大地が謳う詩

 

 

 

第14話「エトランジェVSエトランジェ」

 

 

 

 

 

 

 ウルカの挑戦を退けたラキオス軍スピリット隊は、再び、スレギトへ向けて進軍を開始していた。

 

 しかし、それを待っていたかのように、マロリガン軍も攻撃を開始。

 

 セツナ達は、砂漠戦に長けたマロリガン軍の猛攻を受ける事となった。

 

 これには、ラキオス軍も手を焼かされた。

 

 砂漠の地形を最大限に活かし、瞬時に攻撃、撤退といった一撃離脱を繰り返すマロリガン軍に対し、砂地に足を取られがちになるラキオス軍は、どうしても対応が半歩遅れざるを得ない。

 

『これは、予想外の事だったな。』

 

 対峙したブルースピリットの攻撃をかわしながら、セツナは軽く舌打ちした。

 

 視界の先には、苦戦を強いられる味方のスピリット達が見える。

 

 空を飛べるブルー、ブラック両スピリットはまだ良い。問題は空を飛べないグリーンスピリットとレッドスピリットだ。

 

「円陣を組め!! エスペリア、ハリオン、ニムは外周を守れ!! ブルー、ブラック両スピリットは上空の警戒を!!」

 

 指示を飛ばすユウトを横目に、セツナは白虎を起動。接近しようとしていたブラックスピリット3人の背後に、高速で回り込んだ。

 

「ハッ!!」

 

 横薙ぎに一閃した《麒麟》の刃が、その内の2人を一刀で斬り捨てる。

 

 残る1人が、振り向き様に刀を振るってくる。

 

 が、セツナはのけぞるようにしてその攻撃を回避。反動を利用して相手の神剣を蹴り上げる。

 

 敵スピリットは、下からの衝撃に、思わず神剣を手放す。

 

「ハッ!!」

 

 そこへ、セツナが逆胴気味に切り裂き、止めとした。

 

 その時、視界の端で1人の敵スピリットがサッと右手を掲げた。

 

 それを合図に、マロリガン軍のスピリット達は交戦を中断。一斉に退却して行った。

 

「チッ。」

 

 セツナは吐き捨てるように舌打ちした。

 

 まただ。

 

 先程からこの繰り返しである。

 

 寄せては引き、叩いては退くと言う行動を、マロリガン軍は繰り返している。

 

 その行動から類推できる敵の狙いとは、

 

『こちらを、おびき寄せている。』

 

 では、その場所は、どこか?

 

 スレギトか、それともその手前か・・・・・・

 

「セツナく〜ん。行きますよ〜!!」

 

 その思考は、ハリオンの呼び声で中断される。

 

 既に味方は集合を終えている。

 

 若干の負傷者は出たようだが、犠牲者は無し。取り合えず、負傷者の治療を行いつつ、前進を再開するのだ。

 

「・・・・・・」

 

 ひとつ溜息を吐く。

 

 取り合えず、これまで通り進撃する以外に、こちらには道が無いのだ。

 

 

 

 異変は、それから半日ほど進軍した頃に起こった。

 

《ねえ、セツナ。》

 

 それまで黙っていた《麒麟》が、不意に話掛けてきた。

 

『どうした?』

《ん〜、何かさ、妙な気配がするんだけど。》

『妙な?』

 

 言われるままに、セツナは視線を周囲に巡らせて見る。

 

 しかし、視界の中に敵の姿は無い。

 

 気配は相変わらずあるのだが、そのどれもが一定の距離を保ち、こちらの様子を伺っている程度の物だ。数もそれ程ではなく、一斉に襲撃してきたとしても、セツナとユウトだけであしらう事は可能だろう。

 

『敵か?』

《ん〜、それもあるんだけど・・・どうも、落ち着かないって言うか・・・・・・》

『・・・・・・・・・・・・』

 

 要領を得ない《麒麟》の言葉に、セツナも歩きながら考え込む。

 

 道程は既に、ヘリヤの道の4分の3を過ぎ、もう1日ほどでスレギトをその視界に納める事ができる地点まで来ている。

 

『敵が何かを仕掛けて来るとすれば、そろそろか・・・』

 

 そう思って、セツナは足を止めた。

 

「ユウト、そろそろ、」

 

 セツナがそう言った瞬間だった。

 

《セツナ、危ない!!》

 

