大地が謳う詩

 

 

 

第36話「愛を謳う天使」

 

 

 

 

 

 

 放たれる炎は大気中で一気に膨張、襲い来る。

 

 事態は既に、圧倒的不利を通り越して絶望と言って良かった。

 

 ロウ・エターナルを率いる《法皇》テムオリンは、まるで遥か未来を見通すかのような戦略眼で、ラキオス軍の行動を読み切り、罠を張って待ち構えていたのだ。

 

 テムオリンは、先のラキオス侵攻の際、タキオスに命じて同国にあるエーテル変換施設を破壊して回らせた。他にも軍事施設等を破壊させ、この目的をカムフラージュした。これにより深刻なエーテル不足に陥ったラキオス軍は、自分達の国力を信じて防戦に徹するか、あるいは、死中に活を求めて攻勢に出るしか手が無くなる。

 

 後者の手段を取るのであれば、ラキオスの目標がマロリガンになるである事も予想できた。ラキオス側にトキミがいる以上、既に自分達の本拠地がソーン・リームにある事を感付いている事だろう。そうなると、将来的な軍事行動の為に、足掛かりとなるマロリガンの確保を同時に行おうとするはずだ。

 

 そこまで計算したテムオリンは、指揮下にある兵力の約半数を腹心タキオスに預け、出撃させたのだ。

 

 かくして、ラキオス軍は罠に嵌まった。

 

 少数精鋭でマロリガン首都へ潜入を図った部隊は、エターナルを含む大部隊に包囲され、絶体絶命の状況に追い込まれていた。

 

 

 

 炎が礫となって天空より降って来る。

 

 フレイムシャワーの、文字通りの嵐。逃げ場など、考えるだけ時間の無駄と言う物だ。

 

 対して、セツナは一歩前に出ると、手にした《絆》を掲げる。

 

「玄武、起動!!」

 

 素早く障壁を張る。

 

 回避できないなら、防ぐしかない。

 

 空中に張り出される障壁。

 

 そこへ、炎の嵐が次々と着弾する。

 

 エターナルとなり、その障壁の強度も格段に強化されている。

 

 いかに数10体を同時に相手にしたとしても、エターナルミニオンの攻撃如きには、小揺るぎすらしない。

 

「コウイン。」

 

 エターナルミニオンの攻撃を片手で払いのけつつ、もう片方の手に2本目の《絆》を構え、セツナは背後のコウインに呼び掛ける。

 

「ここは俺が抑える。お前は後方に下がって体勢を立て直せ。」

「判った、頼む!!」

 

 具体的にどうするか、とか、立て直した後どうするのか、とか、細かい事は取りあえず後回し。今は生き残る為に迎撃準備を進める必要があった。

 

 コウイン達は大統領府の門を開くと、その中へ次々と駆け込んでいく。

 

 その光景を確認しつつ、セツナは迫り来るエターナルミニオン達に目を向ける。

 

 とにかく、僅かでも良い。時間を稼ぐ必要がある。

 

「玄武、白虎、並列起動。」

 

 障壁を維持しつつ、セツナの知覚速度、反応速度、運動速度は、一気に60倍まで跳ね上がる。

 

 同時にセツナは障壁の外側に出て、地を蹴る。

 

 その姿は、まだミニオン達には知覚されていないだろう。

 

 間合いは一瞬で詰まる。

 

「ハッ!!」

 

 短い気合と供に、刃は閃光の如く縦横に駆け巡る。

 

 瞬きする一瞬。

 

 僅かな間に、前線に立つミニオン6人が、一斉にマナの塵へと砕ける。

 

「ぬっ!?」

 

 その素早さに、タキオスも唸りを上げる。

 

 ラセリオの戦いで、既にその実力はある程度判っていた。

 

 常識を無視したような高速移動と、正確無比な剣術から繰り出される接近戦闘。これがセツナのバトルスタイルである。

 

 熟練したタキオスの視力を持ってしても、追うのがやっとの状態である。

 

 次の一瞬で、セツナは横に移動。

 

 そこで、ようやくミニオン達がセツナの存在に気付き、神剣を構えようとする。

 

 しかし、遅い。

 

 構えようと神剣を振り上げた瞬間には、既にセツナは両手の刀を繰り出していた。

 

 2本の刃が繰り出される度、ミニオン達は次々と地に伏し、あるいは消滅していく。

 

 わずか10秒にも満たぬ間に、30名以上のミニオンがセツナの剣の前に斬られ、戦闘不能に追い込まれていく。

 

『ぬう、思った通り、ミニオン如きが何体いようが、あの男を止める事は叶わぬか。』

 

 紙の壁のように切り崩されていくミニオン達を見て、タキオスは呟く。

 

 こうしている間に、大統領府に逃げ込んだ敵は体勢を立て直すだろう。そうなると、いささか厄介だ。

 

『やはり、連れて来て正解だったか。』

 

 サッと左腕を掲げる。

 

 その背後より、2体の影が、幽鬼のようにユラリと現れる。

 

「出番かい?」

「うむ。逃げた奴等を追え。殲滅して構わん。」

「ンキュゥゥゥゥゥゥ。」

 

 ミトセマールとントゥシトラが、タキオスの命を受けて現れる。

 

 その光景に、思わずセツナは足を止めた。

 

『まずい・・・エターナルが3体だと!?』

 

 動きを止めたセツナを見て、これ幸いと、背後から青ミニオンが斬り掛かる。

 

 対してセツナは振り返らずに左の刀を一閃、逆袈裟に斬り捨てる。

 

「クッ!?」

 

 すぐに方向転換してそちらに向かおうとするセツナ。

 

 だが次の瞬間、大気を切り裂く唸りと供に、巨大な質量が振り下ろされるのがわかった。

 

 とっさに、《絆》を頭上で交差させて、斬撃を受け止める。

 

「グッ!?」

 

 全ての重量が細身の体に掛かり、全身の骨が悲鳴を上げるのが判った。

 

 見上げる視線の先にある、鉄板の如き刃。そして、それを振るう、巨躯の男。

 

「何処へ行く、セツナ?」

「タキオス・・・・・・」

 

 絞り出すような声。

 

 一挙動の内に《無我》を払い除けると、距離を取って構え直す。

 

 対するタキオスも、《無我》を持ち上げて正眼に構える。

 

「貴様の相手は、俺だ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 次の瞬間、セツナの姿がタキオスの視界から掻き消える。

 

 瞬きの間に、その姿はタキオスの眼前に現れる。

 

「ッ!?」

 

 一瞬で間合いをゼロにしたセツナは、両手の《絆》を、交差させるように斬撃を繰り出す。

 

 その超スピードの前に、タキオスは反応できず、迫る刃の前に立ち尽くす。

 

 しかし、セツナの剣はタキオスを斬るには至らない。

 

 その周囲に恒常的に張られているダークフォトンのシールドが斬撃を受け止め、タキオスの本体を無傷に保つ。

 

「無駄だぁ!!」

 

 カウンターのように振り上げられる《無我》の刃。

 

 これを喰らえば、タキオスのような恒常防御障壁を持たないセツナの体は一撃で粉砕されてしまう。

 

 とっさに地を蹴って後退、タキオスの間合いから離れる。

 

 対するタキオスは、追撃を掛けずに構えを直す。

 

 間合いギリギリの所に着地し、セツナも《絆》を掲げるように構えた。

 

 タキオスの周囲に展開されている障壁。これを突破しないとダメージを与えられない事は、前回と同じ。問題は、セツナの持つ技の中では、この障壁突破を可能にする技が少ないと言う事。

 

『厄介なのは、恒常的に張られている事に加えて、その強度が既に玄武に匹敵している事か。』

 

 唯一、セツナが勝っている物はスピード。かわし続ければ、取りあえず攻撃を喰らう事は無い。

 

 だが、攻撃を喰らわないセツナと、喰らってもダメージを受けないタキオス。一見互角の勝負にも見えるが、そうではない。長引けば、疲労の蓄積と体力の消耗を来たしたセツナは、攻撃を喰らう事になるだろう。

 

「どうした、来ないなら、こちらから行くぞ。」

「ッ!?」

 

 息を飲むセツナ。

 

 次の瞬間、タキオスの斬撃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 門から大統領府の建物までは、広大な前庭が広がっている。

 

 多くの木々や草花が植えられたそこは、コウインにとってひどく慣れ親しんだ場所でもあった。

 

 かつて、マロリガン軍時代に何度も足を運んだ場所であり、この世界に来て、最も尊敬できる男に出会った場所でもある。

 

 だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

 

 突然の包囲に、味方は完全に混乱状態にある。セツナが門の外で、1人で奮戦しているが、それもいつまで持つか判らない。

 

「落ち着け!!」

 

 コウインの叱咤が飛ぶ。本来、こう言う事はキョウコの領分なのだが、そのキョウコがいない以上、コウインがやるしかない。

 

 普段、滅多に大声を出さないコウインの叱咤に驚いたのだろう。右往左往するスピリット達は体を震わせながらも黙る。

 

 それを見て、コウインは話を進める。

 

「残念だが、作戦は失敗だ。敵はどうやら、俺達が攻めて来る事を見越して待ち伏せていたらしい。」

 

 敵将テムオリン。

 

 トキミから名前くらいは聞いていたが、どうやら頭の方も相当切れるらしい。

 

 ラキオスのエーテル変換施設を破壊したのも、恐らくこちらが攻めて来るよう仕向ける為の布石だったのだろう。完全にしてやられた。

 

 とは言え、ならば攻勢を行なわず、防戦に徹していれば良かったかと言えば、そうでもない。あのまま行けば、セツナが指摘した通り、ジリ貧の道を辿っていた事は疑い無い。

 

