に与える。

 

「お前が《法皇》テムオリンか・・・・・・」

 

 直接会った事はなくとも、その容姿、存在はトキミから聞いている。

 

 外見に惑わされる事はできない。相手は事実上宇宙を二分する勢力の、片割れを指揮する強力なエターナルである。

 

 セツナは油断無く、刀を正眼に構える。

 

「ここに何の用だ?」

「新たなエターナルの誕生に祝辞を、述べさせてもらいますわ。それと、」

 

 次の瞬間、テムオリンを取り巻く空気が更に膨張する。

 

 ネリーの《純潔》が光を帯びる。テムオリンの放つダークフォトンに反応しているのだ。

 

「まずは、ご挨拶をと思いまして。」

「挨拶?」

 

 訝るような返事と共に、セツナはゆっくりと足を前に出す。

 

 僅かでもテムオリンが隙を見せれば、その瞬間には切り込むつもりだ。

 

 その様子を、口元に微笑みを湛えて見据える。

 

 既に数周期の時を生き、ロウを実質束ねるこのエターナルにとって、多少強力な力を持っていても、生まれたばかりのエターナルなど脅威には当たらないと言うことか。

 

「そう、挨拶。敵わぬと判っていてなお、無駄な抵抗をやめようとしない愚かなあなた方に、心からのご挨拶を。」

「過ぎた余裕は、破滅を呼ぶぞ。」

 

 内なるオーラフォトンを高める。

 

 わざわざ敵将自ら乗り込んで来たのだ。ただで返す気はさらさら無い。

 

 その時、

 

「無駄な抵抗ではありません。」

 

 凛とした声が、セツナの背中から響く。

 

 そこに立つ少女は、人の身でありながら、敢然と神にも等しい存在と戦おうとしていた。振りまかれる存在感に必死に抗いながら。

 

「わたくし達はここに来るまで、幾多の困難を乗り越えてきました。その全ては、ただ偏に、この大陸に平和をもたらそうと言う想いが支えてくれたからです。その想いは、決して、誰にも、留める事はできません。」

 

 不退転。

 

 例えどれだけ困難な状況であろうと、決して退かない。その意思こそが、常に劣勢であったラキオスを支え続け、大陸統一と言う難事を成し遂げたのだ。

 

「無知とは強いものですわね。手を伸ばせば天に届くと思っている。まったく、わたくし達から見れば、度し難い事この上無いですわ。」

 

嘲りの言葉と共に、テムオリンは首を振る。

 

 だが、レスティーナも退かない。

 

「例えそうであったとしても、座して滅びを待つ気はありません。」

 

 瞳に秘めた眼光は、まっすぐにテムオリンを見据える。

 

「わたくし達は、決して、あなた方には負けません。必ずや、この大陸、いえ、世界の未来を勝ち取って見せます!!」

 

 それは、明確な意思で持ってぶつけられた、宣戦布告だった。

 

 レスティーナは退かない。たとえ、その先にあるのが滅びであったとしても、自分達の意思で、それを選ぶような真似はしない。

 

 それがレスティーナの、ひいてはこの世界の意思だった。

 

「・・・だ、そうだ。」

 

 後を継ぐように、セツナが前に出る。

 

「セツナ殿・・・」

「後は任せろ、レスティーナ。」

 

 目の前に立つ、エターナルへと向き直る。

 

 自分はエターナルであると同時に、かつてレスティーナに忠誠を誓った騎士であった。彼女が望むのなら、この身を剣と化し、あらゆる物を斬り裂くのが自分の務めだ。

 

「愚かですわね。安楽な滅びよりも、苦痛の先にある死を選ぶとは。」

「何とでも言え。それが、答えだ。お前の問いかけに対する、この世界の人間が出した、な。」

 

 その言葉に、テムオリンの口からフッと息が吐かれる。

 

 諦めと共に吐き出される溜息。

 

 どの世界でもこうだ。人間に限らず、決して叶わない『希望』とやらにしがみ付き、最後まで抗おうとする愚かな生物が数多存在する。

 

 行く道に希望など有りはしないと言うのに。

 

