大地が謳う詩

 

 

 

第26話「黄昏の激突」

 

 

 

 

 

 

 聖ヨト暦332年エハの月

 

 ラキオス王国軍とサーギオス神聖帝国軍の激闘は、熾烈を極めていた。

 

 勢いに乗るラキオス軍は、ゼィギオス、サレ・スニルを攻略。帝都を守る最後の砦、ユウソカへと軍を進めようとしていた。

 

 対する帝国軍は、一見追い詰められているように見受けられるが、その実主力部隊の大半を温存し、一気に反抗する機会を虎視眈々と狙っていた。

 

 両軍の戦力はほぼ拮抗し、サレ・スニルに展開するラキオス軍とユウソカに篭る帝国軍との間に、奇妙な睨み合いが行われていた。

 

 一方でゼィギオスを攻略したラキオス軍別働隊も、秩序の壁無力化と言う戦略目標が今だに達成されていない為、帝都を目前にして足踏みを余儀なくされていた。

 

 攻めあぐねるラキオスと、防御に徹する帝国軍。どちらも動くに動けない状況は、この戦火の中にあって奇妙な膠着状態を生んでいた。

 

 セツナがネリーを伴ってユウトの本陣に戦況報告に訪れたのは、そんな拮抗した情勢の中だった。

 

 

 

「良かったのか、陣を放れて来て?」

 

 茶の用意をしながら、ユウトが尋ねてくる。

 

 慣れた手付きでカップに茶を注ぎ、テーブルに付いたセツナとネリーの前に置く。

 

 元々妹と二人暮らしで、大抵の家事はやらなければならなかった立場である。慣れればこの程度の事は器用にこなせるのだ。

 

「構わないだろ。帝国軍は今、防衛線構築の真っ最中だ。そうそう向こうから攻めてくる事は無いだろうさ。」

 

 そう言って、淹れて貰った紅茶を一口啜る。

 

 隣ではネリーがテーブルの上のお菓子をムシャムシャと食べている。

 

 そんな彼女の様子を見詰めながら、セツナはユウトに尋ねる。

 

「皆の様子はどうだ?」

「どうって?」

 

 ユウトも茶を口に運びながら答える。

 

「これまでに無いくらい長い遠征だ。疲労や士気の低下は見られないか?」

「そうだな、皆確かに疲れているとは思う。けど、」

「けど?」

「士気は高いと思うな。」

 

 ユウトはそう言って、サレ・スニルを陥落させた直後の皆の顔を思い出す。

 

 大陸最強を噂されるだけあって帝国軍は頑強に抵抗し、勢いに乗るラキオス軍に対し頑強に抵抗を続けた。

 

 このサレ・スニル攻防戦においても、ユウトは自身とコウインを中心にして数度に渡る総攻撃を敢行した結果、ようやく攻略に成功したのだった。

 

「でも、皆の士気は高いと思う。なんたって、これで戦争が終わるんだからな。」

 

 そう言ってユウトは笑う。

 

 そう、これで戦争は終わる。

 

 皆がそう思っている。

 

『だが、』

 

 セツナの胸の内に疑問が去来する。

 

 果たして本当に、これで戦争は終わるのだろうか?

 

 その胸の内に秘めたシコリ。

 

 歓喜の内に埋もれ、無視しようとすれば出来なくは無い。だが目を背けてもその存在を感知する事のできるそれは、間違い無く「不安」。

 

 その不安の正体も分かっている。

 

 人智を遥かに超えた力を持つ存在であるエターナル。この戦争を影から操っているはずのロウ・エターナル達は、今だにただの1人も戦線に顔を出していない事だった。

 

『・・・一体、奴等は何を待っている?』

 

 連中が積極的に姿を現さないのは、恐らく何かを待っているからだとセツナは考えている。

 

 ロウ・エターナルの目的はこの世界の崩壊。姿を見せないのは、その為に必要な要素が、まだ揃っていないからだと言う事が推察できる。

 

 ならば、その為に要素とは何か?

 

 ある男の言葉が、思い浮かぶ。

 

『お前は知っているか? この世界は発祥から、恐らく終焉までを、何者かの手によってシナリオ化されている事を。』

 

 この戦争の全てが奴等の予定通りのシナリオであるならば、あるいはこの戦いの終焉の先にある物こそが、奴等の目的なのでは無いだろうか。

 

 では、それは具体的には何か?

 

 戦争は終結に向かっている。

 

 この戦争、仮にラキオスが勝てば、エーテル技術の濫用による世界の崩壊からは、取り合えず脱する事ができる。逆にサーギオスが勝てば、これまで通りエーテル技術の濫用は続き、やがて世界は朽ちて行く事になるだろう。

 

 確かにこれならロウ・エターナル達の目的を達する事ができる。だが、あまりにも効率が悪いと言わざるを得ない。これなら別に戦争をシナリオとして組み込む必要は無かっただろう。むしろ戦争が起こったからこそ、自分達はエーテル技術の危険性を世に示す事ができたと言っても良い。これでは奴等の目的に反する。むしろエーテル技術は、シナリオを開始する火種に過ぎなかったのでは無いだろうか?

 

 視点を変えてみよう。

 

 セツナはチラッと、ユウトの腰にある《求め》に目を向けた。

 

《求め》、《因果》、《空虚》、そして《誓い》。エトランジェのみが使う事を許され、この世界に存在する永遠神剣の中で、セツナの《麒麟》を除くと、最強の4本。聖ヨト時代から伝説に謳われる神剣。

 

 予想が正しければ、これも恐らくロウ・エターナルが作り出したものだ。

 

 ユウトから聞いた話によれば、《求め》は《誓い》を砕く事に異常なほど固執していると言う。加えてユウトはカオリをシュンに攫われ、これを取り戻す為には何としてもシュンと戦い、これを打ち破らねばならない。

 

 そこから導き出される答えは1つ。

 

『連中の狙いは、ユウトと秋月を戦わせる事。』

 

 より正確に言えば、《求め》と《誓い》を戦わせる事。

 

結果がどうなるかは分からない。砕けるのは《求め》か、《誓い》か、あるいは両方か。エトランジェはその為の端末に過ぎない。

 

