大地が謳う詩

 

 

 

第9話「北方統一」

 

 

 

 

 

 

 セツナは机を人差し指の先で叩きながら、置かれた図面を睨んでいる。

 

 奇襲によりサルドバルト領アキラィスの占領に成功してから5日。度重なる上層部からの進撃命令を無視して、セツナは同地にて駐留を続けている。

 

 一度など、高官連中が雁首そろえてセツナに出戦の要求を突きつけてきたが、セツナはそれを、殺気を込めた視線で追い返した。

 

『連中は、サルドバルトと言う国をまるで分かっていない。』

 

 地図に視線を落とし、セツナは呟いた。

 

『国土の大半をぬかるんだ湿地帯に覆われたサルドバルトは、確かに自国で作物を賄えず、国力は低いだろう。だが、ぬかるんだ湿地帯に覆われていると言う事は、その場所を進撃路として使えない事を意味している。つまり、』

 

 セツナは、地図上に、ラキオス軍を示す駒を進ませる。

 

『こちらの進撃路は、北部バートバルトを通る街道1本のみ。そして、完全に地の利は敵にある。』

 

 セツナは地図上のバートバルトに目を走らせた。

 

『上層部の連中は、奇襲が功を奏してアキラィスを制圧したと思っているようだが、とんでもない話だ。』

 

 視線の先にあるバートバルトには、サルドバルト軍を示す駒が集結している。

 

『サルドバルト軍は、こちらにわざとアキラィスを明け渡し、主力をバートバルトまで退き、そこで守りを固めたんだ。』

 

 アキラィスから、サルドバルト首都まではそれほど距離があるわけではない。だが、その間にある広大な湿地帯が、ラキオス軍の直線的な侵攻を頑なに阻んでいる為、否が応でも、バートバルトを通って進撃せざるを得ない。ブルースピリット、ブラックスピリットを中心として空中戦を挑もうにも、帝国から支援を受けたサルドバルト軍は、数でもラキオスを圧倒している。当然、制空権も敵にあると見るべきだった。

 

『せめて、イースペリアから北上するルートが使えればな・・・』

 

 セツナは珍しく、苦い顔を作る。

 

 旧イースペリア首都は現在、先のマナ消失の影響で封鎖状態にある。今回の作戦に関し、セツナは、南北からサルドバルトを挟撃する作戦を考えていたが、以上の理由により、開戦早々放棄せざるを得なくなったのだ。

 

 まさに、難攻不落。言わばサルドバルト言う国自体が、天然の要害と化してラキオスの前に立ちはだかっているのだ。

 

「・・・・・・力攻め、か。」

 

 やがて、セツナはポツリと言った。

 

 手は、それしかないように思える。

 

 あまり、取りたくない手段ではある。行えばこちらの損害も大きいだろうし、戦力の少ないラキオス軍としてはできれば避けたい道ではあった。

 

『しかし、やるしかない、か。・・・・・・ん?』

 

 その時ふと、視線を感じた気がして、顔を上げた。

 

「・・・何をしてるんだ?」

 

 見ると戸口に、見慣れたポニーテールがこちらを伺うようにはみ出ているのが見えた。

 

「あ、見つかった?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべたネリーが顔を出す。

 

 その顔に一瞥くれてからセツナは、興味無さげに視線を地図に戻す。

 

「今忙しいんだ。かくれんぼなら他でやれ。」

「ぶ〜」

 

 セツナの素っ気無い言葉に、ネリーはむくれて口を尖らせる。

 

「忙しそうだから、これ、持って来てあげたんじゃん。」

「?」

 

 その言葉に、セツナは訝りながら顔を上げる。その視界の先にあるネリーの手に、マグカップが持たれている事に気付いた。

 

「それは・・・」

「ユウト様が言ってたよ。これって、『あいすてぃー』って言うんでしょ?」

「アイスティー?」

 

 マグカップを受け取ってみると、確かに中は紅茶で満たされ、氷が浮かんで程よい冷たさを保っている。間違いなく、ハイペリアで言うところのアイスティーだ。

 

「どうしてこれを?」

「いっつも頭使ってばっかりじゃ、そのうち馬鹿になっちゃうよ。それ飲んで落ち着こうよ。」

 

 そう言うとネリーは、自分の分のマグカップも出してアイスティーを飲み始めた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは暫く黙ってマグカップの中を眺めていたが、やがて口に持って行き、アイスティーを口に含む。

 

 ほろ苦い甘さと、程よい冷たさが、使いすぎて熱くなった脳を適度にクールダウンさせる。

 

「美味しい?」

 

 期待するような声で、ネリーが聞いてくる。対してセツナは、少しあいまいな表情で答える。

 

「ん、ああ。しかし、よく氷なんて・・・・・・ッ!?」

 

 そこまで言った時、セツナはハッとした。

 

 次いで、何か、しいて言うなら天啓のような閃きが、脳を駆け巡った気がした。

 

「そうか、何で、気付かなかったんだ、今まで・・・・・・」

 

 セツナは弾かれたように地図に目を向ける。

 

「どしたの?」

 

 そんなセツナの様子に、やや体を引きながら、尋ねるネリー。

 

 それには答えず、セツナは別の事を口に出す。

 

