大地が謳う詩

 

 

 

第4話「序幕」

 

 

 

 

 

 

 ひとつ伸びをして硬くなった筋肉を解す。

 

 朝露に濡れた道を歩くと言うのも、なかなか良い物だ。

 

 などと、自分でもどうでも良い事を考えながら、セツナは《麒麟》片手に訓練場へと向かう。

 

 セツナの朝は早い。僅かな睡眠でも充分にリラックスして疲れがとれると言う奇特な体質の持ち主であるセツナは、それ程長い時間、睡眠を取らず、また、起床時間も他の人間より早かった。

 

 早く起きて空いた時間を訓練に使うのも、幼い頃からやっている剣道の成果だった。

 

「・・・ん?」

 

 訓練場に着くと、珍しく誰か居るのか、短い掛け声と、剣を振るう音が聞こえてくるのが分かった。

 

『誰だ?』

《スピリットの娘じゃないかな。そんな気配がするよ。》

 

 《麒麟》に言われて、首だけ出して中を覗いてみる。

 

 最初に視界に飛び込んできたのは、長く、青い髪を束ねたポニーテールだった。

 

『ネリー? ・・・いや・・・』

 

 頭に浮かんだ人物を、即座に否定する。

 

 目に見える髪の長さはネリーの物よりも長いし、何よりあのお気楽娘が自分よりも早く起きる事は有り得ない。

 

『そうなると、あれはセリアか?』

 

 その通りだった。

 

 スピリット隊でも年長組みに属するセリアが、早朝の訓練場で剣を振るっていた。

 

《洗練された動きをしますね。》

『ああ、よほど、修練を積んでいるようだ。』

 

 セリアが剣を振るう様を見て、2人はそう評する。

 

 その時だった。

 

「誰?」

 

 突然動きを止めて、セリアがこちらに顔を向けた。どうやら、しばらく見ている内に気配を気取られたらしい。

 

 特に隠し立てする必要は感じなかったので、セツナは素直に出て行く。

 

「精が出るな。」

 

 ごく平坦な口調で切り出すセツナの顔を見た瞬間、僅かにセリアは顔を顰めた。

 

《あれ、怒ってる?》

 

 その顔を見た《麒麟》が、不思議そうに言った。

 

《あんた、何か彼女怒らせるような事した?》

『知らん。』

 

 怒らせるどころか、こうして1対1で会う事自体初めてだ。

 

「訓練ですから。」

 

 素っ気無い口調でセリアが言った。どうやら、会話を続けると言う意思は無いように思えた。

 

「そうか。」

 

 セツナとしても、無駄に会話を続ける気は毛頭無い。向こうが訓練を続けるなら、自分は邪魔にならない場所でやるだけだ。

 

 そう思って、セリアに背を向けたときだった。

 

「1つ、良いですか?」

 

 意外なことに、セリアの方から声を掛けてきた。

 

「何だ?」

 

 足を止めて振り返る。

 

 相変わらずその顔は顰められ、セツナに対して警戒心を抱いているのが分かる。

 

「他の人がどう思っているのかは知りません。中には、ハリオンやネリー達のように好意を抱いている者達もいるかもしれません。」

「何が言いたいんだ?」

 

 話が読めず、セツナは先を促す。

 

 セリアはセツナの目を真っ直ぐに見据えると、はっきりした口調で言い放った。

 

「私は、あなたを信用してません。」

「・・・・・・」

 

 その瞳には、一点の迷いも無い。

 

「何の躊躇いも無く陛下に剣を向け、命を奪おうとしたあなたの行為は、本来であるならば万死にすら値します。」

「・・・ほう。」

 

 そう言えば、と、セツナは思い出した。

 

 この間、謁見の間でユウトと切り結んだとき、あの場に確かセリアの姿もあったような気がした。どうでも良い事なので、記憶の片隅に追いやっていたが。

 

「で、」

 

 セツナは口を開いた。

 

「それがどうした?」

「ッ」

 

 セリアは言葉に詰まった。

 

 目の前に居る男。彼は、そもそも他者と言う物を必要としていない。全てが自分から始まって自分で終息している。そんな人間が、元から他者の信頼など、欲するわけが無かった。

 

「俺からも1つ、言っておいてやる。」

 

 今度はセツナの方から言った。

 