 その決着の先に何があるのか? いや、何かがあるのは間違い無いのだ。問題は、それがどのようにすれば、世界の崩壊に繋がるのか、である。

 

『そうなると、ユウトと秋月を戦わせるのは危険かもしれないな。』

 

 最悪の場合、自分がシュンを殺す必要があるだろう。

 

 だが、それも簡単に行くとは思えない。何しろシュンの傍にはハーレイブが居る。加えて、その前には間違いなくカチュアと決着を付けねばならない。正直、自分がシュンと戦う余裕は無いはずだ。恐らくそこまで見越して、ロウ・エターナルはハーレイブを用意したのだろう。自分と言う恐らくはこの世界、否、シナリオ上においてイレギュラーな存在を抑える為に。ハーレイブが執拗なまでに自分に戦いを挑んでくるのは、恐らくその為だ。

 

 そこまで考えた時、扉が開く音に釣られ、そちらに目を向けた。

 

 そこには、片手を上げたコウインが立っていた。

 

「よう、セツナ。」

「ああ。」

 

 セツナも手を上げて挨拶する。

 

「聞いたぜ、何か大活躍みたいじゃないか。」

「お前もな。」

 

 実際、コウイン達の力は大きい。

 

 これまではユウトとセツナの2人だけだったエトランジェが4人になった事により、ラキオス軍は強大な帝国軍相手に、五分以上の戦いが可能となっていた。

 

 その時だった。

 

「おや、久しぶりだね〜、ネリーちゃん。」

 

 光速。と言う言葉すら遠いかもしれない。

 

 一瞬前までセツナの目の前に立っていたコウインは、いつの間にか背後に回り、菓子を食べているネリーの前に立っている。

 

『は、速い!?』

 

 今、どうやった?

 

 目にも止まらなかった。セツナとユウトは互いに顔を見合わせる。どうやら、ユウトも同様であったらしい。

 

「いや〜、相変わらず可愛いね〜」

「え、いや、あの・・・」

 

 ネリーもとっさの事で反応が遅れている。

 

 そんなネリーに、コウインは顔を近付ける。

 

「ああ、ほらほら、口の周りにカスが付いているぞ。よし、拭いてあげよう。」

 

 そう言って、テーブルの上においてある布巾を取ってネリーの顔に近付ける。

 

 次の瞬間、

 

 ドガッ

 

 セツナは容赦なくコウインを背中から蹴り倒す。

 

 そしてその背中に足を乗せると、渾身の力で踏み付ける。

 

「ぬぉあ〜、痛い、痛いぞセツナ!!」

 

 コウインの悲鳴が響くが、徹底して無視。そのまま床を踏み抜かんとする勢いだ。

 

「人の彼女に何をやっている貴様は?」

「いや、だからな、可愛い女の子は人類全体の財産な訳で、1人締めは良くないと、痛ッ、痛いってば!!」

 

 ようやくセツナの足裏から脱出して、コウインは立ち上がる。

 

「まったく。」

 

 ふう、やれやれとコウインは肩を竦める。

 

「お前は素直じゃないな、セツナ。」

「・・・・・・何がだ?」

「お前と俺は同士だぞ。ならば、俺の気持ちを分かってくれても良いじゃないか!!」

 

 心の底から響く魂の叫び。

 

 だが、セツナは真っ白い目をすると《麒麟》を鞘から抜き放つ。

 

 セツナが放つ殺気に呼応し、室内の大気が収束し刃を形成する。

 

「ま、待て待て待てセツナ!!」

「放せユウト、今こそこいつを、坊主共が信仰する涅槃とやらに送ってやる。」

「いや、だからって、鳴竜閃はまずいって!!」

 

 その後、どうにか3人がかりでセツナを止め、事無きを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 割り当てられた自室の中、ベッドの上に身を預け、セツナは貰った戦況報告書を読み耽っている。

 

 まったく、

 

 と、口の中で溜息を吐く。

 

 コウインが馬鹿な事をしてくれなければ、ユウトと話している内にこの書類を読んでしまおうと思っていたのに。

 

 こうなった責任の一端はセツナにも在るのだが、それは当然の如く無視。

 

 窓の外に目を向けると、既に日が傾き始めている。

 

 既に炊事当番は食事の準備を始めているようだった。

 

 ネリーはと言うと、一足先に風呂に行っている。一緒に入ると言われたが、頭を叩いて先に行かせた。

 

 しかし、と思う。

 

 部屋を見回す。

 

 ここは一応、セツナとネリー、2人に割り当てられた部屋。接収した家で余分な部屋は少ない為、相部屋になったのは分かる。ネリーとは公認の恋人同士なのだから、部屋が一緒というのにも問題無い。

 

 だが、なぜベッドが1つしかないのだろう?

 

 これには明らかに作為的な物を感じずには居られない。

 

 誰の意図か考え、

 

「ま、良いか。」

 

 3秒でやめた。

 

 誰の意思でも別に自分は構わない。既に一度肌を重ねたのだし、気兼ねする必要は無いだろう。もしネリーが嫌がるようなら、自分は椅子で寝れば良い。幸いにして、どんな姿勢でも熟睡できる体質だ。

 

 その時だった。

 

 突然、勢い良く扉が開かれる。

 

 顔を見ずとも、誰が来たかなど予想がつく。

 

「セツナ、ただいま〜!!」

 

 部屋の隅から大きく助走をつけてジャンプ、ベッドの上にいるセツナに向かってダイブする。

 

 対してセツナはと言うと、そっと書類を傍らに置くと、自由落下してくるネリーの体を受け止める。

 

 ベッドがギシッとしなり、1人分の体重を優しく受け止めた。

 

 ネリーの髪から、石鹸の匂いがしてくるのが分かった。

 

「あは、セツナあったかい。」

 

 そう言ってセツナの胸に顔を押し付ける。

 

「風呂に入ったばかりだろうが。」

「む〜、それでもあったかいの。」

 

 拗ねたような口調だが、それでも胸から顔を放さない。セツナの目からは見えないが、その目は幸せそうに閉じられている。

 

 セツナもそっと、ネリーの背に手を回す。

 

 改めて思う。ネリーは、とても強い。

 

 あの地獄から脱出し帰って来た後も、ネリーはこれまでと変わらず明るく振舞っている。

 

 普通の人間なら発狂してもおかしくない程の目にあったにも関わらずだ。

 

 自分は幸せなのだろう。こんな少女と恋人になれて。

 

 今まで味わった事の無い幸せ。

 

 今、セツナは、それを強く感じていた。

 

 セツナはまどろみに包まれるように、そっとネリーの髪を撫でる。

 

 だが、時として運命は残酷に刻む。

 

「ッ!?」

 

 それは、否応無しにセツナ達を強く締め付ける。

 

 放れていても判るほど、強大なオーラフォトンの増幅。

 

「これは・・・ユウト!?」

 

 間違い無くユウトのオーラフォトンだ。という事は、近くでユウトが戦っている事を意味する。

 

 だが、相手は誰だ?

