大地が謳う詩

 

 

 

第20話「マロリガンの長い日」

 

 

 

 

 

 

「意外に、呆気無かったな。」

 

 マロリガン軍精鋭スピリット隊「天空の稲妻」隊長、《因果》のコウインは、苦笑交じりに呟いた。

 

 その執務室で先程聞いた報告。

 

 スレギトを観測していた部隊から先程入った。

 

「マナ障壁、消失」

 

 これまでラキオス軍の南進を阻み続けてきた絶対防御の盾が突き破られたのだ。

 

「どうする大将?」

 

 視線を、自らの上司であり「共犯者」であり「首謀者」でもある男に向ける。

 

 これまで行政府として、マロリガンの最高意思決定機関だった共和国議会は、つい先程壊滅した。他ならぬ、味方であるはずのコウイン達の手で。

 

 クェド・ギンの退陣、ラキオス、サーギオスとの手打ちを模索し始めた議会に対し、先手を打ったクェド・ギンは、コウインに命じ、議会の抹殺を実行したのだった。

 

「是非も無い。こうなる事は、大分前から分かっていた事だ。今更驚くには値しない。」

 

 手にした煙草の煙を吐きながら、クェド・ギンが答えた。

 

 その瞳は、どこかここでもない遠くを見詰めているかのように澄み渡っている。

 

「お前達にはすまない事をした。結局、治療の約束は果たせなくなってしまった。後は好きなようにしてくれ。必要な物は何を持っていってくれても構わない。無責任なようだが、俺にしてやれるのはそれくらいだ。」

 

 クェド・ギンは、抑揚を抑えた声で言った。

 

 コウインが協力する条件として提示していた、神剣に支配されたキョウコの精神の治療が、ついに果たされる事が出来なくなったのだ。

 

 約束が果たされない以上、コウイン達を拘束する権限も力も、クェド・ギンには無い。ラキオス軍が目前に迫る中、エトランジェ2人が戦列から抜けるのは致命的だが、それを止める事は、クェド・ギンには出来ない。

 

 彼は確かに陰謀家かもしれない。だが少なくとも卑怯とは無縁の存在だった。

 

「大将は、どうするんだ?」

 

 コウインは尋ねた。

 

 以前コウインは、クェド・ギンに聞いた事がある。

 

 この国、いや、この世界で起きる事象の全てが、何者かの手によって予め定められ、発祥から終焉までをスケジュール化されているのではないかという事に。

 

 もちろん、そんな途方も無い事、想像するだけで気が滅入るようだ。

 

 この大陸には人間だけで30万からの人間が住んでいる。その1人1人の一生のみならず、自然現象も含めて、起こる出来事の全てを把握できるとしたら、それはもう、

 

『神か仏様ってところか。』

 

 自らも神職の息子であるコウインは、率直にそう感じた。

 

 確かに、そんな事が出来れば創造神以外の何者でもないだろう。あるいは、運命と言う名の魔物か。少なくとも、人の身で出来る事ではないだろう。

 

 フッと笑って、クェド・ギンは言った。

 

「俺の意思は、分かっていると思ったがな?」

「まあ、そうだよな。」

 

 運命に逆らう。

 

 それこそがクェド・ギンの意思であり目的。ラキオスやサーギオスとの戦争も、その為の一手段に過ぎない。

 

「お前達も早く、マロリガンを退去したほうが良い。これからが最後の戦いだ。俺の意思が勝つか、運命が勝つか・・・誰かが用意した未来など見たくも無い。この日の為に俺は生きて来たのだからな。」

「・・・・・・止めても、無駄だよな。」

「済まんな。俺の意思は誰の物でもない。」

 

 その答えに、コウインは肩を竦める。こう答えるであろう事も、既に予測済みだった。

 

「しゃあねえな。大将がやるって言うなら、付き合うしかないか。」

 

 悟り切ったような、さばさばした口調だ。

 

 対照的に、クェド・ギンの顔は軽い驚きに満ちる。どうやら、このコウインの回答は予想していた物では無かったらしい。

 

「何故だ、お前達は既に自由の身だ。残る理由はない。」

「逃げるったって、何処に逃げれば良いんだよ? 俺もキョウコもスピリットを殺さなければ生きて行けないんだぜ。それに、あんたは世界を敵に回そうとしてるんだ。1人くらい味方が居ても良いだろう。」

 

 その答えに、笑みを浮かべるクェド・ギン。

 

 それは、立場や世界を超えた、真の同志に向ける笑顔だった。

 

「やはりお前も同類か。与えられた役割を演じるつもりは無いのだろう?」

 

 そう言って、自分が吸っている煙草を投げる。

 

「だが、勝算はあるのか? 戦争もここまで来れば、戦略や戦力よりも勢いが物を言うぞ。」

 

 戦争の最終段階において、勢いと言うのは大きなウェイトを占める。勢いが兵士の精神に影響し、その力を倍にも3倍にもするのだ。

 

 ましてかこの世界での戦いは、明らかに量より質が重んじられている。要するに、並みのスピリット10人よりもエトランジェ1人の方が強い事からも明らかだ。となると、なおさら勢いの示す役割は大きいはずだ。

 

 マナ障壁を解除し、明らかに勢いはラキオスにある。数ではまだマロリガンが勝っているが、現状ではどうにか五分に持ち込めるかどうか。と言った所だ。

 

「情報では、連中は今、エトランジェを1人欠いている。そこに、勝機があるはずだ。」

 

 そう言うとコウインも、煙草に火をつけて煙を深く吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 スレギトに侵攻したラキオス王国軍は、マロリガン共和国軍守備隊の抵抗を手早く排除。ヨーティアが完成させた「効マナ発生装置」を使って、マナ障壁を解除する事に成功した。

 

 先の南征の折、ラキオス軍の侵攻を見事に阻んでくれた忌まわしきオーロラは、セツナ達が見ている前で徐々にその勢力を失い、やがてその姿を完全に消滅させた。

 

 光が晴れた時、無防備に広がるマロリガンの大地がラキオス軍の前に広がっていた。

 

 ついに、ラキオス軍はマロリガン軍の防衛線を突破する事に成功したのだ。

 

 次にセツナが取った行動は、彼にしては珍しく、正面からぶつかる作戦だった。

 

 クェド・ギンがコウインと話した通り、戦争の最終段階で最も重視されるのが勢いである。セツナが利用したのも、その勢いだった。

 

 スレギトから首都マロリガンに向けては、道が三方に分かれている。

 

 その三叉路の内、セツナは迷う事無く、街道都市ミエーユを通る中央の道を選択した。

 

 対してマロリガン軍も最終決戦に向けて首都の防備を固め始める。同時に各都市の防衛部隊を引き上げ、「天空の稲妻」部隊を中心とした首都防衛隊と合流。ラキオス軍のおよそ4倍の戦力、及びエトランジェ2名を持って、首都手前の平原に布陣。眦を決してラキオス軍を迎え撃つ体制を整えた。

 

 一方でラキオス軍は、マロリガン軍守備隊が退いた事で、ミエーユは無防備都市宣言を発令。ほぼ無傷でこのマロリガン第2の都市を手中に収めることに成功、ここを前進基地として、首都侵攻の機を伺う。

 

 ついに、戦機は熟した。

 

