大地が謳う詩

 

 

 

第5話「獣の牙」

 

 

 

 

 

 

 バーンライト王国滅亡と言う戯曲のクライマックスは、王族の処刑で幕を閉じた。

 

 スピリット隊全滅の後、王城に突入したラキオス正規軍によって捕らえられたバーンライト王とその王妃は、民衆が見守る中でその首を切られた。

 

 最大の功労者は、2人のエトランジェと10名のスピリットであった。

 

 彼等は常に前線に立ち、立ち塞がる敵を全て排除してラキオス軍に完全勝利をもたらした。まさに、軍神と称えられるべき功績だった。

 

 だが、

 

 にも拘らず、スピリット隊に掛けられた言葉は一言

 

「郊外にて待機せよ。」

 

 だけであった。

 

 これが、この世界における「一般常識」だった。

 

 戦いには勝った。多くの功労者が生まれ、人々は彼等を賞賛し、英雄譚として語り継いでいく。

 

だが、その戦いで人間を乗せた馬を賞賛する人物がいるだろうか? 兵士が持つ剣や槍を褒め称える人物がいるだろうか?

 

 要するに人間にとってスピリットなど、使い捨ての利く、至極便利な、道具に過ぎないのだ。

 

 傷付き、命がけで戦うのがスピリットなら、戦勝の功績を称えられるのは人間。面白いほど分かり易過ぎる図式であった。

 

 そして、それが当たり前と認める世界。

 

 狂っている物は常識なのか、それとも世界なのか。

 

 エトランジェ達はまだ、混沌とした現実の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 テーブルの上には、これでもかと言わんばかりに色とりどりの料理が並べられ、見る者の目を楽しませている。

 

 あちらの世界と似通ったものもあれば、珍しい、見た事も無いような料理まで存在する。

 

 城壁郊外の一角にある館を宿舎に宛がわれたスピリット隊は、夕飯時になり、食事当番以外の者も食堂に集まりつつあった。

 

「ほらパパ。見て見て〜、これ、オルファが作ったんだよ!!」

 

 レッドスピリットのオルファが、短いツインテールを揺らして、自分が作った煮物のような物を差す。立ち上る湯気が、何ともおいしそうな匂いを上げている。

 

 エスペリアの影響で、オルファは料理が、と言うか家事全般がとても旨い。恐らく、年少組みでは唯一の料理上手だろう。

 

「お、うまそうだな。オルファは今日もがんばったんだな。」

 

 そんなオルファの頭を、ユウトがそっと撫でている。

 

 ちなみにオルファはユウトの事を「パパ」と呼ぶ。どうやら、佳織がユウトを「お兄ちゃん」と呼んでいるのを聞いて、自分もその枠の中に入りたいと言う願望からそうなったらしい。と言うのは、数日前、さすがに疑問に思ったセツナが、尋ねたエスペリアから得た情報だった。

 

 そんなユウトの様子に、セツナは限りなく真っ白い目を向ける。

 

「その年で父親になった気分はどうだユウト?」

 

 普段ならこんな事は言わないのだが、珍しくからかってみる気になっていた。

 

「あのなあセツナ。それって皮肉のつもりかよ?」

「一応な。」

 

 事も無げに即答するセツナ。その口元には僅かだが微笑も浮かべている。

 

 しかし、今回はユウトも反撃のカードを用意していた。

 

「お前、それって全然説得力無いと思うぞ。」

 

 こちらも半眼になってセツナを睨むユウト。

 

 その言葉通り、セツナの右にはネリー、左にはシアーが纏わり付いている。2人してセツナの両脇の席を陣取り、満面の笑顔で腕にしがみついている。

 

 つまり、両腕が使えない。

 

 食事前に情報部から下りてきた資料に目を通したかったのだが、これではそれもままならない。

 

「・・・・・・お前等。」

「何?」

「遊ぶ?」

 

 いや、そんな事は言ってないだろ。と心の中で突っ込みを入れる。

 

「取り合えず、放せ。」

「じゃあ、遊んでくれる?」

「断る。」

「じゃあ、駄目〜」

 

 そう言って、より一層力を込めて握ってくる。

 

「好かれてるな。」

「・・・・・・何だ、その微笑ましそうな目は?」

 

 微笑みかけるユウトを恨めしく睨みながら、どうやって振り解こうかと思案する。

 

 その時、厨房から救いの女神が顔を覗かせた。

 

「こら、ネリーもシアーもお皿出して手伝いなさい。」

 

 顔を出したのはセリアだった。彼女も、今回は食事当番に当たっている。隊服の上から青いエプロンを着ていれば、戦場に立っている時の死神のような雰囲気が和らいで見える。

 

「「は〜い。」」

 

