※ 規定により、予め明記させていただきます。このSSには、18禁的な描写が一部含まれております。所定の年齢に達していない方。または、そう言った物に嫌悪感を感じると言う方は、御覧になられない事をお勧めいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が謳う詩

 

 

 

第31話「全ては、うたかたの夢」

 

 

 

 

 

 

 その日、セリアは朝早くからセツナの部屋に呼び出された。

 

 セリアはセツナの副官なのであるから、その事自体は、別段珍しくも何とも無い。特に、ロウ・エターナルとの決戦が間近に迫っている現状では、作戦の打ち合わせ、部隊再編の進捗状況報告。部隊配置地点の視察。スピリット達の訓練状況報告など、やる事は山のようにある。

 

 だが、部屋に入ってきたセリアに対し、セツナは一通の書類を渡し、読ませた。

 

「これは?」

 

 表紙が白紙のままの書類を眺めながら、セリアはセツナに向き直る。

 

 それは、セツナが帝国戦終了後に急ピッチで書き上げた書類だった。

 

「良いから読んでみろ。」

 

 有無を言わさずに促す。

 

 仕方無しに、セリアはページを捲っていく。

 

 暫くは、強引なセツナの態度に憮然としていたセリアだが、読み進めていくうちに、食い入るような体勢になって行った。

 

 やがて、全てを読み終えてからセリアは顔を上げる。

 

「セツナ、これは・・・」

「感想を聞かせてくれ。」

 

 セツナは真剣な眼差しを、セリアに向ける。

 

 対して、セリアは戸惑うような視線をセツナに向ける。それほど、驚愕的な内容だったのだ。

 

「あなたは、これが本当に必要だと?」

「ああ。」

 

 自信に満ちた面持ちで、セツナは頷いた。

 

 その書類の内容とは、ラキオスにおける現政治体系の改変だった。

 

現在、ラキオスはレスティーナを中心とした一極主導体制、つまり、専制君主制を採用している。セツナはこれを、議会政治導入による立憲君主制に移行しようと言っているのだ。

 

「まず、この戦争で新たにラキオス領となった、バーンライト、ダーツィ、イースペリア、サルドバルト、マロリガン、デオドガン、サーギオス、そしてラキオス本国の各地方から、評議会を形成する上院議員を選出する。ああ、マロリガンとサーギオスは国土が広いから、南北に地方区分けを行い、それぞれから1名ずつ議員を選出してもらう。」

「その、選出方法は?」

 

 興味が湧いてきたのか、セリアは身を乗り出して聞いてくる。

 

「まず、地方で小議会を形成する下院議員を数名選んでもらい、その中から国民全員で行う多数決投票で選出してもらう。不正が無いようにラキオス中央政府から選挙官を派遣し監督を行う。上院議員は地方の代表であり、そこに住む住民の意思代弁者であるから、彼等自身の手で選び出すシステムが最も相応しいと思う。その際、自薦他薦は自由だが、議員として選出される議員の身分貴賎は一切問わない。国民が自分達に最も相応しいと思う人物を選ぶ為のシステムなんだ。」

 

 ハイペリアにおける選挙制度を叩き台にし、ファンタズマゴリアに焼き直したバージョンである。

 

「上院議員10名、及び各種大臣、軍上層部、そしてレスティーナの顔ぶれで評議会を形成、これを最高意思決定機関とする。」

「上院議員と大臣、軍上層部で権力を分立させようと言うわけね?」

 

 元々、頭脳明晰なセリアである。その点には気付いたらしい。だが、

 

「それだけじゃない。レスティーナの権力もだ。」

 

 その言葉に、セリアは目を剥く。

 

「ど、どうして?」

 

 君主であるレスティーナの権力を削減すると言うセツナの言葉は、さすがに納得できなかった。

 

「専制君主制と言うのは、国王1人に権力のみならず、決定権も集中してしまうという意味だが、これは裏を返せば国民全員が国王の決定に依存してしまっている事を意味する。だが、国王も人間である以上、間違いを犯す事はある。そうした時、誰も最高権力者である国王を諌める事ができず、結果、国政その物が破綻する事もあり得る。」