 つまり、どっちに転んでも結果はほぼ同じだったわけである。まったくもって、隙の無い作戦である。

 

「コウイン様。」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したセリアが駆け寄ってくる。

 

 とは言え、彼女も動揺が大きかったのだろう。普段は冷静沈着なその表情も、月明かりに照らされて青褪めている。

 

「セリア、皆を纏めてくれ。」

「退却するの?」

「ああ。」

 

 頷くコウイン。

 

 その脳裏にある作戦。あまりに危険だが、これしかない以上、実行するしかない。

 

「敵陣を中央突破する。苦しいが、それしか手は無いな。」

 

 コウインの言葉に、再び動揺が広がる。無理も無い、再び、あの大軍ひしめく中に戻ろうと言っているのだから。

 

 だが、コウインに考えを変える意思は無い。

 

 防戦は論外。後退もできないとなれば、最早、策はこれしかない。

 

 しかし、その時だった。

 

 コウインの話を黙って聞いていたトキミが突然、《時詠》を引き抜き構えた。

 

「トキミ、どうした?」

「来ます。」

 

 短い声と供に、摺り足で前に出るトキミ。

 

 それと同時に、門の外で強大な2つの気配が広がるのが判った。

 

 セツナが張り巡らした障壁が外側からの負荷に耐え切れず、オーラフォトンを散らして霧散すると同時に、肥大化した炎が踊り一気に門が融解する。

 

「構えろ!!」

 

 叫びながら《因果》を構えるコウイン。その視界の中で、燃え盛る炎を背景に2つの影が現れる。

 

 1人は女だ。露出度の高い服を着て、手には鞭を持っている。

 

 もう1人は、

 

 いや、人ではない。

 

 全身長い毛に覆われた目玉。一言で言えばそれだ。頭には王冠を被っている。

 

『こいつは・・・・・・やばい・・・・・・』

 

 対峙しただけで、その存在感に圧倒される。

 

 これが、エターナル。人を越え、神の領域に至った存在。

 

 ゴクリと、生唾を飲み込む。キョウコですら勝てなかった存在に、果たして自分は勝てるのか?

 

 そんなコウインの思考を見透かしたように、トキミが前に出る。

 

 その身の内には既にオーラフォトンが高められ、臨戦態勢にある。

 

「この2人は私が相手します。皆さんは、先に脱出を。」

 

 そう言うと、上衣の懐から人型をいくつか取り出す。

 

 その時、

 

「済まないが、あなたの相手は私だ。」

 

 次の瞬間、闇の中からオーラフォトンが弾ける。

 

 振り返るトキミ。

 

 その視界に、長剣を翳した緋色の髪の女が飛び込んできた。

 

「クッ!?」

 

 振り下ろされる斬撃を《時詠》で裁くトキミ。

 

 対して《忠節の騎士》アーネリアは、後退するトキミを逃すまいと、全速で間合いを詰め、《忠節》を横薙ぎに振るう。

 

「うっ!?」

 

 袴の裾を僅かに斬られながらも、トキミは辛うじてアーネリアの間合いから逃れる。

 

 アーネリアは《忠節》を八双に構え、トキミを見据える。

 

 4人目のエターナル出現に、ラキオス軍は浮き足立ち始めた。

 

 《法皇》テムオリンは、この一戦でラキオス軍の中心戦力を根こそぎにすべく、万全の布陣を敷いていたようだ。

 

 現在、ラキオス軍に付いたエターナルはセツナとトキミの2人。もう1人、《鮮烈》のキリスがいるが、キリスはハイペリアで足止めされている為、数には入れる必要は無い。となると、必然的に注意すべきは先述の2人に限られる。そこで、それに倍するエターナルを送り込む事で、その対抗処置としたのだ。

 

「永遠神剣第三位《忠節》が主、《忠節の騎士》アーネリア。主の理想の為、我が剣にてあなたを斬る。」

 

 静かに名乗るアーネリア。その刀身にもオーラフォトンが注がれ、威力が倍化されている。

 

「参る!!」

 

 対するトキミも、《時詠》を構えて、アーネリアを迎え撃つ。

 

 だがこの状況は既に、ラキオス軍にとって最悪と言っても過言ではなかった。

 

 頼みのエターナル2人を抑えられ、敵は更に2体のエターナルが残っている。しかも、それを包囲するように、数100ものエターナルミニオンが展開している。

 

 ミニオン達は、ラキオス軍を包囲したまま動こうとしない。どうやら彼女達は、こちらを逃がさないように包囲しているだけで、攻撃自体はエターナル達が行うようだ。よほど、自分達の実力、と言うか力に自信があるのだろう。

 

 だが、

 

「何としても、生き残るぞ。」

 

 《因果》を握る手に、力を込める。

 

 その姿に動かされ、背後のスピリット達もそれぞれ神剣を構える。

 

 次の瞬間、ントゥシトラの目が一瞬光ったかと思うと、空中に巨大な炎の塊が出現する。

 

「フシュゥゥゥ」

 

 短い呻きと供に、炎の塊はコウイン達に向けて降って来る。

 

 あまりに巨大なそれは、着弾すれば居並ぶ全員を飲み込める規模である。

 

「ネリー! シアー!」

「判ってる!!」

「う、うん!!」

 

 セリアに促され、ネリーとシアーが揃って前に出ると、3人で周辺のマナをかき集める。

 

 その間にも迫ってくる炎の塊。

 

 対する3人は、対空砲のように腕を空に突き出す。

 

「「「アイス・バニッシャー!!」」」

 

 吹き上げる吹雪が狂乱となって炎を迎撃する。

 

 しかし、

 

「えェッ!?」

 

 全員の瞳が驚愕に見開かれる。

 

 吹き上げられた吹雪は、炎に当たった途端に掻き消された。まさに、一瞬の拮抗すら許されずに。かつて対峙した事のある帝国軍スピリット、アンナの炎ですら、これに比べたら火山噴火と線香花火程の差がある。

 

「クッ!!」

 

 とっさにコウインは前に出ると、オーラフォトンを展開して障壁を張り巡らせる。

 

 そこへ、大質量の炎がぶつかる。

 

「グッ!?」

 

 あまりのエネルギー量に、コウインは障壁が歪むのを感じる。

 

 負けじと、更にオーラフォトンを注ぎ込む。しかし、障壁は徐々に外側から削られ、消滅の危機に晒される。

 

「援護を!!」

 

 セリアの声が飛び、全員で一斉に障壁を上掛けして行く。

 

 エトランジェ1人と、スピリット13人による障壁展開である。さしものントゥシトラの炎も、突破する事ができずに霧散する。

 

「よし、今だ!!」

 

 炎が消えた事を確認し、反撃に転じようとしたときだった。

 

「おや、あたしを忘れてもらっちゃ、困るんだけどね。」

 

 妖艶な声の響きと供に、夜の闇から何かが伸びてくる。

 

 複数に枝分かれしたそれは、居並ぶスピリット達に絡み付いていく。

 

 ントゥシトラの攻撃に気を取られていた隙にもう1人のエターナル、ミトセマールの接近を許してしまったのだ。

 

 手に持った鞭が枝分かれしている。これが、スピリット達を絡め取っている物の正体だった。

 

 その内の1本が、逃げ遅れたニムントールの両足に絡み付き、宙に逆さ吊りにしてしまう。

 

「ニム!!」

 

その光景に声を上げたのは、ファーレーンだった。

 

 ウィング・ハイロゥを広げると、大切な妹を救うべく、ミトセマールに突撃する。

 

 低空を這うように飛行しつつ、腰の《月光》に手を掛ける。

 

「喰らいなさい、月輪の太刀!!」

 

 鞘走る《月光》が、煌きを持ってミトセマールに迫る。

 

 しかし、

 

「フンッ、何だい、そりゃぁ?」

 

 鼻で笑うミトセマール。

 

 次の瞬間、空間に何か、丸い物が現れる。

 

 その物体は、迫るファーレーンに対して突如、巨大な口を開いた。

 

「なっ!?」

 

 思わず急ブレーキを掛けようとするファーレーン。しかし、その時には既に遅い。

 

 物体は、ファーレーンの体に齧り付き、まるで租借するように飲み込む。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 宙で逆さに釣られながらその光景を見ていたニムントールが、思わず我を忘れて悲鳴を上げる。

 

 やがて、彼女達が見ている前で、ファーレーンは吐き出される。

 

 見た感じ外傷は無いようだが、力無くグッタリとしている。まるで、活力を奪われたように。

 

 その動けなくなったファーレーンにも、枝分かれした鞭が絡み付き、吊り上げられていく。

 

 他にもマロリガンスピリット達が、次々と絡め取られ、行動の自由を奪われていく。

 

 それを見ながら、ミトセマールはその口元に妖艶な笑みを浮かべる。

 

「さて、じゃあ、ご馳走を頂こうか。」

 

 そう呟いた瞬間、鞭全体に棘が生まれ、絡め取られているスピリット達の肌に突き刺さる。

 

 次々と上がる悲鳴を耳にしながら、ミトセマールは流れ出た血を《不浄》に吸わせ、マナに変換して己の体内に吸収して行く。

 

 その表情は恍惚とし、甘美なマナの味と、湧き上がる少女達の悲鳴に陶酔しているのが判る。

 

 ミトセマールは元々、エターナルになる前は獰猛な知性を持つ植物であった。つまり、他人から養分を吸い取るこの戦い方は、まさに彼女の特性に合った物だと言える。

 

 マナを吸い取られながら、スピリット達は緩慢な死に向かって転がり落ちていく。

 

 そこから救うべく、2人のスピリットが攻撃を仕掛ける。

 

