大地が謳う詩

 

 

 

第8話「疾走への序曲」

 

 

 

 

 

 

 風を斬る音が、静寂の中にこだまする。

 

 じっと耳を澄ませば、それが1つのリズムとなって奏でられているのが分かるだろう。

 

 セツナはジッと息を詰めたまま、水平に掲げた《麒麟》の刀身を、吹き抜ける風のみがただ流れていく。

 

 木漏れ日が陽光を映し出し、僅かに刀身を撫でる。

 

 次の瞬間、セツナは疾風の如く動いた。

 

 2度、3度、4度

 

 閃光を思わせる剣の軌跡が、視界を縦横に駆け巡る。

 

 しかしその動きは、唐突として止み、再び刃は微動だにせず硬直する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、虚空を注視する。

 

 その脳裏に映る物はただ1つ。

 

 銀色の髪をなびかせ、漆黒の翼を従えて迫る少女。

 

 翻る光刃は、狙いを違わせず、セツナの首を目指す。

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、僅かに生じた心の迷いに引き摺られるように、セツナは刀を振るう。

 

 しかし、迷いは確実に刃を鈍らせ、放たれた斬撃よりも先にイメージはセツナを切り裂いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 冷や汗と共に、セツナは《麒麟》を振り切った状態のまま息を吐いた。

 

 あの、イースペリアでの戦いから既に2週間程が過ぎている。

 

 その間、ラキオスとサルドバルトの間では、緊張を保ちながらもこう着状態が続いていた。

 

 サルドバルトがどの程度の戦力を保持しているかは分からない。だが、それ故に警戒心を強くしたラキオス軍上層部は、悪戯に兵を動かす事を避けている。

 

 一方で、サルドバルトも新たな部隊の配置に苦心しているのだろう。

 

 よって、両軍とも迂闊には動けず、それぞれの国境沿いにある町、ラースとアキィラィスに交代で兵力を配置し、睨み合いの状態が続いていた。

 

 鍔鳴りの音と共に、セツナは《麒麟》を鞘に収めた。

 

 基礎トレーニングから始まって、正面素振り300、回り素振り100、跳躍素振り200。これを1セットとして計4回。加えて実戦を想定したイメージトレーニング。

 

 子供の頃から自身に課してきた剣道の練習メニューを、永遠神剣を使った実戦的な物に焼き直した物を、この世界でも繰り返している。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは溜息を吐いた。

 

 確かにこのメニューならば、自身の能力を着実に伸ばす事が出来る。実際、1セットの数を少なめに設定したのは、継続を目的としている為だ。

 

 しかし、それでも届かない距離と言う物はどうしてもある。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは近くの岩に腰掛けると、深く頭を垂れた。

 

 今は良い。大抵のスピリットが相手なら、力押しでどうにでもなる。だが、いずれそれでは敵わぬ相手が必ず出てくるはずだ。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 ガサッ

 

「?」

 

 突然、傍らで草を掻き分ける音がしたので、顔を上げてみる。

 

 ややあって、青い髪をポニーテールに結った、やや落ち着いた感じの少女が顔を出した。

 

「あら?」

「セリアか。」

 

 出てきた少女の顔を見て、セツナは素っ気無く呟いた。

 

 その言葉に機嫌を悪くしたのか、ムッとしたような顔でセリアは言った。

 

「こんな所で何を?」

「見て分からないか?」

 

 あくまでも突き放したような口調で言ってくるセツナを睨みながらも、辺りの状況から推察してみる。

 

「剣の練習?」

「そう言うことだ。」

 

 セリアは少し呆れ気味に、溜息を吐いた。

 

「なら、何でこんな所でやってるんです?」

 

 確かに、ここは普段なら誰も通ることの無い、小道からも外れた森の中だった。

 

「1人でゆっくりやりたい時もある。」

 

 特に、こんな時は。と、心の中で付け加える。

 

「そうですか。変わっていますね。」

 