 

 もう一方の気配には、覚えが無かった。

 

「セツナ!!」

 

 異常を感じたネリーは、既に立ち上がって《静寂》を取っている。

 

 セツナも頷くと、《麒麟》を持って駆ける。

 

 戦場はそう遠くなかった。

 

 

 

 黄昏に染まる戦場。

 

 向かう先で、オーラフォトンが弾けるのを感じた。

 

 どうやら、決着が着いたらしい。

 

『遅かったか。』

 

 舌打ちしつつ、それでも駆ける足を緩めない。

 

 ユウトが負けるとは思わない。だが、相手の正体を確認する必要がある。一体誰が、ユウトと戦っていたのか。

 

 やがて、視界が開ける。

 

 次の瞬間、絶句した。

 

 地面に血が流れ、さながら水溜りのような様相となっている。

 

 そして、その水溜りの中央に倒れ伏すのは、

 

「ユウト・・・・・・」

 

 その声に、恐らくユウトを倒したであろう人物が振り返る。

 

 老人のように白い髪に、血溜りのような赤い瞳を持つ少年。その手にした剣は不気味なまでに歪んだ刃を持っている。

 

 ハイペリアで一度だけ会った事のある人物。

 

「秋月・・・・・・」

「何だ、また蝿が来たのか。」

 

 嘲るような口調のシュン。その腕には、見覚えのある少女が抱えられている。

 

 カオリだ。

 

 その体は恐怖で震えている。

 

 一瞬で理解した。今ここで何があったのか。どういう経緯で、この状況が作り上げられたのか。

 

 そんなセツナに構わず、シュンの口からは嘲りの言葉が吐き出される。

 

「まったく、蝿って奴は払っても払っても湧いてくるから始末に終えないよ。」

 

 絶対的な自信から来る余裕の言葉。

 

 元々シュンとの接点は少なかったが、それでもこういう人間だと言う事は知っていた。

 

「蝿、ね。」

 

 セツナは皮肉な笑みを浮かべる。

 

 よくも言う。カオリを盾にしなければユウトに勝てなかった奴が。

 

 ユウトとて、これまでの実戦経験から高いレベルを持つに至っている。シュンの実力の程がどれ程かは知らないが、ここまであっさりやられるような事は無いだろう。加えて言えば、シュンはカオリを抱えている。そんな状態でまともに剣を振れる訳が無い。という事は答えはただ1つ。ユウトに追い詰められて絶体絶命の状態に陥ったシュンは、カオリを盾にして切り抜けたのだ。

 

 そのセツナの顔を見て、シュンの顔から笑みが消える。

 

 その様子から、シュンの殺気が膨れたのを感じたのだろう。それまで震えていたカオリが叫ぶ。

 

「逃げてください朝倉先輩!! お兄ちゃんを連れて早く!!」

 

 ユウトが倒れた事で、悲観的になっているのだろう。それに、このまま放っておけばユウトの命に関わりかねないだろう事は、一目でわかる。だからこそカオリは、セツナに逃げるように言ったのだろう。

 

 だが、セツナは引かない。

 

 理由はどうあれ、先程まで悩んでいた問題の対象が、ノコノコ間抜け面下げて前線まで来てくれたのだ。まさしく千載一遇のチャンスだった。

 

「そうはいかないな。俺もそいつに用がある。」

 

 そう言ってシュンに向き直る。

 

 シュンはと言うと、相変わらず殺気の篭った瞳でセツナを見ている。

 

 だが、その殺気を無視してセツナは一歩前に出る。

 

「久しぶりだな、秋月。」

「何?」

 

 予想していなかった言葉なのだろう。言われてシュンは、セツナの顔を凝視する。だがやがて、諦めたように口元に笑みを浮かべる。

 

「何を言うかと思えば・・・悪いが僕は、お前のような下賎な奴なんて知らないね。」

「それはそれは、大層な記憶能力だ。」

 

 シュンの挑発に対し、セツナも挑発で返す。

 

 この手の気位が高そうに纏っている人間には、こう言う安い挑発が意外に有効な事を、既にラキオス王相手に経験しているセツナは、口元に余裕の笑みを浮かべて相手の反応を待つ。

 

 案の定、シュンは乗ってきた。

 

「フンッ、ユウトと違って口だけは達者なようだな。でも、所詮口だけじゃどうにもならないさ。」

「そうだな、お前のように人質を取って戦わないと、負けてしまうからな。」

「人質? 何を言うんだ。カオリには協力してもらったのさ。ユウトという邪魔者を殺す為にね。」

 

 シュンは自分でも気付かない内に、口調がヒートアップしていく。

 

 テンションが上がるにつれ、口が回ってくる。

 

「そうさ、僕はお前達みたいな虫ケラとは違う。この世界に選ばれ、《誓い》に選ばれた勇者なんだ。だから僕は全てを手にする権利がある。権力も、名声も、世界も、そしてカオリもね!!」

 

 そう言って佳織の頬を撫でる。

 

「カオリはそんな疫病神と一緒に居るべきじゃない。僕のような選ばれた人間と一緒に居るべきなんだ!!」

「得ればれた人間、ね。」

 

 セツナは肩を竦める。

 

 まさか、ここまで幼稚な思考の持ち主だったのは。ここまで来れば、もはや笑劇に値する。

 

 セツナはスッと目を細める。

 

「そんなに勇者がやりたければ、ハイペリアに戻ってゲームでもやるんだな。貴様にはお似合いだ。ああ、カオリは置いて行けよ。こっちに必要だからな。」

「貴様!!」

 

 激高するシュン。左手でカオリを抱え、右手で《誓い》を構える。

 

 どうやらユウトに使った戦法を、そのまま使うつもりらしい。

 

「どのみち僕には勝利の女神であるカオリがついているんだ。彼女が居る限り、お前は僕に攻撃できない。だから、僕が勝つに決まってるんだ!!」

 

 論旨が完全に破綻している。

 

 その言葉に、セツナはスッと眉を顰めた。これではカオリを守る為にカオリを犠牲にすると言っている様な物だ。

 

 セツナは首を傾げる。

 

 果たして秋月瞬と言う人間は、ここまで脳細胞の皺が少ない人間だったのだろうか?