 ヘリオンはウィング・ハイロゥを目一杯広げると、襲い来る枝を回避しながら疾走、一気にミトセマールに向けて距離を詰めて行く。

 

 更にその背後では、オルファが手にした《理念》を掲げ、マナを集める。

 

「マナよ空を貫け、天翔ける星々の矢を与えよ!!」

「星火燎原の太刀、行きます!!」

 

 ヘリオンが斬り込むと同時に、オルファの詠唱が完了する。

 

 吹き上がった炎が天の星となり、流星さながらに降り注ぐ。

 

「スターダスト!!」

 

 オルファが使える中では最大最強の神剣魔法が炸裂、ミトセマールに襲い掛かる。

 

 同時に、大地を薙ぎ払うかのような威力を秘めたヘリオンの居合いが、神速を持って同時に斬り掛かる。

 

 まさに、空中と地上からの挟撃。ミトセマールは檻の中に閉じ込められたかのように、身動きできずに切り裂かれるか、あるいは炎に焼かれる。そのはずだった。

 

 しかし、

 

「ぬるいね。」

 

 だるそうな呟きと供に、ミトセマールはオルファの魔法を片手で弾くと同時に、接近するヘリオンの背後から鞭を襲わせ、その首に巻きつける。

 

「あ・・・ぐ・・・・・・」

 

 急速に首を絞められ、ヘリオンは息を詰まらせる。

 

 更にミトセマールは、ヘリオンの首筋にも棘を突き刺し、マナを吸い始める。

 

 マナを吸われたスピリットは急速に活力を失っていく。このままでは、生命の危機にも関わるだろう。

 

「ヘリオン!!」

 

 自身の最強の魔法を弾かれ、あまつさえ同時攻撃を仕掛けたヘリオンが捕まるに至って、オルファは叫ぶ。

 

しかし、他人の心配をしている暇はオルファには無い。彼女自身にも、ミトセマールの鞭が迫ってくる。

 

「ウッ!?」

 

 対応が一歩遅れるオルファ。彼女自身の防御力は、お世辞にも高いとは言えない。まともに喰らったら、まず助からないだろう。

 

 鞭が眼前まで迫る。

 

 しかし、

 

 その先端がオルファを捉えようとした矢先、鳥のように急降下してきた黒い影が、オルファを浚って急上昇する。

 

「大丈夫、オルファ!?」

「ルル!?」

 

 間一髪のところで、ルルがオルファの体を掬い上げたのだ。もっとも、オルファとルルの体格差はそれ程無い為、飛行には相当無理をしているのが伺えるが。

 

「取り合えず、皆のトコに戻るよ。ヘリオン達を助けるのは、その後だよ。」

「うん。」

 

 ルルの腕の中でオルファは頷く。悔しいが、自分達の力ではあのエターナル相手に拮抗に持って行く事すら難しい。だが、全員で掛かれば、捕まっている皆を助ける事くらいは出来るかもしれない。

 

 地上で待つ皆の元へ戻るべく、ルルは高度を下げていく。

 

 だが、その時、宙を飛ぶ2人に、巨大な影が落ちる。

 

「え!?」

 

 とっさに振り返る先には、いつの間に接近したのか、ントゥシトラの姿がある。その瞳は既に発光し、神剣魔法を放つ体勢にある事が伺えた。

 

 普段ならともかく、オルファを抱えて機動力が落ちている今のルルに、ントゥシトラの攻撃をかわすことは不可能に近い。

 

 ルルは、とっさに判断した。

 

「クッ、オルファ、ごめん!!」

 

 そう言うと、オルファを掴んだ手を離す。この高度では着地できるかどうか怪しいが、それは地上の皆に頼むしかない。

 

 オルファを放したルルは、腰の《怨恨》に手を掛ける。

 

 普段、滅多に抜かない神剣だが、今は逡巡している場合では無い。

 

「喰らえ、雲散霧消の太刀!!」

 

 次の瞬間、疾風が吹き荒れる。

 

 並みのブラックスピリットのスピードを遥かに超越した超神速の攻撃は、例えエターナルであったとしても捉える事は困難に近い。

 

 ントゥシトラは迫り来る疾風に向けて炎を放つが、ルルは超絶的な反応速度で回避、直撃を余裕で免れる。

 

 一陣の風と化したルルは、周囲を旋回しつつントゥシトラを翻弄、徐々にその間合いを詰めていく。

 

 そして何度かの旋回の後、背後を取った瞬間、

 

「貰ったァ!!」

 

 一気に加速、ントゥシトラの背中目掛けて斬り掛かった。

 

 《怨恨》の刃はントゥシトラの長い毛並みを断ち、その背中に刃を食い込ませる。

 

 確かな手応えが、刃を通してルルの手に伝わってくる。

 

「やった!!」

 

 喝采を上げる。

 

 その傷口から、ントゥシトラの血液が迸り、返り血となってルルに降り掛かった。

 

 その瞬間、

 

「アァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 ルルは悲鳴を上げる。

 

 返り血を浴びた箇所の皮膚が融け、焼き付いていく。

 

 元々が炎とプラズマが飛び交う世界の王であったントゥシトラは、その体を構成する血液からして、既に灼熱の温度を秘めている。無闇に傷付けると返り血を浴びて、ルルのように逆に大ダメージを負う事になる。

 

「ルル!?」

 

 地上にあってコウインに助けられたオルファが悲鳴を上げる。

 

 力を失ったウィング・ハイロゥが消滅し、ルルの体は地上に向けて落下する。その途中で、ミトセマールが鞭を伸ばしてその体を絡め取った。

 

 すぐにマナの吸収が始まり、ルルの体は力を失っていく。

 

「クッ!?」

 

 その光景に、コウインは唇を噛む。

 

 僅かな間に、こちらの戦力は激減してしまった。

 

 残っているのはコウイン、セリア、オルファ、ネリー、シアーの5人と2人のエターナルのみ。他は皆、ミトセマールに捕まってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 普段は飄々としているその顔に、冷や汗が浮かぶ。

 

 焦りが、場を支配する。このままでは遠からず、全滅の憂き目を見る。

 

 セリア達にも、焦りの色が浮かんでいる。

 

 コウイン達の戦慄を他所に、ミトセマールはゆっくりと近付いて来る。更にルルを仕留めたントゥシトラも、ユラユラ揺れながら、ゆっくりと下りてくる。

 

 ミトセマールが展開した鞭の枝からは、相変わらずスピリット達のマナを吸い上げている。

 

「ントゥシトラ。」

「ンキュゥ?」

 

 フワフワと振り返るントゥシトラに、ミトセマールは妖艶な笑みを見せる。

 

「あたしはこいつ等からマナを頂く。あんたは、残った連中を頼むよ。」

「ンキュゥゥゥ。」

 

 嬉しそうに頷くントゥシトラ。

 

 残った5人のみで、この強大なエターナル2体に対抗する事は不可能。

 

 コウイン達の運命も、旦夕に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 攻撃のテンポは、僅か3撃。決して多い数ではない。だが、その秘めた能力は尋常ではない。

 

 人間の視覚には「慣れ」と言う物がある。この攻撃は視覚の慣れを利用した剣技だった。

 

 1撃目と2撃目は、それ程速い訳ではない。だが、3撃目で一気に加速する。1撃目と2撃目で慣れた視覚が、3撃目の加速に付いて行けず、刃が体を掠める。先程から、その繰り返しだった。

 

 本来であるなら、最初に交戦した時点で首と胴が離れていてもおかしくは無い。強靭な未来視を持つトキミだからこそ、ここまで軽傷で済んでいると言える。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、後退して間合いから離れる。

 

 既にトキミの体からは血が滲んでいる。

 

 対するアーネリアは血振るいすると、《忠節》を片手正眼に構え直す。

 

 2撃目まではブラフ、3撃目が本命だと言う事は判っている。だが、それが判っていてもなお、かわすことが出来ない。

 

この3撃目と言うのが、実は曲者だった。これは4次元干渉を引き起こすほどの超光速剣で、2撃目までの緩い攻撃に慣れた視覚で捉える事はまず不可能。トキミの未来視は確かにその軌跡を捉えるのだが、捉えた瞬間には既に刃が体に届いているのだ。いかに未来を視ようと、その未来その物を加速されてしまうのだからたまった物ではない。

 

 アーネリアのこの攻撃には、一切オーラフォトンが使われていない。彼女のオーラフォトンの使い方は、刀身に充填して切れ味を強化するのみ。身体には一切注がれていない。つまり、この剣技は全て、自身の身体能力のみを頼りに行っている事になる。まさに、驚愕すべき剣腕の持ち主である。

 

「やりますね、さすがは《時詠》のトキミ殿。我が剣に、ここまで追い付いて来るとは。」

「そちらこそ、未来を強引に捻じ曲げるなんて、反則ですよ。」

 

 そう言いながらトキミは、反撃の一手を模索する。

 

 とにかく、注意すべき点は3撃目な訳であるから、それさえ注意しておけば攻略は可能だ。具体的には、2撃目までの間に勝負を掛ければ、勝機はある。

 

 《時詠》を持つ手に力を込める。

 

 こちらの意図を察したのだろう。アーネリアも《忠節》を構えながら、ジリジリと前に出てくる。

 

 次の瞬間、アーネリアは地を蹴ってトキミに迫る。

 

 1歩目、アーネリアはまだ間合いに入らず、トキミも動きを見せない。

 

 2歩目、アーネリアがトキミを間合いに捉える。繰り出された斬撃が、横薙ぎに振るわれるのに対し、《時詠》で払いのけるトキミ。

 

