大地が謳う詩
第２４話「帝国領侵攻」
１
時は満ちる。とは正にこの事を言うのだろうか。
聖ヨト暦３３２年、ルカモの月。
旧ダーツィ領、ケムセラウトに集結したラキオス王国軍は、ついに全兵力を持って帝国領侵攻を開始した。
参謀長《麒麟》のセツナ直率による精鋭部隊を先鋒に、過去最大規模の大部隊を持って、帝国軍の第１次防衛ライン『法皇の壁』に襲い掛かった。
対する帝国軍も早期の段階でラキオス侵攻を見抜き、法皇の壁に大部隊を配置、迎え撃つ体勢を整えた。
だが、歴戦の将であるセツナは既にこれあるを見越し、攻撃第一波に主戦力を集中、一気に突破を図る作戦に出た。
今ここに、永遠戦争第三幕「帝国戦争」が、爆炎と剣戟に彩られて幕を上げたのである。
視界の先で、炎が踊り、陽光に反射した刃が断末魔の色を映し出す。
前線部隊を指揮するセツナは、静かな瞳でそれを見守る。
「心配？」
傍らに立つキョウコが、含み笑いを浮かべながら尋ねる。
何の事を聞いているのか分かっているが、素直に答えるのはあまりに癪なので、すっとぼける。
「何のことだ？」
「あ〜、駄目駄目。あんたって、他の事は割とポーカーフェイスでやり過ごすのに、こういう事になると、すぐ顔に出るのね。」
やれやれとばかりに、キョウコが肩を竦める。
それを無視して、セツナは視線を前方に向ける。
ラキオス軍が猛攻を仕掛ける法皇の壁。
あの中には、彼女も居る。
志願したのは彼女だった。
それに対しセツナは、一切の躊躇いも無く、それを了承した。
手元に置いておきたいというのもある。だがそれ以上に、彼女の力量を何より信頼していたからだ。
ふと、笑みが零れる。
思えば、彼女も成長したものだ。出会ったばかりの頃は、自分に稽古をつけて貰う度に半べそになっていたと言うのに。
「な〜に笑ってんのよ。」
その顔を見て、キョウコが笑みを浮かべる。
「煩い。」
そんなキョウコに、セツナは素っ気無く返す。
「良いからお前もさっさと行け。巻き込まれたくなかったらな。」
「はいはい。」
しょうがないなあ、とばかりに溜息を吐くと、キョウコは《空虚》を抜いて前線へと向かう。
それを見届けてからセツナは、腰から《麒麟》を抜く。
「・・・・・・・・・・・・」
目を閉じる。
今回の敵は帝国兵ではない。眼前に横たわる巨大すぎる邪魔物。法皇の壁こそが、ラキオス軍にとって最大の障害と言えた。
時間を稼ぐ必要がある。
今回のセツナの役目は砲台。
前線を味方が支えている内に、特大の一撃を放つ事が目的だ。
周囲の空間に呼びかけ、マナを集める。
マナを媒体に内なるオーラフォトンを活性、それを刀身へとゆっくり注ぎ込んでいく。
刀身はまばゆいばかりに輝き、他を圧倒するほどの存在感をかもし出した。
「ん、行く！！」
《存在》を掲げ、アセリアが突撃する。
この作戦に先立ち、ユウトと共に行った帝国領リーソカ潜入作戦中に奇跡的に自我を取り戻したアセリアは、これまで同様、否、これまで以上に溌剌とし、剣を振るっている。
その訳は、本隊を指揮し、後方から進撃してくるユウトにあった。
セツナとネリーが互いに愛し合ったのと同様、彼女もまた、ユウトとの恋に落ちたのだ。
人種に限らず、恋と言う物を知った人間の反応は２種類存在する。
１つは、己の力量を省みず、愛する者を助けようとするあまり、生き急ぎ自滅するタイプ。
そしてもう１つは、愛する者を守る為に己を高め、強さを得るタイプ。
アセリアは、明らかに後者だった。
その証拠に、数倍の数の差を物ともせずに敵陣に斬り込むと、次々と帝国軍スピリットを薙ぎ倒していく。
まさに「蒼い牙」の復活だった。
そしてもう１人。ここにも又、愛する者の為に力を得た少女が居る。
「行っくよ〜！！」
ウィング・ハイロゥを羽ばたかせて急降下に入るネリー。
その先には、障壁を展開してネリーの接近を阻もうとするグリーンスピリットの姿。
しかしネリーは、構わず突っ込むと《静寂》を振るい、障壁ごとグリーンスピリットを切り倒す。
すかさず傍らのブルースピリットが斬り掛かって来る。
対してネリーは、身を屈めるようにして横薙ぎの斬撃をかわし、相手が振り抜いたところを見計らって懐に飛び込む。
「もらった！！」
腹に突き刺さる《静寂》の斬撃。
ブルースピリットは断末魔の悲鳴を上げてマナの塵と化す。
傍らに立つ、アセリアと肩を並べ、ネリーはスピリット隊の先陣を努めて斬り込んで行く。
その２人の前に、３人のレッドスピリットが立ち、それぞれ詠唱に入ろうとしている。
ネリーとアセリアは互いに頷き合うと、左手を突き出した。
「「アイス・バニッシャー！！」」
放たれる吹雪が、一瞬早くレッドスピリット達を捕らえ、吹雪の中に叩き込んだ。
詠唱をかき消され、動きを止めるレッドスピリット達。
