大地が謳う詩

 

 

 

第34話「エターナルVSエターナル」

 

 

 

 

 

 

 夢を、見ているのだろうか?

 

 ともすれば消えそうになる意識の中で、ネリーはそう考える。

 

 目の前に、あの人がいる。

 

 黒髪に黒い瞳、漆黒のロングコート。

 

 まさに、イメージしていた通りの姿でそこに、あの人がいる。

 

「・・・あ・・・・・・・・・・・・」

 

 気付いた点がある。この人、左の頬に傷がある。頬の真ん中辺りから首筋に向かって大きく。それに、記憶にあるのと、武器が少し違う気がする。

 

 しかしそれでも、あんなに恋焦がれる程想っていた存在が、今、自分を抱き上げてそこに立っている。それは間違い無かった。

 

 勿論自分は、あの人の顔を知らない。声も聞いた事がない。細部の記憶はほとんど曖昧だ。

 

 だがそれでも、確信がある。

 

 この人に間違いない。この人こそが、自分の・・・・・・

 

 そんな思惑を他所に、セツナはスッとネリーを地面に下ろした。

 

「あ・・・あの・・・・・・」

 

 聞きたい事がたくさんあった。

 

 あなたは、誰なのか。あなたは、自分の何なのか。

 

 だが、そんな想いを他所に、セツナはネリーに背を向ける。

 

「後は・・・任せろ・・・・・・」

 

 背中越しに、低い声で告げる。多くは語らない。その意識は既にネリーから、対峙するエターナルに向けられているのだ。

 

 敵は2人。いずれも、手練。

 

 かつての、エトランジェ時代のセツナなら、決して敵わなかったであろう。だが、今はセツナもエターナル。基本的な条件では互角。あと残る不利な要素は、1対2と言う状況と、経験の差だけである。

 

 いかに第二位の強大な力を持つ神剣の主とは言え、セツナはエターナルとしてはまだ産まれたばかりである。経験の差はいかんともし難い。その差をいかに埋めるかが、勝負の鍵と言えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 チラッと、周囲に視線を走らせる。

 

 正面、エターナル達の背後にキョウコが倒れており、視線をやや左にずらした辺りにウルカが倒れている。

 

『・・・・・・キョウコ・・・・・・ウルカ・・・・・・済まん、少し遅れた。だが、まだ生きているな。』

 

 周囲に満ちたマナが、微かに2人の鼓動を伝えてくる。辛うじてだが、2人はまだ息があるようだ。

 

『待ってろ・・・すぐ、助ける。』

 

 そう心の中で呟くと、セツナは右手を肩越しに背中に回す。

 

 《絆》の姿は、刃渡り約1メートルから成る大刀サイズの日本刀2本から成り立っている。その2本を1本の鞘に収め、背中に右肩から左腰に袈裟懸けに背負っている形になる。ただ形状や造り、拵えは確かに日本刀なのだが、独特の反りが少なく、若干、細身片刃の長剣と言うイメージがある。

 

 その内の1本を抜き、無行の位に構えた。

 

 迸る殺気は周囲のマナに反応し、2人のエターナルを貫く。

 

 対するメダリオとタキオスは、微動だにせずにセツナの殺気を受け止める。

 

「ほう。」

 

 感心したように言葉を出したのは、タキオスだった。

 

「良い殺気だ。貴様が、テムオリン様がおっしゃっていた、異分子だな。まさか、エターナルとなって現れようとはな。」

 

 先程の動き、決して並みの力の持ち主では無いと、タキオスの戦士としての勘が告げる。同時に心が、歓喜に震えるのが判った。

 

 タキオスにとって今回のラキオス攻略任務は、正直なところ退屈でしかなかった。

 

 弱い生き物をいたぶる趣味は、彼には無い。より強い者と命のやり取りをする事こそ、彼の望みであり、生きがいである。そこに勝敗は関係無く、過程をこそ楽しむと言う、典型的な戦闘狂だった。

 

 そんな退屈極まりない任務の中で、予想外過ぎる獲物が飛び込んで来てくれた物だ。タキオスとしては、自身の昂ぶりを抑える気は無かった。

 

 だがタキオスが前に出る前に、脇にいたメダリオが両手の《流転》を構えた。

 

「タキオス殿、ここは僕にやらせてくださいよ。」

「お前が?」

「はい。」

 

 そう言うとメダリオは、セツナに向かって歩を進める。

 

 口には出さないが、メダリオは苛立っていた。

 

 先程、自分の目の前から鳶に油揚げの如く獲物を攫っていった乱入者。今すぐにでも、その乱入者をズタズタにして地面に這い蹲らせなければ、正直気が済まなかった。

 

 少し考えてから、タキオスは言った。

 

「良いだろう、任せてやる。」

 

 そう言うと腕組みをして、両者を見据える。

 

 タキオスとしては、セツナの実力を見極めたいところであった。

 

 確かに不確定要素でありその実力の高さも窺い知れるが、それが真実かどうか、果たして本当に、自分と戦うに足る者かどうか見極めたかった。

 

 セツナがメダリオに倒されればそれで良し。自分の手間が省けるし、無駄な時間を過ごさずに済む。逆に、メダリオがセツナに倒されたとしても、タキオスとしては自身の欲求を満たせると言う意味で、是非も無い話であった。

