大地が謳う詩

 

 

第6話「絶望は闇の調べと共に」

 

 

 

 

 

 それは、ダーツィ大公国首都、キロノキロ攻略を目前に控えた日の事だった。

 

 既に、足掛かりとなるべきヒエムナの制圧に成功したラキオス軍は、ダーツィの喉元に短剣を突き付ける事に成功していた。

 

 ダーツィは、今や完全に追い詰められていた。キロノキロの背後には国内最南端の町イノヤソキマがある。その更に南は生命の息吹が皆無なダスカトロン大砂漠が広がるのみである。ここを踏破して大陸中央部に位置するデオドガンへ逃れる事は砂漠の苛酷な環境と距離に阻まれて不可能。

 

 手段は最早1つ。ラキオス軍と戦って打ち破るしかない。

 

 前にラキオス。後ろに砂漠。

 

完全に逃げ場を失ったダーツィ軍は、キロノキロに篭城し、ラキオス軍を迎え撃つ作戦に決したようだ。こちらのヒエムナ制圧以降、キロノキロの城砦から1歩も外に出ようとしなかった。

 

 そんな折の事だった。

 

 ラキオス本国からセツナの元に急使が訪れたのは。

 

 

 

「俺に、王都に戻れ?」

 

 その寝耳に水な話に、セツナは使者を問い質さずにはいられなかった。

 

「どういう事だ? 今がどういう状況か、王は分かっているのか?」

 

 不機嫌も露なその声は、殺気を伴って使者の顔面を打つ。

 

 その声に慄きながらも使者は、己が務めを果たさんとする。

 

「いえ、この件はその、陛下ではなく、恐れ多くも王女殿下の思し召しでして・・・」

「王女の?」

 

 ふと、謁見の間で初めて会ったときのレスティーナの眼差しを思い出す。

 

 強大な力を持つ自分を前にして、どこまでも毅然とした態度を崩さず、弁舌の駆け引きによって自分の剣を引かせた、恐らくは現国王よりも数段上の政治バランスと駆け引きの才能を有する少女。

 

 そんな彼女が、一体何を考えて自分を王都に召還しようと言うのか?

 

 しかし、

 

「誰であろうと、確かな理由も無しに前線から戦力を引き抜くのは愚かな事だ。」

 

 切り捨てるように言う。

 

「戻って王女に言え。俺に用があるなら、自分が前線に来いとな。」

 

 無茶を平気で言ったものである。

 

 しかし、使者としてもここで引き下がってしまっては、己の任を全うする事が出来ない。

 

「それが、実は王都では今、大変な事が起こっておりまして・・・・・・」

 

 その言葉に、セツナは背を向けた足をピタッと止めた。

 

「大変な事?」

「はい。」

 

 さすがに、場所が場所だけに捨て置く事も出来ない。そう感じたセツナは、使者に向き直った。

 

「詳しく話してみろ。」

「は、はい。」

 

 

 

 その夜の内に、ユウトの部屋に訪れたセツナは、事の次第を説明した。

 

「・・・・・・・・・・・・と、言う事らしい。」

 

 使者の話は、こうだった。

 

 数日前から、王都では奇妙な噂が立ち始めた。

 

 夜な夜な、人ならざる者が徘徊し、王都の住民を襲っている。と、

 

 始めは誰もが半信半疑だったが、やがて、噂は真実となる。

 

 その、人ならざる者の手によって、犠牲者が出たのだ。

 

 そのような騒ぎが数日に渡って続いた事により、ついに衛兵本部は調査に乗り出した。

 

 調査の焦点となったのは、初めに噂の目撃例となった王都北側にある共同墓地。そこに、一個分隊の兵を調査に差し向けた。

 

 そこで、見た。

 

 この世に未練を残しあの世へと旅立った者達が、亡者となって死体の肉を喰らっている様を。

 

 恐怖に駆られた衛兵達の幾人かが反撃するが、兵士の持つ武器はまったく効かず、逆に返り討ちにあって彼等の仲間に加わる事となった。

 

 これは、共同墓地から命からがら逃げ帰って来た衛兵の証言による物である。

 

 その衛兵は、ショックで髪が真っ白になっていたそうだ。

 

「どう思う?」

「どう思うって、言われてもな・・・」

 

 持ち掛けられたユウトも、思わず返答に迷うような内容だ。

 

 そもそも、死者が動く。など、ハイペリアにおけるゲームか映画のような感覚がある。

 

「本来なら俺も、こんな荒唐無稽な話は一笑に伏す所なんだが・・・・・・」

 

 さすがのセツナも、自分自身が荒唐無稽な世界で荒唐無稽な力を振るっている為、頭から否定してのけることが出来ない。

 

「で、どうするんだ?」

 

 ユウトが尋ねた。

 

「後顧に憂いを抱えたままじゃ戦争はできないだろ。仕方が無いから、一度王都に戻る事にする。後の事は、これに纏めておいたから、参考にしてくれ。」

 

 そう言うとセツナは、昼の内に纏めておいた作戦要綱の書類をユウトに手渡す。

 

 今は懐かしさすら感じる日本語で書かれたその書面には、セツナがキロノキロ攻略の為に立案した作戦や部隊編成がつぶさに書かれていた。

 

 先日の会戦で敗れたとは言え、首都警備隊と合流したダーツィ軍スピリット隊は、なおラキオス軍の倍する数を擁している。加えて向こうは強固な城壁の中にいる為、こちらの苦戦は必至である。

 

 本来ならばサモドア攻略戦で行ったようにレッドスピリットの火力を前面に出して突破を図りたいところだが、敵側にブルースピリットが多数生き残っている可能性があるので、それも効果が薄いと言わざるを得ない。

 

 そこで、エトランジェであるユウトを中心として、精鋭スピリット数名による特殊部隊を編成。その部隊を中心にして一点突破を図ると言う内容だった。

 

「それで、1つ頼みがあるんだが。」

「何だ?」

 

 作戦書を途中まで読んだとき、セツナが声を掛けた。

 

「今回の王都帰還に当たって、スピリットを1人貸して欲しい。」

 

 さすがに、噂を聞いただけでは、セツナ1人で対応しきれるかどうか怪しい。援護してくれる人員が欲しい所だった。

 

「良いけど、誰を連れて行く?」

「それなんだが・・・」

 

 セツナは珍しく、言葉を濁した。

 

 正直な話、最重要戦力であるエトランジェが抜ける以上、少数のラキオス軍としてはこれ以上の前線兵力の引き抜きは避けたい所だった。しかし、上記の理由で、アシスタントが欲しいセツナとしては、背に腹を代えている状況ではなかった。

 

 まず、除外されるのはグリーンスピリット。

 

 ただでさえ2人しか居ないグリーンスピリットを前線から引き抜き、これ以上防御力を低下させるのは下作だった。

 

 次に、ブラックスピリット。

 

 こちらは、グリーンスピリットよりもさらに少数で、ヘリオン1人しか居ない。そのヘリオンにしたところで、訓練未了の状態である。セツナとしては、こう言う優勢な状況でこそ、ヘリオンを前線に置き、実戦経験を積ませたかった。

 

 次にレッドスピリット。

 

 これもまた、下作と言える。次はキロノキロに置ける攻城戦。敵にブルースピリットが生き残っており、無力化される可能性も否定はできないが、それでも貴重な火力を削ぐ訳には行かない。

 

 となると、残るはブルースピリットと言う事になる。

 