その隙に２人は距離を詰める。
慌てて神剣を構えて迎え撃とうとするレッドスピリット達。
しかしその前に２人は、自身の間合いに彼女達を捉える。
「タァァァァァァ！！」
アセリアは《存在》を肩に担ぐと、勢いに任せて振り抜く。
その一撃で、レッドスピリットの首が斬り飛ばされる。
しかしその間に、次の相手がアセリアを背中から突き殺そうと、神剣を繰り出してくる。
しかし、
「ハッ！！」
アセリアは背中に目が付いているかのようにその突きをかわすと、回転の勢いを利用した斬撃でそのスピリットを胴切りにした。
その間にネリーも残る１人と交戦している。
回転しながら繰り出されるダブルセイバーの刃をかわしながら、懐に飛び込む。
「遅い、よ！！」
言い様に放たれた斬撃はレッドスピリットの胸に吸い込まれ、鮮血を撒き散らした。
アセリアが、ユウトを守る為に強くなったのなら、ネリーはセツナに追いつく為に強くなった。
２人の想いに違いはあれど、その強さは同義である。
その時、紫の電撃が迸り、視界にいる限りのスピリットを一掃する。
「お〜い、２人供〜！！」
後方で、キョウコが叫んでいる。
「早く逃げなさ〜い。セツナが何か、でっかいのぶちかますみたいよ！！」
言われて気付く。
地平線の先で巨大なマナが収束し、大気が恐怖を感じるように震えている事を。
あれをまともに解放されたら、予測でもなんでもなくただでは済まない。
「行くぞネリー。」
「うん。」
巻き添えは御免だった。
２人はウィング・ハイロゥを広げると、急いでその場から立ち去った。
「・・・・・・さて。」
既にセツナの手の中には、天災規模のマナが集まっている。
これを解放すればオーラフォトン・クロスを遥かに上回る出力を得られるだろう。
もっとも、ここまでチャージするのに約５分。とてもではないが実戦向きとは言い難い。
だが今回のセツナの役目は砲台。セツナ自身が動く必要は無い以上、こう言った作戦も可能となった。
「やるか。」
既に作戦は出撃前に伝達してある。今頃味方は退避に移っている事だろう。もっとも逃げ遅れたとしたら、それはそいつの自己責任、自業自得としか言いようが無いが。
スッと目を閉じる。
これ程巨大な力を扱うのは、セツナとて初めての事。緊張もする。
「奥義・・・・・・」
静かに、紡ぐ。
「鳴竜閃！！」
言い放つと同時に、オーラフォトンを充填し、大気のマナを纏わせた刀身を振り抜く。
通常の鳴竜閃ならば、その切っ先が描く月牙の軌跡に従って真空刃を形成するはずだが、今回は違う。
あまりに膨大なマナはそのまま刀身の切っ先から迸り、巨大すぎる光の剣を形成する。
その切っ先は天をも衝き、周囲の大気を否が上でも凝縮する。
その刃を振り抜くセツナ。
巨大な刃が、法皇の壁目掛けて迫る。
それを見た帝国軍スピリット達は我先にと退避を始めようとするが、既に遅い。
間近に迫った刃は彼女達の頭上に振り下ろされた。
触れても居ないのに、その巨大な刃に当てられたスピリット達は次々とマナの塵となって消滅していく。
存在その物が既に凶器に等しいその刃は、圧倒的な力で抗うことも許さずに蹂躙していく。
そして、それだけに留まらない。
振り下ろされた刃は、巨大な建造物である法皇の壁その物を斬り裂いて行く。
長年に渡り、外敵を防ぐと同時にダスカトロン大砂漠の進行をも食い止めていた法皇の壁。それが今、巨大な剣によって両断されていく。
まさに、信じ難い光景であった。
光の剣はそのまま、威力を全く衰えさせる事無く、法皇の壁を真っ二つに切り裂いてしまった。
セツナはフッと緊張を解いた。
役目を終えた剣は、空気に溶けて消えていく。
額からは汗が滲み出ていた。
今回は大気のマナを補正させる効果があった為、オーラフォトン・クロスを使った時ほどの消耗は無い。だがそれでもこれ程の力を制御したのだ。疲労も半端ではない。
だがこれで、作戦の第１段階は成功と言って良かった。
視界の先では真っ二つにされた法皇の壁がある。
その前面では、退避していたラキオス軍が再攻勢を掛けていた。
対照的にセツナの力に圧倒された帝国軍は我先にと撤退を始めている。
ラキオスとサーギオスの第一戦は、ラキオスの圧勝といって良かった。
「さて、これからだ。」
セツナは《麒麟》を鞘に収めると、前線部隊と合流すべく駆け出した。
「おやおや、帝国ご自慢の法皇の壁が真っ二つだよ。」
彼方からその様子を眺めていたカチュアが、呆れの混じった溜息と共に呟いた。
敵情視察を目的で法皇の壁近辺まで出張ってきたが、そこでとんでもない物を見せられてしまった。
「これが、あのエトランジェの力だとすればゾッとしますね。」
傍らのシャーレンが、声を震わせて呟いた。
法皇の壁とてマナの力で強化されている。それをああもあっさりと両断されるとは思いもよらなかった。
