大地が謳う詩

 

 

 

第29話「友情と信条と信頼と」

 

 

 

 

 

 

 ついに、聖ヨト以来の悲願とも言うべき、帝都突入を果たしたラキオス王国軍。

 

 セツナが企図した南北同時挟撃作戦によって、兵力を分散させられた帝国軍は少数であっても精鋭が揃っているラキオス軍の速攻の前に各所において分断され、次々と戦線を崩壊させていった。

 

 混戦が続く中、《絶望》のカチュアを初めとした有力な諸将を悉く討ち取られた帝国軍は、押し寄せるラキオス軍の前に次々と敗走。一敗地に塗れた。

 

 帝都突入を果たしたラキオス軍は、サレ・スニル、ユウソカ方面攻略軍、及びゼィギオス方面攻略軍の2軍が合同し帝都内を制圧。生き残った帝国軍スピリット達は、次々と城内へ退避して行き、これを追ってラキオス軍は城を包囲すると言う状況になった。

 

 ここに、ラキオス、そしてサーギオス、最終決戦の舞台が整った。

 

 

 

 監獄のようだな。

 

 サーギオス城の城壁を見上げながら、セツナが抱いた感想はそれだった。

 

 セツナが知っている城と言えば、当然ラキオスの王城になる訳だが、ラキオスの城は城であると同時に王族の住居である事を示すように、豪奢な造りになっている。また、使われる建材や造り自体にも気を使っているらしく、見る者に風光明媚な印象を与える。

 

 対して目の前にあるサーギオスの城は、ひたすら質実剛健を体現したような造りになっている。高い城壁に無数に開けられた物見。見た目よりも防御力を重視した結果であろう。色使いなども灰色や黒など、暗い色がほとんどである。見る者に絶望感を与える造りは、セツナの感想通り、監獄に通ずる物がある。

 

「セツナ。」

 

 背後からの声に振り返ると、ユウトが歩いて来るのが見えた。

 

 サレ・スニル、ユウソカ方面攻略軍を指揮して、セツナ率いる部隊とほぼ同時に南側から突入し、見事帝都突入を果たしたユウトは、つい半日前に合流を果たしたばかりだった。

 

「どうだ、傷の具合は?」

「ああ。もう大丈夫だ。心配を掛けたな。」

 

 セツナはそう言って笑う。

 

 先の秩序の壁攻防戦時における、カチュアとの戦いで傷付いたセツナだが、既に味方グリーンスピリットの治療により、傷は全て回復していた。

 

 他にも帝国軍精鋭部隊とぶつかったゼィギオス方面攻略軍は、大半の者が負傷していた。セリア、ネリー、シアー、ハリオンなど、重傷の者も多く、人的被害も相当なものであった。

 

 最終的にユウトの部隊合流した時、無傷の者は1人としておらず、動ける者は10人を切っていた事が潜り抜けてきた戦いの凄まじさを如実に物語っていた。

 

 だが今は、既にその多くが治療を済ませて戦線に復帰し、突入の命令を待っている状態だ。

 

 もっとも、ハリオンだけはセツナの要請を受けて一時戦線を離脱していたが。

 

「さて、」

 

 セツナは視線をユウトから城に向ける。

 

 挑発しているのか、それとも何か策でもあるのか、本来なら外敵来襲の際には上げられているはずの跳ね橋が、下ろされている。

 

「余程、自身があるのか?」

「いや、誘っているんだ。」

 

 セツナの疑問に、ユウトが答えた。

 

「シュンは、俺と決着を付けようとしているんだ。だから、俺を誘っているんだ。」

「・・・成る程。」

 

 僕はここに居るぞ。早く来てみろ臆病者。

 

 そんなシュンの声が聞こえたような気がした。

 

 実際、城内に逃げ込んだスピリットは相当な数に上ると見られている。帝国軍にしても、まだまだ余力を残している状態であった。

 

「さて、ユウト。」

 

 セツナはユウトに話しかける。

 

「ん、何だ?」

「済まないんだが、後はよろしく頼む。」

「え?」

 

 突然の申し出に、ユウトは目を剥く。

 

 この決戦を目前にした状況下において、参謀長殿は一体何を言い出しているのか?

 

 そんなユウトに、セツナは笑いかける。

 

「悪いな。けど、どうしてもやっておかなければならない事があるんだ。」

「やっておかなければならない事って・・・・・・」

「いや、違うか。」

 

 セツナはスッと笑みを消す。

 

 その瞳は釣り上がり、王城とは別の場所を見据えている。

 

「これは、俺じゃないとできない事だ。それに、秋月を倒してカオリを救い出すのは、お前の役目だろ?」

 

 そう言うとセツナは、ユウトに背を向けて歩き出す。

 

 その瞳には既に殺気が込められ、いつでも戦闘開始が可能な体勢が整えられている。

 

サレ・スニルでシュンを仕留め損なったのは痛かった。

 

 急がねばならない。何としても、これ以上戦いにあいつが介入するのだけは防がねばならなかった。

 

 不本意だがシュンはユウトに任せるしかないだろう。なぜなら、シュンならばユウトでも倒せるかもしれないが、あいつを抑えておく事ができるのは自分だけだからだ。

 

 戦い自体は問題では無い。指揮はユウトに任せておけば安心だし、万が一の場合にはエスペリアやコウインもいる。彼等がサポートしてくれるなら、より安心と言うものだ。

 

 問題なのは、自分が今だにロウ・エターナル達の企みを看破していない事だった。

 

 だが、既に遅い。答えに至る道は指し示されないまま時は満ちてしまった。

 