 機動力に優れるブルースピリットならば、いざと言うときに伝令役を任せることも出来、今回のような単独任務にはうってつけと言えた。また、ラキオス軍の中で唯一数が揃っているのも、選択の理由となった。

 

 で、その人選だが、ここでもまた、迷う事になる。

 

 まずアセリアだが、名実共にセツナやユウトすら抑え、ラキオス最強剣士の称号と「蒼い牙」と言う異名を持つ彼女。最大戦力であるセツナが抜ける以上、彼女まで抜けては戦線の維持すら難しくなる。と言うわけで却下。

 

 次にセリア。剣の腕こそアセリアに1歩譲る物の、それでも屈指の実力者であり、部隊指揮能力など総合点を加味すれば、アセリアを上回っている為、やはり前線から引き抜くのは惜しい。加えて、セツナとは基本的に反りが合わない。いくら傍若無人なセツナでも、仏頂面の女と2人っきりで長旅をするのはごめん蒙りたい。よって、却下。

 

 となると、残るは2人、ネリーとシアーの姉妹に絞られる。

 

 2人とも若輩につき技量こそ未熟だが、今回の戦いでは前線に立って多くの戦果を上げている。よって、戦闘力に関してはギリギリではあるが、問題は無かった。

 

 ネリーは、何がどう気に入ったのか、放って置けば子犬のようにセツナにじゃれ付いてくる。

 

 一方でシアーはと言うと最近はネリーに釣られる様にセツナの周りを走り回ってはいるが、やはりまだ物怖じする所があるのか、1人の時はそうそう近寄ってくることは無い。

 

 両者とも、今回の任務と前線事情のバランスを考えれば、うってつけの人材なのだが、セツナには決断に二の足を踏む重大な理由があった。

 

 それは、

 

 どちらも扱いに困る。

 

 と言う点だった。

 

 まったく、何でこんな阿呆な事で悩まねばならないのか。と、思わず溜息が出てしまう。

 

「どうした?」

 

 悩み込んだセツナに、怪訝そうな目を向けるユウト。

 

 やがて、決断を下したのか、セツナはゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

 翌日

 

「ほんとに、大丈夫?」

 

 心配そうなシアーの顔は、ネリーに向けられる。

 

「大丈夫大丈夫。ちょっと行って帰ってくるだけだから。」

 

 そう答えるネリーの顔には、満面の笑顔がある。そしてその背中には、当座に必要な物を詰め込んだリュックが背負われ、腰には鞘に収まった《静寂》がある。

 

 結局、セツナが選んだのはネリーだった。

 

 2人の実力を見比べた場合、若干ではあるがネリーの方が向上傾向にある事に目を付けた為だった。もちろん、シアーも訓練をサボっているわけではない。むしろ、その点に関してはネリーよりもまじめなくらいだ。

 

「準備は良いか?」

 

 館から出てきたセツナが声を掛ける。こちらも、腰に下げた《麒麟》以外はバック1つと言う軽装だった。

 

「ルートはどうするんだ?」

 

 見送りに来たユウトが尋ねた。

 

「ここからなら、サモドアから山道を使ってラセリオを通るのが一番近いだろう。うまくすれば5日かそこらで着く筈だ。」

「気を付けて行ってくださいね〜」

 

 そう言って、ハリオンが弁当を入れた包みを手渡してくる。

 

「すまないな。」

「いえいえ〜、お姉さんですから〜」

 

 相変わらず、訳の分からない事を理由にしてくるハリオンを半ば無視するように頷いて、セツナはユウトに向き直った。

 

「それから、これは前線まで波及するかどうか分からないが、サルドバルトの動きに注意しておけ。」

「サルドバルトの、何でだ?」

 

 ユウトは疑問に満ちた瞳を投げ掛ける。

 

 サルドバルトはイースペリアと並んでラキオスの友好国であり、「龍の魂同盟」を形成する1国である。そのサルドバルトを、なぜ警戒しなくてはならないのか。

 

「ユウト。国同士の同盟って言うのは所詮、利害を測った上で成り立つ物だ。他国よりも自分の国の事を第一に考えるのは当たり前の事だからな。そして、サルドバルトが龍の魂同盟に参加しているのは、偏にラキオスが物資を援助しているからに過ぎない。」

 

 大陸の国家群の中にあって、サルドバルト程貧しい国は無いだろう。国土の大半を占める湿地帯に生命の色は薄く。農作物の生産もごく僅か。そんな弱小国がこれまで生き残ってこれたのは、ラキオス、イースペリアと言った友好国に囲まれていたからに過ぎない。そして、サルドバルトは古くから、ラキオス王国の庇護を受けて成り立って来た国家である。

 

「だがもし、この場でサルドバルトがラキオス以上の後ろ盾を得られたとしたらどうする?」

 

 そうなれば、サルドバルトが龍の魂同盟を存続する理由が無くなる。そして今、龍の魂同盟の崩壊を最も強く望んでいるのは間違いなくサーギオス神聖帝国である。

 

「って事は、帝国がサルドバルトを?」

「推論を重ねただけだから、確証は無いがな。」

 

 セツナは頷いた。

 

 もし万が一、サルドバルトが動いたなら、主力部隊が遠征中のラキオスは、容易く後背を突かれてしまう。

 

 今回、セツナが王都帰還を承諾したのは、サルドバルトの蠢動に備えて、王都の防備を固めると言う背景もあった。

 

「頼むぞ。」

「分かった。」

 

 ユウトの肩を叩くと、セツナはネリーに向き直った。

 

「行くぞ、ネリー。」

「うん。」

 

 頷くネリーに、弁当を渡しながら、ハリオンが言う。

 

「2人っきりなんですから〜、いっぱいセツナ君に甘えてくるんですよ〜」

「は〜い!!」

 

 この会話から察するに、セツナが甘えさせてくれるかどうかと言う疑問は眼中の外らしい。いや、それとも本人の意思自体が論外の事情なのか?

 

 そんな周囲の感想を無視して、ハリオンは更に会話を続ける。

 

「夜のお相手も、ちゃんとするんですよ〜」

「夜の相手って何? ゲーム?」

「子供に何を教えてんのよハリオン!!」

 

 話を大人の会話の方向に持って行こうとするハリオンからネリーを奪い取り、変わってセリアがその両肩に手を置く。

 

「いい、ネリー。変な事されそうになったら、容赦なく斬り捨ててやりなさい。いくらエトランジェでも、首と胴が放れれば生きてはいないはずよ。」

「お前はお前で、俺を何だと思っているんだ?」

 

 そんなセリアを冷めた目で睨みつつ、セツナは溜息をついた。

 

「ほら、いい加減行くぞ。こいつらに付き合っていたら日が暮れるどころか、明日の夜が明ける事になりかねん。」

「うん。じゃ、行ってきまーす!!」

 

 ネリーは頷くと、跳ねるようにセツナに続く。時折振り返ってシアーに手を振っては、置いて行きそうになるセツナを慌てて追いかけると言う光景が何度か繰り返された後、ようやく2人は並んで歩き出した。

 

「ねえねえセツナ。」

「何だ?」

「どうして、急に王都に戻る事になったの?」

 

 そう言えば、大して説明もしていなかった事を思い出し、腹の中で苦笑する。

 

 とは言え、今のセツナにも旨く説明できるだけの要素があるわけではない。なので、

 

「王都で起こっている騒ぎを鎮めに行く。」

 

 とだけ、言った。

 

 

 

 

 

 

 行程は、思っていたよりもスムーズに過ぎていった。

 

