大地が謳う詩

 

 

 

第19話「苛烈なる集団戦闘」

 

 

 

 

 

 

 吹きすさぶ砂塵に目を細めながら、両者は対峙する。

 

『妙な気配を追ってきたら、こんな事になっているとはな。』

 

 砂色のマントに全身を覆った集団を眺めながら、セツナは呟く。

 

 ランサでの執務中に彼女達の気配を捉えたセツナは、取り急ぎ動ける者を引き連れて飛んで来たのだ。

 

 その途中でニムントールと合流する事ができ、事情を聞いたセツナは白虎を使って戦場に急行、間一髪のところで、ファーレーンを救う事に成功したのだ。

 

 1人、敵の猛攻を凌いだファーレーンは力尽き、今は妹の腕の中に居る。

 

「ニム。」

 

 セツナは足元に居るニムントールに声を掛けた。

 

「ファーレーンの様子はどうだ?」

「分かんない。」

 

 涙に目を濡らしながら、ニムントールは答える。

 

「けど、息はしてる。」

 

 ニムントールの言う通り、ファーレーンの胸は上下に動き、やや乱れながらも呼吸している事を示している。どうやらブラックスピリット特有の高い魔法耐性が、辛うじてファーレーンの命を繋いだようだ。

 

「よし。」

 

 それを確認してセツナは、再び目を前方の敵に向ける。

 

「ハリオン、ニム。お前達はファーレーンを連れてランサまで下がれ。エスペリアの指揮下に入り、以後はランサの防衛に就け。」

「でも、」

「こっちは良いんですか?」

 

 この場にエスペリアは居ない。と言う事は、この2人が下がれば、ラキオス側に回復役が居なくなる事を意味する。

 

 不安そうに声を上げる2人に、セツナは振り返らずに答える。

 

「ファーレーンを治療するにはハリオンが必要だ。ニムは、その状態じゃ戦闘は無理だろ。」

 

 姉を傷付けられたニムントールは、傍目からも分かるくらい取り乱している。

 

 この状態での戦闘が無理なのは、一目瞭然だった。

 

「・・・・・・分かりました〜」

 

 そう言うとハリオンは、体の小さいニムントールに代わってファーレーンの体を担ぐ。

 

「気を付けてくださいね〜、セツナ君。」

「ああ。」

 

 さあ、行きましょうニムさん。

 

 そのハリオンの声を聞きながら、セツナは改めて敵に眼を向ける。

 

 数は6人。

 

 全員が砂漠迷彩用の砂色の外套に身を包んでいる。

 

 手にした永遠神剣のみが、辛うじてスピリットである事を示している。

 

『だが、何者だ?』

 

 ファーレーンと同じ疑問が、セツナの中に生まれる。

 

 視界の先にはマナ障壁がある。と言う事は、マロリガン軍が攻めて来る事は物理的に不可能。

 

 と、なると、答えは1つ。

 

「貴様等、帝国軍か?」

 

 現在、ラキオスのスピリットに対抗できる戦力を持つ国は、マロリガンとサーギオスの2国のみ。マロリガンでないのならばサーギオス。簡単な消去法だった。

 

 問いかけに対し、中央に立つスピリットが、ゆっくりと前に出る。

 

 そして、顔を覆うフードを取る。

 

「あんたが、エトランジェかい?」

 

 質問に答えず、逆に質問してくると言うことは、肯定を意味している。

 

 零れ出る長い青髪が、その人物がブルースピリットである事を示している。

 

「初めまして、と言っとこうか。あたしは、サーギオス神聖帝国軍第18特殊部隊隠密頭。カチュア・ブルースピリット。人呼んで、《絶望》のカチュアさ。」

 

 それに合わせるように、他の5人も次々とフードを解く。

 

 ブルースピリット1名、レッドスピリット1名、グリーンスピリット1名、ブラックスピリット2名、カチュアと合わせて合計6名。

 

 これが、第18特殊部隊の面々だった。

 

 対するラキオス軍は、セツナ、セリア、ウルカ、ネリー、シアー、ヘリオンと同じく6名となっている。

 

 両者は、殺気も露に向かい合う。

 

「カチュア殿・・・・・・」

 

 元帝国軍のウルカが苦渋に満ちた目で、かつての仲間達を見る。

 

 そのウルカに視線を移しながら、しかし何も言わずにカチュアは再びセツナを見る。

 

「さて、あたしらがここに来た理由、分かってるかい?」

「少なくとも、友好使節でないのは確かなようだ。」

 

 言葉に殺気を乗せてセツナは言い放つ。

 

 セツナの皮肉を聞いて、カチュアは薄く笑う。

 

 凄みのあるそれは、セツナと同量の殺気を湛え、まるで獣、それもしなやかな体躯を持つ、猫科の猛獣を思わせる。

 

 既に、戦う気満々だった。

 

「話が早くて助かるよ。」

 

 そう言うとカチュアは、マントの下から第六位永遠神剣《絶望》を抜き放つ。

 

 こちらも、闘志は充分のようだ。

 

「全力でやりな。せいぜい、一瞬で終わらないようにね。」

「・・・返すぞ、その言葉。」

 

 セツナの言葉に合わせるように、ラキオス側スピリット5人も構えを取る。

 

 カチュア達もそれぞれ神剣を構える。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 緊張のうちに時が過ぎる。

 

 互いに無言。

 

 ただ、蒸せるような気温だけが、両者の肌を焼いていく。

 

 吹き出る汗が頬を伝う。

 

 雫が地面に落ちた。

 

 次の瞬間、両者は一気に爆ぜた。

 

 

 

「オラオラ、行くぜ!!」

 

 まず飛び出したのは、サーギオス側のレッドスピリットだった。

 

 ダブルセイバーを翳した《獄吏》のアンナが、斬り込んで来る。

 

 この女性、筋骨隆々とたくましく、その体格は普通の男と比べてもそれを凌駕している。比較的細身のセツナと比べて体だけを見れば、どちらが女なのか、確実に間違うだろう。

 

 ちょうど、ハイペリアに存在したと言われる女戦士アマゾネスなら、こんな感じだろう。と言う印象がある。

 

 はっきり言って、彼女が自分をあくまでも妖精だと主張するのなら、妖精と言う単語が辞書から消滅してしまうのではないだろうか?