「ネリー。」

「何?」

「すぐに、ユウトとエスペリア、それにセリアを呼んでくれ。」

 

 そう言ってから、顔を上げる。

 

「作戦が決まった。」

 

 

 

 暫くして、執務室にユウト、エスペリア、セリアの3人がやってきて、セツナと共にテーブルを囲む。ネリーは、さも当然とばかりに、セツナの傍らに付いた。

 

「作戦が決まったのか?」

「ああ。」

 

 セツナは頷くと、地図の上の方に立つ。

 

「目下、俺達の最大の障害となっているのは、ここ、」

 

 セツナは地図上の一点を差す。

 

「バートバルトに布陣したサルドバルト軍の主力部隊だ。知っての通り、サルドバルトは国土の大半が湿地帯で通行不能、唯一整備された街道のみが進撃路として使える。ブルー、ブラック、両スピリットによる機動戦を仕掛けようにも、数の差で負けている以上、戦力の分散による苦戦は免れない。」

「それは、分かっています。だから、正面からぶつかるしかないのでは?」

「そこだ。」

 

 エスペリアの質問に、セツナは頷く。

 

「確かに、道をショートカットできそうな間道も無く、空を行くのも駄目だ。」

「それじゃあ、駄目じゃないのか?」

 

 ユウトは、そう言って肩を竦める。しかし、セツナは首を横に振る。

 

「いや、ここからが、今回の作戦の根幹だ。」

 

 セツナはセリアに目を向ける。

 

「セリア。」

「何?」

「これから俺が言う事が可能かどうか、判断してくれ。」

 

 セツナは4人が見ている前で、自分が立案した作戦を打ち明けた。

 

「・・・・・・どうだ?」

「・・・可能、だと思います。大陸北方は常春ですし、夜半には相当寒くなります。でも、これを行うと、私達の魔力は空になります。」

「構わない。この作戦が成功すれば、接近戦だけで充分勝てる。」

 

 セツナは頷く。作戦は決した。

 

「実行部隊のメンバーは、ユウト、俺、アセリア、セリア、ネリー、シアーの6人。本隊の指揮はエスペリア、お前に任せる。」

「分かりました。」

「補佐役にファーレーンとヒミカを付ける。無理な攻めはせず、守りに徹しろ。その内、俺達の攻撃で敵の後方が崩れる。それを機に総攻撃を掛け、敵を東西から挟撃、包囲殲滅する。」

「はい、分かりました。」

 

 セツナは一同を見回す。

 

「みんな、頼むぞ。」

 

 

 

 

 

 

 深く暗い、闇の中。

 

 光を遮断し、音さえ吸収してしまうその空間に、青年は鎮座する。

 

 周りの情景にそぐわぬ、白い法衣が、かえって不気味な光を宿して辺りを照らしているかのようだ。

 

 闇は良い。何もかもを黒く染めてくれる。

 

 青年は、手にした杖を水平にし、そしてそのまま手を放した。

 

 すると、杖は床に落ちる事無く、手を放した状態のまま空中に静止する。

 

 その表面は僅かに光り、何かに共振するかのように瞬いている。

 

「・・・・・・・・・・・・来ましたか。」

 

 閉じていた瞳を、スッと開いた。

 

「意外に、遅かったですね。」

 

 そう呟くと、口の端を吊り上げて笑った。

 

 

 

「全員、円陣を組んで。敵を中に入れてはいけません!! 」

 

 自身も永遠神剣《献身》を振るいながら、エスペリアは指揮下のスピリット達に激を飛ばす。

 

 少数とは言え、既に大陸中部での激戦を戦い抜き、実戦経験を多く積んだラキオスのスピリット達は、粘り強く、押し寄せるサルドバルトのスピリット隊に応戦する。

 

「ファイヤーボルト!!」

 

 レッドスピリット隊を率いるヒミカが、迫るブルースピリットを炎の中に叩き込む。

 

 さらに、その両脇を固めるオルファとナナルゥが前に出る。

 

「オルファ、行っくよ〜!!」

「・・・決めます。」

 

 オルファは無邪気に、ナナルゥは無機質に己に秘めた力を解放する、

 

 炎はシャワーとなって敵に降り注ぎ、戦闘力を削いで行く。

 

 崩れた陣形の中に、2人のブラックスピリット、ヘリオンとファーレーンが切り込む。

 

「居合いの太刀!!」

 

 初陣では頼りない印象の強かったヘリオンも、徐々にではありが確実に腕を上げ、人手不足のこの戦いでは、戦闘隊の中核として戦っている。

 

「遅いです!!」

 

 ヘリオンに負けていられないとばかりに、ファーレーンも《月光》を振るい、敵レッドスピリットの首を一刀の元に切り飛ばす。

 

 一方で、ファーレーン、ヘリオンの防衛ラインを突破した敵スピリット数体が真っ直ぐにエスペリア達に迫ってくる。

 

 しかし、

 

「行かせませんよ〜」

 

 言葉とは裏腹に、鋭く回転を掛けられた《大樹》の石突きが敵ブラックスピリットを殴り倒す。

 

 いつの間にか敵の背後に回り込んだハリオンが、槍を構えている。

 

 そのハリオンを囲むように、敵スピリット達が迫る、が、

 

「ハリオン、伏せて!!」

 