 大して興味も無い風に、セリアは言った。が、その言葉に、セツナは僅かに目を細める。

 

「そう言うお前は、こんな所で何をやっているんだ?」

「散歩です。」

 

 こちらも、素っ気無く答える。

 

「散歩?」

「ええ。ここはあまり人が通らないので。」

 

 どうやら、基本的に考える事は一緒だったらしい。

 

「ふうん。」

 

 セツナはふと考えてから、言った。

 

「セリア、今、暇か?」

 

 

 

 暫くしてセリアはセツナに言われた通り、自身の永遠神剣《熱病》を持って、再び同じ場所にやって来た。

 

 そこでセツナは、既に《麒麟》を構えて待っている。

 

「来ましたが?」

「ああ。」

 

 セツナは振り返った。

 

「セリア。」

「はい?」

 

 あくまで素っ気無く対応するセリア。

 

 そんなセリアに構わず、セツナは先を続ける。

 

「お前は、サーギオス遊撃部隊の、《拘束》のウルカは知っているか?」

「《漆黒の翼》ですか? 勿論知っています。」

 

 ウルカの勇名は、この大陸で知らない者はいないのだろう。

 

「俺は、この間のイースペリア戦で奴と戦った。」

 

 負けたがな。と、心の中で自嘲気味に呟く。

 

「奴は強い。恐ろしくな。多分、うちの軍でウルカとまともに戦えるのはアセリアくらいだろう。」

 

 アセリアは、文句無しでラキオス最強の剣士である。彼女とも何度か剣を交えたことがあったが、結局、セツナは1度も勝つことが出来なかった。

 

 《漆黒の翼》ウルカと《ラキオスの蒼い牙》アセリア。正直、興味の惹かれる対決カードではあるが、目下のところセツナは自身の事で手一杯だった。

 

「俺が奴に負けたのは、基礎的な部分に問題があるわけではなかったと思う。」

 

 確かに、ウルカの技量は並みのスピリットを遥かに凌駕している。しかし、その最大の売りである高速性にしても、白虎を使えば充分に対処が可能であるし、力もほぼ互角。

 

 差を付けられている点があるとすれば、

 

「技だ。」

「技?」

「ああ。奴には多彩な居合い技がある。が、俺には決定打となり得る技が無い。それが、俺と奴との決定的な差だ。」

 

 そう言うと、セツナは《麒麟》を正眼に構えて、切っ先をセリアに向ける。

 

「手伝ってくれ。」

「え?」

 

 急に懇願するような口調に変わったセツナを見て、セリアは一瞬呆けたような顔をした。

 

「俺は、次に戦うときには奴に勝ちたい。その為には自身を鍛える必要がある。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは真剣な眼差しで、セリアを見る。

 

 その瞳にセリアは、これまでに無いセツナの気迫を見た気がした。

 

「・・・分かりました。」

 

 セリアも、鞘から《熱病》を抜いて構える。

 

「私も、エトランジェ殿と共に訓練する事は、自身のプラスにもなるでしょう。」

 

 セリアも、口元に僅かに笑みを浮かべた。

 

「行くぞ。」

「はい。」

 

 次の瞬間、2人は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

「ええーい。一体、どうなっておるのだ!!」

 

 狭い部屋の中に、癇癪を起こした声が響き渡る。

 

 声の主は、ルーグゥ・ダイ・ラキオス。今や北方の覇を唱えるところまで、あち1歩まで迫った人物である。

 

 彼の目の前に膝間着く人物は、情報部子飼いの密偵の1人で、つい先日までサルドバルト領アキラィスに潜入していた人物である。

 

「貴様、一体、何年の間密偵をしている?」

「は、はあ・・・既に20年以上は・・・・・・」

「20年だと? そんなベテランのお前が、なぜこのような間違った情報を持ってくる!?」

「ま、間違った、とは?」

 

 心外な事を言われ、思わず顔を上げる密偵の男。

 

 その顔に、ラキオス王が投げつけた書類がぶつけられた。

 