 

「さあ、あたしに殺されてェのは、どいつだ!!」

 

 振り下ろされる刃。

 

 しかし、それをいち早く飛び出した小柄な陰が弾いた。

 

「何ッ!?」

 

 自分の剣が弾かれた事に一瞬驚くアンナ。

 

 対して、弾いたネリーは《静寂》の切っ先を向けて毅然と言い放つ。

 

「へへ〜、くーるなネリーに、そんな攻撃は通用しないんだから!!」

「舐めんな、ガキが!!」

 

 言い放つとアンナは、《獄吏》を旋回させながらネリーに斬りかかった。

 

 

 

 黒い影が、互いに向かい合っている。

 

 吹きすさぶ砂塵にも、両者の視界を塞ぐ事は適わない。

 

 やがて、一方が口を開いた。

 

「・・・・・・ウルカ様。」

 

 《新月》のシャーレンは、哀しげな表情でウルカを見る。

 

「ウルカ様が放逐された事は知っています。その理由も。」

「シャーレン殿・・・・・・」

 

 かつて、共に技を磨きあった友は、今や互いに剣を向け合う立場となって対峙する。

 

「しかし、それならそれで、もう、私達の前には現われて欲しくなかった。」

「・・・・・・・・・・・・」

「それが、よりのよって、ラキオス側に付いて現われるとは・・・」

 

 最後は吐き捨てるように言い放つ。

 

 対してウルカは、スッと目を閉じて返す。

 

「すまぬ。とは、言わぬ。」

「・・・・・・」

「だが、手前はラキオスの方々に命を救われ、今また、生きる道を指し示していただいた。この恩義は、返さねばならぬ。」

「・・・・・・・・・・・・分かりました。」

 

 シャーレンはそっと、腰の《新月》に手を当てる。

 

 最早、言葉で交われる道ではない。

 

 交わるのは、刃のみ。

 

 対してウルカも《冥加》の柄を握る。

 

「ウルカ様、いえ、ラキオスのスピリット《漆黒の翼》ウルカ。その首、貰い受ける!!」

 

 言い放つと同時に、シャーレンはウィング・ハイロゥを広げて地を蹴った。

 

 

 

「わわ!?」

 

 相手が繰り出した蹴りを、ヘリオンは辛うじて回避した。

 

「あっれー、かわされちゃった。」

 

 相手のスピリットは心外そうに首をかしげた。

 

 相手は同じブラックスピリット。

 

 しかし、幼い。

 

 恐らくまだ、オルファと同じくらいではないだろうか?

 

「こんにちは!!」

「こ、こんにちは。」

 

 相手は元気良く挨拶してきた。

 

「ルルはね、ルルだよ。それで、こっちが《怨恨》!!」

 

 そう言うと、永遠神剣《怨恨》を掲げる。

 

「あ、し、《失望》のヘリオンです。」

 

 律儀に返すヘリオン。

 

 どうにも、相手の態度に調子が狂わされているようだ。

 

「そっか、ヘリオンちゃんって言うんだ。それじゃあさ、」

 

 天真な笑みを浮かべるルル。

 

 しかし次の瞬間、鋭い蹴りがヘリオンに放たれる。

 

「うッ!?」

 

 それを辛うじてかわすヘリオン。

 

「死んでね。」

 

 笑顔のまま、ルルは言った。

 

 

 

 数合の打ち合いの後、セリアは《熱病》の切っ先を相手に向ける。

 

 相手はグリーンスピリット。やはり、手にした槍をセリアに向けている。

 

「退きなさい。」

 

 セリアは言う。

 

 対する相手―《退廃》のロレッタは、無言のままセリアを見る。

 

「あなたでは、私に勝てない。」

 

 ロレッタはグリーンスピリット。防御を得意とする種族。

 

 対してセリアはブルースピリット。攻撃力に特化し、セリア自身、接近戦では部類の強さを誇る。

 

 しかしロレッタは、柔らかい笑みでセリアの啖呵に応じる。

 

「随分、自信がおありなんですね。」

「え?」

「でも、こうも言うじゃありませんか、『勝負は、やってみないと分からない』って。」

「・・・・・・後悔、するわよ。」

 

 そう言うとセリアは、《熱病》を振り翳した。

 

 

 

「で、最後に残ったのが、君って訳?」

 

 《叫喚》のフェリアは、目の前に立つ小柄な少女を見る。

 

 対するシアーは、少し腰が引けた感じに《孤独》を構えているが、それでも退く気は無いようだ。

 

「う・・・」

 

 彼女の姉を含めて、既に他の皆は一対一での戦いを始めている。と言う事は、シアーを援護できる人間は居ない事になる。

 

「ま、良いや。とっとと始めちゃお。」

 

 そう言うとフェリアは、腰の長剣―《叫喚》を抜き放った。

 

 

 

「俺の相手は、お前か?」

 

 目の前にたったカチュアに、セツナは言った。

 

「あら、不満かい?」

「・・・いや。」

 

 セツナは首を横に振る。

 

 彼女の体から滲み出る殺気。

 

 それは彼女が、決して無視できるほど弱くない事を示している。

 

「しかし、」

 

 セツナは僅かに視線を巡らして言う。

 

「一対一の状況を作り出すとは、」

 

 睨む目を細める。

 

「少しばかり、俺達を甘く見ていないか?」

 

 セツナは、自分の仲間達の実力に自信を持っている。少なくと、並みのスピリット相手に1対1で負けるとは思っていない。

 

 だが、それに対してカチュアも余裕の態度を崩そうとしない。

 

「あら、そんな事は無いよ。」

 

 答えるカチュアの口元には、妖艶な笑みが浮かぶ。

 

「北方五国を制し、今また大国マロリガンと互角に渡り合うラキオス軍スピリット隊。それを甘く見る気なんて、あたしにはまったく無いよ。ただね、」

「・・・・・・」

「あの子達は、この状況でも充分戦えるくらい強いって訳だよ。」

 

 そのカチュアの言葉を肯定するように、サーギオス側の猛攻が始まった。

 

 

 

「雲散霧消の太刀!!」

「月輪の太刀!!」

 

 放たれた両者の居合いが、空中でぶつかり合う。

 

「クッ!?」

「・・・」

 

 2人は互いの技の衝撃で一旦放れると、再び地を蹴って疾走する。

 

「「ハッ!!」」

 

 交わす刃の擦れる音が響き合う。

 

 二合

 

 三合

 

 四合

 

 続ける内にスピードが吊り上り、やがて、ただ黒い影が飛び交っているようにしか見えなくなる。

 

 時折響く鍔競りの音だけが、両者の激突を物語る。

 

「クッ!?」

 

 シャーレンの剣がウルカの頬を掠めた。

 

 だが、その一瞬にウルカはシャーレンの腹に蹴りを加えた。

 

「グッ!?」

 

 蹴られた脇腹を押さえて後退するシャーレン。

 

 両者の間合いが一瞬はなれる。

 

『今だ。』

 

 それを逃さず、ウルカは攻勢に移る。

 

 《冥加》を空中に翳し、マナを集める。

 

「混沌の衝撃、呑まれる恐怖に震えるか。」

 

 黒く凝縮したマナが、纏わり付く様にシャーレンに迫る。

 

 ブラックスピリット最強の神剣魔法カオス・インパクトがシャーレンに迫る。

 