 

 セツナはそう言いながら、セリアの手にある書類を受け取る。

 

 ページを次々と捲っていき、ある場所で指を止める。

 

「こういう形で権力を分散させると、そのような事態を極力避ける事ができるだろ。」

 

 そこには、「国王」「軍人」「文官」「議員」の4者が線で結ばれ、円卓状に描かれた図が描かれている。権力分立をセツナなりに図解した物だった。確かに、このやり方であるなら、権力の集中を極力抑える事ができる。

 

「加えて上院議員の選出を国民投票による選挙と言う形で行う事で、国民1人1人に対し、自分も国政に参加していると言う意識と責任を植えつける事ができる。」

 

 それはそうだ。自分達の生活が潤うのかそれとも困窮するのかは、自分達が選んだ議員の働き如何に掛かっているのだから。それこそ、躍起になってその議員の人となり、政治的手腕を調べ選挙時の判断基準に役立てようとするだろう。そうする事によって、国民の参政における意識は高まると言うわけである。

 

 だが、説明を受けてもなお、セリアは不満げな表情を崩そうとしない。

 

「でも、何もこの時期にこんな強硬的な意見を出さなくても。」

「どう言う意味だ?」

 

 既に戦争は終結に近付き、新しい国家体制を模索する時期に来ていると考えたからこそ、セツナはこの書類を作成したのだが、

 

「繰り返しになるけど、この政策が通れば、陛下の権限は大幅に縮小される事になるわ。」

「当然だ。」

 

 と言うか、それを趣旨として作ったのだから。

 

「陛下はとても明晰なお方よ。そのような方が統治しているのだから、何も今、こんな事しなくても。」

「いや、それは違う。」

 

 セリアが言いたい事を理解したセツナは、しかし即座にその考えを否定した。

 

 要するにセリアは、今現在ラキオスはレスティーナと言う優秀な指導者をトップに置き、国民の生活も潤い、スピリットも解放されて、比較的善政が敷かれている。そのような名君が居るのだから、わざわざその権力を削ぐような真似をせず、これまで通り専制君主制を続けるべきなのではないか。と言いたいのだ。

 

 だがセツナは、別の角度からその考えを否定した。

 

「確かにレスティーナは名君だ。それも、言葉の頭に『稀代の』と付けて良いくらいのな。もしかしたら、今後数100年は、あいつほどの名君は現れないかもしれない。」

「だったら、」

「俺が言いたいのはそこだ。」

 

 身を乗り出そうとするセリアを制し、セツナは言葉を続ける。

 

「今後、レスティーナに続く国王達。この場合、レスティーナの子孫と言う事になるが、それらの人間が、レスティーナのような名君である可能性は低いと言わざるを得ない。」

「それは・・・確かにそうね。」

 

 それは、かつて打ち倒してきた王族達を見ても明らかだった。サルドバルト王ダウタスのような無能者や、ダーツィ大公アーサミのような無気力な人物では、国政を省みようとはしないだろう。そして、ラキオス王ルーグゥのような野心家では、再び戦火の種になりかねない。

 

「もし、そうした連中が権力を握った時にこんな意見を出したとして、通ると思うか?」

「無理、でしょうね。」

 

 考える是非も無かった。

 

「だから、こういう法案は、必要に迫られて慌てて作るのじゃなく、予め作っておいて、必要な時には行使できるような状況にしておかなければならないんだ。」

「・・・・・・成る程。」

 

 納得の行ったセリアは、ようやく頷いた。

 

「確かに、そう考えれば、あなたがこの案を考え付いた事も納得できるわ。」

「こんな物必要無ければ、それに越した事は無い。だが、人間は不完全な生物だからな。間違う事もあれば、魔が差す事もある。そんな時に、歯止めになれる人間が必要なんだ。」

 

 セツナはセリアに書類を渡した。

 

「それで、お前に頼みがある。」

「何かしら?」

 

 セリアも、セツナの顔を見る。

 

 そして、次にセツナが言った言葉に、仰天した。

 