 セリアに言われ、2人とも慌てて厨房に駆け込んでいく。

 

 慌てて転んで、作った料理を台無しにしてしまうのではないかと思うほどのスピードだ。

 

 と、セツナは2人が厨房に駆け込む直前、セリアと目が合った。

 

 しかしセリアは、冷めたような視線と共に目を逸らすと、自分も厨房の中に入っていった。

 

 そんなセリアから興味を外すと、セツナはようやく自由になった腕を上げて、テーブルの上に置いておいた資料を取った。

 

 ここ数ヶ月の研鑽の結果、どうにか文字を読めるまでに至ったセツナは、その書面に目を落とす。

 

 ちなみにこれらの資料は、本来なら実戦部隊であるスピリット隊には下りて来る事の無い物である。と言うのも、基本的な戦略は人間が立てると言う頑迷な思想の元、戦略の根幹に関わる情報はスピリットには伝えられないのだ。しかしセツナは、情報部に力付くで直談判し、これらの情報を引き出してきたのだ。

 

 1枚目の表紙をめくるとまず、ダーツィ軍の戦力見積もりが目に入った。

 

『スピリット隊の数は概算で40から50。ざっと、こちらの4〜5倍か。呪い大飢饉の時に精鋭を含めて一度壊滅していると言うのに、大した物だな。こちらも精鋭ではあるが、数ははっきり言って脅威だ。』

 

 帝国からの支援を受けた結果なのだろう。

 

 セツナは次のページを捲った。

 

 次に書かれているのは、ダーツィの国力と体制に関してだった。

 

『ダーツィは以前は独立国としての体面を保ち、マロリガン共和国やサーギオス神聖帝国と並んで中原における最大の国家だった。しかし24年前、当時緊張高まるイースペリア王国との戦いに備え、戦備拡張を兼ねてアト山脈に棲む魔龍ジージスを討伐し、大量のマナを確保する。しかしその反動ゆえか、直後に国境南部のダスカトロン大砂漠が勢力を拡大。一気に首都キロノキロの手前まで侵食。国土の半分が砂漠と化した。(別項の「ジージス呪い大飢饉」を参照)これにより中核たるスピリット隊は壊滅。マナの低下により耕作率が低下、さらに人間の出産率まで低下し、一気に二等国に落ちぶれ、以後、サーギオス神聖帝国より支援を受けるようになる。その事により、現大公アーサミ・ダーツィは無気力と化し、以後はサーギオスの傀儡となる。か。』

 

 報告書を一気に読んで、セツナは食前酒を少し口に運ぶ。

 

 ふと顔を上げてみると、ユウトの隣に座ったオルファが、スープをよそっているのが見えた。どうやら、食事が始まるまではもう暫く掛かるようだ。

 

『これなら、よほどの事がない限り、ダーツィから仕掛けてくる可能性は低いかもな。』

 

 セツナがそう思うのは、根拠があった。

 

 今、ラキオス軍主力が駐留しているサモドアは、峻厳な山岳地帯に囲まれ、守りの堅い場所にある。もし万が一、バーンライト軍が兵力を分散させずにサモドアでラキオスを迎撃する作戦を取っていたら、あそこまで簡単に落とせはしなかっただろう。

 

 そんな訳であるから、ダーツィが積極的に動くとすれば、こちらがサモドアを出た時だろうと考えた。

 

『とは言え、数の上で劣るこちらとしても、迂闊に手を出せるわけじゃあ無い。ここは、根競べになると見るべきか。問題があるとすれば、帝国軍の介入。連中がどう出るか、今だに掴めないのが不気味と言えば不気味だな。友好国であるダーツィの支援に回るか・・・』

 

 セツナは次のページを捲る。そこには、ダーツィと帝国の関係について、僅かだが書いている。

 

『帝国がダーツィから受けている交易物資はダーツィで取れる鉱物資源のみ。それすらも、ごく一部に過ぎない。まあ、大陸最大の国家なんだ、大抵の物は自国で賄えるだろうしな。となると、どう考えても収入より出費が大きいダーツィとの同盟は、帝国にとって重石でしかないわけか。』

 

 帝国の介入する可能性は、皆無とは言い切れないが、それでもかなり低いのではないだろうかと言う結論が出た。

 

『むしろ俺なら、下手にダーツィを支援して延命を図るよりも、敵の意表を突いて撹乱を狙うかもな。』

 

 例えば、マロリガンとの共闘とか、

 

 そう考えて、もう一杯食前酒に口を付けようとした時だった、スッと後ろから伸びて来た手が、持っている報告書を奪い取った。

 

「あ、おい!」

「駄目ですよ〜、食事中にこんな物読んじゃ。メッ、ですよ〜」

 

 ハリオンだった。

 