「お前がどう思っているかは知らないが、結局のところ、お前達は俺を頼らざるを得ないのだろう?」

 

 セツナは、暇があれば手につく限りの事を学んでいる。

 

 特に最近では、戦争が近いということもあり、ラキオスの国力や敵国の実情など、手に入る限りの情報を分析した。

 

「がんばってますね〜」

 

 とは、お茶と菓子の差し入れに来たハリオンの台詞だった。もっとも、その後で決まって頭を撫でられるのは勘弁して欲しいものなのだが。

 

 話が逸れた。

 

 研究を進めていくことで分かった事が1つ。

 

 ラキオス王国軍の戦力は、敵に比べて大きく劣っている事だった。

 

 目下、最大の仮想敵と目されるバーンライト王国1国を相手にするだけならば問題は無い。だが、その背後にはより大国で軍備も豊富なダーツィ大公国が控えている。そして、さらにその背後には大陸最大の国家、サーギオス神聖帝国がある。これらの戦力が糾合すれば、軽くラキオスの10倍を超えるだろう。その差を埋める為にも、2人のエトランジェはラキオスにとって切り札にも等しい存在だった。

 

「だったら、戦場では下手な事は考えずに戦いに集中するんだな。」

「っ、言われなくても。」

 

 唇を噛み締めながら反論するセリア。

 

 彼女に一瞥くれると、セツナは背中を向けた。

 

「なら良い。大口を叩くだけの実力を見せてみろ。」

 

 それだけ言うと、セリアへの興味を無くし、セツナは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ついに、戦機は熟されようとしていた。

 

 エトランジェ2人の登場。

 

 戦力の充実。

 

これらは、老獪なラキオス王の野心を加速させるのに充分な要素だった。

 

シーレの月、青、4つの日

 

 満を持してラキオス王国は、隣国、バーンライト王国に戦線を布告、スピリット隊を先鋒とした軍を、前線基地のある国境の町エルスサーオに集結させた。

 

 後の世に「永遠戦争」の名で呼ばれる事となる戦い、その第1幕「北方五国争乱」の幕が今、切って落とされた。

 

 

 

「報告します。リーザリオを出たと思われるバーンライトの先鋒が、間もなくやってくるものと思われます。」

 

 斥候に出ていたセリアが、淡々とした口調でユウトに告げる。

 

 今回出撃したラキオス王国軍の戦力は、

 

 ブルースピリット4名

 

 グリーンスピリット2名

 

 レッドスピリット3名

 

 ブラックスピリット1名

 

 となっている。

 

 その上に、エトランジェであるユウトとセツナが加わる。

 

 本来なら、グリーンスピリットとブラックスピリットがもう1名ずつ加わるはずだったが、その両名はサモドア山道警戒の為にラセリオに派遣され、今回の出撃には加わらなかった。

 

「敵の数は分かるか?」

 

 セツナが問い掛けた。

 

 副隊長と言う地位を与えられた彼は、腰に《麒麟》を差している意外は、前の世界から召還されたときと同様、学生服に黒いコートと言う格好をしている。

 

 セツナの問いに、僅かに眉を顰めたセリアだが、すぐに気を取り直して口を開いた。

 

「およそ、10名ほどかと。」

 

 フム。と、セツナは顎に手を置いてから、ユウトの傍らに立つエスペリア・グリーンスピリットに向き直った。

 

「エスペリア、地図はあるか?」

「はい、ここに。」

 

 エスペリアは、周辺の地図を広げて見せた。

 

 スピリット隊の中では最古参で、レスティーナからの信頼も厚いというエスペリアは、まだ不慣れな点のあるユウトやセツナを補佐する任務を与えられていた。

 

 広げられた地図を指して、セツナは言った。

 

「このまま両軍が進撃すれば、平原での遭遇戦になるだろう。バーンライトとしても、早期の決着を目論んで進撃を強行したんだろうが、これは拙速という物だ。」

 

 セツナはユウトの顔を見た。

 

「ユウト。俺は今回のバーンライト戦では、ダーツィの介入は無いと踏んでいる。」

「何でだ?」

「少し調べて分かったんだが、ダーツィは帝国から支援を受けている関係で、戦力的には充実しているが、国力は決して裕福ではない。そうだな?」

 

 セツナはエスペリアを見た。

 

