大地が謳う唄

 

 

 

第3話「異邦人2人」

 

 

 

 

 

 

 降りしきる陽光は、貧富の差無く降り注ぐ物。

 

 昔、どこかの偉い僧侶が言った言葉である。

 

 それは例え、世界と時間が変わろうとも、その法則は変わらないらしい。

 

「どうした、こんな物か?」

 

 模擬刀で肩をトントンと叩きながら、セツナは蔑むような目で足元を見やる。

 

 そこには、青い髪を纏った2人の少女が四つんばいになってへたり込んでいる。2人とも、まるで全力で持久走を行った後のように、肩を震わせながら荒い息を吐いている。

 

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

 ネリーが声を震わせながら右手を上げる。

 

「と、飛ばしすぎだよセツナ。」

 

 姉の言葉に、シアーも無言でコクコクと頷く。

 

 だが、セツナは聞く耳持たず、冷ややかな目を向ける。

 

「敵が来たとき、同じ台詞を吐いてみるか?」

 

 目覚めてから数日。《麒麟》やハリオンの助力を得て、セツナは貪る様にこの世界の事を学び始めた。

 

 特に興味を引かれたのがスピリットの事だった。

 

 スピリットにはそれぞれ色別が成され、それぞれの色に応じて能力の特性が異なると言う事が分かった。

 

 直接攻撃に優れ、間接攻撃魔法を操るブルースピリット。

 

 防御魔法と治癒魔法を使いこなすグリーンスピリット。

 

 強大な直接攻撃魔法を操るレッドスピリット

 

 攻撃速度に優れ、多彩な間接攻撃魔法を操るブラックスピリット。

 

 大別するとこの4種が主流だった。

 

 それらを見比べ、この、剣と魔法が戦の主流となる世界において、中心戦力となりうる存在が、ブルースピリットであると見たセツナは、両名の訓練に乗り出したのだ。

 

 とは言え、もちろん自分から言い出したことではない。

 

 例によってハリオンが、

 

「働かざる者食うべからず。ですよ〜」

 

 と言った事に端を発していた。

 

 首根っこを押さえられているみたいで釈然としないが、それでもそう言われてしまえば従わざるを得ない。

 

「そら、休憩は終わりだ。立て。」

 

 無慈悲に言い放ち、模擬刀を構える。

 

 2人も、のろのろといった感じに起き上がると、セツナに剣を向けた。

 

 この前まで居た世界では、セツナはミドルティーン世代としては世界有数と言っても過言ではない剣の使い手であった(多少の語弊はあるが)。条件が同じであるならば、2対1でも充分に戦える自信があった。

 

「たぁ!!」

 

 短い気合と共に、ネリーが振りかぶった剣をセツナに振り下ろしてくる。

 

 その攻撃を僅かに体を傾けてかわしたところに、今度はネリーの背後に隠れるようにして接近したシアーが切り込んできた。

 

「・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま手にした剣で、シアーの剣を弾きとばした。

 

「もらった!!」

 

 シアーの剣を弾いたことによって、脇腹ががら空きとなった。そこへ、ネリーが剣を打ち付けてくる。

 

「・・・・・・」

 

 セツナはまたも無言。ただ向かってくる剣先だけに意識を集中する。

 

 と、僅かに体を引き、回避の姿勢を取る。

 

「逃がさない!!」

 

 逃げられると思ったネリーは、さらに大きく踏み込んで剣を繰り出す。

 

 しかし、セツナの狙いは回避ではなく時間稼ぎ。自身が後退し、ネリーが踏み込んでくるまでの間に、振り上げた腕を引き戻す時間を稼いだのだ。

 

 軽い金属音と共に、ネリーの剣はセツナの剣に防がれた。

 

「あ!?」

 

 予期していなかった防御に、ネリーは目を見開く。次の瞬間、セツナは柔道の足技の要領でネリーの出足を刈ると、そのまま地面に転がした。

 

「キャッ!!」

 

 可愛らしい悲鳴と共に、尻餅を突くネリー。その喉元に、容赦なく剣先が突きつけられた。

 

「終わりだ。」

「う〜・・・」

 

 唸るネリー。しかし、2人揃って掛かっていると言うのに、今だに1度も勝てないというのは、考え物だった。

 

「2人掛かりでこれか?」

 

 セツナのつまらなそうな声が、その屈辱感に苛まれた心の傷に、容赦なく塩を塗り込む。

 

