大地が謳う詩

 

 

 

第21話「王宮攻防戦」

 

 

 

 

 

 

 一心不乱のまま、紙の上をペンが走っていく。

 

 追う視線は等速で、ミスを許さず追走する。

 

 マロリガン戦争終結と同時に舞い込んできた仕事の山を、セツナは的確に処理していく。

 

 参謀長と言う職責は、戦時であろうと平時であろうと、その量に変わりはしない。戦時には戦時の忙しさ、平時には平時に忙しさがあると言うものだ。

 

 それに、あまりゆっくりもしていられない。情報部が放った密偵の報告で、既に次なる敵の動向が入ってきている。

 

 セツナは、その事について書かれた書類を手に取った。

 

『帝国軍は皇帝妖精騎士団を主力とした大部隊を、第1次防衛ライン、通称《法皇の壁》周辺に配置。大規模な演習を行う。』

 

 法皇の壁は、元々はダーツィとの国境線も兼ねていた。と言うことはすなわち、現在はラキオスとの国境線を意味している。

 

 古今東西を問わず、国境近辺での大規模部隊を使った演習が意味する理由は1つしか無い。すなわち、

 

「示威行動。」

 

 セツナは、声に出して言った。

 

 強大な軍事力を故意に見せ付け、相手の戦意低下を狙う。ハイペリアで有名な歴史を浚ってみれば、ペリー提督の黒船来航が好例と言える。合計しても10隻に満たない軍艦だけで、当時の実質的政権だった江戸幕府は戦意喪失してしまったのだから。

 

 現状、ラキオス軍の戦力はサーギオスに届かない。

 

 マロリガンの降伏により、旧マロリガンスピリットや、コウイン、キョウコと言う2人のエトランジェは、ラキオスに帰順し、その戦力はマロリガン開戦当初よりも充実を見ている。

 

 特に、エトランジェが4人になったのは大きいだろう。

 

 だが、帝国にも、今だ未知の力を誇るエトランジェ、《誓い》のシュンがいる。さらに、エトランジェとほぼ同等の力を持つブルースピリット、カチュア、そして、忘れもしない、その存在、

 

「《冥界の賢者》ハーレイブ。」

 

 人という身を超越したハーレイブは、厄介などと言う言葉では語り尽くせぬ程の実力を秘めている。

 

 セツナは思考の中で、現在の自分とハーレイブの力を天秤に掛けて見る。

 

『俺は、《麒麟》の持つ、白虎、玄武、青龍と言う3つの権能を呼び起こす事に成功した。更に、3つの奥義も完成させた。特に、青龍の未来予測があれば、奴に対抗する事が可能だと言うことが、前の戦いで明らかになっている。だが、』

 

 対抗は可能だ。

 

 だが、それがイコール最終的な勝利に繋がるかと言えば、答えはNOだ。

 

 まず、エネルギーの内蔵量が、圧倒的に向こうの方が大きい。これまで何度も戦い、キャパシティ量の違いは嫌と言うほど思い知らされている。

 

 続いて、セツナには決め手が無い。セツナが現在持つ能力の中で最大の威力を発揮する物は、オーラフォトン・クロスだ。オーラフォトンを最大放出するこの技以上の威力を出す事は、事実上不可能と言って良い。だが、先の戦いでは使ったにも関わらず、仕留める事が出来なかった。加えて、初めの頃より調節できるようにはなったが、基本的に1度の戦闘で1発しか撃てない事に変わりは無い。

 

 一方でハーレイブの能力も、これまでの戦闘で分かっている。多彩な黒魔法に、召還魔法、死体を使った死霊軍団による人海戦術、更に、自前の杖(剣位と名前は分からないが、恐らくこれが奴の永遠神剣)を用いた近接格闘術と、あらゆる距離で隙の無い攻撃を仕掛けてくる。

 

 結論。瞬間的に追い込む事は可能だろうが、あくまでもそれは一時的に過ぎず、やがては逆に追い込まれて敗北するであろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは溜息を吐いた。

 

 エトランジェと言えど、人の身だ。それで、神にも等しい存在と戦おうと言うのだから、我ながら気が遠くなってくる。

 

 セツナはふと、自分がここに来るきっかけを作った人物を思い浮かべる。

 

「・・・・・・ニュートラリティ・エターナル、《鮮烈》のキリス。」

 

 言葉で呟いてから、心の中で「恨むぞ」と付け加えた。

 

 奴さえ余計な事をしてくれなければ、今頃自分は退屈ながらも安寧の中に身を置き、日々を暮らしていたであろう。

 

 とは言え、その余計な行動が何も生み出さなかったかと言えば、全くそうとも言えないところが、セツナとしては痛し痒しと言った感じである。

 

 その時、扉が勢い良く開いた。

 

 そして、予想通りの人物が駆け込んでくる。

 

「セツナ!!」

 

 顔一杯に笑顔を浮かべたネリーが、飛び込んできた。

 

「ご飯できたよ。早くおいでよ!!」

「ああ。」

 

 セツナは読みかけの書類を置いて、振り返る。

 

 その視線の先にある物。

 

 色白の肌に、生意気そうな釣り目。活発そうに翻るポニーテール。

 

 自分が恋心を抱く少女。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ハイペリアに居た頃、まさか、このような事になるとは思っても見なかった。

 

 そう、まさかこの自分が、誰かに恋をするなど。しかもそれが、こんな年端もいかぬ少女だなどと。

 

「セツナ?」

 

 自分を見詰めるセツナの視線に、怪訝な顔付きになるネリー。

 

 その声で、我に返るセツナ。

 

「ああ、済まん。」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「飯だったな。行くぞ。」

 

 そう言うとセツナは、ネリーの頭をポンッと叩いて部屋を出た。

 

 

 

 リビングに行くと、セツナは意外な人物が居ることに気付いた。

 

「よう。」

 

 そう言って片手を上げたのは、元マロリガン軍スピリット隊隊長《因果》のコウインである。その横には、同じく帰順した《空虚》のキョウコも居る。

 

「やっほー、お邪魔してるわよ。」

 

 キョウコも屈託な笑顔を見せてくる。

 

 コウインとキョウコの2人は、つい先日までは敵だったわけであるから、いかに編入したとは言え、おおっぴらに軍務に付かせるのは、セツナやユウトが良くとも、文官一同が難色を示すだろう。

 

 そこでセツナは折衷案として、2人を客員将軍と言う身分にし、天空の稲妻を中心とした旧マロリガン軍の指揮を任せる事にしたのだ。

 

「珍しいな。」

 

 呟くようにセツナは言った。

 

 2人は普段、ユウト達が居る第1詰め所で寝起きしている。ここに来る事は稀といって良かった。

 