 そして3歩目、ここでトキミは動く。唐竹割の要領で振り下ろしてくる《忠節》に対し、体を横滑りさせて回避、大振りな動作の為、アーネリアには隙が出来ている。そこへ、《時詠》を突き出す。

 

『よし!!』

 

 《時詠》の刃は、確実にアーネリアの心臓に向かう。

 

 これで終わり。そう思ったトキミだった。

 

 しかし、

 

 突然、横合いからの衝撃に、手首に激痛が走り、斬撃が逸らされる。

 

「グッ!?」

 

 思わず顔を顰め、手首を押さえるトキミ。そのまま顔を上げて自分を襲った物の正体を見る。

 

 アーネリアは右手に《忠節》を持ち、左手には、その鞘を持っている。つまり、これが、トキミの攻撃を払いのけた物の正体だった。

 

 欠点という物は、裏を返せば利点となり得る。これほどの剣技を持つ者ならば、その弱点も弁えていると見て当然だというのに、トキミは焦りからかその事を失念し、迂闊な攻撃を仕掛けてしまった。

 

 動きが止まったトキミに、アーネリアは剣を振り下ろす。

 

 対するトキミは、先ほどの攻撃のショックで動きが取れない。迫る刃に、目を見開いて逃れようとするが、それよりも先にアーネリアの剣がトキミの体に食い込む。

 

 次の瞬間、トキミの体は左肩から袈裟懸けに斬り下ろされてしまった。

 

 肩から真っ二つにされたトキミ。

 

 だが、アーネリアは訝る。

 

 斬られたのだから当然、鮮血が舞い散るかと思っていたというのに、それが無い。代わりに、白い煙が噴き出したかと思うと、トキミの姿は1枚の紙切れに変貌する。

 

「・・・・・・身代わりか。」

 

 やや離れた場所に移動したトキミに視線を送りながら、呟く。

 

 対するトキミは、打撃を受けた右手首を押さえながら、アーネリアを睨み返す。

 

 トキミ自身、焦りの色が濃い。こんな所で立ち止まっている場合ではないと言うのに、と言う想いが、先程の判断ミスを生んだのだ。

 

 敵はエターナルだけで2対4。これでは、勝ち目などある訳が無い。

 

『せめて後1人、こちらにもエターナルがいたら・・・・・・』

 

 キリスがこの戦いに参戦できないのが、かなり痛い。あの男がいれば、この程度の戦力差など、覆せるのに。

 

 だが、無い物ねだりをしている暇は無い。手持ちの戦力だけで、何とか活路を見出さねばならないのだ。

 

 手首の感覚が戻ったのを確認し、もう一度《時詠》を握り直す。

 

 とにかく、このエターナルだけでも自分が倒さねばならなかった。

 

 

 

「ヌォォォォォォ!!」

 

 振り下ろされる剣が、空間をも断ち切る。

 

 まともに喰らう訳にはいかない。

 

 白き獣を身に宿し、セツナは攻撃を回避。

 

 タキオスの剣は大地を割り、砂塵を巻き上げる。

 

 先程からセツナとタキオスの攻防は、攻撃しては弾かれ、攻撃してはかわされの繰り返しである。変則的ながら千日手に近い。

 

『だが・・・・・・』

 

 駆けながら、セツナは思考を巡らせる。

 

 そろそろ、状況は切羽詰ってきている。スピリット達の戦いは塀の向こう側で行われている為、視覚で情報を得る事は出来ない。だが、半数以上の気配が弱まっている事から推察すれば、事態が急を要する事くらい、理解できる。

 

『やるか。』

 

 心の中で呟くと同時に、距離を取りつつ左の刀を鞘に戻す。

 

「ぬっ!?」

 

 突然、セツナが刀を納めた事に、タキオスは訝る。

 

 対してセツナは、残ったもう1本の《絆》の柄を右手で長く持ち、切っ先を正面に向けて、弓を引くようにして構え、残った左手を、峰に添える。

 

 明らかに突き技である。

 

 これまでセツナは、あまり突き技は使わない方であった為、珍しいと言える。

 

『白虎、フルドライブ・・・』

 

 加速箇所は、腕ではなく足。同時に刀身にもオーラフォトンを注ぎ込み、威力を倍化させる。

 

「行くぞ。」

 

 120倍まで加速された時間の中で、低い呟きとともにセツナは駆ける。

 

 剣道において突きとは、4つの打突部位の中で最大の威力を秘めている。例え得物が竹刀であったとしても、当たり所によっては相手の命を奪う事が可能なのだ。ましてか、今セツナが持っているのは真剣、それも永遠神剣である。威力は竹刀とは比較の段ではない。

 

 それ故にセツナはこの技を、障壁突破用の隠し玉として用意していた。

 

 一瞬と言う言葉すら、すでに遅い。

 

 ミニオン達はおろか、タキオスですらセツナの動きを捉える事は出来なかった。

 

 繰り出された切っ先が、タキオスに襲い掛かる。

 

「空破絶衝の太刀!!」

 

 繰り出された右腕が、閃光の矢と化して貫く。

 

 切っ先が障壁とぶつかり、激しくスパークする。

 

 威力を僅か一点に絞った一撃に、さしものタキオスの防御障壁も悲鳴を上げて歪んで行く。

 

 突撃技においては、スピードはそのままダイレクトに威力に変換される。それが光速の域に達しつつあるなら、尚更である。

 

 異音が響く。

 

 ついに、セツナの剣がタキオスの障壁を突き破ったのだ。

 

 切っ先はそのまま脇腹へと突き立つ。

 

「ウオォォォ!?」

 

 腹部からの衝撃に、タキオスは唸る。

 

 さすがにこの城砦の如きエターナルも、溜まったものではないらしい。

 

 傷口からダークフォトンが煙のように沸き立つ。

 

『これで・・・これで終わってくれ!!』

 

 とどめを刺すべく、さらに刃を突き入れるセツナ。

 

 だが、

 

「まだだぁ!!」

 

 タキオスは左手でセツナの顔面に掴み掛かる。

 

「くっ!?」

 

 巨大な《無我》を振るうに充分な握力が、容赦なくセツナの頭蓋を圧迫し、まるで万力に締められているような錯覚に陥る。

 

 とっさに引き剥がそうとするが、圧倒的な力の差の前にどうする事も出来ない。

 

 タキオスはセツナの顔面を掴んだまま、その体を地面に叩き付ける。

 

「グッ!?」

 

 全身がバラバラになりそうな衝撃に襲われ、セツナに意識は一瞬飛び掛ける。

 

 タキオスの動きはそこで終わらない。

 

 四肢を大きくスイングさせると、セツナの体を塀に向けて思いっきり投げつけた。

 

 投げ飛ばされたセツナの体は勢いで塀を突き破り、前庭の地面を数回転して大統領府の建物にぶつかり、そこで止まる。

 

「っ・・・」

 

 どうにか頭を振って意識を保とうとするセツナ。

 

 しかし、タキオスはそれを待ってはいない。

 

 塀に足を掛けて自身も敷地内に侵入すると、《無我》にダークフォトンを充填する。

 

「受けよ、セツナ!!」

 

 振り下ろされる、漆黒の刃。

 

 衝撃が凶悪な牙をむき出してセツナに迫る。

 

 一方で、セツナは、意識を保つ事がやっとで、衝撃波が迫っている事までは気付いていない。

 

 その間にも、衝撃波はセツナに迫る。

 

「クッ」

 

 ようやく上体を起こすセツナ。

 

 その視界に、迫り来る衝撃波が映る。

 

『ま、ずい。』

 

 とっさに体を起こそうとするが、ダメージを受けた体はなかなか動こうとしない。

 

 衝撃波は既に、目前まで迫っている。

 

 その時、

 

「危ない!!」

 

 凛とした叫びと共に、横合いから飛んできた青い影がセツナに体当たりを掛ける。

 

 その衝撃で横に飛ばされるセツナ。

 

 間一髪、衝撃波セツナを避け、背後の建物の壁を粉砕する。

 

「大丈夫・・・セツナ様?」

 

 月光に揺られ、青いポニーテールが揺れている。

 

 少し釣り上がった瞳が、生意気そうな印象を見る者に与える。

 

 初めて彼女に会った時も、こんな印象を持ったものだ。

 

「ああ、済まない。」

 

 自身を救ってくれたネリーに礼を言い、セツナは立ち上がる。

 

 ダメージを負い、体の各部がきしみ始めているが、まだ戦えないほどじゃない。

 

 右手に持った《絆》を無行の位に構え、左手でネリーの髪を梳くように撫でる。

 

 柔らかい、戦場に似つかわしくない流れるような感覚が、掌に伝わって来る。

 

「ネリー。」

「何?」

 

 ゆっくり前に出ながら、セツナは語る。

 

 その背には、悲壮な覚悟を秘めているかのように影が落ちている。

 

「あいつは、必ず俺が倒す。お前は、皆を助けて脱出してくれ。」

 

 向かう先で待つ《黒き刃》。

 

 セツナの攻撃をまともに受け、さすがに無傷ではないようだが、それでもダメージは遥かに軽い。

 

 これが、数週期生きてきたエターナルの力なのか。

 

 だが、セツナは引かない。

 

 自分の後ろにはネリーがいる。

 

 彼女はもう、自分の事を覚えていない。それが、彼女を裏切った自分の代償。

 

 だが、そんな物はどうでも良い。

 

 この記憶には、彼女と過ごした楽しい日々が確かに残っている。

 

 この胸には、彼女と交わした温もりが確かに残っている。

 

 それだけあれば、他には何も要らない。

 

 セツナは収めておいたもう1本の刀を抜き、構える。

 

 対してタキオスも《無我》を正眼に構える。

 