 緊迫した《麒麟》の警告音が脳裏を過ぎる。

 

 ほぼ同時に、傍らのユウトが《求め》を抜き放った。

 

 途端に、視界の先にある岩場で、強烈な殺気が膨れ上がった。

 

「ッ!?」

 

 呼応するように《麒麟》を抜き放つ。

 

 次の瞬間、強烈な電撃がラキオス軍に向けて放たれた。

 

「マナよ、我が力となれ、オーラとなりて守りの力となれ。レジスト!!」

「玄武、起動!!」

 

 ユウトの対魔法障壁とセツナの玄武が同時に展開。放たれた電撃を迎え撃った。

 

 二重に張られた障壁は、放たれた電撃に小揺るぎすらせずに耐え切った。

 

 だが、

 

「ユウト、今のは・・・」

「ああ。」

 

 ユウトは頷く。

 

 明らかにスピリットの神剣魔法とは、威力も種類も一線を画する物だった。

 

 と、言う事は、

 

「やっぱりこの程度じゃ駄目か。せっかく、《因果》で気配を消していたって言うのに。さすがは、ラキオスのエトランジェってとこか?」

 

 どこか余裕めいた声と共に、襲撃者がその姿を現す。

 

 その姿に、ユウトは思わず絶句した。

 

「お、お前は・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 セツナはスッと目を細める。

 

 襲撃者は2人。

 

 そして、その正体は、

 

「今日子、光陰・・・・・・」

 

 岬今日子と碧光陰。

 

いずれも、セツナやユウトの、ハイペリアにおけるクラスメイトだった。

 

 驚くユウトを見下ろし、今日子は手にしたレイピア型の神剣を構えた。

 

 だが、その行動を、横に立つ光陰が制する。

 

「やめろ今日子。大将から挨拶だけだって言われてるだろ。」

 

 そう言って、再び向き直る。

 

「久しぶりだなユウト。それに朝倉も。元気そうで何よりだ。」

 

 いつもと変わらぬ容姿。

 

 いつもと変わらぬ口調。

 

 いつもと変わらぬ態度。

 

 故にこそ、ユウトは自身の中に芽生える不信感を抑えることが出来ない。

 

「光陰、どうしてお前達が!?」

「どうして、か・・・・・・それは俺も聞きたいんだけどな。」

 

 言いながら手にした第五位永遠神剣《因果》を肩に担ぐ。

 

「どう言う訳か、俺も、今日子も、お前も、朝倉も、この剣を持っている。」

 

 その言葉を聞きながら、セツナはスッと目を細める。

 

 光陰の態度。口調。そして、何よりも雄弁に語っている先程の攻撃。

 

 セツナは目を細めつつ、2人の様子を確認する。

 

 それ程親しかったわけではないが、セツナとて2人のクラスメイトだ。ある程度の面識はある。

 

 見たところ、光陰の方は以前と変わらない様子だ。飄々とした態度も、以前のままだ。

 

 だが今日子はどうだ?

 

 あの明朗快活、闊達な性格の今日子の姿はどこにも無い。虚ろな瞳と惜しげもなく周囲に振り撒かれる殺気。とても、記憶の彼方にある岬今日子と同一人物だとは思えない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、いつでも《麒麟》を翳せるように、腕に力を込める。

 

 本能でも何でもなく、論理的に分析した状況が答を弾き出す。

 

 奴らは、敵だ。と、

 

 だが、彼等の親友とも言える存在であるユウトは、今だに現実が許容できずにいる。

 

「どう言う事なんだよ!? 何でお前等がマロリガンに・・・それに、さっきの攻撃は何だよ!?」

 

 魂を搾り出すような問い掛け。

 

しかしそれにも、光陰は、勿体付けたように答えない。

 

「悪いな、こっちにも、色々と都合があるんだよ。」

「都合って、」

 

 光陰の言葉にユウトが何か反応を示そうとした瞬間だった。

 

「そうか、なら、死ね。」

 

 低く呟くような言葉。

 

 しかし、無音の緊張が漂う空間ゆえか、その声は異様なまでに周囲に響いた。

 

 次の瞬間、漆黒の死神が光陰の眼前に現れた。

 

「朝倉!?」

 

 とっさに《因果》を掲げる。

 

 その鉄板のような刀身に、《麒麟》の刃がぶつかり耳障りな音が響き渡った。

 