「はい。ダーツィ大公国は、24年前に起こった、『ジージス呪い大飢饉』の影響で、国土の半分が砂漠に呑まれ、国家としては衰退しました。帝国の支援を受けるようになったのもその為です。」

 

 博識なエスペリアは、自身の持つ知識の一端を披露する。

 

「恐らくダーツィは、バーンライトが戦っている隙に、国内戦力の集結を図るだろう。加えて、あの国は西側国境がイースペリアと隣接している。そちらを警戒しつつ、北部国境を固めるには暫く時間が掛かるはずだ。」

「つまり、バーンライトは捨て駒か。」

 

 ユウトの言葉に、セツナは頷く。

 

「俺達は確かに数の上ではバーンライトに同等、もしくは劣っている。だが、こちらにはエトランジェ2人が居る。この差は大きいはずだ。」

 

 ユウトは頷いた。

 

「よし。向かってくる部隊と一戦。その後、首都サモドアまで一気に南下するぞ。」

 

 ユウトの言葉に、居並ぶ一同は頷いた。

 

 

 

 ブルースピリットの多いラキオス軍は、進撃速度に優れている。

 

 遠方から放たれたレッドスピリットによる攻撃を、ネリーとシアーがアイス・バニッシャーで無力化すると同時に、両軍は突撃を掛けた。

 

「ん、行く!!」

 

 身の丈ほどもある長剣《存在》を掲げたアセリアが、ウィング・ハイロゥを広げて先陣を切る。

 

 そのスピードに驚いたバーンライト軍の前衛を務めるスピリットが驚く間に、アセリアの剣に切り裂かれる。

 

「行くぞ。」

 

 静かに告げると同時に、セツナも《麒麟》を抜き放ち、バーンライト軍の先鋒に切り込んだ。

 

 その様子を見て目を剥いたのだろう。

 

 ブルースピリットの1人が、セツナに斬り掛かって来る。

 

 その剣の軌跡を見切り、僅かに体を傾けることで回避する。

 

 斬撃を避けられたブルースピリットは、勢いを殺しきれずにつんのめり、セツナの前に無防備な姿を晒した。

 

 そこへ、容赦なくセツナの攻撃が首に入った。

 

 首を切り落とされ、地面に倒れ伏すブルースピリット。

 

『ほう。』

 

 その様子に、セツナは溜息をついた。

 

 その視界の中で、たった今叩き切ったスピリットがマナの霧に帰っていく。

 

『本当に、死体は残らないんだな。』

《だから言ったじゃん。》

 

 誇るような口調の《麒麟》を無視して、次の相手へ向かう。

 

 その視界の端で、《求め》を振るうユウトがレッドスピリットを1人、叩き切るのが見えた。

 

 その顔には、僅かだが苦い色が浮かんでいる。どうやら、強制されているとは言え、いや、強制されているからこそ、他人の命を奪う事に抵抗があるようだ。

 

《難儀だねえ、彼も。》

「・・・・・・」

《あんたみたいに、深く考えないようにすれば良いのにね。》

「無駄口を叩いている暇は無い。いくぞ。」

 

 セツナは《麒麟》を握り直し、次の目標に向かった。

 

 

 

 ラキオスにエトランジェが出現した報は、バーンライトでも掴んでいたのだろう。

 

 予想されていた物よりもスピリットの数は明らかに多く、防衛体制も磐石な物だった。

 

 しかし、バーンライトはここで、致命的な戦略ミスを犯してしまった。

 

 スピリットの数は確かに多かったものの、それを各都市に分散配備してしまったのだ。

 

 結果、総合的にはラキオス軍を上回る戦力も、所要に満たぬ戦力の逐次投入と言う、戦術上、もっとも戒めねばならない愚を犯してしまった。

 

 この為、少数であっても精鋭が多いラキオス軍は、リーザリオ、リモドアと言った各都市に配備された守備隊スピリットをことごとく撃破。僅か数日で首都サモドアを臨む場所まで歩を進めてしまった。

 

 バーンライト軍も起死回生の策として、サモドア山道側から特殊部隊を送り込み、ラセリオ制圧を狙ったが、同都市に配備されていた2名のラキオス側スピリットの働きにより、そちらの攻撃も失敗に終わった。

 

「お前の予想通りだったな。」

 