 言葉に従い地に身を投げ出したハリオンの頭上を、炎が駆け抜ける。

 

 顔を上げると、掌に炎を湛えたヒミカが、鋭い眼差しで、焼き尽くされる敵スピリットを睨み付ける。

 

「ナイスタイミングです〜」

 

 戦場にこの上ないほどそぐわぬハリオンの声を聞きながら、ヒミカは口元に笑みを浮かべる。

 

 少数に過ぎないラキオス軍の予想外の奮戦に慌てたのか、サルドバルト軍は一度退いて、体勢を立て直しに掛かっている。

 

「エスペリア!!」

 

 敵が一時的に後退したのを見て、ヒミカがエスペリアに駆け寄った。

 

「今のうちに後退して陣を立て直すんだ。どの道、私達が無理をする必要は無いはずだし。」

「そうですね。」

 

 エスペリアは頷く。元々この作戦は、別働隊が敵の後方に回り込むまで時間を稼げればこちらの勝利なのだ。無理に戦線維持にこだわり、貴重な戦力を失う事は無いだろう。

 

「一時後退、後方の丘の上まで退き、守りを固めます!!」

 

 そう言うとエスペリアは《献身》を構え、殿に立つ。

 

 危険な任務は全て自分が引き受け、仲間を逃がす。これが、エスペリアの戦い方だった。

 

『お急ぎください、ユウト様、セツナ様。』

 

 その瞳は、彼方にあるであろう2人のエトランジェに向けられた。

 

 

 

 

 彼方の地平線で、剣戟の音が絶えず鳴り響いている。

 

 時折聞こえる爆音が、戦場の激しさを伺わせる。

 

「・・・・・・ゥ」

 

 最後尾を行くシアーが、躊躇うように背後を振り返る。残って大軍を相手にしている仲間達の事が気掛かりなのだろう。

 

 だが、

 

「振り返るな。」

 

 すぐに、セツナの叱咤が飛ぶ。

 

「あいつらを早く助けたいなら、今に全霊を注げ。」

「は、はい。」

 

 我に返ってシアーは、己に与えられた作業を再開する。

 

「おい、」

 

 そんなセツナに、背後からユウトが呆れ気味に声を掛けた。

 

「お前、よくこんな作戦思いつくな。」

「別に珍しい作戦でもない。ハイペリアでもロシアとかその辺の北国では似たような作戦が取られたと言う前例がある。」

「でも、それを人の手でやってしまうあたり、どうかしてるよ。」

「違いない。」

 

 そう言ってセツナは苦笑する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その脳裏に、あの、《冥界の賢者》の言葉が思い出される。

 

 奴はサルドバルトに居ると言った。ならば十中八九、必ずや自分達の前に立ちはだかってくるだろう。

 

『待ってろ、すぐに行ってやる。』

 

 そう呟くと、手にした《麒麟》の柄を硬く握り締めた。

 

 

 

「スピリット第1から第4小隊、攻勢に転じました。」

「ラキオス軍は防戦一方、こちらに打って出る余裕は無い物と思われます。」

「第5小隊と第6小隊を交代、第4小隊の火力支援には第8小隊を回します。」

「ラキオス軍ブラックスピリット2名、後退します。」

 

 バートバルトに置かれたサルドバルト軍司令部には、刻一刻と戦況を伝える伝令が走りこんでくる。

 

 戦況は間違いなくサルドバルト側に優位な展開を見せている。

 

 少数のラキオス軍に対し、物量を背景にして小隊規模で入れ替わり立ち代りぶつかる。

 

 1隊が消耗すれば次の1隊を。それが消耗すれば次を、と言った感じにラキオス軍に休む間を与えない作戦だ。

 

 司令部に陣取る人間達は、その戦況を聞いているだけ。全てはスピリットがやってくれる。

 

「どうだ、鎧袖一触じゃないか。」

 

 入ってくる情報を聞きながら、サルドバルト軍司令官はご満悦な笑顔を幕僚達に振舞う。

 

「しかし、気になる事がありますな。噂のエトランジェが出て来ていない事には・・・」

「何、連中は本戦に向けて主要戦力を温存しているのだ。攻撃力の高いブルースピリットが出てこないのがその証拠よ。」

「いや、しかし・・・」

「そうでないのなら、所詮、エトランジェの噂など、こけ脅しの宣伝材料に過ぎなかったかのどちらかさ。」

「はあ。」

 

 言い募る参謀の意見を退け、司令官は腕を組んで胸を張る。

 

「いずれにせよ、この戦いもすぐに終わる。その後はアキラィスを奪還し、一気にラキオス王都に攻め込むのだ。それでこの戦争は終わり。我がサルドバルトが北方五国の覇者となるのだ。」

 

 その時の光景を夢想し、司令官の口元が緩む。

 

 軍勢を従え、先頭に立ってラキオス城の城門を潜り、最高の栄誉と褒賞が我が物となる。

 

 その時は、すぐそこまで来ていた。

 

 そんな彼の夢想を破ったのは、緊迫した伝令の声だった。

 

「申し上げます!!」

「何事だ?」

 

 不機嫌な声で応じる司令官。自身の夢想を破られ、投げやりに答える。

 

「そ、それが!!」

 

 

 

「ハッ、今更気付いても遅い。」

 

 伝令が慌てふためくとほぼ同時に、セツナは口の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

 その場所は、バートバルトの後方街道上。丁度、エスペリア率いる本隊と挟撃する体勢にある。

 

 さて、道は1本しかないのに、セツナ達はどうして、バートバルトを挟んだ街道の反対側に出現する事ができたのか?