 まったく、こちらの手を煩わせないで欲しい物だ。

 

「仕方ありませんわね。」

 

 語るべき言葉は、既に尽きた。

 

「ならば、具体的な形で判らせてあげましょう。絶望と言う抗いようの無い、力を。」

 

 言い放つと同時に、テムオリンの頭上の空間が開き、その中から何かが滲み出てくる。

 

 巨大な体躯に凶悪な顎、体は全て、青黒い鱗で覆われている。1対の大きな翼が羽ばたくその姿は、古の魔獣そのものである。

 

 この世界の住人なら、すぐにその正体に気付くだろう。

 

「龍・・・・・・」

 

 レスティーナの口から、震えるような言葉が漏れる。

 

 かつて、ユウト達によって倒されたラキオスの守龍サードガラハムに代表される、恐らくはこの世界における最強の生物。それが今、庭園いっぱいのその巨体を広げていた。

 

「良い出来ですわね。」

 

 自分の作品に満足するように、テムオリンは笑顔で頷く。

 

 この龍は、エターナルミニオンを作る際の技術を流用し、マナで構成して作り上げた物である。ただし、使ったマナの量から換算しても、その力はエターナルミニオンを大きく上回り、エターナルに迫る物がある。

 

「こういった事は本来、トキミさん達の専門なのですが、今回はそのお株を奪ってみましたわ。エターナルとの実戦データも取れて、一石二鳥ですわね。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 モルモット扱いするような言葉を聞き流し、セツナは背後に浮くネリーに目配せする。

 

 目線での合図で、手短に指示を伝える。

 

 ネリーが龍を足止めし、自分はその間にテムオリンを叩く。それが、セツナの作戦だった。

 

 セツナの意図を理解し、頷くネリー。

 

 次の瞬間、2人は動いた。

 

「いっけェェェェェェ!!」

 

 《純潔》に充填したオーラフォトンが、一気にその光を増し、内部で小型の槍を形成する。ここまで、チャージする時間は充分にあった。後は、これを解き放つだけである。

 

「オーラフォトン・バースト!!」

 

 射出された光の槍が、場を占拠する龍に向かって飛ぶ。

 

 狙うのは顔面。ダメージを与える事よりも、足を止めることが目的である。

 

 第1陣を打ち尽くしたら、すぐに第2陣が打ち出される。ネリーは手を休めずに龍に対し砲撃を続ける。

 

 苦悶にのたうつように咆哮する龍。

 

 その足元を、黒衣の影が一気に駆け抜ける。

 

「テムオリン、その首、貰い受ける!!」

 

 体の内に白虎を呼び起こし、その能力を腕へと集中、一気に120倍までの加速を得る。

 

 繰り出される刃は光速度に追いつかん勢いで、テムオリンへ迫る。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 切り裂かれるテムオリン、

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 手応えが無い事に、セツナは舌を打つ。

 

 そんなセツナを嘲笑うように、テムオリンは離れた場所にその姿を現す。

 

「ぬるいですわね。これが、タキオスを苦しめたと言われる死神の剣ですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナの攻撃は、完全に必殺のタイミングで放たれたはずだ。にも拘らず、その刃はテムオリンにかすりもしなかった。

 

「チッ!?」

 

 舌打ち混じりに刃を繰り出す。

 

 大気を切り裂きながら繰り出される剣は、確実にテムオリンの幼き体に迫る。

 

 対するテムオリンは、やはり余裕の姿勢を崩そうとしない。まるで迫り来る刃が見えていないかのように、微動だにせずにいる。

 

 次の瞬間、刃はテムオリンを斬り裂く。

 

 しかし、結果は同じ。刃は空しく空を切り、程なくテムオリンの体は僅かに間合いより放れた場所に出現する。

 

 回避の際に行う予備動作は一切無し。加えて消失から出現までのタイムラグがゼロに近い。これは既に、時間改変や高速移動といった従来の移動方法とは一線を画するレベルの代物だ。

 

『間違い無い。これは・・・』

 

 短距離空間転移。

 

 その単語が、セツナの脳裏に浮かんだ。

 