「つ、次こそ!!」

 

 ネリーがそう言い掛けたとき、館のほうからハリオンのスローマイペースな声が聞こえてきた。

 

「みんな〜、ご飯ができましたよ〜」

 

 スピリットの隊服に白いエプロン姿と言うやや倒錯気味な格好をしたハリオンが手を振っているのが見えた。

 

「よし、今日はここまでだ。2人とも、実戦的に連携して掛かる前に、もう少し個人個人の基本を磨くようにしろ。」

 

 セツナはそれだけ言うと、模擬刀を鞘に収めて2人に背を向ける。

 

 そのセツナの背中を、2人は慌てて追いかけた。

 

 

 

 今日の昼食は、パンにコーヒーにも似た飲み物。それに何らかの果実から作られたジャムだった。

 

 ここ数日でかなりの甘党だと言う事が判明したハリオンは、甘く味付けされたジャムをたっぷり塗りたくったパンを、満面な笑顔を浮かべながら頬ばっている。一方でコーヒーのほうは、年少組2人には不評らしく、若干ジャムを垂らしたにも関わらず、2人は顔を顰めて飲んでいた。

 

 それら3人の様子を横目に見ながら、セツナは黙々と自分に割り当てられた食事を消費していく。

 

 味など関係ない。必要な物は栄養の摂取。食事など、その為の作業でしかない。

 

 と、食事も半ばまで進んだ頃、ハリオンが口を開いた。

 

「そう言えばこの間、峠のほうで土砂崩れがあったみたいですね〜」

「土砂崩れ?」

 

 食事の手を止めて、セツナは聞き返した。

 

「はい〜。何でも、復旧には暫く時間が掛かるそうなのです〜」

 

 セツナはハリオンの言葉を受けて、先日、学習する上で見せてもらった大陸北部の地図を思い浮かべた。

 

 このラセリオは、緊張状態にある隣国バーンライトと、サモドア山脈を挟んで隣り合っている。ハリオン達が派遣されて来たのも、ここに主力であるスピリット隊の1隊を置く事でバーンライトを牽制する目的があったからだ。

 

 だが、その要とも言うべき峠道が土砂崩れで塞がれた以上、両国は山道を使っての行き来ができなくなったと言う事だ。逆を言えば、ラキオス軍は後顧の憂いを絶たれたと言う事になる。

 

『何か、動きがあるか・・・・・・』

 

 そう呟いて、コーヒーの残りを飲み込んだときだった。

 

 突然、荒々しくドアが開けられる音が廊下のほうから聞こえたかと思うと、これまた乱暴な足音が近付いてくるのが聞こえた。

 

「・・・何だ?」

 

 無粋な足音に、僅かに不快感を露にするセツナ。

 

 その問いに答えるように、居間の扉が勢い良く開かれ、鎧を着込み、剣を携えた兵士と思しき男達が荒々しく入ってきた。

 

 その様子に、ハリオン達は身を強張らせた。

 

「ラキオス王国国王ルーグゥ・ダイ・ラキオス陛下よりの命令を伝える。スピリット隊、並びにエトランジェはただちに王都へ帰還。本体と合流せよ。以上だ。」

 

 居丈高に言い放つ兵士。4人はそれを黙って聞いている。

 

 いや、1人だけ、黙って「聞いている」のではなく、「聞き流している」人物がいる。

 

 言うまでも無くセツナだ。

 

「聞いているのか貴様!!」

 

 セツナの態度を、明らかな無視と取った指揮官が激高して詰め寄った。

 

 その顔に、お情けとも言うべき一瞥をくれてやると、セツナはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「おい、ハリオン。誰だこいつは?」

 

 本人ではなくハリオンに尋ねるあたり、明らかに挑発の態度が見て取れた。

 

 そもそもセツナは、例えどのような身分の人間であろうと、自分の上に誰かが立つ事を良しとは出来ない人間である。

 

「貴様〜!! たかだかエトランジェの分際で何だその態度は!?」

 

 その行動は、指揮官の逆鱗を思いっきり紙やすりで撫でたようだ。

 

 自分より身分が下の人間に蔑まれる。血筋に頼っている人間にとって、これほどの屈辱は無いだろう。

 

 次の瞬間、指揮官の豪腕が風を撒いてセツナの顔面に向かう。

 

 極太の鉄板すらひん曲げてしまいそうなその拳を喰らっては、細面のセツナの顔など、1撃で粉砕されてしまいそうだ。

 