 

 正面から行くのは当然無理。空も、敵の数が多くて不可能。そもそもエトランジェ2人は空を飛べない。

 

 ではなぜか?

 

 答は、セツナ達の背後にあった。

 

 そこには、銀色に輝く一筋の道が出来上がっていた。

 

 セツナは気温が下がる夜半の時間帯を利用し、配下のブルースピリット4名を全力投入して湿地帯を人が歩ける程度に凍らせたのだ。湿地帯と言っても底なし沼な訳ではない。単に進軍には適さないと言うだけで、無理をすればそのままでも通行は出来るのだ。そこへ若干の冷気を加えれば、足場となる泥が凍り、道ができると言うわけである。

 

 セツナは、手にした物を高らかに掲げる。

 

 翼広げ、鍵爪掲げるリクディウスの魔龍、サードガラハムを模したラキオスの旗印が風を受けて雄雄しくはためく。

 

「行くぞユウト。敵は浮き足立っている。今が殲滅のチャンスだ。」

「ああ。」

 

 ユウトは頷くと、《求め》を抜いて前に出る。

 

「行くぞみんな!! この一戦で決着を付けるぞ!!」

 

 言い放つと同時に、ユウトは先頭に立って駆け出す。それに続き、アセリア、セリア、ネリー、シアーが神剣を翳して続く。

 

 セツナは、ラキオスの旗を地面に突き刺すと、腰の鞘から《麒麟》を抜き放つ。

 

「行くぞ《麒麟》。」

《了解!!》

 

 

 

 一転、サルドバルト軍の司令部は蜂の巣を突いた様な騒ぎとなった。

 

 街道上の街を要塞化して進軍してくるラキオス軍を迎撃、これを殲滅した後、逆侵攻でラキオス王都を攻め落とす。それが、サルドバルト軍によって描かれたシナリオなはずだった。

 

 自分達は街道の前を守っていれば良い筈だった。まさか、敵が後ろから来るとは誰も思っていなかったのだ。

 

 

 

「ティヤァァァァァァ」

 

 気合と共に繰り出される《存在》の刃が、瞬く間に3人のスピリットを切り裂く。

 

 味方にしていれば、これ程頼もしい存在は無かっただろう。しかし、その事実は既に過去形によって語られるべき物。

 

 彼女を敵に回してしまったのは、他ならぬ彼等自身なのだ。

 

「・・・ん!」

 

 アセリアは《存在》の長い柄を構え直す。

 

 既に、司令部はもぬけの殻。サルドバルト軍の幹部達は、前線の味方と合流する為に逃走したのだ。

 

 アセリアの傍らに、セツナが立つ。

 

「アセリア、こいつらを1人残らず逃がすな。逃せば、いずれ必ずそれが禍根になる。」

「ん、分かった。」

 

 頷くと同時に、アセリアは高速で剣を振るう。

 

 残ったスピリット達は、初めて見る《ラキオスの蒼い牙》の実力に戦慄を覚える。そして、次の瞬間にはその身をマナに委ねる事となった。

 

 

 

前線の状況は、数日遅れでサルドバルト王都にも届けられた。

 

 バートバルト陥落。主力部隊全滅。

 

 この2つの報告に、王城内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 

 急いで重臣一同を集めてはみたものの、ただ喚き散らし己の保身を計るしか能の無い重臣達は、あたふたと狼狽するばかりで、一向に会議は進もうとしない。

 

 そんな中で誰よりも狼狽しているのが、誰あろうサルドバルト王ダゥタスだった。

 

 彼にとって帝国から支援を受ける事は賭けだった。

 

 ラキオスを裏切り、イースペリアを裏切り、龍の魂同盟を崩壊させ、北方5国を平定する。そうすれば、広大な土地と大量のマナが手に入り、国を潤す事ができる。一時、帝国の傘下に組み込まれる事になるかもしれないが、そんな事は今は問題ではない。苦渋は一時。いずれは口八丁で独立を勝ち取れば良いのだ。

 

 そして、彼は賭けに勝った。イースペリアは滅亡し、龍の魂同盟は崩壊した。残るはラキオスを叩けば全てが終わるはずだった。

 

 その前提条件は、バートバルトの戦いで薄氷の如く砕け散った。

 

 既にバートバルトを進発したラキオス軍はこの王都に向っているとの事だ。

 

 対するサルドバルト王都には、ただの1兵も残っていない。全てをバートバルトに投入してしまった為、残っているのは一般人と武器を持った事すらない文官達、そして訓練未了の幼いスピリット数体のみだけだった。

 

「お困りのようですね。」

 

 場の喧騒を和ますような、穏やかな声が響いたのはそれから暫くした頃だった。

 

 一同が振り返るとそこには、白い法衣に身を包んだ金髪碧眼の青年が立っている。その口元には、薄い笑みを浮かべて。

 

「おお、使者殿!!」

 

 青年の姿を見て、サルドバルト王は口元を綻ばせた。

 