「いやな、ユウトからこっちの飯も旨いって聞いてな。是非、ご相伴に預かろうと思ってきたんだよ。」

「世間ではそういう行為を、図図しいというが?」

「まあまあ、気にしない気にしない。ほら、朝倉も座りなさいよ。」

「・・・既に態度がでかいな。」

 

 溜息交じりで席に向かおうとした時だった。

 

「おお!!」

 

 何に目を付けたのか、コウインが突然声を上げた。

 

「「?」」

 

 セツナとキョウコが不審げな視線を向ける中、コウインはセツナの横に立ち、

 

「君、可愛いねえ、名前は何って言うのかな〜?」

 

 ネリーを口説いていた。

 

「え、えっと〜・・・」

 

 ネリーは視線だけセツナに向けてくる。無言で送られる疑問文は、「こいつ何?」。

 

 対するセツナも視線だけで、「俺に聞くな」と、返す。

 

 そんな阿呆な事をやっている内に、コウインは馴れ馴れしくネリーの手を取る。

 

「いや〜、手もすべすべして、綺麗だね〜」

 

 もはやその言動は、変質者のそれである。

 

 彼は、

 

 ハイペリアで言う所の所謂ひとつの特殊性的趣味の持ち主で普段は何食わぬ顔をしておきながらその視線は獲物を狙う肉食獣さながらの鋭い目付きで小学校低学年から中学生代までの少女に向けられまたその脳内においては極上の麻薬を用いてトリップするが如く妄想に耽っていると言うこれまた所謂ひとつの幼女世代に性的思考を振り向けることの出来るなかなかにして稀有な趣味を持つ人種と言うか変種と言うかともかく世間の枠組みからおよそ目安において半歩分くらいは踏み外してるかな〜みたいな感じの趣味を若干胸の内に秘めた人間である。

 

 と、句読点も省いて意味も無く文章を羅列してしまったが、要するに幼女趣味、ロリータコンプレックス、所謂ロリコンの持ち主である。

 

 もっとも、いつもは飄々として、掴み所をなかなか見せないコウインの事。この一見したロリコン趣味も、表面上を覆い隠すベールに過ぎないのかもしれない。だが、普段の軽薄な態度が、その仮定を思いっきりぶち壊しにし、黙っていればその貫禄のある出で立ちと、一軍を指揮するだけの頭脳が相まって二枚目に見えるというのに、上記の事項がマイナス反転を促し、碧光陰と言うキャラクターを完全に三枚目にしてしまっていた。

 

「コウイン!!」

 

 普段と変わらぬコウインの態度に、キョウコが必殺のハリセンを抜き放った。

 

 その時だった。

 

 ドカッ

 

 キョウコのハリセンが炸裂する前に、セツナの強烈な蹴りがコウインの背中に極まり、床に踏み倒した。

 

「何をしてるんだ、貴様は?」

 

 真っ白い目と絶対凍度の声音で、床に倒れ伏すコウインを睨むセツナ。

 

「えっと〜」

 

 拳の振り下ろし場所を失い、戸惑うキョウコを他所に、セツナは続ける。

 

「あまりふざけた事をしていると、地獄に叩き込むぞ?」

「ふざけた事って、お前・・・」

 

 言い掛けてコウインは、視線を巡らせる。

 

 その視界には、自分を踏み付けるセツナと、その傍らで戸惑っているネリーの姿がある。

 

「ん?」

 

 その頭の中で、何かがカチリと組み合わさった。

 

「ん〜〜〜〜〜〜?」

 

 ムクリと起き上がるコウイン。

 

「・・・何だ?」

 

 その復活振りに、やや戸惑うセツナ。

 

 一方でコウインはそんなセツナの肩を、突然馴れ馴れしく叩く。

 

「いや〜、そうだったのか〜、うんうん、お前の気持ち、俺にも分かるぞ。」

「・・・だから、何だよ?」

 

 訳の分からないと言った顔で、コウインを見返すセツナ。

 

 そんなセツナに、コウインは皆まで言うなとばかりに両肩を掴む。

 

「こんな世界に来て、同志に会うとは思わなかったぞ朝倉。」

「何の同志だ?」

「いや、だから、ロリ・・・」

 

 皆まで言う必要は無かった。

 

 そこまで聞いたセツナは手早く手を伸ばし、テーブルの上に置いてあったフォークとナイフを掴むと、眼前で交差させた。

 

「オーラフォトン・クロス。」

 

 チュドーーーン

 

「ドワァァァァァァ!?」

 

 大出力のオーラフォトンに吹き飛ばされるコウイン。

 

「いや、朝倉・・・」

 

 そんなセツナに、キョウコが恐る恐る声を掛ける。

 

「幾ら何でも、やり過ぎなんじゃ・・・」

「心配無い。出力は抑えた。」

 

 手の中で灰になり、ボロボロと崩れるフォークとナイフを払いながら、セツナは答えた。

 

 その言葉通り、コウインは壁を突き破る事無く、部屋の隅で伸びている。

 

「それに、この程度で倒れるようなら、この先の戦いを生き残る事はできないだろう。」

「・・・・・・その言葉、今じゃなかったら格好良かったかもね。」

 

 呆れるように溜息を吐くキョウコの横で、ハリオンが少し困ったように言った。

 

「あらあら〜、それでは〜、セツナ君は罰として〜、後で街に行ってフォークとナイフを買ってきてくださいね〜」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 食事が始まると、またいつものような喧騒が幕を上げる。

 

 ネリー達、育ち盛りの年少組は、我先にと並べられた食べ物を口に放り込んでいく。

 

 そんな中でセツナは、客人2人の方に目を向けた。

 

「ところで、」

「ん?」

 

 食事前に復活を果たしたコウインが、顔を上げる。

 

「アセリアの容態はどうだ?」

「ああ、あの娘?」

 

 肉を頬張る手を止め、キョウコが答えた。

 

「まだ、駄目みたい。ヨーティアがたまに来て診てるみたいだけど、なかなか戻す方法が見付からないみたいよ。」

 

 ハイペリアから戻る際、ロウ・エターナルの襲撃を切り抜ける為に《求め》の力を使ってしまったユウトは、門を通る際に軌道が安定せず、次元の狭間に飲み込まれそうになってしまった。

 

 それを救ったのが、共にハイペリアに行っていたアセリアだった。アセリアは《存在》の力を《求め》に掛け合わせることでエネルギーを増幅させ、どうにか軌道の安定を図ったのだ。

 

 結果として安定に成功し、2人はファンタズマゴリアに戻る事が出来た。だが、その後遺症としてアセリアの意識は完全に神剣に呑まれ、ただ戦う為に剣を振るう人形と化していた。

 

「そうか。」

「ユウトは、自分の事を責めてるよ。こうなったのは、自分のせいだってな。」

 

 コウインの言葉にも、やるせなさが滲んでいる。

 

 セツナも、心の中で溜息を吐く。

 

