この世界はファンタズマゴリアという。
ある少年の妹がそう名前をつけたらしい。
そして今、我々の見ている場所は、この世界の北方の位置する小さな町のラース。その近郊の森の中、時間は真夜中となっている。
この世界を見てある程度、感覚の優れている人ならこの森に氣が満ちているのが分かるだろう・・・別の言い方をすると気持ちいい風が流れる、もしくは落ち着く場所、と言うべきか。この世界には大気に「マナ」が沢山あり、その為、本来なら虫の音や獣達の声が良く響くはずである。でもここにはそれが無い。・・・おそらく本能で逃げたのだろう・・・何に?
よく見ると、この場所から少し離れたところで、走る少女達の姿があった・・・いや訂正しよう。スピリットの少女である。人間と段違いの速さで森を駆けている。黒と赤と緑の髪のスピリットの少女達、彼らは全員傷だらけであった・・・。
・・・はぁ・・・はぁ・・・ぜぇ・・・はぁ・・・
彼らは全員、荒い息を吐きながら走っていた。
木々の多い、獣道すらない、そして深い闇で月明かりのみが地を照らす大地を、人間が全力で走るよりさらに早く走っていた。
「く・・・皆、早く逃げないと・・・くっ!?」
そういう赤い髪の少女の足に蔦が絡まる・・・いや、巻きついてくる。それは不自然な動き、何者かの意図した動き。
「邪魔よ!!」
そういって赤い髪の少女は持っていた剣・・・永遠神剣と呼ばれるもので蔦を焼き払う。・・・とそこで黒髪の少女も同様に蔦で足を取られ転ばされた。
「きゃあ!」
「くそっ・・・逃げ切れないか!!」
そういうと赤い髪の少女は黒髪の少女を庇うかのように・・・背後に剣を構えた。
「だ、駄目です・・・早く逃げないと・・・。戦っちゃ駄目です」
「駄目ですよ〜、もう私達、戦う体力が残ってないんですよ〜」
黒髪の子と緑色の髪の子がそういう、2人とも今にも座り込みそうなくらいに疲れ果てているのがよくわかる。
「2人とも・・・このまんまだとわたし達全員死んじゃうのよ?・・・それならせめて私達を追ってくる者を1人でも蹴散らして1人でも逃げないと・・・」
彼らはラキオス所属のスピリット。本来はラースを守る部隊の1つであった。だが突然の奇襲により町は奪われ彼らは今、逃げている。本来部隊は2つで計6人だったのだがもう一隊も別方向に逃走していた。
人間の兵士達は全て投降、なおかつ彼らスピリットを差し出そうとさえしていた―――「俺の命を助けてくれるんならスピリットの連中全部差し出す!」、そう言ってるのを聞いたスピリット達は即座に逃げたのである―――かれこれ逃亡してからもう、30分は過ぎている。戦いながら逃げる30分間・・・既に精も根も尽き果てかけていた。
「もう・・・無理です〜。立てません〜」
「2人とも諦めるな!・・・くそっ『紅霧』のキーン最後の意地を見せてくれる!」
そういって自身の持つ永遠神剣に力を込めるキーン・・・そこにガサガサ・・・っと言う音がした
「・・・ははは、逃げるのは止めたかラキオスの人形どもよ。もう一部隊いたようだが・・・そらっ」
相手の隊長は人間だった・・・それに率いられる10数体のスピリット達。そしてその男は「あるもの」を動けない黒髪の少女の足元に転がす・・・
「え・・・あぁぁ・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
転がされたのは3つの生首・・・既にマナに還りかけている。殺して直ぐだったのだろう温かい血が流れてたがやがてマナに還った・・・、怯える黒髪の少女を見つつその男は「ははは・・・これだから戦いは面白い」と言っていた。
怒りに燃える赤毛の少女は・・・永遠神剣を構え呪文を唱える
「この外道が・・・大気のマナよ神剣の主が命ずる。集え、大きな炎となり敵を焼き尽くせ『ファイアーボ・・・」
「甘い・・・『アイスバニッシャー』」
呪文が止められるのを悟ると赤毛の少女は自身の永遠神剣を持ち、敵スピリットに突進する。己の剣に炎を纏わせ、斬りつける。運良く一体を倒せた・・・だがその瞬間残りのスピリットの攻撃が全て突き刺さり・・・「ごめん・・・。」そういいながら絶命した。
それを眺めている人間の男は笑っている・・・そう、まるで子供が小さい虫や動物を殺したかの様に無邪気に
「ははは・・・後残ってるのは動けないゴミのようですね・・・殺しなさい」
「「「はっ」」」
そういうと敵の赤い服をきた少女が剣を構える。そして呪文を詠唱し・・・残り2人のいる場所が赤く染まった。
「『ファイアーボール』直撃しました」
「よし、そろそろラースに帰って宴にでも参加するか。ふふふっ」
「お待ち下さい、まだ反応があります」