 決戦の火蓋は、切って落とされたのだ。

 

 

 

「現われたか。」

 

 ラキオス軍の先頭に立ち、セツナは呟いた。

 

 目の前には、首都防衛の為に布陣するマロリガン軍の姿がある。

 

 後に永遠戦争中最大級の激戦として語り継がれることになるランサ攻防戦。その戦いで予想以上に頑強なラキオスの抵抗で、ほぼ一方的に戦力をすり減らしたにもかかわらず、その戦力は今だにラキオス軍を大きく上回っている。

 

 その先頭に立つ2人の姿を認め、セツナは目を細める。

 

 岬今日子と碧光陰。

 

 予想通り、2人はマロリガン軍の先頭に立って現われた。

 

 その姿を見て、セツナは苦い顔を作った。

 

『・・・ついに、間に合わなかったか・・・・・・ユウト。』

 

 今、この場に居ない戦友を思う。

 

 帰還する事は今でも信じている。だが、ついにユウトは、この決戦には間に合わなかった。

 

 これで自分は、あの2人を斬らねばならなくなった。

 

『あいつが居れば、あるいは・・・・・・』

 

 戦闘前に2人を説得して、激突を回避できたかもしれないと言うのは、あるいはセツナの願望に過ぎないのだろうか?

 

「セツナ様。」

 

 傍らに立つエスペリアが声を掛ける。

 

 準備が整ったのだろう。

 

 最早、後戻りはできない。

 

 追い詰められたマロリガン軍は、最後の手段に打って出た。

 

 自国のエーテル変換施設を臨界まで引き上げ、暴走を始めたのだ。

 

 猶予は無い。セツナ達はマロリガン軍を破り首都に突入、早急に、暴走を止めねばならない。

 

 概算だが、ヨーティアの予想では大陸全てが吹き飛ぶとの事だ。

 

「ああ。」

 

 セツナは頷くと、ゆっくりと前に出る。

 

 それに合わせるように、コウインとキョウコも前に出た。

 

 遠目でも分かる。キョウコの雰囲気が普通ではない事が。

 

 あれは、血に飢えた獣の足だ。戦いに赴く戦士の足ではない。

 

 やがて、両者は向かい合う。

 

「よう、遅かったじゃないか。お陰で、待ちくたびれちまったぜ。」

「それは済まなかったな。こちらも、色々と準備があるんでな。」

 

 皮肉の応酬を行う両者。

 

 一方は無表情、一方は苦笑。

 

 ただ共通として場を満たす物。それは、「殺気」

 

「ところで、ユウトはどうした? 居ないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 胸の内に一瞬去来した虚無感を振り払って、セツナは頷く。

 

「ああ。」

「良いのか? この戦力差の上にエトランジェが1対2じゃ正直きついと思うぜ。」

 

 心底から同情した声で、コウインは言う。

 

 同情して、しかし手を緩める気は微塵も無いのだが。

 

 対してセツナも、一切の躊躇を廃して言った。

 

「構わん。俺1人でも充分な話だ。」

 

 そう言うと、鞘から《麒麟》を抜き放つ。

 

 対して、コウインは《因果》を掲げ、キョウコも《空虚》を鞘から抜く。

 

「そんじゃお互い、手加減無しと行こうぜ。」

 

 それが、開戦の合図となった。

 

 

 

「始まったね。」

 

 両者の激戦を、離れた場所から見守る影がある。

 

 青い髪に、従えし一対の翼、そして腰に帯びた長剣。

 

 カチュア・ブルースピリットは、彼方の戦場に目を凝らした。

 

 その視界の中で、黒衣を纏った少年が、剣光を迸らせて疾走するのが見える。

 

 エトランジェ、《麒麟》のセツナ。

 

 この大陸の伝承に無い永遠神剣を持ち、恐らく当代最強を誇るエトランジェ。

 

 そして、先の遭遇戦で自身を出し抜くほどの力を見せた男。

 

 そのセツナが今、マロリガンのエトランジェ2人を同時に相手取ろうとしていた。

 

 いかにセツナと言えど、同じエトランジェ2人を相手に、無事に済むとは思えない。

 

「・・・・・・死ぬんじゃないよ。あんたは、あたしの獲物なんだからね。」

 

 呟くカチュアの視界の先で、両軍は本格的な激突を開始した。

 

 

 

 

 

 

「白虎、起動!!」

 

 知覚速度、反応速度、運動速度、が通常の10倍に跳ね上がり、あらゆる事象がスローで認識される中で、セツナは駆ける。

 

 対するコウインとキョウコも、各々の神剣にオーラフォトンを込め、セツナを迎え撃つ。

 

「さて、行くぜ!!」

 

 豪風を巻いて《因果》が旋回する。

 

 およそ、常識と言う単語を見た目で粉砕しているその刃が、主の目標を切り裂かんとセツナに迫る。

 

「ハッ!!」

 

 その刃が届く前に、セツナは跳躍、空中に逃れてコウインの攻撃を回避する。

 

 だがそれを見て、コウインはニヤリと笑う。

 

「貰ったぜ朝倉。空中じゃよけられないだろ!!」

 

 セツナが振り返ると、その見に紫電を纏わせたキョウコが、今にも魔法を発射する態勢を整えていた。

 

「喰らえ。」

 

暗い響きと共に放たれた電撃がセツナに迫る。

 

 対してセツナは上段に《麒麟》を構えると、迫る電撃に向けて振り下ろす。

 

「蒼龍閃!!」

 

 高速で振りぬかれた刃によって、キョウコの放った電撃は両断され、霧散する。

 

 セツナは着地すると、再び《麒麟》を構える。

 

 それを見て、コウインは鼻で笑う。

 

「そう言えば、お前に魔法の類は効かないんだったな。すっかり忘れてたぜ。」

 

 そう言って《因果》を構える。

 

「だが、今回は俺達の準備も万端だ。あの時とは違うぜ。」

 

 そう言うとコウインが駆ける。

 

 それに追随するように、キョウコもセツナとの距離を詰める。

 

「でりゃ!!」

 

 横合いから旋回するようにして迫る《因果》の刃。

 

 対するセツナは、受けようとは考えない。あの質量だ、受ければ確実に《麒麟》の方がダメージを負う。

 

 幸いにして白虎を身に宿したセツナのスピードは、コウインに勝る。

 

 旋回の半径から逃れ、反撃に転じようとする。

 

 だが、その退路を塞ぐようにキョウコが立つ。

 

「ハッ!!」

 

 鋭い突きが、セツナの心臓を目指す。

 

 それを《麒麟》の刃で受けて軌道から外すセツナ。

 

 だがキョウコは素早く腕を引くと、二撃目を繰り出す。

 

「チッ」

 

 軽く舌打ちしつつ、その攻撃も捌くセツナ。

 

 しかしその間に、一旦は距離を置いたコウインが再び詰める。

 

「もらったぜ、朝倉!!」

 

 繰り出される斬撃。

 

「何をだ?」

 

 対してセツナは手早く白虎を解除、玄武を起動して障壁を張り、コウインの斬撃を防ぎきる。

 

 だがそこへ再び、斬りかかるキョウコ。

 

 迫る刃を一心に見詰め。

 

「フッ」

 