 ユウトと交戦した相手が本当にロウ・エターナルなら、ユウトの行動は間違ってはいなかったはずだ。

 

 それでも自分を許せずに居るのが、ユウトと言う人間の持つ魅力の1つと言えるが、それは裏を返せば、欠点にもなり得る類の物だった。

 

「あ、そうだ。」

 

 暗くなりかけた話題を、キョウコが明るい声で切り替える。

 

「こんなに人が居るんだからさ、今度バーベキューでもやらない?」

「『ばーべきゅー』とは、何ですか、キョウコ様?」

 

 ヒミカの質問に、キョウコは答えた。

 

「屋外でさ、こう、金網を敷いて、その上で肉とか野菜とかを焼いて食べるの。大勢でやると楽しいわよ。」

「それ、美味しいの?」

「美味しいって言うより、楽しい。えっとね、」

 

 楽しそうにバーベキューの説明をするキョウコ。

 

 そんなキョウコを横目に診ながら、セツナはコウインに目を向ける。

 

「あっちは、大分良いようだな。」

「ああ、嘘みたいに回復したよ。お前の一言でな。」

 

 答えるコウインの言葉には、苦笑の色がある。まあ、あの姿を見れば無理も無いだろう。

 

 並外れた順応力。昨日まで剣を交えていた相手と、こうまで簡単に打ち解けていた。

 

「元々、余計な事には首を突っ込んで行くタイプだからな。」

「だろうな。」

 

 付き合いの短いセツナにも、キョウコの性格は簡単に読み取る事が出来た。

 

「まあ、何にしても、悪い事じゃ無いよな。」

「・・・・・・ああ、そうだな。」

 

 セツナは素っ気無く頷き、カップに入ったお茶を口に含んだ。

 

『とは言え、』

 

 カップから口を放しつつ、セツナは視線だけキョウコに向ける。

 

『こちらとしても、あの順応力にはありがたい物がある。マロリガン軍の残党がそっくりそのままラキオスに帰順してくれた事もそうだが、碧、岬の両エトランジェが入った事は大きいだろう。それが即戦力として期待できるならなおさらだ。』

 

 マロリガン戦の間に、政権交代、強硬な人事刷新等で生じたラキオス内政面での不安は解消されている。更に、新たに広まった旧マロリガン領の統治も順調に進んでいる。セツナの頭の中での計算は、既に次なる敵、対サーギオス帝国戦での戦略レベルに移っていた。

 

 セツナは、頭の中に地図を思い浮かべる。

 

 砂漠を越えての帝国領侵攻が不可能な以上、ルートは1つ。旧ダーツィ領ケムセラウトを前線基地として第1防衛ライン法皇の壁を突破。街道都市リレルラエルを占領し、そこを橋頭堡として帝国領侵攻を目指すのだ。

 

 情報によれば、帝国の最終防衛ラインである秩序の壁は、ゼィギオス、サレ・スニル、ユウソカと言う3つの都市からマナ供給を受け強化されている。つまり、この3都市を攻略しなければ、ラキオスの矛は帝都には届かない事になる。

 

 だが、この3都市をいちいち攻略するには、あまりにも時間が掛かり、長期遠征するラキオス軍にすれば、士気、疲労の面から出来れば避けたい所だった。必殺の機に繰り出す槍も、赤錆の塊では意味が無いと言うことだ。

 

 では、どうするか?

 

『兵力分散、か。』

 

 セツナは心の中で溜息を吐いた。

 

 寡兵のラキオス軍が更にそれを分けるなど狂気の沙汰でしかない。だが、やるしかなかった。

 

『本隊をユウト直率として兵力の6〜7割を割き、サレ・スニル、ユウソカ方面攻略軍とする。その補佐としてエスペリア、コウイン、キョウコの3名を付ける。別働隊は俺が直接指揮し、少数精鋭でゼィギオス攻略軍とする。補佐にはセリアを貰うとして、小隊規模の配置は・・・』

 

 エトランジェ4名。スピリット50名。規模としては、質量共にラキオス史上最高かつ最強の遠征軍になる事は間違い無い。

 

 加えて現状のラキオスは、今次大戦が始まる前までの弱小国ではない。膨大なマナを有し、それを効率良く配分できるだけのシステムも確立している。例え相手が大陸最強の国家であったとしても、五分に渡り合えるだけの力が今のラキオスにはある。

 

『後は、敵の将クラスをどうするか、と言う問題だけか・・・』

 

 セツナがそこまで考えた時だった。

 

「おかわりは、いりますか〜?」

 

 ティーポットを差し出したハリオンが、目の前に居た。

 

「ああ、頼む。」

 

 茶が注がれるカップを眺めながら、セツナな思考を締めくくる。

 

『とにかく、これが過去最大の戦いになる事は間違いないだろう。』

 

 そう言うとセツナは、注がれた茶に口を付けようとした。

 

 その時だった。

 

「失礼します。」

 

 声を弾ませながら、若い兵士が入ってきた。

 

「セツナ様はおられますか?」

「ここだ、どうした?」

 

 飲み掛けのカップを置き、セツナは振り返った。

 

「ハッ、女王陛下がお召しです。至急、登城されたいとの事です。」

「レスティーナが? 分かった。すぐ行くと伝えろ。」

 

 敬礼して走り去る兵士を見送り、セツナはカップに入れたばかりの茶を一気に飲み干した。

 

 熱い液体を嚥下すると、座って食後の茶を楽しんでいる一同に向き直った。

 

「そういう事ですまないが、少し席をはずす。ゆっくりして行ってくれ。」

「おう、行って来い。」

 

 コウインの言葉を背に、セツナは《麒麟》を掴む。

 

 この男が、自分が居ない隙にネリーに手を出しはしないか心配ではあったが、レスティーナの呼び出しである以上、無視するわけにもいかない。

 

仕方無しにセツナは、第2詰め所を出て王宮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 駆ける足音も無く、一団が城壁の前まで辿り着く。

 

 前に立ったカチュアが、中心にいる黒服の男に向き直った。

 

「では、手筈通りにお願いしますよ。」

「はい。」

 

 耳にへばりつく様な粘着質の声にも、カチュアは黙って頭を下げる。

 

 男、ソーマは口元に笑みを浮かべる。

 

 まさかかつての自身の古巣に、このような形で帰還する事になろうとは、露とも思わなかった。

 

 だが、これから自分が行う事は、ラキオスの国益になる事は断じて有り得ない。

 

「良いですね。目的は女王陛下の御首。直接王宮に乗り込む役目は、私の配下の者が行います。あなたの体は先んじて侵入し、スピリット達の牽制を行いなさい。それと、宰相閣下より賜った任も忘れないように。」

「・・・仰せのままに。」

 

 短く答えるカチュア。

 

 だが、その瞳にはやるせなさがある。

 