「セツナ!!」

「セツナー!!」

「セツナ君〜!!」

 

 スピリット達は三者三様に悲鳴を上げる。

 

 しかし次の瞬間、セツナの体は一瞬ブレたかと思うと、飛んでくる拳をかわして指揮官の懐に飛び込んでいた。

 

「動くな。」

 

 絶対凍度の如き声が、容赦なく指揮官の顔面に吹き付ける。

 

 その手には、先程パンを切るのに使ったナイフが握られ、指揮官の喉元、皮一枚を切り裂き、僅かに肉に食い込んだところで止まっている。あと少し、指に力を込めただけで鮮血が食卓に撒き散らされることだろう。

 

「よ、よせ・・・・・・」

 

 情けない声で震える指揮官。

 

 その指揮官の様子を、覚めた目で見据えるセツナ。その瞳には殺気が湛えられ、僅かな抵抗を示しただけで、この場を修羅場に変える気が見て取れた。

 

「隊長!!」

「貴様、その手を放せ!!」

「卑しきエトランジェ如きが何をするか!!」

 

 口々に罵る兵士達を無視して、セツナは指揮官に言う。

 

「さて、簡単な話をしようか。お前には2つの選択肢がある。とっととこの部屋から出て行くか、それともこの世から出て行くか? どちらでも好きな方を選べ。」

「き、貴様、な、な、何をしているのか分かっているのか? 俺はこの町の警備を国王陛下から直々に任されている警備隊長だぞ。それを、」

「俺が聞きたいのは、さっきの2択の答だ。貴様の御託じゃない。」

 

 どこまでも冷徹に、セツナは指揮官を追い詰める。

 

 言葉を詰まらせる指揮官。その喉元からは、徐々に血が滴り始めている。

 

「クッ・・・」

 

 屈辱に口を噛み締めながら、指揮官は踵を返した。

 

「い、良いか。命令は確かに伝えたぞ。国王陛下のご命令に背けばどうなるか、分かっているだろう!!」

 

 捨て台詞だけは一人前に残し、指揮官は逃げるように大股で詰め所から出て行った。

 

「カッ、格好良い、セツナ!!」

 

 兵士達が出て行ったのを見て、ネリーが喝采を上げる。見ると、その隣にいるシアーも目を輝かせているのが見えた。

 

「大丈夫でしたかセツナ君〜?」

「・・・問題無い。」

 

 素っ気無く言いセツナは、血の付いたナイフをナプキンで拭う。

 

「で、さっきの馬鹿はようするに何が言いたかったんだ?」

「それですけどね〜」

 

 ハリオンは指揮官が置いていった命令書を掴んで広げてみた。

 

 セツナもそれを覗こうとしたが、やめた。どのみち、まだ字を読む事は出来ない。

 

「どうやら、この詰め所を引き払って王都に戻れ、って言う事みたいですね〜」

 

 その言葉に、セツナは僅かに眉を顰めた。

 

 どうやら先程の予想通り、ラキオス上層部は開戦を決議したのかもしれない。サモドア山道が塞がっている以上、進撃ルートは北の街道を通る1本のみ。そこに、全戦力を集中させるつもりなのだろう。

 

 考えるセツナを他所に、ハリオンはネリーとシアーに向き直った。

 

「さあ〜2人とも〜、お引越しの準備をしますよ〜」

「「は〜い」」

 

 2人が元気良く答えるのを横目で見ながら、セツナは何の感慨も無しに居間を後にした。

 

 所詮、人が考えることなんて、どの世界でも同じ。である。

 

 

 

 

 

 

 王都ラキオス

 

 北方5国の中にあって、比較的マナに恵まれ、肥沃な大地は農作物の栽培も盛んに行われているラキオス王国の中にあって、政治、経済、軍事、情報の中心にあるこの地は、多くの人が集まり、日々の生活を営んでいた。

 

 そんな中で一際目を引く建物が、王城であろう。

 

 まるで御伽噺の一説にでも出てきそうな外観を持つ王城の一室、謁見の間に、セツナは1人呼び出されていた。

 

 ハリオン達は、先に実家とも言うべき、スピリット第2詰め所へ行っている。

 

 セツナだけが着くなり呼び出されたのだ。

 

 そして、かれこれ既に、1時間近く立ちっ放しで待たされていた。

 