「ウオッ!?」

 

 予期せぬセツナの奇襲に、思わず体勢を崩す光陰。

 

 その側頭部に、セツナの蹴りが決まった。

 

「クッ!?」

 

 よろめきながらも、辛うじてセツナの間合いから逃れる光陰。

 

 その様を、冷ややかに見詰める一対の瞳。

 

「碧・・・岬・・・」

 

 神剣を構えて警戒する2人のエトランジェを交互に見やりながら、セツナは冷え冷えする声音で言葉を紡ぐ。

 

「こっちの世界に来て、お前達に何があったか、俺は知らない。興味が無いから聞きもしない。だが、」

 

 無行の位から片手正眼に、構えを変じる。

 

「俺達の前に立つなら、消えてもらう。」

「・・・・・・」

 

 凍気を湛えたセツナの瞳に、光陰はこの場が灼熱の砂漠であることも忘れて冷や汗が流れるのを感じた。

 

「やめろセツナ!!」

 

 ユウトの必死の叫びが鼓膜を震わせる。が、セツナはそれを無視し、切っ先は油断無く光陰に向ける。

 

 次の瞬間、

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 第五位永遠神剣《空虚》を翳した今日子が迫る。

 

 刀身に紫電を纏ったレイピアは、真っ直ぐにセツナの喉元を目指す。

 

「・・・」

 

 セツナは短く息を吐くと、体を引いてその攻撃を回避する。

 

『ッ』

 

 心の中で舌を打つ。

 

 僅かに掠めただけで、頬が裂けるような痛みが走った。

 

 今まで相手にしてきたどのスピリットにも感じなかった、突き刺さるような力を、文字通り肌で感じる。

 

 だが、

 

「それで終わりか、岬?」

 

 低く言い放つと同時に、刀身にオーラフォトンを伝わせる。

 

 炸裂の狙い目は一点、接触の瞬間。

 

 逆袈裟に刃が振り上げられる。

 

「雷竜閃!!」

 

 目指すのは、がら空きになっている今日子の脇。

 

 しかし、

 

「おっとォ!!」

 

 その軌跡の間に、分厚い刃が割り込む。

 

「チッ!?」

 

 軽く舌打ちするセツナ。

 

 炸裂のタイミングを外された。これでは、雷竜閃は意味を成さない。

 

「やらせねえ、ぜ!!」

 

 膂力に任せて光陰は、セツナの体を弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちしつつ、空中で体勢を整えた。

 

 だが、着地前のセツナを、豪風を巻いた《因果》が迫る。

 

「もらった!!」

 

 空中のセツナに、体勢を変える術は無い。

 

 凶刃は無慈悲の光を帯びて大気を切り刻む。

 

「・・・・・・」

 

 セツナは迫る刃を冷静に見据える。

 

 必勝を確信する光陰。しかし、

 

「玄武、起動!!」

 

 感覚が通常に戻ると同時に、セツナの前面に三角形を繋ぎ合わせた障壁が展開、光陰の刃を防ぎ切った。

 

「チッ」

 

 攻撃失敗に、舌打ちする光陰。

 

『朝倉の奴。思った以上に戦い慣れしてやがる。』

 

 地に足を付けたセツナと相対しながら、光陰は心の中で呟く。

 

 光陰も幼い頃から武術の類を習っていたので判るが、見ていて動きに無駄が無い。

 

『面倒な事になったな。今日は顔見せだけのつもりだったってのに。』

 

 そう呟いた瞬間、2人の側方から、強烈なオーラフォトンが膨れ上がるのを感じた。

 

「死ね。」

 

 オーラフォトンを蓄えた《空虚》が、セツナに向けて電撃を放ってきた。

 

 禍き光を持ちて、打ち放たれる稲妻の矢。

 

 しかし、

 

 セツナは迫る雷を前に《麒麟》を鞘に収めると、稲妻を目前に神速で抜き打つ。

 

「蒼竜閃!!」

 

 剣速に特化した刃は、森羅万象、事実上切れぬ物は存在しない。

 

 そう、例え雷であっても例外ではない。

 

 切り裂かれた電撃は、2つに分かれてセツナの両脇を通り過ぎ、空気中に霧散する。

 

 その瞬間を、セツナは逃さない。

 

「白虎、起動!!」

 