 見ると、既に食事の用意は完了し、全員が席についている。左右に控えるネリーとシアーも、ニコニコとした顔でこちらを見ていた。

 

 セツナは1つ溜息を吐くと、椅子を引いてテーブルに向き直った。

 

 

 

 食事の後、セツナは夜風にあたりたいと思い、ふと、外に出てみた。

 

 夜の町並みは、エーテル技術の恩恵による街灯によって、ほのかに足元を照らされ、歩くには困らない程度の光量は確保されている。

 

 その光の中を緩やかな足取りで歩くセツナ。

 

 ふと見上げる、月の色は青。

 

 似ているようで、まったく異なる世界。

 

 オルファから聞いた話では、佳織がこの世界の事をファンタズマゴリアと呼んだそうだ。そして、自分達がいた世界の事をハイペリアと名付けたらしい。

 

 ファンタズマゴリアとハイペリア

 

 幻想世界と天上国

 

 どちらも、夢に溢れるような言葉だ。

 

 しかし、とセツナは鼻で笑う。

 

 どちらもそんな甘い夢を抱かせるには程遠い世界だが。

 

 欲望、裏切り、侵略、虐殺、差別

 

 世界、年代、人種、あらゆる物が変わろうと、そこに人間が居る限りやる事は変わらないと言う事か。

 

『下らん。』

 

 セツナは心の中で吐き捨てる。

 

 同時に、頬の傷にそっと手をやる。

 

 これもまた、裏切りの産物によって生まれた存在と言ってよかった。そして、それは今なお、セツナの心を蝕み続けている。

 

「クッ!!」

 

 セツナは自分の感傷を振り切るように、強く頭を振ると、迷いを断ち切るように、先程よりも足早に歩き出す。

 

 迷いを持てる。と言うのは、意思ある生物の特権だ。しかし、権利の無い者が迷いを持つと、やがて周囲への犠牲と言う形で代償が返ってくる。

 

 セツナは眦を上げて、虚空を、その先にある戦場を、見詰める。

 

 ダーツィとの開戦は、近かった。

 

 

 

 

 

 

 膠着状態を破ったのは、意外にもダーツィ軍の方だった。

 

 長らく、国内を臨戦態勢に置いておいた事が、彼の国の国力に多大な負担を掛け、結果的に性急な判断をせざるを得なくなったと言うわけだ。

 

 とは言え、今回ダーツィ軍は、バーンライトのような兵力分散の愚を犯す事無く、全軍を一まとめに、一気に決戦を挑むつもりで進軍を開始している。

 

 斥候の報せでは、その数はラキオス軍の4倍強。恐らく、兵力に物を言わせて平地での会戦を目論んでいるのだろう。

 

 ダーツィ軍出撃の報に、ラキオス軍も急ぎ、出撃の準備を整え、街道を出て進撃する。

 

 両軍がぶつかったのは、帝国への入り口であるケムセラウト方面へ向かう街道と、首都キロノキロ方面へ向かう街道を、僅かにヒエムナ方面に進んだ平地だった。

 

 先鋒として進軍したスピリット隊の前に、キロノキロの手前、ヒエムナから出撃してきたダーツィ軍スピリット隊と激突した。

 

『多いな。』

 

 最初のセツナの印象が、それだった。報告の通り、ダーツィ軍は全戦力をもって決戦を挑んできたらしい。

 

 限られた戦力で、どのようにして戦うか。が、問題となるだろう。

 

 次の瞬間、ダーツィ軍の中から起こった炎が、一気にこちらに向かってくるのが見えた。

 

 レッドスピリットの魔法である事を認識する前に、アセリアとセリアが前に出てアイス・バニッシャーを詠唱、これを迎撃する。

 

 それを合図に、両軍は突撃を開始した。

 

 

 

「陣形を崩すな。必ず最低3人1組で敵に当たれ!! 包囲を警戒し足を止めず常に動き続けろ。ただし、味方との位置を見失うな!!」

 

 自身も刀を振るいながら、仲間達に指示を下すセツナ。

 

 精鋭が多い反面、若輩もまた同様に抱えるラキオス軍スピリット隊は、ともすれば部隊間での戦闘よりも個人技に走ってしまう傾向が多い。

 

 バーンライト戦でのように、少数同士、もしくは同数戦闘ならば、それでもまだ戦線の維持は可能である。しかし、今回ダーツィ軍は、主力スピリットの大半をこの会戦に集中投入していた。少数対多数の戦闘で、個人技の優劣など、大津波を素手で止める行為にも等しい。

 

「チッ!!」

 

 セツナは飛びのくと同時に、その勢いのまま後方に占位していた敵スピリットに刃を繰り出す。

 

 セツナの役目は、遊撃手として味方の援護。

 