 短い息と共に蹴りを繰り出す。

 

 狙い目は手元。

 

「グッ!?」

 

 突然の下からの奇襲に、キョウコは思わず《空虚》を跳ね飛ばされた。

 

「よし!!」

 

 相手が永遠神剣を放した事で、攻勢の機を見たセツナは、八双から《麒麟》を切り下ろす。

 

 しかし、

 

「やらせねえぜ!!」

 

《玄武》の障壁を突破したコウインが、セツナの斬撃を受け止めると同時に、膂力を使って弾き飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 どうにか体勢を整え、着地に成功するセツナ。

 

 だが、せっかく掴んだ好機も、再びキョウコが《空虚》を構えた事で消滅してしまった。

 

「チッ」

 

 軽く舌打ちするセツナ。

 

 どうやら準備が整っていると言うのは、あながちハッタリでもなかったようだ。

 

「終わりか、朝倉?」

 

 そんなセツナに、コウインは余裕の響きを含ませて言う。

 

 先の戦いではあれだけ苦戦させられた相手を今、逆に圧倒しているのである。コウインとしても溜飲が下がるのだろう。

 

 対してセツナは、短く息を吐くと《麒麟》を正眼に構え直す。

 

「なら、レベルを上げるぞ。」

 

 言い放つと同時に白虎を起動、地を蹴る。

 

 次の瞬間には、コウインの目の前に出現する。

 

「うおっ!?」

 

 その速度に、思わず仰け反りながらも攻撃を回避するコウイン。

 

 だが、それとまったく同じ軌跡を描いて、今度は鞘が繰り出される。

 

「グアッ!?」

 

 鞘の一撃を頭に受け、よろけるコウイン。

 

 その影から、キョウコが現われ、鋭い突きを繰り出す。

 

 正確に、セツナの右目を狙った一撃。

 

 しかし、その正確さが逆に仇となる。

 

 セツナは僅かに体を傾けてかわす。

 

 《空虚》の刃は、僅かにセツナの髪を数本寸断するに留まった。

 

 返す刀で繰り出されたセツナの斬撃は、とっさに掲げたキョウコのシールドを断ち割る。

 

「クッ!?」

 

 キョウコはとっさにシールドを放すと、後退して《空虚》を構え直した。

 

 そんなキョウコを前に、セツナは無行の位に構えて前に出る。

 

「岬。」

「・・・・・・」

「神剣に呑まれる程度の柔な精神では、俺には届かないぞ。」

「クッ!!」

 

 繰り出される刃。

 

 しかしセツナは巧みに体を滑らせて、キョウコの攻撃を回避する。

 

「それでも向かってくるなら、お前の勝手だ。だが、」

 

 言うと同時にセツナはキョウコの腹に蹴りを入れ、弾き飛ばす。

 

「どうせなら、お前自身の手で、向かって来ないか?」

「・・・・・・無駄だ。」

 

 返される言葉はキョウコであってキョウコでない。彼女の心を支配した《空虚》の物だった。

 

「この女の精神は既に、私の支配下にある。所詮、人間の弱き心では、私の支配には勝てぬのだ。」

 

 嘲笑うかのような《空虚》の言葉。

 

 しかし、対するセツナの言葉は、殺気とは違う剣呑さに満ち溢れていた。

 

「黙れよナマクラ。貴様如き鉄屑が人を完全に支配するなど、出来るはずないだろう。」

「口だけは達者なようだな人間。だが、その態度は不遜だ。所詮は支配されるべき物の分際で。」

「その支配されるべき人間に、さっきから圧倒されているナマクラはどこのどいつだ?」

「ヌッ!?」

 

 事実を突きつけられ、言葉に詰まる《空虚》。

 

「貴様・・・」

「岬。」

 

 激高する《空虚》を無視し、セツナはキョウコへと語り掛ける。

 

「聞こえるならそのまま聞け。お前は、これで良いのか? このままそのナマクラに支配され続け、その身が朽ち果てるまで戦いの道具にされて、それで良いのか?」

 

 先程とは打って変わって、穏やかさすら湛えた口調だ。

 

 周囲では両軍のスピリット達がぶつかり合う喧騒が響く中、そこだけ静寂の陽だまりが出来たかのように穏やかだった。

 

 その言葉に対し、《空虚》は嘲笑を返す。

 

「フム。面白い戯れだ。では、最後に残ったこの女の意識、返してみるとしよう。」

 

 その言葉と共に《空虚》の意識は引き込まれ、変わって心の奥底で蹲っていたキョウコの精神が表に現われる。

 

 途端に、キョウコは苦しみに呻き始める。

 

「クッ・・・グゥッ・・・・・・あ・・・朝倉・・・」

「岬!!」

 

 呼びかけに対して、顔を上げるキョウコ。

 

 その口から、弱々しく声が漏れる。

 

「お、願い・・・殺して・・・・・・」

 

 

 

 エトランジェ同士の戦闘が激化する中、両軍のスピリットも、神剣を煌かせ、ハイロゥを駆使して激しくぶつかり合っていた。

 

「マナよ、炎へと変われ。全てを飲み込む焔となれ。ライトニング・ファイア!!」

 

 迫る稲妻部隊のスピリットに対し、ナナルゥの神剣魔法が炸裂。

 

 その出鼻を挫く。

 

 一方で敵もここまでの激戦を生き抜いた精鋭部隊。魔法が炸裂する前にその効果範囲から逃れる。

 

 そこへ、セリア、ヒミカ、ファーレーンの3人が神剣を翳して切り込む。

 

 直ちに応戦しようとするマロリガンスピリットとの間で、乱戦の斬り合いとなる。

 

「はあ、分身!!」

 

 率直な声と共に、ネリーは先ごろ覚えたばかりの残像を駆使し、迫る複数のスピリットを翻弄していく。

 

 見た事も無いような体裁きに翻弄され、悉く攻撃が空を切るマロリガンスピリット達。

 

 その間にネリーは高速で間合いを詰め、1人1人確実に仕留めていく。

 

 と、一体のブラックスピリットが、残像の原理に気付き、ネリー本体に背後から接近する。

 

「う!?」

 

 とっさに《静寂》を掲げ、相手の攻撃を払いのけるネリー。しかし、相手は素早く切り返し、第2撃を放つ。

 

 その素早い対応に、ネリーの防御は間に合わない。

 

 と、横合いから飛んできたダブルセイバーが、そのスピリットを薙ぎ払い切り倒した。

 

「大丈夫、ネリー?」

 

 地面に刺さった《理念》を引き抜きながら、オルファが尋ねてくる。

 

「ありがとう、オルファ。」

 

 そう言うと2人は、互いを守るように背中を任せる。

 

「油断しちゃ駄目だよ。まだまだ敵さん一杯来るんだから。」

「分かってるよ。」

 

 2人の目に。神剣を振りかざして迫るマロリガンスピリット達が見える。

 

 数は相変わらず多い。そして質も、ラキオスと比べて劣る物ではない。

 

 このまま推移すれば、完全に消耗戦となり、ラキオス軍が不利に追い込まれるだろう。

 

『セツナ・・・』

 

 ネリーの想いは、全ての鍵を握るエトランジェに馳せられる。

 

 この状況を好転できるとしたら、それはセツナだけだろう。

 