「その書類、明日の昼までにお前の手で清書しておいてくれ。」

「えっ!?」

 

 セリアは思わず、手にした書類に目を落とした。

 

 相当分厚い。明日まで徹夜で掛かってもできるかどうか・・・

 

「書き写すだけで良い。それなら、多少短縮できるだろう。」

 

 どうやら、相当時間が掛かる事は前提の上で言っているらしい。

 

「何で? これで清書なんじゃないの?」

「確かにそれで完成だが、どうしてもお前の手で書いてもらう必要がある。」

「理由を、説明してくれるかしら?」

 

 納得が行かなかった。こんな馬鹿げた作業に費やす時間など無いはずだ。

 

 対してセツナは座っていた椅子から立ち上がると、セリアに背を向ける。

 

「俺は、明日の昼、王城に参内してレスティーナに謁見する。」

 

 さばさばと、乾いた口調でセツナは言う。

 

 その、重大発言を。

 

「その際、参謀長辞任の意向と、後任にお前を推薦する旨を上申するつもりだ。それが、俺のスピリット隊参謀長としての、最後の仕事になるだろう。」

「ちょっと待って!!」

 

 セツナの言葉を遮るように、セリアも立ち上がった。

 

 この書類の事と言い、突然の辞任発言と言い、あまりにも唐突過ぎて、納得の行かない事だらけだった。

 

 この時期に、

 

 これから決戦が始まろうと言う大事な時期に、なぜこんな馬鹿げた事を言い出すのだ?

 

 セリアでなくとも、その正気を疑いたくなると言うものだ。

 

 だが、そこでふと、考える。

 

 馬鹿げた事。そう、あまりにも馬鹿げた事だ。決戦を前に、軍の中核である参謀長が辞任するなど。

 

 そして、セツナと言う男は、何の考えも無しにそんな馬鹿げた事をするような男ではない。

 

「・・・・・・何を、考えているの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま答えない。

 

 ただ「頼むぞ。」とだけ告げ、1人部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 午後になるとセツナは、1人ブラブラと歩きながら、城内の作業状況を確認して回っていた。

 

 先の帝国戦争緒戦において、帝国軍に襲撃され破損した城壁等は全て補修され、爆破によって破壊された城壁、執務室も完全に元の姿を取り戻していた。

 

 また、決戦が近い事もあり、兵士達は皆、それぞれ訓練に励んでいる。

 

 今度の戦いは、今までのようにある程度情報が揃っている相手では無い。まったくの未知の敵が相手なのだ。戦力も、規模も。

 

 もし万が一スピリット隊が敗れるような事になれば、一般兵士達はレスティーナや民を守る最後の盾となる。今回、気が抜けないのは彼等もスピリットも同じだった。

 

 皆、セツナの姿を認めると、作業の手を止めて敬礼を送ってくる。

 

 ここに来たばかりの頃とは偉い違いだった。

 

 あの頃は、自分がエトランジェと言うだけで蔑みの眼差しを向けられた。もっとも、セツナ自身、他人に無関心だったせいで、そんな物は微風以下にしか感じていなかったが。

 

 それが今では、並み居る敵をことごとく倒し、大陸統一の一因となった英雄である。

 

 兵士達がセツナに向けてくる尊敬の眼差しも、頷けると言うものだ。

 

 とは言え、こうして彼等が自分を英雄として扱うのも、もうすぐ終わりだ。

 

 自分は征かねばならない。自分が大切だと思う物、その全てを守る為に。

 

 例え、守りたい物、全てを捨てがこの掌から零れ落ちたとしても、それは手に入れねばならない物だった。

 

 

 

 訓練場の外れまで来た時、聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「?」

 

 物陰から首を出して覗いて見る。

 

 そこには、スピリット隊の年少組が駆け回っている光景があった。

 

 面子は、ネリー、シアー、オルファリル、ヘリオン、ニムントール、そしてカオリである。どうやら、例によって鬼ごっこをやっているらしい。

 

 今はオルファリルが鬼をやっているらしく、他の皆は元気な声を上げて走り回っている。

 