 エトランジェとして戦闘力に優れ、技量においてはユウトを上回るセツナの立ち居地としては妥当と言うべきだった。

 

 セツナが繰り出した刃を、寸でのところで受け止める敵スピリット。

 

 しかし、この攻撃が防がれるのをあらかじめ予期していたセツナは、跳ね返された反動をそのまま利用して弧を描くように刃を操り、斬り上げる軌道を取る。

 

 その予期し得ない動きに、敵のスピリットは対応し切れなかったようだ。そのまま胸を逆袈裟に切り裂かれ、大地に倒れ伏す。

 

 一瞬動きが止まるセツナ。

 

 それを待っていたかのように、レッドスピリット2人が魔法の詠唱に入るのが見えた。

 

「クッ!!」

 

 遠距離攻撃や魔法に対する防御を持たないセツナは、これに対応する術が無い。手は、オーラフォトンが作り出す健脚によって回避するのみだ。

 

 一瞬の間の後、炎が地面を焼くのが視界に映る。

 

 しかし、その時には既に、セツナは反撃の準備に入っていた。

 

 神剣魔法は強力であるが、反面、その手の類の攻撃が共通して負う弱点である、連射の不可や使用回数の上限なども多数抱えている。すなわち、次の攻撃に移る一瞬の隙に、距離を詰めて斬り込むのだ。

 

 向かってくるセツナの姿に、一瞬戸惑いの表情を向ける2人のレッドスピリット。

 

 しかし、

 

「遅いな。」

 

 短い呟きと共に、セツナの振るう剣は2人の首を息を吐く間に跳ね飛ばした。

 

 

 

「行きます!!」

 

 部隊内唯一のブラックスピリットであるヘリオンが、手にした第九位永遠神剣《失望》を手に、居合い切りによる攻撃を繰り出す。

 

「やあ!!」

 

 ブラックスピリット特有の素早さを生かした斬撃により、標的としたグリーンスピリットの2の腕がパックリと割れる。

 

 しかし、その攻撃はあまりにも浅い。付けた傷も、瞬時に修復していく。

 

 お返しとばかりに繰り出された突きが、ヘリオンの長いツインテールを掠めていく。

 

「わわッ!!」

 

 思わず尻餅を付くヘリオン。そこへ、止めとばかりに突きが繰る出される。

 

 実はこのヘリオンと言うスピリットは、まだ訓練の途上にあり、今回の作戦参加に最も危ぶまれた者の1人だった。

 

 それでも同道を許されたのは、他ならぬ戦力不足という懐事情と、本人の強い希望が反映された面が大きかった。

 

「ヘリオン!!」

 

 そのハリオンを庇うように、レッドスピリットのヒミカが立ち、自身の神剣「赤光」を翳してグリーンスピリットの槍を押さえる。同時に、返す刀で相手の腹を薙ぎ、地面に打ち倒す。

 

「立ちなさいヘリオン。早く!!」

「はっ、はい!!」

 

 ヒミカの言葉に、慌てて立ち上がるヘリオン。

 

 そこへ、容赦なく迫る敵の刃。

 

「クッ!!」

 

 唇を噛んでダブルソードを構えるヒミカ。その横に、チームを組むセリアが剣先を揃える。

 

「攻撃は私達が行います。ヘリオンは魔法で援護を。」

「はっ、はい!!」

 

 短く言い置くと、セリアとヒミカは自分達の倍する敵に突撃した。

 

 

 

 現状、ラキオス軍スピリット隊には防御の要とも言うべき、グリーンスピリットは、エスペリアとハリオンの2人しかいない。

 

 これは、攻勢時には特に問題にならない要素だが、一度守勢に回れば脆いと言う側面を持っている。

 

「マナよ、我に従え、氷となりて力を無にせしめよ!!」

「アイス・バニッシャー!!」

 

 自分達の向けて放たれたレッドスピリットの神剣魔法を、辛うじてアイス・バニッシャーで迎撃するネリーと・シアー。

 

 しかし、無力化した魔法を目暗ましに、敵のブルースピリット3体が迫ってくる。

 

「ええ〜い。」

 

 その前に立ったハリオンが防御フィールドを展開し迎え撃つ。

 

 強固を誇るグリーンスピリットのフィールドは、3人の攻撃の内、2人までは防ぎ切ることに成功した。

 

 しかし、3人目の斬撃が迫ったとき、フィールドは干渉しきれずに素通りを許してしまう。

 

 ハリオンに迫る敵の刃。

 

 しかし、その前に小さな青い影が躍り出る。

 

「やらせないよ!!」

 

 刀身が湾曲した神剣《静寂》を手にしたネリーが、その小柄な体を生かした動きで敵の死角から斬り込みを掛けていた。

 