 

 考える思考は、さほど時間を置かずにある結論に達する。

 

 最初はあまりに違和感無くて気付かなかったが、どうやらシュンの精神も神剣に侵されているようだ。

 

《ん〜、侵されてるって言うより、同調に近いかな?》

 

 セツナの考えを補足するように、《麒麟》が説明してきた。

 

『同調?』

《うん。あいつの心は凄く《誓い》に似ているの。だから、ユウトやキョウコが言ってみれば、外側から侵食されている状態だったのに対して、あいつは《誓い》が自分の内に精神を取り込んで、溶け合ってるみたいなんだ。》

『成る程な。』

 

 セツナは説明を聞き終えて、シュンに向き直った。

 

 まあ、良い。

 

 どの道どんな手を使ったところで意味は無い。自分は、ユウトほど甘くないのだから。

 

 セツナは《麒麟》を鞘から抜き放つ。

 

「カオリ。」

 

《麒麟》を正眼に構えながら、セツナは話しかける。

 

「俺を信じろ。そして、目はしっかりと閉じてろ。」

「は、はい!!」

 

 言われた通り、カオリは力いっぱい目を閉じる。

 

 しかしその行為が、シュンの感情の沸点を刺激する。

 

「僕のカオリに勝手に話し掛けてるんじゃない。虫ケラがぁ!!」

 

 激高して《誓い》を振りかぶるシュン。

 

 しかし、その前にセツナは動いた。

 

「青龍、起動!!」

 

 身の内に龍王が咆哮を上げ、脳内において「可能性の未来」が次々と再生、セツナのあらゆる感覚に、ダイレクトに情報を伝えていく。

 

 地を蹴る。

 

 繰り出される切っ先は、真一文字にシュンの顔面を目指した。

 

「クッ!?」

 

 鋭い突きを、首を傾ける事で辛うじて回避するシュン。

 

 セツナはすぐさま刃を横薙ぎに変換、シュンの首を狙う。

 

「ッ!?」

 

 対してシュンは、後退する事でセツナの斬撃をかわそうとする。

 

 刃はシュンの視線のすぐ前を掠めていく。

 

 辛うじてセツナの攻撃を回避したものの、カオリを抱えている為、大幅な移動は出来ない。

 

 これも、青龍の予測範囲内。全てを予測した上で、最適な未来をセツナに送り込んでくる。

 

 セツナの攻撃をかわし切る事が不可能と感じたシュンは、体勢を確保しようと歩幅を広げる。

 

 しかしそれを予測していたセツナは、突き出たシュンの足目掛けて素早く蹴りを繰り出す。

 

「グッ!?」

 

 膝が砕けそうな程強烈な蹴りを喰らい、思わずよろける。

 

 そこへ再び繰り出される斬撃。横薙ぎの攻撃は、カオリを抱えている左腕を狙う。

 

「クッ!!」

 

 とっさに防ごうとするがカオリの体が死角になり、動作が半瞬遅れる。

 

《麒麟》の刃は、シュンの肩口を掠める。

 

 鮮血が噴出し、既にお馴染みの光景となったマナの塵が立ち上る。

 

「クッ!?」

 

 肩に走る痛みを堪え、それでも抱えたカオリを放そうとしない。

 

 それを見てセツナはほくそ笑む。

 

 放さないならばそれはそれで良し。自分は「カオリの体からはみ出たシュンの体」を攻撃すれば良い。

 

 シュンとカオリの間には、どうしようもない体格差が存在している。その隙間を縫うような攻撃を青龍に求め、実行すれば良いだけだ。

 

 セツナ自身、青龍の使い方には慣れてきていた。要するに、無理に情報を引き出そうとするからまずいのだ。

 

 未来の情景は数万パターン存在する。その中から最適な物を1つだけ選ぶとなると、マロリガン決戦時の対コウイン・キョウコ戦でやったように、時間をかけて必要なデータを揃え、情報を絞り込み最適化する必要があるが、これは正直時間が掛かる。とは言え、無理に探し出そうとすれば、あまりに膨大な情報量が脳の許容限界を越えて氾濫し、最悪発狂してしまいかねない。

 

 セツナは、何もしなくて良いのだ。ただ、必要な状況を打ち込めば良い。情報の選定は青龍自身がやってくれる。後は、それを実行すれば良い。何も難しい事は無い。要は、青龍と言うシステムの中に自分自身を組み込めば良いだけなのだ。

 

 更に速度を上げるセツナ。

 

 疾風の如く放たれる斬撃は確実にカオリの体を避けて、シュンの体にダメージを与えていく。攻撃目標は主に顔面と手足。

 

 判っていれば対処もできると言うもので、シュンも徐々にセツナの斬撃を捌けるくらいには追いついてきている。

 

 しかし一度などは、カオリが僅かに開けている脇の下から刃を差し込むなど、およそ常軌を逸しているとしか思えない攻撃でシュンにダメージを与えて来た。

 

 これにはさすがのシュンも堪った物では無い。一撃必殺の威力は無いが徐々に細かい傷が増え、シュンを切り刻んでいく。

 

「人質」などと言う代物は、セツナの前では薄紙一枚分の意味も成さない。セツナは障害を前にして躊躇しないだけの技と、精神を持っているのだ。

 

「クソッ!!」

 

 とうとう業を煮やしたのだろう。シュンは抱えていたカオリの体を放り捨てて、《誓い》を構え直す。

 

「キャッ!?」

 