空間と空間を小規模な門によって繋ぎ、タイムラグゼロで移動を行う。4次元現象ですら超過する究極と言っても過言ではない移動手段である。いかにセツナが光速度に近い速さで動こうと、空間ごと移動するテムオリンにその刃が届く事は無い。

 

 攻めあぐねて動きを止めるセツナ。

 

 その瞬間を逃さず、テムオリンも動く。

 

 手にした杖、第二位永遠神剣《秩序》を振るうと、背後に門を開き、異空間を出現させる。

 

「受けてばかりではつまりませんので、こちらも反撃させてもらいますわ。」

 

 次の瞬間、その空間より無数の武器が出現する。

 

 様々な形状を持つそれらの武器は、テムオリンが今まで数多の世界を回って蒐集して来た数々の永遠神剣である。偶然見付ける事ができた物もあれば、強敵を打ち倒して奪った物もある。

 

 それらの刃先が、一斉にセツナに向く。

 

「お行きなさい。」

 

 静かな声と共に、無数の刃がセツナへ向けて放たれた。

 

 それらは正に、刃の嵐。

 

 いずれも名の知れた、強力な永遠神剣の数々。1つでもまともに食らえば致命傷は避けられないだろう。

 

 四方から同一点目指して向かってくる刃を前に、回避の方法など存在しない。

 

「クッ!?」

 

 セツナはとっさにもう1本の刀を抜くと、向かってくる刃の嵐を迎え撃つ。

 

 120倍まで加速した両腕は、飛んでくる刃を切り払い、直撃を辛うじて防いでいる。

 

 しかし、それにも限界がある。

 

 フルドライブの持続時間は、通常状態より遥かに短い。元々、セツナ自身の体にも負担を掛ける事でようやく可能となる魔法である。無理からぬ事である。

 

「クッ、駄目か!?」

 

 持続が切れたフルドライブが強制的に解除され、セツナの速度は通常の60倍まで引き戻される。

 

 同時に視界の中で刃の嵐は加速され、一気にセツナに向かってくる。

 

「セツナ!!」

 

 それを見ていたネリーから悲痛な叫びが上がる。

 

 次の瞬間、刃の嵐がセツナの体を貫き、

 

 透過した。

 

「・・・・・・」

 

 無言のまま、僅かに顔を顰めるテムオリン。

 

 着弾の直前、セツナは朱雀を起動して自身を構成するマナ濃度を下げ、攻撃をやり過ごしたのだ。

 

 一瞬、テムオリンが気を取られた隙に間合いを詰め、2本の刃を繰り出す。

 

 放たれる斬撃は全部で10撃。

 

 しかし、やはり直前でテムオリンが空間転移を行い、その攻撃は空しく失敗に終わる。

 

「チッ・・・」

 

 舌を打つセツナ。

 

 やはり、あの移動法を何とかしない限り、自分の刃はテムオリンに届く事は無い。仮にクロスブレード・オーバーキルを使ったとしても、意味は無いだろう。

 

 その時だった。

 

 突然、背後で膨大なマナが膨れ上がるのを感じ、振り返る。

 

 そこには、口に炎を蓄えた龍の姿がある。

 

「まずっ!!」

 

 その様子に、ネリーは薄桃色のウィング・ハイロゥを羽ばたかせて高度を取り、同時にマナに呼びかける。

 

「マナよ、我に従え、漆黒の断崖より大いなる羽ばたきを持ちて、蒼天に舞え!!」

 

 マナによって形成された吹雪が、雄雄しく翼を広げ、羽ばたく。

 

 それと同時に、龍の口より炎が吐き出された。

 

「フリージング・フェニックス!!」

 

 広がる尾と共に、氷の不死鳥が飛び立つ。

 

 先の戦いでは、炎の王ントゥシトラの攻撃ですら食い破ったネリーの魔法の前に、多少強力であろうとそれより劣る物の攻撃などで留める事はできない。

 

 一瞬で炎を突き破ったフリージング・フェニックスはそのまま翼を広げ、龍へと迫る。

 

「よし!」

 

 勝利を確信するネリー。

 