 1人戦線を離れ、セツナは駆ける。

 

 怨敵の待つ戦場へ。

 

 

 

 

 

 

 彼方で、剣戟と雄叫びが鳴り響く。

 

 戦場を圧するマナが膨張し、周囲の大気がざわめく。

 

 ラキオス軍がサーギオス城突入を開始したのだろう。

 

 圧倒的な戦力を誇った皇帝妖精騎士団を始めとする帝国軍精鋭スピリット隊も、既にその大半が壊滅。

 

 ラキオス軍を防ぎとめる盾は、存在しなかった。

 

『そう・・・』

 

 セツナは市街地を別つ門の前で足を止める。

 

『この男を、除いては。』

 

 ここが、終着駅。彼の決戦の場であった。

 

 目の前、数10メートルの地点に佇む男に目を向ける。

 

 純白の法衣に手にした鉄製の杖。金髪碧眼の端正な顔立ち。外見年齢はおよそ20代中盤。

 

 出会った時とまったく変わらない出で立ちで、『それ』はセツナの前に立ちはだかる。

 

「ようこそ、セツナ君。」

 

 笑顔のまま、ハーレイブは告げる。

 

「ようやく来てくれましたね。この場所に。」

「ああ。」

 

 言葉少なに答えるセツナ。

 

 憎んでも憎みきれないとは、まさにこの男の為にあるようなものだ。

 

 北方五国争乱時における王都での騒動を皮切りに、度々セツナの前に立ちはだかってきた男である。

 

 そして、現状においては間違いなく帝国軍最強の戦力でもある。

 

「さて、君はもう、知っているでしょう。私がどういった存在かを。」

「ああ。」

 

 頷くセツナ。

 

 あのハイペリアでの戦いの後、キリスから聞かされた。この男の正体を、

 

「改めて、名乗らせてもらいます。」

 

 恭しく一礼しながら、ハーレイブは名乗りを上げる。

 

「私は、中立の永遠者、ニュートラリティ・エターナル。永遠神剣第二位《冥府》の主。人詠んで《冥界の賢者》ハーレイブ。以後、お見知り置きを。」

 

 そう言うと、手にした杖、第二位永遠神剣《冥府》を掲げる。

 

 対してセツナも、腰に差した日本刀《麒麟》を抜き放つ。

 

「ラキオス王国軍スピリット隊参謀長、永遠神剣第四位《麒麟》の主、エトランジェ、セツナだ。」

 

 儀礼としての名乗りを上げる。

 

 ハーレイブは口の端を吊り上げて、笑みを浮かべる。

 

 二階級も剣位の差が有るが、既にこの少年の潜在能力が並みのエトランジェを遥かに上回り、エターナルクラスに近付きつつある事は、確認済みである。

 

 その正体が何であるかは今だに掴めないが、少なくとも退屈しないだけの技量を持っている事だけは確かだ。

 

『まあ、私としては時間を稼げればそれで良い訳ですし。』

 

 気楽にそんな事を考えてみる。

 

 そう、彼の任務はあくまで時間稼ぎ。時間さえあれば、後は勝手に作戦が進行していく。

 

 もっとも、今この少年が相手となる事で、その任務は命がけの時間稼ぎとなるのだが。

 

 セツナは《麒麟》を正眼に構える。

 

 対するようにハーレイブも《冥府》を翳した。

 

「さあ、行きますよ。」

 

 その声と供に、周囲のマナが圧縮する。

 

 ハーレイブの周りに集い始め、膨張していく。

 

「大気に潜むマナに告ぐ。我は冥界の智を司る者。今こそ我に集い、汝らの牙を持って絶望の虎口を閉じ、永久の闇に彼の者を閉じ込めよ。」

 

 詠唱が進むにつれて、周囲の空間が黒く染まっていく。

 

 ハーレイブは、ニヤリと笑う。

 

「ディスピア・プリズン!!」

 

 次の瞬間、黒く濁った大気が一斉に槍のように先鋭化され、セツナに向かって伸びてくる。

 

 それは、黒い触手を思わせた。それが何十と言う数を持って、四方からセツナに向かってくる。

 

「玄武、起動!!」

 

 対してセツナは、着弾直前に障壁を張り、触手の直撃を防ぐ。

 

 しかし、それでは終わらない。空間その物から次々と触手が現れ、セツナに向かってくる。

 

「チッ!?」

 

 セツナはとっさに玄武を解除する。

 

 途端に、邪魔な壁を取り払われた触手達が、セツナに向かってくる。

 

「白虎、起動!!」

 

 対してセツナは、白虎の能力を呼び起こし身体能力を上げると、降り注ぐ触手の群れをかわしていく。

 

 触手自体のスピードはそれほどでもない。白虎を身に宿した今のセツナならば、ほとんど止まっているに等しい。

 

 だが、数が問題である。

 

 次から次へと現れては、セツナに向かってくる。

 

 まさに、逃げ場の無い牢獄。今はまだ良いが、動きを止めれば追い詰められかねない。

 

「・・・・・・」

 

 息を吸い込む。

 

 刀身にオーラフォトンを注ぎ込み、斬断の意思を込める。

 

 見据える瞳に迸る殺気。

 

「蒼竜閃!!」

 

 繰り出される最速剣が、迫り来る触手を纏めて切り裂く。

 

 その開けた視界の先に居る、《冥界の賢者》。

 

 セツナは駆ける。

 

 ハーレイブは接近戦、遠距離戦、双方において、セツナを凌駕する力を持っている。

 

 対してセツナは、ほぼ接近戦オンリーと言っても過言ではない。

 