 しかし、敵もさるもの。すぐにハリオンへの攻撃を諦め、ネリーの攻撃を防ぎに掛かる。

 

 耳障りな金属音と共にぶつかり合う2本の神剣。

 

 両者の動きが一瞬止まる。

 

 そこへ、

 

「てや〜!!」

 

 ウィング・ハイロゥを広げたシアーが、ハリオンを飛び越える形で急降下、そのまま永遠神剣《孤独》を翳して真っ向から敵ブルースピリットを斬り倒した。

 

「2人共〜、ありがとうございます〜」

「任せてよ!!」

「えへへ〜」

 

 照れたように笑みを浮かべるネリーとシアー。しかし、油断は出来ない。

 

 残った2人のブルースピリットが、ネリーとシアーに斬りかかって来た。

 

「このッ!!」

「あうッ!?」

 

 とっさに防ぐ2人。

 

 しかし鍔迫り合いとは、体格が大きい方が有利である。なぜなら体が大きければその分、小さい相手を上から押さえつけることが出来るからである。

 

 当然の帰結として、2人は窮地に陥った。

 

 折り悪く、ハリオンは新たに現れたレッドスピリットを交戦していて救援できないで居る。

 

「うッ・・・シッ、シアー・・・」

「も・・・もう・・・だめ・・・・・・」

 

 2本の刃が2人の眼前まで迫る。

 

 刃はネリーの前髪を一房切り落とす。

 

『もう、駄目・・・』

 

 ギュッと目を瞑る。

 

 しかし次の瞬間、

 

「起きろ。」

 

 短い口調とともに、腕に掛かる負担が一気に抜けた。

 

 それと同時に、敵スピリットの悲鳴がこだまする。

 

「え?」

 

 目を開けてみると《麒麟》を手にしたセツナが、2人が対峙していたスピリットを斬り倒していた。

 

「セツナ!!」

「眠るなら勝ってからにしろ。」

 

 呟くように言い置くと、黒いロングコートを翻して次の目標へ向かった。

 

 

 

 戦闘は一進一退の息付く間もない攻防が続いていた。

 

 ダーツィ軍のスピリットは、1人1人で考えれば、決して強い相手ではない。しかし、前述した通り、数だけは多い。

 

 傘に掛かって攻めてくれば、いかにエトランジェ2人を要するラキオス軍といえど、苦戦は免れなかった。

 

「さて、どうする?」

 

 ユウトが《求め》でグリーンスピリットを斬り倒したのを見て、その傍らに立つ。

 

「どうする? みんなも、そろそろ疲労が溜まっているだろうし。」

 

 暗に撤退を促す言葉。

 

 ユウトの言葉を受けて、セツナは周囲に目をやる。その言葉通り、全員の顔には疲労の色があり、傷を負っていない者は皆無に等しい状況だ。

 

 神剣魔法を温存している者も残り僅かだろう。

 

『どうする?』

 

 セツナ自身はまだ、現状において唯一の必殺技とも言うべきオーラフォトン・クロスを温存している。

 

 うまく至近距離まで敵を誘い込めれば、数人の敵を1撃で一掃することも期待できる。

 

 しかし、あれは言わば1発こっきりの切り札だ。コントロールが未完成なため、まだうまくオーラフォトンを調整できず、最大放出してしまうのだ。

 

 だが、

 

「この状況での撤退はまずい。俺達は敵に接近しすぎている。ここで引けば追撃にあって全滅しかねない。」

 

 残された手はただ1つ。戦って敵を撃退するしかない。

 

『だが、どうする? 敵はまだ余力が残っている。こちらは、俺やユウトを含めて、限界の奴等が多い。』

 

 その傾向は、特に体力の低い年少組に顕著に現れていた。

 

 オルファはどうにか《理念》を掲げてはいるものの、疲労の色が隠しきれず、無理をしても使える魔法はあと1回くらいだろう。

 

 ネリーはまだ《静寂》を構えて闘志を保っているが、もはやアイス・バニッシャーを撃ちきってしまった。

 

 シアーは戦線離脱した。先程の最後の激突の際、腕を負傷して後退。今、エスペリアから治療を受けている。

 

 ヘリオンはまだ戦場に立っているものの、ふらふらとおぼつかない足取りで、今にも倒れそうだ。

 

 この傾向は年長組の一同にも見られる。さすがにこちらは、基本的な体力と経験ゆえに戦線離脱者は無く、シアーの治療の為に後方に下がったエスペリア以外は戦線を維持している。が、どの顔にもやはり大なり小なり、疲労の色はあった。

 

『まともに体力が残っているのは、俺とユウトだけか。』

 

 それも神剣の加護があったればこそである。それがなければ、2人とも既に体力切れでへたり込んでいる。いや、その前に戦場の露と消えているか。

 