 しかし、巨大な龍を氷漬けにするかと思われた吹雪は、鱗に当たった瞬間、ほどけるように掻き消えた。

 

「ええ!?」

 

 愕然とするネリー。

 

 対照的に、その様子を見ていたテムオリンは会心の笑みを浮かべた。

 

「無駄ですわよ。それは作る際に、丹念に魔法防御を織り込んでおきましたので。多少の魔法ではダメージすら与えられませんわ。」

 

 つまり、あの龍は魔法防御と言う観点だけで捉えれば、エターナルすら上回る能力を備えていると言う事になる。

 

「なら、繰り主であるお前を、この場で倒すまでだ。」

 

 そう告げると同時に、セツナは再度フルドライブを起動、白虎の能力を足に集中させ一瞬でテムオリンとの距離をゼロにするとそのまま斬り付ける。

 

 しかし、やはり結果は同じ。セツナの剣はテムオリンを捉えるには至らない。

 

「学習能力の無い方ですわね。」

 

 嘲笑うように声は頭上から降り注ぐ。

 

 振り仰ぐ先に浮かぶテムオリンの手元には、膨大な量のダークフォトンが集められている。

 

 その量たるや、解き放てばラキオス王都がまるまる消滅してもおかしくないと思われるほどである。

 

「さて、そろそろお遊びにも飽きましたし、」

 

 事も無げな口調で、告げる。

 

「消えなさい。」

 

 次の瞬間、ダークフォトンが解き放たれた。

 

 掌サイズに収められていたダークフォトンは一気に膨張し、その勢力を増す。

 

 同時にテムオリンの手の上から離れ、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「クッ・・・」

 

 対するセツナは、唇を噛みつつ白虎を解除する。

 

 あれだけの量のダークフォトンを相手に、逃げる事はできない。絶望的だが、どうにか防ぎ切るしかない。

 

「玄武起動、フルドライブ!!」

 

 障壁の硬度を全開まで高め、迎え撃つ。

 

 次の瞬間、障壁とダークフォトンが激しくぶつかり合い、激しく軋み合う。

 

「クッ!?」

 

 障壁越しにも、すさまじい衝撃が押しかぶさるように襲ってくる。

 

 一瞬でも気を抜けば、障壁は一気に歪み、その膨大なる力はセツナのみならず王都を飲み込んで喰らい尽くすだろう。

 

『そうは・・・行くか!!』

 

 玄武に預ける力を、更に高める。

 

 限界まで振り絞った力は、《法皇》が放つ埒外の力に、辛うじて拮抗を許す。

 

 次の瞬間、両者は弾けた。

 

 

 

「セツナ!?」

 

 その光は、ネリーの視界をも射る。

 

 ネリーと龍は、空中戦にもつれ込み、互いに牽制するように攻撃を繰り返す。

 

 ネリーの放つ攻撃は、悉く龍の鱗に阻まれ、貫通しない。

 

 対して龍の攻撃も、ネリーが張り巡らした障壁を貫く事叶わず、悪戯に消耗を繰り返す。

 

 だが、その閃光がネリーの視界を射た瞬間、その防御に一瞬の隙が出来る。

 

 この龍は、元々試作目的で作られた為、サードガラハムのような知能は備わっていない。だが、それだけに、自らの持つ本能には忠実である。

 

 その本能に導かれるまま、ネリーに急速に接近する。

 

「しまった!?」

 

 気付いた時には既に、龍は鍵爪をネリーに向けて振り上げている。

 

 勢い良く振り下ろされた爪は、ネリーを直撃する。

 

「ウワァァァァァァ!?」

 

 辛うじて障壁の展開が間に合いダメージは軽減されたものの、それでも衝撃をモロに喰らい、バランスを崩してスパイラルダウンするネリー。

 

 しかし、反撃の手は緩めない。

 

 墜落しながらも、12個の球体から光の槍を射出し続ける。

 

 当然、それらは硬い鱗に阻まれて用を成さないのだが、それでも龍の追撃を断つ効果はあり、その間にネリーは辛うじてバランスを取り戻す事に成功した。

 

 丁度その時、視界を射た光が晴れ、中の様子が見渡せるようになる。

 