 今回、彼女達の任務は囮と牽制。それはすなわち、最も危険な任務である事を示している。

 

『まあ、いつもの事と言えば、いつもの事なんだけど・・・』

 

 彼女の部隊は、サーギオスでも旧ウルカ隊と並んで最強を誇っていた。その為、実戦となると必ず激戦区に放り込まれるのが常だったのだ。

 

「今更だね。」

 

 ソーマには聞こえないように呟く。

 

 そして、集合場所で待機する仲間達の下へと歩いて行く。

 

 その表情には、先程のような逡巡は無かった。

 

 

 

「以上だ。」

 

 対サーギオス戦略における現段階までの中間報告を終えたセツナは、そう言って締めくくった。

 

 対してレスティーナも、謹厳な面持ちで頷く。

 

「ご苦労様です。よく、この短時間でここまでの計画を立ててくれました。」

「ああ。ウルカの参入がやはり大きかったな。実際、帝国内部を知る者が補佐に付いてくれたから、作戦立案もスムーズに行った。ウルカ編入を認めてくれたレスティーナには、感謝している。」

「あなたに褒められるとは、珍しいですね。」

 

 そう言ってレスティーナは、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 そして、話を切り替えるように立ち上がった。

 

「お茶でも淹れましょうか。ちょうど、美味しいお菓子が手に入ったのですよ。」

「ああ、頂こう。」

 

 レスティーナの方から誘ってくるのは珍しいと思い、何か話があるのだろうと直感したセツナは、誘いに応じる事にした。

 

 だが、そこでふと、ある事を思い出し顔を上げた。

 

「待て、レスティーナ。」

「はい?」

 

 茶を淹れる手を止めて、レスティーナは顔を上げた。

 

「その菓子だが、お前の手作りじゃないだろうな?」

「城下から買い求めたものですが、それが何か?」

「・・・いや。」

 

 うやむやの内に話を打ち切るセツナ。だが、その表情には注意してみれば安堵の色があるのが分かる。

 

 それは、以前ユウトから聞いた話。

 

 レムリアに食わされた料理を食べたら、天にも召される思いだった。と、

 

 言い方はひどく遠まわしだが、要するに死ぬほど不味かったと言いたかったらしい。それと同じ運命を辿るのは、何としても御免蒙りたかった。

 

 幸いにして、出された菓子も茶も普通の物で、味もなかなかだった。

 

「どうです?」

「ああ、悪くない。」

 

 クッキーを齧りながら、セツナは答える。

 

「だが、どちらかと言えばお前が御用達のヨフアルの方が好みだな。次はそっちにしてくれるとありがたい。」

「それは・・・」

 

 皮肉交じりの要求に、レスティーナも眉間に青筋を浮かべて苦笑するしかない。

 

「で、」

 

 紅茶を一口含んで、セツナは本題に入った。

 

「何か話しがあるから、誘ったんだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナの言葉に、レスティーナは黙り込む。

 

 対してセツナはと言うと、こちらも茶を飲むだけで口を開こうとしない。どうも話の内容が濃くなると感じたセツナは、レスティーナから切り出すのを待っているのだ。

 

 やがて、

 

「・・・・・・難しいものですね。」

 

 レスティーナは低く抑えた声で語り始めた。

 

「占領した国を統治すると言うのも。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言えば、とセツナは今更ながら思い出した。

 

 今回のマロリガン戦は、レスティーナが国家元首として挑んだ、初めての戦争だったのだ。これまでは不満がありながらも、父であるラキオス王の成す事を傍らで見て来たに過ぎない。

 

まさに、レスティーナにとっての初陣だったのだ。

 

『まあ、弱気にもなるか。初陣があれだけの大戦争じゃな。』

 

 ましてか、レスティーナは高い理想を掲げて戦っている。否、これからも戦い続けなければいけない。その重圧は、実際に前線で剣を振るっているセツナよりもあるいは重いのかもしれない。

 

「私には理想があるのを、あなたも知っていますね?」

「ああ、大陸からのエーテル技術廃絶。だろ。」

「はい。それが難しい事だと言う事は分かっています。すぐには、理解してもらえないと言う事も・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉で、セツナは大体の事情は察した。

 

 先日レスティーナは、旧マロリガン代表との占領統治、及び基本政策の会談を行った。

そこで、自身の理想と、その発端となった危険性を披露したのだろう。

 

 だが結果は、あえて語るまでも無いだろう。理想は理解されず、逆に狂人を見るような目付きで見られた。と言うところか?

 

『相手は、この間まで剣を交えていた連中だ。いきなりそんな事を言っても、理解はされないだろうな。』

 

 例えば、セツナが剣を持って連中を脅し、強制的に従わせる事はできる。勿論、命令があれば即座に実行する準備もある。だがそれでは、根本的な解決にはなり得ない。これはあくまで、レスティーナ自身が己の器量で乗り切らねばならない壁なのだ。

 

「セツナ。」

 

 レスティーナは、真っ直ぐに問いかける。

 

「私達は、悪なのでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 すがるような瞳がセツナを映す。

 

 その瞳が欲する回答は、否定とも肯定とも取れる。

 

 セツナはその瞳を見据え、

 

「ハア・・・」

 

 溜息を吐いた。

 

「何を今更・・・・・・」

「は?」

 

 セツナはあっさりとそしてキッパリと言ってのけた。

 

「悪人も悪人、極悪人だろうが。」

「な、ちょ・・・」

 

 あまりな物言いに、思わず絶句するレスティーナ。

 

 次いで行った事の意味を理解すると、掌でテーブルを思いっきり叩いた。

 

「もう少し、言い方という物は無いのですか? 否定してくれとは言いませんが、もっとこう、オブラートに包むとか、」

「そんな物、俺に期待してたのか?」

「・・・・・・それは。」

 

 口篭るレスティーナ。

 

 そんなレスティーナに構わず、セツナは先を続ける。

 

「良いかレスティーナ。お前はこの大陸からエーテル技術を無くそうとしている。と言う事はだ、今、この大陸に住んでいる人間に、原始時代まで戻って生活しろって言ってるに等しい事だ。」

「でも、それはこの世界を崩壊させない為に、必要な事で・・・」

「だが、その崩壊が何年先になるかは分からないんだろ? なら、ひょっとしたら100年先か、或いは1000年先かもしれない。いずれにせよ、今を生きてる奴等には、1000年後の崩壊よりも、現在の生活安定の方が大事だろう。そう言う目先の事しか考えない連中にとっては、お前は悪以外の何者でもないって訳だ。」

「では、あなたも、私の考えは間違っていると言うのですか?」

「いや。」

 

 セツナは笑みを浮かべて言う。

 

「これは誰かが、いずれ必ずやらなければならないと言う事実に変わりは無い。それが、現在のお前だと言うだけの話だ。」

 