 彼は、帝国の使者として、サルドバルトとの交渉と支援用マナ結晶、及び戦力たるスピリットの輸送を行った人物だった。

 

「な、何か、何か良い手立ては無いか? このままでは、我々は・・・・・・」

「ん〜、そうですねえ。」

 

 青年は少し考え込む素振りを見せてから言った。

 

「無い事は無いです。」

「おお!!」

 

 その一言に、王と重臣達は身を乗り出す。

 

「そ、それは?」

「とりあえずですね。」

 

 そう言うと青年は右腕を掲げる。

 

「あなた方は死んでください。」

 

 次の瞬間、掲げた掌に、黒く、禍々しいマナが集まってくる。

 

「な、何を!?」

「役目を終えた物を生かしておけるほど、この世界も無限ではないので。」

 

 そう告げると、掌に集まったマナを、一気に解放した。

 

「ノーブル・ケイオス。」

 

 次の瞬間、黒い閃光が謁見の間を飲み込み、王を含む全員を、血の一滴も残さず、全て消し去った。

 

「痛みを感じない死は幸せです。冥府でその事をじっくりと感謝しなさい。」

 

 そう言うと青年は、口の端に酷薄な笑みを浮かべた。

 

 

 

 なぜか、その男はそこに居ると思った。

 

 セツナはゆっくりと、足を踏み入れる。

 

 仲間達はまだ、残敵掃討の為に走り回っている。ここに辿り着いたのは自分1人だった。

 

「やあ、来たね。」

 

 場違いなほど明るい声が鼓膜を逆撫でる。

 

 視線の先、主を失った玉座に、それは座っていた。

 

 《冥界の賢者》

 

 仰々にすぎる名乗りを上げた青年は、口の端に笑みを浮かべてセツナを待っていた。

 

「来てやったぞ。約束どおりな。」

「それはそれは、ようこそお越しくださいました。」

 

 慇懃な態度で答える青年。

 

「お茶のひとつもお出ししたいところなのですが、何分立て込んでおりましてね。」

「構わない。これから戦う奴の茶など飲んでは、寝覚めに悪い。」

 

 そう言うと、謁見の間を1歩踏み出す。

 

 他の人間、王や重臣達の姿は無い。既に逃げたのか、それとも・・・

 

『まあ、良い。こいつを締め上げれば分かる事だ。』

 

 思考を中断して、セツナは《麒麟》をスラリと抜く。

 

「一緒に来てもらうぞ。お前には、聞きたい事が山程ある。」

「せっかちな人ですねえ。まるで、どこかの誰かさんみたいだ。」

 

 そう言いながら、青年は玉座から立ち上がる。その手には、金属製と思われる杖が握られている。

 

「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。」

 

 杖を構える。

 

 杖の先はセツナの方に向け、歌い上げるように高らかに名乗る。

 

「私の名はハーレイブ。《冥界の賢者》ハーレイブ。以後、お見知りおきを。」

「覚えておこう。」

 

 言うと同時に、セツナは疾走する。

 

「牢の名簿に名前を記帳する必要があるからな。」

 

 言い放つと同時に、セツナは斬り掛かった。

 

 その斬撃を、杖で受けるハーレイブ。

 

「それは勘弁願いたいですね。」

 

 腕を一閃する。

 

「クッ!!」

 

 とっさに床を蹴って距離を取るセツナ。その間にハーレイブはブツブツと何事かを口の中で呟く。同時に、杖の先が一瞬光った。

 

 次の瞬間、床から滲み出るように、ゾンビの大軍が姿を現す。

 

「ハッ!!」

 

 その様子を見て、セツナは鼻で笑う。

 

「今更そんな物を出すとは。芸が無いぞ!!」

 

 言い放ちながら、刀身にオーラフォトンを込め、次々と寄ってくるゾンビを斬り捨てていく。

 

 こいつらの攻略法は、既に前回で学んでいる。今更脅威となり得る物ではなかった。

 

「確かに、これでは芸が無いですね。」

 

 ハーレイブは顎に手を置いて、考えてから言う。

 

「では、こう言うのはどうでしょう?」

 

 そう言うと、指をパチンと1つ、弾く。

 

 次の瞬間、今にもセツナが斬り掛かろうとしていたゾンビの一体が、内側から膨れるように爆発した。

 

「なっ!?」

 

 その衝撃で、セツナは壁際まで吹き飛ばされる。

 

「これは・・・・・・」

「いえ、せっかく来ていただいたのですから、楽しんでもらわねば招待した側としての面目が立ちませんのでね。このゾンビ達に施した機能をせめて堪能してもらおうと思いまして。」

 

 そう言うとハーレイブは、魔法によってゾンビの一体を空中に持ち上げると、セツナに向って投げ飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 セツナはとっさに身を捩る。そこへ、ゾンビが着弾した。

 

「グア!!」

 

 再び起こった爆発に、セツナの体は宙を回転しながら吹き飛ばされる。

 

「ほらほら、どうしたんですか、最初の威勢は?」

 

 嘲笑するようなハーレイブの声。

 

「クッ!!」

 

 セツナとて、座している気は無い。

 

「白虎、起動!!」

 

 鮮烈なる声と共に、反応速度、知覚速度、運動速度が10倍に跳ね上がった。

 