 衝撃で尻餅を突くカオリ。

 

 そんなカオリにシュンは、慇懃たらしくのたまう。

 

「済まないねカオリ。少し、待っていてくれるかい。」

 

 見下げ果てるという言葉すら、この少年の前では霞が掛かると言う物だ。たった今まで自分のエゴと独占欲から降り注ぐ攻撃の盾にしていた少女に対し、シュンはあくまでも「彼女が自発的に自分を守る為に協力してくれた」と思い込んでいるらしい。

 

『お目出度い奴だ。』

 

 セツナは間合いを計りつつ、シュンの幼稚な精神を嘲笑う。

 

 どうやら奴は、こちらの仕掛けた策にまったく気付いていないらしい。

 

 激情のまま、シュンは《誓い》を翳して前に出る。カオリを放した事で、動きに制約が無くなった為、フリーハンドに攻める選択肢を選んだようだ。

 

「許さない。許さないぞ。」

 

 紡がれる言葉は漆黒に彩られる。

 

「よくも、僕に・・・選ばれた勇者であるこの僕に、こんな屈辱を・・・・・・お前だけは絶対に許さない!!」

 

 激高するシュン。

 

 対して、

 

「俺だけは・・・ね。」

 

 セツナはあくまで余裕の態度を崩さない。

 

「秋月、貴様、頭に血が上ると周りが良く見えなくなるらしいな。」

「何ッ!?」

 

 訝るシュンを他所に、セツナは指を1つ鳴らす。

 

 それを合図にしたかのように、周囲の木立の影から次々と人影が現れる。

 

 ネリー、エスペリア、アセリア、オルファリル、ファーレーン、ニムントール、ヘリオンが各々の神剣を手に、取り囲んでいる。

 

「ユウトは?」

「先程コウイン様が運ばれていきました。今、他の方が治療に当たっています。」

 

 エスペリアの言葉に頷くと、シュンに視線を向けた。

 

 これで、チェックメイトだ。

 

「さて、どうする秋月? いかに第五位の神剣を持つエトランジェでも、この包囲網は破れないぞ。」

 

 対してシュンは、周囲を取り囲むスピリット達に視線を巡らせる。

 

 完全に取り囲まれている。退路は無かった。

 

「カオリ!!」

「オルファ!!」

 

 親友同士の2人は、互いの無事に落涙を隠せずに居る。

 

 その声に、シュンの視線がチラッと揺れる。

 

「待っててカオリ。すぐ助けるからね!!」

 

 カオリに駆け寄ろうとするオルファ。

 

 しかし、その行動はタイミング的に聊か早過ぎた。

 

 自身の抱え込む女神に近付こうとする不敬な存在を、偽王は許そうとしない。

 

 振り上げられる、緋色の剣。

 

「僕のカオリに触れるんじゃない!!」

 

 狂気に満ちた一閃はオーラフォトンの槍を作り出す。

 

 10数本作り出された槍は、カオリに駆け寄ろうとするオルファに向かって飛んでいく。

 

「オルファ!!」

 

 いち早く危険を察知したエスペリアがオルファを守るようにして立つと、障壁を張り巡らせる。

 

 エスペリアの張った障壁に、シュンの槍が激突。凄まじいまでのスパークが辺り一面を覆った。

 

「クッ!!」

 

 セツナはとっさに右腕で視界を遮り、光をガードする。

 

 その閃光の中で、シュンのオーラフォトンが徐々に肥大化して行くのが判った。

 

《セツナ、来るよ!!》

 

《麒麟》の警告と供に、集まったオーラフォトンが一気に弾ける。

 

「オーラフォトン・レイ!!」

 

 再び空間に現出した光の槍が、一斉に飛んで来る。

 

「チッ!?」

 

 セツナは自分に飛んで来る針を《麒麟》で弾きつつ、周囲に目を配る。

 

 シュンの反撃によって、スピリット達は次々と負傷している。既にまともに立っているのはエスペリア、ネリー、アセリアの3人くらいだ。

 

 軽く舌打ちする。

 

 どうやら作戦は失敗だ。追い詰めたつもりが、どうやら逆に手負いの獣を1匹仕立ててしまったらしい。

 

「・・・仕方が無い。」

 

 方針変更。このまま大人しくしてくれれば、《誓い》だけ破壊して済まそうとも思っていたが、ここまで暴れられては手の付けようも無い。

 

「白虎、起動!!」

 

 光の槍を弾きつつ、白虎を呼び起こす。

 

 10倍に流れ行く時間の中で、セツナは《麒麟》を煌かせる。

 

「フッ!!」

 

 短く息を吐くと同時に放たれる斬撃。

 

 対してシュンも先程までと違い、フットワークを持ってセツナの攻撃をかわし、地に足を付けると同時に反撃に転ずる。

 

 袈裟懸けに振り下ろされる《誓い》。

 

『速い!?』

 

 思わず目を見張る。

 

 白虎を使い、通常の10倍の速度で動くセツナとほぼ同等の動きで、シュンは攻撃してくる。

 

《麒麟》を横薙ぎに払うと同時に距離を取る。

 

 セツナの攻撃をかわす事で時間を食い、シュンは追撃に移れない。その間にセツナは体勢を立て直して《麒麟》を片手正眼に構える。

 

 対してシュンも《誓い》を軽く胸の前に構え、セツナと相対する。

 

 次の瞬間、両者は動く。

 

 地を蹴って突撃するシュン。

 

 迎え撃つセツナは、斬弾の意思を込めて刃を振るう。

 

「蒼竜閃!!」

 

 空気分子の結合すら切り裂く最速の剣が、シュンを迎え撃つ。

 

「フンッ!!」

 

 シュンはそれを鼻で笑って払いのける。

 

 対してセツナは渋い顔をする。自分の最高速の攻撃すら、シュンは弾いてしまった。

 

 確実に言える事は、スピードだけならばシュンはセツナを上回っている。思えば、先程のカオリを挟んでの攻防も、あれだけ不利な状況下に置かれたにも拘らず凌ぎ切っていたのだ。

 

 改めて思う。エトランジェ《誓い》のシュンは、決して侮れる相手ではない。

 

 そのセツナの思考を断ち切るように、シュンの鋭い斬撃が迫る。

 