 ネリーは溜息を吐いた。

 

 その中から、2本の刀を掲げた漆黒の影が現れたからである。

 

 ダメージは負っているようだが、それでも戦闘に支障は無いようだ。

 

 この恋人の事は信じてはいるが、それでも今回のは肝を冷やした。

 

 その視線に気付いたセツナも、少し見上げるようにして視線を向けると、安心させるように笑みを見せた。

 

『だが・・・・・・』

 

 セツナは自分の作戦失敗を感じた。

 

 あの龍の魔法防御が、エターナルクラスを上回っているのなら、遠距離魔法、及び砲撃に特化した今のネリーとはひどく相性が悪い。

 

 あれを破る手段があるとすればただ1つ、直接的な攻撃で斬り裂くしかないだろう。だが、直接攻撃の手段を持たないネリーに、それは不可能だ。

 

 相性が悪いと言えば、ネリーと《純潔》自身もあまり相性が良いとは言えない。

 

 別段、仲が悪いとかそう言うことではない。ただ、ネリーは今まで、近接戦闘と直接攻撃を主軸としたバトルスタイルを持っていた。これは元がブルースピリットであった以上、当然なのだが。対して《純潔》は遠距離間接攻撃、及び攻撃魔法に特化した能力を持っている。それ故ネリーは《純潔》本来の能力を十全には発揮し切れていないように思える。

 

 かく思うセツナ自身、テムオリンに対する攻撃手段を選びかねていた。

 

 とにかく、決め手どころか相手にダメージを与える事自体難しい現状において、セツナに出来る事はテムオリンの攻撃を防ぐ事だけ。それも、長くは続かないだろう。先程の攻撃を防いだ事で、既に40パーセント近い内蔵オーラフォトンが削られている。後、一度、多くて二度、同じ攻撃を受ければセツナは動けなくなる。

 

 そう考えているうちに龍は、擦り寄るようにテムオリンの傍で滞空する。

 

 それを横目で見ながら、テムオリンは再び魔法の詠唱に入る。

 

「終わりですわ。全宇宙の秩序に逆らった事を後悔しながらお逝きなさい。」

 

 再び、その小さな掌に莫大な量のダークフォトンが集まり始める。

 

 それと同時に、傍らの龍も口の中で炎を醸成していく。

 

「まずい!?」

 

 再び玄武を起動し、迎え撃とうとするセツナ。

 

 しかし、テムオリンと龍の攻撃は、セツナが再度の障壁を張る前に放たれる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに込められるだけのオーラフォトンを使って、障壁を張り巡らせるセツナ。しかし、フルドライブまでは間に合わない。

 

 一瞬にして悲鳴を上げる障壁は、大質量のオーラフォトンと炎がぶつかり、歪み始める。

 

 先程の攻撃にしたところで、全力でオーラフォトンを込めてようやく押し返したのだ。この状況では、防ぐ事はまず不可能だろう。

 

 軋むようにその勢力を狭めていく障壁。

 

 ネリーも自身の障壁を全開にして、セツナを援護する。

 

 だが、それでもなお、テムオリン達の攻撃を防ぐには至らない。

 

 ジリジリと押されていくのが判る。

 

「クッ・・・・・・グッ!?」

「うぅ・・・セ、セツナ・・・・・・」

 

 暴風の前に翻弄される2人。

 

 次の瞬間だった。

 

「カハッ!?」

 

 短い咳き込みと共に、セツナの口から熱い物が迸る。

 

 とっさに当てた掌に、赤い液体がベットリとへばり付く。

 

「ッ!?」

 

 思わず息を飲む。

 

 体が崩壊を始めているのは先刻承知ではあるが、まさかこれ程早く症状が進むとは思っても見なかった。

 

 そのセツナの病状を見透かしたかのように、勢いを増すテムオリン。

 

 次の瞬間、張り巡らされた障壁は、凶悪な牙を持って逆巻く力の前に抗い切れず消滅する。

 

「ああっ!?」

「クッ!!」

 

 迫り来る衝撃波。

 