『ここはやはり、余力のある内に撤退すべきか・・・』

 

 幸いな事に、まだラキオス側に犠牲者はいない。今なら、セツナとユウトが殿を務める事で、どうにか潰走に陥らずに整然と撤退できるかもしれない。

 

 しかし、そう考えた矢先、絶望を告げる使者が戦場へと舞い降りた。

 

「伝令!!」

 

 突如、後方から馬に乗った兵士が駆けて来るのが見えた。鎧の形状からラキオス軍の者である事が分かる。

 

 敵の一軍がケムセラウト方面より進軍中。陣中に数体のスピリット有り。

 

 報告の内容はこんな感じだった。

 

 その報告に、セツナの顔面は驚愕に染まった。

 

 やられた。敵は、スピリット隊主力でこちらを引きつける一方で、ケムセラウト方面にも一軍を伏せていたのだ。正面の大軍にこちらを集中させ、かつ消耗させた上で挟撃を掛ける為に。

 

『甘かったか・・・・・・』

 

 出し抜かれた事に唇を噛むセツナ。正面の大軍に目を奪われすぎた事が悔やまれた。

 

 これで、こちらは完全に袋の鼠だ。前進も後退もままならない。対して敵の選択肢は無数にある。こちらを挟撃するも良し。北上して後続するラキオス正規軍を叩くも良し。一般兵士だけでなく、スピリットも混じっている以上、普通の兵士では敵わないだろう。

 

 こちらの動揺を見て取ったのだろう。正面の敵主力が俄かに動きを増している。これでは、容易に撤退も出来ない。

 

『どうする!?』

 

 八方塞だ。このままでは全滅も時間の問題か・・・・・・

 

 そう思ったときだった。

 

《セツナ。》

 

 戦いが始まって以降、ずっと口を閉ざしていた《麒麟》が話しかけて来た。

 

《お困りみたいだね。》

『・・・・・・見ての通りだ。』

 

 からかうような口調の《麒麟》に、セツナは憮然とした口調で答える。

 

 しかし《麒麟》は、何もからかう事が目的で話し掛けたわけではなかった。その身の内にある策を、セツナに与える為だった。

 

《逆転の切り札、あたし持ってるけど、乗る?》

『どんなだ?』

 

 半信半疑ながらも応じるセツナ。とにかくこの状況を打破できるのなら、例え低い可能性でも賭けてみたい心境だった。

 

《あたしは、この体の中にいくつかの権能を宿してるの。その内の1つをあんたに貸せば、この状況を逆転できるよ。》

『・・・・・・確かか?』

《理論的にはね。あんたがそれを使いこなせるかどうかと言う要素は考慮の外だけど。》

『・・・・・・・・・・・・』

 

 セツナは黙したまま考えてみる。

 

 《麒麟》の考えは読めていた。多分、《麒麟》の言う権能とやらは、今のセツナには荷が重過ぎる代物なのだろう。その為恐らく、セツナがそれに見合うだけの力を付けるまで、黙っているつもりだったのだ。しかし、状況的にそうも言っていられなくなった。というところか。

 

『・・・・・・良いだろう。』

 

 ややあって、セツナは答えた。

 

『お前の力、俺に貸せ。』

《・・・・・・分かった。》

 

 《麒麟》の返事を受けて、セツナはユウトに向き直った。

 

「ユウト。ここは俺が引き受ける。お前は他の連中を連れて背後の敵に当たれ。こっちが全軍で退けば、後ろの敵は数の差で圧倒できる。」

「いや、任せろって、お前・・・・・・」

 

 目の前にはまだ30人近い敵スピリットが居る。いかにエトランジェと言えど、たった1人であしらえる数ではない。

 

「心配ない。お前達が退くくらいの時間は稼いでやる。」

 

 正直、扱えるかどうかも分からないような未知数の力で、どこまで戦えるか分からない。が、今はそれに賭けるしかないのだ。

 

「だ、だけど!!」

 

 なおも言い募ろうとするユウト。

 

 と、いきなりセツナは、その胸倉を掴み上げた。

 

「何度も言わせるな。指揮官が迷うな。こいつらを無駄死にさせたいのか?」

 

 有無を言わさぬ迫力に、黙り込むユウト。

 

 ユウトの双肩にはスピリット達の命が掛かっている。ただの高校生には酷な事かもしれないが、それでもセツナは副官として、ユウトに決断を強いなければならない。

 

 その胸倉をそっと話すと、拳でユウトの胸を軽く叩いた。

 

「こっちの事は気にせず、お前は背後の敵を倒す事に集中しろ。」

「・・・・・・分かった。」

 

 なおも逡巡の色があるが、それでも頷くユウト。

 

 その様子を見て、セツナは敵に向き直った。

 