 つまり、例え勝率が低かろうと、セツナがハーレイブにダメージを与えるには、接近する以外に無いのだ。

 

 対してハーレイブは、空いている左手で素早く印を切る。

 

 その周囲に集まるマナが、再び誇張する。

 

 そのマナに向かい、杖の先を突く。

 

 次の瞬間、足元の地面から這い出すように、次々と半死体の群れが湧き出してくる。

 

 何度か見た事がある。こうして、ハーレイブが半死体を使役しているところを。だが、今回の量は尋常では無い。見る見るうちにその数を増やしていく。

 

 ハーレイブは本来、召還術士である。直接本人が戦うよりも、こうして召還した物を使役したほうが楽なのである。

 

「クッ!?」

 

 セツナはとっさに後退してハーレイブとの距離を置く。

 

 このままでは、ハーレイブに取り付く前に周囲を包囲されてしまう。

 

 その間にもゾンビ達はその数を増して行き、セツナは城門付近までの後退を余儀なくされる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ざっと見渡す限り、数100。途方も無い数だ。

 

 更にハーレイブは魔界の門を開くと、以前見た事のある魔界の騎士をそこから召還する。

 

 数は僅か5体だが、1体倒すのにもあれだけ苦労した相手が5体である。

 

 戦慄する。

 

 これだけの召還を同時に行うとは。《冥界の賢者》の名は伊達では無いという事か。

 

 更に、まだ続く。

 

 セツナは、背後からの気配を察知し、振り返る。

 

 そこには鎧や槍、剣などで武装した一団が居る。見るからに、よく訓練を施されて居る事が判る、屈強な体付きをしている。

 

『こいつらは・・・・・・サーギオス兵か!?』

 

 セツナはキッとハーレイブを睨む。

 

 そのセツナの予想を肯定するように、ハーレイブは口元に笑みを浮かべている。

 

「彼等は優秀な兵士達ですよ。強大な力を持つ敵エトランジェに対して、果敢に立ち向かおうと決起してくれた方達なのですから。そう、優秀で、とても従順です。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 兵士達の目は一様に暗く虚ろで、意識が無いように感じられる。

 

 間違いない。このサーギオス兵達は、ハーレイブによって何らかの術を施され、操られているようだ。

 

 セツナが睨んで来るのを見て、ハーレイブはスッと手を掲げる。

 

「さあ、行きますよ。」

 

 そう告げると、ハーレイブは手を振り下ろす。

 

 それと同時に、ゾンビ軍団は矛先を揃えて進軍を開始する。

 

「クッ!?」

 

 セツナは《麒麟》を片手で構えると、ゾンビの大群に向かって飛び込む。

 

 この相手が、普通の攻撃では倒せない事は、既に経験済みである。

 

 刀身にオーラフォトンを込める。

 

 光り輝く刀身を持って、セツナは斬り掛かる。

 

 獲物を補足すべく、腕を振り上げてセツナに向かってくるゾンビ達。

 

 それらの中央に降り立つと、高速で剣を振り抜く。

 

 セツナは手を止めない。白虎をその身に宿したセツナは、目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出していく。

 

 一振りで2〜3体のゾンビが切り倒されていく。

 

 さながら小規模な竜巻が出現したかのように、セツナが通った後には何も残らない。

 

 だが、それも一瞬の事。戦場を埋め尽くす量のゾンビ達は、すぐにセツナが開けたスペースを埋めて行く。

 

 ゾンビは四方八方から腕を伸ばし、セツナにつかみ掛ろうとする。

 

「チッ!?」

 

 セツナは舌打ちする。

 

 あまりにも数が多い。1体の力は大した事無いが、それが数100である。いかにセツナでも、洒落にならないと言わざるを得ない。

 

「クッ、玄武!!」

 

 セツナはとっさに白虎を解除、玄武を起動すると押し寄せるゾンビに対して障壁を張って接近を防ぐ。

 

 弾かれて間合いを広げると同時に障壁を解除、再び切り込む。

 

 その時。

 

 独特の風斬り音と供に刃が振り下ろされる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、身を翻らせてよけるセツナ。

 

 振り向く視界には、鎧に身を固めたサーギオス兵が居る。

 

 その手にした剣は、振り下ろされた状態のまま深々と地面にめり込んでいる。とても、普通の人間に出来ることでは無い。

 

「言い忘れていましたが。」

 

 それまで黙っていたハーレイブが口を開く。

 

「彼等はただ操っているわけでは有りません。その身体能力をオーラフォトンで制御し、通常のスピリット以上に強化してあります。気を付けて下さいね。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま《麒麟》を構え直した。

 

 何であろうと、立ちはだかるなら、

 

「斬る。」

 

 再び白虎を起動、《麒麟》を振り抜く。

 

 通常の日本刀では、西洋風の板金鎧を断ち切る力は無い。だが、永遠神剣である《麒麟》にそのような法則は通用しない。

 

 鉄製の鎧を薄紙のように切り裂き、兵士を胴斬りにする。

 

 眦を上げる。

 

 視界を埋める敵の群れ。

 

 操られた兵士達が、折り重なるようにしてセツナに向かってくる。そして、ゾンビ達も獲物を求めるようにして近付いて来る。

 

 刀身に大気を圧縮し纏わせる。

 

 振り下ろされる刃をかわしながらチャージを進める

 

 切っ先まで大気が凝縮した時、セツナは振り抜く。

 

「鳴竜閃!!」

 

 斬断の意思を込めた真空刃が、迫る兵士達に向けて放たれた。

 