 

 メダリオはセツナの前まで来ると、足を止める。

 

 次の瞬間、高速で斬撃を繰り出す。

 

 前置きを一切無しに、いきなり殺気をむき出しにした一撃をセツナに叩き付ける。

 

「ッ!?」

 

 速い。

 

 とっさに、《絆》で振り払うセツナ。

 

 だがすぐにメダリオは、左の剣を繰り出してセツナを斬り付けて来る。

 

 左右からの絶え間ない攻撃に、セツナは攻勢に転じる機を掴めない。

 

『さすがに並みではない、か。』

 

 セツナは足に力を込めると、次の斬撃が来る前に跳躍。一気に距離を取ってメダリオの間合いから逃れる。

 

 だが、

 

「・・・それで、逃げたつもりですか?」

 

 低い声と供に、メダリオは両方の剣を振るい、その切っ先より衝撃波を発生、セツナに向けて打ち出す。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 対してセツナは、飛んでくる衝撃波を見据えつつ、回避可能な攻撃は回避し、回避が不可能な攻撃に対しては《絆》を振るって切り払っていく。更に衝撃波は飛んでくるが、セツナはメダリオを中心に円を描くように移動、巧みに照準を付けさせない。

 

「面倒ですね。」

 

 低く呟くと同時にメダリオは地を蹴り、一気にセツナとの間合いを詰める。

 

 遠距離攻撃では埒が開かないと判断したのだろう。接近戦に切り替えるようだ。

 

 間合いを詰め、両手の剣を同時に繰り出してくる。

 

 左右10撃ずつ、合計20撃。セツナの逃げ道を塞ぐように、斬撃の壁を作り出す。

 

 対するセツナは《絆》の刀身にオーラフォトンを充填、作り出された壁に対し一閃する。

 

「クッ!?」

 

 二十の攻撃を、セツナは僅か一撃で払い除けた。

 

 剣を弾かれ、思わずよろけるメダリオ。

 

 そこへ、セツナはメダリオの腹目掛けて、鋭い蹴りを繰り出した。

 

 だが、

 

「フッ!!」

 

 短く息を吐きながらメダリオは後退、セツナの蹴りを間一髪で避ける。そして、再び距離を詰めて、剣を繰り出す。

 

 2本の剣から繰り出される攻撃はまるで舞うように流麗で、一種の剣舞を思わせる。しかも、儀式などで用いられる儀礼剣舞ではない。実戦の為に最適化され、効率良く敵を倒す剣舞だ。

 

 右を弾けば左、左を弾いたかと思えば右、隙を見て反撃に転じれば、一瞬でメダリオはセツナの間合いから離れ、刃は虚しく空を切る。

 

「・・・・・・」

 

 セツナは素早く目を走らせる。

 

 メダリオの攻撃は左右から同時に、挟み込むように迫ってくる。

 

 先程の連続攻撃よりも格段にスピードが増し、払いのける余裕は無い。

 

『仕方ない・・・・・・』

 

 セツナは心の中で溜息を付く。

 

 出来ればあまりこちらの手の内を見せずに勝ちたかったが、さすがにそれは虫が良すぎたようだ。

 

『やるぞ・・・《絆》。』

 

 呟くような言葉に、手にした刀は歓喜に震えるように輝きを増す。

 

 迫る、2本の刃。

 

 その瞬間、セツナの瞳が鋭く輝く。

 

「白虎、起動!!」

 

 周囲のマナを取り込み、体内でオーラフォトンに変換する。

 

 黒衣に包まれた体が一瞬光を放ったかと思うと、セツナの視界の中で世界が、急速に動きを止めていく。

 

 実際には世界の動きが止まっているのではなく、セツナ自身が速く動いているのだが、それでもセツナの認識では、逆になってしまう。

 

 知覚速度、反応速度、運動速度が一気に跳ね上がる。《麒麟》だった頃、その倍率は10倍だった。だが今セツナが持つ永遠神剣はより高位の《絆》。その倍率は、かつての比ではない。その数値は、実に60倍。最早、エターナル級の存在でなくば、セツナの動きを見極める事は不可能である。

 

 急激にスピードが上がった事で、セツナの視界の中でメダリオはその動きを止めた。

 

「喰らえ・・・」

 

 低い呟きと供に、逆袈裟に《絆》が繰り出される。

 

 だがメダリオも、さすがはロウを実質束ねる《法皇》テムオリン配下に名を連ねるエターナル。すぐにセツナの動きに自身も対応させ、その斬撃を、上体をのけぞらせる事でかわそうとする。

 

 だが、かわし切れずに切っ先が胸を掠める。

 

「クッ、馬鹿な・・・・・・」

 

 呻くように言いながら胸の傷を抑えつつ、セツナの間合いから逃れる。

 

 だが、今度はセツナがメダリオに対し追撃を掛ける。

 

 今、メダリオはセツナの突然の反撃によって体勢を崩している。その好機にセツナは、生まれ変わった白き獣を従えて前に出る。

 

 間合いに入ると同時にフルドライブ、白虎による運動加速を腕へと集中させる。

 