 今日子が次を詠唱する前に白虎をその身に宿し、10倍の速さで地を蹴る。

 

 一瞬で間合いをゼロにすると、《麒麟》を振り翳す。

 

「クッ!!」

 

 とっさに《空虚》を翳して、セツナの斬撃を受けようとする今日子。

 

 しかし、

 

「甘い。」

 

 低い呟きと共に、今日子の腹に蹴りが入った。

 

「グッ!?」

 

 思わず息を詰める今日子。

 

 斬撃のモーションはフェイント。目的は蹴りによる今日子の防御を崩す事。そして、次の2撃目が本命。

 

「終わりだ。」

 

 再び《麒麟》を振り翳す。

 

「クッ!!」

「させるか!!」

 

 今日子と光陰が同時に前後からセツナに刃を向けてくる。

 

 前から今日子の突きが、後ろから光陰の斬撃が迫る。

 

「・・・・・・」

 

 セツナは双方に素早く目を走らせる。

 

 と、迫る《空虚》の刃を踏みつけ、軌道を反らす。

 

「なっ!?」

 

 一瞬、目を見張る今日子。

 

 その隙に、空いている左手で腰からナイフを抜き放つと、光陰目掛けて投げつけた。

 

「グッ!?」

 

 投げられたナイフは、光陰の右肩に突き刺さり、その動きを止める。

 

 片膝を突く光陰。

 

 その一挙動の間にセツナは右手に保持した《麒麟》を振りかぶり様に、今日子の右手首を浅く切り裂いた。

 

「終わりだ。」

 

 短く、状況を告げる。

 

 致命傷ではないが、2人ともすぐには剣を振れないだろう。

 

 地に伏す2人の異邦人。

 

 セツナはスッと《麒麟》を掲げ、

 

「もう良いだろ、セツナ!!」

 

 ユウトが間に割り込んだ。

 

「2人とも、もう戦えないんだ。何も、殺す必要はないはずだろう!?」

「ユウト・・・・・・」

 

 ユウトは2人に振り返った。

 

「光陰も、今日子も、もうやめてくれ。なあ、一緒にラキオスに行こう。そうすれば、」

「・・・・・・ありがとよ、ユウト。」

 

 うなだれたまま、光陰は呟く。

 

「光陰・・・」

「本当に、ありがとうよ・・・感謝してるぜ。」

 

 次の瞬間、

 

「ユウト!!」

 

 セツナの警告音と共に振り返るユウト。

 

 その瞬間、光陰は掌に集中させたオーラフォトンの塊を足元に叩き付けた。

 

「ウワッ!?」

 

 巻き起こる砂埃に、セツナとユウトは暫しの間視界を塞がれる。

 

「クッ!?」

 

 ようやく目を開いた時、光陰と今日子は2人から距離を取って立っていた。

 

「悪いなユウト。俺達はお前の言う通りにはしてやれないんだ。」

 

 光陰はチラッと視線を今日子に向ける。

 

「今日子の事もあるしな。」

「今日子って・・・・・・」

 

 ユウトは言われるままに、今日子に視線を向ける。

 

 虚ろな瞳と容赦の無い殺気。

 

 見覚えの無い親友の顔。だが、その雰囲気には、覚えがある。

 

「まさか今日子・・・神剣に心を呑まれて・・・・・・」

 

 それはまさに、永遠神剣に心を呑まれ、戦う人形と化したスピリットと同じ表情であった。もちろん、その規模は判例の比では無いが。

 

「そう言う事だユウト。悪いが、俺達に殺されてくれ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「まず、お前達の《求め》と《麒麟》を砕く。次に秋月の《誓い》だ。」

「・・・・・・できると、思うか?」

 

 セツナはそう言いながら、再び《麒麟》を掲げた。

 

「そう焦るなよ。今回は少しばかり、準備が足りなかった。次は、ちゃんと相手してやるよ。」

 

 言いながら《因果》を掲げる。

 

「じゃあなユウト、朝倉。俺達の防衛線を、突破できるかどうか、楽しみにしてるぜ。」

「光陰!!」

「恨みっこ無しだぜ。」

 

 言い放つと同時に、オーラフォトンを地面に叩き付けた。

 

 とたんに、足場の岩が砕け散り、セツナ達に襲い掛かった。

 

「クッ!!」

 

 とっさに玄武を起動し、岩をガードする。

 

 しかし、その嵐が止んだとき、既にそこには2人の姿は無かった。

 

「・・・・・・退いた?」

 

 訝るような声を発する。

 

 なぜ? と思う。

 

 自分達をここまで引き込んでおいて、なぜ退却する必要がある?