 先頭にいた2名は、一瞬の内に体を真っ二つにされ、上半身が地面へと落ちる。

 

 鳴竜閃の威力はそこで終わらない。

 

 更にその背後に居た数人も兵士も、真空刃の前に体を真っ二つにされる。

 

《セツナ、まずいよ。》

 

 《麒麟》が焦燥とした声で、セツナに話しかけて来た。

 

《ちょっと、数が多いよ。》

『ああ。』

 

 まだ、深刻なレベルでは無いが、セツナ自身も焦りを感じている。

 

 数が圧倒的に多過ぎるのだ。

 

『まったく、いつも単独行動をするとロクな事が起きないな。』

《あのさ、もしかしなくても、セツナって馬鹿?》

『かも、な!!』

 

 近付いて来るゾンビの群れを薙ぎ倒す。

 

 いつまでこんな戦い方を続けられるか判らない。

 

 だが、それでも、他に方法が無い以上、斬って斬って斬りまくるしかない。

 

『《麒麟》・・・』

《何?》

『ハイペリアでは「100人斬り」と言う言葉があるんだが、俺はどれくらい斬れると思う?』

《お、余裕だね、意外と。》

『別に。それくらい考えてないと精神的に持たないだけだ。』

 

 珍しい弱音と供に、セツナは再び斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 飛び掛ってくるスピリットが一体。

 

 ユウトはカウンター気味に《求め》を振りぬき、胴を薙ぐ。

 

 すれ違った後、腹から血を噴出し倒れるスピリット。

 

 そのスピリットの屍を踏み越え、別のスピリットが2体、ユウトに斬り掛かる。

 

 対してユウトは、素早く構えを解くと、左手を正面に掲げる。

 

「マナよ、我が求めに応じよ。一条の光となりて、彼の者達を貫け!!」

 

 迫るスピリット達に放たれる一条の光線。

 

「オーラフォトン・ビーム!!」

 

 光線はスピリットの胸を貫く。

 

 ユウトは続けざまにもう一体のスピリットにも光線を放ち、これを倒した。

 

 これまでのように、広大な屋外や街中などの比較的開けた場所と違い、ここは城内の廊下。しかも、外敵が侵入した場合の迎撃を想定してあるサーギオス城の廊下は、必要以上に狭く造ってある。

 

 このような戦場では、集団としての戦闘力よりも個人技の冴えが物を言う。

 

 相手が少数であれば少数であるほど、強大な力を誇るエトランジェの真骨頂と言えた。

 

 ユウトは周囲に気を走らせる。

 

 既に周辺に敵スピリットの気配は無い。

 

「この階の制圧は終わったか。」

 

 サーギオス軍に既に積年の威容は無い。勇将精鋭悉く討たれ、黄昏の瞬間を迎えた。後は、夜の闇が包むのみ。

 

 そこへ、エスペリアが駆けて来るのが見えた。

 

「ユウト様。」

 

 ユウトの前まで来ると、エスペリアは一礼する。

 

「この階の制圧は完了しました。後は、最上階のみです。」

「ああ、判った。」

 

 ついにここまで来た。

 

 そこに行けば、カオリが、そしてシュンが居る。

 

 決着の時は近い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ユウトはふと、足を止めた。

 

 その脳裏には、開戦前に別れた少年の姿が浮かんだ。

 

 妙な決意を秘めた眼差しが、頭から離れようとしない。

 

 セツナは、自分にしか出来ない事をしに行くと言った。それが何であるか、既にユウトには判っていた。

 

 セツナは、宰相ハーレイブとの決着を着けに行ったのだ。

 

 ユウトは実際に対峙した事は無いが、セツナから聞いてその強さは知っている。

 

 ラキオス最強であるセツナを軽く凌駕するような相手である。そんな者を相手にして、セツナが無事であるわけが無い。

 

 その時だった。

 

「ユウト様!!」

 

 外部に逃れた残敵の掃討を指揮していたヒミカが駆けて来るのが見えた。

 

「大変です。城門の外でセツナ様が敵宰相と交戦中。多数のサーギオス兵に取り囲まれているとの事です!!」

「何!?」

 

 思わず絶句する。いかにセツナと言えど自分よりも強い相手に加えて、多数の敵兵に取り囲まれてしまっては、勝機など有りはしない。

 

「・・・ユウト様!!」

 

 ヒミカはユウトの前で片膝を突く。

 

「城内に残る敵は既に少数です。私に一隊を貸して下さい。セツナ様を助けに行きます。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ユウトは沈黙する。

 

 助けに行くべきだ。ここでセツナを失う事は許されない。

 

 《求め》を握る手が強くなる。

 

 戻るべきだ。戻って、セツナを助けるべきだ。

 

 感情が声高に主張する。

 

だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは、自分を信じて前線を任せてくれた。

 

 ユウトの脳裏に、別れた時に見たセツナの背中が浮かぶ。

 

『こっちは任せろ。』

 

 セツナの背中は、確かにそう語っていた。

 

 ここで戻る事は、セツナが掛けてくれた信頼を裏切る事になるのでは無いだろうか。

 

「ユウト様、どうか!!」

 

 ヒミカが詰め寄ってくる。

 

 だが、ユウトは背中を向ける。

 

「ユウト様!!」

 

 ヒミカの声が背中に突き刺さる。

 

 湧き上がろうとする感情を抑えるように、《求め》を持つ手に力を込める。

 

「セツナは今、自分にしか出来ない仕事をしている。なら、俺達も俺達にしかできない仕事をするんだ。」

 

 そう言うと、歩き出す。

 