 思っていた通り、旅の間中ネリーがひっきり無しに騒いでくれたおかげで、セツナとしてはやはり1人で来るべきだったかと後悔していたが、言い出したのが自分である以上こればかりはどうしようもないと諦め、観念してネリーを喋るにまかせていた。

 

 ヒエムナを出発して4日後の昼過ぎには、王都の城門をくぐった2人は、その足でレスティーナの待つ謁見の間へと向かった。

 

 初めに王都に入ったとき、セツナは思わず自分の目を疑った。

 

 ラキオス王都は、出撃前に見た時、それなりに活気のある町だった。

 

 それが今はどうだろう。

 

 一言で言えば、ゴーストタウン。活気のある商店街の露店は軒並み戸板が下ろされ、営業している店は皆無に等しかった。

 

 

 

「よく、戻りました。前線での活躍は聞き及んでいます。」

 

 セツナを迎えたレスティーナは、長旅の労を労うように告げた。

 

 実際、セツナ達の活躍は逐一、王都の方にもたらされているのだろう。

 

 セツナは鼻をひとつ鳴らすと、無用な遠回りは御免だとばかりに話を強引に切り替える。

 

「話を聞いた時は半信半疑だったが、どうやら、まんざら嘘と言う訳じゃなさそうだな。」

「無論です。」

 

 そう言うと、レスティーナは一通の書類を取り出す。

 

「詳しい事はこの書面に書かれています。後ほど、目を通しておきなさい。」

 

 セツナは書類を受け取ると、軽く目を通してから言った。

 

「使者が前線に向かってから、何か進展はあったか?」

「取り合えず、夜間は外出禁止令が発令されました。後、可能な者は地方の町に疎開を始めています。」

「他には?」

「衛兵本部から監視員が派遣され、夜間の見回りが強化されています。ただ、聞き及んでいる事でしょうが、我々が持つ武器では対処が出来ず、発見次第警報を出して逃げる。と言う手段しか取りようが無いとの事です。」

 

 フム。と、セツナは頷いた。

 

「できれば、目撃者も話を聞きたいんだが。手配してもらえるか?」

「分かりました。他に必要な物があるなら、何なりと言ってください。可能な限り手配します。」

「助かる。」

 

 それだけ言うと、セツナは書類を脇に抱えて踵を返した。

 

「セツナ。」

 

 背後から呼び止められ、セツナは振り返る。

 

 呼び止めたレスティーナは、やや沈痛な面持ちと共に言った。

 

「お願いします。今、王都の民は恐怖の為に日々の暮らしもままならぬ状況。そなたの力で、何としてもこの事件を解決に導いてください。」

「・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、レスティーナに視線を送る。

 

 常に毅然とした態度を崩さないレスティーナが、このような言葉を言うとは、少し驚きだった。

 

「・・・・・・善処はする。」

 

 それだけ言うとセツナは、謁見の間から退出した。

 

「お帰りー」

 

 廊下で待っていたネリーが、さっそく駆け寄ってくる。

 

「どうだった?」

「ああ。どうやら、戻ってきたのは正解だったようだ。」

 

 セツナはネリーの顔を見る。

 

「これから少し、忙しくなるぞ。俺も、そして、お前もな。」

 

 そう言うと、ネリーの頭をポンッと叩いて歩き出す。

 

「あ、ちょっと待ってよセツナー!!」

 

 その後を、ネリーは慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで、セツナがまったく、予期していなかった危機が、2人を襲う事になる。

 

 それに気づいたのは、2人が謁見の間での会見を終え、我が家とも言うべき第2スピリット詰め所に戻ってきて、暫くたってから気付いたことだった。

 

 取り合えず2人とも、持ってきた私物を整理し、一息ついた時だった。

 

 ほとんど同時に、生物ならば必ず覚えるはずの生理現象を覚えた。

 

 すなわち、

 

空腹

 

 である。

 

「ネリー。お前、飯は作れるか?」

「ううん。」

 

 事も無げに首を振るネリー。

 

 その瞬間程、セツナは自分の迂闊さを呪った事は無かったかもしれない。

 

 セツナも、料理が出来ない。と言うか、今までその必要性を認めていなかった。

 

 ハイペリアに居た頃はコンビニやスーパーから出来合いの物を買ってきたし、後はせいぜい、栄養のバランスを考えて野菜を刻んで添える程度だった。

 

 言うまでも無い事だが、ファンタズマゴリアにコンビニもスーパーも無い。

 

 では、どこかの屋台で外食でもするか? 騒動のせいで商店街があの状況である為これも不可能。

 

 唯一の救いは、これらの状況を考慮したレスティーナが、当座の食材を城の食料庫から供出してくれた事だった。だがそれも、調理人がいないのなら、文字通りの宝の持ち腐れである。

 

『さて、どうする?』

 

 なんだか最近、阿呆な事情で悩む事が多いな。と思いつつも、目の前に置かれた難問を解決すべく、頭脳を巡らせる。

 

 ひとたび剣を振れば立ち塞がる敵を容赦なく斬り捨て、軍略を行えば的確な助言で味方を勝利に導くエトランジェも、差し当たって今晩の夕食に苦戦している有様だった。

 

 そんな風に悩むセツナに、思いも掛けずネリーから救いの手が伸ばされた。

 

「ねえねえ、それならさ、2人で作らない?」

「え?」

 

 思わず、間抜けな声で聞き返してしまう。

 

 そんなセツナに、ネリーはニコニコと微笑みながら言った。

 

「2人でやれば、きっと旨く行くと思うよ。」

 

 何の根拠もない主張だが、確かにその方が効率の良い気がする。何より、セツナ1人で作るにしても、調味料の種類すら分からない。

 

「・・・・・・そうするか。」

 

 やや溜息混じりに答えるセツナに、ネリーは何が楽しいのか満面の笑顔で応じた。

 

 

 

「おい、本当に、これ着るのか?」

「だめ。それがマナーだって、ハリオンもセリアも言ってたんだから!!」

 

 声高に主張してくるネリーを、ややげんなりして目で見つめ、観念したようにそれを受け取る。

 

 それは、青い色をしたエプロンだった。

 

 ようするに、料理をするならこれを着ろと言う事らしい。

 

 一方でネリーも、白いフリル付きの可愛らしいエプロンを付けて、いざ出陣と言う気合も露にしている。

 

 セツナはひとつ溜息を吐くと、仕方なくエプロンを付け始めた。

 

「で、何から作るの?」

 

 エプロンを付け終えたセツナに、ネリーが尋ねた。

 

 その出で立ちは、まあ、意外な程似合っていると言って良かった。普段の殺気めいた印象が、エプロンを付けた事で和らぎ、微妙ながらバランスを保っている感じだ。

 

「そうだな・・・」

 

 言いながら、並べた食材を見るセツナ。

 

「卵がある事だから、取り合えず目玉焼きを作る。まあ、それくらいなら俺でも出来るだろう。後は、野菜と肉を適当に炒めてメインにパンを置けば、どうにか体裁は整うだろう。お前は取り合えず調味料の種類を・・・・・・何やってるんだ?」

 

 見るとネリーは、ゴミでも入ったのか自分の目を押さえている。

 

「え? だって、目玉を焼くって・・・・・・」

「誰がお前の目玉を食うか・・・・・・」

 

 セツナは呆れ気味に呟いた。

 

 そんな感じで、セツナとネリーのお料理教室(?)は、波乱の幕開けとなった。

 

 

 

「ネリー、フライパンに油を敷いてくれ。」

「ん〜、このくらい?」

「・・・入れすぎだ。」

 

 フライパンの中身は料理油が並々注がれ、小規模ながら湖の様相を呈していた。

 

 

 

「ねえねえセツナ。野菜、こんな感じで良い?」

「ん? ・・・・・・」

「どう?」

「お前な、これ、どうやって炒めるんだ?」

 

 まな板の上には、ゴロゴロと塊ばかりになった野菜が散乱していた。

 

 

 

「やあ!! とう!!」

「だ、馬鹿!! そんな切り方してたら手が、」

「痛ァ!!」

「遅かったか・・・・・・」

 

 セツナは溜息混じりに救急箱を取りに行った。

 

 

 

「お前な、何をどうしたら、パンがこんな風になるんだ?」

「ん〜、それはネリーが『く〜る』だから!!」

「いや、理由になってないぞ。」

 

 と言うか、お前のどこら辺が「クール」なんだ? と心の中で突っ込んでみる。それとも、この世界ですら使われていない新語だろうか? 「ネリ語」?