 

 2人が現れた時、セツナはこれこそがマロリガンの狙いであると確信した。

 

 だが現実はどうか。2人以外のマロリガン軍は現れず、その2人にしてもあっさりと撤退してしまった。

 

『まだ、何かあるのか?』

 

 2人の撤退した真意が、分からなかった。

 

「光陰・・・今日子・・・・・・何でだよ・・・・・・」

 

 ユウトは絶望に打ちひしがれた声を発する。

 

 無理も無い。最愛の妹に続いて、親友達まで自分の下を去っていってしまったのだから。

 

「・・・・・・ユウト。」

 

 セツナが声を掛けようとした時だった。

 

《セツナ!!》

 

 悲鳴に近い《麒麟》の声が頭の中に響く。

 

「っ、どうした?」

 

 響く頭痛に顔を顰めながら、尋ねる。

 

《すぐここから離れて!!》

「何が、」

 

 言い掛けて、唐突に気付く。

 

 周囲のマナが、騒いでいる事に、

 

 その異常さに、

 

「ユウト!!」

 

 ほとんど同時にユウトも気付いたようだ。

 

 頷くと同時に《求め》を掲げる。

 

 セツナは振り返る。

 

「全員、急いでこの場を離れろ!! ウィング・ハイロゥを持つ者は負傷者の搬送を、そうでない者も、急げ!!」

 

 言ってる端から、全身が泡立つのを感じる。

 

『これは!?』

 

 忘れもしない。あの、イースペリアのマナ消失。感覚的には若干違うようだが、あれに似ている。

 

 視界の先の空間に、禍々しいオーロラが出現し、マナと擦れ合う様に激しくスパークを起こす。

 

『クソッ、奴等の本命はこっちか!?』

 

 背後ではようやく事態を察したスピリット達が撤収を開始している。

 

 しかし、「それ」は、撤収を終える前に襲ってきた。

 

「急げ!!」

 

 玄武を起動しながら、ありったけの声で叫ぶ。

 

「立ち止まるな!! 全速力で東へ振り切れ!!」

 

 次の瞬間、凶暴なマナの嵐が、セツナ達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 結果的に、撤収命令が早かった事が功を奏し、ラキオス軍は1人の犠牲者も出す事無くランサまで退く事が出来た。

 

 しかし、今まで常勝無敗を誇ってきたラキオス王国軍スピリット隊は、初めてその身に敗北の土の味を味わう事となった。

 

 ランサへの撤退を成功したセツナ達は、取り合えず小数の守備隊のみを残し、主力は王都へと帰還する事となった。

 

 その去り際にふと、セツナは西の空を眺める。

 

 視界の先には、遥か彼方にあるランサからも確認できるほどの規模を誇る、禍々しいオーロラがそそり立っているのが、肉眼ではっきりと見る事が出来た。

 

 

 

「マナ障壁?」

 

 帰還すると、その足で訪れた部屋で、セツナは聞き慣れぬ単語を反芻する。

 

「そっ。いや〜、それにしても、随分広範囲に渡って、バッサリやってくれちゃったねえ。」

 

 答えたのは、ボサボサの頭に、明らかに不摂生が見て取れる白衣に身を包んだ女性だった。

 

 妙にテンションの高い、さばさばした口調の女性である。

 

 彼女の名は、ヨーティア・リカリオン。

 

 かつてはサーギオス帝国の研究部に所属しており、エーテル技術の父と呼ばれた天才科学者ラクロックの再来、大陸最高の賢者とも呼ばれている、自他共に認める大天才である。

 

のだが、

 

 のだが・・・・・・

 

 の、だが・・・・・・・・・・・・

 

『とても、そうは見えんな。』

 

 セツナはヨーティアのだらしない格好を見て、気付かれないように溜息を付いた。

 

 まあ、見てくれはさて置き、このような大天才がなぜラキオスに居るのかと言うと、マロリガンと開戦する少し前、ラキオス城を1人のスピリットが訪問した。

 

 彼女の名はイオ・ホワイトスピリット。ヨーティアの助手を務めている人物だと言う。

 