 エターナルとなり、各権能もそれぞれバージョンアップされている。白虎の場合は単に速度の倍率が上がっただけではなく、体の各部位にその力を集中させる事によって、瞬間的にだが更に倍の加速を得る事ができるのだ。

 

 《絆》の刀身にオーラフォトンを込める。

 

「・・・・・・駆け抜けろ・・・・・・」

 

柄を両手で持つと、刃を返し、タイムラグを置かずに振り下ろす。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 《絆》を持つ、セツナの手が霞み、肉眼では追いきれなくなる。

 

 かつての最速剣である蒼竜閃は、速度を得る代わりに威力を犠牲にしていた。しかし、この新たな技は違う。

 

 速度は戦闘補助である白虎に任せ、セツナ自身はオーラフォトンを最大限威力に振り分ける事ができる。

 

通常の120倍の速度で繰り出される最速の剣がメダリオに迫る。その速さは既に光速度の約40パーセントと言うでたらめな数値に達している。

 

 スピードは、そのまま威力に変換される。

 

 そのスピードに、思わずメダリオは息を飲む。

 

「そんな、僕より、速い!?」

 

 呟いた瞬間、《絆》の刃がメダリオの肩を捉える。

 

 今度はかわしきれず、左肩から袈裟懸けに切り下ろされた。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、全力で体を仰け反らせるメダリオ。

 

 袈裟掛けに衝撃が走り、メダリオは呻く。

 

 見極める事すらできなかった。もう数ミリ刃が通っていたら致命傷だったかもしれない。

 

『しかし・・・』

 

 メダリオは薄く笑みを浮かべる。

 

 『本体』はまだ無傷だ。ならば、戦闘に支障は無い。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 メダリオは無言のまま、セツナを睨みつける。

 

 屈辱だった。何処の誰とも知れぬエターナル相手に、この自分がこうまで傷付けられるなど。

 

 対するセツナは息を吐くと、オーラフォトンを解いてメダリオを見据える。

 

『浅かったか。もう1歩踏み込めていたら、とどめを刺せていたんだが・・・』

 

 心の中で舌打ちしつつ、セツナは《絆》を構え直す。

 

 蒼竜閃と雷竜閃を組み合わせた発想から導き出した飛閃絶影の太刀だったが、初めて使った事もあって、力の加減具合を間違えてしまったようだ。

 

 一方で、自身が傷を付けられた事が、メダリオのプライドを真っ向から傷付けていた。

 

「よくも、やってくれましたね・・・・・・」

 

 これまで纏っていた余裕すらかなぐり捨て、メダリオはセツナを睨みつける。

 

 殺気を込めた視線に、周囲の大気が沸騰する。

 

 対するセツナは無表情、手にした《絆》を右手に持ち、片手正眼に構える。

 

 その内より、声が響いてきた。

 

《セツナよ。》

『何だ、《絆》?』

 

 自身の新たな相棒の声に、低い声で応じる。

 

 その間も、油断無く切っ先をメダリオに向け、常に殺気を絶やさない。現状での戦闘はセツナ有利に進んでいるが、油断できる相手では無い。

 

《遊んでおる場合かえ? 早う決めるが良い、後が支えておるぞ。》

 

 《絆》の言葉が終わらぬ内に、メダリオは構えを変える。

 

 半身に大きく引き、同時に手にした刃も螺子を巻くように最大限引き寄せられる。どうやら、最大の攻撃を仕掛けてセツナを仕留めるつもりのようだ。

 

『・・・・・・そうだな。』

 

 セツナは頷く。

 

 そして左手は、腰に回す。そちら側には、もう1本の刀が納められている。

 

 ゆっくりと陽光に刃を晒すそれは、右の刀と造りは全く同じ、反りの少ない日本刀。ただ拵えだけが、少し異なる。こちらは鍔元に、蒼い宝玉が象眼されている。

 

 右と左、セツナは掲げるように構える。期せずして、セツナとメダリオは互いに二刀を構えた事になる。

 

 次の瞬間、メダリオが動いた。

 

 全身にオーラフォトンを充填し身体能力を強化、セツナの白虎に劣らぬスピードを得て、間合いを詰める。

 

「さあ、死になさい!!」

 

 振るわれる2本の刃。

 

 体の捻りをダイレクトに剣に伝え、まるで独楽を回すように体を回転させて斬り掛かる。

 

一刀目と2刀目は、全く同じ軌道を描いてセツナに迫る。仮に一刀が防がれても、もう一刀が止めを刺すと言う技だ。シンプルだが、エターナルの驚異的な身体能力がプラスされた場合、得てしてこうしたシンプルな技の方が威力を発揮する場合が多々あるのだ。

 

 振り切られる刃。

 

 しかし次の瞬間、セツナの体はメダリオの視界から消え失せた。

 

「なっ!?」

 

 見失った相手に、思わず息を飲むメダリオ。

 

 メダリオは己が持てる、全速を持ってセツナに斬り掛かった。だがセツナは、それを上回って見せたのだ。

 

 その背後から、急速に高まるオーラフォトンの気配を感じた。

 

「何ッ!?」

 

 振り返る。

 

 そこに、光り輝く2本の刃を手にした《黒衣の死神》の姿が踊る。

 

「・・・・・・呪え・・・・・・」

 