 しかし、

 

「ハッ!!」

 

 シャーレンはウィング・ハイロゥを広げて飛び上がり、魔法の効果半径から逃れる。

 

「かわした!?」

 

 その信じられない反応速度に、ウルカは思わず目を剥く。

 

 そんなウルカに、軽蔑を込めた視線を投げなら、シャーレンは口を開く。

 

「・・・・・・弱く、なられましたな。ウルカ様。」

「何?」

 

 上空から見下ろすように、シャーレンは言う。

 

「何を根拠に、そのような事を言われる?」

「根拠?」

 

 あざ笑うかのようなシャーレンの口調。

 

「魔法、などに頼っているのが何よりの証拠。」

「・・・・・・・・・・・・」

「敵を倒すのに必要な物は、他者を凌駕する速度と磨き上げた技、そして必殺の気合。それだけあれば充分。魔法など、邪道である以前に不要です!!」

 

 言い放つと同時に、シャーレンは急降下に入る。

 

「雲散霧消の太刀!!」

 

 放たれる必殺に居合い。

 

 ウルカが気付いた瞬間には、既にシャーレンの体は目の前にある。

 

『先程より、速い!?』

 

 次の瞬間、ウルカの左腕が浅く斬られる。

 

「・・・・・・」

 

 迸る鮮血を見ながら、ウルカは呆然とした表情を向ける。

 

 相手を捕らえるどころか、知覚すら困難だった。

 

 そんなウルカに、シャーレンは静かに言う。

 

「言っておきますが、今のはわざとはずして見せたのですよ。感謝してください。」

 

 そう言うとシャーレンは、ウルカに向き直る。

 

「さて、ここからが本番です。」

 

 そう言うと《新月》の柄に手を当てた。

 

 

 

 セリアは、戸惑っていた。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 ウィング・ハイロゥを広げ、全速で突撃する。手にした《熱病》を大きく振りかぶった。

 

 光を煌かせ、刃がロレッタに迫る。

 

 しかし、

 

「はい。」

 

 涼しげな声と共にロレッタは身を翻し、セリアの間合いから逃れる。

 

 剣先は掠りもせず、虚しく空を切る。

 

「あらァ? 当たりませんね。」

 

 先程から、セリアの攻撃はまったく当たらない。ロレッタはほとんど動いていないにも関わらず、である。

 

 ロレッタはニコニコと笑顔を浮かべながら、セリアの無駄な行動を見ている。

 

「クッ!!」

 

 その笑顔に触発されセリアは再び斬りかかるが、それも槍の柄で受けられる。

 

「不思議ですね。なぜ、あなたの剣は私に当たらないのでしょう?」

「ハッ!!」

 

 セリアは一旦放れようとする。

 

 が、

 

「あらあら、そこは私の間合いですのよ。」

 

 おっとりした言葉と共に、伸びてきた《退廃》の刃がセリアを襲う。

 

「クッ!?」

 

 寸でのところで、突き出された刃を回避するのに成功するセリア。

 

 対してロレッタは、追撃を掛けずにその場に留まり、《退廃》を構えなおす。

 

 その口から、説明文が紡がれる。

 

「あなたは確かに強いです。ブルースピリット特有の素早さに加え、それを活かし切る剣技も卓越しています。自分のスピードに翻弄されていないのは、あなたがこれまで、充分に研鑽を積んできた証です。しかし、」

 

 ロレッタは、さも可笑しそうに笑みを浮かべる。

 

「スピードが速い事が、すなわち勝敗の決め手になるかと言えば、決してそうとは言い切れませんよ。」

「何を!!」

 

 自身の戦い方を否定するかのような言葉に反応し、セリアはウィング・ハイロゥを羽ばたかせる。

 

 一気に急上昇し、体勢を変えて急降下。

 

 自身のスピードに加えて、自由落下をも加えた最速の一撃。

 

「これで、どう!?」

 

 迫る刃。

 

 しかしロレッタは余裕の表情で、

 

「そこ。」

 

 あっさりと《熱病》の刃を《退廃》の柄で受け止める。

 

「スピードが速ければ速いほど、移動から攻撃に移る際の予備動作は限られます。すなわち、直進するか、立ち止まるか、2つに1つ。至極、読みやすいです。」

 

 言うが早いか《退廃》の柄尻を繰り出す。

 

 その一撃は、セリアの腹を捉える。

 

「ゴフッ!?」

 

 思わず体をくの字に折るセリア。

 

 そこへ、ロレッタが刃を振り下ろす。

 

「クッ!?」

 

 体を折り曲げた体勢ながら、辛うじて回避しようとするセリア。

 

 しかし、完全にかわす事は適わず、刃は胸を掠めて行った。

 

 

 

「ウルカ! セリア!」

 

 主力2人が圧倒される様を見て、セツナは思わず声を上げる。

 

 それを見てカチュアは、薄く笑みを浮かべる。

 

「どう? あたし等の方が上手みたいだね。」

「ッ、なら、ここでリーダーであるお前を倒させてもらう!!」

 

 言うが早いか、神速の勢いで《麒麟》を繰り出す。

 

 白虎を起こし、高速で放たれた斬撃がカチュアに迫る。

 

 しかし、その一撃をカチュアは、身をのけぞらせる事で回避した。

 

「ッ!?」

 

 驚くセツナに、カチュアは事も無げに言う。

 

「言うまでも無いけど、あたしも相当強いよ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、カチュアを睨み付けた。

 

 

 

「居合いの太刀!!」

 

 低空を這うように飛び、必殺の居合いを繰り出すヘリオン。

 

 しかし、

 

「遅い遅い!!」

 

 余裕を持ってその動きをかわしルルは、急降下しつつ、無防備なヘリオンの背中に蹴りを入れる。

 

「くあ!?」

 

 蹴りの衝撃で墜落し、砂地に頭から突っ込むヘリオン。

 

 その背後で、ルルがマナを掌にマナを集中させる。

 

「いっくよ〜〜〜!!」

 

 掌に集めたマナを開放する。

 

「ダ〜〜〜ク、インパクト!!」

「ッ!?」

 

 迫る闇に、どうにか身を起こして回避しようとするヘリオン。

 

 しかし、闇は逃すまいと、ヘリオンの体を捉えた。

 

「キャアァァァァァァ!?」

 

 体を蝕む痛みに、悲鳴を上げるヘリオン。

 

 しかし、ブラックスピリット特有の高い魔法耐性が、辛うじてルルの魔法に打ち勝つ。

 

 闇の頚木から抜け出したヘリオンは、《失望》を振るう。

 

「クッ、えい!!」

 

 傷付いた体を引きずるように斬りかかるヘリオン。

 

 しかしルルは、余裕を持ってその攻撃をかわし、距離を置いて着地する。

 

「クッ!!」

 