 

 

 

 そんな訳で悪戦苦闘すること約1時間。

 

 セツナは、この時ほど奇跡の存在を感じた事はなかった。

 

 目の前には、2人で作った料理が並べられた。

 

 取り合えず、出来は完璧と言ってよかった。これは、2人の経験とあの手際の悪さから行けば、まさに奇跡だった。

 

 味見はしてみたが、特に問題は無かった。

 

「おいしそうだね。」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 一体、何をどうやったのか。途中の記憶がスッポリと抜け落ちている。つまり、それだけ必死だったと言う事だ。

 

「まあ、冷めない内に食うか。」

「うん!!」

 

 そう言うと2人は、席について食事を始めた。

 

「美味しいね。これが目玉焼き?」

 

 目玉焼きの周りの白身部分を食べながら、ネリーが尋ねてくる。

 

「そっか、この形が目玉みたいだから、目玉焼きなんだね。」

「あのな、そう言う表現の仕方をするな。食べる気が無くなる。」

 

 そう言いながら、肉野菜炒めを租借する。こちらも、やや香辛料を効かせすぎた気がするが、まあ、それでも許容の範囲内と言って良かった。

 

 食事を進めながら、セツナはこれからの任務について考えていた。

 

 取り合えずまだ、レスティーナから受け取った報告書は読んでいない。本を寝る前に読む癖がある為だ。だが、今日一日さらっと王都を見ただけで、事態は尋常ならざる物がある事は理解できた。

 

 行動開始は明日。どうやら対象となる騒動の元凶は夜行性が高いらしいので。取り合えず、昼間の内に調査を済ませ、夜間は王都内の警戒に当たろうと考えていた。

 

 ふと、視線をネリーに向ける。

 

 よほど美味いのか、ネリーはセツナの視線に気付かぬほど、一心不乱に食べている。

 

 その様子を微笑して見詰めながら、自分も食事を進めた。

 

 

 

 食事も終わり、交代で入浴して自分の部屋に戻ってから、セツナはさっそく、報告書を開いた。

 

 恐らく、調査に当たった衛兵が書いた物なのだろう。被害者の日別の数。目撃例の地区毎の密度。交戦した衛兵の証言。目撃者の証言。それらが書かれていた。

 

『青白い肌に、肉が腐ったような腐敗臭? ゾンビか? まるでどこかのゲームだな。』

 

 調理場にあった葡萄酒を少しずつあおりながら、読み進めて行く。

 

『発端となったのは、王都北の共同墓地。墓守の男が深夜に見回りをしていたところ、不振な物音を聞き、そちらに目を向けたところ、何かが土を掘り返しているのが見えた。当初は野犬か何かの類だと思っていたが、それにしては体が大きかった為、近付いてみてみると、それは人の姿をしていた。しかし、その見た目は異常と言う他かった。肌は青白く、所々黒く腐って、腐敗臭を放ち、目は白目を剥いている。しかもそいつは、墓から死体を引きずり出して貪っていたのだ。とてもではないが、この世の物とは思えなかった。』

 

 ページを捲る。

 

『後日、命からがら逃げ帰ってきた墓守の話を聞いた数名の住民が、肝試し半分で共同墓地を見に行ったところ、やはり同様の者が墓から死体を引きずり出して貪っていた。慌てて逃げようとした住民たちだが、前日に墓守が見た時よりも数が増えていたそれは、あっという間に住民達を取り囲み、やはり、貪り食い始めた。この事件に関する初の犠牲者が出たのはこの時である。』

 

 セツナはフッと溜息を吐いた。

 

「行くなよな。そんな所に。」

 

 後は概ねレスティーナから聞いたとおり。被害の多さに耐えかねた衛兵本部はラキオス王の許可を得て夜間外出禁止令を発令すると同時に、レスティーナ王女が独断で前線からエトランジェ《麒麟》のセツナを呼び戻した。とあった。

 

 読み終えたセツナは、フッと息を吐き、残った葡萄酒を一気に煽った。

 

 まあ、大体の事情は分かった。取り合えず、人間の武器が効かなかったのなら、エトランジェと永遠神剣をぶつけてみようと言う腹づもりらしい。

 

『ま、良いんだけどな。』

 

 セツナはそう呟くと、ランプを持って2階のネリーの部屋へと向かった。

 

 ネリーがちゃんと寝ているかどうか確かめる為である。

 

 ネリーは、夜更かしする癖があった。まあ、まだ遊びたい盛りだろうから、その気持ちは分からないでもない。

 

 その度に、セリア達に怒られているのだが、一向に改める気配は無かった。

 

 

 

 扉を開けて部屋に入ると、意外な事に既にネリーはベッドに入って寝入っていた。

 

『長旅で、疲れたか?』

 

 元気一杯でも、やはりまだ年端も行かぬ女の子だ。

 

 普段ポニーテールにしている髪も、解かれてベッドの上にばらけている。

 

 取り合えず、今日は大人しく寝ているようだ。

 

 それを確認したセツナは部屋を出ようとした。

 

 その時だった。

 

「ん・・・うゥ・・・・・・う・・・・・・」

 

 呻くようなネリーの声に、セツナはふと足を止めた。

 

「うん・・・・・・シア・・・・・・」

 

 夢の中で妹を探しているのか、そんな声が聞こえてきた。

 

 そして、

 

「・・・セツナ?」

 

 寝入りばなだったのか、か細いネリーの声に足を止めた。

 

「すまない。起こしたか?」

「・・・ううん。」

 

 ゆっくり首を振るネリー。

 

「ねえ、セツナ。」

「何だ?」

「何か、お話して。」

「・・・話?」

 

 セツナの疑問に、ネリーは頷いた。どうやら、寝付くまで話し相手をして欲しいようだ。

 

「何を、話せば良い?」

「ん〜、何でも良いよ。」

 

 そう言われてもな。と考えつつ、セツナはネリーのベッドに腰を下ろして、ランプを机の上に置く。良く見るとこのベッド、ネリーの小さい体には少し大きい気がする。どうやら、シアーと2人用なのだろう。

 

 しばらく考えてから、やっと口を開いた。

 

「・・・・・・昔、ある所に、」

 

 出だしは、そんな感じに有り触れていた。

 

「昔ある所に、1組の家族がいた。父親と、母親と、そして2人の子供である少年が1人居た。少年は両親の事がとても大好きで、同様に、両親も少年の事が大好きだった。」

「両親って、パパとかママとかの事?」

「ああ。」

 

 セツナは頷いて続けた。

 