 全ての事象がスローで認識される世界の中で、既にゾンビ達はセツナにとって気味の悪い置物と変わらない。

 

 その間をすり抜け、向う先は1つ。

 

「もらった!!」

 

 キングである、ハーレイブの元に降り立ったセツナは、確信を込めて《麒麟》を振るう。

 

 しかし、

 

「甘いです。」

 

 余裕を持った声でその攻撃を裁くハーレイブ。同時に、空いている右手にオーラフォトンの塊を作り出すと、それをセツナに向って投げつけた。

 

「グアッ!?」

 

 その一撃を腹に受け、その場に蹲るセツナ。しかし、すぐにハッと顔を上げる。

 

 しかし、遅かった。

 

 その瞬間には、振り上げられたハーレイブの杖の一撃を顎に受け、そのまま吹き飛ばされていた。

 

「グッ!!」

 

 白虎は強制的に解除され、知覚速度が通常に戻る。

 

「馬鹿、な・・・」

「召還した魔物を倒すには、召還士を倒すのが一番。確かに、基本を付いてくるのはよろしいが、詰めが甘い。」

 

 ハーレイブは1歩前に出る。

 

「死霊使いが、自分の召還した死霊よりも弱いわけが無いでしょう。」

「クッ・・・・・・」

 

 セツナは顔を上げてハーレイブを睨み付ける。が、既に先程の一撃によって体が痺れ、言う事を効かなくなっている。

 

 その様子を見て、ハーレイブは笑みを浮かべる。

 

 再び手をスッと掲げる。すると、今度は謁見の間にいる全てのゾンビが浮き上がった。

 

「・・・・・・」

「さて、そろそろ、止めと行きますか。」

 

 言うと同時に腕を振るう。

 

 次の瞬間、浮き上がった全てのゾンビがセツナに襲い掛かった。

 

 それらは折り重なるようにセツナに飛びつき、押し倒す。

 

「さようなら、セツナ君。」

 

 そう呟くと、指を鳴らす。

 

 次の瞬間、閃光が謁見の間を包み、轟音が壁と言う壁、床と言う床を振るわせた。

 

 立ち上った煙によって、ハーレイブの視界がしばしの間塞がれる。

 

「・・・・・・終わりましたか。」

 

 あの爆発。いかにエトランジェと言えど、傷付いた体で耐えられるとは思えない。

 

「少々、呆気無かったですね。カオス側の切り札と言うのも。」

 

 だが、

 

「勝手に、終わるなよ。」

 

 途切れ途切れながら、明確な殺気を乗せた声が、煙の向こうから響いてくる。

 

「・・・・・・」

 

 足を止めて振り返るハーレイブの視界に、片膝をついたセツナの姿が飛び込んでくる。

 

 その前には、三角形を繋ぎ合わせた形で構成された障壁が立ち塞がっている。どうやらセツナは、爆発の直前に玄武を召還し、爆発の威力を耐え切ったようだ。

 

「まだ、やりますか?」

「・・・当然だ。」

 

 苦しげながら、答えるセツナ。もっとも、既に戦える状態ではない。玄武の召還も、間に合ったのは奇跡に近いくらい間一髪だったし、それまでのダメージ分もある。

 

『何なんだ・・・こいつは・・・』

 

 圧倒的という言葉すら遠い。そもそも、勝負にすらなっていない。

 

 戦慄が、傷付いた体を締め付ける。

 

 ハーレイブは、優雅さすら伴う動作で、1歩前に出てセツナを見据える。

 

「やれやれ。では、仕方ありませんね。こちらも少し、本気をお見せするとしましょう。」

 

 その告げるとハーレイブは笑みを浮かべ、手をゆっくり掲げる。

 

「高貴なる黒き閃光を持ちて全てを滅ぼし、混沌たる闇を持ちて染め上げよ。」

 

 掌に集まったマナが、黒く変色していく。

 

 次の瞬間、それが閃光と化した。

 

「ノーブル・ケイオス!!」

 

 閃光は一息でセツナを飲み込んだ。

 

「クッ!!」

 

 玄武の権能は絶対防御。物理、対魔を問わず、あらゆる攻撃を受け止める無敵の盾。

 

 しかし、その無敵の盾が、僅か1秒の拮抗の後、障壁は破られ閃光はセツナを飲み込んだ。

 

「クッ・・・ッ!?」

 

 肌が溶ける様な痛みを伴う熱さが、セツナの体を焦がしていく。

 

 体を構成するマナが、まるで糸を解すように溶け始めた。

 

『このままじゃ・・・』

 

 命のカウントダウンが呼吸する毎に刻まれていく。

 

 脱出は不可能。死が、セツナの肩を掴んだ。

 

 と、思われた。その時、

 

「アイス・バニッシャー!!」

 

 突如、室内に吹き荒れた吹雪が、セツナを襲っている閃光をたちどころに凍らせていく。

 

「ん?」

 

 氷が自身の体に掴みかかる前に、ハーレイブは閃光を納め、一足に飛び退く。

 

「新手、ですか。」

 

 スッと、目を細める。

 

 その視界の先で、青く流れるような髪を結い上げた少女が、純白な翼を広げて立っている。

 

「ネリー!!」

 

 救い主の存在に、セツナは目を見開いた。

 

「へへ、間に合った?」

 