「ユウト様?」

「行くぞ。シュンを倒し、皇帝を倒す。それでこの戦争も終わりだ。そうすれば、セツナを助ける事も出来るはずだ。」

 

 後退に力を裂くくらいならば、前進に全力を掛ける。それが、ユウトの出した結論だった。

 

 握る手から滴る血が、金色に染まる。

 

 ユウトは後ろを振り返らない。振り返る必要は無い。その背中は、最も信頼する友が守ってくれているのだから。

 

 

 

 吼え声が戦場に響く度に、数体単位で影が大地に倒れる。

 

 敵陣に飛び込んだセツナは、波のように押し寄せてくる敵兵を片っ端から切り倒し踏み倒し、前進をやめようとしない。

 

 飛び掛ってくるゾンビ兵が数体。

 

 対するセツナは、振り仰ぎ様に《麒麟》を一閃、

 

 切り倒されたゾンビは、ただの肉塊になって地面に降り注ぐ。

 

 その肉塊を踏み付け、セツナは更に前に出る。

 

 そこへ、今度は数10体単位でゾンビ兵が飛び掛ってくる。

 

「クッ!?」

 

 この戦法には覚えがある。確か、サルドバルトの王城で・・・

 

 認識した瞬間、セツナは膝を撓めて空中に飛び上がる。

 

 間一髪、ゾンビ兵達はセツナがそれまで立っていた場所に、折り重なるように着地する。

 

 次の瞬間、数10体のゾンビは、一斉に爆発する。

 

 この自爆攻撃は、かつてセツナを苦しめた戦法である。

 

 空中に居たセツナにも激しい余波が襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 どうにか体勢を立て直そうと、着地を試みるセツナ。

 

 だが、その落下する先には数10の剣を掲げて待ち受けるサーギオス兵の姿がある。その様はまるで地獄の針山のようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 このまま落下すれば、それだけで体が切り裂かれる。ならば、落下前に対処する必要がある。

 

 斬断の意思を込められた大気が刀身に収束し、振りぬかれる

 

「鳴竜閃!!」

 

 打ち出される真空の刃が、着地予定地点の敵を切り裂き一掃する。

 

 兵士達の撒き散らした血溜りの上に、セツナは着地した。

 

 スピリットと違い、マナに還らない一般兵士達の血はそのまま地面に残り、セツナの足を濡らす。

 

 ぬかるむ足元に構わず、セツナは構え直す。

 

 そこへ今度は、周囲からサーギオス兵達が一斉に斬り掛かって来る。

 

「チッ!?」

 

 セツナは舌打ちすると、振り下ろされる斬撃を、受け、弾き、かわしていく。

 

 だが、数が違いすぎる。いかにセツナが一騎当千の腕を持つ者でも、この数を相手に全ての攻撃を裁ききれる物ではない。

 

「仕方が無い・・・」

 

 セツナは白虎を起動、大きく跳躍する事で後退し、一旦囲みから逃れる。

 

 だが、降り立った先でも、更に敵兵士が押し寄せてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 汗が、こめかみを伝って顎に落ちる。

 

 斬っても斬っても、折り重なるようにして押し寄せてくる。

 

 加えて、ゾンビ兵はまだ良いのだが、ハーレイブの魔法によって強化されたサーギオス兵達は、肉体が強化されている関係で動きが素早い。白虎を使っても効果は薄かった。

 

 その時、それまで成り行きをただ見守るだけだったハーレイブの手が、サッと振られる。

 

 次の瞬間、それまではハーレイブの周囲に陣取って彼を守っていた5体の魔界騎士が一斉に動く。

 

 手にした槍を翳し、闇色の軍馬に跨った彼等は、居並ぶ自軍のゾンビ兵達を蹄で蹴散らしながらセツナに向かって突撃してくる。

 

『速い!?』

 

 とっさに白虎を解除、玄武を起動して障壁を張るセツナ。

 

 そこへ、騎士達の槍がぶつかる。

 

「クッ・・・・・・」

 

 絶対防御の障壁が、騎士達の突進力と真っ向からぶつかる。

 

『まず・・・い・・・・・・』

 

 焦りが顔に浮かぶ。

 

 あまりの攻撃力に、障壁が歪み出す。

 

「チィッ!!」

 

 とっさに掌にオーラフォトンを集める。

 

 次の瞬間、障壁が消え去り、騎士達がなだれ込んで来る。

 

「クッ!!」

 

 迫る穂先を前に、セツナは手にしたオーラフォトンを地面にぶつけ、足元で爆発を起こす。

 

 騎士達の突進力が、爆発の衝撃で一瞬鈍る。

 

 そこを突いてセツナは再び白虎を起動、距離を取る。

 

 しかし相手は今までのゾンビや兵士達とは訳が違う。すぐに体勢を立て直し、セツナに向かって突撃してくる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 冷静に状況を見据える。

 

 正面に3体、迂回し回り込むように2体。正面から迫る3体の後ろには、ゾンビ兵やサーギオス兵が群がっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは腰に差した鞘を抜き、構える。

 

 両手の得物にありったけのオーラフォトンを込め、大きく腕を広げ水平に構える。

 

 迫る騎士。そして兵士達。

 

 対してセツナは、振り上げた刃を交差させて振り抜く。

 

「オーラフォトン・クロス!!」

 

 斬撃の軌跡に従い、交差された衝撃波が飛ぶ。

 

 正面に立っていた騎士3体は、高出力のオーラフォトンの前に弾かれ、一瞬にして消滅、マナの塵へと還る。

 

 更に衝撃波は止まらない。その後方に立っていたゾンビ兵やサーギオス兵をも薙ぎ払いながら、それらの後方に立つハーレイブへと迫る。

 