「ああ、さすがだよ。セツナは。」
不敵な笑みを浮かべてカチュアは、彼方の戦場に居るであろうセツナに想いを馳せる。
強いのは分かっていたが、まさかここまでやるとは思いもよらなかった。
「で、御頭。あたし等のこれからの行動は？」
携帯食を齧りながら、アンナが尋ねてくる。
「とりあえず、リレルラエルから続く街道から放れた所で待機だ。あいつがどっちに来るか分からない以上、出方を見て行動したほうがいいだろう。」
「あいつってのは、《麒麟》のセツナの事？」
「ああ。」
フェリアの問いに、頷く。
「今回の戦いからも分かるように、セツナがラキオス軍の中で大きなウェイトを占めている事は間違い無い。だから、あいつが帝都に入る前に、何としても潰さないと。」
カチュアがそう言った時だった。
「ウフフ。」
突然、場違いな笑い声が漏れてきた。
「ロレッタ・・・・・・」
カチュアはすぐに、笑い主の方を見る。
「何だい？ 気持ち悪いね。」
「いえ、御頭がここまで誰かに入れ込むなんて、珍しいなって思いまして。」
その言葉に、一同は一斉にカチュアの方に向き直る。
その視線に気圧されたかのように、カチュアは数歩後ずさる。
「な、何だい？」
「いえね、」
ロレッタは先を続ける。その口元は、さもこの状況が可笑しくて堪らないとばかりに満面の笑みを浮かべている。
「御頭がここまで入れ込んでしまう素敵な殿方に巡りあえた事を、心から祝福したいなって思いまして。」
「なっ！？」
ロレッタのその言葉に、カチュアは思わず絶句する。
素敵な殿方？
あいつが？
「だって御頭。ここのところずっと、あのエトランジェの話ばかりしてたじゃないですか。」
「い、いや、それは作戦上の事であって・・・」
言い訳気味に反論しようとする。
だが、その脳裏にはセツナの鋭いまでの容貌が飛び込んでくる。
常に全身に殺気を湛え、他者を寄せ付けず、孤高の狼のように佇むその容姿。
ただ力が強いのではない。意志が強いのだ。
何者にも侵されぬ精神。内面に静かに燃え盛る炎こそが、彼の魅力と言えた。
知らず、頬は上気する。
「あ〜、赤くなった！！」
ルルが嬉しそうに手を叩いて笑う。
それを見て、残る４人もニヤッと笑う。
「ほほう、あの御頭が・・・」
「スラム１の娼婦《蒼の妖姫妃》も、とうとう年貢の納め時ですね。」
「御頭、失礼とは思いますが、そのような感情は戦闘の妨げになるだけかと・・・・」
「何でも良いじゃねえか。あたしらからすれば、惚れた腫れたなんて日常茶飯の事だろ。御頭がそうなっちゃいけないって訳じゃないんだしよ。」
口々に勝手な事を言う。
「え〜〜〜い、うるさいうるさいうるさ〜〜〜〜〜〜い！！」
ほとんど駄々っ子のように手足をばたつかせて暴れるカチュア。
擦れているようで、何気にこう言う話題に弱いカチュア。何と言うか、隊長としての威厳が音を立てて崩れていくのが分かった。
だがさすがにこれ以上からかうのは拙いと思った一同は、押し黙る。これ以上やれば、最悪、錯乱したカチュアは《絶望》を抜きかねない。
「馬鹿な事言ってないで、さっさと行くよ！！ 敵だって待ってくれてるわけじゃないんだ。さっさと街道上の監視ポイントへ移動！！」
そう言うとカチュアは先頭に立ってズンズンと歩いて行く。
取り残される形となった５人は互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべながら慌ててそれに続いた。
２
法皇の壁崩壊により、戦意を完全に喪失させた帝国軍は、続く街道都市リレルラエルでも、ほとんど抵抗らしい抵抗を示さないまま同都市を放棄、帝国領奥地へと撤退して行った。
対してラキオス軍は無理にこれを追撃するような事はせず、一旦全軍を合流させ、英気を養うと供に、今後の作戦方針に付いて指揮官クラスを集めて話し合う事となった。
会議の席は、騒然とした。
誰もが、耳を疑ったのだ。セツナの言葉に。
「おいおいセツナ、そいつは少し危険すぎるんじゃないか？」
真っ先に不満を表したのはコウインだった。
セツナはここから先、二手に分かれる街道を進軍するに当たり、兵力を分散して同時侵攻を行うと言い出したのだ。
どちらかに兵力を集中させると思っていた一同は、驚いてセツナを見た。
「俺もそう思うぞセツナ。俺達は帝国軍より数が少ないんだから、兵力は集中させたほうが良いんじゃないか？」
ユウトもコウインに同意する。
その他の者も、２人に同意見らしく、否定的な瞳をセツナに向けてくる。
だがセツナは、首を横に振った。
「それじゃ駄目だ。」
「どうしてでしょうか？」
エスペリアも、納得のいかない表情で尋ねてくる。
「考えても見ろ。ここは帝国領だ。地の利は完全に向こうにあると言って良い。俺達はいわば、敵の体内で戦っているようなものだ。敵はどこにでも伏兵を配置する事ができる。例えばだ、」