 セツナはとっさに《絆》を離すと、傍らに立つネリーを庇うように抱きかかえる。

 

 既に、攻撃は回避できない距離まで来ている。いかにエターナルとは言え、障壁を失った今の2人ではこの攻撃の前に耐え切れないだろう。

 

 目を見開く。

 

 理不尽な力に対する、それがせめてもの抵抗だった。

 

 次の瞬間、

 

《させるかァァァァァァ!!》

 

 力強い叫びと共に、迫り来る暴風の前に障壁が張られる。

 

「え!?」

 

 顔を上げるセツナ。

 

 障壁はテムオリン達の攻撃を受けてなお、小揺るぎすらせずに受け止めている。

 

「こ、これは何ですの!?」

 

 この戦いが始まって以来、初めてテムオリンの顔に驚愕が浮かんだ。

 

 それほどまでに、強大な力が現れたのだ。それも突如として。

 

 次の瞬間、頭上に門が開く。

 

 異世界と繋がるその空間は光に満ち溢れ、粒子が蛍のように舞っている。

 

 その門の中から2つの影が飛び出した。

 

 影はセツナとネリーを護るように立ち、手にした剣を掲げる。

 

「・・・・・・大丈夫か?」

 

 気遣うような声。

 

 その透き通るような声音と、起伏の少ない言葉遣いには覚えがあった。

 

「アセリア!!」

 

 腕の中のネリーが、思わず声を上げる。

 

 その声に導かれるように、セツナはもうひとつの影に目を転じた。

 

 見覚えのある青い学生服に、白い羽織、これだけは見覚えの無い白銀色の大剣。そして、ボサボサ頭の合間から見える、意志の強い瞳。

 

「ユウト・・・・・・」

「悪い、遅くなった。」

 

 それは間違い無く、高嶺悠人、いや、新たなカオス・エターナルとなったユウトの帰還だった。

 

 その姿はかつての、エトランジェ時代の力強いながらも、どこか危うさを感じさせる出で立ちではない。1人の戦士として、立派に成長した姿がそこにあった。

 

 セツナはそっと、ネリーを地面に下すと《絆》を拾う。

 

「道が混んでいたのか?」

「そんな所だ。」

 

 そんな軽口が、互いに自然と紡がれる。

 

 かつて共に背中を預け、戦場を駆け抜けた戦友。他の誰よりも信頼に足る友の来援に、セツナの闘志は風を受けて燃え上がる。

 

「あいつは・・・テムオリンか!!」

 

 相手の存在を確認し、ユウトは声を荒げる。

 

 それはかつての怨敵。

 

 ハイペリアにあって、ユウトに屈辱を味合わせた、憎んでも憎みきれない敵だった。

 

 手にした第二位永遠神剣《聖賢》の切っ先をテムオリンに向ける。

 

 だが、今のユウトはかつてとは違う。怒りに我を忘れ、大局を見失うような愚はしない。

 

「ユウト。」

 

 傍らに立ったセツナも、《絆》を構えてテムオリンを睨む。

 

「ユウト、あの龍を何とかできるか?」

 

 セツナの問いに導かれ、ユウトの視線は龍を捉える。

 

 かつて戦ったサードガラハムを模したような、醜悪なデッドコピー。自分が戦う道を指し示してくれた偉大なる龍を汚されたような気がして、ユウトは眉を顰める。

 

「判った。」

「頼む。テムオリンは、俺が何とかする。」

 

 そう言うと、セツナは、スッと前に出る。

 

 《絆》を掲げる。

 

 既に、その頭の中では対テムオリン用の戦術が完成している。後は、

 

『確実に、仕留める!!』

 

 次の瞬間、セツナは白虎を呼び起こし、地を蹴る。

 

 数10メートルの距離を1秒未満でゼロにし、間合いの内にその小さき体を捉える。

 

 対してテムオリンは目の前に現れた死神の姿に、しかし嘲笑を浮かべる。

 

「まったく・・・」

 

 溜息を吐く。

 

 これまでと同様、物理的に速度を高めての攻撃。それではテムオリンに対抗しきれない事は、判りきっている筈。それでもなお、これまでと同じ攻撃を仕掛けてくるなど。

 