 そう思っているうちに、鬼がシアーに交代された。

 

 タッチされたシアーは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに笑顔を見せて追いかけ始める。

 

 平和だ。と思う。

 

 彼女達の大半が、まだ気付いていない。

 

 その足元の大地に広がろうとしている、巨大な亀裂の存在を。

 

 と、その時、彼女達に向かって歩いて行く人影があることに気づいた。

 

 ハリオンだ。

 

 そしてその手は、ルルの手を握っている。

 

「皆さ〜ん。」

 

 皆が遊んでいる場所まで来たハリオンは、一同に声を掛けて集める。

 

「すいませんが、この娘も仲間に入れてあげてください〜」

 

 ルルはと言うと、ハリオンの腰を掴んだまま、その背に隠れて様子を伺っている。

 

 まだ、ルル自身の中にもわだかまりがあるのだろう。ついこの間まで敵だった連中の中に入っていくのは、容易な事ではあるまい。

 

 そんなルルを、ハリオンは自分の前に押し出す。

 

「ほらほら〜、だめですよ〜 そんなんじゃお友達はできませんよ〜」

「で、でも・・・・・・」

 

 渋るルル。

 

 自分を何かと世話してくれるハリオンには多少心を許しているようだが、それ以外には警戒心を前面に出して対応しているのがわかる。なまじ、ハリオンが他者に対して優しいだけに、その差は顕著であった。

 

 どうなるのか、と見守っていると、その中の1人がルルの手を取った。

 

 ネリーである。

 

「良いよ。行こう!!」

 

 帝都での決戦の折、2人は刃を交えている。しかも、ネリーの方が敗れているのだ。当然、そこには遺恨があるはず。にも拘らず、ネリーはそのような拘泥は一切見せずにルルの手を取った。

 

 人の罪を、心の闇を、笑って許せる。それが、ネリーと言う少女の強みと言えた。

 

 どうなるものかと、内心では冷や汗を掻いていたが、どうやら問題無い様子に、セツナは溜息を吐いた。

 

 ネリーがルールの説明をすると、子供達は再び散って行く。

 

 こっちはどうやら、心配無いようだ。

 

「これで、良いよな?」

 

 セツナはそっと、腰に差してある、2本の神剣のうち、両刃によって形成された1本に手で触れる。

 

 亡きカチュアと交わした遺言は、これで果たされるだろう。

 

 一瞬、セツナの呟きに、妖艶な笑みが返されたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 翌日昼、セツナはセリアを伴ってレスティーナに謁見した。

 

 突然の参謀長辞任。

 

 これを本人の口から聞かされたレスティーナも、驚天動地であった。

 

 これまでセツナは、実によく働いてくれた。

 

 軍務を行えば、進軍から補給作戦、軍事行動における諸問題解決と、そつなくこなし、内政面でも、流通の安定、マナ配分の見直し、人事の刷新など、レスティーナ政権の基盤を確個たる物とすべく、身を粉にして奔走した。

 

 また、剣を取り前線に立てば、味方の士気は大いに上がり、津波の如く押し寄せる敵を、なぎ倒し斬り倒し、ラキオスによる大陸統一の道を作り上げた。

 

 セツナに罪があるとすればただ1つ。前国王殺害の件である。

 

 確かに、前国王を殺したのはセツナである。だが、それもレスティーナが政権を握る為に行った事であり、レスティーナ自身はその事を遺恨には思っていない。何より、セツナ自身がその事を元に自分に忠誠を誓ってくれているのだ。忠臣を恨む程、レスティーナは冷血では無い。

 

セツナにはこれからも自分の側近として、その辣腕を振るって貰いたいと考えていたのだ。

 

にも拘らず、突然の辞任発言である。レスティーナやセリアでなくとも驚くと言うものだ。

 

「本気、なのですか?」

「はい。」

 

 膝を突いたまま、セツナは臣下の礼を持って答える。

 

 普段のような、友人としての対話や、重要度の低い謁見ではない。自身の進退を決める謁見なのだ。セツナは、最上の礼を持ってレスティーナに対峙した。

 