セツナは地図上の一点、サレ・スニルを差す。
「俺達がこのサレ・スニルを攻略している隙に、ゼィギオス方面に潜んでいた敵がこのリレルラエルを奪回したらどうする？」
その言葉に、誰もが黙り込む。
そうなったらラキオス軍は退路を断たれて袋の鼠と化す。後は包囲殲滅されるだけだ。
「じゃあさ、こうしたらどう？」
キョウコが手を上げた。
「ここには少しだけ守備隊を残して、他のみんなは攻撃に加わるってのは？」
「却下だ。」
にべも無く切り捨てるセツナ。
それに対しキョウコは、不満顔になる。
「何でよ？」
そんなキョウコにセツナは、鋭く質問を返す。
「キョウコ、お前は軍事行動時における『少数精鋭』の利点と欠点が何か、分かるか？」
「え、り、利点と欠点って、えっと・・・・・・」
突然の質問に、視線を宙に彷徨わせるキョウコ。
もともと勉強が出来るわけではないキョウコ。そんな彼女に、このような専門知識があろうはずも無く、
「ユウ、パス！！」
と、あっさり放棄してしまった。
もっとも、放棄された側は堪ったものではないが、
「え、えっと〜」
今度はユウトが視線を彷徨わせる番だった。
その様子を見て、セツナは溜息を吐いた。こんなのが軍上層部に居て良いのだろうか？ これで本当に勝てるのだろうか？
仕方が無いとばかりに、セツナは口を開いた。
「・・・良いか、少数精鋭であるという事はだ、攻撃時には少数ゆえの機動性と精鋭ゆえの攻撃力を存分に生かし、敵部隊の撹乱、分断、一撃離脱等の戦法を用いて戦いを優位に進める事ができる。だが、精鋭であると同時に少数でしかないと言う事を考慮に入れれば、大軍が群れを成して押し寄せたとき、ろくな防衛線を張る事が出来ずに飲み込まれてしまう場合が多いって事だ。」
「つまり、攻めてる時は有利だけど、一度守りに入ったら弱いって事か？」
「そう言う事だ。」
セツナは頷く。
「俺達は帝国軍に数で完全に差を付けられている。という事は、守りに入っている余裕は無く、地形的な観点から、兵力を集中させる事もできないって訳だ。俺が兵力分散を具申した理由は、これで理解できたか？」
セツナが並べた正論に、一同はぐうの音も出ない。
確かにこれでは、守りに入るのも兵力の集中も良策とは言えない。
「分かった。」
やがて、ユウトは頷きながら言った。どうやら、セツナの言葉に納得したようだ。
「それで、編成はどうするんだ？」
「ああ。」
頷くとセツナは、懐から各軍の編成を書いた紙を取り出した。
翌朝、ラキオス王国軍はリレルラエルを進発、二手に分かれた街道を進軍していく。
それぞれの編成は、以下の通りである。
サレ・スニル、ユウソカ方面攻略軍
総指揮官 《求め》のユウト
参謀長 《献身》のエスペリア
客員将軍 《因果》のコウイン
《月光》のファーレーン
《存在》のアセリア
《消沈》のナナルゥ
《理念》のオルファリル
《失望》のヘリオン
《曙光》のニムントール
以下、元マロリガンスピリット２５名
ゼィギオス方面攻略軍
総指揮官 《麒麟》のセツナ
参謀長 《熱病》のセリア
客員将軍 《空虚》のキョウコ
《赤光》のヒミカ
《冥加》のウルカ
《大樹》のハリオン
《静寂》のネリー
《孤独》のシアー
以下、元マロリガンスピリット１３名
それぞれに再会を誓い合い、街道を分かれる。
目指すは帝都サーギオス。
最終決戦の地へ。
３
ラキオス軍出撃の報は既に、帝都にも届けられる。
それに伴い帝国軍の動きも活性化。
秩序の壁内部からは精鋭、皇帝妖精騎士団を中心とした部隊が続々と出撃して行く。
「ラキオス軍が、進撃を開始したそうですね。」
城のバルコニーから、出撃していく帝国軍を眺めていると、背後から声を掛けられた。
エトランジェ《誓い》のシュンは、ゆっくりと振り返る。
「お前か。」
視線の先には、宰相ハーレイブの姿がある。
「マロリガンを制し、今度はこの帝国ですか。彼等の貪欲は、どうやら尽きる事を知らないと見える。」
「何だって良いさ。」
ハーレイブの言葉を遮るように、シュンは言った。
「要は、僕の佳織を惑わせる目障りな害虫供が、のこのこ雁首そろえてやってきたって事が重要なのさ。」
忌々しげに見詰める地平線の先は、北。ラキオス軍が迫っている方角である。
その脳裏に浮かぶ、憎悪すべき者の存在。
愛すべき佳織の兄を自称し、全てを奪っていった疫病神。
あいつは、あいつだけは生かしておくわけにはいかない。さもないと、自分の佳織がいつまで経っても間違いに気付いてくれない。
もちろん、あいつに加担した奴らもただでは置かない。
腰の《誓い》が、シュンの憎悪に呼応して歓喜の輝きを発した。
街道の街セレスセリス。