 彼女が携えてきたヨーティアからの手紙に寄れば、ヨーティアはレスティーナが掲げる最終目標にいたく共感し、是非、協力をしたいと申し出てきたのだ。

 

 レスティーナの最終目標。

 

それは、大陸全土からのエーテル技術廃絶。

 

 傍から見れば狂気でしかないこの政策だが、理論的な裏付けを持ち出されれば、非常に納得の行く部分が多い。

 

 エーテルを精製する為には、当然マナが必要になる。マナとエーテルはサイクルを持って変換されるわけだが、エーテルがマナに戻る際、僅かだがマナの減少が見られる事が、既に過去の研究データから確認されている。そしてマナとは、この世界の命そのもの、万物あらゆる物を育む源なのである。

 

 このまま行けば、この世界は緩慢な死へ向かって突き進む事となる。その為には、今あるエーテル技術を廃絶する必要があるのだ。

 

 ヨーティアがレスティーナに協力を申し出た理由は、そう言う物だった。

 

 そこで開戦前の慌しい中、ユウトとエスペリアを使者として派遣し、ヨーティアをラキオスへ招致したのである。

 

 と、次の瞬間、ヨーティアが鋭い視線を投げ掛けてくる。

 

「おい、聞いてるのかボンクラ?」

「ん? ああ。」

 

 聞いていなかった為、取り合えず曖昧に頷く。

 

 その様子を見て、ヨーティアは深々と溜息を付いた。

 

「まったく、これだからボンクラってのは・・・いや、あんたの場合ボンクラって言うより、ネクラか?」

「お前に言われたくないグータラ。」

「な、だ、誰がグータラかァ!?」

 

 激高するヨーティア。こんな調子であるから、誰もこの人を天才だとは思わないのだ。

 

「セツナもヨーティア殿もいい加減にしてください!」

 

 同席しているレスティーナから、鋭い叱責が飛ぶ。

 

「すまん。」

「悪いね。」

 

 どちらも、いささかも悪びれた様子も無く返事をした。

 

「んじゃ、続けるぞ。」

 

 そう言って、ヨーティアは説明を再開する。

 

 今は、マロリガン軍が使用した、あの兵器に関する説明がヨーティアから行われていた。

 

 幸いな事に、ヨーティアが帝国研究所時代に携わっていた分野の中にそれは存在し、構造と原理については比較的スムーズに説明された。

 

 要約するとこうである。

 

 まず、2箇所に発信機と受信機となる装置を設置し、その間の空間をマナ消失空間にする。次に、発信機から受信機に向けてエーテルを結晶化せずに生のまま放出する。空気中に投げ出されたエーテルは、マナ希薄な空間内において急激にマナに戻り、あのような衝撃波が発生すると言うわけである。後は、受信機と発信機を交互に切り替えれば、半永久的に動き続けるわけである。

 

「マナ障壁。厄介な物を持ち出してくれたものだ。」

 

 セツナはギリッと歯軋りした。

 

 これで全ての合点が行った。

 

 マロリガン軍がデオドガンとニーハスを占領したのも、ラキオス軍をスレギトの手前まで引き寄せたのも。全てはこの為だったのだ。

 

 いかに装置の存在を知らなかったとは言え、完全に出し抜かれてしまった。

 

「・・・やってくれる・・・マロリガン大統領クェド・ギン・・・・・・」

 

 これで、こちらは何とかマナ障壁を解除しない限り、マロリガン領侵攻は不可能となった。

 

「・・・待てよ。」

 

 セツナはふと思いつく事があり、振り返った。

 

「ヨーティア。」

「ん?」

「マナ障壁は、仕掛けた人間が任意で停止する事は可能か?」

「そりゃあ可能だろう。そもそもあんな物、止められなければ、マロリガンにしたって邪魔な存在でしかないだろうからね。」

 

 その言葉を受けて、セツナはユウトに振り返った。

 

「ユウト、すぐにランサの守りを固めろ。」

「え?」

「あちらの任意で止められるって事は、マロリガンは自由に攻めてくる事が出来るって事だ。」

「分かった。」

 

 頷くユウトを見て、セツナはレスティーナに向き直った。

 

「すまんレスティーナ。今回は完全に俺達の負けだ。お前の期待に応えることができなかった。」

 