『がんばって、セツナ。ネリーも、頑張るから!!』

 

 心の中でそう呟くと、オルファの援護を受けながら突撃した。

 

 

 

「お願い・・・あたしを・・・殺して・・・朝倉・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 涙を流しながら、懇願するキョウコに、セツナは無言の視線を向ける。

 

「たくさん・・・たくさん殺した・・・・・・スピリットを・・・・・・人間も・・・・・・もう、後戻り、出来ない。」

「気をしっかり持て!!」

 

 自分でもらしくない事を言っていると思ったが、気づいた時には既に口から言葉が零れていた。

 

「良いか岬。割り切れとは言わない。そう簡単に出来るような事でも無いからな。だが、気に病むのは止めろ。自然に生きる獣が、追い詰められてなお、相手を殺さないか? それと同じだ。追い詰められたお前が人を殺したとして、誰がそれを責める事ができる!?」

「でも・・・でも・・・あたし・・・・・・」

「よく聞け、岬。」

 

 セツナは諭すような口調で言う。

 

「俺も、スピリットを殺した。それも、お前とは比べ物にならないくらいな。」

「・・・・・・朝、倉?」

「人も殺した。」

「・・・・・・」

「だが、俺はそれを間違ったとは思っていない。やらなければ、俺がやられていただろうからな。」

 

 セツナとて、これまで平坦な道を歩んでいたわけではない。

 

 半歩でも踏み込む場所を間違えれば、即座に奈落に転じるような場所で、全力で舞踏を踊り続けてきたのだ。

 

だからこそ言える。

 

「目を覚ませ、お前は、何も間違っていない。お前は、生きていて良いんだ!!」

「朝倉・・・・・・」

 

 しかし次の瞬間、その体が再び痙攣する。

 

 そして再び口を開いた時、それはキョウコの物ではなかった。

 

「無駄だったな。」

 

 再び表に出た《空虚》が、吐き捨てるように言う。

 

「所詮、心弱き人間が、私の支配に抗えるはずも無いのだ。」

「チッ」

 

 舌打ちしつつ、セツナは《麒麟》を片手正眼に構える。

 

 最早、これまでなのか。

 

 やはり、斬るしかないのか。

 

 それに呼応するように、キョウコも《空虚》を構える。

 

 しかし、次の瞬間だった。

 

「グッ!?」

 

 突然、キョウコが苦しみ出した。

 

「な、・・・ば、馬鹿な!? 貴様、何を!?」

 

 頭を抑え、のた打ち回るキョウコ。

 

 その体は放電を繰り返し、周囲にばら撒いている。

 

「よ、よせ、やめろ・・・やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 叫ぶと共に、最大級の放電が空間に飛び散る。

 

 セツナはとっさに顔をガードして、放電から逃れた。

 

「な、何が・・・」

 

 放電が収まるのを待って、ゆっくりと目を開く。

 

 その視界の先では、《空虚》の切っ先を下げたまま、俯いているキョウコの姿がある。

 

「・・・・・・岬?」

 

 死んだのだろうか? キョウコはピクリとも動かない。

 

 その時、

 

「フッ、フッフッフッフッフッフ・・・」

 

 不気味な笑い声が、キョウコの口から漏れてきた。

 

 次の瞬間、キョウコは顔をガバッと上げる。

 

 その瞳は異様なまでに闘志に満ち溢れ、体全体から発せられる雰囲気は先程とは打って変わって溌剌としている。

 

「愛と正義と電撃の戦士、キョウコちゃん、復・活!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 体から発せられる放電も、先程よりも明らかに威力を増している。

 

「朝倉。」

 

 セツナに向ける瞳には、これまでのように神剣に支配された暗い物ではなく、キョウコ本人の突き抜けるような潔さがある。

 

「ありがとう。あんたの声が、あたしを目覚めさせてくれたみたい。」

「・・・・・・・・・・・・」

「けどね、だからって、あたしは手加減しないわよ。」

 

 どうやら、キョウコ自身の精神が《空虚》の精神を押し返したらしい。

 

「さ〜て、第2ラウンドと行こうか朝倉。ほ〜らコウイン、いつまで寝てんのよ。さっさと起きた起きた!!」

「変わり身が早いな、お前は。」

 

 やれやれといった感じに身を起こし、セツナに殴られた首をゴキゴキと鳴らすコウイン。

 

「だがな、朝倉。これで、お前の勝ちは無くなったぜ。何しろ、こっちには勝利のジャジャ馬女神がついてるんだからな。」

「そうそう、って、誰がジャジャ馬かァ!!」

 

 すかさずハリセンでコウインを叩き倒すキョウコ。

 

 そんな2人に目を向けつつ、セツナは苦笑する。

 

 やはり、やり慣れない事はするべきではない。お陰で、眠れる虎を叩き起こしてしまった。

 

 そんなセツナの思考を他所に、神剣を構えるコウインとキョウコ。

 

「いくぜキョウコ。ぶっつけ本番で大丈夫か?」

「あたしを誰だと思ってんのよ。まっかせときなさいって。」

 

 久しぶりに聞く少女の声に、コウインは頼もしさを感じつつ、前に出る。

 

「俺が前衛を勤める。お前は隙を見て一撃必殺の攻撃を極めろ。」

「了解了解。」

「気をつけろよ、あれでも一度俺達に勝ってる奴なんだからな。」

「分かってるって!!」

 

 次の瞬間、セツナが動いた。

 

 白虎を起動、距離を詰めると同時にコウインに向けて横薙ぎに《麒麟》を振るう。

 

「おっと。」

 

 とっさに《因果》で防ぐコウイン。

 

「良いねえ良いねえ。そんじゃ、こっからは真の本気と行こうじゃないか!!」

 

 言い放つと同時に刃を旋回、セツナの体を横に流す。

 

「チッ!!」

 

 セツナは流れるからだの勢いを利用して蹴りを繰り出す。

 

 しかしコウインは、セツナの蹴りを後退する事によって回避する。

 

 逆に剣を旋回させ、その刃はセツナの首を狙う。

 

「クッ!?」

 

 セツナもとっさに後退する。

 

 だがそこへ、電撃を纏ったキョウコが迫る。

 

「もらった!!」

 

 突き抜けるような必殺の一撃が、セツナに迫る。

 

 対してセツナは、利、我に有らずとして後退しようとした。

 

 だが、

 

「甘いぜ!!」

 

 鋭い声と共に、コウインの一撃が首に迫る。

 

「クッ!?」

 

 防御は間に合わない。

 

 セツナはとっさに上体を仰け反らせて回避を試みる。

 

 コウインの一撃は、セツナの頬を掠めて鮮血を迸らせた。

 

「ッ!?」

 

 1対1なら、決して負ける相手ではない。

 

 だが、素早い動きで一撃必殺を狙うキョウコと、防御力に秀で、カウンターと剣自体の質量で攻めて来るコウイン。

 

 2人が組めば、白虎を身に宿したセツナですら凌駕している。

 

 唯一、勝機があるとすれば・・・・・・

 

「クッ!!」

 

 セツナはとっさに《麒麟》の刀身を口で咥えると、両手を腰の裏側に回し、2本のナイフを引き抜くと、それをコウインに向けて投げ付けた。

 

 だが、

 

「甘いな。」

 