ゼィギオスを進発した帝国軍は、この街を拠点としてラキオス軍を迎え撃つ体勢を整えつつあった。
既に二手に分かれたラキオス軍の１隊がゼィギオス目指して南下している事は掴んでいる。セレスセリスは言わば、ゼィギオスの防壁だった。
その中には、カチュア達第１８特殊部隊の面々もあった。
「来ますかね？」
積み上げた土塁に持たれて、ロレッタが気の抜けた声で尋ねてくる。
その問いが、ラキオス軍そのものではなく、その陣中に居るであろう、エトランジェを指している事は言うまでも無い。
「来るさ。」
その傍らに立つカチュアは、自信満々に答える。
直接目で見ずとも分かる。
あの男の気配が刻一刻と、この町に近付いている事を。
「あらあら、ラブラブですね〜」
「ロレッタ・・・・・・あんたしつこいね。」
うんざりした調子でカチュアが答えた時だった。
「ラキオス軍来襲！！」
村の門の方から、早馬が駆け込んできた。
「敵の規模は２０弱。まっすぐこちらに向かってくるぞ！！」
言葉と共に緊張が陣内を駆け抜ける。
早馬の知らせによると、既にラキオス軍は北部の森林地帯を突破してセレスセリスに迫っているとの事だ。
「かなり早いね。」
思わず舌を巻く。
帝国軍守備隊はまだ、ろくな防衛準備も出来ていない。辛うじて街の外周を土嚢で囲っているが、そんな物はスピリットやエトランジェの前には何の気休めにもならない。
「結局、力で来る相手には力で対抗するしかないって事かい。」
そう言うと《絶望》を取る。
「ロレッタ、すぐ皆を集めとくれ。今回は市街戦になるから配置を決めるよ。」
「分かりました。」
頷くと駆け出すロレッタ。
彼女達同様、セレスセリスの帝国軍守備隊は着々と迎撃準備を整えていった。
戦闘は、ラキオス軍の先制で始まった。
キョウコを中心とした火力支援部隊が、帝国軍の築いた防壁を破壊、そこへ、セツナを戦闘に抜刀隊が切り込みを掛けた。
初めの一撃で体勢を崩された帝国軍だったが、すぐさま第二防衛ラインまで下がって体勢を立て直した。
しかし、追うラキオス軍はそうはさせじと、下がる帝国軍を猛追する。
「遅い。」
背中を向けたブルースピリットを、一刀の元に切り捨て、セツナは更に先を駆ける。
狭い路地が多い街だ。
その迷路のように入り組んだ街の配置を利用し、帝国軍はあらゆる方向から迫ってくる。
注意して移動しないと、いつの間にか取り囲まれているなどと言う事もあり得る。
そのセツナの目の前に、ブルースピリット３体、グリーンスピリット２体が現れる。
手にした神剣はマナで満たされ、殺気も露に向かってくる。
しかし、今のセツナにとって、その程度の数は脅威にすらならない。
「フッ！！」
繰り出される神剣を、風が流れるような体裁きで受け流していく。
嵐のように繰り出される神剣の斬撃、突き、しかし、それらはセツナの体を掠める事すら叶わない。
そうして一瞬の隙を突き、セツナは反撃に出る。
槍を突き出したグリーンスピリットの前に、高速で移動する。
慌てて槍を引こうとするグリーンスピリット。しかし、遅い。
次の瞬間には、グリーンスピリットは胸から両断されている。
包囲網の一角に穴が開く。セツナはそれを見逃さない。
その穴が閉じる前に体を刃の死角に移動、若干の行動の自由を確保する。
慌てて振り向こうとする残り４体のスピリット、
そこで、
「白虎、起動。」
知覚速度、反応速度、運動速度が一気に１０倍に跳ね上がり、迫る刃が静止したようにゆっくりと動く。
その間隙を突き、再び体を元の場所に移動させる。
突然目の前で急激にスピードが早くなった為、４人のスピリットは一瞬セツナが消えたように錯覚した事だろう。事実、振り向いた関係で、セツナの体は彼女達の死角に移動している。
その瞬間を逃さずセツナは《麒麟》を繰り出す。
「蒼竜閃！！」
最速の剣が煌く。
瞬くと同時にセツナは包囲網から抜けた。
鍔鳴りと共に刃を鞘に収める。
次の瞬間、４つの首が鮮血を引いて宙に舞った。
その死体を背に、セツナは歩を進める。
背後からは、ラキオス軍のスピリット達が続いた。
「中央通、第３防衛ライン、突破。」
「敵陣営内に、エトランジェ２名を確認。」
「火力支援隊を正面に展開させろ。敵の進軍を阻むんだ！！」
帝国軍の司令部内は、蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。
その様子を、カチュアは冷めた瞳で見据えている。
『エトランジェの１人は、間違いなくセツナだ。１人だけなら、あたしが抑えることが出来る。たとえそれが、セツナであってもね。』
問題はもう１人のエトランジェだ。２対１ではさすがにカチュアでも勝機は無い。
『せめてもう１人、エトランジェに匹敵する力のある奴がこちらに居たらよかったんだけどね・・・・・・』