「どうした、あの技を使わんのか?」

 

 挑発的な口調に、セツナは瞳を細める。

 

 タキオスが何を言いたいのか判っている。

 

 クロスブレード・オーバーキル。

 

 かつて、タキオスを傷付けた事のある技。セツナの持つ技の中で最大の威力を誇る技を使って来いと、誘っているのだ。

 

「判っているぞ、あの技は、何か体を犠牲にする事で、ようやく可能となる技なのだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナの無言は、質問に対する肯定の意を如実に表している。

 

 確かにクロスブレード・オーバーキルは、一度使えばオーラフォトンの消費量が激しい上に、体の各部に多大な負荷を掛けてしまう。その為、一度の戦闘でせいぜい2回使うのが精一杯だった。

 

「だが!!」

 

 激しい口調と共に、タキオスの周りにダークフォトンが収束していく。

 

 ダークフォトンはやがて《無我》に集まり、巨大な刃を形成する。

 

「貴様に、逡巡している暇など無いはずだ。見ろ、」

 

 促されるまま、視線を巡らせる。

 

 その視線の先では、苦戦をしながらも戦い続ける仲間達の姿がある。

 

 ントゥシトラと対峙したセリアとシアーは既に力尽き、今はコウイン、オルファ、ネリーの3人がかろうじて対抗している。

 

 ミトセマールに捕まったスピリット達は、緩慢ながら徐々にマナを吸われ、ゆっくりと死に向かっている。

 

 アーネリアと戦うトキミはその相性の悪さから、既にその全身を切り刻まれている。

 

 だが、誰1人として、今だに戦う意思を放棄してはいない。

 

 トキミは、隙あらば鋭い反撃を繰り返し、容易にはアーネリアの接近を許さない。

 

 コウイン、ネリー、オルファの3人は迂闊な反撃は出来ないものの、それでも急造の連携でントゥシトラを翻弄し、今のところ直撃を免れている。

 

 捕まっているスピリット達も、皆必死になって抵抗を試みている。

 

 眦を上げる。

 

 この絶望的な状況を覆せるのは、自分しかいない。

 

 両手の刀を、力を込めて握る。

 

 そう、迷っている暇など、初めから無い。

 

「行くぞ。」

 

 静かに呟く、死の宣告。

 

 その身の内で、2つの権能が目を覚ます。

 

『白虎、青龍、並列起動、フルドライブ。』

 

 知覚速度、そして腕の運動速度が120倍まで引き上げられる。更に、その脳裏に数万パターンからなる未来の中から、最適の情景が選別され、映し出される。

 

 自身が、1個の戦闘機械と化していくのが判る。

 

 ただ、機械的に、あるいは作業的に命を刈り取る存在。

 

 それが《黒衣の死神》。

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 セツナの剣が閃光と化すと同時に、タキオスの豪腕が振り下ろされる。

 

 一撃必殺と超高速連撃がぶつかり合った。

 

 

 

 ントゥシトラの目が光る度に、空間に炎が現出する。

 

 それらをかわしながら、ネリーは相手との距離を測る。

 

 迂闊な攻撃は、先程のルルのように手痛い反撃を食らう事になる。

 

 では、どうすれば良い?

 

 攻撃するのも駄目、防ぐのも駄目、かわすのも、既に限界が近い。

 

 今まで辛うじてントゥシトラの攻撃に耐えていたコウインも、既に限界だった。今はもう、魔法力を使い果たして動けなくなったオルファを守るだけで精一杯の様子だ。

 

 だが、ネリーはなおも諦めない。

 

 セツナ様は、ネリーに皆の事を託したのだ。

 

 あの、セツナ様が、

 

 今まで心の中で追いかけるだけの幻だった人が、自分を頼ってくれているのだ。

 

 負ける訳には行かなかった。

 

 残った体力の全てを振り絞り、もう一度突撃する。

 

 狙うのは、あの鞭を持つミトセマールとか言う女。あの女を倒せば、皆を助ける事が出来る。

 

 限界までスピードを上げる。

 

 まともに向かったり、大きく旋回して回り込んでいたのでは、こちらの意図が気付かれる。だからネリーは、あえて最も危険な選択をする。

 

 それは、宙に浮くントゥシトラを掠めて飛び、一気に急降下してミトセマールの懐に飛び込むと言う物だった。

 

 何もミトセマールを倒す必要は無い。あの鞭さえ何とか叩き落とせれば、皆は解放されるはずだ。そして、この中でそれが出来るのは唯一機動性に勝る自分だけだ。

 

「行くぞォォォォォォォ!!」

 

 気合充分な雄叫びと共に、ネリーはントゥシトラに突撃する。

 

 相対するスピリットの突然の突撃に、ントゥシトラは一瞬戸惑う。

 

 しかし、ントゥシトラも手練のエターナル。すぐにその突撃に対応して、炎を放ってくる。

 

 掠めただけでも丸焼きにされそうな炎が、ネリーに向かってくる。

 

 背中が焼かれるのが判る。

 

 だが、耐えねばならない。ここで耐えねば、皆を助けることなどできはしない。

 

「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 全身を焼く炎に耐え、ネリーは更に加速する。

 

 その姿に、ントゥシトラはその巨大な目を見開く。

 

「フシュゥゥゥゥゥゥッ!?」

 

 驚くントゥシトラ、その脇を掠めて、ネリーは一気に急降下に入る。

 

 抜けた。

 

 目指す先には、無防備に立つミトセマールの姿がある。

 

 今なら、このスピードならミトセマールが迎撃準備を整える前に、急襲する事が可能なはずだ。

 

『やった!!』

 

 心の中で喝采を上げる。

 

 ミトセマールはなおも動こうとしない。上空から接近してくるネリーの存在に気付いていないのだ。

 

 これで皆を助けられる。セツナの期待に応えられる。

 

 そう思ったときだった。

 

 視界の端で、閃光と轟音が起きる。

 

「・・・・・・・え?」

 

 思わず、そちらに目を向ける。

 

 そして、見た。

 

 《黒き刃》が、《黒衣の死神》を薙ぎ払う所を。

 

 《無我》によって体を袈裟懸けに斬られたセツナは、両手の刀を保持しながらも、そのままガックリと膝を突く。

 

 どうにか倒れるのを堪えようとするが、体はそのまま前のめりに倒れていく。

 

「セツナ様・・・・・・」

 

 その姿を呆然と眺める事しか出来ないネリー。その視界の中で、セツナはゆっくりと倒れる。

 

「セツナ・・・・・・様・・・・・・」

 

 動きを止め、ゆっくりとそちらに近付こうとする。

 

 だが、強敵と対峙する戦場にあってその行動は、自殺行為に他ならなかった。

 

 ネリーの背後に、丸い影が躍る。

 

「ネリーちゃん!!」

 

 地上にあってコウインが叫ぶ。

 

 振り返るネリー。

 

 そこには、既に神剣魔法を完成させたントゥシトラの姿があった。

 

 僅か数秒、

 

 だが、それが致命的な隙を生んだ。

 

 空間から、炎が現出する。

 

 触れたあらゆる物を融解する、煉獄の炎。

 

 ネリーの体は、炎に四方から包み込まれた。

 

 最早、熱いと言う感覚すら無い。

 

 意識は一瞬で奪われ、体は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ネリー・・・・・・目覚めなさい、ネリー・・・・・・》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん・・・うん?」

 

 何かに呼ばれたような気がして、目を開ける。

 

 瞼を開くと、そこには一面、薄桃色の霧に包まれていた。

 

 周りを見回してみるが、霧に阻まれて伺う事が出来ない。そもそも、自分の体や手足を見る事すら出来ない。

 

 ただ1つ、目の前に浮かぶ自身の永遠神剣だけは、その姿を捉える事が出来た。

 

《ネリー。》

 

 再び、声が呼び掛けてきた。

 

 それは、かつて聞いた事のある声だった。

 

「《静寂》?」

 

 それは、かつて自分が危機に陥った時、一度だけ力を貸してくれた《静寂》の声だった。

 

 対して、声は少し微笑んだように言う。

 

《それは、仮の名前に過ぎません。》

「仮?」

 

 訳が判らず問い返す。

 

 それを受けて、声の説明は続く。

 

《かつて、大きな戦がありました。あなたは、その時命を落とした戦士の生まれ変わり。私は、あなたと共に、永劫の時を眠り続け、目覚めの時を待っていました。》

 

 何を言っているのか判らなかった。

 

 自分が、誰かの生まれ変わり? 眠り続けてきた?

 

 突然そんな事を言われて、思考が混乱する。

 

《時は満ちました、ネリー。》

 

 そんな事はお構い無しに、声は話を続ける。

 

《今、あなたの大切な人が、死に掛けています。それが救えるのは、あなただけです。》

 

 具体的に言われた訳ではないが、何となくそれがセツナの事ではないだろうかと思った。

 

 だが、救えるのは自分だけと言うのは?

 

《さあ、私の名前を呼びなさい。今なら、今のあなたなら、私を従える事が、出来るはず。本当の愛を手に入れたいと願う、あなたの心があれば・・・・・・》

「愛?」

 

 そうだ。

 

 ずっと、想い続けてきた。

 

 心の中で、求め続けてきた。

 

 あの人の、影を追って。

 

 大好きな、あの人の姿を追って。

 

 体に、活力が灯る。

 

 薄桃色の霧が収束し、自分の体に吸収されて行くのが判った。

 

 目の前に浮かぶ《静寂》が砕け散り、結晶が降り注ぐ。

 

 それらはまるでたゆたうように、ネリーの周りに滞空する。

 

 そう、自分は、かつて大戦の折命を落とし、長く眠り続けてきた。遥か未来の、目覚めの時を見ながら。

 

 今なら、

 

 今の自分なら!!