 コウインが張り巡らした障壁の前にナイフは弾かれ、砕け散る。

 

「準備は万端だって言ったろ。そんな手品が2回も通じると思うか?」

「クッ! なら!!」

 

 セツナは再び《麒麟》を構えて切り込む。

 

「行くぞ。」

 

 刀身にオーラフォトンを伝わらせる。

 

 振りかぶった剣を、懇親の力を込めて振り下ろす。

 

「雷竜閃!!」

 

 全ての威力を接触の一点で爆発させる。

 

「クッ!?」

 

 コウインはどうにか雷竜閃の衝撃を防ぎきるが、その余波で大きく吹き飛ばされる。

 

「コウイン!!」

 

 キョウコはとっさに前に出ると、セツナに対し突きを繰り出してくる。

 

 対してセツナはキョウコの突きをいなすと同時に体を一回点させ、スピードの乗った一撃を繰り出す。

 

「わァ!?」

 

 とっさに体を沈み込ませて、セツナの攻撃から逃れるキョウコ。

 

 そこへ、立ち直ったコウインが、キョウコを助けるべく、セツナに牽制を掛ける。

 

「大丈夫か、キョウコ?」

「何とかね。あんたは?」

「ま、ぼちぼちって所だ。」

 

 2人は互いに笑みを交し合う。

 

 その胸にある想いは1つ。「勝てる」である。

 

 かつて、あれ程苦戦させられた相手と互角以上に渡り合っている。

 

 これならば、セツナに勝つ事が出来る。

 

 対してセツナは、舌を巻く思いだった。

 

 正直、キョウコの復活がここまで影響するとは思わなかった。

 

『せめて、こちらも2人だったら・・・』

 

 ユウトさえ居てくれたら、ここまで苦戦する事は無かっただろう。

 

 だが、そのユウトの為にも、何としても・・・・・・

 

『どうだ、《麒麟》?』

《駄目だね。もう少し。》

 

 セツナの質問に、《麒麟》は否定文を口にする。

 

 セツナの狙いを実行するには、もう少しデータを集める必要があった。

 

 その時、今度はキョウコ達の方から動いた。

 

 キョウコが前に出ると、電撃を放ってくる。

 

「クッ、蒼竜閃!!」

 

 とっさに高速で振り切り、電撃を切り裂くセツナ。

 

 しかし、晴れた視界の中から、今度はコウインが斬り込んで来る。

 

「ッ!?」

 

 とっさに後退する事で回避するセツナ。

 

 だが、コウインは逃さない。

 

 《因果》を旋回させて、再び斬り込んで来る。

 

「蒼竜閃!!」

 

 セツナも、とっさに最速の剣で対抗する。

 

 だが、蒼竜閃は高速で斬撃を繰り出せる代わりに、一撃の重みは無きに等しいと言う欠点を抱えている。

 

「ハアァ!!」

 

 コウインはそのまま、セツナの体を弾き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 どうにか着地しようとするセツナ。

 

 そこへ、タイミングを合わせてキョウコの電撃が迫る。

 

「玄武、起動!!」

 

 電撃が直撃する寸前に、とっさに障壁を張り巡らして防ぐセツナ。

 

 そんなセツナに、2人は神剣を向けてくる。

 

「どうだ、朝倉。俺が言った通りだろ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「もう完全に、お前に勝機はねえ。諦めな。」

 

 それは、勝利宣言。

 

 2人は、完全に勝利を確信していた。

 

 だが、

 

「フッ」

 

 セツナは不敵に笑う。

 

 ギリギリだが準備は整った。反撃するなら、今だ。

 

「言いたい事はそれで終わりか?」

「何?」

 

 訝るコウインとキョウコは、互いに顔を見合わせる。

 

 そんな2人を他所に、セツナは玄武を解除する。

 

 そして、

 

「青龍、起動!!」

 

 身の内に龍王を呼び起こす。

 

 セツナの脳内に、ありとあらゆるパターンの未来映像が映し出される。

 

 その中から、セツナが真に望むべき未来を掴み取る。

 

「させないわよ!!」

 

 先手を打つべく、キョウコがオーラフォトンを開放、紫電を持ってセツナを貫く。

 

 しかし、

 

「甘い。」

「なっ!?」

 

 既に、この未来を予期していたセツナは、電撃をかわすと同時に、キョウコの懐に入り込んでいた。

 

「クッ」

 

 とっさに後退してセツナの間合いから逃れようとするキョウコ。

 

 しかしセツナの身の内にある青龍は、流れ変化する水を捉える様に、未来の情景を修正、セツナに、より深い踏み込みを指示する。

 

 迷う事無く従うセツナ。

 

 繰り出されし刃は、閃光と化し、キョウコの腹を薙いだ。

 

「アア!?」

 

 腹から走る斬撃の痛みに膝を折るキョウコ。

 

「キョウコ!!」

 

 そんなキョウコを救うべく、コウインがセツナに迫る。

 

 迫るコウインを睨むセツナ。

 

 青龍は既に、コウインの動きを捉えている。

 

 勝負を決めるのは、今。

 

「喰らえ!!」

 

 振り下ろされる《因果》。

 

 しかし、

 

「何ッ!?」

 

 刃は虚しく砂地を削る。

 

「・・・・・・こっちだ。」

 

 鋭い声が戦場を切り裂く。

 

 振り仰ぐ視界の先で、太陽を背に神剣を構えるセツナ。

 

「クッ!?」

 

 シールドを展開し、防御を固めるコウイン。

 

 対してセツナは、大気を凝縮し《麒麟》の刀身に纏う。

 

「これで最後だ碧。」

 

 降下しつつ、八双に構え、

 

「喰らえ、零距離、」

 

 振りぬく。

 

「鳴竜閃!!」

 

 刃と化した大気が、コウインに迫る。

 

「クッ!?」

 

 ぶつかり合う刃と障壁。

 

 拮抗する力と力。

 

 次の瞬間、崩れる。

 

 勝ったのは、刃の方だった。

 

 

 

「・・・・・・大した、もんだな。」

 

 地面に倒れ伏したまま、コウインは言った。

 

 その体には縦に一線、引かれている。

 

 体を動かす事が出来ない。

 

 だが、致命傷ではない。

 

 キョウコも気を失っているが、命に別状が無いらしい。今、エスペリアやマロリガンのスピリット達がついて、治療を行っている。

 

 セツナは青龍を利用し、「2人を殺さずに行動不能する未来」を選択。実行したのだ。

 

「中盤の苦戦は、俺達のデータを集めていたのか?」

「ああ。」

 

 無数にある未来の中から、殺してしまう選択肢を選ぶ方が随分楽だっただろう。だがセツナはそうせず、より困難な、捕縛と言う選択肢を選んだ。

 

 その為には、データが必要だった。

 

 2人の攻撃力、防御力、速力、行動パターン、連携パターン。それらを脳内にインプットし、青龍から望む未来を引き出しやすくしたのだ。

 

 2人のエトランジェが倒れた事で、マロリガン軍スピリット隊は戦意を喪失。次々と降伏していった。

 

 決戦は、ラキオス軍の勝利に終わったのだ。

 

「さて後は、大統領に、降伏文書に署名させれば良い訳だが・・・・・・」

 