「見ろ!!」

「はあ・・・」

 

 言われるままに目を通してみる。そこには、間違いなくつい先日まで自分が敵地で危険を賭して調べ上げた貴重な情報が、正確な羅列を持って書かれている。

 

「これが、何か?」

「馬鹿者!!」

 

 ラキオス王が一喝する。

 

「何をどう調べれば、サルドバルト軍のスピリットごときが我が軍のスピリットの戦力を上回っていると言うのだ!!」

「いえ、しかし、」

「ええーい、うるさい!!」

 

 言い募ろうとする密偵の言葉を遮って怒鳴る。

 

「もう一度潜入し、正確な情報を持って来い!!」

「い、いえ・・・」

「言い訳は聞かぬ。行け!!」

 

 その言葉に、密偵の男はすごすごと退室して行った。

 

「フンッ」

 

 その背中を見送りながら、ラキオス王は鼻を鳴らす。

 

『役立たずが。』

 

 吐き捨てるように呟いてから、手元の酒に手を伸ばした。

 

 そこへ、再び扉がノックされる音がした。

 

「・・・何だ?」

 

 不機嫌気味な声に、扉が開いて入ってきたのは、先程の密偵の上司、すなわち、情報部の部長だった。

 

「お休みのところ申し訳ありませぬ陛下。」

「何か用か?」

「はっ、実は、」

 

 部長は憚るように、ラキオス王に近付いた。

 

「《麒麟》のエトランジェの事なのですが・・・」

「・・・何?」

 

 その瞬間、ラキオス王の顔が僅かに引きつった。

 

 《麒麟》のエトランジェ、セツナ。エトランジェが本来抱えている「強制力」に無縁の存在で、このラキオスにおいて、自分の持つ権力に物理的に対抗し得る唯一の存在。

 

 ラキオス王にとっては、まさに目の上の瘤だった。

 

「実はここの所、《麒麟》のエトランジェが、我が情報部から妙な情報を引き出して行ってるのです。」

「どんな物だ?」

「主に、国内におけるマナの使用量や、その状況。身分毎の配分、更に、各官僚の業績。と言った感じです。」

「何だそれは? 一体、そんな情報を何に使おうと言うのだ?」

「さあ、それは・・・」

 

 言葉を濁す部長。

 

 ラキオス王は呆れたように鼻を鳴らした。

 

「フンッ、エトランジェ風情が賢しらに動き回りおって。」

 

 エトランジェはただ、こちらの思惑通りに剣を振るっていればいい物を。

 

 腹の中で毒突く。

 

 聞けば、あのエトランジェは軍本部からの命令を徹底的に無視し、独自に立てた戦略を基にしてバーンライト、ダーツィ侵攻を行ったと言う。

 

 ラキオス王にとって苦々しい事に、これらの戦いにおいてラキオスが快勝を収めている事だ。これで失敗したのなら、それを理由に《麒麟》のエトランジェを支配下に置くことができると言うのに。

 

「その情報、出来うる限り調べ、逐一、わしに報告するのだ。良いな、逐一だぞ。」

「ハッ」

 

 そう告げるラキオス王の顔には、陰謀をたくらむ者の笑みがあった。

 

 

 

 一方でその頃、件の《麒麟》のセツナは、自室に篭り、ペンを取って書類作成を行っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 右手には書き掛けの書類、左手には情報部から持ち出した資料がある。

 

「・・・・・・ふむ。」

 

 少し鼻を鳴らしてから、手元にあるお茶を啜る。これは、先程ハリオンが持って来てくれた物だ。程よい香りが、頭をクリアにしていく。

 

『やはり、この国の連中はマナを無駄遣いし過ぎているな。』

 

 手にした書類は、階級ごとのマナ使用量を書いたグラフだ。

 

『まあ、予想はしていたことだが、上流階級の連中は元々小量なマナを自分達で独占し、その残った分を民需や軍需用に回している。』

 