 

《叫びなさいネリー、あなたの名前は・・・・・・》

 

 光が、弾けた。

 

 

 

「あ、ああ・・・・・・ネリー・・・・・・」

 

 オルファが、悲痛な声を上げる。

 

 炎の中で、人の形が崩れていくのが判った。

 

 いつも憎まれ口を叩いて喧嘩しあった友達が、今、炎の中に消えて行ったのだ。

 

「クソッ!!」

 

 コウインが地面を叩く。

 

 今まで辛うじて犠牲者を出さずに戦っていたが、ついに犠牲者が出てしまった。

 

 僅かに残っていた力が、急速に失われていくのが判った。

 

 ネリーという元気が取り得の存在は、それが失われただけで士気が急激に低下する。

 

 仲間の多くが捕まり、ネリーがやられ、セツナも倒れた。トキミはまだがんばっているようだが、それも時間の問題だろう。

 

『終わった・・・・・・』

 

 ガックリと、項垂れる。

 

 最早、一分の勝機も残されてはいなかった。

 

 自分達は負ける。

 

 そして、主力を失ったラキオスも、早晩攻め滅ぼされる事だろう。いや、その前にこの世界が消滅して終わりだろうか?

 

 どちらにしても、最早これまでだった。

 

 手にした《因果》が零れ落ち、地面に転がる。

 

 後は、死を待つだけだ。

 

『せめて、最後に念仏くらいは・・・・・・』

 

 住職の息子らしく、片手を揃えて掲げようとした、

 

 その時だった。

 

 空中で、急速に何かが広がっていく。

 

 それがオーラフォトンだと気付くのに、少し掛かる。

 

「な、何だ!?」

 

 オーラフォトンは、空中にある炎の中から生まれてくる。

 

 先程、ネリーの体を焼き尽くした炎だ。

 

 当のントゥシトラも、突然現れた巨大なオーラフォトンに戸惑っているようだ。いや、ントゥシトラだけではない。ミトセマールも、アーネリアも、タキオスも、皆がその突然現れた膨大な力に戸惑う。

 

 やがて、炎は内側から膨張するように弾ける。

 

 その中から、巨大なオーラフォトンの主が現れる。

 

 髪、翼、瞳、それらは薄桃色に染まっている。

 

 服も若干変わり、これまでの隊服の上から、腰回りにロングスカートが廻り、胸部に銀の薄い胸当てが装着されている。胸当ては左肩に掛けて続き、肩の部分は羽飾りの装飾が施されている。

 

 そして、最大の特徴。

 

 翼を広げて飛ぶ少女の周囲には、合計12個の球形の結晶が滞空している。

 

「ネリー?」

 

 見惚れた表情で、オルファが呟く。

 

 優しい、薄桃色の光を纏った少女の容姿は、確かに死んだと思ったネリーの物だ。だが、この変貌振りはどうだろう?

 

 背中の翼を、ゆっくりと羽ばたかせる。

 

 それだけで薄桃色の光が飛び散っていく。

 

「あたしは・・・・・・」

 

 ネリーはゆっくりと口を開く。

 

「中立の永遠者、ニュートラリティ・エターナル・・・・・・」

 

 誰に教わった訳でもないのに、口上は自然と口を突いて出てくる。

 

「《愛を謳う天使》、ネリー!!」

 

 名乗ると同時に、12個の球体が歓喜を上げるように瞬く。

 

 これこそが、彼女の新しい永遠神剣。その名は、第二位《純潔》。

 

 そう、それはかつて、強大な力を秘めし7本の神剣に数えられた1つ。《絆》と同じ理の1つ、愛を司る強力な永遠神剣である。

 

 創世記戦争の折それまでの主を失い、自身も大きく傷ついた《純潔》は、第八位の神剣に身をやつし、ただひたすら、己の主が現れるのを待っていたのだ。

 

 そしてその主こそ、このネリーに他ならなかった。彼女こそ、かつての《純潔》の主の生まれ変わった姿だったのだ。だからこそ、期せずして《純潔》はネリーの元へ辿り着いたのだ。2万周期もの旅路の果てに。

 

 莫大な量のオーラフォトンが開放される。

 

 ネリーは戦場上空を旋回しながら、オーラを振りまいていく。

 

「マナよ、我に従え。静寂を持ちて全てを包み、彼の者達の刃に火を灯せ!!」

 

 薄桃色のオーラフォトンは、ネリーが詠唱する毎にその量を増していく。

 

「サイレント・リザレクション!!」

 

 光が、ゆっくりと辺りを包み込んでいく。

 

 それは、ミトセマールに捕まっている者達の上にも降り注いでいく。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 初めに目を覚ましたのは、シアーだった。

 

 ントゥシトラにやられた傷が消え、先程まで失われていた活力が戻っている。

 

 相変わらず四肢は拘束されたままだが、それでも動けないほどではない。

 

 周りを見ると、捕まっていた他の皆も同様らしく、皆一様に顔を上げ、怪訝な表情を浮かべていた。

 

 その時、上空から12条の光が降り注いだ。

 

 光はスピリット達を拘束している鞭を次々と打ち抜き、自由にしていく。

 

「クソッ!?」

 

 その状況に舌打ちするミトセマール。

 

 正確無比な攻撃は、細い鞭を的確に撃ち抜いていく。

 

 このまま武器に対する攻撃が続けば、最悪神剣の破壊も有り得る。

 

「チッ、仕方が無いね。」

 

 このままでは堪らないとスピリット達の拘束を解き、《不浄》を巻き戻した。

 

 拘束を解かれたスピリット達は次々と地面に落下する。

 

 活力が戻ったとは言え、すぐには体は言う事を聞かない。

 

 そこへ、2体のエターナルが迫る。

 

「ントゥシトラ!!」

「ンキュゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 ミトセマールの言葉を受けて、ントゥシトラが空間に炎を作り出す。先程、ネリーの体を焼き尽くした炎である。これで全て焼き払ってしまおうと言うのだ。

 

回復したばかりですぐには動けないスピリット達に、その紅蓮の炎をかわす術は無い。

 

 急速に迫る炎。

 

 その前に、ネリーが立ちはだかる。

 

 仲間を守るように立つネリーは、両手を揃えて前に突き出すと、前方の空間にオーラフォトンで造ったシールドを張り巡らせる。

 

 そこへぶつかる、炎の奔流。

 

 戦闘開始当初の対峙では3対1にも拘わらず、拮抗させる事すら出来なかった。

 

 しかし今、ネリーのシールドは小揺るぎせずに炎を受け止める。

 

 対してントゥシトラは、驚いてその大きな眼を見開く。まさか、生まれたばかりのエターナルに、自分の魔法を防がれるとは思ってもいなかったようだ。

 

 ントゥシトラの炎を防ぎながら、ネリーは背後を振り返る。

 

 ようやく活力が廻り始めたのか、スピリット達はよろけながらも立ち上がってくる。

 

「コウイン!!」

 

 そんな中、まだ呆気に取られているエトランジェを呼び出す。

 

「こっちはネリーが何とかするから、コウインは皆をお願い!!」

「あ、ああ、判った。」

 

 ネリーの言葉で我に返ったコウインは、先程まで念仏を唱えようとしていた手に再び《因果》を取る。

 

 状況はいまいち飲み込めないが、それでも反撃のチャンスであると言うことは理解できた。

 

「行くぜ皆。どうやら、立ち止まってる場合じゃないようだ!!」

 

 コウインの言葉に、スピリット達が立ち上がるのが気配でわかった。

 

 それを受けて、ネリーはントゥシトラの炎を弾き返す。

 

 12個の結晶を従え、2体のエターナルと対峙する。

 

 自身の炎を弾かれプライドを傷付けられたのか、ントゥシトラの目が充血していく。

 

 その横に立つミトセマールも、苛立たしそうに《不浄》の柄を弄んでいる。

 

「やってくれるじゃないのさ。」

「フシュウゥゥゥゥゥゥ。」

 

 ミトセマールは鞭を元の長さに戻し、構える。

 

 ントゥシトラも目を輝かせ、神剣魔法の準備をしている。

 

「でもね、たかが生まれたばかりのエターナル如きが、あたしらに敵うと思ってるのかい?」

 

 そう言うと、挑発するように鞭を地面に叩きつける。

 

 対してネリーは、その小柄な容姿からは不釣合いな不敵な笑みを浮かべる。

 

「そっちこそ、後悔しないでよね。」

 

 そう言うと同時に、12個の結晶は発光を始めた。

 

 

 

「まずい、今、この状況での戦力バランスの傾きは・・・・・・」

 

 トキミの式紙を使った攻撃を払い除けながら、アーネリアは周囲に視線を走らせる。

 

 新たなエターナルが現れ、ミトセマールとントゥシトラを抑えに掛かっている。更に、先程まで死に掛けていたスピリット達も力を取り戻し、反撃に転じている。対して味方のエターナルミニオン達は不意を突かれ、精鋭ラキオス軍の連携攻撃の前に翻弄されている。

 

 状況は変わった。数では相変わらずこちらが勝っているし、質の面でも負けていない。

 

 だが、肝心の勢いが敵に移っている。

 

 これを再び取り戻すには、決定的な勝利が必要だ。

 

 トキミを鋭い目で見据える。

 

 その為にも、今ここでこのカオス・エターナルを倒す。それで状況はリセットされ、再び流れはこちらに勝る。

 

 そう考えて《忠節》を構える。

 

 その時だった。

 

 対峙するトキミの中で、オーラフォトンが膨張する。

 

「いつまでも、良い気ではいさせませんよ。」

 