 その様子を悔しそうに睨むヘリオン。

 

「どうして、神剣を抜かないんですか!?」

「ん?」

 

 ヘリオンの言葉に、キョトンとした顔で《怨恨》に目をやる。その刃は、ヘリオンが指摘した通り、今だに鞘に収まったままだ。

 

 そんなヘリオンに、ルルはさも不思議そうに言う。

 

「何で? 抜く必要が無い時に抜いちゃいけないって、カチュア言ってたよ。」

「ッ!?」

 

 ヘリオンの顔が屈辱に歪む。

 

 抜く必要が無い。すなわち、ヘリオンはルルにとって神剣を抜かなくても勝てる程弱い相手だと言う事になる。

 

「クッ!!」

 

 ヘリオンは自身の屈辱を晴らすべく、再びルルに斬りかかった。

 

 対してルルは、鞘に収まったままの《怨恨》を頭上高く掲げる。

 

「いっくよ、《怨恨》。ロウアー・レジスト!!」

 

 黒きマナが、人の手を形成し、失踪するヘリオンを掴み取ろうとする。

 

 対してヘリオンは、ウィング・ハイロゥを広げて加速、魔法の効果範囲から逃れると同時に自身の間合いにルルを捉え、一気に《失望》を抜き放つ。

 

「雲散霧消の太刀!!」

 

 煌く剣光。

 

 疾風の如き太刀捌き。

 

 ウルカには及ばないものの、技の正確性、剣速、いずれも他の追随を許さないほどのレベルである。

 

 しかし、

 

「え?」

 

 ヘリオンの目は愕然とした。

 

 自身の技は、ルルを捉える事が敵わない。

 

 それどころかルルは、繰り出されたヘリオンの技をかわすと同時に、事もあろうに、その刀身にヒラリと飛び乗ったのだ。

 

「そ、そんな・・・」

 

 相手は永遠神剣を抜いてもいないと言うのに、ヘリオンは翻弄されていた。

 

「駄目駄目だね、ヘリオンちゃん。そんなんじゃ、ルルには追いつけないよ。」

 

 次の瞬間、刀身から飛び上がったルルの蹴りが、ヘリオンの顎を捉える。

 

「ガッ!?」

 

 蹴りの衝撃ではじけ飛ぶヘリオン。

 

 その間に、ルルはマナを集めて魔法を詠唱する。

 

「神剣よ、我の願いを聞き、彼の者の力を削ぎたまえ、アイアン・メイデン!!」

 

 次の瞬間、空間に現われた無数の黒い槍がヘリオンの足を貫く。

 

「キャアァァァ!?」

 

 足に伝わる激痛に、思わず悲鳴を上げるヘリオン。

 

 そんなヘリオンの傍らに降り立ち、ルルは言った。

 

「あは、これで逃げれなくなったね、ヘリオンちゃん。」

 

 そう告げるルルの顔は、無邪気そのものと言って良かった。

 

 

 

「あうッ!?」

 

 シアーは悲鳴と共に、《孤独》を取り落とした。

 

 その両腕は、流れ出た鮮血で赤く染まり、血は蒸発するように金色のマナの塵へと変わっていく。

 

 両腕がその状態では、とても戦う事などできようはずも無い。

 

「何だ、もう終わり? 見た目通り、呆気無いんだな〜」

「うう〜」

 

 さもつまらなそうに、フェリアは言う。

 

 だが、既にシアーは剣を握れる状態じゃない。

 

 フェリアの戦い方は、まず、相手の攻撃力を削ぐ事から始まる。すなわち、狙うのはまず、相手の両腕。そして相手が抵抗できなくなった時点で止めを刺すのだ。

 

 この戦法、一見卑怯なようにも見えるが、反面、自身を安全圏に置くという意味では、実に効率的な戦い方だった。

 

「さて、そんじゃ、止めと行こうか?」

 

 そう言うと、《叫喚》を掲げた。

 

 

 

「シアー!!」

 

 妹の危機に、思わず声を上げて駆け寄ろうとするネリー。

 

 しかし、その首目掛けて《獄吏》の刃が迫る。

 

「うわッ!?」

 

 思わず身を翻してかわすネリー。

 

 そこへ、連続攻撃を仕掛けるアンナ。

 

「オ〜ラオラ、よそ見している場合かよ!?」

「わあッ!?」

 

 旋回しながら迫る2本の刃を《静寂》で防ごうとするネリー。しかし、膂力の差は圧倒的で、ネリーの小さな体は空中に投げ出される。

 

 それを見て、アンナは掌に炎を躍らせる。

 

「炎よ踊れ。骨の髄までしゃぶり尽くせ!!」

 

 巻き起こる炎が竜巻のように立ち上る。

 

 それを見て、ネリーも慌てて体勢を入れ替えると、詠唱に入る。

 

「マナよ、我に従え。氷となりて力を無にせしめよ!!」

 

 両者は同時に、魔法を解き放った。

 

「インフェルノ!!」

「アイス・バニッシャー!!」

 

 放たれる炎と氷。

 

 ぶつかり合うエネルギー。

 

 プラスとマイナス、相反する2つのエネルギーのぶつかりは、大気を撹拌する。

 

 アイス・バニッシャーは、対魔迎撃用の間接攻撃魔法。

 

 エトランジェなどが使う一部の魔法を除いて、大半の魔法を打ち消すことが出来る魔法である。

 

 しかし、

 

「え!?」

 

 ネリーは目を剥く。

 

 自分の魔法が、徐々に押されて来ているのを感じる。

 

「そ、そんな!?」

 

 掲げた掌が、徐々に熱くなり始める。

 

 これまで、一度としてこんな事は無かった。確かに、ネリーの魔法力を上回る力をぶつければ、押し返す事は出来る。だが、それはあくまで稀な話である。

 

 だが現実に、氷の勢力は徐々に侵食され、炎が目の前まで迫ってくる。

 

「あ・・・クッ!?」

「そら、よ!!」

 

 アンナは止めとばかりに、炎にマナを上乗せする。

 

 それが決定的だった。

 

 ついにネリーのアイス・バニッシャーは突き破られ、炎が襲い掛かった。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 炎が肌を焼く。

 

 今まで感じた事も無いような激痛が、ネリーを襲った。

 

「クッ!!」

 

 ネリーは必死の思いでウィング・ハイロゥを広げると、炎から逃れようと上昇する。

 

 しかし、それがまずかった。

 

「逃がすかよ!!」

「ええッ!?」

 

 充分な高度を取る前に炎を突き破って現われたアンナが、ネリーの足首をガッチリと掴んだのだ。

 

「オラァ!!」

 

 アンナはネリーの足首を掴んだまま空中から引き摺り下ろし、勢いを付けてその体を地面に叩き付けた。

 

「キャアァァァ!?」

 