 傍らに立つユウトが、サモドアの城壁を見ながら話しかけてきた。

 

「確かに、ダーツィの介入は無かった。」

「ああ。だが、間違いなくバーンライトの陥落と同時にダーツィからの宣戦布告があるはずだ。」

 

 セツナはユウトの顔を見た。

 

「迷いは捨てろ。」

「え?」

 

 突然の言葉にユウトは、図星を指されたように肩を震わせた。

 

「お前が迷えば、お前の剣が鈍る。お前の剣が鈍れば、味方に犠牲が出る。簡単な図式だ。」

「セツナ・・・・・・」

 

 心当たりがあるのだろうか、ユウトはやや顔を俯かせた。

 

「お前が死ぬのは勝手だが、そのせいで迷惑する人間がいると言う事は忘れない事だ。」

「ッ!!」

 

 ユウトはキッとセツナを睨む。

 

 そんなユウトの視線を頭から無視してのけるセツナ。

 

 しかし次の瞬間、

 

「ワッ!!」

 

 と言う声と共に、背中に衝撃が走った。

 

 首を回して見ると、ネリーが背中に飛びついているのが見える。

 

「何のお話してるの〜!?」

「してるの〜?」

 

 見ると、いつの間に立ったのか、シアーも興味を示している。

 

「お前等・・・」

「何々?」

「内緒話?」

 

 背中に張り付いているネリーをうるさげに振り落としながら言った。

 

「何でもない。」

「ずるい〜」

「教えて〜」

 

 右からネリーが、左からはシアーががなりたててくるのに辟易するセツナ。

 

「お前等は気楽で良いなって言ったんだ。」

「嘘だー!!」

「嘘〜」

「泥棒の始まりだー!!」

「ドロボ〜」

 

 その2人の額を押しやって遠ざけると、ユウトに向き直る。

 

「無駄話が過ぎたな。時間だ。」

 

 一方的に会話を打ち切ると、セツナは《麒麟》を抜く。

 

「行くぞ。」

「あ、ああ。」

 

 セツナの言葉に引っ張られるように、ユウトもサモドアに向けて歩き出した。

 

 

 

 サモドア攻略戦に際してラキオス側は、攻撃第1派として、オルファリル、ヒミカ、ナナルゥと言う、レッドスピリット3名を前線に投入していた。

 

 これはセツナの案なのだが、城砦攻略戦の場合、ただ闇雲に兵力をぶつけては損害が大きくなる。それよりも、火力を最大にした攻撃をぶつける事で、始めに敵兵力と要塞そのものの防御力を低下させるのだ。

 

「撃て!!」

 

 セツナの号令一下、3人のレッドスピリットは詠唱を開始する。

 

「《理念》のオルファリルが命じる。その姿を業火と変え、敵に降り注げ!!」

 

 レッドスピリットのオルファリルが、自分の身の丈よりも巨大な神剣《理念》を振りかざし、魔法を詠唱する。

 

「フレイム・シャワー!!」

 

 オルファの声に応え、火の礫が無数に障壁に陣取っていたバーンライトのスピリット達に降り注ぐ。

 

 そこへ、セリア、アセリア、ネリー、シアーからなるブルースピリット4名が切り込む。

 

「ハッ!!」

 

 それに、セツナとユウトも加わった。

 

 兵力の分散と、奇襲作戦の失敗により、既にバーンライト軍スピリット隊は壊滅状態にあり、残った新米スピリット数名が、か細い抵抗を示す程度であった。

 

『次は、ダーツィか・・・』

 

 向かってくるスピリットを容赦なく斬りながら、セツナの意識は既に次の戦いへと向けられている。

 

 バーンライト軍の戦略ミスのお陰で、思っていたよりも進撃に時間を食わなかった事は幸いしたが、それでも、ダーツィに時間を与えてしまった事は間違いない。

 

 既に国境付近にはスピリット隊を中心としたダーツィ軍が終結している事だろう。あの国が帝国から直接支援を受けている事を考えれば、苦戦するのは火を見るよりも明らかだった。

 

『果たして、この遅れ、取り戻せるかどうか。』

 

 セツナがそう呟いたときだった。

 

「あぁッ!?」

 

 突然の悲鳴と共に、視界の端でセリアが転がるのが見えた。

 

「何だ!?」

《まずいよ!!》

 