 セツナは目をスッと細める。

 

「忘れるな。俺はお前に忠誠を誓った身だ。お前が前に進み続ける限り、その前に立ちはだかる茨は、全て俺が切り開く。歩むお前の足を傷付けるような真似は、誰にもさせない。」

「セツナ・・・・・・」

「だからお前は、迷う事無く前に進み続けろ。」

「・・・・・・はい。」

 

 頷いて、レスティーナの顔に笑みが浮かぶ。

 

 その輝きは、新たに固めたレスティーナの信念の輝きだった。

 

「ところで女王陛下。」

 

 セツナはわざとらしく呼ぶ。

 

「お茶のおかわりを頂きたいんだが?」

「・・・・・・あなた、ハイペリアから戻って、少し性格変わりましたね。」

「そうか、普通だと思うが?」

 

 素っ気無く言い返すセツナに、レスティーナはクスリと笑う。そして心の中で、「嫌いではないですけどね」と付け加えた。

 

 レスティーナはセツナのカップに紅茶を注ごうとした。

 

 その時だった。

 

「え?」

 

 いつの間に傍らに来たのか、セツナの手が紅茶を注ぐレスティーナの手首を掴んでいた。

 

「せ、セツナ、何を・・・」

 

 突然の事に戸惑うレスティーナ。

 

 セツナは左頬に傷がある以外は、端正な顔立ちをしており、その傷にしても、若干獣じみた魅力をかもし出している。またレスティーナも、地位と気品に相応しい、美しい容姿をしている。このままセツナがレスティーナを抱き寄せでもすれば、そこからラブロマンスでも始まりそうな雰囲気ではある。

 

だが残念ながら、主演男優が発する殺気がその雰囲気を完全にぶち壊しにしていた。

 

「チッ、」

 

 舌打ち混じりにセツナはレスティーナの腕を引っ張って背中に引き込むと、《麒麟》の鯉口を切る。

 

次の瞬間、執務室の扉が斜めに一閃、切り裂かれる。

 

 そこから、赤、青、緑、3人のスピリットが飛び込んで来た。

 

「スピリット!?」

 

 突然の乱入者。知覚すると同時にセツナは《麒麟》を鞘走らせる。

 

 刃が狙う先に居るのは、先頭に立つブルースピリット。

 

 しかし、狙われている事を悟ったブルースピリットはとっさに飛び上がると、壁を蹴るようにして走り、セツナの斬撃を回避する。

 

「クッ!?」

 

 初撃をあっさりかわされ、セツナは舌打ちする。

 

 この技量。そして、レスティーナに向けて放たれた刺客。

 

 思考する時間すら、既に無駄でしかない。

 

「帝国軍か!?」

 

 緑と赤の攻撃を同時に裁きながら、セツナは呟く。

 

 だが、そちらに気を許している隙に、残るブルースピリットがレスティーナにその刃を掲げて迫る。

 

「クッ、」

 

 守ると誓った手前、それを実行する義務がセツナにはある。

 

「玄武、起動!!」

 

 玄武を呼び起こし、今にもレスティーナを切り裂かんと迫る刃の前に障壁を作り出した。

 

 白虎、青龍と違い、空間に作用する玄武なら、このような芸当も可能となるのだ。

 

 レスティーナの安全を確保すると同時に、セツナは《麒麟》を地摺り八双に構え、レッドスピリットに迫った。

 

「蒼竜閃!!」

 

 空気の分子をも切り裂く最速の剣が閃き、レッドスピリットは防御の間すら与えられずに胴を逆袈裟に切り裂かれ、倒れる。

 

 動きを止めるセツナ。

 

 その横合いから、グリーンスピリットが槍を繰り出してくる。

 

「ッ!?」

 

 息を飲むセツナ。並みのグリーンスピリットを遥かに上回る高速の突きだ。

 

 既にセツナは玄武を使っている。白虎を使って回避するには、一旦玄武を解除する必要があるが、そうなると残るブルースピリットは障壁の守りが消えたレスティーナを狙うだろう。庇守って母屋取られるの典型を演じる事は避けねばならない。ここは、セツナが自身の技量で乗り切らねばならなかった。

 

「チッ!?」

 

 セツナは仰け反るようにして、鋭い突きをかわす。

 

 そこへ今度は、障壁突破が不可能と悟ったブルースピリットも加わる。突破が無理なら、その術者を倒そうと言う魂胆らしい。

 

 神速の突きと、卓越した斬撃がセツナに迫る。

 

 その両者を、セツナは無言のまま見据える。

 

 次の瞬間、屈むようにして斬撃をかわし、繰り出された突きを横から蹴って軌道から外した。

 

 同時に、蹴りの回転反動を利用して威力を増した斬撃でブルースピリットの胴を薙ぎ、グリーンスピリットが慌てて槍を引こうとするよりも速く刃を返し、残ったグリーンスピリットを切り捨てた。

 

 3体のスピリットを倒し《麒麟》を鞘に収めると、セツナは指をひとつ鳴らす。すると、レスティーナを守護していた障壁がスッと消えていった。

 

「やはり、帝国軍のようですね。」

「ああ、これだけのレベルを持ち、俺達に敵対していると言ったら、もう、帝国しか居ないからな。」

 

 金色のマナに変わり行く死体を眺めながら、セツナが言った時だった。

 

 先に倒したレッドスピリットの手から、何かが零れ落ちた。

 

「ッ!?」

 

 それを見た瞬間、セツナの顔色が変わった。

 

 それは、赤のエーテル結晶に特殊な装置を付けた代物。

 

 戦争が始まって以来、何度か目にした事があるそれは、

 

『エーテル結晶爆弾!?』

 

 その威力は、ハイペリアにおける爆弾と比べても遜色無く、かつ適当な資材で起爆装置が作れる為、安価な兵器として重宝されていた。

 

「チッ!?」

 

 己の命を賭しても暗殺を執行する。刺客としては十二分に合格点だったが、それを許すわけには行かない。

 

 セツナは素早く踵を返す。

 

 爆風と言うのは通常、上と横に広がり易い。と言う事は、今から廊下に出てもアウトの可能性が高い。であるならば、手は1つ。

 

「セツナ!?」

「目と口をしっかり閉じてろ、レスティーナ。」

 

 立ち尽くすレスティーナを抱え上げると、セツナは窓を蹴破り外界へ身を躍らせる。

 

 それを追うように、室内に転がった爆弾に着火。執務室一帯が爆炎に包まれた。

 

「クッ!?」

 

 衝撃波が体を叩くのに耐えながら、セツナは空中に身を躍らせる。

 

 とは言え、まだ安心は出来ない。

 

ここは城の3階。エトランジェであるセツナはともかく、生身の人間のレスティーナでは、落下の衝撃に耐えられないだろう。何とかして、衝撃を殺さなければ。

 