深い煙の中に、まだ2人の少女は生きていた。だが体のあちこちが焼け爛れている・・・完全に防ぐ力はなかったのだ。
(・・・・マナ障壁を張って防げたけど・・・もう・・無理・・私達はキーンが昔いってたように・・道具でしか・・ないの・・かな・・)
黒髪の少女がそう考えていると敵の中の1人が剣を持って近寄ってくる。そして2人の近くまで来るとゆっくりと・・・首を切断する為剣を振りかぶる・・・
「死ぬがよい!」
止めを刺されて死んだ!・・・その瞬間
「『いんしねれ〜と』」という少女の声と共に、周囲一体の地面から爆炎が巻き起こる。そして敵の部隊が全員混乱に陥る中・・・ハイロゥを纏う青髪のスピリットが天空から降りてきて、黒髪の少女を殺そうとしている敵兵士に対して、そのままの勢いでぶつかり腕を切り落とす。そして活動不能と見ると再び舞い上がり・・・2人・・3人と次々切り倒していく。そしてその後から白いオーラを纏う人間の男が現れ・・・
「・・・はぁぁぁぁ!!馬鹿剣、もっと力を引き出せ・・・はぁ!!」
そんな掛け声と共に、一体のスピリットに攻撃を仕掛け・・・そして2人の現れた後方から5、6人のスピリットの足音が聞こえてくる
「ユートさま、アセリア、突出しすぎです。みんなユートさま達と連携を組んで敵を倒してください。」
驚いたのは人間の隊長の男、ただの弱い物を狩るつもりできただけの男。すぐに部下を置いて逃げ出そうとする。
「ば、馬鹿な・・・ラキオスのスピリット隊がもうここまできていただと?情報と違う!」
そういう兵士の声にユートと呼ばれた少年は
「何のことかは知らないが・・・俺たちの仲間を殺した罪。その命で償って貰う」
暫くすると、ユートの率いる部隊が、数で勝る兵士の部隊を蹴散らし・・・暫くして戦闘が終わり、あたりに静けさが戻った。・・ちなみに兵士は捕虜として捕縛され、隊長の男は炎の魔法に巻き込まれ死亡した。・・・そしてユートはあたりを見つめる。既に生首はマナに還りキーンという少女も消えかけていた。そして倒れている2人を見つつ
(わざと俺たちを手元に置く為に、この地のスピリットを見捨てるほかの町の領主、自身の身を守るためにスピリットを売る兵士、それにさっきのような部隊長の兵士・・・スピリットを完全に道具としか見ていやがらない・・・くそっ)
―――ピクッ・・・
と、微かに死んだかと思われた少女の手が動く。
「!!・・・ま、まだ息がある!エスペリア癒しを頼む、急いでくれ!!」
「はい、ユートさま。マナよ・・・森に眠りし優しき木々たちよ、貴方達の癒しの力をこの者に『アースプライヤー』」
徐々に回復していく少女達だが・・・完全には塞がらない。
「すみませんユートさま、戦闘で力を使いすぎた為、完全に治癒できません。可哀想ですがこのまま置いていくしかないかと・・・。」
(・・・もう助からない・・・これで・・還れる・・・)
少女は思う、これでもう戦わないで楽になれると・・・だが
「いや、屋敷に運び治癒してもらおう、アセリア2人をつれて飛べるか?」
「ん・・・問題ないユート」
そんな会話を聞きエスペリアと言われた少女は。
「お待ち下さいユートさま、ラキオス王の命令はこのままこの地での戦闘の続行、及びラースの奪還です。帰還は認められておりません」
「パパぁ〜、このままだとこの人たち死んじゃうよ〜?」
オルファがユートにせがむように声をかける・・・・俺の気持ちは初めと変わらないから安心してくれオルファ・・・そういって、エスペリアへと顔を向ける。
「かまわない、もうこの地での戦闘はほぼ終了しているんだ、アセリア1人を戻すだけなら変わらないはずだ。もし認めないなら罰は俺が受けよう」
(・・・・あ・・このひとは・・・人間なのに・・・なんでそんなに・・までして・・)
再びユートは視線を傷ついている少女に向ける、悲しげな瞳で。
「俺は絶対にスピリットを道具だなんて認めない。人間と変わらずに生きてるこの子達の命、俺が隊長でいる限り無駄に散らせない」
そういう答えを聞くと「分かっています」と軽く微笑み、「それがユートさまですから」と言った。
「アセリア、この2人をなるたけ急いで館に運んでください。それが終わったら戻ってくること、わかりました?」
「ん・・・まかせろ」
(・・・あ・・・ユート様・・・)
そしてアセリアさんのウイングハイロゥが広がり、私達は空に昇っていきました。暗い夜空へと高く・・・そして速く。
私はこの後。すぐ完全に気を失いました、だけどこのときの会話は覚えているんです。
ユート様が助けてくれたこと、そして道具でなく1人の少女として見てくれたこと。
そう、これがユートさまとの最初の出会いだったから・・・、そしてこの日から私はずっと・・・ユート様のことを見つめていたのだから・・・。
序章 了