 そんなセツナを値踏みするように、恐らく重臣一同と思われる周囲に立ち並んだ男達が、無遠慮な視線を投げ掛けては何やらヒソヒソと話している。中には、あからさまに侮蔑を含んだ視線を投げてくる者までいる。

 

『やれやれ。』

 

 その様子に、直立不動のまま腕組みをし、溜息を吐く。

 

《ちょっとセツナ。》

 

 そんなセツナに、腰に差した鞘に収まった状態の《麒麟》が声を掛けてくる。

 

《あんまり先走った事しないでよね。》

『何の話だ?』

《この間の事よ。まったく、あたしがいない間にあんな事して!!》

 

 どうやら、この間ラセリオで警備隊長に脅しを掛けた事を言っているようだ。

 

 しかし、先走って無茶をやった事を怒っているのかと思えば、

 

《どうしてああいう事をやる時にあたしを呼ばないのよ!!》

『・・・おい。』

 

 どうやら、混ぜてくれなかった事を憤っているらしい。

 

《いい! 面白そうな事は、包み隠さず後先恐れずあたしを呼ぶ事。良いわね!!》

『勝手にしろ。』

 

 そう言った時、儀仗兵が国王と王女の来室を告げる。

 

 重臣一同が慌てて身なりを正す中、セツナは相変わらず腕組みをしたまま、憮然とした顔を晒している。

 

 やがて、玉座に随分と年の行った感じの身形の良い男が座った。

 

 顔に刻まれた皺と、蓄えられた髭が、嫌でも貫禄を感じさせる。ただし、その瞳は欲に濁り、不気味に光っている。

 

 一方、傍らには同じように着飾った少女が立っている。恐らく、年の頃はセツナと同じくらいだろうか? 白皙のような顔と、毅然とした雰囲気が滲み出る出で立ちが印象的だった。

 

 玉座に座る男が国王ルーグゥ・ダイ・ラキオス。傍らに立つ少女が、その1人娘でレスティーナ・ダイ・ラキオス王女だろう。

 

「そなたが、エトランジェか?」

 

 やがて国王は、重々しく口を開いた。

 

 はっきり言って、かなり耳障りな声だ。2度と聞きたくないとさえ思う。

 

「そうらしいな。」

 

 対してセツナも、無礼千万といった感じに答を返した。

 

 セツナの態度に重臣一同が目を剥く中、国王はさも可笑しそう笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「報告は聞いている。随分、威勢が良い様だな。」

「どんな報告か知らんが、あらゆる意味で一般兵士を教育し直す事をお勧めするよ。」

 

 重臣一同が眉を顰め、ヒソヒソと話し始める。中には

 

「無礼な・・・」

「エトランジェ風情・・・」

 

 と言った声も聞こえてくるが、所詮は有象無象に過ぎない彼等の声など、セツナは聞く価値すら無いと断定して無視を決め込む。

 

 今度は、セツナの方から切り出した。

 

「それで、俺をこんな辺鄙な所に呼び出して何の用だ? 見世物小屋を開業したいのなら他を当たってくれ。」

 

 その言葉に、今まで小声で話していた重臣一同が、ついに激高した。

 

「貴様、一体何様のつもりだ!?」

「たかだかエトランジェに過ぎぬ貴様が何と言う無礼を!!」

 

 口々に喚き散らす彼等に対し、セツナは一瞥すらくれない。聞こえてくる罵声も、BGM程度に無視している。

 

「静まれ!!」

 

 そのざわめきを、国王の一喝が制する。

 

 重臣達が目するのを見てから、もう一度セツナに向き直った。

 

「貴様もある程度知っているかもしれぬが、もう間もなく、わが国は隣国バーンライトと開戦する。その際、エトランジェであるそなたには、軍を指揮して戦ってもらう。」

 

 自分達の尖兵になれ。予想していた通りの答えに、思わず口元が緩むのを感じた。

 

「嫌だ、と言ったら?」

 

 にべも無く言い放つセツナに、国王は大笑いをぶつけた。

 

「それは無理だ。貴様らエトランジェは、王族には決して逆らえないのだからな!!」

 

 そう言うと、指を1つパチンと鳴らす。

 

 それを受けて、手に槍を持った10名以上の兵士が、セツナを取り囲むように包囲し、槍の穂先をセツナに向ける。

 

「さあ、もう一度言う。スピリット共を率いて、バーンライトと戦うのだ。」

 

 勝ち誇ったように言う国王。

 