「しっかり掴まってろよ、レスティーナ!!」

 

 そう叫びながら、セツナの目は周囲に巡らされる。

 

『壁面までの距離は約20メートル強。どうにか、辿りつければ、』

 

 その視界の先に、衝撃で破壊された城壁の破片が見える。

 

「白虎、起動!!」

 

 一気に加速する時間の中で、セツナは破片を蹴る。

 

 脚力で壁面まで辿りつくと、レスティーナを抱えたまま壁面を駆ける。

 

 いかに白虎と言えど、物理法則まで書き換える事は出来ない。

 

 壁面を蹴りながらも、セツナは僅かずつ足の裏でブレーキを掛けていく。一気に掛けると、落下のエネルギーと足裏の摩擦が反発し、壁面で転倒する事になりかねない。そうなったらアウトだ。

 

「クッ!?」

 

 1階部分に到達するとセツナは壁面を蹴る。同時にレスティーナの頭を強く抱え込む。

 

 地面が、目前に迫る。

 

 着地と同時に膝を撓め、衝撃を下半身で吸収した。

 

「・・・・・・レスティーナ。」

 

 腕の中に居る女王を見る。

 

 外傷は無い。目をシッカリ閉じている所を見ると、意識も有るようだ。

 

 やがてその目が、ゆっくりと開いた。

 

「生きて、ます?」

「ああ。」

 

 短く頷きレスティーナを下ろすと、先程まで自分が居た場所を見詰める。

 

「執務室、新しくする必要があるな。」

「そんな事よりもセツナ、」

 

 駆け寄ってくる兵士を認めながら、レスティーナは命ずる。

 

「帝国軍が奇襲を掛けてくるなど、由々しき事態です。すぐに各スピリットを召集、迎撃に当たってください。」

「分かってる。」

 

 セツナは兵士達にレスティーナを預けると、第2詰め所に向かって駆け出す。

 

 だがその脳裏では、ある疑問が思い浮かぶ。

 

『連中は、一体どこを通って現われたんだ?』

 

 各街道の街には、セツナが網羅した監視システムが存在する。更に、街のみならず街道各所にも監視所を設け、より綿密な監視体制を確立している。事実、マロリガン戦中にも何度か、侵入を図った帝国軍をいち早く察知、侵攻を阻んできた。

 

 だが、今回はその鉄壁の監視システムが全く機能しなかった。

 

 なぜ?

 

『いや、』

 

 セツナは首を振る。

 

『考えるのは後だ。今は、目先の脅威を・・・』

 

 思考が、突如中断された。

 

 殺気が、無機質の刃となって振り下ろされる。

 

「ッ!?」

 

 身を翻すセツナの視線に、蒼き女豹が飛び込む。

 

「やあ、」

 

 手にした長剣を下げ、気軽に片手を上げる。

 

「・・・・・・カチュア。」

「ここでまたあんたに会えるなんて、あたしは運が良いね。」

 

 《絶望》の切っ先をセツナに向ける。

 

「ひょっとして、縁があったりする?」

「ならその縁、ここで断ち切る。」

 

 セツナも《麒麟》を抜き放った。

 

 

 

 既に城内は、喧騒に包まれていた。

 

 いち早く異常事態を察したセリアは、ネリーとシアーを連れて駆ける。

 

『まずいわね。』

 

 額からは冷や汗が流れ落ちる。

 

 先程、大きな爆発があった。

 

 距離は不明だが、方角からして王城の辺り。

 

『陛下、セツナ・・・・・・』

 

 2人の安否が、否が上でも気遣われる。

 

 だが、その時だった。

 

 突如、その進路を塞ぐように炎の壁が出現する。

 

「なっ!?」

 

 急ブレーキを掛けて、つんのめるように停止する3人。

 

 その耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

 

「おっと、こっから先は通行止めだぜ。」

 

 振り仰ぐ視線の先にいるのは、

 

「アンナ!?」

「・・・ロレッタ。」

「フェリア・・・」

 

 第18特殊部隊の3人が、各々の神剣を構え、城へと続く道を塞いでいる。

 

 更にその背後を塞ぐようにもう1人、

 

「我等が刃にて、戦場の露と消えよ。」

 

 シャーレンは《新月》の鯉口を切りながら、3人に迫る。

 

「クッ」

 

 セリアは焦る気持ちを抑えつつ、腰の《熱病》を抜き放つ。

 

 次の瞬間、アンナが全身に炎を纏って斬り込んで来る。

 

「クッ!?」

 

 因縁ある相手に、ネリーが《静寂》を抜いて前に出る。

 

「どいて!!」

 

 フルスイングで放たれる《静寂》が、《獄吏》の刃とぶつかり合う。

 

 だが、ネリーの渾身の一撃を、蝿を払うようにアンナは払いのける。

 

「わっ!?」

 

 体勢が崩れた所で、斬撃が来る。

 

 それをウィング・ハイロゥを羽ばたかせてすり抜ける。

 

 既に、セリアとシアーも戦闘を開始していた。

 

「クッ!?」

 

 ネリーは再び《静寂》を翳し、アンナに斬り掛かった。

 

 

 

「ハァ!!」

「タァ!!」

 

 セツナとカチュアは高速で移動しつつ、互いに斬撃を繰り出す。

 

「喰らえ!!」

 

 斬り上げるようなセツナの斬撃。

 

 しかしその刃が届く前に、カチュアはウィング・ハイロゥを広げて上空に舞い上がり回避する。

 

 だが、

 

「逃がさん!!」

 

 セツナは白虎を起動、壁を蹴ってカチュアに迫る。

 

 対するカチュアは、マナを集める。

 

「マナよ、吹雪へと変われ。永遠の氷河の中に、彼の者を閉じ込めよ!!」

 

 迫るセツナに、マナを開放する。

 

「アイス・バニッシャー!!」

 

 迫る吹雪、

 

 対してセツナもオーラフォトンを集め、振り抜く。

 

「蒼竜閃!!」

 

 振り抜かれた刃が、吹雪を一刀両断する。

 

 滞空するカチュアと同高度まで上昇したセツナは、上昇速度をそのまま剣速に転換して振り抜く。

 

「クッ!?」

 

 それを辛うじて防ぐカチュア。

 

 やがて上昇限界に達したセツナの体は、重力に従い落下を始める。

 

 そこを見計らって、カチュアは《絶望》を掲げ、切り込む。

 

「もらったよ、セツナ!!」

 

 急降下のスピードも加えて、セツナに斬り掛かるカチュア。

 

 だが、

 

「させるか。」

 

 落下中のセツナは短く呟き、繰り出されるカチュアの腕に自分の腕を絡める。

 

「何ッ!?」

 

 人1人分の体重を突然加算され、カチュアは空中でバランスを崩した。

 

 その隙にセツナは体勢を入れ替え、カチュアの体を地面側に押し出す。

 