『さて、背後はこれで良い。後は・・・・・・』

 

 正面に群がる敵スピリット達。これを、セツナ1人で相手にしなくてはならない。

 

『《麒麟》?』

『うん。分かってる。』

 

 短い遣り取りの中で、互いに成すべき事を確認しあう。

 

 視界の端では、撤退していく味方が見える。負傷している物もいるう上、疲労が濃いせいか、歩みは決して遅くはない。だが、報告の内容からすれば、敵はまだ街道の分岐点に入っていない。つまり、こちらが先に分岐点を押さえられれば、勝機は充分に有る。

 

 と、一体のブルースピリットが、撤退するラキオス軍に追いすがろうとするのが見えた。

 

 しかし、

 

「行かせるか。」

 

 低い呟きと共に、瞬時に背後に追いすがり、背中から斬り倒す。

 

 それを合図としたかのように、敵スピリットは一斉に動き出し、セツナに対する総攻撃に移った。

 

 相手はエトランジェ。されど数は1人。ならば圧し包んで討ち取ってしまえ。

 

 単純明快にしてこの上なく確実な戦法が実行される。

 

《じゃ、始めるよ。》

 

 その波にも等しき総攻撃を前にして、《麒麟》は冷静に開幕を告げる。

 

 次の瞬間、セツナは己の身の内で何かが開くような感覚を感じた。同時に、体の中が滾った液体に満たされるように熱を増していく。

 

『こ、これは!?』

 

 驚愕が意識を包む前に、全身が沸騰するような感覚に襲われる。

 

 朦朧とする意識の中で、ただ、《麒麟》の声だけが殷々と響いてくるようだ。

 

《我、中央を司り、神獣を従えし者。名は《麒麟》。大地の精霊たるマナに乞う。我が内に眠りし権能の一端を、我が器たる者に開放せよ。》

 

 歌い上げる様な詠唱と共に、体の回りに白い霧のような物が纏わり始める。

 

『何だ!?』

 

 霧はやがて螺旋を描く風となり、自身の周りを、回り始めた。

 

《風塵来たりて、我は誘う。》

 

 詠唱の終わりと共に、叫ぶ。

 

《白虎、召還!!》

 

 次の瞬間、

 

 唐突に、

 

 気付いた。

 

「何だ、これは?」

 

 呻くような声。

 

 その視界の中で、今にも自分に襲い掛かろうとしているスピリット達が、まるでスローモーションのように動いている。まるで、時間が引き延ばされたかのように。

 

《彼女たちが遅くなったんじゃなくて、君のあらゆる感覚が早くなっただけ。》

 

 《麒麟》が説明してくる。

 

《運動速度から始まって、反応速度、聴覚、視覚、嗅覚、触覚。全てが本来の10倍以上の早さで認識される。これが、白虎の能力。どうやら、旨く行ったみたい。》

「これが・・・・・・」

 

 一瞬、呆然となるセツナ。

 

 しかし、呆けている余裕は無い。

 

《ほらほら急いで。この状態だっていつまでも続くわけじゃないんだから。》

「・・・分かった。」

 

 言い放つと同時に、セツナは地を蹴る。

 

 確かに《麒麟》の言う通り、僅かずつではあるが、敵も動いている。

 

「行くぞ!!」

 

 振り下ろされる刃を掻い潜り、2人のブルースピリットを一刀の元に斬り捨てる。

 

 恐らく、彼女達の目では、一瞬の事で捉え切れなかったことだろう。

 

 瞬間、敵スピリット達の間に驚愕が走った。

 

 瞬きをする一瞬。とは、まさにこの事。

 

 味方2人を葬ったエトランジェは、刀を構えてスッと立ち上がる。

 

 そして知覚した瞬間には既に、セツナは次の動きに移っている。

 

 グリーンスピリット3人が攻撃を繰り出そうと、槍を突き出してくる。

 

 それに対してセツナは、横滑りするようにして攻撃をかわすと、左端に居た1体の首を飛ばし、さらに中央の1体に、背中から刃を突き刺す。

 

 最後の1体に剣を繰り出そうとしたとき、間合いの外に居る5人のレッドスピリットが、今にも神剣魔法を放とうとしているのが見えた。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちすると同時に、その場を後退するセツナ。

 

 1拍置いて、レッドスピリット5人分の火力が着弾する。

 

「クッ!!」

 

 凄まじい火力だ。これをまともに喰らったら、おそらくエトランジェと言えどひとたまりも無いだろう。

 

「だが!!」

 

 短く呟くと、セツナはレッドスピリット達との距離を詰める。

 

 白虎のお陰で、レッドスピリットの動きは止まっているように遅い。それでも、セツナが接近した事には気付いているのだろう。急いで逃げようとしているが、

 