 手にした《時詠》の他にもう1本、《時果》が構えられている。

 

 トキミが持つ3本の神剣の内、2本が構えられた事になる。

 

「クッ!!」

 

 戦慄する。

 

 セツナやメダリオのような単純な二刀流ではない。まったく異なる永遠神剣2本を構えているのだ。その力は、推し量ることすら難しい。

 

 トキミの中で、多くのビジョンが逆巻く。

 

 それは、確たる未来の情景。時に干渉する権能を与えられたトキミの力を、一時的に最大限に解放される。

 

「させるか!!」

 

 触発されるように、アーネリアは駆ける。

 

 いかに敵の力が強大であろうと、その力が発動される前に叩き潰せば問題は無い。

 

 一定のリズムを伴って繰り出される剣技。3段目に必殺を置く、超高速剣。

 

 だが、

 

「無駄ですよ。」

 

 瞳を閉じたトキミは、ただ冷静に言葉を紡ぐ。

 

「いかにあなたが速く動こうと、時間ごと速くなる私には敵いません。」

 

 アーネリアの剣技は、4次元に干渉して加速するほどの秘剣。どれだけ警戒していようと、時間を加速されるのだから、回避は困難となる。

 

 だがそれは、今のトキミにとっては大して不利な要素にはなり得ない。相手が時間を加速するなら、トキミはその加速された時間の更に先を見れば良いのだ。

 

 次の瞬間、トキミの体はアーネリアに正面を塞ぐように現れる。

 

 その手には、オーラフォトンを込められた《時果》がある。

 

 正確に未来を読み取り、最適な瞬間、最適な箇所に最大の攻撃を繰り出す。これぞ必殺の一撃、クリティカル・ワン。

 

 アーネリアは何とか攻撃を回避しようとするが。それは無駄な行動に過ぎない。

 

 既にトキミは、アーネリアの回避行動を読み取り、その先を見て攻撃を仕掛けている。

 

「クッ!?」

 

 呻くアーネリア。

 

 その胸の中央に《時果》の刃が突き刺さった。

 

手に握った《忠節》が零れ落ちる。

 

 全身から力が抜けていくのが判った。

 

『だ・・・駄目だ・・・・・・』

 

 どうにか意識を保とうとするが叶わず、深遠の闇へと堕ちていく。

 

 崩れ落ちる直前、誰かに抱き止められた気がしたが、それが誰なのか確認する前に、意識は途絶えた。

 

 

 

 飛んでくる炎を空中で錐揉みするような機動でかわし、ネリーは魔法の詠唱を続ける。

 

 漲る様な力が魂から湧いて来るようだ。スピリットだった頃からは考えられない。

 

 そのネリーに向けて、地上から細い枝が飛んでくる。

 

「調子に乗るんじゃないよ!!」

 

 大統領府の屋根の上に飛び乗ったミトセマールが、空中に跳び上がりながらネリーを追撃してくる。

 

 対してネリーは、鞭の先端を冷静に見据え、急上昇を掛けて回避する。

 

 その状態から、付き従う12個の結晶球体を展開、オーラフォトンを充填する。

 

「喰らえ!!」

 

 凛とした声と共に、球体の中でオーラフォトンが物質化され、加速する。

 

「オーラフォトン・バースト!!」

 

 詠唱完了と共に、12発の光の槍が射出される。これが先程《不浄》を攻撃し、スピリット達を解放した魔法だ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、12条の光を回避するミトセマール。

 

 エターナルとして生まれ変わったネリーは、遠距離戦闘に特化したバトルスタイルを持つ。対して中距離戦闘型のミトセマールでは少々分が悪い。

 

 ネリーはなおも、逃げるミトセマールを追って砲撃を続ける。

 

 その狙いは徐々に正確になり、ミトセマールを追い詰めていく。

 

「当たれェェェェェェ!!」

 

 気合と共に、12条の閃光が放たれる。

 

 その内3発が、ミトセマールを捉えた。

 

「グアァァァッ!?」

 

 命中箇所は背中、左腕、右足。

 

 高い魔法耐性が幸いしていずれも軽傷で済んでいるが、それでも当面はまともに動くことも出来ない。

 

 そこへ、上空から薄桃色の翼をはためかせてネリーが迫ってくる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに《不浄》を掲げようとする。

 

 だが、その前にントゥシトラがネリーの前に立ちはだかる。

 

 その巨大な目が光り、神剣魔法を撃つ体勢に入る。

 

 対してネリーも、周辺のマナに呼びかけ、神剣魔法の詠唱に入った。

 

「マナよ、我に従え。漆黒の断崖より大いなる羽ばたきを持ちて、蒼天に舞え!!」

 

 手に余るほど莫大な量のマナがネリーの下に集まり、オーラフォトンへと変換されていく。

 

 青く澄んだオーラフォトンは吹雪へと変わり、大きな翼のように広がる。

 

「フリージング・フェニックス!!」

 

 吹雪は、巨大な鳥の形を形成する。

 

 雄雄しく翼を広げ、長い尾を幾重にも従えるその姿は、まさしく伝説の神獣フェニックスその物である。

 

 吹雪のフェニックスと煉獄の炎が真っ向からぶつかり合う。

 

 極大まで肥大化しプラスとマイナスのエネルギーが、お互いを食い潰そうと侵食を始める。

 

 次の瞬間、フェニックスは炎を突き破った。

 

「ンキュゥゥゥッ!?」

 

 驚くントゥシトラ。

 

 その異形の怪物を、吹雪のフェニックスは巨大な翼で包み込み、急速に凍化していく。

 

「そ、そんな馬鹿な・・・・・・」

 

 その光景を見ていたミトセマールの口から、呻きが漏れる。

 

 ントゥシトラは炎を統べる永遠神剣《炎帝》を持つ存在。自身も、炎の世界の王であった者である。

 

 その炎の王を、まさか氷漬けにする存在がいようなどと、思いもよらなかった。

 

 一方でネリーはと言うと、2体のエターナルが特別脅威でもなくなったと悟ると、踵を返して塀の外へと向かう。

 

 塀の外では、復活したスピリット隊がエターナルミニオンの大軍相手に奮闘している。そちらを、援護しに向かったのだ。

 

「クッソォォォ・・・・・・」

 

 生まれたばかりのエターナル相手に、こうも完膚なきまでにやられた事が、プライドを傷付けられた。

 

 それはントゥシトラも同様らしく、辛うじて氷の不死鳥から逃れ、こちらに向かってくるのが見えた。

 

 唇を噛む。

 

 これ程の屈辱を感じた事のは、何100年ぶりだろう?

 

「この恨み、必ず晴らすよ。」

 

 吐き捨てるように呟くと、背後に門を開く。

 

 とにかく、自分にしろントゥシトラにしろ、これ以上の戦闘続行は不可能だ。一度キハノレに戻り、体勢を立て直すしかない。

 

 そう考えてミトセマールは、ントゥシトラを従えて門の中に消えていった。

 

 

 

 今や、状況は完全にラキオス側に傾いていた。

 

 新たなエターナル、《愛を謳う天使》ネリーの参戦により、それまで押される一方であったラキオス軍は力を取り戻し、数においては圧倒的なはずのエターナルミニオン相手に善戦している。

 

 更に《忠節の騎士》アーネリアは《時詠》のトキミの前に倒れ、《不浄》のミトセマール、《業火》のントゥシトラも、ネリーに倒され撤退した。

 

 2体のエターナルを退けた事でフリーハンドを得たネリーは、スピリット隊の援護に回り、その持ち前の砲撃能力を遺憾無く発揮、上空からエターナルミニオン達を次々と撃ち倒していく。

 

 そして、ここにも1人、

 

 執念と矜持を賭けて立ち上がる、《黒衣の死神》の姿がある。

 

「・・・・・・貴様、不死身か?」

「・・・・・・まさか。」

 

 自嘲気味に笑うセツナ。

 

 その体は袈裟懸けに斬られ、そこから流れ出る血がマナの塵へと変わっていく。

 

 このコートは防刃繊維の上からマナで加工され、耐久性を高めてある。それをこうもあっさりと切り裂くあたり、タキオスの戦闘力の高さが伺えた。

 

 本来なら消滅してもおかしくない深手。

 

 それだけの傷を受けてなお、セツナは両手に持った《絆》を掲げる。

 

「ただ、あいつの前で無様な姿は出来ないってだけだ。」

 

 セツナは決断する。

 

 アレを使う、と。

 

 崩れ落ちそうになる膝に力を込め、ゆっくりと前に出る。

 

 その姿を見て、タキオスへ口元に笑みを浮かべる。

 

「その意気、良し。だが、」

 

 大気中のマナがダークフォトンとなり、《無我》へと収束していく。

 

「今の貴様に、これがかわせるか?」

 

 唸りを上げて、ダークフォトンは黒い刃と化す。

 

 対して、セツナが集めるオーラフォトンの量は微々たる物だ。これではとても、タキオスの一撃には耐え切れそうに無い。

 

 だが、それでもセツナは退こうとしない。まっすぐにタキオスを見据えて対峙する。

 

「行くぞ!!」

 

 振り下ろされる刃。

 

 空間すら断ち切る巨大な剣が、セツナの頭上に迫る。

 

 それを見据え、

 

 セツナは詠む

 

 その、詩文を、

 

「南天の空に焔は踊り、不死なる翼はその身を燃やす。されど我が身は、滅びず!!」

 

 体内がオーラフォトンで満たされ、弾ける。

 

「朱雀、召還!!」

 

 次の瞬間、タキオスの剣はセツナの頭上へ振り落とされた。

 

 刃は頭から駆け抜け、胴体を切り裂く。

 