 セツナの謝罪の言葉に、レスティーナは首を横に振った。

 

「いいえ。このような強力な兵器をマロリガンが使ってくるなど、開戦前までは誰も予想できなかったのです。あなた1人の責任ではありません。」

「・・・・・・」

「犠牲者が1人も出なかった。それだけでも、大きな戦果です。生きてさえいれば、いくらでも再戦はできるのですから。」

「・・・・・・分かった。」

 

 うなだれるように頷くセツナ。

 

 その肩を、ポンッとヨーティアが叩く。

 

「レスティーナ殿の言う通り。今のあんたがやる事は、ランサに来る敵をどう押さえるか考える事だ。」

 

 明るい調子で言ってから、一転、真剣な口調で呟く。

 

「あたしに少しだけ時間をくれ。あんな物、必ず解除してみせる。この、大天才の名に掛けてな。」

「・・・・・・頼む。」

 

 再び顔を上げたとき、セツナの瞳には再び強い光が宿っていた。

 

 

 

「セツナ・・・」

 

 部屋を辞してすぐに、ユウトが話し掛けてきた。

 

「何だ?」

 

 振り返って尋ねるセツナ。

 

 その視界に飛び込んできたユウトの顔は、明らかにそれと分かるほど、焦燥と葛藤に満ち溢れていた。

 

「あ、その・・・俺は・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 歯切れの悪い口調。

 

 しかしセツナは、その口調の奥にあるユウトが伝えたい事柄を、正確に理解していた。

 

 だから、ユウトが二言目を告げる前に、自分から口を開いた。

 

「・・・・・・1つだけ、言っておくぞユウト。」

「え?」

 

 顔を上げるユウト。

 

 その顔を見詰めるセツナの瞳は、どこまでも迷い無く真っ直ぐに伸びている。

 

「今度また、あの2人が俺達の前に立ちはだかるなら、俺は迷い無く奴等を殺す気で行く。今回と同じようにな。」

「そんな! 光陰と今日子は、」

「敵だよ。レスティーナの理想の前に立ちはだかり、俺達に刃を向けてくる限りな。」

 

 ユウトの言葉を遮って、セツナは断言する。

 

 対して、ユウトは何も言えずに立ち尽くす。

 

 確かに、セツナの言う通りだ。

 

 自分はスピリット隊の隊長。ならば、迷っている訳にはいかない。本来なら、自分があの2人を斬らねばならないのだ。

 

 だが、それでも、

 

 かつての、いや、今でも変わらず心の中で想い続ける親友達を斬る事に、ユウトは躊躇いを禁じえない。

 

「俺の意思は伝えたぞ。」

 

 葛藤するユウトの肩を、セツナは叩く。

 

「後は、お前がどうするかだ。」

「え?」

 

 セツナはそのまま、ユウトを置き去りにして歩み去る。

 

「答は、自分で探せ。」

 

 それだけ言うと、セツナは去っていく。

 

「・・・・・・何なんだよ。クソッ」

 

 1人取り残されたユウトは、そう言って焦燥に駆られた顔を歪ませた。

 

 

 

 城を辞したセツナは、スピリット第2詰め所へと続く道を歩く。

 

 その脳裏に思い出されるのは、光陰と今日子、そしてユウトの事。

 

 3人が仲が良かった事は知っている。

 

 いつも一緒に居て、楽しそうに笑っているのは、教室の中で見る事が出来た。

 

 羨ましい。

 

 などと思った事は無い。

 

 他人との関係など煩わしい。

 

 他人はすぐ、自分を裏切る。だから、自分1人が居ればいい。

 

 今まで、そうやって生きてきた。

 

 それが、当然だと思って生きてきた。

 

 だが、なぜか、

 

 今まで、ラキオスで苦しんできたユウト。

 

 自分は、ユウトの副官として、今までそれを見てきた。

 

 そのユウトの心を理解せず、自分達の前に立ちはだかった光陰と今日子を見た時、頭に血が上るような気がした。

 

 だから、あの時、

 

「・・・・・・」

 

 フッとセツナは笑った。

 

『どうやら、ユウトだけでなく、俺自身も相当、感傷的になっているようだ。』

 

 そう心の中で呟く。

 

 だからと言って、自分の考えを曲げる気は無い。2人があくまで立ちはだかるなら、斬って捨てるまでだ。

 

 その時だった。

 