 背中から地面に叩き付けられ、ネリーの息が詰まる。

 

「まだまだ!!」

 

 アンナはネリーの足首を掴んだまま、再び体を宙高く持ち上げる。

 

そして再度、地面に叩き付けた。

 

「グッ!?」

 

 今度は胸から叩き付けられ、肺が潰れる様な衝撃に襲われる。

 

 あまりの衝撃に《静寂》は手から零れ落ち、結っていた髪もばらける。

 

 アンナはさらに、その行為を何度も繰り返し、ネリーの小さな体を地面に叩き付け続ける。

 

 足を掴まれているネリーは、体を起こす事も出来ずにただ壊れた人形のようにされるがままとなっている。

 

「おら!!」

 

 抵抗の力が弱まったネリーの体を、アンナは自身の膂力を最大限に使って、高々と投げ上げる。

 

「止めだ!!」

 

 空中に襤褸切れの様に投げ出されたネリー目掛けて、炎の槍が撃ち放たれる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、空中で体勢を入れ替えている時間は無い。

 

 次の瞬間、炎はネリーの体を包み込んだ。

 

「あァァァァァァ!?」

 

 炎に焼かれる感触に、ネリーの意識は現実から剥離される。

 

 地面に墜落したネリーは、そのまま倒れ伏した。

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 接近すると同時に繰り出される斬撃。

 

 その斬撃を《絶望》で受け流しつつ、距離を取るカチュア。

 

「どうだい、圧倒的じゃないか。」

 

 次々と圧倒されていくラキオススピリット達を見ながら、カチュアは言う。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言。

 

 数合打ち合っただけだが、相手が並みのスピリットでは無い事が分かる。

 

 かつて、スピリットの身でセツナと互角に渡り合えた者と言えば、ウルカかアセリアくらいのものだった。だが、目の前にいるカチュア・ブルースピリットは、明らかにその2人をも上回っている。

 

 セツナ自身、マロリガン戦争初期のウルカとの一騎打ちから、大分腕を上げている。だが、カチュアは、今のセツナと比較しても遜色無い腕の持ち主であった。

 

「チッ」

 

 軽く舌打ちするセツナ。

 

 当初の作戦では、セツナがカチュアを手早く片付け、相手の指揮系統を混乱させると同時に、フリーハンドになったセツナが他の者の援護に回ると言う物を考えていた。

 

 だが現実にはカチュア1人抑えておくのが精一杯で、他まで手が回らないのが現状だった。

 

 そんなセツナに、カチュアは続ける。

 

「あたしらは帝国に拾われてから、ただひたすら戦い方だけを教わって来た。物心付いてからずっとだよ。多少強いくらいで鼻にかけている雑魚と一緒にして欲しくないね。」

 

 そう。

 

 カチュアは心の中でそっと呟く。

 

 物心付いたその日から、教えられた事と言えば戦う術と、男の相手。

 

 他の事など、まったく教えられなかった。

 

「北方を制したラキオスの実力ってのは、こんな物かい? 正直、残念だね。」

「・・・・・・・・・・・・言いたい事は、それで終わりか?」

 

 セツナの言葉に、視線を向けるカチュア。

 

「何?」

 

 訝るカチュアを他所に、セツナは身の内に龍王を呼び起こす。

 

 一昔前のフイルム画像のように、無数の未来の映像が精神の内側を満たす。

 

 次の瞬間、セツナの放った斬撃の一閃が掠める。

 

「フンッ」

 

 カチュアはその攻撃を笑い飛ばし、先程と同じように体をのけぞらし、

 

 ピッ

 

 短い音と共に、僅かに頬に痛みが走った。

 

「え?」

 

 かわす事が出来なかった。

 

 頬を掠めた切っ先により、血が滴り落ちる。

 

『あたしに、当てた?』

 

 驚愕の表情を見せるカチュアに、セツナは冷え冷えした声で言い放った。

 

「御託を並べるのは大いに結構だが、あまり俺達を舐めるなよ。」

 

 その言葉を肯定するかのように、ラキオス軍の反撃が始まった。

 

 

 

 度重なるシャーレンの斬撃を、紙一重で回避していくウルカ。

 

 しかし、全てを回避する事は敵わず、体中至る所に鋭い斬撃の跡を残している。

 

 それでも手にした《冥加》は放さず、闘志も失っていない。

 

 そんなウルカを見て、シャーレンは吐き捨てるように言う。

 

「無様ですね、ウルカ様。」

 

 かつて、共に剣の腕を磨き、競い合った友の堕ちた姿に、シャーレンは落胆を禁じえぬと同時に、これ以上、直視する事にも耐えられなかった。

 

 紡ぐ言葉も、哀しげに冷たい。

 

「今のあなたは、あまりにも無様です。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のウルカを前に、シャーレンは《新月》を居合いの構えにする。

 

「これ以上、今のあなたを見る事は、私には耐えられません。せめて、私の技で、ハイペリアへと送って差し上げましょう。」

 

 そう言うと同時に前傾姿勢となり、ウィング・ハイロゥを広げる。

 

「行きます!!」

 

 叫ぶと同時に疾走、一気に距離を詰める。

 

「月輪の太刀!!」

 

 繰り出される超高速の居合い。

 

 迫る刃が殺気を帯びる。

 

 しかし、

 

「なっ!?」

 

 刃がウルカを切り裂くと思った瞬間、シャーレンは思わず目を見開いた。

 

 何と、ウルカは繰り出されたその刃を素手で掴み取ったのだ。鍔元で切れ味が鈍い為それ程深くは無いが、それでも肉は完全に切れている。

 

「ウ、ウルカ様・・・」

「肉を斬らせて骨を断つ。武術の極意の1つですね。」

 

 自身の掌から滴り落ちる血にも構わず、ウルカはすっと顔を上げる。

 

「シャーレン殿。確かに手前は、サーギオスを裏切り、ラキオスに付いた変節漢。本来であるならば、今ここであなたに討たれるべきなのかもしれない。」

「うゥ・・・」

 

 その言葉に気圧されるように、シャーレンはとっさに退こうとするが、ウルカはガッチリと《新月》の刃を掴んで放そうとしない。

 

「だが、あなたにあなたの正義や信念があるように、手前にもまた、正義があり、信念がある。それを全うせぬうちに、果てる訳にはいきませぬ。」

 

 そう言うと、周囲からマナを掻き集める。

 

「及ばずながら、お手向かい、させていただきます。」

 

 次の瞬間、ウルカに集まったマナが爆ぜる。

 

「アイアン・メイデン!!」

 

 次の瞬間、空間に現出した無数の黒い針が、シャーレンの右手首を貫く。

 

「グッ!?」

 

 利き腕が傷付けられた事で、攻撃の速度と威力が大幅に削がれた。

 

 そこへ、ウルカが放った斬撃が迫る。

 