 その時だった。

 

《・・・つな・・・・・・聞こ・・・か・・・・・・せつ・・・・・・》

「ん?」

 

 突然、《麒麟》から本人の物とは違う声が響いてきた。

 

《え、な、何これ?》

 

 戸惑う《麒麟》を鞘ごと腰から外し、耳を当てる。

 

 ヨーティアが新たに開発した、永遠神剣同士を共鳴させる事で意思のやり取りを行うシステムだ。これがあれば、何処に居ても通信のやり取りを行う事が出来るのだ。

 

 何処と無く、ハイペリアの携帯電話を彷彿とさせる機能だ。

 

「ヨーティアか?」

《おお〜、まだ生きてたか。感心感心。》

 

 場にそぐわぬほど、明るい声を発するヨーティア。

 

 その声にうんざりしつつ、セツナは答える。

 

「こっちは忙しいんだ。用があるなら早くしろ。」

《分かってる。装置の解除暗号が分かった。それは、「トアーヤ」だ。》

「トアーヤ・・・自由、か。」

《ああ。施設中枢にある制御版に、その言葉を打ち込めば止まるはずだ。頼んだよ。大陸の未来は、お前さんに掛かっている。》

「分かった。」

 

 セツナは《麒麟》から耳を放すと、周囲を見回す。

 

 現在ラキオス軍は、マロリガン軍の武装解除を行っている。

 

 何しろ、相手はこちらの4倍の数を誇っているのだ。作業はなかなか進まない。

 

「セツナ。」

 

 そんなセツナの元に、セリアが駆け寄ってきた。

 

「行かなきゃいけないんでしょ?」

「ああ。」

 

 説明せずとも、セリアには分かる。マロリガンのエーテル変換施設が、限界に近付いている事が。

 

「作業状況はどうだ?」

「あと、少しで終わりそうよ。でも、この数だから。」

 

 セリアは顔を伏せる。

 

 降伏したとは言え、まだ戦意を失っていない者が居るかもしれない。そう言った連中が、セツナが消えたのを見計らって反撃に出る可能性も否定できない以上、ある程度の人員は残す必要がある。

 

 セツナは数瞬考えた後、口を開いた。

 

「ネリー。」

 

 迷わず、その名を呼ぶ。

 

「何、セツナ?」

 

 振り返るネリーに、セツナは告げた。

 

「一緒に、来てくれ。」

 

 

 

 

 

 

 白虎を呼び起こし、セツナは駆ける。

 

 1歩駆ける毎に、咽るような空気が増していくのが分かった。

 

例えるなら、瘴気。まるで1歩ごとに地獄に近付いているような、そんな感覚に襲われる。

 

 臨界が近いのは、説明されずとも分かる。

 

 急がねばならない。全てが、手遅れになる前に。

 

 セツナの後方を、ウィング・ハイロゥを広げたネリーが付き従う。

 

 誰か1人を連れて行こうと思ったとき、彼女以外の名前は思い浮かばなかった。

 

 自分は、ネリーの事を愛おしく思っている。だからこその、選択だった。もっとも本人も含めて、その事を他人に話す気は毛頭無いが。

 

 2人はなおも散発的に抵抗を続けるマロリガン軍守備隊を排除しつつ、エーテル変換施設の動力中枢を目指す。

 

 やがて視界は開け、かつてイースペリアで見た物と同じ、正八面体の結晶に巨大な永遠神剣が突き刺さった光景が飛び込んでくる。

 

 その下に佇む男が1人。

 

 程よく焼けた、精悍な顔を持つその男こそ、現マロリガン最高責任者。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、ネリーを従えて歩み寄る。

 

 数歩の間を置いて、両者は向かい合う。

 

「・・・こうして、直接顔を合わせるのは、初めてか。」

「ああ。」

 

 口を開いたのは、相手の方だった。

 

「マロリガン共和国大統領、クェド・ギンだ。」

「ラキオス王国軍スピリット隊参謀長、《麒麟》のセツナだ。」

 

 淀み無く、互いに名乗る。

 

「ラキオス王国女王、レスティーナ・ダイ・ラキオス陛下の名代として、申し入れる。貴軍は既に壊滅、抵抗の意思を失っている。速やかに降伏される事を要求する。」

 

 勧告を終えると、セツナは《麒麟》の柄に手を掛ける。同時にネリーにも目配せし、いつでも斬りかかれるようにする。

 

 対してクェド・ギンは煙草を深く吸い込むと、煙を吐き出す。

 

「降伏、か。その先にあるのは、一体何なのだろうな?」

 

 禅問答のような問い掛けに、セツナは訝りの表情を向ける。

 

 その問いには答えず、セツナは疑問を投げ掛ける。

 

「なぜ、こんな事をする? 全てを吹き飛ばし、お前は何を得ようするんだ?」

「知りたいか?」

 

 意味深に言ってから、クェド・ギンは語る。

 

「運命だよ。」

「運命?」

「そう、運命だ。お前は知っているか? この世界は、発祥から、恐らく終焉までを、何者かの手によってシナリオ化されている事を。」

「・・・・・・」

「エトランジェ、スピリット、エーテルシステム。これらは皆、そのシナリオを構成する為の材料に過ぎない。全ては、運命を握る者達が描くシナリオを達成する為の、な。全ては永遠神剣の思惑通り。」

 

 セツナは、内心で感心した。

 

 セツナとネリーは、クェド・ギンが言う所の運命を握る者の正体を知っている。ロウ・エターナルと言う名のシナリオライターを。

 

 だが、それを人の身で、しかも独力で辿り着く人間が居るとは思わなかった。

 

「だから、終わらせる。いや、自殺すると言うのか? この大陸全てを巻き込んで。」

「そうだ。神剣の思惑通りに生きるなどあってはならない。俺達は生かされているのではない、生きているのだ。」

 

 迷いの無い瞳で答えるクェド・ギン。

 

 対して、セツナは言った。

 

「お前が言う、運命を握る者とは、エターナルの事だ。」

「エターナル?」

 

 聞き慣れない単語に、訝るクェド・ギン。

 

「そうだ。この世界、いや、あらゆる世界をマナに還す事を目的とした者達だ。奴らが、エーテルを初めとした各種のシステムを作り上げ、スピリットを作り出し、この世界の現状を作り上げた、言わば、真の敵と言うべきだろう。」

 

 一旦言葉を切って、セツナは言った。

 

「ラキオスに下れ、クェド・ギン。奴らに対抗する為には、お前という存在が必要だ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「一国を指揮し、なおかつ人の身でエターナルの存在まで察知したお前の頭脳、今度は奴等を倒す為、俺達に貸して欲しい。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 両者の間に、沈黙が流れる。

 

 やがて、クェド・ギンが口を開いた。

 

「・・・・・・俺が、必要なのか?」

「ああ。」

「・・・・・・そうか。」

 

 頷くクェド・ギン。

 

 だが、その手には1本の剣が握られている。

 

「だが、要求を呑む事はできない。」

「なぜ!?」

 

 目を剥くセツナ。

 

 そんなセツナを他所に、クェド・ギンはエーテル結晶を懐から取り出した。

 