「なぜ、急にそのような事を?」

 

 レスティーナは困惑気味に問いかける。

 

 できれば、思い止まって欲しかった。自分達にはまだ、セツナと言う存在が必要だった。それでなくともロウ・エターナルとの決戦が近付いているのだ。ユウトが力を失った今、セツナまで失う事は、国家として自殺行為に他ならない。

 

「まず、誤解を解いておきたいのは、これは、決して私が臆病風の類に吹かれた為では無いという事です。」

「それは判っています。ですから、その理由を聞いているのです。」

 

 焦れたように、レスティーナは尋ねる。

 

 対してセツナは、顔を上げた。

 

「新たな力を得る為、陛下を、民を、そして私が大切と思う全ての物を守るに足る力を得る為に、私は今一時、陛下の許を離れねばなりません。」

「エターナルと言う存在の強さは、あなたの報告を聞いて知っています。」

 

 レスティーナは、なおも食い下がる。

 

「しかし、それでも今、それを行うのがあなたでなければならない理由が、あるとでも言うのですか?」

「あります。」

 

 一瞬の隙も置かずに、セツナは即答した。

 

「これが行えるのは、私だけです。私が今、赴くしかないのです。」

 

 迷い無く、まっすぐにレスティーナを見返して、セツナは言った。

 

 その瞳が、レスティーナに真実を語る。

 

 今、自分達が戦おうとしている敵は、セツナですら敵わない相手なのだ。だからこそ、この男は勝つ為に必要な策を講じる為に、旅立とうとしているのだと。

 

「・・・・・・判りました。」

 

 溜息と供に、レスティーナは言った。

 

 この男を止める事は、自分には無理だと言う事が判ったらしい。

 

「あなたの辞任を、認めます。今までよく、至らないわたくしを支え、仕えてくれました。」

「勿体無きお言葉です。」

 

 セツナは、頭を垂れてから、後ろで控えているセリアに目をやる。

 

「私の後任には、このセリアを推挙いたします。彼女は、長く私の副官を勤め、その仕事の内容を間近で見てきました。彼女以上の適任者は、今のスピリット隊にはおりません。」

 

 後任候補なら他にも何人か居るが、適任者はセリアしか居なかった。コウインはユウトが力を失った上、セツナが居なくなる以上、スピリット隊隊長の任に就く事になるだろう。キョウコは戦闘力は高いが、参謀向けの性格ではない。トキミはエターナルである以上、最強戦力である事は間違い無いが、ラキオスのスピリット隊を指揮した経験は皆無であり、まともな指揮を執れるとは思えない。エスペリアは、これまで通り纏め役としてスピリット隊副隊長を留任してもらわねばならない。と言うわけで、セリアが適任なのである。

 

 レスティーナは、頷いた。

 

「判りました。その事も含めて、明日の会議で話しましょう。」

「ありがとうございます。」

「ただし、」

 

 レスティーナは一言付け加える。

 

「セツナ、あなたに命じます。」

「ハッ」

 

 そこで、レスティーナはニッコリ笑って言った。

 

「必ず、生きて還り、再びわたくし達の為に剣を取る事。それが、命令です。」

「ハハッ」

 

 セツナはより深く、頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 各方面への折衝を済ませ、セツナが部屋に戻ったのは、夕食時を回った頃だった。

 

 既にセリアの口から、辞任の件は伝わっていたのだろう。帰り着くなり皆に囲まれて質問攻めに遭ってしまった。

 

 それが夕食の間中続くのだから、溜まったものではない。

 

 前後左右を囲まれた状態での食事と言うのは、あまりにも居心地の悪い物であった。

 

 犯罪者が取調室で食べるカツ丼とは、こんな味なのだろうかと、夢想してしまったほどだ。

 

 そんな訳でいつもより長く掛かった夕食後、自室に引き篭ったセツナは、遅まきながら身辺の整理を始めた。

 

 とは言っても、セツナの私物など限られている。2本の永遠神剣に2本のナイフ。それに若干の衣服くらいの物だ。後は全て、参謀長として処理した書類関係や、備え付けの備品である。