 セツナの声に答えるように《麒麟》が警告を送ってきた。

 

 視界の端で何かが揺らいだかと思うと、物影からバーンライトのスピリットが現れた。

 

「何だ、あいつは?」

 

 そのスピリットは髪の色や目からレッドスピリットである事が分かる。しかしその瞳は虚ろに染まり、まるで夢遊病者のような様相がある。

 

 しかし、その全身から立ち上る殺気は尋常ではなく、ひと目で正気ではないことが見て取れた。

 

 セツナはセリアを庇うように、その前に立った。

 

「下がっていろ。」

 

 冷たく言い置くセツナ言葉に唇を噛むセリア。その腕は上腕部が切られ、流れる血が金色のマナに返っている。

 

 しかし、瞳は今だに戦意を失っていない。

 

「まだ!」

 

 跳ね起きるように立ち上がると、永遠神剣《熱病》を構えてセツナの脇に立つ。

 

 憎むべき男に哀れみのような視線を投げられた故だろうか。その瞳は屈辱と相まって、怒りに燃えている。

 

 セツナはというと、セリアに一瞥しただけで目の前の相手に集中する。

 

《良いの?》

 

 《麒麟》が聞いてくる。恐らく、セリアの介入を放って置いて良いのかと聞いているのだろう。

 

『言って聞く相手ではないだろう。説得している暇もないしな。』

 

 そう言うと同時に、セツナは先陣を切ってレッドスピリットに斬り掛かる。

 

 オーラフォトンを乗せて、スピードを上げた一撃がレッドスピリットの右肩に迫る。

 

 しかし、

 

「何ッ?」

 

 セツナは目を剥いた。レッドスピリットは、掲げたダブルソード型の永遠神剣で、セツナの攻撃を防いでいた。

 

 そして、間髪居れずに剣を旋回させると、その勢いで風車のように斬り込んで来る。

 

「クッ!!」

 

 辛うじて、バックステップでよけるセツナ。

 

 そこへ今度は、側面から回り込んだセリアが斬り込む。

 

「そこ!!」

 

 ブルースピリット特有の、素早い攻撃がレッドスピリットを襲う。

 

 しかし、そのセリアの攻撃も、剣を旋回させたレッドスピリットの前にあえなく防がれる。

 

 2人の体勢が乱れたと見たレッドスピリットは、一気に反撃に出た。

 

 掌を掲げて何事か詠唱したかと思うと、2人に向けて炎の雨が降り注ぐ。

 

「チッ!?」

「クッ!?」

 

 2人は、辛うじてその範囲から逃れるのがやっとだった。

 

 しかし、攻撃はまだ終わらない。今度は、真っ直ぐに掌を向けたと思うと、一気に炎を開放し、セツナ達に向けて放った。

 

「クッ、アイス・バニッシャー!!」

 

 炎が着弾する直前、セリアがバニッシュ呪文を唱える。

 

 大気から発生した氷は、空中で炎を受け止めて相殺していく。

 

 しかし、その一瞬の隙に距離を詰めたレッドスピリットは、掲げた剣をセリアに振り下ろす。

 

「ッ!?」

 

 呪文詠唱の隙を突かれた為、一瞬反応が遅れるセリア。

 

 そのセリアの顔面に、刃が迫る。

 

 しかし、その刃は横から伸びた剣によって寸前で防がれた。

 

「あまり、世話を掛けるな。」

 

 素っ気無い口調で、セツナはレッドスピリットの剣を弾いた。

 

「ッ、言われなくても!!」

 

 憮然とするセリア。2度もセツナに助けられた事が、相当気に入らないらしい。

 

 一方でセツナも、相手の異様な強さにやや攻めあぐね気味だった。

 

「何なんだ、こいつは?」

《自分の心を神剣に呑まれたスピリットだよ。戦い意外に無関心になる代わりに、爆発的な力を発揮するようになるの。手っ取り早くスピリットを強化する目的で使われる場合があるの。》

 

 《麒麟》の言葉に、セツナは僅かに顔を顰める。

 

 人間のエゴ、それが収束した結果が、目の前にある。

 

 犠牲になるのは、いつも力の無い者達だ。

 

 権力者達は常に、安全な後方に居て自ら罪を被ろうとはしない。

 

「・・・・・・チッ」

 