 上流階級の人間にとって、マナとは既得利権の1つだ。彼等にとっては、働かなくても食っていける貴重な飯の種である。

 

 しかも、セツナを驚かせたのは、新規に獲得したバーンライト、ダーツィ、イースペリア領のマナについても、既に貴族階級にある人間が獲得に動き、その大半が彼等の懐に収められていると言う事実だった。

 

『やれやれ、これじゃあ命懸けの戦争もとんだ茶番だ。連中は戦争に勝ちたいのか、それとも単に戦争ゴッコをして楽しみたいだけなのか・・・』

 

 呆れ気味に溜息を吐いた。

 

『しかしお陰で、ある程度の見通しが出来てきた。』

 

 そう心の中で呟くと、ペンを走らせて自身の考えを書き止めていく。

 

『今は良い。目下、サルドバルトと言う敵対国家が目の前にあるからな。動くとすれば、その後、帝国、もしくは共和国との戦端が開かれる前だろうな。恐らく、向こうとしても俺の動きは目障りだろうから、何らかのアクションは起こすはずだ。問題は、いかに俺が連中の機先を制することが出来るかにある。』

 

 力技で押し通してしまうのは簡単だ。だが、それでは後の行動に禍根を残す事になる。

 

 計画は慎重に、そして行動は迅速に、快刀が乱麻を断つが如く行わねばならない。

 

「・・・・・・ふう。」

 

 セツナは大きく息を吐いた。

 

 あまり、根詰めすぎるのもどうかと思う。どの道、サルドバルトを打倒するまでは、向こうもこちらも身動きの取り様が無いのだ。

 

 セツナは《麒麟》を取ると、スッと立ち上がった。

 

 気分転換に、町まで散歩に行ってみようと思い立ったのだ。

 

 

 

 ラキオスは、活気を取り戻していた。

 

 ついぞ先日、得体の知れない怪物の影に怯えていた城下の民達も、これまでの閑散気分を取り戻すかのように、競って露店の戸を開け、種種様々な物品を扱った店が顔を出している。

 

 騒動を避けて地方に疎開していた人々も徐々に戻り始め、市場は歩くのにも困難なほどの人だかりが出来ていた。

 

「・・・・・・ん?」

 

 そんな中でセツナの視界に、妙に見覚えのある緑色のお下げ髪をした少女が歩いていくのが見えた。

 

「ハリオン。」

 

 呼ばれて少女は、振り返った。

 

「あら〜、セツナ君〜、意外な所で会いますね〜」

 

 確かに、と思いつつ、ハリオンの手の中にある物に目をやる。

 

「買い物か?」

「はい〜。お菓子を買いに〜」

 

 そこでハリオンは、思いついたように言った。

 

「セツナ君、今お暇ですか〜?」

「・・・ああ。」

 

 元々、目的があって歩いていた訳ではない。

 

「では、少し付き合ってください〜」

「付き合うって、何をだ?」

「それは秘密です〜」

 

 ウフフ〜、と笑いながら、ハリオンはセツナの腕を掴んで歩き出した。

 

 

 

 ハリオンが連れて来たのは、町並みから少し離れた広場だった。

 

 城下町の喧騒も、ここまでは届かず、陽光の元のどかな時間が流れている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その目的地に着いた途端、セツナは勿論、ハリオンも軽い驚きの表情を見せた。

 

 そこには、既に先着者がいたのだ。

 

「あれ、セツナ、それにハリオンも。」

 

 先着者であるユウトも、目を丸くして2人を見る。

 

 しかし、真にセツナを驚かせたのは、ユウトの同伴者の存在だった。

 

 緑掛かった黒髪を左右お団子状に結い上げた少女。

 

「・・・・・・レムリア。」

「あ、セツナ君こんにちは。」

 

 一国の王女の、再度に渡る有り得ない登場に、セツナは思わず頭を抱えたくなった。

 

「何だ、2人とも知り合いか?」

「・・・・・・まあな。」

 