 対するセツナも、侮蔑の笑みを濃くして言い放つ。

 

「もう一度言う。嫌だ。」

 

 皮肉を込めてそう言った瞬間、四方から槍が飛んでくる。

 

 全方位からの応酬。逃げ場は無い。

 

「・・・・・・」

 

 次の瞬間、セツナは高速で《麒麟》を抜き放った。

 

 閃光が、2度、3度と駆け巡る。

 

 瞬きをした瞬間、兵士達が持っている槍は、ただの1本も例外なく。持っている掌から僅か拳1つ分のみ残して断ち切られている。

 

「次は、首を飛ばす。」

 

 セツナは冷え冷えした声で意思を告げる。

 

 こう言った以上、次は無い。今度は本当に首を飛ばすつもりだ。

 

 その様子に、国王は手を叩いて喜ぶ。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞエトランジェよ。その力、大いに気に入った。」

 

 そう言ってから、再び顔にどす黒い笑みを浮かべる。

 

「だが、既に我が国にもエトランジェがいる事を知らぬ訳ではあるまい? そやつが相手なら、どうかな?」

 

 国王がそう言うと同時に、背後の大扉が開かれ、1人の少年が入ってくるのが見えた。

 

 その姿を見て、セツナは目を見開いた。

 

「高嶺・・・・・・」

「朝倉!?」

 

 それは、クラスメイトの高嶺悠人だった。その腰には、大振りで無骨な形をした剣が下げられている。

 

「お前が、どうしてここに?」

「・・・・・・そうか、お前が魔龍を倒したと言う、ラキオスのエトランジェか。」

 

 全てを理解し、頷くセツナ。遅れて悠人も、セツナの手にある《麒麟》に気付いた。

 

「お前、それ、永遠神剣か!?」

「そのようだ。」

 

 そう言ってから、国王に向き直る。

 

「で、何がしたいんだ、お前は?」

 

 しかし国王は、セツナの質問を無視して悠人に言った。

 

「《求め》のエトランジェよ、貴様の妹の命が惜しければ、そこのエトランジェを説得するのだ。」

 

 その言葉に、悠人の顔がそれと分かるほど強張るのが見えた。

 

 その顔に満足したのか、今度はセツナのほうに目をやる。

 

「《麒麟》のエトランジェよ。《求め》のエトランジェの妹は我等が手中にある。その命が惜しければ、我等に従うのだ。」

 

 卑劣と言っても言い足りない程、汚い言葉だ。人間がどこまで汚くなれるかという実験結果が、今服を着て目の前にいる。

 

「朝倉・・・・・・」

 

 やるせない顔で、悠人がセツナを見る。

 

 一方でセツナは、まるで観念したようにフッと目を閉じる。

 

 その様子に、国王は笑みを強める。

 

 これで、強大な力を持つエトランジェが2人もラキオスの物になった。予想以上の収穫。これならば、計画以上の戦果が期待できるだろう。

 

 これから自分が歩む事と成る薔薇色の道を夢想し、口元が緩むのを止められない。

 

 次の瞬間、セツナはカッと目を見開き、目にも留まらぬスピードで手にした《麒麟》を振り上げた。

 

 その動作と、僅かな間に蓄えたオーラフォトンが衝撃波を生み出し、国王のすぐ傍らに着弾した。

 

 シーーーーーーン

 

 まさに、そんな擬音が謁見の間を満たす。

 

「チッ、外したか。」

 

 いかにも残念そうに、セツナは呟いた。

 

 対照的に国王は、今度こそ肝を潰した。

 

 僅か数ミリのところを、衝撃波が駆け抜けていったのだ。肘掛からはみ出ていた袖口は襤褸切れとなって宙に待っている。

 

「な、ななな、何してんだお前は!?」

 

 傍らに立っている悠人も、あまりに突拍子の無い事態に、思わず声を上げる。

 

「何って、目障りだから、消えてもらおうかな、と、」

 

 事も無げに一国の主を消去しようと言う発言をするセツナ。そして、視線をもう一度国王に向ける。

 

「き、貴様!!」

 

 その会話が聞こえていたのか、国王は狼狽しながら喚き散らす。

 

「よ、良いのか、《求め》のエトランジェの妹がどうなっても!?」

「知るか。」

 

 どこまでも限り無く、本気で即答するセツナ。その殺気を湛えた瞳は、真っ直ぐに国王を睨む。

 