残念ながら、帝国軍内にカチュアに匹敵する力のある者はいない。カチュアに次ぐ実力者はシャーレンくらいのものだが、そのシャーレンにしてもセツナには遠く及ばない。
『仕方ないね。』
カチュアはフッと笑うと、喧騒に包まれる司令部を後にする。
既に仲間達は配置を終えている。ラキオス軍の進撃速度から考えて、そろそろ行かないと間に合わないだろう。
そう考えると、早足で仲間達の下へ向かった。
通りに積んだ土嚢の影に３人、
向かって左側、建物２階の窓の中に２人、
向かって左側、屋根の上に３人、
配置に付いて待ち構える。
「来た！！」
その視界の中に、刀を無行の位に下げたまま悠然と向かってくる人影がある。
間違いなくラキオスのエトランジェだ。
「まだだ、もっと引き付けろ。」
緊張に満ちた声で指揮官が命令を下す。
その間にもセツナは、漆黒のロングコートを揺らしながらゆっくりした足取りで向かってくる。
「まだまだ。」
ギリギリまで引き付けながら、マナを収束させる。
その瞬間、セツナはその一歩を刻んだ。
次の瞬間、
「今だ、撃てェェェ！！」
一斉に炎を撃ち放った。
一瞬後には、通りの向こうは業火に包まれる。
レッドスピリット８人による一斉集中射撃だ。これならいかにエトランジェと言えども、灰も残らず消滅するはず。
「やったぞ！！」
喝采を上げた瞬間だった。
「え？」
屋根の上に居たスピリットの１人は、自分の視界がいつの間にか反転している事に気付いた。
視界の先には、つい一瞬前まで自分の物だった体が転がっている。
同様に立っていた残り２人も、同じ運命を辿って屋根の上に転がる。
包囲の一角を崩したセツナは、《麒麟》を振りかぶる。
その刀身には凝縮した大気が纏われ、射出の時を待っている。
「鳴竜閃！！」
放たれた真空の刃は、向かう先にある建物ごと、中に居た２人のスピリットを斬り裂いた。
無造作とも思える一撃で２人のスピリットを同時に倒すセツナ。
そのまま、通りに降り立つ。
「ヒッ！？」
一瞬で仲間達を殺された３人のスピリットは、恐怖で後ずさろうとする。
だが、彼女達が後退するよりも速く、セツナは前に出る。
間合いに捉えると同時に振るわれた刃は、一太刀で３人を斬り裂いた。
「・・・・・・・・・・・・」
たった今８人ものスピリットを息付く間も無く斬り倒した刃を肩に担ぎ、平然と佇むセツナ。
その背後に、６つの気配が浮かび上がる。
待ってましたとばかりに大気が揺らぎ、マナが歓声を上げる。
「ようやく、お出ましか。」
振り向かずとも、誰が来たかくらい分かる。
「随分、派手にやってくれたね。」
対する返答も、挑発に満ちた物だった。
「別に、俺がやったわけじゃないんだがな。」
そう言うと、正面の炎に向けて《麒麟》を一閃させる。
すると炎は真っ二つに裂かれ、四散する。
その向こうから、ネリー、セリア、ウルカ、ハリオン、キョウコ、シアーが姿を現した。
既に手に神剣を構え、臨戦態勢にある。
「さてと、」
呟くように言いながら、カチュアは腰から《絶望》を引き抜く。
「立ち話もなんだし、早いとこ決着と行こうか。」
「そうだな。」
両者が言い終えた瞬間、同時に動いた。
「行くぜ！！」
第１８特殊部隊の切り込み隊長たるアンナが、真っ先に前に出た。
「マナよ、煉獄の炎となりて、彼の物供を焼き尽くせ！！」
手にしたマナが、上昇して弾ける。
「フレイム・シャワー！！」
対してラキオス側は、ネリー、シアー、セリアが前に出る。
１人では敵わない事は分かっている。ならば、その３倍で対抗しようと言う作戦だ。
「マナよ、我に従え！！」
「氷となりて力を無にせしめよ・・・」
「アイス・バニッシャー！！」
３本の手から３つの吹雪が放たれ、降り注ぐ炎の雨に、吹き上げる猛吹雪。
その力は中間点で拮抗する。
「うそッ！？」
「ッ！？」
「３人がかりで、互角！？」
改めて、アンナの強大すぎる魔法力に舌を巻く。
次の瞬間、両者の魔法が音を立てて空間にはじけた。
それを待っていたように、疾走する黒い影が２つ。
「「ハァッ！！」」
ウルカとシャーレンは、互いに神剣を抜き放ち、居合い技でぶつかり合う。
「キョウコ、俺達はカチュアを討つぞ。援護を頼む。」
「分かった。」
２人のエトランジェは、互いに頷き合って神剣を構えた。
突撃するセツナ。
それを追うように《空虚》の切っ先から電撃が放たれる。
「ハッ！！」
その電撃が届く一瞬前に上空に逃れるカチュア。
対するセツナも、跳躍して後を追う。
「喰らえ！！」
横薙ぎに繰り出される刃を、カチュアは《絶望》を立てて防ぐ。
カチュアはセツナの体を弾くと同時に、切っ先を向けて突撃する。
落下中のセツナには体勢を変える術は無い。
「死ね！！」
迫る刃。しかし、
「玄武、起動！！」