「それは、俺がこの国の大統領だからだ。国が敗れた以上、その最高戦犯である俺は責任を取らねばならない。」

「そんな事はどうでも良い。レスティーナはそれを糾弾するような人間ではないし、先程言った通り、この世界が、お前を必要としているんだ。」

「いや、奴が、ヨーティアがラキオスに居るならば、俺は必要無いだろう。」

 

 ヨーティアの名前が出た事で、セツナはハッとする。

 

 以前、ヨーティアと話していた時、何かの拍子でクェド・ギンの名が彼女の口から出た事があった。その時の彼女の表情は、どこか寂しげであったような気がする。

 

 そんなセツナの思考に構わず、クェド・ギンは手にした、この世界で唯一、人造の永遠神剣《禍根》を振りかぶる。

 

「俺は、俺のやり方で奴等と戦う。この世界を消し去り、運命を今、ここで終わらせる事でな。だが、」

 

 クェド・ギンはニヤリと笑う。

 

「お前達が勝ったのなら、今度はお前達が俺の遺志を継いで戦ってくれ。」

 

 次の瞬間、クェド・ギンは《禍根》を振り下ろす。

 

 その手にあった、結晶が砕け散り、衝撃がセツナとネリーを襲った。

 

「クッ!?」

「キャァ!?」

 

 とっさに顔を覆う2人。

 

 その目の前で生まれた光がクェド・ギンを飲み込む。

 

 代わって、現われたのは、

 

「・・・スピリット?」

 

 開いた視界の先に立つ、者を見て、セツナは呟いた。

 

 その言葉通り、それはスピリットだった。ただし、全身が真っ白なホワイトスピリットである。

 

「何だか、イオみたい・・・」

 

 ネリーが感嘆のような呟きを漏らす。

 

 確かに、イオのような外見をしたスピリットである。

 

 セツナ達は全く知らない事だが、奇しくもそのスピリットの名前もイオ。かつて、帝国研究所時代に、ヨーティアとクェド・ギンに可愛がられ、マナ結晶の実験失敗で散った、ホワイトスピリットであった。

 

 だが、そのイオは、既に理性を失っていた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 この世の物とは思えぬ雄叫びと共に、イオは《禍根》を振りかざした。

 

「来るぞ!!」

 

 セツナは言い放つと同時に《麒麟》を抜き放つ。

 

 次の瞬間、イオはセツナの目の前に居る。

 

「ッ!?」

 

 かわす余裕は、無い。

 

 セツナはとっさに《麒麟》を振るい、払い除けようとする。

 

 だが、

 

「なっ!?」

 

 払い除けられない。

 

 恐ろしいまでの力で、セツナを押し返すイオ。

 

「クッ」

「セツナ!!」

 

 ネリーはウィング・ハイロゥを広げると、《静寂》を振り翳して斬り込む。

 

 だが、ネリーの接近を察知したイオは、セツナを蹴り飛ばし、左掌を掲げる。

 

 その左掌から豪風が舞い、空中にあるネリーを絡め取った。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 バランスを崩し、空中高く舞い上げられるネリー。

 

 既にコントロールを失い、錐揉みを始めている。

 

「ネリー!!」

 

 セツナはとっさに床を蹴ると、巻き上がる風の中に身を躍らせた。

 

「蒼竜閃!!」

 

 最速の剣が、空気を構成する分子を断ち切り、ネリーを捕らえている風を断ち切る。

 

 落下してくるネリーを、直前で受け止める。

 

「あ、ありがと。」

「ああ。」

 

 言葉を交わす2人。だがその間にもイオは高速で移動しながら接近してくる。

 

「ッ、スピードなら負けん!!」

 

 セツナは白虎を起動、10倍に引き伸ばされた時間の中で、イオに向かう。

 

 上空に逃れようとするイオに対し、セツナは巧みに垂直な壁を蹴りながら上昇、自身の間合いにイオを捉えた。

 

「喰らえ、雷竜閃!!」

 

 身の内のオーラフォトンを刀身に乗せ、斬撃を繰り出す。

 

 だが、

 

「ッ!?」

 

 繰り出された《麒麟》は虚しく空を切った。

 

「残像、だと?」

 

 それは、ネリーが使う物よりも数段優れた物。

 

 そう、セツナすら欺けるほどの。

 

 次の瞬間、セツナは背中に鋭い痛みを感じた。気付いた時には、既に肩甲骨の辺りを浅く切られている。

 

 セツナの攻撃をかわして。高速で背後に回りこんだイオの攻撃だった。

 

「クッ!!」

 

 セツナはとっさに壁を蹴ると、地上に舞い降りた。

 

 そこへ、追い討ちを掛けるようにイオの神剣魔法が炸裂する。

 

「玄武!!」

 

 とっさに障壁を張り、自分とネリーを守る。

 

 だが、障壁越しでも容赦無く衝撃が伝わってくる。

 

『まずい・・・・・・』

 

 セツナは珍しく、焦りを感じていた。

 

 既にコウイン達との戦闘で、セツナのオーラフォトンは相当量消耗している。それは、ネリーも同様だ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 焦燥感に駆られながらも、どうにか神剣魔法を防ぎきるセツナ。

 

 だが、既に限界は近い。

 

 残るオーラフォトン全てを攻撃に使っても、使える権能は後1つ。加えて、先程からエーテル変換施設が不気味な鳴動を始めている。こちらの方も、遠からず限界を迎えるだろう。

 

『どうする?』

 

 何を使う?

 

 もはや守っている時間は無い。となると防御魔法である玄武は論外、残るは白虎か? 青龍か?

 

 白虎では、先程のように残像でかわされる可能性もある。とは言え、青龍はオーラフォトンの消費量が激しすぎる。持続時間はせいぜい数秒。その間に、果たして勝機を見出すことが出来るだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やらなければならない。

 

 クェド・ギンの言った事は正しいのかもしれない。確かに、人間が自らの意思で生きている以上、ロウ・エターナルの都合でこの世界を壊させて良い筈が無い。

 

 だが、だからと言って、このようなやり方、容認できるはずも無かった。

 

 セツナは立ち上がる。

 

 残された全ての力を、否、命をぶつけてでも、あのホワイトスピリットを止めるのだ。

 

 身の内に龍王を呼び起こそうとした。

 

 その時だった。

 

「よう、助けは必要か?」

 

 突然の声に、ハッとして振り返る。

 

 そこにいたのは、

 

「碧・・・岬・・・・・・」

 

 先程まで剣を交えていたエトランジェ2人、そして、

 

「ユウ・・・ト・・・・・・」

 

 ボサボサの髪、精悍な顔付き。間違い無く、ラキオス軍スピリット隊隊長《求め》のユウト、本人だった。

 

「随分、らしくない戦いをしているなセツナ。」

 

 そう言って、ユウトは微笑んだ。

 

 その言葉に、思わず悪態が突いて出る。

 

「馬鹿・・・野郎・・・帰って来るなら、もっと早く帰って来い。」

「ああ、悪かった。」

 

 そう言って、セツナの肩を抱くユウト。

 

 ユウトが帰還したのは、ラキオス軍とマロリガン軍が激突するまさに直前だった。

 

 急いで王都に戻ったユウトは、レスティーナから事情を聞くと、取る物も取り合えず、エーテルジャンプサーバーでランサまで跳び、そこから全速力で駆けて来たのだ。

 