 その口よりもたらされる、死刑宣告。

 

「今、この運命の交差路において、俺の姿を見た事を・・・・・・」

 

 その体の中で、莫大なオーラフォトンが唸りを上げる。

 

 これまでのセツナは、同時に扱える権能は1度に1つが限界であった。これは、あくまで人の身に過ぎなかったセツナの限界をも現していた。つまり、人の身では扱えるオーラフォトンの量が限られており、その量から換算すると、権能の同時使用は不可能であったのだ。

 

 しかし今、エターナルとなったセツナは、これまでに数倍するオーラフォトンを苦も無く操っている。その為、最大で2つまで、権能の同時起動が可能となったのだ。

 

「白虎、青龍、並列起動!!」

 

 2頭の神獣が、歓喜と供にセツナの内で咆哮を上げる。

 

 世界の中でセツナ自身が加速すると同時に、その脳裏に数万パターンからなる未来の情景が飛び込んでくる。

 

「フルドライブ!!」

 

 同時に起動された2つの権能は、セツナの体を加速させると同時に、その動きを最適化し、結果的に一個の戦闘マシーンを瞬間的に作り上げる。

 

 セツナの影が、メダリオへ迫る。

 

 意思を持つかの如く繰り出される2本の刃が、一瞬で閃光と化す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閃光が駆け抜ける。

 

 動きを止めるメダリオ。

 

 次の瞬間、セツナがその影に交差する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、周囲の人間は、それこそタキオスも含めて全員目を剥いた。

 

 セツナの背後に立ち尽くすメダリオ。

 

 その体から、一斉に鮮血が噴き出したのだ。

 

「ば・・・・・・馬鹿な・・・この・・・・・・僕が・・・・・・」

 

 ガックリと膝を折るメダリオ。

 

 その体はドロリと崩れ、皮膚の下から青黒い別の皮膚が現れる。目が赤く釣り上がり、指の間には水掻きがあり、よく見れば皮膚の腕や足などの各部に鱗状の物が張り付いてある。典型的な「半漁人」の姿である。元が、水生生物の王族だったメダリオの、これが「本体」であった。

 

 正体を現したメダリオはそのまま全身から血を流しつつ、その身はマナの塵となって消えて行く。

 

 最早メダリオに、この世界に現界するだけの力が無いのは一目瞭然であった。

 

 やがてメダリオは大地に倒れ伏し、そのまま風に流されるように消えていった。

 

 クロスブレード・オーバーキル。

 

 白虎と青龍を同時に起動する事で、初めて可能となる技である。

 

 ここで注目すべき点は、白虎の最大加速倍率が120倍であると言う事である。これはすなわち、外界で1秒の時間が過ぎている間に、セツナの中では既に2分の時間が経過している事を表している。その間セツナは、1秒間に1回の斬撃を繰り出している。それが両方の刃から行われるわけだから、合計で240回の攻撃を行っている事になる。それを青龍の未来予測を使って動きを最適化しているのだ。

 

 すなわち、僅か1秒の間に行われる超高速240連撃。これこそがクロスブレード・オーバーキルの正体である。更にその1撃1撃が必殺の攻撃である事を考慮すれば、まさにオーバーキル=過剰殺戮の名に相応しい攻撃だった。

 

「・・・・・・・・・・・・次は・・・貴様の番だ。」

 

 睨み付ける視線は、腕を組んで佇むタキオスに向けられている。

 

 タキオスは組んでいた腕を解き、セツナの瞳を見返す。

 

 その口元には、僅かに笑みがある。歓喜が湧き上がり、高揚感は天をも衝こうとしている。どうやらタキオスの闘争心に、セツナは見合った存在であったらしい。

 

「面白い。」

 

 タキオスは傍らに突き立てておいた《無我》を手に取る。

 

 その瞬間、肌が焼けるような風が吹く。

 

「ッ!?」

 

 セツナは思わず目を細める。

 

 その風がタキオスの放つ殺気だと気付くのに、暫く時間が掛かった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 体が焼けるようだ。周囲の大気が発火しないのがおかしいと思えるほどの熱量である。

 

 明らかに先に対峙したメダリオを、実力で上回っているのが判る。

 

《セツナ、注意せよ。あの者、並みでは無いぞ。》

『ああ・・・』

《わらわが眠っておった間にあのような剛の者が現れていようとは、聊か眠りすぎたようじゃな。》

 

 ぼやくような《絆》の声に対し、セツナは左の刀を鞘に納め、右手の刀を片手正眼に構える。

 

『無駄話は後だ・・・来るぞ。』

 

 そう呟く内に、タキオスは《無我》を八双に構える。あまりにも巨大なその刀身。コウインの《因果》が、チャチなナイフに思えてしまう。

 

「まだ、名乗っていなかったな。」

 

 タキオスは殺気で周囲の大気を撒き散らしながら、口を開く。

 

 その動作からして、既に普通では有り得ない。声が響く度に、大気が振動し、ひび割れるかのようだ。

 

「俺は、ロウ・エターナル、《黒き刃》タキオス。我が《無我》の刃にて、砕けるが良い。」

 

 言い放つと同時に、タキオスの周囲にダークフォトンが展開を始める。

 