 対してセツナは白虎をその身に宿したまま、不断に位置を変えつつシュンの攻撃を裁いていく。

 

「ハッ!!」

 

 突き出される切っ先。それを身を沈める事でかわすセツナ。間髪入れず、がら空きになった胴目掛けて刃を繰り出す。

 

 すかさず後退する事で回避するシュン。

 

 そこへ、セツナは追撃を掛ける。

 

 狙う一点に意識を集中し、刃を繰り出す。

 

「雷竜閃!!」

 

 爆発的に威力を増した一撃が、シュンを襲った。辛うじて《誓い》で防ぐ事は成功したものの、その衝撃までは殺しきれない。

 

「グゥ!?」

 

 数歩、よろめくように後退するシュン。

 

 さらに間合いを詰めるセツナ。

 

 シュンは顔を上げる。その目は不必要なまでにギラギラと輝き、セツナを見据える。

 

 接近するセツナに対し、シュンは不利な姿勢から剣を繰り出してくる。

 

 かなり無理やりに繰り出された攻撃だが、それでも速い。

 

「チッ!?」

 

 セツナはとっさに身を捻って、シュンの攻撃を回避。その間にシュンは、跳ね起きるようにして身を起こして距離を取った。

 

 この戦争が始まって、帝国は今まで大規模な会戦を行っていなかった。時々部隊単位で戦闘に介入する事はあっても、大抵の場合、小規模で終わっていた。つまり、シュンが戦う機会は滅多に無かったはずだ。

 

 にも拘らず、これ程の技量を有している事に、セツナは舌を巻かざるを得なかった。

 

 考えてみれば、エトランジェ達はそれぞれ戦い方に違いがある。永遠神剣の形状、特質がそれぞれ違うのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、例えばユウトなら多彩な神剣魔法による後方支援と大出力の攻撃力を使ったバランスの取れた戦闘スタイル。コウインは卓越した防御力を前面に押し出しての接近戦。キョウコは大出力のオーラフォトンと攻撃系神剣魔法を使った遠距離攻撃、及び殲滅戦。そしてセツナはコウインとは逆に、攻撃力主体の接近戦となる。

 

 そんな中でシュンは、明らかにセツナに似た戦闘スタイルを持っている。

 

『面白い。』

 

 セツナは軽く笑みを浮かべた。

 

 こちらの世界に来て、あまり感じる事の出来なかった感情が脳内を満たして行くのがわかった。

 

 それは、武術を志す者ならば誰しも多少は持ち合わせている物。策謀も、計算も押しのけて表に出たそれは、紛れも無い闘争本能。

 

 スイッチが入る。

 

 OK、ここからは、手加減無しで行こうじゃないか。

 

 瞬間、セツナの周囲で大気が凝縮していく。

 

 マナがざわめき、締め付けるような圧迫感が襲ってくる。

 

「な、何だ!?」

 

 さすがのシュンも、あまりの状況の変化に戸惑う。

 

 次の瞬間、大気を凝縮した刃が襲う。

 

「鳴竜閃!!」

 

 月牙の軌跡を描いて放たれる真空の刃。

 

「クッ!?」

 

 それを辛うじて回避するシュン。

 

 余波を食らった背後の木立が、数本纏めて切り裂かれ倒れる。

 

「なっ!?」

 

 そのあまりな切れ味に、シュンは目を剥く。

 

 次の瞬間、

 

「どこを見ている?」

 

 既にセツナは、シュンの目の前まで移動していた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに《誓い》を翳して、セツナの次の攻撃に備えようとするシュン。

 

 しかしそれを見越していたかのように、セツナは斬撃のモーションを取り止め、鋭い蹴りをシュンの腹に叩き込む。

 

「グッ!?」

 

 体に走る衝撃に、思わず息が詰まるシュン。

 

 そこへ改めて、《麒麟》の刃が振り下ろされる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、地面を転がってセツナの攻撃を回避する。

 

対してセツナは、それを追撃するようにシュンへの攻撃を止めない。再びその脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 

「クッ、この!!」

 

 無様に地面を転がりながら、シュンは辛うじてセツナの間合いから逃れ《誓い》を構え直す。

 

 セツナはなおもシュンを追い込むべく、《麒麟》を翳して迫る。

 

「舐めるなァァァァァァ!!」

 

 シュンは持てる限りのオーラフォトンを《誓い》の刀身に注ぎ込むと、セツナに向けて振り下ろす。

 

 対してセツナは、その刃の軌跡を冷静に見据える。

 

 今のシュンは獣と同じだ。セツナの技量に圧倒され、冷静さを欠き始めている。

 

 好都合だ。どんなに強大な力も、当たらなければ意味は無い。そして熱くなれば熱くなるほど、動きは読みやすくなる。

 

「ハッ!!」

 

 真っ向から振り下ろされる刃を、セツナは体を横滑りさせて交わす。

 

 次の瞬間、シュンが放出した大量のオーラフォトンが炸裂する。

 

 状況的には雷竜閃を放った直後に似ているが、威力は桁違いだ。

 

 横滑り移動の為に体が僅かながら浮いていたセツナの体は、木の葉が風に吹かれるように爆心地から吹き飛ばされる。

 

 だが、慌てない。この程度は予想の範囲内だ。

 

 セツナは爆風に身を任せながらも体勢を入れ替えると、迫る立ち木に着地、膝を撓めてエネルギーを下半身に蓄積する。

 

 シュンが目を見開くが、遅い。

 

 衝撃が止んだ瞬間、セツナは立ち木を蹴って加速。僅かコンマ1秒でシュンの懐に入り込む。

 

「クッ!?」

 

 とっさに防御の姿勢を取ろうとするが、その時には既に、セツナは必殺の間合いに入り込んでいた。

 

「ハッ!!」

 

 横薙ぎに繰り出される白刃。

 

 緋色の防御を掻い潜った光は、シュンの胴を切り裂いた。

 

「ば・・・馬鹿な・・・・・・」

 

 よろけながらも、どうにか体勢を保とうと試みるシュン。しかし、切り裂かれた腹からは大量の血が流れ、それと同時に力も失われていく。

 

 勝負あった。

 