 この場に間に合ったのは、まさにギリギリだった。

 

「さて、積もる話は後だ。まずは、あれを何とかしようぜ。」

 

《因果》を構えながら、コウインが言う。

 

 その言葉に答えるように、イオが雄叫びを上げる。

 

「あれが、大将の成れの果てか・・・」

 

 イオの姿を見て、コウインは目を細める。

 

「でも、どうすんの? 朝倉ほどじゃないけど、あたしもコウインも結構消耗してるわよ。」

 

 キョウコの言う事はもっともだった。

 

 だが、今のセツナには先程のような焦燥感は無い。

 

 この面子で仕損じれば、それこそ沽券に関わると言うものだ。

 

 セツナ、ユウト、ネリー、コウイン、キョウコは互いに顔を見合わせる。

 

「まず、俺が玄武で奴の攻撃を一瞬だけ防ぐ。そのカウンターでネリー、碧、岬の3人はありったけの魔法力をぶつけてくれ。それで、多分あいつの動きは止まるはずだ。そして、止めはユウト、お前だ。」

「ああ。」

「この中で一番余力が残っているのはお前だ。頼むぞ。」

「分かった。任せろ。」

 

 頷くと、5人は一斉にそれぞれの神剣を構える。

 

 最後の戦いが、今、始まる。

 

 次の瞬間、イオが動いた。

 

 雄叫びと共に、神剣魔法を放つ。

 

「玄武、起動!!」

 

 残された全ての力を込めて、セツナは障壁を張る。

 

 先程とは比べ物にならないくらいの衝撃が襲ってくる。

 

「クッ・・・グゥッ・・・・・・」

 

 衝撃により、掌が焼け付く。

 

 だが、身を焦がす苦痛の中で、セツナは叫ぶ。

 

「行け!!」

 

 その声に呼応して、3つの影が動く。

 

「行くぜ!!」

「ライトニング・ブラスト!!」

「アイス・バニッシャー!!」

 

 オーラと電撃、吹雪が融合し、強烈な流れを作り出す。

 

 セツナに対する攻撃を防がれた事により、イオはその動きを一時的に止めている。

 

 今がチャンスだ。

 

 3人が作り出した奔流は、そのまま立ち尽くすイオを直撃する。

 

「グァァァァァァ!?」

 

 苦悶にのたうつイオ。

 

 一瞬、

 

 ほんの一瞬、

 

 イオは動きを止める。

 

「今だ、ユウト!!」

「おう!!」

 

 セツナの声に応え、《求め》を翳し、ユウトが飛び出す。

 

 既に、セツナにも、ネリーにも、そしてコウインとキョウコにも戦う力は残されていない。

 

 彼等の、否、この大陸に住む全ての人々の希望を乗せて、ユウトは駆ける。

 

 蒼き刀身にはオーラフォトンが纏われ、瞳に秘めた光には必殺の気合がある。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 ユウトの接近に気付いたイオが、とっさに防御の姿勢を取ろうとする。だが、遅い。

 

 次の瞬間、《求め》の刃がイオの胴を薙ぎ払った。

 

 手応えは充分。

 

 瞬間、これまでにないくらい凄まじいまでの絶叫を上げるイオ。それに伴い、その体はマナの塵となって解けて行く。

 

「あッ」

 

 それを見ていたネリーが、声を上げた。

 

「どうした、ネリー?」

「ううん、何でもない。」

 

 セツナの質問に、首を振るネリー。

 

 ひょっとしたら、見間違いだったからかもしれないからだ。

 

 最後の瞬間、イオの口が、ある言葉の形をとったような気がした。

 

『ありがとう』

 

 と、

 

 イオの消滅を確認してから、セツナは神剣通信でヨーティアを呼び出した。

 

《お〜、セツナ、首尾は?》

「終わった。」

 

 やや躊躇って、付け加える。

 

「クェド・ギンも、死んだ。」

《・・・そうか。》

 

 答えるヨーティアの声も、心なしか沈んでいた。

 

「それよりヨーティア。」

 

 一転、セツナは責める口調となる。

 

「俺はユウトが来る事は聞いていなかったが?」

《あっれ、おっかしいなあ、言ってなかったか?》

「ああ、お陰でいらない苦労をした。」

《まあそう尖がるなよ。若い内の苦労は年取ってからの財産になるんだぞ。》

「グータラのお前にだけは言われたくないな。」

《まあまあ、それより、早いトコ装置を止めてくれ。無駄話のうちに大陸が吹き飛んだら、さすがに洒落にならんだろ。》

 

 はぐらかす様に話題を変えるヨーティアに溜息を吐きつつ、セツナは制御版に歩み寄った。

 

「暗号は確か、『トアーヤ』だったな?」

《ああ、ちょっと待ったセツナ。暗号は変更だ。》

「変更?」

《ああ。《ラスフォルト》。そう、打ち込んでくれ。》

「気高き者?」

《ああ、「人は自由を求めても、あらゆる柵から逃れる事は出来ない。真の自由など有り得ないのだ。それでも自由を求めて戦う者は気高き者だろう」って、どっかの誰かさんが言ってな。》

「それで?」

《問い掛けなんだよ。「お前達は気高き者か?」ってな。》

「分かった。」

 

 セツナは頷くと、操作盤に「ラスフォルト」と打ち込む。

 

 すると、それまで室内を満たしていた濃密なマナが、徐々に拡散していくのが分かった。

 

 変化は徐々に加速し、やがて室内の空気は清浄に戻る。そして、変換施設から逆流したマナも、徐々に自然に戻り、大地を満たしていく。

 

「終わった、な。」

 

 セツナが、呟く。

 

 その言葉はまさに、約半年の長きに渡って続いた「マロリガン戦争」終幕のベルだった。

 

「お疲れ様、セツナ!!」

 

 いつの間にか傍に寄って来ていたネリーが、セツナの腕をポンッと叩いた。

 

 これからが、まだ忙しい。

 

 マロリガンの占領統治、エーテル施設の結合、そして、戦争中についに姿を現したサーギオス帝国軍に対する備え。

 

 やる事は山ほどあるが、取り合えず、

 

「ああ、お前もな。」

 

 そう言うと、セツナはネリーの髪をクシャッと撫でる。

 

 それに対しネリーは、くすぐったそうに瞳を細めた。

 

 聖ヨト暦331年シーレの月

 

 マロリガン共和国暫定政府は、ラキオス王国に対し無条件降伏の受諾を打診。

 

 ここに、永遠戦争第2幕「マロリガン戦争」は終幕を見たのだった。

 

 

 

 丘の上に立ち、カチュアはゆっくりと腰の《絶望》から手を放した。

 

「フッ、フフフ・・・」

 

 その額からは冷や汗が流れている。

 

マロリガン中枢部での異常は、カチュアの立つここまで伝わって来た。

 

 万が一の時は飛び込んで行こうと思ったが、どうやらその必要は無かったらしい。

 

「やるね・・・セツナ。さすがだよ。」

 

 口元に微笑を浮かべ、呟く。

 

 そして、眼下のマロリガン首都に背を向けるとウィング・ハイロゥを広げる。

 

「さて、次はあたしらの番だね。楽しみにしているよ。」

 

 

 

 第20話「マロリガンの長い日」   おわり