 逃れようとするカチュア。しかしセツナは、その腕をガッチリ掴んで放さない。

 

 2人の体が自由落下に従い、徐々に地面に接近する。

 

「クッ!?」

 

 落着直前、カチュアはセツナの体を蹴り飛ばして自由を開放すると、ウィング・ハイロゥで風を捕まえ落下速度を吸収、着地に成功する。

 

 一方セツナも、蹴り飛ばされながらも余裕でバランスを取り戻し、地面に着地する。

 

 2人は向かい合うと、ほぼ同時に神剣を構える。

 

 次いで、疾走。剣戟と共に睨み合う。

 

「ハッ!!」

 

 短い気合と共にカチュアは剣を振り上げると、その刀身をマナで満たす。

 

「フューリー!!」

 

 叩き付ける様な一撃が、セツナの脳天に迫る。

 

「チッ!?」

 

 とっさにその攻撃を払いのけるセツナ。

 

 だがカチュアはすぐさま、返しの一撃を放つ。

 

 その攻撃を身を引いてかわすセツナ。しかし、かわしきれない斬撃が、セツナの着る軍服の胸を切り裂いた。

 

「クッ!?」

 

 斬撃の衝撃そのままに、後退するセツナ。

 

 そこを追って、カチュアの攻撃がセツナを襲う。

 

「ハァァァ!!」

 

 鋭く重い突きが、セツナの体を掠める。

 

 西洋風の長剣は、事殺傷力に関する限り、斬撃よりも突きの方が高い効果を発揮する。それを理解した上での攻撃だった。

 

「ッ!?」

 

 対するセツナは、円を描くような体裁きでカチュアの突きをかわし、遠心力で得たエネルギーで斬り掛かる。

 

 だが、攻撃失敗と見たカチュアはすぐに動きを攻撃から防御に変換、セツナの攻撃を受け流した。

 

 互いの攻撃が失敗したと見るや、一旦距離を置いて対峙する2人。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 神剣を構えたまま、無言。

 

 互いに分かっている。小技の応酬では勝負にならない事を。

 

 セツナは青龍も鳴竜閃もまだ使っていない。対してカチュアも、ヘブンズ・スウォードを温存したままで居る。

 

 両者、ゆっくりと剣の切っ先を相手に向ける。

 

 次が、勝負だった。

 

「これで終わりだ!!」

 

 周囲からマナを集め、一気に解放する。

 

 爆発的に膨れ上がったマナが、豪風を巻くようにしてセツナへと迫る。

 

「逝きな!!」

 

 切っ先が、セツナを目指す。

 

「ヘブンズ・スウォード!!」

 

 対するセツナも、オーラフォトンを集中させる。

 

 本来この技はオーラフォトン無しでも使えるのだが、無論無しでなければ使えないなどと言う事は無い。威力を倍化させるという意味でも、オーラフォトンはあるに越した事は無いのだが、チャージから射出まで時間が掛かるため、普段の戦闘ではセツナは忌避している。ただ今回はチャージに割く時間が充分にあった為、その心配が解消されたのだ。

 

「鳴竜閃!!」

 

 凝縮し、無形の刃と化した風が、セツナが振るう月牙の軌跡を描いて射出される。

 

 その向かう先にあるのは、《絶望》を振り翳すカチュアの姿。

 

「ハァ!!」

 

 間合いに入った瞬間、カチュアは絶望を振りぬいた。

 

 2つの突進するエネルギーが、真っ向からぶつかり合う。

 

「グッ!?」

 

 《絶望》を持つカチュアの腕が、強烈な真空刃とぶつかり合い痙攣を起こす。

 

 想像以上に強烈な鳴竜閃の威力の前に、カチュアはからだが徐々に削られていくような感覚に襲われる。

 

『相殺するのは、無理だね・・・』

 

 びりびりと伝わってくる空気抵抗に押されつつ、カチュアは次善の手を考える。

 

「ならっ!!」

 

 カチュアはサッと踏ん張る足をずらすと、体を半身引いて《絶望》の刀身を傾けた。

 

「ッ!」

 

 その様子を見ていたセツナが、一瞬息を飲んだ。

 

 すると鳴竜閃の真空刃はその威力のベクトルをいなされ、カチュアの脇を抜けていった。

 

「・・・・・・おいおい。」

 

 セツナは苦笑交じりに呟く。

 

「真空刃をいなすだと? どこまで常識外なんだお前は?」

「いやあ、今のはマジで危なかったよ。」

 

 そう言うと、痛そうに両手首をプラプラと振る。いなすのがもう数秒遅ければ、間違い無くカチュアはマナの塵と化していただろう。その証拠に衣服やハイロゥをボロボロになっている。

 

『さて・・・』

 

 再び《麒麟》を構えようとするセツナを見て、カチュアは時間を計る。

 

 ラキオスの最強戦力であるセツナを引き止めておくと言う自分の任務は、既に充分果たしたと見て良い。ならば、これ以上の長居は戦略的にも戦術的にも下策だった。

 

 カチュアはニヤッと笑うと、《絶望》を鞘に収めた。

 

 その様子を、セツナは訝る瞳で見据える。

 

「どういうつもりだ?」

 

 戦いの最中に剣を収めるなど、正気ではない。

 

「別に、あたしの任務は終わったって事さ。」

「任務?」

「ああ、あんたとの決着が着かないのは残念だけど、ここはその舞台ではないからね。」

 

 そう言うと、後退しながらウィング・ハイロゥを広げる。

 

「機会はいずれ、また。そう遠くない未来にでも。」

 

 そう言うとカチュアは、一息で上空に舞い上がった。

 

 その背中を見守りつつ、セツナは《麒麟》を鞘に収めた。

 

「任務が、終わった?」

 

 状況から察するとカチュアの任務は、セツナの足止めということになる。では、真の狙いとは何か?