 急速に周囲の大気を侵しながら広がるそれは、一気に収束して《無我》の刀身に込められる。

 

「行くぞ・・・俺を、失望させるなよ!!」

 

 低く響く声と供に、タキオスは《無我》を振り抜いた。

 

 そこから迸る、ダークフォトン。

 

『これは!?』

 

 目を剥くセツナ。

 

 ダークフォトンは強大な刃を形成し、立ち尽くすセツナへと向かう。セツナの鳴竜閃に似ているが、威力は次元違いである。

 

 《黒き刃》。その真名の意味を、セツナは今、実感する。

 

《よけよ、セツナ!!》

「クッ!?」

 

 《絆》の声に突き動かされ、セツナは膝を撓めて跳躍、空中へ逃れた。

 

 間一髪、刃はセツナの爪先を掠めて走り去る。

 

 黒い刃が駆け抜けた後は、地面が抉れ、完全に消失していた。

 

「喰らったらまずかったな。」

《案ずるな、速度はそなたが上じゃ。》

 

 セツナは、着地と同時に地を駆ける。

 

 対してタキオスも、《無我》を振り上げて、正面から来るセツナを迎え撃つ。

 

「ぬんっ!!」

 

 唸り声と供に振り下ろされる鉄板の如き刃。最早斬るのではなく、純粋に叩き潰す事を目的としているようにしか見えない。

 

 どちらにせよ、喰らえば致命傷である事には変わりないが。

 

 正面から迫り来る刃に、歩を緩めずに斬り込むセツナ。

 

 その刃が頭上間近まで迫った瞬間、

 

「白虎、起動!!」

 

 一気に身体能力を60倍まで加速、振り下ろされる刃の下を潜り抜け、タキオスの懐に飛び込んだ。

 

 リーチはセツナの方が圧倒的に短い。という事は、一度懐に飛び込んでしまえばセツナの方が圧倒的に有利なのである。

 

「貰った。」

 

 低い呟きと供に、立ち尽くすタキオスの肩口に向けて《絆》を振り下ろす。

 

 しかし、繰り出された刃はタキオスの体に届く事無く、その手前でストップする。

 

「これは・・・・・・」

 

 それは以前、ハーレイブと戦った時にもあった現象。タキオスが纏うオーラフォトンの壁が分厚くそれ自体が障壁と化している為、セツナの刃はタキオスの本体まで届かないのだ。

 

 次の瞬間、タキオスの豪腕に引き寄せられ、《無我》の刃がセツナに迫る。

 

「ッ!?」

 

 とっさに白虎を身に宿したままセツナは跳躍、刃が体に届く前にタキオスから離れた。

 

 着地と同時に《絆》を正眼に構えるセツナ。

 

 対してタキオスも、《無我》を地摺り八双のように構える。

 

 相変わらずその体はダークフォトンに包まれ、恒常的に張れる、絶対的な防御障壁を展開している。

 

「・・・・・・成る程。」

 

 セツナは低く呟いた。

 

「貴様を倒すには、その障壁を破る必要があるみたいだな。」

「その通りだ。だが、できるか?」

 

 挑発的なタキオスの言葉に対し、セツナは無言のままゆっくりと摺り足で前に進み始めた。

 

 

 

「す・・・すごい・・・・・・」

 

 ネリーは思わず、感嘆の息を漏らした。

 

 どうにか傷付いた体を引き摺って岩に身を預けたネリーは、その後エターナル同士の戦いに見入っていた。

 

 あの、セツナと言う後から来たエターナルは、ネリー達が6人掛かりでも傷付ける事ができなかったメダリオを、たった1人で倒してしまった。そして今また、もう1人のエターナルと戦っている。

 

『それに・・・・・・』

 

 セツナが戦っている姿が、またも脳裏にあるあの人の影と重なる。

 

 一体、誰なんだろう? なぜ自分は、この人の事を知っていたのだろう? そして、この人の事を考えるだけで、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう?

 

「セツナ・・・様・・・・・・」

 

 そっと、その名を呼んでみた。

 

 その時、視界の端に、こちらに向かってくる影が見えた。

 

 ウルカだ。どうやら、無事だったらしい。その背中には、気を失っているキョウコが背負われている。

 

「ウルカ、ッ!?」

 

 駆け寄ろうとするが体が言う事を聞かず、思わず顔を顰めた。

 

 そんなネリーの傍らに、ウルカはキョウコを下ろした。

 

「無理はいけませぬ。取り合えず、安静に。」

「キョウコは?」

 

 尋ねられて、ウルカはキョウコの脈を取り、口に手を当ててみる。

 

「どうやら無事のようです。エトランジェとしての高い防御力が幸いしました。」

「良かった。」

 

 ホッと溜息を吐いた。

 

 そこへ、背後から近付いて来る足音があるのに気付いた。

 

「ネリー!!」

 

 名前を呼ばれ視線を向けると、ヘリオンとシアーを連れて退避したルルが走ってくるのが見えた。その背後にはサポート要員として付けて貰ったグリーンスピリット2名が付き従っている。どうやら、先程のタキオスの攻撃から辛くも生き残っていたらしい。

 

「大丈夫、ネリー?」

「ネリーは大丈夫だから、キョウコと、ウルカを・・・・・・」

「いや、手前は大丈夫。それより早く、キョウコ殿を。」

 