「少年は、両親に囲まれて、とても幸せだった。だが、そんな幸せな日々にも終わりが来た。父親の方が、少年がまだ小さい時に、事故に遭い、死んでしまった。その事が元で、家庭は崩壊してしまった。母親は、無気力から少年への愛情を無くし、姿を消してしまった。そして残された少年は・・・」

 

 少し言葉を切る。

 

「少年は、それからというもの、他の人間を信用せずに日々を過ごしていった。」

 

 そこで、セツナの話は終わった。

 

 重要な部分はほとんど伏せたが、言うまでもなく、これはセツナ自身の過去だった。ネリーに何か話をと言われて、なぜか思い浮かんだのが自分の過去だったのだ。

 

 ネリーは何も言わず、そっと布団から手を出すと、セツナの左頬にある古傷に触れた。

 

 名前こそ伏せたが、ひょっとしたら、ネリーなりの感性で真相に気付いたのかもしれなかった。

 

「さあ、もう寝ろ。」

 

 セツナはそっとネリーの手を取ると、布団の中に入れてやる。

 

「うん。お休みセツナ。」

「ああ。」

 

 セツナは頷くと、ランプを手に部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 セツナはネリーを伴って町のほうに繰り出した。

 

 昨日予定したとおり、取り合えず日が暮れるまでは聞き込みと調査に徹した。

 

 件のゾンビを目撃した住民や衛兵の話を聞いて回り、現場である共同墓地まで足を伸ばして実地調査を行った。

 

 当初は、エトランジェとスピリットの登場に良い顔をしなかった住民達も、レスティーナの依頼であると告げると、渋々ながら協力してくれるに至った。

 

 しかし、残念ながら、報告書に書かれていた以上の情報を得るには至らなかった。

 

 共同墓地に来て見た時は、さすがにその荒れように目を疑った。

 

 全体から見て3割近い墓が、掘り返されている。中には、明らかに内側から崩されたと思われる物もあり、噂の真実味が、より一層濃くなっていった。

 

 

 

 そして、夜も更け始めた夕暮れ時、セツナは王都北部へと続く街道を歩いていた。

 

 できれば夕暮れ前に共同墓地に配置に付き、ゾンビが現れる決定的瞬間を捉えたかった。

 

 幸いな事に、いくつか開いていた露店で夜食を買うことが出来た。

 

「でもさあ、お墓でご飯食べるの?」

 

 さすがに嫌そうな意見が、ネリーから飛び出す。まあ、心理的に行けば当然の意見だが。

 

「仕方ないだろう。時間的にはそうするしかない。」

 

 また戻って、料理を作っている暇は無い。ここは、任務優先で行くつもりだった。

 

 ネリーのリュックに屋台で買った食糧を詰めると、2人は連れ立って共同墓地に向かった。

 

 そして、もう間もなく到着と言う時だった。

 

「あれ?」

 

 突然、ネリーが足を止めた。

 

「どうした?」

 

 つられて、セツナも振り返る。

 

「あの人、何やってんだろ?」

 

 ネリーが指差した先には、1人の少女がいる。

 

「ん?」

 

 背格好からして、まだ10代中盤くらいだろうか? いずれにせよ、既に日は地平線の下に落ちかけている。夜間外出禁止令が出ている昨今において、こんな人気の無い所に年端も行かぬ少女がいる事など、怪しい事この上ない。しかも、更に怪しい事に、その少女は首を伸ばすようにして共同墓地の入り口を覗き込んでいる。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 セツナとネリーは無言でアイコンタクトを交わすと、二手に分かれた。そして、セツナは少女の背後から近付いていく。

 

 そして、すぐ手が届く距離まで近付いた時、

 

「おい。」

 

 満を持して背後から声を掛けた。

 

「キャァ!!」

 

 余程驚いたのだろう。慌てて飛び上がって逃げようとする少女。しかし、

 

「へへん。逃がさないよ!!」

 

 空から舞い降りるように、ウィング・ハイロゥを広げて下りてきたネリーが逃げ道を塞ぐ。

 

「あう・・・・・・」

 

 2人に囲まれた少女は、その場に蹲った。

 

「ここで何をしている? 夜間外出禁止令を知らないのか?」

「うう〜ん。知ってるけどさァ・・・」

 

 言葉を濁すように顔を上げた少女は、緑掛かった黒髪を、お団子状に結い上げて、いかにも活発そうな印象を受ける感じだった。

 

 しかし、その顔を見た瞬間、セツナの顔は思わず凍り付いた。

 

「やっぱり、気になってさ。」

「でもさ、危ないんだよ。人も死んでるし。」

 

 ネリーがウィング・ハイロゥをしまって、忠告してくる。

 

「うん。それも分かってるんだけどさ、やっぱり、って、痛ッ、痛たたた!!」

 

 少女が先を続けようとした瞬間、いきなりその耳をセツナが引っ張った。

 

「ちょ、ちょっと、痛い。痛いってば!!」

「ちょっと来い。」

「ちょっ、だっ、は、放して耳!!」

「良いから来い。」

「痛い痛い。ほんとに痛い。千切れる〜!!」

「来いって言ってるのが聞こえないか?」

 

 そう言いながらセツナは、少し離れたところまで少女を引っ張っていった。

 

「ちょっと、ほんとに千切れたらどうする気よ!!」

 

 耳をさすりながら抗議してくる少女。しかし、それを無視してセツナは言った。

 

「一体、どう言うつもりだレスティーナ!?」

 

 そう、先程セツナが固まったのは、この少女が王女レスティーナであると言う事に気付いたからだ。恐らく、これは変装ルックか何かなのだろう。しかも、板に付いている所を見ると、こいつは常習犯のようだ。追求すれば余罪はいくらでも出てくるだろう。

 

「え、レスティーナ? 何のこと?」

 

 いきなり言い当てられたせいか、狼狽しながらもセツナの言葉を否定する少女。しかし、額に汗が滲み、目が泳いでいる所を見ると成功しているとは言い難い。

 

 それに対して、さすがに馬鹿らしくて付き合いきれないと思ったセツナは、唇をヒク付かせながら、言った。

 

「そうか。なら、夜間外出禁止令違反、および挙動不審の現行犯、並びに一連の連続殺人事件の容疑で、お前を衛兵詰め所まで連行する。」

 

 言うが早いか、セツナは少女の腕を取る。

 

「な、ちょ、ちょちょちょ!!」

「言っておくが、お前には黙秘権も弁護人を呼ぶ権利も無いからな。」

「ちょーっと待ってってば!!」

 

 必死に踏ん張ってセツナに抵抗する少女。そして、足を止めたセツナの耳元に唇を寄せる。

 

「お願い見逃して。これには龍の爪痕よりも深い訳があるの!」

「・・・下らん。どうせ、興味が湧いたとか、その程度の物だろう。」

「ち、違うって!!」

 

 手足をジタバタさせて猛抗議する少女と、真っ白な目でそれを睨むセツナ。

 

 そんな2人を、よく事情が飲み込めていないネリーが、ポカンとして見詰めている。

 

「とにかく帰れ。こっちは遊びでやってるんじゃないんだ。」

「あたしだって遊びじゃないもん。これでもいろいろ考えてるんですから!!」

「何の考えが・・・って、お前、明らかに王城にいる時とキャラが違うぞ。こっちが地か?」

「何よ、地って。あたしはあたしよ。変わるわけが無いでしょ!!」

「とにかく帰れ。邪魔だ。」

「い〜や!!」

 

 そんな感じに言い合いはヒートアップし、話はあらぬ風向きを見せ始め、収拾が付かなくなり始めた。そろそろ、どちらかが手を出すのではと思い始めた時、

 