 

 帝国軍が今、最も欲しい物。それは、

 

「レスティーナの暗殺!?」

 

 セツナは白虎を起動すると、元来た道を全速で戻り始める。

 

「間に合え!!」

 

 焦る心中を口に出し、セツナは駆ける。

 

 だが結果として、このセツナの思惑は完全に外れる事となる。

 

 そしてその事が、セツナにとって痛恨の一事を残す事となるのだった。

 

 

 

 

 

「マナよ、煉獄の炎となりて、全てを灰燼に帰せ。アポカリプス!!」

 

 アンナの放つ強烈な炎を、ネリーは巧みに障害物を利用して回避していく。

 

 ネリーの魔法力ではアイス・バニッシャーを使っても弾かれるのは、既に先の戦いで分かりきっている。となると、向こうが魔法を使ってくる以上、かわすしか手は残されていない。

 

「貰ったァ!!」

 

 アンナの背後に回りこんだネリーが《静寂》を振り翳す。

 

 対してアンナも、《獄吏》の刃を返してネリーに斬り掛かる。

 

「遅ェ!!」

 

 ネリーの体を切り裂こうと迫るアンナ。

 

 しかし、切り裂いたと思った刃は、そのままネリーの体をすり抜けた。

 

「残像か!?」

 

 前回の戦い思い出し、呻くアンナ。

 

 その推察どおり、残像を残してアンナの死角に回り込んだネリーは再び斬り掛かる。

 

「クッ!?」

 

 対してアンナは、その有り余る膂力でダブルセイバーを引き戻すと、ネリーの斬撃を弾く。

 

「クゥッ、失敗かぁ・・・」

 

 悔しそうに後退するネリー。

 

 そこへ追撃するように、アンナが迫る。

 

「ワワッ!?」

 

 その斬撃を、ウィング・ハイロゥを羽ばたかせ、急上昇する事で回避するネリー。

 

「ハッ、馬鹿が。同じ手に嵌まりやがって!!」

 

 先日と同じ戦法で行こうと、ネリーの足に手を伸ばすアンナ。

 

 しかし、そうそう何度も同じ手を喰らうほど、ネリーは馬鹿ではない。

 

 上昇すると同時に集めておいたマナを掌に集中、向かってくるアンナに向ける。

 

「貰った。アイス・バニッシャー!!」

 

 上昇してくるアンナの顔面に向けて、無詠唱でアイス・バニッシャーをぶち当てた。

 

「グアァァァ!?」

 

 ダメージが低いとは言え、吹雪を顔面に喰らったのだ。一瞬とは言え、視界が塞がれる。

 

 そこへ、急降下を掛けたネリーの一撃が、アンナの体を袈裟懸けの切り裂く。

 

「グッ!?」

 

 その攻撃に、顔を顰めるアンナ。

 

「どうだ!!」

 

 得意満面で着地するネリー。

 

 だが、

 

「あん?」

 

 アンナは不思議そうに切られた箇所を見ると、まるで埃でも払うようにパッパッと払った。

 

「いや、パッパッてさ・・・」

 

 自身に渾身の一撃すら、掠り傷程度しか負わせられなかった事に、呆れてしまうネリー。

 

 しかし次いで、ネリーの表情は驚愕に染まった。

 

 その視線の先にあるのは、自身の永遠神剣たる《静寂》の切っ先。

 

 欠けて、刃毀れしている。打ち合ったわけでもなく、ただ相手の体を斬っただけだと言うのに。

 

「そん、な・・・」

 

 思わず、呻き声を漏らす。

 

 何とアンナの体を切っただけで、《静寂》は刃毀れしてしまったのだ。

 

 その様子を見て、笑みを浮かべるアンナ。

 

「格闘技ってのは良いよな。あたしみたいに、本来なら遠距離戦闘向けの奴でも、鍛え方しだいでいくらでも強くなれる。ほら、こんな風にね!!」

 

 言い放つと同時に、怒涛の勢いで突撃するアンナ。

 

「クッ!?」

 

 それを、傷を負った剣で迎え撃つネリー。

 

「オラオラオラ!!」

 

 ダブルセイバーを巧みに回転させて連続攻撃を打ち込むアンナに対し、対応の遅れたネリーは完全に防戦一方になる。

 

「ネリー!!」

 

 それを見たセリアが、とっさに援護に入ろうとする。

 

 だが、

 

「あら? 余所見はいけませんよ。」

 

 柔らかい声。それを反転させたような鋭い突きを、辛うじて回避するセリア。

 

 ロレッタは《退廃》を翳し、鋭い突きを数度に渡って繰り出す。

 

 それを移動しながら弾くセリア。だがその攻撃をかわし、ネリーの援護に入る事など、到底不可能だ。

 

「クッ、どきなさい!!」

 

 機を見て攻勢に転じるセリア。

 

 振り下ろされる1撃を、《退廃》の柄で受けるロレッタ。そのまま絡め取るようにしてセリアを引き寄せ、石突きでセリアの肩を殴打する。

 

「クッ!?」

 

 よろけるが、どうにか踏み止まる。

 

 その時ふと、視線がフェリアと交戦するシアーを写す。

 

 シアーは明らかに各上の敵を相手に踏み止まり、善戦を続けている。

 

 だが、その光景にふと、違和感を感じる自分が居た。

 

 敵は精鋭、第18特殊部隊。その恐ろしさはランサで剣を交え、既に分かっている。

 

 彼女達の実力は、明らかに自分たちよりも上だ。にも拘らず、なぜ今だにこうして、踏み止まっていられるのか?

 

『何かを、待ってる? いや、狙ってる?』

 

 待っている。つまり、セリア達を足止めして時間稼ぎをしたいのなら、何も精鋭を集中させる必要は無い。数名のスピリットで事は足りるはずだ。

 

 精鋭を集中したと言う事は、彼女達の狙いがこの中にあると言う事。

 

『一体、何?』

 

 その時セリアは、ハッとした。

 

 戦いに夢中になり、相手がこちらより1人多い事を失念していたのだ。

 

『《新月》のシャーレンは!?』

 

 その思考を見透かしたかのように、幽鬼のように立ち居出るシャーレン。

 

 その前に、無防備に立つのは。

 

「眠れ。」

 

 その手刀が、アンナの攻撃を必死でよけていたネリーの首筋に極まった。

 

「あくッ・・・」

 

 崩れ落ちるネリー。

 

 その体を、シャーレンは抱き止める。

 

「ネリー!!」

 

 崩れ落ちる妹分の姿に目を剥くセリア。

 

 だがそれが、一瞬の隙を生んだ。

 

 突如、セリアの腹に熱い衝撃が刻まれる。

 

「グッ!?」

 

 崩折れる膝を辛うじて堪えながら向ける視線の先には、自分の腹に突き刺さる槍の穂先がある。

 

「だから言ったじゃないですか。余所見は駄目だった。」

 

 ロレッタの柔らかい口調が、必要以上に冷めて聞こえる。

 

 槍が引き抜かれると同時に、セリアの膝からも力が抜け、その場に倒れ伏した。

 

「クッ・・・・・・」

 

 残された力を振り絞って、首を動かす。

 

 その視線の先には、敵であるシャーレンに抱かかえられたネリーの姿がある。

 

「エトランジェの伝えろ。」

 

 シャーレンの口から、冷めた声が紡がれる。

 

「この娘は、我等が預からせてもらう、とな。」

「待・・・て・・・」

 

 血の混じった声を絞り出す。

 

 その声を無視して、シャーレンはネリーを抱えたままウィング・ハイロゥを広げて飛び立つ。

 

『ネリー・・・・・・』

 

 消え行く意識の中でその名を呼び、セリアの視界は暗転した。

 

 

 

第21話「王宮攻防戦」   おわり