 嫌な過去を思い出しかけ、セツナは舌打ちした。

 

『考えるな、今は。戦いに集中するんだ!!』

 

 珍しく生じた心の迷いを黙殺し、《麒麟》を構え直す。

 

 例えどれだけ、目の前の存在が憐れみそ誘う存在だったとしても、自分の前に立ちはだかる以上、斬って捨てるのみだ。

 

「行くぞ。」

 

 傍らに立って《熱病》を構えるセリアに声を掛け、セツナは斬りこむ。

 

 それに合わせるように、ウィング・ハイロゥを広げたセリアは、宙返りを打ってレッドスピリットの背後に立つ。

 

「「ハッ!!」」

 

 息もピッタリなほど、2人は同時に剣を振るう。

 

 しかし、完璧にタイミングを合わせた攻撃も、レッドスピリットが振るうダブルソードの前に叩き落とされる。

 

「チッ!!」

 

 セツナは舌を打つと、隙を見てレッドスピリットの腹に蹴りを加える。

 

「グッ!!」

 

 体を折り曲げ、後退するレッドスピリット。それを好機と取ったセツナは、《麒麟》を八双に構え、距離を詰めて斬りこむ。

 

『もらった!!』

 

 しかし、

 

《危ない!!》

 

 斬り込むよりも一瞬早く、《麒麟》が警告を発する。

 

 次の瞬間、レッドスピリットの掌に集められたマナが炎に変換され、セツナに向かって放たれた。

 

『クッ、かわせないか!?』

 

 とっさに、腕を顔の前に掲げる。腕一本を犠牲にする事で、ダメージを最小限に抑えるのだ。それでも、こうまで接近してしまっては、大ダメージは免れないだろうが。

 

 しかし、炎がセツナを飲み込む直前、広がるように場を満たした冷気が、炎を一瞬で氷へと変え、セツナを守る。

 

「あまり、世話を掛けさせないで。」

 

 淡々としながらも、どこか小気味よさを感じさせる口調。

 

「・・・フンッ」

 

 セツナは、セリアを振り返って鼻を鳴らした。

 

 セリアとしては、借りが返せて気分が良いといったところか。

 

 しかし、今は仲間割れをしているときではない。

 

「おい。」

 

 セツナはセリアの傍らに立ち、声を掛けた。

 

「何ですか?」

 

 憮然として答えるセリア。

 

「俺に考えがある。乗るか?」

「まともな考えなんでしょうね?」

 

 セリアの問いに、セツナは素っ気無く答えた。

 

「試すのは初めてだ。」

「なっ!?」

 

 事も無げに言ってのけるセツナに、セリアは絶句する。

 

「何なのよそれは!?」

 

 それまでの丁寧な口調から、思わず地の口調が出てしまったほどだ。

 

 取り乱しかけるセリアを無視して、セツナは自分の用件だけを簡潔に伝える。

 

「お前は奴の足を止めろ。止めは俺が刺す。」

 

 少し考えてから、もう一言付け加える。

 

「大口を叩くだけの実力、見せてみろ。」

「ッ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒り出しそうなセリアを無視すると、行くぞ。と言い置いてセツナは回り込むように駆け出す。

 

「ああ、もう!!」

 

 苛立たしげに頭を掻き毟って、セリアはマナを集中させる。

 

 かなり癪だが、神剣に心を奪われた敵はセリアよりも数段上の実力を誇っている。ここは、あのいけ好かない男の策とやらに乗るしかなさそうだ。

 

『これで失敗したら、私が殺してやる。』

 

 心の中で吐き捨てながら、詠唱を完成させる。

 

「アイス・バニッシャー!!」

 

 放たれたアイス・バニッシャーが、絡め取るようにレッドスピリットを捉え、氷の中に封じようとする。

 

 しかし、完全に封じる事は叶わない。すぐに氷はもろく崩れ始め、レッドスピリットは自由を取り戻してダブルソードを構える。

 

 しかし、その一瞬の間が、セツナに反撃のチャンスを与えた。

 

《この技はまだ未完成なんだから、慎重にやってよ。》

「ああ。分かってる。」

 

 言い放つと同時に、セツナは腰に差したままの鞘を抜き、左手に構える。

 

 右手に《麒麟》左手には鞘。変則的ながら二刀流に構え、その両腕にオーラフォトンを集中させる。

 