 対するハーレイブは、微動だにしない。

 

 そこへ、衝撃波が迫る。

 

 だが、ハーレイブは全く動こうとしない。

 

 次の瞬間、衝撃波がハーレイブを襲う。だが、その衝撃波はハーレイブを傷付ける事無く、微風の如くかき消された。

 

「チッ!?」

 

 その様子に、セツナは舌打ちする。

 

 今のオーラフォトン・クロスは、かつてハイペリアで使った時よりも格段に威力を増している。あの時は少なくとも傷付ける事ができたのだから、あわよくばこれでハーレイブにダメージを与えられればとも思ったのだが、けんもほろろに弾かれてしまった。

 

 これが、永遠者。

 

 本気になったエターナルの実力なのか。

 

 そこへ迫る、生き残った2体の騎士。

 

「ッ!?」

 

 白虎を起動するだけの時間は無い。

 

 迫る槍の穂先を己の身体能力だけでかわすセツナに対し、軍馬に乗った2体の騎士は容赦無く追い詰めていく。

 

「クッ!?」

 

 頬を掠める穂先。傷口から血が零れる。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 セツナは膂力を効かせて飛び上がると、軍馬に足を掛けて乗り上がり、騎士の頭目掛けて《麒麟》を振り抜く。

 

 しかし、

 

「チィッ!?」

 

 セツナの攻撃は騎士を切り裂く事叶わず、分厚い鎧に弾かれる。

 

 そこへもう1体の騎士から槍が繰り出される。

 

 かわそうとするが、間に合わない。

 

「ウッ・・・・・・」

 

 繰り出される刃は、セツナの脇腹に突き刺さる。

 

 勢い良く突き出されたことで、セツナの体は宙に浮き、背後の壁に叩き付けられる。

 

「クッ・・・・・・グッ・・・」

 

 身を起こそうとして、失敗する。

 

 2体の騎士は、ゆっくりと馬を進めて近付いて来る。

 

 朦朧とする意識をどうにか現世に引き止め、セツナは瞼を開く。

 

 まずった。ハーレイブは、まさにセツナの限界ギリギリの瞬間を見越して切り札である騎士を投入したのだ。これによりセツナのオーラフォトンと体力は一気に消耗してしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 体に力を入れる。

 

 ダメージは大きいようだが、それでもまだ動いてくれた。

 

 手にした《麒麟》に激減したオーラフォトンを注いで行く。

 

 その間にも騎士達はゆっくりと近付いて来る。

 

 次の瞬間、セツナは《麒麟》を振り上げる。

 

「雷竜閃!!」

 

 命中の瞬間に全てのエネルギーを爆発させる。全く無防備に近付いた騎士は、このセツナの奇襲に対応できなかった。

 

 乗っている軍馬ごと、真っ二つにされる騎士。

 

 セツナの動きはそこで止まらない。すかさず、もう1体の騎士に《麒麟》を突き出す。

 

 切っ先は鎧の継ぎ目の部分に突き入れられる。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 そこへ、セツナは傷口からオーラフォトンを注ぎ込む。

 

 爆発的にエネルギーを注ぎ込まれた騎士の体は、内側から膨張して砕け散った。

 

 5体目の騎士を倒した事で、セツナは地に足を付く。

 

 しかし、

 

「あ・・・・・・」

 

 足に力が入らず、くず折れる。

 

 体力、オーラフォトン供に既に限界だった。

 

 そして、目の前にはゾンビ兵とサーギオス兵。当初に比べて大分数を減らしたが、それでも相当な数が生き残っている。

 

 それだけではない。本命であるハーレイブは今だに無傷でいる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を決する。

 

 絶望するにはまだ、早い。

 

『《麒麟》。』

《何?》

 

 セツナは決断する。最後の手段を使うと。

 

『残ったオーラフォトンを全て攻撃に回せ。玄武はいらない。あと、白虎もだ。青龍を一回だけ起動できれば良い。』

《でも、現状の内蔵オーラフォトン量は満載時の12パーセント。これだけじゃ、青龍を1分維持するのが精一杯で、とても攻撃に回す余裕は無いよ。》

『構わない。青龍の起動時間は数秒で充分だ。』

 

 セツナは動かぬ体に力を入れ、立ち上がる。

 

 その視界に広がる、兵士達の群れ。

 

 ゆっくりと、最後のオーラフォトンを《麒麟》の刀身に注ぎ込む。

 

 その様子を見ていたハーレイブが、口を開く。

 

「解せませんね。」

 

 心底、不思議そうな表情で、ハーレイブは尋ねる。

 

「敵わないと判っていて、なぜ向かって来るのですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ここは、君の世界では無い。ラキオスが大陸を平定しようが、本来であるならばこの世界の住人ではない君には関係ないはずでしょう? なのに、何が君をそこまで走らせるのですか?」

「・・・・・・教えてやる。」

 

 セツナは強き意志の光を込めた瞳で、ハーレイブを睨む。

 

「友が俺に、そう望んだからだ。」

 

 レスティーナが、ユウトが、コウインが、キョウコが、スピリット達が、そして、

 

『ネリーが・・・・・・』

 

 セツナは、切っ先を真っ直ぐハーレイブに向ける。

 

「友が俺に望むなら、俺は相手がどんな奴であろうと斬って捨てる。この剣に掛けて。」

「・・・・・・成る程。」

 

 ある意味、この少年の口からだけは決して聞けないと思っていた言葉を聞き、ハーレイブは笑みを浮かべる。

 