「セツナ。」

 

 突然呼びかけられて、振り返る。

 

 そこには、青い髪をした少女が立っている。

 

「・・・ネリー?」

 

 普段結い上げてポニーテールにしている髪は、解かれて腰の辺りまで来てバラけている。

 

 顔には、遊び相手を見つけたとばかりに、笑みを浮かべている。

 

 しかし、その格好を見てセツナは、半眼になってネリーを睨んだ。

 

「・・・・・・お前、逃げてきたな?」

「うっ、それは・・・・・・」

 

 実はネリーは先の戦いで負傷し、療養の為に王都に護送されてきたのだ。

 

 一応回復魔法で傷は塞いだが、取り合えず2〜3日は絶対安静にしているように言われている。

 

はずなのだが、この元気爆裂弾丸娘が素直に言う事を聞くはずも無く。結果的に時を同じくして戻ってきたセリア達の手を焼かせていた。まあ、手を焼かせているのはいつもの事だが。

 

「だ、だって〜」

「だって、じゃない。少しは自分が重傷だと言うことを自覚しろ。」

「だって退屈なんだもん。」

「病人って言うのは、そう言うものだ。」

「そんな事言ったって。もう大丈夫だよ。ほら!」

 

 そう言ってネリーは、体をクルッとターンしてみせる。

 

 普段と違い下ろした髪が、風を受けて舞い上がり、その白い頬を撫で上げる。

 

「それにさ、」

「?」

 

 急にネリーの口調が変わった事に気付き、疑問符を打つ。

 

「何だかセツナ、寂しそうな顔してたから。」

「え?」

 

 思わず、ネリーの顔を見る。

 

「あの、戦ってる時、セツナ、すごく寂しそうな顔してた。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黙りこむセツナ。

 

 この少女は、普段は自分の感情に忠実で奔放に振舞う事の多いくせに、時々驚くぐらい鋭い時がある。

 

 しかしそれでも、セツナは己が心を身の内に隠し、笑みを浮かべる。

 

「馬鹿、そんなはずがあるか。お前の気のせいだよ。」

「そう、かな・・・」

 

 なおも半信半疑な顔をするネリー。

 

 そんなネリーに背を向けて、セツナは歩き出す。

 

「ほら、帰るぞ。そろそろ夕食時だ。お前だって、いつまでも逃げてるわけには行かないだろ。」

「う、うん。」

 

 そう言って、セツナに続こうとした時、

 

「あれ?」

 

 言葉と共にネリーは、腰から力が抜けるのを感じた。

 

「わ、わわ!?」

 

 そのまま地面に尻餅を突く。

 

「どうした?」

「え、えっと・・・」

 

 自分に起きた状況が理解できず、目をキョロキョロと彷徨わせる。

 

「た、立てない・・・」

「・・・・・・」

 

 その言葉に、セツナは溜息を吐いた。

 

「だから、安静にしてろって言ったんだ。」

「う・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせるネリー。

 

 そのネリーの傍らに、セツナは背を向けて腰を下ろす。

 

「ほら、負ぶされ。」

「え?」

「早くしろ。日が暮れる。」

「で、でも・・・は、恥ずかしいよ・・・・・・」

「だったら、このまま朝まで座り込んでいるか?」

「う、それもやだ。」

 

 そう言うと、渋々ながらネリーは、セツナの背に身を預ける。

 

「しっかり掴まったか? ほら、お前これ持て。」

 

 背に負ったネリーの手に《麒麟》を握らせると、セツナは立ち上がる。

 

 見た目同様、羽のように軽いネリーの体は、背負ってもその重みを感じる事は無く、負担はまったく無かった。

 

「・・・・・・ね、セツナ。」

「ん?」

 

 暫く歩いた頃に、ネリーが話し掛けてきた。

 

「セツナは、寂しくなんてないよ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 耳元で、囁くように言う。

 

「ハリオンも、セリアも、シアーも、ユウト様も、オルファ達も、みんなみんな、セツナと一緒に居るよ。それに、」

 

 一旦言葉を切って、言った。

 

「ネリーも、一緒だよ。」

「・・・・・・ああ、そうだな。」

 

 セツナは言葉だけで頷く。

 

 そんな2人を黄昏の残照だけが、無言のまま見詰めていた。

 

 

 

第14話「エトランジェVSエトランジェ」   おわり