「遅い!!」

 

 告げた瞬間には、2人のレッドスピリットが胸を袈裟に斬られ、大地に倒れ伏す。

 

 更にセツナは動きを止めない。

 

 流れるような剣の動きで、残るレッドスピリットも立て続けに斬り倒す。

 

 通常の10倍以上の動きをするセツナに、付いて来れるスピリットは存在しない。

 

 瞬く間に、敵スピリットの間に驚愕が広がっていく。

 

 セツナは感じだ。

 

 勝負を掛けるのは今だ。と。

 

「行くぞ《麒麟》!!」

《オッケー、セツナ!!》

 

 セツナは腰の鞘を抜くと、左手に構える。同時に《麒麟》の刀身と鞘にオーラフォトンを伝わせる。

 

 残ったスピリット達が、一箇所に集中するのが見て取れる。どうやら、予想外のセツナの力に驚愕し、戦力を集中して当たるつもりのようだ。

 

 しかし、

 

「好都合だ。」

 

 言い放つと同時に疾走して距離を詰めるセツナ。

 

 掲げた両腕に光るオーラ。

 

 間合いギリギリまで入った瞬間、斬り付けるように交差させた。

 

「オーラフォトン・クロス!!」

 

 放たれたオーラフォトンが、軌道の上で交差し、大威力となってぶつかる。

 

 次の瞬間、十字の軌跡を描いた斬撃は、集結しようとしていた敵スピリット達の上に容赦なく着弾し、吹き飛ばした。

 

 地面に描かれた十字の紋様。

 

 その周囲に倒れ伏す、妖精達。

 

 そして、

 

 獣の如き殺気を振りまいて、立ち尽くす異邦人が1人。

 

 今の一撃で、残ったスピリットの半数は一掃出来たはずだ。

 

 そして、残り半数は、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは顔を上げた。

 

 どうやら完全には仕留め切れなかったようだ。しかし、残った連中も既に戦意を喪失している事は疑い無い。その瞳には一様に怯えの色が浮かび、こちらの出方を伺っているようだ。

 

 セツナはスッと、顔を上げた。

 

 それに合わせるように、スピリット達も揃って1歩後退した。

 

 あれだけ、圧倒的な力を見せたエトランジェ相手に、戦意を喪失したスピリットが敵うはずも無い。そう判断したのだろう。徐々に、両者の距離は開いていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を眺めながら、セツナはフッと溜息をついた。

 

 どうやら、勝ったようだ。

 

 やがて、本格的に退却を始めたスピリット達が、速度を上げて後退して行く。

 

 その様子を確認して初めて、セツナは自身に課した緊張の糸を解いた。

 

 次の瞬間、セツナは意識が遠のき、そのまま地面に仰向けに倒れた。

 

 

 

 どれくらいの間、そうしていただろうか?

 

 何かに、顔を叩かれる感触に、意識が覚醒した。

 

「ねえねえセツナ、起きてよ。風邪引いちゃうよ。」

 

 妙にテンションの高い、明るい声が鼓膜に響く。

 

 億劫に感じながらも、重たい瞼を開くと、薄ぼんやりと視界に飛び込んできたその姿は、青く長い髪をポニーテールに結んだ少女だった。

 

「ネリー・・・」

「あ、やっと起きた!!」

 

 嬉しそうに笑うネリーに、最初に浮かんだ質問を投げ掛けた。

 

「お前、どうしてここにいる? 背後の敵は?」

「んとね、ユウト様が、こっちは大丈夫だから、ネリーはセツナの方に行けって。」

「・・・・・・あいつ。」

 

 要らぬ気遣いにふと、苦笑してしまう。

 

 しかし、そう言うからには、背後の憂いも絶てたと判断して良いだろう。どうやらこれで、ラキオス軍は危機を脱したようだ。

 

 そう思うと、安堵感と同時に無性に腹立たしさがこみ上げ、自然と苦笑が浮かんでくる。

 

「どうしたのセツナ?」

 

 そんなセツナの顔を、ネリーは怪訝な面持ちで覗き込んでくる。

 

「いや、何でもない・・・」

 

 そう言いながらも、セツナの苦笑は収まらない。

 

 今回の苦戦は、間違いなくセツナの状況認識の甘さが産んだ結果だ。そのせいで、危うく味方を全滅に追いやるところだった。

 

 その事が、無性に腹立たしい。

 

「なあ、ネリー。」

「何?」

「俺も、まだまだ甘いよな。」

「?」

「・・・本当に・・・甘い。」

 

 そんな2人の耳に、遠くの戦場で起こった歓声が聞こえてくる。

 

 どうやら、あちらも、ラキオスの勝利で終わったようだった。

 

 

 

第5話「獣の牙」   おわり