突撃するカチュアの前に突如現れる障壁。
《絶望》の切っ先は突破もかなわず、弾き返される。
セツナは着地と同時に、周囲のマナに呼びかける。
刀身に大気を纏わせ、一気に解き放つ。
「鳴竜閃！！」
迫る真空の刃。
しかしカチュアはウィング・ハイロゥを羽ばたかせ、辛うじて回避に成功する。
しかしそこへ、
「今だ、キョウコ！！」
「オッケー！！」
キョウコの放った電撃が、カチュアへと向かう。
「クッ！？」
とっさにシールドを張るカチュア。
さすがはエトランジェの神剣魔法。シールド越しにも、凄まじい衝撃がカチュアを襲った。
見ると既に、他のメンバーも戦闘を開始している。
『エトランジェが２人。きついけど、やるしかない、かね。』
不敵に笑みを浮かべて、カチュアは《絶望》を構えた。
突きを主体として攻めて来る。
フェリアと対峙したセリアは、とっさにそう見抜く。
先のランサでの戦いでも、対峙したシアーはこの戦法で先に腕をやられ、以後ろくな反撃も出来なかったと言う。
「ああ、もう、かわさないでよ！！」
苛立ったように叫びながら《叫喚》を繰り出してくるフェリアに対し、セリアはその剣の軌跡を冷静に見極めながら、紙一重でかわし、自身の間合いに捉える。
「ハッ！！」
唐竹割りの要領で繰り出される《熱病》の刃。
その攻撃を、フェリアは後退することでかわす。
「うわっと、危ないな〜」
しかし、セリアはその瞬間を逃さない。
着地の瞬間を見計らって、セリアは一気に距離を詰める。
「クッ！？」
横薙ぎに振られるセリアの斬撃を、フェリアは辛うじて防ぐ。
「この！！」
お返しとばかりに、《叫喚》を突き出す。
対してセリアは、いなすようにしてフェリアの刃を逸らした。
「うわッ！？」
セリアの体裁きに、体が思わず前のめりに倒れる。
そこへセリアは、蹴りを繰り出す。
「クッ！？」
とっさにウィング・ハイロゥを広げて上空に逃れるフェリア。
「しっつこいなあ・・・・・・」
眼下のセリアを見下ろしながら、フェリアは忌々しげに呟いた。
「テメェとやるのは、これで３度目だな。」
うんざりした調子で、アンナは目の前に立つネリーを見る。
ネリーは《静寂》を正眼に構えてアンナを見据える。
「そう何回も、やられる訳無いじゃん。ネリーは、」
言いながら、剣を振りかぶる。
「くーるなんだから！！」
「甘い！！」
炎を刀身に纏い、《獄吏》がネリーに迫る。
対してネリーは、刃が届く一瞬前にウィング・ハイロゥを羽ばたかせ上昇、アンナの間合いから逃れた。
「逃がすか！！」
追撃するように、アンナは掌から炎を放つ。
ネリーは空中を泳ぐようにして炎の雨を逃れる。
「タァァァァァァ！！」
急降下気味に振り下ろす《静寂》。
それを蝿を払うように払うアンナ。
「クッ！！」
片膝を突きながら、体勢を立て直して後退するネリー。
そこへ、再びアンナは掌を翳す。
「ライトニング・ファイア！！」
迫る炎。
対してネリーも、掌を突き出す。
「アイス・バニッシャー！！」
炎と吹雪が一瞬拮抗する。
しかしすぐに炎が圧倒的質量で吹雪を押し潰しに掛かった。
「クッ！！」
こうなる事は初めから予想済み。
吹雪で時間を稼いだネリーは、素早く位置を移動し、炎の範囲から逃れる。
「行くよ！！」
気合と共に、集めたマナを刀身に注ぎ込む。
一気に距離を詰める。
低空からフルスピードで接近した為、大柄なアンナはとっさに対応できないでいる。
「ぶっ飛べ、インパルスブロウ！！」
切り上げるように斬撃を繰り出す。
「ハッ、遅ェ！！」
対してアンナは、踏み砕くように足を踏み上げ、ネリーの斬撃に対抗する。
ネリーの刃とアンナの靴底が擦れ合い、両者共に弾ける。
「あうっ！？」
「チッ！？」
弾かれながら両者は距離を取る。
「よし！！」
吹き飛ばされながらも、ネリーは笑顔で軽くガッツポーズを作る。
アンナと対峙してこれで３度目。ようやく手応えらしい手応えが見えたのだ。
その様子を、アンナは目を細めて睨み付ける。どうやらこの事が、いたくプライドを傷付けられたようだ。
「調子こいてんじゃねえぞ、ガキが！！」
言い放つと同時に、周囲のマナが急速に集まっていく。
「ッ！？」
とっさに《静寂》を構え直すネリー。
マナが燃え盛るように気温が上昇する。
「燃え盛れ、地獄の炎の中で、もがき苦しめ！！」
集まったマナが、急速に破裂する。
「アークフレア！！」
次の瞬間、立ち尽くすネリーを、炎が取り囲んだ。
それはまさに、炎の牢獄。脱出の手段は無い。
次の瞬間、蓋が閉じられ、炎はネリーの小さな体を飲み込んだ。
「・・・灰になれ。」
吐き捨てるように呟くと、炎に背を向けた。
しかし、次の瞬間だった。
背を向けた背後で、炎が弾け飛んだ。
「何ッ！？」
まさかの事態に、思わず目を剥くアンナ。