 

 セツナはざっと、2年間を過ごした部屋を見渡す。

 

 明日から、この部屋の住人は自分ではなくなる。セリアの要望で、彼女がそのまま執務室に使いたいと言ってきたのだ。

 

 こうして見ると不思議だ。まるで調度品の一つ一つが、自分が出て行くことを悲しみ、引き止めようとしているかのようだった。

 

 フッと笑う。

 

 そんな物は自分の感傷が引き起こした錯覚だ。

 

 もし、自分を引き止める者が居るとしたら、

 

 そこまで考えた時、扉が開く音がした。

 

 誰が来たかは、判っている。

 

「そろそろ、来るだろうと思っていたぞ。」

「・・・・・・セツナ。」

 

 戸口に立ったネリーは、上目遣いでセツナを見る。まるで、イタズラをしてお仕置きされる直前のような感じだ。

 

 そんなネリーの様子に、セツナは苦笑した。

 

「どうした? そんな所に突っ立ってないで、入って来い。」

「う、うん・・・・・・」

 

 ネリーは扉を閉めると、部屋の中に足を踏み入れた。

 

 その足取りは、重い。まるで、一歩歩く毎に、セツナの体が消えて行くと感じているかのようだ。

 

「何か飲むか? と言っても、紅茶くらいしか無いが。」

「いい。」

 

 短く答える。

 

 その目は不安げで、そわそわしているのが手に取るように判った。

 

「ねえ、セツナ・・・・・・」

「何だ?」

 

 セツナの視界の中に、ネリーの泣きそうな顔が入ってくる。

 

 それでもネリーは、ギュッと涙を堪えて口を開いた。

 

「旅に出るって、本当?」

「ああ。」

 

 噂が伝わっている以上、否定しても仕方が無かった。

 

「そう。」

 

 意外にも、ネリーはあっさりと引き下がった。もう少し騒ぐと思っていたセツナは、訝るようにその顔を覗き込む。

 

 ネリーは顔を上げた。

 

「なら、ネリーも行く!!」

「はあ?」

 

 思わず、間抜けな返事を返してしまった。

 

 だが、あるいは、この少女ならば、こう言う答えを返してくるかもしれないと、心のどこかで思っていたかもしれない。

 

 だから、自然と口が動いた。

 

「ああ、そうだな。」

 

 セツナはそっと、ネリーの体を抱きしめる。

 

 ネリーもその小さな腕を、一生懸命セツナの背中に回してくる。

 

 互いの温もりが、心を芯から暖めていく。

 

 何も要らない。

 

 お互いが居れば何も要らない。そう、思えてしまうから、不思議だった。

 

 セツナは、ネリーの唇に自分の唇を重ねる。

 

「ん・・・う・・・ん・・・・・・」

 

 ネリーは目を閉じ、セツナを受け入れる。

 

 セツナはそっと、ネリーの胸元にあるファスナーに手を伸ばし、引き下ろした。

 

 衝動、と言う言葉が一番合っている。

 

セツナは突き動かされるように、ネリーを抱きたくなった。

 

 水準以下のささやかな胸が、外気に晒される。

 

 そんなセツナを、ネリーは拒まない。ただされるがまま、肩まで服をはだける。

 

 白い平原を思わせるまっさらな胸の上に、思い出したように築かれたピンク色の小さな2つの丘。

 

 そこに、セツナは口付けする。

 

「あ、ん・・・・・・」

 

 敏感な部分に舌が触れた感触に、ネリーの口から甘い吐息が漏れる。

 

 思わず身を捩って逃れようとするが、セツナは露出した肩を掴んで放さず、そのまま口付けを続ける。

 

 肩に掛けている状態だった服が滑り、床に落ちる。

 

 下腹部を覆う純白の下着のみの姿になったネリーが、ランプの明かりに照らし出される。

 

 やがて、それすらも明かりが消え、世界は互いの姿意外、色を無くす。

 

 セツナは、ネリーの体を抱え上げると、ベッドの上にそっと下ろす。

 