「行くぞ!!」

 

 視界の中では、既に自由を取り戻したレッドスピリットがセリアに斬り掛かろうとしている。

 

 しかし、向かってくるセツナの存在に気付いて、そちらを迎撃しようと振り向こうとしている。

 

『気付いたか、だが、もう遅い!!』

 

 セツナは鳥の翼のように大きく広げた両腕を、羽ばたくように交差させた。

 

「オーラフォトン・クロス!!」

 

 斬撃の軌跡が十字に交差し、破壊の閃光がレッドスピリットを斬り裂く。

 

 抗いようのない斬撃が、レッドスピリットを貫いた。

 

 セツナは血を振るうように《麒麟》を振るうと、鞘に戻す。

 

「終わりだ。」

 

 キンッと言う鍔鳴りの音に、静寂していた空間が崩れ、そのまま音を立てて崩壊する。

 

 金色の、マナの霧となったレッドスピリットが、断末魔の悲鳴と共に大気に溶けて行った。

 

《ふ〜、成功〜》

 

 溜息のような、《麒麟》の声が聞こえてくる。

 

 ラセリオでハリオンと模擬戦をやって以来、セツナは自身の力の要ともいうべき、オーラフォトンの使い方に関して、苦心してきた。

 

 剣技にはそこそこ自信があったし、身体能力も体にオーラフォトンを付加させることでスピリットを上回る物を得られる。セツナが次に欲したのは、遠距離戦闘に有効活用できる攻撃方法だった。

 

 しかし、試してみてこれが意外と難事である事に気付いた。

 

 謁見の間で力を振るった時には、ある程度呼吸を掴んでいたが、コントロールがまるで利かず、結果としてラキオス王を殺し損ねてしまった。(それが幸いだったか不幸だったかはさて置いて)

 

 その後、開戦するまでの間、独自に色々な方法を試してみたが、命中率に難があるのか、なかなか遠距離での安定性を確保するには至らなかった。

 

 そこでセツナは、遠距離攻撃を諦め、近距離戦闘の威力底上げを狙ってみた。

 

 剣の間合いまで自身の力で接近し、一撃必殺の技を至近距離で叩き込むのだ。

 

 鞘を使ったのは、交差点での威力を倍加させる事が目的だった。これにより、普通に剣を振るった場合の5〜6倍の威力を得るに至った。

 

 もっとも、この技が完成したのは出撃の前日であり、慌しい戦いの中で試す機会の無いまま、今回のサモドア攻略戦が初見参となった。

 

「怪我は大丈夫か?」

 

 《麒麟》を腰に戻したセツナは、セリアに向き直る。

 

 腕の傷は既に塞がっているようだ。もっとも、内部にはまだ残っており、動かすには多少難があるようだ。その証拠に、セリアはもう1本の腕で右手を支えている。

 

「・・・・・・別に。」

「・・・そうか。」

 

 それだけ言うとセツナは、セリアへの興味を無くしたように脇をすり抜けようとする。

 

 しかし、

 

「・・・・・・助かった。」

 

 すれ違う直前、そう言い残して去っていった。

 

 

 

 サモドア陥落

 

 これはすなわち、1国の滅亡を意味していた。

 

「こうまで呆気ない物なんだな。」

「・・・・・・ああ」

 

 黄昏の城壁の上に立つユウトの言葉に、その足元に座ったセツナが短く答えた。

 

 2人が佇む城壁。この世界において、これ程無価値な物は無いだろう。

 

 守り手たるスピリットを失った国の住民は、戦意を喪失し簡単に白旗を掲げる。自分達が持つ武器を一切振るう事無く。では一体、彼等の持つ武器は、見上げるような城壁は何の為に存在すると言うのだろうか。

 

『無価値の塊、だな。この世界は。』

 

 心の中で呟くと、セツナは口を開いた。

 

「次はダーツィだ。激戦になるぞ。」

「分かってる。」

 

 ダーツィ大公国の軍事力は、ざっと比べてもバーンライトの2倍。さらに、地政学的な問題から、帝国の介入にも警戒する必要がある。

 

『さて、忙しくなるな。』

 

 これからの戦いに思いを馳せ、セツナはフッと溜息をついた。

 

 

 

第4話「序幕」   おわり