「良いでしょう、セツナ君。最後の戦いです。」

 

 そう告げると同時に、ハーレイブは兵士達に命令を飛ばす。

 

 セツナに向けて進軍を開始する兵士達。

 

 対して、既にセツナには白虎を起動するだけの力は無い。ゆっくりした足取りで前へ進む。

 

 剣を振り翳して迫るサーギオス兵達。

 

 迎え撃つセツナは、一刀の元にこれを斬り捨てる。

 

 それを合図にしたかのように、一斉に兵士達がセツナに迫る。

 

 四方八方からゾンビの腕が、兵士の剣が、槍が繰り出される。

 

 セツナはそれらを、己の身体能力だけでかわし、反撃として斬り捨てていく。

 

 だが、オーラフォトンを失ったセツナなど、「少し強いだけの普通の人間」と変わらない。

 

 次々と繰り出される刃を前に、セツナは紙一重で回避を繰り返すが、それでも完全にはかわしきれず、徐々に体を刻まれていく。

 

《セツナ、もう!!》

『判ってる!!』

 

 悲鳴と重なる《麒麟》の声。

 

 限界なのは、誰よりもセツナが一番判っている。

 

 繰り出される刃。

 

 四方八方から繰り出されるそれは、セツナの逃げ道を完全に塞いでいる。白虎の加護を失ったセツナに、かわす術は無い。

 

 対するセツナは、とっさに着ていた黒いロングコートを脱ぎ捨て、包囲網の一角に投げ捨てる。

 

 視界を奪われた兵士達は、当てずっぽうに刃を振るう。

 

 ハイペリアの学生時代から愛用するセツナのコートは、一瞬でズタズタにされる。だが、そこにセツナを斬ったと言う手応えは無い。

 

 コートを使って目晦ましを喰らわせたセツナは、とっさに安全圏へ移動、《麒麟》を構える。

 

 狙いは一点、この軍隊の将であるハーレイブへの道を開く方向。

 

「行っけェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 一閃

 

 振りぬかれた刃より、オーラフォトンで形成された真空の刃が撃ち出される。

 

 放たれる、最後の鳴竜閃。

 

 真空の刃はセツナの意思を受け、兵士達の群を開拓して道を作る。

 

 その一瞬、

 

 僅か一瞬、

 

 セツナとハーレイブの間に、遮る物の一切が消滅した。

 

 その一瞬に全てを賭けて、セツナは吼える。

 

「青龍、起動!!」

 

 身の内で蒼き龍王が目覚め、咆哮を上げる。

 

 映し出される未来の情景が、その射程距離にハーレイブを捉えた。

 

 龍王の意を受け、仮初の道を駆ける。

 

 対するハーレイブはディスピア・プリズンを展開し、セツナの進撃を阻みに掛かる。

 

 セツナの身の内に有る青龍は、それらの状況を取り込んで未来の姿を修正、セツナに回避方を伝える。

 

 飛んでくる闇色の触手をかわし、セツナは前進する。

 

 そして、この戦いが始まって以来初めて、ついにセツナはハーレイブを自身の間合いに捉えた。

 

 振り上げる《麒麟》。

 

「終わりだ、ハーレイブ!!」

 

 決着を着けるべく、振り下ろされる刃。

 

 しかし、

 

 《麒麟》の刃がハーレイブを捉える前に、それを握るセツナの右手首をハーレイブの手が捉えた。

 

「なっ!?」

 

 絶句するセツナ。

 

 まさか、と思う。

 

 必殺の間合いで繰り出された刃。それを、受け止められるなど・・・・・・

 

「・・・見事です、セツナ君。」

 

 ハーレイブは、笑みを浮かべて語る。

 

「君自身の信念、戦闘に対する戦略性、勝利への執念、そして、戦闘能力。どれを取っても一級品だ。過去数10周期。数多居る英雄と比べても、君の戦い振りは決して引けを取らないでしょう。」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかし、残念な事に、以前も言った通り、エターナルと人間の間には絶望的とも言える格の差があります。それが、私と君との、」

 

 セツナの腕を握る手に、力を込める。

 

「差です。」

 

 次の瞬間、耳障りな音と供に、セツナの右腕の骨が砕ける。

 

「グアァッ!?」

 

 骨が折れた事で、力を失った右腕から《麒麟》が零れ落ちる。

 

 くず折れるセツナ。

 

 力尽きた事を示すように、ハーレイブの前に膝を折る。

 

 セツナの腕を放したハーレイブは、勝者の笑みを浮かべてセツナを見下ろす。

 

 既に充分に時間を稼いだ。後は、この、ファンタズマゴリアと言う世界における異質な存在である少年に止めを刺せば終わり。

 

 ゆっくりと、《冥府》を振り上げる。

 

 杖の先に集まるオーラフォトンが黒く変色していく。

 

 あらゆる物を冥界に送り込む権利を有する《冥界の賢者》は、この少年を冥界に送る事でこの戦いのフィナーレにするつもりなのだ。

 

「終わりです。セツナ君。」

 

 疑いようの無い勝利と供に、ハーレイブは杖を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掛かったな、ハーレイブ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに告げる声。

 

 顔を上げるセツナ。

 

 その瞳には闘志が漲っている。

 

「何ッ!?」

 

 思わず絶句し、動きを止めるハーレイブ。

 

 この目は、これから死に行く者の目では無い。この少年はまだ、勝利を捨てていない。

 

「この距離を、待っていた!!」

 

 セツナは残った左腕を伸ばす。

 

 その掌にオーラフォトンが、僅かに残された最後の力が集められる。

 