 憮然とした口調で答えるセツナに首を傾げるユウト。対してレムリアは、陽気な笑みを浮かべている。

 

「どういうつもりだ?」

「良いじゃない別に。わたしだって息抜きくらいしたいわよ。」

 

 小声で尋ねるセツナに、シレッとした顔で答えるレムリア。

 

 そんな彼等に、ハリオンは買ってきた物を配り始めた。

 

「はい、どうぞ〜」

 

 差し出された物を受け取って、ユウトは言った。

 

「お、ヨフアルじゃないか!!」

「はい〜、出来立てですよ〜」

 

 そう言って微笑むハリオン。どうやら、これが目的でセツナをここに引っ張ってきたようだ。

 

 セツナも、取り合えず《麒麟》を傍らに置くと、ヨフアルを頬ばった。

 

 この、見た目も味もハイペリアのワッフルその物なお菓子は、ラキオスの人気商品らしい、と言うのは知っている。何しろ、こうして時々ハリオンが買って、第2詰め所まで持ってくるからだ。

 

 傍らでは、楽しそうに笑う3人の姿がある。どうやら、初対面のハリオンとレムリアも、すぐに打ち解ける事ができたらしい。まあ、ハリオンのあの性格なら、誰とでもすぐに仲良く出来るだろうが。

 

「ユウト。」

「ん?」

 

 そんな中で、セツナは口を開いた。

 

「レムリアと、ハリオンも聞いてくれ。」

 

 ヨフアルを全て食べ終えてからセツナは、3人の顔を順に見て、言った。

 

「お前等は、この国をどう思う?」

「どうって?」

「良い所ですよ〜」

 

 質問の意図が理解できないユウトを他所に、ハリオンが率直な意見を述べてくる。

 

 その答えに、セツナは思わず苦笑しながらも先を続ける。

 

「そう、とても良い所だ。そして、根幹の理由はどうあれ、俺達はこの国を守る為に永遠神剣を振るっている。」

 

 そこでセツナは笑みを消し、僅かに声に殺気のを乗せて言い放った。

 

「だがはっきり言う。俺は、この国は、このままでは駄目だと思う。」

 

 その、まったく絹を着せぬ口調に、誰よりも反応したのはレムリアだった。

 

「・・・どうして?」

 

 こちらも、先程のような陽気な声ではない。知らずの内に、王女としての仮面を被っている事に、本人も気付いていない。

 

「今は良い。今のラキオスなら、多少戦力を増強したところでサルドバルトくらいの小国など、物の数に入らない。遠からずラキオスが、北方5国の覇者になる事は間違いないだろう。だが、その後に控えているのはより強大なマロリガン共和国とサーギオス帝国だ。この2国が相手になった場合、現状のラキオス軍では対抗しきれないだろう。」

『あの、無能な王や、自分達の利益を守る事にしか興味の無い低脳な貴族連中が上層部に居座っているうちはな。』

 

 言葉の最後の部分は言葉に出さず、胸の内で呟く。代わって、レムリア、ユウト、ハリオンの順で見回して言った。

 

「この国が老人共の遊び場のままでは、遠からず自滅の道を辿るだろう。だが、この国はあいつらの物じゃない。俺達のように若い連中の物であるべきなんだ。」

 

 その為なら、どんな陰謀でも弄してやる。汚れ役が必要ならば、全ての泥を自分が被ってやる。

 

 そう言い放つセツナの瞳には、不退転の意思が、込められていた。

 

 

 

 聖ヨト暦331年 ルカモの月

 

 ついに、満を持してラキオス王国軍は、《求め》のユウト率いるスピリット隊を先鋒とした大軍を、サルドバルト領アキラィスに向けて進発させた。

 

 時代は、確実に動いている。

 

 だが、それが果たして、本当に、この世界の為にある時代なのか。

 

 時はまだ、闇の彼方の静寂の中にあった。

 

 

 

第8話「疾走への序曲」   終わり