 ネリーは振り返ると、得意そうに笑みを浮かべた。

 

 実際、間に合ったのは彼女1人。他はまだ、階下や城下で戦っている様子だ。

 

「大丈夫セツナ?」

 

 セツナの様子を見て、さすがに尋常でない事を悟ったのだろう。ネリーが心配そうに声を掛けてくる。

 

「・・・、ああ。大丈夫だ。」

 

 あまり大丈夫ではないのだが、それでも気力で答える。

 

 足元がふら付き、視界が波打っている。端的に現状を言うと、先程の攻撃で死んでいないのが不思議なくらいだ。存在情報を構成するマナも、何割か持って行かれてしまった。これ以上、白虎や玄武を扱えるだけの体力は、残されていなかった。

 

 そんなセツナを庇うように、ネリーは《静寂》の切っ先をハーレイブに向ける。

 

「ネリーがこいつを抑えとくから、その隙にセツナは・・・」

「いや。」

 

 下がれと言うネリーの言葉を遮って、セツナは言った。

 

「背中を見せて生き残れるほど、容易い相手じゃない。申し出はありがたいが、お前1人じゃ足止めにすらならないだろう。」

「う、それは・・・」

 

 それは考えるまでも無く、セツナの状況を見れば分かる事。

 

 セツナはフッと苦笑すると、ネリーの肩に手を置く。

 

「同時に仕掛けるぞ。」

「え?」

「大丈夫だ。俺も今まで、惰眠を貪っていた訳じゃない。」

 

 確かに、今のセツナでは最大の武器である白虎、玄武の権能を使う事は出来ない。だが、

 

『手は、ある。』

 

 そう呟くと、セツナは《麒麟》を無行の位に構える。

 

「行くぞネリー。お前が左、俺が右から行く。」

「うん!!」

 

 セツナとネリーは同時に床を蹴った。

 

「2人同時ですか。まあ、私は一向に構いませんよ。この程度はハンデにもなりません。」

「それなら、これで!!」

 

 横合いから、ネリーが振るった刃が迫る。

 

 ブルースピリット特有の素早い動きから繰り出される斬撃は、ハーレイブの胴を目指す。

 

 が、

 

「遅いですね。」

 

 ハーレイブはあっさりと身を引くと、その斬撃を回避する。

 

 そこへ、今度はセツナが斬り込む。もっとも、白虎を使えない以上、こちらの速度は通常状態のままだが。

 

「動きが遅いですよ。セツナ君。」

「・・・・・・・・・・・・」

「その状態でなお向ってくる君の闘志には感心しますが、」

「・・・・・・・・・・・・」

「それは既に勇気ではなく無謀の範疇です。これ以上やると、」

 

 次の瞬間、杖による突きの一撃が、セツナの腹に叩き込まれる。

 

「グッ・・・」

「死にますよ。」

 

 腹を押さえて後退するセツナ。

 

「セツナ!!」

 

 ネリーはウィング・ハイロゥを広げると、最大戦速でハーレイブに突撃する。

 

「タァァァァァァ!!」

 

 気合と共に薙ぎ払われた斬撃は、得られたスピードをそのまま威力に変換してハーレイブに叩き込まれる。

 

 しかし、

 

「遅いですね。」

 

 斬ったと思ったハーレイブは、既にその時、ネリーの背後に回り込んでいた。

 

「速い!?」

 

 気付いた瞬間、ハーレイブの拳は光っていた。

 

 その拳が、ネリーの腹に打ち込まれた。

 

「あうっ!?」

 

 強烈なまでの一撃は、ネリーの小さな体を吹き飛ばす。

 

 床に投げ出されたネリーの手から《静寂》が零れ落ち、そのまま動かなくなる。

 

「呆気ないですね。2人掛かりでこの程度ですか?」

 

 床に転がったネリーを見て、嘲笑を浴びせる。

 

 しかし次の瞬間だった。

 

 死神が、

 

ハーレイブの肩を叩いた。

 

 笑みを浮かべる肩越しに、

 

黒い影が躍る。

 

「ッ!?」

 

 とっさに振り返るハーレイブ。しかし、遅い。

 

「奥義・・・雷竜閃!!」

 

 背後から迫ったセツナの剣が一閃される。

 

 とっさに身を捻るハーレイブ。しかし、斬撃はハーレイブの法衣を縦に切り裂く。

 

「クッ、まだ力が残っているとは!!」

 

 とっさに後退を掛けるハーレイブ。しかし、それまで終始、余裕の表情を浮かべていたハーレイブの顔に、初めて驚愕の色が滲んだ。

 

「おのれ!!」

 

 手に集めたマナを電撃に変換すると、それをセツナに向けて打ち放つ。

 

 セツナに向けて迫る黒き雷。

 

 対してセツナは《麒麟》を一旦鞘に収めると、迫る電撃に向けて抜き放った。

 

 次の瞬間、今にもセツナを飲み込まんとしていた電撃は、その眼前で真っ二つに別れて四散した。

 

「蒼竜閃。」

 

 目を見開くハーレイブに、静かに技名を告げる。

 

 この2つこそ、セツナがここ数日、セリアと共に研究と修練を重ねて生み出した技である。

 

「ほう?」

 