グ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 突然、あまりにも間の抜けた音が2人の間を割るように響いた。

 

「えへへ〜」

 

 ばつの悪い笑顔を浮かべて、お腹を押さえたネリーがそこにいる。

 

そんなネリーの様子に、怒りの矛先を完全に見失った2人は、振り上げた拳をどこに下ろせば良いのか分からないまま、溜め込んだ不満を己の内に霧散させるしかなかった。

 

 

 

「はい。どうぞ。」

「ありがとー!!」

 

 元気良く少女から、お菓子(ヨフアルと言うらしい)を受け取って口に運ぶネリー。

 

「美味しい!!」

「でしょう。ここのヨフアルはとっても美味しいんだよ。この騒ぎで閉店してるかと思ったんだけど、やってて良かった。」

 

 そんな2人の遣り取りを、持ってきた茶を啜りながら、横目で眺めていたセツナは会話が途切れたのを見計らって口を挟んだ。

 

「それで、レ・・・」

 

 まさかレスティーナと呼ぶわけにも行かず、言葉を詰まらせる。そんなセツナの様子を察してか、少女のほうから口を開いた。

 

「レムリア。」

「・・・・・・」

「あたしの名前。まだ名乗ってなかったしね。」

 

 そう言って口の端に笑みを浮かべるレムリア。

 

 その笑顔を苦々しく見詰めながら、セツナは本題に入った。

 

「それじゃあ、レムリア。お前はそれを食ったら帰れ。」

「まだ言ってるよ。」

「当たり前だ。お前は自分の立場が分かってるのか?」

 

 王女なら王女らしくしろ。と、セツナが言いたいのはレムリアにも分かっている。しかし、それで引き下がるようならば、初めから城を抜け出したりはしない。

 

「立場なら、よく分かっているわ。」

「・・・・・・・・・・・・」

「今、王都を騒がしている怪物の正体。それを何としても突き止めなければいけない。分かる? 今、苦しんでいるのは誰でもない。この王都の人間なのよ。私が、それを救おうとして何が悪いの? 私には、彼等を救う力も無いって言うの?」

 

 真っ直ぐ、真摯に向けられた眼差し。どこまでも淀みなく、突きつけられた要求は、ただ偏に前進のみ。

 

 その瞳に、思わず言葉を失うセツナ。

 

 主張自体は、決して褒められた物ではない。だが、その貫き通さんとする意志の強さ。そして、困難に自ら率先して身を投げ込もうとする行動力。どちらも、賞賛に値する。

 

 とてもではないが、あのルーグゥ・ダイ・ラキオスの1人娘だとは思えなかった。

 

『こいつは・・・・・・こいつが王位に付けばあるいは・・・・・・』

 

 その時を僅かに夢想し、目を細めるセツナ。

 

 しかし今は、立場上断固たる態度で臨まねばならない。今を生き抜いてもらわない限り、先の話を夢想しても始まらないと言う物だ。

 

「お前の考えは分かった。だが、やはりお前は帰れ。」

「でもっ」

「聞け。王城で玉座に座り、ふんぞり返っているのも王族としての務めの1つだ。もちろん、それだけでも困るがな。」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前が戦いたい時は俺に言えば良い。その為のエトランジェであり、スピリットだろう?」

「・・・・・・そうだね。」

 

 セツナの説得に、ようやく渋々ながらレムリアは頷く。

 

「セツナ君の言ってる事が、正しいんだと思う。」

 

 そう言うと、まだヨフアルを食べるのに夢中になっているネリーの頭をそっと撫でる。

 

「私、帰るね。もう、遅いし。」

「そうか。」

「その代わり、ちゃんと報告はしてよ。」

「ああ、分かってる。」

 

 人差し指を差して念を押してくるレムリアの姿に苦笑しながら、セツナは頷いた。

 

 と、その時だった。

 

「ねえ、セツナ。」

 

 それまでヨフアルを食べていたネリーが、不意に顔を上げて口を開いた。

 

「何か、臭わない?」

「何?」

 

 言われて、嗅覚に意識を集中してみる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに臭う。何か、生物が腐ったような臭いが、いつの間にか辺りに漂っている。

 

 そこでセツナは思い出した。確か報告書には、ゾンビが出現する時には、必ず腐敗臭がすると言う事を。

 

「ネリー!!」

 

 言葉少なに指示を出す。

 

 それだけで伝わったのだろう。ネリーは《静寂》を鞘から抜き放つ。

 

 セツナも《麒麟》を抜いて構えると、周囲に視線を走らせる。しかし、見えるのは闇ばかりである。

 

『どうだ《麒麟》?』

《ん〜、20・・・いや30かな・・・囲まれてるよ。》

 

 《麒麟》が警告音に近い声で危機を伝えてくる。

 

 セツナは舌打ちすると、背後のネリーに振り返った。

 

「ネリー。お前はその馬鹿女から絶対放れるな。」

「ちょ、ちょっと馬鹿って何よ!!」

 

 レムリアが抗議の声を上げた瞬間だった。

 

「セツナ危ない!!」

 

 緊迫したネリーの声に、とっさに背後に目をやる。

 

 そして、見た。

 

 青白い月の光に晒されて、青白い肌に白目を剥き、両腕を振り上げたゾンビの姿を。

 

「クッ!!」

 

 舌打ちすると同時に、セツナは神速で《麒麟》を振るい、ゾンビを胴斬りにする。

 

 腐った果物の落着音のような音と共に、地面に落ちた。

 

「うわぁ、何これ?」

 

 いかにも気味の悪い存在の登場に、ネリーは思わず顔を顰める。

 

 しかし、そんな事をしている暇はない。既に、そこら中から溶け出すように、同様の存在が現れ始めているのだ。

 

「こいつらが、今回の騒動の元凶か。」

《みたいだね。にしても、気持ち悪〜》

 

 《麒麟》も、嫌そうな声を放ってくる。

 

 既に3人は周囲を囲まれ、脱出もままならない状態になっていた。

 

 ゾンビ達は、逃げ場のないセツナ達を嘲笑うかのように、ゆっくりとした足取りで包囲を狭めてくる。

 

「・・・・・・たかが死体風情が、少し動けるようになったくらいで舐めるなよ。」

 

 呟くと同時にセツナは、愛用のロングコートを漆黒の翼のように翻し、地を蹴って、包囲網の中に突っ込んだ。

 

「ハッ!!」

 

 旋回すると同時に踊る刃が、密集しすぎていたゾンビを4〜5体同時に斬り捨てた。

 

 だが、ゾンビ達にたじろいだ様子は無い。変わらぬ足取りで3人に向かってくる。

 

「死体は死体らしくしていろ!!」

 

 剣速を上げるセツナ。

 

 青白い月光に晒されて、《麒麟》の刀身が淡く輝く。

 

 四方から掴み掛からんとするゾンビ。

 

 それに対してセツナは、跳躍すると墓石の上に立ち、そのままもう一度跳躍して包囲から逃れる。

 

 さすがに素早い動きまでは出来ないのだろう。その動きには着いて来れない。

 

 一方で、ネリーも奮戦する。

 

 前衛として前に出たセツナが、大半のゾンビを抑えてくれる為、それを越えてきた敵だけを狙えば良い。

 

「こっち来るなあ!!」

 

 敵の気味の悪さに相乗して、《静寂》を振るう腕にも力が篭る。

 

 片刃ながら、圧重ねな刀身を持つ《静寂》は、純粋な日本刀型である《麒麟》と違って、相手を斬るのに特別な技術が必要な訳ではない。力任せな一撃が、最大限の効果を発揮するのだ。