「ハァッ!!」

「クッ!?」

 

 腕を負傷し反撃の手段を持たないシャーレンは、後退するしかない。

 

 まさか、と思った。

 

 自身が軽視していた魔法攻撃で思わぬダメージを負い、反撃不能の状態となってしまった。

 

 そんなシャーレンを追い詰めるように、ウルカは連続攻撃を仕掛ける。

 

 攻守逆転。シャーレンには逃げ回る以外の手は無かった。

 

 

 

 迫る刃を屈めてかわし、ウィング・ハイロゥを広げる。

 

 シアーは、フェリアの斬撃を回避する。

 

「このッ、往生際が悪いよ!!」

 

 足元を抜けようとするシアーを《叫喚》で斬り付けようとするフェリア。

 

 だが、足元というのは、意外と狙い難い場所である。

 

「たァ!!」

 

 勢いを付けたまま、シアーはフェリアの腹に頭突きを喰らわす。

 

「グッ!?」

 

 その思わぬ攻撃に、よろめくフェリア。

 

 一方で、シアーのダメージはそれ以上に大きい。

 

「う、ううゥ・・・」

 

 傷が深い両腕からは、絶えず血が溢れ出ている。頭突きのショックで、体に負荷が掛かったせいだ。

 

 そこへ、立ち直ったフェリアが斬り掛かった。

 

「はァ!!」

「うッ!?」

 

 攻撃をかわしつつ、とっさに後退するシアー。

 

 そのシアーに、怒りにかられたフェリアが迫る。

 

「よくもやってくれたな。お返しだよ!!」

「クッ・・・うっ!?」

 

 続けざまに放たれた攻撃を、紙一重でかわし続けるシアー。

 

 そして身を屈めると、落ちていた《孤独》を素早く拾い、その傷付いた腕で構える。

 

「タァァァァァァ!!」

 

 腕だけの力では、既に剣を振るには足りない。シアーは体全体を使ってフェリアに斬りかかる。

 

「おあ!?」

 

 その気迫に、気圧されるフェリア。

 

 それでも、どうにかかわす。

 

 だが、先程までと違い、かわすので手一杯で、反撃までは回らない。

 

 そんなフェリアを、シアーは息も荒く睨む。

 

 腕はボロボロ、体力も限界。

 

 それでも闘志だけは全開まで迸らせ、《孤独》の切っ先をフェリアに向けている。

 

 そんなシアーの様子に、フェリアはニヤリと笑う。

 

「そうだよ。そうでなくちゃ、面白くないよ。」

 

 

 

 ネリーは砂地に突っ伏したまま、ピクリとも動かない。

 

 圧倒的なまでの力の差により叩き伏せられ、まるで死んだように倒れている。

 

 そんなネリーを見下ろし、アンナは背を向ける。

 

「フンッ、つまんねー奴。」

 

 彼女の興味は、既に他の敵に移っている。

 

 弱い者をいたぶる趣味は、彼女は持ち合わせていなかった。

 

「さてと、次はどいつをやろうかね?」

 

 ロレッタはブルースピリットを相手にしているが、こちらはまだ有利に戦っている。ルルも、相手のブラックスピリットを圧倒している。

 

「フェリアは互角っぽいし、となると、御頭かシャーレンか?」

 

 そう言って歩き出そうとした時だった。

 

 すぐ後ろで、砂が擦れる音がした。

 

「何ッ!?」

 

 見ると、ボロボロになりながらも立ち上がるネリーの姿がある。体中傷だらけで、ばらけた髪が、まるで死人のそれのように顔に掛かっている。

 

 それでも、手にした《静寂》を杖代わりにして立っていた。

 

「い、かせないよ・・・」

 

 闘志の失われない瞳は、まっすぐにアンナを見据えている。

 

「こいつ!!」

 

 アンナは《獄吏》を掲げて斬りかかる。

 

「さっさと死ねや!!」

 

 振りかざされる刃。

 

 ネリーに迫る剣光。

 

 一気に切り裂かれる小さな体。

 

 しかし、

 

「なっ!?」

 

 斬った瞬間、アンナの目は驚愕に見開かれた。

 

 捉えたと思ったネリーの体は、まるで空気に溶けるように目の前で消え去る。

 

 次の瞬間、殺気は後方から流れる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに《獄吏》の刃で背後をなぎ払う。

 

「ッ!?」

 

 その一撃は、今にも攻撃に転じようとしていたネリーの体を掠める。

 

「ばれたか。」

 

 残念そうに呟くネリー。

 

 対して、アンナは、驚愕という名の水が、足元を浸していくのを感じた。

 

 今、この小さなスピリットは何をやった? 何をやって、自分の攻撃をかわした?

 

 そんなアンナの疑問を他所に、ネリーは再び《静寂》を構える。

 

「ほんじゃ、もう1回行くよ!!」

 

 言うが早いか、再びネリーは斬りかかる。

 

「クッ!!」

 

 対してアンナも、ネリーを迎撃しようと斬りかかる。

 

 だが、

 

「ッ!?」

 

 またも、アンナの刃はネリーを捉える事はできない。

 

 いや、捉えているはずなのに空を切る。

 

 よく見ると、高速で移動するネリーの体がブレているように見える。

 

「これは、残像!?」

 

 体の動きに緩急を付ける事で相手の視覚を惑わし、体がブレているように見せる残像。並外れた素早さを持つネリーだからこそ、可能な技である。

 

 ネリーとて、今まで訓練をサボっていた訳では・・・まあ、あるのだが、そんな中で、自分の持ち味を生かした技は無いか考えていたのである。目指す人物に、少しでも近付くために。

 

 まあ、出来たのはほんの偶然だったのだが。

 

 アンナは力でも、魔法力でもネリーを上回っている。だが、スピードなら圧倒的にネリーが有利だ。

 

「行くよ!!」

 

 マナを充填した《静寂》の刀身が、青く輝く。

 

 威力を高められた一撃が、アンナの胸を切り裂く。

 

「グオッ!?」

 

 傷はあまり深くない。

 

 だが、その一瞬、アンナの動きが止まった。

 

 その瞬間、自身の敵と睨みあいながらも戦況把握に努めていたセツナが動く。

 

 青龍を解除し白虎を起動、一気に10倍に流れる時間を利用してカチュアの間合いから離れると同時に、《麒麟》を八双に構えた。

 

「ネリー、下がれ!!」

「え?」

 

 セツナの声に、ネリーはとっさにウィング・ハイロゥを羽ばたかせて後退する。

 

 後に残ったのは傷を負い、動きを止めたアンナのみ。

 

 チャンスは今だ。

 

 敵の1人は傷を負い、動きを止めている。今こそ、敵戦力を削ぐ絶好の機会だ。

 

「行くぞ。」

 

 低い声と共に《麒麟》を掲げる。

 