 セツナはゆっくりとシュンに振り返る。

 

 それにあわせるようにシュンもセツナに振り返る。その瞳は憎悪に彩られ、今だに戦意を失っていない事を表している。しかし、その有り余る意思に体が付いて行っていないのは隠しようも無い事実で、《麒麟》を杖代わりにしてようやく立っている有様だった。

 

「そんな・・・有り得ない・・・」

 

 呪詛のように紡がれるシュンの言葉。それを聞きながら、セツナはゆっくりと歩み寄る。

 

「この僕が・・・・・・選ばれた勇者であるこの僕が・・・こんな、虫ケラなんかに・・・・・・」

 

 キッと顔を上げる。

 

 瞳から殺気が迸り、セツナを貫く。

 

「こんな虫ケラなんかにやられるわけが無いんだァァァァァァ!!」

 

 叫ぶと同時に振り上げられる《誓い》。残された全ての力を振り絞り、セツナに斬り掛かる。

 

 しかし、分不相応な身分を僭称する少年の一撃は、既に漆黒色の死神を捉える力を持っては居なかった。

 

 僅かに体を傾けると同時に、その腹を蹴り飛ばす。

 

「グハッ!?」

 

 血反吐を吐きながら、地面に倒れ伏すシュン。

 

 その手には今だに《誓い》が握られているが、既にそれを振るう力が無い事は明白だった。

 

 傾けたその視界の先に映るのは、自身が女神と信じる少女の姿。

 

「カ・・・オリ・・・・・・」

 

 伸ばされる手。全ての力を振り絞っても、少女を掴み取ろうとする。

 

「一緒に行こう・・・君は、僕と居るべきなんだ。あんな、疫病神と一緒にいちゃ、いけない・・・・・・」

 

 だが無常にも死神は、その手を踏み付ける。

 

 耳障りな鈍い音と供に、シュンの腕から抵抗感が無くなり、有り得ない方向に折れ曲がる。

 

「グゥッ!?」

 

 悲鳴を押し殺すシュン。あるいは、カオリの前では、無様な姿は見せまいと必死なのかもしれない。

 

 そんなシュンを、セツナは無言で見下ろす。

 

「・・・・・・お前がなぜ、カオリにここまで執着するのか、お前とユウト、どっちが正しいのか決める権利は、赤の他人に過ぎない俺に決める権利は無い。」

「クッ・・・」

「だが、他者を貶める事でしか自分の正当性を主張できないお前が正義であるわけが無い。」

 

 その喉元に、《麒麟》を翳す。

 

 疑いようも無い、死刑宣告を叩き付ける。

 

「1つ、教えてやる秋月。お前は勇者じゃない。ましてか、魔王でもない。今ここで俺に殺される脇役だ。」

 

 振り翳される刃。

 

 それを、引いた速度の数倍の速さで振り下ろす。

 

 次の瞬間だった。

 

 ガキンッ

 

 異音と供に、刃は空中で受け止められる。

 

 次いで、有り得ない存在感が、場を満たすのが感じられた。

 

「困りますね、ここで彼を殺されては。」

 

 次いで放たれる、柔らかい物腰の言葉。

 

 強烈な違和感を撒き散らすその存在に、セツナは目を向ける。

 

「貴様か・・・・・・」

 

 殺気の込めた視界を埋めつくように立つ、法衣を着た青年。

 

「ハーレイブ。」

「お久しぶり。ハイペリアでの戦い以来ですね、セツナ君。」

 

 笑みを見せるハーレイブ。

 

 対してセツナは、憎悪の篭った瞳でハーレイブを見る。

 

「よくもぬけぬけと、」

 

 ネリーを攫い、陵辱するよう命じたのは貴様だろうが。

 

 迸る殺気は、そう告げている。

 

 その殺気を受け止めつつ、ハーレイブは軽く流す。

 

「さて、その方、」

 

 そう言ってシュンを差す。

 

「申し訳ありませんが、連れて帰らせてもらいます。まだ死なれては困りますからね。」

「断る。」

 

 言い様に《麒麟》を一閃。対してハーレイブは数歩後退してセツナの斬撃をかわす。

 

 次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

 別方向から飛んできた刃がセツナを掠める。

 

 舌打ちしつつ、シュンを放して後退するセツナ。

 

 その視界に入った、よく見慣れた蒼き女豹の姿。

 

「カチュア!?」

 

 思わず舌打ちする。ハーレイブ1人でも手に余るというのに、この女にまで出てこられては、勝機など無い。

 

 そのカチュアの脇に、スッとハーレイブが立つ。

 

「暫く時間を稼いでください。深追いの必要はありません。」

「任せな。」

 

 互いに小声で頷き合うと、カチュアは《絶望》を翳してセツナに迫る。

 

「チッ!!」

 

 既にセツナは、シュンとの戦いでいくらか消耗している。この上更に、カチュアとハーレイブを相手にするとなると、体力の配分が難しくなる。

 

 だから最初の一撃に全力を込め、カチュアを葬る必要がある。

 

 出し惜しみしていたオーラフォトンを刀身に注ぎ込む。

 

 数ある技の中から、現状に最も適した物を選択、迫るカチュアを迎え撃つ。

 

「雷竜閃!!」

 

 爆発的に威力を高められた一撃が、カチュアに向かう。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 繰り出された刃に手応えは無い。

 

 攻撃が当たる直前、カチュアは一瞬早く上空に飛び上がりかわしたのだ。

 

 飛び上がった勢いをそのまま下に向け、蹴りを繰り出すカチュア。

 

 それを後退して避けつつ、セツナは《麒麟》を構え直す。

 

 対してカチュアも、再び《絶望》を翳してセツナに斬りかかって来る。

 

「意外だな。」

 

 その攻撃を裁きながら、セツナは口を開く。

 

「お前ほどの女が、あんな小物の下に甘んじるか?」

「別に!!」

 

 セツナの攻撃をかわし、反撃しつつ、カチュアも答える。

 

「帝国はあたしの家。帝都には家族も居る。なら、その帝国と戦っているあんたと戦うのは当然だろ!!」

「そうか、なら遠慮は要らないな。」

「遠慮なんてしてたのかい?」

 

 再びぶつかり合う両者。

 