 ベッドの上に寝かされたネリーは、恥ずかしそうに頬を染めて、セツナを見る。

 

 潤んだ瞳が、月光に反射してかすかな煌きを放つ。

 

 そのネリーの体に、セツナは覆いかぶさる。

 

 闇夜で折り重なる2人の姿は、まるで無垢な天使を犯さんとする悪魔の図にも見える。

 

 セツナは、ネリーの下着に手を掛けると、ゆっくり足首に向かって脱がしていく。

 

 ネリーは一瞬、体をビクリと震わせる。だが、すぐに観念したように目を閉じた。

 

 生まれたままの姿になったネリーは、セツナの首に手を回す。

 

 既にネリーの体は火照り、息遣いにも微妙に艶が感じられる。

 

 2人は再びキスを交わす。今度は、先程よりも深く。

 

 墜ちて行く2人。

 

 蒼い月の光だけが、それを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「さて・・・・・・」

 

 セツナは声を殺して呟くと、ベッドから起きる。

 

 隣では、裸身のネリーが静かに寝息を立てている。

 

 彼女を起こさないようにゆっくりと立ち上がると、床に散らばっていた衣服を着込む。

 

 白地に青いラインの入った、ラキオス軍の正式軍装である。この制服にも、大分着慣れたものである。

 

 胸元と襟から、スピリット隊参謀長の徽章を外して机の上に置く。もう、自分には必要の無い物。明日、この部屋に入ったセリアが、その隊服に付ける事になるだろう。

 

 その机の上に置いておいた2本のナイフを手に取り、腰のベルトに装着する。そして、ベッドの脇に立て掛けておいた2本の永遠神剣を取る。

 

 第四位《麒麟》と第六位《絶望》。

 

 ひとつは、紛れも無い自分の神剣。そしてもうひとつは、かつて自分を愛してくれた女から、受け継いだ神剣。

 

 その2振りを、腰のラックに差し込む。

 

 最後に、愛用のロングコートに手を伸ばそうとして、苦笑した。

 

 ハイペリア時代から愛用していた漆黒のロングコートは、先日のハーレイブとの戦いで失われてしまっていたのだ。

 

 準備はこれで完了。実に、呆気ない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは、ベッドに歩み寄る。

 

 ネリーは何も知らないまま、寝入っている。

 

 セツナは乱れた毛布を掛け直してやると、その頬をそっと撫でる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 愛おしい少女。かけがえの無い、存在。

 

 自分は今、初めてこの娘を裏切って、行こうとしている。

 

 だが、これから行くセツナの道は、想像を絶するほど過酷な物となるであろう。そのような旅に、ネリーを連れて行くわけには行かなかった。

 

 その結果がどうなろうと、自分は良かった。この世界で、ネリーが元気に生きていてさえくれたら、他には何も望まなかった。

 

 だが、去来する虚無が、否応無しに寂寥を呼ぶ。

 

「・・・・・・・・・・・・どうして、俺達は、出会ってしまったんだろうな?」

 

 不毛な疑問が、胸を衝く。

 

 では、出会わなければ良かったか? 出会わずに、この喜びとも、この切なさとも無縁であれば、自分は別の幸せを見つけて満足できたか?

 

 否、断じて否だ。

 

 この娘が、自分の心の中にある闇を吹き飛ばしてくれなかったら、自分は今だに永久の闇の中をさ迷い歩いていた事だろう。

 

 この娘が居てくれたからこそ、今の自分がある。胸を張って、旅立つ事が出来るのだ。

 

《良いのかえ?》

 

 また、あの声が聞こえて来た。

 

 だがその声はこれまでのような高圧的ではなく、どこかセツナの身を案じるような口調だった。

 

『ああ、準備は完了している。いつでも行けるぞ。』

 

 ネリーを起こさないよう、セツナは心の中で答える。

 

《そうではない、その小娘の事じゃ。》

『ネリーが、どうした?』

 

 訝るように、セツナは尋ねた。この段になって、こいつがネリーの話をしてくるとは思っていなかったのだ。

 