 その程度の力では、ハーレイブの髪の毛一本断ち切る事は出来ないだろう。

 

 そんな事はセツナにも判っている。

 

「顕現しろ!!」

 

 収束するオーラフォトンが小規模の門を形成、開かれた亜空間から細長い物が出現、形を成す。

 

「それは!?」

 

 驚愕するハーレイブ。

 

 刀身が蒼く装飾された両刃の長剣。

 

 今は亡き、最強の妖精。カチュア・ブルースピリットの半身、第六位永遠神剣《絶望》。それが今、セツナの手の中にある。

 

 これは、エターナルがその世界に潜入する時に使う魔法である。

 

 永遠神剣と言う物は、大きさがまちまちで、中には大きすぎて邪魔になる場合や、ハイペリアのように武器を持ち歩く事自体が既に犯罪になる世界もある。そのような場合に、小さな亜空間を形成して神剣をその中に収納、持ち歩けるようにする為に開発されたのがこの魔法だ。「反転せよ」のスペルをキーに収納し、「顕現せよ」のキーで出現するのだ。使用オーラフォトン量も微々たる物なので、意外と重宝されている魔法である。

 

 カチュアから《絶望》を受け継いだセツナだが、その持ち運びに苦慮していた。その時、《麒麟》から教えてもらったのが、この魔法だった。これが結果的に、ハーレイブに対する奇襲に繋がった。

 

 振るわれる刃。

 

 ハーレイブはとっさの事で、杖を掲げたまま身動きが取れない。

 

 今度こそ、終わり。

 

 その想いが、セツナを貫く。

 

 蒼き刃が、ハーレイブに向けて振り下ろされ・・・

 

 次の瞬間、緋色の風が舞い込んだ。

 

 風は両者の間に割り込むと、振り下ろされるセツナの刃を防ぎ止めた。

 

「なっ!?」

 

 セツナは目を見開く。

 

 目の前には、腰まで達するほど長い緋色の髪を持つ女性が立っている。その手にはシンプルなデザインの長剣がある。

 

 レッドスピリットではない。スピリットの持つ雰囲気とは、明らかに違う。どちらかと言えば、ハーレイブの雰囲気に似ている気がした。

 

「下がれ、下郎。」

 

 女の口から、強い口調で言葉が発せられる。

 

 釣りあがった瞳。酷薄な印象を持つ顔立ち。そして、殺気が滲む雰囲気。

 

「クッ・・・・・・」

 

 攻撃失敗を悟り、セツナは後退する。

 

 間違い無い。この女もエターナルだ。

 

 セツナに油断無く剣を向けたまま、女はハーレイブに振り返った。

 

「遅くなって申し訳ありません主。門を固定するのに聊か手間取りました。」

「いえ、ベストのタイミングでしたよ。アーネリア。」

 

 永遠神剣第三位《忠節》の主。ニュートラリティ・エターナル《忠節の騎士》アーネリア。それが、女の名前であった。そして、ハーレイブに付き従う従者でもある。

 

 勝率は今や、マイナス反転している。敵は強大な力を持つエターナル2人。対してこちらは、力尽きたエトランジェが1人。勝ち目は無い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それでもセツナは、残った左腕に力を込め、《絶望》を構える。

 

 例え勝率が無くとも、ここで諦めるわけには行かない。

 

 その時だった。

 

 突然、背後の方で大きなオーラフォトンのうねりを感じた。

 

「何ッ!?」

 

 思わず動きを止め、振り返る。

 

 そこへ、囁くようにハーレイブが言った。

 

「どうやら、旨く行ったようですね。」

 

 セツナはハーレイブを睨む。

 

 その間にも、背後に現れた力は増大していくのがわかる。場所的には、どうやら王城の辺りらしい。

 

「どう言う事だ?」

「どうもこうも、これが我々の狙いだったのですよ。」

 

 笑みを浮かべて、ハーレイブは言った。

 

「《求め》と《誓い》、双方の激突による一方の破壊。そして、融合。今頃あそこでは、新たな上位永遠神剣とそれの使い手たるエターナルが誕生しているはずですよ。」

「クッ・・・・・・」

 

 完全にしてやられた。まさか、こんな事が狙いであったとは。

 

 となると、必ずエターナルとなる触媒が必要なはず。

 

 エターナル化したのは、シュンか? それともユウトか?

 

 そのセツナの想いを見透かしたかのように、ハーレイブは嘲笑う。

 

「果たして、エターナルになるのはどちらでしょうね? はたまた、その足元に神剣を砕かれ、倒れているのはどちらでしょう?」

 

 最悪の光景だ。どっちに転んでも・・・・・・

 

 唇を噛むセツナ。

 

 そのセツナを見て、ハーレイブは踵を返す。

 

「さて、では用も済んだ事ですし今回はこれで失礼しますよ、セツナ君。」

 

 目の前に門を作り出すと、その中に足を踏み入れる。

 

「これからですよ、本当の恐怖は。」

 

 そう言い残すと、アーネリアを従えて消えていく。

 

 2人の姿が消える。

 

 だが、セツナには何も出来なかった。

 

 やがて、門が消え去った後、

 

 セツナは力尽きその場に倒れる。

 

倒れている場合では無い。ユウトがどうなったか、皆は無事なのか、それを確かめるまでは・・・・・・

 

 しかし、一度切れた緊張の糸を再び結ぶ事はできない。

 

『・・・・・・ネリー・・・・・・ユウ・・・ト・・・・・・・・・・・・』

 

セツナの意識は、そのまま急速に暗転して行った。

 

 

 

第29話「友情と信条と信頼と」     おわり