「貴様が辿るべき道は3つに1つだ。死ぬか、昇天するか、地獄に堕ちるか、どれでも好きなのを選べ。」

「いや、どれも同じだろ。」

 

 悠人の突込みを無視して、セツナは《麒麟》を片手で持って胸の前に掲げる。

 

「それじゃ、今度は首行ってみようか。」

 

 答を待たずに、再びオーラフォトンを集め始める。

 

「そ、そやつを捕らえろ、《求め》のエトランジェよ!!」

 

 完全に震えた声で、国王が悠人に怒鳴り散らす。

 

 彼にしてみれば、完全に予定外の事だった。

 

 言い伝えでは、エトランジェは決して王族には逆らえなかったと聞く。事実、悠人は始めて国王の前に立ったとき、抵抗もできずに倒れ伏した。

 

 しかし、新たなエトランジェは、そう言った法則を頭から無視して、彼に牙を剥いたのだ。

 

 そんな国王を横目に捉えながら、セツナは改めて悠人に向き直った。

 

「どうする、高嶺?」

「・・・朝倉。」

「やると言うのなら、容赦はしない。」

 

 そう言って、切っ先を悠人に向ける。

 

 凍土のような殺気は、国王に変わって悠人に向けられる。

 

 悠人は思わず、息を飲んだ。

 

 セツナは本気だった。国王だろうと王女だろうと、そしてこの世界で数少ない「同胞」だろうと、立ち塞がるのであれば切り捨てる覚悟であった。

 

「何をしている、《求め》のエトランジェよ。そやつを捕らえねば、貴様の妹の命も亡き者と思え!!」

 

 その言葉に触発されたのか、悠人は腰に下げた《求め》を抜き放った。

 

「・・・すまない朝倉。」

「・・・・・・」

 

 苦渋の表情で謝罪するユウトを、セツナは冷ややかな瞳で見詰める。

 

 やがてその唇は、くっきりと酷薄な笑みを浮かべた。

 

「なら、死ね。」

 

 次の瞬間、セツナは無行の位から、いきなり《麒麟》を振り上げるようにして斬り掛かった。

 

「クッ!!」

 

 純度120パーセントの殺気を満たしたその一撃を、ユウトは辛うじて防ぐ。

 

 しかし次の瞬間、セツナは一瞬の隙を突いてユウトの足を払い、床に転がす。

 

「うわッ!?」

 

 とっさの事でバランスを保てず、背中から床に落ちるユウト。

 

 そこへ《麒麟》を逆手に持ち替えたセツナの切っ先が迫る。

 

「ッ!?」

 

 迫る死の予感に、とっさに床を転がる事で逃れるユウト。

 

 間一髪で《麒麟》の切っ先はそれまでユウトの顔があった所に突き刺さる。

 

「・・・・・・良い勘だ。」

 

 素っ気無い口調で、評するセツナ。その視界の端で、レスティーナが、側近の兵士に何やら耳打ちしているのが見える。状況から考えて、何らかの援軍を呼ぶ気なのだろう。

 

『あまり、時間は掛けてられないか。』

《決める?》

『ああ。』

 

 心の中で《麒麟》に答えると、セツナは身の内にあるオーラフォトンを刀の刀身に送り込む。

 

 輝きを増す《麒麟》。その様子に、ユウトは唇を噛み締めて立ち上がると、自身もその身にオーラフォトンを纏う。

 

 一瞬、対峙する2人の剣士。

 

 次の瞬間、2人は同時に剣を振るう。

 

 閃光が謁見の間を満たし、視界が一瞬焼かれる。

 

 やがて、視界が戻ったとき、セツナとユウトは互いに立ち位置を交代した状態で立っていた。

 

「ど、どうなったのだ?」

 

 王がうろたえ気味に問い掛ける。

 

 その声と共に、片方が崩れて膝を突く。

 

 倒れたのは、ユウトだった。

 

 一瞬の差で、セツナの剣がユウトのそれよりも速く決まったのだ。

 

「・・・・・・怪我は無いだろう?」

 

 少し声のトーンを落として、セツナは言った。

 

 その言葉通り、最後の一撃は峰に返しての攻撃だったため、ユウトは怪我を負っていなかった。その代わり、かなりの打撃が腹部に食らわされたが。

 

「そこで大人しく待っていろ。すぐに、あいつの首を落としてくる。」

 