 そこには、エトランジェの力の象徴とも言うべきオーラフォトンは無い。

 

 あるのは、純粋なる斬断の意思のみ。

 

 傍らで見ていたカチュアは、周囲の大気が震えるのを感じる。

 

「これは!?」

 

 目の前の男が使おうとしている技は、尋常な物ではない。

 

 幾度も戦場を駆け抜けてきた勘が、そう告げる。

 

 気付いた瞬間には、叫んでいた。

 

「アンナ、逃げな!!」

 

 だが、遅い。

 

 凝縮した大気を持って、セツナは斬撃を打ち出す。

 

「鳴竜閃!!」

 

 放たれる斬撃は月牙の軌跡を描き、凝縮した大気が何者をも切り裂く真空の刃を作り出した。

 

 これが、第3の奥義。

 

 オーラフォトンに頼らず、凝縮した大気を真空の刃として打ち出す、セツナが使う技としては初の遠距離攻撃である。

 

 打ち出すまでに大気を凝縮する時間が必要と言う欠点はあるが、威力、速度、攻撃範囲、いずれも雷竜閃、蒼竜閃を上回る物がある。

 

「ッ!?」

 

 知覚した瞬間には、アンナの体に斬撃が刻まれる。

 

「ガッ!?」

 

 砂漠に鮮血が舞い、アンナは膝を突く。

 

 その手からは《獄吏》が零れ落ち、強大な女戦士は倒れ伏す。

 

「やった!!」

 

 ネリーが喝采を上げる。

 

 対照的に、カチュアはウィング・ハイロゥを広げると、迅速に倒れ伏す味方の元に急行、助け起こす。

 

「アンナ、しっかりしな。」

「お・・・御頭・・・」

 

 普段の苛烈な印象からは想像もできないほど、弱々しい声だ。

 

 カチュアは思わず、セツナを睨み付けた。

 

 何と言う技だ。セツナと両者の距離は相当離れている。これだけの距離にいる相手に、瀕死のダメージを与えるとは。しかも、オーラフォトン無しで。

 

 だが、今は相手に構っている暇は無い。

 

「ロレッタ、来ておくれ!!」

 

 カチュアの声に、ロレッタは対峙していたセリアをとっさに蹴り飛ばすと、背を向けて走り出す。

 

「クッ、逃がさない!!」

 

 蹴りの衝撃から立ち直り、追撃を掛けようとするセリア。

 

 だがその前に、フェリアとルルの2人が立ちはだかり、セリアを牽制する。

 

 その間にも、ロレッタは倒れ伏すアンナの元に駆け寄った。

 

「回復を頼む。」

「はい。」

 

 フェリアは頭上に《退廃》を掲げて詠唱する。

 

「マナよ、光となりて彼の者を包み抱け。アースプライヤー。」

 

 緑のマナが活性し、傷付いたアンナを治療していく。

 

 その間に、ラキオス軍側も集結、一旦戦況のリセットを行う。

 

「随分、派手にやられたな。」

 

 全員を見渡して言った。

 

 皆、大なり小なり負傷を負っている。特にひどいのは、ネリー、シアー、ヘリオンの3人だろう。無傷なのは終始睨みあいで終わったセツナくらいのものだ。

 

「そうね。さすがに、帝国軍の主力部隊ともなると、こちらも無傷では済まされないわ。」

 

 セリアも、胸の傷を抑えながら言う。

 

 これだけも被害を受けながら、向こうに与えた被害は重傷1名、軽傷1名のみ。第1ラウンドは、完全にこちらの敗北だ。

 

 一方で、サーギオス側も、相手に対する攻め手を選びかねていた。

 

「参ったなあ。連中、結構強いよ。」

「うむ。個々の力はそれ程でもないが、戦い慣れしている分、妙な戦い方で粘ってくる。正直、戦い難い相手ではある。御頭があのエトランジェを抑えていてくれていたから良かった物の、そうでなかったら、どうなっていたか。」

 

 フェリアの言葉に、シャーレンが頷く。

 

 確かに、現状ではサーギオス側が優勢なのだが、倒しても倒しても起き上がってくるラキオス側に、逆にこちらが圧倒されそうな想いだった。

 

 そこへ、ようやく傷の癒えたアンナが立ち上がる。

 

「おう、ありがとよロレッタ。おかげで助かった。」

「いえ、でも、無理はしないでくださいね。」

「任せろって。」

 

 そう言うと、落ちていた《獄吏》を拾い上げる。

 

「さって、続けて行ってみるか。」

 

 闘志は今だ鈍っていない。

 

 状況はともあれ、優勢なのだ。

 

 ラキオス軍は回復役を初めに下がらせてしまっている。と言う事は、怪我を負った者を回復させる事はできない。

 

 対してサーギオス側は、重傷のアンナが復帰し、戦力低下は最低限に抑えられている。今なら、確実に勝てるだろう。

 

「今度も、エトランジェはあたしが抑える。あんた達はその間に他の連中を始末しな。」

「おう、任せな。」

 

 そう言うと6人は、それぞれの神剣を構える。

 

 対するラキオス軍も神剣を構え、激突の瞬間を待つ。

 

 その時だった。

 

「そこまでにしてもらいましょうか。」

 

 戦場に、およそ似つかわしくないような、そう、まるで鼓膜に纏わり付くような声が響く。

 

 両軍は一斉に、声がした方向に振り仰ぐ。

 

 そこには、数名のスピリットを従えた黒衣の男が立っている。

 

 年の頃は恐らく30代中盤くらい。

 

 その他人を見下すような態度、そして、身に纏った雰囲気。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、顔を顰める。

 

その人物が纏う雰囲気が、かつてその手に掛けた存在に、異様な程重なる物があったのだ。

 

 すなわち、ラキオス前国王ルーグゥ・ダイ・ラキオスに。

 

 そんなセツナ達には目もくれず、男はカチュア達に向き直った。

 

「何をしているのです、カチュア?」

「・・・・・・ソーマ・・・様。」

 

『ソーマ?』

 

 その名を聞き、セツナは眉を顰める。

 

「あなたの任務は、私の指揮下に入る事だったはず。なかなか現われないので様子を見に来れば、こんな所で遊んでいるとは。」

「・・・・・・・・・・・・」

「ただちに部隊を纏めて後方に下がりなさい。これは、命令です。」

「・・・・・・分かりました。」

 

 唇を噛みながら、《絶望》を鞘に収めるカチュア。

 

「行くよ、皆。」

「御頭・・・・・・」

 

 不安そうな声を上げてくる仲間に一切何も語らず、カチュアは背を向けて歩き出す。

 

 それを見送ってから、セツナはソーマと呼ばれた男に向き直る。

 

 対してソーマも、セツナと目を合わせた。

 