 刃を掲げて立つセツナに、笑みを浮かべて見詰めるハーレイブ。その手に、再びマナを集め始め、黒い光が覆っていく。

 

「ノーブル・ケイオス。」

 

 再び迸る黒き閃光。

 

 しかし、今度はセツナも、回避、防御の姿勢を取らない。

 

 刀を鞘に収め、ゆっくりと居合いの体勢を取った。そして、

 

「蒼竜閃!!」

 

 閃いた白刃は、禍き閃光を一刀両断にする。

 

 切り裂かれた事によって状態を維持できなくなった閃光は、そのまま解けるようにして霧散し、空気中に溶けてマナへと帰っていった。

 

「ほう・・・」

 

 己の技がまたしても破られたと言うのに、眉1つ動かさずに見守るハーレイブ。

 

「速さ、剣速に特化し、空気中の分子をも切り裂く速度で繰り出されるスピードの技、ですか。」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、最初の攻撃は、一撃に全運動エネルギーを込め、一気に一点で解放する事で莫大なエネルギーを破壊力に変換する技。どちらも、一朝一夕では身に着かないほど、高度な技術を擁する技ですね。」

 

 セツナは、内心舌を巻く思いだった。今、ハーレイブが言った事は、間違いなく、2つの技の本質を突いていた事なのだ。

 

 理論的には完成していた。エトランジェの運動能力と、自分がこれまで培ってきた技術を併用すれば可能な事も分かっていた。だからこそ、何か技を作ろうと思った時、これを選択した。

 

 だが、実際にやってみると、決して口で言う程容易ではなく、特に2つ目、蒼竜閃の完成は出撃には間に合わず、駐留していたアキラィスで鍛錬を重ねて、ようやく完成させた技だった。しかも、セツナの予定ではもう1つ技を作り、そちらも理論的には完成しているのだが、今だに実技の方が伴わず、難航していた。

 

 そんな苦心の末に完成させた技を、こうもあっさりと見極められてしまうとは。

 

 しかし、そんなセツナの苦悩を他所に、ハーレイブはにこやかに笑うと、手を広げた。

 

「いや、お見事です。まさか、第四位の神剣で、僅か一太刀なりとも、この私に加える事が出来るとは。」

 

 そう言って、パックリと割れた法衣を眺める。そして、笑みを浮かべた。

 

「やはり、君は面白いですね。」

「・・・・・・・・・・・・」

「良いでしょう。合格と言う事にします。」

「・・・何?」

 

 訳の分からない物言いに、セツナは訝るような視線を向けた。

 

「セツナ君。君は面白い。ここで、終わらせてしまうのは簡単です。しかし、それでは私が納得できない。」

 

 そう言いながら、セツナに背を向ける。

 

「サーギオス神聖帝国、宰相。それが、今の私の地位です。」

「サーギオス・・・」

 

 やはり、と言う思いが脳裏を掠めた。

 

「そこまで、這ってでも辿り着きなさい。その時こそ、私の全力を見せてあげましょう。」

 

 最後に1度だけ、チラッと肩越しに振り返る。

 

「それまで、死なないように、ね。」

 

 そう言うと、後は振り返らず、奥の間に消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 遊ばれた。完全に。

 

 先日の、ウルカとの戦いとは違う。完全に、実力の次元が違った。

 

「サーギオス神聖帝国宰相、ハーレイブ・・・・・・」

 

 その名を、噛み締めるようにもう一度呟く。

 

 忘れない。決して。

 

『待ってろ。その首、必ず取りに行ってやる。』

 

 そう心に誓うと、セツナは《麒麟》を鞘に収める。そして、思い出したように倒れているネリーに駆け寄った。

 

「ネリー!!」

 

 抱き起こして呼びかける。オーラフォトンの直撃を受けた腹は、赤黒く変色し、見るからに苦しそうだ。

 

「ネリー、しっかりしろ!!」

 

 その呼びかけにこたえるように、ゆっくりと目を開いた。

 

「あ・・・セツナ、痛ッ!!」

 

 途端に、腹を押さえる。

 

 そんなネリーに、優しく言って聞かせる。

 

「無理はするな。もうすぐ、みんながここに来る。そしたら、エスペリアかハリオンに頼んで治療してもらうんだ。」

「・・・・・・うん。」

 

 素直に頷くネリー。

 

「ね、セツナ。」

「ん?」

「あいつは?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やや躊躇った後、セツナは言った。

 

「逃げたよ。」

「じゃ、勝ったの?」

「・・・ああ。お前のお陰だ。」

 

 何故かは分からない。だがこの時、セツナはどうしても、ネリーに嘘を吐きたい心境になっていた。

 

「そっか、良かった。」

 

 ネリーは、笑みを浮かべる。

 

「さあ、少し寝ていろ。みんなが来たら起こしてやるから。」

「・・・うん。」

 

 頷いて目を閉じるネリー。

 

 その寝顔を、セツナはいつまでも見詰めていた。

 

 

 

 聖ヨト暦331年、ルカモの月

 

 ラキオス王国は、北方五国統一を高らかに宣言した。

 

 これにより大陸は、ラキオス王国、マロリガン共和国、サーギオス神聖帝国の事実上3国が鬩ぎ合う状態となる。

 

 時代はやがて、次の章へと移ろうとしていた。

 

 

 

第9話「北方統一」   終わり