 そう言うと、セツナは倒れるユウトに背を向けて、国王に向き直った。

 

 そこで、動きを止めた。

 

 国王と王女が控える壇上の前に、4つの影がある。

 

 それぞれ、独特の獲物を手にした各人は、殺気も露にセツナを睨んでいる。

 

「スピリットか・・・」

《みたい。青が2人に、緑が1人、そんで、赤が1人ね。》

 

 ネリー達ではない。いずれも、見覚えの無い顔ぶれであった。

 

《どうする?》

「突破は、無理か?」

《1対1・・・ううん、1対2くらいなら、まだ勝機もあるけど、さすがに1対4じゃあねえ。》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 進退窮まったセツナ。もちろん、その事はおくびにも出さず、切っ先は今だに掲げられているが。

 

 そんなセツナの前に、レスティーナ王女が進み出た。

 

「引きなさい、エトランジェよ。」

 

 凛とした声が、耳に心地よい物を感じさせる。

 

「いかにあなたでも、この布陣の前には敵わぬはず。」

 

 レスティーナはスッと目を細める。

 

「ここで、無駄に命を散らす事もないでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 セツナは無言のまま、レスティーナを見る。

 

 なかなかどうして、こちらは父親と違って随分カードの切り方が旨い。

 

 セツナに、選択の余地は無かった。

 

「・・・・・・良いだろう。そちらの要求を呑もう。」

《良いの?》

 

 意外そうな声で尋ねてくる《麒麟》。

 

『ああ。こうなった以上、周りに知った人間がいれば、何かと都合が良いからな。』

 

 そう答えながら、倒れているユウトを引き起こしてやる。

 

「朝倉・・・・・・」

 

 複雑な表情を見せるユウトには目をくれず、セツナは王女に向き直った。

 

「で、寝る場所と飯くらいは用意してくれるんだろうな?」

「そうですね。父上?」

 

 レスティーナは、なおも壇上で呆然としている国王に向き直る。

 

「う、うむ。」

 

 その声にようやく落ち着きを取り戻したのか、国王は咳払いをして口を開いた。

 

「スピリット第2詰め所を使うと良い。後の事は、スピリット共に聞くのだ。」

 

 それだけ言うと国王は、逃げるように謁見の間を後にする。

 

 その背中に侮蔑の視線を投げ掛けてから、セツナは《麒麟》を鞘に収めた。

 

「そう言う事らしい。」

 

 散々やっておいて、そう言う事もどう言う事も無い気がするのだが、セツナはまったく我関せずといった感じに微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「セ〜ツナァ!!」

 

 第2詰め所の扉を開くなり、飛び掛ってこようとするネリーの額を片手で押さえながら、セツナは面倒くさそうにそちらを見る。

 

「ねえねえ、大丈夫だった?」

「・・・何かあったのか?」

 

 ネリーの傍らに、モジモジしながら控えているシアーに問い掛ける。

 

「あの・・・えっと・・・さっき、兵士の人が来て・・・」

 

 その言葉で、大体の事情は理解した。

 

 まあ、要するに彼女達なりに心配してくれていたのだろう。

 

「フン」

 

 1つ鼻を鳴らすセツナ。そこへ、ハリオンが現れた。

 

「あらあら〜、セツナ君おかえりなさ〜い。」

 

 奥から顔を出したハリオンは、どこか埃っぽい格好をしている。

 

「ちょうど、お部屋の準備が出来たところですよ〜」

 

 どうやら、セツナが使う部屋の準備をしてくれていたらしい。

 

「お風呂にする? ご飯にする? それともア・タ・シ?」

「ほざけ。」

 

 どこで覚えたのかすら分からないような事を言ってくるネリーに呆れつつ、セツナは案内されるまま自分の部屋に行く。

 

 部屋に入るなり、セツナはベッドの上に《麒麟》を投げ出し、その傍らに座った。

 

「しかし、高嶺がいたのには驚いた。」

《あんたの、友達?》

「そんな大層な物じゃない。しいて言うなら、顔見知り程度だ。」

『あちらがどう思っているかは知らないがな。』

 

 心の中で呟くセツナ。

 

 この世界に伝わる4神剣の伝承は読んだ。4神剣とは、その名の通り、4本の永遠神剣を指し、かつて、セツナ達よりも遥か前にこの世界を訪れたエトランジェ達が振るった剣の事だ。その内の1本が、ユウトの《求め》らしい。

 