 言われて2人のグリーンスピリットは、キョウコを見始める。

 

 キョウコは背中の傷が深く、骨を断ち内蔵にまで達していた。今はまだ命を取り留めているが、早めに処置しないと助かりそうも無い。

 

 グリーンスピリット達はキョウコの傍らに膝を突くと、アースプライヤーの詠唱を始めた。

 

「ネリーもほら、横になって。少しでも楽になるから。ウルカも、ほら。」

 

 そう言って、ルルはネリーの肩に手を掛ける。

 

 しかしネリーは、首を振る。

 

「ううん、いい。」

 

 そう呟きながらもネリーの目は戦い続ける2人のエターナル、否、その内の1人に注がれている。

 

 そのネリーの視界の彼方で、セツナとタキオスは再び激突を始めた。

 

 

 

 豪風を巻いて、鉄板の如き刃が振り下ろされる。

 

 迎え撃つように繰り出される細身の刃には、既にオーラフォトンが充填されている。

 

 繰り出される2本の刃は空中でぶつかり合い、タキオスの剣は弾かれたように軌道を逸らす。

 

 剣術と言う物は熟練すればする程、攻撃の最中において威力が最も高まる瞬間がある。その瞬間を見極め、威力が高まる前に迎撃を繰り出せば、弾く事もそれ程難しくは無い。

 

 とは言えタキオスほどの使い手となると、剣を振った時の衝撃だけで相当なレベルとなる。

 

 辛うじてタキオスの剣を弾いたセツナだが、その重い斬撃の前に手が痺れ、体がよろける。

 

 そこへ、《無我》を引き戻したタキオスが、立ち尽くすセツナを叩き潰さんと、再度斬撃を繰り出す。

 

「クッ、白虎、起動!!」

 

 迫る刃を前に、セツナは白虎を呼び起こし、体を後退させる。

 

 そこへ、地面を割らん勢いで振り下ろされる《無我》。

 

 辛うじて回避に成功したセツナだが、《無我》が振り下ろされた際の、反動の衝撃が容赦なく襲い来る。

 

 空中にあった事により、セツナの体は木の葉のように舞いながら吹き飛ばされる。

 

 どうにか体勢を入れ替え、着地に成功するセツナ。

 

 しかし顔を上げた瞬間正面から、大地を割りながら衝撃波が迫る。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら、横に飛ぶ。

 

 間一髪の所で、タキオスの攻撃はセツナが一瞬前まで立っていた場所を薙ぎ払った。

 

「ッ」

 

 こんな物を一撃でもまともに喰らえば、それだけでマナの塵になってしまうだろう。

 

 第2撃を許すわけには行かない。セツナは、その前に反撃に出る。

 

 60倍に引き延ばされた時間の中で、セツナはタキオスの剣先を見極めつつ、距離を詰めていく。

 

 急速に視界の中で広がる巨体が、凶悪な力で持って場を圧している。

 

 まるで城砦のようだ。

 

 セツナの抱く感想は、それである。

 

 タキオス自身が、まるで1枚の壁のように、セツナの前に立ちはだかっているかのようだ。

 

 《絆》が手練と言った事にも、頷ける。

 

『だが・・・・・・』

 

 タキオスが真っ向から振り下ろす剣をかわし、セツナは上空に跳躍する。

 

 こちらも、負ける訳には行かない。

 

 経験の差がどうとか、相手の実力がどうとか、そんな物は言い訳にもならない。

 

 自分の背後にはラキオスの王都が、人を捨ててまで守りたい仲間達が、敬愛する主君がいる。

 

『そして、』

 

 セツナはチラッと、視線を逸らす。

 

 その先に、岩に寄り掛かったままこちらを見ている少女がいる。

 

 自分に、退却は無い。

 

 自分に、敗北は許されない。

 

 ただ勝利、これあるのみ。

 

『フルドライブ・・・・・・』

 

 白虎の加速部位を、体全体から両腕のみに集中、一気に120倍までの加速を可能とする。同時に知覚速度も追随して加速する。

 

 降下しつつ見据える先には、セツナの速度に対応しきれずに立ち尽くすタキオスの姿がる。

 

 そこへ、セツナの剣が振り下ろされる。

 

「飛閃絶影の太刀!!」

 

 120倍の速度で繰り出される高速の斬撃が、タキオスの首へと迫る。

 

 しかし、直前でセツナの攻撃に気付いたタキオスは《無我》を振り上げ、セツナを迎撃に掛かる。

 

「ぬん!!」

 

 ぶつかり合う2つの刃より閃光が飛び散る。

 

 120倍の速度は、そのまま威力へと変換されタキオスの障壁とぶつかり合う。

 

 しかし、それだけの大威力を持ってしても、タキオスにダメージを与えるには至らない。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちすると宙を蹴るようにしてその場を離脱、距離を取る。

 

 対するタキオスも追撃せず、その場に留まって《無我》を構え直す。

 

「大した物だな。俺と、ここまで互角に渡り合うとは。久々に、血が滾るぞ。」

「・・・・・・皮肉にしか聞こえんな。」

 

 実際、セツナは何度も必殺の機にタキオスを捉えながらも、ついに一太刀も浴びせられずにいる。全て、あの障壁か《無我》によって防がれているのだ。

 