そこには、無傷のまま《静寂》を構えるネリーの姿がある。
そのネリーを、空間に現出した障壁が取り囲み、炎から守っている。
「これ・・・セツナ！！」
呼ばれて、カチュアと対峙したままのセツナは口元に微笑を浮かべた。
カチュアと戦いながらも、自分の彼女の危機を見逃すほどセツナは愚かではなかった。
恋人の無事を確認すると、セツナは再びカチュアに意識を集中する。
「あっの、エトランジェ、またかよ！！」
ランサの戦いでも、アンナはセツナの攻撃の前に瀕死の重傷を負わされている。それと殆ど似たような事が、再び起こったのだ。
だが、呆けている暇は無い。
ウィング・ハイロゥを広げて、再びネリーは斬り込んで来る。
「チッ！！」
それを辛うじて回避しながら、アンナは再びネリーと切り結んだ。
力と速さの対決。
セリアとフェリアの戦いはそう言って差支えが無いだろう。
最小限の動きと小回りの効く技で攻めるフェリアと、それを体裁きでかわしながら、一撃必殺を狙うセリア。
両者は互いの立ち居地を目まぐるしく入れ替えながら、応酬を繰り返す。
「ハッ！！」
フェリアの突きをかわし様に、セリアは横薙ぎの一撃を浴びせようとする。
しかしその前に、フェリアは空中に飛び上がり、回避する。
と、目線の高さまで上昇したフェリアは、そのままセリアに蹴りを繰り出す。
「クッ！？」
それを、首を傾ける事で回避するセリア。
しかし、それがフェリアの罠だった。
「貰ったよ！！」
繰り出される斬撃。
とっさに回避を試みるが、間に合わない。
「グッ！？」
熱い衝撃が走り、左腕の上腕部が切り裂かれる。
フェリアの狙い通り、セリアは腕を負傷した。
勝利を確信するフェリア。
だが、それが一瞬の隙を生んだ。
その隙を見逃さず、セリアの瞳が光る。
とっさに集められるだけのマナを《熱病》の刀身に流し込み、残った右腕一本で振り抜く。
「ハァァァ！！」
渾身の力を込めた一撃。
とっさに上昇を駆けようとするフェリア。
しかし、間に合わない。
《熱病》の刃は、逃げようとするフェリアの腹を深く抉った。
「ガ・・・・・・ハッ！？」
熱い物がこみ上げ、口から鮮血を吐く。
次いでウィング・ハイロゥが力を失い、その体は地面に打ち付けられた。
「フェリア！！」
その様子を見て、２人のエトランジェと対峙していたカチュアが叫ぶ。
とっさに、繰り出される《空虚》の刃を弾くと、全速力で倒れ伏すフェリアに駆け寄る。
だが、
「行かせないわよ！！」
その前に立ちはだかるキョウコ。
しかし、
「どけェ！！」
力ずくに振るわれる《絶望》。その勢いに、キョウコの体は壁際まで吹き飛ばされた。
そして、傷付いた仲間の下に駆け寄る。
「フェリア、しっかりおし！！」
その呼び声に答えるように、フェリアは薄っすらと目を開ける。
「お・・・・・・頭・・・・・・ぼ、僕・・・・・・」
「しっかりするんだよ、フェリア！！」
消え行くフェリアの意識を繋ぎとめようと叫ぶカチュア。
しかし、フェリアの傷口からマナの塵がこぼれ、大気に溶けて消えていく。
誰の目にも、最早助からないのは明らかだった。
「お、頭・・・僕・・・・・・僕・・・死ぬの？」
「フェリア・・・・・・」
血に濡れた手が、カチュアに伸ばされる。
カチュアはその手を、握り返す。
「死ぬのは・・・・・こ、怖い・・・・・・なあ・・・・・・・・・・・・」
その言葉と共に、フェリアの首がガクッと折れた。
その体と、彼女の相棒である《叫喚》は、急速に薄れて大気に溶けていく。
そこに、フェリアが居たと言う痕跡は全く残らず、ただ消え行くマナの塵だけが、その名残を残している。
「お頭・・・・・・」
傍らに、シャーレンが立つ。
「最早、これまでかと。」
フェリアは討たれ、数的に劣勢。しかもどうやら、本隊の方も敗走を始めたらしい。
このセレスセリスでの戦いは、帝国軍の敗北で幕を閉じようとしていた。
「我等も、手遅れになる前に撤収を。」
「ああ、分かってる。」
前線では、アンナとルルが神剣魔法でラキオス軍を牽制している。
だが、それも長くは持たないだろう。
カチュアはスッと立ち上がった。
「第１８特殊部隊撤退！！ 本隊と合流して後事を策す！！」
言い終えると、その瞳をセツナと重ねる。
憎しみは無い。と言えば多少は嘘になる。
だが、これは所詮結果だ。フェリアは力及ばず、ラキオスに敗れた。
ならば今度はそれ以上の力で、奴等を倒せば良い。
「行くよ！！」
カチュアは警戒しつつ、徐々に後退して行く。
対してセツナも、連戦の疲れを考慮し、それ以上の追撃を掛けようとはしなかった。
同日、別ルートを辿っていたサレ・スニル、ユウソカ方面攻略軍も、その第一関門であるシーオスを占領。
第一段階は、確実にラキオス王国軍有利に進んでいた。
第２４話「帝国領侵攻」 おわり