「あなた、学習能力がゼロですの?」

 

 その体が揺らぎ、転移が始まる。

 

 物理的にどれだけ速くなろうが、タイムラグゼロで移動するテムオリンには、意味の無い事だった。唯一、対抗できる可能性があるとすれば、トキミの持つ時読みの力のみだが、残念ながら、今この場にトキミは存在しない。と言う事は、今現在テムオリンに対抗できる戦力はこの場にはいないという事を意味する。

 

 小規模の門を開き、テムオリンは現界する。

 

 次の瞬間、そのつぶらな瞳を見開いた。

 

 目の前に、2本の刀を翳した《黒衣の死神》の姿がある。

 

 既に、そこはセツナの間合い。もう一度空間転移を掛けようにも、時間は圧倒的に足りない。

 

「貰ったぞ!!」

 

 必殺の確信と共に、振り下ろされるセツナの剣。

 

 これは、後の先を応用した戦術だった。

 

 セツナは先にブラフとしての攻撃を仕掛け、テムオリンにわざと空間転移を促したのだ。

 

 そして、反転から現界までのほんの僅かな間にテムオリンの出現座標を特定、自身もその位置に移動したのだ。もちろん、通常ではタイムラグゼロの移動先を特定する事など不可能である。しかし、セツナには10秒先までの未来を読み取る青龍がある。これを使えば、テムオリンが次にどこに出現するかを特定する事ができる。

 

 対してテムオリンにしてみれば、そのタイムラグゼロと言う特性が完全に仇となった。仮にこれが、出現時間に多少時間が掛かるのであれば、逆に青龍では追いきれなかったであろう。だが、向こう10秒先であるなら、けっして青龍の牙から逃れる事はできない。

 

 次の瞬間、セツナはテムオリンの体を袈裟懸けに切り裂いた。

 

 

 

 飛んでくる炎を、アセリアが張った水のシールドが弾く。

 

 援護してくれる最愛の存在を背に感じつつ、ユウトは目の前の異形へと迫る。

 

 手にした大剣は《聖賢》。知恵を司る永遠神剣。

 

 彼がこれまで使っていた《求め》とは、比べ物にならないくらいの莫大な力を秘めた剣である。

 

 セツナ同様、ユウトもこの力を得る為に、多くを失った。友、仲間、人としての生、そして、最愛と信じた妹でさえも。

 

 だが、全てを捨てでもなお、ユウトの手に残った物がある。

 

 頭上に、鍵爪が振り上げられる。

 

 ファンタジーに出てくる龍その物の、巨大かつ鋭い爪は、例えエターナルとなったユウトと言えど、食らえば相当なダメージは免れないだろう。

 

 だが、その爪が振り下ろされる事は無かった。

 

 その前に、蒼い影がユウトと龍の間を駆け抜ける。

 

 次の瞬間、振り上げられた龍の前肢は音を一瞬で斬り飛ばされ、傷口から金色のマナが溢れる。

 

 かつて、ラキオス最強の剣士と呼ばれた腕前に、翳りなどあろうはずも無い。

 

 龍の前肢を斬り飛ばしたアセリアは、表情の無い、それでいて、ユウトにだけは感じる事の出来る僅かな笑みを向けてきた。

 

 その笑みに自身も笑みを返しつつ、ユウトは跳躍する。

 

 既に《聖賢》の刀身には、オーラフォトンが込められ、白く発光している。

 

 対して龍も苦悶にのたうちながら、最後の足掻きとばかりに口中より炎を吐き出す。

 

 炎は上空から降下してくるユウトを直撃し、

 

 けんもほろろに弾かれた。

 

 その程度の炎では、《聖賢者》の魔法防御を貫く事は不可能である。

 

「喰らえ!!」

 

 気合と共に、最強の奥義が放たれる。

 

「コネクティドウィル!!」

 

 放たれる斬撃は、3連。

 

 その一撃ごとに、龍は体組織を修復不可能なまでに破壊されていく。

 

 最後の一撃を振り下ろした瞬間、龍の体は内側から膨らむように膨張、光を伴って弾けとんだ。

 