 地面が抉れた瞬間、大量の砂塵が舞い上がった。

 

 膨大なダークフォトンがほつれ、大気へと戻っていく。

 

「やったか・・・・・・」

 

 満足げに、タキオスは呟く。

 

 自身の剣がセツナの体を切り裂くところを見た。あれではいかにエターナルでも助かるまい。

 

 やがて、砂塵が晴れる。

 

 視界が徐々に開けて行き・・・・・・

 

 次の瞬間、タキオスは絶句した。

 

 その視界の先、晴れた砂塵の中に、

 

 セツナの姿がある。

 

 その姿は攻撃前と変わらず、口元には不敵な笑みを浮かべている。

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

 呻くタキオス、

 

 見たところタキオスの剣は、セツナの体を確かに貫通している。にも拘らず、セツナの体にはその際の傷がまったく付いていない。

 

 つまり、セツナは大質量とも言えるタキオスの攻撃をその身に喰らい、そのまま透過させてしまったのだ。

 

 風は捉える事が出来る。大地は掴む事が出来る。水は掬う事が出来る。だが、炎を掴み取る事が出来る者など存在しない。これこそが、朱雀の能力。己の体を構成するマナを極限まで薄め、魔法、物理を問わずあらゆる攻撃を透過させる。言わば、攻防一体の盾。

 

 その瞬間を逃さず、セツナは動く。

 

 素早く朱雀を解除、同時に白虎と青龍を並列起動、フルドライブまで加速する。

 

「喰らえ、タキオス!!」

「うぬっ!?」

 

 危険を感じ《無我》を戻そうとするタキオス。

 

 しかし、もう遅い。

 

 《黒衣の死神》はその両手の剣を持って、過剰なる殺戮劇を演出する。

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 僅か1秒の間に放たれる超高速240連撃。

 

 今度は、何ひとつとして、セツナの攻撃を阻む物は存在しない。

 

 その剣戟は、余す所無くタキオスの体に叩き込まれた。

 

 

 

「すいませんが、今、この娘を失うわけにはいかないんですよ。」

 

 立ち尽くすトキミの前に、白い法衣を身に纏った青年が立つ。

 

 その腕には、トキミが倒したアーネリアの姿がある。

 

 胸を貫かれ、その身から力は失われている。最早、戦う力は残されていない事は明白だ。

 

 だが、またも新たな敵がトキミの前に立ちはだかった。

 

「《冥界の賢者》、ハーレイブ・・・・・・」

 

 《時詠》を構える。

 

 既に切り札であるクリティカル・ワンを使ってしまい、トキミ自身も限界に近い。だが、背中を見せて生き残れるほど、生易しい相手ではない事は先刻承知している。

 

 ジリッと前に出るトキミ。

 

 だが、そんなトキミに対し、ハーレイブはスッと右手を掲げた。

 

「やめましょう。」

「・・・え?」

 

 意外な申し出に、呆気に取られるトキミ。

 

 そんな相手の反応が面白かったのか、ハーレイブは薄笑いを浮かべて先を続けた。

 

「今の私に、あなたと戦う意思はありませんよ。今日は、この娘を回収しに来ただけですから。それに、あなた自身、もう限界なのでしょう? 無理はいけませんよ。」

「クッ・・・・・・」

 

 見透かされていると悟り、トキミは黙る。

 

 そんなトキミの様子に満足を覚え、ハーレイブは笑う。

 

「ここは、我々の決着の地ではありませんよ、トキミ殿。」

 

 そう言うと、背後に門を開き、その中へと消えていく。

 

「それでは、失礼します。ああ、そうそう、セツナ君にはよろしく言っといてくださいね。」

 

 そう言うと同時に、ハーレイブを飲み込んだ門は消えていった。

 

 それを確認すると同時に、トキミは肩を落とす。

 

 何はともあれ、何とか勝つ事が出来た。そして、いつの間にか流れもこちら側にある。

 

「さて、これからですね。」

 

 気持ちを切り替えると、自身も味方を援護すべく《時詠》を構え直した。

 

 

 

 タキオスは膝を突く。

 

 全身からダークフォトンの煙が噴き出し、力が奪われて行くのが判る。

 

 そのタキオスの前に、《黒衣の死神》が立つ。

 

「・・・・・・さすがだな。」

 

 まともに技を喰らって、なおも致命傷とならないタキオスの頑健さに、正直舌を巻く思いだった。

 

「あの一瞬で、全ての力を防御に回して耐え切ったか。まったく、恐れ入る。」

「そういう貴様こそ、その防御を突き破って、俺にここまで傷を負わせるとはな・・・・・・」

 

 タキオスも、不敵な笑みで応じる。

 

 スッと立ち上がる。

 

 その全身は切り刻まれ、至る所に傷付いているが、それでも分厚い筋肉を貫通しているものはひとつとして無い。

 

 対してセツナも、先程のタキオスの攻撃が効き始め、最早立っているのがやっとの状態だった。

 

「引き分け、って事で良いか?」

「俺と貴様はな。」

 

 タキオスは頷く。両者戦闘不能である以上、ここでの手打ちが妥当と考えた。

 

「だが、戦い自体はお前達の勝ちだ。」

 

 既に援護に入ったネリーの攻撃で、エターナルミニオン達はその大半が倒され、数を減らしている。また、タキオス含めて戦線投入されたエターナル4人が、全員戦闘不能に陥ってしまった。

 

「残念だが、作戦は失敗のようだ。」

 

 さほど残念そうでもない口調で、タキオスは言った。彼にしてみれば、楽しい勝負が出来ることが、戦いにおける第一条件なのだろう。戦争も作戦も、その為の手段でしかない。ましてか勝利など、おまけの産物でしかないようだ。

 

 タキオスは背後に門を開く。

 

 その視線は、上空を飛び回り砲撃を放つ、薄桃色の翼に向けられている。

 

「しかしまさか、あの状況から逆転されるとは、思わなかったぞ。」

 

 そう言って、笑みを見せる。

 

「ではセツナ、次を、楽しみにしている。」

 

 タキオスの体が門に消えていく。

 

 それを見届けた後、セツナは《絆》を鞘に収めた。

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 まさに、奇跡の逆転劇。

 

 中盤まで続いていた絶望的状況を跳ね除け、ラキオス軍は勝利を掴み取ったのだ。

 

 ネリーの攻撃によって戦力の大半を喪失したエターナルミニオン達は、エターナル達を追うように撤退。その進路が北に取られていた事を考えると、どうやらヨーティア達の予想通り、敵の本拠地はソーン・リームにあると見て、間違いはなさそうだ。

 

 戦闘に勝利したラキオス軍は、当初の作戦目的の通りエーテル変換施設を制圧。既に、技術のあるスピリット数名が作業に掛かり、本土の施設とつなぐ準備を進めていた。

 

 これで、本国のエーテル事情は解消されるだろう。また、ラキオス軍は決戦に向けて貴重な足掛かりを得たのだ。

 

 そして今、この戦いにおける最大の功労者が、恐らくは今回最大の敵であろう少年と対峙していた。

 

 

 

「どうしてなの・・・・・・」

 

 ネリーの言葉が、鼓膜を刺激する。

 

 もう、言葉は交わらないと思っていた。

 

 想いは、交わらないと思っていた。

 

 だが、今こうして、再びネリーは、セツナと対峙している。

 

「どうしてあの時、ネリーも連れてってくれなかったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言。

 

 その質問に対する答えは、持ち合わせていなかった。

 

 どんな理由を述べた所で、自分が彼女を裏切ったのは事実。どれだけ正当な理由を並べ立てたところで、それらは口から出た瞬間、詭弁と成り果てる。

 

「答えてよセツナ!!」

 

 声を荒げるネリー。

 

 正直、彼女がここまでセツナをなじる事は、初めてだった。

 

 彼女自身、頭の中が混乱して纏まりがなくなっている。

 

 本当はこんな事が言いたいんじゃない。

 

 こんな事がしたいんじゃない。

 

 本当は、今すぐ抱きついて、

 

 抱き締めてもらって、

 

 今まで寂しかった分を埋めれるくらい、いっぱい甘えたい。

 

 でもそれでも、口を突いて出るのは罵倒の言葉だけだった。

 

「ネリーは・・・・・・あたしは・・・・・・すごく・・・すごく寂しかった・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「セツナの記憶は無くて、その暖かさだけが残っていて・・・・・・でも、それが何なのか判らなくて・・・・・・自分が変になったんじゃないかって、何度も悩んだ・・・・・・」

 

 言っている内に、瞳から涙が零れる。

 

 どれだけ、この時を待っていたのだろう?

 

 だからこそ、万感の想いを込めて、言葉を紡ぐ。

 

「セツナ・・・大好きだよ・・・・・・もう、あたしを置いて、どこにも行かないで・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言。

 

 ただ、ゆっくりと歩み寄り、

 

「・・・・・・済まなかった。」

 

 抱き締めた。

 

 それが、限界だった。

 

 その瞬間、ネリーは堰を切ったように泣き始める。

 

「セツナ・・・セツナ・・・セツナセツナセツナセツナァ!!」

 

 短い腕を力一杯伸ばし、必死に背中に回す。

 

 セツナも優しく、自分の胸の中に戻ってきた恋人を抱き締める。

 

 その様子を遠巻きに見ていたコウイン達は苦笑すると、気を利かせて離れていく。

 

 なおも泣きじゃくるネリー。

 

 そのネリーの髪をそっと撫でるセツナ。

 

 自分は一度、この少女を裏切った。

 

 ならばもう二度と、この娘を悲しませるようなことはするまいと、心に刻み込んだ。

 

 

 

第36話「愛を謳う天使」     終わり