 

 肩から切り裂かれたゾンビの上半身が重力に耐え切れず、そのまま地面に落ちる。

 

 ネリーは倒れるのももどかしいとばかりに、残る下半身も蹴り飛ばし、次の目標へ向かう。

 

 次のゾンビは、既に、レムリアに取り付こうとしている。

 

「ッ、間に合え!!」

 

 ウィング・ハイロゥを広げると、寸前でレムリアの前に立ちはだかり、ゾンビを斬り捨てる。

 

「大丈夫、お姉ちゃん?」

「う、うん。ありがとう・・・」

 

 背中にレムリアの声を聞きながら、油断無く構えるネリー。

 

 この敵は、はっきり言って弱い。エトランジェやスピリットの実力ならば、片手でも事が足りるくらいだ。実際、当初は30以上いた敵も、戦闘開始僅か5分で半数以上が地に伏していた。

 

 これなら、案外簡単に事件は解決するだろう。と、思い始めていた。

 

 しかし、そこに罠が待っていた。

 

 そう、ネリーも、レムリアも、そしてセツナでさえも、敵の真の能力に気付いていなかったのだ。

 

 その時だった。

 

「キャァ!!」

 

 突然、悲鳴と共にレムリアが転倒する。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 とっさに振り返るネリー。そして、その目は信じられない物を捉えた。

 

 切り落とされたはずのゾンビの手首が、レムリアの足首を掴んで引き倒していた。

 

「うそ・・・・・・」

 

 あまりに突飛な光景に、目を見開くネリー。

 

 手首が、掌からほんの10セントほど残っただけの手首が、まるで意思でもあるかのように自分で動いているのだ。

 

 と、そのネリーに向かって何かが飛んでくる。

 

「ワァッ!!」

 

 とっさに避ける事ができず、ネリーは衝撃を喰らった体勢のまま、地面に倒れこんだ。

 

「ヒッ!?」

 

 思わず、悲鳴が漏れる。

 

 それは、切り飛ばされたゾンビの頭だった。

 

 首から下は無い。ただ首だけがネリーの胸の上で目と口を開き、今にも食いつこうとしている。

 

「あ・・・ああ・・・・・・」

「ネリーちゃん!!」

 

 その様子に気付いた。レムリアが声を上げるが、彼女自身、今だに手首に拘束されている。

 

「クッ、この、放しなさいよ!!」

 

 自由が利くもう1本の足で何とか振り落とそうとするが、強い力で掴んでくる手首は、なかなか放れようとしない。

 

 そうしている内にも、ネリーの上にある首は今にも顔に食いつこうとしている。

 

「ヒッ・・・あ・・・ああ・・・・・・」

 

 その、この世の物とは思えない形相に、思わず震えが止まらなくなるネリー。

 

 その時、

 

「ネリー、動くな!!」

 

 鋭い叫びと共に、前線から戻ったセツナが、ネリーの上にある首を蹴り飛ばした。

 

 サッカーボールのように蹴り飛ばされた首は、そのまま壁にぶち当たって文字通り弾けた。

 

「無事か?」

「う、うん。ありがとう。」

 

 解放された事に安堵しつつ、立ち上がるネリー。

 

 と、その目には、背後からセツナに迫るゾンビの姿が映った。

 

「セツナ!!」

 

 既に、かわせる距離ではない。《麒麟》を振るうにも近すぎる。

 

 駄目だ。

 

 そう思った瞬間、セツナは《麒麟》を手放した。

 

「え?」

 

 目を見開くネリーを他所に、無手になったセツナの手は腰の裏に回される。そして、引き抜かれた時、両手には大振りなナイフが1本ずつ握られていた。

 

 それは、ラキオス正規軍で正式採用されている軍用ナイフだった。セツナは今回の任務に当たり、サブウェッポンとしてこのナイフを持ってきていたのだ。

 

 閃光が数度瞬いたかと思うと、今にもセツナに襲いかかろうとしていたゾンビは、バラバラに切り裂かれて地面に落ちた。

 

「成るほど。これが、人間の武器で倒せなかった理由か。」

 

 合点が行ったセツナは、深く頷くと、レムリアの足を掴んでいる手首の指を切り裂き、解放してやる。

 

「あ、ありがとう・・・・・・」

 

 掴まれていた足首を庇いながら、レムリアはセツナとネリーの背後に回る。

 

 いくら斬っても、その斬り落とした箇所が勝手に動き攻撃してくる。これではさすがに、ミリ単位で切り刻まない限り、普通の武器では倒せないだろう。

 

 だが、

 

 セツナは唇に笑みを浮かべた。

 

 それさえ分かれば、対処は容易い。

 

 その瞳には、2本の永遠神剣、《麒麟》と《静寂》に注がれる。

 

 永遠神剣。マナを媒体として、軌跡のような力を現出させるこの世界の武器。その力を使えば、この程度の敵に苦戦する事は有り得ない。

 

『行くぞ、《麒麟》。』

《ラジャー!!》

 

 陽気な声と共に、《麒麟》の刀身にオーラフォトンが注がれる。

 

「ネリー。援護を頼む。」

「うん。分かった。」

 

 ネリーが頷くのを見ながら、セツナは地を蹴る。

 

 振り上げた《麒麟》に、火の粉のように振りまかれるオーラフォトン。その一撃は、狙い違わずゾンビの首に下ろされた。

 

 受けた衝撃のまま、宙を飛ぶ首。次の瞬間、その首と、地に残った胴は、内側から砕けるように霧散した。

 

「思ったとおりだ。」

 

 持論の正しさに、セツナは唇に微笑を浮かべた。

 

「続けていくぞ!!」

 

 《麒麟》を振りかざし、次の目標へ向かう。

 

 一方で、ネリーも負けていない。

 

 前線をセツナに任せ、自身は千切れた手足に対応する。

 

「マナよ、我に従え。氷となりて、力を無にせしめよ。アイス・バニッシャー!!」

 

 放たれた凍気が、地面に散らばる手足を氷付けにしていく。長い間の拘束は無理だが、それでも無数に散らばった手足を駆逐するだけの時間は稼げるだろう。

 

 しかし、

 

「あ、あのう・・・ネリーちゃん・・・・・・」

「ん?」

 

 背後から、レムリアのか細い声が聞こえてきた。

 

「さ、寒いんだけど・・・」

 

 どうやら、アイス・バニッシャーの凍気に当てられてしまったようだ。

 

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

 さすがに予期していなかった事態に、ネリーは対応に困ってしまった。

 

 

 

 元々、苦戦するような相手ではない。攻略法さえ分かれば、あまりにも呆気なかった。

 

 それから2分後には、全てのゾンビが綺麗さっぱり跡形も無く消滅していた。

 

「終わったな。」

 

 閉幕のベルと共に、セツナは《麒麟》を鞘に収めた。

 

「はあ、何か、変に疲れた。」

 

 ネリーはそのままヘナヘナと地面に座り込む。

 

 確かに、こんな怪物が相手では、普通に戦争をしているのとは訳が違う。ネリーの気持ちは、セツナもよく分かった。

 

『しかし・・・・・・』

 

 セツナはふと、頭に浮かんだ疑問に意識を向けた。

 

『結局、このゾンビ共が何で出てきたのかは、分からず終いだったな。』

 

 この世界でも、こんな怪物は現実的に有り得ないらしい。と言う事は・・・・・・一体何なのだろう。と、そこで思考が袋小路に嵌ってしまう。

 