《別れの挨拶は良いのかえ? このままでは、そなたの心に遺恨が残る事になるが・・・・・・》

 

 セツナは僅かに笑みを浮かべる。

 

 最初の印象はかなり高圧的だったが、本質は随分センチなようだ。

 

 そのセツナの笑みに腹を立てたのか、少し拗ねたように続ける。

 

《何が可笑しいのじゃ、このうつけが!!》

『いや・・・』

 

 それでも笑みを消さず、セツナは答える。

 

『良いんだ。挨拶をすれば、ネリーは必ず着いて来ると言い張る。こいつにまで、俺と同じ想いはさせたくない。』

《そうか・・・・・・》

 

 セツナの言葉に、声の主は諦めたように言った。

 

 この男が決断したのだ。それに対し、自分が口を挟むべきではない。しかも、事情はどうあれ、この男を引き込んだのは自分なのだから。

 

《では、この世界を出でし後、虚数空間へと足を運ぶ事になる。》

『虚数空間?』

《うむ。俗に永遠世界とも呼ばれ、世界と世界を繋ぐ、虚無の空間の事じゃ。数多有る世界は、全てその空間で繋がっておる。》

『ほう。』

 

 セツナの頭に浮かんだイメージは、スタンダードに宇宙そのものだった。例えば、ハイペリアやファンタズマゴリアが惑星などの星とするなら、虚数空間は宇宙空間と考えて良いかもしれない。

 

 声の説明は続く。

 

《虚数空間の中に、『移ろいの迷宮』と呼ばれる場所がある。その最奥にある、『記憶の書庫』を目指すのじゃ。》

『「移ろいの迷宮」にある「記憶の書庫」?』

《うむ。そこの管理人に会うのが目的じゃ。》

『管理人?』

《わらわの記憶より、概算で2万周期経っておるが、まあ、まだ死んではおるまい。》

『2万周期・・・・・・』

 

 何でもないように言うが、1周期2000年とするなら、4千万年前と言う事になる。既に途方と言う言葉すら霞んで聞こえる。

 

《道は「麒麟」が知っておる。案内はあ奴に頼むが良い。》

 

 そこで声の主は、少しトーンを落とす。

 

 それは明らかに、哀しそうに沈んだ声であった。

 

《セツナよ・・・そなたの決断と、人を想う心に、感謝いたす。》

 

 それっきり、声は聞こえなくなった。

 

 後にはただ、無言のまま立ち尽くすセツナのみが残る。

 

 セツナはもう一度、ベッドに目をやる。

 

 その上にて、何も知れず目を閉じる、眠り姫。

 

 王子がキスをすれば、姫はその眠りより醒め、笑いかけてくるだろう。

 

 だが、王子はそれをしない。

 

 してはならない。

 

 これは御伽噺のような、メルヘンの話では無い。エンディングに待っているのは、ハッピーエンドではないのだ。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 その口より、寝言が漏れる。どうやら、夢の中で自分に会っているようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フッと、優しく笑みを浮かべる。

 

 夢の中でも良い。自分の姿を焼き付けておいて欲しかった。恐らくそれが、自分の姿を見る最後の機会だろうから。

 

 だから今だけは、どうか良い夢を。

 

 眠りから醒めた後、そこに、自分の姿は無いのだから。

 

 セツナは、ドアに向かって歩き出す。

 

 もう、振り返らない。

 

 自分は、充分に幸せを味わった。後は、それを守り抜く為に、征くだけだ。

 

 故に、言葉これでなくてはならない。

 

「行ってくる。」

 

 さよならではない。自分は再び、この場所に戻って来るのだから。

 

 セツナは部屋を出る。

 

 歩き慣れた廊下を抜け、館の外に出た。

 

 そのまま振り返らずに、歩き続けた。

 

 その先にある、闇に向かって。

 

 

 

 

 

 

 この日、エトランジェ《麒麟》のセツナは、正式な記録より抹消。以後、2度とこのファンタズマゴリアの歴史に、その名を刻む事は無かった。

 

 

 

第31話「全ては、うたかたの夢」     終わり