「お初にお目にかかります、ラキオスのエトランジェ殿。私は帝国軍皇帝妖精騎士団を預かります、ソーマ・ル・ソーマと申します。以後、お見知りおきを。」

「・・・その名、聞き覚えがある。」

 

 それは、過去のラキオス軍の戦史を記した書類の中に見つけた名前。

 

 かつて、ラキオスに籍を置きながら、配下のスピリット達を連れてサーギオス帝国に寝返った男の名。

 

「元ラキオス軍スピリット隊隊長、ソーマ・ル・ソーマ。」

 

 名を呼ばれ、ソーマは口元に笑みを浮かべる。

 

「懐かしい呼び名ですね。」

 

 その呼び名に未練も愛着も無い。そう感じさせるほど素っ気無い口調だ。

 

 セツナは《麒麟》を持つ手に力を込める。

 

 殺気も露に、ソーマを睨みつける。

 

 だが、

 

「止めておきましょう。」

 

 ソーマはそんなセツナを嘲笑うように言った。

 

「今日は、私は部下の不手際を始末しに来ただけです。あなたとやり合う気は毛頭ありませんよ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、ソーマを睨みつける。

 

 だが、今のセツナにはどうする事も出来ない。

 

 ネリー達は皆傷付き、まともに戦う事ができない。

 

 戦えば勝てるだろうが、確実に何人かは命を落とす事になる。マロリガンとの決戦が目前に控えた今、それは避けたい所だった。

 

「セツナ・・・・・・」

 

 ネリーが不安そうに、セツナの腕を掴む。

 

 セツナはそんなネリーの頭にそっと手を置くと、告げた。

 

「撤収する。」

「セツナ・・・」

 

 《麒麟》を鞘に収め、セツナは背を向けた。

 

 こうして、ラキオスとサーギオス。最初の大規模戦闘は、ラキオス側がやや不利な形で終息を迎える事となった。

 

 

 

 

 

 

 その夜

 

 ネリーは、寝付く事ができずに目を覚ました。

 

「ん・・・う〜ん。」

 

 同じベッドで寝ているシアーが、寝息を立てながら寝返りを打つ。

 

 2人とも、既に昼間の戦闘で受けた傷は塞がっている。

 

 あの後、ランサに戻ったネリー達は、慌てて駆けつけたエスペリアとハリオンによって治療してもらい、どうにか事無きを得たのだ。

 

 とは言え、これまで戦闘においては常に他を圧倒してきたラキオス軍が、初めて敗北したのだ。

 

 肉体的にもさる事ながら、精神的なダメージも相当大きかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ネリーはシアーを起こさないようにそっとベッドを抜けると、足音を殺しながら部屋を出る。

 

 少し、気分的に風に当たりたい心境だった。

 

 

 

 澄んだ夜風が、衣服の間から肌を撫でていく。

 

 ネリーは大きく伸びをして、体を解す。

 

 戦いで傷付いた体はまだ少し、動かすのに違和感がある。が、普通に生活する分には支障が無かった。

 

「・・・・・・ん?」

 

 ふと、耳を澄ます。

 

 何かが聞こえたような気がしたのだ。

 

 足音を殺してそちらの方に近付いてみると、

 

「・・・・・・セツナ?」

 

 そこには、蒼白い月の光の下、《麒麟》を振るうセツナの姿がある。

 

 一心不乱に剣を振るう姿には、一部の乱れも無い。

 

 既に、相当長い時間振り続けていたのだろう、普段は端然としているその顔からは、無数の汗が飛び散っている。

 

 と、セツナは動きを止めてこちらを見た。

 

「誰だ?」

 

 珍しく息を乱した問い掛けに、ネリーはスッと前に出た。

 

「ネリー?」

 

 現われた意外な人物に、セツナは少し怪訝な表情を見せる。

 

「どうしたんだ。寝なくていいのか?」

「うん。ちょっと、眠れないんだ。セツナは?」

「俺も同じ、かな。」

「ふうん。」

 

 そう言うとネリーは、セツナの傍らまで歩み寄った。

 

 セツナは《麒麟》を鞘に収める。

 

「ね、セツナ。」

「ん?」

「ネリー達、勝てるのかな、あいつらに・・・・・・」

 

 普段は快活なネリーが、珍しく弱気な発言をした事に、セツナは意外な面持ちで見詰める。

 

「ネリー、今までずっと戦ってきて、相手がスピリットだったら、絶対負けないって自信があったんだ。けど、あいつには勝てなかった。」

 

 ネリーの脳裏に、アンナの巨体がフラッシュバックする。

 

 それはまるで、大岩のように、ネリーの前に立ちはだかっていた。

 

 そんな不安そうな顔をするネリーに、セツナは言った。

 

「奇遇だな。」

「え?」

 

 顔を上げるネリー。

 

「セツナ?」

「俺も今、同じ事を考えていた。」

 

 今度はネリーが意外そうな顔をする番だった。

 

 エトランジェで、あんなに強いセツナが自分と同じ事で悩んでいるとは、正直思わなかった。

 

 そんなネリーに、セツナは続ける。

 

「あの時俺が、カチュアを手早く倒し、お前達の援護に入る事ができていれば、あれ程苦戦する事は無かった。」

 

 セツナはあの時の状況を思い出す。

 

 剣を交えて分かった。

 

 カチュアと自分の実力が、ほぼ伯仲していた事を。

 

「だが実際は、あいつを抑えておくので精一杯で、援護どころじゃ無かった。」

「セツナ・・・」

 

 一陣の風が吹き、2人を包み込む。

 

 自分の無力を感じるネリー。同じく、無力を感じるセツナ。

 

 今日はいつに無く弱気なセツナを見て、ネリーは思う。

 

 今、自分は、この人と同じ場所に立っている。と。

 

 そんなセツナの手を、ネリーは取る。

 

「一緒に、強くなろうよ。セツナ。」

「え?」

 

 思わず、ネリーの顔を見るセツナ。

 

 その顔には先程とは打って変わって、いつもの明朗快活さがある。

 

「1人じゃ大変かもしれないけど、ネリーも一緒にやってあげるから!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナはマジマジと、ネリーの顔を見る。

 

『ああ・・・』

 

 心の中でそっと頷いた。

 

 自分が道に迷った時、自分が倒れそうな時、いつでもこの娘の笑顔が、奔放さが支えてくれた。

 

 だから自分は、何度でも立ち上がる事ができたんだ。

 

 セツナニッコリと微笑む。

 

「そうだな。」

「でしょ。」

 

 それは恐らく、今まで誰にも見せた事の無い笑顔。

 

 セツナが、本来持っている純粋な笑顔だった。

 

「一緒に、頑張ろうな。」

「うん!!」

 

 恐らくこの時初めて、朝倉刹那はネリー・ブルースピリットに恋をした。

 

 

 

第19話「苛烈なる集団戦闘」   おわり