『考えても仕方が無い。と言う事なのか?』

 

 その時だった。

 

 事態は、閉幕したにも関わらず、アンコールを要求した。

 

 パチ・・・・・・パチ・・・パチ・・・・パチ・・・パチパチパチパチパチパチ

 

 突然、闇の中から手を叩く音が聞こえてきた。

 

「っ!!」

 

 弾かれたように《麒麟》の柄に手を掛けるセツナ。

 

 

 

 

 

 

 そして、『それ』は唐突に現れた。

 

 

 

 

 

 

 闇夜にも眩しい白い法衣を羽織った、恐らく20代前半から中盤ほどと思われる男。金髪碧眼の整った顔に張り付いた笑顔が、ぞっとするような戦慄を吐き出している。

 

 どこか、この世の物とは思えない雰囲気を纏った男は、セツナ達から数メートル分放れた所で、足を止め、代わりに口を開いた。

 

「いやいや、思ったよりもやりますね。あの、ゾンビの大群を、こうもあっさり消滅させてしまうとは。さすがは、音に聞こえたラキオスのエトランジェ。えっと、君は《麒麟》のセツナ君だね。」

「そう言うお前は誰だ?」

 

 セツナは警戒心も露に、尋ねる。しかし、青年はそんなセツナの様子を意に介さず、笑顔のまま続ける。

 

「いえいえ、名乗るほどのものじゃあありませんよ。」

「そう言う訳にはいかんな。こちらも職務で来ている。」

 

 そう言うと、スラリと《麒麟》を抜き放つ。

 

 なぜかは分からない。だが、セツナをして緊張させるだけの存在感が、目の前の男にはあった。

 

「そうですね。そちらにも立場と言う物が御有りの様だ。なら、こう名乗りましょう。」

 

 一拍置いて、男は言った。

 

「人は私をこう呼びます。死者の知識を司る者。《冥界の賢者》と。」

 

 《冥界の賢者》。虚構にしては仰々しすぎる呼び名だ。

 

「では、今回はあなた方の活躍に免じて、私の方が退かせてもらいます。元々、今回私が戦う気はありませんでしたからね。」

「・・・逃げるのか?」

「勘違いしてもらっては困りますね。今回はあくまで顔見せです。機会はいずれまた。」

 

 そう言うと同時に、《冥界の賢者》の体はスーッと闇に溶けていく。

 

「そうそう、私は暫くサルドバルトに滞在する予定です。こちらに来る機会がありましたら、ぜひ、お寄りください・・・・・・・・・・・・」

 

 それだけ言うと、《冥界の賢者》の体は、完全に消え去ってしまった。

 

 後にはただ、セツナ、ネリー、レムリアの3人が呆然と残されるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。騒動の解決は、王都中に言い渡された。それにより、徐々にではあるが、再び活気をラキオス王都は再び活気を取り戻し始めた。

 

 そんな中、セツナの心はやはりと言うか、しこりが残ったように消化不良に襲われていた。

 

 事件は解決した。王都には活気が戻った。

 

 しかし、肝心要の犯人を取り逃がす事になってしまった。

 

 《冥界の賢者》。

 

 奴は一体何者で、何が目的だったのか。

 

 思考が完全に泥沼に嵌っている気がした。

 

 そんなある日の事だった。

 

 セツナは、ラキオス王に呼び出された謁見の間に足を運んだ。

 

 

 

「良く来た。《麒麟》のエトランジェよ。過日の働き、見事である。」

 

 鷹揚に言い放つラキオス王に真っ直ぐな視線を向け、セツナは不遜に言い返す。

 

「後顧の憂いを絶たねば戦争は出来ないだろ。別に、感謝される言われは無い。」

 

 その言葉に、鼻白むラキオス王。

 

 一見、威厳を保っているようにも見えるが、その実、その周囲は鎧を着込んだ兵士に固めさせ、セツナを最大限に警戒しているのが見て取れる。

 

 やはり、初めの謁見の時に感じた恐怖が、まだラキオス王の中で残っているのだろう。

 

 もちろん、今ならば何の苦も無くその首を掻き斬ることが出来るだろう。一般の兵士など、何十人居たところで、薄紙ほどの障害にもならない。

 

 しかし、今はそれを行う気は無く、セツナは話を先へと進める。

 

「それで、何の用だ?」

「うむ。」

 

 セツナの問いに、ラキオス王は身を乗り出した。

 

「実は、喜ばしい事に先日、スピリット隊がダーツィの首都を落としたそうだ。」

「ほう。」

 

 感心したような顔をするセツナ。

 

 どうやらユウトは、立派に指揮官としての責務を果たしたようだ。

 

「しかし、同時に由々しき事態が起こった。」

「・・・どうした?」

「サルドバルトが突如として龍の魂同盟を破棄し、友好国であるイースペリアへ侵攻を開始したとのことだ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは眉をピクッと動かした。これでヒエムナを出る前に抱いていた危惧が、現実となってしまった。

 

「エトランジェよ。そなたはただちに指揮下のスピリット、並びにラセリオ防衛の任に着いている2名のスピリットと合流し、イースペリア王都の救援に赴くのだ。既にキロノキロのスピリット隊にも同様の命令を下してある。」

「・・・・・・ちょっと待て。」

 

 その命令に対し、セツナは感じた不信感を口に出す。

 

「今の説明だと、サルドバルトは事実上、ラキオスとも敵対する側に回った事になる。そうなると、イースペリアを攻める一方で、こちらに軍を向ける可能性もある。街道上にあるラースの防衛は良いのか?」

「心配無い。情報部の報告では、サルドバルト軍は、ほぼ全軍を上げてイースペリア攻略に差し向けているとの事だ。よって、こちらに回せるだけの余剰兵力は無いとの結論が出た。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは黙ったまま、思考を回転させる。

 

 確かにラキオス王の言う通り、サルドバルト軍の規模を考えれば、二正面作戦を行うだけの余裕は無いだろう。

 

 だが、何かが、何かが引っ掛かっているような気がしてならなかった。

 

 しかし、結局答えは出ないまま、セツナは頷くしかなかった。

 

「分かった。命令には従おう。」

「任せたぞ。」

 

 そう言うと、セツナはラキオス王に背を向けた。

 

 

 

 釈然としない物を抱えて戻ってきたセツナを、出迎えるネリー。

 

「お帰りセツナ。どうだった?」

「ああ・・・・・・」

 

 生返事のように答え、そのまま歩みを止めようとしない。

 

 そんなセツナの様子を怪訝に思いながらも、後ろから着いていくネリー。

 

「ねえねえ、セツナ。」

「ん、ああ・・・」

 

 今気付いたとばかりに、ようやく視線をネリーに向けた。

 

「ネリーか。どうした?」

「どうしたはネリーのセリフ。さっきから話し掛けてるのに、全然答えてくれないんだもん。」

 

 そう言って頬を膨らませる。

 

「ああ、すまんな。」

 

 そう言うと、ネリーの頭をそっと撫でる。

 

「ネリー。すぐに支度しろ。サルドバルト軍に攻撃されているイースペリアを救援する事になった。途中で、ラセリオに寄って、味方のスピリットと合流するぞ。」

「味方って、ファーレーンとニムの事?」

「ああ、確かそんな名前だったか。その2人を拾って、取り合えず、ダラムへ向かう。そこでユウト達と合流するぞ。」

「うん。分かった。」

 

 元気良く頷くネリー。

 

 その背中を見ながら、セツナは《麒麟》を強く握り締めた。

 

 

 

第6話「絶望は闇の調べと共に」