『どうする・・・・・・』

 

 並みの技では、あの障壁を突破する事は不可能。仮に突破できたとしても、タキオス本体には大したダメージは与えられないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナの手が、無意識に左の腰裏に伸び、そこにある刀の柄に触れる。

 

「それで良い。」

 

 その様子が見えたのだろう。タキオスが言った。

 

「お前が俺を倒せるとしたら、その技しかあるまい。」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前の本気、俺に見せてみろ。」

 

 そう言うと、タキオスは《無我》を掲げる。

 

 その身の内に、急速にダークフォトンが増加していく。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 大気が震える。

 

 否、

 

 そんな生易しい物ではない。

 

 立っているだけで体が分解し、マナの塵に還りそうな程、急激に締め付けられる。

 

 当然その影響はセツナだけに留まらず、少し離れた場所で見ていたネリー達にも襲い掛かる。

 

「クッ・・・か、体が・・・・・・」

「い、痛い・・・痛い・・・・・・」

 

 傷付いているウルカ、ネリー、キョウコはもとより、ルルやグリーンスピリット達まで、体中に激痛が走った。

 

 エターナルであるセツナはともかく、スピリットでは耐えられそうに無い。このままでは遠からず、マナの塵に砕かれてしまうだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、左手の刀を額に掲げた。

 

「玄武、起動。」

 

 低い呟きと供に、刀を振るう。

 

 すると、2人とネリー達との間に障壁が出現する。

 

 障壁は空間に幕を張りながら増殖し、タキオスが撒き散らすダークフォトンをシャットアウトする。

 

「こ、これは・・・・・・」

 

 自分達を守るようにして現れた障壁に、ウルカは意識を取り戻しながら呻く。あれ程苦しかった体が、障壁一枚の加護で楽になっていた。

 

「早くここから放れろ。」

 

 そんな彼女達に、セツナは冷たく突き放すように言った。

 

「いつまでも面倒は見切れん。」

 

 そう言うと、セツナは再び意識をタキオスに向けた。

 

 既にタキオスのダークフォトンは、天を砕かんとするかの勢いで収束している。はたしてこれを、打ち破る事ができるか?

 

 そんなセツナを見ながら、スピリット達は後退を始める。

 

 重傷のキョウコをグリーンスピリット2人が抱え、自力で動けるウルカは自身の足で後退、残るネリーは、ルルが肩を貸して連れて行く。

 

「ほらネリー、ちゃんと掴まって。」

「う、うん。」

 

 頷きながらも、ネリーの視線はセツナから放れない。

 

 死なないで。

 

 その言葉を、心の中で送る。

 

 彼女達が充分に離れた事を確認してからセツナは玄武を解除し、二刀を無行の位に構える。

 

 身の内で巻き起こるオーラフォトンが、眠りに付く2頭の獣を呼び起こす。

 

『白虎、青龍、並列起動、フルドライブ。』

 

 自身の視界の中で世界が急速に減速し、同時に脳裏に未来の情景が映し出される。

 

 エターナル化した事でより大出力のオーラフォトンを操れるようになり、エトランジェ時代よりも青龍のビジョンはより正確性を増していた。

 

 対するタキオスも、戦場を埋め尽くさんとするダークフォトンの全てを《無我》に集中させ、一撃に全力を掛ける。

 

 シンプルゆえの強さ。それがタキオスのバトルスタイルだった。

 

 セツナは両方の《絆》を掲げるように構える。

 

 対してタキオスは《無我》を上段に構えた。

 

 次の瞬間、両者は同時に動いた。

 

「空間ごと貴様を断つ。これが、かわせるか!!」

「クロスブレード・オーバーキル!!」

 

 振り下ろされると同時に繰り出される。空間をも断ち切る黒い刃。

 

 不可視の閃光と化し、360度全方位から襲い来る超高速240連撃。

 

 両者が、ぶつかり合う。

 

「オォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 タキオスの雄叫びが、大地をも揺るがす。

 

 剣の軌跡で空間が裂け、あらゆる物を消滅させる。

 

 それは、触れた物全てを、等しく死に導く存在。

 

 ダークフォトンによって形成されたタキオスの刃は、空間を圧して伸びて行く。

 

 その斬撃に絡みつくように、閃光が縦横に視界を舞う。

 

 タキオスの一撃に比べれば遥かに軽い。

 

 しかしその数と、攻撃速度は尋常ではない。

 

 初めの数10撃は、タキオスの斬撃の前に弾かれ霧散する。

 

 更に200撃近くまでは、障壁の前に弾かれ、効を成さず消失する。

 

 いかにオーラフォトンで強化し、一撃一撃に必殺の威力を込めようと、タキオスの攻撃と防御障壁は軽々とその上を行ってしまう。

 

 だが、それだけの攻撃を当てると、さしもの絶対防御の障壁にも歪みが生じ始める。

 

 タキオスの障壁は、攻撃時であろうとその硬度が緩む事は無い。よって、カウンター狙いによる一発逆転を図る事は不可能なのだ。

 

 だがその絶対防御の盾を、閃光は外側から削り取っていく。

 