 その間にハーレイブは、シュンを助け起こす。

 

「大丈夫ですか、随分派手にやられましたね?」

「うる・・・さい。」

 

 嘲笑を含んだハーレイブの言葉に対し、シュンは途切れ途切れながらも悪態を吐く。

 

 シュンの傷は、腹と腕。後は細かい切り傷が無数にある。

 

 この状態で良く無事だったものだ。

 

「さあ、戻りますよ。」

 

 立ち上がろうとするハーレイブ。その腕を、シュンが掴んだ。

 

「カオリ・・・は?」

 

 こんなになっても、自分の身よりも少女の方が大事と見える。聞こえによっては美談にも感じられるが、シュンの性格の一端でも知っているの人間が聞けば、彼の執念の方に呆れるであろう。

 

「大丈夫ですよ。既に保護してあります。」

 

 そう言ってニッコリ微笑む。

 

 既にカチュアの部下が奪還、帝都に転送済みである。ここでラキオス側に彼女の奪還を許せば、《求め》のユウトがこの戦いに参戦している最大の意義が失われる事となる。今彼に手を引かれる事は、ハーレイブ、と言うよりロウ・エターナル側としては避けたい事態であった。

 

 その視界の先では、セツナとカチュアがなおも激しく応酬を繰り広げている。

 

 その様子を傍目に見ながら笑みを浮かべる。

 

 今はまだ、戦う時期ではない。その舞台は整っていないのだ。

 

「待っていますよ、セツナ君。」

 

 そう呟くと、転送の魔法を唱えた。

 

 

 

 木立の間をすり抜け上空に舞い上がりながら、両者は互いに力を高めていく。

 

 次で決める。その意思の元、相手を見る。

 

 既にセツナの《麒麟》の刀身は、満たされたオーラフォトンによって白く輝いている。

 

 対するカチュアの《絶望》もマナを刀身に注がれ、青く輝く。

 

 いち早く上空に上がったカチュアが、滞空してセツナを迎え撃つ。

 

 対して、やや遅れてセツナも上空に舞い上がった。

 

 互いの位置はカチュアが上で、セツナが下。

 

 位置関係のみを見ればカチュアが有利。だが、出力はセツナが有利。

 

 一気に急降下を駆けると同時に、大気を切り裂きながら《絶望》を振り下ろすカチュア。

 

「ヘブンズ・スウォード!!」

 

 対してセツナは、上昇力その物を斬撃の力に変換するかのように《麒麟》を振り上げる。

 

「鳴竜閃!!」

 

 撃ち放たれる、月牙の軌跡。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 迫る真空の刃。

 

 カチュアはさながら一個の流星の如く、全ての力を掛けてぶつかる。

 

 拮抗する光が大気を振るわせる。

 

 次の瞬間、光が弾ける。

 

 互いの力は互角。

 

「チッ!!」

「クッ!!」

 

 舌打ちすると同時に剣を繰り出す2人。

 

 だがとっさに事で体勢が悪かったのか、互いの永遠神剣は手から離れ宙を舞う。

 

「「ッ!!」」

 

 だが、両者はなおも戦いをやめない。

 

 セツナに掴みかからんと腕を繰り出すカチュア。対してセツナも、腰の裏に手を回す。

 

 次の瞬間、両者はもつれるようにして落着した。

 

 やがて、ゆっくりと煙が晴れると、その中に立つ2つの人影が見えてきた。

 

 両者、腕を交差するようにして立っている。

 

 セツナの喉元にはカチュアの掌が喰らい付き、締め上げようとしている。

 

 対してカチュアの首筋には、セツナのナイフが突き付けられ、皮膚を切り裂く半歩手前で止まっていた。

 

 遅れるようにして、弾かれた2本の永遠神剣が地面に突き刺さる。

 

 セツナの後ろに《絶望》が、カチュアの後ろには《麒麟》が、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに無言のまま、睨み合う。

 

 やがてゆっくりと手を引いた。

 

「今日は、ここまでだね。」

「・・・・・・ああ。」

 

 既にシュンはハーレイブに連れられて撤退した。これ以上この場にいるのは、お互いに無意味だ。

 

 どちらが最初だったか、

 

互いにフッと笑みを浮かべると、そのまますれ違って自分の永遠神剣の元へ歩み寄り、地面から引き抜いて鞘に収めた。

 

「次は無いよ・・・・・・お互いね。」

「そうだな。」

 

 頷きあう。

 

 次に2人が戦うとすれば、戦場は帝都になる。確かに、次は無かった。

 

 そこへ、

 

「セツナ!!」

 

 聞き慣れた声が近付いて来るのが聞こえた。

 

「行け。」

 

 短く言うセツナ。

 

 カチュアは頷いてウィング・ハイロゥを広げる。

 

 最後にもう一度カチュアは口元に笑みを浮かべると、上空へと飛び去った。

 

 それと入れ替わるように、木立の合間からネリーが走ってくるのが見えた。

 

「セツナ!!」

 

 彼氏の姿を見つけると、ネリーはその胸目掛けて一直線に飛び込む。

 

 それを優しく抱きとめて、セツナは微笑む。

 

「怪我、無い?」

「ああ、皆は?」

「うん、大丈夫。エスペリア達が治療してくれたよ。」

 

 どうやらそちらの方は一安心のようだ。

 

 だがシュンは結局取り逃がし、総司令官であるユウトが負傷すると言う事態になってしまった。奇襲を受けたとは言え、完全にラキオスの敗北だった。

 

 セツナは南東の空に目をやる。

 

 肉眼では確認できない。だがこの方角には、帝都サーギオスがある。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナはネリーを地面に下ろすと、踵を返した。

 

「帰るぞ。ユウトが心配だ。」

「うん。」

 

 セツナに続いて、ネリーも駆け出す。

 

 先を行くセツナに並ぶと、ネリーはその手を握ってきた。

 

 少し驚いたような顔をするセツナ。対してネリーは、満面の笑みを浮かべてセツナを見上げている。

 

 それに釣られるように、セツナもネリーの手を握り返した。

 

 だが意識はなおも、帝都の方角に向けられている。

 

 そう、次は無い。お互いに。

 

 

 

第26話「黄昏の激突」   おわり