『そうなると、少なくともあと3人、この世界にはエトランジェがいる事になる。おっと、高嶺の妹も入れれば4人か。』

 

 佳織とは2回だけ会っただけだが、ユウトの溺愛振りを見れば、人質としての価値は十二分である事が伺えた。

 

『まあ、俺には関係無い事だ。奴自身の事は、せいぜい自分で解決すれば良い。』

 

 そう呟いた時だった。

 

 突然、ノックも無しに扉が開け放たれた。

 

「セツナ!!」

 

 入ってきたのは、ネリーだった。

 

「・・・またお前か。」

 

 ややうんざり気味にネリーを睨むセツナ。そんなセツナの様子は一切眼中に入れず、ベッドに飛び乗って満面の笑顔を見せる。

 

「ねね、遊ぼ!!」

「断る。」

 

 にべもなく即答するセツナ。しかし、それで引き下がるネリーではない。

 

「良いじゃん良いじゃん。ねえ、セツナの世界のお話聞かせてよ。」

「聞いて楽しい物じゃない。」

「楽しくなくても良いから!!」

 

 ネリーはズイッと身を乗り出してくる。

 

 セツナはフッと溜息を吐いた。

 

 どうしてこう、こいつは自分に纏わり付いて来るのだろう。まるで、好奇心旺盛な子犬だ。

 

 一方でネリーは、キラキラと目を輝かせている。どうやら、話すまでここを放れる気は無いようだ。

 

「・・・・・・」

 

 セツナは観念したように、口を開いた。

 

「・・・・・・そうだな。まず、こっちの世界との違いは、文化のレベルだ。」

「ふむふむ。」

「ラセリオから王都に来るのに、俺達は徒歩だったが、向こうの世界なら車と言う機械を使う。」

「クルマ? 馬じゃないの。」

「馬よりも大分速いし、何よりも馬には命があるが、車には無い。」

「命が無いのに、どうして動くの?」

「車は道具に過ぎないからだ。お前は、命のあるテーブルや椅子を見た事があるか?」

「無い。けど、テーブルも椅子も動かないよ。」

「そうだ。だが、車は動く。そう言う仕掛けだと思っていれば良い。」

「ふうん。」

 

 ネリーは、感心したように頷いた。

 

「じゃあさじゃあさ、向こうにはどういう人が住んでいるの?」

「どう、って言うと?」

「う〜ん、例えば、どんな王様が居るの、とか。」

「王と言う概念がある国もあれば、無い国もある。俺がいた国では、国王、まあ、名称は違ったが、それに順ずる人間は、基本的にお飾りに等しい扱いだった。」

「ふ〜ん。じゃあねえ、」

 

 なおも、ネリーの質問は続いた。

 

 ネリーの好奇心という名の袋はいっぱいになる事を知らず、セツナはそのつど、質問に答えてやる。

 

 一体、何回目の質問だっただろう。ふと、静かになった気がしたので、振り向いてみると、ネリーはベッドに上半身を預けて、気持ち良さそうに眠っていた。

 

 それ程長い時間眠っていたのだろうか? 

 

『いや、詰まらなかったんだろうな。』

 

 あまり、子供の興味が惹かれるような話はしなかったと思った。それに飽きて眠ってしまったのかもしれない。

 

 セツナはフッと笑った。

 

 起きていればあれだけ騒がしいネリーが、眠るとこうまで大人しくなってしまうことが、自分でも奇妙なくらい可笑しかった。

 

 誰かを呼んで部屋まで運んでやろうかとも思ったが、起こしてしまうのも何だろう。

 

 そう思ったセツナは、そっとネリーの足から靴を脱がせると、ベッドの上に寝かしつけ、毛布を被せてやった。

 

 そして自分は別の毛布を取ると、椅子に腰掛けて包まった。

 

 今日は色々なことがあったと思う。

 

 国王に啖呵を切って、ユウトと戦い、ラキオス王国軍に入る事になった。

 

 明日は、一体、どんな事があるのだろう。

 

 今まで、寝る前にこんな事を考える事は無かった。

 

 まあ、退屈はしないだろう。

 

 そう呟くと、急速に意識が闇を求めて堕ちていった。

 

 

 

 そして、運命は回り出す。

 

 シーレの月

 

 後の世に「永遠戦争」の名で語り継がれる事になる大戦の始まりは、すぐそこまで近付いていた。

 

 

 

第3話「異邦人2人」   おわり