 そしてついに、その防御網を突き破った閃光が、タキオスに襲い掛かった。

 

「う、オォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 全身を襲う斬撃に、タキオスは雄叫びを上げる。

 

 次の瞬間オーラフォトンとダークフォトンがぶつかり合い、対消滅による爆発が起こった。

 

 破壊の閃光が天をも衝かんばかりに戦場を押し包み、次いで弾ける。

 

 巻き上げられた砂塵が全てを覆い尽くして、視界を埋める。

 

 やがれ、それもゆっくり風に吹かれて晴れていく。

 

 その中から、セツナがよろめくように現れた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 体がきしむようだ。これが、人外の力を得た代償なのだろうか。

 

 だが、確かに手応えがあった。斬撃の内大半は防がれたが、数十発は確実に入り、タキオスに致命的な打撃を与えたはずだ。いかに手練のエターナルと言えど、あれ程の攻撃を喰らっては無事では済むまい。

 

 そう思った時だった。

 

 残った砂塵が晴れる。

 

 その中から現れ出でる、《黒き刃》。

 

 確かに全身に傷を負い、そこから流れ出る血が、黒い煙のように沸き立っている。クロスブレード・オーバーキルが効を奏している証拠だ。

 

 だがそれでもタキオスは顔に不敵な笑みを浮かべ、手にした《無我》の切っ先をセツナに向けている。

 

 あの程度のダメージでは、この城砦の如き男を倒す事は不可能なのだ。

 

「・・・・・・化け物め。」

 

 苦笑交じりに、セツナは呟いた。

 

 こちらは必殺の攻撃で仕掛けたと言うのに仕留めきれないとは、さすがに矜持を傷付けられた気がした。

 

「惜しかったな。」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、タキオスは言う。

 

「後、あの倍当てていれば、あるいは俺を倒せていたかもしれんぞ。」

「無茶を言う・・・・・・」

 

 あれだけ当てるのにも精一杯だったのだ。更にその倍など、正直夢のまた夢だ。

 

 だがそれでもセツナは、もう一度刀を構える。

 

『しかし・・・』

 

 どうする? クロスブレード・オーバーキルでも仕留め切れないとなると、こちらとしてもこれ以上の対応策を考えざるを得ない。

 

 こうなったら、朱雀を使うか? しかしあれは正直、タキオスの特性と相性が良くない。

 

 そう考えた時だった。

 

 それまで戦場を圧していたタキオスの殺気が、フッと和らいだ。

 

「・・・・・・?」

 

 訝るように視線を向ける中で、タキオスは掲げていた《無我》を下ろした。

 

「終わりだ、興が冷めた。」

「・・・・・・どう言うつもりだ?」

 

 訳が分からず、問い返す。

 

 そのセツナに、タキオスは背を向けた。

 

「安心しろ、この戦い、どうやらお前達の勝ちのようだ。」

「・・・・・・何?」

 

 セツナには窺い知る事は出来なかったが、現在戦線は、各方面でラキオス軍が巻き返しを行っていた。

 

 エルスサーオに侵攻した部隊は、トキミ1人の前にほぼ壊滅。ラースに向かった部隊はコウイン率いるラキオス軍本隊の激しい抵抗に遭い、組織系統が壊滅し後退、そしてラセリオを突破した部隊はリュケイレムの森を抜けた所で、全速で反転してきたトキミ率いる部隊に補足され、全滅の憂き目を見た。

 

「《黒衣の死神》セツナ、と言ったか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 タキオスの背後に、門が現れる。

 

「次は、お互い気兼ね無く戦いたいものだな。」

「・・・・・・・・・・・・」

「貴様もまだ、本気ではあるまい?」

 

 そう告げると、タキオスは門の中へと消えていった。

 

 それを見届けた後、セツナはゆっくりと肩を落とした。

 

『退いてくれた、と、ここは考えるべきか。』

 

 あれ以上やっていたら、こちらが確実に負けていた。刀を握る掌に、汗が滲むのを感じる。

 

 セツナは血振るいするように《絆》を振るうと、背中に負った鞘の両端に収めた。

 

『・・・・・・これが、エターナル。』

 

 心の中で呟く。

 

 対峙したタキオスやメダリオにもそうだが、かつて、ハーレイブの中に感じた圧倒的な力を今の自分の中にも感じる事に、セツナは違和感を感じていた。

 

 それを実感するように、掌を見詰めながら開閉する。

 

 恐ろしい力だ。

 

 ハーレイブと戦った時は、ただ自身、がむしゃらに向かっていただけなので、ここまで実感する事は出来なかったが、自分の物になって初めて、その凶悪さに気付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナはフッと笑った。

 

 何を今更。これは自分が望んだ物だろうが。

 

 親を捨て、仲間を捨て、主君を捨て、そして恋人を捨ててまで欲した力だろうが。

 

 眦を上げる。

 

 とにもかくにも今回、敵の最大戦力であるエターナルの内、1人を倒す事に成功した。ラキオスを守る事もできた。差し当たって今は、その事に満足するべきだろう。

 

 そう心の中で呟くと、踵を返す。

 

 向かう先は、ここより北。

 

 かつての、自分の中にだけある仲間達の待つ、都へ。

 

 

 

第34話「エターナルVSエターナル」