 後に立つのは、勝者たる賢者が1人。

 

 ネリーですら苦戦を強いられた龍を、ユウトは僅か一撃で倒してしまったのだ。

 

 

 

 セツナは冷や汗と共に、見据えている。

 

 こちらの攻撃は確かに命中した。手応えもあった。

 

 にも拘らず、目の前の相手は平然と立っているのだ。

 

「どうしました?」

 

 不思議そうな顔で、テムオリンが尋ねてくる。その表情からも、こちらを嘲笑っているのは明らかだった。

 

「大したものですわね。とても、生まれたばかりのエターナルとは思えませんわ。戦術の発想と言い、一瞬でもこのわたくしをひるませた事は賞賛に値しますわ。」

 

 しかし、とテムオリンは続ける。

 

「わたくしにとどめを刺すには、少しばかり足りませんでしたわね。」

 

 セツナの攻撃が通らなかったのは、単純に攻撃力の不足が原因である。これが仮に、何らかの技を使った攻撃であるならば、また結果は違った物になったかもしれないが、通常の攻撃ではこの《法皇》を倒すには至らなかった。

 

『とは言え・・・・・・』

 

 テムオリンはセツナと対峙しつつ、思案する。

 

 状況は自身にとって、あまり良いとは言えない。若輩とは言え、エターナルが既に4人。いかにテムオリンと言えど、1対4では勝機は薄い。

 

『仕方ありませんわね。』

 

 そう心の中で呟きながら、手にした《秩序》を下す。

 

 潮時だった。既に試験目的で連れてきた龍は倒され、消滅している。まあ、あれ自体は試作品に過ぎなかったので、失って痛くもなんとも無いのだが。

 

 これ以上、この場に留まる事の意味を、テムオリンは見出す事は出来なかった。

 

「今日のところは、ここで退かせてもらいますわ。」

 

 そう言うと、背後に門を作り出す。

 

 その中に消えながら、目の前に立つ《黒衣の死神》をもう一度見やる。

 

 僅か一瞬とは言え、自分を敗北の危機に陥れたほどの実力を誇る、エターナル。

 

 まさか、トキミ以外にもこれ程興味深い存在が現れようとは、思いも寄らなかった。

 

「楽しみにしていますわよ。再戦の時を。」

「待て!!」

 

 白虎を起動し、一気に切り込むセツナ。

 

 しかし、その斬撃が届く前にテムオリンはその姿を消し、門も閉じてしまった。

 

 虚しく空を切る《絆》の刃。

 

 それを見て、セツナは舌打ちする。

 

 大胆にもこちらの本営に単身で奇襲を掛けてきた敵将は、その引き際もまた鮮やかの一言に尽きた。

 

『これが、俺達の敵か・・・・・・』

 

 メダリオには無い力、タキオスには無い老獪さ、それらを併せ持つ、テムオリン。決して、侮れる相手ではなかった。

 

 《絆》を鞘に収める。

 

『だが、』

 

 セツナは振り返る。

 

 そこにいる、少年と視線が交差した。

 

 浮かべられた笑みに、知らずにこちらも笑みで返していた。

 

 差し出される手。

 

 それを、セツナも握り返す。

 

 これで、ラキオス側の戦力は整った。

 

 戦機は熟したのだ。

 

「よく、戻ってくれた。」

「ああ。」

 

 戦いの前に感じていた最大の不安が、これで解消された。

 

 セツナとユウト。

 

 ラキオスの剣たる2人のエターナルは、互いの手を握る。

 

「やったね、セツナ。」

 

 その傍らに、

 

「ん、ユウト、お疲れ。」

 

 それぞれの、最愛の少女達が立つ。

 

 セツナはいとおしむように、ネリーの薄桃色の髪を撫でる。

 

 それに吊られるように、ユウトもアセリアの肩をそっと抱いた。

 

 永遠の恋人達は、互いに愛を感じ、微笑みあう。

 

 幻想の大地に役者は揃い、それぞれの剣は光を受けて煌く。

 

 決戦の時は、近かった。

 

 

 

第39話「聖賢者の剣」     終わり